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[136]Masker's ABC file.03-1 - 投稿者:壱伏 充

「――納得行かねーな、とっつぁん! どうしてこんなこと……」
 安物のスチール机を叩き、渡良瀬は東堂に詰め寄った。
 東堂は表情を動かさないまま、真っ直ぐに渡良瀬を見返してくる。
「決定だ。納得できないんだったら、ここにいる資格はない」
 東堂の声は、常とは異なり低く、重い。渡良瀬はもう一度机を叩いた。
「分かったよ――こんなとこ辞めてやらぁ!」
「ちょっと、渡良瀬!」
 制するように腕を掴んでくる典子の手を振り切って、渡良瀬は踵を返した。
「オイオイ落ち着けよ、確かにお前はそりゃ……」
 もう一人の声も無視。渡良瀬は叩き壊さんばかりの勢いで隊長室の扉を押し開け、廊下に出た。
 ちょうどそこに通りがかった男と目が合う。男はぎこちなく手をあげた。
「よ……よぉ、ワタちゃん。ちょうど今、呼びに来たとこだったんだ。やっと調整が済んで……」
「いらねェよ」
 一言の元に切って捨て、渡良瀬は男の横を通り過ぎる。
「おい渡良瀬!」
「渡良瀬!?」
「……ワタちゃん?」
 典子たちの声を背に受けて、渡良瀬はしかし立ち止まることなく、吐き捨てた。

「誰かを裏切るための力なら、俺は欲しくねェ!」

 自分の声で目を覚ますと言うのは、あまり心臓によろしくない。
 渡良瀬はそれを実感しつつ時計を見た。
 寝直すにはいささか時刻が遅い。だが、朝寝坊を楽しめる身分ではない。
「もしかして、事務所が開くのを待ってる依頼人が列作ってるかも知れねぇからな」
 ――言ってて自分で空しくなった。
 あの時から、どれだけ経っただろう。自分は何が出来ただろう。
 なぜ、あの頃の夢を今頃見たのだろう。
「……しんきくさっ」
 渡良瀬は呟き、物思いにふけるのをやめた。

file.03 “主人公、立つ”

