【広告】楽天市場にて 母の日向けギフト値引きクーポン配布中

ゾイド系投稿小説掲示板

自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。

トップへ

投 稿 コ ー ナ ー
お名前(必須)
題名(必須)
内容(必須)
メール
URL
削除キー(推奨) 項目の保存

このレスは下記の投稿への返信になります。内容が異なる場合はブラウザのバックにて戻ってください

[412] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-G 城元太 - 2013/08/30(金) 18:50 -

 良子はレインボージャークに語りかけた。

「なぜあなたは、私を乗せて飛んでくれないの」

 度重なるパラクライズによって、レインボービームテイルは封印されている。しかし、飛行能力を司る風切り羽<フェザーカッター>は拘束を免れ、時折ゾイド自らの意志で羽ばたく仕草を繰り返していた。鋼鉄岩(アイアンロック)の里から、戯(たわむ)れに父が携(たずさ)えて来たゾイドである。郎党が何度か試みて、数回空を舞ったものの、まるで大空に飛翔するのを恐れるが如く、この孔雀型ゾイドは頑(かたく)なに飛ぶことを拒(こば)んでいた。
 あれから何度乗ってみても、やはりレインボージャークは飛び立つことはなかった。
 それは自分がゾイド乗りとして未熟である証しでしかないと、良子は考えていた。
 では優れたゾイド乗りとはどんな者か。

(将門兄さま――)

 想い描くのは、数年ぶりに再会し、凛々しい坂東武者に成長していた従兄の面影ばかりだった。

          *******

「良子殿には、我が源家の長兄扶(たすく)との婚儀の話を進めます」

 冷たく言い放つ源小枝(みなもとのさえ)の後ろには、娘と側室との鬩(せめ)ぎ合いに困惑する良兼の姿があった。

「お父さま、良子はそんな話一度も……」

「武家の娘の役割を知らぬ齢でもあるまい。近隣に姻族を増やし、地縁を盤石なものにする。その覚悟無くして、今まで良兼殿に育てられてきたとは仰るまいな」

 背後で申し訳なさそうに視線を逸らす父がいる。予てより、初老になって若い側室に籠絡されている父に怒りを感じていたが、今は怒りを通り越し憐憫の情を抱いた。地縁の大切さはわかっている。だが、自分と同い年の義母に、こうまで明け透けに命じられるのは如何にも癪に触った。良子は有らん限りの皮肉を込めて、丁重に返答した。

「御側室小枝(さえ)様に申し上げたき事が御座います。私平良子も坂東武者の娘である以上、ゾイド捌(さば)きに秀でた者の元へ嫁ぎとう御座います」

 小枝が鼻腔で短く息をつく。

「兄上はバーサークフューラーを操る優秀なゾイド乗りである。源家の後の惣領としても、また良子殿の婿として遜色はない」

「ならば御側室様に御伺い致します。
 先日鎌輪にて、源家三兄弟が平将門殿に完膚無き迄に叩きのめされた事は御存知ですか」

 息を呑み、言葉を失って立ち竦(すく)む小枝の後ろで、相変わらず狼狽する良兼の姿がある。小枝の顔は真っ赤に染まり逆上寸前である。だが良子は執拗だった。

「聞けば整備不良のケーニッヒウルフに、手負いのソードウルフしか援護の無い将門様は、見事に村雨ライガーを操り源家の竜どもを叩き伏せたとか。これぞ坂東武者でございます。さすが将門兄さまですねえ、お父さま」

 その呼び掛けは、良子が最大の嘲りを込めて投げた一言であった。堪らず良兼が割って入る。

「良子、いい加減口を慎め。小枝や、今日はこの辺りにして……」

 怒りのあまり声を発することの出来ない小枝の背中を押し、良兼達は回廊を去って行く。二人が去ると、内衣(うちぎぬ)を抱えた実母陽子が、良子の間に入れ違いにやってきた。

「その頑固さは誰に似たのだか」

 諌めの言葉の裏には、若い側室の傍若無人さを叩いた小気味良さが滲み出ている。

「だって母さま、良子は事実を言ったまでです。将門兄さまのほうが、ゾイド乗りとしては強いのは本当でしょ。良持伯父さまと、お父さまは母違いです。ならば将門兄さまの処に嫁ぐ事こそ、武家の娘として正しいとは思いませんか」

 母は穏やかに応じていた。

「良子や、武家の娘に想いなどあってはならぬ。確かに将門殿は秀でたゾイド乗りですが、今は源家との結び付きを強めることが必要です。女は道具に過ぎぬ、それは私も、そして小枝殿もね」

「そんなこと、良子は嫌です」

 良子は立ち上がり、内衣を畳む母を見て告げる。だが母は冷静であった。

「あなたが小次郎殿を慕っているのは、母とて女ゆえわかります。だが所詮一時の感情です。何より相手がどう想っているか、確かめたのですか」

「それは……」

 良子は途端に意気消沈し、その場に座り込んだ。

(兄さまは、京より戻った時、館に孝子という美しい姫を伴って来たと聞いている。その姫はゾイドの扱いにも長けていて、源家の竜を将門兄さまと息の合った攻撃でたちまちの内に捻じ伏せたという。まさか兄さまは、その孝子という姫と既に契りを結んでしまったのでは)

 揺れ動く乙女の青い心は、瞬時に山の頂から水の底まで落下する。そしてその代償として、心中に都合の良い幻想を思い描くものである。良子は母に聞かれるのも気にせず、その幻想を口にしていた。

「もし将門殿が良子をさらってくれれば、父上も考えを変えるでしょうに。母さまも、そうしてお父さまに迎えられたのでしたのだから」

「またそのような絵空事を。もはや略奪婚など許される時代とは違うのですよ」

 母はただ笑うばかりであった。
 だがそれは、図らずも良子が想い描いた絵空事ではなかったのである。

         ********

「玄明、なぜお前が良兼殿の館の見取り図を持っているのだ」

 広げた図面には、詳細な間取りが描かれている。小次郎は改めて、土豪藤原玄明(はるあき)の顔を見た。

「余計な事は問わぬものよ。少なくとも俺は、坂東名家の館(やかた)図全てを手に入れている」

「鎌輪もか」

「この館には奪うに目ぼしき物も無き上、生憎持ち合わせておらぬ」

 どこまで真実かは知らないが、玄明は怪しげな笑みを浮かべ、服織(はとり)の館図を指示(さししめ)していた。

「良兼のダークホーンは普段馬場の奥に繋がれている。起動にこそ時間がかかるが、鈍重なゾイドと思って侮るな。奴の瞬発力は並ではない。さて、女房衆の控えている間にどの様に潜入するかだな」

 小次郎は事も無げに答える。

「俺が村雨ライガーを館の外で暴れさせ、その隙に良子殿の間に押し入り連れ去るつもりだが」

「呆れた奴だ。主(ぬし)のゾイドは勝手に暴れてくれるのか」

「気心の知れた奴よ。ゾイドと武士とは一体だ」

 自信に満ちた言葉に、玄明もそれ以上追及することはなかった。

「わかった。主達の絆とやらを信じよう。だが問題はその後だ。騒動が起きれば館も厳重に閉門されるだろう。入るは易いが出るは難いぞ」

 小次郎は暫し瞑目し、再び馬場を指差した。

「良子殿のレインボージャークを奪い、脱出しよう」

 あの談判の日に見た菫色の孔雀であれば、飛翔して土塀を跳び越えられると小次郎は考え、その策を打ち明ける。

「使用可能であれば、尾羽を展開して例のパラクライズを発射する。さすれば叔父殿のゾイドも傷つけずに脱出できる」

「大丈夫か、その孔雀は未だに飛べぬと聞くぞ」

 小次郎は立ち上がり、玄明に背を向けると肩越しに振り向いた。

「お前は惚れた女が他の男に嫁ぐのを、指を咥えて見過すのか」

 刹那の沈黙。そして湧き上がる哄笑。傍らに立ち上がり、思いきり小次郎の背中を叩き付けた。

「主も一皮剥けたようだな」

「お前にとやかく言われる筋合いは無いぞ」

 執拗(しつこ)く背中を叩き続ける剛腕を、小次郎は立ち所に捻りあげる。

「こりゃ堪らん。勘弁だ、勘弁……。ふう、腕が引き千切れるかと思ったぞ。
 ところで小次郎、源家の長兄から嫁を奪うとは、完璧に源家を敵に回すことになる。あの姫様――彩と言ったか――は諦めるのだな」

