ゾイド系投稿小説掲示板
自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。
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夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か(ねえ、赤とんぼって、怖いの)(怖くないよ。どうして)(だって追われた≠でしょ) 静かに笑っていました。 辺り一面が黄金色に染まる中、幼い私は歌詞のように母の背中に背負われて。 目の前には植樹されたマルベリーの樹々が、地平線の彼方まで続く様に整然と並んでいます。 夕日を浴びて、今日の収穫の仕上げにかかる人々。日々繰り返される営みの喜びに、麦わら帽子の下には満ち足りた笑顔が零れるようでした。 一日目 私たちがここに移り住んで40年の月日が流れ、世代を二つ越えました。 大人はよく「あの日の事」と言いますが、生まれる前のことなどわかるはずもありません。もちろん、歴史は学んでいます。戦争の事、隕石の事、地震の事、そしてゾイドの事。 隕石の落下で荒廃した大地は命の息吹を取り戻し、動かなかったゾイドも次々と元気なって、今はみんなと一緒に日々働いています。 時々こんな単調な毎日に飽きる気もしますが、自分では、今の生活に不満があるわけでもありません。ただ、もう少し町が近ければと思うくらいで。 跨ったローバーが、左脚部の伸びをしました。ぐずぐずしていると、夕餉に間に合わなくなります。私は畦道に残った轍を踏みながら、家路へと急ぎました。 屋根から白い湯気が立ち上がっています。ローバーを納屋に繋いで、井戸横の洗い場で手足を濯ぎ、汗を吸った洗い物を盥に放り込みます。家の中ではもう家族が食卓を囲んで、夕餉の仕度にかかっていました。「おかえり、エミリー」 祖母は釜戸にかかった鍋を混ぜながら、脇で料理の盛り付けをしていました。 盛り付けられた料理を食卓に運ぶと、父はテレビ画面を見ながら独り言を言っています。「皇帝陛下も、お加減が悪いようだな。皇太子様もまだ幼く御出でで。摂政殿下が頼りだな」 都では、いろいろなことが起きているようです。でも、海を隔てたこんな場所には、遠くの世界の出来事はよくわかりません。何より明日の収穫こそが全てで、気にするのは風向きと温度ぐらい。 食事を終え、納屋に行きました。身を屈めていたローバーたちが一斉に立ち上がり、その日の糧をねだります。バトルローバー≠ニ呼ばれていた小型ゾイドですが、戦いとは無関係のゾイドに武器はありません。私たちは移動の手段として、このゾイドを飼育しています。 納屋には3台のローバーが、細長い首をかしげて頭を向けています。名前はクルン=Eプラマハ=Eラッタナ=B何か意味はあるようですが、父もその理由を忘れてしまっていて、だから気にしたことはありません。 ローバーには目がないのですが、光を感じる部分は頭部にあるので、その仕草から大凡の気持ちは掴めます。家族でローバーの世話をするのが私の役割。だから家族の中で一番私に懐いている、と思います。 母屋の方から食事を告げる祖母の声が聞こえました。私は大きく返答すると、ローバーの補給を急ぎました。「ごちそうさま」 食事を終えると、相変わらず父が見ているテレビ画面の下の作業机で、私はいつもの様に土産物の民芸品細工を始めました。 果実の種を半分にして、一部を刻んで羽を四枚付けます。仕上げに所々赤い色で染めて出来上がり。一つ一つは手のひらほどの大きさで、平らな場所に置くとゆらゆらと動きます。「赤とんぼ」。私はそう名付けていました。赤とんぼが、実際どんな生き物なのかは知りません。ですが、母の、その母の、そしてそのまた母親が伝えてくれたという古い歌。その中の赤とんぼという言葉が気になって、そのままこれに名付けています。 以前、『クロスウィング』というゾイドに似た生き物だと聞いたことがありますが、デルポイに住んでいた「あの日の事」から減ってしまったアタックゾイドなど見たこともありません。「今度はどれくらい小遣いもらえそうなの」 祖母が夕餉の片づけをしながら、私に問いかけます。「結構になりそう。お土産は期待してね」 土間の脇では、明日の作業に備えて準備をしている父の足元で、八つ下の弟が無邪気に遊んでいます。 お土産と聞いて、思わず心が躍ったのでしょうか。作業机を懸命に伸びあがって覗き込もうとします。作業机の上には刃物もあって、汚れやすい絵の具も気をつけないと。 前のように大騒ぎになりかねません。「レメ、おとなしくして」 私は弟を急いで抱き上げると、片付けが終わった祖母の元へと預けました。 静かに風の音が響いています。格子の隙間から見える夜空に、丁度二つの月がかかっていました。 その日の夜も更け、家族が床に着こうとしていた頃、家の戸を叩く音と、男の人の声が聞こえました。「クリスピンさん、クリスピンさん、夜分わるいのだが急ぎの用事だ」 この声は、隣のルイスおじさんの声だ。 隣といっても、ローバーを走らせても結構時間がかかるほど離れているけど。 父が戸を開けて、おじさんと話をしています。何か神妙な声で。何かが起きたのだけはわかります。「それじゃあ、充分気を付けるように。今晩はもう遅いから、明日朝一でサンテシマさんに宜しく」「フランツの爺さんはどうします」「ああ、あの変わり者ね。一応知らせておくか。頼んでもいいかい」「あまり気乗りはしませんが」「誰も苦手だって、頼んだよ」 父は軽く会釈をすると、浮かない顔で戻ってきました。「どうしたの」「いや、なにね。開拓局からの伝言なんだが、どうもこのあたりも物騒な奴が現れたらしいんだ。野良ゾイドがでたそうだ」 私も聞いています。コロニー巡回版に、ニザム高地を越えた村で野良ゾイドが現れて、何人か怪我人を出したとの報せが載っていました。「なんでもブロント平地の南でも襲われた人間がいて、それがだんだん北に向かっているようだから、私たちセルン村でも農作業を含めてなるべく一人で外に出ないように、という連絡だ」「大きいのですか」 祖母が不安そうな顔で父を見た。「ゾイドの種類はまだわからない。でも心配ないさ。大きさだって、大したことはないらしい。駐屯軍が出動しただけで逃げ去ったというくらいだし。ルイスの伝言だって万一に備えてのことだろう。時々あることさ。もし家に近づいて来れば、ローバーたちも騒ぐだろう。 ところで、エミリーには明日町に行くついでに用事を頼む」 父はメモ書きを机に置きました。「明日は早い。今日はもう休んだ方がいいだろう」「うん、そうする」 私は豆球に灯りを燈すと、もうぐっすりと寝ている弟の脇に枕を並べました。 さっきより、風が強くなった気がします。 野良ゾイド。父が言うように、時折人里に現れては、作物や家畜ゾイドを荒らしていくことがあります。野生ゾイドに比べて、人間が与えた武装が残っているので被害が大きく、場合によっては捕獲の為に駐屯軍が出動することもあるそうです。 でも、駐屯軍といえば旧式ゾイドしかないはず。それに追い払われるようでは、心配ないのでしょう。それよりも、明日は早く起きなければなりません。私は豆球の灯りを消し、深く息をつきました。 いつしか夜も更けて、知らない間に眠りについていました。
夢、とは違うものかもしれません。 眠っているのに意識はあって、自分の想っている願いを自由に叶えることができるのだから。 今の私が、幼いころの記憶にある母と談笑しています。私は、家族のことや畑の育ち具合、ローバーの操作や料理の手順など、思いつく他愛のない出来事を次々と語りました。次に何を聞こうか、何を喋ろうかと、全部考えている自分がいます。 夢の中の母は、素敵な笑顔を浮かべながら答えてくれます。母の声は聞こえないのに、次々と私は話を続けます。 何か大事なことを話したくて一生懸命考えるのですが、その大事な何かが思い浮かびません。それでも私は話を続けているのです。自分の目覚めが意識され、少しでも夢の中の母と語っていたい私は、なんとかして眠りを続けようとするのですが、思えば思うほど意識がはっきりしていき、やがて本当の目覚めを迎えるのです。 悲しくはありません。むしろ楽しい。叶わぬ願いを悔やんでも心が痛いだけ。 母の夢を見た朝は、いつも気持ちよく目覚めました。(おはよう、おかあさん) 二日目 早朝私はクルンと出かけました。 果樹畑へ行く時は麦わら帽子を被るのですが、町まで行くので今日はヘルメット。 距離が長いので、到着する頃には髪の毛がヘルメットの形そのままにくせが付くのが悩みです。 父がよく、私の髪の毛は母親譲りだと言います。幾分緑がかった黒髪は、お気に入りのクリーム色のバレッタで留めました。首に巻いた淡い水色のバンダナは、今の私の精一杯です。 クルンも、久しぶりの遠出が楽しそうで、日差しの中を快調に走っていきます。 途中、カマキリ型ゾイドのスパイカーが、森林を切り拓いていました。コクピットが朝日に輝いています。ゾイドは私たちの生活の一部です。互いに寄り添い、協力し、生きていく世界。 風に朝露が煌めきながら、靡く髪の音は爽快でした。 小高い丘ひとつと、川を三つ越えて、町に着いたのは太陽の日差しが真上に差し掛かろうとする頃でした。 父と母とが、大異変で荒れ果てたデルポイを出て、この西のエウロペに入植したのはだいたい20年前。最初の開拓団が置かれたのがこのブロント平地の中心のブロントシティーです。この辺りでは唯一ガイガロスとチェピンとの空路が開かれているところで、唯一町の賑わいがあるところ。「ロプサンさん、こんにちは」 馴染みの店に、私は荷物を抱えて入ります。「エミリーちゃん、待っていたよ。どうだい、仕上がりの方は」「まあ、見てください」 私は「赤とんぼ」を店先に並べて、数量の確認をしてもらいます。私の仕上げた細工品は、このロプサンさんの店からエウロペの民芸品店に送られて、最近多くなったニクスやデルポイの観光客に売られるそうです。木の実の種の細工だから、元手はかかっていないので、私の大きな小遣い収入です。自分で働いたお金を貰うのが楽しくて、こうして月に一度、納品の為に町にやってきていました。「聞いたかい、野良ゾイドのこと」 町でも噂になっているようです。「うちでも中古になったゾイドを扱っているから他人事じゃないんだ。昨日も治安員の連中が来て、管理状況を根掘り葉掘り聞かれたよ」「ロプサンさんのとこで扱っているゾイドって、デルポイからの転売品ですよね」 手広く取引をおこなっているこの店では、年に何度かやってくる貨物便で、中古のゾイドの販売もやっています。といっても戦闘用のものではなく、主に作業用に武装を無くしたものだけです。共和国製・帝国製にこだわらないのですが、どうしても、生産数が多く装甲の少ない共和国製の旧式ゾイドが取引の中心となっているようです。この町に来る途中で見たスパイカーも、この店が卸したものだと聞いていました。「逃げ出した機体はいないかってね。商品をそんなに簡単に手放すはずがないだろう。 ごめんごめん、愚痴になってしまったね。セルン村では変わった事は無いのかい」 私は昨日の夜の事を話し、ついでの要件があることもいいました。「フランツさんの家までいくんじゃ、だいぶ遠回りだね。ローバーなら心配ないだろうが、若い女の子の1人歩きは危険だ。暗くならないうちに戻る方がいいね」 その時、突然空から甲高い音が響いてきました。ゆっくりと近づいてきて、丁度町の真上を通りすぎるように。私は何が飛んでいるのか気になって、店の外に飛び出し空を見上げました。 暗い赤と、くすんだ銀色をした6本足のゾイド。サイカーチス≠ニいっていました。でも、私の赤とんぼとは、全然違う。武骨な、戦闘用ゾイド。軍隊のものです。「最近多いんだよ」 ロプサンさんが、顔を顰めます。「飛行場の様子が賑やかでね。ニクスから駐屯部隊が増援されているようで、兵隊さんの客が多くなっている。商売が増えるのはありがたいのだが、エウロペまで来て戦いを始めるわけじゃないかと冷や冷やしているよ」「戦争、始まるのですか」 私はロプサンさんの言葉に不安になりました。「なあに、皇帝陛下が御存命の間は心配ないさ。この前の戦争と、大異変の酷さを知っているから。軍隊だって、偶然ここに来ているだけだろうさ。ほら、代金だ」 ロプサンさんは、少しおまけをしてくれた代金を渡すと、またねと言って見送ってくれました。 街並みの外れに見える飛行場には、先ほど飛び去って行ったらしいゾイドが数台並んでいます。 でも、ロプサンさんの言うような、物々しい様子は伺えません。遠くで整備員らしき人が、大きな欠伸をしています。こんな田舎で戦争をしても、誰も儲からないのだから心配ないでしょう。それよりも買出しです。 少しの間、私は家族へのお土産と祖母に頼まれた買い物をして、荷台が一杯になったローバーに乗り、まだ日が高い間に村へと向かいました。 もう一つ、父からの頼みが残っています。村から離れた、切り立った崖の下に一人で住んでいるフランツという老人に、野良ゾイドのことを伝えるため。 フランツさんの仕事は、時折頼まれる野生ゾイドの捕獲だと聞いています。でも、最近はあまり悪さをする野生ゾイドもいなくなったので、ほとんど自給自足で暮らしているらしいとのこと。一番近いのが私の家なのですが、それでもルイスさんの家の二倍以上の距離で、町に行く都合が無ければ断っていたぐらいです。 あまり村人とも関わることも無く、時折食べ物を買う時にだけ、自分のロードスキッパーに乗って村に現れるようです。 両脇に街路樹の様に植えられた木々の間を通り、手作りと分かるログハウスの前に辿りつきました。「フランツさん、こんにちは。隣のクリスピンです。お伝えしたいことがあって来ました」 ドアの前、私は問いかけて少し待ちました。 やがて、扉が開くと中から見上げるような身長の男性があらわれました。たぶん私の祖母と同じかそれ以上の年齢になっているはずなのに、その筋肉は衰えを見せていません。 何度か会ってはいますが、しばらく私はその体格に圧倒されて言葉を失っていました。「要件は」 フランツさんは、静かに問いかけました。決して恐ろしい声ではないのです。でも、怖い。「はい。野良ゾイドについてのお知らせです」 私は父から頼まれた伝言を、一通りフランツさんに伝えました。その間、彼は視線を合わせずに黙って聞いています。私は早々に帰ろうと、説明が早口になるのが分かりました。 その時です。入り口に繋いだ私のクルンと、フランツさんのところのロードスキッパーが喧嘩をはじめてしまいました。どうもこのゾイド達は相性が悪いようで、事あるごとに喧嘩をします。