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ゾイド系投稿小説掲示板

自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。

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[157] ZAC2100年10月……一つの終幕 踏み出す右足 - 2007/01/06(土) 02:09 -

 エウロペ大陸で繰り広げられた、一年以上に及ぶ激戦。
 西方大陸戦争と名付けられたその戦いには、ガイロス帝国軍のエウロペ撤退という形で一応の終止符が打たれた。
 しかし、そのために流された血を、決して忘れてはいけない……

[158] あるゼネバス系ガイロス兵の日記 踏み出す右足 - 2007/01/06(土) 02:13 -

八月十三日

 今日、カール=ライマーゼンという父さんの友人から、「父さんが死んだ」と伝えられた。
 父さんは前々から、自分にもしもの事があった時はそれを息子に伝えてくれ、と彼に頼んでいたのだという。
 軍人という仕事上覚悟はしていたが、やはり現実となると悲しいものだ。今もこみ上げてくる涙を堪える事ができない。
 今でも目を閉じると、幼い日の父さんとの思い出が鮮明に浮かんでくる。
 優しかった父さん。厳しかった父さん。目標だった父さん……
 もう寝よう。夢の中で父さんに会える事を願って。


八月十四日

 今日、またカールさんと会った。彼は私に父さんの最期を話してくれた。
 帝国軍が第二次全面会戦に敗北した際、父さんとカールさんが所属する部隊は、撤退する帝国主力部隊の殿(しんがり)を務めていたのだという。
 ヘスペリデス湖にかかる橋を目前にし、彼らは共和国軍に追いつかれた。
 ゼネバス人のみで構成された父さん達の部隊には、真っ先に突撃命令が下り、弾薬も無い状況でありながら、父さんもカールさんも必死に戦った。機体の牙が折れ、装甲が弾け飛んでも、決して逃げようとはしなかったという。
 そんな時、カールさんの機体が脚部をやられて倒れた。父さんは彼の機体の前に身を躍らせ、迫る砲撃の盾になり、命を落とした。カールさんはその直後に到着した援軍に助けられたとのことだ。
 ほんの数分。父さんの命運はそこで分かれたのだった。
 友人の身代わりとは父さんらしい最期だと思う。ゼネバス人として捨て駒にされながらも、仲間のために戦い続けた父さんは、オレの誇りだ。

    ・
    ・
    ・
    ・

九月十日

 ロブ基地にウルトラザウルスが到着したという噂を耳にした。それもかなり確実な話らしい。
 間もなく、このニクシー基地に向けて、共和国軍の大進撃が始まるかもしれない。
 この戦争も、終わりが近いのだろうか……

    ・
    ・
    ・
    ・

九月十九日

 共和国軍の決戦部隊に帝国軍の迎撃部隊が撃破された。信じられない距離から放たれたたった一発の砲弾で、部隊は壊滅的打撃を被ったという。
 最早帝国軍に、勝ち目は無いのかもしれない。
 エウロペ撤退が決定するのも、時間の問題だろう。

   ・
   ・
   ・
   ・

十月三日

 遂に、共和国軍の砲撃がニクシー基地に到達した。オレのいる地下格納庫にも、大きな振動が断続的に伝わってくる。
 オレは今、愛機イグアンのコクピットでこれを書いている。この地下格納庫だけが、基地内で唯一安全な場所だ。
 周囲の人間も、共和国軍の激しい攻撃に動揺を隠し切れない。彼らのざわめきは、この格納庫いっぱいに響いている。
 この砲撃が終われば、敵の部隊は基地に雪崩れ込んでくることだろう。
 基地司令部も破壊され、指揮系統も既に存在しないに等しい。
 この状況でいったいどれだけの者が生き残れるのか……?

十月四日

 オレ達に任務が与えられた。決死隊として、主力部隊撤退までの時間を稼げと。
 オレ達とは言うまでも無く、ゼネバス系兵士のことだ。
 予想通りの展開といったところで、命令を聞いても特別驚きはしなかった。
 レクチャーを受けた経験のあるオレには、イグアンに代わって新型ゾイドのエレファンダーが与えられ、エレファンダー大隊の一人として戦うことになっている。今はこの新しい愛機のコクピットだ。
 決死隊隊長ヒンター=ハルトマン大尉は先程演説を行い、
「これは決して、ガイロス共のための戦いなどではない! 偉大なるゼネバス皇帝の血を引く、ヴォルフ=ムーロア様のための戦いだ!」
 そう語った。
 しかし、オレにゼネバス帝国の復活への興味は無い。こんな事を言ったら皆激怒するだろうが……
 オレにはゼネバスもガイロスも関係ない。父さんと同じように、ただ仲間を助けたいだけだ。
 両親も死に、兄弟もおらず、天涯孤独の身のオレだ。オレみたいな者が生き残るよりも、死んで悲しまれる者こそ生き残るべきだろう。
 たった今出撃命令が下った。この辺りでペンを置く。
 悩んだが、この日記も持っていくことにした。機密情報など書かれていないのだから、別に構わないはずだ。
 少々長くなった。続きは向こうで書くとしよう……

    ・
    ・
    ・
    ・

 日記は当然、そこで終わっていた。
「こいつら、本隊撤退のための捨て駒にされたのか……」
 帝国軍ニクシー基地攻略に参加したディバイソンパイロット――レナードは、手にした日記帳を閉じ、エレファンダーの残骸に目をやった。
 戦闘が終了し、戦場となった基地の中をディバイソンで歩きまわっていたレナードは、自分の撃破したエレファンダーの近くでこの日記を見つけたのだ。
 コクピットは無残に破壊され、生じた亀裂から血を滴らせてダラリと垂れ下がった腕が、パイロットの運命を何よりも雄弁に物語っている。日記は偶然割れ目から飛び出しここに落下した、といったところだろう。
 レナードは日記に視線を戻し、その表紙に記された持ち主の氏名を確認した。
 “エリオット=バルラーグ”。表紙の文字はそう読めた。
「エリオットか……」
 レナードは破壊されたコクピットに近づき、割れ目から日記を戻した。
「続き、書くんだろ? 忘れてくなよ……」
 垂れた手も中に押し戻してやり、レナードは彼に背を向けて歩き出す。
 愛機のディバイソンの元に辿り着いた瞬間、そのエレファンダーの残骸は突然の轟音と共に、朱の炎に包まれた。

