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ゾイド系投稿小説掲示板

自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。

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[434] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第四部:「坂東燃ゆ」)-H 城元太 - 2014/03/02(日) 14:41 -

 検非違使別当を始め、佐、大尉、少尉、大志、少志、府生全員が左検非違使庁の庁内に揃うのは異例中の異例であった。高圧的な態度を取ろうとしても、何処か小次郎に対する畏れがあるのか視線が泳いでいる。陣定(じんさだめ)という公卿会議で作成された問注記と、下野国府より送付された事発日記(=実況見分調書)に目を落とした別当は、決して小次郎と視線を合そうとはしなかった。
 その検非違使庁長官にとって幸いであったのは、小次郎が持参したケーニッヒウルフが撮影した映像であった。天蓋が下ろされ、薄暗い庁舎の白壁に、良兼や良正の搭乗するダークホーンやアイスブレイザーが下野国府西門より逃げ去る姿が映写されている。音声を記録しなかったので、水守・上総勢の敗走の姿が無音のまま淡々と映され殊更に惨めであった。映像には国府玄武門より手勢を抑え、一切の破壊を諌める小次郎の雄々しい姿も残っており、臨席した者に概ね好感を抱かせた。
 映写が終わり、視線を合わせず向き直った別当が小次郎に問いかける。

「平将門、是より略門に入る。弁明したき義があれば述べよ」

 平伏を解き正面を見据える。別当が小さく身震いした。

(情けない。これが都の役人、そして俺が望もうとしていた役職なのか)

 心底の幻滅のため、小次郎は暫し言葉を失っていた。
 刹那の沈黙の後、野太い坂東武者の声が庁内に低く響く。

「畏れながらこの平小次郎将門、田舎者故に訥弁の為、先程の映像が全てです。詳細は提出した問注記に記載しました。不義は源護殿、及び平良正叔父らにあること、訴えるばかりです」

 小次郎は成長していた。嘗て滝口の武士として無為に役職に就いた頃とは異なり、都の穢れと己の立場も理解していた。

「相分かった。明法(みょうぼう)博士との審議の後、追って通達する。本日の尋問は終了する」

 気忙しく書類に目を落とすと、別当は立ち上がり去って行く。あまりに僅かな時間であった。


 自ら寄宿先を申し出た興世王の屋敷に戻ると、俟ちかねていた家主が駆け寄る。

「如何でしたかな、小次郎殿」

 空かさず随伴していた桔梗が遮る。

「興世王様には大変お世話になっております。殿はお疲れ故に、詳細は私が」

 言葉通り、小次郎は疲れ切っていた。声を発するのも億劫で、このまま直ぐにでも横になりたいと思い、既にその旨を桔梗には伝えていた。検非違使庁の門外で待っていたツインホーンに乗った途端、躰全体の力が抜けるように頽れていた。
 小次郎の姿を察し、それ以上は興世王も問い掛けなかった。

「孝子殿の様なお美しい方であればお話を伺うのはありがたい。小次郎殿、どうかゆっくりなさってくだされ」

 馬場に去って行く小型の象型ゾイドを目で追い、小次郎はそのまま控えの間に倒れ込むと、寸刻を待たずに眠りに落ちて行った。


 夢を見ていた。
 村雨ライガーに乗って、坂東を駆け巡る夢だ。
 そして村雨ライガーが疾風ライガーにエヴォルトし、更に炎の矢となって疾駆する。
 ただ何気ない、坂東の日常だった。遠くに鎌輪の館が見える。
 ふと振り向くと、館が燃えていた。



「良子!」

 半身を起して跳び上がると、既に辺りは夜半を迎えていた。

「漸くお目覚めですか」

 皐月、坂東では厳冬を迎えているというのに、都のある東方大陸北島では既に汗ばむような夜である。薄壁を挟んだ隣の間から、桔梗が御簾越しに問いかけていた。
 故郷の香りが懐かしく、小次郎は迷わず桔梗を部屋へと招いた。

「村雨ライガーに乗っている夢を見た」

「よっぽどゾイドが気になるのですね」

 桔梗が静かに笑う。宵の風が庭の木々を靡かせている。

「先ほど伊和員経様より便りがありました。数日の後、ディバイソンと共に上洛できると。献上品も一緒だそうで」

「そうか」

 小次郎は軌道エレベーターに懸る三日月を見上げた。
 献上品、所謂賄賂である。止むを得なかった。坂東で鍛えたメタルZiの銑鉄(銑リーオ)などを官人に贈答しなければ、いつまで審議が長引くかわからない。百姓衆が心血を注いで集めたものを、無為に渡さねばならない悔しさを思いつつ、片や棟梁である自分が長く下総を離れていれば再び戦の惨禍を繰り返すかもしれない。ケーブルの先に月光を受けて輝くジオステーションを睨み、小次郎は唇を噛み締めていた。
 唐突に腹が鳴る。帰宅してから何も口にしていないことに気付いた。

