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ゾイド系投稿小説掲示板

自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。

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[313] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/01/12(木) 23:03 -

 砂塵に煙る太陽が、街並みを赤く染めている。長く曳く残骸の影は、私の立つバルコニーの足元まで伸びていた。
 不思議なモニュメントだった。ほぼ半身を砂の中に埋め、石化する以前に捲れ上がったのであろう装甲の隙間から、時折さらさらと滴の様に砂が流れ落ちている。かつて強大なエネルギーを蓄えていたのであろう胸部の中央には大穴が空き、無限の暗闇に覆われて奥底を見通すことができなかった。
 機体の要所に取り付けられていた小火器は全て撤去され、兵器であった頃の面影はない。戦中、物資が欠乏したため、他の機体に転用されたのであろうか。
 象徴ともいうべき、大口径荷電粒子砲を備えた凶悪な頭部は、頸部を残して吹き飛んでいる。ささくれ立った切断面が、内部からの激しい爆発の傷跡を物語る。
 頭部が無いため、それがかつて命を持つ機械であったことを忘れさせ、無機質な鉱物の塊にも見える。
 背後に温かい色の灯りが点る。街灯が、闇を嫌って、一斉に点灯したのだ。光の筋が、何本も街並みの奥まで伸びていく。この町はもともと軍需工場の城下町だったのだが、敗戦後は技術転用が成功して、国内でも有数の工業都市となっている。加えて、豊富な地下資源は、戦争中には味わうことのできなかった平和という繁栄をもたらしている。視線を戻してみれば、何処までも荒んだ残骸が残るばかり。この繁栄が、時代に取り残された遺物を更に際立だせる。
 見渡せば、同様に真っ赤に染まった残骸が7つ。砂漠にそびえる墓標として、この町の風景に溶け込めずにいた。
 この光景も、間もなく消える。平和が訪れ、いや、戦争と戦争の間が長くなったともいえるのだが、より前の戦争の遺物は、繁栄する平和の障害物に過ぎない。その証拠に、影を曳くモニュメント以上の高さの、緑と白に色分けされた巨大なクレーンが、勝ち誇るかのようにそびえている。黄色いヘルメットを被り、ワイヤーの巻き取り作業に追われる作業員。忙しく点滅する警告灯。小型のトラクターが、発電機を牽引している。
 私はこの街の風景を何年見つめてきたのだろうか。20年、いや、19年か。まだ幼かった頃、あの忌まわしい事件の衝撃音だけが、心の奥底で未だに響いている。しかし時代はそんな私の記憶を無視して、無数の屍を積み上げ、掛け替えのないはずの人命を何万人も、何百万人も飲み込んで、今を築きあげている。

 次第に影は、夕闇に溶け込んでゆく。地平線に、太陽の欠片が半分かかっている。
 ふと気が付くと、私の立つバルコニーの10メートルほど先、私と同じように砂漠を見つめる人影が見えた。つばのついた帽子を被り、濃いグレーのコートを羽織った、年配の男性である。その姿勢からは、年齢と比較しても不相応なまでの気迫のようなものが感じられる。
 彼は、ぼんやりと見つめているのではなかった。
 睨んでいる。それも、憎しみとも悲しみとも思えないような、鋭い視線を送りながら。
 私は、直観的に何かを感じた。そして、彼の佇む方向へと歩みだしていた。

 砂交じりの風は、次第に弱まっている。しかし、気温の急な低下のためか、彼は襟をたて、時折乾いた咳をして、それでも残骸から目を離そうとはしていない。
 彼と、あの残骸に、何があるのだろう。疑問は、私を突き動かすに充分な力があった。
「失礼します。お話、よろしいですか」
私の問いかけに、彼は夕日を背にして振り向いた。帽子の下の表情はさらに判別し難いものとなったが、一瞬だけ、当惑した様子が窺われた。
「私はこの近くに住む…という者です。あれを見ている様子が、気になったので。撤去工事関係の方ですか」
 私は敢えて、予想される返答とは異なった問いかけをしてみた。
「いいえ」
 一呼吸をおき、彼は続ける
「ここに来るのは二度目です、そう、あの日以来」
 低く響く声は、力強くも、悲しくも聞こえた。
 あの日。あの日とは、やはり私と同じあの日のことだ。
「あれが、ここで爆発した時です。まだ工場も整備されていないころ、この町に軍の飛行場があったころです」
「僅かに覚えています。子供のころ、よく発着するレドラーを見上げていましたから。ご存知ですか。あれは、もう軍籍を抹消されているので、軍のものではなく、帝国の国有物なんだそうです。後ろのタワークレーンで、明日から撤去作業を始めるのだとか。真ん中のやつから始めるようですよ。残骸とはいえ、貴重な資源ですからね。業者にとって、決して損のない商売だそうです。そうなれば、撤去なんて早いものですよ。
この辺りの景色も、また変わります。不思議なものですね、物心ついた時から、あれはここにありました。何百年も前からあるように思っていたのに。個人の認識なんて、いいかげんなものです」
 彼は視線を戻し、変わらぬ鋭い視線をあれに向け続けている。私は意を決して切り出した。
「あれについて、何かご存じなのですね」
「何もわかりません。いや、わからなくなってしまいたいと、思っていたのかも。振り返りたくなくとも、拭い去れない過去。悪夢のような出来事なのに、なぜ、撤去が決まった途端、引き寄せられてしまったのか。あの日ことですよ、私があれに関わっていたのは」
 予想通りだった。私はもう一歩踏み込んでみた。
「よろしければ、お話いただけませんか」
 彼は、口元にアイロニーに満ちた微笑みを浮かべた。
「こんな年寄に、何を聞こうというのですか。時代は加速している。戦争だ、復讐だといった時期はとっくに過ぎた。戦闘に無人機が投入され、無敵と言われた荷電粒子砲でさえ、今では小型機が装備するようになっている。あんなものの話を聞いても、若い方には、何も得るものなどない」
 彼は口を噤んだ。
 ただ、彼の中には、過去を語りたくないことと、過去を若い人に語り継ぎたいこととが、アンビバレントに去来しているかのように、少しの間、バルコニーの手すりを忙しく握り返していた。
 私は、黙って待っていた。陽は完全に地平線に没して、頭上にはいつしか星が輝き始めた。冬の始まりが近いので、まだ夕刻なのだが、日暮れが早い。
 彼は私の方を向き直った。
「やはり、ほんの少し昔の、思い出話をしましょうか。あそこに眠る、墓標の群れ、連続爆発を起こして消滅した、デスザウラー部隊の話を」

[314] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/01/16(月) 22:40 -

 漆黒の空に、大異変以来数年の頻度で現れる、巨大な箒星が横たわっていた。
「あの時も、箒星が夜空にありました。
 私が此処の工場に赴任してきたのは、これから個人での整備工場を立ち上げようと計画していた矢先のことでした。西方大陸戦争で3年間、整備兵として散々機体の整備をやらされたので、機体整備の技術だけは身についていましたから。
 妻の両親はデルポイの旧ゼネバス領出身でした。長期間に亘った第一次中央大陸戦争中に、彼らは戦火を避けてエウロペに移住しました。そこで二人は家庭を築き、妻を含めて4人の子どもを産み育て、細やかな幸せを育んでいったのです。
ですが、戦火は悪夢のように、妻の家族を追ってきました。デススティンガーの暴走に巻き込まれ、妻の家族は妻一人を残して全員亡くなったのです。
 私と出会ったのは、丁度そのころでした。最初の兵役で勤務した整備工場の近く、身寄りがないため軍の施設で食事などの準備を手伝う仕事をしていました。基地の中で働いているのに、当時の妻は酷く炎や爆音を怖がる女性でした。何度かそんな場面に出くわし、生い立ちを知って、いつしか同情が愛情に変わったのでしょうか。
 だから私は、妻と一緒になった時に、今度こそ戦火の及ばない場所へ移住しよう、平和な所に住もうと誓ったのです。兵役が終了し、予備役に編入された直後の、当時戦火の及んでいなかったニクスへの移住でした。
 ですが、皮肉なものです。戦火がまた、私たちを追ってきました。まさか敵がこんなに早く、ニクスに上陸してくるとは、私も帝国も思っていませんでしたから。そして予備役からの再召集です。理由は、戦闘経験があるから。身に着けた技術が、災いを呼び寄せてしまったのです。
 辛かったですよ。戦場になるかもしれないヴァルハラに、腹の膨らんだ妻一人を残して戦地に赴くのは。でも、周囲からは、西(エウロペ)からの余所者という負い目があって、兵役を逃れることなんてできません。あの時の妻の顔は、忘れることができません。
 それと、その時にはまだ、私の赴任地が何処か教えてもらえなかったのです。軍事機密と言ってしまえばそれまでですが、一体何処へ連れていかれるのか、もしかしたら前線に送られるのかと、不安で一杯でした。
 幸い、と言えると思いますが、我々召集された整備兵が到着したのは、この町の、あの外れにあった飛行場でした。ホエールカイザーの格納庫から見た景色は、一面の砂漠と地平線。そして砂漠色に塗られているにもかかわらず、周囲との違和感が拭えない、不思議な巨大な建物でした。
 あなたは、この町出身ということですが、ここに例の砂色の建物があったのは、わかりますか」
「はい。確か、まだ本当に小さかった、漸く物心ついたころですね。でも、何か突然出来上がったような、唐突にそこにあったような気がします」
「そうでしょう。軍としても、一刻も早く、生産体制を整えたかったのです。その工場内部に一歩足を踏み入れた時、巨大さに圧倒されました。無数のクレーンのレーンと、張り巡らされたケーブル。見上げると目が回るように高い鉄骨に、移動式の足場がいくつも備えられています。それだけではありません。小型ゾイドであればすっぽりと入ってしまうような巨大なコアの培養槽が5台並んでいました。そんな巨大なコアを装備するゾイドなど、帝国には一つしかありません。そこで漸くわかったのです、ここで建造されるゾイドが一体何であるかを」

