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[132]file.02-4 - 投稿者:壱伏 充

 ガンドッグ杁中は右腿のハンドガン“ブロゥパルサー”を抜いて、躊躇いなく青虫を撃った。
 電磁加速された銃弾は、しかし弾力性のある青虫の肉体に弾かれてあらぬ方向へそらされた。
「――ちっ」
 ガンドッグは舌打ちする。ブロゥパルサーを戻し、地を蹴った。銃が効かないなら接近戦だ。
 青虫は上体を再度持ち上げて、今度は四本の脚を銛の如く打ち出した。
「しゃらくせぇ!」
 ガンドッグはさらに一歩踏み込んで足の攻撃を掻い潜ると、無防備な青虫の胴体に右フックを叩き込む。
「キチィ……ッ、キシャア!」
 刹那悶えた青虫が、ガンドッグに頭から喰らいつかんと牙を剥く。しかしその目らしき器官を、ガンドッグの左ストレートが襲った。
「ギチ……ッ」
「ヌゥ……ゥウア!」
 バヅン、と何か頑丈な繊維が千切れる感触もろとも、ガンドッグは拳を振り抜いた。目に相当する部位を大きく凹ませて、地面に倒れこんだ青虫がのた打ち回る。
 ――と、青虫がその状態から、一気に無数の足を伸ばしてきた。
「うぉ……!」
 無数のワイヤーのようなものが、殴り抜いた直後の無防備なガンドッグの全身に絡みつく。抵抗するガンドッグだったが力は緩まず、逆に青虫へと引き寄せられていく。
「テ……メェ……!」
 もがくガンドッグ、その眼前で青虫が顎を大きく――喉から腹にかけての肉体を四方に開口する!
「おおうっ!?」
 奥に蠢く、繊維状の紅い何か。即応外甲の一体や二体なら余裕で丸ごと飲み込めそうな口が、緑の粘液を分泌させてガンドッグを待ち受ける。
「チ……ックショウ!」
 空娶られた脚で床を穿ち踏みとどまろうとするガンドッグ杁中だったが、それすらもかなわず引きずられる。
 しかし右手は腿に届いた。ガンドッグはブロゥパルサーを抜き、自分の足を捉える青虫の肢を吹き飛ばす!。
「キシャアァッ!」
「――おわっ」
 痛みを覚えてか青虫が悲鳴を上げて暴れる。そのせいでガンドッグもまた引き回され、地面に叩きつけられた。拘束が緩む。
「しゃあ……っつ!」
 抜け出して立ち上がったガンドッグ杁中だったが、右の手足に激痛が走った。見れば即応外甲のベーススーツに緑の粘液が付着し、ぶすぶすと煙を上げている。
 かなり広い範囲で熱を持ち、しかも人工筋肉の機能がダウンしたのか装甲が重い。
 青虫もまたダメージを負っていたが、あちらはそれをダイレクトに闘争本能に転嫁したらしく、伸ばした肢で自らの体を持ち上げると――肢をたわめて力を込めて、ガンドッグに飛びかかった。
「ッキシャア!」
「しま……!」
 逃げようにも半身の筋力が大幅に落ち、ガンドッグは脚をもつれさせてしまう。ダメージ把握と行動のリカバリーが、間に合わない。
 仮面の奥で見開かれた杁中の目に、映る青虫の姿が見る見る大きくなる。
 銃は振り回された時に取り落とした。左手で左腿から電磁警棒を抜く。だがリーチが足りない。
 しかし、その時。
「――杁中!」
 聞き慣れた仲間の声とともに、ガンドッグ杁中の体が突き飛ばされた。
 半秒前まで杁中がいた空間に落下した青虫を、別方向からの銃撃が襲う。
 杁中は自分を抱えるガンドッグを見上げた。
「植田!」

 遊撃機動隊を名乗る女性の誘導で退避しようとしていた鷲児が、振り返って光景に息を呑む。
 動きの鈍ったガンドッグに襲い掛かる青虫。いずれ訪れる惨劇の予感に鷲児が身をすくめたのと同時に。
 別の入り口から飛び込んできた影が、ガンドッグを救った。それもまた、ガンドッグだ。
「――!?」
 顔を上げ、飛び来た方角に目をやる。
 そこには同じくガンドッグが、さらに3体。大型銃を構えて駆け込んでくる姿があった。