「お食事に行かれますか」

 桔梗は口元を必死に抑えている。小次郎は大きく伸びをして立ち上がる。

「飯を食いに行く。主ならば何処か美味い飯を食わしてくれる場所も知っているだろう」

 笑いをかみ殺しながら頷く桔梗を前に、小次郎の腹の虫はもう一度鳴いた。
 堪らず噴き出す桔梗。温かい月の光が、二人を包んでいた。


 跳び込んだ飯屋で、周囲の客が驚くほどの量を平らげた小次郎が、まだ不服そうにして店を後にした。

「京の飯は薄味でいかん。喰った気にならん」

「いい加減にしてください。良子様に怒られます」

 呆れ気味に諌める桔梗の声も聞かず、小次郎は夜の都を睥睨する。
 大路を含め、小路の彼方此方にも浮浪の民が横たわっていた。ゾイドウィルスに冒され放置され、石化したブロックスも散見される。爛熟を越え、頽廃に向かう栄華の跡がそこにあった。
 ふと、暗闇から甲高い音色が聞こえてきた。浄土を唱える念仏が響く。

(鉢叩きか)

 遊行をしつつ、放置された死者を弔う宗教者が、当時数多く都に流れ込んでいた。中には破戒僧としか思えない無法の輩も多く、嘗ては権威を持って扱われた聖者達も、今はただ似非の托鉢で身を賄う者も多いと聞く。
 厄介事は御免だ。今は神など信じる気分ではない。
 小次郎は闇に背を向け、別の飯屋を捜しに桔梗を急き立てようとした時だった。

「平将門殿とお見受けする」

 闇より、ぼろぼろの衣を纏った小柄な乞食僧が小次郎の眼前に忽然と現れていた。
 桔梗さえその気配を読めないほどの間合いである。
 思わず小次郎は応えていた。

「如何にも。私を御存知か」

 灯りの下に現れた僧は、片手に持った鉢を納め、もう片方の手にもった錫杖を地面に突くと、小次郎をゆっくりと見上げつつ呟く。

「拙僧の名は光勝。だが皆には空也と呼ばれておりまする」

 都人には少ない温和な瞳の人物であった。曳きこまれるような眼力に、小次郎は身じろぐこともできなかった。恐れなどではなく、それが空也と名乗った僧の徳の為すものなのかと、虚ろに思っていた。

「空也殿、して私に如何用でしょうか」

 戸惑いつつも、小次郎は視線を逸らすこともせず問いかける。空也は笑った。目尻の皺が目一杯刻まれた。

「平将門殿、拙僧の申し出を受けて頂ければ、一匹のゾイドを進呈しましょうぞ」

「ゾイドですか」

「殿、いけません」

 ゾイドと聞いて身を乗り出す小次郎を、桔梗が押し留めようとする。
 当然無駄であった。

「左様、猩々を模した黒きゾイド。その名をデッドリーコングと申す」

 小次郎は既に、この怪しい乞食僧の誘いから逃れられなくなっていた。

[436] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第四部:「坂東燃ゆ」)-I 城元太 - 2014/03/22(土) 13:22 -

 都の夜には、魑魅魍魎とした輩が無数に跳梁跋扈している。忽然と現れた乞食僧に向かって、桔梗は小次郎をの盾となって身構えた。

「流石は元群盗頭目桔梗の前、身の熟しは衰えておらぬようだ。
 だが、心に惑いが見える。安堵しましたぞ。あなたも女であったことに」

 空也と名乗った僧は、剃り残した顎鬚を撫で、深い吐息をついて呟いた。
 桔梗は、顔から炎が噴き出すのではないかとばかりに紅潮した。怒りだけではない。正体を見破られたのに加え、見ず知らずの僧に心の奥底に潜めていた想いまで見透かされてしまったからだ。狼狽と恥じらいを隠すため、思わず叫んでいた。

「お前は何者だ」

 張り詰めた糸を緩めるかの如く、小次郎が二者の間に割って入る。暗がり故に桔梗が紅潮していることも知らず、武骨な坂東武者は朴念仁のままに。

「孝子、見ず知らずとはいえ上人殿に対し無礼な振る舞いはならん」

 しかし小次郎も又、この乞食僧に並々ならぬ圧迫感を覚えていた。

「最初に御真意を伺いたい。この従者は私の上兵にて、今は孝子と申す。上人殿がこの者の過去を殊更に掘り起こそうとなされるのであれば、私は上人殿を看過することはできません」

「先程の言葉通り、拙僧はデッドリーコングを託せる者を捜しているだけだ。桔梗の前の消息などに興味はない」

 穏やかな口調であった。言葉に偽りはないと感じた小次郎は、肩の力を抜き、桔梗もそれに倣って構えを解いていた。

「上人殿、してその黒き猩々を模したゾイドとは如何なるものか。そしてなぜに私に」

 空也は無防備な背中を二人に向けた。錫杖の金輪が涼やかな音色を奏でる。

「まずは御高覧あれ。平将門殿、ついてきてくだされ」

 錫杖を響かせ、空也は都の闇の奥に向かって歩みだした。小次郎と桔梗は顔を見合わせたが、絆されるように妖しい乞食僧の後を追って行った。


 右京区は条理整備が中途で放棄されたため、未整備の湿地帯が残ったままである。行き届かない管理地の各所には、ゾイドウィルスに冒された残骸が投棄され、時には白骨化した人の骸も散乱する荒廃が及んでいた。
 空也は素足であった。足音がひたひたと続く。清貧を旨とする遊行の乞食であれば殊更珍しいものでもないが、その歩調は夜目でも利くのかと思える如く早足である。小次郎達は錫杖の音を頼りに、必死でその背中を追う。不思議なことに、不安や迷いを感じることもない。
 やがて湿地の対岸に、月光に照らされて黒々と浮かび上がる寺院の廃墟が現れた。

