[135]file.02-7 - 投稿者:壱伏 充
「了解」 典子――アルマは答えて、渡良瀬を一瞥した。 「えーと……渡良瀬」 「ん?」 トレンチコートの埃を払い、ボルサリーノを被りなおして渡良瀬が顔を上げる。 伝えたいことがあった。 「そこで応援してくれる?」 だが、それは今の彼に話すべきことではない。冗談めかしたアルマの言葉に、渡良瀬は仕方なさそうに肩をすくめた。 「疲れたから帰りたいんだけどな、しょーがねぇ」 「……じゃ、また。今度、調書取る時にね」 アルマは軽やかに足元のコンクリートを蹴った。 同時に背中に装備されたアルマブースターが推力を解き放ち――刹那の後にコバルトブルーの矢となって、アルマの肢体が天を翔ける。 「キュイ……キュアアアアア!」 敵を認識したレピードが啼いて、鱗粉を吹き付ける。 だがアルマの装甲、ベーススーツを構成するのは超”剛”金セプト・マテリアルだ。プラスチック溶解作用は通じない。 「キュィィッ!」 それを悟ったか、レピードは戦法を切り替え、接近してくるアルマに向けて触手を殺到させる。 「!」 しかしアルマは虚空を蹴りつけるように自在に方向を転換し触手の群れを掻い潜ると、レピードの頭上へ抜けた! 「キュ……!」 「――これで!」 見上げたレピードの左眼。アルマはそこに狙いを定め、ブースター裏から取り出したライフルで撃ち抜く! 「キュ……アア!?」 眼を潰されたレピードが悶絶し、その場から墜落しないよう必死で羽ばたく。 もう片方を潰す必要はない。羽化する前からレピードの右の視力は失われている。 (一撃で終わり、とはいかなかったみたいね) 放っておいても自滅するだろうが、それを待って被害を広げるわけにもいかない。 アルマは電磁ライフル“アルマスナイパー”のフォアグリップを握り、空中で静止した。
「昆虫の蛹は幼虫の体をドロドロに溶かして再構成する」 二階堂はアルマを通して送られてくる映像を眺めつつコーヒーをすすった。 「だけど取り込んだプラスチックで新しい肉体を作るレピードでも、分解再構成するわけには行かないものがあった。 飼い主に状況を伝えるカメラ、コントローラーの受信部。そこだけはどうしても残っちゃう。 ――詰めが甘いのはわざとかな、西尾くん?」
フォアグリップのロックを解除し、そのまま銃身を引き伸ばす。上下に開いた一対の放熱フィンが、低く終劇の唄を奏でた。 アルマスナイパーは一種のレールガン。銃身を電磁加速して解き放つ。銃身が長くなれば、より加速がつくのは道理であり――ゆえに今形作るのは必殺の姿。 延長した銃身と開いた放熱フィンのシルエットは、弓に番えた矢を思わせる。銘"アルマアーチェリー"。 「キュイ、キュィィ!」 ブースターを吹かして、もがくレピードに相対速度を合わせるアルマ、その双眸の中でターゲットマーカーが標的に十字を刻む。そして。 「弾道クリア。アルマアーチェリー……シュート!」 アルマは宣言とともにトリガーを引く。 弾丸は銃口を飛び出しレピードの眉間に突き刺さり、コアユニットを打ち抜いてプラスチック人工筋肉を引き裂きながらレピードの後方へ抜け――10数km離れたAIR研究所の上を飛び去り、沖に停泊・航行するいかなる船舶にも触れることなく海中に没した。
ぐらり、と傾いだ蛾の巨体が、重力に従って道路に落ちた。 多少鱗粉が舞い散ったが、見た目の印象より重く粒も大きいため、それほど遠くまで飛散することはなかった。
杁中たちは走っていた。 途中、事故にあった車から民間人を救助するなどの足止めも受けたが、何とか蛾の落下地点にたどり着く。 すでに蛾は地に墜ち、その体躯を構成していたプラスチック繊維も解け、腐り落ちていた。 傍らに佇むのは仮面ライダーアルマ。杁中たちの上司だ。 「やられたわ。活動を停止するとともにレピード自体の防腐効果もなくなるようになっていたみたい」 アルマは肩を落とし、部下たちに振り返った。 「回収するわ。悪いけど、紙袋をありったけ集めて持ってきて。ビニール・プラスチック素材を使っているのは避けて」 『了解!』 植田たちが敬礼し、散っていく。杁中はただ一人その場に残っていた。 「……あなたは病院で診てもらいなさい。怪我してるんだから」 「唾つけたら治りましたよ。こいつの見張りも必要でしょ?」 杁中は肩をすくめて、自嘲気味につぶやいた。 「ま、何か俺たち必要ないっぽいですけど」 「杁中……」 アルマの返事も待たず、杁中は切り出した。 