 第一斑全体が本格的に交戦に入った。連絡を受けた東堂が実働第二班に待機命令を出すと、まるでそのタイミングを見計らったように内線電話がかかってきた。
「はい東堂」
 答える東堂に返って来たのは、どこか緊張感のない声。
『毒液の解析、やっとできたよぅ。とっつぁん、ごめんね時間かかって』
 解析班の二階堂だ。東堂は唇を歪めた。
 下水道の流れのせいでほとんど失われた粘液のサンプル解析。それが今終わったと、わざわざ東堂に言ってきたという事は――耳を澄ませばカタカタとキーボードを連打する音が聞こえる――、隊長権限が必要な、何かしらの対応を要求される結果が出たということだ。
「で、その結果は?」
『“敵”、とりあえず私は“レピード”って命名したんだけど。
 これ退治するんだったら、ガンドッグじゃ役者が足りないね。三班班長として、私は“アルマ”の使用を提言する』
「根拠は?」
 遊撃機動隊の奥の手“アルマ”。その運用にはそれなりの根拠の提示が求められる。
『以下三点。
 まずひとつに、想定されるレピードの体組織構成から判断して、ブロゥパルサーじゃ火力が足りない。
 次に、見た目からの推測だけど、コイツはいずれ変態羽化して空を飛び出す。
 第三に、ガンドッグで戦うにはリスクが大きすぎる。というのも……』
 ややトーンの異なる二種類のタイプ音を鳴らしつつ、量子は最大の根拠を告げてきた。

 即応外甲を纏っていた警備員を医務室に預けた渡良瀬は、人の流れに逆らいながら現場へと急いでいた。
 出遅れたせいもあれば、遊機レベルのセンターもないため、すっかり事態に乗り遅れている。
「どこだ現場っ!?」
 誰にともなく吼える渡良瀬だったが、その中から見覚えのある顔を見つける。
 同年代の女性を連れて逃げる鷲児青年だ。
「――ちょうどいい」
 渡良瀬はすれ違いざま鷲児の襟首を掴んで引き止めた。
「う……探偵さん! 危ないですよ、こんなとこで何してるんですか!」
「シュージ君! って、誰ですかあなた!」
 鷲児と女性――ほとんど少女といっても差し支えなさそうな風貌だが――が立ち止まって抗議する。
 構わず渡良瀬は鷲児に問うた。
「現場どこだ、何が起きてる!」
 鷲児が一瞬視線を泳がせて、慎重に答える。
「実験場です。10mくらいあるでっかい虫が俺たちの機体を喰って……今、遊撃機動隊の人が対処してくれてます」
 悔しげに、しかし激昂のピークは過ぎた様子で鷲児が告げる。
 渡良瀬はその光景を頭に思い描き、嘆息した。
「なるほどな、そいつが今回の犯人か」
「今回のって……まあ今ですけど?」
「ここだけじゃない。青年、君のバイクのカウル食ったのもきっとだな……」
 聞き返され答えようとする渡良瀬だったが、その手首がつかまれる。
 渡良瀬を引っ張ったのは鷲児とともにいた少女だった。
「そんなことより、早く逃げましょう! 遊機の人じゃないんでしょ!?」
「あ、ええ。まあ。はい」
 殺気がかった勢いで言われ、渡良瀬は思わず頷いた。
 相手が巨大虫、話半分に聞いたとしても4〜5mサイズで、典子率いる遊撃機動隊第一班
が到着している今、渡良瀬に出来ることはない。
 たとえガンドッグの苦戦が予想されても、だ。
 渡良瀬は引き返し、鷲児たちとともに出口へ向かった。
「でも、何であんなのが犯人なんですか? あんなのがシュージ君のバイクを食べたんだったら、あたしたちが気付かないはずがないんですけど!」
 走りながら息も乱さず少女が問う。渡良瀬は片目を閉じた。
「ほう、昼食を共にする仲か。隅に置けないね、シュージ君?」
「た、ただの幼馴染です! どうだっていいでしょうそんなの!」
 顔を赤くして鷲児が否定する。渡良瀬は肩をすくめ、答えた。
「とまれ理由は至極簡単。そん時ゃまだ、若干小さめの青虫だったんだ。カウルやら諸々……プラスチック食い尽くして、デカく育ったってだけの話だよ!」