「殿、あそこに灯が」

 淡い光が廃墟の隙間に点っている。空也は足が泥濘に浸るのも構わず、湿地を越えて寺院に向かっていく。小次郎達は、僅かに浮かぶ葦の株を踏み締め、対岸まで渡り後を追った。


 廃墟の寺院に、低く読経の音色が響いていた。一定の波長を刻む音色は、人の鼓動にも思えるが、時折響く不快な高音が人の声ではないことを示していた。目の前に鋼鉄の壁が聳え、見上げる先に朱の光を灯した瞳がある。屋台柱の殆どが圧し折られ、広大な空間となった伽藍堂の中、まるで身を竦めるようにその黒いゾイドは潜んでいる。読経と思えた音色が、ゾイドコアの脈動であったことに、小次郎は漸く気が付いた。デッドリーコングと呼ばれたゾイドに違いないが、伽藍の暗がりの中ではその全身を覗うことができない。頻りに天井を見上げてみたものの、ただ巨大な鋼鉄の壁にしか見えなかった。

「まずは、御賞味されよ」

 空也は廃屋の何処から携えてきたのか、茶筅を二人の前に差し出した。喉がカラカラに乾いていたので、小次郎は躊躇わずに飲み干した。後から恐る恐る桔梗も椀を手にし、訝しみながら口に含んだ。薬味の強い、曲のある茶ではあったが、それまでの疲労が霧消するような香りと味わいがあった。

「拙僧が叡山にて入定していた際、深山幽谷の中で出会ったゾイドだ。是奴め読経の音が気に入ったのか、いつしか経の真似事までするようになりおった。
 ゾイドとは重宝なもので、阿波や土佐、そして陸奥の遊行に伴ってきた。だが思ったのだ。ゾイドに頼るのは遊行としては堕落ではないかと」

 空也はそう語っていたが、小次郎も桔梗も、その大型ゾイドが一介の乞食僧に見合った存在でないことを知っていた。
 ゴジュラス、そしてアイアンコングクラスの巨大ゾイドは、この時代天上人、つまり朝廷の血族にしか与えられない貴重なものである。それを手懐けている以上、この僧が朝廷の血族者であることを意味している。襤褸切れを纏っていながらも、この目の前の僧が、自分と同じく遠く帝に端を発する者であることに間違いない。

「平将門殿、拙僧は都鄙に於いての念仏を広めたい。それにはこのゾイドは巨大過ぎるのだ。南の島、殿の住む坂東を越えた陸奥の地にてこそ、このゾイドは生きられるものと思う。必ず役に立つ。坂東への帰郷に、この猩々を伴って欲しい」

 低く響くゾイドコアの脈動は、相も変わらず読経を思わせる。小次郎はデッドリーコングと思しき鋼鉄の壁を撫でていた。

「無論、ゾイドを受け取ることに異議など御座いません。だがこれ程の大きさとなると、坂東への下向も容易なりません。安易な返答は差し控えたい」

 茶を啜った口許を拭い、空也は微笑んだ。

「御心配召さるな。師氏殿が手配してくれる」

「蔵人頭様が」

 その名を聞き、全ての円環が繋がった気がした。空也は、嘗て小次郎が嘗て滝口の武士として勤めていた頃の別当、藤原師氏の意を受けていたことに。立場上、表立って助力ができない師氏は、この乞食僧を介してこの巨大ゾイドを託してくれたのだと推察した。空也は笑みを浮かべ付け加えた。

「師氏殿からの御伝言がある。『藤原純友には近づくな』と」

「あの、海賊衆の頭目ですか」

 その名前にも、小次郎の記憶は一気に巻き戻された。無頼の輩と見せかけ、敢えて自分の眼の前に現れた不敵な男だった。シンカーから吊り下げられたケーブルに掴まり去ってく姿が目に焼き付いている。だがそれ以上の接点はない。

「師氏様は、如何にして私と海賊との接触を恐れておられるのか」

「純友が将門殿を導き入れようとしているからだ」

 それは、坂東で勇名を轟かせた平将門にとって、避けては通れない道であった。
 藤原純友。
 しかし将門は、その男に言い知れぬ何かを感じ、またそれが己の運命を大きく歪めることを知り得なかった。

[437] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第四部:「坂東燃ゆ」)-J 城元太 - 2014/03/23(日) 09:24 -

 読経の如きデッドリーコングのコアの脈動は続いていた。未だにそのゾイドの正体を見極められない小次郎を前に、乞食僧は茶を啜りつつ三本の指を立てた右掌を突き出し問いかけた。

「将門殿、都は今三つの厄介事を抱えているのを御存知か」

「三つ、ですか」

「まず一つ目は他ならぬ貴殿の事、坂東での平将門の騒擾」

 と言って、指を一つ曲げた。

「だがどうやら一つ目は杞憂に過ぎぬようだ。将門殿に叛意は見て取れぬ」

 互いに顔を見合わせ苦笑した。「今はまだ」と空也が囁いたのを、小次郎は知らずに。

「二つ目は瀬戸の内海の海賊衆、藤原純友の騒擾」

 先程その名を久しぶりに聞き、最初に上洛した時の紀貫之との会話や、アースポート周辺での戦闘を思い起そうとする。しかし空也は、小次郎が記憶の糸を辿る間を与えなかった。

