【広告】楽天市場から1月9日よりお買い物マラソンエントリー受付中

ゾイド系投稿小説掲示板

自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。

トップへ

投 稿 コ ー ナ ー
お名前(必須)
題名(必須)
内容(必須)
メール
URL
削除キー(推奨) 項目の保存

このレスは下記の投稿への返信になります。内容が異なる場合はブラウザのバックにて戻ってください

[201] FAIR GALE 〜純白の豪風〜 踏み出す右足 - 2008/06/17(火) 23:06 - MAIL

 ZAC二〇三七年三月。中央大陸東側中央部に位置するヘリック共和国領平原地帯。
 冬始を経て、地面を覆う下草はその身を低くし、来る夏に備えて生気を蓄えている。冬の中休みなのか、降り積もった雪の姿はまばらだ。
 天候は快晴。降り頻る陽光は透き通った冬の空気を通して、鳴りを潜める植物達を照らしている。
 と、――
 平和その物ともとれるその光景に、割り込んでくる金属の風があった。平原を吹き抜けるのは深紅の暴風だ。深みのある赤は、俗にゼネバスレッドとも呼ばれる。
 それは、ゼネバス帝国が昨年から戦線への投入を開始した新進気鋭のトラ型高速ゾイド――サーベルタイガーだった。
 そして颯爽と風を切るその姿を、背後から追い立てる三つの影。共和国軍の量産恐竜型ゾイド――ゴドスが三機、その二本の脚で地面を懸命に蹴立て、前を行くサーベルを追っているのだ。
 ゴドスのバルカン砲から迸る、無数の機銃弾。しかし、サーベルは走行進路をランダムに変化させ、狙いを巧みに逸らしていく。まるで、見て避けているかのようにスムーズで無駄の無い動きだ。そして、四機はなおも疾駆。
 かれこれ十分は続いているこのチェイスだったが、逃亡者と追跡者の間の距離は一向に縮まる様子を見せない。否、むしろ広がっていた。
 サーベルタイガーの最高速度、時速二〇〇キロ。
 ゴドスの最高速度、時速一五〇キロ。当然の結果だった。
 その上サーベルは、この二〇〇キロという最高速度を長時間維持しつつ戦闘を行う事ができる脅威の性能を持っている。ゴドスとは根本的な所で役者が違う。サーベルの走行には未だに余裕があるにも拘らず、距離を開けられている有様だ。
 牽制の咆哮と砲声を放ちながら、懸命な追走を続けるゴドス達。帝国軍の誇る高速ゾイドのスピードに必死に対抗してきたこの一時の間で、三機の駆動系や関節部は限界の悲鳴を上げ始めていた。そして、それに付け込むかのように更なる加速を見せるサーベルタイガー。
 進行方向には障害物無し。なだらかな起伏を繰り返しながら、草原が広がるのみだ。右手に広がる森が岬のように張り出してきているが、それも進路を塞ぐほどではない。逃亡者の足を引っ張る障害物も無いのでは、速度で劣る追跡者に勝ち目などあろうはずもなかった。
 そう、ゴドスだけではどうする事もできなかったであろう。
 サーベルの疾走が、森の岬の突端に差し掛かる。
 そして、森が鳴った。
 今まさに駆け抜けんとした深紅の暴風目掛けて、突出した森から純白の影が躍り出る。その姿はさながら、白い豪風。へし折られる木々の悲鳴と、それに驚く鳥のざわめきが、機獣の疾走に震える大気へと一石を投じた。
 闖入者は狙いすました一撃で、平原をひた走っていたサーベルタイガーの首元を咥え込むと、それを巨大なアゴで一瞬にして噛み砕く。軋む金属が上げた悲鳴が耳障りな音を草原に響かせた直後、もげたサーベルの頭部が地面へと落下。重い地響きが地面を走り、それが断末魔となった。
 サーベルを仕留めた白い影は、巨獣。大型ゾイドに分類されるサーベルよりも、なお一回り大きい体躯を持つ。ビガザウロ、ゾイドマンモス、ゴルドス等、共和国軍の中でも最大級と呼べるゾイドと比べても遜色は無い。帝国軍で言えば、アイアンコングに匹敵するだろうか。
 巨躯を支える強靭な脚部。胴体は地面と平行となり、後方には長大な尾が伸びる。姿勢のシルエットはちょうど、アルファベットの“T”に近い。ボディに違わぬサイズの頭部は、その大半が鋭い牙の居並んだアゴで占められ、三本爪の腕は小振りながらも、漲るパワーは規格外。
 それは共和国軍のヒーロー、ゾイドゴジュラスの勇姿だった。
 機体を覆うのは、共和国ゾイド特有の無骨な装甲。だが、その背中と尾の先端には、先鋭な印象で異彩を放つ小振りのウィングと、高速を生み出す大出力のエンジンが取り付けられ、顔付きも空力を考慮されて幾分変形している。それらの改造は、誰もが何らかの形で見慣れた姿を、まるで別物へと造り変えていた。
 改造ゴジュラスは、咥えたサーベルの残骸を吐き棄てるかのように地面へと放り出す。もはや動かぬ骸は、単なる金属の塊でしかなかった。
 そして、ゾイドゴジュラスの勝利の雄叫び。雄々しい咆哮は、西に連なる中央山脈の峻嶺へとこだまする。
 冬の静かな平原を吹き荒れた鉄風の狂宴は、こうして幕を下ろした。
 咆哮の残響も消えて静寂に包まれた大地を、今度は本当の風が優しく撫でていく。風の精霊シルフィードが、ようやく訪れた束の間の平和を喜ぶかのように。



