ゾイド系投稿小説掲示板
自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。
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筑波の嶺の南東は広く業火に覆われた。 連なる火勢は夜半になっても収まらず、黒煙は高く天空に昇り雷雨を呼び寄せる。 野本を越えたランスタッグの群れは石田の荘にまで侵入する。それに乗じ、戦線を離脱した伴類の小型ゾイド群も一斉に常陸への進撃を開始した。防衛に当たるべきレッドホーン部隊を欠き、惣領平国香亡きあとの石田の荘に対抗する術もなく、ただ無為に野盗同然のゾイド部隊による焼き討ちの憂き目に遭った。石田の館は略奪され、完全な廃墟と化す。更に突出した野盗の群れは、一部が服織、大国玉、新治にまで及び、平良兼の所領のみならず勝者である平真樹の支配地にまで達してしまった。 下総一帯に雷鳴が轟き、やがて激しい豪雨が降り注ぐ。館に永年に亘り蓄えられてきた富も財も全て灰燼と帰し、漸く火災が鎮火した頃には全てが黒い消炭と化していた。 小次郎が藤原玄明に助力を請わなかったのは、彼と彼の郎党の予(かね)てからの乱行を懸念しての事であったが、奇しくもその予感は的中してしまったのだ。 野本の合戦の終わった翌日の昼、小次郎は常陸の惨状と国香の死を知り愕然とした。 徹底破壊を望んだのではない。ただ坂東武者としての誇りを通したかっただけだ。無我夢中で戦って、勝利を得たものの、勝者に対する敗者の痛みは剰りに大きい。戦に犠牲は付き物であるが、此処まで広範囲に亘って被害を及ぼすとは予想だにしなかった。鬱積していた武士達の怒りが爆発したとも言えるが、切っ掛けを与えてしまったのは他ならぬ己の所業と思い知らされた。そして思った。 想い焦がれた彩には兄弟の仇として、そして都の太郎貞盛には父の仇として、自分は恨みを受けていかねばならぬのかと。 霜月の末。季節は巡り、都から帰郷してほぼ一年が経過しようとしている盛夏の頃。鎌輪の馬場では、伏せた村雨ライガーの背にレインボージャークが乗って戯れていた。時折仰向けになって、前肢で菫色の孔雀を追い立てる。レインボージャークもその度に浮上し、村雨ライガーの脚が届くぎりぎりの高さに留まると、両脚で頻りに村雨のカウルブレード(=鬣(たてがみ))に飛び乗る。2機の鋼鉄の獣が無邪気にじゃれ合う姿は、それが強大な破壊の力を持つ生き物とは思えぬ程、長閑な光景であった。 合戦での勝利以来、小次郎の元には逃散していた農民や、新たに領地の寄進を申し出る者が相次ぎ、以前にも増して活況を呈していた。初夏に植えられた稲の生育も順調で、遠方に広がる水田は日に日に緑を深めている。荒廃していた館の補修も終わり、ジェネレーターからのレッゲルの補給も確保され、ゾイド達にとっても立派な整備場が設置された。そして小次郎は、彼にとって更に嘉(よみ)すべき事を心待ちにしていた。 奥の間から嫗(おうな)が現れる。いつになく忙しない様子の小次郎が問う。「無事か、ばば様」 地元の百姓で、多くの子をとりあげて来た嫗が目尻に皺を寄せた。「おめでとうございます、お館様。女子にて御座います」 その答えに喜びを爆発させた。声にならない声が回廊から響く。馬場で戯れていた村雨ライガーも、主(あるじ)の今までに聞いたことの無い歓声に動きを止め、勢い余って跳びこんできたレインボージャークに強(したた)かに頭を打ち付けられ呻き声をあげた。 嫗の後ろから、両手を灌ぎ嫗の手伝いを終えた桔梗が現れる。「私からも改めて申し上げます。おめでとうございます」「孝子、俺にも礼を言わせてくれ」 小次郎は桔梗の両手を取り、上下に大袈裟に振った。その無垢な喜びの仕種に、桔梗は胸の内に喜びと寂しさの複雑な感情を覚えた。(こんなに喜ぶなんて。まるで自分が子どもになったみたい) 想い人が、別の愛する女性によって子を授かる。それは自分にとって残酷な運命にも思える。だが、想い人はこれほど素直に歓喜している。自分も素直に喜ばねばならないのだと、心の中で何度も言い聞かせた。 周囲から一斉に祝いの言葉が投げ掛けられる。「兄上、おめでとうございます」「殿、やりましたな」「いや、めでたい。めでたいですな」 将頼が、将平が、員経が、そして何人もの郎党達が駆け寄ってきた。雰囲気を察した村雨ライガーも、姿勢を正して座り込み、小次郎を見つめる。「村雨よ、良子に御子が授かったぞ。お前も仲良くしてやってくれ。もっとも、良子のようなじゃじゃ馬姫になったら厄介だな」「聞こえておりますよ」 背後から、嬰児を抱いた良子が静かに近づいていた。不意を突かれ動転する。「お前、もう立ち上がってもいいのか」 母となった良子は、少し眼つきを険しくして呟く。「私はじゃじゃ馬でございますから。折角御子をお連れしたのに、お見せするは止めとしましょうか」 立ち上がった小次郎は頻りに良子を宥め賺し、良子はわざと背を向け、抱いた子を隠した。「許せ良子。俺にも抱かせてくれ。案ずるな、弟達を何度も世話をした。 おお、軽いのう。まだ目も開かぬ故どちらに似たかもわからぬが、まずは元気な女子だ。なんだ、村雨も見たいのか。よし、そこに座れ。いいか、これが俺の子だ。よく見るがいい。 良子。ありがとう」 慎重な歩みで寄って来た村雨ライガーに子を示すと低く唸り声を上げていた。それがゾイドなりの祝いであることがわかる。終わりに新しい父は、新しい母に向い礼を言っていた。良子はこれまで以上に温和な瞳で夫を見つめる。「この子はあなた様と私の血を共に受け継いだ娘。きっと健やかに育ってくれるでしょう。それ故にじゃじゃ馬になるのも無理からぬことでございましょうが」 皆がどっと笑った。小次郎も良子も笑った。レインボージャークが甲高く啼いた。 桔梗も笑ったが、心の中で拭いきれない何かがカラカラと音をたてていた。ゾイドが接近している。息を潜め、光学迷彩で姿を消したゾイドが。 ヘルキャットが鎌輪の館に突如として姿を現したのは、娘誕生その日の夕刻であった。