ゾイド系投稿小説掲示板
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ZAC2046年3月―― ゼネバス帝国トビチョフ市とへリック共和国ウィルソン市を結ぶ北国街道上に設けられた、中央山脈に於けるゼネバス帝国軍最大の山岳基地、ゼルマース山岳基地が陥落した。 これで中央山脈の帝国軍は退けたも同然。すぐに共和国領内の帝国軍を完全に孤立させる事が出来る。首都の奪回も時間の問題だ。 共和国軍司令部はそう考えていた。 しかし、その考えが甘かった事を、間も無く彼らは知らされる事となる。 中央山脈北部の帝国軍山岳部隊は、侵攻してくる共和国部隊をことごとく退け、共和国領内駐留部隊への補給路を確保し続けたのだ。 ZAC2041年にゼネバス皇帝が暗黒大陸より帰還してから、ZAC2049年に部隊が拠点から撤退するまで。実に9年もの間、彼らは中央山脈北部を共和国軍から守り通した事になる。 中でも素晴らしい活躍を見せた部隊の一つに、万年雪に覆われた極寒の高山地帯を拠点とする、〔第38北部方面隊〕があった―― ・ ・ ・ ・「そうか……とうとう落ちたか……」 屋外の視界はゼロ。外では凄まじい吹雪が吹き荒れている。 壁一枚隔てているはずのこの空間であるが、暖房設備を稼動していないため、室温は外気と大差ない。 今、この非常にすごしにくい空間には、二人の人影があった。 言葉の主は男。顔立ちからすると四十代前半と言ったところか。精悍な顔立ちはいかにも切れ者といった印象を与える。 驚くべき事に、恐らく零度を下回っているであろう室温にもかかわらず、防寒着も着ずに白をメインとした野戦服姿のままである。更にその野戦服の袖は折り返され、半袖の状態だ。そこから見える腕は引き締まっており、細いながらも見る者に逞しさを感じさせる。肌が浅黒いのは遺伝的なものか、或いは雪焼けのためだろう。「共和国軍の攻略部隊は、ウルトラザウルスまで投入したそうです」 もう一人、男の後ろに控えていた女が口を開いた。こちらも白が基調の野戦服を着込んでいる。寒冷地用の特殊な物という事なのだろうか。 後頭部でまとめた髪の毛は、陽光を浴びて光り輝く雪原のような銀色。新雪に負けず劣らずの白い肌。 典型的な神族の容貌だ。 美人だが、若干冷たさを感じさせる風貌ではある。「大胆な作戦だな……」 苦笑と共に洩らした言葉だったが、その言葉の裏に隠された男の無念が女には分かった。「これに伴い、共和国軍の足止め部隊が撤退を開始しました」 しかし、気遣いの言葉をかける事はしない。そんな必要は無いと知っている。「わかった。出撃準備は完了しているな? 敵を追撃する!」 男は踵を返すと、部屋の出口に向かい始めた。「いえ、しかし……」 女は窓の外に目をやる。依然猛烈な吹雪が吹き荒れ、普通なら到底出撃するような天候ではない。 だが、男はまるで意に介していないようだ。指示を伝えるや、さっさと退室しようとしている。「了解しました!」 女は踵を打ち鳴らし、非の打ち所の無い敬礼を男の後姿に送った。そしてその敬礼は、男の姿が扉の向こうに消えるまで続いた―― ・ ・ ・ ・ さんさんと降り注ぐ日光を浴びて光り輝く雪原。吹き抜ける風は身を切り裂くかのような冷たさを持っている。 あの吹雪の日から既に一ヶ月ほどの月日が経っていた。「そろそろか?」 雪原には男女が三人。その内の二人はあの日部屋にいた人物だが、今の言葉を発したのはもう一人の男だった。 雪の上に腰を下ろしたその男は、連なる中央山脈の高峰を眩しそうに眺めながらタバコを吹かしている。強い風に吹き散らされて、長めの髪はボサボサだ。「不可能……ではない……か」 先日の男が答えて言う。あの日と同じで、この寒風吹き荒ぶ中でも腕捲りだ。 彼らの所属はこの山岳地帯に拠点を構える〔第38北部方面隊〕。アイアンコングMk−Uを中心に編成された強力部隊である。 隊長がこの腕捲りの男、シュミット=メイクライン中佐である。帝国軍の人間にアイアンコングのパイロットを十人挙げさせれば、ほぼ確実に彼の名前を聞く事が出来るに違いない。「ゼルマースが落ちてもう一ヶ月……」 今度は座った男が、タバコの火を雪に近づけて遊びながら言った。 彼の名をルイーオ=ファルースという。階級は軍曹。シュミットの相棒で、彼のアイアンコングのガナーを務めている。 隊長のシュミットとルイーオ。そしてもう一人の女、ミレニア=メビウス中尉。この三人は部隊発足時からのメンバーで、隊の最古参という事になる。それだけに、この一帯における戦闘経験も豊富で、他の隊員からの信頼も厚かった。「この程度の拠点を落とすなら、これぐらいの期間で十分、と思わないか?」 ルイーオに一瞥を送りながら、シュミットが問い掛ける。彼は吸い終わったタバコを携帯灰皿に押し込んでいた。この美しい景観を壊したくないと思うのは人間なら無理からぬところなのだろうか。「そうだな。それじゃ……」 ルイーオは立ち上がって服に着いた雪をはらうと、回れ右して歩き始めた。「どこへ行く?」「ん……? そろそろかもしれないんだろ? 我らが愛機のご機嫌をとっとかないとな」 シュミットの問いかけに、振り返る事無く答えるルイーオ。彼は片手をあげて挨拶すると、輝く絨毯に足跡を残しながら、格納庫目指して歩いていった。終始無言でシュミットの背後に控えていたミレニアも、一礼してルイーオについていく。 シュミットは二人の後ろ姿を見送ると、再び山の頂に視線を戻した。その胸中では、数ヶ月前から今日に至るまでの出来事が反芻されていた。 ・ ・ ・ ・ ゼルマース山岳基地が共和国軍に包囲されたのが昨年の11月。そこから長期戦となったこの戦闘は今年の3月、帝国軍の敗北という形で決着がついた。 敗因は補給と救援の失敗。加えて共和国の戦力を侮った上層部にも、間接的な原因があると言えるだろう。 だが今のシュミットにとって重要なのは、自分達が仲間の救援に向かえなかった事だった。 シュミットの率いる第38北部方面隊は、周辺の帝国軍部隊の中で最もゼルマース山岳基地に近い場所に拠点を構えている。しかしあの時、彼らの部隊は共和国軍が派遣した足止め部隊につかまり、ゼルマースまで到達する事が出来なかった。 共和国軍の用意は周到で、帝国軍の部隊が通行可能と思われる地点には例外無く部隊を配し、ゼルマース基地の北側から救援に向かうコースを完全に遮断していた。目的は、優秀な事で知られる帝国軍北部山岳部隊を救援に向わせない事。これはデスザウラーの救援を失敗させる事と並んで、共和国軍の重要課題だった。 その目論みにまんまとはまって救援に失敗したシュミットは、あの吹雪の日、出撃を決意した。 敵討ちなどという立派な目的からではない。只々、腑甲斐ない自分への怒りのはけ口を求めたに過ぎなかった。 周辺一帯は彼等の庭のようなもので、少々の吹雪でも作戦行動をとる事は可能である。特に視界の悪さを利用しての戦闘は、彼等の最も得意とするところだ。 その自負があるからこそ、出撃を決定したのは確かだが、感情に駆られて指示を出した事は紛れもない事実である。結果として、こちらに大きな被害が無かったから良かったものの、部隊を率いる立場の人間としては最低の行動だろう。 しかしその最低の指揮官に、部隊の面々は文句一つ無く従い、最高の働きを見せた。或いは、シュミットのような気持ちを抱いていた者も、少なくなかったのかもしれない。 部隊の士気は非常に高く、撤退する共和国部隊を壊滅寸前まで追い込んだ。天候の更なる悪化という事態が起こらなければ、確実に敵を殲滅していただろう。 しかしそれだけの戦果を上げながらも、シュミットの心のわだかまりは消えなかった。 後からどんなフォローをしようとも、所詮起こってしまった事実を変えることは出来ない。 それを示すいい例である。 ・ ・ ・ ・(もう一ヶ月になるか……) 一ヶ月。 時間は心の万能薬と言う者がいるが、シュミットにとってこの一ヶ月という時間は、苦悩を消し去る物ではなく、逆にそれを増大させるだけの物であった。 今では実際に見聞きしてきたかのように、重く冷たい雪に埋もれていったゼルマース基地の兵士達の姿や、彼らの断末魔の叫びが想像出来る。この一ヶ月、何度その光景を夢にみたか知れない。「おかげで、慢性の寝不足だ……」 あくびを噛み殺し、目尻をこする。いい加減に吹っ切らなければと思っているのだが、そう簡単にもいかない。 足元の雪を両手ですくい、それで顔をこする。「痛っ……」 半分氷のようになった雪は痛かったが、冷たさと相まって目を覚ます効果は抜群だった。「さてと……」 自分に気合を入れると、自室に向かって歩き出す。 部隊の隊長など雑務の塊の様な物だ。機体の整備はルイーオ達に任せ、自分は仕事の片付けに専念する事にした。 ・ ・ ・ ・「我等が〔オーロラ・ロック〕の様子はいかがかな?」 岩壁の内部に作られた部隊の格納庫。足を踏み入れたルイーオとミレニアは、居並ぶゾイドの中でも一際目立つ、六つの白い小山を見上げた。 外の雪と同じ純白に塗装されたアイアンコングMk−U。 通称〔オーロラ・ロック〕と呼ばれるこのアイアンコングMk−Uを、共和国軍山岳部隊の兵士達は〔白い悪魔〕と呼び、戦場で出会う事を極端に恐れた。後にマッドサンダーによって撃破される〔塔の上の悪魔〕に次いで、共和国軍兵士の恐怖の対象となったコングである。 通常この部隊のアイアンコングは四機なのだが、ゼルマース陥落に伴って残る帝国軍山岳部隊の戦力増強が図られたため、他のゾイドと共に更に二機が補給されて、アイアンコングの機体数は合計六機となっている。単純な戦力比較ならば、残存する帝国軍山岳部隊の中でも一、二を争う打撃力を持つ部隊となっていた。「補給されたコングの調整は終わったわ。後は敵が来るのを待つか、こちらから打って出るのか……」 ミレニアが答える。彼女はこの部隊の副官であり、隊内の諸事に深く関わっているため、彼女に何かしらの質問をすれば十中八九解答が得られるのだ。「いいねぇ。準備は万端か……」 満足そうな笑みでルイーオはポケットに手を伸ばす。取り出したのはタバコの箱だった。一本取り出して口にくわえると、フラフラと作業中の整備士達に近づいていく。しばしの談話の後、タバコに火を点けて帰ってきた。どうもガスバーナーか何かで着火してきたらしい。「いい加減、自分で点けるようにしたらどう?」 うまそうに煙を吐き出すルイーオに、半ば呆れたような口調でミレニアが忠告する。元々印象の冷たい彼女がこういうセリフを口にするとかなり厳しい言葉に感じられるのだが、付き合いの長いルイーオは慣れた物で少しも動じていない。「こんな所で暮らしてると、ライター一つ手に入れるのも不便でね」 タバコの煙で輪を作りながら飄々と言ってのける。タバコが有る所にライターが無い筈がなかろうに。「話は変わるが、補給と一緒に来たパイロット達はどうなんだ?」「問題無いわ。時間さえ十分なら……」 不安げな表情で答えるミレニア。 部隊に新しく配属されたパイロットは八人。支給されたゾイドには彼らが搭乗する。 彼らは皆、共和国軍の侵攻によって壊滅した中央山脈の帝国軍基地の生き残りであるため、山岳地帯での戦闘については全く問題ない。 しかし、この一帯の地形については勿論初心者だ。 部隊の予備パイロットが乗れば問題は一気に解決なのだが、矢張り予備は予備。技術では補充人員の方が上であった。さらにコングにおいては、配属されてきたパイロットの元々の搭乗機をオーロラ・ロックに改造した機体が支給された事もあり、相性その他諸々の面を考慮した結果、新規配属のパイロット達が補給された二機のコングを扱う事となった。「ま、ついこの間まで前線で戦ってたヤツラだ。共和国の攻撃から生き残ったって事は、ウデも確かなんだろ。大丈夫さ」 口のタバコをヒョコヒョコと上下させ、気軽に言ってのける。ミレニアと違い、ルイーオの方はまるで気にかけていないようだ。「無責任な気休めは結構よ……」 そう言い放つと、ミレニアは完全に他人事と考えているルイーオを睨みつけ、新しく配備されたアイアンコングの方へと歩いていってしまった。足音も高く進むその背中からは、ユラユラと怒気が立ち昇っているかのようだ。「かたいって」 ニヤニヤした笑みを浮かべながら故意にミレニアに聞こえるように言い、ヒラヒラと手を振って彼女を見送るルイーオ。ミレニアは完全にこれを黙殺し、足早に歩み去っていく。「からかい甲斐の無いヤツ……」 ルイーオはミレニアのあまりの無反応さに閉口し、口をへの字にひん曲げる。長い付き合いの割に、いつまでたっても他人行儀だ。いや、付き合いが長い分、逆に遠慮がなくなっているとも言える。「まぁ、あのテのクールなのが魅力的って言うヤツもいるし……」 グルリと首をめぐらせれば、手の止まっているバカどもが数人――「おらっ! 怠けてる暇なんかねぇぞ!」 整備士数人を怒鳴りつけ、自分も整備に加わるルイーオ。 ふと振り返ると、ミレニアが整備士に指示を出している。 マメな彼女の事だ。部隊の機体については、パイロットや整備士より詳しいかもしれない。「軍曹……手が止まってますよ」 傍らの整備士に腕をつつかれる。「あん? オレはいいんだよ」 ニヤニヤとした笑みでタバコを吹かしながら、作業を再開する。 別にミレニアに恋愛感情があるわけではない。言うなれば腐れ縁の友人と言ったところか。もし彼女がそれを違うと言うなら、別に戦友と言ってもいい。彼女が誰と恋仲になろうとかまわないし、干渉するつもりも無い。つまりはそういう関係である。 ただ、彼女のあの張り詰めた感じが気掛かりと言えばそうなのだが。 数分後に再び顔を向けた時、彼女の姿は消えていた。 部隊一の才媛ともなると、一箇所にとどまる事も出来ないほど多忙のようだ。 ・ ・ ・ ・ それから更に三週間ほど経ったこの日の朝。遂に事態が進展する。「分かった」 スピーカーの向こうから報告するミレニアに了解の意を伝えるシュミット。 ついにゼルマースに駐留する共和国部隊が動いたようだ。 報告によると、偵察用レドラーが撮影したゼルマース基地の航空写真を解析し、出撃準備の兆候を確認したとの事らしい。 なにぶん、一番近い拠点がここである。攻撃目標は明白だろう。「よし、出撃準備だ。完了次第出撃する」『了解しました』 彼女の短い返事が響く。自室で休憩中だったシュミットは身なりを整え、部屋を飛び出していった。 ・ ・ ・ ・ ゼルマース陥落によって一気に最前線に立たされた第38北部方面隊は、それ以後待機状態となっており、その日の昼までには全ての準備を完了することが出来た。「分かった」 出撃準備完了の報告を基地の司令室で受け取ったシュミットは、それを伝えたオペレーターに別事項の確認を入れる。「〔ホワイト・ロック〕はどうなった?」「はい。現在出撃準備中、準備が整い次第出発するとの事です」「よし。こちらは先に出撃する。グラン山道で合流するよう伝えてくれ」「了解しました」 用が済んだシュミットは部屋を出て、自分も格納庫へと向かうために駆け出した。 ・ ・ ・ ・ 彼の到着した格納庫には、既に出撃準備を終えたゾイド達が、その時を静かに待っていた。恐らく数時間前は、ここも戦場のような慌ただしさだったのだろう。 シュミットは自分を待っているオーロラ・ロックのコクピットへと急いだ。「遅いぞシュミット。皆オマエ待ちだ」 彼がコクピットに姿を見せると、既にガナーシートにおさまっているルイーオからヤジが飛ぶ。「すまん。ヤボ用だ」 そう言って自分のシートへと腰を下ろす。案の定、もう彼がしなければいけないことは何も残っていなかった。「見ての通り、準備はオレが全部済ませといてやったぜ? さっさと号令かけちまいな」 ルイーオの皮肉に苦笑しながら、高速戦闘隊の指揮を執るミレニアへと通信を入れる。「ミレニア、そちらも準備はいいな?」『いつでもいけます』 彼女らしい凛とした声で返事が得られた。 シュミットは最後にもう一度、隣に座る戦友の表情をうかがう。「…………」 シュミット同様こちらに目をやっていた彼は、ニヤリと笑みを浮かべて小さく頷いた。「全機、出撃する!」 シュミットの命令で格納庫の隔壁が開かれる。そこからシュミットの搭乗するオーロラ・ロックを先頭に、真っ白に塗装された寒冷地用帝国軍ゾイド部隊が姿を現した。「このままグラン山道まで一気に進むぞ!」 ・ ・ ・ ・ 純白の雪原を素晴らしいスピードで進む帝国軍部隊。この一帯を庭とする彼等だからこそなせる業だ。今回の異動で配属されたパイロット達も、しっかり古参の機体に着いてきている。 疾駆するコングのコクピットで、シュミットは考えていた。 ゼルマース基地が陥落した際、共和国軍は圧倒的戦力で基地を何重にも包囲し、こちらの補給や救援を完全に遮断した上で持久戦に持ち込んだ。共和国軍の磐石な補給線あっての作戦といえるだろう。 地形としては、ゼルマースよりこちらの拠点の方が包囲はしにくい。それに規模も大きいとは言えない。 とすればやはり――(まどろっこしい手段なんか使わず、直接叩き潰しにくる……かな?) それなら、少しでも戦いやすい場所で、こちらの有利に戦いたい。 そもそも拠点の規模からすれば、基地に閉じこもったところで物量の差は決定的なのだ。もしその戦法をとるならば、中央山脈の南から伸びる敵の補給線を断たない限り、こちらの勝ちはない。 と、無い知恵を絞って考えてみた結果の出撃だった。 そうなると今度は、先手を打って敵に被害を与えたい。そこでシュミット等が戦闘の舞台に選んだのが、敵の行動を制限できるリアク山道だった。 ゾイド数機が横に並ぶだけで塞がってしまうような狭い道で、敵よりも規模の小さい自分達にとっては実に有り難い場所なのだ。「やるじゃないか新入り。しっかり着いてきてるな」 考えに没頭していた頭が、隣からの声で現実に引き戻される。 ガナーシートに座るルイーオが、暇そうな顔で話しかけてきていた。戦闘中ではないので、ガナーの彼もそう忙しいわけではない。どうやら暇を持て余しているようだ。「そりゃそうだろう。新入りって言ったって、つい最近まで前線にいたんだ。ブランクだって無いに等しい。腕も鈍っちゃいないって事さ……」「ほぉ……」 ルイーオはモニターで、周囲の機体を確認する。 先行する高速戦闘隊はサーベルタイガー、ヘルキャット。オーロラ・ロックを中核とする打撃部隊はレッドホーン、ハンマーロック、ブラックライモス、ツインホーン、イグアンといったメンツだ。全機が寒冷地用の改造を施されており、機体色も白を基調とした物へと変更されていた。中には山岳戦闘を行うには少々無理がありそうな機体もあるが、それらのゾイドも軽量化、出力の向上等細かい改造を行った特殊な機体だ。「なぁ、シュミット……」 突然ルイーオが、先程までの調子と打って変わって思いつめた様子で切り出した。「確認しとくが、玉砕覚悟とか言わないよな?」 確かに両基地の規模を比べれば、その可能性も考えられなくもない。 しかし、シュミットははっきりとかぶりを振った。「それは違う。オレ達は勝たなければいけないんだ。オレ達が負ければ、それだけ共和国領内の味方への補給戦は危険に晒される。たとえ後ろに控える仲間がいるとしても、負けていい戦いなんてオレ達には無いんだ」「そうか……」 シュミットの決意を聞いたルイーオは、安心したという表情でシートに身をあずける。 彼も彼なりにいろいろ心配していたのだろう。「おいおい、まだ気を抜かないでくれ。本番はまだ始まってもいないぞ」「おっと。安心して忘れるとこだったぜ」 おどけた調子で言って、周辺への警戒に戻るルイーオ。彼のおかげで緊張がほぐれたことは、一度や二度ではない。まったく頼りになる相棒である。(世話をかけるな、本当に……) シュミットはあえて言葉に出さず、胸の内だけで礼を言った。 白い一群は雪原を駆け抜ける―― ・ ・ ・ ・ 山道というにはかなり広いグラン山道は、大型ゾイドでも容易に駐機する事が出来る。ゾイド部隊が夜営するにはもってこいの場所だ。「これが、今回の攻撃計画だ」 グスタフが牽引してきたトレーラー形の簡易ミーティングルームで、明日の戦闘での手順が説明されていた。中はそれなりの広さがあり、戦闘に参加するパイロットや機体を扱う整備士達全員が集められている。「敵の規模はこちらを上回っているが、このリアク山道の地形を上手く利用すれば、こちらの被害を抑えつつ被害を与えられるはずだ」 シュミットの言葉に、他の面々が頷く。特に作戦には異論ないようだ。「それでは、これで終了する。解散」 全ての説明が終わると、面々はシュミットの言葉を最後に、敬礼して退室していった。室内にはシュミットとミレニアだけが残された。「中佐。私達は、勝って、あの基地に帰ることが出来るのでしょうか…」 不意にシュミットの背後から投げかけられた言葉。当然、声の主はミレニアだった。 普段のミレニアらしからぬ弱気な発言に、シュミットは彼女の顔を見つめる。彼女は自分に向けられた瞳をまっすぐ見つめ返し、シュミットの答えを待っていた。「どう……だろうな……」 シュミットはあえて明確な返事を避けた。無責任な約束はしたくなかったし、そもそもシュミット自身にも分からなかったからだ。「オレにだって分からない。神のみぞ知る……だろうな」「そうですよね……すみません、無駄な質問でした。失礼します」 自分の詮無い質問に付き合わせてしまった事を詫び、ミレニアは退出するためにそそくさとドアへ向かった。先程の声と違って普段の彼女の様子に戻っていたが、それが無理矢理繕われた虚勢である事は、どう見ても明らかだった。「まぁ待て。ちょっと話をしようじゃないか」 それを敏感に感じ取ったシュミットは彼女を引き止めると、ミーティングで兵士達が使用していたパイプ椅子の一つを彼女に勧める。戸惑いながらも彼女が腰を下ろすと、シュミット自身も彼女と向かい合う形で椅子に腰掛けた。「戦いが、死ぬのが……怖いか?」「…………」 シュミットの質問に、ミレニアは沈黙をもって答える。「何も気にする事はないさ。死ぬのが怖くない人間なんてのはいない」 彼女の沈黙を肯定と受け取ったシュミットは、ミレニアを気遣うように柔らかい笑みを送りながら言葉を続ける。「現にオレだって、戦いの前は震えるほど怖い。今もな」 苦笑しながら、自分の脚をポンポンと軽く叩いてみせる。「臆病で動けなくなるようでは困るが、その臆病さが無ければ慎重にもなれない。だから、怖いくらいで調度いいのさ」 オレは死ぬのなんか怖くない。そう言い張る人間ほど迫りくる死のプレッシャーに耐えられず、逆に怖がっていた者の方が生きて帰ってくるものだ。ごく稀に、本当に死を恐れない狂った人間もいるが……「戦いが始まれば、怖がっている暇も無くなる」 シュミットは笑いながら立ち上がると、ミレニアを安心させるように彼女の肩を叩く。「そうなってしまえば、もうこっちのもんだ」 話し終えると、彼はそのままミーティングルームのドアへと向かう。後は彼女が自分自身で考えるべきだと思ったのだ。 しかし、彼女はそれを望まなかった。「中佐、待ってください!」 ミレニアは激しく椅子を鳴らして立ち上がると、立ち去ろうとしていたシュミットに歩み寄る。「私は死ぬ事なんか怖くありません! でも、もし中佐が……」 そこまで言ってから彼女はハッと口を閉ざしたが、もう自分の胸から湧き上がってくるものをせき止める事は出来なくなっていた。「中佐が死んでしまったら……私は……」 シュミットも、そこまで言われて彼女の気持ちに気付かないほど鈍感な男ではない。「ミレニア……」 まさか彼女がそんな想いを抱いているなどとつゆほども考えていなかったシュミットは、ただただ呆気にとられて彼女の顔を見つめるしかなかった。 しばし二人の間に流れる沈黙。それを、意を決したミレニアの言葉が破る。「私、中佐の事が――」「シュミット!」 突然の闖入者がミレニアの言葉を吹き飛ばす。「どうしたルイーオ?」 あまり他人に見せたくないようなところを見つかっても、シュミットの口調は冷静そのものだった。一方ミレニアの方はいつもの彼女らしさが完全に消え失せ、見ている者が心配になるくらい動揺している。 ルイーオはミレニアまでいた事に最初驚いた様子だったが、一瞬後には我を取り戻し、口を開いた。「ゼルマースにまた動きがあったぞ」「分かった。司令室へ行こう」 緊張から僅かに表情を強張らせると、シュミットはルイーオを連れ立ってミーティングルームを後にした。 いつもなら真っ先にシュミットに着いていくはずのミレニアなのだが、この時ばかりは呆然と彼が消えたドアを見つめるしかなかった。(中佐……) 私事よりも軍人としての責務の方が重要なのは、ミレニアも重々承知している。しかしこれでは生殺しだ。 落胆のため息をつきながら崩れ落ちるように椅子に身を預ける。全て終わったというのに、心臓の鼓動はまるで雷鳴のようだ。「ミレニア」 緊張の糸が切れて涙までこぼれてきそうだったその時、おもむろにドアが開いて再びシュミットが顔をのぞかせた。「はい?」 慌てて目元をこすりながら返事をするが、かえって泣いていましたと自分から宣言しているようなものだった。 気付いたシュミットは一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに表情を笑みに変え、まるで内緒話でもするかのような声で囁く。「さっきの話は、この戦いが終わってから改めてしよう。ゆっくりな……」 目を点にしたミレニアの前で照れ隠しに頭をかくと、「これで死ぬわけにはいかなくなったろ?」と言い残し、今度こそシュミットは姿を消した。 再び早鐘のような鼓動を刻み始めた胸を押さえ、大きく息を吐く。先程のような胸のわだかまりは消えていた。 ・ ・ ・ ・「ミレニアと二人きりでいったい何を話してたんだ?」 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてルイーオが問いただす。「今度ゆっくり話してやる。早く状況を教えてくれ」 先程とは打って変わった様子のシュミットに気圧され、ルイーオはそれ以上の冗談が続かなかった。シュミットがにやけてもったいぶるようなら、さんざんからかってやろうかと考えていたのだが、とてもそんな雰囲気ではない。(人の上に立つってのは、難儀なもんだな……) 自分には真似できない事だと感じながら、ルイーオは先程受けた報告をシュミットに伝えた。「夜間偵察に出たレドラーが、ついさっき帰還した。恐らく明日の昼前には、向こうの出撃準備も整うだろう」「いよいよか……」 それを聞いたシュミットも表情をさらに引き締める。「ゼルマースからリアク山道まで数時間はかかる。こちらは明朝に出撃して、共和国軍を迎え撃つ態勢を整えよう」 そこまで話したところで、司令室となっているコンテナへと到着した。戦闘指揮所と言ってもいいかもしれない。「相手は準備が整い次第出てくるか?」「たぶんな……。山道の出口にはこのグラン山道くらいの場所がある。リアク山道を突破して夜営するには、時間も丁度いいだろう」 二人は話しながら、コンテナへと足を踏み入れた。「それに……」 シュミットは、先程気象観測班から上がってきた情報を思い返す。「明日の日没辺りから天気が崩れる。相手もそれくらいの事は知っているだろう」「荒れるのか?」 ルイーオもここでの生活は長い。山での悪天候は、時に想像も出来ないような事態を引き起こす。危険な目にあった事も一度や二度ではない。「荒れるだろう。たぶん、かなり強い吹雪になるはずだ」「吹雪……か……」 季節はずれ、と言えばその通りだが、この高地では珍しいと言うほどの事もない。「となると、空からの応援は無しだな」「なぁに。それは向こうも同じだ。同じ条件なら負けはしない。ここいら一帯はこっちの庭みたいなもんだからな」 シュミットやルイーオ、それにこの場にはいないがミレニアも、約五年の歳月をここで過ごしてきたのだ(左遷というわけではない)。それなりの自負だってある。 しかしそれに溺れないのもシュミットの長所だった。その程度の有利で彼が油断する事は無い。「空軍の応援はどうなった?」 ルイーオとの話に区切りをつけると、シュミットは通信オペレーターへと向き直る。「了解の返答がありました。」「よし……」 明後日は無理でも、明日の援護は欲しい。 中央山脈の東側には共和国軍の空軍基地も点在しており、空からの攻撃も十分考えられる。それを危惧したシュミットは、空軍に応援を要請していた。 了解を得られたということは、レドラーやシュトルヒで編成された防空戦闘隊がリアク山道に派遣されるだろう。レドラーなら、対地攻撃用の兵器を搭載したプテラスに遅れをとる事は万が一にも有り得ない。ついでに爆装したシンカーも寄越してくれれば、こちらの負担もだいぶ減るはずだ。「航空支援の第一集団はすぐにグラン山道へ手配してくれ。そこで待機して、地上部隊と同時にリアク山道へ出撃する。それから、ディメトロドン隊を今夜中にリアク山道付近まで前進させるよう連絡してくれ。彼らには悪いがな……」 シュミットはディメトロドン隊のパイロット達の顔を思い浮かべる。 彼らには、出撃した敵の動向や、部隊の規模を探ってもらう。今夜休ませてやれないのは申し訳ないが、少し我慢してもらうしかない。 空軍の応援には、いち早く敵の情報を伝えなければならないのだ。それには彼らの力が必要だった。「分かりました」 シュミットの気遣いに苦笑しながらそう答えると、オペレーターはコンソールに向き直って指を動かし始めた。「そうだ。〔ホワイト・ロック〕はどうした?」 ふと思い出したように付け加えるシュミット。「はぁ。先程の連絡で、進路が雪崩で塞がっているため迂回する。到着は明日の昼近くになるだろう、と……」「そうか……」 会話の意味を掴みかねている様子のルイーオを横目に、シュミットは表情を曇らせる。「とにかく、急かしてくれ。なんとか戦闘開始には間に合うように」「はい」 それからシュミットは、オペレーターに細々とした指示を与えると、何か言いたそうなルイーオを連れて司令室を後にした。 ・ ・ ・ ・「〔ホワイト・ロック〕? あそこに応援を頼んだのか?」 指揮所から出た途端、ルイーオは口を開く。そんな彼に、シュミットは悪戯っぽく笑って見せた。「驚いたか?」 先程見せた指揮官としてのシュミットは影を潜め、普段どおりの彼がそこに立っている。「戦力は、多いに越した事は無いさ」 軽々しく頼める応援というわけでもないだろう。 ルイーオは、自分の相棒にまだまだ知らない面がある事を知らされた思いだった。「明日の朝は早くなるだろう。疲れを残さないように、今日はいい加減に休んでくれよ」 それだけ言い残すと、シュミットは夜闇の向こうに消えていった。ルイーオの記憶が確かなら、その方角にはディメトロドン隊が機体を駐機しているはずだ。(マメなヤツだな……疲れてるのは自分も同じだろうに……) ルイーオは肩をすくめると、足を自分のねぐらへと向けた。 シュミットの言葉が間違いでないのは、ルイーオ自身もよく分かっている。(明日は、派手に雪合戦といこうじゃねぇか!)ルイーオは足元の雪を一握り掴み取ると、かげり一つない星空に向けて思い切り放り投げた。 ・ ・ ・ ・ 翌日の未明。シュミットら帝国軍部隊の予想よりも早く、共和国軍の山岳部隊がゼルマース基地を出撃した。 敵の土俵で勝負するためか、部隊の規模はなかなかのものだ。 大型ゾイドではシールドライガー。そこに山岳戦を得意とするベアファイター、コマンドウルフ、ゴドスやスネークス等の小型ゾイドを加えた機動部隊。ゴジュラスやゴルヘックス、アロザウラーの姿もうかがえる。もちろん全機が寒冷地用の改造を施されており、その面での死角は全く無い。 彼らはゆっくりと、シュミット率いる第38北部方面隊が待ち構える中央山脈帝国軍勢力下に向けて進軍を開始した。 当時第38北部方面隊へ所属していた者全員が隊史上最大の激戦と明言する、『リアク山道の戦い』の始まりである――アイアンコングMk−U量産型全長:19.1m全高:20.8m全幅:13.1m重量:198t最高速度:150km/h出力:6270ps装備:6連装大型ミサイルランチャー×1門 ミサイルポッド(10発用)×1門 長射程対地ミサイル×2門 大型レーザーサーチライト×1基 レーザーライト×1基 赤外線ライト×1基 高機動ブースターパック(単独にて飛行可能)×1基Mk−UはMk−Tのパワーアップ型として機動性と火力の能力アップが行なわれた。しかし量産体制がとれないため、武装が簡略化されたMk−U量産型として任務に着いた。第38北部方面隊機「オーロラ・ロック」仕様冬期寒冷地用に全身を白にカムフラージュし、ヒーター等を強化。冷気による出力の低下を抑えている。外観的にはノーマルタイプと変わる所はない。