 小次郎は一瞬だけ、青く烟(けぶ)る筑波の嶺を見つめる。
 心は決まっていた。
 あのひとは、仕官叶った太郎貞盛が幸せにしてくれるだろう。
 直ぐに玄明に向き直る。

「決行は新月の今宵だ」

 武骨な坂東の男が、小さくも、己にとっては大きな野望を胸に奮い立っていた。

[413] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-H 城元太 - 2013/08/31(土) 17:28 -

 略奪婚は古く東方大陸の俘囚の地で行われてきた風習であり、南島の一部の土俗の間では依然継続されていると聞く。
 だが易姓貴族の末裔であり、卑しくも一族の惣領にあたる小次郎がその土俗の風習に倣うのは如何にも乱暴だった。
 加えてこの場合の略奪婚とは、各部族内にも一定の規則に従い行われ、奪われる女性側の家に事前に通知して後、日時を指定せずに決行されるものなのだ。
 よってあまりに身分不相応であり、素性に問題がある男性に対しては親族から断固として拒否され、場合によっては国衙や郡司に訴えられた。
 ところが小次郎と良子の場合に限ってみれば、家柄も近く、或る意味同族内での出来事として訴訟までに至る事は考えられない。
 但し、先に良兼の正室陽子が語ったように、既に所領を構え地縁を固めようとする土着の武士団にとっては、安易な略奪婚によって貴重な血縁を奪われることは大きな損失となる。
 これもまた暗黙の裡に「高貴な出自を持つ者は、下賎な行いは慎む」という習いにもなっていたのだ。だが、小次郎はその暗黙の掟を破ろうとしている。今回は時間が無かったのだ。
 心の何処かに後ろめたい物が閊えていたが、それさえも突き破るかのような熱い想いが込み上げた。
 運命の人、などと軽々しく表すつもりはないが、最早それ以外に表しようもなく、良子に魅かれてしまったのだ。
 自分を愚かと思う。
 藤原玄明にも同じことを言われた。「主も大馬鹿者だ、そして男は皆大馬鹿者だ」と。
 そして「馬鹿な事をどこまで真剣に成すかによって、男の器量は決まってくる」とも。物を知っていないようで、妙なところで真理を衝いてくるのが不思議だった。足音を忍ばせて進む村雨ライガーがまた憤(むずか)る。

「お前だけが頼りなのだ、しっかりやってくれよ。それから、くれぐれもムラサメブレードを展開して暴れてはならぬぞ」

 操縦桿を握りながら気持ちを込めて宥め賺す。碧い獅子は若干不機嫌そうな唸り声をたてたものの、再び歩調を整えて歩んでいった。
 服織の館に到着する。月は隠れ、満天の星空が広がる。小次郎は時間と共に村雨ライガーが行動を開始するよう調整すると、自らは叢に潜んだ。
 鎌輪でこの事を知る者はいない。玄明も、この様な事に関しては口は堅い。三郎には「夜駆けにいってくる」とだけ告げて来た。訝しむ様子もなく「御注意くだされ」とだけ言うと、ケーニッヒウルフの修理を続けていた。ただ気になったのは、夕刻妙に桔梗が行先を尋ねてきたことだった。

「今宵はどちらかにお出かけですか」

「ああ、少しな」

 気が利いた応答が出来ず、口ごもるその様子に、敏感に何かを感じ取ったような気がした。

(やはり群盗の女頭目だけあって鋭いな)

 それが己を慕う女の感であることに、小次郎は未だ気付いてはいなかった。

 時ならぬ咆哮が、辺り一面に響き渡る。

「頼んだぞ、村雨ライガー」

 主(あるじ)を乗せることにより能力を発揮するのは、ゾイドによって個体差がある。村雨ライガーほどに使い込まれると、自ずと主の意志を理解し行動できるようにもなる。だが、咄嗟の状況に応じた判断能力は、やはり操縦者の搭乗時と比べれば劣ってくる。村雨ライガーは主の謂い付けを守り、ムラサメブレードを納めたまま、単調に咆哮して走り回るだけであった。わらわらと館から鋼鉄の獣が現れる。

「マーダーか。少し厄介だな」

 ダークホーン出撃の露払いとして、3機の小型ゾイドが出現した。旧式のゾイドだがホバリング機能を有し、最高速度は村雨ライガーを遥かに凌駕する。

「なんとか時間を稼いでくれ」

 その間に、小次郎は玄明から借り受けた侵入道具一式を使い、服織の館の土塀を越えた。玄明の見取り図通りに館に侵入すると、外の騒動を聞き付けた女房衆が、木戸の隙間から顔を出して覗っていた。

 いた。

 薄い紅色の内衣を纏った乙女が、不安そうに村雨ライガーの方向を眺めている。傍らにいるのはその母陽子であった。

「良子殿」

 暗闇から忽然と現れた想い人に、良子は唖然として見つめ、そして次には満面の笑顔を浮かべた。

「将門兄さま、良子を奪いにいらっしゃったのですね」

「そうだ、今宵あなたをさらいに参った。母殿、御免」

 陽子の目の前で、小次郎は内衣姿の良子を小脇にかかえ駆け出していた。呆気にとられていた母は、玉響に呟いた。

「若いって、素敵ね」


 馬場からは丁度ダークホーン部隊が出撃を終えた頃合いであった。残るは菫色の孔雀のみである。

「良子殿、レインボージャークの起動は出来ますか」

「え? はい、できますが……。兄さま、このゾイドは未だに飛べません。館から逃げることもできません」

「やって見なければわからぬだろう。それに良子、これからは兄さま≠ナはなくなるのだぞ」

 その言葉に、良子は胸が篤くなった。想い人によって願いを遂げられる喜びが、怒涛の如く流れ込んで来たのだ。
 足場によじ登り、レインボージャークの風防を開く。狭い操縦席に跨る広い背中に、良子は思いきり抱き着いた。

「用意は良いか」

「はい、あなた様」

 小次郎もまた、その初々しい言葉の響きに気持ちが高鳴った。操作盤に電源が入る。

「村雨が危ない」

 良兼の率いるゾイド群が、孤軍奮闘する碧き獅子を次第に追い詰めている様子が判る。事態は一刻を争う。

「飛べ、レインボージャーク」

 操縦桿の操作に従い、馬場から走り出した菫色の孔雀は、しかし以前と同じように飛び立とうとはしなかった。

「お願い、私達を乗せて飛んで」

 良子は小次郎の背中越しに叫んだ。
 風切羽<フェザーカッター>が僅かに羽ばたいた。

「飛べ、レインボージャーク、頼む」

「レインボージャーク、お願い」

「飛ぶんだ、飛んで我らを解放(ときはな)ってくれ」

「お願いです、飛んで」

「飛んでくれ」

「飛べ」

 二人の叫びが重なった時、菫色の孔雀は拘束されていたレインボービームテイルの枷を弾き飛ばした。
 甲高い喚声を上げると、左右の翼を一斉に伸ばし思いきり羽ばたいた。助走をつけ、大地を力強く蹴って行く。二人は身体に心地よい浮遊感を覚えた。

「浮いた」

 ふわり浮かぶと、マグネッサーウィングを輝かせ、一気に空中に身を躍らせる。初めての飛行に小次郎も驚きを隠せない。だが安穏として空中浮遊を楽しんでいる余裕はなかった。