 語ることを止めた彼が、私にどんな答えを求めているかはわかっていた。結論はあまりに安易だった。私は箒星の浮かぶ星空の下、輪郭のみとなった残骸を見ながら呟いた。
「デスザウラー…」

[316] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/01/22(日) 23:08 -

「あのデスザウラーは、オーガノイドシステムを応用し復活した、凶悪なデスザウラーでした。旧ゼネバスの生産したオリジナルの能力を大幅に上回っていたはずです」
「オリンポス山を消滅させたのと、同種の機体ですね」
「もともとブラックボックスの多いオーガノイドシステムを使用するのが、多くの危険を伴うことは、帝国技術部でも理解してはいました。しかし、敵の上陸を目前にして、手段を選んでいる余裕などなかったのです」
「実際、ヴェーヌの戦闘では生産された50機が投入され、敵のマッドサンダーと全機相撃ちになったと聞いていますが」
「正確には、ブラッディデスザウラーを含めて51機です。ところで、この生産数を聞いて、何かおかしいとは思いませんか」
「生産数について、ですか。51という数は、確かに少ないと思います。ですが、やむを得ない事でしょう。帝国の生産力をしても、デスザウラーをそれ以上建造できなかっただけではありませんか。戦術面では、操縦性が低下し、運用面でも自由の利かない大型ゾイドの生産数を抑制したのだと。それに、新世代の中型ゾイドであるジェノザウラーやバーサークフューラーなどを生産の主体に移行したのではないでしょうか。付け加えるなら、その後起こった反乱では、摂政が幾つものコアを機獣化させないまま、ヴァルハラに残しておいたので、更に生産数が抑制されたことでしょう」
「違うのです」
 彼の口調が変わった。

「旧ゼネバスは、旧大戦で千機以上のデスザウラーを投入しているというのに、我々が投入できたのは僅かに50機。帝国は長い間デスザウラーの再生計画を継続してきていたのです。あまりにコストパフォーマンスが悪すぎます。戦術的にも、50機では、連携した全土での軍事作戦は行えません。それに、デスザウラーは、帝国のフラッグシップでもあるのです。敵の士官の中には、未だにデスザウラーに対する強い拒絶感を持つ者も多いと聞いています。これが全土で稼働すれば、どれほど敵を威圧できたか。コアの培養にしても、ここには独自に培養槽まで設置されていたのだから、帝都崩壊で使用されたコアの生産とは干渉せずに、増産体制がとれたのです。それに、何のためのオーガノイドシステムで、何のための生産拠点の分散であったのか。何のために、成りたての職人までかき集めて、生産基地に放り込んだのか」
「失礼ですが、お話の内容についていけません」

 私はたまらず、彼の話を切った。彼も気が付いたようだ。

「申し訳ありません。話を整理しましょうか。つまり、帝国はヴァルハラだけではなく、大陸各地に、いくつものデスザウラー生産拠点を置いて、大量のデスザウラーを戦場に投入する準備をしていたのです。旧ゼネバスと同数とは言えないまでも、数百単位の数で、生産計画を進行させ、西方大陸戦争への投入準備をしていた。そしてその第一番目の生産拠点が、この町のこの場所のあの砂漠の残骸の残る場所だったのです」

 私は、少し彼から視線を逸らしていた。彼の話は、理解できないわけではないが、その裏付けになるものもない。私は今まで、戦後になって戦争の経過を知った上で、あの時ああすればよかったとか、実はあんな秘密兵器があったが間に合わなかったとか、という類の後付の戦略論を延々と述べる人物を何人も見てきた。もしかしたら、彼もその種の人間なのかもしれない。とすれば、これ以上の時間の無駄である。彼が初めに言っていたように、本当に根拠のない思い出話である可能性もある。
「私には、判断しかねます」
 少しの沈黙の後に、また、沈黙が訪れた。
 私は考えていた。ここで強引に中座する事もできなくはない。しかし、それでは余りに礼を失している。何より私から申し出たことである。
私には、ここにいる老人の話を、最後まで聞く義務を負ってしまったのだ。ここは腰を据えて、付き合うほかあるまい。それに、残骸を見つめるあの視線には、まだ滓のように、私の心の中に痞えていた。あれは夢想家の無責任な様子ではなく、明らかに何かを思いつめる様子だったからだ。
「ただ、私にもお話される内容に、興味があります。続きをお伺いしたいと思います」
 彼は、深く被っていた帽子を脱いで、軽く会釈をした。街の灯に浮かび上がったその顔には、ありありとした苦悩の表情が浮かんでいる。私はもしかすると、彼に大きな負担を負わせてしまったのではないかと思われた。辛うじて判別できたのは、彼の瞳の色であった。僅かに青みがかっている。ニクスではマイノリティーの、虫族の特徴であった。
「ありがとうございます。ご迷惑かもしれませんが、もう少しお付き合い下さい。信じてもらえないのであれば、それはそれで結構です。ただ、私はあいつの無念だけは晴らしてやりたい。それを誰かに伝えられるのは、私だけになってしまったのですから」

[317] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/01/25(水) 21:44 -

「ところで、お時間の御都合は宜しいのでしょうか」
 一時高ぶった感情も、再び冷静さを取り戻し、彼は街灯の下のベンチに腰を下ろした。乾いた咳を繰り返している。
「場所を変えませんか。どこか暖かい場所でお話を続けられた方が」
 周囲の気温が急激に下がっているのがわかる。私はまだしも、彼の身体にとって、この寒さは決していいものではない。
「わかっています。ですが、ここで、もう少し」
 彼の視線は、また残骸に向けられていた。私はそれ以上追及しなかった。
 これが私の最大の失敗だった。

「先ほど、誰かの無念を伝えると仰いましたね。あの日、亡くなられた方ですか」
 彼の肩が、微かに震えたようだった。
「この町が、当時既に軍需工場の城下町として繁栄していたことは御存知でしょう。エントラス湾など主戦場になりうる場所からも適度に遠く適度に近い点も、申し分ありませんでした。帝国が生産拠点として第一に目を付けたのも、納得できると思います」
 彼はなぜか、私の問いに答えることなく、再び闇に向かって語り出した。
「帝国はありとあらゆる地域と種族から、私のような者まで含んだ技術者をかき集め、持てる機材を投入し、国力を挙げてデスザウラーの生産にとりかかりました。
 仮にも秘密工場ですから、街中で起居するわけにもいきません。集められた技術者は、工場内で生活することになりました。町に日用品を買出しに行くこともできず、毎日毎日単調な食事と、同じ工場の閉鎖された光景を見ながら、ただ機体が完成することを願って作業する以外ありません。家族への手紙も厳しく管理され、妻には元気だと伝えるのがやっとでした。
 工場内での作業は、まるで迷路の中にいるようでした。装甲板の製造ラインと、荷電粒子砲の為の加速器の偏向電磁石の調整。コアの培養槽のケーブルに、文字通りの黒い箱に詰められてヴァルハラから空輸されてきたオーガノイドシステム。それらが雑然と工場内に横たわり、組み上げられていったのです。
 旧大戦時に開発されたフレームなので、デスザウラーの建造は決して困難なものではありませんでした。見る間に組み上がり、聳え立つ全身が現れるのにもさほど時間はかかりません。問題は、オーガノイドシステムを利用して培養されたコアと、デスザウラー本体の同調作業でした。通常の野生体コアであれば、問題なく接続できますが、何分闘争本能が増幅されているため、安易な接続はオリンポス山の二の舞になる危険性もあります。やはり首都からの技術者を招いて、最終調整を待つことが決まりました。私たちはまず、本体の建造作業に集中し、コアとの接続は最後に実施されることとなったのです。
 最終調整を待つ十機のデスザウラーが並ぶ姿は壮観でした。帝国の栄光と勝利を象徴するかのように。これが稼働すれば、敵共和国の偽善者の群れなど、鎧袖一触ではないかと。
それに、これさえあれば、家に帰れる、妻を守れる、敵の攻撃から、愛する家族を守れると。
 帝国のプロパガンダは単純明快で、私たちはそれに陶酔していた。
 でも、今になって思うのです。家族は共和国の兵士にもいたのだと。
 国を守るため等という、大義名分は要らない。自分が生き残るため、自分の愛する人を守るため、私たちは戦った。しかし、どんなに理屈を並べたところで、所詮殺し合いでしかなかった。敵を殺せば、悲しむ家族がいるかもしれない、そして悲しみが憎しみに変わり、殺人と破壊の連鎖が繋がっている。それを何処かで断ち切らなければ、大異変が再び起こらずとも、我々は滅びに向かうしかないと奴は言っていた。
 私は手に武器を持って、共和国と戦ったことはありません。ですが私が作って、整備したゾイドに乗って、何人の敵と味方の兵士や、それに巻き込まれ誰かに愛された人々が死んでいった。何より、私が心から愛していたゾイドが何台失われたのか。
 平和はいい。こうして過去を自由に語ることができる。疑問を唱えることができる。あの時、ここではそんなこと、できはしなかった」