私は慌ててクルンに駆け寄りましたが、興奮して手が付けられません。手綱を引き千切って、駆け出そうとするので、乗り込んで抑えることもできないのです。私はますます焦って、無理やり席に飛び乗ろうとしました。「無理だ」 フランツさんが、いつのまにか二匹の間に割り込んで、二匹の手綱を引き寄せました。 力の加減と迫力でしょうか、二匹はすぐさま大人しくなり、彼の腕の中、ばつが悪そうにうな垂れました。 ただ、ロードスキッパーの方はまだキーキーと甲高い声をあげていましたが。「蹴られて怪我をしたら面倒だ」 ぶっきら棒に言い放つと、フランツさんは私を睨みました。「ゾイドの気持ちも知らなければ怪我をする」 いいながら、ロードスキッパーの手綱を引き締めると、漸く叫ぶことをやめました。 鮮やかなゾイド捌きを見ながら、あっけに取られていた私は、彼の言葉をよくわかろうともしないで、忙しく挨拶をすると、彼の家を後にしました。 クルンに積んだお土産が、さきほどの喧嘩で崩れかかっています。私は早く家に帰りたくて、クルンの歩調を速めました。 不思議な人でした。どうしてあんな生活をしているか、わかりません。村の話では、私たちが入植する前から住んでいたという人もいますが、それもよくわかりません。 太陽が、傾き始めました。家が見える頃、私は先ほどの出来事など忘れ、家路への一本道を進んでいました。 テレビでは、勇ましい行進曲のような調べと、共和国の脅威を煽るような絶叫が聞こえてきます。本国のニクスでは軍隊の再建に一生懸命のようです。たくさんの戦闘用ゾイドが現れて、ヴァルハラ宮殿の広場を横切っています。でも、やはり実感がありません。 戦争は、遠い昔に終わったことで、それも暗黒大陸ニクスと中央大陸デルポイでの出来事。このエウロペには関わりはないはず。父が見ている映像も、同じ国でありながら別の世界のようでした。 放送が、地域情報に切り替わりました。明日の天候、風向き、気温変化。一通りの天気概況を終えた後、幾つかのブロント平原での出来事が伝えられます。地域の行事や、ゾイド同士の事故のあと、短く「野良ゾイドに関する警戒」という放送が流れました。現在、各コロニーの間で野良ゾイドによる被害が続いています。農作物への被害に加えて、死者が4名となりました。被害者が死亡しているため詳細は不明ですが、目撃者の証言では小型の白いゾイドという情報が入っています。また、現場に残された足跡からは多脚式のゾイドとも視られています。駐屯軍と連携し、捜索及び捕獲作業を展開中ですが、特に地方のコロニーでは、引き続き警戒するよう警備部では呼びかけております「まだ捕まってないんだ」 私は父の隣で呟きました。「お気の毒にねえ」 祖母も、弟を膝に抱きながら言いました。 被害者の出た場所は、ルイスさんの言っていたようにニザム高地から徐々に北上しています。ブロント平原のほぼ中央のシティーを挟んでいるので、西側の私たちのコロニーまではまだまだ距離はあります。あの時見た飛行場もあり、欠伸をしていても軍隊がいるのだから心配はないでしょう。でも、死者がでたことには、私も少し不安になりました。「爺さんは元気だったか」「うん、元気元気。あの人何者なの」 私は少し気になって、話ついでに父に聞いてみました。「誰もよくわからないらしいんだよな。噂では確か帝国特殊工作……、なんでしたっけ」「ゼネバス帝国特殊工作部隊スケルトン、別名24部隊」「そうそれ、ばあちゃんも呆けてないね」 父は祖母に助けをもとめました。亡くなった祖父はデルポイ大陸旧ゼネバス国出身で、ゼネバス皇帝と共にニクスに脱出してきた家臣の一人だったそうです。ニクスで出会った祖母と、第二次中央戦争の時に一緒になり、家庭を持つことになりました。ですから、ゼネバス国については私たちより詳しく知っています。「親を馬鹿にするもんじゃない。フランツがスケルトンだったなんて、根も葉もない噂だよ。それにゼネバスが滅んだ時、スケルトンもなくなったのだから。 お前たちにはわからないだろう、あの戦争がどれほど酷かったか。お爺さんだって戦争さえなければ今頃は」 また祖母の戦争話しが始まりそうになったので、私は作業机に、父は納屋で道具の点検をすると言ってその場を離れました。祖母にとっては、戦争はまだ生きた記憶なのでしょう。 スケルトン、何のことでしょう。がいこつ部隊、でも、フランツさんは骸骨どころか筋肉の塊です。イメージが違いすぎる。あの人なら、素手でもゾイドを倒しそうです。そんなことを思いながら、その日もいつもの様に過ぎていきました。
山の畑の桑の実を 小籠に摘んだは幻か(桑の実って、何)(小さいつぶつぶの木の実のこと)(おいしいの)(さあ、遠い昔の、遠い星の、遠い国のお話しだからね) マルベリーの樹を植えるもともとの目的は、実ではなく葉を収穫して、モルガによく似た小さな生き物に食べさせることだったそうです。それが金色の繭を紡ぐために。 時折知らずに口ずさんでいます。 やさしくも物悲しい響きをもつ、この唄が大好きだから。 三日目 事件があったのは、南のウォルトン村でした。コロニー巡回版に、昨日のことが載っていました。昨日の夕刻、以前より警戒されていた野良ゾイドによる被害が再び発生しました。ブロント平地中部南東に位置するウォルトン村にて、農作業中の入植者6名が、所有する果樹林で襲われました。5名が死亡、1名が現在重体です。 被害者によると、栽培していた果樹の間から突然現れた巨大なハサミに襲われ、その後走って逃げようとしたところを、樹木を薙ぎ倒しながら高速で接近し、次々に襲撃を繰り返したとの証言です。 現場に残された足跡より、襲った野良ゾイドは多脚式で、連続する野良ゾイド被害と同じ個体と推測されています。野良ゾイドの機種ですが、これまでの目撃者証言が一致しないことと、果樹の間から突然現れるために確認が難しく、未だに判明していない状況です。 犠牲者の遺体は捕食された跡があり、特に腰部のみが完全に欠損しています。これまでの野良ゾイドの生態とは著しく異なっており、以上のことから、襲撃を繰り返しているゾイドが極めて凶悪なものであることが推測されます。 現在開拓局と駐屯軍が連携し、一斉捜索を行っておりますので、周辺にお住いの方も充分警戒に当たって下さい 私たちの村でも、軽いパニックに陥りました。まだ事件の起きた場所から遠いとは言え、得体の知れない野良ゾイドが潜んでいるのですから。 農作業中襲われたということは、この野良ゾイドは白昼堂々と人を襲います。 多脚式ということは、サイカーチスのような昆虫型でしょうか。 サイズが大きければ、森や林に潜むことができません。マルベリーやその他の果樹は、全て収穫に便利なように品種改良され、私の身長ほどの高さしかありません。その繁みに潜めるというのなら、ゾイドの高さはせいぜい1.5メートル弱。 この野良ゾイドは、野獣のような本能だけで人を襲っているのではなく、農作業中などお互いに助けを呼べないか、でなければ助けが来るまで時間がかかる場所で人を襲っています。執拗に追いかけ、巨大なハサミで遺体を引き千切るような残酷な方法で、冷静に人殺しを行うためのずる賢さをもっているのです。 最も恐ろしいのは、死体を食べる人喰いゾイド≠ニいうこと。 ゾイドとは本来穏やかなもので、長いあいだ人とゾイドはいっしょに暮してきました。その温和なゾイドを、戦うための道具に改造し、より多くの破壊を行わせるようになったのも、やはり人間が引き起こした戦争でした。 人の殺し方を覚えて、人に捨てられたゾイドが、人に復讐する為に蘇ったのでしょうか。人を残虐に殺戮するだけの凶悪な人喰いゾイドとして。 記事には、簡単な地図が載っていました。 野良ゾイドによる襲撃が起こったところと、それを取り囲むように置かれている駐屯軍の配置です。最初に被害が出たのは、今日から丁度一か月前。ニザム高地の北西側から、ブロント平地中央のシティーに向けて、北西方向にまっすぐ進んでいます。進んだあとには被害者数を現す×印が点在し、その隣に被害者数が書いてあります。最初は被害も軽かったのが、コックス村を過ぎたあたりから、重体や死者の数が増えています。 ウォルトン村の被害場所には、赤い文字で6の数字が書かれ、その延長にシティーと、私たちのセルン村がありました。 既に軍の配置が済んでいるのが意外でした。ただし、それは私たち農民を守るためのものではなく、シティーの軍事施設であるあの飛行場を守ることと、襲撃を繰り返している野良ゾイドの正体が敵(共和国)の作戦であるかもしれないから、急いで配置したのだろうと、祖母が言っていました。 それでも、私たちの村は、シティーの後ろに位置するので、軍に守られる形になっています。「安心はできないね」 地図を見ながら祖母が言いました。「もしシティーを厳重に守られれば、そこを迂回して進むのが当然だろう。とすれば次の目標はこのセルン村だよ」 丁度その時、扉がバタンと閉まる音が鳴り、私は思わず小さく叫んでいました。「あれ、姉ちゃんどうしたの」 弟が庭から入ってきただけでした。「しばらくは農作業を休んで、様子を見るほかないね」「ばあちゃん、もう収穫が近いんだ。そうもいかないだろう」「収穫と命とどちらを選ぶ」 父は言葉に詰まりました。「外に出ないとしても気休めさ。ゾイドがその気になれば、こんな家なんてぶち破って襲ってくるはずだよ。せめて刺激しないようにするしかないのさ。それまでに軍が何とかしてくれることを願うしかないね」 確かに、私たちだけでゾイドを倒すことはできません。ただ、こんな小さな村を、果たして軍が守ってくれるでしょうか。「広報では、本土から増援を要請していて、明日中にも村の警護に来てくれるそうだ」 父が話す傍らで、祖母は不平を漏らしていました。最初の襲撃事件から6日が過ぎ、十数人の被害者を出してから漸く動き出す開拓局の動きの遅さについてです。 それでも、軍が来てくれれば心強くもあります。テレビで何度も見た、あの勇ましい軍隊であれば、野良ゾイドなどたちまちやっつけてくれるでしょう。 その夜は、家の灯りは外に一切漏らさないよう入念に確認しました。野良ゾイドは灯りがある場所に人がいることを知っています。それだって、精密な光学センサーを装備されていたら、何の意味もないのですが、ただ何もしないよりはましだと祖母がいいました。普段は小さな電球を燈したままの納屋も、真っ暗な闇の中ローバーたちも休ませました。 髪を梳いて床に着き、静かな寝息をたてる弟の脇で、私は真っ暗な天井を見つめながら考えていました。 たった一匹の野良ゾイドが、この広いブロント平地を混乱に陥れています。戦争が終わり、大異変が収束し、ようやく訪れた平和の日常は、あまりに脆く崩れてしまいました。これがもし、一匹ではなく何匹ものゾイドが一斉に襲撃を始めたとしたら、忽ち今の生活は無くなってしまうのでしょう。 ゾイドは私たちにとって、無くてはならないもの。でも、一方的に利用するだけでは、今回の様に手痛いしっぺ返しを受けることを、人は忘れていたのではないかと。そして、大量の戦闘ゾイド同士がぶつかり合う戦争になれば、その脅威は遥かに大きくなるのではないかと。 祖母が、事あるごとに戦争の話をするのもそのためなのかもしれない。 私は一刻も早く、野良ゾイドがいなくなることを願いつつ、いつの間にか眠りに落ちていました。(今晩も、おかあさんとお話しできますように)
四日目 翌朝、村境のゆるい坂道になった丘の向こう側から、聞きなれないギシギシという重苦しい音が響いてきました。 それは畦道の幅をいっぱいにとって、道端に植えられた収穫目前の紫色に実った果樹を薙ぎ倒し、踏みつぶしながら進んでいきます。 やがて特徴的な二本の角を持った銀色と赤のゾイドが姿を現しました。 軍のゲルダーという小型ゾイドでした。小型と言ってもローバーなどの24ゾイドと比べると遥かに巨大です。低い重心の機体は、周囲を圧倒するように進んできました。 私は間近で戦闘ゾイドを見るのは初めてです。 私たちは脇道に身を寄せ、その巨大な金属の塊が通り過ぎるのを待ちました。 通り過ぎた畦道の上には、踏みつぶされたマルベリーの果実が、無残な姿となって残されていました。 家に帰ると、ルイスさんが協力をして欲しいとやってきました。 村の集会場に、先ほどのゾイドと何人かの兵士がやってきていて、食事をわけて欲しいとのことです。増援の到着は聞いていましたが、急な事なので準備が出来ていなかったのでしょう。 父は快く返事をして、私に食事を包むように言いました。「エミリー、また頼めるか」「悪いね、エミリーちゃん。私はこれからサンテシマさんのところにも声を掛けてくる。集会場に届けてくれないか」 私もあのゾイドには興味もあります。納屋で休んでいたラッタナを起こし、まだ温かい食事を持って、集会場へと向かいました。 集会場の周囲にも、身の丈ほどに生い茂った果樹林があります。 その奥の敷地の中、私以外にも何人かの村民が来ていて、遠巻きに兵士たちとゲルダーを見ていました。 兵士たちは、不安そうな村の人々を尻目に、幾つかの仮設の兵舎とテントを設置しています。集会場の正面に『野良ゾイド捕獲部隊・セルン村仮設兵舎』という看板が立て掛けられました。 もどってきたルイスさんが、集まっていた村人にお知らせを配ってくれました。私も、食事の包みを渡したときに2枚貰いました。 最近出没している野良ゾイドを捕える為に、暫くここの集会場に駐屯軍が数日留まるということが書いてあります。同じように、南からコックス・フロスト・ウォルトンの村々にも駐屯軍が向かっているそうです。 兵士たちは、私たちが持ってきた食事を美味しそうに食べています。食欲が満たされ緊張が解けたのか、兵士同士で談笑しているのですが、その会話のアクセントの違いに気付きました。「あの、おいしいですか」 私は私の作ったお弁当を食べている兵士に、思い切って声をかけてみました。彼は傍らに脱いだヘルメットを置き、ゆっくりと噛みしめるように食事をしています。「とてもおいしいですよ」 彼はにっこりとほほ笑んでくれました。私より少し年上でしょうか。テント設営作業の為か、幾分紅潮した肌は北の大地に住む人々の特徴である真っ白な色をしていて、髪の毛もこの辺りでは見かけたことのない銀色に近いブロンドです。男性でありながら、女の私が羨むような、どこか神秘的な雰囲気を伴った青年でした。「もしかして、この食事はあなたが」「はい、さっき作って届けたのです。よかった、気にいってもらえて。ところで兵隊さん、兵隊さんはどこから来たのですか」 先ほどのアクセントの違いが気になっていました。