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[131]file.02-3 - 投稿者:壱伏 充

 珠美の悲鳴に、鷲児は振り返る。そこにいたのは、珠美を突き飛ばしてハンディカムにかぶりつく巨大な青虫の姿。
「珠美っ!」
 鷲児は反射的にスパナを手に取り、珠美の元へ走った。
 彼女を背にかばい、スパナを正眼に構え、鷲児は振り向かずに珠美に呼びかける。
「怪我してないか?」
「う、うん、平気。転んだだけ」
「よ、よし……そーっと逃げるぞ、そーっと……ん?」
 珠美が頷いて徐々に青虫から距離を取り始める。鷲児もまた摺り足で遠ざかろうとしたが――青虫の口元を見て思わず足が止まった。
 青虫がハンディカムを咀嚼している。合成樹脂製のボディが、内部の基盤が割れ砕ける音が聞こえる。
(コイツ……!)
 スパナを握る手に力がこもった。珠美が慌てて制する。
「シュージ君、気持ちは分かるけど我慢して」
「あ、ああ大丈夫。そーっと逃げよう、な。もうすぐ警備も来てくれるし」
 すでに警報は鳴っている。だが未だに警備の即応外甲は到着していない。
 むしゃむしゃと青虫がハンディカムを噛み砕き、飲み込み、ネジやスプリングをぺっと吐き出す。
「警備が、来るから……」
 映像を記録し、保存するために生まれたハンディカム。記録係の珠美とともに、鷲児たちの仕事を見つめ続けてきた、大切な“備品(なかま)”。それが今、無慈悲に破壊されていた。
 まだ動けるのに。まだ働けるのに。まだ――“生きて”いけたはずなのに。
「シュージ……君?」
 そして、見上げれば青虫の後ろには文字通り虫食いになっている実験機があった。
 役割を全うすることなく、無残に食い散らかされた、鷲児たちの大切な――――
「……この野郎」
 鷲児の中で、忍耐の糸があっさりと切れた。
「もう許さない。珠美は逃げろ――……ぅうぉおおおおおおおっ!」
「シュージ君待って!」
 呼び止める珠美の声も聞かず、言いおいて鷲児はスパナを構えると、青虫に向かって走った。
「キシュ……」
「おおおおおっ!」
 青虫が気付いて頭を上げる。鷲児はその脳天目掛けてスパナを振り下ろした!
「キチュゥウ!」
 しかし青虫は上体を持ち上げ、小さな肢の一本を伸ばしそれを防御。さらに反対側の肢で鷲児の腹を狙う。
「シュージ君!?」
 珠美の悲鳴と金属音が交錯する。鷲児は腰に提げたもう一本のスパナを抜き放ち、青虫の攻撃を防いでいた。
「ぬぎっ……っおりゃあ!」
 青虫に生じた一瞬の隙。それを逃さず鷲児は青虫の顎を蹴り上げた。
「キチュシュ……!」
 青虫の上体が傾ぐ――が、同時に青虫の尾が跳ね上がり、強かに鷲児を打ち据えた!
「ぐぼ……っ!」
 肺から全ての空気を追い出され、鷲児の体が跳ね飛ばされる。実験場の床に叩きつけられた鷲児は、そのまま床を滑って工具置き場となっていた机をひっくり返した。
 さらに、鷲児を明確に敵と認識したのか、青虫がにじり寄ってくる――と、鷲児の視界を見覚えのある後ろ姿が遮った。
 珠美だ。幼馴染が自分を庇って立ちはだかっているのだ。
「こ……来ないで! 来るなら、今度はあたしが相手なんだからっ!」
「馬鹿……逃げろって……ああっ、くそ!」
 体を起こすが、激突の衝撃で倒れた机に足を挟まれて動けない。ここに至ってようやく鷲児は、自分の軽はずみな行動が招いた危機を実感した。
「キチュウ……」
 のそり、と青虫が二人に迫る。その口が左右に開き、内側から光沢のある繊維が意思持つ生物のように蠢きまろび出た。
「くそ……逃げろ珠美!」
「逃げない! シュージ君は、あたしが守るんだから!」
 きっぱりと叫び返されて、嬉しいやら情けないやら思っている余裕はない。青虫がその全身をたわめ、力を溜めて――
「キ……ッシャアアアアアアッッ!」
 二人目掛けて飛びかかる!
(ヤバイ、珠美が……!)
 周囲のどよめきも非常ベルも、何もかもが五感をすり抜けていく。ただ、珠美に襲い掛かる青虫の姿と咆哮だけが鷲児の感覚を圧していく。
 せめて手を伸ばして、彼女を青虫の軌道からどかそうとするが手が届かない。絶望がさっと心を冷やした。
 その時。
「――人間様に、何してやがるッ!」
 横から割り込んできた白黒ツートンの影が、巨大青虫の軌道を体当たりで捻じ曲げた!
「キチュァ!」
 跳ね飛ばされた青虫がごろごろと転がりまわって、遠巻きに見守っていた整備士たちがわっと叫んで散っていく。
 それをよそに、入れ替わりに着地した影――即応外甲が、珠美と鷲児に振り向いた。
 即応外甲が、鷲児に歩み寄って足を封じていた台をどかす。
 鷲児はそれを見上げた。ジャーマンシェパードをモチーフとしながらも平面の組み合わせで構成された、無機質なマスク。肩に燦然と輝く赤色灯。
「遊撃機動隊のガンドッグ……!」
「下がってな。後は俺がやる」
 ガンドッグは鷲児を引っ張り出して立たせると、そう言って青虫に向き直った。

