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ゾイド系投稿小説掲示板

自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。

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[403] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-@ 城元太 - 2013/08/05(月) 05:28 -

 蒼天に、鳶色のシュトルヒが甲高い鳴き声をあげて輪を描いている。
 街道を中型ゾイドが進んでいた。2本の前足で器用に手押し車を押している。本来両肩に装着されるジャイアントホイールを、荷車の基部に取り付け荷物運搬用に使用しているのだ。
 小さく丸い外耳に丸みを帯びた体形、その白と黒の色分けとも相まって、何処かしら滑稽な姿で歩いていく。南半球の卯月、盛夏の頃、下総に広がる大地は一面黄金の麦の穂に覆われていた。麦秋を貫く一本道を、同じく金色のシリンダーに彩られたバンブリアンが長閑に歩む姿は、此処が政争から遠く離れた場所であることを感じさせた。
 そのパンダ型ゾイドの操縦席に座る丈部(はせつかべ)の子春丸(こはるまる)は、ミサイルを外したバンブーランチャー流用の即席手押し車に積まれたリーオのヒ(けら)(=粗鉄、この場合「粗メタルZi」)を見下ろし、額の汗を拭う。

「いち、今日の務めが終わればまた府中に向がうからな」

 手にしたリーオ製の髪櫛を見つめ、幾分常陸訛りの独り言を呟いた。紅色の袋に入れると、大事そうに懐に納め視線を前に向ける。

「ありゃ、なんだ」

 2足歩行の機体高ゆえか、黄金にさざめく麦畑の海の向こう側から見覚えのある2機のゾイドが向かってくるのが視界に入った。

「ディバイソンだな。常羽御厩の多治経明様のものとは色が違うのう。それと……おお、村雨ライガーだ。将門の殿(との)のお帰りだ。検非違使の位には就けたのかのう」

 バンブリアンは一度ジャイアントホイールとバンブーミサイルランチャーを組み替えた手押し車を離し、4足歩行形態に変形する。接近してくる村雨ライガーとディバイソンの進行の邪魔にならないよう、街道の傍らに機体を寄せて停止した。

「小次郎様、お懐かしゅうございます。岡崎村の駆使、子春丸でございます。御無事でお帰りの御様子、まずはお帰りなさいまし」

 風防を開けた操縦席で、子春丸は人懐っこい笑顔を浮かべていた。
 小次郎も村雨ライガーの風防を開き、力強く応じる。

「子春丸、主も息災であったか」

「お蔭様で。只今都からお帰りで御座いますか」

「ああ、これから鎌輪に戻る。母上たちは達者であろうか」

 途端に、子春丸の表情が曇る。
 不穏な雰囲気を察し、小次郎は子春丸に再び問いかける。

「伯父上たちが、来たのだな」

「詳しい事は手前の様な者が申すべきことではございませぬ。まずはお急ぎでお帰りになる事をお勧めいたします」

「合い分かった」

 小次郎は短く礼を言うと、村雨ライガーの歩みを幾分速めて鎌輪の館に機体を向けていた。その時子春丸は、後方に付き従うディバイソンの後方警戒・対空要員席の装甲を開き、坂東の風に射干玉色の髪を靡かせる美女の姿を目にした。

「都の女だ……小次郎様もなかなかの御仁で……」

 侮蔑とも羨望とも取れる失笑を潜め、2機のゾイドが離れていくのを暫く見送っていた。


 桔梗は香ってくる土の匂いを懐かしく感じていた。
 歩行速度を上げたことで振動が若干大きくなり、17門突撃砲が微かに上下する。
 束ねた髪も風に歩調に合せて旗の様に棚引いた。

(坂東に戻ったのだ)

 舞い上がる埃に霞む進路を見遣り、あの日の事を思い返していた。


 ロードゲイルを破壊された後、緩やかな振動によって目覚めさせられた。見慣れぬ操縦席の中、少し窮屈な姿勢で眠っていたようだ。前席に広い背中の武士が座る。

「……主は、確か……」

「目覚められたか、桔梗殿。躰の節々に痛みは無いか」

 空かさず身構えようとしたが、肩に激痛が奔り容易に動かせない。更には両足にも鈍痛が残り、見れば手厚く巻かれた包帯に血が滲んでいる。桔梗は、いま自分が満身創痍であることに漸く気付いたのだった。

「我を如何にするつもりだ。追捕使に捕縛させようというのか」

 言い放ってから、胸も苦しいことを知る。肺も衝撃で圧迫されていたのだ。前席の武士は振り向かずに応える。

「捕縛するなら縄でぐるぐる巻きにしてとっくにして居る。信じてくれぬのなら止むを得ないが、それなら最初からゾイドの後席などに乗せぬわ。お前を救いたいのだ、桔梗よ」

 彼の女は呼吸する度に肺に込み上げる圧迫感を堪えつつ、声を絞り出して返す。

「なぜその様なことをする。貴様が滝口の小次郎将門であることは知っておるぞ。追捕する側でありながら、なぜ群盗の我が身を救うのだ」

「主が美しかったからだ」

「な……」

 この時小次郎は単純に「桔梗の前の髪が美しかった」と言う心算であった。辯の立たない武骨な坂東武者は、自分の放った言葉がどの様な意味を持つかも考えずに使っていた。
 そしてそんな心中を察するはずもない満身創痍の弱り切った桔梗にとって、その言葉は殊更(ことさら)に特別な意味合いとして取れてしまっていた。
 躰中が熱を持ったように上気する。呼吸が別の理由で苦しくなった。

(何なんだ、この男は)

「その躰では当分動けまいて。暫くは私と共に過ごすこととなるぞ」

 またも小次郎は、その言葉がどんな意味を持つかも分からず使っていた。最早桔梗には一言の返す言葉もなかった。
 その後、小次郎は都に不慣れな故に、興世王の口添えで借宿の手配を頼んだ。「女を囲いたいのだが」と、文字通りの言葉を口にすると、興世王は失笑しつつ、素性も聞かずに館を提供してくれた。小次郎は怪訝な顔をしつつ、その背後でいつになく薄笑いを浮かべる興世王がいるのも知らずに。
 村雨ライガーの操縦席から抱きかかえられ、敷かれた床にそっと横たえられた桔梗を見下ろし「早く治癒すると良いな」と言って後にした。彼が去った後も、桔梗は胸の高まりがまだ収まらなかった。

(何なの、あのひとは)

 その日桔梗は傷の痛みも胸の閊えも覚えず、深い眠りに落ちて行った。
 小次郎は日に数回、傷の様子を見に訪ねてきた。桔梗の事を聞こうともせず、ただ献身的に世話をやいてくれた。彼の困難な状況にある者を黙って見過ごせない性格と、誤った言葉の使い方により誤解をしたままの桔梗は、いつしか複雑な関係を成立させていた。
 傷が癒える頃、坂東への同伴を聞かれた時、桔梗は俯きつつも小さく「うん」と頷いた。
 小次郎はそれがまだ傷の痛みによって声が出ないものと、また誤解をしていたのだった。