単機で来訪した事と、館の全員が浮かれ気味であった事が警戒網の解(ほつ)れを生んだといえる。 良正の花押の入った書簡を恭しく届けると、ヘルキャットは一直線に南に向かって走り去って行った。 齎された書簡は所謂「挑戦状」であった。 小次郎も遠からずと覚悟を決めていたことではあるが、好事魔多しの理(ことわり)の如く事態は一変し、書面を掴む小次郎の掌に汗が滲んだ。書面には、良正が再編した兵を上野(こうずけ)から率いて、鎌輪の南、蚕養(こかい)川の濫流に挟まれた川曲(かわわ)村に陣を張り、雪辱戦を挑むとある。「やはり戦は避けられぬか。緊急に評定を開く。皆を集めよ」 館は忽ち緊迫した雰囲気に包まれた。 小次郎は兵力配置図を前にして腰を下ろす。「兄者、何故に良正叔父は川曲村に上野より向かったのでしょうか。水守の館とは正反対ですが」「俺の予測に過ぎぬが、水守もやはり荒らされ補給も叶わぬはず。源家も石田にも頼れぬとなれば、今度は良兼叔父に助力を請うたはずだ。良兼叔父が服織から難を逃れ、本来の所領である上野に戻ったとすれば納得も行く」「では、今度こそダークホーン部隊が参戦するのでしょうか」「慌てるな三郎。国香伯父が出陣した野本の合戦にさえ、良兼の長子公雅のみの参戦だった。今度も容易に参戦するとは思えぬ。上野から来たのは、良兼叔父に託けた、ただのこけ脅しと思えるのだ。員経、主(ぬし)はどう思う」「私も殿と同じ考えです。ただ、レッゲルと弾薬程度の施しは受けているものと。源家の残存部隊が同伴している可能性はありますが、三兄弟の竜を失った今、大型ゾイドは皆無でしょう」「厄介なのは手負いのアイスブレーザーのみか。相分かった。四郎を呼べ。玄明に書を認める」「兄上、また助力を願うのですか。この前の様に徒に被害を広げることになりませぬか」「だから伝えておくのだ。一切手出しはするな。これは平家の問題だ≠ニな。今回は文屋好立殿の力も頼らぬこととする。孝子、戦えるか」 小次郎は桔梗に真っ直ぐ瞳を向ける。それは良子に向けられた視線と同じだった。自分はどこまでもゾイド乗りとして、想い人に思われていることを痛感する。(それでもいい)「はい。ソードウルフのままでも充分戦えます。今度は慎重に、穫り入れ前の作物を守るよう戦いましょう」 全員が力強く頷く。 平将門は二度目の戦、『川曲の合戦』に挑む。
川曲村は、騰波ノ江の隣に位置する湖沼の大宝沼と、蛇行する鬼怒川に挟まれた地である。河川の浸食作用によって形成された段差のある地形が開拓を拒み、丘陵と低木地が続く荒れ地のまま委棄されていた。三郎将頼が敵陣を見渡し告げる。「良正叔父も考えましたな。この地形では疾風ライガーの高速性が生かせません。比べて敵はカノントータス部隊を引き連れて来た。砲撃戦で挑むつもりでしょうか」「叔父とて大虚(うつ)けではあるまいが、あの陣形では到底我らに敵うはずもない事はわかるだろう。別に何か策があるのか。三郎、敵の布陣と機種を知らせろ」 ケーニッヒウルフが三連スナイパースコープを装着した。小次郎達の操作盤画面に、次々と認識された機種が示されていく。ある機種を判別した折り、三郎が声を上げる。「兄上、ブラストルタイガー≠ニいうゾイドを御存知か」 その名を聞いた瞬間、小次郎は直観的に理解した。「殿、あの虎は」 ディバイソンが機体を村雨ライガーの脇に進め、操縦席の伊和員経が小次郎と視線を合わせる。「太郎貞盛だ」 父国香の雪辱を晴らすため、京から下向して来たに違いない。良正の本当の目的が、この戦いに平貞盛を担ぎ出すことであったのを知った。 ヘルキャットに乗る平良正の上兵が、宣戦を告げる牒を携え進み出る。同時にディバイソンが受け取りへと向かう。次には矢合わせが交わされるはずであるが、今回の牒には鏃が二双に別れた雁股(かりまた)が副えられていた。それは一騎打ちを申し込む合図である。 軍団の前にアイスブレーザーが進み出る。希少なアイスメタル装甲の修繕は無く、右のヘルブレイザーと安定翼も失われたままだ。小次郎は村雨ライガーを先頭に立てた。「良正叔父、一騎打ち受けて立ちます。ですがこれ以上道理に適わぬ戦はお止め下さい。悪戯に民を苦しめるだけです」 罅割れた頭部アイスメタル装甲の天蓋を開き良正が叫ぶ。「何を以て道理を語る。貴様の為に常陸は大いなる災厄を被ったのだ。潔く負けを認め、速やかに鎌輪に戻れ」 自らの責任が一切感じられない返答であった。「話し合っても無駄だ」。小次郎はただ復讐のみに身を窶した者の哀れを覚えていた。「よく見ろ。後方には貴様に殺された兄国香の長子、左馬允平太郎貞盛も控えている。それでも戦うのか」「無論」 間髪入れずに応じる。「叔父上、太郎を担ぎ出してまでこの平将門を惑わせようとは御見苦しい。さあ、一騎打ちを早々に始めましょうぞ」 人は気持ちを傾けなければ言葉など意味はない。小次郎は風防を閉じムラサメブレードを展開した。アイスブレーザーもハイパーフォトン粒子砲を構える。刹那の対峙の後、先に飛んだのは村雨ライガーであった。息をつかせぬ速さでストライクレーザークローを叩き込む。粒子砲の充填に間に合わない黒い猟犬は、後頭部を叩かれ前肢を折ってのめり込む。一騎打ちの勝負は付いていた。 一斉に轟く砲声。カノントータスの砲撃が始まった。炸裂する突撃砲の硝煙に紛れて、アイスブレーザーは再び離脱していく。止めを刺すこともできたが、小次郎の中で、国香に続き良正までも討ち取ることに躊躇いが生じ追うことができなかった。 鎌輪の軍は正面に伊和員経のディバイソンを立てて雪崩れ込む。カノントータスの砲弾が降り注ぐ中、四肢を開き盛り上がった背中の十七門突撃砲を構えた。「メガロマックスを放ちます。五郎様、宜しいか」 この戦にも、五郎将文を後方警戒・対空要員席に伴っていた。「至近弾多数、交叉射撃により敵の命中精度が上がっています」「ならばその前に破壊するまで」 表示盤に標的が捕捉され、十七の砲身が無作為に作動した後固定する。「速攻で決めます。