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[139]file.03-2 - 投稿者:壱伏 充

 倉庫街の一画に立つ、一棟の小さな倉庫。
 たむろする派手な格好の若者たちに囲まれ、テーブルに足を乗せ革張りのソファにふんぞり返っていたスキンヘッドの男が、携帯電話で話を聞いていた。
「間違いないんだな。よし、後尾けろ。適当なところで連絡寄越せよ」
 命じて電話を切ると、周囲の若者たちが一斉に視線で問うてくる。
「トガさん、今のは」
 そのうち、最も近くに立っていた革ジャンの男の言葉に、トガと呼ばれたスキンヘッドの男が答えた。
「ああ……鎌田がな。相模 徹を見つけたんだと」
『……!』
 どよめきが場に広がる。誰かが上擦った声をあげた。
「相模って……誰スか?」
「知らねェのかよ! この筋じゃ有名な伝説のリフォーマーだ」
 そんな新人たちのやり取りを聞きつつ、トガはテーブルから足を下ろして周囲を見回した。
「一ヶ月くらい前に“コボルト”がぶっつぶれた。奴らのシマが取り合いになってるのは知ってんな?」
 トガの言葉に“部下”たちが頷く。
 お隣の湖凪町南部一帯に勢力を持ち、ビデオ販売などの副業で潤っていたコボルトが何者かによって壊滅させられたというニュースは、トガたちの耳にも届いている。現状、コボルトが仕切っていた地域はまだ空白状態になっている。
「そろそろ手ぇ広げる頃合いだと思ってた。
 今は流れのリフォーマーだって話だが……是非とも俺ら“ドラッヘ”のために役立ってもらおうじゃねぇか」
 トガが低く笑うと、周囲もそれに和して歪なざわめきを広げていく。
 彼らは即応外甲を用いた暴力集団――自称ライダーギャング“ドラッヘ”。
 業界ではそこそこ名の知れた、札付きの不良少年たちである。

 仕事があるのは素晴らしい。たとえそれが下世話に見られることがあるとしても。
 渡良瀬は垂れた前髪の一房を弾いて、そんな事をひとりごちた。
 今回の依頼内容は、あるサラリーマンの不倫調査。そのサラリーマンは今、石動から借りた軽トラックから見えるラブホテルに入ったところだ。
「勤務時間中にどんな営業やってんの……っと」
 デジタルカメラの画像を確かめ、皮肉気に口元を歪める。
 後は相手の女性の素性を調べて、いつから付き合っているかを探って、と考えつつ車を怪しまれない位置に移動させていると、バックミラーに何かの影が映った。
「?」
 停車させ、渡良瀬はボルサリーノを深く被りなおして、つばの下から近づいてくる車体を覗き見た。
 サイド部分に荷物を載せた、青いサイドカーだ。
(特徴のある甲高いモーター音。セプテム・グローイングの“リズミクス”か)
“仮面ライダー”で有名なセプテム・グローイング社ではあるが、それ以外の分野でも優秀な製品を世に送り出している。
 今、渡良瀬の元に接近しているサイドカーもそのひとつだ。
 サイドカーはラブホテルの前に停まり、運転手が降りて建物を見上げた。
(同業者か?)
 ラブホテルは最低二人で来るものだ。渡良瀬は訝しんで、その様子を良く見ようと帽子をあげる。
 見るとサイドカーの男はどこかげんなりした様子で肩を落とし、側車に詰めた鞄から地図らしき紙を取り出すと、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。
 ――眼鏡を直すその顔に、渡良瀬は見覚えがあった
「……オイオイ、そんな所で何してんだお前さん」
 渡良瀬は首を捻り軽トラックを降りた。男は気付いて顔を上げ、どこか間の抜けた声をあげた。
「ああいや、今日泊まるとこを探してんすけど……あれ、ワタちゃん?」
「あれワタちゃん、じゃねェよ」
 渡良瀬は笑ってボディブローを入れる。男はそれを軽くキャッチして――お互い笑いあった。
「久しぶりだな、相模」
「ああ」
 その男――相模 徹は答えて渡良瀬の手を離した。

 トガたちの携帯電話が着信に震える。
 アドレス一斉送信で送られてきたメールには、ターゲットとそれに接触するコートの男の姿があった。
「なるほどコイツが続報か」
 トガは手首のスナップで携帯電話を閉じ、ソファから立ち上がった。
「おいモビィ」
「何です?」
 モビィと呼ばれた小柄な男が顔を上げる。平均年齢が低めのドラッヘの中でも飛びぬけて若いこの男は、一味で即応外甲のカスタマイズを一手に引き受けるリフォーマーだ。
 トガはモビィの様子に全く頓着しない様子でモビィに命じた。
「“ドラクル”持ってこい。俺も行く」
「トガさんがわざわざですか?」
 モビィがどこかつまらなさそうに答え、唇を尖らせて金庫からバックルを出した。
「どうせこのドラクルが最強なんだ。相模なんて過去の人、どうだっていいでしょう」
 呟きながらバックルを差し出すモビィにトガは苦笑して見せた。
「その時ゃその時だ。お前が奴の代わりに伝説になっちまえばいい」
 俺はもっと謙虚だがな、と胸のうちで付け加えて、トガはバックルを受け取った。