 かつてヘリック共和国に、無敵と呼ばれる恐竜型ゾイドがあった。
 名を、“ゾイドゴジュラス”という。
 ゾイドゴジュラスはどんな敵にも後れを取る事無く、戦線の随所で破竹の快進撃を繰り返した。
 しかし変化していく戦場と、次々に送り込まれるゼネバス帝国の様々な新型ゾイドはやがて、ゴジュラスをその玉座から引き摺り下ろし、長きに渡る政権を終焉へと導いた。
 中でも、“アイアンコング”と名付けられた新型のゴリラ型ゾイドは、ゾイドゴジュラスの無敵政権打倒を目指して開発された機体であり、初陣における一五〇対二〇〇の大会戦――“クロケット平原攻防戦”では、数の不利、地の不利を跳ね返すほどの戦果を上げ、時代の変革を明確に示して見せた。
 窮地に立たされたゾイドゴジュラスは、従来までの機体に強化改造を施し、コングの打倒、そして政権の復活を目指し始める。そこで生まれたのが、ネックであった砲撃力を補うために、長射程のキャノン砲二門をその背に背負ったMk‐Uタイプだった。
 ZAC二〇三七年に戦場への投入が開始されたゾイドゴジュラスMk‐Uは、無敵時代復活の悲願までは達成できなかったものの、多大な戦果を共和国にもたらし、至上の名機として長年主力ゾイドの座に収まり続けた。
 開発されたゾイドゴジュラスMk‐Uには、

 一、コングのミサイル攻撃に耐え得る防御力を持つ
 二、コングを行動不能にする攻撃力を持つ
 三、一か二、いずれかの能力を持つゾイドゴジュラスを開発する事

 この三つの条件の下に、九つのプロトタイプが存在した。
 正式採用されたオギータ研究所“ガンナー”の他に、

 エツミ国立研究所――バトロイドタイプ“グリフォン”
 ハオスクス科学技術研究所――格闘戦タイプ“ウォーリアー”
 グレイ高等研究所――長距離ミサイルタイプ“バリアント”
 アジクト研究所――飛行タイプ“アルバトロス”
 アコトーム科学院――戦車タイプ“ベンハー”
 マウン総合研究所――強化装甲タイプ“バンカー”
 カタチ研究所――ハンドミサイルタイプ“ドリルダート”