小口径四連バズーカの発射を頼みます」「承知」 焔の花が放たれた。17の光の筋に更に4本が加わり、計21本の光芒が敵陣に降り注いだ。火力でも圧倒していた鎌輪勢は、瞬時に水守勢を沈黙させた。「斬り込むぞ、俺に続け」 怒涛を打って雪崩れ込む村雨ライガーに、敵は忽ち総崩れとなる。戦いは一方的であった。高速は生かせないものの、接近戦で威力を発揮する村雨ライガーやソードウルフの前に水守勢は悉く打ち破られていく。 残ったのは切り刻まれるか仰向けになって四肢をばたつかせるカノントータスの群れであった。「三郎、ブラストルタイガーはどうした」アイスブレーザーとともに既に離脱した模様。戦闘に参加した形跡もありません。貞盛殿は兄上と戦いたくないのでは そうかもしれない。そしてそれは小次郎とて同じであった。 川曲の合戦は平将門の一方的な勝利に終わった。良正は源護から与えられた水守の軍団を完全に失い、従類も伴類も全て敗走し壊滅した。残存部隊はそのまま上野の平良兼の館に逃げ込み傘下に置かれることとなる。その中には、手負いのアイスブレーザーと、一発の弾丸も撃つことの無かったブラストルタイガーも含まれていた。 野本と川曲の二度の合戦に於いて勝利を掴んだ平小次郎将門の声望は一気に高まり、増々下総には伴類を含めた武士と逃散していた農民、そして独立系自営農民の寄進が進み、坂東での一大勢力へと成長していく。 己が望まぬにも拘らず、平将門は否応なしに歴史の表舞台へと担ぎ出されようとしていた。
刈り入れを終えた水田の畝と土手一面に、曼珠沙華が夜風に揺れていた。 篝(かがり)火(び)に照らされた茅(ち)の輪の向こう側、例年にない豊作に人々は歓喜に酔い痴れていた。 その夜は収穫の祭りである。館主として出向かねばならぬ小次郎は、幼い娘と妻、そして警護の伊和員経を残し、村社の境内に三郎将頼と桔梗を伴って参内していた。 境内に近づくにつれ、碧い獅子も炎に染め上げられていく。続く剣狼と王狼も同じ色に染められていた。接近する村雨ライガーの姿を見つけた人々は、小次郎達が降り立つ前に幾重にも人垣をつくり、口々に小次郎を讃する言葉を唱えて出迎えた。「小次郎様、ありがとうございます。お蔭様で大豊作でございます」「小次郎様がお帰りになられたお蔭で、土地も奪われず、余計な出挙も課せられず、まっことありがたいことで」「あたりまえだ。我らの小次郎将門様は天下無双、下総に手出しをする受領はおらんよ」 小次郎は含羞みつつ応じる。「お前達、ちと飲み過ぎておらぬか。もう出来上がっているではないか」 彼の前に跪く数人の百姓衆(=農業従事者、及び林業、鳥羽の淡海での漁場従事者を含む)は、赤ら顔に笑顔を湛えて畏まる。「御無礼があれば平に御容赦を。ただ、今年の出来は誰のお蔭でもなく、他ならぬ小次郎様のお蔭です。のう、皆の衆」 オウ! という小次郎を讃える歓声が一斉に上がった。少し気恥ずかしくもあって、小次郎は奥の社に向かって早足に進んで行った。「兄上、皆喜んでおりますな。村雨ライガーやディバイソン、そして孝子殿のソードウルフも田興しや導水に駆け回りましたからな。ジェネレーターの生長も順調。漁撈民も満足であろうて」「いや、俺がどうこうしたわけではない。全ては百姓衆自らの努力の賜物だ」 傍らで桜色の袖で口許を押さえ、桔梗が笑う。身に纏う真新しい壺装束は、またも員経が与えたものであった。「御謙遜をされずとも宜しいのではありませんか。殿が命を懸けて戦ったことで、この下総が守られたのですから」 本堂の縁側に腰を降すと、酒と盃を持った百姓衆が続々とやって来る。「小次郎様、どうか御一献」「三郎さまも是非」「孝子様も如何でしょうか」 茅の輪の向こうの村雨ライガーにも、何人かの百姓衆が集まり踊っている。ゾイドに感謝の踊りを捧げているのだが、鋼鉄の獅子は迷惑そうに頻りに首を振っていた。 ふと見ると、社の角の影で若い娘たちが三人を覗き込んでいる。三郎が横目で小次郎を見ながら呟いた。「兄者、そろそろ私を慕う娘達が参ったようですな」「さあて、どうかな」 盃を次々と干しながらも、小次郎は淡々と答えた。「お出ましのようだぞ」 3人の年頃の娘が駆け寄って来た。一頻り館主への挨拶を済ませた後、顔を見合わせ何かを言おうとしている。三郎が声をかけた。「娘御達よ、言いたいことがあれば何なりと申せ。今宵は祭りだ」 その言葉に意を決したように、娘達は声を上げた。「孝子様、御無礼とは存じますが、その凛々しき御姿、是非とも近くで拝顔させて下さい」「え?」 怪訝な顔をする桔梗と、期待が転じて肩透かしを食らった三郎が対照的な表情を成した。「三郎さまのお許しが下りている故申し上げます。私達若き女子(おなご)の間では、孝子様に皆憧れております。普段は射干玉の黒髪を靡かせ、お館様に健気に御助力なさる姿は何より美しゅうございます。その上ゾイドに乗ってはお館様にも負けない程の御活躍。なぜそのように美しく、且つそれ程凛々しく戦うことができるのでしょうか。本当に羨ましい限りでございます」「三郎、残念だったな」 無言で娘を見つめる三郎の背中を思いきり叩くと、失意の弟は前のめりに倒れ込んだ。「兄者、酷いではありませんか」 掌の土埃を払って立ち上がる三郎に、小次郎は豪快に笑った。「孝子、お主を慕っている娘達だ。共に語ってやれば良い」 桔梗の背中も小次郎が押した。三郎同様に押し出された桔梗は、娘達の前に立ち上がる。娘達の潤んだ瞳に見つめられ、どんな対応をしてよいか当惑していた。桔梗は少し振り向き、それに応えて小次郎が頷く。「何をお話すれば良いのでしょうか」「こちらにお越しください。みんな、孝子様よ!」 娘の一人が大きく手招きをすると、社の影から大勢の娘達が一斉に飛び出し桔梗を取り囲んだ。「ゾイドを操るのは難しくありませんか」「ソードウルフの剣はどれほど鋭いのですか」「その美しい髪はどの様にお手入れをされておられるのですか……」 不貞腐れて座り込む三郎を励ましつつ、小次郎はまた高らかに笑った。「あの年頃の娘は、孝子の様な勇ましい女に憧れるものなのかな」「知りません。