何の特徴もない、地方の農村では、遠方からの来訪者は滅多にいません。それだけに、独特のイントネーションで会話する彼らへの物珍しさもあったのです。 彼は少し考えるようなそぶりをして、またにっこりと笑いながら答えました。「チェピンからです。ここまで随分かかりました。でも、こんな素敵な女性に御馳走していただいて、長旅の苦労も吹き飛びました。ありがとうございます」 淡いグリーンの瞳がほほ笑むと、私の意識は突然跳んでいました。 いままで同年代の異性に素敵な女性≠ネんて風に呼ばれたことなどなかったから。 年齢もそれほど変わらないはずなのに、彼は妙に大人びていました。だから素敵≠ネんてお世辞も言ったのでしょう。でも、少し嬉しいし。 よくわからず、私は急に鼓動が早鐘を撞く様に騒ぎ出し、耳たぶが熱くなってきました。 バネ仕掛けの人形のようにお辞儀をすると、ラッタナのところに駆けていきました。 停まっているゲルダーにぶつかりそうになりながら、慌てて家に戻って行きました。ルイスさんからもらったお知らせの手紙は、手のひらの中で2枚ともしわくちゃになっていました。 家に帰った時には、家族の食事は終わっていたので、空腹の私だけ掻き込むように朝食を食べながら、集会場の様子を話しました。「ゲルダーだって」 祖母が聞き返しました。「駐屯軍なのかい」「ううん。チェピンから来たと言っていたけれど」 祖母は訝しむように、視線を集会場の方向に向けました。「多分、その兵隊はゼネバス兵だよ」 ゼネバス兵と聞いて、彼のアクセントの違いに納得しました。あの時は気付かなかったのですが、言われて見れば兵士たちは私たちと種族も違っていました。チェピンは大異変の前の首都で、昔のダークネスのことです。駐屯軍はふつうエウロペ出身の者が兵役に就くのですが、遠く離れたニクスからわざわざやってきていたことには理由がありそうです。「旧式ゾイドしか与えられず、こんな辺境に送られたのだね」 祖母は少し悲しそうな眼をしていました。 施設の整備が終わったのか、軍の部隊は昼前から行動を始めました。 ゲルダーを中心に、周囲に重そうな機関銃を持った兵士と、探知機のような機械を持った兵士が集まって、果樹園から周辺の森林地帯、そして小さな谷間周辺など、野良ゾイドが隠れていそうな場所を辿っていました。 狭い畦道は、ゲルダーには窮屈で、とても戦えそうにはありません。それにかなりの旧式らしく、歩くたびに間接から悲鳴のような軋む音が響いてきます。ようやくやってきた軍隊ですが、生身よりは幾分ましというだけで、とても村全部を守りきるには無理があるものでした。それでも兵士たちは、終日村内を巡って、野良ゾイドへの警戒を続けてくれました。 日が暮れる頃、集会場から炊煙が上がるのがみえました。野良ゾイドの活動は昼間が多いので、夕餉の小休止に入ったのでしょう。とにかく、今日もセルン村にはなにもありませんでした。このまま何もなく、また一日が終わることを願って、家路につきました。 夕闇が迫るころ、開けっ放しの扉の先で祖母が呆然と立っています。 視線の先には、父がいつも見ているテレビ画面。 その画面一杯に、紅蓮の炎が映し出されていました。 テレビのナレーションは、現場の生々しい様子を伝えています。映像を御覧の通り、現在も炎の勢いは一向に衰えておりません。関係者によりますと、火の手は揮発性の高い燃料貯蔵庫より発生し、瞬く間に格納庫全体を覆い尽くしたとのことです。 詳しい調べは終わっていませんが、駐屯軍では貯蔵庫の火気管理は徹底しており、自然に発火することは考えられないとのことです。 この火災による被害は、定期偵察中の1台を除いて、配備されていたサイカーチス3台が大破。その他各施設に甚大な被害が発生している模様です。 この火災の影響により、現在野良ゾイド捕獲のため行動中の捜索部隊は、通信施設が破壊され連携した作戦行動ができないため一時中止となります。増援の為、ニクス本国より着陸予定であったホエールカイザーは、滑走路の確保が出来ないため一時ニクシー基地に回航し、鎮火を待って明日の未明に到着の予定となります。 繰り返しお伝えします。ブロントシティー東部に位置する北エウロペ北部派遣ブロント航空駐屯基地に於いて、現在より約2時間前に爆発事故が発生しました。詳しい原因は不明です。後程新しい情報が入り次第お伝えします その景色に見覚えがあります。ロプサンさんの店から見えた、シティーの外れの軍の飛行場。倉庫のような場所から、連続して火を噴きあげています。爆発に巻き込まれたのか、見覚えのあるゾイドの脚部が炎の中に揺らめいています。あれはサイカーチスの脚。 町が燃えている。一体なぜ。 映像を見ながら、私は考えていました。報道では、爆破原因は不明と言っていましたが、私の脳裏を過っていたのは、野良ゾイドによる襲撃でした。 巡回版に示された野良ゾイド襲撃地点を示す×印を結んだ直進方向にあったのが、ブロントシティーです。 祖母の予想を裏切って、この町でも大きな被害を出しました。今まで小さな村ばかりで被害があったものが、警戒厳重な軍の基地まで巻き込んだ事件が起きている。時間がたつに連れて、まるで犯罪を学習しているように被害が増えているのです もし仮に、この一連の襲撃事件が野良ゾイドの仕業だとしたら、今捜索が行われている野良ゾイドは、何かの目的を持ち、そして高い知能も持っているのではないかと思いました。 何日もの間、捜索が続けられているのに捕獲されないこと、足跡を初めとして、数多くの証拠を残しながらも未だに正体を掴ませない狡猾さ。そして町を襲う場合は、個人を狙うのではなく軍の施設を破壊して、一度に捜索活動を出来なくするという作戦。どれをとっても、ゾイドだけで考えられることとは思えません。 ふと、これは野良ゾイドの仕業ではなく、誰か人間がゾイドを操って、次々と事件を起こしているのではないかとも思いました。例えば、祖母がいっていたように、共和国のスパイ活動のようなもの。 ですが、その考えは直ぐに間違いだと気付きました。なぜなら、最初無差別に農作業をしていた人たちを死傷させた理由がわかりません。破壊工作をするのなら、人殺しなど目立つことする必要などないから。 もう一つの理由は、野良ゾイドが襲撃した地点を繋げると、信じられないくらいの直線を描いているのです。これでは簡単に進む方向が判ってしまいます。開拓局や駐屯軍でも、これまで直線を描いていたのはただの偶然で、祖母と同じようにシティーは迂回するものと考えていたのでしょう。でも、今回の火災で、野良ゾイドの進路が直進することがはっきりしました。 夕刻、爆発の原因が特定されました。軍の調査によると、飛行場敷地内の燃料タンクの側面にパルスビーム砲による銃創が確認されました。現在ブロント基地に於いて同種の特殊武装を持つ機体は無く、先ごろから各地で襲撃を繰り返していた野良ゾイドによる攻撃と断定しました。これを受けて軍は、現地の駐屯部隊と連携し、ニクシー基地より中隊規模での増援を要請し、徹底的に鎮圧することを決定しました。進路上にある村には明日の早朝に到着し、探索にあたるとのことです。周辺住民には最大限の協力を要請するとのことです 次の目的地は、このセルン村です。私の村が戦場になります。
五日目 頭上をホエールカイザーの巨体が飛び去っていきました。 シティーの方角から、立て続けに戦闘用ゾイドが現れます。 軍は飛行場を壊された報復として、面目をかけて野良ゾイドを捕獲する作戦を始めました。イグアン・モルガ・ゲーターなどの第一線で活躍する小型ゾイドと、村を覆い尽くすような大量の兵士。もはや村の人々を守る目的など後回しになっていました。 耕地は踏み荒らされ、村の家々は駐屯施設として強制的に借り上げられました。 村民は避難を促され、野良ゾイドの進路が描く直線から最も遠い村はずれの大型仮設テントに集められました。数人の兵士が護衛についていますが、ゾイドは全て攻撃に回されているためありません。万が一ここに野良ゾイドが侵入してくれば、武器を持たず抵抗できない私たちに助かる可能性はないでしょう。 テントの中には無線を持った兵士がいて、作戦の様子を教えてくれることになっていました。但し、私たちが避難をしてきた時からずっと不満そうな表情を浮かべています。この兵士にすれば、自分が直接戦闘に参加できないことが面白くないというように。だからルイスおじさんが何度か話しかけても、ほとんど何も伝えてはくれませんでした。 それでも、避難時に最初に伝えられた大凡の作戦の進み方と、今どのようにゾイドが戦う予定なのかはわかりました。 各ゾイドを中心にした部隊が、ブロントシティーからセルン村へつながる道を塞ぐように置かれています。 野良ゾイドが描く進路の直線を扇型に取り囲み、扇型の弧の部分に野良ゾイドが侵入すると同時にレーダーが感じ取り、一斉に攻撃をするのだそうです。できれば生け捕りにして、これまでどのように開拓局や駐屯軍の探索を逃れてきたのか研究するのだそうです。もしかしたら、共和国の工作員かもしれないので、その時は証拠として共和国につきつけ、徹底的に責任を追及するつもりだそうです。 でもこれほど目立ってしまったら工作員の意味はなく、共和国の仕業ではないことだけは私でもわかりました。 空は遠くまで澄み切って、収穫作業ができれば最高の日よりになるはずでした。 しかし、青空の下果樹の間から唐突に聳えるイグアンの姿は、悪い夢でも見ているかのようでした。 私は、納屋にローバー達を残してきたことが心配でした。仮設テントには限られた物しか持ち込めません。他の家でも、農作業に使っていたスパイカーやハイドッカーなどを残していて、もしシティーと同じように火災が発生したら見殺しになってしまいます。私は特に私に懐いていたクルンが、野良ゾイドに襲われないか、また軍の兵士に勝手に使われてしまうのではないかと、心配でした。「姉ちゃん、いつまでここにいるの」 弟が、誰もが口に出せずいた言葉を漏らしました。「レメディオ、いま兵隊さんたちが悪いゾイドをやっつけてくれるの。だからそれまでの我慢なの」「悪いゾイドって、どんなゾイドなの」 それもまた、誰も答えることの出来ない質問でした。無線機を持った兵士は、露骨に眉を顰めて私の方を向きました。弟は私の背後に隠れ、それきり黙ってしまいました。 テントから見える青空の一画に、すっと黒い煙が一筋上がりました。 少し遅れて甲高い破裂音が響きます。戦闘が始まったようです。 軍が張っていた警戒線の上を野良ゾイドが通過したのでしょうか。やはり白昼に活動し、まるで正面から軍と対決をするような行動でした。 その後も断続的に銃撃音や爆発が起こり、一番背の高いイグアンが敵を求めて動き回る様子が窺えました。 爆風のためでしょうか、戦場となっている方向から、鼻を衝くような硝煙の臭いが漂ってきます。それに混じって、何か生臭い匂いを感じました。 これは、血の匂い。 遠くの果樹林の向こう側で、凄惨な戦闘が行われているのが想像できます。 銃撃や爆発の音は暫く続いていましたが、すぐに散発的になり、予想以上に早く終わってしまいました。 無線を持った兵士が、何かマイクに向かって話しています。戦闘は本当に終わったのでしょうか。兵士が立ち上がります。「やったのですか」 兵士はジロリと見下すように睨むと「目下確認中だ」とだけ言って、テントの外に出て行きました。私たちは、黙って去っていく兵士の背中を見つめることしかできませんでした。 それから数時間がたち、作戦の成功と終了が告げられた時には、空には満点の星が輝いていました。無線を持った兵士が戻ってきて、機械的に戦いの結果を伝えたのでした。「本日昼、ブロントシティー方面より進入してきた正体不明のゾイドは、軍の一斉攻撃により鎮圧。その際激烈な攻撃の為未確認ゾイドは徹底破壊され、その機種選定に至るまで時間がかかる模様。 地域住民に於いては、未確認ゾイドの脅威が鎮圧されたため、各自の責任に於いて帰宅することを許可する。なお、一部不発弾等の存在も考えられるため、もし発見した場合には速やかに開拓局もしくは駐屯軍本部まで申し出るように。以上」「野良ゾイドは、やっつけたのですね」 ルイスさんが聞き返しました。「報告は以上だ」 兵士はそれきり口を噤んでしまいました。 避難していた村民の間から、安堵の声があがりました。長い間苦しめてきた野良ゾイドが、漸く退治されたのです。お互いに肩を叩きあって、明日からの収穫作業についての準備を話し合う人たちがいました。 一応野良ゾイド事件は終了を見たのですが、私の中には何か煮え切らないものが残っていました。本当にやっつけたのだろうか、あの攻撃で、あのずる賢いゾイドはたおせたのだろうかと。でも、今は軍の言葉を信じる以外にありません。私たちは漆黒に閉ざされた畦道を、月明かりだけを頼りに各々の自宅に戻っていきました。 火薬と機械油と果樹の焼け焦げた匂いが残っています。月明かりに照らされた焼かれたマルベリーの林は、骸骨(スケルトン)のように白く浮かび上がっていました。村の畑は、野良ゾイドを倒す道連れに殺されたような気持になりました。 私たち家族は無言で家路を歩いていきました。夜も更け、緊張の解けた弟は父の背中で寝息をたてていました。 家に帰ってみると、母屋も納屋も壊された様子はなく無事でした。ですが、真っ先に入った納屋の中、ローバーのクルンだけがいなくなっていました。「クルン、どこにいるの、クルン」 手綱が切れても、決して遠くに行くようなゾイドではありません。それとも攻撃作戦の時の爆発に驚いて、林にでも逃げ込んだのでしょうか。「あんたたち、クルンを知らない。どこに逃げたの」 ラッタナやプラマハに聞いたところで、答えてくれるはずもないのですが、ただどちらのローバーもひどく怯えている様子でした。 私は父と祖母に、クルンがいないことをいいましたが、二人とも当惑した顔をするだけでした。