どうも初めまして管理人のヒカルであります。小説のほう読ませていただきましたが、真にお上手でありますね!状況説明や登場人物の心情などこと細かく描かれており、なおかつ読むものを飽きさせないような工夫も見受けられました。 いやはや私もうかうかしていられませんな……日々精進とは全くこのことだと改めて思いましたね、はい。 今回は前編ということでまだ続くわけですが、もちろんその時も拝読させていただきます。特に戦闘シーンなどは期待したいです(勝手な期待ですみません……) それではこれからもよろしくお願いします。どうもヒカルでした〜
え〜とただ良いという感想だけでは小説の向上の役には立たないので、ここは私が感じた個人的なご指摘をちょっとしたいと思います。 私が感じたのが、ちょっと説明部分が長いということです。あれ? さっきは状況説明など細かくてお上手!って言ったじゃないかと突っ込まれそうですが、これはちょっと訳が違うのです。たしかに踏み出す右足さんの説明の仕方はお上手です。しかしこれを一番最初でやるのはやはり頂けません。恐らく踏み出す右足さんは、激戦前のそれぞれの思い、みたいな感じのを書きたかったんだと思います。たしかにそれは臨場感を上げ効果的でありますが、それは遣うタイミングというものがあります。私はゾイドが好きなのでこういった感じでも読めますが、他の方には読んでいくうちに「う〜ん、なんか詳しいんだけどちょっと面白味に欠けるな〜」と微妙な印象を与えてしまう可能性があります。 やはり最初は何か場を盛り上げるようなもの、一番手っ取り早いかつ効果的なのは戦闘シーンですが、そのようにしてからのほうがもっと読者も負担なく読めます。 なので途中偵察部隊とのちょっとした戦闘など入れると良かったかもしれません。 ただしこれは人それぞれ受け取る印象なので、無理に今から内容を変える必要はありません。しかしこれからは気をつけたほうがいいという、忠告みたいなものと受け取ってもらえばいいと思います。 それでは少々長々となってしまいましたが、これにて……またのご来訪お待ちしております。
第38北部方面隊。 この部隊に所属していた者が語る最大の激戦。それは、その者が配属されていた年代により、大きく二つの意見に分けられる。 中央大陸戦争開戦時から、ZAC2039年。つまり、ゼネバス=ムーロア皇帝が暗黒大陸に脱出するまでの数年間。 その当時の隊員達の意見は、もはや言わずもがなであろう。 ブラッドロック戦役である。 この中央山脈、ホワイトロックを舞台にした数年間にも及ぶ激戦では、帝国軍、共和国軍、共に多くの血が流された。 彼ら第38北部方面隊にも、開発されたばかりのアイアンコングが配備され、この戦闘に参加した。ホワイトロックを染めた紅には、彼らの血も含まれているのだ。 部隊はブラッドロック戦役での帝国軍敗北と共に、中央山脈から撤退する事となる。 そして、ZAC2041年。ゼネバス皇帝帰還の後、再び第38北部方面隊は中央山脈へと配備された。 新たな隊長は、当時少佐だったシュミット=メイクライン中佐である。 この、新生第38北部方面隊の面々が体験した最大の激戦が、リアク山道の戦いだった。 ・ ・ ・ ・ リアク山道。様々な地形が混在する中央山脈にあって、この道は両側をそり立つ崖に挟まれた谷底の一本道となっていた。その崖は北へ行くほど低くなっており、山道の終わりで平地へと繋がる。つまり谷の上に登るには、北側から進入するしか方法が無い地形なのだ。 ゾイドを横に並べれば中型なら五体、大型ともなれば三体が限界という程度の幅しかなく、当然行動は制限される。 帝国軍が攻撃を仕掛けるにはもってこいの場所で、ここをいかに少ない損害で突破するかが共和国軍の最初の課題となっていた。もちろんここを通らないのが一番手っ取り早いのだが、それを許さないのが中央山脈の険しい地形である。 ゼルマース基地を出発した共和国部隊は、数時間でリアク山道に到達した。 そのままためらい無く、山道へと進入する。この戦いにくい場所を一気に突破して、一刻も早く対等に戦える場所へ入り込む必要があるからだ。 しかし――「もう一歩、遅かったな……」 シュミット指揮のオーロラ・ロック隊は既に谷の上に陣取り、山道の出口へ迫る共和国軍部隊を射程におさめていた。 共和国軍の出撃は彼らの予想より早かったのだが、ゼルマースとグラン山道を結ぶラインに配置されたディメトロドン偵察隊がいち早く共和国軍の動きを捉え、グラン山道の本隊へと伝えたのだ。おかげでシュミットらは、なんとか共和国軍に先んじてリアク山道に部隊を配置することができた。「撃て!」 シュミットの口から発せられる命令。コング部隊がミサイルを一斉に発射する。 頭上からの突然の攻撃。敵は予想していたのか、即座に反応して迎撃を開始した。 しかし、そこは距離が距離である。数発が敵の攻撃で撃ち落とされたが、ミサイルの雨はその大部分が共和国部隊へ到達した。 至るところで巻き起こる爆発。不運にも直撃を受けたベアファイターやゴルヘックスが、爆風と共にバラバラになって吹き飛ぶ。中には谷の斜面に命中するものもあり、崩落した土砂は逃げ場の無い共和国部隊を更に追い込んだ。「来たぞ! お客さんだ……」 ルイーオの言葉に、シュミットは状況を確認する。 敵地上部隊の護衛だろうか。数機のダブルソーダが浮上し、こちらに向かってきた。サイカーチス撃墜に主眼を置いた通常機ではなく、対地上戦闘を想定した改造機だ。「サイカーチスとハンマーロックの半分を迎撃に出せ。レッドホーン隊も攻撃を開始しろ」 シュミットの指示に、各機が動き出した。 サイカーチスのビーム砲とハンマーロックの誘導対空ミサイルが、接近するダブルソーダに攻撃を加える。回避の遅れた数機が一瞬でスクラップと化した。 続いて、山道の出口に控えていたレッドホーンやブラックライモスを中心にした部隊が、山道の敵本隊に突撃する。 先頭に並んだレッドホーン三機が、首もとに装備された突撃ビーム砲や背中の三連電磁突撃砲を乱射しながら地響きを立てて疾走。反撃する共和国部隊だったが、このレッドホーンは今回の戦闘のために前面装甲を極限まで強化した改造機だ。分厚い装甲が敵の攻撃を弾き、ついに一機の角が敵部隊の先頭にいたベアファイターの装甲を突き破った。 味方パイロットの様々な声を垂れ流す通信スピーカーから、シュミットはコング突撃のタイミングを測る。 と、そこに、敵の高速ゾイド、シールドライガーやコマンドウルフが、着弾跡や起伏を足がかりに谷の斜面を駆け上がり、コング隊に接近戦を挑んできた。「私に続け!」 高速戦闘隊の指揮を執るミレニアの鋭い指示がとぶ。同時に、コングの後方に控えていたサーベルタイガーやヘルキャットが飛び出した。 あっと言う間に高速ゾイド同士の激しい戦闘がシュミットの眼前で展開される。 一機として動きを止めない。否、止められないだけだ。 コマンドウルフを狙うヘルキャットが、別のコマンドウルフによる背後からの攻撃で簡単に雪原に沈む。そのコマンドウルフも別の相手に仕掛ける前に、ミレニアのサーベルタイガーによって撃破された。 攻撃が隙を生み、その隙につけこんだ者が更に隙をつかれる。 パイロットの油断を許さない極限状態での循環が、おもしろいように技術の低いパイロットをふるいにかけていった。「前進しろ。一気にたたみかける」 歩を踏み出すコング部隊。「背中がガラ空きだ!」 ルイーオの狙いすましたミサイルが、背を向けたシールドライガーを撃破する。 直後、前進する彼等に向けて、高速戦闘隊の攻撃をすり抜けた四機のシールドが突撃してきた。 ノーマル機を上回るスピード。シールドライガー寒冷地仕様機の特殊機体だ。 装着された大型ブースターが雪原での行動を補助し、一気に距離を詰めてくる。「来るぞ!」 シールドの前に立ち塞がるイグアンやハンマーロック。 そこへ、シールドの機体下部に装備された強力な火炎放射器から、オレンジ色のラインが伸びた。一瞬で炎に包まれる帝国小型ゾイド。 よほどの長時間炎にさらされない限り装甲への不安はないが、各種センサーやパイロットはそうもいかない。 一機のイグアンが、満足に回避行動もとれずに胴体を撃ち抜かれ、ぽっかりと開いた風穴と共に倒れ伏す。何とか敵に狙いをつけようとしたハンマーロックも、シールドに組み伏せられてその胸に牙を突き立てられた。 隙の多い格闘戦。ここぞとばかりに、周囲のコングが高威力の火器を叩き込む。「……速いな」 シールドライガーはその攻撃を読みきり、瞬時にその場を離れた。パイロットの技術も高いようだ。「一対一で止めろ。残りは本隊に急げ」 シュミットの指示で、四機のコングがマンツーマンでシールドに対応する。「おさえろよ! 味方をこれ以上落とさせるな!」 ルイーオも彼の隣で仲間に檄をとばす。 彼らのコングも、一機のシールドと向き合っていた。先程から見せている動きで、相手が並以上の腕前を持っていることは二人とも察していた。 しばし睨み合う二機。 先に仕掛けたのはコングだった。背中に背負ったブースター全開で強引に距離を詰める。 運動性能の高いMk−Uならシールドのスピードもそう怖くはない。捕まえてしまえば、パワーで勝るこちらのものだ。 直線的な突撃を紙一重のステップでコングの右手側に回り込んでかわし、シールドは即座に反撃に移ろうとする。「ここだ!」 コングの長い腕が、すれ違いざまにシールドの前足を掴んだ。当然シールドはガクッと体勢を崩し、巨体のスピードとパワーに成す術も無く引きずられる。 大地を揺るがさんばかりの強烈な気合の咆哮と共に、コングは体の流れにまかせて腕のシールドライガーを振り回し、渾身の力で地面に叩きつけた。純白に染まった地面が揺れる。雪崩でも起こりそうな衝撃だった。 重量がコングの半分ほどしかないシールドは、圧倒的なパワーの差にされるがままだ。 叩きつけられた衝撃で、握られていた足が肩から弾け飛ぶ。そのままゴロゴロと二、三回転がり、やがて雪塗れになって止まった。「シュミット! 止めだ!」「分かってる!」 ルイーオの声に押されるように、シュミットはコングを飛び掛からせた。「っ!」 コングの全重量を乗せた拳が、シールドライガーの首元に振り下ろされる。 嫌な音をたてて、コングの拳がシールドライガーの鬣を砕き、そこに守られた首へとめり込んだ。シールドが苦悶に呻く。 コングが拳を引くと、黄色やオレンジの火花が散り、シールドの首が頭部の重量を支えきれずに完全にへし折れた。さすがにもう動くことは無いだろう。「他は?」「心配ない。今終わった」 ルイーオの言うとおり、最後のシールドライガーが炎の中に消えたところだった。 このシールドの寒冷地仕様は、火炎放射器の燃料タンクを背中に背負っている。スピードでカバーしているものの、それは弱点に他ならない。 コングが機動力を活かしてシールドの動きを止め、その背後からハンマーロックやイグアンがタンクを狙い撃つ。その作戦が功を奏し、四機のシールドライガーは全て撃破された。 しかし一方では、ミレニアの隊が未だ敵高速部隊の本隊と戦闘を続けている。「コングは高速戦闘隊を援護しろ。イグアンとハンマーロックは山道の援護も忘れるな。半分はそっちにまわせ」 早急なサポートが彼らの命運を分ける。そう感じたシュミットは指示を出した。 共和国軍の高速戦闘隊に突撃するハンマーロック、イグアン、そしてアイアンコング。この加勢によって、谷の上の戦いは帝国側へと傾き始めた。さすがに先程までと同じようにはいかず、徐々に数を減らしていく共和国部隊。しかし戦意を喪失する事無く、なおも戦闘を続ける。 確かに谷下に下りたところで、機動力を発揮できない高速ゾイドは盾にもならないのだが、それでもシュミットは嫌な予感を払拭することができなかった。(まるで何かを待っているようだ……) ・ ・ ・ ・ 高速戦闘隊を率い、共和国の高速ゾイド部隊を相手取るミレニアは、苦しい戦いを強いられていた。 シールドライガー、コマンドウルフ。この二種類の機体と、帝国軍の高速戦闘隊を構成するサーベルタイガー、ヘルキャットとの性能差が、そのまま両軍の高速戦闘隊の戦力差だった。 谷の上に上がってきた敵の数はサーベルやヘルキャットの総数に及ばなかったのだが、そんな数の優位を跳ね返し、今では共和国側が優勢となっていた。 決して広いとは言えない谷の上、それも崖の淵を駆け回る両軍のゾイド。ミレニアの動きは抜きんでて優れているが、それも共和国側の勢いを止めるところまでは達していない。 劣勢ともいえる状況。しかしミレニアの心に、そこからくる焦りのようなものは皆無だった。 自分でも信じられないくらいに冷静な心。昨夜の出来事を思えば、それはありえないと言っても過言ではなかった。 ――明日死ぬかもしれない そう思ったからこそ、彼女は決戦の前夜、長年胸に秘めてきた想いを愛する者に打ち明けた。 それこそ、昨夜は眠れないのではないかとも思ったが、胸のつかえがとれたせいか、驚くほどぐっすりと眠ることが出来た。精神、身体、共に万全の状態である。 恐らく、自分の中で何かが吹っ切れたのだろうと思う。(中佐の……おかげかしら……ね……) ミレニアは微笑しながら、愛機のサーベルを操る。 お世辞にも、戦闘に関係があるとは言えない事柄に思いを馳せながら、彼女の操縦にはいささかの淀みも無かった。彼女の目の前で、味方の攻撃の余波で体勢を崩したコマンドを、強靭な前脚で雪原に叩き伏せる。 押さえ込まれながらも、なおも諦めるということをせず、暴れるコマンド。ミレニアのサーベルを跳ね除けようと、遮二無二脚を振り回す。「観念しなさい」 非情に言い放ち、ミレニアはサーベルの爪を二度、三度と閃かせた。コマンドの四肢が、その根元からへし折られ、千切れ飛んでいく。 自分の眼前にて展開される、そんな光景を見つめながら、彼女は昨夜のシュミットの言葉を思い起こす。 ――さっきの話は、この戦いが終わってから改めてしよう。ゆっくりな……(死ぬわけには、いかない!) シュミットから答えを得るまで、彼女は**(確認後掲載)ない。彼も死なせない。 執念にも似た光が、新たな獲物を求めて戦場を睨むミレニアの瞳に宿っていた。 ・ ・ ・ ・ 谷底の山道では、レッドホーンを中心とした帝国部隊と共和国ゼルマース部隊の本隊が激しい戦闘を繰り広げていた。山道の狭さに共和国側は数の有利を活かせず、まさに一進一退の展開を繰り広げている。 レッドホーン、ブラックライモス、ツインホーン。これら優れた突撃ゾイドを動員した帝国側は、機動力を重視して部隊の大半を占める共和国側の小型ゾイドを次々と蹴散らし、予想以上の戦果を上げている。山岳戦闘の主力、シールドライガーの戦力を期待できない共和国軍は、ベアファイターやそう多数は配備されていないゾイドゴジュラスを前面に押し立てると共に、そのゴジュラスのMk−Uやカノントータスによる支援砲撃でなんとか応戦していた。 レッドホーンの突進を正面から受け止めるゴジュラス。そのまま下から首を掴んで持ち上げるが、途端に他の機体から集中砲火を受けて放してしまう。 レッドホーンとの対決では無敵と言われるゴジュラスも、複数機からの集中攻撃で一機、また一機と倒れていった。レッドホーンにももちろん損害が出るが、互いのコンビネーションで巧みに一対複数の状況を作り出し、被害を最小限に抑えている。 そしてその足元で繰り広げられるライモスとベアファイターの格闘戦。小型ゾイドとしては破格のパワーを有する二機は、戦闘もパワフルだ。 お互い重装甲で砲撃を捻じ伏せ、接近戦に雪崩れ込む。激突するドリルとクロー。 性能がほぼ互角な両者の対決だけに、先に自分の有利な状況に持ち込んだ方が敵を撃破していく。 ライモスの突進を受け止めて動きを止めたベアファイターが、また一機、別のライモスの発射した電磁砲を受けた。いかに重装甲の両者とはいえ、互いの主砲の直撃を受けて無事には済まない。このベアファイターも吹き飛び、無残な骸を周囲に晒す事となった。 機獣の咆哮が谷にこだまし、それがまた砲声に掻き消される。この激しい戦闘にも、やがて変化が見え始めた。 拮抗していた状況が、徐々に数で勝る共和国側に傾き始めたのだ。じりじりと後退する帝国軍。 シュミットの指示を受けたイグアンやハンマーロックが谷の上から攻撃を開始したのは調度そんなタイミングだった。敵の高速部隊やダブルソーダからの攻撃を振り切った機体が、谷底の共和国部隊へ各々の武器を撃ち下ろす。 突然の砲火の雨に、数機の小型ゾイドが立て続けに爆発した。即座に後続の部隊が谷の上へ砲口を向けるが、張り出した崖が障害となってうまく敵だけを狙えない。むやみに撃てば崩落の危険もある。 歯噛みする共和国軍をよそに、帝国軍は攻撃の手をいっそう激しくしていった。機に乗じたレッドホーンの突撃の効果もあり、押されていた帝国軍は再び持ち直す。 ――押し切れるのではないか? 帝国軍の誰もが、そんな儚い希望を思い浮かべた。 谷の上の決着がつき、残りのゾイドも谷下の共和国ゾイドを攻撃することができたなら、或いはそんな事態が起こりえたかもしれない。 ――かもしれない つまり、そうはならなかったのだ。 ・ ・ ・ ・『レーダーに反応あり。サラマンダー、プテラスの爆撃部隊と推定……』 各所に配置したディメトロドンから、そんな報告がシュミットに送られた。 ちょうどコマンドウルフを叩き伏せたところだったシュミットは、慌てて空を仰ぎ見る。 折しも、真っ青な空を背景に悠々と飛行する爆撃部隊の姿が肉眼で確認できるようになったところだった。そして、その影は見る見るうちに大きくなっていく。「回避!」 サラマンダーを先端、三機のプテラスを後尾に配置した美しいダイアモンドが三つ。三角形の形で飛行している。 そしてその飛行ゾイド計十二機は、ある程度まで接近したところで一気に降下してきた。 翼の脇に抱え込んだ爆弾が、シュミット率いる帝国軍部隊に向けて投下される。 あちこちに着弾したそれらは、ライモスやハンマーロックを巻き込んで炸裂し、数機を木っ端微塵に破壊した。「対空攻撃! 撃ち落とせ!」 シュミットの指示で対空兵器を装備した機体が上空のプテラスやサラマンダーに狙いを定めるが、その隙を地上部隊が狙い撃つ。 苦し紛れに発射されたビーム砲やミサイルも、プテラス一機を撃墜するだけにとどまった。そもそも小型ゾイドの対空ミサイルでは、サラマンダーを落とすには力不足だろう。「やばいぜシュミット!」「分かってる! レドラー隊は出撃! 地上部隊を援護しろ!」 命令一下、山道出口の平地で待機していた航空支援のレドラー・シュトルヒ隊が一斉に離陸した。VTOL機能を搭載している機体だからこそできる芸当だ。離陸前に敵の爆撃部隊の攻撃に晒される可能性があったのだが、何とか全機無事に離陸したようだ。たちまちの内に、両側を崖に挟まれた山道の狭い空いっぱいに、派手な空中戦が展開される。 爆装したプテラスはレドラーに手も足もでない。レドラーとの戦闘ではなく地上への攻撃に集中しているようだが、爆撃コースに入る前にレドラーに捕捉され、次々に翼を失って大地へ飛びついていった。 だがその一方で、空飛ぶ要塞ともいえるサラマンダーは一筋縄ではいかなかった。 もともと速度ではプテラスと大差ない――むしろ最高速度ではサラマンダーの方がプテラスより若干遅い――のだが、この状況でそれはたいした意味を持たない。 なにぶんこの地形である。音速を超える速度で爆撃などしていては、狙いも満足に定まらないだろう。 対空装備も豊富なサラマンダーは、翼に装備された二連対空レーザー砲や小口径レーザー砲を巧みに使い、レドラーやシュトルヒの接近を許さない。 通常装備で飛び道具を持たないレドラーでは、接近しない以上、サラマンダーほどの大型機を落とす術はないのだ。 三機のサラマンダーは悠然と飛行しながら、谷底の帝国軍部隊に背中の連装ミサイルを発射する。撃ち出されたミサイルは帝国軍ゾイドの発する熱を正確に捉え、地上に殺到した。 直接戦闘に参加していない――山道は細いため、敵と戦えるのは全体のほんの一部でしかない――後続の部隊は、次々に飛来する六発のミサイルに、迎撃可能な火器で応射する。 撃ち落されたミサイルは二発。四発は目標に直撃し、その内部に装填された火薬を炸裂させた。 サイズではアイアンコングの六連ミサイルに匹敵する大型ミサイルだ。直撃したゾイドは木っ端微塵になって崖に叩きつけられる。唯一、大型ゾイドであるレッドホーンだけは一発で沈むことはなく、なおも踏みとどまって砲撃による援護を続けた。『バードミサイル、発射!』 その命令はスピーカーを通し、シュミットやルイーオの耳にもとどいた。瞬間、三つの巨大な影に向けて、それを取り巻く小さな影の一部から白煙のラインが伸びる。 シュトルヒ自慢のバードミサイルはまるでサラマンダーの動きをトレースするように接近し、そのボディに見事命中した。複数のバードミサイルに直撃を受けては、いかにアイアンウィングといえども耐えられるものではない。一機は片翼を失って崖の斜面と、そして一機はバランスを崩して山肌と。それぞれ激しい接触となった。 何とか墜落を免れた一機は慌てて高度を上げ、失った安定を取り戻す。それでも命中した場所からは黒煙が吹き上げ、長時間の飛行が不可能なのは誰の目にも明らかだ。 生き残ったサラマンダーは未練がましく上空を旋回していたが、やがて諦めたのかもと来た方角へと引き上げていった。「一段落か……」 離れていくレーダーの光点と上空の影を見比べながら、ルイーオがポツリと呟いた。彼らも谷の上に上がってきたシールドやコマンド、ダブルソーダをあらかた片付け、ひとまず安全を確保したところだった。「あぁ……。これで下もいくらか……」『敵の航空支援。第二波、接近!』 シュミットの言葉を遮ったのは、ディメトロドン隊からの通信だった。 どうやら共和国軍は、この戦闘にどうしても勝ちたいらしい。空に浮かんだ影には、再び大小があった。第二波にもサラマンダーが組み込まれている。 一方帝国軍はといえば、シュトルヒがバードミサイルを撃ち尽くしてしまったため、確実に戦力の低下が見られる。プテラスへの対処は問題ないだろうが、サラマンダーを落とすためには、少々無茶をしなければならないかもしれない。「部隊を後退させよう。山道から脱出する」 シュミットは決断を下した。 ここで迷っては、部隊が壊滅する危険もある。「いいのか? 共和国軍も山道を抜けることになるぞ?」 ルイーオが確認するが、最早シュミットらに選択肢は残されていない。このまま兵を無駄死にさせるわけにはいかないからだ。「仕方ないだろう。全隊は山道出口まで後退。空からの攻撃に備えろ」 シュミットの命令で、山道にひしめいていた二つの白い波が、一方にゆっくりと移動を開始した。帝国軍部隊が後退することによって、共和国軍が前進しているのだ。 それに前後し、上空のレドラー・シュトルヒ隊は現れた再び接近してきた空の脅威を防ぐため、地上部隊とは逆の方向に飛び去っていった。 ・ ・ ・ ・ 十数分後。レドラーら防空戦隊の善戦虚しく、共和国軍の爆撃隊は未だ山道を脱出できない帝国軍部隊への爆撃に成功した。 どうも数機のプテラスが爆弾を廃棄し、決死の足止めを行ったらしい。サラマンダーは三機全てが防空部隊を振り切り、その巨大な影を山道に落としていた。「間に合わなかったか……」 シュミットは唇を噛む。 谷底への爆撃は崖の崩落を恐れて頻度が低いものの、こちらも動けないのではどうしようもない。回避行動がとれる平地部分に移動しなければ、ろくに反撃もできないうちに全滅してしまう。(それにしても、早く来てくれ……) 〔ホワイト・ロック〕は未だ到着しない。彼等さえ加勢してくれれば、空の脅威も物の数ではないのだが…… 苛烈な攻撃に晒されながら、帝国軍は山道出口に向けてじりじりと後退を続ける。比較的自由に動ける谷上の部隊は、空からの攻撃を回避しつつも、谷底の味方部隊援護のため、敵の地上、空中両部隊への牽制に全力を傾倒した。 シュミット達のオーロラ・ロックも必死に攻撃をくわえるが、いかんせんコングの装備弾数はそう多いわけではない。既に弾が残っているのは左肩のミサイルポッドだけだ。 数十分後に突撃隊がやっとのことで山道を脱出した時には、大半のコングがミサイルを使い切っていた。「シュミット、もう限界だぞ! こいつも弾がきれる!」 ルイーオの悲鳴。 味方の被害と共に敵の被害も確実に増加していたが、最大の脅威である空からの攻撃を抑える事ができない。 レドラーやシュトルヒも頑張っているようだが、サラマンダーの撃墜には相当てこずっている様子だ。「まずいな……」 さすがにこれ以上の被害は部隊の致命傷になりかねない。行動の容易な平地に場所を移したとしても、陸戦ゾイドの三倍といわれる飛行ゾイドの戦闘力は健在だ。第三波、四波と続けられれば、さすがに防ぎきれない。 さらに、山道を抜けた共和国本隊が本格的な攻勢に移れば、せっかく真正面からの激突を避けて温存してきた戦力も数時間で全滅してしまうだろう。 右往左往する地上部隊へ向け、満載した地上攻撃用兵器を再度発射しようと急降下するサラマンダー。 それが攻撃を目前に、高出力のビームに翼の付け根を撃ち抜かれ、きりもみ状態で雪原に激突した。同様に攻撃態勢に入っていたプテラス二機も、続けざまに同じビームでボディを撃ち抜かれ、爆炎に包まれる。「…………!」 驚く帝国軍を余所に、続いて飛来した大型ミサイルが、別のサラマンダーを一発で撃墜した。更にもう一機が撃墜され、短時間で空の脅威が激減する。(来た……!) 機首をめぐらせ、攻撃を敢行した機体を確認するシュミット機。 オーロラ・ロックと同じく、小山のような機体を真っ白に塗装したアイアンコングが、右腕の得物を上空に向けてそこに立っていた。 それもただのコングではない。大型ビームランチャー、高高度対空ミサイルなどの強力兵器を搭載したアイアンコングMk−Uの限定型。そのコング限定型の冬期寒冷地仕様。 第21北部方面隊が使用する、通称〔ホワイト・ロック〕と呼ばれるもう一つの〔白い悪魔〕だ。それが六機、後ろにはサーベルやライモス等の山岳戦ゾイドも引き連れている。『遅れてすまんな、シュミット。今到着した』 そのホワイト・ロックのパイロットから、そんな通信が入った。「大佐!」 聞き慣れたその声に、シュミットは思わず歓声を上げてしまう。待ちに待った援軍が遂に到着したのだ。『悪いが話は後だ。早く後退しろ』 言うが早いか、援軍のゾイドが次々と共和国地上部隊に攻撃を開始する。大佐と呼ばれた人物が搭乗するコングも、その足を踏み出した。 敵の航空戦力はホワイト・ロックの強力な対空兵器の前に沈黙し、最早たいした戦果は見込めない。第三波が接近中という通信がシュミットに入っているが、援軍のお陰で何とか凌ぎきることができるだろう。 彼らの活躍で、共和国軍の動きが止まった。そしてその隙を逃さず、山道に残っている第38北部方面隊の面々が出来る限りのスピードで後退し、次々と山道から脱出していく。「よし、損傷の激しい機体は後退しろ。まだ戦闘が可能な機体は、援軍と協力して敵の足止めを行え」 指示を出したシュミット本人も、オーロラ・ロックを敵へと向ける。しかし……『オーロラ・ロックも後退しろ。いくらコングとはいえ、弾切れでは話にならんだろう』 そんな指示を出しながら、六機のホワイト・ロックが目の前を駆け抜けていく。「大佐!」 咄嗟に呼び止めるシュミットだったが、そんなもので立ち止まるはずもない。 ホワイト・ロックは立ち尽くすオーロラ・ロックからみるみる離れていった。「どうすんだ、シュミット?」 隣からルイーオが問いかけてくるが、シュミットの解答は一つしかなかった。「シュミットから各部隊長へ。各自は、戦闘可能な機体を除いた指揮下の部隊を率い、ただちに戦場を離脱しろ。残留機は第21北部方面隊の指揮下に入り、引き続き敵の足止めを行え」 つまり、部隊長は戦闘可能の如何に関わらず、必ず戦場を離脱せよということだ。 さらにシュミットは先行しているディメトロドン隊にも引き上げを命じると、再び機体を山道へと向けた。「オーロラ・ロックは私にかまわず、全機後退。メビウス中尉の指揮下に入れ」 驚いたのはルイーオだ。彼はてっきり――というか当然――、シュミットも後退するものだとばかり思っていた。「おい! こんな機体でいったい何しようってんだ!」 通信スピーカーからも、シュミットの行動を問い質す声がいくつか聞き取れた。 ルイーオには、悲痛なミレニアの声も聞こえた気がした。だが、当のシュミットはまるで意に介さず、オーロラ・ロックの歩を進めている。 彼の脳裏には、この一ヶ月見続けた悪夢の断片がフラッシュバックしていた。 自分の目のとどかない所で決着がつくことへの恐怖。 彼を突き動かしているのはそんな感情だった。たとえ何ができなくても、自分の目でことの行方を見極めたかったのである。「自分の知らないところで、大切な仲間が死んでいく。あの時のようなことは、もう嫌だ」 ゼルマース陥落のショックは、シュミット自身が考えているよりもずっと深い傷となって、彼の心に残っていた。「……分かったよ」 ルイーオは何か言いたげな表情を浮かべたが、その言葉を飲み込んで理解を示した。 彼にしても、自分が今、相棒を止めなければいけないことは分かっている。 しかし、シュミットの苦悩を知っているルイーオには、それはできない相談だった。 後退する味方の流れに逆らい、隊長機であるオーロラ・ロックは黙々とその歩を進めた。 ・ ・ ・ ・「中佐!」 サーベルのコクピットで、ミレニアは悲痛な叫びを上げていた。 後退を指示したシュミットのオーロラ・ロックが、その言葉とは裏腹の行動をとるのを目にしたからだ。 一瞬ではあったが、オーロラ・ロックの状態を確認することは出来た。 純白のボディには至る所に被弾によるダメージが刻まれ、とても無事とは言えない。背部の対地ミサイル、右肩の六連ミサイルランチャー。いずれもその姿を消している。 コングへの搭乗経験が無いミレニアにも、彼の機体が弾切れ寸前であることは容易に想像できた。(あの人だけを行かせるわけには……) 考えた時には、既に体が動いていた。 サーベルを回頭し、シュミットの後を追う。『中尉!』 先程の彼女と同じような悲鳴を、今度は彼女の部下が上げる。「隊を頼む。私は中佐を援護する」 声の主が己の副官だと気付くと、ミレニアはそう指示を与え、くれぐれも自分の後を追わないよう厳命した。頼れる者達なのは確かだが、自分の身勝手に部下まで付き合わせるわけにはいかない。「中佐! 無茶はしないでください!」 その声がシュミットの耳にとどいていないであろうことを、ミレニアは想像していた。 自分の知らない所で死んでいく仲間達。 彼女もそれを嫌い、今こうしてサーベルを走らせている。もうこれ以上、通信に耳を傾けている余裕は無い。もし、同じ戦場にいながら、自分があずかり知らぬ場所でシュミットに死なれては――(そんな事、絶対に……!) 鬼気迫る表情で、ミレニアは白い指がさらに白くなるほど、愛機の操縦桿を握り締めていた。アイアンコングMk−U限定型全長:19.1m全高:20.8m全幅:13.1m重量:209t最高速度:150km/h出力:6270ps装備:大型ビームランチャー×1門 ミサイルポッド(10発用)×1門 ミサイルポッド(4発用)×1門 連装電磁砲×1門 高高度対空ミサイル×2門 長射程対地ミサイル×2門 大型レーザーサーチライト×1基 レーザーライト×1基 赤外線ライト×1基 高機動ブースターパッック(単独にて飛行可能)×1基従来のMk−Iは機動性と火力について、当初より問題視されていた。敵の反撃が激しくなったためそれがついに表面化し、新型の開発に着手したのであったが、この様な時に再設計の時間はなく、MK−Iのパワーアップ案におちついたのであった。第21北部方面隊機「ホワイト・ロック」仕様冬季寒冷地用に全身を白にカムフラージュし、ヒーターなどを強化。冷気による出力の低下を抑えている。外観的にはノーマルタイプと変わる所はない。