[159] 訪れた終局、そして…… (Tragedy加筆修正版) 踏み出す右足 - 2007/01/06(土) 02:37 -

 ZAC2100年十月四日。ガイロス帝国軍エウロペ大陸駐留部隊総司令部ニクシー基地。
 その敷地内に点在する地下格納庫出口から、“帝国”の命運を背負った決死隊が姿を現した。部隊の中核をなすエレファンダーが、長い鼻を高々ともたげて咆哮する。
 共和国軍ニクシー基地攻略部隊からの砲撃は次第に散発的になっていたが、突入部隊がこちらに向かっているのは明らかである。戦闘開始も時間の問題だった。
 砲撃が小康状態と見るや、帝国軍の本隊は撤退を開始した。基地に配備された全てのホエールキングが、ゾイドを満載して続々と離陸を開始する。あのホエールキングが空域を離脱するまで、共和国軍の猛攻を食い止めるのが決死隊の役目なのだ。
 新たに受領したエレファンダーのコクピット、エリオットはレーダー画面を見つめていた。
 彼の乗機はエレファンダー。背部の砲塔はアサルトガトリングユニットに換装されている。
(レクチャーは受けたが、まさか実際に乗る事になるとはな……)
 そんな事を思いつつ、慣れない操縦桿の感触を確かめる。
『来るぞ! 迎撃しろ!』
 エレファンダー・コマンダータイプを駆る決死隊隊長――ヒンダー=ハルトマン大尉から、決死隊の全員に通信が入った。と同時に、その言葉を証明するかのような勢いで、基地の正面ゲートが吹き飛び、共和国軍の誇る高速戦闘隊が雪崩れ込んできた。加えて、上空からの爆撃部隊と支援砲撃の雨。
 各エレファンダーはエネルギーシールドを展開し、ゆっくりと前進を開始した。エリオットも勿論、それに倣う。
 瞬間、砲弾が周囲に着弾した。
「うぉぉ!」
 エレファンダー・ファイタータイプを前面に配置してはいたものの、砲弾に対するエネルギーシールドの効果は矢張り十分とは言えず、防御力の低い小型ゾイドを中心に被害が出る。決死隊の最前線に程近い位置に配備されていたエリオット機にも、当然その衝撃が押し寄せてきた。
『お出ましだぞ、共和国のライオン共が……』
 そして、それに乗じて突撃してくる共和国高速ゾイド部隊。シールドライガー、ブレードライガー、コマンドウルフを中心とした高速戦闘隊は、そのスピードを殺す事無く、決死隊のゾイドに襲い掛かった。
 エリオットのエレファンダーにも一機のシールドライガーが向かってくる。
 コクピット目がけて飛び掛かるシールド。エリオットは一歩も退かず、エネルギーシールドを解除すると、無雑作とも言える操縦で長い鼻を左から右に振るい、相手のボディに叩きつけた。シールドの体が宙を舞い、地面に激突する。ガラ空きとなった腹部にビームガトリングガンの斉射を浴びせられ、シールドの機体は爆炎の中に消えた。
(次っ!)
 次なる標的を探して機首を巡らせるエレファンダーに、今度はコマンドウルフのコンビが挑みかかる。その片割れは、背部の砲をアタックユニットに換装したAUタイプだ。
 エリオットはビームガトリングガンと二連装ビームガンで迎え撃つが、二機のコマンドは器用にもラインをクロスさせながら左右に散ってそれを回避。両サイドからの挟撃に移る。
「えぇいっ!」
 エリオットは二機の主砲を咄嗟に比較し、ノーマルタイプの方へ機首を向け、両耳のシールドを展開した。直後に発射された五十ミリ対ゾイド二連装ビーム砲は、エネルギーシールドに阻まれ、エレファンダーの装甲を抉る前に消滅する。
 当然、背後からはもう一機の砲弾が迫る。エリオットはシールドの展開と同時に、被弾を覚悟しつつ、ビームガトリングガンの斉射をそちらに撒き散らしていた。不覚にも立ち止まって射撃を敢行した背後のコマンドが、その直撃を食らって蜂の巣となり、そのまま爆発炎上する。コマンドの放った攻撃はエリオットの目論見どおり、何層もの装甲板を重ね合わせた重装甲のお陰で、大きな被害を出す事は無かった。
「おしっ!」
 それを悟るや、エリオットは続けて、前方のコマンドに地対地ミサイルの雨を撃ち出す。
 しかし――
「くっ!? 近いか!?」
 二対一という状況に、エリオットはいつしか焦っていたのかもしれない。
 相手は空中に描かれた放物線の下を掻い潜り、一気に距離を詰めてきた。スパークと共に、コマンド自慢のエレクトロンバイトファングが閃く!
「っ!」
 それを目ではなく、感覚で感じ取ったエリオットは、殆ど無意識の内にエレファンダーを操作し、飛び掛かってくるコマンドのボディをストライクアイアンクローで鷲掴みにしていた。
 四肢をバタつかせ、滅茶苦茶に暴れるコマンドをそのパワーで振り上げ、力任せに地面に叩きつける。
 衝撃!
 鋼鉄の巨体を数回弾ませたコマンドが、一瞬動きを止めた。これを見逃す手が有ろうはずも無い。
 エリオットは迷わず、重量を乗せた愛機の右脚をその頭部に振り下ろした!
 胸の悪くなるような鈍い破砕音を響かせ、一瞬にして砕け散るコマンドの風防ガラス。無数のオレンジ色が飛び散り、今度こそコマンドはその動きを完全に止めた。
 持ち上げた足から滴り落ちた粘つく糸が、周囲に上がり始めた火の手に照らされて不気味な紅い輝きを発する。
(……強い!)
 エレファンダーは素晴らしい機体だった。その強力なパワーは敵を一撃のもとに吹き飛ばし、エネルギーシールドと重装甲で固められたボディは敵のどんな攻撃にも怯まない。
 さすがは共和国にトドメを刺すために開発されただけの事はある。それが何を間違え、こんな任務を負う羽目になってしまったのか……
 まったく悲劇と言う他は無い。
(ま、やるだけやってみるさ……)
 エリオットはエレファンダーを、今度は、ゴドス、ガンスナイパーを中心とした敵の小型ゾイド部隊に向けた。
 小型ゾイドとはいっても、相手は数の有利を活かし、決死隊ゾイドを次々と撃破している。寸前にも一機、大型ゾイドのレッドホーンが撃破された。
 敵は集団戦の精鋭。なおも味方の小型ゾイドを包囲し、その輪を縮めつつある。
「行くか!」
 一つ気合を入れると、エリオットはその集団に向けて十六連装地対地ミサイルランチャーを斉射した。
 比較的近距離から発射された十六発のミサイルが、敵に回避する暇を与えず、集団の一角を一瞬の閃光と共に瓦礫の山に変えた。更に、ビームガトリングガンや二連装四十五ミリビームガンを乱射しながらそこに突っ込んでいく。
 敵部隊は突然の攻撃にも動揺した様子を見せず、ゴドスとガンスナイパー四機ずつが迎撃態勢をとった。一瞬後、八機の砲門がエレファンダーに火を吹く。
「こなくそ!」
 エレファンダーは小口径荷電粒子ビーム砲やビームマシンガンの弾幕をエネルギーシールドで掻い潜り、一気に格闘戦の間合いまで接近した。
「うあっ!」
 コクピットを衝撃が襲う。被弾した。
「くっ……その程度で!」
 その程度で、エレファンダーの突撃は妨げられない。所々装甲を吹き飛ばされながらも、遂に、一杯に伸ばした鼻が一機のガンスナイパーを捉えた。
 周囲からの火線を装甲で捻じ伏せながら、ストライクアイアンクローでボディを鷲掴みにし、それを敵部隊から離れた場所に放り捨てる。落下した所に味方の小型ゾイド隊が群がり、ガンスナイパーをボロボロの残骸に変えた。
 その間にも、エリオットはエレファンダーを集団の中心で暴れまわらせる。
『おうっ! 加勢に来たぜ!』
 そこへ更にエレファンダーがもう一機加わった。パイロットも手練の様子で、二基のストライクアイアンクロー、二本の鼻、二セットのツインクラッシャータスク、八本の足が、小型ゾイドを次々と放り投げ、弾き飛ばし、貫き、踏み潰す。そして遂には、冷静な精鋭部隊を恐慌状態に陥らせた。
 終わってみれば、八機は十五分と待たずに全滅。慌ててこちらに殺到してきた他のゾイドも、二体の巨象の前に殆どが大破、中破という深刻な被害を受け、その部隊は壊滅した。
『やるなオマエも! ヘリックとガイロスの野郎共に、ゼネバスの強さを見せ付けてやろうぜ!』
 エリオットのヘルメット内で突然響いたのは、共闘したエレファンダーのパイロットの声だった。
 明るい声。とても死を強制された者の声とは思えない。人間とは目的さえあれば、ここまで自分を犠牲にできるものなのだろうか?
 エリオットの胸を、わずかな痛みが突き刺した。
 自分のようにゼネバスへの忠誠が希薄な人間が、彼らと同じ戦場で戦っている。それが彼らに申し訳なかったのだ。
 しかし、続けて耳元で響いた一本の通信が、そんな彼の思いを払拭した。
『有り難い、助かったぜ! 恩に着る!』
「っ!」
 それは、寸前まで共和国部隊に攻撃を受けていた決死隊の、小型ゾイドパイロットからのものだった。付近に確認できるレブラプター、或いはモルガの内の一機だろう。
『もうダメかと思った……後数時間の命って言っても、どうせなら長生きしたいからな……』
 そう言って笑ったのは別のパイロット。他にも次々と感謝の声が聞こえてくる。
(そうだ……)
 エリオットは胸の内で呟く。
(忘れるな! オレは……父さんみたいに仲間を助けたかったんじゃないか!)
 同時に、サイドパネルの上に置いた日記帳が視界に入った。
(この想いは……彼らの想いにも決して負けない!)
 エリオットの心に反応し、エレファンダーが咆哮を上げた。一人と一頭の想いは共鳴し、互いのテンションを否が応にも引き上げる。
 そしてまたその声は、聞く者の心に奇妙な高揚感を抱かせずにはおかなかった。
 しかし、事態は引き続き逼迫している。しみじみと感慨に耽っている場合ではない。
 生き残った機体は再び敵を求めてバラバラに散っていった。
 途中で現われたエレファンダーのパイロットも、
『ヴォルフ様のために!』
 そう言い残し、名前も名乗らず去っていった。今この場所で、名前など何の意味も持たない事を解っているのだろう。
 エリオットはぐるっと機首を巡らせ、戦場となったニクシー基地を一望する。