どうせ私など……」 嬌声を上げて桔梗の周りに集う娘を尻目に三郎が洩らした。「そういえば、四郎からの話は聞きましたか」「何をだ。一昨日から景行公の元へ行ってしまったから会ってはおらぬが」 頬杖をつき、茅の輪の奥のケーニッヒウルフを見ながら三郎がぼそぼそと語り出す。「その景行公からの伝言だそうで。源護と良兼叔父とが、都に我らの追捕状を請願したとの話です」 盃を運ぶ手が止まる。「追捕状、我らへのか」「何分源家は朝廷との繋がりもあり、仮にも常陸の元国司です。そのうえ下向してきた貞盛が加わっているとすれば、武力に訴えられない分自分達に都合の良い事実ばかりを並べ立て、公儀によって我らを裁く心算なのでしょう。 まだ請願を提出したかどうかはわかりませんが、我らも早めに対策を講じた方が良いやも知れません」 百姓衆の上げる雑踏の中でも、三郎の語る声は小次郎の心中を抉って行った。 追捕官符が認められれば、小次郎達は朝廷に仇為す反逆者(≠叛逆)と見做されてしまう。事態は一刻を争う。明日の早々にも、弁明の書状を携えて出立する必要もあるだろう。「三郎、野本での戦の記録は纏めてあるな。それと、レインボージャークは飛べるか」 頬杖を解き、小次郎に向き直る。「ケーニッヒウルフの記録より移してあります。準備は何時でも。レインボージャークも今のところ健常ではありますが、あれを動かせるのはまだ義姉上と兄者のみですが」「俺はレインボージャークで一足先に都に向かう。後からお前が村雨ライガーと、員経と共に入京してはくれぬか」「滅相もない。都など苦手です」 間髪を入れず三郎は首を横に振った。確かに三郎には荷が重すぎる気もした。雑踏の中、あの人気に噎せ返る光景を思い出す。「孝子と員経を伴いたいのだが。お前だけで万一を乗り越えられるか」 暫しの思案の後、三郎が顔を上げる。「文屋好立殿と、多治経明殿に協力を願いましょう。更には藤原玄明殿にも声を掛けておいて下されば、容易に鎌輪には手出しも出来ぬと思います。如何でしょうか兄者」 苦肉の策とも言えたが、手堅くもある。ランスタッグの一群が館の周囲を遊弋していれば、充分示威にもなるだろう。小次郎は力強く頷くと、酒の注がれた盃を高らかに上げて叫んだ。「今宵は宴だ。思う存分楽しむがいい!」 再び歓声が上がった。その鬨の声の背景に、平将門自身の決意が込められていることを知る者はいなかった。
鎌輪の館の馬場に、濛々たる土煙が舞い上がる。 碧い獅子と、菫(すみれ)色の孔雀が激しく暴れている。一頻り嘶(いなな)いた後、中から汗だくとなった伊和員経と小次郎が降り立った。ゾイドの激しい振動に揺られ、足取りも覚束ないほどに疲労していた。「殿、私には村雨は扱えませぬ」「俺もレインボージャークを手懐けるにはまだ苦労しそうだ」 屋敷の縁に腰を下ろすと、時宜を見計らい茶を運んで来た良子が二人の間の床に膝を着く。「御無理をなさらぬように。あなた様、何なれば私がレインボージャークを操り都に上ります」「ならぬならぬ。あんな所にお前を行かせるわけにはいかん。第一、多岐(たき)はどうするのだ」 傍らには、愛らしい乳飲み子が座っている。母の膝に這い上がると、拙い指先で小次郎を指差し屈託の無い笑顔を輝かせていた。「良正叔父が、あれで諦めるとは思えぬ」 小次郎は未だに憤る獅子と孔雀のゾイドを前に、額の汗を拭いつつ二匹を見上げる。「村雨にせよ、レインボージャークにせよ、いつ迄も俺や良子だけしか操れぬのでは役に立たん。少しずつも慣れさせねば、これからの戦に備えることは出来ん」 多岐を膝に抱いた良子は、不安そうな顔で小次郎を見つめた。「やはり、父上は攻めて来るのでしょうか」 茶を少し口に含み、小次郎は振り向かず答える。「義父(ちち)上にせよ、良正叔父にせよ、共に坂東武者だ。源護の動きも怪しい上に、太郎貞盛も加わっている以上、私に国香伯父を討たれた雪辱を必ず果たしに来る。それまでに、手持ちのゾイドを全て手懐けておきたいと思ったのだが」 深い溜息をついて、漸く員経が話に加わる。「特に気になる上総と常陸との国境(くにざかい)には、現在(ただいま)孝子が好立殿と物見をしております。程無く報告がくることかと……どうやら噂をすれば」 土塀と館を隔てる矢倉が消魂(けたたま)しく開門告げ、ザビンガを背負ったまま剣狼が雪崩れ込んで来た。厩(うまや)に下がった村雨ライガーとレインボージャークも、ソードウルフの鬼気迫る様子に興奮し身を震わせ、多岐は恐怖のあまり泣き出した。 只ならぬ様子に、小次郎は良子と娘を館奥に下がるよう命じ、員経と共にソードウルフ頭部脇に駆けつける。昇降機の到着がもどかしいのか、桔梗は風防を開くと、ひらり、と木の葉が舞うが如く地表に降り立った。「良兼軍が、水守に向かって結集しております」 第一声は、剣狼達の蒼然たる姿を納得させるに足る報告であった。遅れて昇降機を伝い降り立った文屋好立が、息を切らして補足する。「上野にあった良兼本来の所領の従類と、上総の源家の残存部隊、水守の小勢に加え、国香亡き後を襲った貞盛繁盛兄弟を併せた部隊が、下総の境(さかい)目指して進撃を開始しております。 途中ゆるゆると進み伴類を募り、兵力は次第に拡大。私怨を晴らす為との理由で国衙の禁圧さえ無視したとのことです」 そこまで言うと、好立は俯き肩で息をする。強張った表情のままの桔梗が、員経と小次郎を代わる代わる見つめた。「孝子、上総勢の総力はどれほどだ」「ゾイドにして凡そ二百。猶も増加中です」「員経、いま集められる兵力は如何程か」「先の勝戦(かちいくさ)以降、我らに味方する伴類ゾイドは数十を越えます」「烏合の衆では役に立たぬ。至急、各頭領に檄を飛ばし、毅を成して戦う備えを整えよ。良き返答をせぬ者は当てにするな、寝返られるだけだ。 鈩(たたら)衆にはリーオの鏃、刃、具足を鍛えさせ兵具の調達を。 四郎を呼べ、参集する武士達の名簿(みょうぶ)を作成させゾイドの機種による編制と配置を考える。 