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ゾイド系投稿小説掲示板

自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。

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[504] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-@ 城元太 - 2015/10/26(月) 20:40 - HOME

 地震竜の長大な尾が唸りを上げて迫る。
 回避の暇を得られず、1機の白い鹿が機体ごと弾き飛ばされていった。

各機セイスモサウルスの頚部と尾部の旋回半径より離脱、スラスターランス突入隊形を組め

 ランスタック5機が藤原玄茂(はるもち)の指示に従い間合いをとるが、攻撃法を見透かした地震竜は、全身に備えられた連装ビーム砲の一斉射撃を行った。放射状に広がる無数の光の雨を全て回避するのは為し難い。光の豪雨が過ぎ去った後、その場に残っていたのは、満身創痍の玄茂の機体のみであった。戦闘不能同然のランスタックを一瞥すると、地震竜は再び長大な頸を振り上げ、炎上を続ける常陸国府へ向けゼネバス砲発射態勢を整える。腹部オーロラインティークファンが荷電粒子を吸収し、頚部の放熱板が鮮やかな輝きを放ち出す。小振りな頭部の咢より破壊の閃光が放たれようとする刹那、黄金の角が頚部中央より首を貫き、加速途中の荷電粒子を撒き散らした。
 ひときわ巨大なトゥインクルブレイカーを振り翳すランスタックブレイクが、数十の群れを従えて地震竜の反対側より現れる。

玄明(はるあき)、なぜここに来た。お前は来るなと小次郎殿に止められていたはずだ

「元はと言えば俺が常陸の不動倉を破ったために起きたこと。それにこれだけの大戦(おおいくさ)に、兄者は俺がいつまでも黙って指を咥えて見ているとでも思ったか」

 トゥインクルブレイカーが根こそぎセイスモサウルスの頚部を砕き、続いて胴体中央に黄金のスラスターランスを衝き通し、即座に地震竜のコアを沈黙させる。

「俺が来たからにはソラの好きにはさせん。小次郎を援護する。次の竜を討つ、俺に続け」

 セイスモサウルス金鬼(きんき)を葬ったランスタック部隊は、新たに北でゼネバス砲を放つセイスモサウルス隠形鬼(いんぎょうき)に向かい突入していった。



『常陸国府の戦い』に於ける建築物への被害は以下の通り。

〇国府
 正殿;建物の一部への荷電粒子砲命中により半壊炎上。
 拝殿;ゾイドの戦闘により全壊(※ディバイソン、ソードウルフ、イクスによる破壊と推察)。
 後殿;損害無し。
 東脇殿;ゾイドの戦闘により全壊。
 西脇殿;炎上を免れるも、略奪行為によりほぼ半壊。

〇国分寺
 金堂;火災により全壊。
 講堂;被害はないものの、避難させた家財は全て略奪に遭う。
 舎利塔(七重塔);荷電粒子砲直撃により炎上全壊。

〇惣社;荷電粒子砲直撃により半壊、後に伴類ゾイド襲撃により全壊。


 常陸は親王任国のため、都に居座る遙任太守に直接被害が及ぶことは無い。しかし実質上の管理者たる常陸介藤原維幾(これちか)が蹂躙されたことにより、国衙の統轄機能は消滅した。
 一般にこの戦は、平将門による一方的な破壊と記される場合が多いが、被害状況を俯瞰した場合、実質的にはセイスモサウルスの超長距離集束荷電粒子砲による砲撃被害が大部分であり、石井勢の関わる破壊は拝殿及び東脇殿に限られる。
 公式記録は往々にして為政者側の立場で記述される。バイオヴォルケーノもろとも国衙を破壊し、坂東に混沌を生み出そうと画策した藤原秀郷の、後の威光を前に(従四位下を猟官)、在庁官人側でもセイスモサウルスによる砲撃被害を上奏せずに済まし、破壊の責任を全て小次郎に負わせてしまったと思われる。 
 通常であれば、要を失い無政府状態となった地方民が一斉蜂起を起こしがちだが、国府焼失の後の常陸・下総は平穏を保っていた。偏に、民の小次郎への敬慕の念が働いていたからである。それは新たな統治者の台頭を示す。
 坂東は新たな時代(ジェネシス)を迎え入れようとしていた。

 焼け残った国府正殿の庇の下、陣幕を張った小次郎の前で、乱れて被った烏帽子を整えようともせず、常陸介(ひたちのすけ)たる藤原維幾(これちか)は嫡子為憲(ためのり)の躯に縋り嘆き続けていた。

「叔父上、三度に渡ってバイオヴォルケーノの量子転送の依憑(よりわら)とされた為憲殿の脳髄は、早急の回復は無理と思われます。幸いにして、先にヴォルケーノに搭乗し同様の症状となった小野諸興(もろおき)殿は快方に向かっております。時か経てば回復すると信じてお待ちください」

 物腰穏やかな四郎将平が維幾の側に寄り語りかけるが、初老を迎えようとする介は悲しみの為何も聞こえない様子であった。受領(ずりょう)として無難に任期を終えようとしていただけの在庁官人には、渦巻く時代の奔流に抗う力は無かった。

「焼けてしまった以上、叔父上殿を国衙に残すわけにもいかぬ。皆にはこれより鎌輪(かまわ)に移って頂く。私の石井以前の営所だが、住まうに不自由はないはず。維幾叔父には此度の戦の責任の所在を明確化させるための過状を認(したた)めて頂くと共に、必要な家財を集め、為憲と共にグスタフに乗って頂く事とする」

 会話は無理と諦め、小次郎は平伏(ひれふ)したままの付き添い人に聞こえるように告げる。その際、付き添い人が携えた、焼け焦げた葛篭(つづら)を仰々しく小次郎に差し出した。

「なんだそれは」

 逡巡する小次郎の傍らより、何処よりか現れた興世王(おきよおう)が抜け目なく手を伸ばし、葛篭の中身を確認する。

「常陸国の印鎰(いんやく)だな。確かに受け取った」

「何のことだ」

 興世王の唐突な行動が腹立たしく、小次郎は幾分声を荒げて問い質す。

「お教えしよう。印鎰(いんやく)とは国印であるとともに国府に付随する正倉(しょうそう)の鍵。御覧なされ、『常陸国印』と陽刻されておるじゃろう。ソラへの上申文書には必ず捺され、国の管轄者を示す印(しるし)。これを手に入れたということは、つまり国衙は、将門殿を常陸の統治者として受け入れたということである。
 いや、誠にめでたい。新たな坂東の覇者が誕生した祝いをせねばのう」

「お待ちくだされ興世王殿、私はそのような野心など毛頭有しておりません。私はただ、藤原玄明への追捕状撤回と、ここに寄宿していた太郎貞盛を討ちたいが為に出張って参っただけであり……」

「判っておる、判っておる。
 まずは将門殿、配下の兵達もお疲れじゃろう。詳しいことは私どもにお任せくだされ」

 頼みとなる伊和員経(いわのかずつね)が臥せっている以上、弁舌に関して小次郎は到底興世王に敵うものではない。そして確かに疲れ切った己の身体を、一刻も早く休ませたくもあった。

「三郎、四郎、遂高(かつたか)。後は任せる」

 未だに硝煙燻ぶる国府跡を、小次郎は泥の様に疲れ切った身体を引き摺り、陣幕の奥へと消えていった。


 頬に小さな掌が纏わり付く感触を受け、小次郎は目覚めた。

「お目覚めですか」

 見ると右脇腹に身を寄せ、多岐が穏やかな寝息を立てている。夜空には二つの月が真円を描いて昇り、廃墟と化した国府跡を浮かび上がらせていた。
 惑星南半球での霜月も廿日(はつか)を過ぎ、季節は梅雨入り前の初夏を迎えている。湿気を含んだ蒸し暑い夜に、何処よりか涼やかな風が送られていた。半身を起こせば、手にした団扇(うちわ)を扇ぐ桔梗の姿と、主を守るべく猫の如く蹲(うずくま)る村雨ライガーの機体とが見て取れた。

「良子はどうした」

 桔梗が口元を押さえ静かに笑う。

「やはり奥方様は、小次郎様にとって最も愛しい方なのですね」

 光を失う代償に、全ての記憶を取り戻した桔梗は、既に以前の少女の如き桔梗ではない。

「俺は別に……そんなつもりで問うたわけではない。ただ、良子の所在が気になっただけだ。それに三郎達も……」

 押さえた口元の指を一本にし、声を潜めて桔梗が告げる。

「良子様は小太郎様と共にお休みです。三郎様達は交代でゾイドによる哨戒を行っております故、どうかご安心なさりませ。多岐様は、どうしても父上と一緒に寝るのだと仰いましたので、こうして私がついておりました」

「寝ずに、か」

 月明かりに、肯く仕草が見える。

「定めとはいえ、間もなく尽きる命です。寝る間も惜しまれる故、できるだけ目覚めていたいのです」

 宵闇に隠れ、桔梗の白濁した瞳を見ることはない。刻(とき)は着実にして残酷に、桔梗の身体を蝕んでいるに違いなかった。

「怖くないのか」

 起き掛けの朦朧とした意識からか、小次郎は無遠慮な問いを発し、直後に激しく後悔した。だがそんな小次郎の葛藤とは別に、桔梗は変わらず静かに応じていた。

「恐ろしゅうございます。でも、死ぬのが恐ろしいのではありません。
 蘇った私が――記憶を書き換えられた私が、再び貴方様の命を狙おうとするのではないかということが。
 もう、生き返りたくありません。ここでこのまま、命を終わりにしたい」

 桔梗の偽らざる心の叫びであった。
 月は何も言わず、白く闇夜を染め上げていた。


 藤原純友より託させたタブレット画面の一角が点滅していた。
 身形(みなり)を軽く整え、篝火(かがりび)の下で巡回を続ける兵に犒(ねぎら)いの言葉をかけると、小次郎は四郎将平の姿を探す。幸いにして、四郎は篝火を灯りにして書物を読み耽(ふけ)っていた。

「兄上、このような時刻にお目覚めですか。今宵は私や三郎兄にお任せされたはず。どうかお休みを」

「心遣い、礼を言う。お陰で英気を養うことができた。三郎は、それに玄明はどうした」

 軽く目を擦って書物を閉じ、四郎が大きく伸び上がる。

「玄明殿は玄茂殿と共に鹿島にお戻りになられました。兄上の戒めを破ったのが余程応えたのか、酷く意気消沈しておられました。
 悉くセイスモサウルスを討ち倒して頂いたのですから、何もあれほどお責めにならぬとも宜しかったのでは」

「彼奴には良い薬だ。それに数日経てば涼しい顔をして現れる。同情は無用だ」

 粗野で髭面な藤原玄明が、背中を丸めて去って行く姿は滑稽であり、小次郎は思わず失笑していた。

「三郎兄上は剣狼(ソードウルフ)にて周囲を哨戒しております。貞盛殿の零イクスを仕留められなかったのが余程腹に据えかねたらしく、若しも再び襲撃があらば必ず決着を付けると息巻いておられました」

(やはり逃げ延びたのか)

 小次郎はまたも、心の何処かで安堵する感情を抱いてしまっていた。 

「ところでこれを見てくれ。相変わらず俺はこれの扱いは苦手だ」

 四郎は小次郎が差し出したタブレットを受け取ると、点滅する一角の記に触れ、転送されていた量子暗号文を手早く画面に展開した。

「――純友様からの便りです――いけませんね、もう都を越えて伊予国日振島(ひぶりじま)にまで伝わっているとは」

 渋面を浮かべた四郎が手渡すタブレットには、喜々として常陸国府陥落を賞賛する言葉が連なっていた。

「相変わらず耳聡(みみざと)いお方だ」

「笑い事ではございません。兄上、都へ維幾叔父の過状を提出すると共に、至急兄上自身の書状も認めてください。滝口(の武士)時期の人脈を頼りに、関白藤原忠平様やその子蔵人頭(くらうどのとう)師氏(もろうじ)様に取り成しを願い、反逆者の汚名を拭っておくべきです。書面作成に関しては私もお手伝いします」

反逆者≠フ言葉が、小次郎の胸を衝く。深夜にも関わらず目覚めてしまった理由でもあった。常陸国衙がソラの地方統轄拠点であることは言うまでもなく、それを襲撃してしまった以上、小次郎は既に反逆者の汚名を負っている。加えて先にゴジュラスギガで都へ逃走した源経基(みなもとのつねもと)の訴状や、貞盛の帯びた追捕官符が生きているのは、小次郎の地位を脅かすには充分であった。

「わかった。考えておく」

 深く頭を垂れる四郎を背に、小次郎は仮設の馬場に向かっていた。誰にも見られず思いに更けることができるのは、村雨ライガーの操縦席しかない。蹲る獅子の鬣(たてがみ)を見上げ佇むと、殺気はないものの、人の気配を感じた。

「探しておりましたぞ将門殿」

「貴方まで。こんな時刻に何をなされていたのか」

 酒徳利を提げ、上気した顔色の興世王がまたもや何処よりか現れた。メガレオンやイクスより、ある意味神出鬼没とさえ思えた。

「人払いをした上で、一度深く談義したいと思っていたが、好い機会だ。
 将門殿に問う。貴公はこの先、如何にこの事態を収束させるお積もりか」

 正直なところ、小次郎は興世王に絡まれるのは苦手であった。寝首を掻くような事は無いが、武蔵武芝(むさしのたけしば)の件にせよ、印鎰の件にせよ、時折無分別な行動が見られる。都暮らしが長い故、人の世の汚れに浸り過ぎ破天荒な性情に偏っている節も思える。
 即答せず、無言で村雨ライガーを見上げていると、興世王は手にした椀を差し出した。
 白濁した濁酒(どぶろく)の色は桔梗の瞳を思わせ、到底口に運ぶ気分にならない。いつまでも受け取らない椀を引っ込めると、興世王は相変わらず無遠慮に語り出した。

「のう将門殿、我らは既に国府を一つ落としてしまった。一国を討つと雖(いえど)も、ソラの責めは重いだろう。
 然らばいっそ、坂東全域を手中に収め、ソラの出方を窺ってみては如何であろうか」

 獅子身中の虫。

 それは小次郎にとって、悪魔の囁きとなる。

[505] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-A 城元太 - 2015/11/08(日) 07:20 - HOME

 配下の海賊衆が異様な姿となって帰還したことが、平将門蜂起の報せに色めき立っていた日振島に水を注した。
 帰還した数人全員の頭部に血塗れの包帯が巻かれ、巻目の隙間から覗く眼からは恐怖と怒りがありありと浮かんでいる。

「摂津へ向かったバックミンスター・フラーレン輸送船団強襲部隊は、我らを除き全滅しました」

 語る者が誰か判別し難いのは、顔が包帯で覆われていたからだけではない。

「恒利(つねとし)の率いたシーパンツァー部隊は如何にした」

 純友の問いに、血塗れの包帯が項垂(うなだ)れ一斉に首を横に振る。

「藤原恒利殿の搭乗するシーパンツァーは、播磨介島田惟幹(これみき)の操る骸骨の如きゾイドの、長大な角に殻ごと貫かれ破壊されました。生死の確認はできませんでした」

「長大な角を持つ骸骨の如きゾイドだと」

 純友の脳裏に、小次郎と語り合った記憶が呼び起こされ、佐伯是基と顔を見合わせ肯く。

「龍宮のゾイド、バイオトリケラだ。坂東に続き、遂に瀬戸の海道にまで現れたか」

「殺しても死なぬような恒利のジジイが斃(くたば)ったとは俄に信じられん。それに播磨の島田は、鴻臚館(こうろかん)で藤原文元らのアクアコングが仕留めたはずだ。奴はまだ生きていたのか」

 毒づく魁師(かいすい)の一人、津時成(つのときしげ)を純友が制する。

「島田もあの戦いで無傷ではありませんでした。ハンマーヘッドの爆発に巻き込まれ全身に火傷を負い、顔の爛れを隠す面頬(めんぼう)を装着していました。そして、『貴様ら海賊衆にも、同じ目にあわせてやる』と言い……」

 奇妙に鼻に抜ける声であり息が荒い。顔の造作が平板になっており、本来そこに盛り上がっている筈の鼻梁と外耳が無く、代わりに包帯に血糊が滲んでいる。

「輸送船団は囮でした。ホバーカーゴ十数隻を擁し、備前介藤原子高(さねたか)率いる無数のハンマーヘッド部隊に加え、蛇腹剣のように角を分解させて飛ばす骸骨ゾイドに襲われたのでは、我らのシンカーとシーパンツァーではひとたまりもありませんでした。
 破壊され一命を取り留めた同胞もおりましたが、我ら以外は惨殺されました。惟幹達は残った我らを牢より曳きだし見せしめ≠ニ称し、このような屈辱を。
 純友の殿、海賊衆の名を汚し、副将藤原恒利殿を含め同胞を救えなかったこと、お許しください」

 すすり泣こうにも、鼻梁を削ぎ落とされた顔からは、穴の開いた鞴(ふいご)のような空気の漏れる音が虚しく響くだけであった。
 拱手した腕を解き、純友が低く腹から発する声で下令する。

「三辰(みたつ)、直ちに素っ葉を放ち子高と惟幹の居場所を探れ。主はストームソーダージェットで畿内に飛び、量子暗号を以て追捕海賊使の動向を逐一報告せよ」

「承知仕った」

 恒利を失い、唯一の副将となった藤原三辰が機敏に純友の指示に応え行動に移る。

「藤原文元(ふみもと)、文用(ふみもち)兄弟と三善文公(みよしのふみきみ)はアクアコングにて出撃。瀬戸の海に潜伏し、機あらば惟幹の息の根を止めてこい」

「言うまでも無きこと、死にぞこないの惟幹と小賢しい子高共々、此度こそ葬って見せまする」

「是基、アーカディアの内部艤装の人員を増やし、如何にしても稼働可能となれるよう急がせよ。動かぬままでは敵の的になるだけだ。空戦用ウルフの改造と同時進行となるが、やれるか」

「是非もない事」

 佐伯是基もまた、力強く肯く。純友は再度その場に集う海賊衆を見回し下令した。

「子高達は間違いなく攻め寄せてくる。神≠ニの戦いに挑む前に、俺たち海賊衆が受けた屈辱、必ずや返させてもらう」

 純友の怒りに呼応するかの様に、黄金の繭の下の眼光が赤く灯る。巨獣に宿る魂の鼓動が、殷々と瀬戸の波浪に響いていた。



 師走十一日。石井の軍勢は常陸の国境を越え、下野国に向かっていた。
 常陸国府の戦いに於いて討ち漏らした宿敵、貞盛が下野に逃走したという出処不明の情報を得ていたからだ。確かに、常陸国府の支援を失った貞盛が向かう先が、下野に暗然と君臨する土豪、藤原秀郷の元である可能性は高い。世渡りに長けた貞盛が老獪な秀郷と手を組めば大きな脅威となる。逸早く下野に入り、貞盛の動きを封じる必要があると判断し、小次郎は軍勢を動かすに至ったのだ。
 大毅(大軍)を以て越境の際には、本来であれば各国衙より通過の承認を受ける必要がある。だが既に、常陸国衙には管轄能力は無く、また下野国衙からの咎も無かった。小次郎の勢いを止める者は、坂東には藤原秀郷を除き存在し得なかった。
 石井勢は、小次郎の村雨ライガー、三郎将頼のソードウルフ、多治経明と五郎将文のディバイソン、更に修理相成った文屋好立のザビンガと、伊和員経のデッドリーコング、加えてエレファンダー・スカウタータイプを繰って興世王が参陣し編制されていた。良子のレインボージャーク、桔梗と多岐のバンブリアンは、藤原玄明達のランスタック部隊と共に後詰となり、下総の守りを固めるため帰郷していた。
 出処不明の情報に謀られたと見せかけ、小次郎は真意を隠していた。

――遂に、藤原秀郷と逢い見える。

 龍宮より与えられた避来矢エナジーライガーと、瀬田の唐橋よりスタトブラスト化を解き蘇らせた巨大要塞型ゾイドアースロプラウネ≠擁し、密かに坂東の覇権を窺うと噂される土豪、藤原秀郷。
 俵藤太秀郷は、群盗桔梗の前を都で跳梁跋扈させていた。
 バイオゾイドを水守の平良正に貸与し、骨肉の争いの戦禍が広がるのを助長した。
 セントゲイルを失う事も厭わず、再生された新たな桔梗を小次郎の懐に送り込んだ。
 メガレオンを配下とし暗躍させ、時には貞盛を救出した。
 そして常陸国府の戦いには、四匹の地震竜セイスモサウルスを派遣し、超長距離荷電粒子砲を以て、バイオヴォルケーノごと石岡の町を灰燼へと化した。
 高度な遺伝子工学技術を有し、生体を媒介とする物質転送装置をも操る未だに正体の掴めない俵藤太秀郷が、果たして大人しく会見に応じるだろうか。
 武門の誉れ高く、嘗て少年時代の小次郎は、鎮守府将軍であった父良持に次いで、俵藤太秀郷に憧れていたのだ。
 時は巡り、互いに坂東の覇権を競っている。
 人がいつまでも少年のままではいられないことを、小次郎は噛締めていた。
 思いに耽る小次郎の村雨ライガーの脇に、歩みを速めたデッドリーコングが併進する。僅かに開いた操縦席の隙間より伊和員経が合図を送り、矢文を射った。矢は微細な糸を曳き村雨ライガーに到達し、意図を汲んだ小次郎は手繰り寄せ操作盤に繋ぐ。