「村雨を救うぞ、パラクライズは撃てるか」

「大丈夫です。レインボージャーク、頼むわよ」

 再び甲高く啼くと、機体を旋回させ館の外へと勇躍した。
 周囲をマーダーに囲まれ身動きが取れない場所で、村雨ライガーが3機のダークホーンに豪雨の如き威嚇射撃を浴びていた。ハイブリッドバルカンが足元に銃創を刻んで行く。

小次郎、降りてこい。これは何の真似だ

「お父さまだわ」

 無線から伝わってくるのは、ダークホーンを操る良兼の声であった。このままでは村雨ライガーも無事では済まない。

「良子殿、多少手荒なことをするが良いか」

「はい。それと、もう私も良子殿ではなく、良子とお呼びください」

「わかった。いくぞ良子」

 レインボージャークが低空から村雨ライガー目掛けて降下した。アイアンフットネイルでムラサメブレード基部を掴みこむ。この位置であればパラクライズ照射の死角になる。

「パラクライズを頼む」

「はい」

 呼吸を整え、二人はゾイドの機能を一時的に麻痺させる武器を放った。
 周囲が錦の輝きに包まれ、真昼の様に明るくなる。次々と機能を停止する良兼のゾイドを尻目に、レインボージャークは村雨ライガーを掴んだまま舞い上がった。

おのれ小次郎、娘をどうするつもりだ

 機能停止を免れた無線装置から、良兼の怒りに満ちた声が聞こえて来る。

「お父さま、良子は将門様の元へ参ります。御心配には及びません」

小次郎、なんの恨みがあって、我が家の娘を籠絡する

「叔父上、平将門は良子殿を嫁にすることに決めました。孰れ必ず正式な御挨拶に参ります。それまではどうか御容赦を」

許さん、許さんぞ……

 無線の到達範囲から脱したのか、次第に良兼の声は途切れて行った。


 小次郎は満天の星空の中、背中に小さな温もりを感じながら語った。

「これからは共に歩むぞ、命尽きるまで」

「私もです、あなた様」

 良子は身体ごと小次郎の背中に預け、夢見る様に答えた。

 二人の若者を乗せた菫色の孔雀が舞う星空に、青く筑波嶺が浮かび上がっていた。

[414] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-I 城元太 - 2013/09/02(月) 21:56 -

 鎌輪の館は日に日に活気が満ちていった。
 桔梗に加え、新たに良子という女性が加わり華やかさが増した事もある。しかし何より惣領である平小次郎将門自らが陣頭指揮を執って、下総の大地の開墾に精を出していたからだ。
 嘗て鎮守府将軍として活躍した亡き父良持を慕う領民は多い。その父親譲りの風貌を備えた小次郎が、村雨ライガーと共に荒れ地を耕し、汗水流して働く姿は、源家三兄弟に蹂躙され、国香を初めとした同族の収奪による荒廃も撥ね除ける活力を周囲の領民に与えたのだ。
 領民達は皆、親しみを込めて呼んだ。「小次郎様」、「将門様」と。
 泥濘の地を干拓し、森林の木の根が残る地を興し、土塗れになって働く村雨ライガーや、超硬角に縄を結わえ付け、残滓を運ぶディバイソン。
 ジェネレーターは地に根を降し、徐々にその枝振りを広げていく。
 晩(おそ)い若芽が萌え出で、初秋には間もなく訪れる冬に備え、草木はその身に蓄えを増していく。そしてソードウルフが時折館の外に出て、巡回がてら小次郎や員経に屯食(=弁当)を届けに現れていた。

『何分孝子姫様の方が、私よりも上手く扱えますのでな。いや、参りました』

 桔梗はあの一件以来、文屋好立よりこの丹色のゾイドを永く借り受けることを許されていた。領民達は巨大な二双の刃を備えた剣狼の頭部操縦席で、射干玉(ぬばたま)色の髪を靡かせる美女にも憧れた。そして「孝子姫」と敬慕の意を込めて呼ぶと、その雅やかで眩しいばかりの微笑みを返してくれるのであった。


「私もレインボージャークにて、あるじ様の仕事のお手伝いをしとうございます」

 幾分不服そうな良子が、新たな母となった犬養の君の横で溢している。だが母は、姪から娘となった若い新妻の不機嫌の原因が他にある事を、到に見抜いていた。

「良子、最近躰(からだ)の具合は如何ですか」

「至って健勝です。ただ、少し喉が渇きます。それと酸(す)い物が好きになりました。鎌輪の館に来て、幾分嗜好が変わったのかもしれません。
 それより母様、なぜ私はゾイドに乗ってはならぬのですか。孝子殿だってああしてソードウルフで将門様をお助けしているというのに」

 その言葉の裏側に「少しでも愛する人の傍に居たい」という心が明け透けに見え、母は思わず口許を袖で隠して笑う。

「そのうちわかりますよ。とにかく、今は空を飛ぶなど成りませぬ。この母の願いは聞いてもらえますか」

 良子は大仰に背筋を立てて答えた。

「勿論です。母様の言い付けは守ります。
 ……ところで、何ですかこの夥しい晒(さらし)布の帯は」

 母は答えず、ただ静かに笑うのみであった。


 空(から)に近かった館の倉には、次第に麦や雑穀の蓄えが増えてくる。小次郎はそれを独占することなく、浮浪の民となって常陸や上総から流れ込んできた民に、当面の糧と班田耕作の当初の出挙(すいこ)として無償で貸し与えたのだ。慈愛の情を以てすれば乃ち民も従う。荒廃していた耕地も新たに土地を与えられた流民達によって拓かれ、南半球の皐月の秋には豊かな収穫として館を潤していった。
 そして小次郎にとって、目出度き事は重なった。


「まことか、良子」

 俯きかけ、僅かに頬を赤らめた新妻が、小さく頷く。自分の腹の辺りに右掌を当て、小声のまま答える。

「はい。あなた様の御子でございます」

 言ってすぐに両掌で顔を覆った。その仕草に、僅か数か月前まで奔放に振る舞っていた娘の面影はない。乙女から女へ、そして母親へ。恥じらう良子を前にして、新たに父になる者が歓喜の声を上げる寸前、良子は顔を覆っていた両手を解き思いきり夫に抱き着いた。

「皆には内緒にしていてくださいね。だって、初産だからまだ何もわかりません。もう一度母様に御相談してから、皆にお話ししたいと思います。
 誰よりも先に、あなた様にお知らせしたかったから」

 囁く様に、歌う様に、良子は小次郎の耳元で呟いた。
 小次郎は溢れんばかりの喜びを堪え、一言「おう」と言ったきり、良子の間を大股で後にした。残された良子は、少し潤んだ瞳で、愛を添い遂げた夫の後ろ姿を見送っている。そして回廊の影には、同じように小次郎の背中を見つめる女性の姿があった。

「将門殿、そして良子殿。おめでとうございます……」

 言葉とは裏腹に、目尻から熱いものが零れ落ちるのに気が付いていた。桔梗色の衵(あこめ)に、涙の染みが広がるばかりであった。
 そしてもう一つ、過去が桔梗を追いかけて来ていた。


 それは、桔梗でなければ気付かない程微細な振動であった。
 屯食を届けた帰り道、並木の揺らぎが変化し、僅かに視界が歪む。豊かに実った田園を宵の秋風がそよぐ頃、館へ急ぐソードウルフの前に忽然と姿を現したゾイドがあった。

「メガレオン、龍宮の素っ葉か」

 まるで虚無から湧き出る様に、次第次第に全身の機体を顕していく。半身ほど姿を見せたところで、狩衣を着た武官が降り立ち、丁重に頭を垂れた。

「桔梗の前、秀郷様よりの檄です。形に残さぬようとの達しなので、口伝します」

 猿のような身軽さで剣狼の頭部に瞬時に攀じ登り、桔梗に耳打ちをする。再びメガレオンの背部搭乗区画に戻ると、掻き消すように宵に溶け込んで消えて行った。

「……常陸に加え、上野、上総でも挙兵の動きがあるか。源護と平国香、良兼が動きだしたな。藤太の兄上は私に檄を飛ばして高みの見物か。あの方らしい」

 止めた歩みを再び始め、剣狼は一路鎌輪の館へと進む。その先には立ち込めた雨雲が、星を覆い隠していた。

[415] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-J 城元太 - 2013/09/04(水) 17:55 -