孝子、確認するが義父殿の主力はダークホーンでいいのだな」「先に野本に出陣した機体らしきものと、他上総の棟梁殿のゾイドらしきものが2機、加えて手負いのアイスブレイザー、貞盛のブラストルタイガー。無数のレオブレイズとウネンラギア、レブラプター。この他にはデスレイザーとディメトロプテラを見受けました」 典型的な烏合の衆だ。 報告を聞きつつ、小次郎は心中安堵していた。編制が混迷している。察するところ良兼に無理強いされて寄せ集められた軍団なのだろう。だが油断は禁物だ。 小次郎はその考えを口に出すことなく、未だ猛々しく躰を揺さぶる村雨ライガーを括目した。「頼むぞ、村雨ライガー」 碧き獅子の相貌は、主を真っ直ぐに見据えていた。 上総の勢、平良兼の軍が鬼怒(けぬ)の濫流の畔、下野・常陸、そして下総の境に姿を現したのは、ほぼひと月も過ぎてからのことである。 小次郎の予測した通り、続々と結集する伴類の編制に時を費やしたというのは表向きの理由だが、義父良兼にしてみれば甥の小次郎と事を構えること以上に、娘である良子の夫との軋轢を避けたかったに違いない。ダークホーンで父と共に随伴する良子の弟公雅、公連も、そしてブラストルタイガーを操る平太郎貞盛も思いは同じである。ただ一人、手負いのアイスブレイザーの操縦席で気炎を吐く平良正のみが、小次郎への恨み言を唱えていた。「おのれ小次郎、甥の分際で散々我に恥をかかせたな……」 下野国府より巽(たつみ)の方位、結城法城寺を望む平原に、私闘としては稀に見るゾイドの大軍団が、下総鎌輪を睨んで結集した。 寒風吹き荒ぶ葉月の空の下、平将門は三度目の戦「下野国府の戦い」に挑むのだった。
払暁。微かに赤みを帯びていく海原の上の星空に、波に洗われるが如く光の柱が数本立ち上がっている。「箒星は凶兆と都の星見(ほしみ)共がぬかしていたが、今度ばかりは奴らの予見が的中したのかもしれぬな」 ダークネシオスの開いた背甲防水隔壁から身を乗り出した純友は、拱手した姿勢で光の柱を凝視していた。 坂東から齎された報せは、彼の野望を激しく掻き立たせていた。「平将門、遂に兵を挙げ、敵を鎧袖一触せり……か」 海原に昇る太陽の欠片が線を引く。箒星の光の柱は消え、次第に宵闇が追い遣られていく。 彼の元には『野本の戦い』及び『川曲の戦い』に小次郎将門が大勝し、更に現在、下野国府を挟んで上総上野常陸を束ねる平良兼の軍団と一色触発の状況にあること、そしてその戦因が所領と女難の絡みであることまで伝わっていた。朴訥なまでに真っ直ぐな瞳をした男が怒りを爆発させたことに、錆び付いた時代の歯車が軋みを上げて回転をし始めた気がした。 今一度、将門に会ってみたい。 自分の野望を成し遂げる道標として、その坂東武者との再会を熱く念じていた。「頭、潜航開始。隔壁閉鎖願います」 紀秋茂が船室奥から、砕ける波涛に抗し声を張り上げる。「相分かった」と呼応し艇内に滑り込んだ純友の心中は、切なるまでに将門との邂逅を願う心が渦巻いていた。 晩冬の乾いた大地に濛々たる土煙を上げて、鋼鉄の角を備えた獣が攻め寄せる。ハイブリットバルカンを備えた黒の動く要塞と、国香石田荘の残存部隊のレッドホーンの混成部隊が、轡(くつわ)を並べ地響きを轟かせて突進する。待機する村雨ライガーの操縦席から敵陣を俯瞰し、小次郎は思わず感嘆の声を上げていた。「流石は良兼叔父、一糸乱れぬ見事な陣形だ」 鎌輪勢のゾイド群が主に高速型であることを鑑み、上野の軍は機動性に劣るダークホーンに密集隊形を採らせて来たのだ。 小次郎は、前衛で共に構えるソードウルフを後退させ、唯一機のみ敵前に姿を晒した。低い唸り声が響く。鋼鉄の獣は臆することなく、闘志を滾らせているのだ。「行くぞ、村雨ライガー」 碧い獅子が勇躍する。ハイブリットバルカンの銃身が一斉に回転し火力を集中する。一見無謀にも見える戦法だ。しかし豪雨の如き弾丸の曳光は、全て獅子の遥か後方の大地を穿つばかりであった。 良兼が密集隊形を選択してきた時点で、小次郎は戦術を変えていた。 圧倒的兵力差を埋めるには、敵兵力を分断し各個撃破するのが定石である。だがそれを見越して敵部隊が編制して来たのであれば、少しでも攪乱させて陣形を崩す他ない。 村雨ライガーが将門の乗機なのは周知の事実であり、将自らが先陣を切って跳び出せば、必ず攻め方に動揺が生じると踏んだのだ。 小次郎の目論見通り、ダークホーン、レッドホーンの混成部隊は見事に混乱した。ダークホーンのハイブリットバルカンは、本来後方から停止若しくは低速で発射する支援攻撃火器である。それをレッドホーンと共にクラッシャーホーンを突き立て突進したため、高速移動しながらの攻撃では照準を定める事も困難であった。ましてや通常の高速ゾイド以上の運動性を持つ村雨ライガーを捉えることは不可能であり、混戦の最中忽ち隊形は崩れ去っていった。 それは直近に野本、川曲と戦に挑んだばかりの小次郎と、永く官職の介の位に就いて戦への鍛錬を怠っていた良兼との差でもあった。 小次郎は乱戦に突入しつつも、頻りに良兼の操るダークホーンを捜していた。そして右翼より二機目のダークホーン腹部に、掠れてはいるもののディオハリコン塗料で描かれた二本の帯を目視し、それが敵将良兼の乗機と確信する。背後に構える味方の布陣の支援砲撃の射角外にいることを確認すると、無線機に鋭く告げた。「員経、経明、突撃砲撃て!」 後衛に伏していた二機のディバイソンが同時に立ち上がり、崩れたダークホーンの群れに十七門突撃砲の砲火を注いだ。ダークホーンにせよレッドホーンにせよ、その重装甲は突撃砲砲弾の直撃を受けても容易に貫かれることは無い。しかし、舞い上がった濛々たる砂塵で視界を遮られた。 白刃が煌めく。 ガシャッ、という金属の塊が落下する音が響いた。 展開したムラサメブレードが、自機の最も近くにいたダークホーンのハイブリットバルカンを基部ごと切断したのだ。有り余るゾイドコアの熱量を放熱する為か、碧き獅子の鬣が黄金色に輝いている。鬼神の如き碧き獅子の形相に、上総と繋がりの薄い伴類のゾイドが這う這うの体で逃げ去って行った。 