 坂東に出立の日、道中を共にすると紹介された初老の武士は言った。

「お前はこれから儂の娘、孝子となる。途中関の通過には、将門の殿の妻(さい)とするよりも親娘とした方が何かと都合が良いのじゃ。わかったのう」

 その伊和員経の言葉も、桔梗の想いに追い打ちをかけてしまった。

(私が、この武者の妻に……)

 群盗の女頭目と判らぬよう、持てる金子を目一杯払って、京でも華やかな女房装束を纏わせた。すると、見る者が見ても判らぬ程、淑やかな女性になっていた。鏡に写る姿を見て、桔梗は今までとは違う自分に驚いていた。

(どこまでもついて行ってやる。あなたの最期を見届けてやるのだ)

 その感情が二つの意味を持つことを知りつつ、桔梗は自分を納得させ、坂東行きを決意した。この男の育った郷とはどんな所かも知るという理由で。だから待ち遠しかった、その鎌輪の館がどんなところなのか。

「あれが、武士の館なの……」

 だが、桔梗は思わず呟いてしまっていた。


 懐かしい築地塀(ついじべい)が見えてくる。都に身を置く間、何度も瞼に浮かんだ鎌輪の館は、しかし小次郎を変わらず受け入れてくれることはなかった。
 声が出ない。あまりの変わり様に。
 息を呑む、とはこの事かと思うほど、小次郎は衝撃を受けていた。
 ディバイソンの頭部装甲を跳ね上げ、伊和員経が小次郎に問いかける。

「殿、こちらが坂東の館で御座いますか。失礼ながら豪(えら)く荒れていて、とても武家の惣領が住む場所とは思えませぬ。先程の駆使の思い違いで、最早御兄弟殿達はこの館から別の棟に移られたのではないのでしょうか」

 そうかもしれない、いや、そうに違いない。
 それが小次郎の願いであることに、彼自身も強く念じていた。
 村雨ライガーに伏せの姿勢を取らせ、カウルブレードに掴まりつつ大地に降り立つ。幼い頃から嗅いできた土の匂いは変わらない。だが、ぼろぼろの矢倉も、荒れ果てた馬場も、とても自分達兄弟を育んできた館とは信じられなかった。
 曲がり屋の奥、動く白い影がある。小次郎は身構えた。

「誰かいるのか。俺はこの館の惣領、京より戻った平将門だ」

「兄者か」

 廃屋同然の格納庫から現れたのは、スナイパーライフルの右の銃身を失い、所々の装甲板を失ったケーニッヒウルフであった。

「兄者、漸く戻られましたか」

「三郎、いたのか。この有様は一体どうしたというのだ。四郎将平からの便りで駆けつけてみれば、この廃れ様。母上は、それに将平や将文、将武、将為達は」

 矢継ぎ早に問いかけたところで、三郎将頼が応じられないことは知っている。それでも問いかけずには居られぬ程、小次郎は昂ぶっていた。

「まずは館に入ってから申し上げます。母上も待っております」

 小次郎は再び絶句した。
 母上がまだこの館にいるのか。こんな廃墟のような館に。
 自分の不在の間に起きた出来事が、予想以上に縁者を苦しめていたことを、小次郎は痛感していた。

[404] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-A 城元太 - 2013/08/15(木) 20:09 -

 盛夏の常陸野、立ち昇る朝靄に烟る筑波峰を仰ぎ見つつ、小次郎は伊和員経と共に真壁、服織(はとり)の館へと向かっていた。本来下野介(しもつけのすけ)である平良兼(たいらのよしかね)が常陸に居を構えているのも、偏に源護の娘と招婿婚(=妻問婚)による結果である。那珂から久慈に亘って広大な所領を有する源家の一族は、高望王(たかもちおう)を祖とする坂東の桓武平氏一族と婚姻を結ぶことにより、所領の支配の安定化を図った。結果、小次郎の伯父国香、叔父良兼、良正が源護の婿として源家の姻族に組み込まれた。良兼が館を服織に移した理由もそれである。そして新たに、末娘彩(あや)が、従兄貞盛との婚儀を進められている。
 小次郎は村雨ライガーの中、懐から取り出した古代ゾイド文字の刻まれたリーオの櫛を見つめた。
 都での仕官の目的の一つは、彩と結ばれるためだった。ところが自分は滝口の衛士の位を擲(なげう)ってしまい、一方の貞盛は左馬(さま)の允(じょう)として今も都に勤めている。三郎将頼が語ったところの、源家三兄弟のバーサークフューラによる所領侵食により、既に源家と間には深い溝ができてしまっている。嬥歌(かがい)の夜に交わした約束が果たされることは最早叶わぬ事だろう。そしてあの夜、唇に覚えた柔らかな刺激も、二度と交わされることもないと思っていた。

「将門の殿、如何なされた」

 並走してきたディバイソンの操縦席から員経が問いかける。

「いや、なんでもない」

 小次郎は僅か一年前の出来事が、遥かな過去の出来事の如く思え、自分が置かれた立場の重さを噛み締めた。


 鎌輪に戻った夜、三郎や四郎から話を確認すると、大凡は先の四郎将平の便りに記された事実に相違なかった。翌日には早速常陸大掾(ひたちのだいじょう)を勤める平国香(たいらのくにか)の元に使いを出し、下総の惣領として所領蚕食に対する問答を望んだが、常陸の伯父は物忌みを理由に断り、会見が叶うことはなかった。露骨に問題を有耶無耶にしようとする態度が見て取れたため、小次郎は歯噛みしつつも次の手段を考える他なかった。

「いっそ確約なしに館を訪れては如何でしょうか。ならば叔父君達も断れぬことと存じます」

 老練な員経の進言は、若年のみの鎌輪では心強かった。国香に会見を断られた以上、次に向かうべきは下野の良兼である。常陸の服織に起居していることを確認すると、小次郎は虚を突いての会見に臨むべく、早朝より員経のディバイソンを伴い、村雨ライガーで出立したのだった。


