[133]file.02-5 - 投稿者:壱伏 充
渡良瀬は駐車場に並ぶ遊撃機動隊の車両を一瞥すると、踵を返した。 それに気づいた鷲児が声をかけてくる。 「あれ、行っちゃうんですか?」 「いたってしょうがねーだろ。特に事件解決に貢献したわけでもなし。骨折り損もいーとこだ。犯人が虫じゃ今すぐ弁償でもあるめーし、あとは警察が犯人捜して……」 鷲児に背を向けたまま親指でIDA-6を指差す――と、その方角から悲鳴が上がった。 「え?」 「おう?」 そろって振り向く。IDA-6を内側から突き破り、飛び出した無数の赤い触手が、無軌道に暴れ回っている光景が目に入った。 「何じゃ……ありゃあ」 IDA-6から運転手が転がり出る。難を逃れた隊員たちがガンドッグを装着して銃を向ける――が、発砲を躊躇っているようだった。 理由は簡単だ。触手に囚われた、二つの人影の存在。 「珠美!」 「神谷……!」 同時に二人が呻く。そう、触手が盾にしていたのは、鷲児の同僚である少女と、神谷典子だったのだ。 IDA-6から、凍結して全身を打ち抜かれたはずの青虫が、無数の触手を生やしてまろび出る。つぶさに見れば、触手に埋もれた体躯そのものは、どこか丸っこくなっているようにも思えた。 だがその白く色褪せた姿は、冷却剤によるものだけではない。 渡良瀬はその外見から蛹を連想した――予想は即座に裏付けられる。 二人を捕らえた物以外の触手が全長4m強、高さ2m弱の”蛹”に引き込まれる。 やがて蛹が徐に眩く輝きだし、一転爆発的な勢いで派手な一対の翅を伸ばす! 「う……お?」 下手に動くこともできず、渡良瀬はその様子に呻く。 二人の女性を捕らえた触手は不規則に蠢きガンドッグの銃撃を阻み、大きく撓る翅が接近すらも妨げる。 そして光が収まった後に現れたのは―― 「キュイィィィィィィィィィィィィィッ!!」 ――さらに体を膨れ上がらせた、巨大な純白の蛾、だった。
「キュィイィィィィィィィッ!」 蛾が一鳴きして大きく羽ばたくと、何かキラキラしたものが飛び散った。 『うわぁぁっ!?』 それが大粒な鱗粉だ、と鷲児が思い当たると同時に、囲んでいたガンドッグたちが火花を上げて膝をつく。さらに駐車場中の車が次々とパンクし、一部の車に至ってはその表面が溶け崩れていく。 「あれは!」 「プラスチックを溶かしてやがるのか! くそ!」 パトカーに向かって走りながら渡良瀬が毒づく。同時に鷲児は反対方向へ走り出していた。 今のままでは、珠美を助けられない。
蛾が軽やかに離陸する。負傷し、担架に乗せられようとしていた杁中は銃を手に走り出した。 「行かせるかよ……!」 胴体付近は狙えない。ならあのデカい翅から打ち抜いてやる。 ガンドッグを装着していない今なら逆に自由に動ける。杁中は大きく動く翅に狙いをつけて引き金を引いた。 銃弾はあやまたず蛾の翅に吸い込まれ――あっさりと叩き落された。 「ンの野郎……」 蛹を経て現れた分強靭になっているのか、銃弾も通じてくれないらしい。 やがて杁中の手中で銃が崩れていく。樹脂製のパーツが鱗粉にやられたらしい。 「チックショォ……その人たちを離せよバケモンが!」 なす術なく、杁中は叫ぶ。だが、その叫びすら蛾に届くことはなかった。
渡良瀬はIDA-7に飛びついてマイクを取った。 「遊撃機動隊聞こえるか! 緊急事態だ、東堂のとっつぁんを出せ!」 『ありゃ、その声。渡坊? 何やってんのあんた。って、レピードがどうかしたの?』 返ってきた声は二階堂だ。ありがたい、話が分かる奴が出た。 「んなこたぁ後だ後、青虫が蛾だか蝶だかになりやがった。ぷらすちっく溶かす鱗粉撒き散らせいて、神谷と他一名つれて飛び……やがった!」 『あー、凍らせて撃っただけならそうなっちゃうか。そもそもサナギってのはあの中で一旦幼虫の体をドロドロに溶かして』 「講釈はいい!」 離陸し、飛び去ろうとする”レピード”を見上げながら渡良瀬は吼えた。 「遊機一班が使い物になりゃしねぇ。被害が広がる前にどうにか手を打ってくれ!」 『分かったわよ、まーったく典子もだらしない。ヒトがせっかく”アルマ”の使用許可取り付けたげたってのに』 緊張感なく二階堂が答えた。その単語と、ドアミラーから背後に見えた光景に、渡良瀬は一瞬言葉を失う。 「……マジですか?」 『あによ』 「マジでアルマ引っ張り出せるんだな、二階堂。どこにしまってある?」 『その車……ッシュ……ド。で……心の典子……ないんじ……ょうがない……ょ』 二階堂の声にノイズが入りだした。鱗粉が通信機材に影響し始めたらしい。これ以上の問答は無理だ。 なら、勝手にやるしかなかろう。 「心配いらねェよ。俺が届ける」 渡良瀬はマイクを置いてダッシュボードの暗証キーに手を伸ばした。 7011。典子は暗証番号を変えていなかった。