 周囲に散らばる残骸や建物から上がる火の手と黒煙は、一帯の情景を赤黒く染め上げ、戦場の生々しさを引き立てることに一役買っている。凶悪なまでの砲撃はなおも地面を震わせており、止まる所を知らない。無傷で佇むゾイドや建物など、もうこのニクシーに存在しまい。
(こっ酷くやられたもんだ……)
 敵の第一陣はなんとか受けとめたものの、こんな物はまだまだ序の口に過ぎない。報告によれば攻略部隊の第一波だけで、決死隊の十倍以上の規模があるのだ。すぐ第二、第三と新手が押し寄せてくるに違いない。
 基地のホエールキングは今この瞬間も、その巨大な体内にゾイドを飲み込み、飛翔を続けている。何せニクシー基地のゾイドを殆ど搭載するというのだから、時間などいくら有っても足りはしない。
(まるで出口の見えないトンネルだ……)
 エリオットはそんな風に感じた。いったい、後どれくらいここで戦い続ければいいのだろう。
『第二波! 来るぞ!』
 その通信が、エリオットを思考の闇から引き戻した。
「考える暇も無いのか……」
 エリオットは嘆息し、エレファンダーの歩を進めだした。
 戦闘は基地の至る所で継続中である。第二波が到達すれば、損耗した決死隊の戦力だけで敵を抑えきれるか定かではない。基地内部への侵入を許す事も、十分に考えられる。
 それを何としてでも食い止めるのが自分達の仕事なのだが、如何せん戦力差が決定的だ。
(おっと……)
 膨らむマイナス思考が、コクピットに響いたアラームに遮られた。新手の出現だ。
「えぇい、次から次に……」
 接近してくるのはまたしても高速ゾイド部隊。今度エリオットのエレファンダーに殺到してきたのは、〔蒼い疾風〕ブレードライガーだった。
 既に左右のレーザーブレードを展開し、完全な戦闘態勢でこちらに飛び込んでくる。ロケットブースターを使用したアプローチは時速三百キロオーバーだ。
 エリオットは真正面から突撃してくる相手を確認するや、ビームガトリングガンの斉射をくわえる。しかし、ブレードライガーは速度を緩める事も、進路を変更する事もなく、エネルギーシールド全開でその攻撃をあしらって突っ込んできた。
「コイツっ!」
 今からミサイルを狙ったところで、それを発射するよりも敵のブレードの切っ先がこちらに達する方が早い。
 エリオットは射撃兵装での攻撃を諦め、鼻を振り回しての牽制に切り換えた。
 長い鼻が広範囲をカバーするため、ブレードライガーは直線的な突撃コースを描けず、大きく迂回して後方に回り込んでくる。
 再び開く間合い。そこを狙って、エリオットは予めロックしておいたミサイルを発射した。ただしブレードライガーではなく、その周囲の地面に向けて。
 ブレードライガーの能力ならミサイルの雨を掻い潜って接近できたかも知れないが、エリオットが行った鼻とビーム砲による牽制が功を奏し、敵のパイロットがとった行動はシールドを展開し、動きを止める事だった。エネルギーシールドへの信頼と、乱れた地面によって体勢が崩れるのを嫌う心理がそうさせたのだろう。
 ミサイルは狙いに正確に地面を抉る。ダメージは与えられなかったが、高速ゾイドの脚を止める事に成功したのは大きな収穫だった。エリオットはここぞとばかりに集中砲火を浴びせる。
 ハイパーレーザーガン、ビームガン、レールガン、リニアガン、ビームガトリングガン、十六連装地対地ミサイルランチャー。エレファンダーに搭載されたありとあらゆる火器がブレードライガーを捉えた。
 初めは連続攻撃でシールドを撃ち抜くのが狙いだったが、降り注いだミサイルの爆発でブレードライガーのEシールドジェネレーターが異常をきたし、通常の半分以下まで出力が低下したシールドを、持ち前の強力な武装が貫く。コクピットや口腔内など、機体の前面にあちこち穴を穿たれ、無残な姿で崩れ落ちるブレードライガー。エリオットには嬉しい誤算だった。
 機関の一部も撃ちぬかれたのだろう。派手に炎を吹き上げて爆発する。
(まだまだ、こんなもんじゃないだろう……)
 紅蓮の炎を見つめながら、内心エリオットは呟いていた。
 戦闘が始まって約一時間。何体もの敵を屠ってきた彼だったが、所詮は全て中堅レベルといったところだった。
 この帝国軍エウロペ最大最後の拠点であるニクシー基地を攻略するために、敵の部隊には自分を遥かに凌ぐエースパイロットが何人も所属しているはずである。自分が大した被害もなくこうして生き残っているという事は、即ち彼らに接触していないという事に他ならなかった。
(ま、それももう終わりだけどな……)
 エリオットはレーダーに目をやる。その画面から読み取れるのは、まるで嵐の様に戦場を暴れ回る一機の敵が、確実にこちらに近づきつつあるという事だった。その敵を示す輝点が友軍反応と接触する度に、味方の輝点が一つ、また一つと消えていく。
(オレがアイツを止められれば、被害はここで終わる!)
 自分の乗機はエレファンダー。あの敵を食い止めるだけの力は持っているはずだ。力を持つ身なら、絶対にここで逃げるわけにはいかない。
 不謹慎ではあるが、自分の想いを実行する最高の機会だった。
(いくぞ!)
 決意を新たにしたエリオットは、敵の接近を待つ事無く、自らその嵐の中心へと近づいていく。彼が自分の目で確認するよりも早く、コクピット内壁の殆どを占めるメインモニターに映る小さな点が丸く囲まれ、コンピュータが弾き出した嵐の正体がその隣に表示された。
 “BLADE LIGER CUSTOM TYPE”
(カスタム……?)
 詳細が表示されないという事は、まだアップデートされていない機体という事か。
 エリオットが肉眼で相手を捉えた時には、そいつはコマンダータイプのエレファンダーを地面に叩き伏せ、背中のビームキャノンを叩き込んで止めを刺したところだった。
 コクピットとボディを同時にぶち抜かれ、跡形も無く爆散する巨象。高速ゾイドの装備にしては破格の威力に、エリオットは戦慄を禁じ得なかった。
 コマンダータイプのパイロットならば、実力はエリオットを上回ると考えていいだろう。それを軽々と撃破した相手を――
(オレが倒せるのか!?)
 前方に展開していたビームキャノンをまるで畳むように収納し、天に向かって咆えるブレードライガー。やがて下げられた首は、淀みない動きでピタリとこちらに向けられた。
 相手のパイロット、そしてブレードライガー自体と目が合ったような感覚を覚えるエリオット。射竦められた様にエレファンダーの歩を止めてしまう。
(倒せるも何もない。もう、逃げられない……!)
 エリオットが背筋を凍らせたその瞬間、ブレードライガーが飛び出していた。
 先程の機体とは比較にならない加速力。標準装備のロケットブースターに加え、新装備のビームキャノンに内蔵されていたブースターまでも併用している。ノーマルスペック上の最高速度――時速三〇五キロを軽々と上回るスピードは、砲撃戦の間合いを一瞬で格闘戦のそれまで縮めてしまった。
「しまっ――!」
 言葉が口をついたときにはもう遅い。
 自分の被害も省みない強烈なぶちかましがエレファンダーに炸裂する。アイアンコングに匹敵する重量の持ち主が、フワリと宙を舞った。
「うおぉぉ!」
 左側から地面にめり込む機体。下になったEシールドジェネレーターが根元から弾け飛ぶ。
「ぐあっ!」
 シートから投げ出されそうになった体をベルトが引き止め、体に食い込むベルトの痛みが、吹き飛びそうなエリオットの意識も何とか繋ぎ止める。
「クッソ……」
 頭を振って毒づきながらシステムのチェックを行うエリオット。Eシールドジェネレーター以外に目立った被害は無いのだが、悪く言えば機体全体が満遍なくダメージを受けている状態である。
「早く……立たないと……」
 頭を振り振り、呟いて操縦桿を握り直した瞬間に彼が見た物は、今にも目の前の大地を踏み締めんとするブレードライガーの右足だった!
 地面を震わせた微弱な振動が、シート越しにも伝わってくる。
 エリオットには見なくても分かった。今、敵はさっきと同じ姿勢をとっている。あのエレファンダー・コマンダータイプを撃ち抜いたその瞬間と。
 敵を地面に叩き伏せ、ビームキャノンで仕留める。それがこのパイロットの必殺コースらしい。
「クッ!」
 フレキシブルに動く鼻に装備されているため、横倒し状態でも狙いをつけられるハイパーレーザーガンや二連装ビームガンを発射するエリオット。
 しかし、敵にはそんな反応はお見通しだったようだ。ブレードライガーは攻撃のタイミングを寸前で見切り、エレファンダーを飛び越えるようにジャンプして火線を回避する。
(終わったか……)
 そう感じた。
 エリオットには十分分かっていた。これほどの技術を持つ者なら、機体が着地するまで攻撃を待つ必要などない。必ず、空中から攻撃を撃ち込んでくるはずだ、と。
(何しろ、コマンダータイプまで倒した相手だ。オレには過ぎた相手……思い上がりだったか……)
 そう考えながら瞳を閉ざし、静かに覚悟を決める。しかし、予想していた衝撃はいつまで経っても彼を襲う事はなかった。
(……?)
 事態を飲み込めない彼の耳元で、突然若い女性の声ががなり立てた。
『早く起きてよ! こんなヤツの相手、アタシ一人じゃ無理よ!』
 声に急かされ、慌てて機体を起こすエリオット。周囲を確認すると、さっきのブレードとビームガトリングガンを装備したレッドホーン――レッドホーンBGが慌しく動き回っていた。あのレッドホーンが通信の送り主だろうが、取り巻きも連れず、見事に一機でブレードに立ち向かっている。
 だが、それは勝負になっていなかった。
 ビームガトリングガンや三連装リニアキャノン等の強力兵器で攻撃をくわえるレッドホーンBG。それを嘲笑うかのように、ブレードライガーはまるで水面をいく水鳥のような滑らかさで激しい弾幕をかわしていく。距離が近すぎ、砲の旋回がブレードの速度に追いつかないのだ。レッドホーンの攻撃が一発として命中していないであろう事は想像に難くなかった。
(彼女が助けてくれたのか……)