六日目の日中 日が昇ると、いつも見ていた景色は一変していました。 果樹林は黒く焼け焦げ、畑のあちこちには爆発による穴が空いていました。踏みつぶされた作物と、荒らされ堰き止められた用水路。水面にはギラギラと虹色に光る油膜が浮かんでいます。他にも、家ごと踏みつぶされた人もいて、戦闘による爪痕は私たちの村に深く刻まれていました。 朝、やはりいつもの様に勇ましい行進曲と共に、テレビでの放送が流れていました。 皇帝陛下の病状経過と、ヴァルハラでの演習の様子、共和国のエウロペ植民の協定違反など、目新しい報せはありません。そして地域情報に切り替わった時にやっと昨日の攻撃作戦の様子が流れました。 画面からは、足元から見上げるイグアンの映像が流れ、美しい菱形の編隊を描いたサイカーチスが飛び去って行きます。幾つかの銃撃による爆発の様子が映った後、映像に被さるようにナレーションがはいりました。度重なる襲撃事件を繰り返していた野良ゾイドですが、昨日昼、軍の戦闘ゾイド部隊によりようやく鎮圧を完了しました。当初の方針では、捕獲もしくは極力破壊を抑えての残骸回収を目的にしていましたが、野良ゾイドが最後まで抵抗し、兵士にも被害者が出たため止むを得ず発砲、コアを含めて完全鎮圧となりました。残骸の多くは四散しましたが、その一部が軍より公開されています 映像が切り替わりました。白いシートの上、焼け焦げた残骸が横たわっています。予想に反して、それは小さなものでした。銃撃による破壊の為、機体が引き千切られてしまっているのかとも考えられました。 私は、その残骸に残る青い部分を見つけました。あれは透明装甲。ローバーやメガトプロスの特徴となる部分です。そして残骸の形。引き千切られて小さくなっていたのではなく、輪郭がローバーのものと似ています。「お父さん、あれ、クルンじゃない」 思わず叫んで、父を映像の前に呼びました。「確かにローバーのようだが。まさか、信じられない」 父も目を凝らして見ているのですが、言葉の通り信じられない表情を浮かべています。放送は続きます。凶悪な野良ゾイドは、軍の包囲網を突破しようと侵入してきたところを、待ち構えていたイグアン・ゲーター部隊の十字砲火により完全破壊に至りました。破壊の程度が激しく、現在機種の特定を急いでおりますが、軍の発表では未だに不明との見解です 絶対おかしい。私だって、父だって、あの透明装甲の破片からクルンと同じローバーだとわかるのに。軍隊が、あれがバトルローバーと呼ばれた機体であることに気付かないはずがない。 クルンが居なくなって、簡単に見分けることの出来る野良ゾイドの残骸が確認できない。私は胸の奥に物が閊えたような、言いようのない気持ちでした。 朝食の前に、父が畑の様子を見に行くといいました。私も気になります。残されたプラマハとラッタナに乗って、私たちは踏み荒らされ、土手の削られた畦道を進んでいきました。 私たちの果樹園は、まだ被害は軽い方でした。砲撃による大穴は無く、一部レーザーに焼かれたような一条の焼け焦げの痕が残る程度で、収穫は出来そうです。それでも、ローバーの視線から見渡す他の耕地の荒れ具合は惨憺たるものでした。 テレビ放送はこの荒らされた耕地を映すことはありません。あたかも軍は無傷で野良ゾイドをやっつけたかのように伝えています。多分、この小さな村の出来事など、興味はないのでしょう。私は村が見捨てられたような気分になって、悔しくて、悲しくて、寂しくなりました。「何か聞こえる」 父が突然ローバーを停めました。二人で耳を澄まします。 何処からか小さな声が聞こえてくる。これは人の呻き声。ローバーを下りて、果樹の繁みを覗き込みます。 声がだんだん近づいてくる。今にも消えそうなか細い声。 倒されたマルベリーの樹の下、濃紺の軍服を着た兵士が血塗れになって倒れていました。「すぐにサンテシマさんを呼びにいけ、怪我人だ。出血がひどいから動かせないと言え」 発見と一緒に、父が叫ぶように言いました。 お隣のサンテシマさんの家まで全速力でラッタナを走らせ、そのままサンテシマさんを連れ去るようにさっきの場所に戻りました。 昨日の避難で疲れ切り、漸く起きて朝食を食べ終えたばかりだったため、サンテシマさんはひどく気分が悪そうにしてラッタナの背中に揺られていました。それでも怪我人の前に着くと医者の顔に戻って、冷静に怪我の具合を調べ出しました。「額が切れているから出血も多く見えるが、大丈夫。頭骨には達していない。足の怪我も打撲の様だ。倒れた時に木の枝が刺さったようだが、消毒をすれば治るだろう。とにかく、私の診療所まで連れて来てくれ。君、立ち上がれるかい」 さっきまで呻き声をあげていたのに、サンテシマさんの言葉に安心したのか、傷ついた兵士はゆっくりと起き上がりました。血塗れの金髪に、軍服には爆風に焦がされた跡が残っています。父の肩を借りて立ち上がり正面を向いた時に、私はあの時私の作った料理を食べていた兵士であることを思い出しました。「名前は言えるかい」「自分はヘルマン=フリードリヒ=ブルーメンバッハ。北エウロペ北部分遣隊第512小隊所属……」「そこまで聞ければ充分だ。クリスピンさん、なるべく揺らさないように運んで下さい。 私もさっきのエミリーちゃんの荒っぽい手綱捌きには参ったからね」 疲れ切ってローバーのシートに凭れ掛かるように座った彼、ヘルマンさんを乗せると、私たちは轍と穴だらけの畦道をゆっくりと進みました。 さっきのサンテシマさんの言葉の所為でしょうか、私は妙に顔が火照っていました。 父が彼を診療所に担ぎ込んだ後、身体のあちこちに食い込んだ木の枝や爆弾の破片などを取り除き、全身を消毒して止血作業を終えるまでにしばらく時間が必要でした。この村には看護師はいないので、サンテシマさんの奥さんのマリアさんが一緒になって手伝います。 治療が終わり、身体の彼方此方に包帯が巻かれた姿でヘルマンさんが現れた時には、既に日も高く上がったころでした。サンテシマさんの言った通り、出血は多かったものの酷い怪我はなかったようです。 午後には半身を起こして会話できるほどになっていました。「気分の方は如何ですか」 マリアさんが少し血の滲んだ包帯を新しいものに変えながら話しかけました。ヘルマンさんは弱弱しいながらも笑顔を浮かべ、小さくお礼を言いました。「強く背中を打ったので呼吸が出来ずに気絶していたようです」 もともと透き通るように白い肌なのに、ベッドにいる彼は更に手折れてしまう花の様に儚げでした。「自分はゲルダーの前方で野良ゾイドの接近を目視する斥候でした。後方には探知機を持った工兵がいて、半径200m圏内に金属があれば危険を察知できるはずでした」「まるで囮だね」 サンテシマさんが病室に入りざま、呟きました。「それを考えることは我々兵士にとって意味はありません。何より目標を排除する為には、多少の犠牲はつきものです」 彼の言葉は、冷徹な軍の組織の有り様を示していました。勇ましさの裏返しの無謀さ。個を殺しても全体を生かすこと。それは人の価値の否定だと思いました。「探知機は正常でした。それでも敵は林の中に身を潜めて、我々が接近してくるのを待っていたのです。奴は、探知機に反応しませんでした」「ステルス、というものか」「いいえ、そんなレベルではありません」 間髪を入れず、彼が答えました。「電波吸収塗料が塗布されている可能性は充分考慮していました。これまで一度として反応しないのは、非常に優れた吸収剤が使用されていると予測できましたから。だから探知機をゾイドに搭載するのではなく、わざわざ我々歩兵に装備させたのです。より地表に近ければ、繊細な反応が得られます。それでも奴は見つからなかったのです」 ベッドの傍らにサンテシマさんが腰を下ろしました。「君、そんなに話して大丈夫なのかい」「はい、昨日の夜は一晩中横になっていたので」 サンテシマさんが苦笑しています。彼は話しを続けました。「奴は自分達が20mほど接近した時に襲いかかりました。 左側を歩いていた仲間が、急に木々の間に呑まれるように消えると、覆い被さるように巨大なハサミが出現しました。 ハサミには、仲間が捕まれていましたが、それが人間の身体にしてはとても小さくなっていたことに気付きました。決して鋭くはないハサミは、低く唸りを上げながら迫ってきます。 電磁波発生アームの威力がどんなものか、目の当たりにしました。仲間は、腰の部分から切断され、悲鳴を上げる間もなく殺されたのです。胴体から紐のように垂れ下がった内臓が、振り回されてはためいていました。 後方にいたゲルダーが、敵の出現を察知して、目視で照準も定めないうちに三連衝撃レーザーを発砲しました。弾道は逸れて、敵のはるか後方に着弾しました。発砲を確認した右前方のイグアンが、やはり照準を定めずに発砲します。榴弾の穿った爆炎に紛れ、目視は更に困難になります。その内に敵は、我々の小隊のゲルダーに狙いをつけました。 木々の間から、一つ目の蛇のようなものが鎌首をもたげました。先端のパルスビーム砲が、正確にゲルダーのコクピットを貫きました。探知機と連動した精密射撃です。強力な装甲とは裏腹に、最も防御の薄いコクピットを射抜かれ、銃創はコアにまで達し内部から爆発を起こしました。 駐屯軍に増援部隊、開拓局直営部隊の連携は全く取れていませんでした。砲撃の指示が統一出来ず、各部隊が勝手に発砲するので煙と炎で視界がきかなくなり、そこを狙って野良ゾイドが殺戮を重ねました。 歩兵をハサミで掴むと、わざと電磁波を発振させずに盾の様に掲げました。味方が攻撃できないのを見て、賺さず尾部のパルスビームで急所であるコクピットを正確に射抜いてきます。邪魔になると途端に電磁波を発振させ、人質の歩兵を切断し、次の襲撃目標に向けて突進します。 奴は人を殺すのを楽しんでいました。わざと両足を喰いちぎって、逃げることの出来なくなった兵士を弄ぶように放り投げ、ぐったりすると途端に腰から切断しました。 返り血を浴びた機体は、本来白であるはずの複合装甲が、べったりと赤黒く変色していました。 自分は恐怖のあまり立ち竦んでいました。中央に光るセンサーは、機械的な光とは思えないほど、不気味でしたから。 もし背中を見せて逃げていれば、奴は他の歩兵にしたと同じように、自分を弄んだ後、二つに引きちぎっていたでしょう。ところが動けない人間に興味はないのか、奴は思いきり自分をハサミで吹き飛ばしました。 自分の記憶はそこで途切れています」 私たちは彼の話を食い入るように聞いていました。少しの沈黙の後、マリアさんが静寂に耐えられないというように口を開きました。「でも、今朝のテレビで、野良ゾイドは退治したとありましたよ。きっとそのゾイドも軍隊が倒してくれたのよ」「本当ですか」 ヘルマンさんの表情が、一瞬明るくなりました。「なにか、青っぽい色をした、小さな残骸だけど、軍の発表では爆破したから小さくなったといっていたけれど」 私も今朝の映像を思い出しました。「青い色ですか。あのゾイドには青い装甲板はありません。あれは複合装甲材で、機体も多脚式のもの。機種はデスピオン。旧ゼネバス帝国24部隊スケルトンのものです」「スケルトン」 私は思わず声を挙げました。祖母の言っていた部隊です。「本来軍人として、指示もなく情報を漏らすことは罪に問われますが、恐らく自分は軍に見捨てられています。部隊が全滅して既に殉職扱いになっているはずですから、構わないでしょう。 助けて頂いたお礼に、真実を言います。この村の皆さんにお伝えください。 野良ゾイドは生きています。ほぼ無傷のまま、どこかで息を潜めています」 表情を硬くしたヘルマンさんは、ベッドから窓の外の景色を睨んでいました。
六日目の夕方 ヘルマンさんの話は、村の連絡網に乗って各戸に伝えられました。まだどこかで生き残っている野良ゾイドに備えるため、急遽夕刻に集会所での寄り合いが開かれました。「……以上のことだが、皆さんはどう思われますか」 説明を終えたルイスおじさんが、集まった村のみんなに問いかけました。「やっぱり軍隊にもう一度来てもらうのが一番いいと思う」 北組のトリニダットさんだ。太っていて、いつも明るく冗談ばかり言っている人なのに、今日の表情は真剣そのものでした。何人かが頷きます。「もちろんそれは考えている。しかし、昨日の作戦が、我々の村にどんな被害を齎したか知らぬ者もいないだろう。これは軍を批判する意味で言うのではないが、あの野良ゾイドを倒すには、イグアンのような戦闘ゾイドではなく、もっと小型のものでなければむりだろう」「うちの作物は全滅だった。畑も吹き飛んで、火薬と油まみれ。全部踏みつぶされた」 戦闘の中心に近かったデロスさんが、暗い表情で話しました。「もう一つ問題がある。軍隊は今朝の報道にあったように、もう野良ゾイドを倒したと発表してしまっている。結論を出してしまった軍が、もう一度来てくれるかどうかだ」「無理だろうね」 ルイスさんの問いかけに、私の祖母がすぐ答えました。「軍っていうやつは、妙に威信とか名目に拘るから、それを自分から修正するようなことはないだろう。診療所にいる負傷したゼネバス兵も、だから見捨てられたんだ。出動を要請しても、相手にされないね」「クリスピンさん、言葉に気を付けないと」 ルイスさんが祖母を窘めました。「ただ、クリスピンさんの言うことは充分考えられる。軍の面目は丸つぶれになるからだ。かといって、我々だけで、あのゾイドは倒せないだろう」「フランツさんには頼めないのですか」 少しの沈黙の後言葉を発したのは、列の後ろの方に座っていた、一年ほど前に入植してきたばかりのシムスさんでした。ほぼ全員が一斉に振り向きます。「あんたはまだここに来て日も浅いからわからないだろうが、あの変わり者の爺さんに頼むのだったら、うちのスパイカーで戦った方がましだよ」 広い土地を持つスピアーノさんが半ばあきれ顔で言いました。同様の空々しい笑いが、集会場に広まりました。「なんだかよくわからないのですが。確か以前フランツさんは野良ゾイド狩りをやっていたと聞きました。だめなのですか」「だめだよ」 トリニダットさんと、その他の何人かも同時に答えます。「あの爺さんときたら、人付き合いを全然しない。今日もここに来ていないのがその証拠さ。第一畑は自分の食べる分しかつくらないから、今度の被害も関係ない。前はあちこちの村で野良ゾイド退治をしていたそうだが、仕事が減って得物も売り払ったらしいぞ。それにあの歳だ。当てになるわけがない」 ちょっと酷すぎると思いました。あの時あったフランツさんは、怖いけれど悪い人とは思えませんでした。ローバーとロードスキッパーを手なずけた手際の良さも見事でした。でも、私みたいな子どもが出る幕で無い事だけは判っていたので、黙っていました。「ところで、本当に野良ゾイドは生きているのかだ。当てにならない負傷兵の戯言なんてことはないだろうね」 東組のイさんの言葉に、何人かが頷きました。「私も最初は疑った。残骸まで発表されているのだからね。 それなんだが、クリスピンさんのところのローバーが一台いなくなったのを知っている人はいるかな」 私はその話を聞いて鼓動が高鳴りました。まさか。「軍も野良ゾイドの正体が24ゾイドであることは掴んでいるはずだ。しかしあれだけ大規模な作戦をやって、何の成果もなく帰ることもできなかった。