[141]file.03-4 - 投稿者:壱伏 充
目を覚ますと、心配そうに覗き込んでくる千鶴の顔があった。 「! ……っつつ……」 「無理しちゃダメですよ、脳震盪とかすり傷だけってお医者さんは言ってましたけど」 起き上がろうとして痛みに顔をしかめた渡良瀬を、千鶴がなだめた。渡良瀬はゆっくりと体を起こしながら、両隣のベッドを見た。 両方とも老人だ。 「ここ、病院か?」 「はい。うちのトラックが事故を起こしたって聞いて。行ってみたらトラックはなくて、渡良瀬さんが病院に運ばれたって……何があったんですか?」 見つめられると、罪悪感に押しつぶされそうになる。石動家のものをダメにしてしまったというのが、精神的に痛い。だが、それ以上に気になることもあった。 「……急にどっかの誰かに襲われてな。連れがいたんだが、そいつは?」 「それが……」 千鶴は言葉を濁す。事態の悪化を悟り、渡良瀬はベッドから降りようとした。 「千鶴ちゃん、俺の服」 「ダメですよっ、寝てないと!」 止める千鶴に、渡良瀬は腕時計を着けて答えた。 「えーと、3時間も寝てりゃ充分だ。とにかく奴らの足取りを追わねェと」 狙いが相模の腕なら、すぐに殺されることはないはずだ。だが、彼の持つ“ライダー”だけが目的なら、相模本人が危ない。 千鶴に構わず着替えようとした渡良瀬だったが、そこへ別の声が割り込んできた。 「それだけ元気なら大丈夫そうね」 「!」 振り向くと、病室の扉を開けてたたずむ人影が二つ。 神谷典子と、その部下の青年だった。
「何かこう……扱い雑くね?」 MRIの操作室に通された渡良瀬の呟きに、典子は苦笑した。 「ごめんなさいね、今個室が空いてないから。……まずは事情を聞かせて」 街で即応外甲の絡んだ派手なカーチェイス、しかもその末に事故が起きたと遊撃機動隊が通報を受けたのは3時間前。 所轄との連携で現場に駆けつけたものの逃げられてしまい、現在捜索中だ。 渡良瀬から相模と偶然会ったこと、突然襲われたこと、これといった心当たりがないことなどを聞くと、典子はせめてと思いひとつ教えてやることにした。 「ところで怪我の具合はどう? あなた、警察を足止めするために走行中のライトバンから投げ落とされたんだけど」 「知りたくなかったわい、そんな悲劇」 渡良瀬が呻く。こんなやり取りができるのも彼が無事だったからだ。 典子は安堵を顔に出す代わりに、顎に手を当てた。 「それにしても相模くんが、ね。何か手がかりになるようなもの、見てない?」 「即応外甲を使ってるチームってことだけだな。見た感じ目立つエンブレムも付けてない」 渡良瀬の答えに典子は「分かったわ」と手帳を閉じ、席を立った。 渡良瀬を病室に返し、部下の杁中を伴って病院を出た。 「それにしても、相模くんがよりによってそんなチームに……まずいわ」 「そんなに深刻っすか? 言っちゃ何ですけど単なるリフォーマーでしょ?」 杁中が訝しむ。 駐車場のIDA-7に乗り込み、アルマの使用申請を出すために無線を入れながら、典子は首を振った。 「ただのリフォーマーじゃないわ。相模 徹は私のアルマの基礎設計をした男よ」
ドラッヘのリーダー、トガがまとう即応外甲“ドラクル”が肘に畳まれていたナックルガードを起こす。 「どうした、そんなもんか!」 「何のっ、まだまだァ!」 倒れ伏した状態から起き上がり“仮面ライダー”が応える。 “仮面ライダー”はまっすぐにドラクルに突撃し、拳を握って―― 「ふゥんッ!」 「ぬごッ!?」 ドラクルの右ストレートをまともに浴びてよろめいた。“ライダー”は横に飛んで追撃を逃れようとしたが、足をもつれさせさらにドラクルのラッシュを叩き込まれ――防御も回避も間に合わない――吹き飛んだ。 「うあああああぁぁぁぁぁぁぁ……ふべっ」 “ライダー”はうずたかく積まれていたドラム缶の壁を突き破り、盛大な物音とほこりを立てて床に落ちた。 ドラッヘの面々――総数にして50人強が見守る中、しばらくして“ライダー”は崩れたドラム缶の山から這い出して、変身を解いた。 現れたのは顔中にピアスを付けたドラッヘの一員だ。 ドラクルはナックルガードを収納し、青年に問うた。 「お前、本気出してやってたか? 遠慮はいらねーっつったろ?」 「本気も本気っすよ。でも全然ダメ。動きづらくって。傷一つつかねーのはすごいスけど」 青年は言ってベルトと腕時計を外し、適当なドラム缶の上に置く。 ドラクルは捕らえた男に向き直った。 「だとよ。まだ何か隠してんじゃねーか?」 「逆さに振っても何も出ねェよ」 倉庫の柱に縛り付けられた相模は、ずれた眼鏡を直すこともできないまま毒づいた。 ドラクルは肩をすくめて、ドラム缶に並べられたもう一組のバックルと腕時計を見やった。 「こっちは単なるお裁縫セットだしよォ。おい鎌田、本当にコイツ相模 徹か?」 「だから言ったでしょ、過去の人だって」 鎌田の代わりにモビィが得意げに言う。