どうも管理人のヒカルです。ええと、なんだかあまり言うことがないような気がします。予想以上の戦闘シーンの上手さに舌を巻いているところです。 まあ唯一言うことといえば、所々「?」や「!」の後ろが1マス空いていなかったことでしょうか。それ以外はほんとお上手で文句のつけようがありません。 ただこれではあまりにも短すぎるので私からちょっとしたアドバイスのようなことを。 戦闘シーンのことなんですが、私が見る限りこの「リアク山道の戦い」全般を描写しているようですね。シュミットに限らず、イグアンやベアファイターなどあまりメインでないゾイドの戦闘シーンも細かに描かれていたことからそれが窺えます。 しかし! しかしですよ。もしそれがシュミットの視点からのものでしたら、果たしてそこまでちょろちょろ目を行き届かせるでしょうか。ここで問題とされるのはその時、誰が視点であるかということです。 小説の書き方でも説明しましたが、神様のような全能者の視点ならば、そこから見えない場所でも描写することが可能です。ですが視点が特定の人物に移った場合、その描写できる範囲は限定されます。そして戦闘シーンの場合これをミスると読者がかなり混乱することになること必須です。 私が戦闘シーンを書く場合は、何か1人(1体)に主点を置き、それから色々と広げていきます。なぜならそのほうがリアルさが出てくると思うからです。 全体像を描写するとなると、よほどの技量の持ち主でない限りどこか描写が希薄になり、また視点がごちゃごちゃになる可能性が高くなります。ちょっと例を上げると「分かってる! レドラー隊は出撃! 地上部隊を援護しろ!」 命令一下、山道出口の平地で待機していた航空支援のレドラー・シュトルヒ隊が一斉に離陸した。VTOL機能を搭載している機体だからこそできる芸当だ。離陸前に敵の爆撃部隊の攻撃に晒される可能性があったのだが、何とか全機無事に離陸したようだ。ここでですが、シュミットの命令でレドラー隊は発進したわけですが、最後「〜ようだ」と言っていますね。てことはこれは誰かの視点から描いたものということになります。しかし「一斉に離陸した」という向こう側の描写が出ちゃってるわけです。踏み出す右足さんはどのようなつもりで書いたかは分かりませんが、少なくとも私にはそう映りました。 もしここを描写したいならば、悠々と飛来してくるレドラーを登場させればいいのです。そうすれば「〜ようだ」という描写もなんのおかしいところなく使うことができます。 それと、先ほども言いましたがやはり戦闘シーンは何かに焦点を絞った方がいいと思います。小説は漫画と違いますから一つ一つ文字で表現せざる終えません。なのであっちでこういった戦闘が、こっちではこういった戦闘というのは無難なところがあるのです。(読者側から見ても) もしこのまま全体を主体とした戦いを描きたいのであれば、何も文句はいいません。ただ、リアルさというのを追求したいのであれば、こういった方法もあるということだけ頭の中に留めていただけると幸いです。それではこれからもご投稿のほうお待ちしております。
彼らの機体が再び山道の入り口にやって来た時は、陣取った帝国軍部隊が敵を山道から出すまいと激しい攻撃を加えていた。 帝国軍が後退した際に共和国軍の一部が山道を突破し、後続の部隊を援護しているのだ。 これ以上敵を山道から出さないために、援軍に現れたホワイト・ロック以下、戦闘可能な帝国軍ゾイドは畳み掛けるように攻撃を行う。 しかし、当然彼らも必死でそれに応戦し、仲間の山道脱出を援護していた。 彼らの恩恵を受け、また新たな一群が山道を突破する。その白い波の中に二つだけ、寒冷地迷彩を施されていない灰色の影があった。 高山地帯特有の強烈な日光に二本の湾曲した角を輝かせ、パールホワイトの雪原をこれまた輝く四つの蹄で踏みしめる。コクピットは頭部にあるのだろうが、共和国ゾイドの特徴ともいえるキャノピー式ではなく、装甲式の頑丈な物となっている。その姿はどちらかといえば、帝国軍ゾイドの印象に近い。 そして何より目を引くのが、小山のように盛り上がった肩に装備された多数の砲だ。その数、実に十七門。 灰色の機体色や二機という数から推して、実戦テストを行う調整中の試作機ということが考えられた。 ・ ・ ・ ・「何だありゃ!?」 ルイーオの驚きの声は、そのままシュミットのセリフだった。『新型……』 通信スピーカーもそんな声を拾い上げる。皆一瞬、初めて見る敵に目を奪われた。 その一瞬で、敵は一気に攻勢に出る。 計三十四門もの砲が一斉に砲弾を吐き出す。数で勝る帝国軍にも決して劣らない強烈な弾幕に、誰もが驚愕した。「す、すげぇ火力だ……!」 ルイーオの呻きを耳にしながら、シュミットも咄嗟に操縦桿を操作する。しかし、この凄まじい弾幕を全てかわせよう筈がない。 二人が納まるコクピットを立て続けに衝撃が襲う。 何か言おうとしたルイーオが慌てて口を閉じた。「黙ってた方がいいぞ」 自分が舌を噛まないように衝撃の合間をみて忠告しながら、シュミットはオーロラ・ロックを近場の岩陰に飛び込ませる。視界の端で、数機の小型ゾイドが炎に包まれた。 昨今の小型ゾイドは、次第に激しくなる戦況に対応するために、大型化、重装甲化が進んでいるが、新型機の砲撃はそんな些細な事を気にも留めずに帝国軍ゾイドを粉砕してしまったのだ。 砲撃が一段落つくと、今度はその頭に光り輝く二本の角を突き並べ、突撃を開始する。二機の前に立ち塞がったハンマーロックが、一瞬で蹴散らされた。「レッドホーン! あの二機を止めろ!」 小型ゾイドではあの突進を受けとめられない。 そう判断したシュミットは、突撃隊のレッドホーンにそう命令する。 彼の声に応え、一機のレッドホーンが突進した。レッドホーンは三連電磁突撃砲で。新型機は十七門の突撃砲で。お互いに火線を交えながら直進する。 二機の角が互いを捉える刹那。新型機の腹部に装備された三連砲が火を吹いた。 不意を突かれたレッドホーンが衝撃波を浴び、頭部を跳ね上げる。そこへ、新型機の硬角が喰い込んだ。 轟音が轟く事はない。金属同士が擦れあう軽い不協和音を響かせただけで、角は実にあっさりとレッドホーンの装甲を打ち破り、その内部に侵入した。レッドホーンの巨体は動きを止めることなく、そのまま吹き飛ばされて雪原に叩きつけられる。顎の下から入った角は、見事にコクピットを貫き、そこにポッカリと大穴を穿っていた。 前面装甲を強化した機体であったが、材質の強度が違いすぎ、まるで話にならなかったのである。 〔新旧突撃ゾイド〕世代交代の瞬間だった。『レッドホーンでは無理だな。シュタイナー。オレ達であの二機を止めるぞ』 シュミットの耳にそんな通信が飛び込んでくる。声の主は、増援のホワイト・ロックに乗るシュミット馴染みの人物だ。 シュミットがその通信を耳にした直後、二機のホワイト・ロックが二機の新型機の前に躍り出る。『わざわざ接近戦をする必要は無い。離れて仕留めてしまえ』 ホワイト・ロックは肩のビームランチャーを右手に持ち換え、新型機へと向けた。 それを確認したのか、相手は十七門砲の斉射でホワイト・ロックの攻撃を妨害する。こちらは何とか接近戦に持ち込みたいようだ。『くっ……撃て!』 ビームランチャーから発射された数条の光の帯は、体勢を崩されながらの攻撃にもかかわらず、突進する新型機へと向かう。だが矢張り、僅かな誤差は致し方なかった。 もしも邪魔が入らなければ、新型機はボディや頭部を正確に撃ち抜かれ、その骸を晒していただろう。 しかし発射時点で生じた狂いは着弾点で致命的なずれとなり、高出力ビームの群れは新型機の足元へと降り注いだ。唯一、一番最初に発射された一発だけは誤差が小さく、新型機の角を捉える事ができた。 まばゆい閃光が飛び散り、新型機の頭部が一瞬見えなくなる。そしてその被害を確認する間も無く、今度は足元でビームが炸裂し、地面を覆う万年雪が一瞬で蒸発した。二機の姿を白いカーテンが覆い隠す。「やったか?」 ルイーオが思わずコクピットの中で身を乗り出すが、シュミットはそれを即座に否定しようと口を開いた。(いや……) ホワイト・ロックの攻撃は命中していない。シュミットの目はその瞬間を確かに見届けていた。 だがその事実を口にするよりも早く、新型機の姿が水蒸気の壁を突き破って飛び出してくる。二機は迷うことなく、ホワイト・ロックに襲い掛かった。『ぐっ……』 パイロットの呻きがスピーカーから漏れる。 頑丈な隔壁さえ容易く突き破りそうな強力な突進を、二機のホワイト・ロックは両手で角を掴み、かろうじて受け止めていた。その勢いのあまり、脚が雪原を削って後退する。 ビームランチャーの直撃を受けながらも、角には曇り一つついていなかった。 この強度。どうやら普通の金属ではなさそうだ。『パワーでコングが負けてたまるか!』 ホワイト・ロックの一機が咆哮をあげ、新型機の角を掴む手に力を込めていく。 へし折るか。投げるか。存在する無数の選択肢からパイロットが選んだ行動はなんだったのか。 それが行動に表れる前に、新型機の首の後ろに装備されたバズーカ砲が一斉に火を吹いていた。アイアンコングの重装甲に小口径のバズーカではたいした損傷も与えられないが、衝撃だけは別だ。四発の至近弾は、後ろ足で危なげに立っているホワイト・ロックの体勢を崩すには十分だった。 さらに十七門砲までも追い撃ちで撃ち込まれ、さしものコングもどうとばかりに雪原に倒れ伏す。純白のボディに刻まれた黒い焼け跡が痛々しい。まだ動けるようだが、それは文字通り致命的な隙となった。 新型機の砲門が全て倒れたホワイト・ロックに向けられるのが、それを見ていたシュミット達には分かった。 あれだけの火力。一機のゾイドに注ぎ込まれれば、それは―― 勿論、黙って見ているシュミットではない。「お、おい! シュミット……」 ルイーオが引き留める間も無く、シュミットは身を隠していた岩陰からオーロラ・ロックを飛び出させていた。そのまま背部のブースターパックを全開。巨体に似合わぬ瞬発力で新型機に襲い掛かる。 咄嗟に狙いをシュミットの乗る機体に変えようとした新型機だったが、砲塔の可動範囲、その他諸々。そうそう素早く行える動作ではない。 砲口が、その奥に押し込められた破壊の力を解放するよりも先に、オーロラ・ロックの鉄拳が小山のように盛り上がった新型機の背にそのエネルギーを開放していた。 金属が打ち合わされる轟音が、中央山脈の峻嶺を吹き抜ける冷たい風に乗り、何重にも重なって山々を駆け巡る。それは、未だ各所で轟く砲火の唸りまでも飲み込み、リアク山道に一種の静寂さえもたらした。『そこのオーロラ・ロック! 無茶をするな!』 応援部隊を率いる人物――シュミット曰く大佐――の声だ。彼の駆るホワイト・ロックは新型機の角を掴むと同時に相手を投げ飛ばし、砲撃の被害を受けることはなかった。 そこから横倒しにされた新型機にビームランチャーと連装電磁砲を叩き込み、一気に勝負を決める。さしもの新型機の装甲も、限定型コング誇る強力火器のダブルパンチを受けては成す術もなかった。一瞬の後、目にも鮮やかな炎に包まれて雪原に飛び散る。「まだやれます!」 その活躍を目にしたシュミットも、新型機に止めを刺すべく、コングの拳を振り上げる。だがそれを振り下ろす前に、後続の共和国部隊から彼の機体へ向けて火線が伸びた。「うわぁっ!」 たまらず体勢を崩すシュミットのオーロラ・ロック。『シュタイナー! そいつに止めを刺せ!』 大佐は新型機に打ち倒されたホワイト・ロックにそう命じると、自分は乗機の連装電磁砲を共和国部隊に連射して牽制する。 指示を受けたホワイト・ロックは体勢を立て直すと、即座にビームランチャーの砲口を新型機に向ける。直後にそこから迸った光の奔流は、特徴ある十七門砲の中央を貫き、その奥に設けられた弾薬庫を撃ち抜いた。一瞬の時差も無く、新型機は爆炎の中に消えていった。 ・ ・ ・ ・「あーぁ……」 新型機の最後を目にしたルイーオは、そんな抜けた声をもらした。 せっかくデータの無い新型機が二機も現れたというのに、そのどちらも残骸すら残らないくらい木っ端微塵に破壊してしまった。(上がうるさく騒ぎそうだ……) しかし、小言を言われるのはルイーオではない。この戦闘の指揮を執るシュミットであり、応援に駆けつけた大佐である。(ご苦労なことだな……) 彼らの不幸を胸の内で労いながら、ルイーオは周囲の様子を確認する。 新型機との激しい攻防の間、空からの邪魔はまるで入らなかった。それは、現れた第21北部方面隊に配備されていた、二種類の改造ゾイドのおかげだった。 重ミサイル装備仕様のブラックライモスと、地対空ミサイル装備仕様のディメトロドンである。 そのボディに大量に装備したミサイルを全て対空仕様に換装したライモスは、凄まじい弾幕で共和国軍の航空戦力を次々と撃ち落とす。 ディメトロドンはボディの両側に二発ずつ装備した大型の対空ミサイルで、サラマンダーに対して大戦果を上げていた。精密なレーダーと連動した対空ミサイルは、相手の複雑な回避運動をものともせず、正確に標的を捉える。 これらのゾイドと、レドラーやシュトルヒの活躍もあって、共和国軍の航空戦力は甚大な被害を受けていた。 空ばかりでなく地上でも、第21北部方面隊は素晴らしい働きを見せている。 重装仕様のディメトロドンが装備した多弾頭ミサイルが、雨あられと共和国軍に降り注ぎ、動きの止まった所をホワイト・ロックが自慢の重装備で粉砕していく。 時折その攻撃を突破し、山道を脱出してくる機体があるが、今度はサーベルタイガーを中心とした高速戦闘隊がそれらの敵を確実に仕留めていく。まさに獅子奮迅といった彼らの中には、ミレニアのサーベルタイガーも含まれていた。彼女を始めとした各自の奮戦もあり、山道を突破しかけた共和国軍は押し戻されつつあった。 今、帝国軍は山道の出口を扇型に包囲し、集中攻撃を加えている。狭い山道にいる共和国軍は、一度に多数の機体で攻撃する事が出来ず、逆に帝国軍は、その少数の機体に攻撃を集中出来る。帝国軍の優位は、誰が見ても明らかだった。(そろそろ、片が付きそうだな……) 全滅させるのは不可能でも、ここで足止めできれば明日の吹雪で相手が撤退する事も考えられる。そのための手筈は、既に整っていた。『隊長、爆撃部隊がグラン山道上空を通過。間も無くリアク山道に到達します』 ルイーオの耳に、そんな通信が飛び込んできた。当然、隣に座るシュミットにも聞こえているだろう。「来たな、シュミット……」 ・ ・ ・ ・「あぁ。いよいよ大詰めだ」 一つ頷いたシュミットは、この戦闘に参加する全ての帝国軍機に向けて通信を入れた。「メイクラインより各機へ。間も無く爆撃部隊が上空に到着する。全機、山道の共和国部隊に火力を集中。一機も外に出すな!」 シュミットの部隊だけでなく、第21北部方面隊の機体にもその声はとどいた。共和国部隊への火線が、いっそう激しさを増す。「上空の防空戦闘隊は、敵の航空戦力を攻撃。制空権を確保し、爆撃部隊を援護しろ!」 さらに指示を飛ばしたシュミットは、自機を敵の本隊へと向けた。が――「ルイーオ。ミサイルポッドの使用は控えてくれ」「うぉ!?」 既に発射ボタンに手を伸ばしていたルイーオは、素晴らしい反応でその手を引っ込めた。「おいおい、どういう事だよ? 今オマエが撃てって言ったじゃねぇか」 伸ばした手の落ち着き所を探しながら、ルイーオは非難の眼差しをこちらに向けてくる。「なけなしの弾を簡単に使えるか。今にその時がくる。それまでは温存だ」「お、おぉ……」 ルイーオは納得したらしく、背をシートに預けた。弾切れコングでは、ルイーオの仕事は自ずと限定される。今の彼には、“その時”が到来するのを待つくらいしかできまい。 そんな二人の目前で、戦闘は苛烈さを増していく。 シュミットの指示によって総攻撃を開始した帝国軍に対し、共和国軍も数の有利を活かして山道の突破を試みていた。既に山道の出口には、ボロ雑巾のように破壊されたゾイドがあちこちに散乱している。共和国軍はそのかつての仲間達に身を隠しながら、じりじりと前進してくる。残骸から飛び出したベアファイターがまた一機、ホワイト・ロックのビームランチャーを受け、雪原に崩れ落ちた。『切りが無いぞ、シュミット。まだ来ないのか?』 大佐からも呻きが洩れる。しかし、シュミットがそれに言葉を返すことは無かった。 既に山道いっぱいに、爆撃部隊の爆音が響き渡っていたのだ。『こちら爆撃部隊。只今より攻撃態勢に入る。援護を頼む』 ・ ・ ・ ・ 姿を見せたのはシンカーの編隊だった。その数、実に数十機にも及ぼうかというほどの大編隊である。 爆装したシンカー。最高速度はもはや見る影も無い。 しかし、見るからに旨そうな餌を前にしても、共和国軍の鳥達がそれに飛び掛かることはできなかった。レドラーやシュトルヒが決死の突撃を行い、彼らの行く手を阻んだからだ。さらに、地上からの対空砲火も輪をかけて激しくなり、数機の共和国飛行ゾイドが煙を噴き出して墜落していく。 味方に守られたシンカー爆撃部隊は、やがて機首を下げ、山道へと急降下していく。『投下!』 隊長の命令一下、遥々その翼に抱かれてきた爆弾が、彼らの意思を離れ、山道内の共和国軍の頭上へと降り注いだ。風を切って落下した第一波は、一部の例外を除き、全て共和国軍の行動を妨げる両側の斜面で炸裂した。爆発は岩を砕き、小型ゾイドほどもある岩塊を次々と共和国部隊に投げ下ろしていった。 ・ ・ ・ ・ 爆撃は第二、第三波と続き、共和国軍は降り止まぬ岩の雨に、徐々にその姿を埋めていく。 縦に長い一本道。先頭部分がふさがってしまえば、後続の者に進む術はない。シュミットの目論見は成功しつつあった。「よし。本隊は空に任せて、こちらは山道を突破した敵を叩く! ルイーオ、ミサイルだ」 口にした言葉は、前半は部隊全員への、後半は隣の相棒への指示だった。「待ってたぜ!」 ルイーオはそれを受け、目の前のパネルに手を伸ばし、その中のボタン一つを押し込んだ。コクピットを僅かな振動が連続して襲う。 撃ち出されたミサイルポッド最後の十発は、澄んだ空気に白煙の弧を描き、二機のアロザウラーを粉砕した。「ここで終わる理由は無いな。敵は少数だ。一気に攻め込もう」 敵の大群を迎え撃つのならともかく、各個撃破にあたるのなら弾切れのコングでも十分だ。コングの拳は、そこいらの武器にも劣らないくらいの破壊力があるのだ。 シュミットは操縦桿を倒しこんだ。背中のブースターが炎を吹き出し、オーロラ・ロックの巨体がまるでカタパルトから打ち出されたかのように加速する。 最も手近な場所にいたアロザウラーをその手にむんずと握り込むと、今度はその拳で、別の位置のベアファイターへと殴りかかる。破壊力の増した拳は一撃でベアの装甲を打ち砕き、機能停止に追い込んだ。その拍子に、拳からはみ出していたアロザウラーの頭部や脚部、尾が吹き飛ぶ。 既に大半の弾薬を使い切ってしまっていた第38北部方面隊は、壮絶な格闘戦を展開していた。 スネークスを踏みにじるライモス。その長い牙でゴドスを貫くツインホーン。 一方の第21北部方面隊は、未だ弾薬の残る強力火器で、次々と共和国部隊を薙ぎ払っていく。 二機のベアを、多弾頭ミサイルで一度に粉砕する重装ディメトロドン。ビームランチャーの一撃でゴジュラスを撃ち抜くホワイト・ロック。 さらに苛烈だったのは、シンカーによる山道への爆撃だった。 彼らの任務は、爆撃によって山道を封鎖し、共和国軍の進行を完全に阻止することである。そのために抱えてきた大量の爆弾は、その威力を余すところ無く発揮し、既に山道を岩石と土砂の濁流で埋め尽くしつつあった。巻き込まれた共和国軍にもかなりの被害が生じたらしく、山道を突破してくるゾイドの数が目に見えて減り始めていた。 しかし、それでもシンカーは攻撃の手を緩めない。山道を完全に埋めてしまおうとするかのように激しい爆撃を繰り返す。 爆弾の雨。それによって生まれた岩石の雨。地面を揺るがすほどの轟音は、中央山脈のどこかで雪崩を生じさせているかもしれない。「よし、だいたい片付いたな」 山道を脱出した共和国部隊をあらかた片付けると、シュミットは仕上げに取り掛かった。まだ戦闘を続けている機体もあるが、それらは任せておいてもほとんど問題なさそうだ。「各機、砲撃で山道を封鎖しろ。この攻撃で、共和国軍を行動不能にする」 シュミットの指示で、帝国軍の砲口が一斉に山道へと向けられた。「撃てっ!」 既に今日何度目かの命令。これが最後となる事を信じ、シュミットは口を開いていた。 一度に発射された大量のミサイルや砲弾は、山道を挟むようにそびえる崖へと吸い込まれると、大気を揺るがす大音響を伴って炸裂する。 シンカーの爆撃によって発生していた落石はいっそう激しさを増し、まさに崩落の様相を呈していた。 細い山道は見る見るうちに土砂と岩石に埋もれていき、数分と経たずにゾイドの通行などとても不可能な状況へと様変わりしていく。山道の共和国軍は、その大部分が何万トンという土砂と雪の下に沈み、少なくとも今日のこれ以上の行軍は、誰がどう見ても不可能となっていた。ダブルソーダ対地攻撃仕様対サイカーチス用に搭載された4連対空砲、対空ビーム砲を対地兵器に変更し、地上部隊への打撃力を上昇させたもの。機動性等はノーマルタイプと大きな違いは無い。レッドホーン装甲強化タイプ今回の作戦のため、第38北部方面隊が用意した改造レッドホーン。逃げ場の無い狭い山道での戦闘に備え、機体前面の装甲を極限まで強化。敵の火力を捻じ伏せ、接近戦に持ち込むための機体。シールドライガー寒冷地仕様通常の寒冷地仕様をさらに強化した特殊機体。機体下部に強力な火炎放射器、その燃料タンクを背中に装備。また寒冷地用としてヒーター、ジェネレーター等が強化され、雪原での行動を補助するための大型ブースターが取り付けられている。そのため、トップスピードはノーマルタイプを上回る。プロトタイプディバイソンディバイソンのテスト機。完成は間近で、最終調整を残すのみとなっている。武装も正式採用機とほとんど変わらないが、頭部の8連ミサイルポッドが装備されていない。全身は試作機カラーの灰色で塗装されている。正式採用は六ヵ月後の、ZAC2046年10月。
どうも踏み出す右足さん、管理人ヒカルです。 まず久々のご投降真にありがとうございます。本当に感謝しています。 さて早速内容のほうですが、まったくもって文句のつけようがないです、はい。視点のほうも大分改善され、描写力はさらに磨きがかかった印象を受けます。なので今回は素直に感想を述べたいと思います。 え〜まず私が目を見張ったのは、やはり戦闘シーンです。ゾイドといえば戦闘機獣だけあってやはりインパクトある戦闘シーンは必須です。もちろんそのための筆力は必要ですが、特に私が注目したのは、ここが雪戦という設定です。 何も戦闘というのは息もつかせぬ激しいものだけではありません。スナイパー同士の静かだが金償還ある命の取り合いなど様々なものがあります。そのため戦闘をする前に、まずそこがどんな場所や状況かという設定が必要になってきますが、それが重要なポイントでもあるのです。 例えばあまり広くない密室空間での戦闘、そうなれば、自ずと近接戦闘えと持ち込まれることになりますが、ここでそれを無視した描写をしてはなりません。ましてバズーカなど自分も被害を受けるような破壊力抜群の武器など使うなんてことはありませんよね。 まあ簡単に言えば、場の状況に伴い、戦闘もある程度制限などがかかるということです。 そして、その点踏み出す右足さんの描写はよくそれに乗っ取っていると思います。雪崩など雪戦ならではの光景がよく描かれており、強く感服いたしました。それ以外にも、装甲がひしゃげるシーンなどの細かいところなど参考するべき部分が多々見られました。いや本当タイトルどうり脱帽であります。 これからもこちらの方にご投降してくだると嬉しいと、本当に願っております。(つまり投降してくだいということで) それでは今回はこの辺で……またのお越しをお待ちしております。どうもヒカルでした
「やったぞ、シュミット!」 ホッと胸を撫で下ろしたシュミットの隣で、ルイーオが叫ぶ。通信スピーカーからも、帝国軍兵士達の喜びの声が、途切れることなく流れていた。 山道の外の共和国軍も全て駆逐され、辺りには収まりつつある斜面の崩落の音と、炎上するゾイドの爆発。そして、今日を生き延びた兵士の歓声が、波のように響きわ渡る。『よくやったな、シュミット』 ふと通信機のスピーカーから、優しさと厳しさの両方を滲ませる、聞き慣れた声が響いてきた。 機首を巡らせれば、すぐ隣に白い小山の姿がある。所々の焼け焦げた損傷は、この戦闘が決して生易しいものでなかったことを証明していた。一目で深手だと分かる。 彼ほどの乗り手が、ここまでダメージを受けるなど、そうそうあることではない。「大佐。協力、ありがとうございます……」『なに水臭いことを言ってるんだ。他ならぬオマエの頼みだ。何を差し置いてもやって来るさ』 その声と共に、隣に立つホワイト・ロックがシュミットのオーロラ・ロックを軽く小突いた。振動がコクピットまで伝わってくる。 本来なら不快にもなりそうなその振動すら、シュミットには懐かしさを伴って感じられた。昔、コングの搭乗訓練で、よくこうやって機体越しに小突かれたものだ。『さぁ、さっさと指示を出してやれ。皆、疲れてるんだ。待たせるのは指揮官の仕事じゃないぞ』「はい!」 今さらながらに勝利の興奮が湧いてきたシュミットは、勝利に湧く仲間達に声をかけた。「よぉし、よくやった! 全機、グラン山道まで後退する!」『シュタイナー、残留部隊を選抜してくれ。ホワイト・ロックを、そうだな……二機は残してくれ』『了解しました』 素晴らしい人物の周りには、やはり素晴らしい人物が集まる。二人の会話を通信越しに聞きながら、シュミットはしきりに感心していた。 しかし、そのシュミットの頼れる副官も、決してそれに劣る人物ではないのだ。『中佐!』 が、今はその有能さは見る影もない。 まるで悲鳴のような通信と共に、オーロラ・ロックに白いサーベルタイガーが近づいてくる。もし何も知らない人間が耳にしたなら、中佐なる人物が命を落としたと思ったかもしれない。それほどに悲痛な叫びだった。「ミレニア!? まだ残っていたのか!?」 驚いたシュミットはサーベルタイガーを凝視する。戦場にも拘らず、彼女を名前で呼んでしまったことにも気づかなかった。サーベルの純白のボディに浮かぶいくつもの模様は、乱れ飛ぶ砲火によって描かれたものに相違ないだろう。本来ならば、服務規程違反とか、とか、とか、とか……とにかく厄介なことになるはずなのだが。『大丈夫ですか!?』「……大丈夫だ。怪我一つしていない」 放っておけばパニックを起こしそうなミレニアを、シュミットはそう言って宥めただけだった。 ミレニアの声を聞いた瞬間シュミットの胸に去来したものは、命令を無視した彼女への怒りや憤りなどといった感情ではなく、不思議な安らぎと、自分が生き残ったことに対する感慨だった。 自分のどこかに、彼女の声を聞きいと思う部分があったのだろうか。 頭の片隅でそんなことを思いながら、その口からはひとりでに指示が飛んでいる。指揮官の性というやつだ。「命令違反のことはひとまず後だ。それより、負傷者収容の指揮を頼む」 今の彼女には、何かやって我を忘れてもらった方がいい。 そんな考えに思い至り、にやけ面で隣から肘でこちらを小突いてくるルイーオを無視して指示を出す。『……分かりました!』 はてさて、最初の沈黙はなんだったのか。 戦闘を終えた開放感からそんなことを考えないでもなかったが、あまり無駄な思考に割く時間も無い。「さぁ、戻ろう。まだ基地まで帰るわけにはいかないが、まずは一休みだ」 操縦者の言葉と同時に、その足を雪原から持ち上げるオーロラ・ロック。激戦を戦い抜いた生存者達もそれに続き、彼らは徐々に怪しくなりつつある雲行きの下、朝自分達が駆け抜けてきた道を、今度はゆっくりと引き返し始めた。 ・ ・ ・ ・「……分かりました!」 濡れた目元を拭い、波立つ気持ちを落ち着けてから、ミレニアはできうる限りの声でそう言った。シュミットの無事を知って生じた彼女の冷静な部分が、寸前までの自分の行いを見つめなおし、途端に恥ずかしくなってしまったのだ。(でも、本当に良かった……) シュミットの声を聞いた瞬間、堪えていた何かが切れたかのように涙が溢れていた。彼と共に戦うのは、無論これが初めてではない。今まで何度も、シュミットと同じ戦場に立った。別行動をとったことも一度や二度ではない。 しかし、彼との再会がこんなに嬉しかった経験はなかった。昨夜の出来事で、自分の気持ちに歯止めが効かなくなっているのだろうか。 だとすれば、それはかなり危険なことだ。気を引き締めなくては、シュミットの前にこちらが殺される。 しかし戦いの終わった今は、それでもいいかと思ってしまう。自分のことより、シュミットの無事が何より嬉しかった。『メビウス中尉。第21北部方面隊のクリフォード=オーリックです。救援隊の到着まで、指揮下に入らせていただきます』 グスグスと鼻をすするミレニアの耳元で、快活な男の声が響く。 モニターに目を向ければ、自機の隣にヘルキャットが進み出ていた。上官から指示でも受けてきたのだろう。その後ろにも、数機の白い影が窺える。「了解しました。各自、負傷者の救助に取り掛かってください。こちらからも人手を出します」 他の部隊の者にまで、あの情けない口調を聞かせるわけにはいかない。 昨夜から弱り気味の自制心を総動員し、優秀な副官然とした声色を取り繕って指示を出した。さらに自分の隊内から手頃な部下も見繕い、同様の指示を与える。 小気味いい返事を返した彼らは、早速至る所に転がった残骸に乗機を寄せ、ゆっくりとその膝を折らせると、そのコクピットから身を躍らせた。 ミレニアも、コクピットがまだ原形を留めるライモスの残骸にサーベルを寄せる。足元では、既に別のパイロットが四苦八苦していた。「生存者は?」 コクピットを開け放ち、身を乗り出して叫ぶミレニア。吹き抜けた寒風に、うなじの後れ毛がなびき、剥き出しの顔を刺すような痛みが襲った。「中から返事が! でも、ハッチが歪んでいて開かないようです!」 地上から上がった報告を聞くと、ミレニアは再びシートに身を委ねる。操縦桿を握り直し、慎重にそれを操作する。「頼むわよ、サーベル……」 愛機への呟きは無意味ではない。ゾイドは操縦桿やスロットルレバーだけで動かす機械ではないからだ。音声命令マイクを通せば、操縦者の声でゾイドを操ることもできるし、思考コントロール装置を使用すれば、こちらの意思をゾイドに伝えることもできる。 ミレニアの意思を汲み、ゆっくりと脚をもたげるサーベル。ライモスのハッチの取っ掛かりに、慎重に爪をかける。「……!」 覚悟を決め、操縦桿に当てた腕を一気に動かす。それに連動する脚も、強大な力を発揮した。 メキメキと耳障りな音を立て、ハッチが根元から弾け飛ぶ。モニターの向こうで、露わになったコクピットに、先程のパイロットが駆け寄っていくのが確認できた。 しかし、彼の到着を待たず、ライモスのパイロットは自分の力でコクピットを這い出してくる。特に負傷した様子も無く、雪原を踏みしめる足取りに不安は無い。 ミレニアは一つ息をつき、改めて戦場の残滓が残る雪原を見回した。帝国、共和国、そしてその判別もつかないほどに破壊されたゾイド達。中には、未だに黒煙を噴き上げながら燻っている物もある。(だいぶ、やられたわね……) ここにあるだけではない。山道を埋め尽くした土砂の下にも、共和国軍部隊と共に、帝国軍のゾイドと兵士が埋もれている。残念ながら、彼らまで救出するというのは不可能な話だ。(私は、不謹慎なのかしら……) 前触れも無く、突然そんな考えが脳裏をよぎる。 あちこちに転がっているのは、今朝までは確実に仲間であった者達だ。その彼らの骸には見向きもせず、ただただ想い人の無事を喜んでいる自分がいる。 どうしようもない後ろめたさが、自分の胸を締め付けてくる。(一人でも多く助けられれば、この感じも少しは薄れるのかしら……) いつの間にか答えの出ない自問に耽ってしまっていた思考を遮る声は、ヘッドセットのレシーバーから飛び込んでくる。『中尉、こっちもお願いします。どうも負傷しているようです』 足元の兵士は、近くに転がった別の残骸の所まで移動していた。先程助け出したライモスのパイロットもいる。救助に協力してくれるのだろう。「今行くわ」 我を取り戻したミレニアは、再びサーベルの歩を進める。 無駄な思考は後回しだ。