渡良瀬が見たもの、鷲児がAIRの建物から引っ張り出してきたのは、畳四畳分ほどの大きさの全翼機だった。 鷲児はその上に乗り、麻袋をかけたリモコンのレバーを動かした。エンジンが快調に唸りを上げる。 「無茶すんなシュージィ!」 「大丈夫、行けます!」 先輩整備士に言い返し、鷲児は腰に巻いたベルトを叩いた。タハラ製即応外甲”カルゴン”のバックルだ。収納状態なら溶かされることもない。 「んじゃ行きます。道あけてください!」 鷲児は顔を上げて鉢巻を締める。そこへ、渡良瀬探偵も駆け寄ってきた。 「おい青年!」 「止めても無駄ですから。俺が珠美たちを助けに行きます!」 即座に答える鷲児だったが、渡良瀬はかまわず機体の上に乗ってきた。 「うっわ。木製かよ。何だこりゃ」 「形状確認用のディスプレイモデルに突貫でエンジンつけました……って、何で乗ってんですか!」 「そう言うな、俺も連れてけ」 渡良瀬は言ってバックルを見せた。 「助けねーと恨まれるんだよ、あの女に」 「……ああもぅ、しっかりつかまっててくださいよ!」 納得した鷲児が告げると、渡良瀬が機体の突起にしがみつく。 今のやり取りでロスをした。鷲児は気を取り直し、コントローラーのレバーを押し込んだ。 「天野鷲児、行っきまーっす!」 電動エンジンが吼える。二人を乗せた木造機は順調に加速しながら駐車場を滑走し、ふわりと浮き上がった。
「この、離しなさいよ! 離してよ!」 傍らで暴れる少女のおかげで多少は揺れるが、レピードの飛行は揺るがない。 「く……!」 下では急ブレーキの末クラッシュする車が続出している。電気エンジン全盛の昨今ゆえに爆発にまでは至っていないが、このまま都心に入ってしまってはやがて多数の死者が出る大惨事も免れない。 典子は歯噛みしてレピードの顔を見上げた。細かな繊毛に覆われた中に、申し訳程度の牙と丸い大きな目を備えている。 そこに何らかの意思を見出すことはできない。ただ、二階堂との通信で聞いた”プラスチックを溶かす”性質がパワーアップしており、それをばら撒く行為はそのまま人類に対する脅威へと直結する。 「誰がこんなものを……ええい!」 典子もどうにかして戒めを解こうともがくが、拘束は一向に緩まない。 現時点では7〜8階建てのビルに相当する高度で飛んでいるため、急に離されたら離されたで困るのだが。 あの面積の大きな目に唾でも吐きかけてやろうか。そう思ってにらみ付けていると、レピードの左目が典子のほうを向いた。 「?」 訝しむ典子に向かって、目が点滅し声を発する。 『やあ、久しぶりですね。神谷さん』 その涼しげな声に、典子は目を見開いた。 「西尾……くん!」
遊撃機動隊の女性が唇を震わせる、その様子を、怒鳴り疲れた珠美は不思議に思って見ていた。 『元気そうで何よりです。その後、お変わりありませんか?』 「変わらないはずがないでしょう? それよりこれ、あなたが作ったの?」 女性が問い返すと、蛾の中からの声が笑って答えた。 『ええ。どうです、なかなか面白いでしょう? 今日び、プラスチック製品には事欠きませんから』 「ふざけないで! 面白いですって? ヒトが一人死んでいるのよ!」 『不幸なアクシデントは付き物です。私もモニターしていましたが、あれは……興が殺がれる』 「あなたって人は、どこまで勝手なことを……!」 蛾の主はあくまで軽く、非人間的なまでに涼しげに言葉を紡ぐ。 だが、その奥底にはまだ何か沈んでいる。珠美はそんな感覚のまま口を開いた。 「あの!」 『……何かな?』 左目が器用に珠美のほうを向く。珠美はひるんだ事を見せないよう意識しつつ問うた。 「あなたは、何がしたいんですか?」 『…………ふむ。シンプルで奥が深い』 声はそう言ったきり黙りこむ。しばし翅音と地上の事故の音だけが、珠美の耳に響き続けた。 やがて声は語りだす。 『そうだね。僕がほしいものが何なのか。まずはそこからはじめるとしよう』 まずは前置きからだ。 しかし、その後が語られることはなかった。 別の声が割り込んできたのだ。 「珠美ーッ!」 「――シュージ君!?」 声の方向に目をやると、そこには小さな翼の上に乗り、こちらを目指す鷲児と、探偵の男の姿があった。
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2006年04月27日 (木) 18時50分 )
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