[134]file.02-6 - 投稿者:壱伏 充
珠美の無事を確認した鷲児だったが、想定外の積載に、すでに木造の機体が悲鳴を上げっぱなしだった。 「まずいです、あいつ速くて……このままだとあいつに追いつく前に機体がバラけます!」 同乗する渡良瀬探偵に告げると、渡良瀬は自分の懐をまさぐりながら返してきた。 「えぇい……そうだ、ちっこい双子連れて来い! デカい蛾をおとなしくするにゃ、昔っからちっこい双子のハーモニーって相場が決まってる!」 言われて鷲児は著名な双子を頭の中に浮かべた。 「……マナカナとかですかっ!」 「とうに四十路だバカヤロウ! 他に出てこないのか、っつーか呼べるんか!?」 21世紀も、すでに4分の1を過ぎている。 「すみません……ああっ!」 謝りつつ機体を進ませる。リモコンを見ると、麻袋越しに赤ランプの点灯が見えた。 「どうした!」 「探偵さん、もうバッテリーが!」 「ったく……それじゃチャンスは一度っきりか」 渡良瀬はぼやいて、懐から銃を抜いた。
「うそ、何してるのよあなたたち!?」 典子は思わず声を荒げた。自分たちの身も危険に違いないが、渡良瀬たちの行動はもはや自殺行為だ。 左右に頼りなくゆれながら、やがて二人を乗せた飛行機(?)はレピードの真後ろにつけた。 『おや? 何が来たかと思ったら、あれ……まさか渡良瀬さんじゃないですよね?』 「残念ながら本人みたいよ」 しばし、いかんともしがたい感覚を共有する。 全く、何をしにきたのだ。民間人のくせをして。――ほんの少し、嬉しいではないか。 そして渡良瀬が握っているものを確かめると、典子は闘志がよみがえるのを自覚した。即応外甲のバックルだ。 『しかし何をしに来たのやら。あの人はもう……おや、まだ墜落していない』 (……?) 呟く声に、典子は気づく。このレピードを通じて得た視界でたびたび渡良瀬を見失っているのだろうか。 渡良瀬たちに気づいたのも、典子が先だ。 (そうか!) 典子は気付いた。その思考プロセスを言語化するのももどかしく、直感がたどり着いた答えを、叫ぶ。 「渡良瀬、右から回りこんで! そこが死角よ!」 『…………っ!』 レピードの向こうで息を呑む気配が、典子の推測を裏付けた。
「聞こえたか? 右下15m以内まで接近してくれ」 「軽く言ってくれますね!」 鷲児は渡良瀬の注文に答え、機体を滑り込ませた。不吉な音がいっそう強くなる。内部エンジンに鱗粉が入り込んだのかもしれない。 そう、チャンスは一度だ。 「で、何するんです?」 「こいつを使う」 実質頼りの渡良瀬は、言ってバックルを見せた。鷲児はとたんに不安になる。 「ライダーだと溶けちゃいませんか?」 「ま、俺が使うんじゃねぇけどな。心配ご無用、なんてったって」 渡良瀬は次いで奇妙な銃の銃身を回し、蛾に狙いを定めた。 「こいつは正真正銘本物、セプテム・グローイングお墨付きの仮面ライダーだから、な」
仮面ライダー。その言葉は、即応外甲を作り上げたセプテム・グローイング社の商標であり、同時に即応外甲全体を指す俗称でもある。 だが、前者の意味で用いられることは少ない。街を行くのは三友かタハラの即応外甲、農業と医療の現場にはアレックス・コーポレーション製が大半だ。 ”仮面ライダー”をその目で見た者は数少ない。 ゆえに、一部の人間――鷲児もそうだが――にとって、仮面ライダーという響きはある種特別なものだった。 噂では、とんでもない高性能機らしい。