 騰波ノ江(とばのえ)を迂回する為、鬼怒川沿いに北上していると、超硬角を鈍く輝かすもう一機のディバイソンが現れた。

「小次郎の殿、久しゅうに御座います」

「経明殿、息災で在られたか」

 常羽御厩(いくはのみんまや)の別当多治経明(たぢのつねあき)が、朝露で僅かに泥濘(ぬか)るんだ大地を踏み締め近寄ってきた。

「京よりお戻りとは存じ上げず、御挨拶遅れました。お帰りなさいませ小次郎の殿。ところでそちらの御仁は」

「伊和員経と申します。京にて将門の殿に仕える事となりました。経明殿、同じディバイソンを駆る武士(もののふ)故、以後懇意に願いたい」

 一通りの名乗りの後、経明は事の流れを小次郎に語った。やはり四郎の便りに準じており、殊の外源家三兄弟の乱行に激高していた。

「官牧である常羽御厩でさえ、飼育しているランスタッグを奪っていく始末。服織に行くのであれば是非ともお供したい。良兼殿にも、義兄弟の粗暴な振舞いを伝えましょうぞ」

「経明殿、今回は話し合いに行くのだ。事を荒立てるつもりならば同伴は許さぬぞ」

 小次郎の諌めに経明は頻りに恐縮している。だが一方で、小次郎は思案せずには居れなかった。源家の侵攻が性急過ぎる。関係を結ばぬ一族は容赦なく簒奪を行うのは、あれだけの所領を持ちながら不自然であったからだ。もとより下総は、鬼怒と利根の乱流と信太の流海に囲まれた途切れ途切れの狭い土地ばかりである。何故伯父達が、自分如きの所領を狙うのかが解せなかった。
 程無くしてしかし、彼はその理由を知ることとなる。


「なんだこの死骸は」

「将門の殿、これは都の海浜に打ち捨てられていたゾイド群と同じでは」

 鬼怒を渡り、騰波ノ江の北に達した頃、湖畔の葦津に累々と横たわるフロレシオスやアクアドン、バリゲーターにカノントータスなどのゾイドが遺棄されているのを目の当たりにしていた。一様に赤い斑点状の膿疱(のうほう)を発している。員経が声を上げる。

「ゾイドウィルスですな」

 多治経明は風防も開かず告げる。
良兼殿か国香殿か、はたまた護殿かは存じ上げませぬが、どうやら都から持ち帰ったゾイドの中に悪性の病巣を孕んだ物があったらしく、これらの疱瘡は下総から鬼怒を越えた常陸や下野で大流行しておりまする。一度ゾイドに罹患すると最早施し様は無く、こうして湖沼に打ち捨てられるばかり。殿の叔父君達が下総を蚕食しているのも、この疱瘡によるものでもあるのです
 見るも無残に横たわるゾイドに、小次郎の胸は痛んだ。
 この事を知っていれば、せめて都よりワクチンプログラムを持ち帰ったものを。このままでは、坂東のゾイドが失われてしまう。ふと思い浮かんだのは、未だに都に残る太郎貞盛のことであった。
 従兄の父国香が小次郎の土地を侵しているという理由での帰郷のため、理由も告げずに去って来た。だが貞盛であれば理由を言えば必ず対策を取ってくれるはずだ。小次郎は恥を忍んででも、坂東の現状を都の貞盛に伝え、更には懇意にしていた蔵人所の藤原師氏にも懇願し、ワクチンプログラムの送付を願うことを考えていた。

小次郎の殿、あまり近づきますと感冒(うつ)りまするぞ

 まだ息が有り、小刻みに震えるバリゲーターを見遣りつつ、小次郎は二機のディバイソンを引き連れ服織の館に向かって行った。


 服織の館には古びた土塀が連なり、鎌輪よりは少し大きな矢倉があった。元は源護の別荘としての館であったらしいが、良兼との縁組により譲られていた。扉の前に達し、小次郎達がゾイドから降りようとした時であった。
 館の内部が騒がしい。ばたばたと翼を羽ばたかせ、中で何かが甲高い鳴き声を上げている。

「ゾイド、でございましょうか」

「わからん。ただ館の内で騒動が起きている事だけは確かだ」

 村雨ライガーから降りるのを止め、小次郎達はゾイドの操縦席で身構えた。
 門扉が内側から激しく叩かれる音が聞こえる。
 郎党達の「姫様、お止め下さい」「危のうございます、お降り下され」という諌めの言葉が響いてくる。
 突然、土塀の向こう側で七色の光が煌めいた。

あれはパラクライズ。又もや姫様が御立腹か

「経明、何のことだ」

 小次郎の問いを待つことなく、彼らが見詰める門扉が突き破られる。吹き飛ぶ扉の向こう側より、菫(すみれ)色をした孔雀型ゾイドが跳び出してきた。

やはり良子殿のレインボージャーク。未だ空に飛び立つ技も会得出来ずに乗り回しておられるとは。全くとんだ御転婆姫だ

「良子?」

 幼き日、良兼のダークホーンの尾部銃座に座り上機嫌で戯れていたのを覚えている。叔父の脇で花の様な無邪気な笑顔を湛え、自分と三郎に面し、頻りに「将門兄さま、将頼兄さま」と付き纏って来たあどけない少女を思い出す。
 父良持の回忌のあの日、年頃になったとだけ良兼から伝え聞いていた。あの従妹であれば、この程度の御転婆も無理はない。
 理由は知らぬが、年端も行かぬ乙女が武士の誉れであるゾイドを容易く駆ることは諌めねばならない。
 小次郎は村雨ライガーを中央に、両脇を員経と経明のディバイソンで門の前を固めさせた。

碧いライガーとディバイソン、そこをおどきなさい

 機外拡声器から若い女の声が告げる。

「姫様、あまり御転婆が過ぎますぞ」

 村雨ライガーは勢いをつけて後肢で立ち上がり、跳び出してきたレインボージャークを抱え込むように捕まえた。
 衝撃を抑えるため、小次郎は村雨ライガーをそのまま仰向けに倒し、背部のムラサメブレード基部を器用に操作し、がっちりと四肢でレインボージャークを抱えたまま横向けになって停止した。
 横倒しとなった操縦席から、髪を二つの元結に束ねた人影が立ち上がる。

「何をするの、貴方は誰ですか」

 小次郎も風防を開き、横倒しの村雨ライガー頭部を、足元を探りつつ立ち上がった。

「相馬の小次郎将門です。良子姫、お戯れはほどほどに……」

 そう言って小次郎は息を呑んだ。そこにいたのは、あの日ダークホーンの尾部銃座で燥(はしゃ)いでいた少女ではなく、見目麗しく成長した乙女の姿であった。

「将門兄さまですか」

 互いの視線が交叉した。
 その再会が、平将門を更なる戦乱へと導き、やがては坂東全体を巻き込んだ動乱の因となる事を、二人の若者は未だ知る由もなかった。

[407] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-B 城元太 - 2013/08/17(土) 13:46 -


「まあ、そんな硬い顔をするな」

 純友は注いだ盃を差し出すが、眼前に座した若者は陰鬱な表情を崩さぬまま目を背けている。

「伯父上殿、今がどの様な事態かお判りですか。何故に私めが貞信公忠平様より伊予の国府まで遣わされたのか」

「明方(あきかた)よ、諌め言葉は酒が不味くなる。折角の淑人(よしと)様との宴であるというのに」

 差し出した盃を戻し、自ら飲み干すと、純友は甥の藤原明方(ふじわらのあきかた)の隣で温和な井出達で酒を嗜む武官を見遣る。不敵な笑顔を浮かべる純友とは対照的でもある。紀淑人はゆっくり盃を差し出し、純友も無言で酒を注いだ。