一刻を争う負傷者かもしれない。慎重な操作も必要となる。 今はただ、目の前のことに集中しなければならない場面だった。 ・ ・ ・ ・「なかなか見事だったぞ、シュミット」 グラン山道まで後退したシュミットは、愛機のコクピットを離れ、数時間ぶりに自分の足で雪原を踏みしめていた。前線に立つ軍人となって数年経つが、この瞬間ほど自分の命を実感できる瞬間は無い。「今じゃ中佐か。昔は散々怒鳴ってやったもんだが……見違えたぞ?」 そして彼の目の前には今、彼が敬愛してやまない一人の男が、ヒゲ面に似合わぬ爽やかな笑みを浮かべて立っていた。屈強な体格や厳つい顔つきは、いかにも山男という表現がよく似合う。着ているものがパイロットスーツでなかったら、とてもパイロットという言葉は浮かんでこない。軍人という言葉なら、あるいは納得できるかもしれないが。「ご助力、感謝します。フェルゼン大佐」 シュミットは踵を打ち合わせ、目前の大男に敬礼を行う。 この男はバーミット=フェルゼン大佐。第21北部方面隊指揮官であり、かつてはシュミットの上官だった人物だ。また、暗黒大陸で過ごした一年と数ヶ月の間、寒冷地戦闘訓練でこの大佐率いる部隊と幾度となく演習を行ったものである。見た目からはまるで想像できないが、非常に爽やかな好漢だ。「よせシュミット、公の場じゃないんだ」 バーミットは気恥ずかしげに手を振り、顔をしかめてみせた。過去に幾度と無く見せられた表情。(何も変わってないな、大佐……) シュミットは要望どおり、敬礼の形に持ち上げた右手を下ろし、今度はそれを前方に差し出した。「本当にお久しぶりです」 その手の平が、さらに一回り大きい手の平に包まれる。その握力に骨が軋み、シュミットはわずかに眉根を寄せた。「二〜三年ぶりだな、生きていて何よりだ。お、そう言えば、あの美人の副官も元気にしてるか?」 ガハハハと笑いながら、握手しているのとは逆の手で肩を叩いてくる。「まぁ、今となってはここが中央山脈の最前線だ。しばらくはウチの所に敵が来る気配も無いし、少しゆっくりさせてもらうぞ? 今夜は、思い出話に花を咲かせるとするか」「えぇ、喜んで!」 嬉しそうに返事をするシュミットの思考は、既に彼と過ごしたかつての思い出に向けられていた。ここまでリラックスした会話ができるのも、戦闘を終えたという現実があるからだろう。「大佐に紹介したい者もいます。癖はありますが、いいヤツですよ」 ミレニアは暗黒大陸の訓練でバーミットと顔を合わせているが、スタンレーはまだ会ったことがないはずだ。彼とミレニア。この二人あってこその、今の自分だ。 そして何より――(ミレニアは改めて、是非大佐に紹介しておきたいからな……) ついつい表情が弛んでしまう。こんな前線の真っ只中で、自分も暢気なものだ。 自分に呆れてしまうシュミットだったが、それもまた嬉しかった。戦場を忘れさせる存在。よもや自分にそんなものが出来るとは――(思ってもみなかった……) しかし、そんな甘い幻想も束の間だった。「シュミット! シュミット!!」 突然背後から、自分の名を呼ぶ声が響いてくる。聞き違いようのない声。「どうした、スタンレー? あまり大声出してると、雪崩に押し流されるぞ」 ゆっくり振り向くと、当のスタンレーはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる所だった。「いたいた。ちょっと来てくれない……」 そこまで話してから、視線がシュミットから外れる。「これは、失礼しました」 表情と姿勢を整え、背後のバーミットに敬礼する。 シュミットの思惑も虚しく、結局ここで顔を合わせてしまった。「かまうな。その口振りからすると、そうのんびりしていられる話でもないだろう?」 バーミットはスタンレーの意思を汲み、先を促す。この辺りは、さすが老練の指揮官といった所か。 自分も見習わなければと思いつつ、シュミットは注意をスタンレーに向けた。「それじゃ折角ですから、大佐もこちらに来ていただけますか? 内容は、歩きながら……」 スタンレーはそう言い、少し離れた場所の戦闘指揮用コンテナを示す。 思わず顔を見合わせるシュミットとバーミットだったが、別段断る理由もなく、静かに頷く。「いいだろう。行こうか?」 二人はスタンレーに促され、コンテナへと歩き出した。 ・ ・ ・ ・ 薄暗い指揮所内でシュミット等三人を待っていたのは、二人のパイロットだった。痩せ型の男二人。シュミットのよく知る、ディメトロドンのパイロット達だ。「それで、その話は本当なのか?」 開口一番、シュミットは男達に問い質す。二人は無言で首肯した。 道すがら、スタンレーから聞かされたのはこんな話だった。 数時間前。第21北部方面隊がリアク山道に到着した頃のことだ。 シュミットの命令で帰還を始めたディメトロドン偵察隊。その内の二機のレーダーに、奇妙な影が映った。空中を移動するその敵機は、リアク山道の支援に向かうでもなく、まるで見当違いの方角に移動し、レーダーの圏内から消えた。 果たして、この一団の目的はなんだったのか? 取るに足らない事柄なのかもしれないが、シュミットの胸では得体の知れない不安がムクムクと頭をもたげていた。「地図を出してくれ」 声に応え、室内のオペレーターが機器を操作すると、五人が囲む机にリアク山道近辺の二次元地図が映し出される。「オマエ達が配置されていたのは……」 顔を見合わせた二人は、各々がおずおずと地図を指し示す。彼らが指差した場所は、リアク山道を挟んでほぼ対照の位置だった。「方角にすれば、ほとんど東から西といった感じですね」「えぇ。数にすればたかだか数機でしたが、或いは離れた後に第二波、三波が来た可能性も……」 二人は、敵の予想進路をなぞりながら説明を加える。それを耳にしながら、じっと映し出された地図を睨みつけるシュミット。 彼らがなぞった道筋は、ちょうどある道と重なっていた。(この道は確か……〔薄氷の道〕……) リアク山道の南側入り口付近から枝分かれした一つの道。やはり両側を急な斜面に挟まれた谷間の山道だが、一見しただけならリアク山道よりも広く、大部隊にはうってつけの道に見える。 しかし、もしその見た目に騙された指揮官がいたら、手痛い損害を被ることになるだろう。この道は、開かれざる道だ。「シュミット、こいつは……」 スタンレーも気付いたのだろう。複雑な視線をこちらに向けてくる。一方のバーミットはというと、二人の様子に納得いかぬといった表情で地図を見下ろしていた。いかに名将といえど、この辺りの地形に疎くては分かるはずもない。「シュミット。私にも分かるように説明してくれ」 とうとう音を上げ、シュミットに説明を要求するバーミット。シュミットは頷くと、再び地図に指を走らせる。「このルートは、我々の間では〔薄氷の道〕と呼ばれています。大佐も、この名前はご存知でしょう?」「薄氷の道? あぁ、聞いたことはある。そうか、この道が……」 雪渓となったこの道は、クレバスの群生地帯である。深い割れ目を、それに比べて遥かに薄い氷と雪が覆い隠し、ゾイドはおろか、人間にとっても危険地帯となっているのだ。 ゴジュラス、コングはもちろん。ベアやライモス。さらには、現行のゾイドで最軽量の部類に入る、ゴドス、イグアン、ヘルキャット等の二十トン強級のゾイドでさえ、ここを確実に通過できる保証はない。場所によっては、バトルローバー、ロードスキッパーなど二トン程度の24ゾイドにも危険がつきまとう。 特にこの季節は冬の終わりということもあり、氷が溶けて足場が非常に脆くなっている。薄氷の道とは比喩ではなく、文字通りの名前なのだ。「なるほど……」 シュミットから〔薄氷の道〕についての説明を一通り受けると、バーミットは一度、大きく息をついた。「水を差して悪かったな、続けてくれ」 どうやら、このことについて口をはさむつもりはないらしく、バーミットは口を閉ざしてしまう。この辺りの状況に明るい者達に任せようというのだろう。「で、どう思う、シュミット?」 彼に変わって口を開いたのはスタンレーだ。スタンレーはシュミットの横に陣取り、熱心に地図を覗き込んでいる。「うん……」 スタンレーの問いに、シュミットは腕を組んだ。「……こんなのは、どうだ?」 ・ ・ ・ ・ 救援隊と入れ代わる形でグラン山道に引き返してきたミレニアは、愛機のサーベルを雪原に駐機し、そのコクピットを後にした。「っ!」 雪原に降り立った瞬間、強烈な横風に体を弄ばれ、思わずたたらを踏んでしまう。「風が……出てきた……」 呟きながら見上げた南の空は、厚く重たい雲に覆われつつあった。どうやら、気象観測班の予想はどんぴしゃりのようだ。ゼルマース基地は、もう視界ゼロの激しい吹雪に晒されているかもしれない。(どうも、荒れそうね……) この部隊に配属されて、もう五年が経つ。ここで暮らしたのも同じだけ。おかげで、肌で感じる空気で、明日の天気もいくらか予想できるようになった。ヘタな予報よりも的中率は高い。 頭の中で、勘が囁く。明日は大荒れの吹雪だ。そう考えると、顔を撫でる風も心なしか冷たく感じられる。「そうだ、中佐は……」 自分の中の後ろめたさが、彼の存在を忘れさせていたようだ。 今日の戦闘で、自分はシュミットの命令を無視し、戦場に留まった。それについての後悔はないが、命令無視のケジメだけはつけなければならない。「どこかしら……」 ぐるりと首を巡らせてみるが、それらしい姿は見当たらない。ということは――「……中?」 ミレニアは、雪原に鎮座する戦闘指揮所を見つめる。他に彼のいそうな所といえば、ここくらいしか思いつかない。(いいわ、行ってみれば分かるもの……) 中佐に会った所で、いったい何を言われるか。考えるのも苦痛だが、それは自業自得というものだ。その報いは甘んじて受けなければならない。 腹を決めたミレニアは、罪の清算への一歩を踏み出した。 ・ ・ ・ ・「と、考えたんだが……」 指揮所内は、若干重さを含んだ空気で満たされていた。「ふむ……面白い考えだな……」 自分の考えを話し終えたシュミットに、バーミットが相槌を打つ。「奇抜だが、的を射ていなくもない……」「えぇ!? 嘘でしょう、大佐!?」 それに対し、頓狂な声を上げたのはスタンレーだ。心底驚いたといった様子で、バーミットの生真面目な表情を凝視する。「いくらなんでも、そんな作戦無いでしょう!? 聞いたことありませんよ!?」「無論、シュミットの考えだけで行動を起こすことはできないが……偵察機でも出してみたらどうだ?」 どうしても納得できない様子のスタンレーを、バーミットは苦笑しながらなだめた。慌て振りからすると、余程シュミットが口にした考えが驚きだったと見える。「えぇ、そのつもりです。早速手配します」 シュミットはそう言うと、打ち合わせのため、オペレーターの方へと歩み寄る。 ミレニアが指揮所に姿を見せたのは、ちょうどそんな時だった。「中佐、矢張りこちらでしたか……」 そうして室内に足を踏み入れてきてから、先程のスタンレーの様にその目を見開く。「た、大佐!? 失礼しました!」 本日何度目かの改まった挨拶に、バーミットは眉根を寄せた。「構うな……シュミットに用があるんだろう?」「は、はぁ……」 妙に辟易しながら話を促すバーミットの様子に首を傾げながらも、ミレニアはシュミットの方に向き直る。「中佐。先程の戦闘では、命令を無視して勝手な行動をとり、申し訳ありませんでした」 深々と頭を下げるミレニア。「いかなる処分でも、お受けします……」 シュミットは最初、厳しい表情で彼女を見つめていたが、すぐにそれを崩し、苦笑して見せた。「そうしたい所なんだが……」 そしてミレニアに歩み寄り、その肩をポンポンと叩く。「残念ながら、雲行きが怪しくなってきてな……」「……?」 ミレニアは頭上を見上げてみた。もちろん指揮所の天井しか見えないが、その向こうにあるはずの蒼穹は、確かに雲行きが怪しくなってきている。先程、自分の目で確認してきたばかりだ。 しかし、当然シュミットの言葉の意味はそんな物ではない。聡明なはずのミレニアがこんな間の抜けた行動をとってしまったのは、或いは処分という言葉の緊張から解放されたせいなのかもしれない。「……あぁ。確かに天候も怪しいが、そういう意味じゃないぞ?」 ミレニアの動作の意味を把握しかねていたシュミットは、数秒してからようやくそんな声をかけた。 それで自分の見当はずれにようやく気付いたミレニアは、羞恥で顔を真っ赤に染める。その様子からは、なぜ自分がそんな間抜けなことを考えたのかまるで分からない、という戸惑いがありありと窺えた。「まぁいい。ミレニアにもちょっと説明しておこう」 シュミットは小さく笑いながら、先程バーミットやスタンレーに披露した自論を説明するため、もう一度地図が表示された机に近寄る。「来てくれ」 招き寄せられたミレニアが地図を確認できる所まで来たのを確認すると、シュミットはまず、ディメトロドン部隊が発見した未確認部隊の件を説明する。寸前の羞恥の表情から一変、目元を引き締め、それに聞き入るミレニア。〔薄氷の道〕という言葉以外には反応も示さず、シュミットの言葉に耳を傾け、それを咀嚼している。「何か考えはあるか?」 とりあえずシュミットの案は保留とし、ミレニアにも考えを求めてみる。しかし――「いえ……分かりません……」 ミレニアにも、敵の考えにまでは思い至らなかったようだ。「ただ、敵の目的は、リアク山道に代わる行軍進路の確保だと考えます。そのため、この薄氷の道に何かしらの手を加えるというのは、有り得るのではないでしょうか」 もっとも、具体的な考えにまでは至らずとも、そこまでは導き出していたようだ。「聞いたか、シュミット? ミレニアでも思い浮かばないアイデアだ。ちょっと現実離れしすぎなんじゃねぇかな……」 ルイーオはミレニアの意見で、自分の考えにさらなる自信を持ったらしい。それ見たことかと言わんばかりに、シュミットの方へ向き直る。「中佐、何か考えが……?」 ルイーオの言葉に、ミレニアが反応した。上官を見つめる目には少々色眼鏡が掛けられているようで、一も二もなくその意見を信用してしまいそうな表情を浮かべている。「そんな顔して……オマエだってこの意見聞いたら、絶対開いた口が塞がらなくなるぜ」 そんなルイーオに苦い表情を向けながら、シュミットはおもむろに口を開いた。「この薄氷の道が、部隊の進行路に向かないのは何故だ?」 問いかけられたのはミレニア。彼女はルイーオやバーミットの様子を窺いながら、分かりきっている解答を口にする。「それは……クレバスが多く、足場が不安定だからです」「そうだ」 シュミットにしても、ミレニアがそれを知っていることなど百も承知だ。当然のこととばかりに首肯する。「つまりここを通るには、その問題を解消してやればいい。そこでだ……」 シュミットはそこで言葉を切ると、机に浮かび上がる地図を指で示していった。「要はこの道を補強してやればいい。例えば、ここに海水でも撒き散らしてみたらどうなる?」 ルイーオやバーミットは既に二回目の説明のため反応は示さなかったが、ミレニアは違う。電気にでも打たれたかのように顔を跳ね上げ、シュミットを凝視する。「まぁ、それだけではさすがに無理だろうがな。幸いと言うか、共和国にはベアやスネークスなんてゾイドもいる」「〔穴掘り〕ですか……」 ゾイドであれば、凍土や氷河を武装を利用して掘り進むことも不可能ではない。陥落したゼルマース基地でも、時折地底を通って進入したベアやスネークスとの戦闘があったと聞く。「そうだ。この二機を使って、まず薄氷の道を地下から補強しておく。オレ達に見つかったら、計画はオシャカだからな。さて、これで残るは地上の仕上げだけだ」 説明する間にも、スタンレーは腕組みしながら首を横に振っている。しかし、それを指摘して説明を中断させることはしない。「明日の天候は、もう知っているだろう? 当然、それは共和国の連中だって同じことだ」 言葉に加え、シュミットは指揮所の壁の向こう――南のリアク山道やゼルマースへと視線を向けた。「天候は南から崩れ始めている。そろそろリアク山道も、季節外れの吹雪に見舞われ始めた頃だろう。吹き荒れる風と雪は、撒かれた海水を急激に冷却し、瞬く間に氷結させる。そこに降り積もった雪は、融けることなく降り積もり、即席で山道の補強は完成だ」 そのまま一気に説明を終え、再び地図、そしてミレニアへと視線を戻す。「どう思う?」 照れ隠しで頭をかきながら意見を求めるシュミットに、ミレニアは即答した。「偵察機を出すべきです」 その強い口調は、シュミットは勿論、ルイーオやバーミットさえ目を点にしてしまったほどだ。「おいおい……オマエまで何言い出すんだよ」 真っ先にそこから復活し、彼女に食って掛かったのは、先程から一人文句の止まないルイーオである。心底信じられないといった調子で、ミレニアに詰め寄る。 しかし、それにもミレニアは動じない。「可能性が否定できない以上、それを想定して行動すべきです。それにこの機会を逃せば、天候の悪化で偵察機の発進は不可能になります」 自分の判断を淡々と述べていくその姿は、何事にも動じず自分の任務をこなしていく機械さえ想像させた。先程の色眼鏡をかけた恋する女性は、ここにはいない。いるのは、沈着冷静な百戦錬磨の女軍人だ。「偵察機はもう手配した。今頃発進準備にかかっているだろう」 言い募るミレニアをなだめたのは、今まで蚊帳の外状態だったバーミットだ。彼女もそれ以上熱くなることはせず、その口を噤む。「どうだルイーオ? シュミットのアイデアも、そう捨てたものではないだろう?」 三対一という状況が未だ納得いかぬルイーオは、バーミットの言葉にも、憮然とした表情で腕を組んだだけであった。「とにかく、ここから先は偵察機が帰還してからだろう。それまでは、次に備えて休んでくれ」 判断の材料も尽きたところで、シュミットがお開きを告げる。四人は連れ立って指揮所を後にした。 ・ ・ ・ ・「ミレニア。ちょっといいか?」 指揮所を出たところで、ミレニアはシュミットに呼び止められた。二人が立ち止まっている間にも、ルイーオとバーミットは談笑しながら歩き去っていく。「……? なんでしょうか?」 先程よりも確実に強くなってきている風に、結い上げた髪の後れ毛をなびかせながら、ミレニアは振り向く。この寒風の中でも、二の腕まで袖を捲り上げたいつものスタイルのシュミットは、哀し気な表情でこちらを見つめていた。「もう……あんな無茶はするな……」 噛んで含めるように、シュミットは口を開く。その言葉は友人への願いではなく、指揮官としての命令に近かった。「君がそう簡単にやられるとは思っていないが、君はこの部隊の副官だ。もし私と君が同時にやられてしまったら、部隊が壊滅することも有り得るんだ。それを、よく覚えておいてくれ」「……はい」 もっと言いたいことはあった。それこそいくらでも。 しかし、ここでそれを抑え切れないようでは、自分は兵士として、副官として失格だ。その自負が、ミレニアの口をつぐませる。(それは、中佐だって同じです……) 表情には出さずとも、ミレニアの胸の内ではそんな言葉が渦を巻いていた。 シュミットが弾切れのコングで戦場に舞い戻ろうとした時、自分は生きた心地がしなかった。 だが、今の自分の胸の内と、シュミットの言葉の意味には決定的な差がある。ミレニアのものは彼女自身の個人的な感情によるものだが、シュミットの言は冷静な指揮官としての立場から出たものだ。シュミットの言うとおり、指揮官と副官が同時に倒れれば、その部隊は機能を失い、一挙に敗走してしまう。今の二人の命は、この部隊全員の命と天秤にかけられるほど重要なものなのだ。(でも……) 頭では理解していても、シュミットの言葉に不満が生じてしまう。(それだけなんですか、中佐……?) 自分が戦場に残ったことを心配するのは、部隊のためだけなのだろうか。 自分の身を案じてくれたからではないのだろうか。(中佐……) 昨夜告げた自分の想い。それに対する答えが、この言葉なのか。もしそうだとすれば、それは柔らかな拒絶に他ならない。「頼んだぞ……」 失意のミレニアに、シュミットはそれだけを言い残し、その場を後にした。 しばし立ち尽くすミレニア。そして、そんな彼女に吹き寄せる一陣の風。それに乗って踊る白い塊も、ぼやけたミレニアの目には映らなかった。 ・ ・ ・ ・ 数時間後―― シュミットの予想は、帰還した偵察機のレドラーによって現実のものとなる。 リアク山道の南側入り口に部隊を駐留させた共和国軍は、明らかに明朝以降の出撃用意を整えていた。 第38、第21両北部方面隊は共闘態勢をとり、ゼルマース駐留の共和国山岳部隊との第二次決戦に臨む。舞台は、吹雪に霞む〔薄氷の道〕である。ブラックライモス重ミサイル装備仕様全身にハリネズミの如く多数のミサイルを装備したタイプ。後方からの支援攻撃に用いられる。重量増加のため機動力はノーマルタイプに劣るが、その破壊力は絶大。多弾頭ミサイル、小型ミサイルポッド、対地ミサイル、対空ミサイルなど、多種多様なミサイルを装備する。今回第21北部方面隊が使用した機体の中には、全てのミサイルを対空ミサイルに変更された対空仕様が含まれていた。ディメトロドン地対空ミサイル装備仕様背中の左右に計四発の地対空ミサイルを装備したタイプで、ディメトロドンの優れたレーダーと連動したミサイルが、あらゆる空域、特に中高度以下の敵に絶大な効果を発揮。ミサイルの威力では、コング限定型の高高度対空ミサイルに匹敵する。ディメトロドン重装仕様背中のレーダー等の電子システムを多弾頭ミサイル発射システムに換装し、尾にもミサイルランチャーを装備した重装タイプ。背中のミサイルは発射された後、弾頭が数個に分かれて目標に命中。敵を破壊する。その弾幕は、敵の足止めはもちろん、小さな部隊を掃討することも可能。シンカー爆撃タイプホーミング魚雷を取り外し、爆撃用の爆弾を装備したシンカー。海軍ではなく、空軍に配備されている。爆弾は用途に応じ、無誘導弾、誘導弾、ナパーム、クラスター等、様々なタイプに換装が可能。レドラー偵察機仕様陸軍の様々な部隊に配備されている偵察用レドラー。元々兵装の少ないレドラーだけに、偵察機となってもその武装や形状に大きな違いはない。ただし、様々なセンサーや航空写真撮影用のカメラなど、非攻撃用の装備は非常に充実しており、索敵機能は通常機の数倍に相当。第38北部方面隊機は、レーダー波を吸収する特殊な塗料で、地上部隊と同じ白を基調とするカラーリングで塗装されている。レドラー標準装備のVTOL機能で、滑走路の無い山岳地帯でも不自由なく離着陸できる。
どうも感想のほう遅くなりました。ヒカルです。今回は戦闘はなく、各々の心情描写などが主となっているようですね。 特にミレニアのシュミットに対する思いというやつに惹かれました。自らの心中を垣間見せながらの描写は絶妙で目を見張るものがあり、実に素晴らしいものだったと思います。描写も一歩間違えばただのダラダラとした説明になり得る可能性がありますから、その辺かなり難しいものがあったと思います。(特にキャラが女性となると、男の私は苦労します)しかし物語を盛り上げていくにはこういったことも必要なので、特にこの場合第二戦突入前ということですから、かなり効果があったと私は思います。長編になる場合いかに読者を飽きさせないですから、ストーリーのバランスで私は苦労しますが…… というわけで、今回はあまり目立った感想を述べることが出来ませんでした。(あまりに上手なので……)それでは次回も期待しております。
「総員、搭乗!」 風鳴りに負けぬその一声で、吹雪くグラン山道から生身の人間が姿を消す。 吹雪と夜闇。そんな暗黒の世界に尚も佇むのは、真っ白に塗装された帝国軍のゾイドだけだ。 物言わぬ巨体。そんな金属の獣達の中でも一際大きい体躯を誇る一体が、その目を爛々と輝かせた。それに続くように、周囲の機械獣もその無機的ながらもどこか有機的な瞳を、続々と闇に浮かび上がらせる。 第21北部方面隊、第38北部方面隊の二隊からなる急造部隊は、共和国軍に先んじ、夜明け前に行動を開始した。「これより部隊はグラン山道を後退し、薄氷の道へ向かう。視界、レーダー共に最悪の状態だが、ここはオレ達の庭だ。何の問題も無いだろう」 オーロラ・ロックのコクピットから、部隊の全機に向けられる言葉。そこからは、この悪天候への不安や恐れなど微塵も感じられなかった。「第21北部方面隊は、隊形の中央へ。こちらが誘導する」『了解した』 部隊を代表し、隊長一人から寄せられた返答に、声の主は小さく頷く。「先頭は、高速戦闘隊。21部隊機のサポートを忘れるな」『……了解』 今度の返答は女の声。静かな返答に、またしても声の主は頷く。「全機、出撃する!」 最後の一言は、再びこの場の全員に向けられたものだ。主が装着したヘッドセットから伸びるマイクを介し、グラン山道の全てのゾイドに行き渡った声は、否が応にもそれらを操るパイロット達の心を引き締めた。 凍りついた雪原から、部隊の先陣を切るサーベルタイガーが、その巨大な足を持ち上げる。その直後には、グラン山道全体が吹雪の唸りにも似た機獣の低い足音に晒されていた。 ZAC2046年4月の深夜の出来事である。 ・ ・ ・ ・「おぅおぅ。ご立派な演説だったな?」 揺れ始めたコクピット。いつも通り、隣からは賑やかな野次が飛んでくる。「うるさい! 大佐がいるんだからしょうがないだろうが!」 声の主――シュミットは、先程の威厳もどこへやら。ヘッドセットのマイクを握り込み、〔小声〕で怒鳴りつける。「へへっ、立場があるヤツは大変なもんだな」 こちらはというと、何も制約が無いスタンレー。大声で話すと部隊全てに会話が丸聞こえになってしまうシュミットと違い、それこそ言いたい放題である。「ああいうのはガラじゃないんだ。金輪際、お断りだ……」 元来、シュミットは人の上に立つのがあまり好きではない。他人に指示を出すなど以ての外だ。 だが、今回ばかりはそうも言っていられないのだ。何しろ世話になった恩人の部隊と共同で事に当るのである。大佐一人ならいざ知らず、部隊ごと相手にするとなれば、少しくらい格式張って見せないと示しがつかない。(そんな理由さえ無ければ、絶対にお断りだ) しかしながら、それでもなかなか堂に入ってしまうのが、また気に入らないのだが。「いいじゃないか。けっこう似合ってるんだぜ? 仲良しの彼女が、泣いて喜びそうなくらいな」 どうやらスタンレーにも好評らしいシュミットの指揮官振り。しかし、今の冗談でシュミットの顔に一瞬影が差した。(はてさて、ちょっと強く言い過ぎたかな?) 昨日の昼間だったか。ちょっと気が弛み気味だったミレニアを、少々素っ気なくあしらってしまった。一瞬しか見えなかったが、酷く傷ついた顔をしていたように思う。(しかしな。あまりいい傾向じゃないからな……) 昨日の戦闘では、確かにいい動きをしていた。しかし、些細な事で――彼女にしてみれば一大事なのだろうが――取り乱してしまうのは良い事ではない。誰が誰を好きになろうと勝手だが、死んでしまっては元も子もないのだ。 そして―― “この戦いが終わってから” 一昨日彼女と話した時、シュミットは、戦闘はリアク山道で終結するだろうと思っていた。彼女の方は、リアク山道での戦いが終わってからだと考えたのだろう。 しかし生憎、戦いは舞台を移し、なおも進行中だ。 この戦いが終わったら、今度こそ彼女と話しておこう。「おい、どうした?」 スタンレーが肩をつつくまで、シュミットは戦場に不似合いな思考に陥ったままオーロラ・ロックを操っていた。我に返り、自分も似たようなものだと苦笑してしまう。「シュミット、しっかりしろよ。ただでさえきつい戦いだ」 終いには、スタンレーにそんな事まで言われてしまう始末だ。いつもとは立場が逆転してしまっている。「分かってるさ。しかしオマエに言われてるようじゃ、オレの症状も相当深刻みたいだな」 冗談を交えて答えながらも、スタンレーの台詞でシュミットの気持ちは一気に引き締められていた。 昨日の戦闘で損耗した戦力については、第21北部方面隊との共同作戦という形でなんとか解決している。しかし、一晩という限られた時間の中で、損傷した機体全てに修理・補給を行うのは、設備も少ない前線では不可能なことだった。 シュミットはコクピットから、自機の左肩へと視線を送る。オーロラ・ロックのミサイルポッドには今、フルロードには程遠い数の弾数しか収まっていない。シュミット自身が、なるべく補給の簡単な武装から行うよう指示したからだ。そのため背部には、強力な長射程ミサイルが普段どおりの先鋭なシルエットを落ち着けており、右肩の6連ミサイルランチャーにも、弾薬は一杯まで装填されていた。 しかし、コングはまだ良い方だろう。イグアン、ツインホーン、ライモス等多彩な武装を持つ機体は、弾薬の補給がまるで追いつかなかった。特に第38北部方面隊には、昨日の戦闘で弾薬を使い切ってしまった機体も多く、今は不安な行軍を続けていることだろう。 一方の第21北部方面隊は途中からの参戦ということもあり、重装ディメトロドンなど派手に弾をばら撒いた機体を除けば、弾薬にもまだ幾分の余裕が有り、一晩の補給でも十分な状態となっている機体が殆どだった。 相手はどうだろうか。共和国軍の方も拠点から離れた出戦であるだけに、満足いく設備は無いだろう。しかしあちらは、最初から薄氷の道での戦闘も想定していたのだ。補給物資の面では、こちらを上回っている可能性があった。(厳しい戦いか……) 敵の戦力は圧倒的。地の利を活かした戦闘を展開しても、苦戦は必至と考えるべきだろう。 ここは腹を括るしかない。「どうした? 指揮官がそれじゃ、部隊の士気にも関わるぞ?」 小難しい事実など自分とは無縁と言った声音で声をかけてくるルイーオに、言葉ではなく曖昧な笑みを返しながら、なおもシュミットは操縦桿を操り続けるのだった。 ・ ・ ・ ・ モニターの映像は凄まじい吹雪。視界はまるで効かず、ふとすれば両側の山肌へと機首を向けてしまいそうになる。レーダーもノイズが酷い。(そういえば、あの日もこんな吹雪だったわね……) 自慢の脚力を己から封印し、進む部隊の戦闘に立つサーベルタイガー。そのコクピットでは、ミレニアが注意深く愛機の操縦桿を操作していた。しかし、それも体が半ば無意識的に行っている事。頭の方は、まるで別の所に行ってしまっている。(中佐の中には、絶対にあのことが残っている。自分で気付いていなくても、忘れていても、心の一角を占めている……) あの吹雪の日に、中佐の心に刻み込まれた傷。その傷故に、自分の居場所が彼の中には無いのだろうか。 そんな詮無い事まで考えてしまう。作戦行動中だというのに、本気でどうかしている。(あの人の傷を癒すのは、自分の役目だとどこかで思っていた。自分にしか出来ないと……) その身勝手な驕りこそが、自分の過ち。(私には過ぎた思いなの? 私に出来るのは、精々が戦いの手伝いでしかないというの……) その時、自分の意識がわずかながらも冷めたのが分かった。 しかし、それでいい。それが絶望から来たものだとしても、これから戦地、或いは死地に赴く者にとっては、ベストではなくてもよりベターではあるはずだ。「……ここね」 ミレニアの思考が一点で帰結したのと同時に、彼女は愛機の足を止めた。吹雪の向こうから岩肌が消え、新たな道が伸びているのが微かに確認できる。「隊長、薄氷の道の入り口に到着しました」 ・ ・ ・ ・ ノイズ混じりの通信に、全隊がその歩みを止めた。「よし、斥候を立てる。メビウス中尉、高速戦闘隊から選抜してくれ」『…………』「どうした、中尉? 復唱しろ」『りょ、了解』 ミレニアの様子に一抹の不安を覚えないでもなかったシュミットだが、ここで深く言及するわけにもいかず、結局はそこまでにしておく。その間にも、斥候のヘルキャットとサーベルが数機ずつ、薄氷の道へと飛び込んでいった。「敵との差は、まだまだでかいよな……」 スタンレーの問いに、シュミットは厳かに首肯する。 彼の声にも、少々緊張の色が見て取れた。無理も無いだろう。 昨日の戦闘でいくらかの戦力は削ったものの、こちらとの差は未だに大きい。その上、相手には想定内の事象だろうが、連日の作戦行動ということもあり、こちらは補給もままならない状況だ。最悪、戦力の差は昨日より広がっているかもしれない。『シュミット。敵との会敵予想地点は?』 隊長機同士のホットラインを用い、今度はバーミットが問うてくる。シュミットは記憶の底から、薄氷の道の地図を引っ張り出した。