 恐らくは、飛び上がったブレードを狙ってレッドホーンが攻撃したのだろう。故の命拾いというわけだ。
 狙いは間違っていない。どんなに凄まじい機動力を持つ機体であろうと、宙に浮かんだ状態では物理的に自由に動けるはずが無いからだ。
 ただ慣性に任せて落下するだけの物体が、いったいどのような方法でかわせるはずもない攻撃を回避したのか。エリオットの知るところではないが、一つ確かなのは、あのブレードのパイロットが只者ではないという事だ。
「すまない……助かった……」
 エレファンダーと共に吹き飛ばされ、未だにクラクラする頭を振りながら、とりあえず礼を述べる。
『そんな事いいわよ! それより早く手伝って!』
 身も蓋も無い返事に、思わず固まるエリオット。彼とてレッドホーンを援護したい気持ちは山々なのだが、如何せん意識がハッキリしないのでは仕方がない。
 数瞬の我慢の後、ようやくエリオットは援護を開始した。二基のビームガトリングガンによる十字砲火が、ブレードライガーに集中する。
 しかし、ブレードライガーは左右の動きにジャンプという上下の動きを加えた三次元運動で、攻撃の狙いを定めさせない。Eシールドも使用せず、戦場を駆け抜けていく。
『何なのよコイツっ!』
 レッドホーンから悲鳴が聞こえてくる。エリオットも改めて相手の技量に舌を巻いていた。この西方大陸戦争も一年以上戦っているが、これほどのパイロットには出会ったためしがない。
(来るか!)
 不吉な予想が頭をよぎった瞬間、ブレードライガーが動いた。
 今まで様子を窺うように距離を離していたが、機体を瞬時に切り返してこちらに向かってくる。
「おぉっ!」
 エリオットは操縦桿のトリガーを押し込み、使用可能な兵装オプションを全て目前の怪物に叩きつけた。今度は回避行動をとる事無く、シールドとブースター全開で強引に飛び込んでくるブレードライガー。レーザーブレードも展開している。
 このスピードで突っ込んでくる相手をエレファンダーの機動力でかわせようはずがない。必殺のブレードが迫る!
「マズ……イ……」
 エレファンダーのボディが上下に泣き別れるビジョンが、エリオットの視界にフラッシュバックした。しかし、その瞬間――
『ここだぁぁっ!』
 視界の端から突然飛び出してくる紅い影。気合の声がヘルメット内蔵の通信スピーカーから響く。
「ま、待て!」
 影――レッドホーンの動きを見て取り、静止を叫ぶエリオット。
 レッドホーンの角がブレードのボディに突き立つか、ライガーのブレードがレッドホーンの頭部を切り裂くか。このタイミングでは、どちらが先か非常に微妙な所だったからだ。
(いや……!)
 わずか、それこそ紙一重の差だが、レッドホーンの方が早い!
 黄金に輝く刃と、紅い影が重なる。次の瞬間には、紙一重でレッドホーンの鋭い一撃がブレードライガーを捉える……はずだったのだが……
「なっ!」
 先に獲物をとらえたのは、輝くブレードの切っ先だった。ブレードの足が、鋭い伸びを見せたのだ。
 切り裂かれる赤い影!
 ブレードの軌跡は、まともにコクピットをとらえていた。
「………!」
 声にならない叫びが、エリオットの口から迸る。時間が凍りついたかの様な感覚。
 そんな彼の目の前で、頭部を切り裂かれたレッドホーンがブレードライガーに激突した。彼女も、ただ黙って崩れ落ちることはしなかったのだ。
 レッドホーン自慢の突進に直撃され、大きく吹き飛ぶブレードライガー。それは、名も知らぬ戦友が残した遺言だった。
 アイツを倒せ!
「うおぉぉぉ!」
 エリオットはあらん限りの力で、武装の発射トリガーを引き絞った。次々と撃ち出される光弾。
 ブレードライガーは四肢やブレードを巧みに操って直ぐ様起き上がり、エレファンダーを中心に円を描くような形で回避行動を開始した。
 かすめるのが精一杯の攻撃。しかしエリオットは構わず、トリガーを引く指が白くなる程に力を込めていく。
「クッソォ!」
 悔しさで、内臓が捻じ切れそうだった。
(オレは……)
 自分を助けようとした、否、自分を救ってくれた人間が死んだのだ。さっきの決意はいったい何だったというのだ。
(助けるどころか逆に助けられて、おまけにその恩人を死なせて……オレは……いったい!)
 自分への罵倒が、胸の中で渦を巻く。
「何が“守る”だ! 少しいいゾイドに乗ってるからって思い上がって……オレは……」
 トリガーに込めた力を緩める。
「オレは……」
 チャンスと見たか、飛び込んでくるブレードライガー。
「大馬鹿野郎だ!」
 雄々しい咆哮と共に、ストライクアイアンクローを展開するエレファンダー。突っ込んでくるブレードライガーを、真正面から迎え撃つ!
 先に仕掛けたのはエレファンダーだった。突進してくるブレードライガーのボディ目掛け、長い鼻を横凪ぎに振るう。勿論、このブレードライガーにそんな攻撃が通用するはずもない。ジャンプで回避し、そのまま飛び掛かってくる。
「喰らえぇぇ!」
 エリオットはそこまで予想していた。飛び上がったブレードライガーに向け、ビームガトリングガンの斉射を見舞う。
 空中の無防備な相手への攻撃。先程のレッドホーンのパイロットと同じ攻撃だ。
(やったか!?)
 エリオットの頭に、ブレードがこれと同じ攻撃を回避したことが無かったわけではない。だが、得体の知れない能力を気にして攻撃の手を緩めるなど、愚かしいにも程がある。
 これで敵を撃破できたなら万々歳……といったところだが、生憎現実はそうドラマチックにできているわけではない。
 ブレードライガーはレーザーブレードを展開したまま、その中ほどに装着したロケットブースターを自機の右方向に点火。空中で機体を左に流し、エレファンダーの右側に着地した。
「くそっ……」
 毒づきつつ、右脇腹の四十五ミリビームガンで追撃する。だが、その時には既にブレードライガーの姿は無く、光条は虚しく空間を貫いただけだった。
 攻撃をかわしたブレードライガーは、今度は背後から突撃を敢行する。
「後ろかっ!」
 それを察知したエリオットは、スロットル全開で回避行動をとった。
「っ!」
 ギリギリ、本当にギリギリだった。
 必殺のレーザーブレードは標的を切り裂く事無く、左後脚の装甲を浅く傷つけて通過する。
「前に出せばこっちのもんだ!」
 相手が新鋭高速ゾイドでも、無防備な背後を突ければ勝機はある。エリオットは全速力で相手に追い縋り、後ろから攻撃する。
 しかし、ブレードライガーはロケットブースターを全開。あっさりとこちらを引き離し、再度、正面から突っ込んできた。矢張り、スピード勝負では敵わない。
「くそぉ……」
 仕方なくエリオットは、ギリギリまでひきつけハイパービームガンの一撃を相手の足元に叩き込む。先程と同様、ジャンプしてそれを回避するブレードライガー。
 だが、二度、三度と同じ攻撃を許すエリオットではなかった。
「何度も同じ手を!」
 相手の愚を叫び、エレファンダーの長い鼻を一気に振り上げる。
「らぁぁ!」
 直撃!
 激しい衝撃と共に、がら空きのボディ下部に一撃を叩き込まれたブレードライガーが吹き飛んだ。腹部の二連装ショックカノンが、原形を留めないまでに崩壊し、あらぬ方へと飛び去っていく。
 吹き飛んだブレードライガーは、そのままの勢いで背中から地面に打ち付けられた。更にそこから二回転半。ようやく沈黙した時には、目にも鮮やかだった青のボディは土に汚れ、マルチブレードアンテナも左側が根元から物の見事に折れ飛んでいる。そして極め付けに、背中から着地したお陰で、レーザーブレードに装着していた後付けのブースターが左右共に落下していた。
 ブレードライガーのパイロットにしてみれば少し油断しただけだったのかもしれないが、代償はかなりの物だった。かつて強化型ブレードライガーだった機体は、今や傷ついた唯の量産型ブレードライガーである。
 しかし、だからと言ってこの相手を侮る事はできない。
 相手のパイロットは、吹き飛ばされながらも空中でブレードを収納し、後付けのブースターを着地の衝撃の緩衝材としたのである。さらには、展開していたブレードを収納することで、地面を転がった際にブレードが破損する事も防いだ。
 その対処がなければ、ブレードは背中から地面に激突して、そこに標準装備するロケットブースターを破損し、両のレーザーブレードも失っていたかもしれない。
 一瞬でそれを判断し、実行したパイロットの技量、腕前は、まさに推して知るべしというところだ。どこをどう取っても、エリオットの手に余る相手である。
 だが――
「っ!」
 体勢を立て直そうとするブレードライガーに、鋭い突撃を見せるエレファンダー。ブレードライガーは慌てて回避するが、完全に避けきるのは不可能だった。
 重量の乗った体当たりが、ブレードライガーに追い撃ちを掛ける。よろめいた所に更にビームガトリングガン。
 格上のはずの相手を防戦一方まで追い込むエリオット。目の前で戦友を殺されて平常心でいられるほど、彼はできた人間ではなかった。
 こうなってしまえば、集中力を切らせてまともに戦えなくなるのが普通である。しかし、長年培ってきた彼の操縦技術が紙一重の所でそれを防ぎ、更には逆上した精神状態とも相まって、エリオットに実力以上の力を発揮させていたのだ。
「らぁっ!」
 エリオットは、自分の被害も省みない単調な突撃を繰り返す。だがそれだけでは、ブレードライガー相手に通用するはずがない。彼は同時に、射撃兵装で相手の逃げ道をうまく潰していた。
 そして遂に……
「どうだっ!」
 何度目かの突進が、ブレードライガーをまともに捉えた。
 大きく吹き飛ぶブレードライガー。飛び散る互いの装甲。
 エリオットに影響されて興奮状態のエレファンダーは、自身の傷を気にも留めず、低い唸り声を上げながらガッガッと足で地面を抉っている。
 エリオットは間髪いれず、ビームガトリングとハイパービームガンで畳み掛けた。何とか飛び起きてそれをかわすブレード。