 彼がそこまで言いかけ、次の言葉を続けようとした時だった。砂漠からの突風が、私たちの立つバルコニーを吹き抜けた。日没と早朝に起きる、この町特有の冷気の塊のような風だ。時折怪我人を出すほど強烈なものである。
 舞い上がった砂塵が、視界を覆う。街灯も、夜空も、そして目の前にいるはずの彼の姿も、一瞬真っ暗な砂のカーテンの中に飲み込まれた。
 風は直ぐに止んだ。口の中に幾分ザラザラとした不快な感覚が残る。私は話に夢中になり、自分が砂漠の気温変化に油断していたことを、身をもって味わっていた。

 砂塵が消え、彼が腰かけていた場所に視線をやると、そこに人影は無かった。私は不安になって立ち上がり、周囲に視線を巡らした。

 彼は、数メートル離れた先に仰向けに倒れこんでいた。帽子は吹き飛び、全身砂まみれになっている。そして、明らかに異常な呼吸音を発していたのだ。
「大丈夫ですか、もしもし、もしもし!」
 意識がない。いびきのような、異常な息遣いは増々激しくなっていく。
 私は近くの人家に飛び込んで、緊急ゾイドを呼んだ。そして、彼の氏名を確認できるものはないかと、彼のコートを調べた。
「あった」
 身分証とホテルのカードだ。カードの裏にはルームナンバーが書かれている。ここから左程遠いところではない。緊急ゾイドが到着する間、私は彼の宿泊先と思われるアドレスに連絡を入れる。
 若い女性の声であった。記された彼の名前を告げ、状況を説明する。電話の向こう側から、狼狽した声と、私についての問いかけが矢継ぎ早に飛び込んできた。
 丁度その時、白と赤に彩られた、緊急ゾイドが目の前に到着した。救助員が下りてくる。
「御家族の方ですか」
 私はそうではないことを告げる。片手に持った電話からしきりに問いかけを繰りかえす声が聞こえる。
 私は緊急ゾイドの救助員に、搬送先に予想される病院を聞いた。担架に乗せられ、後部の扉が閉じられると、緊急ゾイドは一際高くサイレンを響かせ、警告灯を忙しく点灯させた。
 警告音が聞こえたのだろう、電話の向こう側でも、状況を次第に理解し出したようだ。
「いま、御家族の方に繋がっています。連絡先は…」
 私は彼女に、緊急ゾイドの管轄局の連絡先を、そして救助員には彼のコートにあった身分証を明示した。
 彼を乗せた緊急ゾイドは、町の光の渦の中に消えていった。まだ電話の向こう側では、声が聞こえている。
「後程詳しいことはお話しします。私の連絡先ですが…」
 彼女に私のアドレスを告げると、まずは搬送先への移動を促した。そのころには、サイレンの喧騒から解放され、私も幾分冷静さを取り戻していた。電話の向こう側の彼女も、どうやら同じようである。
 短いお礼の言葉の後、回線が切断された。

 周囲は再び静寂が戻った。
 天空には先ほどよりも幾分尾を延ばした箒星が、長々と横たわっていた。

[318] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/01/28(土) 00:04 -

 病院という所は苦手である。消毒液の匂いも、緊張して診療を待つ患者も、その雰囲気自体が、受け付けない。今まであまり病院に縁がなかったため、そんな感情は一際高いのかもしれない。
 私はその日の出勤を遅らせ、早朝から彼の見舞いに向かっていた。まだ人もまばらな待合室を抜け、受付で大まかな病室の位置を聞き、横長のエレベーターに乗る。病室番号を確かめつつ、真っ白な廊下の角を二度程曲がった。
 部屋番号と、あの時見た身分証と同じ名前を確認した。
「失礼します」
 前半分がカーテンで隠れていて、直ぐには彼を見ることはできなかった。頭部に小さく止血用のガーゼが貼られている。怪我は酷いものではなさそうだ。薄い黄色の点滴液が、傍らに下がっている。彼は休んでいるようだった。私の来訪に気づかない。気になるのは、やはり異様な呼吸音だ。胸を大きく上下させながら、漸く呼吸をするような様子だ。枕元には仰々しい吸入器が準備されている。
 私は声をかけることも躊躇われたので、少し様子をみることとした。
「あ。どちらさまでしょうか」
 背後から、女性の小さな声が聞こえた。聞き覚えがある。電話の向こう側で聞いた声だ。
「御連絡していただいた方ですね。初めまして」
 彼女はそういうと、手にしていた水差しを枕元の棚に置き、深々と頭を下げた。瞳の虹彩は彼と同じく青色。だが、純潔の虫族ではない。看護の邪魔にならぬように束ねた漆黒の髪色と、透き通るような白い肌が芸術品の如くコントラストを成している。
 彼の娘だとしたら年齢が合わない。明らかに私より若い。
「旅先なのでこの辺りには不案内で。ここの病院に搬送されても、場所がわからずもう一度お電話をかけてしまいました。いろいろとご迷惑をおかけしました」
「いいえ。地元の人間なのに、あの時間帯に突風が吹くことを警戒せず、この様な事態を招いてしまい、本当に反省しています。私の方こそ、申し訳ありませんでした」
 私たちは小声で挨拶を交わし、彼の枕元に座り込んだ。
「祖父は、どうしてもこの町に来たいといいました。何かが解体されるとかで。冬に入るこの時期は、持病を繰り返すので止めたのですが、無理を言って。だから私が付き添いとして来たのですが、ほんの少し離れた間に、こんなことになるなんて」
 私は彼女に、私の聞いた限りの事を伝えた。ただ、彼女も話の概要は知っていた様子で、特段驚きもしなかった。
「時折聞いてはいました。祖父が、デスザウラー建造に関わっていたことを。ただ、具体的なことに触れたことはありませんでした。今回の旅行の目的さえ、はっきりと伝えてくれなかった位ですから」
 彼女は視線を彼の寝顔に向けていた。相変わらず、苦しそうな呼吸音を発している。
 彼女の瞳は潤んでいた。
「折角いらしていただいたのですが、先ほど鎮静剤を投与されたので、暫くは目が覚めないと思います。いらしたことは伝えますので、どうか、お気になさらずに」
 今にも泣きだしそうだった。隠そうとしても嗚咽を懸命に堪えているのがはっきりわかる。ここは、他人の入り込む場所ではなくなったことに気付いた。
「わかりました。ここにいてもご迷惑かもしれませんからね。ただ、慣れない土地ですから、お力になれることがあれば何でも気軽にご相談ください。私もまだ、彼からお伺いしたいことが残っていますので。もちろん、体調が回復してからで結構です」
 見送りの為に立ち上がろうとする彼女を振り切るように、私は病院を後にした。
 澄み切った冬の早朝の青空が頭上に広がる。
乱立するビル群の合間、僅かに青空と地平線が接する所に、緑と白の巨大なタワークレーンが動いていた。
 いよいよ撤去が始まったのだ。朝の雑踏に紛れ、甲高い機械音が響いてくる。
 私は背後に吊り下げられるデスザウラーの残骸を感じながら、職場へと足を向けていた。

 連絡を受けたのは、彼が入院した翌々日の職場でのこと。10階にある社食で昼食を済ませ、砂塵に霞むタワークレーンが残骸を撤去する作業をぼんやりと窓から眺めていた時だった。電話口の向こうには、彼ではなく彼女の声で。
「…さんには、どうしても伝えたいことが残っているとかで。御迷惑だから、せめて週末を待ってもいいでしょうと言ったのですが。お仕事の後で結構ですので、本日御都合つきますか」
「面会時間ぎりぎりではありますが、大丈夫です。今晩お伺いさせて頂きます」
 体調は回復したのだろうか。とても万全の状態になったとは思えない。電話の声にも、彼女の懇願の様子が窺われた。与えられた事象から、状況が繋がってくる。予想することは容易だった。
 あの時、横たわる彼の姿に注がれていた彼女の視線が物語っている。
 彼にはもう、時間が残されていないのだ。

 幸いにして、その日の勤務は早々に終了した。盛んに誘いを掛けてくる同僚達をかき分けながら、私は足を速めた。
「どうした、恋人とでも会うのかい」
 落ち着きのない私の態度を訝しんだ同僚の一人が冷やかした。
「まあ、そんなところだよ」
 間髪を入れずに交わしたカウンターの一言に、その同僚は軽く言葉を失って、私を見送っていたようだ。下世話な話、確かに彼女は美しい人だった。

「こんばんは」
 私が到着すると、半身を起こした彼と、彼を支えるように傍らに着く彼女の姿があった。先日より血色は好いようだ。激しい呼吸も収まっている。
「お待ちしておりました。度々お呼び立てしてしまい、御迷惑をおかけしました。あの時は、ありがとうございました。改めてお礼申し上げます」
 彼女と共に、彼は深々と頭を下げた。
 幾つかの見舞いの言葉を交わしたが、彼は少しの時間も惜しむごとく、私に問いかけた。
「どこまでお話ししたでしょうか。機体が完成したところでしたかね」
 しかし、彼の声はどこからか空気が漏れるような、息苦しいものだった。傍らに座る彼女の眼が、不安そうに見つめている。それでいて、同時に彼の望みを叶えたくもあるような、複雑な表情を浮かべていた。
「コアと機体の同調を、首都の技術者が来るまで待っている、という所まででした」
 彼は深く呼吸すると、病室の窓を見つめた。ここからでは、夕日も星空も見えそうにない。
「一人だけ、どうしても伝えておかなければならない人物がいます。仮にRと呼ぶことにしましょう。本当の名前は、奴の名誉の為にも控えさせて下さい」
 私の問いかけに答えることのなかった人物であろう。あれからずっと気にかかっていた。それを彼自らが語り始めたのだった。
「私がRと会ったのは、秘密工場に来てからのことでした」