 そして、タイタメア総合研究所――



 森を騒がせる冷たい風に、野戦服の襟元をかき合せる男がいた。南部生まれの彼にしてみれば、中央大陸の標準的な冬の気温ですらその身に応える。
「こんな寒い所だと知ってりゃーなぁ……」
 実際の所、命令でこの地へとやって来た彼には、あらかじめ寒いと知っていたからといってどうできたはずも無いのだが、その言葉が彼――グウィード=ブラント=シュタットフィールの口癖となって、早数ヶ月が経とうとしていた。
 漆黒の髪、深緑の瞳。ヘリック共和国を構成する部族の中でも最大の勢力を持つ、風族の人間が持つ身体的特徴だ。
 長髪ではないが、伸び放題の黒髪は風でボサボサ。アゴにはまばらな無精ヒゲ。典型的な物臭の風貌である。
 売れない私立探偵とか、机にかじりついた科学者とか、スクープを追う記者とか。そんな連中を想像してみると、案外イメージが湧き易いかもしれない。世間ずれした胡乱で胡散臭い者達ではあるが、皆、確固とした自分の価値観を持ち、周囲に流される事なく自分を貫いているという、評価されてしかるべき長所を持っている。グウィードという男も例外ではなかった。
 そんな彼の背後には、白い塊が蹲り、木立の間や樹上から吹き下ろしてくる寒風に、その身を晒している。木漏れ日を跳ね返す表面は塗装されてはいるものの、その質感は金属のそれだ。
 それは、鉄の獣の姿だった。地に伏していながらも、大きい。地面から背の最高到達点まで、十数メートルはある。人間から見ればかなりの高さだ。体に比べても大きな頭から長く伸びる尾の先までは、二十メートルを優に越える。
 今は地面に寝そべっているのだが、腕と脚のサイズの違いから、二足歩行を常とするらしいという事は明らかだった。
 恐竜型ゾイド、ゾイドゴジュラスである。それも、ただのゴジュラスではない。
 背負うのはウィングとエンジン。ダウンフォースを得るのが目的のウィングは、その巨体にすればささやかな物だ。そして、ノーマル機よりも若干空気抵抗を考慮された頭部のフォルム。更には見た目での判別は難しいが、全身を包む装甲はかなりの軽量化を施されている。
 その正体は、“ゴジュラスモンスーン”の名を持つ改造ゴジュラスだ。
 現在開発が進んでいる、対アイアンコング用改造ゴジュラス――ゾイドゴジュラスMk‐U。その九つあるプロトタイプの内の一つである。
 ゴジュラスモンスーンを開発したのは、共和国北部の工業地帯に位置するタイタメア総合研究所。スピードでコングの攻撃を避ける事を狙いとし、ゴジュラスの機動力を改良した機体だ。最高時速は、コングを上回る二〇〇キロの数字を誇る。
 しかしこのゴジュラスモンスーンは、九つのプロトタイプの中で真っ先に正式採用を見送られた機体でもあった。
 徹底して軽量化を施されたゴジュラスモンスーンではあるが、その機重は二〇〇トンに迫る。それだけの重量での高速走行は機体の関節部に多大な負担を強い、パーツの損耗度はMk‐Tの数倍という有様だった。そのため、過酷な最前線での運用には不安が残るとされたのだ。
 更に言えば、機体の特性がMk‐Tと著しく異なるため、Mk‐Tのパイロットがこのゴジュラスモンスーンを扱うには、機種転換に匹敵する内容での一定期間の訓練が必要と予想された。ゴジュラスパイロットが蓄積してきた経験も知識も、この改造ゴジュラスには役に立たないのである。
 また、ベテランがそうであるように、新たにパイロットとなる者へも問題が予想された。
 ただでさえ扱いにくく搭乗者を選ぶゴジュラス。そのパイロットに、更に高速戦闘への適性を求めるとなれば、パイロットとなれる者が減少するのは自明の理であった。
 以上三点。これが致命的な欠点となり、ゴジュラスモンスーンはゾイドゴジュラスMk‐Uとしての正式採用を見送られたのである。
 しかし、ZAC二〇三六年。既に闇に覆われていたゴジュラスモンスーンの未来に、一筋の光が射し込む事となる。
 最初の契機は、ゼネバス帝国が開発した一機のトラ型ゾイドだった。
 ゾイドの名は、“サーベルタイガー”。大型ゾイドでありながら時速二〇〇キロでの高速戦闘を可能とするその性能に、共和国軍は多大な苦戦を強いられた。サーベルに対抗できる陸戦ゾイドが、共和国軍には存在しなかったのである。
 速度のある小型ゾイドでは、大型ゾイドであるサーベルのパワーに対抗できない。
 パワーのある大型ゾイドでは、サーベルのスピードを捕捉できない。
 そこで白羽の矢が立ったのが、試作機として前線でのデータ収集にあてられていたゴジュラスモンスーンだったのである。
 並みの大型ゾイドを凌駕するパワーを持ちながら、機動力はサーベルに迫り、数字上の最高速度では肩を並べる。スペックだけを見れば、サーベルタイガーに対抗する機体として十分期待できるものだった。
 各地を転戦し、“二〇〇トン級の大型ゾイドによる高速戦闘”などという風変わりな戦闘データの収集にあたっていたゴジュラスモンスーンは、直ちにタイタメア総合研究所へと呼び戻され、収集したデータをフィードバック。わずかな改修作業を経て、共和国平原地帯へと配備された。
 現在、共和国軍と帝国軍の戦闘の最前線、激戦区は、中央山脈のホワイトロック一帯。
 当然、ゴジュラスモンスーンのターゲットであるサーベルタイガーも、その多くが中央山脈へと配備され、山岳戦で活用されているのだが、フットワークで劣るゴジュラスモンスーンに山岳戦は困難と判断された。そのため現在は、中央山脈をすり抜けて共和国平原地帯まで侵入してきたサーベル等を相手に、遊撃戦、迎撃戦を展開しているという次第である。
 タイタメア総合研究所で二機が製造されたゴジュラスモンスーンは、それぞれがサーベルの進行ルートとなりやすい地点に配備されていた。
「トラ狩りヒョウ狩り……コングと戦るのと、オメーはどっちが良かった?」
 モンスーンの経歴をつらつらと思い浮かべて、グウィードは相棒に問い掛けてみる。答えるモンスーンは、煮え切らぬ唸り声をあげただけだった。
 早いもので、このゴジュラスとの付き合いも五年目に入る。モンスーンの機嫌くらいは、グウィードも汲み取る事ができるようになっていた。
 一人と一機の出会いは、ZAC二〇三三年のタイタメア総合研究所。グウィードは“ゴジュラス強化改造プロジェクト”のテストパイロットとして、モンスーンは実験機として。
 出会った日から毎日のように、グウィードは性能テストのため、モンスーンに乗り続けた。そして、互いの間で信頼の関係を築いてきたのである。
「はっきりしねーなぁ、おい」
 モンスーンの曖昧な返事にそう苦笑した所で、グウィードが率いる遊撃隊の兵士が駆け寄ってきた。
「中尉!」
「おぅ、どうしたぁ?」
 緊迫感の無い声で答えながらモンスーンから深緑の視線を転じると、息を切らした兵士は肩を揺らしながら敬礼を送ってくる。軽い返礼と共に、先を促すグウィード。
「哨戒中のゴドスから、サーベルタイガー発見の報告が入りました」
「またかぁ? 今日は大漁だなぁ、おい……」
 報告によれば、サーベルは一機のみ。二機のヘルキャットが随伴しているとの事だ。いつものように、小規模な部隊である。
「まぁいい、出撃準備だ。ゴドスにはサーベルをロストしないようによく言っとけ」
 伸び放題の黒髪をボリボリと掻き毟りながら伝令の兵士に命じると、グウィードは自分も、地に伏すゴジュラスモンスーンへと乗り込んだ。このまま森の中を移動し、サーベルを奇襲する。
 獲物を狩人のもとへと追い込む猟犬は三機のゴドスだ。今までに五機に上るサーベルを仕留めてきた、グウィード十八番の策だった。
 補給のままならない敵地へと侵入した部隊は、戦力の損耗を何より恐れる。サーベルほどの速度があれば、戦って敵を退けるよりも、敵を振り切る事を優先する。ゴドスを振り切ろうとするサーベルの行動を利用して、モンスーンの待ち受ける地点へと追い込むのだ。
「その内オメー、“トラ殺し”なんて名前、貰うかもなぁ……」
 嘯くグウィードにしかし、ゴジュラスの反応はまたしても煮え切らない唸り声だった。