内密に申し上げたき義があり、通信索での手数願うことお許しくだされ

 直感的に悟る。

「興世王のことだな」

 滝口の頃より付き従って来た老練な忠臣は、武蔵武芝の一件以来、興世王の動向に疑念を抱き続け、幾度となく小次郎に諌言していたからだ。

彼の君は、都に居る頃よりあまり好い噂は聞きませんでした。此度の国境越えも、不肖ながら承服致し兼ねます。せめて私がもっと早く戦陣に復帰して居ればお諌めしたものを

 暴走したデッドリーコングでバイオヴォルケーノと赤いバイオメガラプトル3匹を撃退した代償に深手を負い、永らく戦線を離脱していた員経だが、療養期間中も的確に主君の心情を読み取っていた。小次郎の脳内で未だに、興世王の言葉が渦巻いていることを。

『坂東全域を手中に収め、ソラの出方を窺ってみては』

 噯にも出さなかった野心を暴かれた心持ちであった。下野への進軍という直接行動に映ったことに、影響が無かったとは言い難かった。

「員経の懸念は俺も判っている」

 小次郎は操作盤に浮かび上がる村雨≠フ文字を一瞥する。

「だが先に話したように、此度の下野入りの目的は貞盛の探索と秀郷への牽制だ。戦となれば受けて立つ覚悟はあるが、相手には未だ目立った動きは無い」

 員経に語る言葉とは裏腹に、鬩ぎ合う小次郎の心情は、また別の憂いを描いていた。

――ソラは、坂東のことなど歯牙にもかけていない。

 操縦席の中、員経に聞こえぬように舌打ちする。

「何も直接唐沢山に乗り込もうというのでもない」

――苛斂誅求なる圧政により、民は疲弊極まり、腐敗した国司達は尚も租税を搾り取ろうとする。

「まずは下野国衙に入り、正式に国司に承認を得てから領内を移動するとしよう」

――漸く大地に根付いたジェネレーター樹々の恵みは民に渡らず、なけなしのレッゲルさえ奪い去っていく。

「下野の国司は誰だ」

確か、大中臣全行(おおなかとみのまたゆき)であると記憶しております。但し国司交代の時期ゆえ、或いは別の人物が就任しているやもしれませぬ

――ゾイドウィルスのワクチンプログラムが在りながら、施しを成す気配もない。

「誰が国司でも、俺が礼を尽くせば構わぬだろう。正式に解文を貰い、唐沢山に向かえば秀郷とて無下に会見を断ることもできぬだろうて」

――火雷天神であれば、何と答えるであろうか。このまま朴訥として、ソラに従っていることが正しいとは到底思えぬ。

殿の考えに従います。間もなく橡木(とちき)に入ります。差し出がましき事を申しました

 通信索を裁ち、デッドリーコングが下がっていく。
 進軍する街道沿いには見慣れた田畑の風景が途絶え、代わって俄かに人家が密集し始めていた。やがて進路の先に豪華な正殿と回廊を備えた下野国衙の棟棟が見えてきた。

――下総も上野も、武蔵も常陸も下野も同じだ。民より毟り取った財によって建てられ、無数の民が蔑ろにされ続けている。

 無性に怒りが込み上げる中、小次郎は国衙の門前に跪く者達を目にした。

「国衙の役人どもではないか」

 中央に平伏するのが国司大中臣全行に違いない。

「興世王め、またもや策を弄したな」

 思い返せば、乗機エレファンダーをファイタータイプに非ずスカウタータイプで臨んだのか理由が解せなかった。背部に装備された強力なレーダービークルは強力な指向性を持った通信機能を備える。エレファンダーは逸早く下野国衙に石井勢到着の報を送り、出迎えの準備を整わせたのだった。
 大凡の脅し文句は想像に難くない。

坂東の覇者、平将門公の御到着に当たり無礼の無いよう出迎えるよう手筈を整えよ

 小次郎は期せずして、下野国衙の篤い出迎えを受けることとなる。
 だがそれが、小次郎を更に追い込む事態に至るのを、小次郎自身まだ実感し得ていなかった。

[506] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-B 城元太 - 2015/11/19(木) 06:10 - HOME

「遂に村雨ライガーが現れたか」

 齢に似合わぬ隆々たる体躯をした武士(もののふ)は、矢射場に齎(もたら)された報告に朱塗りの強弓を磨く手を止めた。

「下野国の印鎰(いんやく)のみならず、ソラに提出すべき正税帳・大帳・貢調帳・朝集帳、そして公廨(くがい)禄(=給与)を根こそぎ奪い、前(さきの)国司大中臣全行及び赴任したての藤原公雅(きんまさ)を官人共々東山道に放逐したとのことです」

 短くなる足元の影を蹴り、武士が立ち上がる。

「千晴(ちはる)、下野国衙に参る。平将門という男の器量を計るのだ。即刻ゾイドを牽け」

「お待ちください父上。供の支度もなにも、未だ整っておりませぬ。せめて岩舟(いわふね)に待機している貞盛殿にお伝えしてからでも」

「供などいらぬ。貞盛に伝える必要もない。この俵藤太秀郷自らが、単機にて国衙に乗りこむのだ。二連装チャージャーキャノンとチャージャーガトリングは外せ。無用な武装は相手を警戒させる」

 白金の槍を備える濃紅の獅子が車宿より曳き出され、見る間に複数の銃身を有する物々しい武装が取り外された。エナジーチャージャー伝導管をチャージウィングへと繋ぎ換えられると、身軽となった獅子が荒々しく身を捩(よじ)る。分厚い装甲に守られた頭部搭乗席に主(あるじ)たる秀郷が滑り込むと、双眸に琥珀色の光が灯った。

「平小次郎将門。どのような男なのか……愉しみだ」

 紅玉の翼に光を漲らせ、エナジーライガーは矢の如く国衙の方向へ疾駆していった。



 開放された門扉より国の司(つかさ)の去った国衙正殿に入った小次郎は、国の民たる郡司や伴類、そして出入りする庶子の活気に目を見張った。
 一種の無政府状況(アナーキー)にありながら、秩序が保たれ続けている。国司という重荷を解かれた人々は、解放者(リベレーター)として小次郎達を速やかに受け入れていた。村雨ライガーやデッドリーコング、ソウルタイガーとソードウルフの周囲には人だかりができ、特に愛らしい容貌をしたザビンガの前には多くの童子たちが歓声を上げている。背部搭乗席に立つ文屋好立(ふんやのよしたつ)も満更でもない様子で、頻りに手を振り応じている。

「はぁ将門様は天子様の御子孫ださぁ、こんげ国府さ入っておわしてくださるか」

 平身低頭し、嘲る素振りなく奏上する郡司の言葉は酷く訛っていて聞き取るには難しい。だが目の前に並べられた心尽くしの食膳を見れば、誠実な姿勢は覗い知れた。下野の山野に育まれた食材に舌鼓を打ちながら、暫しの寛ぎの時を味わおうとしていた時、座に列していた伊和員経(いわのかずつね)が渋面を作ったまま近寄り、声を潜めて小次郎に耳打ちした。

「我らの目的は、越境と俵藤太との面会の承認を国衙に得る為であり、国司を放逐することではありませぬ。此度の所業は更なるソラとの衝突を生む原因ともなります。至急大中臣殿達を呼び戻し、国衙より軍勢を退くべきです」

 口元に運ぶ箸を止め、小次郎は途端に沈鬱な思いに駆られた。
 国衙占拠は結果論であった。決して望んで為したわけではなく、興世王の放った一報が常陸国衙の二の舞を恐れた下野の官人全員を震え上がらせてしまったのだった。国司達は印鎰を渡し「這う這うの体」という形容に最も相応しい姿で一斉に碓氷坂(うすいのさか)へと逃走したのだ。
 主君の立場を憂い、責めを恐れず箴言する員経の存在は得難い。員経の言葉通り、一刻も早く誤解を解くために国司達を呼び戻すべき由は判っている。一方で、漸く辿り着いたばかりの下野で、臣下を含め郎党及び従類にも暫しの憩いを与えたくもあった。

「然る後にザビンガを東山道に向かわせよう。だが好立も到着したばかりだ、少し休ませてやってもよいだろう」

 兵を労(いたわ)る小次郎の言葉に逆らうこともできず、員経は文屋好立への令を伝える旨を復唱し、ゾイドの待つ車宿りへと下がっていった。沈んだ宴の場を取り繕う意味合いもあって、小次郎は何気なく問いかけた。

「郡司殿、百足型ゾイドアースロプラウネ≠御存知か。そして俵藤太殿とは一体どの様な方なのだ」

 その言葉が、更に宴の場を凍り付かせた。下野の者達が一斉に強張り動揺する。意を決した郡司が床上をそそくさと這い寄り、小次郎に近寄り声を低めて囁いた。

「藤太様が三毳山(みかもやま)に飼うておられる大蜈蚣(むかで)の事、どちらで聞きましたか」

「遊行の乞食(こつじき)、空也という上人殿だ。瀬田の唐橋より再生された大百足と聞くが、主(ぬし)たちは見たことがあるのか」

 半身を反らして大仰に掌を振り、郡司は必死の形相で否定する。

「滅相もない。そんなことを申さば命さ取られます。その空也上人様がどんなお方かわがんねが、将門様、どうか我らが言ったんじゃねえことは伝えてくだされ」

 声が上擦り額に薄らと汗が滲む様子から、只ならぬ気配を察した。
 民が恐れているのは国司ではなく秀郷だ。
 小次郎は下野を厳然と牛耳る俵藤太の片鱗を垣間見た思いであった。
 不意に国衙の回廊を荒々しく踏み鳴らす足音が響き、勢い任せに襖が開く。

「兄者、単機にて接近するゾイドを興世王のエレファンダーが察知した。凄まじき熱量を発する機体ゆえ、俵藤太に違いない」

 三郎将頼より、珍客の来訪が告げられた。期せずして、小次郎が少年時代に憧れた武士との邂逅の機会は訪れたのだった。

「宴を閉じる。対ゾイド戦の備えをせよ」

 臨戦態勢を告げる言葉に、正殿内には一斉に緊張が奔っていた。


 探知・索的能力に最も長けている興世王のエレファンダー・スカウタータイプが、石井勢にとっての臨時の指揮所代わりとなっている。

「寄せ手の数に間違いないのだな」

 小次郎が村雨ライガーで近付いた際、車宿りに待機するエレファンダーの操縦席で、二重式の搭乗席装甲板と巨大な牙ツインクラッシャータスクを足場とし、五郎将文が懸命に操作盤を覗き込んでいた。興世王が思わず不平を漏らす。

「そのように顔を近付けられては索敵操作ができぬ。直接スカウタービークルに移りディバイソンに通信索を接続すればよいであろう」

「では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 いつの間にか横付けされた多治経明(たぢのつねあきら)の操るディバイソンが接近し、五郎の手筈で通信索を接続する。村雨ライガーを含めた石井勢のゾイドに、ディバイソンを介してエレファンダーの探知した情報が一斉送信された。

「単機だと」

他の機影は見当たらぬ。だが油断召さるな、メガレオンやら零イクスとやらが随伴してきているやも知れぬ

その懼(おそ)れは少ないと思われます

 小次郎と興世王の会話に割り込んだのは、やはり五郎であった。

小次郎兄上、接近するゾイドは自ら認識信号を発しております。奇襲及び強襲の企みあらば、わざわざ旗竿立てて接近してくるような真似はしません。戦意は無きものと考えるべきではないでしょうか

 五郎の解釈は理に適っている。

「秀郷は、我らを見定めに来たのだ」

 小次郎は、秀郷の目的を瞬時に理解した。であれば、坂東武者たる者受けて立たねばなるまい。

「村雨ライガーのみで迎える。他の皆は国衙の敷地内にて待機だ」

 拝殿を背に村雨ライガーが突出し、陣屋門前に身構える。
 小次郎はムラサメブレードの反りを打つ。エレファンダーの探知した情報が次々と操作盤に流れて行くが、小次郎の眼は遠く唐沢山の方向に延びる街道に据えられていた。

「来た」

 光の翼を持つ濃紅の獅子が、炎天下の陽炎を纏い迫り来る。額の長大な一本角が乱反射し、装甲の金属光沢を紅色に煌めかせる。背部エナジーチャージャーより供給される光の粒子の脈動が翼を満たし、村雨ライガーを凌ぐ体躯を、村雨ライガー以上の速度で疾駆させている。

「避来矢エナジーライガー……好いゾイドだ」

 称賛は、小次郎にとっての『手強い敵』を意味していた。
 エナジーライガーが速度を落とし、村雨ライガーと六丈(≒20m)程の間合いを取り静止する。背部より放出される余熱に陽炎が立ち籠め、濃紅の装甲が揺らめく。微かな空気音と共に頭部装甲が開き、狩衣に大刀を携えた老練な武士が姿を現した。

「下野唐沢山俵藤太秀郷、または藤原秀郷と申す。坂東を束ねると唱える平将門殿に謁見したく、急ぎ唐沢山の営所より馳せ参じた」

 周囲を威圧する途轍もない気迫が漂う。相手が生身を晒した以上、同様の礼を以て応じるのが筋である。小次郎もまた風防を開き、村雨ライガーの頭部に立ち上がった。

「下総石井、平小次郎将門である」

 秀郷の眼光は小次郎を射貫かんばかりの鋭さで注がれる。棟梁として、臆することはできない。

「秀郷殿、貴公には予てより伺いたき義が多くある。仮の宿りとして逗留しているが、まずはこの国衙の域内に参内願えるか」

「是非もない」

 腹に響くような肉声で、秀郷は応える。
 暫し対峙した坂東の両雄は、互いに愛機とするゾイドに乗り込んだ。踵を返した村雨ライガーが先導し、濃紅の獅子が陣屋門を潜っていく。

 拝殿から続く車宿りで、文屋好立、多治経明、坂上遂高が同時に驚嘆した。

「なんという無謀な真似をされるのだ」

 村雨ライガーの太刀ムラサメブレードは、背を向けてしまえば背後の敵に無力となる。対してエナジーライガーは、頭部グングニルホーンの一突きで村雨ライガーの息の根を止められる。にも拘わらず、将門は無防備に背を晒し、エナジーライガーを先導して進んでいるのだ。

「平将門。敵として不足ない奴」

 碧き獅子と轡を並べる濃紅の獅子の中、心ならずも俵藤太秀郷は呟いていた。

[507] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-C 城元太 - 2015/12/01(火) 20:21 - HOME

 酒も膳も無い、乾ききった宴であった。
 下野国衙の車宿りに、鮮やかな色彩を為す鋼鉄の猛獣が対峙する。碧き獅子村雨ライガーと、濃紅の獅子エナジーライガー。二人の坂東武者は愛機の頭部に立ち、互いの気宇を探り合っていた。小次郎にとって、藤原秀郷を只の客人と看做せる筈もなく、また秀郷自身も、己が小次郎に如何様に認識されているかを知っていた。迂闊にゾイドを降りれば、小次郎はもとより、主君将門を慕う石井勢の家臣の暴走によって背後から斬り付けられる事態も想定される。対等な談判を行う為には、ゾイドを降りる訳にはいかない。一触即発の緊張の中、両雄の対談が持たれていたのだった。

「儂も全て手の内を明かすわけにもいかぬ。答えられることと、答えられぬことがあると、予め申し上げておく」

 グングニルホーンに摑まり、紅の鬣に片足をかける秀郷が声を張り上げた。

「私が伺いたい事と、貴公が答えぬ事とが悉く重なれば、場合によっては圧してでも問い質さねばならぬやもしれぬ」

 金色の鬣(たてがみ)を背に、小次郎が応じる。

「儂が答えぬといったら、如何にする」

「児戯の如く、無為に貴公の条件を受け入れるつもりはない」

 強硬な小次郎の答えに、しかし齢を重ねた武士の口角が僅かに上がっていた。秀郷は小次郎を一目見て看破していた。
 この男は卑怯な真似は出来ない、と。

「将門殿と干戈を交えるのは望まぬ。出来得る限り、貴殿の問いにお答えしよう」

 秀郷は巧みに衝突を逸らす。「出来得る限り」としか答えない。駆け引きでは、やはり老獪な秀郷に分があった。
 エナジーライガーが紅玉の翼を閉じて戦闘姿勢を解くに伴い、主に忠実な濃紅の獅子は、グングニルホーンに摑まったままの秀郷の身体を揺らすことなく、後肢を折って座り込む。獅子の尾が地に着き、緊張が解かれるのを機敏に察した村雨ライガーも、四肢の力を抜き僅かに伸び上がる。頃合いを見計らい秀郷が切り出した。

「将門殿は其処なる疾風(かぜ)と虹と雷(いかづち)を操る獅子、村雨ライガーを駆り、先に常陸国衙を蹂躙し、更にはこの下野国衙まで手中に収めた。巷では火雷天神の降臨≠ニして囁かれるが、この俵藤太秀郷、不肖ながら下野押領使として国の守りを与(あずか)る者である。此度の国衙侵略はソラへの明白な叛逆行為、このまま下野に留まり蹂躙するならば、押領使として見過ごすわけにはいかぬ」

 機先を制せんとする問いに、小次郎は怯まず応じる。

「然らば秀郷殿に質す。先程貴公は、御自分を下野押領使として国の守りを与(あずか)ると申されました。であれば私も、亡き父良持より受け継いだ下総の知行を守り、更には無辜の坂東の民の平安を守るべきものと自負して居ります。
 遡(さかのぼ)れば、子飼の渡の戦いで、水守の平良正にバイオメガラプトルを筆頭に大量のバイオゾイドを貸与譲渡したのは貴公である。
 常陸国衙を焼いたのも、専らセイスモサウルスの荷電粒子砲によるもの。剰(あまつさ)え常陸介藤原維幾(これちか)が嫡子為憲(ためのり)に妖しげなバイオヴォルケーノを与え、更には既に追捕状の出されている平貞盛に与(くみ)し、徒(いたずら)に坂東の安寧を破ったのは貴公と貴公の後ろ盾たる龍宮の仕業ではないか。
戦を挑まれれば受けて立つのが坂東武者としての習い。下野に長居するつもりは毛頭ないが、この先アースロプラウネという百足の化け物が現れようとも、受けて立つまでである」

「平良正やらとは、唐沢山に来訪したアイスブレーザーに会うたのみ。バイオゾイドの一件とて、前(さき)の常陸大掾(だいじょう)たる源護(みなもとのまもる)麾下のバーサークフューラー、ジェノブレイカー、ジェノザウラーを擁する三兄弟が揃って討ち取られたとの話を聞き、偶々我が手元にあった新型ゾイドを貸与しただけのこと。常陸国衙へのセイスモサウルス派遣も、維幾殿の足っての願いによるものである。
 貞盛なる輩とは、一切の面識もない。呉れ呉れも誤解無き様に願いたい」

 秀郷は言を左右にして真相を語ろうとはしなかった。小次郎にしても物証はなく、多くは藤原純友や空也から聞いた話に過ぎず、問い詰めることはできない。

「貴公が申される通りであったとして、配下のゾイドが常陸と下総の民を苦しめた事に相違ない。私は守るために戦った。戦わねば守れなかったのだ」

「将門殿、青二才の如き世迷言を吐くのは止めた方が身の為であろう。民の平安を守ろうなど絵空事に過ぎぬ。所詮下賤な輩は、一時の熱狂に酔い痴れるものの、より強き力で抑えられれば忽ち掌返し裏切る。自ら考えることを放棄した愚鈍な烏合の衆に期待を抱いても無駄だ。全ては力、絶対の恐怖と畏敬によって愚民を統轄することこそ、為政者の務めよ」

 静寂なる絶望が、秀郷の言葉には込められていた。

「到底同意できません、坂東はソラに見捨てられ、民もゾイドも無為に命を削られ続けているも同然。奇しくも私は常陸と下野の印鎰を入手し、間もなく上総下総も易く統治できるはず。ソラと並立する形で坂東を統括し、ソラとの共存を模索するのも叶うのではないか」

「貴殿もまた、権力に飼い馴らされる侍(さぶらい)と同じと気づいておらぬようだな。悪と狂気と毒を持たぬ変革の思想など、結局は現状の権力擁護に加担するに過ぎぬのだ。愚民の命に感(かま)けていては、己の身の破滅を招くぞ」

 秀郷が村雨ライガー上の小次郎にまで聞こえるほど、大きな溜息をついた。

「妹は――桔梗はまだ死なぬのか」

 小次郎の暗喩に答えず、秀郷はまたも機先を制した。拘り無くその名を告げた秀郷に、小次郎は途端に脳内が怒りで沸騰していた。

「貴公は……あなたは仮にも桔梗の兄なのか。彼の女人は、間もなく尽きようとする命の灯火を懸命に燃やし、己の定めに抗いつつ健気に日々を送っている。
 何度でも蘇ることのできる躰とはいえ、あの桔梗の命は一つ切り。プロジェリア症という重荷を背負わせてまで無理矢理に成長を促進させ、二度までも草として私の懐へと送り込み、動向を探らせていたとは如何なる了見か。
 私は嘗て、坂東武者として貴公を尊んでおりましたが、桔梗の命を弄んだ卑怯な振る舞いはどうにも許せぬ。龍宮の技を以て、桔梗を助けてやって欲しい。策は無いのか」