そのため、クリスピンさんのところのローバーを代わりに破壊して、野良ゾイドの残骸に仕立てたのではないかと、私は思うのだが、どうだろう」「うそだ」 私は立ち上がり叫びました。「クルンは怖くて逃げただけだよ。壊されてなんかいない。確かにあの残骸はローバーに似ているけれど、兵隊さんが嘘をつくはずない。絶対ない」「エミリー、よしなさい」 父が私の肩を押さえて座らせようとしました。でも、私は耐えきれず集会場から出て行きました。外で待っていたラッタナが私を見て一度立ち上がりましたが、私が乗らないのを知るとまた座り込んでしまいます。 こんなに大人しく、やさしいゾイドなのに、意味もなく殺さされたなんて信じない。あれは別のゾイド、絶対違う。私は頬に熱いものが流れるのに気が付いていました。 今晩も月が二つ出ています。遠くにかすかに見える集会場の灯り以外、人の出す光は見えません。 暗がりの中、私はさみしくて、唄を口ずさんでいました。 夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か 山の畑の桑の実を 小籠に摘んだは幻か 机の上の赤とんぼは、このところの騒動で作っていません。 村は焼かれ、クルンはいなくなって、その上人喰いゾイドがこの村に潜んでいる。四日前に、ロプサンさんの店に持って行ったことが、もう遠い昔のような気がしました。(おかあさん) 母が亡くなったのは、村が初めての豊作に湧いた年のことでした。 それまでは、金属成分を多く含む土地のため、穀物であれ果樹であれ、何一つ満足な収穫を得たことがありませんでした。 ですが、その前の年にデルポイからやってきた農業指導員が、微生物を利用した耕作地の土壌改善を行いました。詳しい化学的理由はわかりませんが、とにかく翌年には豊かな実りが村中を覆い、人々は喜びに溢れました。幼かった私も、両親たちの喜ぶ姿に幸せな気持ちで一杯になりました。 しかし、それが悲しい別れに繋がるとは、村中の誰もが思っていませんでした。 収穫を終え、出荷作業も一段落し、次の作付けについて新たな想いを描いていた矢先に、村では原因不明の病気で倒れる人が続出しました。病状は高熱が出て、あっというまに死んでしまうのです。それも病気にかかる人はごく一部で、同じ家族でもまったく罹らない人には影響がないというものでした。 母は、この謎の病気に罹りました。 一週間ほどだと思います。 その朝は、前日から寝ずの看病を続けていた父が、私たちが朝起きてきたときに、呆けたような青白く力ない顔で、突然私たちを強く抱きしめたことを覚えています。(エミリー、レメディオ、ごめんな。父さん、お母さんを助けることできなかった) その言葉が何を意味するかは、幼い私でも直ぐにわかりました。でも弟は理解できずに「なぜ父さんはごめんなさいしているの?」と眠そうな声で聞いてきました。 やはり徹夜で看病をしていた祖母が、父から弟を抱き上げて、そっと奥へ連れて行きました。 少しして、生きて母と会えなくなった現実を実感した私は、悲しいという感情がこみ上げる前に、勝手に涙が溢れてきて、頬を熱い滴が止め処なく流れ落ちていることに気付きました。想い出というには、あまりに短い間でした。 母の亡骸は、原因不明の病死のため、開拓局の衛生部に検体として引き取られました。いまにしてみれば、研究材料にされたのだと思います。遺体の無い母の葬儀を、父や祖母はどのように執り行ったかを考えると胸が痛みます。 結局謎の熱病の原因は不明のままに終わりました。罹病した人は全員死亡してしまったからです。村で死んだのは10人ほど。その中の一人が母でした。 豊作と引き換えに、幾つかの犠牲を残して、村の営みは軌道に乗り、毎年豊かな実りを残すようになりました。 母との想い出は、この赤とんぼの唄。なぜ母が、この唄を歌っていたかはわかりません。もしかしたら、母自身もわからないかも知れません。ただ、唄いたかったから、伝えたかったから、それだけのことなのかも。 クルンを失い、いえ、失ったかもしれないと思うと、あの時父に抱きしめられた時の悲しみを思い出してしまって、私は歌っていたのかも。やはりそこに理由などないのです。 十五で姐やは嫁に行き お里の便りも絶え果てた(15歳になったら、私も花嫁さんになるのかな。そうしたらお母さんともお手紙出せないの)(心配しないで。これは昔むかしの唄。エミリーがそんなに早くお嫁さんになっちゃったら、お母さんだって寂しい。 可愛い花嫁さんになるまでに、お料理やお裁縫、お花の名前やゾイドの名前を、たくさんたくさん教えてあげる。お嫁に行くのはそれからにしてね)(ゾイドの名前はいい。だってゾイド怖いんだもん)(怖くないのよ。ゾイドの気持ちを知れば、怪我しないから。 ゾイドは、本当はみんなやさしい気持ちをもっているの。 いつでも人間となかよしになろうとしているの。 いつでも人間のために働こうとしているの。 だから時々悲しいの)(ゾイドは悲しいの?)(ううん、なんでもない。なんでもないのよ) 長い間忘れていた言葉を、ふと思い出しました。 あの時母は何を伝えたかったのでしょうか。なぜゾイドは悲しいのでしょうか。 ふと、月明かりが射さない漆黒の暗闇の中、林の木々の根元に青い炎のような燈火が浮かび上がりました。 ぼんやりとした光が、やがて輝きを強めて、こちらに近づいてきます。 私は歌うことを止めて、光の方向を凝視しました。まるで瞳のような燈火。こちらを静かに見つめるように光っています。あれは、ゾイドの光? ガサガサと、物音を立てることに気を留めないように、その光の持ち主は林の中から姿を現しました。 月明かりに照らされ、浮かび上がった姿は、紛れもないあのゾイドでした。 デスピオン。蠍型のゾイド。 でも、身体のあちこちは土くれで覆われ、背中には苔まで生えています。電磁波発生アームの二つのハサミは、刃先を除き血糊の光沢で淡く縁取られています。 人喰いゾイドの正体でした。 ハサミとハサミの間で光るセンサーは、金属生命体独特の無機質な輝きで私を見つめています。そこに殺意は感じられないのですが、それこそが一番恐ろしい。このゾイドは、人を殺す意味がわからない。人を憎んでいない。だから無意味な殺戮も出来るのです。その証拠に、中央のセンサーの下の口吻にあたる部分も、血糊でべったりと汚れています。金属生命体として、人間を食べることもできないのに、人間を戯れに齧っていたのでしょう。 私は今、人喰いゾイドに見据えられています。動くことも出来ず、ただ青いセンサーの光を見つめることしかできません。 走って逃げて、逃げられるものではないでしょう。大声を出して、助けを求めても誰かが駆けつける前に引きちぎられてしまうはず。ヘルマンさんの話が正しければ、もう私は助からないとわかりました。(おかあさんの近くに、もう逝くことになっちゃった) 不思議と冷静でした。(このゾイドと、何処かで出会っている) 奇妙な既視感。 私は死ぬことに戸惑いが無くなっていました。 せめて最期の想い出です。 青いセンサーの光を見つめながら、唄い始めました。 夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か 山の畑の桑の実を 小籠に摘んだは幻か 十五で姐やは嫁に行き お里の便りも絶え果てた ゆっくりとセンサーの光が横を向いていきます。ガサガサという多脚式ゾイド特有の足音をわざと残すように動き出しました。 デスピオンは、やがて果樹の間に身を潜め、私の前から去っていきました。 なぜ私を襲わずに去って行ったのかはわかりません。 月明かりの下、立ち尽くしている私は、遅れて全身の震えが止まらなくなりました。 遠くで父の呼ぶ声を聞き、力の抜けた私はその場に崩れ落ちるように座り込みました。
七日目 予想通り、軍は動いてはくれませんでした。ルイスおじさんの説明では、開拓局を通してもう一度野良ゾイド退治を頼んだのですが、既に解決済みとしか答えてもらえず、取り合ってくれなかったそうです。ルイスさんは、犠牲が出てからでは遅いと、何度も何度も頼んだそうです。ですが、祖母の言ったように、軍は出動する素振りさえ見せませんでした。それどころか、各地域で護衛にあたっていたゾイド達が一斉に引き揚げ、ニクシー基地へと移動を始めたのです。 野良ゾイドと戦う手段を奪われ、私たちは途方にくれました。もし今のままデスピオンが動き出せば、最悪の事態となるでしょう。 そして、その最悪の事態は直ぐに訪れたのです。 東組のイさんは5人家族。イさんと奥さん、12歳の姉と4歳の弟、そしてイさんのお婆さん。その日はこの前の戦いで荒らされた畑を戻すため、イおじさんだけが外に出ていたそうです。奥さんは三日前から体調を崩して寝込んでいて、代わりにお婆さんが家で子どもたちの面倒を見ていました。 畑から昼食に戻ったイさんは、家のベランダで疲れて座り込んでいる4歳の息子さんを見つけました。無邪気に遊び過ぎて、陽があたって眩しいにも関わらず眠りこけているようで、遠くから思わず声をかけたそうです。 息子さんは目を覚ますことなく眠り続けています。やがてイさんが近づいて、やさしく肩をゆらしました。(こんなところで寝るもんじゃないよ。さあ、早く中へ……) その時、イさんは周囲の状況の異常に気付いたのです。 息子さんは、肩を揺らされた拍子に、そのまま横に倒れ込みました。俯いていた胸の真ん中には、僅かに焼け焦げた血糊がついていて、すでに身体は冷たくなっていたそうです。 家の中から異臭が漂っています。焦げ臭くて、生臭い匂い。 イさんは家の引き戸を力任せに開けました。 土間には切り裂かれた肉体が、四つ転がっていました。 一人は娘さんの、もう一人はお婆さんの。 家の奥の壁が破られ、向こう側の屋敷森が見透かせていました。 壁には血塗れの身体を叩きつけたような赤い人型が無数に残り、折られた足を引きずった血だまりが二本の筋の様に残っていました。 デスピオンは、一度にとどめを差さずに、娘さんとお婆さんとを交互に弄んだ挙句、最後に腰の部分から切断したようです。人の爪の跡が、柱に残っていました。必死でよじ登って逃げようとする二人を、何度も何度も引き摺り下ろしたらしいのです。 その後、戯れに噛みついた牙の跡が背骨に残り、引き出された内臓が赤い帯となって、突き破られた奥の壁まで伸びていました。 惨状を目の当たりにしながらも、イさんは奥さんを探しました。 廊下の突き当たりの部屋に横たわっていた奥さんは、静かな寝顔を浮かべていました。 ただ、掛けられた布団の真ん中には、丁度デスピオンの脚の太さと同じ大穴が空いていたそうです。 殺すことに飽きたそれは、7tもの重量を一本の脚にかけて、布団ごと奥さんを突き刺していたのです。 イさんは家族の全て失いました。「これは私の仕事じゃないよ」 駆け付けたサンテシマさんと奥さんのマリアさんは、遺体を包んだ布を元の場所に戻すと静かに黙祷を捧げました。騒々しい緊急ゾイドのサイレンが鳴り響き、集まった村の人々が遠巻きに囲む中、辺りの視線に構わず悲痛な慟哭を続けるイさんがいました。 壁の壊され方と、残された足跡から、襲撃したのがデスピオンであるのは明白でした。でも、開拓局は戦闘ゾイド不足を理由に、護衛部隊の出動を許可してくれません。詰め寄る村の人々を振り切って、開拓局の治安員はシティーに戻って行きました。「なるべく寄り固まっていることだな。作業ゾイドでいいから、寄せ集めて」 それだけ言い残して。 私たちは再び集会場に集まり、対策を立てようとしました。夕刻前、まだ太陽が地平線に沈む前のころでした。 スピアーノさんは、用心の為に作業用に改造されたスパイカーに乗って集会場に向かっていました。作業用といってもハイパーサーベルの武装はそのままでした。 畦道の向こう側、こんもりと繁った村境の林から、突然青い光が伸びて、正確にスパイカーのコアを打ち抜きました。狙い澄ましたパルスビーム砲です。たちまち動きを止めたスパイカーのコクピットで、スピアーノさんは前から物凄い速さで迫ってくるデスピオンを目にしました。 護身用に装備されていたライフル銃を構えようとしましたが、全身が震えて照準が定まらず、構わず打ち込んだ弾道はデスピオンの装甲に吸い込まれるように消えたそうです。 デスピオンはまず、動きのとまったスパイカーの四本の脚を一本ずつ電磁波発生アームで切断すると、スパイカーの機体によじ登ってハイパーサーベルも二本とも根元から切断しました。 モルガのようになったスパイカーを、最後にコクピットを切り落とし、地面にスピアーノさんごと叩きつけました。 スピアーノさんはキャノピーの破片が突き刺さって血塗れでした。デスピオンは、コクピットをハサミで転がしたそうです。その内キャノピーが割れて、放り出されたスピアーノさんに気付かず、最後にパルスビーム砲でコクピットを撃ち抜くと、また森に戻っていったそうです。 偶然通りかかったトリニダットさんのハイドッカーが見つけなければ、スピアーノさんはそのまま何が起きたかも知られずに死んでしまったところでした。 立て続けに襲撃事件が二件起きてしまいました。デスピオンは、セルン村に住みついて、私たち村の人間を根こそぎ殺すつもりなのかもしれません。 まだスピアーノさんのことを知らない私たちは、集会場で結論の出ない相談を繰り返していました。「スピアーノさんところのスパイカーと、トリニダットさんのハイドッカーだけで戦えるはずがないだろう。クリスピンさんのバトルローバーだって、戦闘用じゃなくなっているんだ」「軍隊が出て来てくれなければ、戦いようもないだろう」「でも、前みたいに畑を荒らしただけで、役に立つ保証もないぞ」「あの野良ゾイドの目的は何なんだ」 大人たちは深刻な顔をしながら、話し合いを続けています。そんな時に届いたのが、サンテシマさんの重症となった事件でした。 ルイスさんを囲んで、全員が頭を抱え込みました。「やっぱり、フランツさんに頼んでみませんか」 シムスさんが言いました。 ですがこの時は、誰も笑ったりはしませんでした。みんなそれを考えていたのかもしれません。「やってみるか」 ルイスさんが辺りを見回しました。「野良ゾイドは、夜は活動を止めるらしい。日が沈んだ今なら大丈夫だろう。誰かフランツの所に使いにいってくれる者はいないか」 でも、その問いかけに答える人はいませんでした。「シムスさんは、どうなんだい」「私には面識がありません。ただ、ゾイド狩りをしていたと聞いただけですから。私のような新米より、どなたかいらっしゃらないのですか」 その呼びかけにも、誰も手を挙げようとはしません。 大人たちは、フランツさんが怖いのではなく、デスピオンが怖いから行きたがらないです。