「プラスチックを食う性質?」
『そ』
 東堂が聞き返すと、量子が事も無げに答えた。
『石油を食うバクテリアって有名どころがあるじゃない? あれの応用か、例の毒液にはプラスチックを溶かす作用があるってわけよ。スカラベのブラックボックスに、溶かしてすすって食べてる青虫ちゃんの映像が残ってた』
「なるほど、即応外甲の多くはプラスチック使ってるからなぁ」
 東堂は納得して、自らも申請書にペンを走らせた。
 多くの即応外甲は、三つの要素から成り立っている。変身ベルト、ベーススーツ、最終装甲だ。変身後はベルトが装甲に埋没するタイプもあるが、この三要素を充たさない即応外甲は、一社が医療用に製造しているだけだ。
 このうちベーススーツは電気伸縮性プラスチック繊維によって人工筋肉を形成し、最終装甲もまた超FRPによって強度と軽量化、コスト軽減を達成させているケースが大半だ。
 ガンドッグもベーススーツに限って言えばプラスチックで出来ている。
『ま、コトは即応外甲どころの騒ぎじゃないんだけどね』
「確かに、これならお偉いさんもビックリだな」
 自分の印を捺して、東堂はぼやいた。後は警備部長を“説得”するだけだ。

 杁中を助けた原たちのガンドッグが携えていたのは“ワイズコーファー”。カートリッジを交換することで様々な弾体を射出可能な多機能ライフルであり、今回は冷却弾を選択したようだった。
「みんな!」
 避難誘導から戻った典子に、副班長赤池からも通信が入った。
『遅れて申し訳ありません!』
「いえ。問題ないわ、ご苦労様」
 ワイズコーファー運搬のために無理をしただろう赤池を労い、典子は部下たちを見渡した。
「班長、命令を!」
 敵の動きは今や鈍い。ガンドッグ平針がワイズコーファーに次弾を装填し、命令を求める。典子は応えて命じた。
「第一斑、冷却弾にて目標の凍結を実行。完全に凍りついたところを砕け!」
『了解!』
 ガンドッグたちが応え、一斉にワイズコーファーからカプセル弾を解き放つ。
「キュ……キチュウ……!」
 苦しげに鳴きながら、青虫が身を捩じらせる――その巨体が気化した冷却剤のもやに包まれ、動きをさらに鈍らせていく。
 やがて動かなくなったところで、ガンドッグたちは武器をブロゥパルサーに切り替えた。
 敵の体組織が弾力性を失っている今が、絶好のチャンスだ。
 杁中も銃を拾い、両手で構える。
 銃声が、実験場に響き渡った。

『あ、そ。じゃあ何とかできちゃったってわけ』
 容積を伸ばしたIDA-6に青虫――いつの間にかレピードと命名されていた――が搬入されていく。
 IDA-7の無線機から経過報告をしていた典子は、割り込んできた二階堂の声に顔をしかめた。
「できたら悪いの? とりあえずそっちにこれから運ぶから、戒席準備お願いね。大物よ」
『せっかくアルマの使用許可取り付けたのに』
「ありがと。今日上がったら何か食べに行きましょ……あれ?」
 軽く言って切ろうとする典子が顔を上げ、IDA-6に近づく人影を認めた。
 AIRの職員だろうか、手にはカメラを持っている。
 その職員――少女と言ってもしっくり来る風貌の女性がカメラを上げた。
「すみませーん、一枚いいですかー?」
 そして能天気に問いかける。それに応えてガンドッグの一人――ナンバーが示すのは平針機だ――がVサインで応えていた。まったく、ウチの男どもは。
 視線を移すと、ツッコミ役たるもう一人の女性班員の原は、事情聴取にかこつけてどうも合コンを持ちかけているようだ。
 ――まったくもって、どいつもこいつも。
『で、倒したって具体的にどんな方法で……』
「ゴメン待ってて。ホラホラあなた達、まだ勤務中よ。気を抜いているんじゃないの。
 そこのあなたも! 民間人は下がってて!」
 典子はマイクを置いて、部下を叱り民間人を遠ざける。
「すんません班長―」
 おどけて謝る平針を軽く睨みつけて典子は肩をすくめる。さらに少女に向き直ろうとした典子の耳に、かすかな音が届いた。
 ミシリ、と何かが軋むような音が。

( 2006年04月25日 (火) 12時41分 )

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