「ない」

 秀郷は無表情であった。

「『二度まで』とは言い掛かりであろう。将門殿と清涼殿で出会った、ロードゲイルを操る群盗桔梗の前は、なにも儂が仕組んで貴殿を慕わせたわけではない。勝手に貴殿を愛し、勝手に貴殿の為に散ったのだ。」

「敢えて孝子の記憶を残し、セントゲイルを破壊してまで桔梗を私の元に送り込んだのはあなたの所業だ。言い逃れは見苦しい」

「失望したぞ、平将門」

 エナジーチャージャーが急激に輝いた。粉塵を舞い上げ、濃紅の獅子が翼を開く。

「これ以上の談判は無駄である。儂は平将門という者が、真に坂東を纏められる男か見定める為に参ったが、たかが女人一人の命を乞いて感情を剥き出しにするなど、棟梁に有るまじき振る舞いである。事と次第によっては貴殿に助力し、この坂東をソラより解き放つことも考えていたが、儂の夢は霧散したようだ」

 濛々と立ち込める粉塵が、エナジーライガーの機体を覆い隠していく。

「待て、まだ話がある」

 閉ざされていく視界の中、秀郷の叫ぶ声が響く。

「最後に伝えておく。三毳山の超巨大蜈蚣型ゾイド要塞はアースロプラウネに非ず。超巨大陸上空母ディグ≠ニ呼ぶがいい。将門よ、次に遭うのは戦場だ」

 信じ難い加速で、濃紅の獅子が飛び去って行く。例え疾風ライガーにエヴォルトしたところで、追いつく相手ではなかった。
 飛散した砂塵が小次郎の口内でざらつく。

「秀郷、やはりここで倒すべきであったのか」

 茫然と立ち尽くす小次郎の視線の先、沈みゆく夕陽に溶け込んでいく獅子の残照が光っていた。



 都では、連続連夜の放火騒動が発生していた。
 出火場所は、焼失した鴻臚館跡地より放射状に拡大し、次第に新たに設けられたアースポート基部の清涼殿を取り囲み分布していた。
 巷で囁かれるのは、海賊衆の暗躍である。

「伊予の純友が、備前介藤原子高さまと、播磨介島田惟幹さまへの報復として都に火を放っているのだ」

 市井から内裏へ、そして清涼殿へ。海賊討伐に着手しようとした矢先の都の騒擾は、己の保身のみを優先させる官人の間で、ひいては二人の介へ非難を集中させた。朝廷は既に、海賊討伐を担う追捕凶賊使として、山陽道に小野好古派遣を内諾させていた。文筆家としても名高い小野家にあって、好古は殊更精強で知られた猛者である。
 当初都での結団式を行い、海上戦に秀でた島田たちを伴い山陽道への征討を開始させようと目論んでいた部隊も、海賊衆の騒乱により都を離れざるを得ず、代替に摂津の港での出陣に及ぶことなる。
 都からは小野好古が、播磨からは島田が、備前から子高が、それぞれに追捕使編制の為赴く。合流地に指定されたのは摂津国須岐駅。しかしいち早く、合流地は純友の放った傀儡に寄って察知されていた。
 深夜、淀川河口に近い摂津の港の沖合に朧げな光が浮かぶ。

 漁火、或いは夜光虫の群れか。

 潮流穏やかな瀬戸の内海では、頻繁に見掛けられる光景である。デルポイ大陸からの荷受け作業を行う港湾業務者は、見慣れぬ光の出現にも関心を寄せることも無かった。
 異常に気付いたのは、光の輪郭が鮮明となり、津波の如き光の壁となって迫って来きた時である。

「繭玉、まるで光の繭だ。それも島が切り取られて移動してきたような巨大な繭だ」

 燐光を纏う巨大な繭が、摂津の港を圧して聳える。
 光の点滅は、嬰児の胎動を思わせた。

[508] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-D 城元太 - 2015/12/23(水) 05:22 - HOME

 雲海に紛れ、水晶型の六角柱が漂う。六角柱鏡面にはそれぞれ後方の景色が映し出され、視認を妨げる光学迷彩機能が施されていた。
 何処ともなく湧出した青い細片が、水晶柱の周囲に舞う。鋭い瑠璃の細片は、天空レドラーの翼と目視された。芥子粒にも見えるレドラーとの対比により、浮遊する水晶柱の巨大さが際立つ。水晶は、地上を離れたアースポートに代わる施設、軌道エレベーターの下端であるスカイフックソラシティ≠ナあった。螺鈿の機体を煌めかせるレドラーが十を超え、優雅に楔形の編隊を組み旋回する。
 旋回しつつ、何かを待っている。続いて湧出した飛翔体は、黒鳶色の蝙蝠型ゾイドであった。無数の無人ゾイドの飛翔は雲霞の大群を想起させ、やがて天空レドラーの後方を黒雲然として追尾していく。
 玻璃色の細片と、黒鳶色の黒雲が水晶柱の周囲を去ると、水晶の柱は再び輝きを雲海に融かし、何事もなかったかの様に漂い続けるのであった。


 白昼堂々と摂津港に出現した巨大な黄金の繭は、編制を開始した追捕凶賊使旗下のゾイド群を前にして不気味な沈黙を保っていた。

「海賊共の魂胆が見えぬ」

 須岐駅に置かれた臨時指揮所である商館より、灰白色の甲冑を纏った武官が、聳え立つ繭を睨み付ける。

「『グローサー・シュピーゲル』に大宅世継らの記していた大筏に相違ないが、何故あの様な未熟な形で我らの前に姿を現したのだ」

好古殿、あれなる繭など所詮虚仮威しに過ぎませぬ。ソラよりの航空部隊が此所に至る前に、早急に攻撃に移りたいがお宜しいか

 酷く無機的な声であった。土魂と称されるバイオゾイド特有の操縦服から、傀儡(くぐつ)にも似た剥き出しの間接が軋みをたてて駆動している。

得体の知れぬ繭玉は、間もなく接岸するとの報せを受けている。ソラの増援を待つ迄も無く、バイオトリケラの大毅を以て表面膜を突き破り、内部の正体を晒してみせましょうぞ

 腕と覚しき金属棒の先端、同材質の爪がカタカタと冷たい音を鳴らす。感情の籠らない音声で、只管に殲滅を為そうと提言する。

「惟幹殿、バイオゾイドの稼働時間には限りがある。今は自重せよ」

 途端に島田惟幹の軀が硬直し、間接を伸ばし直立する。

仰せの侭に

 金属の傀儡と化した惟幹はそれきり動く事はない。好古は更に後ろに控えていた人影に目配せをした。

「子高殿、グリアームドの出陣準備を」

 人影は無言で肯き、背後にある角竜の群れの中、緑の燐光を放つ獣脚類の骸骨竜に吸い込まれていく。小野好古は商館を出て、仮指揮所に設けられた矢倉門の上に立ち、微細に粟立つ金色の繭を見つめる。

「藤原純友よ、容易にお前の勝手にはさせぬぞ」

 繭越しに広がる蒼空に、雲霞の如き黒い点が出現していた。


 傀儡となった島田惟幹の言葉通り、黄金の繭玉は摂津に既に接岸していた。繭玉からは絹とは似付かぬ粘性の糸が滲み出て、地上に無秩序に張り巡らされる。黴の菌糸を思わせる繊維を渚に這わせ、須岐駅に向かって緩々と移動する姿は粘菌の移動体にも似ていた。ヒトの毛細血管を思わす放射状の糸が繭を中心に拡がり、卵殻の如き緩やかな楕円は歪な形となっていく。光の脈動も速さを増し、内部に潜む物体の輪郭を浮かび上がらせる。繭の膜の奥より、大きく湾曲した角を持つ頭部が透けて見える。中程から突き出す二つの峰は、その胎内に巨大な翼を持つ生命体が潜んでいることを顕していた。
 生長し肥大化した内部の物体が、海上では自重を支えることが不可能になり上陸したことが推察できる。同時に海賊衆頭目・藤原純友は、敢えてソラの海上の玄関口である摂津に接岸し、編制途上の追捕凶賊使を圧倒しようとした意図が汲み取れた。
 だが、追捕山陽南海道両道凶賊使に任ぜられた小野好古に動揺はない。好古の視線の先、螺鈿と瑠璃色に彩られた飛翔体と、それを追う黒鳶色の雲霞の群が飛来していたのである。
 繭が摂津沖に出現してより、ソラからの増援を請うには充分な猶予があった。度重なる懐柔策にも動じず、海賊行為を繰り返す前伊予掾純友に、最早ソラも見逃す訳にはいかなくなっていたのだ。ほぼ完成に至った水晶型空中都市ソラシティ≠謔閨A自動防衛機能の一部である無人迎撃ゾイドザバット≠フ試験運用を兼ね、天空レドラーとの戦爆連合を組み摂津須岐駅に飛来したのである。

「小一条忠平様によるソラシティの航空部隊の手並み、篤と拝謁させて頂きます」

 目を細める好古が呟くと同時、天空より韻々とした波動が伝わり、繭の直上に達した爆撃部隊が攻撃を開始した。
 ザバットは装備してきたバインドコンテナを開き、黒い塊を落下させる。塊は落下途中で分裂し、更に微細な塊と化す。世に謂う集束(クラスター)爆弾である。
 縛めを解かれた無数の子爆弾は、繭本体と繭中心に拡がる網脈状の繊維一面に降り注がれた。紅蓮の炎が噴き上がる。焼夷剤を含む爆薬は、全てを焼き尽くさんと燃え盛った。生命を宿す繭の表面が粟立ち、触手となった繊維の漣が全体に広がる。リゾモーフ(菌糸の束)の枝から新たな枝が生じ、更にその枝から次なる枝が生じるフラクタル構造の触手が伸び上がる。届く筈もない空中の敵に怨嗟を送るが如く直上に伸びるが、伸び上がる毎に、微細な触手は悉く炎に焼かれていった。
 爆撃部隊は攻撃の手を緩めない。バインドコンテナを投棄したザバットの腹部から、より強力な誘導爆弾(ホーミングボム)が投下される。放たれた誘導弾は、集団で入水すると伝えられる鼠の群れにも似ていた。灼熱の火焔に包まれた繭は、表皮を次第に熔解させていく。噴き上がる炎の柱を軸に、十機のレドラーと無数のザバットが勝ち誇ったように旋回する。炎に沈む目標へ、執拗にビーム砲が撃ち込み続けていた。
 経過を見守る小野好古の眉間に深い皺が刻まれる。

「これで終わりとは思えぬ」



「派手な出迎えだな」

 爆撃の振動に、僅かに声は揺れていた。

「表皮ラミートは順調に生長中。副交感神経系の情報処理能力には、未だ不安はありますが、吸収された熱量はジェネットを媒介し、プロトタキシーテスの剛性キチン生成を継続中です」

 艦橋(ブリッジ)と思しき無数の計器が並んだ薄暗い空間の中、計器の光に浮かび上がる人影がある。

「是基、空戦用ウルフは出せるか。このまま一方的に嬲られるのは性に合わぬ」

「手筈は整っております。機体生成の臨界後に、出撃は可能となります」

「バイオトリケラの動きが気になる。俺は地上部隊を叩く。藤原三辰のストームソーダージェットを先達として、邀撃航空部隊を発進させよ。文元たちは接近しているな」

「アクアコング隊も間もなく上陸予定です。頭(かしら)のコングも出撃準備整っております」

 拱手し、操作盤の背後に立っている人影が、フッ、と深い息を吐く。

「是基よ、これから俺はこの船の長(おさ)となる。これから俺を船長(キャプテン)と呼べ」

 計器を見る顔を上げ、佐伯是基は背後に視線を向け微かに笑う。

「船長(キャプテン)純友、いい響きです、以降そのように呼ばせてもらいます」

「臨界と同時に坂東の将門にも海賊戦艦浮上の量子通信を送れ」

「承知」

 拱手した両手を解き、仄暗い機内灯に浮かび上がる藤原純友が言い放った。

「アーカディア號、発進」


 硝煙が海風に流れ、炎に包まれていた繭が再び姿を現した直後、目標を凝視していた好古の眼が見開かれた。

「茸(きのこ)だと」

 視線の先、粟立っていた繭の表面に、人ほどの大きさの茸が一斉に、そして無数に傘を開いていた。
 一般に「茸」と呼ばれる部分は末端である『子実体』で、本体は地中に潜む菌糸の集団であり、菌糸を盛んに分岐しながら成長し、繁殖範囲を広げていく。ときに茸は、生物の骸若しくは生きている個体さえも菌糸によって養分を乗っ取り、茸の傘を広げる場合がある。サークゲノムを有するラウス肉腫(サルコーマ)ウィルスを取り込まれたアーミラリア・ブルボーザは、ゾイドウィルスに冒されたゾイドの躰を菌苗として無限に増殖した。予め調整された遺伝子情報に基く生体形成のカスケードに従い、遂にその本体を誕生させようとしていた。
 炎を制し次々と薄茶色の茸が生え揃っていく光景は、悍ましくもありまた神秘的である。繭一面に薄茶色の茸の傘が覆う頃、撃ち込まれる誘導弾の爆発も吸収され、繭は茸の塊となって再び沈黙した。
 茸の生い繁った繭の表皮に深々とした亀裂が奔る。
 亀裂の奥、赤い眼が輝く。

「あれは」

 好古の言葉は途切れたままとなった。
 怪竜の唸り声が須岐駅に轟く。茸が覆った膜の中より、粘液に塗れた黒いゾイドが出現した。

[511] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-E 城元太 - 2016/01/03(日) 08:51 - HOME

 茸に覆われた繭より、粘液に塗れた機体をずるりと抜け、折り畳んでいた翼を展開する。菌糸を引き摺る暗黒の巨体が白日の下に晒された。繭玉の軛からの解放を歓喜するが如く、紅玉の風防に覆われた頭部を空に向かって擡(もた)げる。天空を覆う黒雲の如き翼端に、赤い鋸刃が明滅しながら回転する。羅城門にも匹敵する程の規模の巨大な脚が大地を踏みしめると、須岐駅を圧倒し、黒い怪竜ゾイドが唸りを上げ聳え立っていた。
 個体差が著しく異なるも同種生物である場合、それぞれをその生物種のシノニム≠ニ呼ぶ。ゾイドでは空母型ウルトラザウルスや輸送艦ホエールカイザーなどで、同種でありながら突出して巨大化する個体がしばしば存在した。例を挙げれば、ウルトラザウルスの背部飛行甲板に多数のプテラスが搭載された記録映像があるが、通常個体であればプテラスは一機搭載するのが精々である。これは作戦行動に使用されたウルトラザウルスが同種の巨大シノニムであり、暗黒大陸第一次上陸部隊のマッドサンダー母艦や、キングライガーを空輸したウルトラザウルス型飛行艇なども巨大シノニムであった。嘗てガイロス国が開発した暗黒巨大ゾイドギルベイダー≠フ母艦型シノニムに、ソラに所属する天空龍ギルドラゴンがあり、『神々の怒り』の洗礼を生き延び、開発途上の軌道エレベーター・成層圏ジオステーションとアースポートとの物資運搬と連絡任務を行っている。ギルベイダーは旧大陸間戦争に於いて比類無き破壊力でへリック国の軍勢を蹂躙したが、摂関家藤原忠平の座乗するギルドラゴンは、もはや敵対する相手がいない巨大さとも相まって、凶暴性は低くなっていた。
 一方藤原純友が生長させた海賊戦艦アーカディア≠ヘ、海賊衆の怒りと、見捨てられたゾイドたちの怨念とが重なった怪物であった。ギルベイダーの姿を模しているものの、ギルベイダーのシノニムではない。機体の端々に血管を思わせるリゾモーフが盛り上がり、ツインメーザーやチタンクローの付け根にも有機生物的な意匠を漂わせる。純友は佐伯衆が厳島に潜ませたラウス肉腫ウィルスのサークゲノムと、形態形成(オルガナイザー)を司るグーズコードゲノムによってギルベイダーへの形態誘導を行った。ゾイドウィルスに罹患し打ち棄てられていた無数の個体を回収していたのも、アーミラリア・ブルボーザの菌苗に菌糸の束リゾモーフでゾイドコアを繋ぎ、一つの個体にして多数の個体でもある超個体<]イドとして完成させるためであったのだ。

「吉備火車(きびのかしゃ)だ」

 矢倉門上に呆然と立ち尽くす小野好古が吐き捨てる。俄に商館に戻ると、棒立ちをしたままの傀儡、島田惟幹に命じていた。

「此所を退去する。至急バイオトリケラの大毅を率い都に戻れ」

追捕使殿、面妖な物言いは承伏しかねまする。海賊衆を跳梁跋扈させてはおけませぬ

「わからぬのか、奴は吉備火車(きびのかしゃ)、またの名を温羅(うら)という異国(ガイロス)の鬼だ。虎狼の眼を持ち口から火を噴き山を焦がし、空中を飛ぶという『鬼の城』より飛来した怪物に相違ない。五十狭芹彦命(いさせりひこのみこと)によって退治されたものの、十数年に亘って大和を祟った悪神、我らやバイオゾイド如きの大毅で敵う相手ではない」

面妖な物言いは承伏しかねまする

 傀儡の土魂は、好古の言葉も意に介せずバイオトリケラの待つ馬場に向かい歩き出し、引き留めようにも鋼の身体は留まることなく進んでいく。身体を寄せて抑えていた好古も、終いには惟幹の姿を見送った。

「心を持たぬ者が、ゾイドをまともに操れるはずも無かろう」

 金属の軋みを起てて歩んでいく傀儡の背中を一瞥し、好古は車宿に向かって駆けだしていた。


 繭より生れ出たアーカディアはしかし、凶悪な風貌と異なり、巨大な肢体を緩々と動くのみであった。展開した翼も羽搏かず、ただ静かに須岐駅を前にして佇む。

「末端への情報伝達処理に大幅な時間差が発生しております、これでは満足な戦闘は出来ません」

 アーカディア頭部の艦橋内で、操作盤を睨み付けながら佐伯是基が告げる。

「やはりそうか」

 複数のゾイドコアを接続した場合、干渉する可能性はあった。超個体ゾイドは、未だ個体としての統一性を欠いていたのだ。

「稼動可能な動作と使用可能の武器は何だ」

「単純歩行と、磁気反発装置(マグネッサーシステム)による飛行です。コアの同調が不安定なので、ビームスマッシャー、プラズマ粒子砲、ニードルガン、重力砲、ツインメーザー全て使用不能。チタンクローにしても四肢が自由に稼動せねば役立ちませぬ」

「木偶(でく)か」

 純友が軽く鼻息で哂う。同時に、艦橋を鈍い振動が襲った。
 ザバットの群れが急降下爆撃を敢行する。抱いた誘導弾を次々と放ち、緩慢な回避運動しかできないアーカディアに殺到したのだ。急降下からの機体引き起こしに加え、両翼に装備されたレーザーガンを果敢に撃ち込んでいく。

「ウィングバリアーはどうした」

「作動しておりますが、まだ出力が上がりません」

 黒い機体の各部より、爆発の火花と硝煙が昇る。精密性に欠く無人機であっても外すことが難しい程、標的は巨大であった。
 爆発音を掻き消し、藤原三辰の声が艦橋に響く。

ストームソーダージェット、及びウルフの出撃準備、完了しました

「待ち兼ねたぞ」

ジャイロリフターと過燃焼装置(ターボブースト)の装備に手間取りました

紀秋茂、発進準備完了

小野氏彦、同じく準備完了にて

津時成、行けるぞ

「曲のある連中だが、ゾイドでの空中戦は初めてだ。三辰、助力を頼む」

頭、いや、船長。見縊られては困る

 割り込んだのは津時成であった。

陸戦用ゾイド改良であれば支障はない。これが此奴等にとっての初陣、存分に撃ち落としてくれる。それよりも『アクアコングの強襲、今度こそしくじるな』と文元達に念を押してくれ

「頼んだぞ。是基、格納庫の扉を開けろ。俺もアクアコングで出る」


 無数のザバットの急降下爆撃に晒され、全身硝煙に覆われたアーカディアの胸の中央がゆっくりと開いていく。格納庫内部より、マグネッサーシステムとは異なるローターの回転音が響き始めた。露払いに飛び出したストームソーダージェットにより、忽ち3機のザバットが切り裂かれる。後続の機体に合図し、翼を振る。
 ジャイロリフターのローター作動音が響く。格納庫の陰より、三機の飛行体が現れた。濃紺に、下面を白く塗り分けられている。頭部風防はコマンドウルフにも似ているが、機体全体が流麗な流線型となっている。機体両脇には銃架が設置され、後部には大加速を生み出す噴出口が二基装備されていた。機体を大きくヨーイングさせ、三機の濃紺の狼が宙に放たれた。

エアウルフ、出撃

[512] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-F 城元太 - 2016/01/12(火) 06:33 - HOME

 精神的には健常な、視覚を完全喪失した者のみを苦しめる【シャルル・ボネ症候群】と呼ばれる症状がある。当事者は、視覚を取り戻したかのような色鮮やかで複雑な光景を認識する。しかし精神が健常であるが故に、幻視症状が現れた者は自分自身の情緒不安を疑い、他者に語ることをしない為顕在化し難い。発症者は幻視を告白できず、孤独のまま苛まれ続けるのである。

 桔梗は幻を観ていた。
 鮮烈な赤い炎に黒い怪竜が浮かび上がる。翼端に装備された回転する鋸刃が放たれ、何処ともなく飛来した隕石群を次々と破壊し雄叫びを挙げる。
 怪竜の背後には、宇宙に青く輝く惑星Ziの姿。

(惑星を守っている?)