[319] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/01/30(月) 21:52 -

「Rは私と同じく、整備兵として召集された一人でした。
 デスザウラーの建造にあたっては、巨大ゾイドですから作業班はより細分化されます。私たちの担当部門は、ゾイドコアの増殖槽及びオーガノイドシステムの管理維持でした。最初私は装甲部門を担当していたのですが、コアの管理をやれる人間が見つからず、半ば強制的にコアの管理に当てられたのです。器用なものも、考え物です。
 Rは、私より先にコアの増殖作業に携わっていました。最高軍事機密にあたるオーガノイドシステムを一般の整備兵が扱ったことなどあるわけがないのですが、ヴァルハラの技術指導者の指示に従って、卒なく作業を遂行していました。私より若いのに、仕事は正確で担当となったコアの接続を寸分違わずに行い、ケーブルの接続部分は継ぎ目が分からないほど見事に仕上げます。身軽なのか、組まれた足場をするすると昇ると、普通だったら目がくらむような荷電粒子砲の頭部の真空断熱材の仕上げも難なくこなしていました。天性のものだったのでしょう、管理している軍の方でもRの職人としての技術を高く評価していました。R以外、デスザウラーの機体とコアを同調できる作業員がいなかったのです。
 しかし、Rは高い技術力とは裏腹に、工場の整備兵達から孤立していました。作業中に声を掛ける人は無く、Rも相槌以外の声を滅多に出しませんでした。
 そうなるまでには幾つかの理由がありました。まずRは吃音が酷く普通の会話をするのもやっとだったことです。
 私が最初知らずに声をかけた時、Rは全く言葉を発してくれず、私は不安になって班長に聞いてみたのです。すると班長は、遠くで他の作業員と話すRの背中を指さしていいました。気にするな。あいつはいつもあんな調子さ≠ニ。
 共同作業の必要に迫られ、他の整備兵に懸命に作業手順を説明しようとするのですが、言葉が途切れて全く的を射ないのです。説明を受ける方も困惑し、半ば呆れるような薄笑いをいつも浮かべて話を聞いていました。Rは相手と自分自身両方に苛立ち、ますます感情的になり、それがますます吃音に拍車をかけて、しまいには床に工具を叩きつけて、一人で作業箇所に向かって走っていくような場面もしばしばでした。
 次に、突出したRの技術力への妬みがあったでしょう。しかし、Rの孤立の最大の原因は、もっと奥深い所にありました。
 Rは作業所唯一の風族の出身でした。敵のヘリックと同族です。せめて数人仲間がいればよかったのですが。同じ帝国の整備兵で有りながら、種族が同じという理由でRは嫌がらせの標的にされたのです。
 最初無視されている間はまだ良い方でした。やがて、執拗な、じわじわと心を締め上げるような陰湿な嫌がらせがRを襲うようになりました。具体的に申し述べるのは、すいません、言う気になりません。ただ、極端なことは絶対しません。Rは軍からも一目置かれているので、万が一職場放棄をするような事態になれば、必ず徹底した犯人探しが行われてしまうからです。
 Rは一人で耐えていました。もっと器用に立ち回ることだってできたのに、馬鹿みたいに愛国心の強い奴だったから。そんなRの姿を見て、言葉の障害の為に何も訴えないのだと誤解して、嫌がらせは更に続きました。閉鎖された作業空間と、戦争という緊張状態。誰かが全員のスケープゴートにされることは、往々にして起こるものです。班長もそれを知っていて、形ばかりは注意をするのですが、全くと言って効果はありませんでした。昨日まではRに向いていた矛先が、いつ自分に向かってくるとも限らないのですからね。
 同じ帝国兵として恥ずべき行為でした。愛国心を唱える前に、身近に思いやることがあったのに、それさえできないなんて。しかし、当時の私たちには、そんなことをして不安を解消しなければ、作業も続けられないほどに追い込まれていたのです」

 いやな話であった。正直、話を聞いて後悔している。第二次大陸間戦争が終了して数十年がたち、デスザウラーの記憶も、セイスモサウルスの制圧も、既に歴史の中の事実としてこの町の繁栄の中に埋もれようとしている。特に帝国軍人の勇敢さはゾイド星に轟き渡ったと幾度となく語られてきていた。鵜呑みにしてきたわけではない。戦争が汚いものなのは、私が大人になるに従って理解はしてきていた。だが、彼の話を聞いて、戦争という異常空間が人格を歪めるということを目の当たりにした。
 勇ましい戦闘記録や、奇跡の逆襲勝利など、大衆受けする記録がもてはやされる一方で、確実に、戦争に押しつぶされる人々は存在した。その生き証人の一人に、私は出会ってしまったのだ。
 ふと私は思った。歪められたのは人格ではなく、彼が語った事実が人間の本質というものが曝け出された結果だとしたら。それこそが人間の本質だとしたら。
 もはや救われようもない。

 彼女は黙って彼を支えていた。こんな話を何度も聞いてきたのだろう。咳き込む度に水差しを渡すことを欠かさずに。

「私は臆病だった。技術将校に掛け合えばRを助けてやれたかもしれないのに。私に出来たのは、せめて嫌がらせの輪に入らないことと、寝静まった宿泊室の布団の中、懐中電灯の明かりでRと筆談を交わしてやるくらいのことしかなかった」
 その時彼は大きく咳き込んだ。無理もないだろう。これ以上は、彼の身体が持たない。
 去り時を求めて考えを巡らせていると、私の気持ちを察したかのように廊下から面会時間の終了を告げる放送が流れてきた。
「お時間のようです。どうか、お身体を大事にして下さい。まだお話しの続きを聞きたいのですが。こちらにはいつまで御滞在ですか」
 私は視線を彼女に移した。
「来週初めに、家族が手配したグスタフ便が到着します。それまでは」
「では、週末もお会いできますね。今日はお休みになってください。それまでに少しでもお元気になって、是非ともお話し頂きたいと思います」
 わかりました、と言うと、やはり疲れていたのだろう、彼は彼女に支えられながら、ゆっくりとベッドに横になった。軽く目礼をすると、彼女も丁寧な会釈をしていた。

 彼女は病院の入り口まで見送ってくれるという。今日は彼女を振り切る必要もないと思ったので、素直に好意を受け入れることとした。
「お時間ありがとうございました。祖父の話に付き合っていただいて」
「好きでやっていることです。それに、私もあの残骸についてはずっと気になっていました。お蔭で長年の謎が氷解しそうです。週末を楽しみにしていると、お伝えください」
 入り口までの廊下を、彼女は俯き加減で歩いていた。
「悪いのですか」
 彼女は俯いたまま、更に深く頷いた。
「覚悟はしていました。祖父は、戦中に浴びた荷電粒子で、一部の呼吸器系の組織が回復不能になっているのです」
「そうでしたか」
 荷電粒子砲を搭載したゾイドの操縦者によく見られる、体内被曝性の放射線病の一種だ。何度か同様の患者のことを聞いている。セイスモサウルスや凱龍輝など、新世代と呼ばれる荷電粒子砲搭載ゾイドは、収束荷電粒子という形で放射線の飛散を防ぎ、操縦者や周辺にいる味方の兵への被曝を減らす機構になっている。だが、初期に開発されたデスザウラーやジェノザウラーは防御が完璧ではなかったらしい。彼もそんな被害者だったのだ。
「祖父も、口には出しませんが解っているのでしょう。だからあなたを今日呼んだのだと思います。私も、祖父の願いを聞き入れてあげたかったから。
 巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思っています。いずれこのお礼はさせて頂くので、週末にはもう一度、祖父に会いにきてあげて下さい。宜しくお願いします」
 玄関先で、彼女がまた頭を下げた。
 私は来院を約束し、見舞いから帰る人々に紛れて、病院を後にした。日はすっかり沈んでいた。私は急に空腹を覚え、馴染みの店に夕食を食べに行くこととした。相変わらず、街中は光の洪水だ。何気ない日常の、何気ない一日の終わりであった。
 街の灯に呑まれ、私はその夜、星を見ることはなかった。

[320] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/01/31(火) 22:29 -

 容態が急変し、彼が亡くなったのはその翌日の明け方だったらしい。
らしい≠ニいうのは、連絡がもらえなかったからだ。休暇の前日になって、再度病院に行くことを考えていた夕刻に、短い連絡を受け取った。

祖父は先日亡くなりました。お約束が果たせず残念です。最後にお礼をしたかったのですが、葬儀の都合上すぐに帰郷します。いずれ改めてご連絡します。いろいろとありがとうございました

 私は暫く言葉を失った。彼が死んだのだ。デスザウラーの残骸のことも、Rという人物のことも、もはや聞くこともできない。
 連絡が届いてすぐの間は、私には怒りにも似た納得のできない感情が湧きあがった。せめて別れの言葉だけでも伝えたかったのに、と。
 だが、冷静に考えてみれば無理もないことだ。旅先で出会った見ず知らずの人間に、これ以上何を伝える必要があるのか。
 それに仮に彼女が彼の死を嘆いて、息を引き取った直後に私に連絡をしてきたところでどれ程力になれたというのだろう。きっと悲しみに打ちひしがれて、誰とも言葉をかわしたくないのに、わざわざ愛する家族の死を告げる気にもならない。少なくとも私が同じ立場であれば同じ行動を取っただろう。
 時間が必要だった。彼女が彼の死を受け止めることが出来るまで。その後からでも、以前から彼の話し相手になっていたならば、あの残骸についての話の続きを知っているかもしれないのだから。
 そこまで考えて、私はふと重要なミスに気が付いた。
 迂闊なことに、私は彼らの帰郷先を確認する事を怠っていたのだ。知っているのは、送付してきた彼女のアドレスのみ。とても住所を特定できるようなものではない。
 残された望みは、最後の連絡にあるいずれ改めてご連絡≠待つことである。それが一体いつになるかはわからないが、最早それ以外に期待するしか無かった。
 直接私の生活に関わることではない。知らずに過ごしたところで、人生に何の影響もないことは確かだ。しかし、あの残骸にどんな秘密があって、彼が最後に伝えたかったことが何なのか。私は心の中に大きく何かが痞えているような感情を抱え、それから数日を過ごすことになってしまった。