「伊予守(いよのかみ)殿、今宵は宴が目的ではありませぬ。先の厳島に於いての安芸の海賊衆との騒擾、既に都にまで達しております。遡れば、関白殿下向の際の、アースポート襲撃にも叔父上の日振島の海賊衆が関わっているとの噂まで飛び交っておるのですぞ。いくら私が甥とはいえ、これ以上庇いきれませぬ」

「あれは我らの所業だ。そんなことも知らなんだか」

 事も無げに言い放つ純友に、明方は途端に肩を落として座り込む。

「伯父上、伊予守の前でそれを言ってしまっては……」

「私もとっくにわかっておるよ、のう、純友殿」

 伊予守紀淑人は動じることなく酒を味わっていた。

「良い米を使っているようだな。この銘は何処のものだ」

「さすが淑人様。さすればこれは筑紫の銘にて……」

 瀬戸の内海に面した伊予の国府。その管轄する津で、半身を水面から晒す巨大要塞型ゾイド、ドラグーンネスト。その艦橋の奥、宴と称した非公式の参議は夜が更けるまで続けられていた。


「頭、昨夜は遅くまでお楽しみで。甥子様も淑人様も変わりなき様子。何か情報は引き出せましたか」

 翌日、伊予の国府から日振島に向かう魁師紀秋茂(きのあきもち)が操るダークネシオスの艇内で、純友は常の如く拱手しつつ瞑目している。揺蕩う深層海流に身を任せ、時折昨夜の酔いが残るのか生欠伸を繰り返し、やがて忌々しげに少し早口で語り出した。

「明方の奴め、忠平に籠絡さえおって。いくら藤原北家に名簿を記していても先は見えて居ろうに、全く若い奴は。
 それと秋茂、あの話はやはり本当であったぞ。備前権介の小野好古が、紀淑人の後任として追捕南海凶賊使に就任し、更には山陽南海両道凶賊使まで兼任するということだ」

 秋茂は深い嘆息を洩らした。物憂い気分を振り払うように、ソーラージェネレーターの発電可能深度へと機体を上昇させた。歪んだ鏡面の様な水面が、耐圧に優れた玻璃の蓋越しに艇内に光を呼び込んでいた。

「とうとう淑人殿が身を退く事となりますか。そして今度は小野の一族とは。氏彦もやりづらかろう」

「これまでは同族の主がやりづらかった分と変わらぬよ。だが祖父篁(たかむら)以来の小野氏族が全兵力を投入されれば、ドラグーンネストを含めホエールキングも差し向けることだろう。明方の話では、伴彦真と平安生にも声が掛かっている。ソラの奴らは淑人殿の様な懐柔策を止めるつもりなのだ」

「淑人様は良いお人でしたからなあ」

 純友は鋭く言い放つ。

「秋茂、思い違いをするなよ。淑人が良いのではない。あれは海賊衆を緩やかに宥めただけであって律令の腐敗を取り除く事など出来はしない。甥の明方と同じく、籠絡されてしまってはならぬ。俺達の目的は飽くまで都の制圧と海の民の独立だ。ソラに向かって搾り取られ続けるつもりは無いのだ」

「……承知措きます」

 秋茂は身を硬くして、ダークネシオスの操縦桿を握り締める。掌にはいつの間にかびっしりと汗をかいていた。


 日振島に到着した純友を待っていたのは、一足前に着岸したゾイド回収用のホエールキングであった。ゾイドウィルスに冒され、全身に赤黒い水疱を纏った瀕死のゾイド達が次々とホエールキングから吐き出されていく。吐き出された先には島の対岸に繋がる隧道があり、その天蓋には菌の着床を促す無数の噴霧装置と培養漕、そして瀕死の骸を運ぶ履帯が続いていた。全身白無垢の作業着を纏い、口も頭も布で覆った作業監督員が作業塔から覗き込む。目だけを出した佐伯是基が、到着したダークネシオスを見つけ軽く手を上げた。
 ゾイドウィルスが人に感染をしないのはわかっているが、海浜に打ち捨てられ、循環液が腐敗し、その上磯の香りが混じった臭いは耐えがたく、是基もその場凌ぎとは知りつつも口を覆っていたのだった。噎せ返る悪臭を堪え、純友が声を張り上げる。

「是基、ラウス肉腫ウィルスは着床したか」

 白無垢の是基が、無言で両腕で輪を作った。

「楽しみだな」

「ええ、頭」

 隧道の先に広がる海面には、異様な光景が広がっていた。

「アーミリア・ブルボーザ、貴様を必ず生長させてやる」

 異臭も気にせず、純友は暫く隧道の向こう側の光を見つめていた。

[408] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-C 城元太 - 2013/08/19(月) 18:26 -

 土塀の外で、ムラサメブレードと4本の超硬角が盛夏の陽射しを乱反射させていた。
 ここまで典型的な親子喧嘩に対峙して、小次郎は聊か滑稽な気分になった。同族での所領を巡る問題を談判するため、陰鬱な感情に支配されつつ良兼の館に押しかけたのに、目の前では父親に背を向けて座る良子の姿がある。

「これ良子、客人の前だぞ。下がっておれ」

 宥め賺す良兼を無視しながら、良子は時折小次郎を見るのみだった。伊和員経、多治経明を両脇に控えさせ、苦笑する他に無い小次郎は、良子の横顔に仄かに母の面影を重ねていた。姪であれば伯母に似るのも当然やもしれぬが、良兼と亡き父良持とは異母兄弟である。良子の面影は母の血とは無縁の、坂東の大地が育んだ乙女の美しさであり、それが母と重なるのかとの想いに捉われていた。

(雅な彩殿とは違う美しさだ。これがこの地に生きる者の本当の美しさなのだろうか)

 一向に機嫌を直さない良子を前に、談判もまた滞ったままであった。
 屋敷の奥から茶菓を持った小袖姿の夫人が、くすくすと忍び笑いをしながら現れる。

「叔母上殿、お久しゅうございます」

「お母さま、将門兄さまですよ。レインボージャークを捕まえられた時は驚いたけれど、全然ゾイドを傷つけずに押さえられてしまったのでとても驚きました。
 兄さまは御立派になられました。公雅、公連たちも、将門兄さまみたいに凛々しく育ってほしいです。変な女に騙されずにね!」

 言葉の末が刺々しい。太郎貞盛と同じく、やはり原因は、父が若い側室を持ったことへの反発であったのだ。良子の実母も幾分冷ややかな視線を良兼に向けると、穏やかに良子を宥めた。