 紅玉の風防に覆われた怪竜の双眸が、虚無の空間に漂う桔梗に向けられた。
 小次郎の顔と、それと似ても似つかぬ怪竜の貌とが重なる。いつの間に裸身となった桔梗が虚無の空間に拡がり、想い焦がれる愛しい者のように怪竜に寄り添う。

(これほど意識がはっきりとしているのに。自分は白昼夢を観ている)

 桔梗が【シャルル・ボネ症候群】の名と症状を知る由もないが、光を失った瞳孔で繰り広げられる壮大なページェントに息を呑んでいた。

(これほど明瞭な幻を見るのは、間もなく命が尽きるからなのかもしれない)

 その時、鋭敏な聴覚は回廊に響く足音を捉えた。小次郎の足音であった。

「……四郎、四郎は居らぬか」

 慌ただしい様子と四郎将平を呼ぶ声から、恐らくはタブレットの事と察せられた。四郎は偶然、桔梗の間に近い場所にいたらしく、程なくして応じる声がした。

「なにもそこまで慌てずとも。身体を休めておられる孝子様にもご迷惑です」

「そうであった。すまぬ、孝子……桔梗よ、目覚めさせてしまったか」

 声を潜め、弟の諫言にきまり悪く口篭もる。御簾で隔てられた奥、床に臥せた桔梗の応えはない。小次郎の安堵の溜息が聞こえ、それでも忙し気な口調で四郎に問いかける。

「純友殿より猟師暗号≠ニやらが届いているのだが、操作がさっぱりわからん」

 御簾の奥、坂東の覇者として名を馳せる平将門が時折見せる人間らしさに、臥せったままの桔梗は思わず顔を綻ばせる。自分の弱さを曝け出せることこそが、多くの人々を魅了するのかもしれないのだと。しかし次に小声で感嘆したのは四郎であった。

「海賊戦艦アーカディア號が発進したとの報せです」

「遂に――」

 思わず声を挙げ、慌てて小次郎は声を潜める。

「――遂に完成したか。場所は何処だ、日振島か」

「いいえ、曳航し上陸した摂津国にて誕生し、飛翔を試みるとのこと。送信した時点では摂津須岐駅でソラの追捕海賊使と交戦中ともあります――状況が整い次第、孰れ坂東にも来訪するとも」

 会話が途切れた。無言の間合いから、小次郎の思案する姿が思い浮かぶ。桔梗は、今し方まで見えていた幻視世界の怪竜が、海賊純友が生長させたアーカディアであったと悟った。

「あの時空也上人様は『純友殿はアーミラリア・ブルボーザを完成させ、天空より飛来する災厄を迎え撃つ』と仰いました。ですがこれでは本気でソラに叛逆を企てていると思えます。純友殿は一体何をお考えなのでしょう」

「俺にも純友殿の考えはわからぬ。だが、あの方にはあの方の信じるものが在る。この惑星を守るのと同じくらい、守るべき己の誇りがあるのだろう」

 小次郎の答えは清々しく単純であった。

「仰る意味が判りません」

「お前のように学問に優れた者には、到底納得できぬことかもしれぬ。四郎よ、海賊とは、武士(もののふ)とはそんなものなのだ」

 小次郎が呵々大笑した。

「アーカディアにせよディグにせよ、巨大なゾイドとやらを早く目にしてみたいものだ。秀郷のディグには間もなく遭遇するだろう。なればアーカディアが坂東に飛来するのが楽しみだ」

 笑いながら去る小次郎の後を四郎が追う。

「お待ちください兄上、せめてタブレットの操作法を今一度学んでください……」

 一時加速した流れが停止したような、穏やかな時間を桔梗は感じていた。
 突如背中に激痛が奔る。声を殺し、身体を丸めて痛みを抑え込もうと試みた。

(脊髄にまで転移している。大丈夫、じきに痛感も失うはず)

 床の上、呻きながら無様に煩悶する己を認め、刻一刻と迫る最期の時を思う。

(今の私が死んだら、兄秀郷は必ず新たな私を生み出し小次郎様に戦いを挑ませる。だから死ねない。少しでも長く生きて、新たな私の再生を阻むんだ。
 記憶全てを消し去れればいいのに。私が無数に蓄積した闘いの記録を消去し、私が存在したことも全てを無かったことはできないのでしょうか)

 無言で床の上をのたうち回る桔梗の視界には、明瞭に黒い怪竜アーカディアが映っていた。


 宙征く餓狼は獲物を求め、剥き出しの牙の如き銃身を鈍く輝かす。エアウルフの両脇に装備された機関砲が火を噴き、腹部より迫り出した三連衝撃砲が鳶色の蝙蝠を薙ぎ払う。黒煙を曳き落下していくザバットと、着弾と同時に爆破四散するザバットが、摂津須岐駅の上空を鮮やかに染め上げていった。
 バインドコンテナを投棄したザバットが、一斉に腹部の誘導弾を狼めがけて撃ち放った。主の元を離れた猟犬は、嬉々として獲物を追い詰めんとする。
 エアウルフより閃光の塊が放たれた。哀れな猟犬は高熱に誘われ、閃光の塊に攪乱され次々と自爆する。狼は無傷のまま、硝煙の奥から不敵な姿を現した。
 数を頼りに車懸りとなり、エアウルフを包囲せんと押し寄せた刹那、衝撃波が蝙蝠の群を襲った。狼の姿が消失する。
プラントル・グロワート特異点≠超え、断熱膨張により円錐状のベイパーコーンが出現、エアウルフが音速を超えたのだ。衝撃波に打たれ、ザバットは失速し急降下する。墜落は免れたものの狼狽する蝙蝠の背後で、再び狼が牙を剝いていた。
 黒い翼竜が過り、ザバット数機を切断する。

我らの初陣だ。手出しは無用

 翼竜は翼を振り、ハイレートクライムにより直上の天空レドラーに向かう。雲霞の群は既に寡数となり、上空に遊弋する十機の天空レドラーが露わとなった。

伊予日振島の海賊衆が副将、藤原三辰。推して参る

 空戦性能に於いて上回るストームソーダージェットが相手では、如何に天空レドラーでも分が悪い。忽ち三機が斬り裂かれ、玻璃の翼を散乱させながら落下していく。
 見渡せば、蒼空に浮かぶのはエアウルフとストームソーダージェットのみ。墜落し爆発炎上する黒煙が棚引く地上に、周囲を圧しアーカディアが聳える。
 その地上に、襟と長大な二本の角を持つ構造色の骸骨竜の群が出現していた。後方には、燐光を放つ獣脚類型の骸骨竜が随伴する。

船長、バイオゾイド部隊がアーカディアに向かっているぞ。まだ飛び立つことは出来ぬのか

「急くな。エアウルフはアクアコングと合流し共にバイオゾイドどもを叩く。ストームソーダージェットはアーカディア上空で対空監視だ」

 純友がアクアコングの操縦席で下令する。

「格納庫の扉を開放しろ。文元、文用(ふみもち)、文公(ふみきみ)、上陸せよ」

 摂津の渡場に鋼鉄の腕が懸けられた。鋼鉄の貌に鋼鉄の身体を持つ海神三体が、飛沫を上げて浮上する。

「相手は流体金属装甲を持つバイオゾイド、確実に葬るには腹部にあるバイオゾイドコアを貫くことだ。アイアンハンマーナックルを打ち込んでも機体は拉げないが、晒したコアをリーオの銛で衝く。バイオトリケラの蛇腹剣に用心しろ。耳と鼻を削がれた同胞の恨み、惟幹と子高にはしっかりと償ってもらう」

 開き切らないアーカディアの格納庫より、純友の操るアクアコングが飛び降りると、索敵を続けていた文元達三機のアクアコングと合流する。眼前に展開するのはバイオトリケラの群れ。立ち止まった純友のアクアコングが激しくドラミングを行った。

「これが地上で暴れる最後となろう。貴様らには思う存分海賊衆の脅威を味わせてやる」

 四機のアクアコングの直上に舞い降りるエアウルフ。アーカディアを背後にした海賊衆の精鋭ゾイドは、バイオゾイドの大群と対峙していた。

[513] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-G 城元太 - 2016/01/26(火) 06:32 - HOME

「法琳寺が泰舜が幣帛する。
 天龍 阿修羅 八部鬼神 四大天王 夜叉大将二十八部 総て四十二のバイオゾイド、阿仛薄倶元帥(あたばくげんすい)大将軍たる大元帥明王の元、阿仛薄倶(あたばく)元帥(げんすい)大将上佛(たいしょうじょうぶつ)陀羅尼(だらに)経(きょう)修行儀軌(しゅぎょうぎき)の効験を示すべし。
 もし国王ありて元帥に帰せば 即ち一切の将軍衆を領し その国王の国境内を守護し 逆臣を排滅して自ら調伏し 国内にある諸々の疫病の苦 無からしめん。
 ノウボウ タリツ ボリツ ハラボリツ シャキンメイ シャキンメイ タラサンダン オエンビ ソワカ」

 群がる角竜型の骸骨竜を前に、純友が呟く。

「機体の差違が判るか」

確かに、角の長さや襟に若干の違いがあるように見えます

 海賊戦艦を背にし、アクアコングが横並びに隊列を組んだ。

「クラスターコアの臨界と共にアーカディアは地上を離れる。それまでに惟幹と子高を仕留める、良いな」

 承知、の返信が同時に届く。黒き海神は背負ったヘリウムタンクを一斉排除し、長大な銛を翳して構造色に輝く骸骨竜の群れに向かい突進していった。
 先行していた一匹のバイオトリケラが、純友のアクアコング胸部コア目掛けて突入を仕掛ける。凡庸な角竜の突撃は、海神の掬い上げた豪腕によって吹き飛ばされ腹部を晒した。絶妙の間合いで、後続の藤原文元の海神がバイオゾイドコアにリーオの銛を叩き込む。流体金属装甲をボタボタと垂らし、一匹目のバイオトリケラは青い焔を上げて溶解した。
 焔を纏うアクアコングの側面より、間髪入れず蛇腹剣の角が四本同時に飛来する。鉄鎖を曳いた尖頭を二度払い除けるが、残り二本の蛇腹剣が袈裟懸けとなり純友のコングを捕らえていた。
 アクアコングが上体を捻った。勢いを付け鎖の先にある骸骨竜の本体二つを引き寄せる。重量に勝る海神は、二匹同時にバイオトリケラを宙空に舞い上げ、露出した角竜の泉門目掛け銛を穿つ。体内より銀色の飛沫が迸り、二つの塊が奇怪な悲鳴を上げた。骸骨竜を田楽刺しに掲げ、黒い海神が睥睨する。視界に捉えたのは、純友の機体同様に、骸骨竜を次々と薙ぎ払うアクアコングの勇姿であった。

坂東の将門殿とやらには感謝せねばなりませぬな

 毟り取ったバイオトリケラの角を敵の群の中に投げつけ、藤原文元が純友の機体と背中合わせとなり、接触通信を行う。小次郎によって海賊衆に齎された諸元は、対バイオゾイド戦闘に生かされていたのだ。

「所詮は土魂か」

 バイオゾイドの動きもまた、全てが傀儡師によって操られているように単調であった。三善文公のアクアコングがバイオトリケラの頭部を引き千切る。内部より土偶型の具足を纏った兵士が転げ出る。

「刹那の命しか持たず、人さえ乗らぬ烏合のバイオゾイド群など恐るるに足りぬ。秋茂、氏彦、時成。エアウルフの対地攻撃を開始せよ」

 俟ちかねていた濃紺と白の餓狼が降下し牙を剥く。あらん限りの砲煙弾雨を骸骨竜の群れに注いだ。リーオを仕込んだ弾頭は容赦なく流体金属装甲を貫き、銀色の飛沫となって飛散する。
 斃れ続ける角竜の中、他の骸骨竜とは明らかに異なる回避運動を行うバイオトリケラと、光背の様に付き従う長身の骸骨竜の姿がある。
 純友は悟った。人が操っている。惟幹と、子高だ。配下の海賊を残虐な方法で殺害し、生き残った者にも耳と鼻を削ぎ落し晒しものにした、播磨・備前介が搭乗することを。

「ストームソーダージェット降下、エアウルフ共に退路を断ち生け捕りにせよ。引き摺り出して同じ目に遭わせてやる」

 累々と重なるバイオトリケラと落下炎上したザバットの骸の中、ジャイロリフターのローターを停止した三機のエアウルフが着地した。純友のアクアコングと共に四方を固め、二匹のバイオゾイドを包囲する。

「あの狐火を放つバイオメガラプトルが何か判るか」

 身構える是幹のバイオトリケラに加え、鉤爪を振り上げ威嚇するバイオメガラプトル・グリアームドの全身を捉えた映像が、アーカディアの艦橋で待つ佐伯是基に送られる。

先ほどよりディオハリコン反応と、微細な量子振動を察知しております。恐らくは将門殿が戦った赤い流体金属装甲(クリムゾンヘルアーマー)を持つバイオヴォルケーノ同様、ディオハリコンを含有させ装甲を量子転送の媒介とした実験体かと思われます――分析結果がでました。量子エネルギーで流体金属を覆っています、差し詰め光装甲(ホロニックアーマー)≠ニでも呼べるもの。船長、物理的な攻撃は通じぬやもしれません――

「相判った。潰すぞ」

 是基の言葉を遮り、藤原文用と三善文公のアクアコングがバイオトリケラとバイオメガラプトル・グリアームドに挑み掛かった。幾多の骸骨竜を薙ぎ払ってきた豪腕を、唯一残ったバイオトリケラは紙一重で躱した。渾身の突進により包囲よりの脱出を試みるが、エアウルフの重火器の銃撃が撃ち込まれ退路を断ち切る。直後に背後より接近した文用のアクアコングが尾を掴んで引き戻す。
 ランバージャック・デスマッチ。決着まで息つく暇を与えぬ死闘である。二度目のアイアンハンマーナックルは、バイオトリケラの正中線を正確に捉え、強かに機体を殴り飛ばした。

「まだ逝くには早い」

 純友のアクアコングが骸骨竜を受け止めると、振り上げた拳を叩き込み、再度包囲の中心に押し戻す。バイオトリケラとバイオメガラプトル・グリアームドが折り重なり倒れ込むと思われた瞬間、グリアームドの姿が掻き消えた。地表に叩き付けられたバイオトリケラは、僅かに四肢を痙攣させていた。

「これはどういうことだ」

量子転送です。あの狐火の能力は、瞬時にして物体を移動させるのです。まさか本体ごと転送できるとは

 幾分興奮気味の佐伯是基の報告が届く。だが目の前の獲物の一匹を取り逃がした海賊衆にとって、怒りの矛先は残されたバイオトリケラに注がれることとなる。
 勢い付けたアクアコングが圧し掛かり、骸骨竜は奇怪な悲鳴を上げる。装甲が弾け、肢を全て失い、骨格が露出し、内部より赤黒い循環液を垂らしても、海賊衆のゾイドによる嬲り殺しの狂宴は続いた。

 引き摺り出された操縦者は、疾うに肉片と化していた。

「あの面頬に見覚えがあります。島田惟幹に違いありません」

 金属製の骨格にこびりついた肉片の一部に、顔の爛れを覆っていたと思われる仮面が残されていた。

「藤原子高め、これで逃げ遂せたと思うな。我ら海賊衆は地の果てまで貴様を追い詰めてやる」

 残骸と化した島田惟幹の骸を投げ捨て、純友が雄叫びを上げた。
 背後には、完全に展開した翼を広げる海賊戦艦アーカディアの巨躯が夕日に染まっている。間もなく、摂津須岐駅を壊滅させた怪竜は何処ともなく飛び去っていった。



 小次郎は上野に逗留していた。下野との国境にも近い只上の、高木兼弘の医術所である。桔梗の病の進行を少しでも遅らせようと、高名な医師に再度縋る思いで桔梗を呼び寄せ、治療を試みていたのである。ゾイドには自動操縦装置が装備されており、戦闘行動等予想外の事態さえ発生しなければ目的地に到達できる(嘗て源家三兄弟に追われた文屋好立のソードウルフが、平真樹の館より脱出した経緯と同じである)。従って桔梗が仮に眠ったままでもバンブリアンは間違うことなく只上の医術所に辿りつける筈であった。しかしさすがに盲た桔梗一人を寄越すにもいかず、止む無くナイトワイズをバンブリアンの背に乗せ、四郎将平を伴わせたのだった(出立の際、多岐が「いっしょに行くんだ!」と散々駄々をこねたのは言わずもがなである)。
 下野国衙で俵藤太秀郷との談判が決裂した以上、本拠である唐沢山と、三毳山の巨大要塞ディグの動向を窺わなければならない。小次郎が抜けた石井勢の本隊は伊和員経のデッドリーコングに指揮を任せ、下野国府にソウルタイガー、ディバイソン、ソードウルフ、ザビンガ、エレファンダーを残していた。
 この時小次郎は、桔梗の病状を気遣う余り判断を誤っていた。興世王の動きを把握仕切れなかった事である。
 興世王は性懲りもなく下野国衙よりも印鎰をせしめ、国司達を追放する。その際グスタフの手配が間に合わず、路頭に投げ出された国衙の住人達は、止む無く東山道碓氷坂へ赴かされた。僅かな幹了使(=護衛兵)だけを山賊除けに伴わせ、徒手空拳のまま徒歩で追放されたのだ。盛夏の照り付ける日差しの下、下野の国司達は襤褸切れ同然となって東山道を北上し、信濃上田宿に到着したが、出迎えてくれる筈の信濃の国衙の使者もまた見窄らしい姿であった。信濃の国分寺も、嘗て平貞盛を追って闘った小次郎によって焼かれていたからである。
 結果、信濃より「将門反逆 常陸並下野国衙蹂躙」の報告が飛駅によって都に齎された。
 小次郎は更に、言い逃れの出来ない状況に陥っていた。

 黙々と診察をする兼弘の僅かな呼吸の変化で、桔梗は自分の病状の悪化が早まっていることが判った。

「背の髄が軋むように痛みます。この躰はもう初秋を越えることも叶わぬでしょう」

 兼弘が少し息を呑み、桔梗を見据える。

「察しの通りです。貴女がこうして毅然と会話ができるのが信じられぬ程に」

「小次郎様には伏せておいて頂けませんか」

 兼弘の返答はない。医術者の誇りとして、嘘偽りを述べる心算はない様子であった。

「申し訳ありませんでした。虚言を願ったこと、お許しください」

 肩に軽く触れられ、横になるよう促された。床に就きつつ、桔梗が告げる。

「兼弘様にお話ししたき義があります。それと、四郎様をお呼び頂けますか」

「将門殿は良いのか」

「……はい、量子転送に関することなので」

 兼弘は桔梗に請われた通り、四郎を呼びに床の傍らを離れた。
 独り仰向けになった桔梗は、目尻から涙が零れているのに気付き、慌てて拭っていた。

「あの怪竜……アーカディアなら……」

 診療所の窓の外には、万が一の敵の襲来を想定し警戒する村雨ライガーの姿がある。

「消されないで。この想いが届くまで」

 廊下から、四郎を伴った兼弘の足音が聞こえていた。

[514] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-H 城元太 - 2016/02/08(月) 06:00 - HOME

 酷く怯える使者が差し出した書状を、小次郎は破らんばかりに強く握りしめた。

「国衙の書状には何と」

「謀られた。後任の武蔵守百済王(くだらおう)貞連(さだつら)を放逐するのが、興世王殿の目的だったのだ」

 皺の寄った文書を四郎将平に手渡すと、遠く下野の方角を睨んでいた。
 高木兼弘の医術所に、上野介藤原尚範の使者が印鎰(いんやく)を携え出向いてきたことで、小次郎は漸く興世王の**(確認後掲載)計を知る。時すでに遅く、藤原尚範は国衙を追われた後だった。以下、ソラの公式文書である『惑星紀略』の記述による(尚、日付には十日〜一箇月前後の誤差があるが、これは朝議で確認し、記載までに期間を要した為と思われる)。

「天慶二年 師走 廿六日 備前介子高、摂津国須岐駅に於いて、前伊予掾にして海賊首領藤原純友率いる要塞級ギルベイダー及び飛行型ウルフ、アクアコングに包囲さる。
 廿七日 下総豊田郡の武夫(≒武士)、平将門並びに武蔵権守五位下興世王らを奉じて謀反し、東国を慮掠すと、信濃国の飛駅奉ず。
 廿九日 信濃国言す。村雨ライガー麾下ゾイドを附して、上野介藤原尚範・下野守藤原弘雅・前守大中臣定行を追い上ぐるの由なり。同日勅符を信濃国に賜い、まさにゾイドを徴発して境内を備え守るべきのこと。諸陣、三関(不破、鈴鹿、愛発(あらち)の関)の国々及び東山・東海道の諸国の要害を警固す。夜に入り、武蔵守貞連、京に入る。ソラノヒトの前に召し、軍兵の起こりを問わると云々(後略)」

 記述から、小次郎は公儀により、純友と同列の謀反人と認識されていると判断できる。疑念を濯ぐには逃げ延びた国司達を全力で呼び戻し、印鎰を返還する必要がある。
 だが、眼前で身震いして控える官吏を見下ろし、小次郎は想っていた。