 そして、その数日後である。私はまた、彼と出会った場所に来ていた。
 辺りの様子は一変していた。進入禁止の金網が貼られ、移動してきたクレーンが次々と残骸を吊り上げている。クレーンだけではなく、旧式ゾイドを改造したバックホーザットンが、地中に突き刺さった残骸を掘り起し、徹底的な撤去作業を続けていたのだ。慌ただしく動き回る作業員には、それがかつて死竜の名を冠した最強ゾイドデスザウラーの残骸であることなど気にすることもなく、ただただ機敏に職務をこなしているだけだった。
 作業現場のとなりに、貨車を3台繋げたグスタフが停車している。荷台には幌を掛けられた荷物が載せられていた。どうやら残骸の一部のようである。私は気になって、現場指導員らしいヘルメットに2本線の入った作業員に呼びかけた。
「あれはどうするのですか」
「ああ、あれね。あれは残骸の中から形が整っているパーツを寄せ集めて、一つのゾイドに復元するのさ。お兄さんは知っているかい、この残骸、デスザウラーっていって、ゼネバス、ガイロス最強の超巨大ゾイドだったってこと」
「ええ、まあ。でも、あれは復元しても動けないでしょう」
「ダークネス戦争記念館に展示して、帝国の栄光を長く讃えるモニュメントにするのさ。中身のない張りぼてだけどね。世の中にはまだまだ好事家ってのがいるものでね。スポンサーはかなり復元に金を賭けているけど、寄付金やら見学料やらを見込んでも、充分採算はとれるのさ。完成には少しかかるけど、きっと客はくるさ。あんたも完成したら来てみたらいいよ」
 作業員に何の躊躇いはない。むしろ誇りを持って、生き生きと作業をしている。私は、その様子を複雑な感情を抱きながら見ていた。
「ところで、そのデスザウラーですが、なぜ此処に埋まっていたのかわかりますか」
 彼は怪訝な顔をして私を見た。
「そんなこと、我々にわかるはずないだろう」
 当然の返答だった。
「ただ、撤去の最初の説明で、スポンサーと一緒に旧軍関係の人が同席していたね。軍の記録は調べたかい」
 私ははっとした。今まで何度か調べたことはあったが、それは地元の歴史資料であったり一般公開されている映像であったりで、軍の資料について直接当たったことはなかった。彼の話を聞くまでは、そこまでして調べる程の熱意もなかったともいえるのだが。
 作業員の何気ない一言が、新たな手掛かりを探る方向性を示してくれた。
 私は礼を言うと、そのまま撤去作業現場を後にした。
 次の休暇の行先は決まった。ダークネス戦争記念館に併設されている軍事資料室だ。そこで彼の伝えたかった事実の何かが得られるかもしれない。
 私はどうやら、デスザウラーの残骸に魅入られてしまっていた。

[321] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/02/01(水) 21:29 -

 旧ガイロス帝国首都ダークネス。惑星大異変を境としたヴァルハラ遷都以降はチェピンと呼称を変えているが、旧軍関係者の間では未だダークネスという名称にこだわり続けている者も多い。この博物館の名称も同様である。野外に展示してあるデッドボーダーや翼だけのギルベイダーの間を抜けて、併設されている戦争資料室へと向かった。途中、前の大戦に参加したであろう老人も何人か見かけたが、それ以上に男の子を連れた親子や、若いカップルの姿を数多く見かけた。そこには彼が語ったような陰惨な様子は微塵も感じられない。過ぎ去った過去は歴史の一事象に過ぎず、それに感情を込めて分析するのは、徒労でしかないのかもしれない。だとしたら、私の行為は忌むべきことではないだろうか。
 兎に角、私は資料室に入り、司書にあたる職員に事情を話した。
「デスザウラーと、爆発事故と、あなたの町の名前を入力して、検索をかけてください。当時の記録資料のマイクロフィルムがデジタル化されているので、必要があれば有料でプリントアウトできます」
 とはいったものの、それから数時間、私は慣れない資料研究に悪戦苦闘することとなる。彼の話から判断して、あの残骸ができたのは共和国が上陸してヴァルハラに向かっている最中である。続いて摂政の反乱が起こり、アイゼンドラグーンの共和国進攻が同時展開。一時行方不明であったルドルフ皇帝が健在であったことが判明し、中央大陸への再度侵攻を含め、時代が大きく波打っている時代であったからだ。それらに比べれば、たとえ大規模であったとしても、地方で起こった爆発事故など霞んでしまう。

「これの事だ」
 半日近くを薄暗い資料室の検索機の前で過ごし、自分でも読めないような走り書きを幾つか認めた結果、漸く一つの情報に突き当たることとなった。
 残されていた資料は、帝国武器開発局のもの。ジェノザウラーやデススティンガーなどのゾイドを開発していた部局の試作計画書の一節に、オーガノイドシステムを利用したデスザウラー復活計画第二案とあり、暴走の危険性を回避しつつ、より大量のデスザウラーを各生産拠点に於いて数百単位で増産する計画が掲載されていた。その拠点の一つに、私の町の名前も挙げられていたのだ。
 だが、それ以上のことは記載されず、計画の成否も語られていない。漸く得た手掛かりも、たちまち袋小路に追い込まれた。
 再び、キーワードでの検索をしてみたものの、参考となる資料は見つからない。私は半ば投げやりに、検索を無作為に続けていた。
 そのうち、あの残骸とは何の関わりもないが、爆発事件の項目に幾つかの気になる事件が現れるようになった。共和国上陸を目前にした時期に、なぜか帝国領内での謎の失火やゾイド格納庫での爆発などが目立つようになったのだ。地域はバラバラで、地方の駐屯地から首都近郊まで。被害の程度も格納庫内の中型ゾイド全壊から小火程度まで。とても関連があるとは思えないが、一致しているのは発生の時期だけなのだ。
 私は私の町の名前と爆発事故が多発した時期を再度検索に加え、今度は一般の記録を含めて関連した事件が無いか調べることとした。
 すると、当時の地方記事の片隅に、謎の工場爆発という小さなベタ記事が掲載されているのを発見した。そこには私の住む町の名前が記されていたのだ。奇しくも、共和国軍上陸の翌日である。記録が表に出てこないのも道理だ。付随して記載されていたのが、軍内部のみで開設された調査委員会の報告書である。名称は『デスザウラー部隊爆破消滅事件調査委員会報告書』。私は遂に、公式記録を発見したのだ。

 本題とは逸れるのだが、私は私自身の思い込みの違いにも気づかされた。最初は目を疑ったが、やはり間違いではなかった。実は爆破消滅事件があった日、いや、それが発生する以前に、私はまだこの世に生を受けていなかったということだ。長年あの残骸を見続けてきた。どうやらその幼いころの記憶が、勝手に爆発のイメージを作り上げていたらしい。では、彼の語っていた砂色の建物の記憶は何なのだろうか。それもどうやら、思い込みであった。飛行場跡地に古めかしい砂色の倉庫が残っていて、少年時代にその周辺で遊んでいたことを、今改めて思い出した。私はその時の記憶を、爆発した秘密工場のイメージに重ねていたのだ。自分では確固とした自信があったことが、少年時代の想像の中にしか無かったことに唖然とした。人間の記憶など、いい加減なものなのだ。事実を探求する場合、どのような形であれ、記録というものを確認する必要性を、この一件で痛感したのだった。

[322] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/02/02(木) 21:27 -

 デスザウラー部隊爆破消滅事件調査委員会(以下、委員会と呼ぶこととする)は、デスザウラー復活第二計画の併設機関として発足した。最初の秘密工場として設置されたものが、突然爆破消滅したのであれば、当然その所管の部署に調査機関が設けられることになる。共和国上陸作戦が進行する中、帝国側としても早急にデスザウラー建造の目途をつけ、戦場に投入する必要があった。限られた人材を振り分け、委員会は爆破事件の調査を始めた。
 最初にまとめられた報告書に記載されていた項目を挙げてみよう。

@ 発生時刻は早朝、作業開始四時間前。発煙を含む爆破発生状況を目撃した者は確認できず。
A 爆発による死傷者及び行方不明者は、兵士を含む工場勤務者316名中201名。内、爆発による死亡は22名、窒息による死亡114名、荷電粒子被曝による死亡30名、行方不明19名。重症者52名、軽傷者32名。症状が確認できなかった者、32名。なお、重症者の中には現在も被曝による治療を継続中の者を含む。
B 建造中であったデスザウラー計10体は全壊。再生は不可能。
C 爆発は各機体から発生。工場施設の爆発によるものではない。
D 弾薬・燃料・その他揮発性物質による暴発は認められない。従って火器による爆発の可能性も非常に低い。
E 機体からの爆発は、状況より内部から発生したものと推測される。従って共和国による爆撃・砲撃・その他外部からの攻撃によるものではない。
F 破壊は頭部から頸部に亘って集中している。コア及びインティークファン周辺の破壊は比較的軽微。だが接続は完全に破断され、再生は困難。
G オーガノイドシステム全壊。コアの増殖は不可能。