戦いつつ、小次郎は野本の戦の憂いを思案していた。非は相手にあり、知らぬとはいえ、常陸の伯父国香を殺めてしまった。今回の戦の相手も、義父である良兼を討つことは、妻良子にとってもどれほどの痛みを強いることであろうか。また良兼の側でも下野国府付近に長く留まり戦端を開くことを躊躇っていたのも、小次郎と戦う事への逡巡であると覗わせた。 多岐という初孫が生まれ、祖父として孫の顔を見て、そのあどけない体を腕に抱きたいと願うのが人の情であろうと。 殺したくはない。 後方からソードウルフとディバイソン二機が攻め上がる。ダブルハックソードを閃かせる剣狼は、そんな小次郎の迷いを断ち切る如く敵のウネンラギアを薙ぎ払った。「まずは御身をお守りください」 桔梗の声が操縦席に鳴り響く。我に返って正面を凝視すると、眼前にはアイスブレイザーが接近していた。 骨肉の争い。同族相争う虚しさ。「良正叔父、未だに仇為す御積りか」 答えが返るはずもないと判っている。小次郎は憂いを込めて叫んでいた。
ヘルブレイザーとムラサメソードが火花を散らし斬り結ぶ。体格に勝る村雨ライガーに、アイスブレーザーがヘルウィングを昆虫の飛翔翅の如く展開し、間合いを取って着地する。最高速度390qの優速を生かし、執拗に斬りかかる黒い猟犬を受け止めつつ、小次郎はじりじりと部隊を進めて行った。 小次郎は、敵の陣形が次第に下野国府を背にして集結していく様子に気付いていた。(叔父達の目論見はこれだったのか) 攻め手である小次郎達のゾイドが、流れ弾等によって背後の国府を損なえば、天上人への逆賊と見做され揺るがぬ追捕の理由となる。戦術では敵わぬと見て、老獪な戦略を取り鎌輪勢を陥れようとしているのだと看破した。「員経、経明、ディバイソンの射角に留意せよ。国府に当ててはならん」 強力な破壊力を持つ十七門突撃砲の射撃を抑えると同時、その伝達により敵の真意を味方勢にも知らしめた。兄の言葉を理解した三郎のケーニッヒウルフは、国府の土塀とは平行となる射撃に移行する。高い貫通力を誇るスナイパーライフルが、猶も数機のブロックスゾイドを貫き国府の堀に残骸を叩き込む。既に開戦当初から上野勢より数十余りの伴類が抜け出し、一部は恥ずかしげもなく小次郎の後衛に付こうとまでしている。 突然、抜け出したブロックスゾイドが切断されごろごろと転がった。白刃の如きフェザーカッターを煌めかせ、菫色の孔雀が舞っている。「良子、なぜ来た」 怒号とも狼狽とも取れる声で小次郎が叫ぶ。あなた様、これは私と父との業でもあるのです。妻として夫の言いつけを破った事、言い訳などしません。ですが私は私の心を示すことで、父との確執に決着をつけたい。どうか、どうか、お許しください 甲高くレインボージャークが啼く。操る者の決意を汲み取るかの様に。(所詮は同じ血を受け継ぐ者、良子とて坂東の女なのだ)「二度と出過ぎた真似はするな。だが来てしまったものは止むを得まい。良子、良兼叔父のダークホーンを捜せ。出来れば包囲し捕獲する、良いな」はい 応じる声に安堵の気持ちを読み取る。夫が、父を討つつもりの無い事を聞いたからだろう。村雨ライガーの直上を舞うレインボージャークの尾羽が、太陽光を透かして旋回していた。 戦況が僅かな切っ掛けによって激変するのは常である。上野勢の後陣で部隊が崩壊を始めた。先頭を切って走るのは、黒い虎型ゾイドであった。「太郎貞盛、逃げるのか」 しかし、口をついて出た言葉とは裏腹に、小次郎も又心中で安堵していた。竹馬の友と言える従兄貞盛を討つのもまた、小次郎の本意ではなかったからだ。あなた様、ダークホーンが国府青竜門に殺到して行きます そんな良子の報告を聞くまでもなく、戦況は完全に崩れて行った。 一度崩れた部隊は止め処なく崩壊し、一斉に国府に向かって雪崩れ込む。固く閉門していた扉を突き崩し、ダークホーンが、レッドホーンが、ジークドーベルが、そしてブラストルタイガーが我先に国府敷地内に入り込んで行く。打ち破られた門扉の裏側に、パイルバンカーを装備した国府警護のゴドスが二機横たわっていた。「叔父の部隊を逃がすな。北門は俺が守る、東門に孝子と将頼、残りは南門だ」 剣狼王狼の二匹の狼が駆け抜ける。経明のディバイソンは味方の伴類を引き連れ南門に向った。被害は意外に少ない。圧倒的兵力差にも関わらず、鎌輪勢はほぼ無傷のままであった。だが、泥に塗れ、硝煙の匂いが染みつき、国府を包囲するにも喘ぎながら走るゾイドの姿は満身創痍と言うに等しいものであった。 一方、広大な敷地を有する下野国府の官人達は、降って湧いた災いに戦々恐々としていた。雪崩れ込んだ上野勢を退去させる手勢はない。そして鎌輪勢を防ぐ程の兵力は更にない。平将門率いるゾイドが常陸石田荘を完全破壊したのは坂東各地でも記憶に残っている。同種の攻撃を受ければ、満足な警護のゾイドを持たぬ国府など一溜りも無い。天上人への叛逆が容易に為されぬもととは知りつつも、坂東の無頼と思われる平将門を前に、国司以下多くの官吏は震えあがっていた。 玄武の描かれた北門に村雨ライガーが差し掛かり、既にそこが伴類によって充分に閉ざされていることを確認すると、小次郎は主君の意を察して逸早く西門を固めていた伊和員経のディバイソンの元へと向かった。 鋼鉄の猛牛が、超硬角を怒らせて西門を睨んでいる。村雨ライガーを寄せ、風防を開いた。「西門を開くぞ」「今、何と仰られた」 聞き取れたが故に、員経は納得の出来ない表情で問い返す。だが小次郎が嘆息をつくと、忠実な上兵は瞬時に主君の意を理解していた。「義父(ちち)上でありましたな」「そういうことだ。退くぞ」 小次郎に呼応し、ディバイソンが西門の前から去って行く。目溢しを狙って群がっていた味方伴類ゾイドを追い立てつつ、村雨ライガーとディバイソンは西門の前から全ての手勢を撤退させていった。そして国府内から外の様子を覗っていた上野勢に、西門の囲みが解かれたことは電撃の如く伝わり、今度は西門から我先に脱出する部隊が相次いだ。