 草原に散っていくゴドス二機。彼らはこれから哨戒中だった二番機と合流し、獲物となるサーベルやヘルキャットを三機で狩り出す。グウィードはそれを予定の地点で待ち受け、仕留めるのだ。
 普段と同じ作戦、普段と同じ手順。しかし、グウィードは知らなかった。全てが普段と変わらぬ中で、相手だけは普段とはまるで違うという事を。
 たったそれだけの要因が今日の戦闘を、グウィードが未だかつて経験した事の無い領域へと引き上げてしまったのである。
 変化はすぐに訪れた。
 開け放ったコクピットへ、彼方からの砲声が断続的に伝わってくる。比較的軽い響きで咆え声を上げる砲声は、それがゴドスのマシンガンの斉射音である事を示していた。
 続けざまに三斉射、四斉射と放たれる砲声に、グウィードはそれとなく耳を傾けていたのだが――
「あぁん?」
 軽やかなその響きの中に、彼の耳は他と異質な音を聞き取った。刻んでいたリズムを、その一音がハッキリと乱していたのだ。砲声や着弾音を爆発と捉えるのであれば、その一音は、高速の物体が何かに衝突した際の衝撃音と形容する事ができた。
「オリーヴェ、何か変な音が混じったぞ。どうかしたかぁ?」
 状況を確認するために、先程伝令として顔を合わせた兵士に、グウィードは眉をひそめながら通信機越しで問う。それでも些細な事象だけに、いたってのんびりとした口調ではある。
 しかし返された言葉からは、そんな余裕は微塵も窺えなかった。
『ら、ラザールがやられました! 追い込みは……失敗です!』
 部下の声は、その叫びを最後にノイズの雑音へと取って代わられた。ここへ来てグウィードも、ようやく事態の異常さを察知する。
「攻撃を続けろ、リナルド! 逃げようもんならオレより先に、トラにケツを噛まれるぞ!」
 残された最後のゴドスパイロットに形ばかりの指示を送ってから、グウィードは深緑の瞳を見開いた必死の形相で、ゴジュラスモンスーンを隠れ潜んだ森から飛び出させた。ゴジュラスの図体には、近隣一帯に生育する含有金属分の少ない木々などたいした障害にもならないが、全力疾走に邪魔な障害物は無いに越した事は無い。事は一刻を争うのだから。
 相手の数は三機だが、味方のゴドス三機を性能で上回る。
(その上だ……)
 最低でも、ゴドスは二機が既に沈められていると見て間違い無い。全滅までに間に合うかどうか、難しい所だ。
 グウィードはモンスーンに全開の鞭を入れる。純白の豪風となったモンスーンは、開けた平原の地面を蹴立て、戦場へと急ぐのだった。