 委員会は、短期間にも関わらず精緻な報告書をまとめていた。デスザウラー復活計画に対する並々ならぬ期待が、その背景にあったのだろう。また、この第一工場の成否が、続く第二第三工場の建設にも影響することだから、徹底調査の構えを崩すわけにもいかなかったのだ。
 まず気が付くのは、人的被害の多さだ。工場勤務者の3分の2以上が死傷者というのは、如何にこの爆発が大きなものだったか容易に想像される。その中には、各地から集められた優秀な人材も被害者となっただろう。デスザウラー復活第二計画にとって、間違いなく大きな痛手となったであろう。
 次に提起された課題は爆発事件の原因追究だ。まず挙げられたのがやはりオーガノイドシステムの暴走であった。技術局側でも、この未解明の技術を継続して使用し続けることに反対している人々は数多くいた。首都技術局では、残された同タイプのシステムを再び空輸し、暴走実験を行うこととなった。既に共和国はビフロスト平原、ウルド湖に迫り、制空権も完全ではなかったが、ホエールキングの強行輸送によって、新たなオーガノイドシステムが爆破後に空輸された。そこでシステムの徹底的なストレステストが繰り返された。高熱高圧、磁力線の影響、荷電粒子の影響、その他考えられる範囲の実験が繰り返されたが、原因と言えるほどの結果は得られなかった。
 実はこの頃の帝国は、デススティンガーの量産型KFDの生産に見られるように、オーガノイドシステムの完全管理にほぼ成功していたといえる。それほどまでに、オリンポス山の悲劇は帝国技術部のトラウマにもなっていたのだろう。
 爆発事件の最有力候補としてのシステム暴走は排斥された。次に挙げられたのが、大口径荷電粒子砲の暴発である。デスザウラークラスの大口径砲は、旧ゼネバス帝国が開発したものであり、その後ギルベイダーのビームスマッシャーとして完成する効率的な荷電粒子の収束技術に比べ若干の不安定さを指摘されていた。出力がオーガノイドシステムによって強化されていたので、何らかの影響により暴発したのではないかとも想像されたのだろう。だが、これもすぐに否定された。まず、コアとの接続が完了していなかったことが、生存者の証言からわかったからだ。コアからのエネルギーが伝達されてなければ、荷電粒子砲は作動しない。一部、粒子加速器内に蓄積された素粒子は、爆発の衝撃で放出されたが、名称の通り充分に加速されていない荷電粒子では、せいぜい半径数百メートルしか飛散できず、その分作業員たちが大量に被曝することにもなったのだろう。
 続いて弾薬の暴発だが、報告書Dにもあったように、可能性は極めて低い。
 残された可能性は、誰もが認めたくないものだった。
 人為的な爆発、それも意図的に計画された、破壊工作である。作業員は、各地から召集され、不審な人物が紛れ込む可能性は高い。そこで、爆破事件当初、そこで作業していた人間の全員の聞き取り調査を行おうとした。
 ところが、委員会はここで完全に躓いた。生存者が、いないのだ。報告書Aのデータを見ると、早朝未明の為多くの作業員が出入り不自由の宿泊所の中に閉じ込められていて、爆発後に発生した煙に巻き込まれ呼吸困難になって死亡している。加えて、彼が迷路の様と称したように、工場内の機材の密集が避難経路の確保を妨げた。そして残った作業員も大量被曝のため数日後に死亡。事情聴取できたのはほんの一握りで、爆破事件に関わりがあると思われる事実は追及できなかったのだ。
 生存者リストの内、被曝重症者の中に彼の名前は記されていた。見つけることは容易だった。その数があまりに少ないからだ。彼は事件を語り継ぐことのできる、数少ない人物だったはずだ。しかし、軍は事情聴取の後、爆破事件についての徹底した箝口令を敷く。砂漠の工場爆発は、さすがに町にも隠し通すことはできなかった。ましてその爆発が内部犯行である可能性が高いという事実は、民間人に知られたくはない。そこで軍は、共和国軍の特殊爆弾を使用した空襲により工場が破壊されたという情報を流した。共和国軍が侵攻中の時期でありそれを疑う人もなく、工場はそれを機会に閉鎖された。
 生き残った関係者も秘密の保持を誓わされた後、次々と移送されていった。向かった先は、戦闘の最前線である。事件を知る人間に、事実を語らせない為の、的確で尚且つ残酷な処置であった。
 やがて共和国上陸部隊はヴェーヌに到達、そこでのデスザウラーの戦闘状況が最高司令部にも伝えられた。投入された全機が破壊。共和国側に、対デスザウラー用のマッドサンダーが存在していることが判明し、これ以上のデスザウラーの生産にも疑問符が付けられた。第二第三工場の建設は保留となり、ついにデスザウラー復活第二計画は停止されたのだ。
 依然、爆発事件に関与したであろうと思われる人物の特定は続いていたが、摂政の反乱と首都爆発の混乱に飲み込まれ、委員会も自然解散し、事件の追究は二度と行われることがなかった。

 事件の経過を把握する、大きな収穫であった。だが、最後に委員会が挙げた人為的原因というものが気になった。彼が語っていた、Rという人物である。きっと、何か関わりがあるに違いない。しかし、それ以上の情報は、得ることは出来なかった。

[323] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/02/03(金) 20:49 -

「復元はできそうですか」
 私は飽きずに撤去の現場を度々覘いていた。既に顔なじみになってしまった作業員に経過を聞いてみる。
「お兄さんも暇なんだね。若いんだからこんなところに来ないでデートでもしなよ。まあ、そんな恋人がいないから、こんなところに一人できているのだろうけど。
 余計なお世話だよね。まあ、どうでもいいや。実は困っているんだよ。これだけのスクラップがあるのに、頭が一つも見つからないんだ」
「10体あって、一つもですか」
「あれ、よくわかるね。そう、見かけは7体だけど、本当は10体。ものによっては殆どが埋まっていたり、完全にバラバラだったから、少なく見えたかもしれないけれど。
 左右手足に胴体、尻尾はそろったのに、肝心の頭がなければね。まあ、見つからない場合はレプリカを付けて飾れば問題はないのだけれど、スポンサーの意向は本物の展示なんだよ。これからここの基礎工事も始めなければならないのに、これでは工程が遅れて違約金まで発生してしまう。こっちの頭が痛いよ」
 そう言って、被った二本線入りのヘルメットを指先で軽く叩いた。現場作業員も大変なのだ。
 やはり機体数は10体だった。報告書にあった製造数と等しい。建造されたデスザウラーは、1体も参戦することなく、ここで破壊された。更には、頭部が一つも残っていないというのも報告書の通りである。デスザウラーの場合、コアが活動を停止すると真っ先に崩壊するのは加重力衝撃テールを組み込んだ尾部であるという。重力装置の制御が停止すると、約半数の割合で一種の重力崩壊を起こすからだ。頭部も被害を受けやすい場所ではあるが、バイトファングなどの硬度の高い部分は残っていそうなものだ。
 人為的な破壊工作が行われたという仮説から、全てのデスザウラーは頭部から発生した爆発によって破壊されたとする。頭部から破壊するとすれば、大口径荷電粒子砲の発射口から何らかの爆発物を入れ、内部の粒子加速器と反応を起こし物理的な対消滅を起こせば吹き飛ぶかもしれない。そういえば、私が長年見つめてきた残骸の頸部の断面は、外側に向けて捲れ上がっていた。あれは内部からの爆発の影響によって発生したものだ。
 オリンポス山で爆発したデスザウラーは、コアの暴走によって山ごと吹き飛ばした。摂政の反乱で、ルドルフ皇帝が命がけで切断した以外のコアも、ヴァルハラの市街を大爆発に飲み込んだ。それに比べ、ここのデスザウラーの爆発はあまりに小規模だ。もしコアの暴走であれば、1体であってもこの小さな鉱山都市など消し飛んでいたはずである。爆発は、コアの暴走に及ぶことなく、抑制された爆発によって頭部を中心に破壊されたと考えられなくもない。その場合、やはり人為的な破壊が原因である可能性が高い。
 人為的な破壊という線に、私には気になる部分があった。公に語られることはないが、常に暗躍をしているという、共和国諜報機関破壊工作部隊の存在である。ガイロス・ゼネバス両帝国を含め、遠く東方大陸にまでもネットワークを持つという謎の組織の存在が、まことしやかに囁かれていた。当時の敵対国であり、穿った見方をすれば、敵の工作員が破壊活動を行っていたと吹聴することは簡単である。私も今まで本気にしたことはなかった。
 だか、今回の爆破事件を調べるに連れて、奇妙な一致が見られるようになったのだ。

@ 共和国上陸翌日の、実戦投入寸前でのデスザウラー秘密工場での爆破事件。
A 更に、不可解な事に10機同時に爆発している。
B 同時期に連続して発生していた、帝国内軍事施設での火災、爆発事故。
C そして彼が語っていたRという技術者。Rはヘリックと同じ風族だという。種族が同じであれば、共和国諜報機関の工作員が接触するのも容易になる。それにRが担当していた部門が、破壊四散している頭部と、暴走を抑制して破壊されているコアの部分。

 Rという人物が吃音で会話を苦手としていたというが、それさえ正体を隠す手段としては好都合だ。整備兵は各地からかき集められてきている。Rが工作員だとして、会話のイントネーションなどから出身を疑われる可能性もあっただろう。破壊工作員であれば、彼が語っていたようにRの突出した技術力も説明がつく。

 これは飽くまで裏付けのない私の憶測でしかない。可能性は他にいくらでも選択できる。しかし、偶然にしては、余りに出来過ぎている。
 事実と事実が、次第に輪郭を成して、ある一つの像を結ぼうとし始めている。