「相手の規模にもよりますが、〔フォー・スクラッチ〕の出口あたりが妥当でしょう」『フォー・スクラッチ……』 薄氷の道は、リアク山道とグラン山道を迂回する形で存在する、かなり長いものだ。その名の由来ともなった危険地帯も、その道程全てがそうというわけではない。全体から見れば、あくまで一部分である。そのあまりの危険さ故に、命名の由来となったに過ぎないのだ。 四本の爪痕と呼ばれる谷間も、そんな安全地帯の中の一角である。 その名の通り、まるで爪で穿たれたかのような細い谷間が四本、南北に走っている地点で、薄氷の道の中間から少々南、つまりリアク山道やゼルマース寄りに位置している。そこより南が、クレバスの群生地帯だ。 大部隊の進軍ともなれば、戦力の分散は必至という戦略地点だ。「共和国軍も対策を講じたとはいえ、あのクレバスの上を全速で走破することなどできないはずです。こちらとの進軍速度を比べれば、矢張りそのあたりが適当だと思いますが」『なるほどな……』 納得するバーミットの声を聞きながら、シュミットは今回の作戦の概要を脳内で反芻する。 フォー・スクラッチを突破するにあたり、部隊を四つに分けることが決定済みだ。西の谷間からA、B、C、D、と仮称し、Aへシュミット。Bへ第21北部方面隊副官のシュタイナー=ディエトロ大尉。最も広い道幅を持つCへミレニア。Dへバーミット。各々が分散した部隊を率い、進入する手筈だ。 会敵した場合は確固撃破。出口で集合し敵の本隊との本格的な戦闘へ入る予定となっている。 放たれた斥候はその快速を活かし、進行路の状況確認と、威力偵察として敵部隊の状況を確認する任務を負う。彼らが戻り次第、本格的に作戦が開始されることになっていた。「まったく……まさかこんな山ん中で、二日連続の戦闘に付き合う羽目になるとは……」 ちょうど頭の中での作戦確認が終わった所で、隣のルイーオが先程の緊張もどこへやらといった口調でぼやき始めた。言葉通り先日からの疲労もあるのだろうが、どちらかといえば斥候が帰還するまでの退屈な時間を持て余しているらしい。「まぁぼやくな。オレ達の基地も今は最前線だからな。こういう事もあるさ」 シュミットにしてみれば、これくらいも予想の範囲内。別段ぼやくほどの事ではない。連日の戦闘も、今から始まる小一時間の空白の時間も――「ゆっくり待とうじゃないか。最後の休憩だ」 そう諭し、振り仰いだスタンレーの顔は……「なんだ。もう休んでるじゃないか……」 規則正しい寝息をたてる、静かな寝顔となっていた。 ・ ・ ・ ・(だいぶ窮屈な思いをしたようだな……) 吹雪に晒されるホワイト・ロックのコクピットでは、オーロラ・ロックとの通信を終えたバーミットがその顔を苦笑の形に歪めていた。 今交わした会話は、なかなかくだけた口調によるものだった。相手は随分ホッとしていたようにも思う。(なに、こういう経験も無駄にはならんだろうさ) 自分の背中を見て成長してきた者には、演説のような格式張った物言いはあまり慣れたものではないだろう。きっと今頃は、肩肘を張った言動から解放され、羽を伸ばしているに違いない。 自分が原因となっていることは分かっているが、そこを考えないのが良くも悪くも、バーミット=フェルゼンという男なのである。「どうしました?」「いや、なんでもない。ちょっと、昔の事をな……」 相棒のガナーが不思議そうに覗き込んでくるのを嗜め、視線を横手のモニターへと移す。 吹雪はいよいよその激しさを増し、有視界での行動はいよいよ困難を極める状況になってきた。ここからは、行動を共にする第38北部方面隊の土地勘が頼りになってくる。(頼りになるかな……いや、心配は無用か……) 自慢のヒゲをしごきながら、再び苦笑を浮かべる。 かつて部下だった者に案内され、戦場を進む。自分が情けないとか、出世した部下が妬ましいとか、そんな気持ちは毛頭無い。言うなれば、立派に成長した我が子を見る親の気持ちである。 元部下――シュミットが士官学校を卒業し、バーミットの部隊に配属されてきた時は、散々その尻を蹴飛ばしてやったものだ。その若造が、いつの間にか自分と同じ規模の部隊を率いて戦場に立っている。同じ戦場で肩を並べ、いや今回の場合、むしろ自分の方が指揮下に入っているのだから、現実とは分からないものだ。(オレも歳をとるわけだ……) 過去へ思いを馳せるようになるのは、老いの始まりだとどこかで聞いたことがある。 今度は別の理由で、バーミットは苦笑を浮かべることになった。『大佐。どうやら第一陣が帰還したようです』 今度は元ではなく、今現在の副官から寄せられた声に、バーミットはようやくその苦笑を収める。その目つきは途端に鋭く、歴戦の兵士のものとなっていた。「いよいよか……」 ・ ・ ・ ・ 帰還したのは、部隊の進路を確認に向かった部隊だった。彼らがもたらした情報は、すぐさまシュミットの下にもたらされる。その中でも、特に作戦に関わる重要なものが一つ。「B路が進行不能……か」 フォー・スクラッチの四つの谷間のうち、Bと仮称された進路が雪崩で埋もれ、進行不能だと言うのだ。『B路は、確かウチのシュタイナーの担当だったな?』 シュミットから報せを受けたバーミットと共に、今後の動きを検討する。副官である当のシュタイナーと、シュミットの副官ミレニア。この二人も参加している。『では私の隊は、打撃力に劣るメビウス中尉の隊に同行するべきかと思います。C路なら道幅も最も広く、二隊で進むには最適です』 シュタイナーの意見は理に適ったもので、他の者が異を唱える理由などどこにも無いように思われた。しかし理だけで割り切れぬのが、人間の世界なのである。『いえ、増援は無用です。ディエトロ大尉の隊は、D路のフェルゼン大佐の隊に同行してください』 一瞬、他の三人には何が起こったのか理解できなかった。言葉の主――ミレニアこそ、理で覆われたシュタイナーの意見に最も賛成していると思っていたからだ。『それは……確かにD路でも二隊での行動はできるでしょうが、それでもギリギリです。あまり有効とは……』 シュタイナーが言いにくそうに反論する。別の部隊と言うことで、気を遣っているのだろう。「大尉の言うとおりだ。別に悪い意見ではないと思うが?」 シュミットこそ、最も彼女の反対に驚かされたのだが、それも言葉には出さない。ミレニアの自分への想いを知る彼には、何となくだが、彼女の考えが分かった気がしたのだ。 守るための戦い。それは私闘に他ならない。ミレニアは自分の想いに、邪魔を差し挟まれたくなかったのだろう。 しかしシュミットの反対にも、ミレニアは意見を変えなかった。自分なりの理由を武器に、反論を開始する。『私の部隊は、高速戦闘隊です。それも、急遽編成された第21部隊との合同部隊。連携しての行動には、未だ不安が残ります。なるべくなら、不安要素は極力少ない方が……』『私の隊が加われば、その不安要素が増すというわけですか……?』 彼女に向けられたシュタイナーの質問は、一見すれば皮肉ともとれる。しかし一皮剥けば、そこにあるのは冷たい敵意だ。ミレニアの台詞は、彼のプライドを傷つけるに足るものだったようだ。『よせ、シュタイナー』『…………』 バーミットに窘められ、それ以上シュタイナーが言葉を続けることは無かった。だが、その沈黙に納得した雰囲気は微塵も感じられない。『いえ大佐、私の言葉が足りませんでした。いらぬ誤解を招いたのは謝罪します』 シュミットもミレニアを止めようとするが、それよりも早く、彼女自身が口を開いている。シュミットはちょっとした肩透かしだ。『私が言いたいのは、大尉の隊と私の隊の性格の違いです。C路が広いとはいっても、谷間であることには変わりありません。私の隊は、その機動性こそ生命線。同行する部隊が増える場合、それを犠牲にせざるを得ません』『そうですか……』 ミレニアの丹念な説明に、ようやくシュタイナーも納得したようだ。不機嫌気な沈黙を破り、元の静かな口調で応じてくる。『私の早とちりだったようで、失礼致しました』 その言葉に、シュミットはホッと胸を撫で下ろした。ここで両隊の首脳部に亀裂が生じていては、とても勝ち目は無い。それに加え、恩師の部隊に対してあまりに無礼千万だ。内心焦りっ放しだった。『まぁ中尉がそう言うんなら、それも構わんさ。オレもシュタイナーも、別に文句は無い』 最後はバーミットの鶴の一声。なかなかこじれた作戦会議も、ようやく終結である。「分かりました。ではディエトロ大尉の部隊は、フェルゼン大佐の部隊と共にD路を抜けて下さい。後は、斥候の第二陣が戻り次第検討するという方向で……」『あぁ、了解だ』 シュミットの言葉でこの作戦会議は締め括られた。 そして、再び待つ時間が到来するかと思われたのだが――『隊長、威力偵察隊が戻りました』 貴下の機体からの通信が、そんなシュミットの耳にとどいた。 ・ ・ ・ ・ 時間を少々遡る。 フォー・スクラッチを一気に突破し、薄氷の道の肝でもあるクレバス群生地帯に差し掛かった威力偵察隊。彼らの任務は、敵部隊の規模、戦力を偵察、また必要な場合は戦闘によって把握することだ。『敵はまだ先よ。急いで』 威力偵察隊を率いるのは、第38北部方面隊のアデール=スィージン軍曹。ミレニアの懐刀である。彼女は先頭を走るサーベルタイガーのコクピットで、この威力偵察隊を指揮していた。『オーリック伍長。21部隊の方は大丈夫ですか?』 同じ雪原とはいえ、道が違えば雰囲気も違い、いくらか自分のリズムを崩す。 そんな現象と戦いながらも、高速を維持して愛機を疾走させるクリフォードのヘルメット内に、アデールの気遣う声が響いた。「えぇ、なんとか。部隊のメンツにかけて、意地でもついていって見せますよ」 一帯の地理に明るい第38北部方面隊の高速戦闘隊傘下に、第21北部方面隊高速戦闘隊が加わる形で構成された威力偵察隊。そこで21部隊の面々をまとめるのが、このクリフォード=オーリック伍長だった。機体はヘルキャットだが、その安定した技術と、分隊長としての能力には定評がある。『そろそろクレバスの群生地帯が始まります。停止してください』「了解」 その指示を受け、部隊全機がスローダウン。前進を止めた機獣の群れは、吹き荒れる吹雪にも動じることなく、まるで彫像のように雪原に佇立する。『今から付近の地底調査を開始します。全隊、そのまま待機してください』 通信はアデールのものだった。しかしそれは確認に過ぎず、部隊の者も認識済みだ。(ちょっと休憩か……) クリフォードは、握り込んでいたスロットルレバーと操縦桿から手を離した。「ふぅ……」 狭いコクピットに苦労しながら凝り固まった体を伸ばし、一息つく。ふとモニターに目をやれば、数機のサーベルが鼻先を地面にこすりつけるように付近をうろついているのが、吹雪の向こうに微かに確認できた。 サーベルの鼻先、そして脚部には、ある種のセンサーが標準装備されている。 鼻のものは、サーベルタイガーの野生体が本来持つ感覚器官に相当する器官を、戦闘機械獣への改造後も利用したもので、敵性体の発見や周囲の状況認識に威力を発揮する。一方脚部のセンサーは、走行する地面の状態を確認するための対地センサーだ。 そして北部方面隊の機体は、それにさらなる改良を加え、雪原下の状況を掴むのに用いる。クレバスは、何も薄氷の道に限った危険ではないのだ。 偵察も行い、部隊の先陣を切るサーベルだからこその装備。しかしそれ故に、クレバスへ落下する危険とも隣り合わせであり、事実そうなった機体も数知れずだ。(ヘルキャットで良かった……) ヘルキャットにも似たようなものは装備されているが、コスト等の問題からサーベルほどの性能は無い。 胸の内で表情を綻ばせながら、クリフォードは徘徊するサーベルを見守っていた。 ・ ・ ・ ・ 危険な調査の結果、矢張り地下には補強が入れられ、かなりの規模のゾイド部隊の行軍でも、耐えられるようになっていることが判明した。これほどの手の入れ様となると、共和国軍もかねてからこの作戦を計画していたのかもしれない。『少々時間がおしています。地底に異常は見られませんので、このまま一気に突破し、予定通り敵勢力の偵察に向かいます。オーリック伍長もよろしいですか?』「無論です。待つだけの身は心苦しかったですよ」 気取ってみた言い回しも、ミレニア仕込みの能力と性格を有するアデールにはまるで意味を成さなかったが、急造部隊の旧交を温める効果はあった。通信を介し、複数の押し殺した笑い声が聞こえてくる。「…………」 クリフォードの無念な沈黙を余所に、部隊は歩み、いや走りを再開した。雪原は雪煙を巻き上げながら、彼らの機体の重量を確かな感触と共に受け止める。最早、彼らの疾走を遮る障害は何一つ無い。「あるとするなら、それは……」 自分達と同じ、機械の獣を駆る兵士に他ならなかった。 ・ ・ ・ ・『敵先遣隊を捕捉した!』 ものの数分の疾走で、威力偵察隊は共和国軍を発見した。先頭のサーベルのセンサーは吹雪にも狂わされること無く、敵を捕捉したようだ。(きたきた……) 愛機の操縦桿を握り直し、吹雪の向こうを見透かすようにその目を細めるクリフォード。そこに動く物の姿は無かったが、それくらいで通信――アデール女史の言葉を疑うことはしない。「どうするんです、スィージン軍曹?」 敵の先遣隊は、フォー・スクラッチでこちらの本隊に奇襲を仕掛けるためのものらしかった。高速ゾイドを中心に編成されており、その規模はこちらを上回る。 谷間である薄氷の道で、正面から接近する敵部隊をやり過すのは至難の業だ。発見されれば、恐らく戦闘は避けられない。いや、既に発見されているかもしれない。『回避は無理です。スピードを緩めず、一気に勝負をかけます』「了解!」 回答は、クリフォードが期待した通りのものだった。 彼らはまるで何事も無かったかのように、同じ速度で敵の部隊に突っ込んでいく。そして遂に、先頭のサーベル――アデールの機体が敵を射程内におさめた。 彼女の放ったビーム砲は、吹雪の向こうのコマンドウルフに炸裂する。そしてその轟音が、本格的な戦闘開始の合図となる。『無理をせず、頃合を見て退却します。退却命令に注意するように』 手順を確認するアデールの声にも、最早答えている余裕は無かった。 クリフォードの目の前にブリザードを突き破り、コマンドウルフが躍り出てくる。「おうっ!?」 慌ててヘルキャットをジャンプさせ、相手の初弾にして必殺の一撃を回避する。「くそったれ……視界が悪すぎだ」 思わず毒づきながら、着地した愛機を再び敵に向き直らせる。その隙を突いて、再びコマンドのビーム砲が火を吹いた。「うわっは!」 光条は愛機の足下で炸裂し、衝撃が気体を伝わってコクピットを揺らす。どうやら先手を相手に取られたことで、戦闘のペースを握られてしまったらしい。「やってらんねぇよ。相手はコマンドだぞ……」 周囲からの攻撃にも気を配りながら、コマンドが乱射するビームをかわしていく。と言っても、ただ遮二無二機体を走らせ、敵の射線上から逃れるだけだが。「コマンドだからっていい気になるなよ。こっちも撃たせてもらうぜ!」 ヘルキャットの背中の砲塔が回転し、こちらへ伸びてくる火線の根本を狙う。 操縦桿の発射スイッチを押し込むと同時に、吹雪で舞う雪を一瞬で蒸発させ、敵手へと光が伸びた。手応えは……無い。 それによって戦闘は一気に、二台が縦に連なった追いかけっこへと変化する。(さすがに、あれくらいでやられてはくれないか……) 別に期待していなかったが、やはり悔しい。 そんな些細なことに気を取られていたわけでもないが、クリフォードは新手の接近にまるで気付けなかった。「っ!」 後方のコマンドから顔を戻せば、スパークする牙を閃かせ、今にも自分ごとコクピットを噛み砕かんとする別のコマンドの姿が目に入る。寸前でそのコマンドが吹き飛ばされていなければ、クリフォードの命は今頃、あの世へ超特急だっただろう。 駆け抜けた視界の端で、ボディを撃ち抜かれたコマンドが爆発し、吹雪の壁がオレンジ色に染まった。『伍長、敵の規模はこちらより上です。気を抜けばやられますよ』 気を抜けばやられるのはどこも同じだろうに、と具にもつかない言葉は押し留め、いつの間にやら並走を始めている白い影に視線を送る。「お恥ずかしい限りです」 命の恩人――アデールに微妙な言葉を返す間も、後方からの執拗な攻撃は続いていた。そろそろ本気で危ない。『仕留めます。援護を!』 隣のサーベルが吹雪の向こうに消える。「え、援護ったって……」 止まって方向転換などしようものなら、間違いなく狙い撃ちだ。仕方なく、クリフォードは左へ大きく円を描くようにヘルキャットを走らせる。敵との距離がいくらか縮まるが、均衡を抜け出すには敵を真後ろから引き剥がさなくてはいけない。「っ!」 目の前を通過したビームの光に肝を冷やしながら、自動照準で狙いをつけたビーム砲のトリガーを押し込む。多少の牽制でもできれば、後は軍曹が仕留める……はずだ。「お早く頼みますよ、スィージン軍曹!」 射角ぎりぎりの位置にいるコマンドで、ロックし続けることすら困難だ。必然、攻撃の狙いは甘くなる。敵も気付いているのか、まるで怯んだ様子も無く攻撃を続けてきた。 武装の豊富さ、出力、装甲、速度。ヘルキャットがコマンドに勝てる要素は、サイズの差からくる小回りくらいしかない。そして、それが生命線。そこを活かして、素直な走行ラインを描かずに、とにかくランダムな操縦で敵の攻撃を回避する。 しかし、そうすると今度はこちらの狙いも定まらない。「えぇい、埒があかん! 軍曹、もう限界です!」 そう言った刹那。背後からの射撃が唐突に収まった。『伍長、動きすぎです……追いかけるこちらの事も考えてください……』 アデールの疲れた声が、耳元で呟く。「無茶言わないでくださいよ! 逃げなきゃやられるんですから!」 クリフォードは機体を、後方から歩み寄ってきたサーベルと向き合わせ、文句をぶつけてやった。『とにかく、そろそろ潮時です。あまり長居をしては、数で劣るこちらの不利です』 こちらの言葉はすげなく聞き流されたが、クリフォードも彼女の言には賛成だった。時間が経てば経つほど、苦しくなるのはこちらなのだから。「了解です。そろそろ退きましょう」 幸いにも敵に捕捉される前に首脳陣の会談は終了し、部隊の全機に撤退命令が走る。予め決められていたこともあり、帝国軍の威力偵察隊は一糸乱れぬ動きで来た道を引き返し始めた。 ・ ・ ・ ・ どうやらクリフォードとアデールの機体は、動き回っているうちに敵部隊を突破してしまっていたらしい。二機は味方を追撃する敵部隊の背後にちょっかいを出しながら、全速力で疾走する。 それに慌てて、動きが止まった敵を追い抜き撃ち抜き。そうして敵陣を突破した頃には、追撃の手も既に消えていた。「偵察の意味が無かったか。いやはや……」 一息つき、そう呻くクリフォードだったが、彼もこれ以上の前進が不可能なのは十分理解していた。これ以上の被害が出ては、なんの情報も持ち帰れなくなる。『あれだけの規模の奇襲部隊。敵の本隊は、かなりの戦力があるとみていいでしょう……』 それに応えたアデールの言葉は、この偵察行が無駄ではなかったことをクリフォードに伝えようとしているかのようだった。『先遣隊の奇襲を回避できたことで、良しと――』 しかしそこで突然、アデールの言葉が途絶える。 だがクリフォードにも、それを認識している余裕は無かった。いきなり右手からの衝撃で、自分が操るヘルキャットが吹き飛ばされたのだ。「ぐっ……」 不可視の拳で殴り飛ばされたかのような衝撃に歯を食い縛り、ともすれば暗転しそうになる意識を必死に繋ぎ止める。 小型ゾイドとはいえ、二十トンを超える金属の塊がおもしろいように宙を舞っていた。そしてそれを感じとる暇も無く、雪原に叩きつけられ、そこからさらに二転三転し、あわや崖にめり込む寸前という所で雪塗れになって停止する。谷間の中心部を走行していたにも拘らず、である。「つぁ〜……軍曹、一体何があったんです?」 コクピット内で派手にシェイクされながらも、クリフォードは失神を免れていた。どこかに打ち付けたらしく、右腕が少々痛むが、他には目立ったケガはない。状況がつかめず、未だに靄がかかったままの頭を振りながら、今最も身近にいるはずの人物に問い掛ける。『…………』 しかし、それに答える声は無い。「軍曹? スィージン軍曹?」 不審に思ったクリフォードは機体をチェックし、それがまだ動くことを確認すると、つい数瞬前まで自分がいた場所を目指し、労わるようにゆっくりと愛機を歩ませ始めた。しかし実際は、次々と湧き上がってくる嫌な想像が、現実となることが怖かっただけなのかもしれない。 あの時、衝撃は右から来た。そしてそちらでは、彼女のサーベルが自分同様に雪原を疾走していたはずなのだ。「スィージン軍曹!?」 不安を追い払うように、ヘルメットから伸びるマイクへ叫ぶクリフォード。しかし彼の想いは、吹雪の向こうにもうもうと立ち昇る黒煙と、ゆらゆらと揺れる炎によって裏切られた。「こ、これは……!」 状況を確認するため、その炎のすぐ隣にヘルキャットをつけたクリフォードは、その光景に言葉を失った。 原形を留めぬまでに破壊されたサーベル。白く美しい機体は、もう見る影も無い。胴体からは四肢がことごとく千切れ飛び、その衝撃の威力を物語っていた。周囲で吹雪にかすむオブジェのような黒い影が、恐らくその四肢であったものだろう。 コクピットのある頭部も炎に包まれている。牙はへし折れ、その形も大きく歪んでおり、パイロットの生存は絶望的だった。 その無残なサーベルの残骸はクリフォードに、帝国軍高速ゾイドパイロットの語り草――バレシア湾でのダニー=〔タイガー〕=ダンカン将軍の最期を想起させた。(いったい何が……) 目の前の惨状に戦慄しながらも、クリフォードは必死で頭を働かせる。 状況から、なんらかの攻撃を受けたことは明らかだ。サーベルのトラブルなどではない。恐らくは、大口径砲による砲撃。奇襲部隊にその手の機体はいなかったから、長距離砲撃である可能性が高いだろう。 そしてこの派手な残骸から、使用されたのは徹甲弾ではなく榴弾。それも直撃弾である。「っ……!」 そこまで考え、クリフォードは即座に愛機の身を翻した。 敵は、自分への攻撃手段を持っている。ここで討ち果たされては、この事実を本隊に伝えることもできない。「くっそぉ!」 ヘルキャットのコクピットで、目の前のパネルを力一杯殴りつけるクリフォード。皮膚が破け、血が飛び散っても、何度も何度も…… アデールの生死の確認すらできず、ただ踵を返しただけの自分が、情けなくて、悔しくて、どうしようもなかった。 外の吹雪は彼の心を映すかのように、いよいよ激しく吹き荒れ始めていた。 ・ ・ ・ ・(アデールが……) 威力偵察隊から上がってきた報告に、ミレニアは己の唇を噛んだ。 アデールは彼女の右腕であり、全幅の信頼を寄せる親友でもあったのだ。故に威力偵察隊でも、彼女にその指揮を委ねた。 そのアデールが命を落としたのだ。自分が下した命令によって。(ゴメンなさい……) シュミットやルイーオに相談したとしても、彼らは口を揃えてミレニアのせいではないと言うだろう。しかしそうだとしても、ミレニアは自身に対する責任を感じずにはおれなかった。「よし、話は分かった……」 そうして一人表情を曇らせ黙考するミレニアを余所に、首脳陣の会議は続いている。 シュミット、ミレニア、バーミット、シュタイナー。そしてそこに、威力偵察隊として直接報告に来たクリォードを加えた五人は、各々がゾイドを降り、直接顔を揃えて今後の方針を検討していた。風除け代わりに佇むゾイド達の足元で、難しい表情で雁首を並べている。 報告という役目を終えたクリフォードはもうこんな寒い所にいる理由は無いはずなのだが、何故か押し黙ったまま、この場に留まっていた。「この天候で直撃弾というのは、単なる偶然かもしれんが。しかし、サーベルを一発で吹き飛ばす威力となると……」 バーミットがあごのヒゲに手をやりながら呻く。「無視はできないでしょうね。あの谷間を進むとなれば、部隊の密集は避けられません。効果範囲の広い榴弾は、凄まじいまでの威力を発揮するでしょう」 上官の言に、賛意を表すシュタイナー。こちらも顔をしかめ、静かに首を振っている。 事実、昨日のリアク山道でも、細い谷間でのゴジュラスやカノントータスの砲撃は、密集した帝国軍部隊に甚大な被害を与えたものだ。「小型ゾイドの武装に、そこまでの威力を持つ砲は無い。となれば大型……恐らくはゴジュラスMk−Uのキャノン砲だろう」 シュミットも、特に反対意見は無さそうだ。腕まくりした袖から覗く浅黒い腕を組み、自分の考えを述べる。「ゴジュラスか……しかしだからといって、恐れていてはどうしようもないからな。被害は覚悟で、進むしかなかろう」 バーミットの言葉に、ミレニアとクリフォードを除く全員が頷いた。 結局はこうなるのである。戦闘が避けられぬ以上、いつかは戦わなければならないのだ。「間違っても、フォー・スクラッチのような逃げ場の無い所で戦闘に入るわけにはいきません。ここは早々に部隊を進めてフォー・スクラッチを突破し、薄氷の道の中でもなるべく広い場所で戦った方が得策でしょう」 シュタイナーの補足で、部隊としての方針はおおよそ決定する。 だが、ミレニアの頭には次の作戦のことなどまるで無かった。指揮官失格と言われようと、彼女の頭の中では既に自分のやるべきことが決まっていたのだ。「メビウス中尉は何か意見がありますか?」 そんな時、シュタイナーがふと話を振ってくる。しかし無論、今のミレニアにはとどかない。「大尉、今彼女は……」 黙して俯くミレニアに変わり、シュミットが口を開いた。彼はミレニアとアデールの関係を知っている。戦友、そして親友を失った彼女の気持ちをおもんぱかっているのだろう。 しかし実の所、今の彼女にそんなものは必要なかったのだ。 きつく引き結ばれていたミレニアの唇が、何か言いたげに微かにうごめく。「ふむ……どうも中尉は、今回の作戦に参加しない方が良さそうだな」 しかし、彼女の口が言葉を発するより先に、周囲の冷気に優るとも劣らない冷たい声が、その場の者達の耳にとどいた。瞬間、場が一気に固まる。「た、大佐……」 うろたえたのはシュミットだ。目を点にして、厳しくも、どこか相手を嘲るような表情の言葉の主――バーミットを凝視する。「その状態では、とても部隊の指揮などできはしまい。ただでさえ戦力は向こうに分があるんだ。貴重な戦力を、むざむざ無駄にするわけにはいかんからな」 冷たい怒気を孕んだ言葉は、無論ミレニアに向けられている。「それにそんなザマでは、私のかわいい部下達を預けるわけにはいかん」 ミレニアとバーミット。当事者の二人を、他の三人は固唾を飲んで見守る。誰も間に入らないのは、二人の間の雰囲気がそれだけ緊迫したものだからだ。「……手なこ……を……」 しばしの沈黙の後、今度はミレニアの口が動いた。その声は微かで、言葉の端々が聞こえないにも拘らず、何か得体の知れない迫力で満ち満ちている。「ん? 何か言いたいことがあるか、メビウス中尉?」 その声に片眉を跳ね上げたバーミットだったが、反応はそれだけで、再び挑発的な言動を取る。「勝手なことを言わないで……」 ミレニアの二度目の声は、確かに全員の耳にとどいた。それも不可解な悪寒を伴って。「ミレニア……」 全員の視線がミレニアに集中する。 そんな中、ミレニアは俯いていた面を持ち上げ、目前のバーミットを見据えた。「っ!」 それだけで、バーミットの表情が一変する。それまで顔を支配していた嘲りの気配が姿を消し、代わって驚愕とも恐れともつかぬものが浮かび始めたのだ。「私はもう……私の大切な人達を……死なせるわけにはいかない。絶対に!」 ある種の狂気にも似た表情を浮かべ、バーミットに詰め寄るミレニア。その迫力には、歴戦の兵士ですらその表情を強張らせる。「誰の許可も求めません。私は、私の大切な人を守ります!」 遂にはそう宣言し、踵を返して愛機のサーベルタイガーへと歩み去ってしまった。「ミレニア!」 呼び止めるシュミットの厳しい声にも、彼女がその歩みを止めることはなかった。 ・ ・ ・ ・(ミレニア……) 一瞬、ミレニアを引き戻そうかと足を踏み出したシュミットだったが、彼が二歩目を踏み出すことは無かった。ここはまず、大佐へ謝罪すべきと考えたのである。 それを見て取ったのかどうかは分からないが、一人押し黙ったままだった威力偵察隊のクリフォードが、彼女の後を追って駆けていった。「すいません、大佐……」 部下の不始末は、上司の責任というのが世の常だ。シュミットは深々と頭を下げ、一種懐かしいとも言える大佐の叱責を待った。「いや、気にするな……」 しかし、覚悟した怒鳴り声は無く、彼が代わりに耳にしたのは普段どおりのバーミットの声だった。「え……?」 理由が飲み込めず、バーミットの表情をうかがうシュミット。だが、ミレニアとクリフォードが去っていった方向を見つめるその表情は、依然として厳しいままだ。「気にするなと言ったんだ。私が挑発した結果だからな」 矢張りと言うか何と言うか。バーミットの調子は全て計算ずくだったようだ。恐らくは、気の抜けたミレニアに発破をかけようとでもしたのだろう。 しかし、結果は見ての通り。どうやら妙なスイッチが入ってしまったらしい。(最近、どうも情緒不安定だな……) 以前の冷静な副官然とした態度は、この二日間で見る影も無くなってしまっている。自分に原因があることも、既に彼女自身の口から聞かされているが、それにしても今のはマズイ。熱くなり過ぎ、上下関係すらも見失っている始末だ。「シュミット……」 頭を抱えたくなる衝動を、なんとか頭をかくくらいの行動に留めているシュミット。そんな彼の肩を叩き、バーミットが話しかけてきた。「は?」「もし彼女と一緒に戦うなら、絶対に目を離すな」 珍しく強い口調で、そう言い聞かせてくる。「あの様子じゃ彼女、敵のど真ん中にも平気で突っ込むぞ……」「えぇ、分かってます……」 バーミットの危惧と同様のものを、シュミットも抱いていた。 ただでさえ、この数日間で彼女の日常が様変わりし、ナーバスになっているのだ。そこに今度は、親友の戦死である――厳密に言えば行方不明だが、この場合ほぼ戦死と見て間違いないし、ミレニア自身もそれはよく分かっているだろう――。どうやらかなり思いつめてしまったらしい。(昨日もきつい事を言ってしまったからな。まったくタイミングが悪い……) シュミットにしてみても、彼女は大切な存在だ。決して死なせるわけにはいかない。「彼女はいい女だ。守ってやれよ」「はい。私の命に代えても……」 既にシュミットの中でも、ミレニアの存在はそれほど大きなものになっていた。そしてそれ故に、昨日はあえて彼女につれなく接したのである。それが逆効果だったとすれば、皮肉なものだ。「とにかく、今は行動開始だ。シュタイナーの言う通り、逃げ場の無いフォー・スクラッチは早く突破するに越したことはない」 その場に残った三人は互いに頷きあい、それぞれの搭乗機へと戻っていった。 ・ ・ ・ ・ 風に吹かれる髪を押さえながら、ミレニアは黙々と吹雪の中を歩んでいた。その目には、狂気と紙一重の強い意志の光が宿っている。(誰が何と言おうと、私は戦う。あの人のために……) 親友は最後に、かけがえの無い者を失うことの痛みを教えてくれた。あの気分を、二度と再び味わうつもりは無い。 彼女が決意を新たにした時だった。「中尉! メビウス中尉!」 背後から、吹雪の風鳴りに負けぬ声で呼び止められたのだ。 シュミットのものでもバーミットのものでもないその声に、ミレニアはあえて歩みを止めた。親友の最期を看取った者が、いったい自分にどんな用だろう。「…………」 無言のまま振り向くミレニアに、背後の人物――クリフォードもその足を止めた。「……何の用ですか、オーリック伍長?」 自分を止めたり宥めたりするようなら、さっさと踵を返すつもりだった。しかしクリフォードの言葉は――「すいませんでした……」 ミレニアの予想を大きく裏切っていた。 突然頭を下げたクリフォードに、ミレニアは首を傾げる。「伍長が私に、何かしましたか?」 心当たりはまるで無い。自分の中にも、目の前の男を責めるような思いはこれっぽっちも無かった。「…………スィージン軍曹の事です……」 やや言いにくそうに俯き、クリフォードが言った。瞬間、ミレニアの胸がチクリと痛む。「オレは……目の前で軍曹がやられたのに、ただ逃げ帰ることしかできませんでした……軍曹の生死も確かめず、ただ逃げたんです……」 何かを堪えるように握り締めた拳を震わせ、彼の独白は続く。その手には、二人の間に舞う雪と同じ色の、真新しい包帯が巻かれていた。「軍曹への、せめてもの罪滅ぼしです。連れて行ってください!」 そう言って顔を持ち上げた彼の表情は――「伍長……」 彼は涙を流していた。あまりの悔しさに、自分の不甲斐無さに……「でも、あなたの機体は確か……」 ミレニアが戸惑うのも無理は無い。彼が操るヘルキャットは、アデールのサーベルが撃破された際の衝撃で損傷していた。およそ戦闘に耐えられる状態ではないはずだ。「足を引っ張るようなら、おいていってくれてかまいません! お願いします!」 そこまできて、ミレニアは自分が、彼の話に聞き入ってしまっていることに気付いた。(どうして……?) そして少し考え、その原因に突き当たる。 同じなのだ、あの時の――ゼルマース基地が陥落した時のシュミットと。 自分の無力さを悔い、無茶な出撃を行ったシュミット。ミレニアはあの時、シュミットの一番近くにいた。クリフォードのように表にこそ出さなかったが、あの時の彼の悔しさ、無念さは、今のクリフォードと同じものだったように思う。「分かったわ……」 ふと気がつけば、ミレニアはクリフォードの願いを聞き入れていた。「そこまで言うなら、私は止めません。伍長の望むように……」 以前の彼女なら、部隊の進行の妨げとなる彼を連れて行きはしなかっただろう。しかし、何かのタガが外れつつある今のミレニアには、クリフォードの望みを拒否することはできなかった。「はい、お供させていただきます!」 クリフォードは心底嬉しそうに、もう一度頭を下げる。だがもうそれ以上、ミレニアは彼と言葉を交わさなかった。再び、サーベルへ向かって歩き出す。(罪滅ぼし……か……) クリフォードに背を向けたミレニアは、胸の内で呟く。(それは……ただの口実に過ぎない……) 復讐とは、決して故人のためのものではない事を、ミレニアは知っている。復讐とは、故人の死によって生まれた、自分の怒りをそそぐためのものだ。 相手への怒り。 そして、自分への怒り。シュミットやクリフォードがそうであるように。「でも、私の想いは……」 吹雪の向こうの愛機を見据え、呟くミレニア。それは、自分に向けた言葉。「自分を満足させるための、口実じゃないわ」 しかしクリフォードがそうであるように、自分の本心に気付かぬのが人間の常というものだ。 それさえも自覚する彼女の言葉には、“それが自分の本心であると信じたい”という思いが、多分に含まれているようだった。