 黄金色の集光パネルを輝かせ、青いゾイド群が鎌輪の館に姿を現した。

「久方ぶりに御座います、叔父御殿」

 凱龍輝を中央に、中型の牛型ゾイドと小型の竜型ゾイドが次々と到着する。

「小次郎、息災で何よりだな。お前も嫁を貰ったとか。目出度いのう」

「良文叔父もお元気そうで。私の不在時にはいろいろと便宜を図って頂きありがとうございます。相模に御挨拶に参ろうとも思ったのですが、なかなかその機会が見いだせず」

 村岡五郎良文は、屈託なく答える。

「解って居るよ。我も東海道に跋扈(ばっこ)する海賊衆の追捕に忙しく、甥の嫁を見に来る機会を失っておったわ」

 海賊衆という言葉にふと、小次郎は藤原純友と名乗った男の顔を思い浮かべた。そしてあの時の「美味い酒など酌み交わそうぞ」という言葉が妙に懐かしかった。

「小次郎、如何した」

 幾分漫ろになった甥を良文が訝しむ。小次郎は体裁を取り繕い、凱龍輝を見上げた。

「相変わらず勇壮でありますな、叔父上の竜は。ところで、このブロックスは」

 凱龍輝の背後に、中型と小型の二機が伴っている。良文は自慢げに語り出した。

「あの猛牛型はディスペロウ、小型の方がエヴォフライヤーだ。元来凱龍輝の援護をする為に産み出されたブロックスでな、それぞれにチェンジマイズすることにより凱龍輝の更なる強化が得られる。
 苦労したぞ、鴻臚館(こうろかん)貿易を経て、デルポイとエウロペから漸く手に入れたのだからな。聞くところによると、飛燕、月甲の他に、雷電と呼ぶ追加武装があるとか。いつかこの凱龍輝に真なる力を備えることを目論んでおる」

 その自慢げな姿が、良文もまた小次郎と同じゾイドを愛する坂東武者であることを示していた。

「良文殿、お久しゅうございます」

 矢倉門の下、いつの間にか三人の女が迎えに出ていた。

「義姉上、御健勝で何よりです。
 それと良子か。覚えておるか、村岡の良文だ。良兼殿の館では小さき折り何度か会っておる。そうか、あの幼き女(め)の子が。美しくなったのう。それと……」

「孝子殿です」

 母が応え、桔梗は深々と頭を垂れた。鬢より落ちた射干玉の解れ毛に、良文は僅かに心を奪われた様子だった。首を傾けて小次郎を振り向き苦笑した。

「お前が良子を嫁にもらったと聞いていたが、側室まで設けたとは聞いておらなんだぞ」

 慌てて弁解しようとしたものの、凱龍輝自慢に快くした勢いか、それとも桔梗の美貌に酔ったのか、良文は戸惑う小次郎達にも構わずに続ける。

「孝子殿ですか。都のお方とお見受けする。どうかこの甥を宜しく頼みます。
 いや、亡き良持兄者も安心しておろう、何分小次郎は奥手だと御懸念されておったからのう。一時に女人(にょにん)を二人とは」

「違います、孝子殿は私の上兵伊和員経の娘にて……」

 それから寸刻、小次郎は叔父への説明に時間を割く事となる。
 その間、良子は表情を変えずに微笑む桔梗の横顔を時折窺い見ていた。

(自分であったら絶対に動転するだろうに。なぜこの方は微笑んでいられるのだろう)

 胎内に新たな命を身籠ってより、良子は特にこの京からやってきた美女を気にかける様になっていた。
 自分が身重(みおも)の体になり、夫は日々の精を持て余しているに違いない。同じ女だからこそ、孝子が小次郎を自分と同じか、それ以上に慕っていることは感じている。
 自分より年長の孝子は、明らかに自分より明眸皓歯の美女であることは認めざるを得ない。小次郎の母からも「惣領として側室を持つは止むを得ない事。孝子殿との間に男と女の何かがあったとしても、正室であるあなたは泰然として居らねばなりませんよ」と言い含められていた。
 確かに、孝子と夫は親しい間柄ではあったが、しかしそれは如何様にしても男女のものではなく、ゾイドを介した棟梁と上兵との関係であった。夫が自分を最も愛していてくれるからとも信じたかったが、それ以上に不自然なのだ。
 孝子と夫の間には、男女の関係などを越えた何かが在る。
 若い良子には、それが何であるか迄は、到底思い及ぶこともなかったが。

「良文叔父、いつまでゾイド談議をお続けですか。皆様ゾイドのこととなると話は尽きませんね」

「おお、四郎将平か。お前も更に英明になったようだな。相変わらず景行公には世話になっているのか」

 待ちかねていた四郎の案内により、凱龍輝と良文達は館の矢倉門をくぐって行く。頻りに笑っていた良文の顔が、小次郎とすれ違う時一瞬だけ強張った。

「今日は火急の件があって参った。すぐに評定(ひょうじょう)を開きたい」

 低く絞り出す声が、決して良文がゾイド自慢の為に訪れたわけではないことを物語っていた。


「良子の略奪婚については、良兼兄も諦めている。問題は源家だ」

 広げた所領図を指し示し、良文が小次郎達を前に渋面を浮かべている。

「常陸より蔓延したゾイドウィルスによって、坂東南部は猖獗を極めている。下総まで伝染が及ばなかったのは、小次郎が国香兄達と孤立していたのが幸いしたといえよう。
 しかし、これから冬にかけての農閑期、従類・伴類の募兵は容易となる。
 相模にも来たのだ、国香兄の檄文がな」

 良文が、隣の四郎に書面を渡し、それを小次郎と三郎が覗き込む。

「平将門を討て≠ニ」

 評定が重苦しい雰囲気に鎖される。良文は書面を所領図に重ねた。

「同様のものが良兼、良正にも送られているはずだ。最近良正は水守(みもり)の館を源家から与えられ、アイスブレーザー及びジークドーベルの混成部隊を編制し終えた。国香兄のレッドホーン部隊と源家の竜を加え奇襲を受ければ、鎌輪など一溜りもないだろう」

「叔父御殿は、これを知らせに」

 小次郎が良文を見る。

「良子の件はお前に無礼があったのは確かだが、一族揃ってお前を潰すほどの理由にはならない。寧ろ背後で控えている源家がそれを機会に、ウィルスに冒されていない下総を狙って動いているのだ。私も国香兄に小次郎討伐を命じられたが、海賊追捕を盾に兵は出さぬ。だがそれでも戦は避けられない」

 予測されてはいたが、良文の齎した情報は衝撃であった。

「小次郎、降伏して所領を手放すか」

「それはできません」

 良文の速断を迫るような物言いに、小次郎は間髪入れず返答する。それは惣領とすれば当然であった。

「だとすれば、早急に軍を整え迎撃準備をすべきだが、戦えるか」

「断固として戦います。坂東武者の誇りにかけて」

「よかろう」

 小次郎がそう答えることは、良文にも予め判っていたようであった。何度か無言で頷く仕草をすると、良文は改めて小次郎に向き直り告げた。

「そこで提案なのだ。お前の母君を、相模で引き取らせてはくれぬか」

「母上を、ですか。まずは相談して見ねばわかりませんが、それは何故に」

 的を得ない申し出に、小次郎は当惑する。

「良持兄が身罷って久しく、義姉も年老いた。これ以上戦乱の中に身を置かせるのは痛々しい。幸い相模は気候も温暖で、義姉の身体にも過し易いと思う。何より義姉の無事である姿を、私が見守りたいのだ」