 次の瞬間、ブレードライガーはこちらに背を向けて逃げ始めた。
「なっ……」
 予想もしなかった相手の行動につい呆気にとられてしまったエリオットであったが、それも一瞬の事。即座に怒涛の追走を開始した。
「逃がすかっ!」
 既に傷だらけの機体に鞭打ち、一気にスロットルを全開にする。
 ブレードライガーとエレファンダー。あまりに勝負にならない鬼ごっこになるはずなのだが、意外にも両者の速度は拮抗していた。距離が広がる事も、縮まる事もない。ブレードライガーが、先の突進の衝撃で機関部に異常でも起こしたのかもしれない。
 と、その時――
「っ!」
 一機のレブラプターが、ブレードライガーの進路上に侵入してきた。恐らく敵に圧されて後退してきたのだろう。レーダーではブレードライガーを捕捉しているはずだが、目の前の相手に手一杯で全く気付いていない。
「くっ……」
 デジャヴを覚え、呻くエリオット。
 無論、そんなことお構い無しのブレードは、レーザーブレードを展開。こちらから逃げながらも、行きがけの駄賃に切り裂いていこうというのだ。
 レーザーブレードを目にした瞬間、レッドホーンの最期の瞬間が鮮明に甦る。
「させるかっ!」
 そのビジョンを振り払い、エリオットは逃げるブレードライガーを攻撃する。
 その雨あられと降り注ぐ攻撃を、まるで後ろに目があるかのような正確さでかわしたブレードライガーは、何事もなかったかのようにレブラプターを切り裂いてのけた。
「くっ……畜生っ!」
 歯痒さに、右の拳をコクピットの内壁やパネルに叩きつける。幾度も幾度も……
 目の前のブレードライガー、延いては共和国全体への怒り。仲間を死地に送り出した帝国への怒り。そして何より、あまりに不甲斐ない自分自身への怒り。
 もうエリオットには逃げるブレードライガーのテールしか見えていなかった。完全に頭に血が上り、周囲の様子も、状況も、全く認識できない。
『……! ……!』
 ヘルメットの中で響く声にも、耳を傾ける余裕は無かった。唯々、目の前の敵目がけてトリガーを引く。
 異変は、追走劇がしばらく続いた後だった。
「ぐあっ!」
 突如機体を襲う衝撃。
「な、なんだ……うわっ!」
 更に連続して機体が揺れる。さしものエレファンダーも、堪らず地面に崩れ落ちた。
「……! ……!」
 エリオットは舌を噛まないよう、衝撃に歯を食い縛る。
 機体が各坐しても、衝撃は一向に収まる気配が無い。それどころか、さらに激しさの度合いを増していく。
「やられた……」
 口から漏れる苦悶の呻き。レーダーの中心は、敵の反応に完全に包囲されていた。
 頭に昇った血が急激に引き、冷静な意識が戻ってくる。さっきまでの光景を見つめなおし、認識される矛盾と状況。
 自分が誘い込まれたと気付くのに、さほど時間は必要なかった。
 ブレードライガーは異常など起こしていなかった。意図的に速度を落とし、逆上したこちらをまんまと包囲の中に誘い込んだのだ。
 自分を取り囲んだゾイド全ての砲門が、こちらを睨み付ける。
 一瞬の後、その全てが一斉に唸りをあげた。
「くっ……!」
 慌ててEシールドを展開するエリオットだったが、所詮は焼け石に水。片側が破壊されたEシールドジェネレーターでは、機体のほとんどの部分を射線にさらす事となった。集中砲火を受けた装甲が瞬く間に破壊されていく。
「あぁっ!」
 攻撃の凄まじい衝撃は、コクピットのエリオットをも襲う。
 とても逃げられる状況ではない。シートを射出し、脱出する事も叶わない。
 今度こそ最期だと思ったエリオットの耳に、それは届いた。
『止まれって言っただろうが! 今助けてやる!』
(……!)
 聞いた事のある声。それもごく最近。
 深く思案する暇も無く、まばゆいばかりの光がエリオットの目を焼いた。
「うっ……!」
 直ぐ様手をかざして光を遮りながら、なんとか細目で状況を確認する。モニターに焼き付きが起こらなかったのは幸いだった。
 突然の光の奔流は、エレファンダーを取り囲んだ共和国ゾイドの一角を一瞬にして押し流し、包囲に巨大な風穴を開ける。
「荷電粒子砲……?」
 レーダーが捉えた友軍機の機影。突然のでき事で敵の攻撃が止んでいため、エリオットはなんの障害もなくそちらに機首を振った。
 そこかしこで上がる火の手に照らし出されるそのゾイド。ユラユラと揺れる光に浮かび上がるのは、禍々しいばかりの漆黒。もはや説明は不要であろう。
(ジェノザウラー? けどあの声は……)
 どうしても、通信の声と機体が結びつかない。あの声は確か……
『無事か、エリオット? 久しぶりだな』
「カールさ……ライマーゼン少尉ですか?」
 カール=ライマーゼン少尉。亡き父の親友だった男だ。
「でも、少尉の機体は確か……」
『話は後だ。早く立て!』
 エリオットの言葉を途中で遮ったカールは、ロングレンジパルスレーザーライフルやレーザーガンを連射しながら、共和国小型ゾイド部隊に向かって突進してきた。ジェノザウラーの出現に動揺した者は、カールの砲撃で次々と打ち倒されていく。
 しかしそんな者はごく僅かで、先程のブレードライガーを始めとした手練れは、回避行動をとりつつ即座に反撃を開始する。
(今だ!)
 エリオットは自分への注意が逸れた瞬間をつき、エレファンダーのビームガトリングガンを三百六十度全方位に発射した。
 超至近距離からの突然の砲火は敵に回避の暇を与えず、周囲の機体を確実に捉える。吹き飛ぶ、爆発炎上する、と様々なリアクションで撃破される共和国ゾイド。
 ジェノザウラーを狙えばエレファンダーに撃たれ、エレファンダーを狙えばジェノザウラーに撃たれる。二人は素晴らしいコンビネーションで、あっと言う間に瓦礫の山を築き上げた。
 数を減らされた共和国部隊は、徐々に後退を始める。二対一の状況になるのを嫌ったのか、あのブレードライガーも一緒に後退していった。
「逃がすかっ!」
 優位に立ったことで再び興奮し始めたエリオットは、なおもそれに追い縋ろうとする。
『おい、ちったぁ落ち着け!』
 だが、カールのジェノザウラーがその前に立ちはだかった。
「どいて下さい! あのブレードは……仲間を!」
『頭がおかしくなったか? もう一年も戦争してきて、今さら何言ってる』
「っ!」
 言葉を詰まらせるエリオット。カールは続ける。
『分かったか? これは戦争なんだ。敵討ちより、自分の命の心配をしていろ』
「でも……」
 言い返す言葉を探すが、見つからない。自分でも本当はカールの言葉が正しいと分かっているからだ。
『そもそも、オレたちゃ決死隊なんだぞ? 死ぬ予定の奴が殺されたからっていちいち癇癪起こしてたら……』
 そこで言葉を切るカール。同時に、ジェノザウラーのロングレンジパルスレーザーライフルが火を噴いていた。
 エリオットが後ろの様子を確認すると、エレファンダーの後方から接近していたコマンドウルフが吹き飛んでいる。コクピットに警報が鳴らなかったという事は、まだ自分がロックされていなかったという事だ。
 それでも、それで無事に済んだとは思えない。話している間も気を緩めなかったカールのお陰だった。
 驚くエリオットを余所に、彼は何事も無かったかのように話を再開する。
『えっと、どこまで話したっけか? あぁ、そうそう。いちいち癇癪起こしてたら、切りがないぞ?』
「はぁ……」
 それで納得できれば苦労は無い。それが人間なのだから。
『……そうだな。じゃぁこう考えたらどうだ? どんなに死んだヤツの仇を討とうと、死んだヤツは戻ってこない。分かるな?』
「はい……」
『そんな事に時間使うより、まだ生きてるヤツを助けりゃいいじゃねぇか?』
「あっ……」
 その通りだった。何故今までこんな事に気付かなかったのか。
 どうやら、後ろを向いて生きるよりも先の事を見て生きる方が良いのは世の常のようだ。
「……ありがとうございます。お陰で目が覚めました」
 コクピットで、エリオットは頭を下げた。
 よく考えると、自分一人のためにカールまでも危険に晒してしまった。他者に迷惑を掛けっぱなしの自分にはもう溜息しか出てこない。
『分かったんなら別にいいさ。さぁ、一旦戻るぞ。ちょっと休憩だ』
 人間、休み無しで延々戦えるようにはできていない。仲間を守って戦い続けるためにも、休息は必要だ。
 ブーストを吹かし、エレファンダーの横を滑り抜けて行くジェノザウラー。今まで気付かなかったが、よく見ると右腕が破損している。もしかすると、自分を助けるために敵部隊の中を突っ切って来たのかもしれない。
 慌てて機体をターンさせ、ジェノザウラーについていくエリオット。
「カールさん。そのジェノザウラーの腕はもしかして……オレの所為で?」
『ん? あぁ、違う違う。おっ始まってすぐにやられちまったのさ』
「そうですか……」
 エリオットはホッと胸を撫で下ろす。これ以上迷惑を掛けていたとあっては、はっきり言って話にならない。
「そう言えば、何故ジェノザウラーに? カールさんの機体は確かセイバータイガー……ですよね?」
『アイツはたぶん本隊が連れてった。トラブルで動けなかったんでな。コイツはその代わりだ。理由は分からんが、パイロットがいなかったらしい』
「へぇ……」
『コイツを本隊にまわして、代わりに旧式を置いていってもよかったはずなんだが……誰かの気紛れだろうさ』
 そう言ってカールは苦笑した。それは勿論、自嘲の笑み。ゼネバス系の人間として、今まで虐げられてきた者の笑みだ。
「セイバーも、恐かったのか……?」
 エリオットはポツリと呟く。
『さぁ、どうだろうな……』
 それを耳聡く聞きつけたカールにも、そこまでは分からなかったようだ。
『さぁ、お喋りはこのくらいにしとくぞ。そんなに余裕のある立場じゃないんだからな』
「えぇ……」
 今は安全な場所まで後退する事が第一だ。うかうかしていては、改めて心に決めた仲間を救うという望みさえ実現できなくなる。
 二体の機獣は一路、基地の中心部へと引き返していった。