その中には、他ならぬ良兼のダークホーンや良正のアイスブレイザー、貞盛のブラストルタイガーも含んでいる。 上野勢が去って数刻した後、正式に手順を踏んで国府に参内した小次郎の眼に入ったものは、無数のゾイドに踏み荒らされた敷地の惨状であった。「此度も記録は取ってあるな」 デュアルスコープを跳ね上げ三郎が頷く。「国司殿に報告するが、事が事だ。四朗と、菅原景行公にも御足労を願おう。申し開きは俺がする」 村雨ライガーの風防を上げ、良兼の群が去って行った遥か彼方を睨む。 菫色の孔雀が舞い降りた。「あなた様」 良子もそう言ったきり、無言であった。『下野国府の戦い』は、三度目にして三度目の圧倒的勝利の元に終決した。これにより厭がおうにも平将門の坂東での名声は高まり、逆に桓武平氏の棟梁たる平良兼の権威は大いに失墜した。増して西門を解かれ甥に見逃されたとあって、屈辱は如何程であるか計り知れない。その屈辱が、形振り構わずの復讐心となって襲う事になるとは、未だ平将門には思い及ばずにいたのであった。
下野国府の戦いより一箇月経過した頃の下総。 丹色の狼がやや速足で駆けていた。 狼の足取りが止まり、空を見上げる。 そこに、玻璃の翼を持つゾイドが飛んでいた。「レドラー……ソラの連中が来たんだ」 桔梗は、ソードウルフでの領内巡察からの帰路、鎌輪の館に向かう螺鈿色の飛行ゾイドを目にした。 薄らと航跡を曳いて旋回していく。高度を下げ、次第に翼を忙しく羽ばたかせつつ着地点を探っている。 希少種の飛行ゾイド来訪に、鎌輪の館の住人を含め、周囲の百姓衆も一斉に空を見上げた。その来訪が何を意味するか、桔梗には察しがついていた。「平小次郎将門を、師走廿九日付にて検非違使庁に召喚する」 小次郎を先頭に桔梗を含めた家人が平伏する館の間に、左近衛府番長(つがいのおさ)英保純行の朗々とした声が響く。 筆頭の英保純行と、随行の英保氏立及び宇自加友興両名が齎した藤原忠平名義での太政官符は、予想した如く源護による告訴状であった。 告訴状が出された場合、被告の小次郎も原告の源護も検非違使庁に出廷しなければならない。桔梗は小次郎が館を離れることに一抹の不安を感じたが、目に見えて頼もしく成長している五郎将武ら弟達を思い浮かべ、延々と読み続ける官符文面を詠唱の如く聞き流していた。 一通り召喚状を読み上げた英保純行が、畏まる小次郎に声をかける。「滝口の小次郎将門、これとは別に師氏様よりの御伝言がある」 これまでの厳かな口調と異なり私信であることを匂わせる。思わず顔を上げた小次郎が、螺鈿レドラーに反射した光に眩惑され、一瞬目を細める。「藤原師氏様で御座いますか」 蔵人頭として仕える、関白太政大臣忠平の息子の名だ。だが桔梗が師氏と小次郎との旧交を知るはずもなく、平伏しつつ淡々とその遣り取りに耳を欹てることとした。「我らが坂東に下向するとの報せを聞き付け、御伝言を頼まれた。『都に上ったら必ず訪ね旧交を温めようぞ』と。しかと伝え申したぞ」「勿体無い御言葉に御座います」 返答する声が僅かに震えている。嘗ての上司が、未だ自分を忘れていなかった事に感動を覚える、朴訥とした坂東武者の姿がそこにあった。 通達を終えると、3機の螺鈿色のレドラーは長居することなく飛び立っていった。 次に向かうのは源護の館に相違ない。玻璃の翼を見上げつつ、小次郎は鬱々とした感情を逆巻かせていた。「出立は何時に」「明日には出る。三郎、下野の戦の記録を準備しろ。村雨ライガーとディバイソン、そしてソードウルフにレッゲル補充だ。レインボージャークを引き出せ、俺がもう一度やってみる」 小次郎は再び挑む覚悟だ。何度試みても意の如く操れないゾイドを手懐ける為に。これまでもの打撲や擦り傷の類は何度も負っている。それでも小次郎は繰り返そうとしている。 桔梗は最早居た堪れなくなった。「小次郎様」 馬場に引き出された菫色の孔雀に向い歩み出した小次郎に、桔梗は駆け寄った。「何故にレインボージャークに拘るのですか。海路を使って上洛しても宜しいでしょうに」 小次郎は未だに駄々をこねる幼子のようなゾイドを見つめ、一言ずつ言葉を区切り応える。「一刻も早く上洛し、身の潔白を示したい。坂東武者には坂東武者の誇りがある。源家三兄弟のこれまでの所業や、叔父上達の不当な領地の略奪行為を露わにし、理は我にあることを正々堂々主張したい。そして申し開きの後すぐに戻る為、レインボージャークが必要なのだ」 澱みない瞳でレインボージャークを見据え、歩みを止めない小次郎の横顔を桔梗は見つめた。意を決して声を上げる。「操る事はできます、レインボージャークを」 小次郎の歩みが止まる。勢いよく振り返り、桔梗の両肩を強く掴んだ。「まことか」 桔梗が頷く。「略奪したゾイドを従わせるため、その活動を制御できる特殊な装置を所持していました」「なぜすぐに伝えてくれなかった。さすれば俺もこんなに苦労をせずともよかったものを」 増々両手に力が入り、思わず桔梗は顔を顰める。対照的に、小次郎の眼には喜びの感情が満ちていく。「ゾイド本来の野生的な能力は低下する故、軽々しく供する事を躊躇っておりましたが、これ以上将門様が傷つくのは耐えられません。ゾイドに苦痛を与えるものの、是さえ装着すれば。人の操縦を嫌でも受け入れさせることができます」 掴まれた両腕の痛みの為、桔梗は思わず本音を漏らした。「それに、私が良子様のゾイドを扱うのが心苦しく……」「何を言うのだ、桔梗らしくもない」 小次郎は桔梗を激しく揺さぶった。まるで豪胆な戦友に接するように。 桔梗は心の中で、深い深い溜息をつくのであった。「孝子殿、お館様をお願いします」 乳飲み子多岐を抱いた良子が、頭部を思いきり下げたレインボージャークの下で見上げている。母として穏やかな微笑みを手向ける裏で、妻として最愛の夫を別の女性に預ける口惜しさが滲み出ていることに、桔梗は気が付いていた。「良子、案ずるな。孝子のゾイドの腕は秀逸だ。必ずすぐに戻ってくる。 員経、主がディバイソンにて到着するのを一足先に都で待っている。取り敢えず興世王殿の館に伝言を頼むつもりだ」「須賀家の大江弾正藤原重房殿の湖賊と連絡を取り、一刻も早くディバイソンだけでも駆けつけます。殿の御無事をお祈りしております」 厩の中で、村雨ライガーが寂しげな顔をしてレインボージャークを見つめる。「村雨ライガーよ、暫しの別れだ。俺の留守中の守りを頼む」 小次郎の声が聞こえたのだろう。碧き獅子は甘えと悲しみとが絡み合った唸り声を上げる。「桔梗、頼むぞ」「はい」 理不尽な想いが駆け巡る。(なぜ孝子≠フ名で呼んでくれぬのだろう。その名は群盗時代の名前に過ぎないのに) 複雑な感情を抱きながら、菫色の孔雀は坂東の地を飛び立った。 都まで二日の旅路である。長く伸びるレインボービームテイルが日差しを透かして輝いていた。