 良文は真剣であった。それは嘗て父良持と競いあった恋の成就を、老境を前にして成そうとする良文の想いと取れた。小次郎が良子という伴侶を得ていなければ、或いは解せないことであったかもしれない。良文の愛を貫こうとする高潔な姿勢が、小次郎には何よりも嬉しかった。

「わかりました。戦いに臨むには、母は最早辛いかもしれません。良き機会です。叔父御殿にお任せしたく思います」

「小次郎、感謝する」

 それが叔父良文と、そして母との永遠の決別となることを、小次郎は朧げに見越していた。


「寂しくなりますね」

「ああ」

 同衾する良子の言葉に小次郎は答える。

「武家の嫁としての習いも知らない未熟な私に、母様はいろいろと教えてくださいました。私が身籠った時も、いち早く晒布で御襁褓(おむつ)を準備して頂きました」

 静かに啜り上げる声がする。宵闇の中、良子は込み上げる嗚咽を堪えていた。

「将武、将為殿も、行かれてしまうのですね」

「ああ、六郎も七郎もまだ幼い。母と共に相模に向い、孰れ叔父より伊豆の地を拝領する約束を頂いた。あれらも俺の弟だ。必ず立派な坂東武者になるさ」

「はい」

 暗い天井を見つめる小次郎に、良子は静かに身を寄せる。

「あなた様、どうか御無事で」

「心配するな。俺は良子の腹の子の父となるのだ。源家のバーサークフューラーも、水守のアイスブレーザーも打ち破って見せる」

 寝返りを打った小次郎は、胎内の子に留意しつつ、力強く良子を抱き締める。

 秋風が強さを増してきた。雨戸を叩く風の音が、館の回廊に響いていた。

[416] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-K 城元太 - 2013/09/05(木) 21:16 -

 水守の館を出立したジークドーベル部隊が筑波のバーサークフューラー部隊と合流し、既に出撃を終えていた石田の荘の部隊を含め、一路鎌輪に向けて進撃を開始したという情報が石岡の常陸国司藤原維幾(これちか)より齎された。
 私怨を晴らすために大規模なゾイド部隊を動かすことは律令によって禁じられている。だがそれを抑えるだけの力を持たない公(おおやけ)にとっては、これを飽くまで同族内部の紛争として扱い、介入することを回避してしまった。
 一方で、形ばかりの警告を鎌輪に発することにより、国府の体面を保とうとしたに過ぎない。その段階では水守の軍勢の数は確認できず、ただ「動いた」という知らせでしかなかった。
 小次郎は既に、掻き集められるだけのゾイドと郎党衆を鎌輪周辺に待機させておいた。多治経明や文屋好立、そして桔梗などの精鋭を揃えていたものの、やはり数に於いて劣勢であることだけは否めなかった。
 意外にも、飛来した敵の使者であるフライシザースによって、水守勢の兵力は下総への侵攻前に鎌輪側に通達される。これにより、両陣営のゾイドの兵力比較が可能となった。

○水守側の兵力
 アイスブレーザー(平良正;指揮、館主)
 ジークドーベル(搭乗者不明。機種から判断して兵または上兵、従類)×4
※平国香(石田の荘)よりの増援
 レッドホーン(平国香;惣領)
 レッドホーン(平繁盛;上兵、貞盛の弟)
 レッドホーン(他田真樹;従類、上兵)
 レッドホーン(搭乗者不明;兵、従類)×2
※平良兼(服織)よりの増援
 ダークホーン(平公雅;兵、良子の弟) 
※源家よりの増援
 シュトゥルムフューラー(源扶;惣領)
 ジェノブレイカー(源隆;上兵)
 ジェノザウラー(源繁;上兵)
 ゲーター(搭乗者不明;兵、従類)×2
※その他の増援部隊(一部に明らかな僦馬の党や俘囚の流民が紛れ込んでいる)
 ヘルキャット(搭乗者不明。伴類)×3
 グランチュラ(搭乗者不明。伴類)×2
 ディロフォース(搭乗者不明。伴類)×3
 モルガ(搭乗者不明。伴類)×2
 シェルカーン(搭乗者不明。伴類)
 ボルドガルド(搭乗者不明。伴類)
 フライシザース(搭乗者不明。伴類)
 機種不明ブロックス(搭乗者不明。伴類)×5

○対する鎌輪側の兵力
 村雨ライガー(平将門;指揮、惣領、館主)
 ケーニッヒウルフ(平将頼;上兵(じょうへい))
 ディバイソン(伊和員経;上兵、平将文;兵(つわもの))
 ソードウルフ(孝子=桔梗;兵、実際は上兵以上)
※平真樹(大国玉郷)よりの増援
 ザビンガ(文屋好立;上兵、伴類)
※御厨からの増援
 ディバイソン(多治経明;上兵、従類)
※待機
 レインボージャーク(平良子)
 ナイトワイズ(平将平;学士、機体は菅原景行より借用)

 小次郎が充分なゾイドを動員出来ない事を見越しての侵攻であり、形の上でこそ指揮は平良正ではあったが、実質上は桓武平氏の棟梁たる平国香による。この兵力開示措置は、可能であれば甥将門との衝突を避け、穏便に下総の土地を割譲させることを国香が目論んだとも考えられる。
 ゾイド部隊の編制を見ると、良子を巡る女論を原因とした場合、最もゾイドを投入すると考えられた良兼が、僅か一機のダークホーンのみしか増援していない。やはり軋轢があるとはいえ、舅として娘良子の夫将門と戦うのを躊躇い、形式的に息子公雅だけを派兵したのだ。
 更には、参戦しているブロックスや小型ゾイド搭乗者に“伴類”と呼ばれる者が多数存在している。これは独立した武装私営田農民“従類”に対する者で、状況に応じ戦闘に参加する自由農民、或いは群盗の類である。
 東方大陸の坂東、及びその奥の蝦夷地に於いての戦は、敵の所領を完全に破壊する殲滅戦であった。勝利者は占領地での資産の略奪を行えるという暗黙の掟があり、戦況を睨んで、強い側、勝ちそうな側に味方する輩なのだ。少しでも兵力差を付けたい水守勢にとって、信用は置けないものの威嚇の必要性からこれらのゾイドの同伴を許していた。よって騰波ノ江の南西付近に水守勢が陣を張る頃には、上記の数に加え更に伴類は寄り集まり、無数の大小のゾイドが並ぶ光景となっていた。
 鎌輪勢に対する水守勢の兵力差は初期の段階で凡そ五倍。敗北は略奪による所領の荒廃を生む。小次郎はこれまでの生涯で最大の局面に立たされていた。

「敵部隊は対岸に陣を張り、現在補給を行っている模様です」

 ザビンガを使い、騰波ノ江を越えてきた文屋好立が報告する。

「未だ牒(ちょう)を交わしておらぬので、攻撃は受けませんでしたが、それを差し引いても圧倒的兵力差に油断している様子は確か。多勢とはいえ所詮烏合の衆、攻め崩す手立ては在りまする」

 気休めなのか、本心なのか、呼吸も荒く報告する。ザビンガの複合感知眼(センサーアイ)が記録した配置図を前に、小次郎を囲み鎌輪勢の武士達が覗き込んでいた。

「確かに好立殿の報告通り、敵は烏合の衆だ。良正叔父はまだ戦いに慣れていない。その上源扶と国香伯父までいれば、『船頭多くして舟山登る』の理(ことわり)の如く指揮系統は必ず混乱する。伴類の小型ゾイドは恐れるに足りん。員経、ここは正面突破か」