でも、それを臆病と責めることはできませんでした。みんな家庭を持っていて、家族を守らなければならない。私だって、父が殺されたりしたら、家がどんなことになるかはわかります。ここに集まっている中で、ゾイドが操縦できて、フランツさんを知っていて、後の事を誰かに任せられる人は、今一人しかいません。「私が行きます」 私は立ち上がりました。「エミリーちゃん……」 みんなは驚いて、一斉に振り返りました。「皆さんはここでの相談が忙しいと思います。 私なら何度も巡回版を届けてフランツさんに会ったことがあります。女の子なら、フランツさんだって無闇に怒ったりしません。今までの話はよくわかりました。私がラッタナでいってきます。いいでしょ、父さん」「だめだ、危険すぎる」 父は即座に否定しました。「でも、ここにいたって、あの野良ゾイドは突っ込んでくるかも知れないでしょ。危険なのは何処でも一緒だわ。そんなことより直ぐにフランツさんに連絡して、あのゾイドを退治してもらう方がいいと思う」「エミリー、お転婆もいい加減にしないと」「クリスピンさん、エミリーちゃんに頼みたいのだが」 ルイスおじさんが言いました。「エミリーちゃんの言う通り、何処に居たって危険なのは同じなんだ。増してゾイドに乗っていたって安全でないのならば、ここは娘さんの好意に甘えさせてもらいたいのだか」 父は黙ってしまいました。「自分が御一緒します。これでも軍事教練は受けておりますので、幾分かはお役に立てると思うのですが」 声を上げたのは、ぼろぼろの軍服から繋ぎの作業服に着替えたヘルマンさんでした。所々に治療の跡が残っていますが、元気そうです。隣に座っているサンテシマさん夫婦と一緒に、この集会に参加していました。「自分にもバトルローバーをお貸しください。エミリーさんの護衛、もしくはデスピオンに襲撃された時の囮ぐらいにはなれるでしょう。斥候には慣れていますので」「兵隊さんが付いてくれれば心強い」 祖母が言いました。「ばあちゃんまで、何を言い出すんだ」「大丈夫。この兵隊さんはゼネバス兵だ。勇猛果敢なゼネバスの戦士だ」 今度はヘルマンさんに視線が集まります。彼は赤面しています。「自分は分子生物学の研究生で、野良ゾイドの生態を分析するため学徒動員されたのです。そんな、勇猛果敢だなんて」「少なくともあんたは、野良ゾイドと戦っている。これ以上の護衛の人選はないと思うのだがね」 その祖母の一言が、全てを決定しました。「いってきます」 ラッタナに私が、プラマハにヘルマンさんが乗って、夜道を無心に駆けだしました。 まだ明るい月は、私たちの進む道を照らしてくれます。灯りはデスピオンの目標となるかもしれないので、月明かりとゾイドの感覚を頼りに走り抜けるのです。 さすがにヘルマンさんは軍人でした。初めて乗ったはずのローバーを、見事に乗りこなしています。「ヘルマンさん、乗り心地はどうですか」 揺れる座席の上、私は問いかけました。「ヘルマンで結構ですよ」「じゃあ、わたしもエミリーでいい。ヘルマン、これはおまじないみたいなもの。私の唄を真似して」「歌?」「そう、唄。舌を噛まないように注意してね」 夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か 山の畑の桑の実を 小籠に摘んだは幻か 十五で姉やは嫁に行き お里の便りも絶え果てた 揺れるローバーの背中で、リズムの取れない唄が歌われました。あの時デスピオンが襲わなかったのはただの偶然かもしれない。でも、少しだけなら気休めにもなる。私はヘルマンと一緒に、赤とんぼの歌を歌いました。「優しいような、悲しいような、切ない唄ですね」「そう、これは亡くなった母との想い出の唄。遠い星の、遠い国の、遠い昔の唄」「赤とんぼとは、どんな生き物だったんでしょうね」「それは、赤くて、脚がたくさんあって、尻尾があって……」 その時私は気が付きました。デスピオンを初めて見た時の既視感の正体が。 あれは、まるで私が想像して作った「赤とんぼ」にそっくりでした。羽こそ生えていないとはいえ、赤黒く変色した複合装甲が、炎に照らされればまるで「赤とんぼ」でした。 あの人喰いゾイドは、私が生み出したもののような気がして、軽い眩暈を感じました。「エミリー、どうしました」 ヘルマンの声に我に返り、慌ててラッタナの手綱を締めなおしました。 夜明け前にはフランツさんの家に着くはず。 月明かりに照らされたマルベリーの果樹林は、大海の漣のように、白く輝いていました。
八日目未明から昼(1) 私たちが夜通しローバーを走らせていた頃、村の人々は眠れない夜を過ごしていました。 デスピオンが夜は活動しないことは誰もが知っています。でも、最も無防備となる睡眠中に襲われることを警戒していて、とてもゆっくりと床に就く気分にはなれなかったのです。むしろ、ローバーを走らせ続けられるだけ、私たちの方が気が紛れていたとも言えます。 村の全員が集会場で夜を過ごしたわけではありませんでした。 サンテシマさんとマリアさんは、重症のスピアーノさんを診療所に残しておくわけにもいかないので、夜のうちに戻っていきました。 トリニダットさんは、意気消沈して時折意味不明な絶叫をいるイさんを、自分の家に連れていきました。ハイドッカーに乗せないと、何処に行くかわからないからです。 シムスさんは奥さんと夫婦二人暮らしなので、家に居ても不安と言うので最初集会場にいましたが、私の父と祖母が戻ろうとすると一緒に行くことを頼んだそうです。祖母は、お互い様だね、というと、快く家に招き入れたそうです。 ルイスおじさんは集会場に残り、デロスさんたちを初めとして家族全員で避難していた人々と、窮屈な板敷の床で夜を過ごしました。 身を寄せ合って警戒を続けていた集会場の窓に、鮮やかな朝日が射し込み始めた頃、人々は再びデスピオンの脅威に晒されることを感じていました。 野獣は、一度取り逃した獲物を執拗に追いかけることがあるそうです。日が高くなって、その日最初に襲われたのは、サンテシマさんの診療所でした。 スピアーノさんは少しでも襲撃の危険性を避けるために、診療所の二階の休憩所に寝かされていました。重症の為身体のあちこちが固定され、包帯だらけになったスピアーノさんは、時折苦痛の為に呻き声を上げていました。 部屋には大量の本がありました。もともとその部屋は、今はガイガロスで研修医として勤めている息子のポールさんの部屋だったからです。私も小さい頃、何度か遊びに行ったので部屋の作りは知っていましたから。 炎が昇って、何処かの家が襲われたことを知った人々がやってきたのは、数時間が経過してからの事でした。煙の方向から、襲われたのが診療所ということは判っていました。でも、直ぐに駆けつけて、デスピオンの餌食になるのを恐れた人たちは、炎が鎮火し、周囲にデスピオンの姿が無くなったことを確認してから漸く近づいたのです。 診療所の半分が焼け落ち、焼け残った半分に、また二つに切断された血塗れの包帯だらけの遺体が無造作に転がっていました。焼け落ちた建物の中からは、真っ黒焦げに炭化した、サンテシマさんの遺体が見つかったそうです。消毒用のアルコールなど、多くの可燃物が入っている棚ごとパルスビーム砲で打ち抜かれ、火だるまになって亡くなったらしいとのことでした。その時の爆風に吹き飛ばされ、奥さんのマリアさんはガラスの破片で傷付いた程度で済みましたが、その間何が起きたのか、記憶が無くなっていました。 ゾイドは無人であっても、本能的に危険を感知します。 トリニダットさんの家に戻ったハイドッカーは、真正面から近づく小さな赤黒いゾイドを発見したようです。身体の大きさだけで比較すれば、デスピオンは遥かに小さく、尚且つ火器を使わないで接近してきたので、警戒したハイドッカーが勝手に戦いを挑んだようなのです。普段であればコアの作動を停止して、休眠状態にするのですが、緊急事態だったのでトリニダットさんもそのままにしていたのです。 ハイドッカーは、戦闘ゾイドとして明らかな殺意を持つデスピオンから、忠実に主人を守ろうとして無人で戦いに挑んだようです。ですがデスピオンは遥かに狡猾でした。 武装を解かれ、作業用ゾイドとなっているハイドッカーに出来るのは、その全重量をもって敵を踏みつぶすことぐらいです。前足を振り上げ、小さな赤黒いゾイドを踏みつけようとしたらしく、敷地には夥しい足跡がつけられていました。しかしそれを上回る多脚式の小型ゾイドの足跡が刻まれ、自分よりも遥かに大きなゾイドを翻弄した様子が残っていました。 惨状の全てが分かったのは、襲撃からまる一日経過してからの事でした。 トリニダットさんの家では、10人家族全員が虐殺されていました。 家屋に入った途端、生臭い匂いが充満し、壁には飛び散った肉片がこびり付いていたといいます。血塗れになった10人分の肉体が、無造作に転がっていたそうです。特に黄色い脂肪が付着していたものだけが、太っていたトリニダットさんの遺体と判っただけでした。 外の敷地には、その家の亡くなった主と同じように、四肢を切断され、頭部をビームで焼かれたハイドッカーが巨体を横たえていました。再生能力に優れた尻尾だけが、切断された後も僅かにその先を身体から伸ばしながら、空しく蒼天に晒されていました。 どのように危機を逃れたかわからないイさんだけが、奇声を発しながらその場に座り込んでいたそうです。 集会場では各自が持ち込んだ武器で武装をし、周囲の警戒を続けていました。診療所の煙を目にしつつも、ルイスさんは決して行かないようにと指示したそうです。 大地の恵みをもたらす太陽が、これほど恨めしく感じたことはなかったと、あとでデロスさんが言っていました。 デスピオンは、集会場に自分の獲物が沢山集まっていることを知っていたようです。私の家の手前にも、多脚式ゾイドの足跡が残っていたのですが、少しの躊躇いを伺わせ、集会場の方向へ向かっていました。より狩りの対象の多い方へ行ったのです。その後にでも、私の家を襲うつもりだったのでしょう。 デスピオンは一直線に集会場に向けて迫ってきたそうです。 センサーの青い光が、日中でもよく見えたそうです。 ルイスさんは、ありったけの銃で撃つように言いました。中には何処から手に入れたのか、もし命中すれば確実に倒すことも出来る対ゾイド用のロケットランチャーまであったそうです。 ですが、一斉射撃を命じた武器の筒先からは、その半分以上が火を噴くことはありませんでした。普段から戦闘訓練をしていない私たちに、武器の整備など行っているはずもなく、整備不良のために暴発したり、炸薬が劣化していたり、レーザーの充電が切れていたりと、とても敵に被害を与えることなどできませんでした。 唯一期待された対ゾイド用のロケットランチャーでしたが、恐怖の為に照準が定まらず、デスピオンの遥か後ろの林に命中して、小さな火事を引き起こしただけでした。 集会所に残っていたのは22人。デスピオンの嗜虐性を満たすには充分な人数です。恐怖に怯え、絶叫する人々を前に、デスピオンは喜びを抑え切れないように甲高い雄叫びを上げました。尻尾のパルスビーム砲が鎌首を擡げ、集会場に照準を定めたようです。 電磁波発生アームが、低い音を唸らせながら迫ってきました。 ルイスおじさんは、集会場の前に両手を広げて立ち塞がりました。「貴様のような野良ゾイド、俺は怖くなんかないぞ!」 デスピオンは興味がないように、まったく歩みを変えずに迫っていました。 ルイスさんまであと数メートル。 巨大なハサミを振り上げた時です。 デスピオンが、突然真横に吹き飛びました。 遅れて激しい爆風が周囲を覆い、ルイスさんも一緒に転がったそうです。 デスピオンの脚が1本折れて、集会場の壁に突き刺さります。 煙が晴れると、裏返しになり7本の脚でもがいているデスピオンがいました。「待たせて悪かった」 硝煙の奥、肩に巨大なミサイルランチャーを抱えた人影が立っていました。
八日目の未明から昼(2) 私がフランツさんの家に向かった時まで、時間を戻します。 夜通し走って、フランツさんのログハウスに到着したのは、日付が変わった深夜。「お願いします、お願いします。起きてください。助けてください」 夢中でドアを叩きました。 人の気配がして、裏側のかんぬきが外される音が聞こえます。 淡いランプの灯りの中に、長身のフランツさんの姿が見えました。 暗がりの中、不機嫌そうな表情だったフランツさんでしたが、私の必死の表情を読み取ってくれたらしく直ぐに家の中に通してくれました。 呼吸の整わない私に代わって、ヘルマンがルイスおじさんの託した手紙を渡し、的確に状況を説明してくれました。私は、疲れと、安心感と、そして恐怖から、ランプの灯りの下、ぽろぽろと涙を流してしまいました。「わかった」 フランツさんが、手紙を一瞥した後立ち上がりました。「町へ行く。お前達にも手伝ってもらう。直ぐにゾイドの準備をしろ」「町へですか。村には行ってくれないのですか」 泣きながら、私は懇願します。フランツさんが背中越しに言いました。「得物を売り払ってしまったので取り戻す。それにゾイドを倒すための道具も必要だ。その手紙に、支払いは全てルイスが肩代わりするとある。武器を手に入れる」 嗚咽が止まりません。途切れ途切れに「ありがとうございます」と言うのがやっとでした。 ヘルマンに支えられ、納屋に入った私たちの前では、相変わらずローバーとロードスキッパーが喧嘩をしています。村の危機にも動じないゾイドの姿を見て、呆れると同時に安心しました。 町には夜明け前に到着するはず。そして村に戻るのは日が昇るころ。集会場が襲われても、間に合うはずです。もし町から帰る途中に私たちが襲われても、フランツさんと一緒ならばなんとかなるでしょう。デスピオンの活動する時刻まであと7時間ほど。私たちは3台のゾイドで、一路ブロントシティーへ向かいました。 夜も明けきらない町の、シャッターの下りたロプサンさんの店に到着しました。3日前の爆発の跡も生々しく、飛行場には黒焦げの格納庫と立ち入り禁止の立札が残っています。店の裏手に回り、呼び鈴を鳴らし、ドアを思いきり叩いても、中から人の気配はありませんでした。やはり、店に起居してはいないのです。 一刻を争う事態です。止むを得ず、フランツさんはシャッターを力任せにこじ開け、中のガラス戸を叩き割って店内に侵入しました。途端に鳴り響く警告音。警報装置が作動したのでしょう。耳を劈くような騒音の中、フランツさんは店の奥に入っていきました。厳重に閉ざされた倉庫の扉は容易に開きそうもありません。フランツさんの探している武器は、きっとこの中にあるはず。「動くな」 警報装置が鳴って、10分ほどたったでしょうか。