「三つ目は龍宮の事、根屋(ニルヤ)に繋がる竜の系譜、ディガルドの暗躍」

 桔梗が突然手にした椀を落とした。傾いた廃墟の寺院の床を転がり、デッドリーコングの装甲に当たって甲高い音を廃屋に響かせる。見れば、桔梗は身を屈ませ胸を押さえている。荒い息をして、小刻みに震えていた。
 空也の声色が変わり、幾分問い詰めるような口調となる。

「桔梗の前、そろそろ主君に詳しく語っても宜しいのではありませぬか。俵藤太がディガルドの鎧、避来矢(ひらいし)たるゾイド、エナジーライガーを与えられたこと。そして他ならぬあなたが、小藺笠、志多羅、八面という夷神由来の地震竜セイスモサウルスを受け取った事を」

「それは……」

 桔梗はそれ以上言葉を発することができなかった。
 小次郎にとっても懸念していたことである。あの日都を去る直前、群盗である桔梗が巨大な竜を3機も引き連れて襲撃してきた理由を、未だに問い質してはいなかったからだ。
 更にもう一つ。

「上人殿、俵藤太とは、下野田原の土豪、藤原秀郷殿のことで御座いましょう。何故に今ここで、秀郷殿の名を示される」

 空也が桔梗を一瞥した。

「遊行者の情報網は侮れぬものだぞ。将門殿も師氏殿から聞いた覚えは御座らぬか」

『桔梗と俵藤太は繋がりがあるとの噂もある』。滝口に仕官し、吟唱を聞いたあの日、秀郷の追捕と桔梗の前との関連を、確かに藤原師氏は口にしていた。小次郎も思わず桔梗を見つめた。

「語りたくなければ拙僧が申し上げよう」

 硬直する桔梗を前に、空也はゆっくりと立ち上がり、伽藍から僅かに望む窓の外の山々を仰いだ。

「俵藤太、つまり藤原秀郷が瀬田の唐橋に於いて龍宮の姫に請われ、巨大百足を退治したという説話を御存知か」

 小次郎は無言で頷く。
 聞いたことがある。だがそれは都鄙伝説に過ぎず、俵藤太の武勇伝の一つとして真偽を糾すこともなかった。

「巨大百足はアースロプラウネという、ドラグーンネスト、ホバーカーゴ、そしてホエールキングに準じる移動要塞型の巨大ゾイドであった。神々の怒りを生き延びたものの野良ゾイドと化し、三毳山の主として山野に君臨しておった。アースロプラウネを捕獲したいが為に、龍宮は豪勇で名を馳せた藤太に依頼した。聞くところによれば、素っ葉の郷アイアンロックも絡んでいるらしいが、どの様な技で捕えたか詳しくは知らぬ。
 結局捕獲は成功し、龍宮はアースロプラウネの再機獣化に着手する。これこそが、瀬田の唐橋の真実であったのだ」

 移動要塞型ゾイド?
 余りの荒唐無稽さに、小次郎も二の句を告げることができなかった。その様なゾイドが存在しているものなのかと。
 そんな感情を置き去りにして、空也は真実の語り部を続けた。

「これを察知した検非違使庁は、直ちに藤原秀郷追捕を命じた。ところが情けないことに、肝心の征東大将軍の任に付く者がおらぬのだ。以前捕縛された経験を持つ秀郷は、下野の地で追捕を悉く撥ね退け、エナジーライガーで駆け巡っている。偏に、龍宮ディガルドとの連携があってこそだとも言える」

 小次郎は完全に混乱した。四郎将平か、せめて興世王がいてくれればと心底願った。それでも漸く、いま一つ生じた疑問を問うため、絞り出すような声で呟いた。

「上人殿、龍宮とは如何なるものでしょうか」

「それは、それに居られる“孝子”殿に御聞きなされるのが良かろう」

 桔梗は依然震えながら俯いていた。空也がゆっくりと振り向く。

「都は、俵藤太、藤原純友、そして平将門によって圧迫されている。だからこそソラは軌道エレベーターを一刻も早く完成させ、アースポートから切り離したスカイフック、通称“ソラシティ”の建設を急いでいるのだ。バックミンスターフラーレンと、メタルZiを地方から掻き集めてまでも」

 頭上の鋼鉄の壁に、隻眼の朱の瞳が輝く。眼をグリグリと巡らせ、読経の響きが一層甲高く吟じられた。遠雷のように警報が木魂する。

「噂をすれば、海賊衆の襲撃のようだ。鴨川を遡上して来たな」

 アースポート、清涼殿の方角に噴煙が上がる。
 話しの途中ではあったが、小次郎は言い知れぬ焦燥を晴らす為、今は何かに思い切りぶつかりたかった。

「乗ってみるか、デッドリーコングに」

 小次郎の心を敷衍するが如く、空也が問う。

「是非もない。孝子、ついてこい」

 そう言って、小次郎はぐいと桔梗の腕を掴み引き寄せた。それは過去に追われる戦友を救うために差し伸べた腕である。
 俺はお前の過去など気にしない。
 小次郎の掌の温かみが語っていた。
 空也が錫杖を振るう。それを合図にして、伽藍に一斉に灯が点った。所々を金細工に縁取られた、黒き猩々が背を向けている。眼前に聳えていたのは、ゾイドが背負った巨大な棺桶であり、その中央にグリグリと瞳を巡らす隻眼があった。