――これがあの傲慢不遜だった上野国衙の役人なのか。

 良兼の末期を看取る為、妻子と共に赴いた際には解文だけを寄越し門前払いした国衙が、今は管理者の象徴たる印鎰を下級官吏に委ね差し出している。

――この様な国司によって民に幸が得られるのだろうか。

 国衙の前で小次郎に統治を願った上野の民を思い出す。不死山噴火の後始末もせず、それどころかバイオヴォルケーノに乗った権介藤原惟条(これつな)をけし掛け、利根の河原の耕作地が荒れるのも厭わず合戦に至った。「受領は倒れる所の土を掴む」というが、そこに民への慈悲の情などない。脆弱な民からできるだけ搾取し、命を吸い上げて去っていく。

――誰かがこの状況を破らねばならぬ。今の俺の威を以てすれば、それは容易い。興世王の謀略に乗せられるのは癪だが、好機と取るべきかも知れぬ。

 幾多の符合が、破滅の淵へと小次郎を誘っていく。

「四郎、俺はこれから宮鍋に行く。暫し桔梗を頼む」

「お待ちください兄上。まさか大それた考えをお持ちではないですか」

 鋭い観察眼を持つ弟の諫言を無言で躱し、小次郎は村雨ライガーに向かう。途中馬場で整備を行っている郎党に命じた。

「下野にいる全軍に、俵藤太への警戒を解き上野国衙に結集せよと伝えよ。加えて相模の六郎、七郎を呼び戻せ」

 小次郎が見上げる蒼穹の先、天空に伸びる軌道エレベーターのケーブルが伸びていた。



 闇の中、燐光を放つ骸骨竜の姿だけが浮かび上がる。

「バイオメガラプトル・グリアームドの転送完了。ディオハリコンの損耗率、許容範囲内」

「幣帛使(へいはくし)泰舜(たいしゅん)和上の体温・心拍数共に健常値。大元帥法(たいげんのほう)による真言詠唱周波安定」

「ハイゼンベルグ・コンペンテーター正常稼働、転送による体積及び質量の欠損を認めず」

「要塞級ギルベイダーは淡路方面へ高度を上げて飛行中、監視を継続する」

「不死山のスコリアよりパイロバキュラムを検出との報告。地中にて流体金属反応、バイオリーチングによるクリムゾンヘルアーマー自己増殖中。これは我らの管理下にある物質ではありませぬ」

「火山脈の鳴動依然継続。熱源、ゾイドコアと認む」

「オーガノイド・モルフォゲンを確認。成長形態、依然不明」

「土魂具足整備完了。藤原子高は小野好古と接触。グリアームドの再出撃可能」

「平将門の軍勢に動きあり」

「報告」

「下総・常陸・下野より麾下のゾイド部隊が上野国衙方面に向かい進軍、相模よりも小部隊が出撃」

「宣旨を下し要害十五箇所に固関使(こげんし)を派遣、諸陣を警固」

「ギルドラゴンの出陣をジオステーションに要請」

「幣帛使、及びハイゼンベルク・コンペンテーター準備完了」

 骸骨竜の燐光が一際強まり、瞬時にして掻き消えた。


 胴体後方磁気振動システム脇に並んだ噴出口から、六列の炎の柱を放ち、黒い怪竜は鏃となって蒼穹の彼方へ上昇を続けていた。空の青はいつしか薄紫となり、やがて極冠地域に赤と緑の極光を望む宇宙の渚に達する。
 重力という惑星の柵を離れ、海賊衆の自由の海に漕ぎ出さんとした間際、怪竜の上昇速度が急激に衰えた。
 乗り組んだ海賊衆達を押さえ付けていた重力加速も減退し、垂直上昇不能となった怪竜は、自動航行装置により水平飛行へと移行する。重力の井戸に捕らえられ、静寂な虚無の空間を慣性に任せ漂うほかなかった。

「機関、推力が第二宇宙速度に達しない。状況を知らせよ」

 アーカディアの艦橋に、佐伯是基の悲痛な声が響く。

クラスターコアの共振不安定が原因です。ゾイドウィルスをベクターとしたコアの統合と調整には、まだ猶予が必要でした。惑星Ziの重力圏の突破は、現状では不可能です

 艦橋に落胆の嘆息が漏れる。船長席で宇宙の渚を望んでいた純友は、是基に通じる伝声器を取る。海賊戦艦の船長として、艦橋内に響き渡る声で応じる。

「稼動実験も無しに、アーカディアの巨体を衛星軌道まで上昇させることが出来たのだ。それに狐火を放つバイオゾイドを討ち漏らしてきた無念もある。地上を離れるにはまだ早かっただけの事。
 良い機会だ。このまま坂東へ飛び、平将門を驚かせるのも面白いではないか。さしもの坂東武者も、このアーカディアを目にすれば腰を抜かすぞ」

 艦橋内に失笑が漏れる。伝声器の向こう側で安堵する是基の姿が窺えた。

では、針路を坂東に取ります。彼の地であれば、この巨体を休める場所もあるでしょう

「楽しみだ。あの男にまた会えるのだからな」

 次第に高度を下げていくアーカディアの眼下に、緑に覆われた雄大な東方大陸の全貌が横たわる。純友は、坂東の北西に渦巻く雲海を見止めた。

「是基、坂東の北西の海上に野分(=台風)が発生しているようだが、大事無いか」

野分の暴風など物の数ではありません。寧ろ機体を隠す絶好の隠れ蓑となります

「そうか、任せた」

 視線を前方に戻し、人知れず唇を噛み締める。

(必ず宙に戻って来る。そして神を討つ)

 純友は、惑星の描く青い弧を見つめていた。
 弧の境界に白い翼が現れた。

「前方に何かいるぞ」

 艦橋にいる全員が、純友の指差す先を見つめる。白い翼の先端で、青い光が輝く。
 純友が叫ぶ。

「回避、ビームスマッシャーが来る」

 青い光輪が、艦橋間際の宇宙空間を掠めて飛び去って行った。アーカディアと同型の巨大要塞型ゾイドが虚空に浮かぶ。異なるのは頭部にドラゴントライデントを備え、全身が螺鈿色に輝いていることだった。

「遂に天空龍を出撃させたか」

 天空龍ギルドラゴンが惑星光を下面から受け、アーカディアの前に立ち塞がっていた。



 中型ブロックス、レオゲーターの獅子形態より降り立った六郎将武は、凛々しい少年武者に成長していた。

「お久しぶりです小次郎兄上。下総での御活躍は兼々聞いていました」

 元服を終えていた弟に幼さは消え去り、粗削りであるが坂東武者の片鱗を覗かせる。

「下総から声が掛かるのをずっと待っていました。これらブロックスゾイドは、良文叔父からの手向けだそうです」

 同じく、翼竜形態のディメトロプテラより七郎将為が身を翻して降り立つ。鎌輪の営所で別離して以来の再会に、小次郎は時の流れの早さを噛み締めた。

「叔父上と母上は御健勝か」

「母は多少耳が遠くはなりましたが、日々朗らかに過ごされ、叔父も相変わらず凱龍輝にて海賊や群盗討伐に奔走しておられます。微力ではありましたが、私たちもこのゾイドに乗り、忠光兄のディスペロウ、忠頼兄のエヴォフライヤーと共に駿河、遠江、伊豆にて群盗鎮圧に出陣しました」

 レオゲーター、ディメトロプテラの風防に誇らしく提示された九曜紋は、平良文の守護である北辰と太極であり、幾多の戦を重ねてきたことを示していた。

「それで、三郎兄達は何処に」

「皆間もなく此処に到着する。久方ぶりに兄弟が揃うのだ、楽しみだな」

 自然に笑顔が零れた小次郎は、この時陸奥に下向した末弟八郎将種を思い返していた。幼かった八郎も、父良持が陸奥に遺したブレードライガーを乗りこなしているかもしれない。信頼に足る兄弟たちに囲まれ、いよいよ小次郎の意志は固まっていった。

「して兄上、此度はなにゆえ兄弟郎党集まってのことですか」

 小次郎が村雨ライガーを背にする。

「除目(じもく)を行う。お前達は国司となり、坂東支配の要となって、この平小次郎将門を支えるのだ」

 除目とは、官制大権を有する天皇のみが行える任官儀礼である。小次郎が除目を行うとは、天皇の地位に就くことを示す。それはもはや、言い逃れの出来ない叛逆行為である。村雨ライガーの背後に、エレファンダーの影が垣間見える。空の一角が鉛色の積乱雲に覆われている。
 坂東に野分が近づいていた。

[515] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-I 城元太 - 2016/02/28(日) 06:14 - HOME

 大気のない虚空では、遠方の像でも鮮明に捉え易い。距離感を失った空間で、白い天空龍が次第にその大きさを増していた。

「ギルドラゴン接近。ビームスマッシャー、丑の方位より来襲」

「光輪を弾く。バリアーを解除し重力砲を撃て」

「機体を剥き出しにするのですか」

「出力不足のウィングバリアーで受け止めるのは無理だ。射軸線固定。目標、敵ビームスマッシャー。時成、試射が実戦となる。心して掛かれ」

言うに及ばぬ。方位盤、敵弾道捕捉。砲撃準備完了

「宜候。斉射四連、撃て――」

 アーカディアの翼端に突き出た四門の砲身より、楕円の凹面鏡の如き歪んだ空間が放たれた。弾道は重力レンズ効果により射線上の空間を湾曲させたのだ。凹面鏡四枚が交叉する先、重力の塊は青い光輪二枚を見事に弾き出していた。
 理論上、光速と重力波の伝搬速度は等しい。だが荷電粒子を凝縮して形成されたビームスマッシャーは、その質量のため光速に遥かに劣る。純友が重力砲での迎撃を命じた理由もそこにあったのだ。

「命中です。迎撃成功しました」

「油断するな、敵は真正面より来る」 

 虚空の彼方に消え去って行く地獄の光輪≠フ背後に、天空龍の本体がチタンクローを構えて迫っていた。

「辰方位へ回頭。チタンクロー展開」

 アーカディアは咄嗟に脚部をギルドラゴンに向け横回転をかける。爪には爪を。音速の数十倍で巨体同士が擦違い、互いに構えた爪が僅かに交錯し火花を散らした。無音の空間戦闘に初めての振動が響いた。

「敵は申に抜けます」

 天空龍の巨体が惑星曲面の稜線に芥子粒となって消えて行く。運動の第一法則に従う大質量は、容易に方向転換が効かないのだ。

「ウィングバリアー展開、高度を下げ大気制動をかけて旋回。今一度ギルドラゴンを迎え討つ」

 浅い下げ角を取り、アーカディアは惑星大気の壁に降下する。大気の粘性を利用し、一時的に高度を下げて減速、進路を変える方法を大気制動(エアロブレーキング)≠ニ呼ぶ。通常装甲であれば、大気との摩擦熱はゾイドが燃え尽きる程の高温となるが、大気圏外での作戦行動を想定するギルドラゴン、及びギルベイダーは対策としてのウィングバリアーシステムを装備している。アーカディアの周囲に摩擦熱と鬩ぎ合う灼熱の被膜が現れ、直接熱に晒されるのを防ぐ。やがて大気に跳ね上げられるように再浮上したアーカディアの左舷遠方に、天空龍の螺鈿色の輝きが捕捉された。

「戌方位にギルドラゴン確認」

 天空龍は惑星曲面の稜線際、遥かに離れた赤道上空付近にあった。ギルドラゴンは大気制動を利用し旋回する危険を冒さず、敢えて長大な半径を費やし反転していた。結果としてアーカディアに充分な時間を与えたのだった。

「秋茂、あの旗を上げろ。腑抜けたソラの奴らに見せつけるのだ」

「その言葉待っておりました。信太流海(霞ヶ浦)の湖賊、大宅弾正重房より受け取った旗、今こそ此処に掲げましょうぞ」

 魁師の一人紀秋茂は喜々として艦橋上層部に向かう。
 再度遠方より飛来したギルドラゴンが捉えたアーカディアの映像に、虚空には不釣り合いな物体がはためく光景が映っていた。右ツインメーザーの淵、白地に黒く染め上げた『南無八幡大菩薩』の文字がある。

「俺はカミと名がつくものは大嫌いだ。だがこの旗は、俺たち海賊衆と、坂東とを繋ぐ旗。俺たちはこの旗の下に戦う、新たな創世(ジェネシス)の為に。これが宇宙海賊藤原純友の、真なる旗揚げとなるのだ」

 アーカディアの艦内に割れんばかりの雄叫びが上がる。風のない虚空に『南無八幡大菩薩』の旗が翻っていた。



「正気でございますか。坂東独自にて除目を行うなど、帝に対する叛逆行為に他なりません」

 学者肌で、常に冷静な姿勢を保ってきた四郎将平が厳しい口調で詰め寄った。

「確かに今の兄上が飛ぶ鳥を落とす勢いであることは認めます。しかしこれは勢いに任せた暴挙です。恐らくは後々迄、人々の誹りを浴びることとなるに違いありません」

 小次郎は、聡明な舎弟の諫言をある程度予想していたが、その剣幕に多少なりとも驚かされた。

「兄上もゼネバス帝のことは御存知でしょう。彼の皇帝は、兄である小ヘリック(※ヘリックU世)の、表面上は民主政治を謳いながら、実質は特権資産階級を優遇する部族差別政治に反旗を翻し、長い戦乱に挑みました。
 ゼネバスは自らもゾイドを駆って戦場に身を投じました。ゼネバスは勇者でした。ですが結果は、ガイロス国による併呑、そして彼の皇帝も虜囚となり命尽きます。
 後にゼネバスの娘にしてヘリック国の元首に就き、絶大な信望を得た太政大臣(ママ)エレナ姫も、その最期は戦乱に呑み込まれ行方知れずとなりました。
 英雄とか、勇者とか呼ばれる者は、混迷する時代の乱流より立ち上がり、最初は多くの民に讃えられ絶頂を迎えます。然れど混迷の時代故に、その地位は長続きしません。仇敵に討たれ華々しく散れるのであればまだ良き方で、大方は熱狂していた民の支持に見放され惨めに零落するか、或いは権力維持のために独裁と恐怖政治を敷き民を苦しめるかです。
 往古より、帝の位は一時の知力や武力によってのみ就ける業ではなく、積年培われてきた天命によって選ばれるもの。軽々しく我らが建議すべき事ではありません。どうか考え直しを願います」

 膨大な知識によって裏付けされた四郎の言葉に抗うなど不可能と悟っている。だが小次郎が意志を曲げることなどなかった。

「四郎よ、俺は考えたんだ。ソラに昇ったまま姿を現さぬ帝と、こうして地に足をつけて大地を耕す俺たちと、どちらが尊い存在かということを。
 俺は村雨ライガーを通じ無限なる力≠得た。だから叔父達からの理不尽な戦や国司からの不当な要求も跳ね除け、民を守れたのだ。いまこの惑星は神々の怒り≠ノ準じる天変地異の洗礼を受けようとしている。だが帝もソラも、民を見捨て軌道エレベーターに籠っているだけだ。そんな為政者に何を頼り、何を願えというのだ。
 ゼネバス帝のことは俺も知っている。だが彼の公の振る舞いが後の世界を築く礎となったのも確かだ。ゾイドを操り、武力に優れた者は民も世界も救える。山を越えようと欲すれば心憚らず、飛来する隕石を打ち砕こうと欲する力は弱くはない。俺が闘いに勝利しようという思いはゼネバス帝をも凌ぐ。なにも俺はこの大陸全てを支配しようと云うのではなく、この坂東のみを独立させ預かろうと云うだけだ。凡そ坂東八ヵ国を領するには、足柄・碓氷の二関を固め禦げばいい。生憎だが、俺はお前の建議を受け入れるつもりはない」

 小次郎の断固とした意を知った四郎は、それ以上言葉を継ぐことはなかった。

「兄上のお考えよくわかりました。ですが私にも私の考えがあります。私はこれにて下総谷和原村に戻り、菅原景行公の元で只管に学問に励むことにします。最後の務めとして、先に兄上が認(したた)めた小一条忠平様への書状を仕上げたものを残して行きます。兄上の大望が叶うこと、祈念して居ります」

 決別の辞を残し、四郎将平は背を向けた。日は傾き、松明が一層燃え上がる。程なくして飛び去って行くナイトワイズの機影に一抹の寂しさを感じつつも、小次郎は迷いを断ち切るが如く声高に郎党に命じた。

「除目を行うに際し、邪魔者が入らぬよう上野国衙の四方門をゾイド部隊を以て固めさせよ」

 控えの間に松明の火を背負った人影が現れた。

「殿、宜しいのですか」

 穏やかで、それでいて責めるような口調であった。小次郎は夕闇に長く伸びる影の中、無言で立っていた。

「出過ぎた事とは存じますが、私も四郎様と同じく除目を行う事、首肯できませぬ」

「なぜだ員経。俺が坂東を束ねるのがそれほど不満か」

 幾分口調を荒げる小次郎の前に、松明灯りで表情を見せぬままの伊和員経が跪く。

「殿が坂東を束ねることに何ら異存は在りませぬ。然れどこの員経、謹みて申さば矢張り四郎殿が云われた通り、帝の権威に仇為す振る舞いは控えるべきと思いまする。
 俵藤太率いるエナジーライガー及び巨大蜈蚣要塞ディグを筆頭に、それを支援する龍宮、未だに行方を眩ます太郎貞盛のライガー零と、我らの先には強大な敵が残っております。ここで叛逆者の汚名を受ければ、我らは未来永劫朝敵となり、東方大陸辺縁に亘って寄手に付け狙われる事にも成りましょう。
 私は老いた武士が故に、古来より呼び習わされた謹言が思い浮かびます。
『天命に逆らえば忽ち災厄が降り、帝に叛逆すれば即座に刑罰がその身に加えられる』と。
 どうかこの老武士の諫言を心に留め、よくよく思案を巡らし裁断を下すことを願いまする」

 悲しさと虚しさで、小次郎の胸は一杯になった。「員経、お前までもが」という心情である。滝口の武士に出仕して以来の忠臣さえ、己の大望を理解してもらえぬ虚しさであった。自然に小次郎の口調も険しいものとなっていた。

「なぜ判らぬ。一度出来上がって動き続けるソラという巨体は、降りかかる隕石群の災厄と不死山の噴火被害を知りながらも、自分達の保身を優先するばかりだ。忠平公や師氏様がどれ程よいお方であっても、内にあっては滅びに向かう巨体の進路を変えることなどできない。最早誰かが外から力尽くで叩き付ける他に手段はないのだ。
 俺は坂東をソラの外に置いて殴りつけ、目を覚まさせてやるのだ。この惑星を愛し、この惑星に住む民を守るためには致し方なき事。除目を取り行う事、既に口に出してしまった以上成し遂げぬわけにはいかぬ。決議を覆すなど思慮の足らぬ事甚だしい。その言葉、二度と口にするな」

 員経は「承知しました」と残し静かに下がって行く。言葉とは裏腹に、度重なる諫言に小次郎の決意は揺らぐ。松明灯りの影に、興世王が潜むのにも気付かずに。


「是より宣旨として、諸国の除目を下す。
 下野守にソードウルフ、将門が舎弟、平朝臣将頼を除す。
 上野守にディバイソン、常羽御厩の別当多治経明を除す。
 相模守に同じくディバイソン、平将文を除す。
 常陸介にランスタック、藤原玄茂を除す。
 上総介にエレファンダー、武蔵前権守の我興世王を除す。
 安房守にザビンガ、文屋好立を除す。
 伊豆守にレオゲーター、平将武を除す。
 下総守にディメトロプテラ、平将為を除す」

 主宰となって取り仕切る興世王の朗々とした声が上野国衙の拝殿に響く。固唾を呑んで見守る郎党の中、着慣れぬ衣冠束帯を身に着けた三郎や好立の姿があった。除目に四郎将平と伊和員経の名はなく、また坂上遂高も「俘囚である故、我は器では御座らぬ」と固辞し、そこに名を連ねることはなかった。壇上で見下ろす小次郎の心中、やはり言い知れぬ虚しさが過っていた。

(これは興世王による茶番だ。俺はこの御仁に踊らされているだけではないか)

 ぎこちなく振る舞う三郎たちの格好は滑稽であった。どれ程厳かを気取ってみても、所詮は田舎者の模倣に過ぎない。

「――王城は下総石井の邸南に建設し、是に伴い、磯津の橋を以て都の山崎と捉え、相馬郡の大井津を以て都の大津とせよ。左右大臣、納言、参議、文武百官、六弁八史等は当方が全て選任決定し、追って沙汰を下すとする。印鎰の内印・外印のメタルZiによる鋳造に於いては――」

 嬉々として唱える興世王の声に反し、小次郎の心は益々乖離していく。

(俺はなにをしている。あの男が、藤原純友がこんな姿を見たら、俺をなんと云うのだろうか)

 視線の先、燃え盛る松明の炎が揺らめき、思わず除目の座を蹴って去ろうと腰を僅かに浮かした時であった。
 取り囲んでいた郎党衆と上野住民の人垣の一角が崩れ、人波を断ち割り駆け込んできた人影がある。長い髪を振り乱し、手製の大幣(おおぬさ)らしき棒切れを手にした若い女であった。除目を行う拝殿の正面に踊り出ると、丁度立ち上がった小次郎を睨み付けた。

「おお、神憑りではないか!」

 背後で興世王が大袈裟に驚嘆する。見守る一同が奇妙な納得をする。

(茶番の仕上げをする心算か)