 実際、モンスーンは速かったと言っていいだろう。グウィードが木立に囲まれた戦場へと到着した時、最後のゴドスが大地へと崩れ落ちる瞬間だった。
(連中は?)
 視界を振って、状況の確認。残念ながら、倒れ伏す三機のゴドスはいずれもコクピットに致命的な損傷を負っており、的確な止めを入れられた後なのは明らかだった。
 また視界を巡らせる間に、グウィードの目は横たわるヘルキャットの姿も確認した。全滅する前に仕留めたのだろうが、追い込み役のゴドス隊と敵の戦力差を考えれば、上々の戦果と言ってもいいかもしれない。
(ふん……)
 とにかく、残る敵は二機だ。それを確認し、グウィードはモンスーンの速度を維持したまま、敵機へと襲い掛かった。
 これだけ巨大な物体の接近に、相手も気付かないはずがない。敵の攻撃で不意に弾け飛ぶ地面。吹き上がった粉塵を突き破り、モンスーンは疾駆する。目指すのは、隊長機と思われるサーベルタイガーだ。
 もう一発――否、二発。ヘルキャットからの着弾。再び視界が遮られた。
(ちっ、鬱陶しい!)
 土煙の尾を引きつつ、粉塵を抜ける。そこで気付いた。
 一瞬の隙に乗じるかのようにヘルキャットも動いていた。爆発に紛れ、モンスーンの死角へ回り込もうと駆けてくる。
(……いい反応しやがる!)
 動くのはヘルキャット一機ではない。サーベルも動き出し、ヘルキャットとは逆の方向に回り込んでくる。
 どちらを狙うか、グウィードは迷わなかった。鼻っ面をサーベルに向けたまま、その動きを追って機首を巡らせていく。
(ん!? あれは……)
 その時、キャノピーを通してサーベルを凝視するグウィードのその深い緑を湛えた両の瞳は、サーベルの深紅の装甲に描かれたそれを、確かに見た。
(トラと短剣のエンブレム!?)
 常々、サーベルタイガーを相手取って戦っているグウィードも、そのエンブレムを実際に目にしたのは、これが初めてだった。
(“虎の兄弟”め、まさか実在したってのかぁ?)
 昨年末から、共和国陸軍内でまことしやかに囁かれ始めた一つの噂があった。
 噂に曰く、“虎の兄弟と呼ばれる帝国中から選りすぐられた十二人のサーベル乗りが、トラと短剣の紋章をその機体に描き、戦場を駆け巡っている”と。
 今の今まで、戦意高揚を目的としたデマゴーグによるプロパガンダ――“張子の虎”だと考えていたのだが。
「“ティーゲルブルーダー”か……」
 声に出して呟いてみれば、その響きはグウィードの心の水面を蹴立て、微かでありながらも確かな存在感を放つ、不安という名の波を生み出した。無意識の内に、頭を掻くために頭上へと手を伸ばしてしまう。彼の癖でもあるその行為はしかし、ヘルメットの硬い感触によって阻まれてしまったが。
 実在したサーベル乗りのスペシャリスト達。そして、それだけの実力者が送り込まれているという事実。その上、敵地での戦力損耗も恐れずゴドスを撃破したのだ。発見されたにも拘らず、自慢の足を活かして逃げようとしなかったのは、それらの行為が目的だった事の何よりの証明である。
 帝国軍の目的は、同胞が立て続けに消息を絶った原因を突き止め、必要があればそれを排除する事だったのだ。簡潔に言えば、グウィード率いる遊撃隊の討伐である。
(自分でも気付かん内に、敵に睨まれちまうくらいの戦果を上げてたってのか……)
 ただそれだけであれば、数ある自慢話の一つとして酒の肴となって終わりだ。しかし今回は、それに大層な“オマケ”がくっついている。単なる笑い話で終われるかどうか。
「……無い頭使って、俺らしくもねぇ」
 弱気になりそうだった考えを振り払ったグウィードの操縦で、モンスーンは牙を剥いてサーベルへと踏み出す。すると直後には、背後からの衝撃がモンスーンに襲い掛かる。がら空きの背中を、回り込んだヘルキャットがまんまと狙い撃ったのだ。
「ちっ――!」
 モンスーンが真っ赤な怒りの双眸を射手のヘルキャットへと向ければ、再び背後への衝撃。今度はサーベルタイガーだ。
 相対する二機と同等の最高速度を有するとは言え、その巨体と重量が生み出すフットワークは決して良いとは言えないモンスーン。自分を中心にして円を描くように動き回るサーベルとヘルキャットの動きに、すっかり翻弄されていた。
(こりゃあ……囲いを突破しねぇとジリ貧だな、おい……)
 フットワークが自分達に及ばないのをいい事に、二機で包囲を完成させてしまっている敵。ティーゲルブルーダー率いる部隊だけはあるという所だ。
 二機は間合いの取り方も絶妙で、モンスーンが牙なり爪なりで仕掛けても、その動きを見てから十分対応できるだけの距離を確保している。敵は、足を止めてしまえば他ののろまなゾイドと変わらないとばかりに、じりじりとモンスーンを追い詰めてきた。
 追えば逃げられ、もう一機に手痛い反撃を食らう。いたちごっこのような状況に遂には、高速走行のための犠牲となった装甲の強度が音を上げ始める。
「っ!」
 痺れを切らしたグウィードは、仕方なく敵への攻撃を諦め、包囲の外――木立が割れて道のようになっている方向へとモンスーンを飛び出させた。
 無防備な背を晒した獲物に、ここぞとばかりに光の矢が突き立てられるが、それは手負いの装甲が最後の力を振り絞って何とか堪えてくれた。もう少し装甲がヘタっていたら、この御粗末な脱出劇の結果も変わっていただろう。
「ふぅ……何だかんだで、オメーもゴジュラスだな」
 包囲の突破に気を良くしたグウィードは軽口を叩きながら、エンジンの出力をレッドゾーンまで引き上げた。たちまち、モンスーンは風を呼び、風を纏い、そして自らが風となる。
 後方警戒のレーダーには、慌てて追跡に移るサーベルとヘルキャットの姿が輝く点で示される。しかし、こちらとの間隔は一向に縮まる気配を見せない。時速二〇〇キロという数字で、三者の最高速度に差がほとんど存在しないためだ。ヘルキャットが幾らか落ちる程度だが、その差も微々たるものである。
 色取り取りの横縞模様を作り、後方へと流されていく左右の景色を視界に楽しみながら、グウィードは一つ息をついた。体をシートへと押し付けるGも、既に馴染みとなっている彼にしてみれば、それしきの行為に水を差す存在でもない。
「さて、どこで再開するか……」
 ゴジュラス譲りの装甲に頼った単純な行動だったが、どうあれ、これで仕切り直す事ができる。関節部への負荷のため、安全圏まで全力の疾走を続けて逃げる事はできないが、それでも先程の状況と比べれば万々歳だ。
 右へ左へと、その機動をランダムに乱れさせながら逃げるモンスーン。巧みにロックを外していくため、その背後から放たれた砲弾は流れ弾となって、前方の地面で弾ける。
 にわかに生じた安心感からか、やがてグウィードの思考は、モンスーンの操縦を無意識の内に行いつつ、背後の二機をどう追い込むかという思索で占められていく。
 しかし、レーダーへの注意が逸れたその幾許かの間に、状況は一変した。
「っ!? ロックされた!?」
 突如として耳を打つ警報。目前のサーベルを引き裂く直前、脳内シミュレートから現実へと引き戻されたグウィードだったが、自身の置かれた事態を把握する前に、先程まで味わわされていた物とは段違いの衝撃に襲われた。コクピット付近への直撃弾だ。
「な、何だってんだ一体!?」
 慌ててレーダーで確認すれば、モンスーンの後方に機影は一つしかない。残る一機の位置は――
(右だと!?)
 グリーンの視線を振り向けてみればなんと、並走するヘルキャットの砲門と目が合った。
「クソがっ!」
 モンスーンが頭を下げるのがもう半秒遅かったら、グウィードはヘルキャットの高速キャノン砲にコクピットごと吹き飛ばされていただろう。狙いを外された幾つもの砲火は、モンスーンの頭を飛び越えてヘルキャットとは反対側に立ち並ぶ木立の幹を次々と打ち砕いた。
 何故、後方を追走していたヘルキャットが、この僅かな時間でモンスーンへと追い付く事ができるのか。
(まさか、“ヴィントパンサー”まで連れて来たってのかぁ!?)
 多くのゾイドがそうであるように、ヘルキャットにもいくつかのバリエーションが存在する。
 “ヴィントパンサー”もその一つだ。外見こそ量産機と差異は無いが、動力機関、冷却機関、その他各所に更なる改良を加えられたその機体は、十分間という制限つきながら、実に最高時速四五〇キロという数字を叩き出す。限られた者のみが搭乗を許される、ヘルキャットの最高級モデルだ。
 討伐部隊という予想に、益々真実味が増してくる。
「チィっ!」
 危機感に後押しされ、グウィードはモンスーンの右腕を、ヘルキャットが疾駆する空間へと突き込む。しかし、攻撃は虚しく空を切るばかり。ヘルキャットはグウィードをおちょくるように、軽やかな所作で危なげなく必殺の爪を回避する。
 そして最後には、時速四五〇キロというスピードで完全にモンスーンを振り切り、そしてその前方へと回り込んだ。機体を反転させて停止すると、向かってくるモンスーンに砲の狙いを定める。
(喰らう!)
 そう思った。
 ヘルキャットが毎時四五〇キロという速度で駆け抜けた距離は、モンスーンの足をしてもそう短時間では埋まらぬ物だった。
 足を止め、モンスーンが自らのもとへと到達するまでの時間を存分に用いて、ヘルキャットは必殺の狙いを定めている。動く標的であっても、それが正面から向かってくるのであれば、放たれた攻撃が狙い定めた一点を捉える確率は決して低くないだろう。
 そして、事実そうなった。
 グウィードが頭に思い描いた回避行動は寸前で実行される事なく、ヘルキャットから放たれた攻撃は、見事という評価も及ばぬほど見事に、モンスーンの脚部関節――右膝を捉えたのだった。
 疾走するモンスーンの足の運びが一瞬、大きく乱れる。それだけで、微妙なバランスの上に成り立つ走行姿勢を乱すには充分だった。巨大な足が地面を捉え損なう。
 装甲の比較的脆弱な関節部とはいえ、普通ならばヘルキャットの豆鉄砲一発でこうはいかないだろう。ピンポイントで、その一瞬に可能な限りの砲弾を撃ち込んできたのだ。それは既に、神業の域にも等しい。
 それまで二本の脚で保たれていた前への運動エネルギーは、その支えを失って暴走した。モンスーンは被弾した膝から崩れ落ちるようにつんのめり、頭から大地へと突っ込む。その頭部のコクピットに収まるグウィード目掛けて、地面は迫ってきた。