背後に懐中電灯を持った2人の警備員が立っていました。ヘルマンと私は必死で状況を説明しましたが、職務と割り切っている警備員には通じません。やがて治安員までやってきて、私たちを店ごと取り囲みました。 私たちは店の前の道路に座らせられて、無抵抗の態度を取りました。威嚇する警備員も、フランツさんの巨体には圧倒されていました。多分、力ずくで突破することも出来たのでしょうが、肝心の武器が手に入らないので大人しくするほかありませんでした。 警備員と治安員の間から「すいません」と小さな声で人込みを掻き分けてくる人物がいました。慌てて上着をひっかけてきたような姿の、ロプサンさんでした。「フランツさん、それにエミリーちゃんまで。一体これは何の騒ぎなんだ」 驚くロプサンさんに、私とヘルマンは必死で村の様子を説明しました。話の途中までくると、ロプサンさんは直ぐにわかってくれました。「奥の金庫の鍵を取ってくる。みなさん、お騒がせしました。この人たちは私の客です」 取り囲んで私たちの話を聞いていた警備員も、納得してくれたようです。ロプサンさんが鍵を取りに自宅から戻ってくるまで少し時間がかかり、爆発した飛行場の方から明るい朝日が昇っていました。夜が明けたのです。デスピオンの活動が始まります。 倉庫から取り出したのは、巨大な銃でした。いえ、大砲? ヘルマンが驚いた表情をしています。銃と、フランツさんの顔を交互に見つめています。「これは、手持ちのミサイルランチャー。まさか、あなたは」「余計な詮索は無用だ。貴様軍人だな。ロプサンの親父と一緒にこいつの規格に合ったミサイルを探してこい」 何かを言いかけたヘルマンの言葉を遮り、フランツさんが指示しました。「わかりました。私に心当たりがあります。そこのお兄さん、一緒に来てください」 ロプサンさんはヘルマンを連れて、急ぎ足で町の通りに消えていきました。「お前はゾイドにこの道具を積み込め。それとお前たちのゾイドにも少し細工をさせてもらう」「はい、わかりました」 次々とロプサンさんの店から道具が準備され、私はローバーとロードスキッパーに積み込みました。 準備を終えたヘルマンたちが帰ってきたのは、太陽が暖かい日差しを投げかけはじめたころ。やはり武器を準備するにも、店が開いていなかったと言います。「エミリーちゃん、頼んだよ」 幾分疲れた顔をしたロプサンさんが励ましてくれました。「私にできることはこんなことしかないからね。フランツさん、まだ何か必要なものはないか」 フランツさんは、少しロプサンさんと話した後、ロードスキッパーに乗り込みました。「いくぞ」 時間がだいぶかかってしまいました。村まで戻るにもまた時間がかかります。私たちは荷物を背負ったローバー達を、必死で走らせました。 途中、フランツさんは私たちの役割を説明しました。最初とてもできるとは思えなかったのですが、あのデスピオンを倒すためには必要なのだとわかりました。 輝く太陽が恨めしく、こうしている間にも村での被害者が出ているのではないかという不安が広がります。 なぜ、私たちの村だけを執拗に襲うのでしょうか。他の村は通り過ごしてきたというのに。効果的な作戦が出来なかったとは言え、ヘルマン達の攻撃で少しは傷付いたはず。なぜ自分が被害を受けた場所に留まる理由があるのでしょう。「自分は思っていました。奴にとっては、無邪気に遊んでいるのではないかと」 私の考えていた疑問に答えるように、偶然ヘルマンが呟きます。驚いて問い返します。「遊んでいる?」「自分たちの攻撃がきっかけとなったのです。子供同士で遊ぶように、ゾイド同士で遊んでいるとでも思っているのではないかと」「遊び、あれが?」 私は再度問い直します。「人も仲間同士、喧嘩をしたり、怪我をしたりして、痛みを知るのです。 しかし、仲間もいない、痛みもわからない孤独な野良ゾイドが、その破壊力を知らずに使った結果が、今の状況になっているのでは」「じゃあ、2日前の夜に私を襲わなかったのは、私の唄を、聴いていたから?」「何のことですか」「私の唄。赤とんぼの唄を聴いていた。まるで耳を澄ますように」(ゾイドは、いつでも人間となかよしになろうとしているの) 母の言葉を思い出しました。まさか、あのデスピオンは。 これまでのデスピオンの襲撃を、「子供の遊び」とすると、確かに辻褄が合ってきます。 日中にしか活動しないのは、子供は明るい太陽の下で遊ぶのが大好きだから。 幼い子供は、食べられない物も汚い物も構わずに、何でも口に運びます。戯れに遺体を齧るのも、同じ理由。 進路を変えず、ひたすら真っ直ぐ進んでいたのも、子供の素直さ、頑迷さをそのまま表した結果。 林や物陰に潜み、突然襲い掛かることが、子供らしい遊びの「かくれんぼ」にも似ています。 そして最後に、あの夜、唄を歌っている私を襲わなかったのは、子供が童謡を聞いているのと同じだったから。 全ての謎が「子供の遊び」という糸で1本に繋がれていく。 それは、無邪気というにはあまりに掛け替えのない代償を支払った遊びでした。 村の何処かから黒煙があがっています。既に犠牲者がでてしまったのかもしれない。集会場まであと少し。でも、ローバーたちゾイドも、酷使したため速度は上がらなくなっています。走っても走っても近づかないもどかしさ。早く、間に合って欲しい。それだけを思って、集会場へと急ぎました。
八日目の対決 虎挟み、ではなくゾイド挟み。名前なんてどうでもいい。巨大なトラップが5つ積まれていました。 集会場に連なる並木道と果樹林の手前で、ローバーに乗ったままフランツさんが指示します。「お前らは俺の決めた場所にトラップを仕掛けてこい。 風向きに注意しろ。奴は嗅覚センサーまで発達させている気配がある。2人とも風下の西側から回り込んで行け。それが終わったら、お前、俺のゾイドを引っ張って来い」 ロードスキッパーから降りたフランツさんが、手綱をヘルマンに渡しました。荷台から降ろした荷物を開けて、巨大なミサイルランチャーを組み立てていきます。 ヘルマンのローバーから、ミサイルの詰まった弾倉ケースを掴み、老人とは思えない強靭な瞬発力で駆け出しました。肩に手持ちミサイルランチャーを担いで。「行きます」「はい」 トラップを仕掛けに西側に回り込みます。集会場の方からの激しい銃撃音。硝煙の匂い。デスピオンらしき影が突き進んで行くのも見えました。 最初の2つは2人で仕掛けました。「自分はフランツさんの所に戻る。残りの設置を頼みます」「はい。あなたも気を付けて」 ヘルマンが一度だけ振り返り、もと来た道を引き返して行きます。私は風上に立たないように注意しつつ、フランツさんの指示に従ってトラップを仕掛けていきました。 集会場で爆風。フランツさんのミサイルが命中したのでしょうか。奇声を上げるデスピオンがわかります。残りひとつ。 トラップの仕掛けが終わりました。私は予てからの指示通り、来た道をヘルマンの様に戻っていきました。「待たせて悪かった」 硝煙の奥、肩に巨大なミサイルランチャーを抱えた人影が立っていました。 仰向けになって腹部を晒すことを恐れたデスピオンは、尾部を器用に使ってすぐさま元の体制に戻ります。背中の部分の装甲板が擦られて、地の白い色を覗かせました。 フランツさんは、デスピオンを見据えたまま立っています。デスピオンも、目に当たるセンサーを正面に据えたまま、睨み合いになりました。デスピオンが奪われた1本の脚の感覚を確かめるように忙しく足踏みをしています。 尾部が鎌首を擡げます。パルスビーム砲の発射体制です。「フランツさん!」 ローバーに乗って、ロードスキッパーを連れたヘルマンが駆けつけます。パルスビーム砲の射線が、ヘルマンに向けられます。その一瞬の隙を逃さず、フランツさんが再び手持ちミサイルを発射しました。 ミサイルの弾道が放物線を描きます。重力によって加速された弾丸は、正確にデスピオンの右側、既に1本足が失われている方へと到達します。金属の焼ける匂いと激しい火花。ゾイドの上げる悲鳴のような音の中、硝煙の後にはいびつに傾いたデスピオンの姿が浮かび上がりました。脚がまた2本、飛び散っています。右側に残された足は1本だけ。右のハサミを地につけなければ歩けなくなり、電磁波発生アームの使用も制限されます。 ロードスキッパーに飛び乗ったフランツさんは、これ見よがしにデスピオンのセンサーの前を横切って走っていきます。7tの巨体を持ち上げるデスピオン。その動きは、もはや遊びではなく、怒りに任せた凶獣そのものでした。そう、子供が怒りに任せて無茶苦茶に手足をバタつかせる様に。 ロードスキッパーに装備された重機関銃が、デスピオンの動きを牽制するように撃ちこまれます。装甲板を叩く程度の被害しか与えられないのですが、それがまたデスピオンの怒りを焚き付けるようです。右の身体を引きずり、腹を擦りながら、デスピオンが走ります。また、尾部が持ち上がります。再度パルスビーム砲の発射体制を取ろうとしています。しかし、あそこには。 ガシャーン、という甲高い金属音が響き、デスピオンの動きが一瞬止まります。私たちが仕掛けたトラップに、今度は左側の脚が挟まれたのです。充分な加速のついていた巨体に引きずられ、左側の1番後ろの脚が引き千切られました。尻餅をつく様に倒れたデスピオンは、擡げた尾部のパルスビーム砲も一緒に空を向き、虚しく天空に向けて弾道を伸ばして行きました。 ロードスキッパーで充分な距離まで離れると、空かさずにヘルマンが駆け寄ります。「徹甲弾」「これです」 ランチャーに色違いのミサイルが乗せられます。デスピオンの右斜め前、パルスビーム砲が向いていない方向。ロードスキッパーを飛び下り、片膝を着いて照準を定めます。 尾部が再び擡げ、パルスビームの射線が緩やかな弧を描き、フランツさんに迫ります。着弾まであと数メートル。 ランチャーから火箭が伸びました。ミサイルが黒い風に乗って、デスピオンの尾部に吸い込まれました。銛のような弾丸が飛び出し、パルスビーム砲ごと尾部を吹き飛ばしました。 悲鳴を上げるデスピオン。左のハサミを無茶苦茶に振り回し、センサーを光らせて迫ってきます。しかしそこにも。 再びガシャーンという金属音が響きます。もう1つのトラップが、残っていた右の脚を切断しました。切断された脚部は、くるくると回転しながら、マルベリーの林に落下していきました。 完全に身体を傾け、歩くことの出来なくなったデスピオンは、もはや射撃の的に過ぎません。「お前が撃て」 ヘルマンが、電磁砲を構えます。出力が弱く、充分に引き寄せてからでないとシステムを麻痺できない武器です。青く輝くセンサー目掛けて、彼は引き金を引きました。 雷撃のような光が奔り、デスピオンの身体に吸い込まれます。距離にして約3メートル。瞬間、残った脚部とハサミ、そしてパルスビーム砲を奪われた尾部が、一気に力なく項垂れました。ゆっくりと関節の向きを地上に下ろしていきます。がっくりと肩を落とすように、デスピオンは動きを止めました。 漂う硝煙の中、麻痺したデスピオンの巨体の前に、煤に塗れた2人の男性と、ローバーに乗った私がいました。 2日走り通しの、自分自身の汗の臭いにその時気が付きました。 息をつめて見つめていた集会場の窓から、歓声が上がります。 私たちは、デスピオンを捕獲することに成功したのです。
九日目「御協力に感謝します」 鎖でがんじ搦めに固定されたデスピオンの機体が、開拓局のグスタフの荷台に積まれていました。生き残った村のみんなが、恐る恐る取り囲んでいます。荷台の隣には、ロプサンさんとルイスおじさん、そしてヘルマンが集まって、開拓局の職員と何か話しています。「被害の補償は、当然開拓局が負担してくれるのでしょうね」「この野良ゾイドの捕獲の褒章金と機体の譲渡額は、今回の武器や装備品、それに店の修理代を含めての支払いを要求します」「軍籍を抹消されているようですが、今後の対応を検討願いたいのです。出来ることならもう一度、ニクスで、いや、エウロペでもいいので、以前の研究を継続したい。特にこのゾイドに関しては、自分の研究課題と重なる部分があるのです」 突然、デスピオンに向けて駆け寄って来た人がいました。手に長い棒きれを持って。固定されたデスピオンを、棒切れで叩き始めました。 鈍い音がして、装甲板が軋みます。目に一杯の涙と、怒りを浮かべながら。「家族を返せ」「畑を戻せ」 イさんでした。慌てた職員が、イさんを取り押さえて引き摺っていきます。奇声を上げながら、その場から引き剥がされて行きました。 センサーには、まだ僅かな光が点っています。こちらを見て、会話を聞いているのかもしれません。日常を取り戻した人々の社会の動きを見つめながら、あのデスピオンは何を思っているのでしょうか。(だから時々悲しいの) また、母の言葉を思い出しました。 ラッタナを下りて、私は縛られたデスピオンの横に立ち、静かに歌いました。 夕焼け小焼けの赤とんぼ 止まっているよ竿の先(いつか、この国が、幸せで満たされますように)(いつか、この大地に、豊かな恵みが育みますように)(いつか、この星にも、赤とんぼでいっぱいになりますように) 私たち人は、ゾイドを利用して来ました。でも、それは一方的なもの。この星でのゾイドは、この星の自然そのもの。(ゾイドは、本当はみんなやさしい気持ちをもっているの) 自然から生まれた人も、自然から生まれたゾイドも、同じ自然の一部。(いつでも人間のために働こうとしているの) でも、いつの間にか、人はゾイドを戦いの道具にして、利用するだけとなっていった。どこか遠くの星から飛来した、ゾイドを道具としか見ない、別の星の人達によって。 センサーの光が一瞬輝きました。私の唄に、無邪気に喜ぶように。 開拓局の職員は、要求に大きく頷くと、幾つかの書類と契約書を渡し、2人の職員を残してグスタフを始動させます。「エミリー、お別れです。いろいろお世話になりました」 ヘルマンは再び軍務に復帰する決心をつけました。この村に住んでもらってもいいと密かには想っていましたし、彼もそんな素振りを見せてはいました。でも、目の前に現れた魅力的な研究材料の誘惑に勝てなかったようです。彼は少し興奮しながら説明していました。「このデスピオンの複合装甲は、金属生命体の特徴とは相反する有機結合なのです。それに思考形態がこれまでのゾイドとは全く違う。スケルトン部隊の装備がなぜエウロペにいたのかも究明したい。自分は自分にできる方法で、戦友たちの犠牲を償いたいのです」「兵隊さんは、ここに残る気はないのかね」 見送りに来ていた祖母が、もう一度ヘルマンに尋ねました。「ここは素敵な村でした。正直残りたい気持ちはあります。しかし自分の能力を試してみたいのです」「どうせなら、エミリーの婿さんにでもと思っていたのだがね」「ばあちゃん!」「おばあさん!」 父と私と同時でした。 私は赤面し、ヘルマンは当惑の表情を浮かべています。当惑しつつも、冷静な表情を崩さない彼の顔を見て、そこには友情以上の感情が無いことに気付かされました。 ヘルマンは微笑みながら手を振ります。「近いうちにまた御挨拶に伺います。このゾイドの研究結果の報告と、荒らされた耕地の復興のお手伝いをさせて頂きたい。軍属からの解放は、それからでも遅くないでしょう。それまでみなさん、お元気で。フランツ大尉にも宜しく」 狭い畦道を、グスタフが去って行く。荷台で手を振り続けるヘルマンと、デスピオンを乗せて。後ろ向きに積まれたデスピオンのセンサーが、寂しそうに見つめています。 あなたは遊んでほしかっただけ、でもその方法を間違えた。「フランツさんは」 ロプサンさんに聞きました。「武器の事を含めて、全て私に任せられたのさ。あの人では貰える金も貰えないだろう。心配しないでいいよ。フランツさんは今回の事件の大手柄なんだ。充分なお礼はさせてもらうつもりさ」 あれからすぐ、フランツさんはまた家に閉じこもってしまい、会うことができませんでした。折角手に入れたミサイルランチャーも、再びロプサンさんに引き渡し、残った武器も引き取ってもらい、ロードスキッパーだけを引いて戻ってしまったのです。 ルイスさんたちが何度も訪れ、お礼の言葉や感謝を示そうとしても、以前以上に声を荒げて、みんなが追い払われたそうです。「お前らは卑怯だ。都合がいい時ばかりいい顔をして寄ってくる」 そう言ったきり。 野良ゾイド騒動で荒れ果てた村に、やっと平和が訪れました。残された果実や穀物の収穫作業を急がないと、出荷に間に合いません。太陽は真上にさしかかった頃です。 私たちは点となったグスタフを背に、再びこれまでの営みを行うために、それぞれの家に戻っていきました。