 女の姿を凝視するも、振り乱した髪のため表情を窺い知ることはできない。
 女が告げた。

「我が名はフィーネ・エレシーヌ・リネ。
 イブポリスの巫女にて、八幡大菩薩の巫覡である。
 汝に命ず。朕が位を蔭子平将門に授ける。
 その位記は左大臣正二位菅原朝臣霊魂が捧げる処なり。
 今直ちに、三十二相楽を奏で、此れを迎え奉るべし」

 そういう事か。

 小次郎は興世王が仕組んだ茶番に瞠目した。
 図ったように、四方門を守っていた郎党達が挙って歓喜し、興世王が満面の笑みを浮かべる。己が策を見事成し遂げたという笑みである。
 女は続けた。

「此処に於いて汝平将門に自ら制して謚號(いみな=諱)を奏す。名付けて新皇(ネオ・カイザー)」

「新皇(ネオ・カイザー)将門様、降臨である。皆の者、将門公を崇め奉るのだ」

 一際高い声で興世王が叫んだ。
 一斉に上がる歓声。新皇(ネオ・カイザー)と唱える声が大合唱となり、上野国衙を包んでいく。
 最早後戻りは出来なくなった。
 宙と地に、八幡大菩薩の號が轟いた。

[516] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-J 城元太 - 2016/03/11(金) 21:05 - HOME

 吹き荒ぶ野分の風が、固く閉ざされた上野国衙の雨戸を叩く。小次郎は漏れる風に揺らめく燈火の下、四郎が残した摂政忠平への書簡を読み返すと共に、これまでの己の足跡を辿っていた。
 
『将門 謹んで言上す。
 蔵人頭 藤原師氏様の御教示を久しく頂かぬまま幾星霜が流れました。拝謁を渇望して居る傍ら、今更何を申すべきか悩む次第で御座います。伏して高察を賜るならば、有難き幸せと存じます』

 筑波の嬥歌の、青く酸い記憶を思い出す。叔父達の策略に乗せられたとはいえ、上洛の最初の目的は源護の娘、彩との恋仲を成就させることであった。村雨ライガーと身体一つで上洛し、都に襲来したブラキオス・シンカー・ウォディックを率いる純友の海賊衆を撃退したことが滝口の武士への仕官の切っ掛けとなる。
 忠平の四男蔵人頭師氏との交流、そして群盗桔梗の前が放った三匹のセイスモサウルスとの決戦、初めての疾風ライガーへのエヴォルト。今は遠い過去である。

『先年源護らの愁訴状に従い、ソラは将門を召喚されました。官符恐れ多く、急ぎ上京し祇候致した処、仰せを承りて曰く、「将門は既に恩赦となった。よって早々に帰郷させよ」と仰せられ、御恩により故郷に速やかに帰り着くこと叶い、帰郷して後には戦を忘れゾイドコアを休眠状態にし、安居しようと考えておりました』

 二度目の上洛で、右京区の廃寺に於いて出会った僧、空也。未だに謎多きゾイド、デッドリーコングを譲り受ける。そして再度襲来した純友のアクアコングとの一騎打ち。既に奇矯な縁は、小次郎と純友を結び付けていた。しかしこの時の身体の酷使が、後の敗北の原因となる。

『然れど前の下総国介平良兼は妖しげなバイオゾイドを率い猛襲して来ました。已む無く防戦はしたものの劣勢は否めず、鎌輪の営所は略奪と虐殺を受け灰燼に帰しました。破壊の経緯については、先の下総国の解文に記し言上した通りで御座います』

 殺戮の悪夢が蘇る。脚病によって身体の自由を失い敗走し、負け戦に乗じて良子と多岐が捕らえられ、最初の桔梗――孝子も襤褸切れの様になって殺された。

『朝廷は、諸国が協力して良兼らへの追捕官符を下されました。然るに再三に亘り将門を召喚する使者が送られ、新たに築いたる石井の営所を離れること心安かに成らず、此度は上洛を控えました。この件に関しましても、来訪された官使の多治助縄様に書状を託し、詳細を言上致しました』

 慌しく飛来し去っていった螺鈿色の天空レドラーの姿を思い出す。ソラへの激しい不信が募るようになったのもこの頃である。

『未だ裁決が下らぬのを鬱々と憂えていたこの夏、平貞盛が私を召喚する官符を奉じ常陸に至り、国司は頻りに私に召喚の牒を送ってきました。件の貞盛とは、愛機のゾイドや忠臣さえも見殺しにして逃亡し、密かに上洛した不届き者です。公家は須らく貞盛を捕らえ、事情を糺すべきで在りながら、逆に貞盛の言い分を採用し官符を賜ったとは甚だしい欺瞞で御座います』

 信濃のゾイド群を楯にして、己の忠臣他田真樹とレッドホーンを見殺しにし、乗機ブラストルタイガー迄をも見捨てて逃げ延びた貞盛。そして言を左右にして追捕の対象もその場限りに変えていくソラ。文面には小次郎の怒りがありありと記されている。

『また、右少弁源相職朝臣が小一条大臣忠平様の仰せを受けて書状を遣わされましたが、書面には「武蔵介経基の訴えにより将門を推問すべきとの官符を下すこと決定済み」と記されるのみです。元はと言えば、源経基が勝手に不死山の噴火を我らの襲撃と誤解し、臆病風に吹かれ敗走しただけの事。誤解が解けることを願い詔使の到来を待って居りましたが、不死山より出現したバイオヴォルケーノの襲撃により坂東の平穏は破られました。将門は必死に戦い、何度も撃破したものの、その都度バイオヴォルケーノは蘇り、被害は拡大していきました。加えて常陸介藤原維幾の息子為憲が偏に公威を笠に着て、私の従兵である藤原玄明と、私が斃したヴォルケーノの残骸引き渡しを要求し、罪を擦り付けてきました。私は玄明の愁訴により事情を糺さんとし、常陸国衙に赴いたのです』

 玄明を庇った事を後悔してはいない。是まで何度となく窮地を救ってくれた男である。

『然れど為憲と貞盛らは心を同じくして国衙の兵を率い、更に為憲はバイオヴォルケーノに乗り込んで戦いを挑んできました。此処に於いて将門は士卒を励まし意気を起こし、ヴォルケーノを打ち破りました。確かに常陸国衙の戦によって滅亡した者は幾知れず、生き残った者達は悉く捕らえましたが、介の維幾は嫡子為憲を諭さずして兵乱に及んでしまった罪を自ら認め、書状を提出致しました』

 不死のバイオゾイドとの死闘によって、実に多大な犠牲が強いられた。全ては龍宮や俵藤太の策に乗せられたソラの失策に他ならない。

『不本意ながら、一国を討ち滅ぼしてしまった罪は重く、百県を領するにも及びます。之により朝議を仰ぐ間、暫く坂東の諸国を制圧して参った次第。伏して父祖を案ずるに、将門は桓武帝の五代の子孫、例え長く東方大陸の半分を領有したとしても、豈悲運とは謂わぬことでしょう。ゼネバス帝の如く、昔兵威を振るって天下を取る者は皆史書に見る処です。将門、天の与うる処既に武芸にあり、思うに誰が比類出来るでしょうか。而るに公家よりの褒賞はなく、逆に何度も追捕官符を下されています。身を省みれば恥多く面目も御座いませんが、推してこれを察して頂ければ、甚だ以て幸いであります』

 幾分言い訳めいた論調がもどかしいが、後戻りできなくなった以上止むを得ない。

『抑も将門の若き頃、名簿を太政大臣忠平公に奉り、数十年にして今に至ります。小一条様が摂政となられたこの時期に、今回の騒動となってしまい歎念の至り、申し開きする言葉もありません。将門は傾国の謀を萌せりと言えど、何ぞ旧主を忘れましょうか。察するを賜らば甚だ幸いであります。
 この一文を以て万感のを貫く想いで御座います。将門謹言』

 兄小次郎を想う四郎の、記すべき事と記さぬべき事を弁えた心尽くから成る書状であった。飛駅を使い、都の蔵人頭師氏に届けようにも、坂東を直撃している野分の為に送付も儘ならない。通信機器による電文は可能ではあった。だがやはり、肉筆の書簡を届けるべきと判断し、書院机の脇に無造作に置かれたタブレットを見詰めた。

「これからは俺が操作せねばなるまい」

 純友との量子暗号を司る端末は、触れたところで硬く冷ややかな感触を残すのみであった。



 宇宙の渚に薄紅色と萌黄色の緞帳が広がる。吐き気を催す静寂の中、白と黒の影が極光(オーロラ)の明かりを浴び虚空に舞っていた。まるごと島一つ浮上させたような巨躯であっても、対比物の無い虚空では存在感に乏しい。慣性に従い、機械仕掛けの玩具が戯れ合う如く互いに一撃離脱を繰り返す竜と龍との戦闘は、ほぼ同型機であるが故に性能が拮抗し、必然的に長時間に亘っていた。

「太陽から荷電粒子供給は充分な筈。小型でもいい、アーカディアのビームスマッシャーは撃てないのか」

集束装置が未調整です。それにクラスターコアも不安定なため、電力を回せません

 純友は風防越しに輝く極光を恨めし気に見つめる。

「ニードルガンを敵航路上にばら蒔け、腰抜けどもの足止めにはなろう。重力砲もプラズマ砲も使用不能となれば、残るは格闘戦のみ。チタンクローを以て、減速した敵に並走飛行し粉砕する。勝機は一瞬のみ。皆心してかかれ」

 アーカディアの爪が一際鋭く輝いた。

 音速の数倍で進む物体は、容易に惑星表面を半周する。戦闘域も東方大陸上空を遥かに越え、南極洋ゼロス海より南エウロペ大陸、更に北エウロペ大陸を迂回し暗黒大陸二クス上空を通過、夜の面を晒す中央大陸デルポイの輪郭を示す点描の如き街灯りを遥か眼下に臨む。アーカディアの視界に白い点が現れ、瞬時に天空龍の形となって広がる。

「スパイク戦闘準備。敵進行方向へ並走」

 上下の感覚のない宇宙空間で、アーカディアの巨躯が全身を捻じ曲げ惑星の昼の面の明かりを背に受け飛行する。ギルドラゴンの進行方向と平行となり、次第にその距離を詰める。爆発的に磁気振動システムの排気管が火を噴き、瞬時にギルドラゴンの機体表面にチタンクローを突き立てた。

「奴もウィングバリアーを」

 爪の先端が弾かれ、痕跡が天空龍表面の空間にのみ刻まれただけであった。
 完成された機械生命体ゾイドと、未完成のアーミラリア・ブルボーザとの差であり、完成直後の慣熟飛行状態のアーカディアに対し、長年運用を続けていたギルドラゴンには、出力の安定性に於いて雲泥の差があった。ギルドラゴンにとって、ビームスマッシャーを放ちウィングバリアーを展開することなど雑作もない。だが、戦慣れしていないギルドラゴンも、アーカディアに痛撃を与えることが出来ない。闇雲に放たれるビームスマッシャーが何枚も虚空の彼方に消えた。それでも白い天空龍は、重力の井戸に囚われたままの『南無八幡大菩薩』の旗が翻る黒い怪竜を次第に追い詰めていった。

クラスターコアの稼動限界、出力維持できません

 機動が目に見えて衰えて行く。船長純友に決断が迫られた。

「大気圏再突入を強行する。磁気振動装置を一時切断、全出力を投入しウィングバリアー展開。全員耐衝撃体勢を取れ」

 敗走の屈辱より報復の機会を狙う。アーカディアの無限の可能性を確信していた。

「午方向よりギルドラゴン追尾」

「鉛直姿勢のまま自由落下し加速をつけ振り払え。翼を羽ばたかせ落下進路を攪乱、敵の狙い撃ちを避けるのを忘れるな」

無理な機動(マニューバ)は出力低下となります

「撃沈されれば元も子もない。是基、機関は坂東まで持つか」

野分に突入するには軌道を外れ過ぎました。降下予定地点は、北半球の中緯度帯――これは最悪の降下場所になります

 惑星北半球中緯度の、最悪の降下地点。純友が吐き捨てた。

「トラアングルダラスか」

 眼下に広がるダラス海の中央に、黒々とした密雲が奈落となって横たわる。
 強磁界に覆われ、全ての機械生命体を狂わす魔の海域、トライアングルダラス。
 アーカディアは一直線に、魔の海域に突入しようとしていた。

[519] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-K 城元太 - 2016/03/26(土) 21:07 - HOME

 大気の壁が轟音を上げる。無音の空間から幾層もの雲海を貫き、アーカディアの巨体は惑星重力に曳き寄せられた。灼熱の繭に覆われる怪竜を、白い影が追う。

「ギルドラゴン、依然追尾中」

 加速に圧され、必死で舵輪に縋り付く小野氏彦が喘ぎつつ告げた。

「奴も大気圏突入のためにウィングバリアーを展開している筈だ。バリアーを解除し攻撃態勢に移られる前に、トライアングルダラスに突入する」

 純友の言葉が終わると同時、アーカディアの機体全体が激しい振動に襲われた。操縦席周辺の備品収納庫の扉が衝撃で開き、中から幾つもの整備用具や操作書、私物の類が散乱した。

バリアー消失、磁気振動装置停止。クラスターコアの臨界停止しました

「機首を曳き上げろ、大気抵抗で落下速度をできる限り落とすのだ」

 全身炎に包まれ、赤く尾を引く怪竜の先、奈落の黒雲が渦巻く。
 純友は、散乱した私物の中に、小次郎からの伝文到着を示す赤い光を灯すタブレットに気付く。板東で新皇即位を宣言した同胞の便りに一刻も早く触れたい衝動を抑え振り向く。
 赤い風防越しに、大気の壁の灼熱の洗礼をものともせず『南無八幡大菩薩』の旗が力強く靡いている。

(将門よ。貴様にこの艦を見せずに沈めたら一生恨み言を言われるだろう。必ずや坂東に向かい、貴様の驚く顔を拝むのを楽しみとしよう)

 青い光輪が飛来し、アーカディア後方に流れ行くのを見遣り、純友が叫ぶ。

「滑空状態のままトライアングルダラスに突入。全員衝撃に備えろ」

 動力を失った怪竜は、湧き上がる黒い雲海に吸い込まれていった。


 蔵人頭師氏を介した摂政忠平への書状に引き続き、小次郎は大いなる矛盾を帯びた書簡を、太政官としての藤原忠平に上奏していた。
――平小次郎将門 新皇(ネオ・カイザー)の位階を預かり、本天皇(※本来の帝、将門側による造語)に代わり坂東を統治致す――
 表面ではソラの配下にあることを称しながら、実質は新皇として坂東を支配するという宣言であり、全くを以て辻褄の合わない政権樹立の報告である。これは、肥大化した官僚制の弱点を突き、優柔不断な評定によってソラの対応策を混乱させようとする興世王の強かな**(確認後掲載)計でもあった。同時に、小次郎のネオ・カイザー即位・坂東政権樹立の宣言は、ソラの都を恐怖の底に叩き落とした。下総を根拠に、上総・常陸・下野・上野を実効支配し、関八州で残る武芝が管轄する武蔵、小次郎の叔父良文が管轄する相模、房総半島先端の小国阿波にも小次郎傘下の上兵と舎弟が鎮撫のため派遣された。ソラと同様に、小次郎の配下進出の報せは、残る各国衙の長官達を震い上がらせた。ある者は丘に上がった小心者のウォディックの如く驚き騒ぎ、またある者は怯えたプテラスがあたふたと飛び去るが如く早々に都に逃げ帰っていった。
 巡検を名目に、統治者を欠いた武蔵・相模・阿波に入った小次郎配下の軍勢は印鎰を押収し、府庁に残っていた在庁官人にネオ・カイザー将門の銘で従来通りの公務を行うことを勅して、坂東統治の混迷化を見事に食い止めたのだった。
 村雨ライガーを先頭に、坂東諸国の行く先々で、小次郎は熱狂的な歓迎を受ける。

「将門様万歳!」

「ネオ・カイザー陛下万歳!」

 長年虐げられてきた坂東の民の声と、搾取のみに固執してきたソラへの不満が、怒涛の如くネオ・カイザー将門への支持に繋がった。俵藤太でさえ、小次郎に靡く時流を読んで沈黙を続け、当初から小次郎に好意的であった相模の良文と、武蔵武芝も動向を控えた。
 村雨ライガー率いる小次郎の軍勢は、相模より下総石井の営所へ堂々の帰還を果たす。小次郎の――ネオ・カイザー将門の権威は、この時まさに絶頂に達していた。
 慌てふためくソラの講じた策は、時の朱雀帝に僅か十日ばかりの猶予を天命に祈願させ、南都七大寺(東大寺・興福寺・西大寺・元興寺・大安寺・薬師寺・法隆寺)に跪き、伊勢神宮を筆頭とする各明神社に将門調伏の奉幣を願うという消極的かつ実効性の薄いものであった。
 詔に残る帝の嘆きは「忝(かたじけな)くも天皇の位を受け、幸いに帝の偉業を受け継ぐも、今しも平将門なる叛逆の徒が濫悪を力と為して国の位を奪わんと欲している。
 昨日謀反の報を聞き、今日にも賊は都に襲来しようと企んでいるに相違ない。
 早々に名高き神仏に幣帛し、斯くなる賊難を払い賜わんことを」と告げ、玉座を下って額の上で合掌し、百官の臣僚と共に精進潔斎し、千回の祈りを神仏に請いたという屈辱的なものであった。
 帝の祈祷のみならず、密教の修法に通じた山間の阿闍梨(=この場合は修験道者)に降魔邪滅悪滅の法を唱えさせ、社の神祇官は頓死頓滅の式神を祀らせる。
 七日に亘って焼かれた芥子は七石を越え、祭壇に備える五色の供物も測りきれない程であった。悪鬼の名号を書いた札を護摩壇の火中に焼き、賊人将門≠フ形代を切り抜いて茨や楓の木の下に吊るし呪詛をかけ、八大尊官は神鏑を叛逆者将門の棲む方角に射放ち調伏を試みる。虚礼に縛られ、迷信に浸りきったソラと都の狼狽は、滑稽さを越えて悲痛悲惨であった。
 以下『本朝世紀』に記す。

「今日、伊予国解状を進む。前掾藤原純友、海賊を追捕すべきの由の宣旨を蒙る。而(しか)るに近来相い驚くことあり。随兵らを率い温羅(うら=※ギルベイダー)を以て宇宙(うつ)に出でんと欲す(後略)」

 将門と純友。追い込まれたソラは、しかし、その永年に亘って支配を続けてきた巧みにして老獪な統治機構を再生させるに充分な刺激となった。
 西に牙を剝くのは、光装甲と量子転送能力を有する骸骨竜バイオメガラプトル・グリアームド。
 東に向け咆哮したのは、嘗て小次郎に屈辱的な敗走を喫した暴竜、六孫王源経基が操るゴジュラスギガであった。


 小次郎には気掛かりが三つあった。
 一つは桔梗の病状である。だが小次郎に為す術はなく、唯一頼れるのは医師高木兼弘のみだった。桔梗は小次郎が病床訪れるたび、半身を起こして穏やかな笑顔で迎えてくれる。鋭敏な聴覚が小次郎の足音を聞き分け、無理を見せまいとして身なりを整えてしまうため、真の病状の進行がどれ程かと推し量ることはできなかった。
 二つに、アーカディア號完成に際し、坂東を再訪すると宣言した藤原純友からの量子暗号が途絶えたことである。小次郎は知らない。強磁界トライアングルダラスに突入したアーカディア號は、磁気嵐に遮られ量子暗号さえ坂東に届かなくなっていたのを。碓氷の関を閉ざしたことにより、都よりの情報も途絶えた。ソラは巧みに、小次郎と純友の連携を寸断するよう街道を行く者達にも厳重な緘口令を布いていた。
 三つめは、他ならぬ平貞盛の行方である。下野俵藤太の所領でのドラグーンネストらしき要塞級ゾイド出現の報せがあって以降行く先は知れない。小次郎が相模にまで巡検した理由の一つに、太郎貞盛探索の目的もあった。石井営所に戻っても、小次郎は悶々として貞盛の行方を追っていた。
 折しも、常陸国の中程にある奈何・久慈に所領を有する藤氏(土着の藤原氏)より、「貞盛とその家人達が常陸に現れた」という報せに触れた小次郎が、即座に村雨ライガー、デッドリーコング、ソウルタイガー、そしてエレファンダー・ファイタータイプを率いて、残敵掃討を名目に出陣したのは言うまでもない。
 本来であれば奈何・久慈両郡は源護の所領であるが、最早仇為す軍勢など残ってはいない。小次郎たちは郡境で出迎えた藤氏によって篤い歓待を受けることとなる。素朴な人柄の民衆が集い、村雨ライガー率いるゾイド群を囲み、忽ち賑やかな酒宴が催された。
 どれ程の美酒佳肴で饗されようと、知りたいのは太郎貞盛の行方であるが、ネオ・カイザー将門としての地位が己の行動を縛り付けた。

「新皇としての立ち居振る舞いには留意して頂きたい」

 付き添ってきた興世王は、微に入り細に入り口出しをする。鬱陶しく思う一方、解放者として現れた小次郎への民衆のひた向きな姿を無碍にするわけにもいかず、已む無く藤氏の歓待を受けねばならなかった。小次郎が問うことが出来たのは、酒宴も終わりに近づいた頃である。