「操縦席は裏側だ。平将門殿、くれぐれも、藤原純友とは深く関わるのではないぞ」

 空也の指差す先に、搭乗用の階段が続き、顔面を鉄甲が覆っている。顕現したデッドリーコングは、村雨ライガーやディバイソンを遥かに凌ぐ巨体であり、左腕に禍々しい梵字が書かれた布が巻かれていた。操縦席に滑り込んだ小次郎は、並列複座に桔梗を伴い、高らかに叫んだ。

「デッドリーコングとやら、貴様の力を我に示して見よ」

 読経の音色が途絶え、野獣の唸りへと変わった。双眸に紫の光が灯り、伽藍から黒い塊が疾駆していく。

「坂東武者は、やはり慌ただしいのう」

 デッドリーコングの巻き起こした風に襤褸切れを靡かせ、空也は噴き上がる炎の先を遠望していた。

[438] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第四部:「坂東燃ゆ」)-K 城元太 - 2014/03/29(土) 05:52 -

 都人にとって、海賊衆の襲撃は最早見慣れたものになってしまっていた。数機の集団で押し寄せるシンカーは、富裕な貴族の屋敷を襲うばかりで、大勢を占める貧民層にとっては無関係であったからだ。それ故貧民層の間からは海賊衆の襲撃への喝采を送る声も囁かれ、その略奪行為を咎める気運はなくなっていたのだ。
 増長する海賊衆に対し、天上人=ソラは検非違使を始め、警護使、滝口、押領使などに全兵力を灌ぎ、特に嘗て小次郎が属した滝口の武士には、セイバータイガー、ガルタイガーなどの精鋭ゾイドを投入し鎮撫に努めたが、藤原純友率いる日振島の海賊衆はソラの小手先の警護強化を嘲笑うような策を打ち出してきたのだった。
 襲撃に、都の人々は見慣れないゾイドが加わっているのに気付いた。
 シンカーが飛行をせず、鴨川の水面を航行している。
 後方に、白波を蹴立てて歩行する巨人の姿がある。探照灯が一斉に向けられ、三つの小山のような影が浮かび上がった。迎撃に向かったガルタイガーの操縦席の中で、滝口の武士が驚きの声を上げていた。

「あれは、禦賊兵士に恩賜された、アクアコングではないか」

 ハイドロジェットとヘリウムボンベを背負った黒い猩々が、水滴を纏って都に現れたのである。


 飛び交う緊急電がデッドリーコングの受信装置にも齎され、襲撃してきたゾイドが今までにない水陸両用ゾイドであることが判明した。先行したシンカーが、朱雀大路七条の鴻臚館駐屯の播磨国司の兵力と戦端を開いていた。後衛のアクアコング3機が鴨川より上陸し、警護使の小型ゾイドを蹴散らしながら朱雀門に到達し、大路を蹂躙して鴻臚館に向かっている。

こちら播磨介島田惟幹の警護である。ハンマーヘッド部隊が展開中、至急、検非違使及び滝口の応援を請う。繰り返す、このままでは鴻臚館は持ち堪えられない。至急応援を請う……

「なぜ海賊衆は鴻臚館を狙う」

 慣れないナックルウォークに酔いを覚えた小次郎は、気晴らしとも気遣いとも取れる言葉を投げかける。

「島田惟幹は、備前藤原子高(さねたか)と共に、以前大宰府鴻臚館でのデルポイ貿易で、当時伊予の掾の藤原純友と対立した経緯があったはず。瀬戸の内海で、備前の命を受けた安芸の新興海賊衆藤原倫実(のりざね)との小規模な海戦があったとも訊き及んでいます。それを根に持った純友が、一気に島田を潰しにかかったのではないかと」

 背負った棺桶―ヘルズボックス―の操作系を確認していた桔梗は、慌ただしく操作盤を叩きながら応えた。

「して、アクアコングとは」

「その銘からして、嘗て禦賊兵士に配備された直属の水陸両用ゾイド。奇しくもこのデッドリーコングと同じく猩々型です」

「面白い」

 桔梗は、小次郎が乾いた唇を軽く舐める仕草を見た。ゾイドに飢えていたことは先刻の会話で判っていたが、いざ操縦席に座ると朴訥とした性格は消え、抜き身の刃のような鋭く尖った野生が剥き出しになる。

(小次郎将門、あなた様は御自分の危うさにお気付きなのでしょうか)