    ・
    ・
    ・
    ・

 およそ半時間の休息の後、二人は再び戦場へと舞い戻った。機体もわずかではあるが、ゼネバス系の者で構成された整備兵の決死隊の手で、補給と修理を施されている。
 今の彼らは、生きている限り戦い続けなくてはならないのだ。戦いを止められるのは、死んだ時だけ。
「別々に行動しましょう。二人一緒でも、やられる時はやられます。エレファンダーやジェノザウラーなら、単機でも十分戦えるはずです」
 エリオットには分かっている。こんな物が本心でない事は。自分の情けなさが次々と浮き彫りにされてしまった今、エリオットには自分を支えてくれる存在が欲しくて仕方ないからだ。そして、カールは間違いなくそれに当てはまる人物だった。
 ここで彼に甘えてしまうのは簡単である。しかし、それでいいのかと考えた時に頭に浮かんできたのは、今は亡き父の顔だった。
 仲間のために死んでいった勇敢な父。尊敬する父。そんな父に少しでも近づきたいと、エリオットは心のどこかで思っていたのだ。
(ここは絶対に譲れない! ここで引いたら、もう絶対に父さんには近づけない!)
 それが、エリオットの本当の想いだった。
『分かった。頑張れよ!』
 そんなエリオットの気持ちを感じ取ったのだろうか。カールはその提案をすぐに了承した。
『今ここでジェノザウラーに乗ってるのはオレだけだ。もしコイツが戦ってる姿を見たら、その時はオレが同じ戦場にいる事を思い出せ。オレもエレファンダーを見る度に、オマエの事を思い出す』
「はい!」
『じゃ、元気でな、エリオット!』
「カールさんも!」
 それを最後に、二人は別れた。これが今生の別れとなるであろう事を覚悟して。
「さて、あれだけ大見得切ったんだ。すぐやられたら、カールさんに合わせる顔が無いからな……」
 エリオットはエレファンダーに語りかけてみる。
 エレファンダーからの直接の反応は無かったが、操縦桿越しに、こちらの意思が伝わった気がした。
「いくぞ……」
 エリオットはエレファンダーの速度を上げる。あっと言う間にシールドライガーDCSが二機、こちらを標的と捉えて攻撃してきた。
「フッ……」
 決して有利な状況ではない。補給を受けたとはいえ、手負いのエレファンダーには荷が重過ぎる。
 だが、エリオットの口元には笑みが浮かんでいた。何かを吹っ切ったような涼しい笑み。
 今日だけで何度死線をくぐり抜けたか知れないエリオットにとって、この程度は驚くところではなかった。さらに……
(見ててよ父さん。オレの戦い……)
 父に近づく。この程度でたじろいでいては……
「父さんに笑われる!」
 声と同時に、エリオットは武装のトリガーを引いた。撃ち出されるビームガトリングガン。
 シールドライガーはEシールドでその弾幕を防ぎ、お返しとばかりにビームキャノンを撃ち返してきた。四門の砲口から発射されたエネルギーの塊を、エレファンダーは出力半減のEシールドで受け止める。
「どうだ!?」
 結果は相殺。残っていたEシールドジェネレーターも使用不能になったが、必殺の初弾はなんとか防ぐ事ができた。
 ここぞとばかりに勝負をかけるエリオット。ハイパーレーザーガンや二連装ビームガン、更にはビームガトリングガンや十六連装地対地ミサイルも使って片方のシールドライガーの動きを徹底的に制限する。
 もう一方のシールドライガーからは熾烈を極める反撃がくるが、回避したいという衝動を必死に押さえ込んで動きを封じたシールドライガーへ一直線に殺到した。頭を下げ、ツインクラッシャータスクを前方に向ける。
「一機目!」
 狙い通り、二本の牙はシールドライガーのボディを易々と貫いた。完全に動きを止めるシールドライガー。
 エリオットはその状態のまま、機体をもう一機のシールドライガーに向ける。仲間を盾にされたシールドライガーが攻撃を続行できるはずも無い。
 相手が歯噛みしている一瞬の隙に、エレファンダーの全武装がシールドライガーに叩きつけられた。
 隙を突かれたシールドライガー。Eシールドが無ければ、シールドも通常ゾイドと変わらない。圧倒的な火力の前にもろくも崩れ去った。
 それを見届けたエリオットはエレファンダーの頭を跳ね上げ、牙に刺さったままのシールドライガーを放り投げる。地面へと落下したところに止めの一撃を撃ち込まれ、こちらのシールドライガーも爆炎の中へと消えていった。
「ふぅ……」
 また生き残ることができた安堵感から、軽い溜息をつくエリオット。
(既に決定事項なのに、矢張り死ぬのは恐いのか……)
 そんな自分に気付く。妙に滑稽な感じがしてつい苦笑してしまった。
「って、そんな事より……」
 改めて機体のチェックを行う。Eシールドジェネレーター使用不能。十六連装地対地ミサイル残ゼロ。
 状況はいよいよ厳しくなってきたようだが、ここで諦められるはずも無い。
「最後の最後まで、悪足掻きしてやるさ」
 それがそのまま、本隊撤退の援護になるのだから。