す、すごいですね……戦闘シーンもさることながら心情描写などもかなりのレベルかと……と、感心ばかりもしていられないので早速観想を…… まず感じたのは戦場というものをじつにリアルに描かれていたことでした。いや以前からそうだったのですが、情報を集める偵察、その情報を基に構築していく作戦などなど様々な要素がきちんと盛り込まれていて、雰囲気というものが湧き上がっていました。いくらゾイド同士のバトルとしても、共和国と帝国という国家間の戦争です。となるとやはり戦略など必要になるわけですが、書き出しのころなどはうれしいせいか、ついつい戦闘シーンばかり書いてそういう方面を無視してしまう人が結構いるんですよね。(私も当初そうでしたが……)しかしあまり詳しく書きすぎると読者を置き去りにして物語りが進行してしまうので、そんへんは難しいところです。 次に各々の心情ですが、ミレニアの上官への反抗が効きました! あの冷静沈着な彼女というそのギャップが余計良く、それに至るまでの経緯も納得できるもので違和感などなくすとんと頭の中に入りました。シュミットに対する想いもだんだんと”形”を持つようになり、期待はまさに膨らむばかりであります。 ……え〜感想を色々と並べただけかもしれませんがお役に立つでしょうか? まあ少しでも参考になればこちらとしても幸いです。では次話のご投降もお待ちしております。
「さ、寒っ!」 オーロラ・ロックのキャノピーを開くと、真っ先にルイーオの悲鳴が聞こえてきた。「は、早く閉めてくれよ!」「どうせ寝てたんだろう? 丁度いいじゃないか」 自分のシートに収まりながら、シュミットはそれでもキャノピーの開閉ボタンに手を伸ばす。微かな振動と共に頭上から下りてきた装甲式の頑丈なキャノピーが、吹き付けてくる吹雪を遮った。「寒かった……」 露骨に顔をしかめ、自分の腕で自分を抱き締めるルイーオ。微かに震えている。「目は覚めたか? 出発だ」 喋りながらも、シュミットはオーロラ・ロックを起動させ、ヘッドセットを手に取る。「全隊へ通達。これより、薄氷の道へ進入する。フォー・スクラッチB路が進行不能のため、ディエトロ大尉指揮下の部隊は進路をDへ変更。フェルゼン大佐の隊へ同行せよ」 ヘッドセットを装着する事無く、片耳へ押し当てた状態で指示を与えていく。シュミットのちょっとした癖だ。「なお、威力偵察隊が共和国軍の先遣隊、及び主力部隊と接触している。戦力の詳細は不明だが、フォー・スクラッチでの会敵を避けるため、全隊は全速でフォー・スクラッチを突破する事。なお、敵部隊と接触した場合は全力でこれを排除し、予定通り敵本隊との戦闘に向かうように。以上だ」 通信を締め括ったシュミットは、ようやくヘッドセットを装着し、本格的に操縦桿を握り込む。「おい、いい加減に目を覚ましてくれよ……」 ようやくの事で、隣のルイーオが姿勢を正したのを確認すると、シュミットは一度息を落ち着けた。そして……「ミレニア、聞いているな?」 おもむろに口を開く。言葉の内容に、隣のルイーオも片眉を跳ね上げた。 シュミットは相手の返事を待たず、言葉を続ける。「オマエの部隊が先頭だ。作戦だけは守ってもらうが、後はオマエの好きに戦え……」「おい、シュミット……」 思わず声を上げるルイーオを視線だけで制する。「命だけは粗末にしないでくれよ……」 そう締め括った。 ご機嫌取りと言ってはなんだが、彼女をあのままで戦場に向かわせるわけにはいかない。冷静さを欠いているとか以前に、あれでは何を仕出かすか分からない。 自分にできるのは、せめて彼女を宥める事くらいだ。自分の声なら今の彼女にも届くかもしれないと思うのは、自信過剰なのだろうか。「よし、出発!」 迷いの晴れぬままに、シュミットは号令を発する。 様々なトラブルを内包したまま、事態は展開を始めたのだった。 ・ ・ ・ ・ D路――「吹雪きますね……」 フォー・スクラッチ、西から四番目の谷間を行くのは、ホワイト・ロックを中心とする打撃部隊。先頭は、バーミットの機体である。「あぁ、これは骨だな……」 隣のガナーからかけられた言葉にそう返しながら、バーミットはモニターの向こうに広がる白い世界を透かし見る。夜は明け、いくらか明るくなってきたものの、これでは鼻先に敵がいても見えるかどうか。有視界での格闘戦も行うゾイド戦では、まさに勝敗を分ける要因となりかねない。「これじゃ、近づかれると対処できんな。接近する敵に注意して、先制攻撃に徹しよう。レーダーから目を離すな」「了解です。任せてください」 砲手の腕前は信用している。この吹雪の中といえども、火器管制装置のアシストがあれば標的を外す事も無いだろう。 後は、この限られた視界の中で、自分がどれだけ動けるかにかかっている。(教え子の足を引っ張るなんぞ、情けなくて目も当てられん……) D路を進む部隊は、急造部隊の打撃力の大半を擁している。ここでバーミット等が壊滅、ないしはそれに類する被害を受けた場合、A、C路を進む残りの二隊だけでは、共和国軍の本隊と渡り合うのは不可能となってしまう。そういった意味で、彼らの責任は非常に重大だった。 フォー・スクラッチ。その白い闇の向こうに、いったいどれほどの危険が潜んでいるのだろうか。 ・ ・ ・ ・ 同刻、C路―― ミレニア指揮の高速戦闘隊は、その自慢の脚力を活かし、四本の谷間のうち最長であるC路のほぼ半ばまでを走破していた。 “命は粗末にしないでくれよ” 行動開始直前、大胆にも通信で語りかけてきたシュミットの言葉が、サーベルのコクピットに納まるミレニアの頭の中でグルグルと反芻される。 彼女に言わせれば、それはまるで寝言、世迷言の類に等しかった。(自分の命を惜しんでいて、他人の命を救えるはずがない。中佐、その言葉は見当外れというものです……) 彼女の頑なな心を揺らす事は、想い人の言葉をもってしてもできなかったのである。「オーリック伍長、大丈夫ですか?」 これから始まる戦闘へと気持ちを集中させるため、ミレニアは思考を止め、あえて事務的な用件を口にした。『えぇ、構わず進んでください。私は大丈夫です』 意志の籠もった力強い口調で、クリフォードは答えてくる。 実際、彼のヘルキャットの状態からすれば、この高速戦闘隊の速度についてきている事自体が奇跡的だった。クリフォードの想いに、愛機であるヘルキャットが応えてくれているのに違いない。(アナタは、私の想いに応えてくれる?) ふと、そんな疑問が湧き起こる。 長い間戦場の苦楽を共にしてきたミレニアのサーベルだが、今の彼女の想いは、少なからずサーベルタイガーを犠牲にする可能性を秘めている。ミレニアがその身を盾にしてシュミットを守ろうとするのであれば、サーベルもその身を危険に晒さねばならないからだ。 しかし、そんな不安を払拭する感覚が、操縦桿越しに伝わってくる。(そう……悪いわね……) 全ての命あるものにとって、命を投げ出す行為とは自己を否定するにも等しい。感情や精神と呼ばれる物を持つ人間に比べ、動物としての面が強いゾイドからすれば、それはおよそ容認できるものでは無いはずだ。 にもかかわらず、サーベルは応えてくれた。(アナタの命も、身体も、無駄にはしない。それに、アナタ一人で死なせやしないわ……) これで、もう怖いものなどありはしない。必ずシュミットの命を守り抜いてみせる。 サーベルには分からなかったかもしれない。主に対する自分の想いが、その主すらも追い詰めている事を。 今のミレニアは、もう後戻りできない所まで来てしまっていた。強迫観念にも似た、シュミットへの想い故に。『中尉! 前方に熱源を確認! 共和国軍です!』 ミレニアの耳朶を、慌しい声が叩いた。 ・ ・ ・ ・ 同刻、A路――「始まっちまったぜ……」 ミサイルポッドの発射スイッチを押し込みながら、ルイーオは毒づく。 A路を進む彼らの部隊は、早くも共和国の部隊と交戦状態に入っていた。 シュミットがまた一機、オーロラ・ロックを走らせるという行程の中で、ベアファイターをコングの裏拳で殴り飛ばす。アイアンコングの走行シーンを思い浮かべれば、何が起こったかは自ずと想像できるだろう。「いかん!」 その時、敵の攻撃を察知したシュミットが、コングの機動を変えた。「くぉぉ……」 突然シートに押し付けられ、苦悶の呻き声を洩らすルイーオ。 ガナーと言う役柄、自分で機体を操れないルイーオは、機体の動きに合わせて身構える事ができないため、コクピットの中でいつも振り回される羽目になる。慣れてはきたものの、対処ができるわけではない。 かと言って、シュミットにもう少し静かに動けと頼もうものなら、敵の攻撃で一瞬にしてオダブツだ。(オレって我慢強いなぁ……) 自画自賛しながら、六連ミサイルランチャーの一発でアロザウラーを討ち果たすルイーオ。他人が機体を動かしているにもかかわらず、彼の狙いは正確無比だった。シュミットと言葉を交わすことすらなく、阿吽の呼吸で敵を仕留めていく。このコンビネーションは、一朝一夕で身につくものではない。「悪いなルイーオ。ちょっと派手に動くぞ!」「分かった! しっかり頼むぜ!」 直後には、凄まじい勢いで体が振られている。体にはきついが、自分の命は隣の友人が握っているのだから、こちらとしても耐えるしかない。「ん……?」 苦しげに細めたその視線の中で、モニターを敵の姿が行き過ぎたのが確認できた。派手に動く理由は、この敵との格闘戦か。(格闘が始まっちまったら、しばらくは手出しできんな……) ヘタに撃った所で、格闘戦の激しい挙動の中では、ロックした敵にすら命中するまい。妙な手出しをすれば、シュミットにも迷惑だろう。 ルイーオは手を休め、当分の敵を共和国軍から自分の身を襲うGと衝撃へと定めた。「シュミット……なるべく早く終らせてくれな……」 ・ ・ ・ ・「分かってる! 分かってるから、舌噛む前にその口は閉じておけよ!」 苦しげに呻いたルイーオへの返答と共に、ブースターパックで機体を横滑りさせ、飛び込んできた真っ白な巨熊を紙一重でかわす。(ベアファイターなら、ぶちかましでコングを吹っ飛ばす事もできるからな……) 小型ゾイドと油断していては、思わぬ不覚を取りかねないパワーファイターだ。(さぁ、どうしてやろうか……)「シュミット来てるぞ! 後ろ!」 思考と同時、ルイーオの悲鳴がコクピットに響き渡る。「っ!」 咄嗟に機体を振り返らせ、コングに拳を振りかぶらせるシュミット。折りしも、モニター一杯にコマンドウルフの顔面が迫り来る寸前だった。「おぉっ!」 コマンドの牙と爪より一瞬早く、伸ばされた拳がコマンドの鼻先に炸裂する。フルカウンターの拳はコマンドの頭部全体を蛇腹状に縮め、白狼の体を十メートルほど弾き返した!「うっわ、痛そぉ……」 顔をしかめているルイーオに返答する暇もなく、再びコングに後ろを振り返らせる。それを狙いすましたかのように、真っ白な吹雪の壁を、オレンジ色の光が刺し貫く!「……!」 ボディから伝わった衝撃がコクピットの二人を襲った。「ベアめ……」 今の光は、寒冷地仕様のベアに装備されている熱戦ビーム砲だ。通常のビーム砲とは違う機構を持ち、氷雪舞い散るブリザードの最中でも、ビームが反射・拡散しないという優れものである。 先程突っ込んできたベアが、こちらがコマンドの相手をした一瞬で体勢を整え、追撃をかけてきたというところか。「ミサイル、ミサイル!」「おぅ、任せろ!」 ルイーオの操作で、六連ミサイルが火を吹く。最大射程五十キロという素晴らしいアクティブホーミング能力もこの距離では無用の長物ではあったが、撃ち出されたミサイルは狙いあやまたず、ベアファイターを後方へ吹き飛ばして見せた。「偉いだろ、オレ? そこらのガナーなら、油断してミサイルの発射スイッチから手を離してた所だぜ?」「あぁ、オマエが優秀なのは十分知ってる、よ!」 “よ”と同時に、ブースターも使って大きく跳躍。降り注いだダブルソーダの地上掃射を回避する。「ダブルソーダか……厄介な……」 空にいる敵には拳もとどかない。その機動力故に射撃の命中率も低いため、弾薬を温存したい彼らにはありがたくない敵だ。 しかしそれにしても、この吹雪の中で飛行ゾイドであるダブルソーダを飛ばせるのだから、かなり腕のいいパイロットだ。谷間ならば風は上空ほど巻かず一方向に吹き抜けるだけのため、いくらか飛びやすくはあるだろうが、視界が悪いために両側の崖へ激突してもおかしくない。「誰かに落としてもらおうぜ……コイツのミサイル使うには的が小さすぎる……」 シュミットだって、ルイーオの言葉に同意したい。しかし、戦場で暇してるヤツがおいそれと見つかろうはずもない。「仕方ない。やってくれ……」「あいよ!」 シュミットの指先一つで、オーロラ・ロックの左肩から景気よく小型ミサイルが射出された。吹雪に紛れて白煙の尾を引き、ダブルソーダに群がるミサイル達。一瞬後には、風で速度の上がらぬダブルソーダはミサイルの一群の餌食となった。「ミサイルポッド、弾切れだぜ……」「あぁ、分かってる……」 両者共に疲れた声で言い、軽くため息をつく。「いい加減、気遣いのいらない戦いがしてぇ……」 弾薬欠乏という危険は戦場で常に付き纏うことだが、武装が実弾兵器のみのコングは特にその危険が大きい。それを制御しながら戦う事は、コング乗りの宿命ともいえた。「そうだな……」 普段なら腐るルイーオを諌めるはずのシュミットが、今日は珍しく同意を示す。今回の戦いでは彼も、メンタルな部分で苦労していたからだ。(無茶はしていないだろうな、ミレニア……) 彼女がこちらと同じA路ではなく、作戦を守ってC路を進んでいるという事は、こちらの言葉がいくらかは届いたという事か。だがだからといって、それで気がおさまるほど、彼女の想いも、覚悟も、軽いものでないことは知っているつもりだ。シュミットの個人的な意見を言わせてもらえば、それでおさまるような想いならば、それは本物ではないとも思う。(悩んでみた所で、次に会えるのはここを突破した後か……) 彼女が心配ならば、自分にできる事はせめてこのフォー・スクラッチを早々に突破する事くらいだ。心労を抱えた身には、少々酷な話である。「おや?」 その時だった。隣から上がった声で、思考が現実へと引き戻される。「どうした?」「吹雪がまた激しくなってきた。気温も……マイナス五十度!?」 ルイーオの言葉に、シュミットは耳を疑った。いくら中央山脈の吹雪といえど、気温が零下五十度など有りえるはずがない。「な……これは……」 耳の次は目を疑いたくなった。計器の数値は、確かにマイナス五十度を下回っている。「このままだと、動けなくなるぞ……」 苦しい声をもらしたシュミットは、ふと眼前の吹雪に目をやる。その白いベールの向こうに、微かな青色が滲んでいた。「コイツは……!」 ・ ・ ・ ・「ゴジュラスだ! オレが相手をする!」 他の二隊に遅れながらも、D路の部隊もようやく共和国軍との戦闘に突入した。 バーミットの声を消し去るかのように、D路の谷間に猛々しい咆哮が響き渡る。全ての帝国軍将兵に恐怖を伴って記憶されているその声は、まるでブリザードさえも吹き飛ばさんばかりの気迫を持っていた。『隊長! 相手はMk−U限定型です! 単騎では……』「それはこっちも同じだ! シュタイナー! オレがゴジュラスを引き付けている間に、他の相手を頼むぞ! こっちの邪魔をさせないようにな!」 言うが早いか、バーミットは愛機のホワイト・ロックを飛び出させた。その眼前には、吹雪に隠れるように白く塗装されたゴジュラスMk−Uが立ちはだかる!「覚悟決めろよ!」「分かってますって! オレの事忘れて、存分にやってください!」 そう言ったガナーが目の前のパネルをいじると、FCSが操作され、バーミットへと射撃管制が移行する。これで、隣に座るガナーは単なるゲストとなり、バーミットは一人でこのホワイト・ロックの全てを操作する事ができるのだ。 当然、操作はより複雑となり、操作性は格段に落ちてしまう。通常のコングには搭載されていない、バーミット特注の機構であるこのシステムは、彼の能力あってこそのシステムといえるだろう。「さぁ、行こうかい!」 完全にタイマン仕様となったホワイト・ロックは、まるでバーミット自身と化したかのように、ゴジュラスに掴みかかった! 敵のパイロットはそれを見切ったか、こちらの腕がとどかないギリギリの距離を後退し、直後の隙を見逃すまいと身構える。(この吹雪の中で、いい目をしているな。だが、甘い!) バーミットは内心ほくそ笑んだ。全て彼の狙い通り。 バーミットがスロットルレバーに設けられたスイッチを押し込むと、目標にとどかぬはずだったホワイト・ロックの両腕が、確かにゴジュラスの両腕に掴みかかったのだ。 慌てたのはゴジュラスのパイロットであろう。何しろ、隙のできた相手をどうしてやろうかと悩んでいたはずなのだから。「おおぉぉっ!」 そのままの勢いで、ゴジュラスを押し込んでいくコング。足だけではなくブースターも使っているコングに対し、不意をつかれて押し負けたゴジュラスの足は、雪の上を虚しく滑っていくだけだ。 足場の悪さが幸いして訪れた好機。勝負を決めにかかったシュミットは、文字通りの鉄拳をお見舞いしようと、片腕だけをゴジュラスから離して振りかぶらせる。しかし、それが今度は相手の好機となった。 ゴジュラスが力一杯、未だに拘束されたままだった方の片腕を振り回したのだ。「なにっ!」 ゴジュラスが誇る規格外のパワーは、片腕だけでコングの巨体を振り払って見せる。不安定な体勢だったとはいえ、これは尋常ではない。 二機は距離を置き、再び対峙した。(チッ……もうこの手は使えんか……) 今の手段は、バーミットが腕のいいパイロットにたびたび使う十八番である。 戦闘とは、相手の隙を突いて仕留めるのが常である。そのためには相手に隙を見せないと同時に、相手が見せた隙に即座に対応できなければならない。 そこで重要なのが、自分の動きを最小限に留める事だ。相手の攻撃を紙一重でかわして追撃を防ぎ、相手の攻撃後の隙にこちらの攻撃を叩き込む。それこそが理想であり、熟練者となるほどそれが咄嗟に行えるよう、その動作を身体に染み込ませているのが常である。 それを逆手に取ったのが、バーミットの作戦だ。こちらの突進を紙一重で交わしたと思い込み、相手が安心しているところへ、背部のブースターパックを使用して突進に最後の一伸びを与える。敵はまんまと捕まり止めを刺される、という具合だ。 今回は運が悪かったのか、少々失敗したが。(いや、違うな……) こちらが片腕を離した僅かな間に、相手は反撃に転じた。口で言うのは簡単だが、実行するのはそうではない。限定型を任されているという事からも、パイロットの力量はある程度推察できる。どう考えても、奇策が何度も通用する相手ではない。(だったら、もう正々堂々やるしかないな……) ゴジュラスとコング。両者共にMk−U限定型。 総合能力では互角と言われる二機の戦いの行方は、各々のパイロットの技量に全てが託された! ・ ・ ・ ・「どきなさい! 邪魔するなら容赦しないわ!」 戦場と化したC路を駆け抜けるミレニアのサーベル。彼女達高速戦闘隊が相対した共和国軍の部隊も、偶然ながら高速戦闘隊を中心とした部隊だった。 早急にここを突破し、シュミットの援護にまわらなければならない。そんな鬼気迫る想いに駆られた彼女は、まさに獅子奮迅の活躍を見せていた。 群がるコマンドウルフを次々と薙ぎ倒し、シールドライガーさえも軽々と蹴散らし、まさに向かう所敵無しといった様子だ。『中尉! 突出しすぎるのは危険です!』 今の声は誰のものだろう。21部隊の高速戦闘隊長か、でなければクリフォードか。どちらにしろ、今のミレニアには些細な事柄だ。「いい加減にして……アナタ達にかまっている余裕なんか無いの!」 明らかな怒気を孕んだ言葉で吐き捨て、進路の先でビーム砲を乱射するアロザウラーにクローを閃かせる。首元から上を綺麗に削ぎ取られ、がっくりと雪原に膝を折るアロザウラー。 今は吹雪に隠されているが、彼女が駆け抜けてきたあとは、例外無くコクピットを破壊されたゾイドの残骸で飾り付けられている。残酷なようだが、最も効率よく敵の戦闘力を奪う方法だ。これなら、少なくともこの戦場で、倒されたゾイドが二度と立ち上がる事は無い。(もっと早く……もっと速く!) このフォー・スクラッチを突破して、A路の――シュミットの援護に向かわなければならない。シュミットの技術は信用しているが、それでも万が一の事態は常に付き纏うものだから。「くっ……!」 しかし焦る心に反し、サーベルの速度は前に進むに連れて確実に遅くなっていた。立ちはだかる敵が徐々に多くなってきているためである。この細い谷間では、前に進む――つまり敵の本隊に近づくほど、敵の層が厚くなるのは自明の理だ。 そして遂には――「キャッ!」 操縦者の似合わぬ悲鳴と共に、サーベルの疾走が止まる。吹雪に紛れてミレニアをやり過ごした敵が、サーベルのボディに直撃弾をお見舞いしたらしい。「このっ……」 幸いにして損害は軽く、サーベルはすぐに飛び起きる。しかし、足の止まった高速ゾイドほど脆いものはない。時をおかず、周囲の敵機からの集中砲火が始まった。「きゃぁぁ!?」 今度こそ本気で悲鳴を上げるミレニア。決して厚いとはいえない高速ゾイドの装甲が、攻撃を一発受けるごとに確実に薄くなっていく。もういくらも耐えられない。(死ぬの!? シュミットにも会えず、こんな所で!?) 途端、身震いしてしまうほどの不安が彼女を襲った。「嫌よ……嫌よ!」 頭を抱え、コクピットの中で絶叫する。 シュミットのために死ぬのはまだかまわない。しかし、これでは全くの犬死にだ。「あぁっ!」 衝撃のためか、突然弾けた計器板からガラス片が飛び散り、ミレニアを襲う。パイロットスーツに包まれた身体は大丈夫だったが、いくつかは肌が剥きだしの顔面へ飛来し、皮膚を軽くえぐった。 反射的に傷口に当てた手が、真っ赤な血でべったりと汚れる。それを目にし、ミレニアには自分の最期がすぐ近くにある事を、これ以上無いほど自覚した。(ここで**(確認後掲載)るわけ……ないわ!) そしてそれが、彼女から失われた闘志をもう一度呼び覚ますきっかけともなった。 咆哮を上げ、弾幕から飛び出すサーベル。その純白の胴体は焼け焦げて見る影も無かったが、その身に纏う雰囲気は本物だった。 そのまま、上空から一方向に集中して攻撃を撃ち下ろす。集中攻撃で包囲に穴を開け、そこを突破するのが狙いだ。「はぁぁぁ!」 ミレニアの裂帛の気合いと共に、雪原に降り立ったサーベルが走り出した。先程の被害が嘘のように、足取りは軽やかだ。(やれる!) 感じ取ったミレニアは、サーベルを反転。自分を狙った共和国軍の一群に向き直ると、果敢な反撃を始めた。 三連衝撃砲や連装ビーム砲が火線を迸らせるたびに、共和国のゾイドが一機、また一機と雪原に沈んでいく。数分前までの動きを取り戻した彼女に、もう敵は無かった。『中尉、ご無事ですか!?』 そこへさらに、後方の部隊も到着する。予想外の猛攻に晒され、共和国ゾイドの一群は総崩れとなった。右往左往する共和国ゾイドを仕留めることは、ミレニアでなくても容易かった。『ご無事ですか、メビウス中尉?』 戦闘に一区切りがつくと、先程の声がもう一度、同じ質問を浴びせてきた。「オーリック伍長……」 動きの悪いヘルキャットが、ぎこちない動きで近寄ってくる。それでも、新しい損傷を受けた様子は無かった。『中尉。いくらなんでもあれは無茶です。死んでしまったら元も子もありませんよ?』「……えぇ、そうですね」 クリフォードに言われずとも、それくらいは分かっているつもりだった。しかし、最前自分が窮地に陥った事で、それが錯覚だった事は既に証明済みである。(彼は偉いわね。敵討ちという目的に惑わされる事無く、理性を保ち続けている……) だが、それを羨みはしない。無茶ができるのは、自分の想いが本物であるからに他ならないのだから。「行きます。そう時間はかけられません」 ミレニアの号令のもと、部隊は再び動き出した。 しかし、C路の共和国部隊が壊滅したわけではない。すぐに新手は現れた。「っ!」 先頭を駆けるミレニアのサーベルの足元が、立て続けに吹き飛ぶ。舞い上げられた雪は吹雪に混じり、瞬く間に吹き散らされた。「散開!」 ミレニアの指示の直後、ブリザードを突き破って飛来した無数の砲弾が、逃げ遅れた帝国ゾイドを数機吹き飛ばした。「この弾幕は……」 その攻撃に、ミレニアは覚えがあった。それもつい最近。「…………」 果たして、ミレニア達帝国軍部隊の前に姿を現したのは、先日の戦闘で確認された新型ゾイド――実に十七門もの砲塔を持った、鋼鉄の野牛だった。 ・ ・ ・ ・ 吹き付ける氷雪が一瞬にして勢いを増し、モニターがホワイトアウトする。それと時を同じくし、コクピットに警報が鳴り響いた。「どうした!?」「マズいぞシュミット! このままだと関節が凍り付いちまう!」 危険を認識したシュミットは、瞬時にオーロラ・ロックを退かせた。途端、モニターに表示される気温が再びもとの値に戻り始める。「また厄介な敵が出てきたもんだ……」 目の前に出現した青い機体は、ゆっくりと進み出てきた。自慢の長い鼻を高々ともたげ、こちらを威嚇してくる。「旧式が、えらく幅きかせてくれるなぁ……」 ルイーオの冗談めかした言葉にも、余裕の色は無い。(当然か……) この敵の情報はシュミット等、第38北部方面隊にも入っていた。ゼルマース基地攻防戦において、その特殊な能力を用い、帝国軍の誇る最強ゾイド――デスザウラーさえも撃退した機体だ。余裕が有ろうはずもない。「シュミットだ。寒冷地戦用のゾイドマンモスを確認した。ガスに注意しろ!」 ヘッドセットのマイクに怒鳴ってから、シュミットは再び新手――マンモスへと向き直る。(一機……じゃないな……) 定かではないが、数機分の機影が確認できる。さすがに一人で引き受けるわけにはいくまい。「コングが対処しろ! 軽量級では止められないぞ!」 言葉とほぼ同時に、一機のマンモスがこちらに突っかかってきた。牙と鼻を振りたてて突進する様は、さながら中央山脈の主といったところか。 しかし、コングがパワーでマンモスに負けるわけにはいかない。シュミットの乗るオーロラ・ロックは、迫る牙を両手で鷲掴みにし、突進を受け止めた。「うおっ!」 マンモスのパワーは、とても旧型とは思えなかった。恐らく、動力系統に手が入れられているに違いない。 さらに、この状況は危険だ。両手が塞がったコングは手詰まりだが、マンモスには牙が封じられても、もう一つ攻撃手段が残っている。しなった鼻が、コングのボディを強かに打ち付けた。「ぐぅぅ……」 堪らず後退するコング。その衝撃たるや、胴体を攻撃されたにもかかわらず、コクピットのシュミットが一瞬気を失ってしまったほどだ。「や、やるじゃないか……」 ルイーオも隣で頭を振っている。「あぁ……ただのマンモスじゃないな……」 言葉に同意は示したが、あまり話に気を取られていていい場面ではない。言う間にも、マンモスはこちらに鼻先を向けている。「くっ……!」 慌ててシュミットは、今の立ち位置からオーロラ・ロックを左前方にステップさせた。すぐ右脇を、マンモスの鼻先から放たれた吹雪よりも濃白のガスが吹き抜ける。背中のブースターパックまで使用して、なんとか間一髪という際どいタイミングだった。 だが、敵の攻撃は終わりではない。マンモスは当然ながら、鼻を旋回させてこちらを追ってくる。 それを阻止しようと、シュミットは避けの体勢から、コングの拳を繰り出していた。金属同士がぶつかり合う激しい音と衝撃が、吹雪の風鳴りを圧して谷間全体を震わせる。 不安定な体勢からの一撃ながら、攻撃は確実にマンモスの右側頭部――ちょうど牙の付け根辺りを捉えていた。但しその威力は、完全な体勢からの一撃には程遠い。せいぜいが、マンモスをよろめかせてその追撃を防いだ程度だ。 どちらも、よろめいた状態から復帰したのは同時。しかし、シュミットのコングが横を取っていた。有利なのはコング!「ミサ――」「分かってるっての!」 シュミットの言葉を遮り、ルイーオは六連ミサイルのトリガーを押し込んでいる。 至近距離から六連ミサイルの斉射を受ければ、ゴジュラスでさえ大損害を免れないのだ。型遅れのマンモスの装甲など、数発で穴を開けることができるはず……だったのだが。「な……」 驚愕の表情を浮かべたのは、トリガーを引いたルイーオの方が先だった。「ミサイルが!?」 シュミットも、何が起こったのかはすぐに分かった。ミサイル発射の衝撃は、いくら待ってもコクピットに伝わらず、モニターの向こうで炎が弾ける事もない。ミサイルは発射されなかったのだ。「こんな時にジャムったってのか!?」 弾切れではないのだから、何らかの作動不良が起こったのは明白だ。 少し視線を移すと、毒づいたルイーオがパネルを操作し、原因を突き止めようとしている。だが、悠長にそれを眺めている余裕は、シュミットには与えられなかった。「ルイーオ、早く……ぐぁ!」 コングが晒した致命的な隙を、マンモスのパイロットが見逃すはずもない。横飛びの体当たりで、こちらに仕掛けてきた。 自分より五十トンほど軽いとはいえ、百五十トンに近い金属の塊がぶつかればただで済むはずがない。コングは後方に大きくたたらを踏む。「くっ……分かったぜシュミット! ミサイルの発射装置が凍り付いてやがる!」「成る程……な……」 コングの姿勢制御を行いながら、シュミットも納得する。それと同時に、もうこの戦闘で六連ミサイルが使い物にならない事も悟る。 姿勢を整え、相手のマンモスがこちらに向き直ったのみであった事を確認すると、コングの左腕を使ってミサイルランチャーを放り出した。「いいのか?」「無理だろう。この吹雪の中で、一度凍ったものが融けるはずがない……」 初弾、シュミットらの前に忽然と表れた時の攻撃か。それとも、シュミットが回避した直前の攻撃か。どちらか、或いは両方の攻撃に直撃を受け、六連ミサイルの発射機構が異常をきたしたのだろう。 