「がっ……!!」
 途方も無い衝撃に、悲鳴さえもまともに発する事ができない。ベルトによってシートに固定された体には、その安全具であるはずのベルトがさながら凶器のように鋭く食い込み、首の一点のみで支えられた頭は、限界まで激しく前後に揺さ振られる。ヘルメット越しではあっても、シートの背もたれへと連続して打ち付けられる衝撃は、タフネスには少なからぬ自信を持つグウィードであっても、まさに地獄の責め苦であった。
 彼は結局それに耐え切る事ができず、その視界は戦場において致命的とも言える時間を暗転する。ここがもし戦場でなかったなら、彼はしばらくの間、目覚める事は無かったであろう。
 しかし後方から殺到したサーベルが、停止したモンスーンの背に飛び乗って強烈な一撃。それによってもたらされた衝撃が、皮肉にもグウィードを覚醒へと導いた。代償として、モンスーン背部のエンジンは叩き潰されてしまったが。
 しかし、それでサーベルの攻撃は終わりではない。二度、三度とクローを叩き込み、今度はウィングをその基部から薙ぎ払ってしまう。
「や……やってくれるじゃねーか!」
 連続する衝撃で内側を脳ミソが走り回っている頭を振りつつ、グウィードは力任せでモンスーンを起き上がらせた。勢いだけで、背中に取り付いたサーベルを振り飛ばさんとする。
 咄嗟に爪を立てたサーベルではあったが、その体躯はクローを突き立てたモンスーンの表面装甲を引っぺがしながら、慣性の法則で結局宙を舞う事となった。
 吹き飛ばされたサーベルは空中で身を捻って体勢を整えると、危なげ無く足から着地する。四肢のサスペンションをフルボトムさせ、更には関節も柔軟に用いて、穏やかに。ネコ科が誇る身体能力の高さが成せる業だ。
 暴れ馬の如くサーベルタイガーを跳ね飛ばしたモンスーンは、被弾した膝関節を軋ませながら、極めてゆっくりとした動作で背後のサーベルへと振り向いた。その目に鮮血と見紛うばかりの光を湛えさせるのは、背の痛みか、屈辱か。
「オメー……どうした?」
 コクピットに座るグウィードは、当然ながら愛機の異変に逸早く気付いた。
 モンスーンが身を起こそうとしていた。高速走行のために“T”字に改造された体躯を、ゾイドゴジュラス本来の姿である直立二足歩行へと変じようとしている。可動範囲を超える動きを試みているために、モンスーンの股関節がミシミシと嫌な音を立てていた。
 結局は自ら体を壊す訳にもいかず、地面に対して四十五度を下回るかなりの前傾姿勢で落ち着く。それでもモンスーンにとってみれば、限界一杯まで体を起こした状態だ。
(これが……オメーの望む本当の戦い方か、モンスーン……?)
 グウィードには、モンスーンの意思がまるで頭に直接流れ込んでくるかのように正確に理解できた。モンスーンは今、ゴジュラスである事を望んでいる。
 自分が愛機の本心を全く知らなかった事を今更のように思い知らされたグウィードは、少なからぬショックを受けた。今の今まで、モンスーンが己の在り様に不満を持っているなど、露ほども思っていなかったのだ。
 風を切り裂く疾走などではなく、重装甲と規格外の膂力でもって相手を真っ正面から叩き潰す。それがゴジュラス本来の戦い方であり、それによってレッドホーンを初めとする幾多のゾイドを屠ってきた。
 しかし、ゼネバス帝国が対ゴジュラス用として生み出したアイアンコングの重装備は、百戦錬磨を誇ったその戦法を打ち破るに十分な破壊力を持っており、事実クロケット平原攻防戦では、多くのゴジュラスが得意の格闘戦に持ち込む前に、コングの強力なミサイル攻撃によって平原の大地へと沈んでいった。その結果を踏まえた上でタイタメア総合研究所が考案した改造ゴジュラスが、スピードアップでミサイルの回避を狙ったゴジュラスモンスーンなのである。
 正式な採用は見送られたが、確かにそれは、打倒コングという目的を達する一つの姿なのかもしれない。しかし所詮その実体は、人間の都合でゴジュラスの身体を、その本能とは別の所へ捻じ曲げた代物。全てのゾイドに言える事ではあるが、それは決して“本当の姿”などではない。
(ゾイド……ゴジュラス……)
 グウィードは初めて触れる愛機の内面に、すっかり心を囚われていた。
 だから気付かなかった。ヘルキャットが、自身の背後からゆっくりと忍び寄っていた事に。敵機接近を知らせるアラームは、ゴジュラスが発する猛々しい咆哮に見事に掻き消されてしまっていた。
「……!」
 迫る殺気を感じ取った時にはもう遅かった。既にヘルキャットは跳躍し、無防備なゴジュラスの背に向けて、降り注ぐ冬の陽を浴びて輝くクローを振りかぶっている。迎撃しようにも、人間が反応できるタイミングは逸して久しかった。
 だから、飛び掛かるヘルキャットを尾の一撃で弾き飛ばしたのは、間違ってもグウィードの操縦ではない。ゴジュラスが目覚めさせた獣性の本能は、忍び寄る敵の存在もしっかりと察知していたのだ。
 躍動感溢れる動作で跳躍したヘルキャットは、ゴジュラスの逞しい尾を叩きつけられた横っ腹から“く”の字になって、脇の木立へと突っ込んだ。尾の先端から垂直に突き立つ尾翼が木っ端微塵に砕け散るが、その事をゴジュラスが気にした様子は無い。
 グウィードとサーベルタイガーからの視線が吹っ飛んだヘルキャットの行方を追うが、木々の群れの中に消えた銀色のしなやかな体躯は、二度と再びその姿を見せる事は無かった。それどころか、木立の中で蠢く気配すら伝わってこない。
「……逸(はや)ったな」
 ヴィントパンサーの驚異的な能力は、制限時間が過ぎると機体やシステムへのシワ寄せが一気に訪れ、著しくその性能を落としてしまうという一面がある。恐らくはそうなる前にと焦って動いてしまったのだろうが、代償は高くついたものだ。ゴジュラスの変化に気付けなかったばかりに、あの有様だ。
 ゴジュラスの注意も、吹き飛んだヘルキャットを追う。首を振り、あからさまに視線を転じたゴジュラスの動きを、ティーゲルブルーダーの称号を持つサーベルのパイロットが見逃すはずもない。
 頭上の蒼穹を穿つような鋭く短い咆哮をあげ、サーベルが躍りかかってくる。助走が無かったにも拘らず、柔らかい四肢のバネで一瞬にして深紅の暴風が舞い上がった。風を切り裂き断ち割り、自らが風となる。
 しかし、獣の本能剥き出しのゴジュラスは寸前、死角である背後からの攻撃にも対応してのけている。その一瞬注意は逸れていたとしても、横を向いている程度で攻撃を仕掛けたのは、僚機の撃破に触発されたのだとしても、少々軽率に過ぎたと言わねばならなかったかもしれない。
「うっ……くっ……!」
 コクピットのグウィードの事など気にも留めず、ゴジュラスは全て織り込み済みとでも言わんばかりに、刹那の動作で飛び掛かってくるサーベルに向き直った。血のように赤い獰猛な光が、その目からまるで飛び散るかのように迸る。
 グウィードには分からない。その瞬間、サーベルのパイロットが何を思ったか。
 しかし彼――或いは彼女――が、たとえその一瞬で何らかの対策を講じたのだとしても、宙に在るサーベルの機体がそこからどう動けるはずも無かった。
 鋭利な先端を煌びやかに閃かせる爪と牙。そしてそれらを並べ立てて迫る、サーベル自身。それに向き直ったゴジュラスは、その巨体や膂力からは想像もつかないほどに器用かつ機敏に動き、右の爪でサーベルの左脚、左の爪で首根っこの上をしっかとばかりにホールドすると、飛び掛かってくる勢いをそのまま利用し、さながら背負い投げか一本背負いの如く深紅の機体をその頭から地面へと叩きつけた。
 凄まじい衝撃だった。
 地面とサーベルの装甲が接触する重たい激突音に加え、金属がひしゃげて千切れ飛ぶ耳障りな破壊音。衝撃が生み出した大地の揺れとは別に、近隣一帯の大気さえもその爆発のような豪音の連鎖にぶっ叩かれて震え、叫ぶ。
 一方視覚の中での出来事は、より直接的な物であるだけに、輪をかけて凄絶だった。
 勢いの全てを乗せて地面と接触したサーベルの頭部は内部のコクピットと共に一瞬にして砕け、自慢の長牙も根元から弾け飛んで宙を舞い、先の地面へと突き刺さる。次の瞬間には、衝撃の全てが襲い掛かった首の関節も、悲鳴を上げる間も無くへし折れた。ゴジュラスに掴まれて引っ張られた左脚も、肩の関節から引っこ抜けるようにして破断する。
 しかしこれら全ては、刹那の時の中で繰り広げられた出来事。全ての事象が一瞬にして過去へと追いやられると、その次にはこれ以上無いほどの無がやって来る。直前に響き渡った轟音によって、常の静寂は体感にしてその数倍に比する無音の沈黙を生み出し、組み合った二体の機獣も、先刻から繰り広げている壮絶な死闘を忘れて完全に動きを止めた。
 だがやがて、立ち込めた静寂の中にも、木々のざわめきや風の音が戻ってくる。
 そんな中で、動きを止めた機獣の一方――無論純白のゴジュラスが、ゆっくりと再び動き出した。既に鉄屑となったサーベルを解放し、数歩を後退する。
 深紅の残骸はゴジュラスの手が放れてからも地面に突き立ったまま、前衛芸術のオブジェのようなシルエットを晒していた。胴体からダラリと垂れ下がった俊足の脚は、もはやピクリとも動かない。ティーゲルブルーダーの称号すらも、本来の姿を取り戻したゴジュラスは屠ってのけたのだ。
「……終わった……のか?」
 愛機が暴れ回る間、操縦桿に触れる事すらできず、その身に襲い掛かる衝撃に耐えるだけだったグウィードは、コクピットまで雄々しく響いてくるゴジュラスの勝ち鬨の咆哮を耳にし、ようやくそれだけを呟いた。
 自分が今まで乗っていた物が一体どういう存在であったのか。改めて思い知らされたグウィードはいつしか、自身の勝利を己以外の全ての存在に知らしめるかの如く咆え声を上げ続ける愛機に、畏敬とも畏怖ともつかぬ感情を抱きつつあった。
 この圧倒的な力の前では、人間一人などなんとちっぽけな存在であろうか。
 そんなちっぽけな存在がいかにコクピットを設け、本能を抑え込むシステムを組み込み、挙句はその戦い方まで強制しようとも、その力を完全に御し切ろうなどと、所詮は身の程を知らぬ思い上がりに過ぎなかったのだ。
 グウィードには、勝利の余韻に浸るゴジュラスの咆哮が、抑圧されてきた自己の解放を喜ぶ歓喜の咆哮にも聞こえるのだった。