「今日は散々な一日っしたよ。民間人には出し抜かれる、班長はとっとと虫を片しちまう。 顔にゃ出しませんがね、原も植田も、平針も川名も、赤池サンだって思ってるはずだ。 俺たちゃ、何だったんだろうって」 「……確かに私たちは、こういう仕事ばっかり回ってくるし、こうした派手な立ち回りもするけれど」 アルマは首を振り、歩き出す。杁中の隣で、一度立ち止まって。 「私たちの本当にすべきことは、市民の安全を守ることよ。まだまだ仕事はこれから。地味でキツくて、でも私たちにしかできないこと。承知の上でしょう?」 杁中にだって、そんなことはわかっている。だから憎まれ口を返した。 「そんなもん着てる班長に言われたくないですね。俺たちだって、そのくらいの力がほしいっすよ」 その言葉にアルマは表情のない仮面を向けた。 「私一人の力じゃないわ。アルマも、今日の事件のことも。 杁中の……みんなのおかげよ」 そう告げてアルマは歩き出す。 後姿が典子に戻るのを見送り、杁中は足元の石ころを蹴飛ばして、痛みに顔をしかめた。
典子たちがいた道路から少し離れて、渡良瀬は鷲児たちとAIRに向かっていた。 「もう、こんな無茶なことして……シュージ君はあたしが守ってあげるって言ってるでしょ。 渡良瀬さんも、どうして止めてくれなかったんですか!」 一人憤慨する珠美に、渡良瀬は笑って答えた。 「勝算はあったからな。それに、元カノのピンチに黙ってたら、男がすたるって」 「そう……だったん……ですか、ってか、この格好……十分、すたって、ません……か?」 苦しげに鷲児が答える。彼は木造機の残骸と渡良瀬をリヤカーに載せて運んでいた。 「悪いな。ちょっと腰に来ちまって」 得心したように珠美が手を打つ。 「それじゃあ、いいとこ見せてよりを戻そうって思ったんですね」 「残念だが珠美ちゃん、フッたのは俺のほうなんだ」 「え〜?」 苦笑いする渡良瀬の言葉に、信じられないと言いたげに珠美が大げさな声を出す。 そんな光景を横目に、鷲児はため息をつき通しだった。 「ああ、にしても、絶対……俺怒られる、弁償できっかな……?」 「まあ、弁護だけはしてやるよ」 慰めにもならないだろうが、渡良瀬は鷲児の肩を叩いた。珠美も頷く。 「あたしからもみんなに言うから。 でもすごかったな、あの仮面ライダー。あたしもお金貯めて買っちゃおっかな」 「免許が先だろ」 言って鷲児も笑う。その光景に小さく、渡良瀬の胸が痛んだ。 「……よしとけよ」 『え?』 渡良瀬の呟きを聞きとめた二人が同時に視線を向けてくる。 渡良瀬は我に返り、ごまかし笑いを浮かべた。 「バイク並に金がかかるくせに、2ケツもできないからな。お兄さんはオススメしないぞ」
遊撃機動隊、隊長室。 事の顛末を聞いた東堂は、書面で提出するよう言わずもがなの命令を下し、椅子にもたれ込んだ。 今回の犯人は分かっている。二階堂からも渡良瀬の関与を報告されている。 我知らず、口元に苦笑が浮かんだ――そこへノックの音がする。 扉からではなく、窓から。見ると一羽のカラスが、滞空しながらガラス窓を嘴で突いていた。 野生のカラスでは、ない。 東堂は窓を開けてカラスを招き入れた。 カラスはおとなしく東堂の机にとまり、涼しげに言葉を紡ぎ出した。 『お久しぶりです、隊長』 「……何しに来たのかなぁ」 驚いた風もなく東堂が返す。カラスは声とは関わりなく首を傾げ、机の上を歩き回った。 『そろそろ僕の死亡説も流れている頃合だと思ったもので。確かめたいこともありましたし』 何を、とは言わない。東堂にも聞く気はない。 「まあ、近いうちに遊びに来なさいよ。みんなお前に会いたがってる」 『ハハハ、考えておきますよ。いずれ、こちらからもご招待します。 それじゃあ……行きますね』 カラスは言って、飛び去っていく。 東堂はそれを見送り、ぴしゃりと窓を閉じて呟いた。 「やれやれ、今夜は冷え込むかな」 夕日が沈む。あわただしい一日は、やがて静けさを取り戻す。 東堂はジャケットに袖を通した。そんな中でまだ休めない部下たちをねぎらい、手伝うために。
――――To be continued.
次回予告 file.03 ”主人公、立つ” 「ほらよ……二年越しの忘れもんだ」
(
2006年04月29日 (土) 12時06分 )
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