 心底嬉しそうな様態で戦場に赴く主君を、桔梗は畏れを以て見遣っていた。


 バイキングランスユニットを機首双方に装備したハンマーヘッドが、バイキングヒートランスを振り翳してアクアコングに突撃する。鈍重なアクアユニットを装備したコングは、しかし信じられない速さでヒートランスを一蹴し、ハンマーヘッドを鴻臚館の門前に叩き落とした。AZマニューバーミサイルの誘爆の噴煙に紛れ、黄色い虎がアクアコングに襲いかかる。だが、その襲撃を見切っていたコングは、左腕に装備されたロケット水中銃を既に構えていた。水中抵抗の中でも充分な加速度を維持して発射できる武器は、有り余る貫通力でガルタイガーのジャイロリフターを貫き、突き刺さった銛ごとゴロゴロと機体を横転させた。咄嗟に体勢を戻せないガルタイガーの頭部を、操縦席ごとアクアコングが踏み潰す。劫火の中、ヘリウムタンクを背負った巨神が浮かび上がっていた。
 鴻臚館の屋敷から播磨国司の銘の入ったハンマーヘッドが浮上を試み、アクアコングの足元を擦り抜けようとする。
 ハンマーナックルの剛腕が、宙に舞う撞木鮫を捉えた。胴体中央から圧し折られ、地上に叩き付けられる。操縦席には、播磨介島田惟幹らしき人物が愕然とした表情を浮かべている。
 止めを刺さんと、アクアコングが再び左の剛腕を振り上げた。
 ガン、という不快な金属の軋みが鴻臚館に轟く。伸びあがったアクアコングの左腕を、別のコングが引き絞って抑えつけていた。
 軋みが臨界を越え、そのまま後方向に左腕が捻じ切られる。悲鳴を上げるアクアコングの背後に、赤紫の妖しい眼光を放つデッドリーコングが仁王立ちしていた。


文元(ふみもと)のアクアコングがやられました

 純友は、上陸させた精強アクアコングが、いとも容易く撃破されるのを目の当たりにし、舌打ちした。

「機体識別……アイアンコング系……サンカによる改造……俗称デッドリーコング、なんだこれは」

 圧し折った藤原文元のアクアコングの左腕を振り払い、デッドリーコングが狂気の眼光を輝かせる。妖しい読経の声を響かせる、巨大な棺桶を担いだ同系の機体が睨み付けていた。
 藤原純友にしてみれば、平将門と接触し、南北同時騒擾の画策を望んでいた。そしてそれ以上に、荒々しくも純朴な坂東武者と胸襟を開いて話がしたかったのだ。
 ところが素っ葉によれば、平将門は夕刻逗留先から出門しとの報せ以降足取りが途絶えている。ならば無理やりにでもレインボージャークを誘き出し接触を図るため、シンカーによる空襲と、温存してきたアクアコングをも投入したのだ。
 純友の思惑は成功した。だが出現したデッドリーコングに、再会を願う者が搭乗しているとは知らない。 

「何処の機体だ、なぜサンカのゾイドがここにいる。遊行の者しか操らぬ奴だろう」

 純友の言葉はそこで途切れた。デッドリーコングが突進してきたのだ。
 横合いからアクアコングがもう1機飛び出し、力任せにデッドリーコングを突き飛ばす。
頭(かしら)、挟み撃ちだ

「文公か、シンカーも一斉攻撃に移れ。手強いぞ」

 倒れることなく踏み止まったデッドリーコングは、2機のアクアコングを前に再び突進する。
 純友は、以前この様な動きをするゾイドを見た記憶があった。アースポート襲撃の際、次々とブラキオスの首を切断していった碧い獅子の姿である。

「だが奴は村雨ライガーを操る。此度の上洛も、孔雀型ゾイドで飛来した。平将門であるはずがない……」

 刹那、僅かに先行し背後から襲った三善文公(みよしふみきみ)のアクアコングがたちどころに両手両足を切り刻まれた。背負った棺桶から千手観音を思わせる無数の腕が突き出され、斧、大釜、鉄球、リーオの爪を構えるデッドリーコングの狂気の姿があった。
 破壊されたアクアコングのタンクから一斉にヘリウムが漏れ出し、気化熱を奪って周囲を凍結させる。立ち昇る冷気を纏い、振り返ったデッドリーコングは、身構える藤原純友のアクアコングに対し冷徹に鉄甲―ヘルズマスク―を被った。

「面白い」

 藤原純友が乾いた唇を舐める。互いに知らぬことだが、そこに座る海賊衆の頭領も、小次郎と同じ仕草を行っていた。
 平将門の操るデッドリーコングと、藤原純友の操るアクアコング。鴻臚館の門前で、2機の猩々が対決の鬨を刻んでいた。

[439] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第四部:「坂東燃ゆ」)-L 城元太 - 2014/03/31(月) 04:45 -

 左腕を圧し折られ、仰向けに倒れていた藤原文元(ふみもと)のアクアコングに、別のもう1機が接近した。人が助け起こすように頭部を持ち上げ、接触通信を試みる。

兄者、無事か。大事ないか

文用(ふみもち)……か。すまぬ、島田は叩き落としたが、不様にやられてしまった。策を授けてくれた頭(かしら)に顔向けできぬわ。
――おい、あれに戦っているのは三善(みよし)か

俺もいま上陸したばかり故よくわからんが……違うぞ、三善文公ではない。頭(かしら)だ。いくらゾイド操縦に長けているとはいえ、海賊衆の頭領自らが戦うなど以ての外。文用、俺などに構わず援護に入れ

 藤原文元、文用の眼前で、彫金に縁取られた猩々と、藤原純友の乗るアクアコングとが、地響きを立てて格闘していた。それは恰も、海神(わたつみ)と月詠(つくよみ)による神々の戦い(ラグナロク)を思わせた。