2か月後 ブロント平地に、例年より遅い雪が降りだしたころ、私たちとは離れた場所で、歴史が大きなうねりをたてて動き出していました。 以前から懸念されていた皇帝陛下の病状が悪化し、丁度1か月前に逝去されました。その後幼帝ルドルフ陛下が即位し、ギュンタープロイツェン閣下が摂政に就任しました。 惑星大異変以来の磁気異常は完全に収束し、レドラーなどの飛行ゾイドやアイアンコングなどの大型ゾイドの活動が可能になり、そして急激な軍備の増強が始まりました。 ブロント平地の隣のニクシー基地に次々とホエールカイザーが飛来して、大量の戦闘ゾイドを吐き出しては戻ることを繰り返しています。対抗する共和国も、エウロペ北部のロブ基地に兵力を集中しての睨み合いを始めています。 のどかだったエウロペに、暗い戦争の影が落とされていました。 ヘルマンは、何の前触れもなくやってきました。「クリスピンさん、その節はお世話になりました。エミリー、お元気でしたか」 軍服ではなく、淡いブラウンのコートを着て、幾つかの荷物を携えて。レメディオには小さなゾイドのおもちゃをお土産に渡してくれました。「おにいちゃん、ありがとう」「どういたしまして、レメ君」 軽く弟の頭を撫でると、私たちにもそれぞれの土産物を渡してくれました。 私には、バレッタとお揃いのクリーム色のストールです。肌触りがとてもきめ細やかで、今までに出会ったことの無い生地でした。「これはどこで」「ウォルトン村で栽培されたマルベリーの葉を利用して作ったものです」「葉? これが」 植物からつくられたとは到底思えない肌触りです。「失礼しました。説明が足りませんでしたね。これは絹(シルク)といって、葉を食べた虫が吐いた糸を紡いで織られた布なのです」 少し頬からストールを離してしまいました。虫の糸?「モルガによく似た蚕という虫が飼育されていて、そのコクーンを利用するのです」「え、それは、赤とんぼの歌詞にある桑のことですか」「その通りです。実は現在軍務を離れ、主に遺伝子工学を応用した各種の生態培養研究を行っているのです。 みなさんは、かつて巨大な宇宙移民船が、デルポイに不時着したことを御存知ですか」 その話は、母から聞いてはいましたが、詳しい事まではわかりません。 ヘルマンは説明を続けます。どうも彼は、自分の研究になると説明に夢中になる癖があるようです。「その移民船の中には、様々な種の遺伝子が保存されており、到着した移民星で栽培や飼育が可能な生物の培養技術を伴っていたのです。 この星に漂着し、ゾイドの改造ばかりに目が向けられていましたが、生化学の分野でも非常に高度な科学技術も伝えられたのです。 このブロント平地の土地改良のために、農業技術員が来ています。微生物を利用し、窒素同化を行って、耕作地の有機化を行い農業生産性の向上を成功させました。それらは全て、移民船の技術の応用だったのです」 彼の話は延々と続いたので、多少辟易しましたが、確かに彼の興奮するのもわかりました。 戦争が続いている間は武器の技術ばかりが注目されましたが、それ以外の技術が伝わらないはずもありません。今、豊かな実りをもたらしている果樹も、もともとは異星の植物です。それを栽培する農業技術が伴うのは当然です。今手にしているシルクの肌触りは、違った意味でのテクノロジーとも言えるでしょう。「ところでエミリー、自分とお付き合いしてくれませんか」「!」 突然の告白に、私の心臓が早鐘の様に高鳴りました。「あ、すいません、また言葉が足りませんでした。フランツさんの自宅まで、自分とお付き合いしてくれませんか」 彼は、意外と失礼な男性ということを知りました。 フランツさんの家までの道すがら、2人ともローバーの背中に乗りながら、私はヘルマンと話しました。 あれからの村の復興の事、犠牲者の追悼、耕作地の再生。 彼は軍に戻ってからの待遇、戦死者登録からの復帰、そしてデスピオンの処遇。「あのデスピオンは、あのままガイロス帝国技術開発局に送られました。 幼いとはいえ、自立活動を行い積極的に「遊ぶ」という行動をとる変異種のゾイドとして研究されるそうです。 現在エウロペで発掘されたオーガノイドシステムを搭載するゾイドの機種選定を行っているのですが、あのデスピオンのサンプルが送られたので、どうやら大型の蠍型ゾイドが開発されるようですよ」 あのゾイドは、殺されることはありませんでした。しかし、私の母の遺体と同じように、研究材料となったのです。それが幸せだったのかはわかりませんが、再び生まれ変わってくる巨大蠍型ゾイドが、果たして人間が制御できるのか疑問でした。「なぜフランツさんのところに」 その質問に、彼は硬い表情になりました。「あの時のお礼を言いたいことがあります。ですが、あの人に幾つか聞きたいことが残っているのです」 ヘルマンは顔をあげ、こちらを向きなおしました。「自分の推測が正しければ、あの人は自分と同じゼネバス軍人のはずです。そして、あのデスピオンとも、何処かで繋がりを持っているはず。それだけを確かめたかった」 それから少し、彼は口を噤んでいました。「あの時はできなかったのですが、やはりお話ししておくべきと思います」 プラマハの背に揺られながら、彼は視線を前に向けたまま言いました。「まず、行方不明のローバーの件ですが」 クルンのこと。まだ見つからない。「やはり、あの残骸が、そうでした」「わかっていました。諦めていました」 私は、言葉に出した以上の感情は無く、彼を責める気持ちもありませんでした。時間が解決してしまっていた、といえばクルンが可哀想ですが、それ以上の犠牲を目にしてきて、悲しみの感覚が鈍ってしまったのかもしれませんでした。(ごめんねクルン、安らかに)「それともう1つ。急病で亡くなられた、エミリーのお母様たちについてです」 彼とは何の接点もないはずの、私の母の話です。 唐突さに聞き返しました。「母がどうかしましたか。もう亡くなって随分たっていますよ。」 私は勉めて明るく答えました。「研究員になって偶然知った事実です。 記録によると、この村を含めて、劇症性の高熱で亡くなった方々が何人もいました。原因は不明という診断だったはずです」「はい。でも、それと軍とでは関係は無いと思うのですが」 次第に自分が無口になることがわかります。ヘルマンは少しだけ私を見て、また正面を向きながら続けます。「無関係ではなかったのです。先ほど説明した、土地の有機化の事を覚えていますか」「難しくて、わからないところは沢山ありましたが、だいたいは」「微生物を利用した土地改良は、多種多様な細菌を培養して行われました。本来毒性のない、全て無害な細菌しか使用しないはずだったのですが、その一部の遺伝子が変異して毒性の強いものになってしまったのです」 私は頷くこともしないで、ただ黙って彼の話を聞いていました。「入念な検査体制をすり抜けたのは、その細菌が全ての人に感染するものではなかったから。 一部の遺伝子情報を保持している者、異星からやってきた人間の特徴を、より濃く残している者にのみに感染する細菌だったからです」 異星からの特徴。母は、赤とんぼの唄を知っていた。つまり、間違いなく異星からの訪問者の血を濃く引いていたはずです。「当時の培養を担当した研究者達にとっても予想外だったようです。培養された蛋白質は、ゾイドを代表とする金属生命体を構成する微小な金属分子を核として結合しました。 発症には様々な限定要因があります。農作業に従事していること、ゾイドなどの金属生命体に頻繁に接触していること、異星からの移民船の子孫の遺伝子を有していることです」 母は、いつも丁寧にゾイドの世話をしていました。優しく、語りかけるように。 ただ、それは母がゾイドだけが好きだったという理由ではなく、私たちを含めた全ての命に対する愛情だったと思います。 やさしいお母さん。 その優しさが、感染原因の一つでもあったのです。「エミリーやレメ君が発病しなかったのは、それだけ血が薄まっていたから。 しかし、お母様のような、まだ世代を重ねる数が少ない人間には劇的な感染作用だったのです。 稀に残っていた異星の血の優性遺伝子が、微弱な病原菌の発病を促進させてしまいました」 ゾイドを利用し争いを拡大させた人々。それを私は僅かながらに恨んでもいました。 しかし、彼の言葉が私の胸を突きました。 私は、母の子。紛れもなく、異星人の血を引いているということに。「農業改善員の派遣の背景には、農業生産を拡大させ、国力を増強しようとする帝国政府、及び軍の首脳がついていました。 劇症性の感染症の原因は隠蔽されました。帝国は、国民を騙していたのです」 彼は拳で軽くプラマハの透明装甲を叩きました。プラマハは少し驚き、しかしそのまま歩いていきます。「様々な種を培養し、更に大地を豊かにするために、軍務に復帰したのに、最近ではオーガノイドシステムという得体の知れない研究ばかり。 自分はガイロスに絶望仕掛けています」 オーガノイドシステム。一体何のことかわかりません。こんな時にも、彼の癖が出ていました。「これ以上のことは、あなたにも迷惑がかかるので言えませんが、伝えられることは、デスザウラーに関わっているということです」 そのゾイドの名前聞いて、私も身を固くしていました。「空き家になっている」 到着したログハウスは、扉が開け放たれ、荷物が整理され、無人となっていました。納屋に繋がれたロードスキッパーの姿もなく、自給していた畑も雪に覆われていました。 無人になってから時間が経過しているようで、雪を避けて入り込んだ小動物が慌てて逃げて行きました。「フランツさん」 巡回版も農閑期には止まるため、私も訪れることがありませんでした。村の人達も、死んでしまった人の分まで働かなければならなかったので、事件以降ここに来なかったのでしょう。「フランツさん」 呼んでも、答えが無いことは知っています。でも、その名を呼ばずにはいられませんでした。「フランツさん!」 大声を出しても、同じでした。 ヘルマンも、私と同様に、呆然と部屋の中に立ち尽くすしかありませんでした。
1年後 収穫期を迎え、黄金色に染まった穀物と、豊かに実った木々の実が、私たちに喜びをもたらしました。 悪夢のような野良ゾイド事件を振り払うように、最高の収穫となったのです。その後何度かヘルマンがやってきて、土壌改良の手伝いをしてくれました。様々な作物が実り、生活にも余裕が出てきました。 シルクを紡ぎだす蚕という昆虫の飼育も、村で始められていました。モルガに似ていて、モルガの様に愛らしい昆虫です。「エミリー、がんばってるね」「ポールもね。今日は外診ですか」「いや、ロプサンさんの店まで、薬の買い付けだよ」 サンテシマさんの亡くなった後、ガイガロスから戻った息子のポールが、幼馴染として遊んだ頃の彼とは違い、母親のマリアさんと一緒に診療所を引き継いでいました。 祖母はまた、彼に私の婿に来て欲しいと言い出し、父と一緒に呆れていました。二言目には「曾孫の顔が見たい」です。「エミリーちゃん、レメ君、こんにちは」「シムスさん、こんにちは……こんばんはかな」 擦れ違いで、3人に家族の増えたシムスさん夫婦が我が家の方から帰って行きます。生まれて3か月のかわいい男の子で、昨年の出来事以来、家族でよくうちに遊びに来るようになりました。祖母が盛んに結婚を勧めるのもその為です。でも、私は16歳で嫁に行く気はありません。「姉ちゃん、お腹すいた」 去年よりもかなり身長が伸びたのに、まだレメディオは甘えています。 夕日が傾いていきます。日暮れまで、あと僅か。 ふと、夕日の中に、透き通った羽を4枚持つ、小さな生き物が横切って行きました。 大きな目を持ち、細長い体で、素早く空を飛んでいきます。 金属生命体ではありません。有機体、蚕と同じ昆虫です。 全身が、夕焼けの様に真っ赤な色の昆虫。「赤とんぼだ」 ヘルマンが復活させたのでしょうか。それとも偶然再生されたのでしょうか。 あのデスピオンにも似た、しかし小さくて、儚くて、美しい昆虫が、無数にこの大地に舞い上がりました。 大地の豊かさを現すように、無数に、無数に、赤とんぼが舞っています。「レメ、一緒に歌うよ」 夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か 山の畑の桑の実を 小籠に摘んだは幻か 十五で姐やは嫁に行き お里の便りも絶え果てた 夕焼け小焼けの赤とんぼ 止まっているよ竿の先 私と弟の声が、夕日に舞う赤とんぼの群れに吸い込まれるように響いていました。(お母さん、私は元気です) この平和が、この自然の恵みが、2度と壊されないことを祈るばかりでした。 半年後、西方大陸戦争が勃発しました。 『赤蜻蛉』(終)