 ガンドッグを追う典子と渡良瀬が見たものは、通路に倒れるサキョウ社製即応外甲“SK-5”だった。
 全身にこびりついた緑の粘液にベーススーツを溶かされて全身を襲う熱に悶え苦しむSK-5の男に渡良瀬が駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!」
 SK-5のバックルの解除キーを探り当てて押し込むと、即応外甲が粘液ごとバックルに収納されて警備員らしき男が現れた。悶え苦しんだせいで消耗している男の頬を張り落ち着かせつつ、渡良瀬が典子に振り返る。
「先に行け。俺はこの人を!」
「……分かった!」
 頷いて駆け出した典子が実験場にたどり着くと、すでにガンドッグが青虫に対峙していた。
「あれが……!」
 周囲にはすでに、死者こそいないが被害は出ているようだ。驚きを抑え、典子は手早く通信機をオンにし、指示を出した。
「神谷より各員。国立航空研究所にてバイオクリーチャーと遭遇! B型装備にて現地に急行せよ!」
『了解!』
 マイクから部下の声が答える。次いで周囲とガンドッグ杁中に呼びかけた。
「警視庁遊撃機動隊です。皆さん、今のうちに退避を!
杁中、そいつを何としても抑えて。ここから動かさないで!」
「Dead or Aliveでもいいっすね?」
 返って来たのは殲滅前提の物騒な言葉だった。
「……杁中君?」
「ちょうどボルテージも上がってたとこだ……遊んでやるぞ虫野郎」
 闘争心もむき出しに、ガンドッグ杁中は手の平に拳を打ちつけた。

 第一班副班長の赤池が運転するのは、大型車両のIDA-6だ。これはウェポンコンテナを搭載しており、ガンドッグたちのオプション兵装や、他部署の警官用の支援装備などを積んでいる。
 それゆえの足の遅さ、そして他の隊員たちとは反対方向へ進んでいたことが原因となって、IDA-6はいまだ目的地にたどり着いていなかった。
 すでに他の隊員たちは研究所に到着し突入しているようだ。
 そこへ新たに通信が入った。遊撃機動隊第三班――科学解析班からだ。
『スカラベの解析結果出たよ。赤っち、見る?』
 いきなりナメた口調が飛んでくる。三班班長の二階堂量子は遊撃機動隊が実験部隊だった頃からの数少ない古参だが、そんな威厳を微塵も感じさせない。
「ええ、できれば今すぐ映像を回してください」
『最近リアクション薄いんだよね、みんな』
 不満そうに言いつつ、警視庁にいる二階堂がデータを送ってくれた。
 余所見運転は危険と知りつつ、緊急時なので運転しながら再生。
「……これは!」
 そしてモニターに映し出された映像に、赤池は目を見開いた。

( 2006年04月21日 (金) 19時30分 )

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