「集束荷電粒子砲を砲台とすると、開けた場所からの突進は危険です。寧ろ敵の先陣を野本の湿原に誘い込み、混戦に持ち込めば源家の竜の荷電粒子砲を封じられるかと」

「囮となって誘導するゾイドが必要だな。俺が村雨で出るか」

「兄上、将(しょう)自らが先陣を切るなど無謀です。その役目、この将頼にお任せください」

「三郎様、その役目こそ私が。接近戦である以上、銃より刀が、そして王狼よりも剣狼の方が有利です」

「そうだな。誘導には孝子殿に願うとする。三郎は石田のレッドホーン部隊を狙撃してくれ。あの重装甲は、村雨のストライクレーザークローも弾かれるやもしれぬのでな」

「止むを得ません。孝子様の方が私より遥かにゾイドの扱いに長けているのは認めます。ですがどうか、無理をなさらぬように」

「ありがとう、将頼様」

「あなた様、私もレインボージャークで出ることも可能です」

「身重の躰で飛行は無理だ。良子には四郎と共に館の守りを願いたい。員経と五郎は伏兵となり、万が一館に近づくゾイドがあれば十七門突撃砲で蹴散らしてもらう。怒涛となって押し寄せてきたならば、そのときこそパラクライズを放ってくれ」

「承知しました。馬場にて乗り込み、待機しております」

「四郎は良子を守ってくれ。館が陥ちた時は、良子とともに景行公の処まで逃げろ」

「この様な時にお力になれず……」

「気にするな。お前は自分に出来ることをやれ。
 いいか、皆聞いてくれ。今度もまたあの力――疾風ライガー――に変化できる保証はない。着実に敵ゾイドを一機づつ葬り、俄か作りの水守勢を打ち崩す」

「小次郎の殿、これは提案なのだが」

「経明殿、何か意見でも」

「もし敵軍が崩壊し、逃げ帰ることがあれば、一度可能な限り追撃してもよいかと」

 大胆な多治経明の提案に、その場が一瞬静まる。敗北するつもりはないが、勝利の可能性も難しいと思える中、その先まで見越した戦術に、誰もが唖然としたのだ。

「度重なる下総への侵攻、これをこのまま許し続ければ後顧の憂いと成ります。一度徹底的に叩いてこそ、所領の安堵に繋がるかと」

「爽快ではないか」

 文屋好立が声を上げる。

「今まで散々荒らされてきたのだ、目にもの見せてくれようぞ」

 大言壮語かと、小次郎は思った。だが、その言葉に座が盛り上がったことも確かであった。小次郎は員経と、そして桔梗と目を合わせると、経明以上に声を張り上げた。

「よおし、良正叔父に一泡吹かせてやろう。鎌輪の意地を見せてやる」

 一斉に上がる鬨の声に、一同の士気は最高潮に達した。

(頼むぞ、村雨。そして疾風)

 小次郎は、見上げる先にある青い獅子に祈りを込める。


 こうして、平将門にとって初めての戦(いくさ)、『野本の合戦』の火蓋が切って落とされた。

[417] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-L 城元太 - 2013/09/07(土) 19:24 -

 開戦を告げる牒を携えて来たのは、良兼に所属するダークホーンであった。
 対峙する鎌輪勢の陣に接近し、尾部銃座より降り立ったのは他ならぬ良子の実弟公雅である。初陣に加え、使者としての重圧に緊張した面持ちで書状を差し出す。

「御使者殿、平小次郎将門しかと受け取りました」

 布陣の中央で村雨ライガーに搭乗する小次郎が、代理の四郎将平が牒を受け取ると同時に宣した。その後ダークホーンは自陣に向けて回頭し、尾部銃座から背部観測席に移動した公雅が、緑色の風防を閉めきる前に振り返る。

「将門殿、姉上は元気ですか」

 姉弟が引裂かれて争う悲劇を垣間見る。

「案ずるな。女子供を巻き込みはしない」

 遠ざかるダークホーンの背に、小次郎は自らに誓いを立てるかの如く叫んでいた。


 戦の始まりを示す矢合わせに、アイスブレーザーのハイパーフォトン粒子砲とケーニッヒウルフのスナイパーライフルの試射が交わされた。
 小次郎はハヤテ≠フ力の発現を終始待ち望んでいた。最初から疾風ライガーに変化しておけば、速度に勝る源家の竜にも匹敵するだろう。心の中で、いや、題目の如く「疾風ライガー」の名を何度も口遊(くちずさ)んでみていた。しかし村雨ライガーにその兆候は見られない。未だ己が愛機の潜在能力を引き出せないことに、小次郎は切歯扼腕する思いであった。
 水守側からすれば、鎌輪勢の陣は集束荷電粒子砲の有効射程ではあるが、緒戦からそれが放たれることはなかった。圧倒的兵力差を盾にして、正面からの格闘戦を挑んで来たのである。先陣のレッドホーンが大地を揺らし突進するが、追い上げてきたジークドーベル部隊が赤い動く要塞を追い越し前面へと躍り出る。

手筈通りだ。頼む

 装甲に覆われた風防の隙間から、「了解」を示す桔梗の腕が見えた。
 丹色の狼が勇躍する。
 主戦場は騰波ノ江が入江状に張り出した場所で、それに繋がる野本の葦原の湿地帯と、収穫を終えた冬の乾田が続く。地盤の固い地表は少なく、下総特有の地形となっている。レッドホーンやダークホーンなど重量級ゾイドにとって不利であるが、ジェノザウラーの様なホバリング機能を有する陸戦ゾイドには無関係である。但し荷電粒子砲の発射はアンカーを打ち込める場所に限定されてくる。寡兵ではあるが、小次郎にとっては慣れ親しんだ地の利を生かすことが出来る。敵の主力から湿地帯までは約二町(=約200m)。遮るもののない乾田の上を、剣狼は不規則な蛇行を繰り返すことで敵部隊の誘導を開始した。
 レッドホーンの大口径三連電磁突撃砲とジークドーベルのフォトン粒子砲が豪雨となり、剣狼の周囲に降り注ぐ。しかし突進しながらの射撃は狙いが定まらず、徒に乾田を掘り興すばかりだった。
 乾田の土煙が煙幕となって剣狼の姿を覆い隠す。小次郎の予想通り、指揮系統が一本化されておらず、小毅(≒小隊)毎に勝手に攻撃をしていたのだ。
 その頃、後方の高台に移動し塹壕に身を隠し終えたケーニッヒウルフが、先頭のレッドホーン目掛けて稜線射撃を開始した。スナイパーライフルの徹甲弾は初弾にして命中し、レッドホーン右脚関節部から派手に吹き飛ばした。前肢を失った赤い巨体は、翻筋斗(もんどり)を打って部隊後方へと転がっていき、両陣営通しての初の戦果となる。

やった、当たった

 興奮気味の三郎将頼の声が響く。鎌輪勢は寡兵を以て大軍に挑むため、戦闘中通信装置を開放していた。

「三郎、安心するな。位置を察知されぬ間に射撃を続けろ」

 小次郎の言葉通り、狙撃者の存在に気付いた水守勢は一斉に部隊を散開する。土煙の中から赤い機体が2機姿を現し、内1機の襟に貫通弾があった。だが今度は致命傷にならず怒涛の進軍は継続された。
 未だ見えない狙撃者の存在を探るため、鎌輪勢の頭上に巨大な繻`と翼を備えたブロックスが飛来する。

「煙幕弾展開。好立、あの飛び繻`を叩けるか」

承知

 前日水守の勢力を知らせた無人のフライシザースに、頭部を鼫(むささび)型に換装したザビンガが襲いかかる。ウイングスラッシャーを振り翳すと、一度は仕留めそこなったものの、二度目にして左翼の付け根を切断し、錐揉みとなった繻`は大地に激突していった。
 散開したジークドーベルとレッドホーンは、自らが撃ち込んだ弾丸の硝煙によって視界を閉ざされたままだった。硝煙の中に金属を切断する甲高い音が響く。土煙に紛れ潜んでいた剣狼が、抜き身のエレクトロンハッカーを叩き付けたのだ。頸部から袈裟懸けに切断され、真っ二つとなって吹き飛ぶジークドーベル。残骸が後陣のヘルキャットに激突し、光学迷彩を解かれ姿を露呈していた。
 その時桔梗は、後方から接近する淡紫の竜を察知した。