「これから小次郎殿はお館様と大切なお話があるのです。我ら女の出る幕ではありませぬ。奥へ下がりましょう」

「女の出る幕が無いのなら、なんであの女は所領の事に口を差し挟んで来るの」

 間髪入れず返した言葉に、さすがの良兼も声を荒げた。

「惣領のやり方に娘が口を出すな。陽子よ、良子をすぐに奥へ連れて行け!」

「私は将門兄さまと一緒がいいんです。出てくなら父上が何処かへ行けばいいでしょ」

「まあ、落ち着きなさいませ良子姫。後ほど時を取ってゆっくりとお相手させて頂きます。私も叔父上にお話がある故、此処は一つ、お父上の言いつけに従っては下さらぬか」

 堪らず小次郎が助け船を出すと、良子は掌を返したように微笑み立ち上がった。

「将門兄さま、約束ですよ。このお話が終わったら必ず私の処に来てくださいね。待っております。
 父上は早く話を終わらせて」

 前髪に見え隠れする小さな白い額に皺を寄せ、良兼を向いて小さく舌を出す。そして小次郎には大きな丸い瞳を向け微笑むと、母陽子と共に良子は屋敷の奥へと去って行った。
 良兼が大きな溜息をつく。連れて小次郎も経明も員経も溜息をつく。村雨ライガーが土塀の向こう側で大きく伸びあがって欠伸をする。
 空には相変わらず、鳶色のシュトルヒが輪を描きながら舞っていた。


 談判は平行線のままだった。所領の統治に関し、小次郎が穏当にその返還を要求するも、良兼は言を左右にして憎々しいまでに言い逃れを繰り返した。員経も頻りに小次郎の言葉を補ったが、地縁に疎い故に充分な反論が出来ず、また経明も御厨の件を挙げて論じるも、感情の昂ぶりを抑えがたく、幾分激高しがちだった。それが良兼の謀事とわかっていても小次郎には有意な方策を採る事ができなかったのだ。
 口角泡を飛ばし論争する経明を前に、良子と対したときとは対照的に、良兼は冷たく言い放った。

「今日の談義はこれまでだな」

 無念の思いを抱きつつも、小次郎は員経と顔を見合わせた。

(事を急くのは得策ではない、か)

 今回は突然の来訪であり、無礼は小次郎方にもある。未だ論じ足りない様子の経明を宥めつつ、良兼の前から去ることとした。
 屋敷の回廊で、憤懣やる方ない経明を背に、小次郎は思案に暮れていた。

「手強い相手ですな、叔父上殿は」

「ああ。だが強気の背景には、やはり源家三兄弟がある事もわかった」

 所領の簒奪には、常にバーサークフューラー、ジェノブレイカー、ジェノザウラーが現れ、恫喝紛いで良民に土地を寄進させ、分割された下総の地は源護と良兼、国香によってそれぞれの荘に取り込まれていた。

「相手は同族。骨肉の争いになりますな」

 小次郎は無言で回廊を進んで行った。



「あの女、嫌いです」

 二つの元結で束ねた髪を頭の横から垂らし、屋敷の馬場に立ったレインボージャークを見上げつつ、良子は険しい声で言った。

「だって私と同じ歳なんですよ。それを母と呼べと言われたって」

「良子、小次郎殿の前ですよ、およしなさい」

 陽子は武家の嫁として、夫良兼が何人かの側室を持つのも止むを得ないと割り切っている。しかし良子は、見目麗しく成長したとはいえ心は未だに少女のままなのだ。父良兼の事が許せないのは、それが父への愛情の裏返しであると気付かぬままに。

「将門兄さまだったら、側室なんて置きませんよね」

「答えられませぬ。私はまだ正室さえ居りませぬ故」

 すると、急に良子はその大きな黒い瞳を輝かせ、小次郎を見つめる。

「ならば兄さま、良子を正室にお迎えください」

 突然の申し出に、小次郎の胸は高鳴った。まだ幼い故、戯れに放った言葉である筈とわかっているのに、激しく心が揺さぶられたのだ。
 レインボージャークの隣に控えていた村雨ライガーが立ち上がる。嬥歌の夜、彩との逢瀬に心奪われ、気も漫ろのまま操縦桿を握っていた時と同じく、主の心を読み取りむずかりはじめたのだ。

「どうしたのだ、村雨ライガーは」

 怪訝そうな顔で員経が見上げる。小次郎は慌てて駆け寄り、村雨ライガーに伏せの姿勢を取らせ、その下顎を撫でた。

「のう、お前もそろそろ男の気持ちを酌んでくれぬか」

 小次郎の気持ちも知らず、碧い獅子は満足そうに喉を鳴らすのみであった。

「兄さま、私も村雨ライガーに乗せてください……」

 駆け寄った良子が小次郎の腰の辺りに抱き着く。操縦席に乗せる為、腕(かいな)にかかえて引き上げると、二束に纏めた髪の毛のうなじから香しい薫りが漂ってきた。背伸びをして、母の香を衣に纏わせているのだろう。幼さと乙女との狭間の青い果実に、小次郎は軽い眩暈を覚えた。

半玉の女はいいぞ

 ふと藤原玄明の言葉を思い出し、小次郎は僅かに自らを蔑んでしまった。


 それから半日、良子は小次郎と共に村雨ライガーで真壁の地を駆け巡った。
 服織の館に戻った時には既に疲れ果て、充足し切った寝顔のまま小次郎に擁かれ母の元へと返された。
 目的こそ果たせ無かったが、小次郎は何か大きなものを得たような気がしていた。

「……良子殿」

 知らずに口遊んだその名に、村雨ライガーがまたむずかる。
 鎌輪の館の空に、幾つもの星明りが点っていた。

[409] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-D 城元太 - 2013/08/21(水) 07:45 -

 孝子と呼ばれるようになってからひと月が過ぎる。最初その名で呼ばれても他人事の様に気付かぬことは多かった。だが慣れ親しむと、次第にそれが自分の本当の名前であったかのように思えて来るのが不思議であった。
 朝の驟雨に洗われた庭先の緑が、宝石の如く滴を纏っている。昇るにつれ強くなる陽射しに滴は消え、土塀の向こうではディバイソンが所領の巡回へと出立していった。桔梗は庭先の緑を眺めつつ、傍らに立て掛けられた姿見に写る自らの横顔を意識せずにはいられなかった。
 父親代わりの伊和員経が仕度した丈の短い衵(あこめ)は、袿(うちぎ)姿と比べると幾分幼く見えもした。しかし伏せ隠した元の名に合せたのか、淡い紫の桔梗色に染め上げられた衵(あこめ)は、本人さえも驚くほどに雅(みやび)な輝きを鎌輪の館で放った。最初に与えられた朱色の女房装束よりも更に上質の衣である。「娘が生きておれば、お前と同じ位の齢であった」と員経が語った。桔梗に亡き娘の姿を重ねたに違いない。
 御簾の向こうに小さな影が現れる。絵巻物から抜け出したような桔梗の姿に、小次郎の末弟達が時折窺いに来ていたのだ。知らない振りをして庭先の緑を見つめていると、鴬張りの床を大股で歩んでくる足音がした。

「こら。六郎、七郎。員経殿の娘君を覗くとは何事だ」

 その声にぱたぱたと回廊を去っていく小さな足音が聞こえる。思わず桔梗は口を押さえ笑った。御簾が上がると、坂東の日に焼け、精気を取り戻した凛々しい武士の姿がそこにあった。