    ・
    ・
    ・
    ・

 戦闘開始から約五時間半。エリオットはまだ生きていた。
 だが勿論、無事で済んでいるはずがない。
 彼が操るエレファンダーは、今やボロボロの状態だった。各武装のエネルギーはほとんど底を突きかけ、機体の稼動限界も迫っている。それに加え、使用不能なEシールドに変わり、文字通り身を削って攻撃に耐えてきたため、動けなくなるのももう時間の問題だ。
 そしてボロボロなのは機体だけに止まらない。パイロットのエリオットにも全く同じ事が言えた。
 ヘルメットを脱ぎ捨てた頭からは真っ赤な血が顔に流れ落ち、右目の視力を奪っている。そして、そんな直接的な事よりもっと酷いのが、五時間以上の戦闘で蓄積された疲労。意識も朦朧として、もう自分が何をしているのかもよく分からない状態だ。
 だが、一つだけ。“助ける”という言葉だけ。
 何を、何から助けるのかも分からないのだが、その言葉だけは常に頭のどこかに引っかかり、決して消える事は無かった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 消え入りそうな意識で考える。
 決死隊の規模は約五個大隊。その内エレファンダーは一個大隊約百機。今現在、全体のどれくらいが生き残っているのか。
 恐らく三割以下、といった所だろう。
 エレファンダーの頑丈さは特筆物のため、生半可な攻撃でやられることはない。そのためまだかなりの数が残っているかもしれないが、どれもエリオットの機体と五十歩百歩の状況だろう。部隊全体で考えても、もう限界が近いはずだ。
「っ! 来たか……」
 と、そこで警報。小型ゾイドの一群が接近してくる。エリオットは躊躇なく近づいていった。
 敵はガンスナイパーワイルドウィーゼル。今の状態で相手にするには、少々数が多い。
 ガンスナイパーは砲撃力に定評がある。今の状態で、その攻撃を受け続けるわけにはいかない。エリオットはなけなしの武装を使って相手を撃破しながら、全速力で距離を詰めていった。
 装甲を削られながらも格闘戦の間合いまで接近すると、鼻を使って次々とガンスナイパーを薙ぎ倒し、牙や足で止めを刺していく。疲労に苛まれながらも、エリオットの操縦は鋭さを保ち続けていた。
 十数分後には、エレファンダーは散らばるガンスナイパーの残骸の中央に立っている。
 自機への被害は最小限に抑えたが、この状態ではどんな些細なダメージでも深刻な事に変わりは無い。
「ふぅ……次が最後になりそうだな……」
 頭からの出血を拭いながら、エリオットは息を整えた。もう武装は今の戦闘でエネルギー切れ。使える装備は格闘兵器のみだ。
「武装……排除……」
 軽い衝撃と共に、機体からアサルトガトリングユニットが外れて落下する。後付けの武装であるカスタマイズパーツには、少しでも格闘戦をやりやすくするためにこういった機構が取り入れられている物も多い。
「さてと。最後の相手……は……」
 呟いて機首を巡らした瞬間、視界の端で炎が上がった。
 燃え上がったのはエレファンダー。あの頑強なエレファンダーを完膚なきまでに叩き潰すとは……
 その炎の後ろからゆっくりと歩み出てきたのは、新たに投入された共和国部隊。カノントータスBCやディバイソンを有する、強力無比の重砲部隊だった。この顔ぶれに集中砲火を受ければ、いかなエレファンダーといえども耐えられるはずがない。
「遂に……終わりだな……」
 腹を括ったエリオットは、その部隊へと歩を踏み出した。
 このまま正面から近づいても何もできずにやられるだけなのだが、射撃兵装の無いこちらにはどうしようもない。逃げるより向っていく方を選んだのは、見つかるのも時間の問題、或いはもう捕捉されていると考えたからだ。
(簡単にやられるのは癪だな。精々、逃げ回ってみせるさ……)
 手負いのエレファンダーでどこまでできるか疑問では有るが、それは考えてみても仕方がない。
 澱みない足取りで近づいていくエレファンダー。しかし、明らかに向こうの射程に入っているにもかかわらず、一向に撃ってくる気配は無かった。それどころか、相手の部隊はこちらを無視して転進する。
「何……?」
 混乱するエリオット。だがその混乱も、その部隊の中から一機がこちらに向かってくるのを確認するまでだった。
(ディバイソンか……十分だ……)
 エリオットは薄い笑みを浮かべると、移動スピードを少し上げた。勝負を受ける意思表示のつもりだった。ディバイソンもそれに倣って速度を上げる。
 二体は百メートルほどの間隔をおいて静止した。睨み合う金属の巨獣。
 先に動いたのはディバイソンだった。頭を下げてクラッシャーホーンを突き出し、地面を蹴って一気に飛び出す。
 エレファンダーは足を広げて重心を低く身構えると、ディバイソンの突進を真正面からクラッシャータスクで受け止めた。
「くぉっ!」
 あまりの衝撃にエレファンダーが地面を削って後退する。
 パワーは互角と考えていいのかもしれないが、エレファンダーには今までの戦闘で受けたダメージがある。そう時間もかからず、エレファンダーの脚部は限界に達した。
 それを敏感に感じ取ったディバイソンのパイロット。即座にディバイソンの首を左に捻って力の方向を横に向けてきた。
「!!」
 踏ん張ることもできず、呆気なく右側に転倒するエレファンダー。ここでがら空きのボディに17連突撃砲を叩き込めば、ディバイソンの勝利は確定する。
 しかし、相手はそうしなかった。伝わってくる気配からすると、別にいたぶって遊んでいるというワケでもなさそうなのだが……
「こっちが撃てないなら……自分も撃たないってのか?」
 訝しく思いながらも、機体を起こすエリオット。矢張り立ち上がる間も攻撃はしてこない。
「フッ……最後の相手に、これ以上の相手はいないな……」
 力強く大地を踏みしめて咆哮するエレファンダー。それに呼応してディバイソンも吼える。
 再び睨み合った二体。今度はエレファンダーが先に飛び出した。再度交わる牙と角。
 エレファンダーは組み合ったまま鼻をディバイソンのボディに潜り込ませ、その巨体を一気にひっくり返した。
 数分前とは逆の立場となった双方。エリオットは迷わず、エレファンダーの足を振り上げた。無論、慌てて起き上がるディバイソン。
(悪いな。けど、悪足掻きが今のオレの仕事なんだ……)
 苦しい笑みを浮かべてみせるエリオット。相手のフェアな精神には、同じゾイド乗りとして羨望の念さえ感じるが、今はそれに付き合っていられる立場ではないのだ。
 再三、二機は向かい合う。
「ん? あれは……」
 相手を見つめていたエリオットは、その後方に気になる物を発見した。
 地面に半分ほど埋まったゾイドの残骸。撃破された後に炎上したのか、表面は黒く焼け焦げてしまって機体色は判別できない。だがそのシルエットから、残骸の原形がジェノザウラーである事は分かった。胸部のコクピットは、無残にも撃ち抜かれている。
(カールさん……)
 別れ際の彼の言葉を思い出す。
 “今ここでジェノザウラーに乗ってるのはオレだけだ”
 つまり、あの残骸のコクピットに座っていたのは確実にカールだという事だ。
(オレも……すぐそっちに逝きますよ)
 瞳を閉じ、浮かんでくるカールの面影に呟く。
 と……
「ん?」
 靴の先に何か当たった。
「何だ?」
 足元を覗き込むと、それは見慣れた日記帳だった。出撃前にサイドパネルの上に置いたのだが、戦闘の際の激しい動きで落下してしまったらしい。
 エリオットは足元の日記帳を手に取ると、ペラペラとページを捲って自分の軌跡の感触を確かめた。
 自分のしている事は本当に正しいのか?
 任務の名の下に人命を奪う自分。戦うエリオットの頭には、いつもその疑問がちらついていた。
 思い悩んだエリオットはある日、偶然同じ基地に居合わせた父に相談を持ちかけた。
 この日記帳はその時、父に貰った物である。
 日記を通して自分のしている事を見つめなおす。明確にそう言われたわけではないが、父の意図はそういう事だったのだと思う。
 実際、日記をつけるようになってから、エリオットは自分の行動を冷静に見つめなおす事ができるようになった。あの疑問の答えは未だに出ていないが(出ないままで終わりそうだが)、自分が戦う理由は見つける事ができた。
 自分の大切な人を守るため。
 それがエリオットの戦う理由だ。
 殺すための戦いではなく、生かすための戦い。その事に気付かせてくれたこの日記帳はそれだけでも特別な物だが、今やこれは父の形見でもある。
「父さん……」
 口の中でそう呟くと、エリオットは日記帳を再びサイドパネルの上に置いた。
「さて……」
 お互いに一撃ずつ。相手の様子を窺うのは終わりだ。
 両者は同時に飛び出した。足元を狙ってエレファンダーは鼻を振り回すが、長時間の戦闘で出力の落ちた一撃はディバイソンを阻む事ができず、逆に肩口からの激しいタックルを受ける。頑丈な突撃ゾイドだからこそできる豪快な戦法だ。
 ディバイソンより五十トンも軽いエレファンダーは、相手の渾身の体当たりを受けて仰け反る。ディバイソンのパイロットは、すかさず下から突き上げた。
「こ、こらえろ!」
 危うく倒れそうになるエレファンダーだったが、後脚で巧みに地面を蹴って倒れ方を変え、なんとか前脚で地面を掴む事に成功する。しかし依然無防備な状態。ディバイソンは追撃の手を緩めない。今度はがら空きのボディ側面目掛けて殺到してきた。
「うぉぉ!」
 エレファンダーの胴体を貫くツインクラッシャーホーン。機体を激しいショックが襲う。
 しかし致命的な一撃を受けながらも、エレファンダーはその突進の力を全て受け止めた。更にそこから激しく暴れ、ディバイソンを振りほどく。
 急なでき事に体勢を崩したディバイソン目掛け、今度はエレファンダーが突進した。
「行くぞぉ!」
 最後の力を振り絞った突進は、重量級のディバイソンさえも吹き飛ばした。
 倒れるディバイソン。だが、エレファンダーもつんのめる様にして地面に突っ込む。
 両者はある程度の距離をおいて同じ状態になった。
 ダメージを受けたといってもまだまだ余裕のあるディバイソンは、脚に力を込めてすぐに立ち上がる。一方エレファンダーの損害は、とうに限界を超えていた。
 しかし……
「…………」
 エレファンダーは立ち上がった。足元も覚束ないといった状態だが、確かに立ち上がったのである。
 まるで幽鬼の様に足を踏み出すエレファンダー。ディバイソンも向かってくる。
 そして、牙と角が再度交錯したその瞬間……
 酷使され続けた牙は遂に限界を迎えた。
 ディバイソンのクラッシャーホーンが、エレファンダーのクラッシャータスクをへし折ってコクピットに迫る。
 キャノピー越しに向かってくる先端を、エリオットは瞬きもせず見据えていた。そして……
「――!」
 デスザウラーの装甲も貫くクラッシャーホーンの前では、エレファンダーのコクピットはあまりに無力だった。たいした抵抗も無く、超鋼チタニウム合金製の輝きはコクピットに潜り込む。
 装甲を突き破ったクラッシャーホーンは、エリオットの右半身を抉り取った。
「!!!」
 声にならない悲鳴を上げるエリオット。血の塊が喉を逆流し、口から溢れ出る。傷口からも真っ赤な鮮血が迸った。
 ゆっくりと角を引き抜くディバイソン。エレファンダーが糸の切れた人形のように崩れ落ちる。コクピットを襲うショックに、傷口からの出血が更に激しさを増した。
 ベルトの束縛から解放されたエリオットの体は、ずるずるとシートを滑り、右側のサイドパネルに寄り掛かる形で止まった。
 奇跡的にも、彼はまだ生きていた。しかしもう痛みも感じず、ただただ強い脱力感があるだけである。
「……! ……!」
 声も出てこない。
 次第に薄れていく意識の中で、エリオットは考えていた。
(オレは……誰かを救えたのか?)
 コクピットを切り裂かれるレッドホーン。
 胴体から真っ二つに切り裂かれるレブラプター。
 無残に焼け焦げて残骸と化したジェノザウラー。
 目の前で死んでいく仲間を、自分は誰一人救えなかった。
(フッ……フフフッ……結局誰も助けられなかったんじゃないか……)
 失笑も、声となって口から漏れる事はない。
(オレなんかには……所詮過ぎた望みだったんだ……“助ける”なんて……)
 自分を嘲笑うエリオット。しかしその耳に突然、聞き知った声が響いた。
「それはどうかしら?」
(この声は……?)
 視界に光が戻ってくる。その目の前には、パイロットスーツに身を包んだ女性の姿があった。首から下は服の皺まで確認できるほど鮮明なのだが、その顔だけは分からない。見えている気はするのだが、人物の顔として認識できない、といった感じだろうか。
「ちょっと上見てみなさいよ」
 言われるままに顔を上に向けてみる。全身から力が抜けているのに、何故か抵抗無く首は動いた。
 見上げた先は、攻撃の衝撃で装甲に亀裂が入り、夕日でオレンジ色に染まる空が見えていた。
 そしてそこには……
「見えた?」
(あぁ……)
 女の問い掛けに、声にならない返事を返す。
 エリオットが目にしたのは、空に吸い込まれていく無数のホエールキングだった。撤退する主力部隊だ。
「ありゃ、オマエが助けた仲間だろ?」
 いつに間にか女は消え、視界に一人の男の姿が映っている。どうやら自分の左側に立っているようだ。
「オマエはやり通したんだ。自分の仕事をな」
 その男は笑みを浮かべながらこちらを見下ろす。カールだった。
(そう……なんですか?)
 またしても疑問は声にならない。
 死んだはずのカールが何故ここにいるのか、という当然の疑問は全く湧いてこなかった。
「そうだ。お前はあれだけの仲間を助ける事ができたんだよ」
 またしても違う声。視界からカールは消え、反対側に別の男が立っていた。その姿も声もひどく懐かしい。
(父……さん……?)
「あぁ……オマエの戦いはずっと見ていた。よく……」
 男は顔をこちらに向ける。その表情は紛れもない、父の笑顔だった。
「よく頑張ったな」
 エリオットの頬を涙が伝う。
「オレは……父さん……に……近づけた?」
 ようやく口から紡ぎだされる言葉。
 父は小さく、しかし確かな動きで頷いた。
「そうか……」
 それを見たエリオットは、ゆっくりと瞳を閉じる。
 その表情には、痛ましい傷を感じさせぬ穏やかな微笑が浮かんでいた。

