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[130]file.02-2 - 投稿者:壱伏 充

 渡良瀬は鷲児がよく利用するという蕎麦屋に来ていた。現場百遍は捜査の基本だ。
(あの兄ちゃんの勤め先から一番近いってことだけど)
 人類の新たな生活圏を空に求めて設立された国立航空開発研究所AIR。石動の話によれば鷲児青年の職業はそこの整備士ということだ。海に面した建物は目と鼻の先にある。
(ちょちょいと呼び出して、詳しい状況聞いておくか……ん?)
 駐車場を一回りすると、マンホールの蓋がずれて開いているのが見えた。渡良瀬は駆け寄って屈み込む。近づくと異臭がかすかに鼻を突いた。
(海風で大体流れてはいるが、何じゃこの臭いは)
 奇妙な異臭は下水のそれとは少し違っていた。しかし気にはなるものの、渡良瀬が請け負ったのはあくまでバイクの損壊、パーツ盗難事件だ。。
「ったく、誰だこんなの開けっ放しにした奴ぁ」
 ぼやきつつ爪先でマンホールの蓋を押しやり、閉めようとする。そこへ、聞き覚えのあるモーター音が滑り込んできた。
「……IDA-7.遊機か?」
 表情を曇らせ踵を返そうとする渡良瀬の前で、止まったパトカーから一人の女性とともにガンドッグが降りてきた。

 典子は現場にいた見覚えのあるトレンチコートの姿を認め、目を丸くした。
「渡良瀬、何してるのよこんなところで!」
「えーと、蕎麦食いに、かな」
「……とりあえずその足をどけて」
 相変わらず嘘が下手な男だ。典子が命じると渡良瀬はマンホールの蓋から足を離した。
 ガンドッグ杁中がマンホールを開けて振り返った。
「間違いないっすね。ここから同じ"臭い”がします」
「ありがとう。とりあえず応援を待ちましょう……ところで」
 典子は渡良瀬に向き直った。
「本当のところ、何してるの? それとも、どこまで掴んでいるかを聞くべきかしら?」
「かなわねぇな」
 どうせ仕事できたのだろうとカマをかけたらあっさり認めた。渡良瀬は頭を掻き苦笑した。
「つっても、俺も依頼を受けて調べ始めたばっかだしいな」
「それでここに来たんだから大したものよ」
「そうか? ……つーかアレだな」
 渡良瀬は頭を掻く手を下ろして、ボルサリーノを被りなおした。
「バイクのカウルが盗まれたくらいで、わざわざ遊機が動くのか?」
 その一言は、典子の予想から外れたものだった。

 国立航空研究所”AIR"では、日々最新の航空テクノロジーを検証すべく実験が続けられている。
 現在はAIR開発二課の無人実験機が、試験場の敷地内を旋回していた。
 そのようすをしっかりとハンディカムで追い、着地まで見届けて、椎名珠美は傍らにいる整備士に声をかけた。
「ほら、着地したよ。行かなくていいの?」
「あ、ああゴメン」
 天野鷲児が我に返り、他の整備士とともに無人機の元へ駆け寄った。珠美はディスクを交換して、鷲児に視線を送る。
 幼稚園に上がる前からの幼馴染ではあるが、鷲児があれほどまでに落ち込んでいる――というか怒りと悲しみを持て余しているのを見るのは久しぶりだ。
 鷲児本人は怪我もしていないが、高校時代にアルバイトで金を貯めて初めて買ったバイクだった、喪失感も大きいだろう。
「……あたしもまだまだ、か」
 昼食をともにしていて、異変に気づかなかった。そんな自分を少し悔やむ。
 気付いていたら、きっとこんなことにはさせなかった。鷲児にあんなつらい表情はさせなかったのに。
 せめて犯人探しは手伝おう。
 そう決意する珠美の背後で、ドサリと何かの落ちる音がした。
「……きゃあっ!?」
 振り返る珠美が見たもの。それは――待機中の別の無人機の外装に食らいつく、全長4mを超える巨大な青虫だった。

「――警察に任せなさい、そんなことは」
「バイクのカウルだけ取られましたってんじゃ、マトモに腰上げないだろ。ほれ、次は神谷の番な。ガンドッグ引き連れて、何嗅ぎ回ってる?」
「言えるわけないでしょう? あなたに首を突っ込んでほしくないの」
 杁中が蕎麦屋の店主に捜査の断りを入れ終えて出てくると、駐車場では二人が言い争いを続けていた。
 やれやれ、何をやっているんだか。半ば切れ、杁中は顔をしかめた。
 そんな民間人、とっとと公務執行妨害で引っ張ってしまえば早いのに。
 そろそろ他のチームも着くころだ。こうなれば自分が手っ取り早く……と杁中が懐から手錠を出して渡良瀬と呼ばれた男に近づく――その時。
 近くの建物から警報が鳴り響いた。
「どこだ――向こうか!」
「杁中、行くわよ!」
「はいぃ?」
 典子と渡良瀬が、言い争っていたことなど瞬時に忘却したかのように走り出す。
 妙にそろった足取りに一瞬戸惑いを覚えつつも、杁中も再びガンドッグを起動させて二人を追い越した。

( 2006年04月20日 (木) 19時05分 )

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