 対アイアンコングの任を担うゾイドゴジュラスMk‐Uとしての正式採用を見送られたゴジュラスモンスーンではあったが、そのパワーと機動力を絶妙に両立させた性能。そして何より、サーベルタイガーを相手に上げた戦果が評価を受け、その後も数種類のバリエーションが検討、開発される事となる。
 しかし、ZAC二〇三九年十二月。ゼネバス皇帝が暗黒大陸へと亡命した事により、長年に渡る戦争には一応の終止符が打たれた。
 それと同時にヘリック共和国軍は、ゴジュラスモンスーンに関するプロジェクトを凍結。終戦によって鹵獲した多くの帝国ゾイドを参考にした、全く新しい高速ゾイドの開発プロジェクトに着手する。
 そして完成した二種類の新型高速ゾイド――シールドライガーとコマンドウルフは、ZAC二〇四一年のゼネバス皇帝帰還に端を発する第二次中央大陸戦争において、ゼネバス帝国軍のサーベルタイガー、ヘルキャットを打倒し、その地位を確固な物とした。戦場にもはや、ゴジュラスモンスーンの居場所は存在しなかったのである。
 しかし、蓄積された“二〇〇トン級の大型ゾイドによる高速戦闘”という稀有なデータは破棄される事無く保管され、実に半世紀以上もの時を越え、再び日の目を見る事となった。
 新システムを搭載して試作されたゴジュラスモンスーンは西方大陸戦争にて一定の戦果を上げ、また保管されたデータその物も、ゴジュラスギガ開発に際してはおおいに活用された。
 しかしその記録には、ゴジュラスモンスーン試作一号機をゾイドゴジュラスへと再改造し、それを愛機として戦場を戦い抜いた男がいたという事実までは、残されていない。