雲海を抜けるたび、フェザーカッターの先端から白い航跡(ベーバートレイル)が伸びていく。 小次郎は操縦席の加圧により何度も聴覚に圧迫を覚え、その都度耳抜きの為に鼻を摘まむ。前を見れば、操縦桿を握る桔梗は身動(みじろ)ぎもしていない。(俺は空飛ぶゾイドなど殆ど乗ったことはないからな) ゾイドを狩る群盗として、飛行ゾイドも操って来たのだろう。無言で進路を見つめる華奢な背中に、絶対の自信が感じられた。 検非違使庁に参内することは、世辞にも弁が立つとは呼べない小次郎にとって気が重かった。加えて、都は嫌な思い出が残る場所である。 早々に訴訟を終え、坂東に戻りたい。 愛機村雨ライガーと離れ、制御装置を組み込み無理やりレインボージャークを動かしてまで京に向かったのは、小次郎がそれほどまで早々の帰郷を願ったからである。 しかし歴史は、人の想いなど無慈悲に踏み躙るのであった。 厄介な物体は前触れもなく飛来する。 二人は、風防越しに頭上が異様に明るくなることに気付いた。 突然、目も眩む閃光を放つ大火球の飛跡がレインボージャークの前方を追い越して行く。「なんだあれは」 小次郎は思わず声を上げた。直後に激しい衝撃波が機体を襲う。 機体異常を示す警報が鳴り響く。 天井の風景が目まぐるしく回転した。菫色の孔雀は忽ち錐揉み状態に陥る。 桔梗は機体の水平を保とうと操縦桿に必死にしがみ付く。数度の横回転を経て、安定を取り戻した機体の風防越しに見えたのは、天空に残る二筋の巨大な永続痕であった。 二人は期せずして同じ言葉を発する。「……神々の怒り」 この惑星に栄えた高度な文明と社会を根こそぎ破壊した、宇宙からの災厄の呼び名であった。 レインボージャークの進路を横切って飛来した隕石は、「神々の怒り」に連なる軌道を乱された小惑星の破片である。 当時のゾイド恒星系は、銀河系の竜骨座アーム星域に突入していた。直径8万光年(ダークハローを含めれば直径20万光年)の直径をもつ銀河系は、約2億年の周期で一回転をする。銀河系が形成する渦巻き状の腕には、それぞれ十字架座アーム、定規座アーム、ペルセウス座アーム等と呼ばれる星間物質密度が高い星域が幾つもあり、各アーム上を恒星系が通過する際、その惑星軌道の最外殻に存在するカイパーベルトおよびオールトの雲が激しく刺激される。惑星大異変、そして「神々の怒り」という宇宙規模の天災は、銀河系の回転運動に起因していた。「あの方角には、都が」 錐揉みによって方向感覚を失っている小次郎には、桔梗のその方角が正しいのかはわからない。「そうなのか」「はい」 漸く安定飛行に戻ったレインボージャークの中、不吉の前兆の様な白い痕を、二人は身動ぎもせずに睨んでいた。 ぼろぼろの衣を纏った一人の乞食(こつじき)僧が、飛来する隕石雨を見上げて口遊んだ。「極楽は はるけきほどと 聞きしかど つとめていたる ところなりけり 平将門とはいかなる武者か。一度、面を合せてみしょうぞ」 鹿の角を付けた錫杖を持つと、僧は天空に伸びる軌道エレベーターの麓に向い歩を進めて行く。目深に被った破れた編み笠の奥、宗教家には似つかわしくない鋭い眼光が浮かんでいた。 桔梗の予測は半ば的中した。 大気圏を通過した直径4丈程の石鉄隕石は、落下の途中大気の摩擦熱によって破砕され、数百の破片となって海域を含む都周辺に降り注いだ。 幸いにして、建設途中の軌道エレベーター施設に直接の被害はなかったものの、大気の摩擦による衝撃波は文字通り都全体を揺るがした。そしてそれは、今しも上洛して来る坂東武者の存在と同一視されたのだ。 平将門が破竹の勢いで坂東で名を馳せていることは既に都にも鳴り響いていた。閉塞した藤原政権への皮肉も込めて、諸氏の間でも小次郎を絶賛する声は上がっていた。その上洛に伴い飛来した宇宙からの侵入物は、恰も小次郎を召喚した検非違使庁、そしてそれを統括する太政大臣藤原忠平への神の怒りに違いない、と声高に唱える人々が巷に溢れ出したのだ。「平将門には八幡大菩薩が憑いている」「いや、将門に憑いているのは火雷天神道真公の御霊だ」「流星であれば、北辰の妙見菩薩に違いない」 噂の背後には、都の大衆の動揺を画策する藤原純友配下の傀儡衆の煽動もあった。だがそれは、純友の思惑をも遥かに越えて瞬く間に都に広がって行った。――もし平将門を追捕すれば、その祟りは天空を揺るがし、再び「神々の怒り」を引き起こすのではないか。 大衆と、そして慣習に縛られ硬直化した公卿も、上洛する坂東武者に畏敬と戦慄を抱く。そしてその内部では、早々に小次郎への恩赦の手段を講じる論議が湧き上がってきたのである。 一日遅れでアースポートに到着したレインボージャークは、小次郎達が驚くほどに圧倒的な歓迎を受けた。それは藤原忠平がギルドラゴンを持って下向した時にも勝る賑わいである。事態の呑み込めない小次郎は、出迎えた中、唯一見知った顔の人物に駆け寄った。「興世王殿、一体これは何の騒ぎで御座いますか。私たちの他に、誰が御到着されるのですか」「そなたは相も変わらず朴念仁のよう。これは他ならぬそなたへの歓迎の宴だ。坂東の勇者、平小次郎将門殿へのな」 まるで我が事の如く語る興世王を前に、小次郎と桔梗はただ立ち竦む。 桔梗の予測のもう半分は、大きく外れた。 平将門は、都の民の大歓迎を受けることとなる。