ドラクルは仮面の奥で鼻を鳴らした。 「本物だとしても、だ。“特装三騎”の生みの親も堕ちたもんだな」 「よく知ってるな」 相模が囁きにも似た声で、感心したように漏らす。 ドラクルは大仰に頷いた。 「ああそうさ、有名だ。 セプテム・グローイングから警視庁に出向し、今の遊撃機動隊の前身だった実験部隊“特装機動隊”のために仮面ライダー三機を政策。 だが特装は解散。ライダーも一機は失われ、一機は九州に回され、警視庁には最後の一機だけが残った。 そんな状況をどう思ったか、自分も姿をくらまして今や神出鬼没のリフォーマー……どうだい、どこか間違ってるか?」 「やけに説明的な台詞どーも」 「そこの新人がキョトンとしてやがるんでな」 相模の皮肉を受け流して、ドラクルは肩を揺らす。 「そ、これからはボクの時代ですよ。ボクのドラクルこそ、新時代のライダーに相応しいんですから」 「おうおう」 さらに勝ち誇るモビィに適当な返事をして、ドラクルもまた変身を解こうとしたが――そこへ相模が口を挟んだ。 「ちょっと待ったお兄さん」 「……何だ?」 ドラクルのみならず、全員の視線が相模に注がれる。相模は臆することなく、顎でドラクルを指した。 「あんた最近、腰を悪くしてねぇか?」 ――一瞬誰もが言葉を失い、やがて爆笑が起きて―― 「テメェ、何でそれを!」 ドラクルの取り乱したような言葉に、再び凍りつく。 相模はいささかも動じた様子もなく、言葉を続けた。 「三友の“シュリンプ”をベースに殴り合いに特化させたんだろうが、腰の補助パワーユニットがベーススーツに余計な負荷をかけている。 腰の入ったパンチを打つたびに、余分にスーツがよじれるのがその証拠だ」 よどみなく言い切る相模に対し、ドラッヘの面々がぽかーん、と口をあけた。 その中でいち早く復活したのはモビィだった。 「で、デタラメを言うな! ボクのドラクルは完璧だ、そうですよね?」 「いや」 すがるような目で見てくるモビィに、ドラクルは首を振った。 「どうにも腰が引き攣れてな。確かに、イライラしてた」 「え?」 モビィが顔を引き攣らせる。ドラクルはモビィを押しのけ、相模に聞いた。 「だが、そんなこと教えてくれて何のつもりだ? さすがにモビィに好き勝手言われてカチンときたか?」 相模は縛られた格好のまま不敵に答えた。 「別に。ただ、ザッパな仕事が目の前うろうろしてんのに、愛想笑い浮かべてられるほど人間できちゃいねェんだ」 「直せるか?」 「ご冗談を。この格好じゃ針に糸も通せねぇよ」 「――解いてやれ」 ドラクルが部下に命じると、当の相模が目を丸くした。 「いいのかよ? 逃げちゃうかも知れねーぜ。第一壊れたとこ直すんならともかく、他人の仕事に手ェ入れるなんざ……」 からかうような相模に、ドラクルは威圧するように仮面を近づける。 「つべこべ抜かすな。下手な真似してみろ――テメェがまだ隠し事してねぇか、今度はペットのハラワタかっさばいてもいいんだぜ?」 「……分かったよ。ただしヒトミに傷一つ付けてみろ、あんたのどてっ腹に変身ベルト縫い付けてやる」 よほどペットが大事なのか、相模がしぶしぶながら了承する。 縄を解かれる相模から目をそらし、モビィは彼らに背を向けた。
「くそっ、くそっ、くそっ!」 モビィは小声で喚きながら倉庫の外で一斗缶を蹴りつけた。 「あんなヘボなライダーしか作れなかったクセに、えらそうに!」 相模が気に入らない。 その相模に自分の作品を直させるトガも気に入らない。 今までボクを有難がっていたくせに。 自分のミスを指摘され、それを認めたくないが故の苛立ちに、自分でもそうと知らずに身を焦がす。 いつだって正しいのはボクなんだ。他の連中が間違っているんだ。 どうにかして相模に目に物を見せてやりたい。進んでいる話をご破算にしてしまいたい。 そうでなければ、もし相模がドラッヘに居着くようなことになってしまえば――モビィの居場所がなくなってしまう。 「くそぉ……」 モビィは呻いて顔を上げる。そこにあったのは相模たちが使っていた軽トラックだ。荷台にはサイドカーが固定されている。 中にはまだ相模のペットを入れたカバンが残っていた。 「……これだ」 先の不安を抱きつつ、その実後先を考えることなく、モビィは相模のカバンを掴み出した。 自分の行動が、自分の立場をより危うくすることなど思いもよらない。 どうせ皆、相模ばかりを注目している。今がチャンスだ。 モビィはカバンを開け、荒々しく中の動物を引きずり出し―― 「にゃ〜?」 「……………………ッッ!!?」 中から出てきた“それ”に、モビィの息が一瞬止まった。
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2006年05月18日 (木) 19時35分 )
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