それがこのマンモスの武器――冷凍ガス砲だ。その威力は中心点でマイナス八十度。数秒の照射で、敵の行動を止める事ができる。如何に寒冷地用にカスタマイズされた六連ミサイルの発射・装填システムといえど、この温度には耐えられない。 と、そこまで考えた所で、シュミットはその思考の不毛さに気付いた。重要なのは何故ミサイルが使えなくなったのかではなく、ミサイルが使えなくなったという事実だ。この戦闘力の低下は大きい。何しろ、これでこの距離の戦闘で使える武装は両の拳だけとなってしまったのだから。「ま、オレの仕事は終わりってわけだな……」 ルイーオが、殊更に深く、シートに体を落ち着けた。彼の言葉通り、もうルイーオの仕事は殆ど無い。黙って待つばかりだ。「あぁ。ちょっと待っててくれ……」 そうことわって、シュミットはマンモスの巨体を見据えた。「いくぞ!」 彼の気迫の声が、第二ラウンドの開始ゴングとなった! ・ ・ ・ ・ D路で繰り広げられる巨獣同士の戦闘は、いよいよ激しさを増していた。「ゴジュラスがぁぁ!」 コングが拳を叩きつければ、今度はゴジュラスがその強靭な尾でコングの胴を打ち付ける。戦闘は、見るも派手な白兵戦だった。 この距離ではコングのビームランチャーも、ゴジュラスのキャノン砲もそう簡単には使えない。必然、戦闘は射撃兵装を差し挟む余裕の無い格闘戦となるのだ。 しかし、それはバーミットにとって不利と言わざるを得なかった。「クッ……バケモノめ……」 バーミットの表情からは、次第に余裕が消えていく。ゴジュラスのパワーが、コングを圧倒し始めたのだ。 ゾイドゴジュラスMk−U。アイアンコングMk−U。この二機、現行の量産型よりも、限定型の方が先にロールアウトされているのは周知の事実である。 ゴジュラスMk−Uの開発コンセプトは、コングのミサイル同様の長射程兵器を装備し、Mk−Tの弱点を克服する事。要するに、対アイアンコングMk−Tだ。 一方のコングMk−Uは、当時戦線への投入が始まったウルトラザウルスを撃破する事を目的に開発されている。対ウルトラザウルスである。 最大の好敵手――ライバルと目されるこの二機には、意外にも両者――つまり相手側Mk−Uに対抗するというコンセプトは存在しなかったのである。もっとも、お互いのロールアウトがほとんど同時だったためという事もあるだろうが。 しかし、運命の悪戯はこの二機に互角の戦闘力を与えていた。強化されたゴジュラスの砲撃力は、同じく強化されたコングの機動力にかわされる。残されたのは、コングの砲撃力とゴジュラスの格闘能力。勝敗は距離が決める互角という、Mk−T型と同じ力関係だ。 コングとゴジュラスが格闘戦を行った場合、最後にはゴジュラスが勝つというのが、両軍の共通の認識となっていた。「なんとかしないとな……このままじゃ……」 バーミットも、行き着く先が己の破滅である事はよく分かっていた。だが、まだやりようはある。「よしっ!」 バーミットは意を決し、勝負を決めにかかった。 ゴジュラスの隙をみて、コング左腕の連装電磁砲を突きつける。吹雪という悪条件や、ゴジュラスの重装甲を鑑みても、この距離で命中させれば無傷では済まないはずだ。 至近距離での連射でアドバンテージを掴み、距離を離した所をビームランチャーで仕留めるのが狙いだ。「喰らえ!」 たちまち火を吹く電磁砲。同時に、その上部に設けられた四連のミサイルポッドも発射する。集中砲火は見事ゴジュラスのボディを捉えた。 爆発と炎が吹雪に煙る谷間を彩り、ゴジュラスも苦悶の咆哮を上げる。だが相手も、伊達や酔狂でゴジュラスを名乗っているわけではなかった。 よろめきながらも、両脇に装備したミサイルポッドの砲口を開く。ついでに左腕の四連速射砲までも向けてきた。「っ!」 バーミットの表情が強張る。反射的に電磁砲を相手の腰口に向け、ミサイルの迎撃を狙うが、矢張り間に合うものではなかった。 全門斉射のミサイルが十六発。さらに速射砲からも立て続けに砲火が迸り、ホワイト・ロックの胸部を打った。あまりの衝撃に、コングが雪原に打ち倒される。 装甲がひしゃげる感触が、シート越しにはっきりと伝わってきた。「しまった!」 思わず舌打ちするバーミット。コクピットに警報が鳴り響く。「大佐! エネルギーパイプ一番断裂! ビームランチャーへのエネルギー供給が断たれました!」 ナビゲートに徹していたガナーパイロットが、モニターに躍る被害報告の文字に悲鳴を上げた。 限定型コングの胸部からは、電磁砲とビームランチャーにエネルギーを供給するパイプが伸びている。その一本が、今の攻撃で吹き飛んだのだ。「あと何発だ!?」「三……いえ、二発が限度かと……」 ビームランチャーは、コング本体から供給されたエネルギーを充填する機構を持っているため、パイプの断裂が即座に使用不能に繋がるわけではない。しかし、コング最大の武器である砲撃力が低下したのは、ゴジュラスとの戦いにおいてかなり深刻な問題だった。「えぇい……手こずらせてくれるな……」 敵本隊との戦闘において、バーミットが指揮するこの部隊の戦力は絶対に必要なのだが、このままではシュミットらが本隊と会敵するまでに間に合うかどうか。 とにかく、今頼りにできるのは拳だけだ。 その材料を頭に叩き込み、シュミットは再びコングを飛び掛からせる。正攻法とばかりに、ゴジュラスの顔面目掛けて左拳を放ったのだが……「おい! こんな事までしやがるのか!」 ゴジュラスはその口を一杯に開き、コングの拳をその牙で受け止めてのけた。歯を数本持っていったが、それくらいでは怯みもしない。咥え込んだ手首から先を噛み千切らんと、その強靭な顎をゆっくりと閉じてくる。弾け飛ぶ電磁砲。(マズいマズい!) 空いた方の拳で遮二無二殴りつけるが、その万力のような口はビクともしない。それどころか、背中のキャノン砲がゆっくりとこちらに向き始めている。あんなものの直撃を受ければ、コングの重装甲といえど大穴を開けられるのは必至だ。「おぉぉぉ!」 バーミットが咆えたのと、ゴジュラスのキャノン砲が火を吹いたのはほぼ同時だった。 ・ ・ ・ ・ 吹雪と共に降りしきる雨の中を、サーベルタイガーが駆け抜ける。砲弾の雨の中を。 周囲に着弾する砲弾の振動が、コクピットのミレニアの体を揺らす。しかし、それを恐れてスロットルを落とす事はしない。 一つの目的に向かう彼女の感覚は、今や極限まで研ぎ澄まされていた。風を切る砲弾の軌跡さえも見える気がする。自分に当るかもという不安は、毛筋ほども抱いていなかった。(前からは倒せない。背後に回りこんで、一気に仕留める) 正面から撃ち合ったところで、サーベルがこの重武装の新型に勝てるはずがない。それならば、前方を重視して設けられた武装の死角――つまり背後を突くしかない。サーベルの機動力ならできるはずだ。そしてそれをするのが、サーベルの戦い方だ。「フッ!」 鋭い呼気は、炸裂したサーベルの足元の地面を感じ取ったが故。直後の操作で、体勢を崩すような事はしない。 吹雪の向こうで明滅する砲火の光までは、既に百メートルを切っていた。その辺りから、砲弾が機体を捉え始める。発射されてから着弾するまで、一秒を遥かに下回る時間しか要さないのだ。無理もない。 だが矢張りというべきか、サーベルの足並みに迷いは無い。人の想いは、恐怖さえも克服させる事ができるものなのか。 敵を只者でないと認識したのだろう。新型は砲撃の手を緩め、二本の角を振りかざして突進してきた。それこそ、ミレニアにとっては僥倖ともいえる変化が訪れたのだ。(格闘なら……なんとか!) 相手は一直線に飛び込んできている。やり過ごせば、背後をとるのは容易だ。問題は、相手のパイロットがそれを認識しているかどうか。(砲撃で逃げ道を塞がれたら……それでも、このままでは角の餌食……) 一瞬の後、ミレニアは迷いを捨てた。迷いで動きを鈍らせていては、どちらにしろ生き延びる事はできない。 敵はもう目前に迫っている。(ここ!) ミレニアは相手の突進をかわすため、ステップを踏ませた。サーベルが横に振れたその瞬間、砲門がこちらへ向く。(読まれた……!) だが、もう動きは止めない。数発の砲弾が命中するが、ミレニアはそれを黙殺し、相手の背後へ回り込む事を優先させた。 果たして、その選択は報われる。 数瞬を経て、無防備な背後を晒した相手に、ミレニアのサーベルは飛び掛かった。 輝く蹄を持つ後脚にしがみつき、転倒させる。動きを止めた時に、既に勝負は決していた。(**!) サーベルの爪は敵御自慢の十七門砲を毟り取った後、装甲に覆われた頭部へと振り下ろされる。敵は、完全に動きを止めた。(か、勝った……) そこまでして、彼女はようやく自分が駆け抜けてきた戦場を振り返る。状況は、帝国軍に傾いていた。 ミレニアが孤軍奮闘する間にも、味方もしっかり敵を叩いていたのである。共和国軍の部隊は後退を始めていた。「このまま追撃。一気にフォー・スクラッチを抜けます!」 ミレニアの号令で、帝国軍は怒涛の進撃を始める。 さすがは高速戦闘隊の足。共和国軍に追いすがる彼らは、間も無くフォー・スクラッチの狭い谷間を脱出した。しかしそこには――「し、しまった!」 ミレニアが思わず毒づいてしまうほどに、完全な布陣を整えた共和国軍の本隊が待ちかまえていたのだ。そしてその中心に居すわる、ゴジュラスよりも巨大な機影。 共和国軍の旗艦、ウルトラザウルスの巨影だった。ベアファイター寒冷地仕様冬季寒冷地用にヒーターなどが強化され、武装は寒冷地用熱戦ビーム砲に、装甲は軽量装甲に換装されている。また、機体各所が防水構造となっていて、極寒の海でも活動することができる。寒冷地戦用ゾイドマンモスもともと低温に強いマンモスをさらに強化し、寒冷地戦でのエキスパートとした機体。鼻先に冷凍ガス砲を装備し、敵の行動力を奪う。旧式のマンモスをベースにしているにもかかわらず、戦場の環境如何によってはデスザウラーさえ圧倒する能力を持つ強力ゾイド。
どうも踏み出す右足さん、ご投稿お待ちしておりました、ヒカルです。 今回のメインはやはりタイトルどおり、『各々の敵』でしょうか。ゴジュラスMk-U限定型・マンモス・ディバイソンと、共和国を代表する強力な戦闘ゾイドが続々と登場してきましたね。それぞれが苦戦しながらも奮闘する様が、じつによく描かれていたと思います。 私個人としてはやはりミレニアのサーベルの戦闘が見物でした。高速戦闘という息詰まる攻防戦は迫力があり、ほんのわずかな思考も許されぬ極限状態(もちろん他の戦闘もそうですが)での迅速な判断など、目を見張るものばかりでした。愛する者の元に駆けつけるため無理する様子は、彼女の想いの強さをより鮮明に浮き立たせ、下手に心情を描写するよりは数倍効果があったと思います。(なかなか難しいことです) またラストのミレニアが目にした共和国軍の完璧な布陣、しかもウルトラザウルスというのはまさに絶対絶命。しかしその反面盛り上がりは最高潮は最高潮に達すると思われます。一体どのような結末が描かれていくのか非常に楽しみでなりません。もちろん執筆ペースはお気になさらず、納得いく作品を書いてください。 それでは今回はこのへんで……またのご投稿お待ちしております!
感想を書かせていただきますといいながら、遅くなってしまいました。すいません。前作を読ませていただきまして力量のほどは十分承知していましたので、安心して読ませていただきました。戦闘シーンが濃密かつスピード感があっていいですね。うちとは大違いです・・・・・・。(;´∀`)ほかにも自分とは違う帝国軍らしさが出ていてよかったです。個人的なイメージとしては、重厚な帝国軍人とフランクな共和国軍人といったイメージだったので、いい意味で裏切られた感じです。とくにルイーオのライトなイメージは帝国軍人らしからぬ感じでイイですね。実際、貴族などはともかく、たたき上げの軍人はこんな余裕がありそうな人間だと思いますけども。あまり長々と書くのもご迷惑になるかと思いますので、このへんで。次回も期待しております。
「忙しいんだなぁ……ホントに……」「ひ、人の気も知らずにくつろぎやがって!」 さして広いとも言えない谷間で、マンモスとオーロラ・ロックは激しく立ち位置を入れ替えながら立ち回りを続ける。 シュミットにしてみれば、動き回らざるを得ないのである。少しでも動きを止めていれば、すぐさまマンモスのガスが吹き付けてくるからだ。 相手もバカではない。こちらがミサイルを使えないのを見抜き、鼻やガスの牽制を使って近づかせないようにしている。近づく事ができなければ、今のこちらは手詰まりだ。(だが……) これくらいでこちらが近づけないと思っているのなら、それは読みが甘いという物だ。「――!」 もう何度目になるか、マンモスが鼻先をこちらに向ける。チャンスだ。 鼻先のノズルから冷凍ガスが噴き出す寸前、コングがその長い鼻に掴みかかった。直後に噴射されたガスがボディを直撃するが、自慢のパワーで鼻を捻り上げ、その矛先を自分から逸らす。そしてそのまま――「やっちまえ、シュミット!」 コングはルイーオの声援に押される形で、マンモスの鼻にある無数の関節部分をいくつか粉砕した。マンモスが悲鳴を上げて後ずさる。 ルイーオはコングの手をあえて離し、それを追わなかった。引きずられた場合、足場の悪い雪原では転倒もありえるからだ。「どうだ……」 離れたマンモスは凄惨な有り様だった。とかく、目に付く鼻が痛々しく垂れ下がっているだけに、そのダメージが余計に大きく感じられる。懸命に鼻を動かそうとしているようだが、あちこちからスパークが散るだけで、一向にその気配は無い。これでガスの狙いはつけられないだろう。 展開は一気に、距離を置いた睨み合いから格闘戦での速攻に変わってくる。 待っている理由の無くなったシュミットは、間髪入れずにコングを飛び込ませる。距離を離していては、マンモス得意の突進攻撃を警戒しなければならないが、近付いてしまえば腕の自由が利くコングに有利だ。 マンモスのパイロットも同じ結論に達したか、完全に距離が詰まる前に突進を仕掛けてくる。牙を向けて突っ込んでくる様は、衝動的にコングの進路を変えたくなるくらいの迫力があった。だが無論、そんな事をするわけにはいかない。「ふんっ!」 シュミットはタイミングを見計らい、コングの足に雪原を蹴飛ばさせる。 飛び掛かった先には、向かってくる二本の牙。コングは両手を突き出し、牙へと掴みかかる。(どうなる……) 一瞬の間に、頭の中の冷静な部分が、次に起こり得る可能性を導き出す。 止まれば五分――否、若干コング有利か。 双方の勢いに耐え切れず、牙が折れるような事態になればコングの勝ち。一気に止めを刺せるに違いない。 突進の勢いを殺し切れず、牙がコングの手の中で滑ってしまえばマンモスの勝ち。マンモスの牙が、コングの胸板を貫くだろう。 ビームを発生し燐光を発している牙の先端が、シュミットの視界に飛び込んでくる。「なるようになるさぁ!」 腹を決めたか、叫ぶルイーオの大声がコクピットに響いた。(どの道、もう止まらない!) 結果は一つ。全てを見届けるために、シュミットは目を見開いた。 モニターから、牙の先端が消え……「くぅう……!」 直後、大きな衝撃が走った。 シートから投げ出されそうになった所を、辛うじてベルトに繋ぎ止められる。ベルトが体に食い込んだ痛みは相当な物だったが、おかげで吹き飛びそうだった意識をも引き留めてくれた。「ど、どうなった!?」 意識がはっきりしないのか、頭を振りながらルイーオが問い掛けてくる。「痛み分け……って所かな……」 当事者であるシュミットは、事態を十分把握していた。 まず、コングの右手とマンモスの左側の牙。中ほどを握りこまれた牙は、そこにかかった重量に耐え切れずに、根元から折れ落ちてしまっていた。 そして、左手と右牙は――「ただ、痛みは若干こちらの方が大きいみたいだ」 マンモスの左の牙が折れた衝撃で、左手に握り込まれた牙が金属同士で滑ってしまっていた。左手を抜けた牙の先にはコングの体があったのだから、結果は自ずと見えてくる。 牙は今、コングのボディに突き立っていた。しかし、ビームの発生装置を装備しているとはいえ、突進の勢いがほとんど消えてしまっていたあの状況では、コングの装甲がそう簡単に貫かれるはずがない。「装甲を抜かれたのか!? 何だってそんな……」「あれだ。さっきの……」 心当たりはある。 マンモスの鼻をへし折ったあの時、一瞬身を晒してしまったガスのせいで、装甲が凍りついたに違いない。そしてその脆くなった部分を、牙が貫いたのだ。ビーム発生器など関係なく、ほとんど物理的な衝撃だけで。 だがそれだけに、そう深い部分まで入り込んではいない。重要な機関も無事らしく、まだ動く事ができる。ただ、敵にはビームの発生器があるだけに、この後どうなるかが分からない。幸いにもマンモスは今、目の前にいるのだ。 コングがゆっくりと、その拳を振り上げる。 シュミットの目に、マンモスのキャノピーを通して敵パイロットの表情が飛び込んでくる。「――!」 その見開かれた瞳目掛け、コングは鉄の拳を振り下ろした。 ・ ・ ・ ・「まさか、こんな事をしなきゃならんとは……」 ここまでの苦戦は、バーミットの長い軍経験、そして戦争経験の中でも初めてだった。“まさか自分で自分の機体を傷付ける事になるとは” 顔をしかめながら、すぐさま転倒した乗機を立ち上がらせる。その足元には、雪原下の地面が露出する程に深い、大きなクレーターが穿たれていた。これが、ゴジュラス自慢のキャノン砲の威力だ。(こんな物に直撃された日にゃ、胸に穴が開くくらいじゃ済まねぇな……) 或いは、これくらいで済んで御の字なのかもしれない。 ゴジュラスへの注意は逸らさず、コングの左腕を目前にかざしてみせる。その手首から先は、融けたような断面を見せて無くなっていた。バーミットが自分の手で吹き飛ばしたのである。 ゴジュラスに腕を噛まれ、このままではキャノン砲の回避が不可能と判断した彼は、右肩のビームランチャーでゴジュラスの頭部を狙った。しかし、コクピットを吹き飛ばして決着をつけるつもりだったのが、ちょっとした拍子で僅かな誤差が生じ、発射されたビームの帯はコクピットではなく、ゴジュラスの上顎に命中したのである。狙いは外れたものの、そこに咥えられたコングの左手と共にゴジュラスの上顎を吹き飛ばしたビームは、コングの解放という最低限の役目は果たした。 直後に二機は、互いに引き合っていた均衡状態から突如解放されて、大きく体勢を崩してしまう。おかげでゴジュラスの砲弾は、コングを捉える事無く、谷間の雪原に炸裂したというわけだ。 小破規模のダメージ。行動に支障は無いが、お互いに強力な武器を失ってしまった。 手負いの状態で睨み合い……となるかとも思ったのだが――(ここまでコケにされて、ゴジュラスが黙ってるわけがねぇ……) 散々殴られた挙句に電磁砲まで喰らい、終いには上顎まで吹っ飛ばされたのだ。キャノピーの奥で真っ赤な目を一層光らせ、こちらを凝視している。生命体とはいえ、機械だけにその表情の変化は無いが、こちらを睨みつけている事だけはよく分かった。「体も限界だな……そろそろ、決着をつけようじゃねぇか……」 バーミットの言葉を待っていたかのように、手負いの二体は一歩一歩、間合いを計りながら着実に近づいていく。ゴジュラスなど、今にも飛び出したいという衝動を必死に抑え込んでいるようだ。 一瞬後――「おぉ!」 バーミットの咆哮と、ゴジュラスの咆哮は同時だった。 飛び出す二機。荒々しい足音と共に、足下の雪原を揺るがして疾走する。 リーチがあるのはコング。ゴジュラスの爪も、牙も、コングの腕には敵わない。しかし、先に仕掛けたのはゴジュラスの方だった。 殊更激しく雪原を踏みつけ、その走りに制動をかける。そして、その勢いで体を半回転。ちょうどハンマーの要領で、強烈な尾の一撃を繰り出してきた。「――!」 今から止まった所で、既に尾のリーチの中に入ってしまっている。ゴジュラスの動きを見て取った時点で、バーミットはコングに指示を出していた。「跳べぇ!」 両足と残った右手が白い大地を弾き飛ばし、さらにはブースターパックも吹かし、コングはその巨体に似合わぬ大跳躍を見せた! 眼下を、吹雪を纏って行き過ぎる長大な尾。コングを飛ばすというとんでもない離れ技で、バーミットは攻撃をかわしてのけたのだ。 飛んだといっても、二百トンの金属の塊には限度があるが。「と、飛んでる飛んでる!」 隣で騒ぐガナーは無視し、バーミットは着地点に佇むゴジュラスを睨めつけた。小さくなるゴジュラスのシルエットは、一瞬の停滞の後、再び原寸大に戻っていく。落下の勢いを利用し、コングはゴジュラスに飛びつき、正面から組み付いた!「ぐぅぅ……!」 当然の如く、コクピットは衝撃が襲う。それでもゴジュラスは離さない。「見たか! これがゴジュラスとコングの違いだ!」 叫ぶバーミットは、コングの右腕をゴジュラスの太い首に巻きつける。ついでにキャノン砲の砲身まで巻き込んで。(これで飛び道具は使えんだろう! こうなったら、どちらかが力尽きるまで離れるものか!) サドンデスの覚悟を決め、コングに腕を振り上げさせる。拳の無い左腕だ。「おらぁ!」 後の修理が面倒になろうと知った事か! ボロボロの左腕は、何度となくゴジュラスの頭部に振り下ろされる。拳のない腕で攻撃するなら、強固なボディに守られたゾイドコアよりも、頭部のコクピットの方がまだダメージの効率がいいはずだ。装甲も、パイロットに与える衝撃までは消してはくれない。おまけにコクピットの下には、操縦系統を司る高速コンピュータも装備されている。 今の状態にはまさにうってつけ、お手頃な目標というわけだ。(痛かろうが……許せよ……) 傷口で攻撃を続けるコングに対し、バーミットの仕事は至極簡単だった。コングの腕を振り上げ、振り下ろす。ただそれだけの反復作業。コングに詫びたくもなる。身勝手な願いではあるが。と――「な、なんだ!?」 ガナーが怯えた声を上げた。コングが、それだけの迫力を持った咆哮を上げたのだ。「!」 一瞬、理不尽な自分への文句かとも思ったが、すぐにその真意に気付く。痛みだ。傷口云々ではなく、もっと直接的な。 見れば、コクピット周りのモニターにダメージレポートが上がっている。胸板に深々と突き立つのは、ゴジュラスのクローだ。いよいよ、事態がサドンデスの様相を呈してくる。 ゴジュラスの爪が、コングの装甲を突破するのが早いか。 コングの手が、ゴジュラスの動きを止めるのが早いか。「おらぁ! リキ入れろぉ!!」 想いが通じたか、コングの腕が殊更力強く打ちつけられる。何度も、何度も。既に、手首の切断面は原形を留めていないが、それでも無論、手を止めるわけにはいかないのだ。 ゴジュラスの爪は、コングと同じくらいの力強さで抉りこまれてくる。突き刺し、捻り、傷口を広げてから再び突き刺し、更に深部へと潜り込ませる。もう、幾らともたない。「コング! テメェの力を見せてみろ! ゴジュラスなんぞに負けていいのかぁ!!」 吹雪に、コングの目が赤々と輝いた!(そうだ……だからオレは……) まるで最後の力を振り絞るかのように、一際大きく腕を振りかぶるコング。(オマエに乗ってるんだ!) 乾坤一擲! 左腕はゴジュラスの側頭部を大きく凹ませ、高速コンピュータに致命的な損傷を与えた! 右腕の中で、ゴジュラスの巨体から力が抜ける。首に巻きつけた右腕を解放すると、それはゆっくり、雪原に崩れ落ちたのだった。 ・ ・ ・ ・「後退! 後退して!」 言われなくとも、皆が分かっているだろう。最早、ここに留まる意味など存在しない。死にたいというなら、話は別だが。 至極簡潔な指示を出し終えると、ミレニアは自機にも踵を返させる。敵に背中を見せるとかの問題ではない。これだけの戦力差では、攻撃を行いながら後退した所で足止めにもなりはしないのだ。敵に頭を向けて後ずさっても、メリットは皆無である。(なんて事……愚かしいにも程があるわ!) 胸中で自分を詰った刹那、彼女の背後で最初の砲声が轟いた。 四門の三十六センチ高速キャノン砲――ウルトラキャノン砲を中心とした、共和国軍の一斉砲撃。爆音が大地を、そして大気を揺るがす。「くぅ……!」 サーベルの左右で、雪と土の入り混じった茶色い土柱が上がった。衝撃が、コクピットの内壁までビリビリと震わせる。吹雪の突風にも揺るがないサーベルの機体が、今はまるで木の葉のように頼りなく感じられた。弱気になっている証拠だ。(と、とにかく、一旦フォー・スクラッチに避難して、態勢を整える……!) 無論、不安はある。守勢に回っても、敵の強大な火力は変わらない。狭い谷間に逃げ込む事は、自分達から逃げ場を無くしてしまう事にもなる。だが攻勢に出たところで、正面から叩き潰されるのがオチだ。 どちらの方法が、より戦力を温存できるか。ミレニアは前者を選択したのだ。だがそれは、そんなロジカルな思考の結果ではなく、勘と呼ぶのも憚られる、軍人としての恐怖感からきた判断だった。敵の本隊相手に、原隊の四分の一の戦力で敵うはずがない。「隊長! フォー・スクラッチ出口に、敵の本隊が布陣しています! 隊長!!」 マイクに叫ぶも、返答は無い。通じていないようだ。(ある程度の予想はしていたけど……) この吹雪か、はたまた別の理由からか。通信状態は絶望的だった。同じ隊で行動している時には不都合は無かったが、間に谷間一つ挟んだだけでこの始末だ。 そもそも、この事を確認していなかった自分の愚かさが許せない。 愚劣、愚鈍、無能…… この手の単語をいくら挙げても、今の自分にはまるで足りないだろう。いや、その程度で済ませて良いかどうか。 やっとの事で、フォー・スクラッチの岩陰に飛び込んだミレニアは、自分の愚行に思わず頭を抱えたくなった。“シュミットへの想い”という言葉を盾に、散々好き勝手に振る舞ったツケが、どうやらようやく回ってきたようだ。『ちゅ、中尉……』 歯噛みするミレニアの耳元で、レシーバーが声を上げる。「――? オーリック伍長?」 ただ何となくという感覚だけで、愛機の首を振り返らせる。そこには、正面からこちらを見つめる一機のヘルキャットがいた。雰囲気から、それがクリフォードの機体であると認識する。『アイツです……』「え?」 声は微かに震えていた。この砲撃の雨の中で、恐怖を覚えるのは何もおかしい事ではない。しかし声の震えの原因は、もっと別の所にあるらしかった。怒りである。『ゴジュラスなんかじゃない……スィージン軍曹をやったのは、あのウルトラです……!』「――!」 再び、視線を山道の出口へと戻す。自分の遥か高みに、吹雪に霞む真っ赤な輝きがあった。 折りしも、そちらから飛来した砲弾の一発が、サーベルの目の前の岩石を木っ端微塵に吹き飛ばす。目前で起こる爆発と衝撃。しかしその迫力にも、ミレニアが視線を逸らす事は無かった。「そう……アイツが……」 ・ ・ ・ ・ 動きを止めるマンモスの巨体。コクピットを叩き潰した拳を引き抜き、後退するオーロラ・ロック。 ゾイドは生物である。その心臓部はかの有名なゾイドコアであり、コクピットが破壊されたくらいでゾイドは死なない。 マンモスは雪原に崩れ落ちる事無く、今一度大きく咆哮した。 時折、こういった現象が起こる。コントロールから解放され、生き物としてのゾイドが覚醒するのだ。 こうなったゾイドは、生来の動物本能と記憶したデータを基に、目前の敵と戦闘を継続する。パイロットを失った事により作戦行動は不可能になったが、その本能に根ざした戦い方はまさに手負いの獣。荒削りでセオリーとは無縁だが、そのぶん先が読めない厄介な相手だ。 故に――「ッ!」 シュミットは再びコングの拳を振りかぶる。ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかない。 マンモスが完全に体勢を立て直す前に、ハンマーパンチの乱打で動きを止める。さらに、マンモスを上回る自慢の脚力で横手に回り込み、相手の腹の下と後脚に手を引っ掛けて勢いよくひっくり返した。 四足歩行のゾイドは、総じて腹の装甲が薄い。攻撃に晒される危険も少ないためだ。てっとり早くゾイドコアへの致命的な一撃を与えたいのならば、その部分への攻撃はまさしくうってつけというわけである。 殊更に強く、オーロラ・ロックが拳を振り下ろした。一発で装甲に亀裂が入る。 横倒しにされて無抵抗なマンモスは、最早されるがまま。二発三発と打ち下ろす内に、内部のコアにダメージを受け、徐々に動きを鈍くしていった。「終わった……」 シュミットが疲れた声をこぼしたのは、横たわったマンモスが完全に動きを止めてからだった。「あぁ。ここまでやりゃ、さすがにもう立ち上がらねぇだろ……」 ルイーオも深く息をついた。コクピットの空気がふっと和む。命を懸けた戦闘が、少なくとも今は終わったのだ。 勿論この二人が、周囲の状況も確認せずに手放しで喜んでいるはずもない。現れた寒冷地仕様のマンモスは、苦戦の果てに、全て味方のオーロラ・ロックによって撃破されている。部隊の秘密兵器が撃破された事により、敵は既に視界から姿を消しつつあった。「進もう、シュミット……」 ゆっくりしてはいられない。ルイーオの言葉通り、さっさと山道を突破しなければ。 しかし、シュミットはその言葉に即答する事ができなかった。(さて……どうしたものか……) シュミットの目には、パネルに赤く灯る警告ランプが映っている。内容は、低温による出力低下。 中央山脈の厳しい冷気を防ぐために特殊な機構を持つ装甲は、それ自体がゾイドの命綱である。そこに開けられた穴から侵入した冷気が、確実にコングの内部機関を蝕んでいた。敵の置き土産である。「ん……どうした?」 こちらの視線に気付いたか、ルイーオがパネルを覗き込んでくる。「! コイツは……」 そして、事態の深刻さに気付く。「さて……どうしたものか……」 先程の黙考を、今度は口に出す。今の自分に、選択肢はどれくらいあるだろうか。 一つは、このまま前進する事。 妥当な案には思える。幸いにも装甲の損害は小さく、今すぐどうこうなる心配もないだろう。しかし、敵本隊との戦闘を控えた状態では、なるべくなら不安な要素を排しておきたいのも心境である。もし主力との戦闘中に動けなくなったら、いったいどうしろというのか。 そこで二つ目の選択肢である。つまり、進まないという事だ。 だが、その選択が論外である事もシュミットはよく分かっている。自分は指揮官なのだ。戦場に赴かないわけにはいかない。重ねて言えば、コングという貴重な戦力を切り捨てるのもあまり嬉しくない話だ。「……進もう」 そう長い時間、黙考したわけではない。もとより、あまり長い時間を思考にかけている暇も無い。「へっ、そうくるだろうと思ったぜ……」 ルイーオも異存はなさそうだ。しかし――「ルイーオ……」 シュミットの考えは、その発言が全てではなかった。「オマエ、コングの操縦はできたはずだな?」「あ、あぁ。オマエとじゃ比べるべくも無いが、人並みには扱えるつもりだ」 回答に、シュミットは決断する。「ルイーオ。ブースターパックで基地に戻って、イエティを持ってきてくれないか? 前もって基地に連絡してこちらに呼び寄せておけば、そう後戻りもせずに接触できるはずだ。ブースターを装着すれば、戻ってくる時間も短くできるだろう」「なんだって!?」 第38北部方面隊には、オーロラ・ロックとは別に、一機の改造コングが配備されている。その名は〔イエティコング〕。かつてスパイコマンド・エコーが率いた、対ウルトラザウルス用コングの開発プロジェクトにおいて生み出された試作ゾイドの一つである。 エコーがウルトラザウルスとの対決をゾイド星北極地帯と定めていただけに、このイエティコングにも寒冷地での行動を保障する装備が施された。結局正式採用は見送られたものの、この機体で得られた様々なデータが、プロジェクトで完成したコングMk−Uや、寒冷地仕様のオーロラ・ロック、ホワイト・ロックにも活かされている。まさに、これらの前身とも言えるゾイドなのである。 かつては限定的に生産され、寒冷地の戦線を中心に配備されていたが、ゼネバスの中央大陸脱出からこちら――後の世に第二次中央大陸戦争と呼ばれるであろう現在においては、機体の特徴である冷凍兵器のデータ収集用機体として、ごく少数が運用されているに過ぎなかった。第38北部方面隊の機体も、そうしたものの一つである。システムのトラブルのため、今回の戦闘には出撃していなかったのだ。