 多くの人で賑わう繁華街――に響く、急ブレーキの音。
「ひきゃあっ!?」
 次いで鈍い音と悲鳴ともに人影が宙を舞い、車道に落ちた。
 あわてて路肩に止まった軽自動車の運転手が飛び出して、人影に駆け寄る。
「大丈夫ですか、お怪我は!」
「す、すみません……怪我はないです、けど……」
 はねられた被害者――タハラ製“レジィナ”を纏っていた女性が顔を上げた。視線の先には凹んだ車のバンパーが映る。
 軽自動車を運転していた青年は、視線の先に気づいて両手を振って答えた。
「あ、いいんですよこっちは。ほんのカスリ傷ですし」
 即応外甲は道路交通法により“車両”として位置づけられており、例えば公道で使用する場合には肩にナンバーの刻印を施すことことが義務付けられたりはしているが、何しろ物が人体の延長であるためか、乗用車などとの接触事故において、法的にはともかく当事者間の心理として、即応外甲側が多大の責任を負う、ということはまずない。
 もちろん、それを良しとしない善意の人もいるわけで。
「いえ、そういうわけには……」
 レジィナが声色を曇らせ立ち上がり、よろける。青年は再度慌てた。
「やっぱりどこか怪我を……」
「いえ、私はどこも痛くないんですが、ライダーの足が」
 レジィナが言って足を指差す。衝突のせいか右の膝パッドが外れて人工筋/神経繊維の切れ端が飛び出していた。
「ああ、どうしよう! 今から大会があるのに!」
 とりあえず歩道に退避した二人の、特にレジィナの悲嘆に暮れた声に野次馬も集まってくる。
「大会? だったら乗ってきなよ、送るから」
 青年の申し出にレジィナはしかし首を振る。
「TRDの大会なんです。関東大会の決勝で……」
「うぇ?」
 TRD――正式名・タイトロープダンサーとは、即応外甲を用いた競技のひとつである。原則的に団体戦で、不安定な足場の上で息の合ったアクロバットを魅せる、というものだ。
 スカイウォーカーがスケボー、スノーボードでタイムやトリックを競う競技に近いのに比べ、TRDはむしろチアリーディング的と言える。
 タハラの“レジィナ”はパールカラーを基調とした丸っこいシルエットであるためTRDの参加機体としてはポピュラーな部類に入る。
「ンなもん着て走るなよ」
「会場で新しいの借りたら?」
 無責任な言葉が野次馬から投げかけられる。青年も、彼らの言うことにほぼ同意しつつ俯くレジィナにかける言葉を探した。
 ――と、そこへ。
「はいゴメンよ、ちょっと通して」
 一人の男が、野次馬を掻き分けて入ってきた。
 その男は線の細い体躯に不似合いな大振りなカバンを二つ携え、そのうち一つを足元に置いた。カバンが――正確にはその中の生き物が「にゃ〜」と鳴いた。
「あなたは……?」
「はいちょっと診せてみて」
 レジィナの問いに答えず、男は彼女の膝の前に屈みこみ、かけていた眼鏡を直す。
 そしてしばしレジィナの“傷口”を診た後、男がポツリと呟いた。
「いいリフォーマーについたみたいだな」
「分かるんですか?」
 レジィナが息を呑む。男は頷き、鳴いていない方のカバンからツールボックスを取り出した。
「ああ。ベーススーツに仕事が溶け込んで、変に出しゃばってない。お気に入りになるわけだ」
「え、ええ、そうなんです」
 レジィナが声を弾ませた。この即応外甲は彼女のひそかな自慢なのだ。
 だがそれをどうすると言うのか――見守るレジィナの前で男は微笑んで、ツールボックスから針と糸、そして布のようなものを取り出すと、ウィンクして見せた。
「じっとしてな。幸い損傷は軽い」
「え?」
 戸惑うレジィナの言葉を聞くより早く――男は手を動かし始めた。
 布状の人工筋/神経線維束を分解しつつレジィナの傷から損傷部位を切り離し、新品を仮接続する一方でテスターで伝達具合を確認しながら超々小型ダイオードの配列を組みなおしバイパスを作り上げ、金属糸による補強も施したまに左足も確かめて、軽くスプレーを吹いて色を整え膝プレートの歪みを矯正してビスを交換し――
「ほいできた。動かしてみな」
 男が言って首を鳴らしたのは、作業開始から一分も経たないころであった。
 レジィナは言われるままに足を動かす。何の抵抗もなく、足は動いた。
「うそ、すごい……もう直ってる!」
 瞬間、つい男の手技に見入っていた野次馬からも、歓声が沸いた。
「おおっ、すげえな兄ちゃん何者だ!?」
「全然手の動きとか見えなかったぞー!」
「何だこれ、ドラマの撮影?」
 そうした声をよそに、男は道具をしまいレジィナに声をかけた。
「これからは急いでても無茶しなさんな。そこの御仁も送ってくれると言ってくだすってることだし。
 んじゃ俺ぁこれで」
 それだけ告げて立ち去ろうとする男に、レジィナは頭を下げた。
「あの、ありがとうございます。ぜひあとでお礼を……」
 路上に停めたサイドカーに荷物を乗せ、問われて男は振り返り、眼鏡を直しながら答えた。
「お礼はいらないさ。俺は相模 徹――宿無しのフリーリフォーマーだ」
 カバンの中でタイミングよく、声が「にゃ〜」と鳴いた。

 即応外甲は基本的に工業生産品である。
 それゆえ多少のサイズ分けこそあるものの、各メーカー、各カテゴリごとに規格を揃えることでコストを下げ価格を抑えている。
 しかし逆を言えば、こうした即応外甲は客個々人の微妙な差など考慮してはくれない。
 装着者の体格や人工筋肉の反応速度、そうした細かな要素から生じるズレが積み重なれば、やがて装着者に無視できないストレスを与えることになる。
 この問題への対処法は主に3つ。
 まずひとつは、即応外甲を多用しないこと。
 次に、装着者に合わせた完全オーダーメイドの即応外甲を用意すること。“仮面ライダー”で有名なセプテム・グローイング社が採用している手法だ。
 そして最後に――即応外甲と人間との架け橋であるベーススーツを、装着者に合わせて再調整すること。
 一つ目は論外、二つ目は完全手作業ゆえに費用と時間が嵩む。よって三つ目の選択肢を選ぶものは、圧倒的多数とは行かないが後を絶たない。
 こうしたニーズに答え、即応外甲を“仕立て直す”技術者を、人はリフォーマーと呼んだ。

( 2006年05月02日 (火) 11時52分 )

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