 純友のアクアコングが、リーオで鍛えた銛を刀身の如く構え間合いを取る。ヘルズボックスから繰り出される攻撃を次々と受け止め、尚且つ右の剛腕を掬い上げ叩き付けた。装着されていた水中銃が弾け飛び、デッドリーコングの頭部鉄甲を直撃する。仰向けに倒れ込む一瞬の隙を狙い、梵字の書かれた襤褸布巻きの腕を掴んで投げ飛ばす。わさわさと蠢く蟲の肢が生えた棺桶が純友の頭上を舞い、盛大に地表に叩き付けられた。
 致命傷には至らない。学習機能を持つゾイドのオートバランサーが咄嗟にデッドリーコングに横の受け身を取らせ、衝撃を受け流していたからだ。背部の可動肢が素早く機体を支えると、鉄甲を被った奥に鋭い赤紫の眼光を輝かせる。

「切りがない」

 純友はしかし、命の遣り取りを行う緊張感に陶酔していた。
 海賊衆の魁師(かいすい)を纏める為、長らくゾイドに乗って戦場(いくさば)に立つことはなかった。今回の襲撃も、三善文公、藤原文元、藤原文用の播磨介島田惟幹に対する私怨を晴らすという名目で随伴してきたにすぎない。腹心の藤原恒利や佐伯是基には散々に引き留められたが、それでも平将門に会いたいが為に、強力なアクアコングに搭乗することを条件に襲撃部隊に加わったのだ。
 そこで遭遇したこのゾイドである。初めは肩慣らしに組み合ったつもりが、平将門を捜すという本来の目的を忘れさせ、いつしか純友の本気に火を点けていた。
 此奴(こいつ)の強さは機体性能によるものではない。
 全身に闘志を漲らせるゾイドは、1対1の格闘に縺れ込むに連れ、背負った棺桶の腕を使うことを止めていた。

「望むところだ」

 純友は頭部に繋がった伝導管を引き千切ると、ヘリウムタンクとハイドロジェットを排除した。素体同然になったコングが激しくドラミングをする。一瞬姿勢を低くした後、大型ゾイドとしては信じ難い瞬発力でデッドリーコングの胸元に跳び込む。敵が怯んだ隙を狙い身体ごと掬い上げ、今度こそ地表に叩き付けようとした。
 純友はしかし、己の策が既に見切られていたことを思い知る。


 小次郎もまた、ビリビリと痺れるような殺気に酔い痴れていた。
 これ程の手練れと戦うのは初めてであった。乗ったばかりのデッドリーコングも、いつしか自分の手足の如く馴染んでいる。人とゾイドとの繋がりは、操縦機器などを超越して機体に伝わっていたからだ。
 姿勢を低くして突進してきた緑色のコングを避けることなく正面から受け止めた。衝突の瞬間、咄嗟に伸ばした右拳がアクアコングの顔面を捉える。甲高い金属音が轟き、緑色の装甲が幾つか吹き飛ぶ。そして

「覚悟」

 小次郎の呟きと同時に、右腕に装着されたパイルバンカーがアクアコングの頭部装甲を根こそぎ削り取った。操縦席に座る人物が露わになる。ひび割れた緑色の風防の奥、小次郎は朧(おぼろ)げに人影が浮かぶのを見据えた。

「彼奴(あやつ)は……」

「……藤原純友」

 偶然にも、小次郎の言葉を受け止めるように桔梗が告げていた。


 勝利の行方は一気に小次郎方に流れ込んだ。だがアクアコングの操縦席に座る藤原純友の姿を目にした時、小次郎に言い知れぬ迷いが生じていた。

(貴様は今まで戦った中での、最高のゾイド乗りだ。海賊衆などに身を窶(やつ)しているのは余りに惜しい)

「シンカーの爆撃、更に左右より敵」

 桔梗の叫びを掻き消して、周囲一面に誘導弾の爆炎が立ち昇った。噴煙に紛れ視界を閉ざされた後、純友の機体の前に2つの影が立ち塞がった。それは藤原文用と左腕を失った藤原文元のアクアコングであった。

頭、ここは逃げてくれ。俺達の島田への復讐は済んだ。頭に死なれちゃ寝つきが悪い

 純友も、既に戦いが潮時であることを悟っていた。そして平将門には会えなかったものの、久方ぶりに手応えのあるゾイド乗りと手合せ出来た充実感を噛み締めていた。
 敵が複数と判ると、死の猩々は途端に棺桶から無数の獲物を突き出した。その姿は千手観音ではなく、降魔(ごうま)の迦楼羅炎(かるらえん)を纏う不動明王である。唸りを上げて疾駆するデッドリーコングを、藤原文元、文用兄弟のアクアコングが左右から抑える。だが次には、棺桶から伸びた腕によって全身ズタズタに切り刻まれ、四肢を投げ出し斃れていた。
 間断なく続いたシンカーの爆撃が終わった頃、鴻臚館の周囲には破壊された3機のアクアコングと、それに撃墜されたハンマーヘッドの残骸が、漏れ出した液体ヘリウムによって炎を上げることなく横臥していた。


「名を求め衆を願いとすれば身心疲る。
 功を積み善を修せんとすれば希望(けもう)多し。
 しかず、孤獨にして境界なきには。
 しかず、称名して万事抛(なげうた)んには。
 閑居の隠士は貧を楽とし。
 禅観の幽室は閑を友とす。
 藤衣紙衾(とうえしきん)はこれ浄服。
 求め易くして盗賊の恐れなし。

