「三者会合」は信憑性があると判ずる理由 (8647) |
- 日時:2018年01月05日 (金) 10時12分
名前:破邪顕正
「三者会合」を重要視する私の投稿に対して、それを「事実」として扱うことへの疑義が呈せられていますので、私がなぜ、そう判ずるに到ったのかの理由を申し述べることにいたします。
まず第一に、「三者会合」の場所がきちんと特定されていることを指摘したいと思います。
投稿主の「事情通」さんの書き出しはこうなっています。
>事情通は、その場に居られた方から当時の様子をお聞きしました。
雅宣氏がまだ普及協会で本部職員でなかったころに三者会合が原宿の某中華料理店で行われました(南国酒家より下った小さな料理屋です今は洋菓子店になっています)
参加者は谷口清超先生・谷口雅宣氏・その会合を企画した谷口貴康氏です。<
ここまで会合場所が特定されているのに、そこでの話し合いは、事実とは異なる、フェイクだ…などと言えるでしょうか。
この、断定的な書き方からしても、十分に信用するに値すると思うのが普通の感覚、判断ではないでしょうか。
次に掲げたいのは、「三者会合」でのやりとりと阪田先生が示された三条件≠ニが見事に平仄があっているという「事実」であります。
まず、一つ目の条件である「生長の家から時代に合わない皇国史観を排除する」ということ。
これは、この箇所に合致するのではないでしょうか。
>最後に席を立つときに、雅宣氏が疑いを持っている人達(祖国と青年協議会賛同者 筆者註:『祖国と青年』を発刊している日本青年協議会賛同者)を差したものだと思われるが、「そもそもあんな古臭い皇国史観ではだめだ」と言い放ち、それに対して少し驚いた清超先生は「まあそういうことは自分で確かめてからにしなさい、貴方の思っているような本部ではないと思う」<
ここに「皇国史観」ということばがちゃんと出てきます。
なるほど、この言葉は、一応「雅宣氏が疑いを持っている人達」に向けられたものではあります。
では、当時、この人達≠ヘ何を目指していたのでしょうか。
言うまでもなく『理想世界』誌・百万運動でありました。
それは、天皇陛下を仰慕する百万の青年を生み出し祖国再建への道を切り拓く≠ニの壮大なロマンを掲げての運動でありました。
それを最も支持し、支援下さっていたのが、尊師・谷口雅春先生に他なりません。
現に、昭和51年1月8日、『理想世界』誌・百万突破したときの拡大最高首脳者会議で、尊師はこうお話になっています。
《ただ今、副総裁先生から少し無理が出て来ているという話がありましたけれども、無理が通るのでないとダメだと思うのです。
つまり、限界を超克するという問題です。
そうでなければ現状は破ることが出来ないと私は思います。
『理想世界』があんなに増えてきたのも…日本国家を守らなければならない。
今の憲法では日本の国はなくなってしまうという危機感もあって…それを救うのは生長の家の他にはないという気持ちがあるからです。》
ですから、私は、総裁が「雅宣氏が疑いを持っている人達」に向けて発したとされる「皇国史観」ということばは、当然、尊師の教えに向けられたそれとしてあると判断してもいるのです。
つまり、総裁の本心は、「雅宣氏が疑いを持っている人達」が信奉してやまない尊師の「天皇信仰」を拒否するものとして、ここで「皇国史観」を登場させたのであって、それを直感したからこそ、松下・前理事長は、その表現をあえて「生長の家から時代に合わない皇国史観を排除する」と要約せられたに相違ないと私は思っています。
次の「情報が全て自分に直接入る部署を作る事」については、三つ目の「旧青年会の関係者を排除すること」とも連動していて、この箇所と見事に合致しています。
>青年会中央部とそのOBには表と裏のある信用できない人達がいるので何とかならないのか。
そういう人たちの中ではとても仕事ができない。
そのために正しい情報が総裁や自分に入る組織を作ってもらわないと困る。<
「そういう人たちの中ではとても仕事ができない」という言葉は、そういう人を外さないと自分は本部に入って仕事ができないという意味合いを含ませていますから、まさしく「条件」というに相応しいものではないでしょうか。
こう見てくれば、「情報通」さんが投稿した「三者会合」の内容が三条件≠ニして要約されたのも決して故なしとはしない。
換言すれば、この三条件≠裏打ちするものとして「三者会合」の投稿があったとも言い得るわけです。
そう考えたからこそ、私は、この「三者会合」の投稿内容は、事実≠ニして認定しても決しておかしくはないと判断するに到りました。
この私の判断は、それでも間違いであると言われるのでしょうか?
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