「お兄さん、気分でも悪いのかい」
 私は作業員の前で、暫く考え込んでしまったようだ。どうやらまた手掛かりができた。私は忙しく挨拶を交わすと、そのまま閉館間際の町の資料館に駆け込んでいった。

共和国諜報機関;名称の通りヘリック共和国のスパイ機関であるが、俗称さえ未確認の謎の組織である。その存在は正式には確認されず、現在友好関係のヘリック共和国側でも、公式にその存在を認めたことはない。しかし、長期間の戦争遂行に於いて、同種の組織が存在しないことなど常識的に在りえない。唯一第一次中央大陸戦争にて陥落した共和国首都大統領官邸より、ゼネバス24部隊スケルトンが同組織と思われる秘密資料を発見したと伝えられるが、発見した兵士は報告書の提出直前に原因不明のデスピオンの爆発に巻き込まれ殉職している。
 推察される共和国諜報機関の組織は、各種族のコミュニティーを媒体として血縁地縁両方に根付いた強力な信頼関係を形成しており、実態を把握することが非常に困難となっている。非常に曖昧な結論だが、未だにそのネットワークは健在と言われている
「閉館時間、10分過ぎました」
 さすがに係員に直接注意されてしまった。私は謝罪もそこそこに、持ち出し禁止の資料を書庫に戻し、夕刻の町に戻った。
 全面戦争が終了して十数年。聡明なルドルフ皇帝の政治力もあってのことだが、その間凱龍輝開発を代表とするように、我が国とヘリック共和国は技術協力を行うなどかつてない友好関係にあるといってもいい。それでも共和国は、まだ全ての情報を開示してはいない。国の名称に示された共和制は、個人を尊重する民主主義を標榜するが、国内の政治がどれ程民主的でも、時として自国民の繁栄のみを願うあまり、国家の存在自体が利己主義に陥る場合もあるのではないか。
 旧ゼネバス帝国との戦争も、原因がすべてゼネバスにあったわけではない。大陸の東側にあり豊かな自然の恵みとそれに伴う産業の発展を独占したのが本当の原因だ。ゼネバスヘリックの兄弟間の確執など、添え物でしかない。元首に据えられたヘリックU世でさえ、共和国という組織に操られていた可能性もある。背後に存在する巨大な官僚組織は、民主制の名称のもとに、ヘリック共和国を蚕食していたとさえ考えられる。
 大型ゾイドを持たない旧ゼネバスに、ゴジュラスを始めとする大型ゾイドで襲いかかったのは共和国である。
 ウルトラザウルスを完成させ、圧倒的な力でゼネバスを捻じ伏せ、一度ニクスに追いやったのも共和国である。
 デスザウラーがヘリックシティーを陥落させ、ギルベイダーが空襲を行ったとはいえ、攻撃のきっかけを作ったのは共和国側だ。
 そして究極の最強ゾイドであるキングゴジュラスを開発し、結果として惑星大異変を誘発してしまったのも共和国ではないか。
 西方大陸エウロペを戦場に巻き込み、暗黒大陸ニクスに侵略を謀ったのも共和国。そしてその共和国は、いまなおその正体を隠し続けている。
 私は、共和国の正体に近づくにつれて、空恐ろしい感覚が湧き上がることを禁じ得なかった。

 その後数日、各資料室をあたって、共和国諜報機関と呼ばれるものの資料を探してみたものの、所詮私などの手におえる相手ではなく、有効な情報は一切手に入れることはなかった。私の調査は、完全に暗礁に乗り上げた。

 やがて本来の職務に追われ、いつしかあの残骸のことを思い出すこともなく、日々の生活に追われる毎日に戻っていた。
 彼との出会いも、まるで幻の様で、今になっては一時の気の迷いであったかの如くに。

[324] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って 城元太 - 2012/02/04(土) 21:39 -

 私は目を見張った。長年見慣れた風景は一変し、基礎工事の為の鉄骨埋め込みの巨大な穴が規則的に掘り起こされ、見える範囲には少なくとも5台の建設用改造ゾイドが動いている。地平線に沈む太陽を臨むことのできたバルコニーも、次々と立ち上がる鉄の柱に阻まれ空を覆われていた。古代神殿の石柱の如く並んだそれらの鉄筋も、白いコンクリートと煌びやかなガラスに覆われた現代の巨大建築に変わるのも時間の問題だろう。グスタフに積まれたデスザウラーの残骸など既になく、町の繁栄がそのままここに押し寄せて来ていた。仕事に追われ時間がとれず、ほぼ一か月ぶりにやってきたのだが、その間の変化は劇的であった。
「お兄さん、久しぶりだね」
 スーツ姿にフォーマルバックを持った、見慣れない男性に声を掛けられた。私は一瞬悩んだが、その顔をよく見るとあのヘルメットに二本線の作業員だった。今日は事務仕事か接待なのだろうか。
「しばらく来ないから、どっかいっちゃったかと思ったよ。やっぱりデートしていたのかい」
 脈略の無い話の振られ方に当惑する。ここまで親しくなった覚えはないのだが。そんな私の気持ちを先回りするように、スーツ姿の作業員は笑みを浮かべ、バックの中から大きめの茶封筒を取り出した。
「今日は偶然外回りだったから鞄持っていてよかった。ほら、届け物だ」
 作業員は厚く詰まった茶封筒を手渡した。中身は紙の束が雑然と入っているらしい。封筒には几帳面な字で差出人の名前が書かれている。
 紛れもない。彼女からの書面だ。
「お兄さんが最後に来た時、ほら、頭が見つからないで頭が痛いって言った日かな。あの次の日さ。夕方に、まるで誰かみたいにあそこで現場を見ている若い女がいてね。色白で長い黒髪、青い目の綺麗なお嬢さんだよ。不思議じゃないか、美人が一人でこんなところに来て。誰かを待っているようだけど、うちの現場には思い当たる奴がいなかった。そのうち、彼女の方から話しかけてきたのさ。『ここによくデスザウラーの残骸を見にきていた人を知りませんか』。そんな人一人しかいないから、お兄さんの事を話してやったよ。そうしたら、彼女嬉しそうな顔をしてね。なんでも連絡手段を無くしたとかで、町で電話しようにも方法がないからここで待っていたそうだ。
 言ってやったよ。その人だったら、きっとまた数日中に来るよ。今頃また来てみればとね。彼女はその日はそのまましばらく待って、明日また来るとお礼を言うと帰って行ったのさ。
 それから三日間かな。彼女毎日現場に来ていたよ。なのにあんた全然来ない。気の毒だったな。その三日目さ。彼女が俺に頼んだよ。『…さんがここに来たら、私が待っていたことと、これを渡してください。そしてその節は、ありがとうございましたと伝えてください』とね。あんな若くて美人の恋人、どこで見つけたの」
 私は、話を聞くうちに残念な気持ちで一杯になっていった。彼女は四日も待っていた。理由はわからないが、私のアドレスを無くしてしまっていたらしい。連絡が届かなかったのも同じだろう。それでも私を待って、この場所に毎日通って。
 その頃私は爆破事故の資料調べに夢中で、この場所を訪れていなかった。ほんの些細な行き違いが、彼女との再会の機会を失わせた。
手渡された封筒には、手にした以上の重みが感じられる。この中に、彼が最後に伝えきれなかった何かが詰まっているに違いない。緊張と喜びと悲しみの、綯交ぜになった気持ちで、私は家路についていた。


お会いすることが出来ず、残念です。お世話になったことも含め、一度ゆっくりとお話ししたかったのですが、叶いませんでした。幸い、…さんのことを御存知という方がいらしたので、この手紙と荷物をお願いしました

 丁寧な文面から、彼女の手紙は始まっていた。そして手紙に添えられていたのは、古めかしい紙にびっしりと書かれたメモ書きのようなものの束だった。製図の切れ端の裏側に書かれていて、所々に油の染みや赤錆の汚れが付いている。私は以前彼が語っていた話を思い返した。手紙は続く。

祖父の葬儀を終え、遺品の整理をしたときに見つかったものです。病室でお話しした、Rという人物と祖父が筆談していたものだと思います。文字も不鮮明で判読に苦しむ部分もありますが、祖父が大切に保管していたものです。廃棄するよりも、お渡しした方が何かの参考になると思い、持参しました

 私は紙の束をぱらぱらと捲ってみた。字体が二種類ある。彼とRのものだろう。所々に配線図や部品名と思しき記号が並んでいる。

私が祖父から聞かされたことも参考になるかもしれません。私の新しい連絡先を記しておいたので、御都合がつけばまた改めてご連絡ください。是非とも今度お礼を言わせてください

 その後に、彼女の新しいアドレスが記されていた。
 私は切ない気持ちで一杯になった。勿論、彼女のような美しい人に出会えなかったことも無いとはいえないが、それ以上に、彼は戦争が終わってもRとの書簡を廃棄することなく保管してくれていたことだ。数多くの謎を秘めたデスザウラー部隊爆破消滅事件の真相が、これで明らかになるかもしれない。
 私は彼の残したメモ書きを、食い入るように調べ始めた。


 以下の文章は、私が判読できた部分の、事件に関わりがあると思われる部分のみ抜粋し、時系列を追って並べたものである。油の染みに消えてしまった文字や、専門用語が飛び交って理解できない部分などは割愛している。ただ、判読を終えてみて、私は幾つか安心した部分もあった。この貴重な記録を保管していてくれた彼に、再度感謝したい。