「シュトゥルムブースター装着のフューラー、扶だな」

 小振りのエクスブレイカーを大上段に振り翳したシュトゥルムフューラーは、会稽の恥を晴らさんとばかりに剣狼に襲いかかる。

「貴様の相手をするつもりなどない」

 桔梗はエレクトロンハッカーを垂直に突き立てて、エクスブレイカーをアクティブシールドごと受け止めた。加速のついたシュトゥルムフューラーの刃は重く、エレクトロンハッカーの基部ごと捻じ切られるような衝撃を受ける。

「さすがに一筋縄ではいかぬようだな、だが」

 エクスブレイカーとエレクトロンハッカーの切り結んだ部分を支点に、剣狼は足元を滑らせ半回転する。シュトゥルムフューラーの背後を取る形となった剣狼は、ホバリングを担う脚部の噴射口目掛け前肢のストライクザンクローを叩き付けた。一時的に噴射機能を失い体勢を崩した竜は、まるで独楽の様に極地回転を行い、戦闘能力を封じられる。その隙を狙い、再び桔梗は葦原に向け剣狼を走らせた。
 シュトゥルムブースターの驚異的な加速により、前方の葦原まで僅かという場所で、剣狼は追い付かれた。狙い定めたエクスブレイカーが剣狼の頭上に迫った時、葦原から跳び出す碧き獅子があった。

「御免」

 横一閃に薙ぎ払ったムラサメブレードが、シュトゥルムフューラーの本体ごと上下真っ二つに切断する。
 攻撃はゾイドコアに達した。制御を失ったブースターは暴走し、扶を乗せた上半分はそのまま騰波ノ江の湖上まで吹き飛ぶと、轟音を上げて爆発四散した。

「ひとぉつ」

 小次郎が叫んだ。


 後衛で控えていたジェノザウラーとジェノブレイカーが、混乱する前衛のレッドホーンとジークドーベルの群れの中に突入してきた。長兄扶のシュトゥルムフューラーを失ったことにより、形振り構わず集束荷電粒子砲を放って鎌輪勢を殲滅するつもりなのだ。ジェノザウラーがアンカーを据え付ける足場を捜し、僅かに速度を落とした瞬間、迷彩色の擬装布を振り払い、葦原の奥から黒い鋼鉄の塊、即ち多治経明のディバイソンが突進してきた。跳び上がった黒い猛牛は、ジェノザウラーの腹部に超硬角を深々と突き刺し、そのまま全重量をかけて圧し掛かる。レッドホーンと同じ重量級ゾイドでありながら、葦原に点在する岩盤を選び潜伏し、混戦を衝いて突撃を敢行したのだ。縺れ合う黒い2機のゾイドの落下の瞬間に、ぐしゃっ、という不快な音がした。ジェノザウラーはディバイソンに比べて関節部など頑丈な造りとは言い難い。超硬角と同じ重金属で鋳造された前脚二本の蹄により、ジェノザウラーは完膚なきまでに踏み潰され、機体ごと湿地帯に斃れたのだった。
 桔梗は、シュトゥルムフューラーに匹敵する驚異的な速度で接近する機体を察知した。

「来たな頭目」

 猛進してきたのは、白銀の装甲に白銀の翼を持つ黒い猟犬、良正の駆るアイスブレーザーであった。射撃の軸線から機体を逸らせようと跳び退いた時、桔梗はその傍らを眩しい光の弾丸が掠め飛ぶのを目にした。眩惑され視力を失う。直撃すれば光の粒にまで分解されたはずだが、それ以外にも閃光弾としての効果も備えていたのだ。眩惑されている僅かな間に、桔梗は機体に激しい衝撃を受けた。

「剣狼、どうした、動け、なぜ動かない」

 ジェノブレイカーの放ったマイクロポイズンミサイルが命中し、剣狼の機能を停止させていた。四肢を硬直させ擱座する剣狼を、レッドホーンを引き連れた源隆のジェノブレイカーがエクスブレイカーで投げ飛ばす。丹色の狼は泥塗れとなって、騰波ノ江の湖底へと沈んで行った。


「孝子殿がやられました」

 多治経明のディバイソンが村雨ライガーに並ぶ。前方には3機のレッドホーンとジェノブレイカー、そしてアイスブレーザーが迫る。頭上をザビンガが飛び去って行く。

「好立殿、何処へ」

桔梗殿の処だ。奥の手を使いまする。暫くの猶予を

 貴重な飛行ゾイドのため、文屋好立の離脱は痛い。だが平真樹の上兵である以上無理強いはできない。小次郎は今は手持ちのゾイドで対処するほかないと腹を括った。

「三郎、前線に上がれ。員経、後衛はあとどれくらいいる」

大凡(おおよそ)小型20機、後方にダークホーンが離れて1機です

 やはり平公雅は参戦をしないらしい。
 村雨ライガーとディバイソンの脇を、瞬時に加速したアイスブレーザーとジェノブレイカーが飛び去った。

「拙(まず)い、館に向かっている」

 守備に残っているのは伊和員経と六郎将文のディバイソンのみ、到底2機の大型ゾイドに太刀打ちできるはずもない。

「経明殿、ここを頼む」

お任せください

 ディバイソンは四肢を開き雄叫びを上げる。背中の十七門突撃砲のメガロマックスが炸裂した。炎の雨の中、レッドホーン1機が擱座する。だが中破してもなお、2機の動く要塞はディバイソンに迫ってきた。超硬角とクラッシャーホーンとが衝突し、激しく火花を散らせる。だが残ったもう1機のレッドホーンが、ディバイソンの脇腹を突き刺し横転させた。多治経明は、激突の直前横から突き上げたレッドホーンに指揮官を示す白い線が入っているのを見た。

「……あれは、石田の荘、平国香の機体か」

 吹き飛んだディバイソンは、横転して一時的に全機能を失った。


 鎌輪の館に向かって、ジェノブレイカーとアイスブレーザーが突き進む。追撃する村雨ライガーとの距離はますます広がる。
 間に合わない。
 このままでは、員経が、将文が、将平が。そして良子が。
 その時表示板に輝く文字が現れた。

「そうか、わかった」

 エヴォルトの謎が氷解した瞬間、小次郎は叫んでいた。

(形だけ念じてみたところで心は通じないのだ。心底ハヤテ≠フ力を欲し、そしてそれが村雨に認められてこそ、この変化が成し得るのだ。俺は最初から村雨に頼ろうとし過ぎていた。違うのだ、これは俺達の力なのだ。今こそその力を開放する時、共に戦うぞ、村雨ライガー。そして――)

「疾風ライガー!」

 焔の繭を突き破り、緋色の獅子が現れる。

「頼む、疾風ライガー。良子を守るのだ」


 疾風ライガーは炎の矢となった。

[418] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-M 城元太 - 2013/09/09(月) 18:32 -

 ソードウルフは硬直したまま動かない。被弾した天蓋の隙間より、次第に泥水が滲み出してくる。生殺し同然に溺れ死ぬのも、今まで自分の為してきた業の報いかもしれない。だが、道連れとなるこのゾイドは哀れであった。

「ごめんなさい、あなたの命をこんな形で奪うことになるなんて」

 死を覚悟した時、桔梗は今までになく素直に、そして幼い頃に戻っていた。脳裏に遠い過去の記憶が蘇る。下野(しもつけ)唐沢山(からさわやま)から兄と望んだ風景。武蔵野の台地に霞む富士の姿。

(もう一度、武蔵に行きたかった)