「弟達の無礼はなかったか……孝子殿」

 刹那、その名を呼ぶのに逡巡したようだが、小次郎は桔梗の向かいに胡坐をかいて座した。

「可愛い弟殿達です。もう少し親しんでくれてもよいものを」

 微笑む桔梗の相貌を、小次郎もまた満足そうに眺めていた。

「主がこれほどまでに雅やかだったとは、俺も信じられぬわ。これが京を長きに亘り騒がせてきた群盗の頭目とはな」

 言葉の終わりは幾分声を潜め告げる。彼の女は少し体を強張らせ、そして答えた。

「聞かぬのですか、我が素性を」

「何をだ。京でのお前の事は滝口の時に総べて調べ上げている。今更聞く事などあるのか。それとも、何かを明かしたいのか」

「いえ……」

 桔梗は口許を抑え視線を逸らす。小次郎は、俯く桔梗を前に告げる。

「人には明かせぬ過去があるものだ、まして女の身にはそれが多いものと、太郎が言っていた。俺は群盗であるお前を救った。だから俺にも明かせぬ過去ができたのだ。
 俺は四郎将平の様に聡明ではない。ただゾイドが好きな坂東武者に過ぎぬ。だからお前の過去等に興味はない。不自由な暮らしと思えばいつでも出て行け。気に入ったなら居ても良い。それで良いだろう」

 小次郎は高らかに笑い、そして桔梗の肩を強く叩いて立ち去って行った。
 小次郎の無垢なまでの信頼と優しさは、桔梗にとって嬉しくもある。だが先程叩かれた肩の余韻は、この武骨な坂東武者が桔梗を同じゾイド乗りとして認めているだけであり、ロードゲイルと刃を交えた仇敵として敬うだけで、どれ程姿形を飾っても女として見てはいないことも悟ってしまったのだ。

「所詮私はゾイドに乗りなのか」

 桔梗の前は深い溜息をついた。
 晴れ渡る空の下、ケーニッヒウルフと村雨ライガーの模擬戦開始の咆哮が聞こえていた。


 模擬戦は、開始と同時に中断された。
 鬼怒の河岸の葦原から、全身を泥に塗れたゾイドが突如姿を現したからだ。基部と装甲部の隙間からは、未だに泥水が滴り落ちている。河底の水草を端々に纏い、それが道なき道を貫いてきた様子が見て取れた。

「剣狼(ソードウルフ)ではないか。真樹殿の上兵、文屋好立(ふんやのよしたつ)殿か」

 ケーニッヒウルフに比べ幾分小柄な狼は、そのまま速度を緩めることなく鎌輪の館に突き進んでくる。

「様子がおかしい。三郎、俺とお前で並走し、事あらば挟み込んで脚止めする。行くぞ」

 村雨ライガーが跳び上がり、白き王狼もそれに続く。
 全速で剣狼と擦れ違った瞬間、村雨ライガーはターンピックを突き刺し極地転回を為し剣狼の脇にぴたりと並走した。風防を覆う装甲の一部が割れ、操縦席内部の様子が覗える。小次郎は目を細め、内部に俯せになっている操縦者の姿を確認する。遅れて王狼が、剣狼の右脇に並走を始めた。

「鎌輪へ向かえという指示だけを忠実に守っているに違いない。三郎、剣狼の速度を村雨と王狼で抑える。俺が跳び移って指示を解除する、いいな」

村雨はどうします

「案ずるな、此奴は自分で何とかする」

 言うが早いか、村雨ライガーが剣狼の前に勇躍し、頭を抑えて速度を削いでいく。挟み込んで王狼が右を抑え、次第に剣狼の歩みが削がれていく。
 村雨ライガーの風防が開く。小次郎が跳び移り、剣狼の外耳に掴まった。主の動きを忖度し、村雨ライガーは更に剣狼の歩みを抑え続けた。
 頭部風防脇の緊急開閉把に手を掛け、小次郎が風防を抉じ開けた。人ひとりが滑り込めるほどの隙間が空いた。前方に鎌輪の館が迫っている。小次郎は臥せったままの操縦者を退かし、思いきり制動をかけた。
 剣狼の四肢がその機体半分の径の円弧を描き、直角に向きを変えて停止する。足元に穿つ皺に、著しく土塊が吹き飛んだ。

「止まれぇー!」

 小次郎の叫びに応じる様に、剣狼は館の土塀直前で、四肢を踏ん張ってその躰を停止させたのだった。
 額の汗を拭い、操縦席脇に伏している操縦者を見る。三郎の言うように、その武士が文屋好立なのだろう。だがなぜ国玉の小父の上兵が、泥塗れのまま鎌輪に向かって来たのか。小次郎は漸く、このゾイドの泥臭さを覚えることができた。

「兄上、御無事でしたか」

 王狼がゆっくりと近づく。無人とはいえ、小次郎の意志を汲み取った村雨ライガーも遠巻きに寄って来た。

「大事ない、俺は無傷だ」

 風防を開け放ち立ち上がる。安堵する三郎の王狼の向こう側、小次郎は更に見慣れぬゾイドの姿を認めた。
 赤と黒と淡紫の3機の竜が、脚部から炎を噴き出し滑るように接近してくる。中央の淡紫の竜は、背部に刃を幾振も備えている。

「ジェノザウラー、ジェノブレイカー、そしてバーサークフューラー。源家三兄弟だ」

 三郎将頼が憎々しげに睨み付ける。朝の驟雨が乾ききらない地を焼き、明確な悪意を持った3機の凶悪な竜が、平将門に迫っていた。

[410] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-E 城元太 - 2013/08/23(金) 05:22 -

 混迷の極みの中、桔梗は決意した。
 未だに意識が戻らず横臥したままの文屋好立を前に、小次郎三郎を欠く館の家人達は只管(ひたすら)狼狽(うろた)えるだけであった。立て続く混乱により、小次郎の母犬養の君でさえ目に見えて動揺している。幼い弟達は恐れ母にしがみ付き、数少ない郎党も手立てを失い茫然とする。伊和員経は戻らず、四郎将平は菅原景行の元にいる。

「将文殿、将為殿、この方の鎧を脱がせ楽な姿勢にさせて。清き水を桶に汲み頸元を冷やすように。母御殿、好立殿の介抱と、幼き弟君達をお願いします。
 郎党衆、すぐにゾイドの準備をしなさい。この方が乗って来た剣狼はまだ動くはず。関節部に泥が詰まっていたのでサーボモーターは外さぬまま洗浄せよ。それと背のリーオの剣の展開を確認しなさい。もし刃毀れがあれば教えて。整備と並行してレッゲルを補給、完了次第、私が剣狼で出撃します」