 Rという人物(実はRの本名も判明している。だが彼の意向を尊重し、私も同様の呼称を続けることとする)はその生い立ちに於いて、戦争により大きく人生を歪められてしまっていた。
 Rの父親は、エウロペで野生ゾイドを捕獲し改良を加え、家畜化または戦闘化する職人であった。母親も同族の中から結ばれる。二人には僅かだが血縁関係にあったらしい。Rは数人の兄弟とともに、職人としての父親にゾイド整備の技術を学び、少年時代には家業を手伝える程になっていた。ところが戦争によって父親が徴兵され死亡。畳み掛けるように共和国の空襲によって住む家も失われた。働き手を失い、生活する場所も失った家族は、ニクシー基地近くに廃棄されたゾイドの中で雨風を凌ぐだけの暮らしをする集団の中で生活するようになった。家を焼け出された人々は、Rの家族だけではなかったからだ。そこでは相互扶助によって、何とか生活をおくっていったようだが、風族出身であることが災いして、一家は事あるごとに目の敵にされていたようだ。特に子供の場合、子供特有の残忍さがRとRの家庭を情け容赦なく攻め立てた。Rが吃音になったのもこの頃らしい。やがて母親も心労の為倒れ、兄弟の中でRが働き手として家族を支えなければならなくなったのだ。
 Rは父親から学んだ技術を生かし、軍の整備工場での勤務を申し出た。最初子供と馬鹿にしていた整備兵もRの技術に驚き、整備の手伝いをさせるようになった。貧しいながらも、家族の食事を賄える程度の収入は得られていたとある。
 ところがある日、軍の整備工場で武器の盗難事件が発生した。真っ先に疑われたのはRだった。必死に否定したが、軍は有無を言わさず住む場所に押しかけ、乱暴に荷物を掻き分け、盗難品を探した。結局盗難品は、工場の士官が確認を取らずに持ち出しただけの冤罪であったのだが、少年の心には深い傷が残った事だろう。軍隊は信用できないと。
 その後Rは軍の整備兵として志願する。軍を憎みながらも、家族の住居の提供と引き換えに。そこで彼は徹底的に試作ゾイドや旧式ゾイドの改造に励み、自らの技術を磨いていった。デススティンガーのオーガノイドシステムの調整にも参加したそうだが、ニクスに来てからは伝えなかったという。
 Rに更なる悲劇が襲う。ニクシーに向けて放たれたウルトラザウルス・ザ・デストロイヤーの放った砲弾の流れ弾が、基地の宿舎に住むRの家族全員を消滅させたのだ。
 Rは全てを失った。
 そして、天涯孤独となったRの心の隙を狙って、陰謀が蠢き出した可能性が高い。

[325] 消された死竜 デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って (終) 城元太 - 2012/02/05(日) 20:27 -

 ニクシー基地撤退のホエールカイザーにRは搭乗していた。エレファンダー部隊の命懸けの活躍により脱出できたものの、家族を失ったRにとって生きる気力など残されていなかった。退却する際、Rは一切荷物を持たなかった。搭載重量の限界まで詰め込まれた格納庫の中、Rは激しい喉の渇きと空腹に襲われた。周囲に声を掛けてみても水の一杯を提供しようとする者はいなかった。だが、その中の一人の士官が、人込みを掻き分け、Rに水と食料を提供したという。見れば同じ風族で、更には同郷出身であるという。その士官もかつて家族を殺され、復讐の為に一人で戦い続けてきた。境遇が似ていたため、Rはその士官とすぐに打ち解けて、ニクス到着の後互いに連絡する約束を交わし別れることとなった。
 その後、Rは再召集の末この町に赴任し、彼と出会うことになるが、Rをこの秘密工場に呼び寄せたのは、他ならぬあの士官であったという。理由はRの技術力を高く評価したからだというが、格納庫での会話だけで果たしてそれが確認できたのか疑問である。
 その士官は、機会があるごとにRを呼び寄せ、様々な思想について語り合う機会を設けていった。ただ、もともと話すのが苦手なRは専ら聞き役に回ったはずだ。Rは一目置かれていたと彼は語ったが、もしかするとこのことではなかったか。
 この頃、Rは疲労回復のためという名目で、頻繁にその士官から栄養剤らしき錠剤を渡され服用するようになっていたという。私は、これが薬物による洗脳ではなかったかと推測する。裏付けはない。薬物には詳しくないが、倫理観や常識を麻痺させるタイプの薬物があると聞く。Rはそれに操られたのではないだろうか。加えてRは充分な教育も受けられず、ただ父親の技術だけを見様見真似で学んだ、政治思想的には白紙状態だった。職場で孤立し、思想的価値観も確立していない人間を、ある偏向した思想で洗脳するのは容易い。
 私が理解できない配線図に、恐らく荷電粒子砲の為の頸部から頭部に装備されたリニアックタイプの粒子加速器の図が示されている箇所がある。同じ粒子加速器にも関わらず、胴体に収められたサイクロトロンタイプの図はない。これは偶然だろうか。頸部のリニアックに爆破物を仕掛ければ、コアの破壊に及ぶ可能性は低い。しかし、ゾイドは金属生命体という立派な生き物だ。死竜と呼ばれるデスザウラーも、建造直後とは即ち生まれたての乳児にも近い。
 完全な接続は完了していなかったとはいえ、生体維持のための最低基準となるエネルギーがデスザウラーの機体に送られていた。人でいう意識は、既に芽生えていたはずである。そして、痛みも感じることも。
 この世界に生を受け、漸く大地を踏みしめようと思う矢先に、凶悪なシステムを繋がれ、望むことなく破壊衝動を植え付けられた。
 次には喉に異物を詰め込まれ、体内で起きた爆発に首を掻き毟り、生きたまま頭部ごと吹き飛ばされる苦痛は如何程であったか。
 人のいがみ合いに巻き込まれた若いデスザウラー達の悲劇を思うといたたまれない。
 日記ではないため、正確な日付は記されていないのだが、おそらく爆発事件の前日と思われる部分に、彼とRとの間に、筆談での激しい言葉のやり取りが残されていた。平和とか、勝利とか、正義とか、非常に抽象的な言葉が、Rの側に多い。内容は取ってつけたような、正直言って青臭い理屈だ。まるで誰かに聞いてきたような。彼は懸命に言葉を選んで説得を試みているのだが、Rは彼の意見を受け付ける様子がない。やがて引き千切るように、文字が途絶えていた。
 帝国技術士官として秘密工場に潜入していた共和国諜報機関工作員は、自らの手を汚すことなく、Rを使って破壊工作を行わせたのではないだろうか。彼がRの名誉の為に伝えておきたかったこととは、そのことではなかったのか。関係者の見つからない以上、最早確認する術はない。

 どうやら私の旅も、終わったようだ。


 ダークネス戦争記念館に、デスザウラーが復元されたという知らせが届いたのは、砂漠に春の到来を告げる、短い雨季の始まりの頃だった。
 心待ちにしていたわけではないが、私はやはりそこに行かなければならないような義務を感じていた。そして最後に資料室で確認しなければならないことを残していたから。

 再び訪れたチェピンの町は、砂漠の町と違って春の暖かい日差しに包まれていた。ダークネス戦争記念館の敷地内に、格納庫を思わせる真新しい展示館が聳え立っている。死竜と呼ばれた最強ゾイドを一目見ようと、多くの人々が詰めかけていた。入館料(意外に高い)を支払い、中に入ると、そこには再塗装を施され、細部を補修された巨大ゾイドが佇んでいた。
 展示の趣旨は『本物』である、但し85%だが。
 頭部は結局発掘できなかったようだ。代わりにレプリカが据えられ復元されていた。形は当時の設計図や記録に基づいて再現されたから、本物と形状に違いはないはずだ。
 だが、なぜかその頭部は作り物然としていて、私には受け入れ難かった。死竜の名を持つゾイドとは、こんなに綺麗なものなのだろうかと。
 展示館の中には、同時に発掘された様々な部品や記録が展示されていた。いくつか並んだガラスケースの中、私は一つの展示物に吸い寄せられた。
 それは、持ち主不明の軍の認識票で、下半分が引きちぎられ、認識番号も途中で切られていた。 ただそれに記された名前は、紛れもなくRの本名であったのだ。これをどの様に解釈すればいいのか、私には判断できなかった。
 資料室で、爆破事件調査委員会報告書の被害者リストよりRの名前を探した。
 行方不明者に含まれていた。死体は発見されなかったのだ。

 結局、彼女に連絡を取ることはしなかった。手紙のお礼や、彼から聞かされた話の残りを聞くことも出来たのだが、知ってしまった重苦しい事実の数々が、私に彼女との再会を妨げた。

 あの場所には、巨大な円形競技場が完成していた。雨季のため、砂塵が舞うことは無い。所々に残る防御ネットが取り払われるのも間もなくだろう。
 平和はいい。彼の言葉を繰り返してみる。戦争とは、最早遠い過去の事なのだろうか。ゾイドバトル、確かそう呼んでいた。完成した競技場でゾイド同士が特定のルールに従い、スポーツ感覚で戦うそうだ。そこには戦争の影など微塵もない、明るく楽しいゾイドの活躍が示されていた。
 心のどこかで、私は廃墟の発する残光に浸っていた。しかし、ここにそれはもうない。そしてここに来ることも、もうないだろう。

 死竜と呼ばれた存在は、既に遠い過去に封印されてしまった。
 私はそれが三度目の復活の無い事だけを祈り、小雨に濡れた円形競技場を見つめた。

 雨雲の切れ目に、淡く箒星が浮かび上がっていた。

『消された死竜 デスザウラー爆破消滅事件を追って』 終



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