「で、今なにやってんだよ」
 当たり障りなく自分の近況を伝えて、渡良瀬は久々にあった友人に聞いてみた。
 肩をすくめて相模が答える。
「フリーのリフォーマー、さ。あちこち転々としてる」
「旅の職人さんか。いいねェ、そういうの。自由っぽくて」
 渡良瀬が笑うと、相模は首を振った。
「そんなんじゃないよ。こいつがばれてアパート追ん出されっぱなしなんだ」
 言って相模が掲げたカバンには小さな窓がひとつ開いていた。渡良瀬はその正体を瞬時に悟り、窓を覗き込んだ。
「おー? 何だヒトミか。大きくなったな、ええおい。俺のこと覚えてっかー?」
「にゃ〜」
 カバンの中から“ヒトミ”が鳴き返す。
 昔、同じ職場にいた頃の同僚が拾ってきたのを渡良瀬が名づけたのだ。結局、処分される前に最も懐いた相模に引き取られて育てられることになったのだが、今でもちゃんと生きていたようだ。
「ペット可だと家賃も高いし種類とかも面倒だし……オススメの物件ないかね。この辺詳しいんだろ?」
「あー? そうだな」
 しばしカバンをコツコツ叩いてヒトミと戯れていた渡良瀬は、前髪を指で弾いて心当たりを思い浮かべた。
「もしかしたら、うちのおやっさんと話合うかもな」
「あるのかよ」
 渡良瀬が呟くと相模が聞いてくる。渡良瀬はホテルに視線を向けた。
「まーなー。一仕事終わらせたら紹介してやるよ。今から用事あるか?」
「今日は一日中予定ナシだ」
「よし付き合え。お前のバイク、荷台に乗せるぞ」
 話し相手もない仕事は気が滅入る。渡良瀬は言って軽トラックの後ろに回り込んだ。

 トガが率いるドラッヘの面々を乗せたライトバンが、ぞくぞくと目的地周辺に集結する。車中のトガは監視役の鎌田に電話を入れた。
「様子はどうだ?」
『相模と客の交渉、長引いてますね。客の軽トラで延々話してます……あ、動いた』
「方向は?」
『ホテル“アルマゲドン”北側――高速とは反対っす!』
 鎌田もバイクに乗ったか、電話の向こうでバタバタと物音がした。
 トガは「分かった」と通話を切り、保存メールから最適なものを選択、若干の編集を加えて一斉送信すると運転手に命じた。
「俺たちも行くぞ。白い軽トラで荷台に青のサイドカー、ナンバーは1369。分かってんな?」

 距離を保って徐行。こっそりと追う相手は、暇を持て余して火遊びに走ったらしい女性だった。
 頭の後ろに手を組み、相模は渡良瀬に付き合った事を少し後悔し始めていた。
 今の自分を傍から見たら、きっと怪しいことこの上ない。
 相模はそう思い、渡良瀬に問うた。
「なーワタちゃん、どうよこれ?」
「人妻は人妻でも団地妻って感じじゃねーな。多分ヒマ持て余したイイトコのマッダームで、こんな火遊びにも慣れてると見た」
「いや、あのご婦人のことじゃなくて」
 淡々と分析する渡良瀬にツッコミを入れて、相模は首を振った。
「今の仕事だよ。ワタちゃんさ、納得してんのか?」
「てめーで望んでやったことだからな」
 渡良瀬は軽く返してきた。相模はそのリアクションに、自分の感情がざらつくのを感じ、それをつい言葉にしてしまう。
「それで、ちゃんと守りたいもの守れてるのか? 今からでも、とっつぁんや典ちゃんに頭下げて」
「二人の回し者かおめーは」
 一蹴された。相模は鼻白み、顔をしかめる。
「友達が人妻の尻追いかけまわしてたら、少しは心配にもなるよ」
「大きなお世話だ。それに――っと」
 反論してきた渡良瀬だったが、いきなり顔をしかめてミラーを凝視しだした。
「おい、ワタちゃん前!」
「代わりに見とけ……あーらら」
 渡良瀬は頬を引きつらせてやおらハンドルを切り横道に入ると、軽トラックを急加速させた。
「――おい!? いいのか!」
 突然の行動に戸惑いながら、相模は来た道を振り返ろうとして渡良瀬に叩かれた。
「振り向くな! 今日のとこは中止だ!」
「えぇっ?」
 声に緊張感を孕ませて渡良瀬がアクセルを踏み込む。スピードの乗った軽トラックは大通りに飛び出すと、他の車と接触寸前になりながら交差点を駆け抜けた。
 相模は慌てて渡良瀬を止めようとする。
「ちょっ、ワタちゃん落ち着けよ! もしかして今のでキレたのか!?」
「ンなワケあるか! あーあこりゃもう間違いないわ。後ろ見ていいぜ」
「……?」
 渡良瀬の言葉に従い振り返って――相模は目を見開いた。
「おいおいこれって!」
「どーも俺らも尾けられてたみてーだなァ。ったく、どこの差し金だか……心当たりが多すぎだちくしょー」
 黒塗りのライトバンやバイクが数台、渡良瀬が乱した車列を縫って追跡してくるのが、相模からも見えた。

( 2006年05月16日 (火) 22時26分 )

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