「孝子姫、無茶でございます。姫様が出撃なさるなど……」

「聞こえぬのか。早く行け」

 垣間見せた群盗頭目の顔に気圧され、郎党達は蜘蛛の子を散らすように馬場に駆けて行った。堀に取水口を放り込むと、高圧洗浄銃で泥に塗れた剣狼を流し始める。吹き飛ぶ水草の下から、鮮やかな丹色(にいろ)の装甲が現れた。

「これより援護します、将門様」

 館裏手での整備の槌音を聞きつつ、桔梗は正面矢倉の外で威嚇する3機の竜を凝視していた。


 ジェノザウラーとジェノブレイカーが脚部アンカーを展開し固定した。頭部から尾部までを一直線に揃え、集束荷電粒子砲発射の態勢を整えている。口腔に装備された砲身の先には、村雨ライガーとケーニッヒウルフ、そして鎌輪の館があった。
 中央のバーサークフューラーの頭部天蓋が開き、中から煌びやかな大鎧(おおよろい)を纏った武官が姿を現す。操作盤に片足を載せ、周囲を睥睨し高らかに宣した。

「我は源護の長子にして扶(たすく)と申し上げる。
 鎌輪の館主に申し上げる。先に平真樹が兵、文屋好立の操る剣狼がこの館に逃げ込んだ。大国玉の真樹は、我が伯父平国香殿と所領に於いての折衝中、無礼にも談議の場を蹴って逃れたのだ。非礼は好立方にあり、坂東武者にして有るまじき行(ぎょう)である。速やかに剣狼並び好立を我らに渡してもらいたい。
 猶、真樹は鎌輪の惣領殿の姻族故、匿うという覚悟がおありならそれでも結構。但し即座に、我ら源家に仇為す敵として討伐する。惣領殿、返答は如何に」

 小次郎も村雨ライガーの風防を開き、正面のバーサークフューラーを見据える。

「我は平小次郎将門、鎌輪の惣領にして父良持より下総家督を受け継いだ。詳細の事情は知らぬが真樹小父は我が母の血縁、更には館に庇護を求めて来訪した客人をみすみすお渡しするのは坂東武者にとって武侠を欠く。『窮鳥も懐に入れば猟師殺さず』の格言の如く、今文屋好立殿は傷を負っておられる。怪我人を寄って鷹って仕留めたとあらば、源家の勇名にも傷が付くであろう。孰れ機会を見計らい解決に至れよ。ここはこの平将門に免じ、御引取願いたい」

 小次郎は魔装竜や虐殺竜の構える荷電粒子砲の砲口にも怯むことなく道破した。その堂々たる態度に気圧され、源扶は言葉に詰まったかに見えた。

「将門、貴下と論じる気はない。大人しく渡すか渡さぬかの覚悟を決めた上で応えられよ」

「渡さぬ」

 小次郎は即答した。そして扶は激高した。

「良かろう、では収束荷電粒子砲の威力を示すのみ」
 機内に戻った扶がバーサークフューラーを後退させる。ジェノザウラーとジェノブレイカーの頸部と尾部の放熱板が跳ね上がり、それぞれが荷電粒子コンバーターの作動を開始した。
 小次郎は、それが脅しであることも充分理解していた。所領の多くを失い、落魄れた身の上とはいえ、仮にも鎌輪の館を焼き払ったとすれば下総の国府も看過できない。場合によっては京にまで召喚され、煩雑な取り調べと手続きが必要となる。
 だが同時に、全くの無傷で済むとも思ってはいない。仮に直撃を避けるとしても、館或いはゾイドに何らかの打撃を与えなければ源家三兄弟の面目が立たなくなってしまう事態に追い込んだのもまた事実である。

「三郎、国府に訴えられるように映像を記録しておけ」

 小次郎の言葉に応じ、ケーニッヒウルフは三連スコープを備えるヘッドギアを装着した。館の前からは動けない。そしてムラサメブレードも展開は出来ない。こちらから手を出したと見做されれば、かえって源家の思う壺に嵌ってしまう。互いに一歩も引けない状況の中、荷電粒子コンバーターが低く唸り続けていた。


 緊張を破ったのは、館の土塀から跳び出してきた丹色の狼ゾイドであった。

「好立殿、気が付かれたのか」

 村雨ライガーが振り向き、竜達が荷電粒子砲の軸を逸らす。双方の先に、ソードウルフの舞う姿があった。

将門様、御助力します

「桔梗……孝子殿か、乗っているのは」

 小次郎が思わずその名を口走り、慌てて言いかえる頃に、剣狼は睨み合う源家と平家のゾイドの前を駆け抜けていた。
 その出現に末弟源繁(みなもとのしげる)が取り乱し、ジェノザウラーの収束荷電粒子砲が天空に向け放たれた。地磁気により光芒は緩やかな放物線を描く。青白い線条はやがて地平線を越える辺りで落下し、丁度その下にあった騰波ノ江の湖水を大量の水蒸気爆発に導いた。
 荷電粒子砲の発射が戦闘の口火を切った。
 ムラサメブレードが氷の刃を展開する。
 ケーニッヒウルフもデュアルスナイパーライフルを構える。
 そしてソードウルフが背中の二双のエレクトロンハッカー(=ダブルハックソード)を閃かせ、アンカーを穿ったままのジェノザウラーの頭部を踏み付けた。ロングレンジパルスレーザーライフルが基部から切断され、黒き虐殺竜が横倒しとなると同時に地表に達した。
 村雨ライガーが赤き魔装竜にストライクレーザークローを叩き込む。フリーラウンドシールドを用い、やっとの思いで体勢を整えたものの、赤い盾は大きく歪んでいた。
 後退したバーサークフューラーが、バーニアスラスターによって一気に間合いを詰め、バスタークローを振り翳しケーニッヒウルフに襲いかかる。回転する凶悪な刃を、横合いから入り込んだソードウルフのリーオの剣が受け止めた。

「笑止」

 バスタークローの刃が折れた。思わず仰け反るバーサークフューラー。源家の長子であっても、桔梗の前程の手練れには敵わなかったのだ。しかし、それが再び怒りに火をつけた。
 三機の竜は地表を滑り間合いを取ると、一斉に荷電粒子砲発射態勢をとった。口腔の砲身が燐光を発し出す。ホバリング機能を持たない村雨ライガーでは、到底間合いを詰めることができない。
 間に合わない。
 小次郎は強く願った。
 村雨ライガーよ、もう一度あの力を。
 表示板が輝いた。
 あの力だ。

「疾風ライガー!」

 焔の繭に包まれたかと思うと、次の瞬間碧き獅子は緋色の獅子へとエヴォルトしていた。

「これが、龍宮の地震竜を破った力か……」

 桔梗の前は、変化した疾風ライガーの姿を目の当たりにしていた。

[411] Zoids Genesis -風と雲と虹と(第三部:動乱編)-F 城元太 - 2013/08/25(日) 17:02 -

 久しく絶えていた家人郎党揃っての笑い声が、鎌輪の館から上がっていた。

「痛たっ……小次郎殿、もう御勘弁願います。当方未だに傷が癒えきっておらぬので」

 左手を吊った文屋好立が脇腹を押さえ屈みこむ。

「許されよ。生憎(あいにく)怪我人は主(ぬし)一人しかおらぬのでな」

 小次郎も上機嫌で笑っている。伊和員経が茶を口に運びつつ口惜しそうに語る。

「京での一件は伺っておりました故、村雨ライガーの変化(へんげ)した姿を是非にでも拝見したかったのだが、また見逃してしもうた。将門の殿は、今度は覚えておられるのですか」