目を丸くする鷲児のリアクションに気をよくしつつ、渡良瀬は蛾を見上げる。 何が原因か、足元もガクンと揺れた。限界だ。 「探偵さん!」 「ああ。行ってくる――あとで飲みに行こうぜ、鷲児!」 叫び返して、渡良瀬は銃を撃った。圧搾ガスの勢いで飛び出したのは銃弾ではない。 石動の娘、千鶴に作ってもらい”リボルジェクター”と銘打たれたこの特殊銃には3つの機能が備わっている。 ひとつは強力スプリングの力でスタングレネードなどを射出する”ソリッドスローワーモード”。 ひとつは強力ポンプの圧力でカラーインクなどを噴射する”リキッドシューターモード”。 しかし今解き放つのは―――― 「ぃ行けやぁ!」 渡良瀬の手首がスナップを利かせると,”ワイヤーで繋がれた”アンカーが蛾の胴体に巻きつく。第三の機能、”アンカーウィップモード”! 「んじゃ、グッドラック」 渡良瀬は鷲児に小さく敬礼すると、機体を蹴って跳び、ウィンチで自らの体を持ち上げた。 典子と、目が合う。 「渡良瀬!」 急かされなくても分かっている。あと少しで街に着く。そうすれば大惨事は免れない。 「ちょーっと痺れるぜ、いいな!」 宣言し、渡良瀬は答えも待たず親指でもうひとつのボタンをクリックした。このモードでのみ使えるスタンガン機能だ。 パンッ、と乾いた音を立て、蛾の体が傾く。 「キュィィィ!?」 そして触手から一瞬力が抜けて――体を引っ張り上げる渡良瀬に向かい、典子が触手から振りほどいた手を伸ばした。
滑空しながら鷲児は、バックルのボタンに指をかけた。 即応外甲が鱗粉で溶け切るより速く着地すれば重傷は負わない。 そんな目論見のまま地上を目指す。道路には立ち往生する車が列を成していた。 「どいてどいてどいてぇぇぇぇェェェェ!」 「……うわなんだありゃあ!?」 スキー初心者のように叫ぶ鷲児に気付いてか、車の持ち主たちが道路の脇へと逃げる。 その後に機体が一台の車の屋根にぶつかり、バウンドして鷲児の体を撥ね飛ばす。 「っっうわあああああ!」 悲鳴を上げながら鷲児はそれでもバックルのスイッチを入れ、変身を終えてから地面に叩き付けられた。 「――――っ!」 さすがに衝撃は緩和しきれず、痺れが脳天まで突き抜ける。 鷲児は頭を振って見上げた。 「珠美っ、探偵さん!」 だが、呼びかけに答えたのは、幼馴染のものでも探偵のものでもない、凛とした女性の声だった。
「アルマ……変身っ!」
珠美の眼前で、女性の姿が光に包まれる。 ――その中から飛び出した手刀が、珠美を拘束する触手を断ち切った。 「ひ――っ!」 刹那、支えを失い落下しかける珠美の体。 思わず目を閉じる珠美だったが、今度は腕が優しく抱きとめた。 「もう大丈夫よ……渡良瀬」 「おう」 死を覚悟した珠美だったが、予期していた加速度も衝撃も彼女を襲いはしなかった。 その代わりに、緩やかに着地する感覚。頼りなくへたり込んだ尻の下は、固いコンクリートだった。 「目を開けて。もう心配はいらないわ」 「……?」 言われて珠美は目を開ける。目の前にいたのは装甲を纏った女性、だった。 全身に一分の隙なくフィットしたベーススーツ。コバルトブルーに染め上げられた装甲に、鷲を象った仮面と右胸の”飛翔”の二文字が映える。 左胸の桜の代紋と両肩の赤色灯を誇らしげに輝かせ、彼女はすっくと立ち上がり、耳元の通信機に手を添えた。 「仮面ライダーアルマ……現着しました」
東堂は入ってきた通信にニヤリと笑った。 「遅かったじゃない神谷君。連絡取れないから心配しちゃったよ〜」 『申し訳ありません。みすみす被害を出させてしまいました』 「いいさ。ここから全力で取り戻してちょーだいな」 東堂は軽く受け流し、改めて命令を出した。 「そんじゃ、怪獣退治……行ってらっしゃい」
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2006年04月28日 (金) 19時21分 )
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