 平将門。我と齢を同じうする己に託す。修羅の先に待つのが地獄ではなく、極楽浄土であると信じて」

 空也の口から低い念仏の読経が洩れたが、その称名に何を唱えたか、訊き取った者はいなかった。

[440] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第四部:「坂東燃ゆ」)-M 城元太 - 2014/04/05(土) 09:22 -

「これは……」

 そこまで言って、伊和員経は言葉を失った。
 小次郎と桔梗、そして興世王の前に隻眼の棺桶を背負った黒い猩々型ゾイドが佇んでいたからだ。相も変わらず、読経を思わすコアの鳴動が低く響いている。上洛したディバイソンと比べても、デッドリーコングの体躯は遥かに巨大であった。

「よくぞこの様なゾイドが、検非違使等の舎人に咎められず入手できましたな」

 首を真上に向け、頻りに黒いゾイドの周りを巡る。

「詳しい事は後程話す。まずは献上品を頼む」

「心得ております。奉納の段取りはお任せ下され」

「それにしても、此度は小次郎殿にとってまさに僥倖であったのう」

 桔梗が意識しているにも拘らず、その傍らに興世王は敢えて身を摺り寄せ顔を緩めた。

「隕石の飛来が朝廷を動かし、一斉に大赦の詔勅が発せられた。小次郎殿への問注も、これで不問となされるだろう」

 興世王の手には、内裏より一斉送信された通達文が表示されたタブレットがあった。

『帝の元服を受け、乾徳(けんとく)(=賢き帝≠表す)詔(みことのり)を降し、大赦を行う』

 つまり、打ち続くゾイドウィルスの罹患被害や隕石落下、そして駿河の不死の山の活動など凶兆を一掃するため、朝廷は恩赦を行ったのである。
 あれ以来、あの乞食僧は小次郎達の前に現れることはなかった。そして検非違使庁の査問は数日たっても音沙汰は無く、伊和員経が遅れて到着した頃に、やっとこの曖昧な裁断がなされたのである。自らの罪が不問に付され、晴れて故郷に戻れる喜びを噛み締めながらも、小次郎はやはり煮え切れない事実も感じていた。

(これが都の、馴れ合いなのか)

 確かに自分は力をつけたが、都の裁きには従うつもりであった。ところがこちらの意図する場所とは別に、此度の裁可が下されたに違いない。蔵人頭藤原師氏の配慮によるものかも、或いはその父貞信公忠平によるものかもしれないが、小次郎にしてみれば叔父良兼や良正、源護の責任追及こそ望んでいた。全てが有耶無耶のままに打ち捨てられる理不尽さが、胸に痞えていた。興世王は、だがそんな小次郎の心情など気にかけることなく、相変わらず笑っていた。

「レインボージャークにデッドリーコング、その上ディバイソンときては、我が屋敷が如何に広かろうととても収まりきれぬものではないわ。
 小次郎殿、まさに終に嶋子(とうし)の墟(さかい)に帰る≠フ心境か」

 そう言って桔梗の肩を柔らかく ――馴れ馴れしく―― 二三度叩き、苦笑にも聞こえる忍び笑いをしながら、興世王は屋敷奥に去って行った。
小次郎は二つの意味でこの故事が気になっていた。嶋子の墟≠ニは、龍宮より浦の島子、つまり浦島太郎の帰郷の例えであったからだ。
 一つは俵藤太と龍宮ディガルドとの関係、そして桔梗との関わりである。ただし、小事に拘ることのない小次郎の性格は、自ら語ろうとしない桔梗を信じ、その時まで待つことと決めていた。それよりも二つ目の事の方が遥かに気懸りであった。あの日見た、鎌輪の館が燃える悪夢である。

(良子や多岐の身に、何もなければ良いが)

 その時小次郎はふと眩暈を覚えた。
 脚に力が入らず倒れ込む。
 咄嗟に桔梗が支えた。

「如何なされました」

 桔梗の肩に掴まり、小次郎は目を擦った。

「やはり京の飯は薄味故に、腹持ちが悪いな」

 姿勢を戻し笑う。

「此度の大赦で御安心され、心の荷も降りて力が抜けたのでしょう。食事を御用意します」

「構うな。鎌輪に帰ってから良子の飯を鱈腹食べるのを楽しみにする」

「そう……ですか」

 一瞬、桔梗の表情に陰りが見えたが、やはり小次郎は気付かない。
 そして小次郎自身、自分の躰の変調にも気付いていなかった。
 盛大な鳴き声を上げる筈の坂東武者の腹の虫は、一切空腹など訴えていなかったのである。


 員経の奉納品の献上の翌日、正式に平小次郎将門の大赦は決定した。帰郷に際し、あの乞食僧の予告通り、デッドリーコング及びディバイソンをも運ぶ巨大な船便の手配は既に終了していた。制御装置を取り付けられたレインボージャークを背に、小次郎は伊和員経との暫しの別れを告げた。

「興世王殿。本当に世話になりました」

「お美しい孝子殿とお別れとは名残惜しい。小次郎殿、息災でな」

「殿、御無事で。孝子よ、殿を頼んだぞ」

「はい、御父様」

 まるで本当の親娘であった。
 興世王の屋敷を眼下に、菫色の孔雀が飛び立った。
 坂東まで二日の行程である。想い焦がれた故郷への帰路に、鉛色の暗雲が立ち込めていることを知らず。


 坂東は今まさに、燃え上がろうとしていた。



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