「おう、それがのう。俺も良く覚えておらぬのだ」

「私とケーニッヒウルフは一部始終を見ておりました。映像もしっかりと記録しております。もの凄い速さで、こう、まるで疾風の如き姿で――」

「当たり前だ、あれは疾風ライガーだ」

 三郎将頼の頭を乱暴に叩くと、小次郎は再び破顔一笑した。それを見る桔梗の前も、小次郎と等しく喜びと安堵を覚えていた。


 村雨ライガーが疾風ライガーにエヴォルトした時点で、既に勝敗は決した。間合いを取らねば発射できない荷電粒子砲装備のゾイド達に、疾風ライガーは一瞬の隙も与えず立て続けにストライクレーザークローを叩き込んだ。エクスブレイカー等の近接用武器で襲いかかろうとする源家のゾイドを、小柄なソードウルフが懐に入り込み攪乱する。ムラサメディバイダーとムラサメナイフ、そしてダブルハックソードが敵の装甲を自在に切り刻んでいく。ぼろぼろと装備が崩れ落ち、バスタークローが、フリーラウンドシールドが、そしてハイパーキラークローがそれぞれ基部から切断されていった。

「未だ続ける御積りか」

 足元に赤と黒のゾイドが横たわるその場所に、ムラサメディバイダーとエレクトロンハッカーを頸元に突き付けられ立ち竦むバーサークフューラーがあった。


「それにしても、姫様があれほどのゾイド乗りとは思いも及びませんでした。まして初めての剣狼を」

 桔梗の前の素性を知らぬ三郎が感嘆している。僅かに小次郎は表情を曇らす。

「将頼殿、それが武家の娘というものでございます。如何ですかな三郎殿、我が娘に稽古をつけてもらっては」

 咄嗟に気転を利かし、伊和員経が辻褄を合わせた。三郎将頼は無邪気に大きく頷く。

「是非もない。ではそれまで好立殿のソードウルフをお借りしたいのだが宜しいか」

 痛みを堪えながら笑って応じる文屋好立を前に、三郎は拳を握りしめる。その時末弟の七郎将為が桔梗に駆け寄り告げた。

「孝子姫が姉上になってくれるとうれしゅうございます」

「え?」

 ゾイドの襲撃にも動じなかった桔梗が、その言葉には動揺した。

「姉上が欲しいと思っていました。だから私の姉になってはくれませんか」

 座が一瞬鎮まる。皆が小次郎と桔梗とを代わる代わる見つめる。

「それも良い考えかもしれぬのう」

 母、犬養の君の言葉であった。

「小次郎もいつ迄も子供ではあるまい。孝子殿が京より共に下向したのは、女として心に決めたものがあっての上であろう。員経殿、父として孝子姫のお気持ちは御存知なのでしょうか」

 僅かに口籠る員経。小次郎と共に桔梗の過去を知るが故に、こればかりは言葉に詰まってしまったのだ。だがそこはやはり員経であった。

「武家一族にとって縁を結ぶのは家の大事とは存じ上げております。ただ、母御殿。男親として、せめて少しの間、この鎌輪と下総の地について知りたく思います」

 時間を作ってくれという婉曲な願いに、犬養の君も微笑みを返した。

「そうですね」

 それだけ言うと、また先程と同じように談笑を始めていた。
 幼い弟達が無邪気に桔梗に纏わりつき、それを桔梗も楽しげに遊んでいる。
 男女の関係に疎い小次郎とはいえ、さすがに母の問い掛けの意味は察していた。しかし、自分の中に一切桔梗へのその類の感情を抱いたことが無かった。
 馬場の村雨ライガーは、憤(むずが)ることなく静かに機体を休めていた。


 後にわかったことだが、小次郎の母方の小父平真樹と、父方の伯父平国香及び国香の義父となった源護の所領が、先年氾濫した騰波ノ江の洪水により境が曖昧となったことが諍いの原因であった。平真樹は上兵文屋好立らを率いてまずは平国香の館に交渉に訪れたが、元より交渉に応じる気配の無かった国香は源家三兄弟を加勢に呼び寄せ、真樹の手勢に一斉に襲いかかったのだった。多くのゾイドが討取られる中、包囲網を突破し無我夢中で脱出したソードウルフは騰波ノ江へと逃げ込んだ。向こう岸に渡り終えた頃にはレッゲルも残り少なく、機体のあちこちに損傷を負っていたため、好立はゾイドの自律機能に任せ姻族の住む鎌輪の館へと向かわせた。だが、装置は戦闘により正常な機能を失っていて、結果鎌輪の館への突入となってしまったのだ。

「常陸に於いても、ゾイドウィルスの蔓延は石田(=国香)や筑波(=護)にて猖獗を極めており、皆少しでも多くの土地が欲しいのです。率いた従類が僅かなのを見て、我が惣領平真樹様を亡き者にしようと、画策したのです」

 小次郎の手には、平真樹の文屋好立の安否を尋ねると同時に、自らの無事を伝える手紙が握られている。文書を目で追いつつ、小次郎は静かに言った。

「真樹殿の無事は確認した。だが、このまま引き下がるとも思えないな」

 床から半身を起した好立は、横に座した小次郎に己が案ずる懸念を語る。

「武勇に於いては小次郎殿は申し分ない。だが、なにせ相手は前常陸大掾の嵯峨源氏だ。更には良兼殿との姻を結ぶ儀がでています、面倒なことにならねば良いのだが」

「誰の事だ」

 小次郎は間髪入れずに問い直す。好立は少し驚いて、その問いの意味を探った。

「ああ、婚儀の事でございますな。
 それはほれ、殿と戦った長子源扶と、良兼殿の長女、良子殿ですよ」

 好立は、小次郎の顔が明らかに色を失っていくのがわかった。
 刹那の沈黙。
 やっとの思いで、小次郎が口を開く。

「良子はまだ早いだろう」

「……嫁ぐには充分な齢とは思いますが。寧ろ今まで婚儀の話が上がらなかったのが不思議なぐらいです。どうも良子殿は気性が激しいようで。坂東女の気質でしょうか」

 脇腹を押さえつつ苦笑する好立を前に、小次郎の頭には一斉に血潮が逆流したような感覚に襲われていた。
 良子が、行ってしまう。
 馬場の村雨ライガーが突然立ち上がり、主人のいる方向に向き直る。低く唸った後、鬨ならぬ咆哮を上げていた。



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