「貞盛は何処で見たのだ」

 空かさず口を挟む興世王。

「ネオカイザー陛下、左様な下卑た物言いは控えて頂けねば……」

 喧しい。

 恐縮する藤氏を前に、小次郎は興世王への言葉を呑み込んだ。

「恐れながら申し上げます。貞盛の行方は浮雲の如く飛び去り飛び来たり、宿る処不定と聞きます。ドラグーンネスト発見の報も、当方の下人が見たものの即座に行方を晦ましたとのことです。ですが聞くところによると、貞盛は奈何郡吉田郷の蒜間(ひるま)の江に向かったとも。旧本拠の石田荘より落ち延びた妻や兄弟、家臣と合流する目的ではと――」

「員経、遂高、発つぞ」

 酌をする美女を尻目に盃を投げ出し、小次郎は酒宴より即座に立ち上がった。応じた伊和員経、坂上遂高もゾイドに向かう。残された興世王が何やら叫んでいる。

 今度こそ、今度こそ決着を付ける。

 貞盛を追う小次郎の執着は、恩讐を超えていた。

[522] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-L 城元太 - 2016/03/29(火) 18:21 - HOME

 常陸国の中程に位置する蒜間(ひるま)の江は、満潮時には海水が逆流し、淡水と混ざり合う汽水湖である。湖上には信太流海(=霞ヶ浦)に跳梁する湖賊とは異なる、海人系漂泊民の家船(えふね)が舳先を連ねて棲んでいた。小次郎に追われ、住処を奪われた石田荘と源護の家人は、亡き平国香に施しを受けていた家船の民によって匿われていた。しかし、勢力を増す小次郎の前に次第に手に余る賓客(ひんかく)となっていく。

 ネオカイザー即位が転機であった。権力者に取り入ろうとする浮浪の伴類の小型ゾイドが蒜間の江に入り込み、頻りに貞盛配下の探索と残党刈りを始める。累が及ぶのを怖れた家船の民は、止む無く石田の家人達を放逐した。路頭に投げ出された彼らにとっての唯一の頼みは、貞盛率いるドラグーンネストが遊弋中との噂だけであった。

 太郎貞盛とドラグーンネストは、確かに常陸国に潜んでいた。だが家人救出に出陣すれば、確実に小次郎にその居場所を察知される。情勢を見るに、今の小次郎に対し勝負を挑むのは得策ではないと判断した貞盛は、家人の危急にも救済の手を伸ばすことはなかった。つまり見殺しである。

 浮浪の伴類に追い詰められた石田荘の家人達には、過酷な顛末が待っていた。


 到着した蒜間の江の対岸に、小次郎は多治経明のディバイソンを遠望する。村雨ライガーを横付けし、操縦席より身を乗り出して状況報告を受ける。その際、経明の苦々しい表情が気になった。

「上野国鬼石村より、常陸で合流を試みる良兼残党のダークホーンを追って参りました。貞盛こそ発見できませんでしたが、途中その妻女達を捕縛したとの報を受け駆けつけたところ、既に……」

 経明の報告の途中で、小次郎は激しい胸騒ぎを覚えた。

 貞盛に非ず、貞盛の妻女とは。なれば、よもやあの女(ひと)が。

 村雨ライガーの操縦席から慌ただしく飛び降りると、小次郎は経明が指し示す方向へと駆け出した。蕨手刀と、操縦席裏側に永年潜ませてきたリーオの櫛を手にして。

 まさか、まさかあの女が。

 蒜間の江の畔、半身を水に漬けた小型ブロックスシェルカーンと操縦者の手前に横たわる、二つの白い肉塊が目に飛び込んできた。

「ネオカイザー陛下御自らが御出でなさるとはありがたい」

 下卑た嗤いを浮かべ、乱れた下半身の衣を直す浮浪らしき五人の伴類と、捕らえられ傍らで怯える子供と老人達の姿がある。

 時折人は、弱き者に際限なく残虐となる。

 虜となった若い女人を手籠めにするは、戦場での倣いであった。
 二人の裸身は泥に塗れ、両目より流れた涙の筋が頬に幾つも刻まれる。横臥したまま荒々しく息する姿は、屈辱の炎が燃え盛っているのを示す。
 嘗て見た光景。最初の桔梗――孝子を失った時と同じ状況である。異なるのは、今度は小次郎が辱めを行った側に立っていることに気付くと、俄かに怒りが沸き上がった。

「ネオカイザー陛下、貞盛の妾(め)どもの捕縛の恩賞は如何程に」

 物欲しそうに両手を差し出す伴類を、小次郎は反射的に蕨手刀で袈裟斬りにした。
 一閃の業は左肩から右脇腹まで切断し、熟れ過ぎた果肉の如き血飛沫と腸(はらわた)を飛散させる。悲鳴を上げて逃げる伴類を追って、小次郎は憎悪に満ちた刃風を振るう。
 二人斬り。
 三人斬り。
 四人を斬り捨てる間に、残る一人がシェルカーンに遁れ、小次郎目掛けてゾイドの剛腕を振り翳した。
 鋼鉄の獅子の慟哭。
 シェルカーンもまた、操縦席ごと正中線に沿って切断されていた。
 小次郎の背後には、太刀を振り下ろした村雨ライガーがあった。
 女人を侮辱した浮浪の伴類が、奇しくも孝子を凌辱殺害した輩であることを知らず、小次郎は報復を成し遂げたのであった。


「彩(あや)……殿、か」

 裸身のまま嗚咽を堪える女人は、宿敵貞盛の妻。そして互いの若き日に筑波の嬥歌(かがい)で出逢った源護の末娘、彩であった。青い果実の様な危うい初々しさは消え去っていたが、蒼天に晒される裸体は優艶(ゆうえん)な色香を漂わす。問いた武士が小次郎であることに気付き、彩の嗚咽は一層激しくなった。

「許してくれ。私がもっと早く勅令を出しておけば」

 伊和員経が一累の衣を持参し、哀れな女人の裸体に羽織らせた。会話は進まず、無為に時が過ぎていく。

「員経、もう一人の女人は」

「源護の長女にして良兼の妾、小枝(さえ)とのことです」

 その名にも聞き覚えがあった。良子と多岐が上総に捕らえられた際、執拗に小次郎の潜伏場所を問い糺し、湯袋峠の戦いで良兼軍が敗走すると早々に源護の館に去って行った女である。彩同様に無残に弄ばれた身体と心に無数の傷跡が刻まれ、二人とも未だに小刻みに震え続けている。
 追う者と追われる者。今は立場が逆転していた。彩との縁を成就させたい一心で都に登った小次郎であり、あの時は紛れもなく追う立場であった。バーサークフューラー、ジェノザウラー、ジェノブレイカーを率いる彩の兄、源家三兄弟との野本の戦い以降逢う機を失い、後に太郎貞盛と契ったと聞いていた。既に良子との幸せに満ちた暮らしを始めていた小次郎に、愛惜は無い筈だった。無い筈であったのに――。

「これを覚えていますか」

 幾分落ち着きを取り戻し、僅かに上げる視線の先、小次郎はリーオを鋳潰した白金に光る櫛を差し出す。

「あなた様は、未だにこの櫛を」

 見上げた彩の瞳に、小次郎は静かに頷く。
 彩の頬に、凌辱されたものとは別の涙が流れる。

「有難う……御座います」

 涙と共に、互いに告げてはならない言葉を呑み込んだ。

(あなたと、一緒になりたかった)

 遠き日の記憶が駆け巡る。互いに変わり過ぎた。変わらないのは、蒜間の江の湖面に拡がる坂東の景色と、背後に見上げる村雨ライガーの雄姿だけである。
 小次郎が立ち上がり告げた。

「女人の流浪者は本籍の元に帰すことが慣例、また身寄り無き老幼に恵みを与えるのも古よりの帝の習い。ネオカイザーの命により、この者達に早々に恤救を施し石田に送り届けよ」

 即座に員経、遂高、経明らが呼応し散った。程なくし、蒜間の江周辺の領民の婦女が、彩と小枝の穢れを洗う湯を用意したと伝える。

(こんな時に、何を言えばいい。やはり俺は凡庸な坂東武者に過ぎないのか)

 小次郎の葛藤は続く。
 咄嗟に歌が浮かんだ。滝口の武士として仕えた藤原師氏の手解きであった。彩との邂逅が、遠き日の記憶を混濁させ、自然と小次郎は詠んでいた。

――よそにても 風の便りに 吾ぞ問う 枝離れたる 花の宿りを――

 自身が驚くほど、雅な香りを漂わす歌であった。
 歌の調べに彩は顔を上げ、涼やかな声で返歌を唱和した。

――よそにても 花の匂いの 散り来れば 我が身わびしと 思ほえぬかな――

 小枝に付き添う蒜間の江の民の婦女が畏れつつ告げる。

「小枝様よりも、歌を託されました。代わって吟じさせて頂きます。

――花散りし 我が身もならず 吹く風は 心もあわき 物にざりける――

 御無礼仕りました」


 蒜間の湖水に夕日が沈む。
 またもや太郎貞盛を討つことは叶わなかった。
 赤光に照らされ去りゆく彩たちの列を見遣り、小次郎は改めて激しい怒りと憐憫にも似た感情を抱いた。

「妻女家人さえ見捨てて生き延びようとする太郎貞盛、お前に守るものは残っているのか」

 蒜間の湖上が燃える緋色に染まっていた。

 
 ソラは、本格的なネオカイザー討伐軍派遣を決定した。
 摂政忠平は、太政官符をしての追捕状を叛逆者将門に対し発行すると共に、将門鎮撫に成功した者には朱紫(しゅし)の品(ひん)を与えるという、破格の待遇を提示したのだ。朱とは、衣服令(えふくりょう)による四位と五位を表し、紫とは最高位を表す。上流貴族でさえ容易に達することの出来ない官位を、将門殺害に成功すれば与えるという形振り構わぬ政策であった。また、敢えて小次郎の除目に対抗するが如く、睦月十一日に東国の掾八名を任命する。拝命を受けた者は以下の通り。

 上総掾;平公雅 ダークホーン
 下総権少掾;平公連 ダークホーン
 常陸掾;平貞盛 ライガー零及びドラグーンネスト
 下野掾;藤原秀郷 エナジーライガー及びディグ
 相模掾;橘遠保(たちばなのとおやす) アイアンコングPK及びホバーカーゴ武装強化型
(※武蔵は興世王によって追われた百済貞連が任じられたか? 上総と阿波の掾は不明)

 翌週十八日、ソラは強力なる征東軍を編制し、坂東制圧を目的に下向させる。

 征東大将軍;藤原忠文(参議修理大夫兼右衛門督)ジェノリッター
 副将;藤原忠舒(ただのぶ)(刑部大輔)ゴジュラスMk−U限定型(※忠文の機体)
 同;藤原国幹(くにもと)(右京亮)ゴジュラスMk−U量産型
 同;平清幹(きよもと)(大監物)キャノニアーゴルドス
 同;源就国(なりくに)(散位)ゴジュラスMk−U量産型
 同;源経基(散位)ゴジュラスギガ・バスターキャノン装備型

 征東軍には、先に掾の位を拝命された平公連が伴い、坂東に導く手筈となっていた。多治経明のディバイソンが追跡したというダークホーンがそれであったのだ。加えて、会稽(かいけい)の恥を濯(そそ)がんとする六孫王経基のゴジュラスギガが牙を剝く。注目すべきは、征東大将軍たる藤原忠文に下賜されたジェノリッターである。ジェノザウラー派生型の希少なゾイドは、帝を護衛する守護剣≠ニ対を成す破敵剣<hラグーンシュタールを具え、大剣の刀身には十二神将・日月(じつげつ)・北斗星・四聖獣を刻む陰陽道に通じた呪術的機体でもあった。
 更にソラは、海賊衆にまで官位を与えた。

 藤原遠方(とおかた)(軍監)アイアンコングMk−U量産型
 藤原成康(なりやす)(軍曹)アイアンコング
 藤原文元(軍監)アクアコング

 藤原遠方と成康は、アーカディア號に座乗せず、瀬戸の内海に残った者である。藤原文元は拝命の時期には純友と共にトライアングルダラスにて消息を絶っているが、ソラは構うことなく任命していた。海賊衆の結束を切り崩し、同時に海上戦に長けた兵を組み入れ精強なる征東軍編制を試みるのが目的であり、元来結束力の弱い海賊衆に於いて、頭目藤原純友を欠いていた分団は容易に寝返ってしまう。ソラの目論み通り、藤原遠方と成康は以降征東軍と行動を共にすることとなった。
 万全を期す為に、征東軍は坂東に向かう途中の国々に於いて、律令制の軍団の枠組みと無関係の堪武勇之士(たんぶゆうのし)≠ニ称する諸国兵士とゾイドを動員、強制的に随行させた。
 戦闘ゾイド数百、兵士約一万人に膨らんだ大軍団が、ネオカイザー将門鎮撫の為に坂東に向かっていた。

[523] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-M 城元太 - 2016/04/03(日) 17:42 - HOME

クラスターコア再起動。電源、回復します

 仄暗い船内に一斉に室内灯が点る。純友は眩しさに目を瞬かせ、ニ三度目を擦った。

「被害状況を報告、船内に浸水が無いか」

現在確認中……浸水箇所なし、被弾箇所なし、各関節の駆動部、異常無し

「秋茂、ギルドラゴンは見えるか」

 電探の操作席に這いあがった紀秋茂は、索敵波の乱反射で白濁する操作盤を一瞥し、頭上の風防越しに空を見上げる。豪雨が暴風に煽られ飛沫の風紋を描く。

「こうも雨脚が強くては目視できませぬ。ただ、周囲に殺気のようなものは感じませぬ。やはり奴はトライアングルダラスに突入することを恐れ引き返したのではないかと」

「警戒は怠るな。是基、機体は動けるか」

磁気振動装置の使用は無理ですが、各関節は稼動可能です

 純友が鼻息をついて嗤った。

「皮肉なものだ。ゾイドとして未完成ゆえ強磁界の影響を受けなかったとは。
 洋上作業を開始せよ。脚部を使い犬掻き≠ナトライアングルダラスを脱出する。脱出次第エアウルフを発進させる、搭乗員は準備を」

 純友の下す指示により、各自が機敏に作業箇所へと移動する。紅玉の風防を叩く風雨の中、『南無八幡大菩薩』の旗は力強く靡いている。独り残った艦橋で旗を見上げる純友が、忌々し気に呟く。

「今日明日にでも惑星近傍を隕石群が接近する筈。手遅れに成らねば好いが」

 波の畝りに翻弄され、アーカディアは大きく機体を揺らす。立ち込める黒雲の先に、細い線となって横たわる蒼空の下へ、四肢で波浪を蹴立て緩やかに移動を開始した。


 ネオカイザーに即位した小次郎に、数多くの課題が突き付けられた。

一 不死山噴火の火山灰降灰による耕地の再生。
二 戦により曖昧となった耕地境界の再確認。
三 流入してくる浮浪の伴類の管理と治安維持。
四 そして、未だ所在の掴めない太郎貞盛の探索と下野の俵藤太の警戒。

 大まかに挙げても、一朝一夕に解決できない事ばかりである。官制に精通しているのは興世王と伊和員経のみであり、発足したばかりのネオカイザー政権にとっては重責となっていた。新たに「相馬御所」と名付けられた石井営所を駆け巡る三郎や好立を見ながら、小次郎は自分が思い描いていたものとの違和感を抱いていた。

「せめて、四郎と菅原景行公がいてくれれば」

 営所を去った学者肌の弟を惜しんだところで、事態は一向に変わりはしない。今は己に出来ることをする他ない。何より自分を頼り、信じて、営所で戦いに備える数多くの郎党がいる。基本に立ち返り、一刻も早く荒廃した耕地を立て直すことこそが重要であると感じていた。

「兵を、帰さねばならぬ」

 いつ襲ってくるとも知れぬ俵藤太に軍勢を構えていては、再生できる耕地も再生できない。ゾイドを使い、降り積もった火山灰を排除し、耕作を再開させなければ民を餓えの脅威に晒すことになる。日々の糧を確保することが統治の礎と、亡き父良持より繰り返し聞かされて来たのを思い出す。

「興世王殿が何というかだな」

 やたらと口喧しい重鎮の顔を浮かべ、小次郎は短い溜息をついた。家人が忙し気に行き交う中、回廊の縁に寂し気に座る少女の姿がある。

「どうした多岐、母上は小太郎に掛かり切りで遊んでもらえぬのか」

 雑務にかまけて暫く相手にしてやれなかった娘の前にしゃがみ込み、大きな掌で頭をなでる。多岐は微笑み父の腕を掴むと、首を横に振った。

「母上が小太郎のお世話をしなければならないのはしかたありません。それより父上、孝子姉さまのご様子が悪いのです」

 既に祖父良兼の死を看取っている多岐は、桔梗の命が間もなく尽きるということを察してしまっていた。幼いながらも、姉と慕う桔梗の身体を思いやる娘の顔が、小次郎は急に大人びて見えた。

「多岐が孝子にできる限りの世話をやってくれ。さすれば孝子も喜ぶであろう。ところで、久方ぶりに一緒にバンブリアンに乗ってみるか」

「ほんと?」

 回廊から飛び降りる娘を抱き留め、小次郎は肩に乗せた。

「父がバンブリアンを動かしてやろう。ゾイドには定期的な稼動が必要だ」

 一転して笑顔を輝かせ、肩の上で燥ぐ多岐と共に、小次郎はゾイドの駐機している車宿りへと向かっていった。
 到着した車宿りでは、バンブリアンはレッゲルの補給中であった。横目で見る村雨ライガーが「オレジャナイノカ?」という様子で小次郎親子を羨まし気に覗う。その時小次郎は、ソウルタイガーが不在なのに気が付いた。

「遂高は今日はどの方面に出ている」

 除目を辞退し、立場が一番身軽な坂上遂高は、絶えず領内を哨戒していた。レッゲル給入管を抱えた郎党が、額の汗を拭う。

「下野の方角で僦馬の党が騒がしいとかで、若干の手勢も引き連れて藤原玄茂殿と連れ立って出ていかれました。ソウルタイガーとランスタックのことです、心配ないでしょう」

 小次郎も疑うことなく頷くと、バンブリアン搭乗の為の台座に多紀と共によじ登る。

「この後、戻ったら二人で孝子を見舞いに行くか」

「はい!」

 小次郎は燥ぎ続ける多岐を膝の上に乗せ、バンブリアンを起動させた。ソウルタイガーが向かったという下野の方角に、妙な胸騒ぎを覚えながら。


 漆黒の獅子を背に、地に額を擦り付け懇願する武士があった。眉目秀麗にして雅(みやび)な相好を誇った面影はない。

「この平太郎貞盛、藤原秀郷殿に伏して請う。何卒(なにとぞ)、何卒私に力をお貸しください」

 小次郎に追われ家臣を失い、所領を侵され妻さえも汚された貞盛だが、失うものを失った者の獰猛さが宿っていた。
 鬼気迫る様相にも動じず、秀郷が問う。

「程なく征東軍が到着する。将門討伐はそれからでも遅くはなかろう」

「この貞盛、幾度となく小次郎と村雨ライガーに煮え湯を呑まされて来ました。屈辱に報いるには、この手で、このライガー零で小次郎を討たねばならぬのです。
 それに秀郷殿は疾うに御存知の筈。ソラの討伐軍にて小次郎を鎮圧したところで、坂東の歴史は一切変わらぬということを」

「面を上げよ。詳しく話を聞こう」

 擦りつけた額は赤く擦れ、怒りと悲しみに満ちた貞盛の貌が現れる。

「小次郎の夢は坂東をソラより断ち切り、坂東に創世(ジェネシス)を記すことでした。だが奴は早まった。まだ夢は夢に過ぎぬことを見切れずに。
 奴は大馬鹿者です。得体の知れない海賊衆に煽てられ、ネオカイザーなどと持て囃されて有頂天となり、ソラと龍宮の本当の恐ろしさを見誤ったのです」

 貞盛の視線の先には、龍宮より送られた濃紅の獅子、避来矢<Gナジーライガーが聳える。首を巡らし秀郷を見ると、再度俯き加減となり続ける。

「小次郎は私の父や妻、叔父達の仇、宿世の敵であると共に、幼き頃よりの竹馬の友です。故に私の手で討たねばならない。それが小次郎の夢を叶えることにもなるのだから」

 秀郷が立ち上がり、平伏す貞盛を見下ろした。

「黙って見ていれば好いものを、わざわざ自ら手を下し戦いを挑むとは。
 腰抜けの征東軍では将門は討てぬ。奴らが敗れるのを小気味よく見物しようと目論んでいたというのに」

「小次郎には奸智が無いのが為政者としては致命的です。ネオカイザー政権はじきに自ずと崩壊します。それを征東軍の手柄にされては堪りませぬ。何としても我ら坂東武者の手によって、引導を渡さねばならぬのです」

「敵である将門を讃え、その夢を叶えようなどと。大馬鹿者は貴公の方ではないか」

 秀郷は屈み込み、貞盛の視線の高さに合わせる。

「貴公と将門の因縁、浅からぬものと見た。
 よかろう、ネオカイザー相手ならばディグの初陣に申し分ない。
 下野掾兼押領使俵藤太秀郷、平貞盛殿に加勢し挙兵する。ディグのゾイドコアに火を入れよ。全艦脚部展開、下総石井へ向け進撃を開始する」

 貞盛が平伏していた大地一面がせり上がった。地平線を切り取り浮上する巨体の礎には、無数の大木の如き歩脚が備えられていた。揺れる飛行甲板に足を取られ蹁(よろめく)く貞盛の肩を掴む。湧き上がる轟音に掻き消されぬように、秀郷が貞盛の顔を引き寄せ声を張り上げた。