[202] 以下、後書きです 踏み出す右足 - 2008/06/17(火) 23:14 - MAIL

読んで頂いた方、有り難うございました。踏み出す右足です。

まず初めに申し上げておきますが、私はゴジュラスモンスーンを否定する気は更々ありません。作中で散々に言っていますが、今までに数多く製作された改造ゴジュラスの中でも、自分の中でゴジュラスモンスーンの好感度はかなり上位に位置します。
だからこそ今回は、そのゴジュラスモンスーンを主役に据えた話を書かせて頂きました。
“二〇〇トン級の大型ゾイドによる高速戦闘”というアンバランスさには、木っ端物書きとして少なからぬ浪漫を感じずにはおれません。
また舞台となるZAC二〇三七年。まだ共和国軍に、サーベルタイガーに対抗できるゾイドが存在しなかった当時、ゴジュラスモンスーンならばサーベルと真正面からやり合えるのではないかというアイデア。
そこへ更に、自分の中で当初から考えていたゴジュラスギガとの関係も盛り込んで(結局は一文に過ぎませんでしたが)、この『純白の豪風』という作品の骨組みとしました。

今まで長ったらしい作品ばかり書いてきた私ですが、今回は習作の意味合いも込めて、短めの作品に挑戦しています。あくまで、今までの自分に比べての話ですが。
自分が今までに読んできた幾つもの短編バトストを目標に書き上げたのですが、如何だったでしょうか?
個人的に話が短ければ短いほど、その中でストーリーに流れを作り、読者を引き込んでいくのは難しいと思っているのですが、私が読んできた作品はどれも、しっかりした流れとメリハリのある展開を持っていました。その万分の一でも見習う事が出来ればと思っていたのですが、どうも自分にはまだまだ難しかったようです。

当初は単に、ゴジュラスモンスーンが活躍する話となる予定だったのですが、自分の力量でそれではあまりに薄っぺらな作品が出来上がるだけではないかと途中で思い至り、結果として“人間の都合で改造された、生物としてのゴジュラスの不満”なるテーマもどきを組み込むに至りました。
付け焼刃の感は否めませんが、生き物としてのゾイドを少しでも描き出す事が出来ていれば幸いに思います。その評価は、読んで頂いた皆さんに下して頂くしかないのですが。

ゴジュラス・ナインバリエーションを開発した研究所(オギータ研究所以外)と今回登場したヘルキャット――“ヴィントパンサー”は、私のオリジナル設定です。
ただヴィントパンサーに関しては、そのヒントとなった物があります。旧ゾイドバトルストーリー第三巻の付録だったキット七十一点完全カタログの表記です。
数年前に発売されたゾイドコアボックスをお持ちの方は、チェックして見るのも一興かも知れません(別にそれほどたいした事でもありませんが)。
勿論、これで世のバトストに“縛り”を加える気はありませんし、自分でも使いたいという奇特な方もどうぞ御自由に御利用下さい。

そして最後となりましたが、この話を書くにあたりDDA様から、“ティーゲルブルーダー”というオリジナル設定と、幾つかの単語を拝借させて頂きました。
またゴジュラスMk‐Uの開発に絡む物語という事もあり、同氏の『ゴジュラスMk−2開発物語』もおおいに参考とさせて頂きました。
それらを活かし切れたかどうかについては甚だ疑問の残る所ではありますが、DDA様にはこの場を借りて御礼申し上げます。有り難うございました。

皆さんはこの作品を読んでどのように思われたでしょうか。
簡単でも構いません。メール、スレッドへの返信どちらでも結構ですので、感想や批評を頂けますと大変嬉しく思います。

ではでは
長い時間お付き合い下さり、本当に有り難うございました。
踏み出す右足 拝



Number
Pass

ThinkPadを買おう!
レンタカーの回送ドライバー
【広告】楽天市場から1月9日よりお買い物マラソンエントリー受付中
無料で掲示板を作ろう   情報の外部送信について
このページを通報する 管理人へ連絡
SYSTEM BY せっかく掲示板