 泥水が頬に滴り思わず目を瞑る。視覚を閉ざしたその時、微かに人声が響いてきた。

孝子殿、孝子殿。何処に居られる。文屋好立だ。返答して下され

 水面ぎりぎりを飛行するザビンガの通信が、湖底のソードウルフに届いたのだ。集音装置に齧り付き叫ぶ。

「好立殿、此処です。騰波ノ江、坤の方位より約一町の湖水。周囲に葦原の群生があった。剣狼の形に薙ぎ払われているはずです」

御心配召さるな。このザビンガの赤外線探知装置の眼力をもってすれば……よし、見つけた

 あまりに早い探知に、桔梗は聊か拍子抜けした。だが続く好立の言葉は意外だった。

今一度戦線に復帰して頂く。少しでも戦えるゾイドが欲しいのだ

「何をするのですか」

 確かにザビンガの通信を受信してから、剣狼の機器は回復を始めている。しかしポイズンミサイルの毒が回った状態では、参戦しても足手纏いになるだけだ。

表示盤にその題目を転送する。合図をしたら共に叫んで下され

 好立の言葉通り、表示盤に文字が現れる。息を吹き返した機器が一斉に点灯を始め、同調状態を示す計器の波形が激しく変動を始めた。「動ける」。希望は確信に変わった。

宜しいか、孝子殿

「ええ。行けます」

行きますぞ。Zi――

「ユニゾン」

 湖水が爆発的に噴き上がり、水煙の中心より翼を持つ丹色の虎が顕現していた。


 小次郎は疾風ライガーの前方を突進するレッドホーンを発見した。アイスブレーザー、ジェノブレイカーとともに鎌輪の館を目指している。これ以上敵を招き入れることは出来ない。ムラサメナイフ、ムラサメディバイダーが展開した。
 レッドホーンが疾風ライガーに気付いた時には、既に背中の後ろから頭部にかけて斜めに切断された後だった。

「ふたぁあつ」

 赤い金属の塊と化したレッドホーンは、頭部を失った下半分の四肢だけが暫く走り続け、その後急激に勢いを失い横倒しとなる。吹き飛ばされた頭部を含む上半分は、搭載されていた弾薬に誘爆して小爆発を繰り返し、やがて黒焦げとなって燃え尽きて行った。小次郎はまだ、それが平国香搭乗のレッドホーンであることを知らない。
 鎌輪の館が見えた。土塀の前には超硬角を振り上げた伊和員経のディバイソンが構えているが、敵の狙いは館である。ディバイソンでは高速移動するゾイドを2機同時に抑えることはできない。三郎将頼の王狼も、伴類の小型ゾイド群に手古摺っている。
 既にアイスブレーザーが矢倉門に取り着き、その直後にはジェノブレイカーが迫る。

「員経、将文、頼む」

 十七門突撃砲の一斉射撃をも潜り抜け、黒い闘犬が身を躱し矢倉門を潜り抜けようとする。その時、ディバイソンの影から鹿型ゾイドが跳び出し、構えた巨大な金色の角でアイスブレーザーを機体ごと受け止めた。ヘルブレイザーとブレイカーホーンとが激しく火花を散らせるが、グラビティーホイールの出力を全開放にして質量を増加させたランスタッグの前に、黒い闘犬が弾き飛ばされた。

「玄明、なぜお前が」

それはこっちの台詞だ。なぜ俺を誘わなかった。御蔭で出遅れてしまったぞ

 スラスターランスを振り翳し、頻りに前脚の樋爪で地面を蹴立てる。

俺の兵(つわもの)を連れてきた。小者は任せろ

 見れば4機のランスタッグが一斉に角を振り翳し水守勢に向かって行く。アイスブレーザーが立ち上がった。右のヘルブレイザーと白銀の安定翼が根刮ぎ失われ、ハイパーフォトン粒子砲もだらりと下を向いたままとなっている。

良正叔父、最早勝負はつきました。潔(いさぎよ)く退かれよ

 だがアイスブレーザーからの返答はない。亀裂の入ったアイスメタル装甲の隙間から赤い眼が怪しく光った。
 轟音を立ててジェノブレイカーが後退する。騰波ノ江の上空で停止すると、頭部から尾部にかけて身体を一直線に伸ばした。
 小次郎は漸く、ジェノブレイカーが強力なスラスターパックを活用し、空中での集束荷電粒子砲発射が可能であることに気付いた。前回の戦闘経験を元に編み出した戦法だ。湖上では疾風ライガーでも即応できない。射撃の軸線上には員経のディバイソンと、そして鎌輪の館が載っている。
 口腔の発射口が燐光を放つ。発射の前兆である。

(この身を呈しても良子を守る。すまぬ、疾風)

 小次郎は発射と共に自らを捧げる覚悟を決めて身構えていた。
 殲滅の閃光が放たれる直前、赤き竜が叩き落された。暴発した集束荷電粒子砲が湖水を蒸発させ、再び周囲は白い闇に覆われる。
 ジェノブレイカーを踏み台にして対岸に降り立った丹色の虎がいる。

ワイツタイガー・イミテイトにございます

 剥き出しのコアと脚部、頭部に操縦席だけを乗せたザビンガらしき抜け殻の様なゾイドが叢から現れる。

「好立殿、何だその姿は。それにあれがソードウルフなのか。まるで別のゾイドのようだが」

エヴォルトとは別の技にて、ソードウルフとザビンガが合体変化した姿です。孝子殿も御覧の通り無事ですぞ

 ワイツタイガーの尾が搭乗者の感情を示すが如く揺れていた。湖水面が泡立つ。赤い竜が浮上する。

「未だ動けるのか」

 浮上したジェノブレイカーが怒りに任せ、レーザーチャージングブレードとエクスブレイカーを闇雲に振り上げ突進する。

「勝負」

 疾風ライガーが跳ぶ。
 ジェノブレイカー頭部のチャージングブレードをクラッシュバイトで噛みつき、両頬のチェイスパイルバンカーを二本同時に叩き込む。レーザーチャージングブレードごと竜の頭部装甲が破壊され、内部の骨組みが剥き出しとなった。ストライクレーザークローでフリーラウンドシールドを毟り取り、ムラサメディバイダー渾身の一太刀で、胴体中央から竜を完全に断ち斬った。

「みぃっつ」

 疾風ライガーが吠える。背後でジェノブレイカーが爆発四散した。その隙にアイスブレーザーが高機動ブースターを全開にして離脱する。

「良正叔父、卑怯ですぞ」

 叫んだところで戻ることは無い。水守勢は指揮である平良正が敗走し、国香と源家三兄弟が斃れたことで総崩れとなった。
 疾風ライガー形態が見る間に解けて行く。小次郎も、村雨ライガーにとっても、気力の限界であった。去りゆくアイスブレーザーの尻を眺めつつ、伊和員経のディバイソンが寄り添い、天蓋を開いた。

「勝ち戦に御座います、将門の殿」

「ああ、俺達の勝ちだ。五郎将文は無事か」

 後方警戒・対空要員席の装甲が開かれ、紅潮した少年が立ち上がる。

「小次郎兄上、やりました、勝ちました」

 元服直後の試練を乗り切った弟が、誇らしげに拳を握りしめていた。


 ワイツタイガーが駆け寄る。

「孝子、大事ないか」

「私は無事にて御座います。それよりご覧ください。玄明殿が追撃を始めております」

 見れば、伴類の操る小型ゾイド群をランスタッグが蹴散らしている。傍らには弾丸を撃ち尽くし、身体を伸ばして身を休める三郎の王狼があった。

「玄明よ、程々にしておけ」

馬鹿を言うな。このまま石田まで攻め込むぞ。貴様が止めても俺は止めんからな

 積年の恨みを晴らすべく、ランスタッグが崩壊した国香の兵を蹴散らしていく。
 戦の興奮から解放された疲労感から、小次郎は半ば放心して眺めていた。
 それが更なる戦乱の火種になることに、思い及ぶ者はいなかった。



Number
Pass

ThinkPadを買おう!
レンタカーの回送ドライバー
【広告】楽天市場にて 母の日向けギフト値引きクーポン配布中
無料で掲示板を作ろう   情報の外部送信について
このページを通報する 管理人へ連絡
SYSTEM BY せっかく掲示板