[160] リアルですね ヒカル - 2007/01/07(日) 20:46 - HOME

 新年早速のご投稿まことに感謝します。またもレベルの高い小説だな〜というのが正直な感想です。
 特に最初のディバイソンのパイロットのレナードが、手帳を拾うシーンから始まったのが印象的でした。しかしまあこの短いなかで、人々のドラマを織り交ぜ、それをきちんとまとめたということに脱帽です。圧倒的な臨場感の戦闘シーンなどは前々から舌を巻いておりましたが、人の内面においても、戦場という極限状態の中の想いのようなものが非常に目を惹きました。軍という組織に縛られた兵士(この場合はゼネバス兵ですが)の、敵であるへリック、さらに自らの国を乗っ取ったガイロスに対する反発、その中でも生きようとし、仲間を助けようとする様には興奮すら覚えました。エリオット達のニクシー攻防戦(実際帝国側は単なる時間稼ぎですが)も、単なる歴史上の文字ではなく、(いやもちろん架空の戦争ですが)それをまるで実際に起こった出来事として描写したのにはやはり脱帽です。
 私もこんな作品を書けるよう努力してますが、やはり難しいですね。きちんと段階踏んでやっていきたいと思います。それでは今後ともご投稿のほうお待ちしております。どうもヒカルでした〜

[163] 拝読しました。 DDA - 2007/02/08(木) 00:54 - HOME

踏み出す右足様の作品を拝読させていただき、とてもおもしろかったです。

正直、パソコンのモニター画面で小説を読むと疲れてしまうので、普段は少しずつ読むのですが、踏み出す右足様の作品は先が気になり、一気に読み終えてしまいました。


「あるゼネバス系ガイロス兵の日記」については、前にバトスト同盟様のほうで拝読させていただいたのですが、こんな濃密な展開があったのですね。
びっくりです。

オーロラ・ロックのほうも近いうちに読ませていただこうと思います。



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