「貞盛殿、貴公は配下に命じ喇蛄要塞(ドラグーンネスト)にて信太流海の湖賊衆を食い止めてくれ。連中のバリゲーター部隊がネオカイザーと合流すると厄介だ。
 宙に上がった海賊は、トライアングルダラスに突入したと聞く故、容易には脱出できぬであろう。艦載機受領にアイアンロックの里に立ち寄った後、貴公は最強の唐皮≠伴い零での出陣を願う。儂に考えがある」

「承知致した」

 鋼鉄の巨大蜈蚣空母の甲板上、漆黒と濃紅の獅子が雄叫びを挙げた。

 都より征東軍が迫る。

 下野より超巨大蜈蚣空母ディグ及び避来矢エナジーライガーと小烏丸ライガー零が進撃する。

 そして純友の予想通り、宇宙からはこれまでにない規模の巨大隕石が迫っていた。

 悟る者の殆どいない不死山の溶岩流の中、死竜の脈動が激しさを増している。

[525] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-N 城元太 - 2016/04/10(日) 06:38 - HOME

 遠淡海(とほつあはうみ)を越した征東軍が三河を抜け、駿河に差し掛かる頃に、街道からは未だに噴煙を棚引かせる不死山の頂が遠望できるようになっていた。
 先陣を切って走るゴジュラスギガの中、源経基は噴煙を忌々し気に眺める。不死山噴火の火山礫(スコリア)を、武蔵武芝及び小次郎の襲撃と勘違いし都に逃げ帰ったため、一時は誣告(ぶこく)の罪状で拘禁された。小次郎のネオカイザー宣言により、結果として罪を解かれ、坂東を知る者として征東軍に加わることも叶ったが、忘れがたい恥辱が刻まれたのだ。

「必ず将門を倒し、汚名を雪がねばならぬ」

 己の兵(つわもの)としての未熟さ故に、後れを取った不甲斐無さへの怒りも含め、ギガは主の命じるまま追撃形態となって疾走を続けていた。
 征東軍本隊より突出するギガの前方に、青い機体に黄金の集光板を具えたゾイドの姿が現れる。

「凱龍輝、それにディスペロウか」

 傍らに操縦者らしき武士が二人立ち、機体からは戦う意志は覗えない。経基はギガの速度を下げ、ゆっくりと青い竜へと接近した。竜の足元で、深々と頭を垂れる武士がいる。

「ゴジュラスギガを雄々しく駆る御様子、六孫王源基経様に相違ないと存じます。私は相模の棟梁を務める村岡五郎良文、これは愚息の忠光で御座います。征東大将軍が御出でになると聞きつけ、国の境までお出迎えに参りました」

「村岡五郎――確か将門の縁者だったな。我らの進軍を妨げる心算か」

 ギガの機上より、眼下の良文親子に向け経基が叫んだ。

「滅相もない。血縁とはいえ、小次郎将門はネオカイザーを僭称し、ソラに謀叛を企てた一族の面汚しです。此度は我ら親子、凱龍輝、およびディスペロウを以て征東軍に加わり、小次郎将門の討伐に助力したいと思い、お待ちしていた次第です」

 血縁より地縁が重視され、身内であっても相争う時代にあっては、良文の言葉に疑念を挟む理由はない。仮に良文が征東軍に参加せずとも、相模からも別のゾイドを徴発する予定でもあった。警戒を解いた経基が、ギガを格闘形態に変え更なる高みより良文を見下ろす。

「心がけ褒めてやる。征東大将軍忠文殿には俺から話をつけてやる。直ちに凱龍輝に搭乗し、部隊に加われ」

「お待ちくだされ。経基様の都での武勇をお伺いしたく存じます。手狭では御座いますが、何卒征東軍の皆様にも、藤沢の我が営所で暫し御休息されることを願います」

 良文の提案に、経基は思案した。ゴジュラスにせよ、ギガにせよ、進撃途中での随伴ゾイドの徴発という理由で、ホエールキング等の輸送ゾイドを利用できなかった。為に、大型ゾイドを率いる征東軍にとって、整備点検とレッゲル補給は頻繁に必要であった。経基のギガのレッゲルも、若干心許なかったのである。

「その申し出、受け入れよう」

 尊大な態度で応ずる経基のギガを筆頭に、遅れて到着した征東軍本隊がディスペロウに導かれるまま街道を離れ、良文の館へと向かって行く。
 凱龍輝の傍らで、列を成す大部隊を良文が見送る。

「小次郎よ、叔父としてできる精一杯の時間稼ぎだ。せめてそれまでに兵を整えるのだぞ」

 その時、噴煙を上げる不死の峰に、見慣れぬ一番星が輝くのに気付いた者は少ない。



『明日の夕刻までに、石井営所に参内せよ』

 小次郎直筆の解文が、良持以来の所領である郷村の民と、坂東各地を統治する郡司達の元に届けられる。荒々しい筆致に只ならぬ気配を察し、召集を受けた土豪や郡司、里長達は、各々のゾイドを奔らせ「相馬御所」に集った。恰も、大戦(おおいくさ)が始まる前兆と思えるゾイドの群れが、営所の周囲に轡を並べる。
 ゾイドを降り、営所の矢倉門をくぐった先で見たものは、村雨ライガーを背にして立つ小次郎の姿であった。嫡子小太郎良門を抱き、多岐の手を取り微笑む良子が寄り添う。館の家人が車座になり、既に思い思いの酒宴を始めていた。村雨ライガーの奥では、渋面を浮かべる興世王と、達観し見守る伊和員経がある。ネオカイザーなどという仰々しさは微塵もない。

「よく来てくれた。さあ、お主たちも早く交ざれ。飲んで良し、食って良し。今宵は宴を楽しまれよ」

 屈託なく笑う小次郎が、そのまま胡坐をかいて酒宴に入る。唖然として見守っていた郡司達も、やがて招かれるままに宴に加わっていった。
 火山灰に覆われた土地で採れる食材だけでは、満足な料理には程遠いはずだった。だが、集った者たちは一様に感じた。
「酒が、料理が、なぜこれほどまでに美味いのだ」と。
 しがらみを断ち切り、本音を以てもてなす小次郎の心配りが、宴に喜びを与えていたのかも知れない。
 美しく慈愛に満ちた良子の姿が、彩を与えたのかも知れない。
 格式ばって上目遣いに盃を運ぶ気遣いも必要ない。平将門という要によって、門地や格式を越えた人々との巡り合いが、料理を美味と変えたのかも知れなかった。
 宴も酣(たけなわ)を過ぎ、小太郎と、小次郎の膝で眠りこけた多岐を良子が床へと抱いて去っていった頃、小次郎は背後の村雨ライガーを蹲(うずくま)らせ、右前脚に片足をかけて立ち上がった。
 松明が碧き獅子を赤く染め上げる。

「みんな、夜も更け、長旅と酔いの回りで疲れも出てきたことだろう。皆が休む前に、俺の話を聞いて欲しい。田舎者ゆえに、上手く話せぬかもしれぬが、そこは許してくれ」

 不味い酒を嗜んでいた興世王の渋面が益々険しくなるが、小次郎は気に掛けることはなかった。

「不死山の噴火は、俺たちの田畑を無残な荒れ地にしてしまった。少しでも早く、元の豊かな田畑に戻さなければならない」

 自信に満ちた、雄々しい声であった。集う民たちも大きく肯く。

「その為には、ゾイドが必要だ。ゾイドを使えば、荒れた大地を掘り起こすのも簡単だ。そこで思ったのだ、俺たちは、長い間勘違いをしてきたのではないか、とな」

 次第に、水を打った如く宴の場が静まり返っていく。小次郎は笑みを浮かべ、周囲をゆっくりと見まわした。

「ゾイドは戦うためにあるのではない。人と共に生き、互いにこの惑星で励まし合って生きる仲間だ。
 俺も、この村雨ライガーも、決して望んで戦をしてきたわけではない。
 疾風となり、無限なる力を具えたとて、野を駆け、大地を踏み締める、この惑星に住むかけがえのない友なのだ」

 それは、ゾイドを一度でも動かした者であれば理解できた。

「いつ来るとも知れぬ敵を待ち詫び、無駄な時間を過ごすことは我慢できぬ。
 大地があり、人がいて、ゾイドがいる。
 百姓がいて、坂東の暮らしは成り立つ。
 俺はネオカイザーなどと名乗っているが、所詮はただの田舎武士だ。皆と共に大地を耕し、汗を流し、飯を食い、そして酒を交わしたい。それでいいではないか。それこそが、おおもとの坂東の暮らしではなかったのかと、俺は気付いたのだ」

 松明の弾ける音だけが響く。辺りは静寂に包まれていた。

「戦いは何も生み出さぬ。荒れた土地と、悲しみが残るだけだ。
 国司は去った。公は消えた。残ったのは何だ。
 我らだ。
 俺たち坂東の民が、残ったのだ。
 俺はここに宣言する。皆はそれぞれのゾイドを引き連れ、郷に帰って田畑を耕すことを命じる。これはネオカイザー将門としてではなく、下総石井の棟梁、相馬小次郎将門の願いとして、聞き届けて欲しい。
 なあに、いざ戦となれば、その時は駆け付けてくれればよい。
 皆の郷が実りの季節を迎えられるよう願う。それだけだ」

――帰農宣言は小次郎の独断であった。宣言に先立つ評定の場で、反対意見が出たのは必然であった。

「ネオカイザーたるもの、常に八千から一万の兵力を常備し、相馬内裏の警固を怠らぬようにせねばならぬ。それを僅かに手勢一千程度で護ろうとは、どうにも承服致しかねる」

「興世王殿がそう言われることは承知していた。
 だが俺は決めたのだ。兵は帰す」

 有無を言わせぬ迫力に、興世王は口を噤む。

「されど兄上、都より征東軍の大部隊が接近しているとの報せがあります」

「加えて下野三毳山より、秀郷の大百足が出陣しました。何を思ったか、下総とは逆方向、蝦夷の地に向かってはおりますが」

 三郎将頼と坂上遂高がそれぞれの状況報告を行う。

「征東軍の進軍の遅さは皆も知っておろう。あれこれと理由を付けて街道沿いの宿に逗留し、直接戦闘を避ける魂胆だ」

 小次郎の言う通り、嘗てソラは武蔵武芝の騒擾の際、武蔵国問密告使の推問により、将門討伐の兵士徴発を要請したが、結局要請は有耶無耶となり討伐は叶わなかった前例があった。これもまた、肥大した官僚制の歪みであった。

「審議ばかりで体裁を重んじるのみのソラにはなにもできぬ。
 俵藤太の動きは気になるが、奴も下野の棟梁。農繁期での徴兵は民からの反感を食らうであろう。それに武装の無い空母でどうやって戦う。乗せるゾイドがなければ意味などないだろう。
 恐れることはない、俺には無限なる力が宿っている」

 館に靡く『神兵降臨』『火雷天神』の幟を小次郎は見上げた。
 小次郎の言葉に抗する者はなく、評定は押し切られた形で閉会した――。

 静寂を破り、一人の民が立ち上がった。

「おれは郷に帰る。帰って畑を耕す」

「帰るぞ、おれたちの家へ」

「ゾイドがあれば、なんだってできるじゃねえか」

「そうだ、ゾイドと一緒なら、火山だってこわくねえ」

「やるぞ。ああ、やってやるぞ」

「小次郎様、小次郎様はやっぱり小次郎様だ」

 座が一気に盛り上がり、歓声に包まれた。人の輪の中央で笑う小次郎がいる。これから散っていく者たちと、心が一つとなった瞬間であった。
 村雨ライガーが伸びあがり吠える。人々の歓声に掻き消されぬように。

「今宵の星は、妙に明るいな」

 歓声の中、夜空に浮かぶ、見慣れぬ明星が輝いていた。

「凶星か、いや吉兆星に違いない。俺の決断を讃え、火雷天神が寄越してくれたのだ」

 明星が徐々に大きさを増しているのを、小次郎は気付かなかった。

 翌日、小次郎の軍勢の八割が兵役を解き、故郷へと帰っていた。
 良文の願いは届かず、貞盛の予想は的中した。



 駿河での二日の逗留を経て、漸く兵を動かそうとした征東軍は、明け方に腹の底から突き上げる激しい地鳴りを覚えた。頭頂高の高いゴジュラスの頭部やバスターキャノンなどが振動により激しく揺れる。

「地震か、それとも噴火か」

 真っ先に馬場に駆け出し、ギガの操縦席に収まった経基は、頭上に輝く星が異様な大きさに膨らんでいる事に驚愕する。

「まさか、あれが落ちるというのか」

 一つの村を呑み込む程の小惑星は、既に惑星Ziの重力に捉えられ地表へ到達する軌道を描いていた。
 藤原純友が、未完成ながらもアーカディアを出撃させた理由は、接近する小惑星の軌道変更、若しくは破壊をするためであった。
 ギルドラゴンとの交戦により、目的を果たせなかった結果、落下の可能性があった小惑星は、可能性ではなく確実性へと運命を変えていたのだ。
 唐突過ぎる事に、文明を崩壊させるには充分な大きさの小惑星が、宇宙の渚より迫っていた。

「不死山が……」

 ギガの中で、経基はそれ以上の言葉を失った。
 不死の峰が裂けた。
 噴火ではなかった。

 蠢く物がある。
 巨大であった。
 巨大なゾイドらしきものが蠢いていた。

[526] Zoids Genesis-風と雲と虹と(第九部:「ジェネシス」)-O 城元太 - 2016/04/17(日) 21:43 - HOME

 ガイア仮説。

 古の地球で唱えられた、惑星自体を一つの巨大生命体と見做す考え方である。惑星自体が恒常性(ホメオスタシス)と称される機能によって維持され生きて≠「るという説であり、反証する方法はなく、概念として成り立つに過ぎない。

 顧みて、惑星Ziは『惑星大異変』〜『神々の怒り』に至る、度重なる天変地異によってその存在が脅威に晒されてきた。繰り返される大量絶滅の原因が、未知の伴星ネメシスによるものなのか、或いは銀河系振動によるものなのかはわからない。ただ、【ガイア仮説】に基づき、惑星が一つの巨大生命体であるとすれば、生命維持の為の純粋な防衛本能が機能することも在り得る。

 岩雪崩と同時に発生した爆風が、岩屑と火山灰を巻き込んだ黒い水蒸気の突風となり、麓に流れ込む。山体崩壊(セクターコラプス)によって生じた亀裂の中、不死山を凌ぐ大きさの影が胎動する。
 大地の鳴動によって目覚めた人々は、閉ざされた視界の中で為す術もない。
 払暁の空の乏しい明りの中、影の正体は容易には捉え難く、駆け下りる灼熱の黒雲も視界を遮る。ゴジュラスギガの内部で、操作盤の熱感知画像だけを頼りに不死山の峰を探知していた源経基は、見覚えのある熱源の意匠に身震いした。

「バイオゾイド、否、死竜なのか」

――旧世界の惑星Zi。黄金の虎を駆る若き皇帝は、ガイロス国の都ヴァルハラが最悪に至る崩壊を食い止めた。その際誘爆せずに埋没した死竜のコアは忘れ去られ、地中での永い眠りに就いたのだった。
 惑星Ziという生命体は、破滅をもたらす隕石群の再襲来に備えた。『神々の怒り』に伴う大陸変動により東方大陸へと流転したコアを、自己防御の手段として育んだとも考えられる。
 自己増殖、自己進化、自己再生の能力を持つオーガノイドシステムを有するコアは、地の底、不死の火山脈内部の「時のゆりかご」に託された。奇しくも、龍宮が生み出したバイオヴォルケーノのクリムゾンヘルアーマーの断片と結合したとき、惑星史上最凶と称させるキングゴジュラスをも凌ぐ破壊力を持つゾイドが誕生しても不思議ではない――。

 ギガの視界が赤黒い光に閉ざされた。
 光の柱が天空の凶星に向かって放たれる。
 光の奔流は、数刻を越えても消え去らず、やがて肥大化した妖星に到達した。

 惑星Ziの赤道面での自転速度は、凡そ地球の八割程度(約1400km/h)であり、衛星軌道より進入する小惑星との相対速度は更にその二倍近くとなる。高速で移動する標的に、光の柱は途絶えることなく照射された。恰も、地上と天上とを繋ぐ架け橋のように。
 征東軍を始め、事態の経過を見守る人々には、赤黒い光の柱を放つ者の正体を未だに掴めなかった。黒い水蒸気が晴れても、全体が雷雲に覆われ見渡すことができなかったからである。
 雷雲。巨体自身が、雷霆を纏い閃光を放っていた。

 やがて、小惑星が燃え上がった。

 惑星Ziの意志は悟っていた。落下する物質を破砕したのでは、破片によって地上に多大な被害を及ぼす。荷電粒子砲の特性では、物質の破砕は可能でも瞬時に高熱を発し熔解させることは不可能である。荷電粒子のみならず、生体の発する熱量(エラン・ヴァイタル)を加え更なる高熱と成し、同時に重力崩壊(=ベッケンシュタイン・ホーキング輻射)の爆縮によってプラズマ化した素粒子が高熱を生み出し熔解を促進させる。差し詰めバイオ荷電粒子砲≠ニも呼べる破壊兵器が、迫る小惑星を迎撃したのだ。
 無重力下では、液体は球状となり飛散を止める。虚空に浮かぶ溶鉱炉と化した小惑星は、瞬時に惑星大気温を十数度も上昇させた。重力圏より弾き出された天からの異物は、スウィング・バイ(重力カタパルト)によって落下軌道を離れ、再び虚無の空間へと押し戻されていく。

 刹那の太陽は燃え尽き、赤い尾を曳く彗星となり、本来の太陽によって引き寄せられていった。
 小惑星落下を阻止した影は、遂に全身を晒すことなく再び不死山の亀裂の中に身を潜めていく。一部始終を見守っていた源経基は、爆風の中、クリムゾンヘルアーマーに覆われた赤い裁定者を垣間見ていた。

「――バイオ・デスザウラー」

 ギガの内部で、呆然と経基が呟く。

 その日、惑星Ziに夜の訪れはなかった。




「温羅(ギルベイダー)がトライアングルダラスより脱出したか」

 青いドラグーンネストの格納庫で、タブレットを手にした追捕山陽南海両道凶賊使、小野好古が嘆息する。

「隕石破壊の混乱に乗じられては無理もないことで御座いましょう。はてさて、純友殿はどこまでも悪運の強い御仁のようだ」

 狡猾な笑みを浮かべる初老の男が、僅かに前屈みとなって好古の後で手もみする。卑屈な姿勢でありながら、大きく見開かれることのない瞳には鋭い眼光が湛えられていた。

「納得できぬのは、ソラは純友へ従五位下という破格の官位を授けるとの解状を伴い、甥の藤原明方をデルダロス海に向かわせたことである」

「子高殿、それこそが、ソラが坂東の将門追討に本腰を入れた証左であろう。追って海賊討伐の機会は巡って来る。それまでに、このグリアームドを手懐けておかねばなるまい」

 格納庫には、燐光を放つ二匹の骸骨竜の姿があり、その足元には、十数機のシーパンツァーが輸送用の帯によって固定されていた。

「藤原成康と遠方は征東軍に従いましたが、やはり瀬戸内海のことは瀬戸の者しかわかりませぬ。好古様、子高様共々、純友鎮撫の後にはくれぐれも――宜しく願いまする」

「恒利、海賊風情が分を弁えよ」

 薄ら笑いを浮かべ、初老の男は深々と頭を垂れ去っていった。追捕使の攻撃により消息を絶った瀬戸海賊衆の副将は、純友の元を離れソラに寝返っていたのである。

「純友は必ず舞い戻る。その時まで、我らは力を温存するのだ」

 グリアームドを固定する整備塔が燐光を放ち、光装甲を有する骸骨竜は暫しの眠りに就いていた。



 飛行甲板上に白い翼がひしめく。アイアンロックの郷より取って返し、下総に向かうディグの艦上には、眩しい程に純白の孔雀の群れが羽を休めていた。
 貞盛は白孔雀の翼を見上げ、幾分苦々しい表情を浮かべる。

「将門の奥方に手酷い目に遭わされたのが不服か」

 貞盛は無言のまま苦笑した。フェニックス単体で良子のレインボージャークに挑んだものの、海賊衆のストームソーダージェットの介入により撃墜されていたからだ。

「バイオプテラを搭載するものとばかり思って居りましたがホワイトジャーク≠セったとは」

「使用耐久時間の短いバイオゾイドより遥かに信頼できる機体だ。それに操縦法も得ている」

 嘗て良子しか操縦を受け付けなかったレインボージャークを、桔梗は強制的に従え小次郎と共に上洛した。その際の操縦法を、最初の桔梗の死亡によって記憶が量子転送され、秀郷の手元に残っていたのだ。
 アイアンロックの郷の懐には、様々なゾイドの試作品や未完成品が眠っていた。秀郷が目を付けたのは、謂わばレインボージャークの量産型である。

「一部にバイオプテラとの混成部隊を編制するが、主力はこのホワイトジャークに任せる。貴公の隼≠ェ紛れるにも都合が好かろう」

「痛み入ります」

 白孔雀の群れが途切れる端に、機体規模には不釣り合いなバスタークローを具する白い飛行ゾイドが組み上げられている。

 ジェットファルコン。貞盛にとっての最後の切り札、最強の唐皮たるブロックスゾイドであった。



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