尊師・谷口雅春先生著『善き人生の創造』第十七章「自縄自縛からの解放」 (105) |
- 日時:2016年01月11日 (月) 10時19分
名前:平賀玄米
<慧可禅師と僧璨(そうさん)大師>
慧可禅師は禅宗の第二祖になりましたが、其の慧可の弟子に僧璨(そうさん)と云うえらい人が ある。この人が、初めて慧可禅師に会った時には病気であったそうです。
「惡疾を患う」と書いてありますが、リウマチを患って居られたと云う話です。リウマチで手足の関節が醜く畸形に腫れ上がっていたので、慧可禅師が「お前のような病気のものは、私に会ったって仕方がないじゃないか、もう帰れ」と仰ったそうです。
そしたら僧璨は、「肉体は病気でも、心はあなたの心と一つです」と一所懸命の思いで云った。 それが慧可の気に入った。 「成る程、この男中々えらいことを云う」こう思って、「それじゃ弟子にしてやろう」と云うので 弟子になったそうです。ところが弟子にはなったが僧璨と云う坊主はそのリウマチが治らないのです。 リウマチが治らないので、「肉体は病気でも、心はあなたの心と一つの心である」自分の本性は、実相は、一体だと言ったのですけれども、病気は治らないものですから、どうかして治したいと思った。
そして「この病気、この病気、どうしたら治るだろう」と「病気のことを思いつめていました。 或る日のこと僧璨が師匠慧可のところに罷(まか)り出て、「私は罪業が深いものですから其の罪業 の現れとしてこう云う風に病気が現れているのです。ですから其の罪業と云うものを浄めたいと思い ます。どうぞ滅罪の行事を行って下さい」かう慧可禅師にお願いしました。
慧可は、「よし、それじゃ滅罪の行事をしてやろう」と仰った。そして、「これから、お前の罪業を 今消してしまう行事を営むから、其の罪業を此処に持って来い」と言った。さぁ僧璨はびっくり したのです。罪業を持って来ようと思って何処にあるかと思ったのですけれども、見つからない のですね。
達磨が「心を持ち来たれ」と云ったのと同じことでありますが、師風を弟子は繰返すものであり ます。慧可が達磨大師に悟らしめられた時には、「お前の迷っている心を此処に持って来い」と 云われてハッと「心」に実体がないことを悟ったのですかが、罪業にも実体がない。実体がない ものは架空です。架空はウソであって、自分が「罪業深い」と思って罪業と云うものを把んでい る間だけあるのです。
つづく
<平成28年1月11日 謹写> ありがとうございます 合掌。
|
|