「オレはかまわんが……オマエはどうするんだ!?」 弾切れで丸腰なのに加え、ダメージで息切れ寸前のコングからせっかくの機動力まで取り払ってしまったら、いったい何が残るというのだろう。シュミットも重々理解していた。しかし、指揮官の不在という状況を作り出すわけにもいかず、またスペアの機体も存在しないこの状況では、他に万全な状態で戦いに臨む方法は無い。「やれるだけやってみる。なるべく、早く戻ってきてくれよ?」 シュミットはそう言い、少し疲れた笑みをルイーオに送った。それは、これから自分に降りかかる苦労を全て覚悟した、シュミットなりの決意の表れであった。「分かったよ……」 言いたい事はまだいくらでもあったが、無駄な時間の浪費はルイーオとしても本意ではない。二人の付き合いは、それが無駄かどうか分からないほど短い物ではなかった。 ルイーオが覚悟を決めたのを見て取り、シュミットはコクピットの開閉装置を操作する。一気に吹き込んでくる氷点下の外気。「こうなったら、さっさと行ってくるさ。オマエも精々、穴の開いたコングで風邪ひかないようにな」 そんな冗談を最後に、ルイーオはオーロラ・ロックのコクピットを後にしていった。装甲に設置された簡単な足場を頼りに、背中のブースターパックまで移動していく。『じゃ、行ってくるぜ』 程なくして、ブースターパックの操縦席に乗り込んだルイーオから、シュミットのもとに通信が入る。「あぁ。よろしく頼む」 今さら言うべき事も無いシュミットは、それに短く答えただけだった。と同時に、パネルに手を伸ばしてブースターパックの接続の安全装置を解除する。 やがてかすかな衝撃と共に、ルイーオ操縦のブースターパックは機体を離れ、吹雪を切り裂いて北へと飛び去っていった。「…………」 それを確認すると、シュミットは意識を引き戻し、指揮下の部隊へと通信を送る。「よし、急ぐぞ。出口まであと少しだ」 部下に発破をかけ、自機のスロットルを上げていく。オーロラ・ロックは寒気に震えながらも、操縦者の意思に答えて前進を開始した。 ・ ・ ・ ・「ふむ……」 眼下に動かぬゴジュラスを見下ろし、バーミットは一息つく。 コンピュータを破壊すれば、ゴジュラスの戦闘力が著しく低下するくらいに思っていたのだが、どうもパイロットも気絶してしまったようだ。あれだけの衝撃を与えたのだから、それも当然とは思うが。 今やゴジュラスは動かぬ骸と化し、間断なく吹き付ける氷雪まじりの風によって、徐々にその姿を隠されつつある。「共和国の英雄も、こうなれば無惨なもんだ」 軽口を叩きながらも、明日は我が身という言葉を胸に刻みつつ、バーミットは周囲の確認に移る。 会敵した共和国軍の部隊は、ゴジュラスまでも擁するなかなかの規模だった。しかし、分散した中でも最高の攻撃力を持つこの部隊は、どうやらそんな相手とも互角以上に渡り合う事ができたらしい。被害ゼロとはいかなかったようだが、大方の敵は既に無力化し、進行の障害となるものは無くなっていた。『敵部隊は後退を始めています』 シュタイナーからの報告に頷き、バーミットも部隊に前進の指示を出していく。出口はもう間近だ。「ん……?」 ガナーが不意に声を上げたのは、コングに揺られ始めてそう間もない時だった。「どうした?」 聞き返すバーミットに、彼は目の前の視界に指を向ける。方向は僅かに上向きで、進行方向に反り立つ崖の上方を指し示しているようだ。 道は、その崖を大きく迂回するように続いており、崖の向こう側が道の出口になるはずである。つまり彼は、この細道の出口の方向を指しているわけである。「今、ぼんやりとですけど、光が……」 バーミットも、その指先を視線で追ってみる。折りしも、吹雪の向こうでかすかながら光が明滅したのを確認できた。「まさか……」 このフォー・スクラッチが終われば、その先にあるのは薄氷の道。広い谷間だという。 バーミットは一瞬で確信した。「もう始まっているのか!?」 声と同時に、ヘッドセットのマイクを口元に寄せる。「よく聞け! 他の部隊が、既に敵の本隊と接触した恐れがある! 手遅れにならない内に、こちらもフォー・スクラッチを抜けるぞ!」 言い終わるが早いか、バーミットは先陣を切り、ホワイト・ロックの巨体を加速させた。巨躯が蹴立てる雪の量が、一気に跳ね上がる。(待ってろよ……) バーミットらの戦力無しで、共和国軍の本隊と渡り合えるはずもない。状況は、一刻を争うほどに逼迫していた。 ・ ・ ・ ・ 炸裂する砲弾。巻き起こる爆風。 自分が生きているのが不思議なほどの猛攻に晒され、ミレニアは消え失せそうな自身の闘志を懸命に繋ぎとめていた。(火力が違いすぎる!) 無論、分かっていなかったわけではない。しかし、頭で考えるのと実際の体感では、矢張り違いもあろうというものだ。「クッ……」 ミレニアは歯噛みしながら視線を巡らす。自分の部隊には、既に相当の被害が生じている。それが決定的なものになるのも、もはや時間の問題に思えた。(打って出るのは、やっぱり……) 判断ミスだっただろうか。 そんな迷いに戦慄し、慌てて追い払う。少なくとも、今はそんな事を考えている場合ではない。 しかし気に病んではいるものの、彼女にもどうしようもなかったのは事実だ。最大の誤算は、一箇所に集中した敵の火力が、こちらの予想を遥かに上回って強大だった事である。身を潜めた機体は遮蔽物ごと吹き飛ばされ、崖から崩落する岩石は、崖下のゾイド達を容赦なく押し潰した。 勿論、さらにフォー・スクラッチを後退する事も考えはした。しかし今回の作戦は、三つに分散した部隊の合流に成功して初めて、敵と砲火を交える準備が整うのだ。自分達が下がってしまったら、次にやって来た部隊が自分たちと同じ状況に陥る事は目に見えている。残りの二隊と連絡が取れない現状では、そこまで勝手な行動は許されなかった。もっともそれ以前に、部隊が壊滅してしまえば元の木阿弥ではあるのだが。 そこでミレニアは、先程出した指示を百八十度変更。状況を乱戦にして、敵とこちらの砲撃力の差を無効化する事を考えた。敵味方が入り乱れてしまえば、相手の強力な火砲は扱いにくいだけだからだ。 確かに、乱戦となっては数が物を言うのも事実である。しかしそれでも、他の二つの部隊がフォー・スクラッチを抜けてくるのも、そう遅くない未来だと思えたのだ。それ故に――「もっと動きなさい! この状況なら、動き回っていれば、そうそう相手も撃てはしないわ!」 銃弾どころではなく、砲弾や光条が飛び交う戦場へと、躍り出る決心をしたのである。『も、もうダメだ!』『脚がいかれ……グアッ!』『待ってくれ! 撃つなぁ!』 だが、そう心を決めたにも拘らず、悲鳴が鼓膜を叩くたびに心臓が跳ね上がり、背筋が凍る。彼らを殺したのは、直接的にはともかく、間接的な所では自分自身に他ならないのだから。「くっ……」 何でもいい。この折れそうな気持ちを、繋ぎとめるものが欲しかった。「…………」 サーベルを走らせながら、吹雪の向こうを透かし見る。ぼんやりと浮かび上がる赤い目は、敵の総大将であるウルトラザウルスのものに相違ない。彼女の最高の親友を雪原に葬り去った、あのウルトラである。「…………」 視線を転じる。その方向には、フォー・スクラッチの出口の一つがあるはずだった。シュミットが率いる一隊が進む、最も西の一本、A路の出口。(そう……何でも……) 親友の理不尽な死に対する怒りでもいい。自分がシュミットに抱く特別な感情でもいい。もういっその事、自分よりも弱い敵を叩き潰す嗜虐心でも、命のやり取りを楽しむ狂気の心でもいい。兵士として、或いは人間として守ってきた最後の一線をかなぐり捨ててでも、今のミレニアは、自身を食い潰そうとする絶望という名の敵から逃れたかった。「はっ!?」 既に限界も近いミレニアの前に、新たな敵が立ち塞がる。彼女が咄嗟に回避行動を取れたのは、歴戦の兵士だけが持つ経験の賜物だった。 横合いから飛び込んできたのは、サーベルより一回りほど小柄ながら、それに匹敵するパワーを持つベアファイター。四足形態のフットワークも、サーベルのそれに匹敵する。こちらの武装の一発や二発では、あの重装甲に穴を開けられないだろう。 先程から、相手にしているのはこんな猛者ばかりだ。いい加減嫌にもなろうというものだが、ミレニアの意志もまだそこまで挫けてはいなかった。「フッ……!」 一息で呼吸を整え、馴染みの操作で機体の挙動を立て直す。その頃には相手もこちらへ向き直っており、背中のキャノン砲を撃ち込んできた。足元の地面が吹き飛ぶ。 ミレニアは大きく回り込むように砲撃を回避しながら、ベアファイターの横っ腹目掛けてサーベルを走らせた。ベアは防御力に絶対の自信を持っているのか、それとも正確な射撃でこちらを葬りたいのか。小刻みに体の向きを修正しながら、その場を動く事無く射撃を続行する。「っ!」 牽制のために自分もビーム砲を発射しながら、敵の攻撃に神経を尖らせるミレニア。“見て避ける”など、もはや不可能な間合いである。敵の行動を読み、狙いをつけられないように動き、敵の隙をついて仕留める。 それだけの事だと、ミレニアは思っていた。それだけの事だと思って、ミレニアは今日まで戦ってきた。それが――「こんなに……」 こんなに難しかっただろうか。普段は考えなくても体が動くのに、今はそれができない。 思うようにいかない体に四苦八苦しながら、懸命にベアの懐を目指す。強固な敵の装甲を破るには、牙の一撃しかないとミレニアは確信していた。軽武装のサーベルで重装甲の敵を撃破するには、それが最も手っ取り早く、効率がいい。今までも似たような対戦カードでは、ミレニアはすべからくこの戦法を用いてきた。 或いはそれは、一種の癖と呼ぶ事もできたかもしれない。過酷な戦場で生き抜くために身につけた技術。しかし、それが役に立ちこそすれ、よもや命取りになろうなどとは、さしもの彼女も予想だにしていなかった。 もし普段の彼女だったならば、何一つ問題は無かったのである。だが今の彼女の現状には、その戦法はあまりに過酷だった。 動きが命の戦い方だけに、メンタル面の問題からくる体の些細な不調にすら結果は左右されてしまう。サーベルの動きは、傍目には普段と大差無いようだったが、見る者が見ればまるで精彩を欠いたものだった。「あっ……」 時間が戻る事は無い。自分の愚に気付いた時には、既に彼女の行動は取り返しのつかないところまで来てしまっていた。 サーベル自慢の長牙――レーザーサーベルの一閃がベアの首筋に食い込む寸前、引きつけに引きつけて放たれた最後の一発が、正面から飛び掛ったサーベルの両後脚を薙ぎ払う。もしスピードに乗り切れていなければ、コクピットか胴を撃ち抜かれていたところだったが、そこは彼女の技量が命運を分けたと言えた。 サーベルもミレニアも、焼き切られた後脚に気を取られるような事はしない。それも既に、彼女らの体に染み込んでいる癖。どうやら、今度は味方をしてくれたようだ。 攻撃という一瞬に及んでようやく雑念を振り払う事に成功したミレニアは、狂ったバランスを巧みな操縦で修正し、愛機の牙を敵の急所に埋め込む事に成功した。装甲を食い破る独特の感触が、コクピットの下からシートを通して伝わってくる。「はぁ……」 大きく息をつくミレニア。たった一機を征したくらいで、喝采を上げられるような戦いではない。そもそも部隊はもとより、己の状況からしてかんばしいものではないのだから。 今や残骸となってしまったベアの機体から牙を引き抜く。だが、動けるのはそこまでだった。後脚が無いだけに、この場を離れる事もできない。彼女が戦場で受けた、初の致命的な損傷だった。(どうしよう……) この状態では、先程までの機動は望むべくもない。ヘタに動き回ろうものなら、狙い撃ちにされるのが関の山だろう。しかし指揮官でもある自分が、ここでのうのうと立ち往生しているわけにもいかないとも思う。 だがそんな考えすら、この戦場では甘すぎるのであるという事を彼女が身をもって知らされるのに、そう時間は必要としなかった。 ・ ・ ・ ・「ん?」 レーダーの奇妙な反応に、男は声を漏らした。一機のサーベルタイガーの反応が、ベアと接触したまま動かない。(マシントラブルか? ま、何でもいいが……) 動かないゾイドなど、ただの的でしかない。戦場の真っ只中で動きを止めているにも拘らず、未だ生き延びているのは幸運だったが、それも自分に見つかった事で品切れとなったようだ。これでヤツを仕留めれば、今回の戦闘における個人のサーベル撃破スコアは二機目。一砲手の結果としては悪くない数字だろう。このサーベルも、数時間前の方も、レーダーからの読み取りに過ぎないがいい動きをするサーベルだった。「♪〜」 鼻歌まじりに手元のパネルを操作すると、機械的な振動が男の身体を包む。それは僅かな時間だったが、男には心地よささえも感じられた。 そしてしばしの後、それが消える。(一発で仕留められれば、まぁお慰みって所だな) 有り得ない話ではない。男はパイロットから、砲の管制を一任されるほどの腕前を持っているのだから。(ウルトラキャノン砲一番、二番。発射準備完了っと……) 内心でひとまずおどけて見せてから、男はキャノンの発射トリガーを押し込んだ。先程の物とは打って変わり、今度は一瞬の強烈な振動が男を襲う。 共和国陣形のほぼ中央に位置するウルトラザウルスの右舷が、轟音と共に眩い閃光を発した。 長い砲身の内に秘められた凶弾は、主の命に従って、獲物目掛けて確かに飛び出したのだ。 ・ ・ ・ ・「……?」 コクピット内でも、スピーカーを通して幾らかの音を拾えるような機構は存在する。ミレニアの耳は、ボリュームを絞ったスピーカーから各地の爆音に紛れ、尾を引く高音が迫り来ているのを聞き取っていた。(なに……?) 疑問は、瞬時に一つの答えに結びつく。が、その時には既に、その解答が正解であった事を実感させられていた。「!?」 コクピットそのものを揺るがす振動と共に、気持ち悪い浮遊感、落下感が感覚を支配する。比喩ではなしに、重量八十トンに迫る金属の塊が、本当に宙を舞ったのである。数メートルにも満たない高度ではあっただろうが、それはもたらされた破壊力の強大さを何よりも如実に物語っていた。(もう狙われている!?) 至近弾ですら機体が吹き飛ばされたのだ。直撃弾ならば、コクピットの自分ごと木っ端微塵にされかねない。 慌てて愛機を走らせようとしたミレニアだったのだが、彼女の思いに応えてくれるはずのサーベルは、無様に地面を這いずるだけだった。高速走行を可能とする強靭な脚部は、確かに他のゾイドよりは力強く、己の体を引きずる事ができるかもしれない。しかしそれでも、その動きは“止まっているより多少はマシ”といった程度の物に過ぎなかった。 抽象的であるはずの死というイメージが、妙に具体的な感覚となってミレニアの思考を支配する。「ハァ、ハァ……」 動悸が加速する。もはや呼吸すらままならない。 ミレニアの命は、まさに風前の灯。その瞬間、彼女は確かに、自分が緩慢な死に晒されている事を自覚していた。「う、グェ……」 仕舞いには吐き気までももよおす始末だ。戦いの最中に一瞬で殺されるのならまだいいが、今死ぬか今死ぬかと思いながら生かされているなど、拷問にも等しい。「……!」 ミレニアの視線が、最後の手段であるベイルアウトのためのレバーに向けられる。幸いにも機体は横倒しになっているわけではないので、コクピットが射出されても地面に叩きつけられる心配は無いだろう。動いているわけではないので、キャノピーだけを吹き飛ばして、単身脱出するという手段もある。 迷っている時間は無かった。己の半身とも言えるサーベルを見捨てるのは心苦しいが、自分が指揮官である以上、避けられる死を甘受するわけにはいかないのだ。 その時、もしもある通信が入らなければ、ミレニアは泣く泣く愛機を放棄していただろう。『よく堪えたな、中尉。待たせてすまん!』「え?」 ヘッドセットから飛び込んできたダミ声がミレニアの鼓膜を震わせるや否や、一筋の閃光が戦場を切り裂いた。 ・ ・ ・ ・(外したか……) 惜しい所までいったようだが、残念ながら初弾で仕留める事はできなかったらしい。(まぁいいさ。次は無い……) 自動装填システムによって、次弾が砲に送り込まれる。(仰角修正、マイナス……) 微調整を行い、再びトリガーに指をかける。「次は逃がさんぜ」 全ての準備は整った。今度こそ、あのサーベルの命運も尽きるだろう。「じゃあな……」 男が指に力を込める。サーベルの装甲など、三十六センチ砲の直撃を受ければ木っ端微塵のはずだ。爆発してバラバラになる真っ白いサーベルのビジョンが脳裏をよぎる。 そしてそれが、男の最後の思考となった。彼が最後に目にした物は、視界一杯に広がる眩いばかりの光だった。
どうも踏み出す右足さん、感想&批評がかなり遅くなってしまいました、ヒカルです。 戦闘や心情の描写力に関わらず、ストーリーの面でも、もはや文句のつけようがありません。まったくもって素晴らしいです。緻密に計算されたような、メカ生命体同士のド迫力の戦闘はまさに圧倒の一言です! ……と、ちょっと興奮しすぎましたね。さて、遂に架橋を向かえ共和国軍との最終決戦へとドスドス踏み込んでいっているわけですが、ここで始めた共和国軍側からの支店が描かれていましたね。しかもウルトラザウルスという司令官機とは驚きました。 それにしてもミレニアのかなり複雑な心情には、人として惹かれる部分がありますね。前々から思っていた、または言っていましたが、非常に魅力的なキャラだと思います。正直主人公のシュミットよりはミレニアのほうに共感を持っています。決して女性キャラが好きというわけではなくて、戦場という場で葛藤する彼女の姿に躍動感があるからだと思います。その冷めた美貌とは裏腹に、心中の熱く滾るシュミットの重いやらその他諸々とのギャップがツボだと私は考えております。この戦闘が終結して二人がどのようになるのかも楽しみです。 では是非次のご投稿も首を長くして待ちわびておりますので、納得のいくよう執筆のほうがんばってください!
「やったぁ!」 遥か彼方の出来事でありながら、まるで手に取るほど近くで揺れているかのような火の手に、隣の砲手が歓声を上げた。彼の腕前に全てを託したバーミットも、満足げな笑みを浮かべて号令を下す。「さぁ行け! 遅れた分はきっちり取り返して来い!」 それに応え、咆哮も高らかに突撃するアイアンコング、レッドホーンを中心とする帝国軍自慢の重装ゾイド。戦場となった薄氷の道へ雪崩れ込んだ彼らは、その強力な武装で、手近な敵から手当たり次第に粉砕していく。その火力は、ミレニアの率いる高速戦闘隊とは比べるべくも無かった。「よし……」 バーミットは部下達の素晴らしい戦いぶりを見届けてから、ゆっくりと戦場に踏み込んだ。普段ならば自分から部隊の先陣を切る彼だが、この時はちょっとした理由があった。 彼の目には今、雪原に擱座した雪色の虎が映っている。「生きてるか、中尉? オマエさんの白馬の王子様でなくて悪いが、この通り騎兵隊は連れてきてやったぞ」 しかし、せっかくの軽口も反応が無い。「オイ、返事をしないか! まさか本当に死んでないだろうな!」 最悪の事態が脳裏をよぎる。遠目でも、サーベルのコクピット周りに損傷があるようには見えないのだが。「オイ――」『大丈夫です……』 バーミットの口が再び開いた時だった。彼の懸念を打ち破る声が、レシーバーから弱々しく響いた。 さしものバーミットも、安堵のため息と共に胸を撫で下ろした。「生きてるならすぐに返事をしろ。シュミットを泣かせる事になるかと思ったぞ?」『申し訳……あり……ません……』 確かに、彼女は生きてはいる。しかし、その声にはまるで覇気というものが無かった。おまけに、時々言葉が不自然に途切れる。そこに入り込む、しゃくりあげる声。どうやら……泣いているようだった。「どうした? 泣いてるだけじゃ分からんぞ?」 ここは敢えて、泣くのを止めさせたりはしなかった。本当ならそうしたい所なのだが、根本的な原因を取り除かなければ意味は無いだろう。戦場に乱入してきたバーミットの部隊により、戦況は膠着している。時間が経てば、それは戦力で勝る共和国軍へと再び傾き始めるだろうが、今ならまだ幾許かの余裕があった。『わ……私は……』「うん?」 焦る気持ちを何とか抑えつけて、彼女の話を促していく。『皆……死んでしま……私は……誰も助け……大佐から預かった……者まで……』 まるでジャミング下の通信のような途切れ途切れの言葉を、バーミットは我慢強く聞き続ける。嗚咽交じりで声もか細いため、耳に全神経を集中させた。 どうやら、こちら――第21北部方面隊から高速戦闘隊に加わった者達の死を詫びているようなのだが、はてさて。それだけの理由でここまで感情を乱すものだろうか。 しかしその問いには、考えるまでもなく本人が答えてくれた。『すい……ません……上手く……喋れない……グスッ……です……自分が……死ぬ……かと思った……ら……グスッ……もう何……も……考えられない……くらい……怖くな……て……』「そうか……」 なまじ優秀であっただけに、戦場にいながらにして、彼女は最も死から遠い場所にいたのだろう。中央山脈という場所が、大きな戦いからは縁遠かったというのも、理由の一つに違いない。 ゼネバス皇帝が中央大陸へと帰還し、帝国軍が中央山脈を奪還してから、そこは常にゼネバス帝国のテリトリーであった。昨年の夏より、ゲルマンジー半島へ上陸した共和国軍が南から中央山脈の奪還を狙っているため、日に日に北上した戦線がこの場所まで到達したのだが、それまでは小競り合いのような戦闘がせいぜいだったのである。ミレニアほどの優秀な兵士ならば、まるでぬるま湯に浸かっているかのような状況だっただろう。『やっぱり……大佐の言う……とおりでしたね……私なんかに、大佐の兵を預ける……グスッ……べきじゃないって……私は……指揮官……失格です……』 そう言えば、戦闘前にそんな事を言った気がする。しかし、バーミットに彼女を責める気は毛筋ほども無かった。 あの時の言葉も、親友の死に沈んでいた彼女に発破をかけるための物で、本心では決して無い。バーミットは彼女の腕前を見込んで、自分の部下を委ねたのである。結果として多数の人死にも出てしまったようだが、彼女の指揮でこうなったのならば、他の者ならもっと酷い被害が出ていただろうとも思うくらいだ。 災難ではあったろうが、無様でも何でもこの危機を切り抜けた彼女は、今回の経験を活かして、一回りも二回りも成長していくように、バーミットには感じられた。「何を言う……」 暗黒大陸では、シュミットの部隊をよく揉んでやったものだった。そのため、シュミットやミレニアは自分の教え子のように感じている。そのため、どんな形であれ彼女が無事だった事は、バーミットには喜ばしい事実だった。 恐怖に震えるミレニアを、バーミットは強く抱き締めてやりたいという衝動に駆られる。しかしこの状況で、無論それはできぬ話。今はせめて、自分の言葉で彼女が少しでも安心できる事を願うだけだった。「今は休め。せっかく拾った命だ」 せめてもと思い、コングの冷たい手でサーベルの頭を撫でたりしてみた。操縦桿を通し、硬い感触が返ってきた気がした。同時に、柔らかい髪の肌触りも……『あり……ありがとう……ございます』 泣き疲れた声で、ミレニアは言った。幾分かは力の戻った声で。(今は、ここまでか……) マイクとスピーカーを挟んだ会話では、これ以上の事は望めそうもない。後は時間だけが、彼女に力を呼び戻してくれるだろう。この戦場という特殊な空間で、最も貴重で、得難い存在。 しかして今こちらには、ミレニア一人にまわしてやれるだけのストックがない。それを稼ぎ出してやるのが、自分の役目だ。「オシ、オレ達もそろそろ行くぞ」 言ってバーミットは、コングをサーベルから離す。既に動く事もないであろうその骸には、吹き付ける吹雪がうっすらと化粧を施していた。焼け焦げて汚れた白さに、再び在りし日の勇姿を取り戻そうとするかのように。「大佐。ビームランチャーは――」「分かっている」 砲手からの報告に、バーミットはビームランチャーの強制排除のスイッチへ手を伸ばす。ウルトラへの砲撃を敢行させたバーミットも、その弾切れは覚悟の上だ。吹き飛んだ砲身が、地響きを立てて雪原へと落下する。 排除部分に異常がない事を確認すると、バーミットはもう一度、モニターに映るサーベルに一瞥をくれる。(待ってろ。もうすぐアイツも来るだろう……) まだ見ぬ教え子に彼女の事を託すと、バーミットは操縦桿とスロットルレバーを握る両手、フットペダルに乗せた両足に力を込めたのだった。 ・ ・ ・ ・ 部隊の先頭を切り、細い渓谷から雪原へと躍り込む。弾切れでスクラップ寸前でも、シュミットは先陣を譲らなかった。 目を細め、吹雪で霞むモニターを見通してみる。(オレ達の隊が、一番出遅れたか……) 戦場の中ほど――最大の激戦区までを勢いに任せて一気に駆け抜けながら、その間に入手した情報で戦況の分析を図るシュミット。レーダー、視界。そこからは、動き回るコングやサーベル、ヘルキャットが確認できた。ミレニア、バーミットが率いる残りの二部隊は、疾うの昔に敵と衝突しているらしい。「全機、散開して友軍の支援にまわれ。弾薬の欠乏した機体は単機で行動するな。二機で一機に当たるんだ」 指示を出してから、シュミット自身も手近のコングを捕まえ、仲間達の援護に入る。「…………」 無言のままに、間合いに入ったアロザウラーを無雑作に殴って捨てる。いつも隣で騒いでくれるルイーオがいないだけで、コクピットが無性に寂しく感じられた。 それにしても、難儀なのはこの戦場だ。視界が利かないというのに、戦線では当然敵と味方が入り乱れている。次にブリザードを突き破って現れるのが、コマンドなのかヘルキャットなのか。ベアなのかライモスなのか。シールドなのかサーベルなのか。ゴジュラスなのかコングなのか。一瞬にしてそれを見極め、それぞれに相応の対処をしなければならない。それはひどく気を遣う、体力よりも精神力をすり減らす行為だった。 シュミットにしてみれば、ウルトラを相手にした決闘の方がいくらかマシにも思えた。何しろ、目の前の敵の事だけを考えていればいのだから。 そして今、シュミットの思考を占める項目の中にはもう一つ、本人にとっても極めて重要な事柄があった。(どこにいる、ミレニア?) 見慣れた白いサーベルタイガーの姿を追い求め、吹雪の中を駆け回る。 彼女の操縦技術は、付き合いの長いシュミットが一番よく知っていた。つまらない敵に討ち果たされるような半端な技量でないのは、自分の命を懸けても保証できるつもりがある。 だが、いくらその事を自分自身に言い聞かせても、胸にわだかまる重い不安だけは、どうしても拭い去る事ができなかった。 シュミットとて、人生の厳しさを後進に教えてやれるぐらいは齢を重ねてきている。当然、恋仲になった女性がいなかったわけでもない。しかし自分と同じ職場、即ち、戦を生業とする軍人を愛したのは、ミレニアが初めてであった。(それがこんなにも苦しいとはな……) 古今東西、戦場へ赴いた旦那の帰りを待つ妻の愛は、哀しくも素晴らしい美談として多く語られてきた。男と女の違いはあれど、そんな妻達の気持ちが、今のシュミットにはよく分かる気がする。「フッ――」 一瞬の苦笑でセンチな気分を極力吹き飛ばし、あくまで一作業として、ミレニア機の探索を進めていく。そうしなければ――自分が**(確認後掲載)ば、彼女は悲しむだろうから。 彼女を想う故に、彼女への想いを思考から切り離す。機械でもない身の自分には難題だった。(いかんな……どうしても物思いに耽ってしまう……) せめて、目の前に敵がいれば違うのだろうが、それでは今度は探索が思うように進まない。何事も上手く立ち行かないものだ。「おっと……」 現実の厳しさをのん気に噛み締めている場合ではない。 シュミットは瞬時の判断で、コングの両手を無雑作に吹雪の向こうへと伸ばした。直後に、激しい衝撃がその腕を伝い、コクピットのシュミットを揺さぶる。逆巻いた風に吹き散らされた吹雪の向こうから、こちらに喰いつかんと一杯に開いた口腔にコングの両腕を突っ込まれ、アゴを内側から上下に押し広げられたゴジュラスの姿が現れた。 自分の注意力がまだ生きていた事を感謝し、シュミットはゴジュラスの顔を上下に引き裂かんと、コングの両腕に力を込めていく。腕に内蔵された補助エンジンが唸りを上げると同時に、ゴジュラスのアゴの関節もミシミシと不気味な悲鳴を上げ始めた。いくらビッグパワーを誇るゴジュラスであろうと、アゴの力でコングの両腕には敵うはずがない。(一気にいくか!) 補助エンジンの出力にはまだ余力がある。全力で臨めば、ゴジュラスの顔は確実に上下で泣き別れるだろう。シュミットは確信と共に、出力を引き上げた。 だが、一際高く吠え声を上げた補助エンジンは、その力を存分に発揮する前に、尻すぼみにその力を失っていく。(クッ、こんな所でダメージの影響が……!) 寒冷地用マンモスの牙は、えらく際どい部分を貫いていたらしい。恐らくは、エネルギー増幅装置かエネルギータンク辺りか。その損傷が、シュミットの行為で機体にかかった負荷により、ダメージを表面化させたのだろう。今では、機体全体の出力が下がってきていた。ゴジュラスの口腔に突き込まれた両腕からも、急速に力が失われつつある。「くっそぉ……」 毒づいたシュミットは、腕から力が完全に抜け切る前に、ゴジュラスを突き飛ばすような形でコングの腕を引き抜いた。 完全にテンションが下がってしまってからでは、たとえ出力が回復したとしても、ゴジュラスの口をこじ開ける事はできない。それほどの力の差までは無いように思える。 弾の切れたコングにとって、最後の武器でもある腕は生命線だ。失うわけにはいかない。そう考えると、シュミットも咄嗟の事ながら、少々軽率な行動をとってしまったとも言えるが。 とにかく、二機の機獣の間に再び距離ができる。 ゴジュラスが後方にたたらを踏んでいる間に、シュミットはコングを飛びかからせた。出力が下がる一方というとんでもないハンデを抱えていては、短期決戦で早急に勝負を決める他ない。嵐のように自慢のパンチを繰り出していく。後脚のシリンダーやアブソーバーがそのショックを吸収する機械的な振動が、シュミットにもシート越しにわずかに伝わってきた。 ゴジュラスと相対する時には、組み合う事はコングにとって望ましくない。パワーで勝負をかけるよりも、利点である腕のリーチを活かし、相手を近付けない事が重要だ。 デスザウラーに敗れたとはいえ、格闘戦では百戦錬磨のゴジュラスである。鋭い牙と強靭なアゴ。小型ゾイドくらいは一撃で握り潰して見せるパワフルな両腕。巨大な体躯に満載された強力無比の格闘兵器は、捕らえた敵を一瞬で粉砕してのける。 しかし、その間合いは極端に狭い。コングが目一杯腕を伸ばして鼻先を押さえてしまえば、牙も爪も、こちらの身を傷付ける事なく空を切るばかりである。もう一つ、尾という武器も相手には残っているが、それも敵の後背。仕掛けるのに気付かないほど、シュミットも愚鈍ではないつもりだ。 更に言えば、最大の武器であるバイトファングが一つしかないのに比べ、こちらの腕は二本ある。一通り考えてみても、アドバンテージが無いわけではない。それらの有利を巧く活かす事ができれば、格闘戦しかできないコングでも勝負はできる。 無数の拳を受けたゴジュラスは、それまでの崩れた体勢と、雪原などという特殊な地形も災いし、派手に大地にぶっ倒れた。吹き荒れる吹雪とは別に、もうもうと雪煙が舞い上がる。間髪入れずに、シュミットはゴジュラスの頭部に襲い掛かった。短期決戦とはそういう事だ。 そのボディに反して極端に脆いキャノピーを器用に破壊して、コクピットにダメージを与え、機能停止に追い込む。運が良ければ、パイロットも無事に済む程度にしておいた。(……思わぬ時間をとられたな) ゴジュラス相手としては出来すぎなくらいの手際だったが、0に勝る1など存在しない事は誰にでも分かる。シュミットは急ぎ、動きを再開した。必ずこのどこかに――無論生きて――いると信じる、彼女を求めて。『隊長!』 折りよく、ヘルメットのレシーバーから声が響く。また言葉と同時に、自機の後方から二機のヘルキャットが近づいてきた。三隊に分かれた後もシュミットの指揮下に入った、第38北部方面隊の面々だ。機体のスピードを活かし、偵察や伝令等に動いてくれている。『部隊の合流には成功しました。ただ……』「ただ?」『メビウス中尉の高速戦闘隊が、我々を含めた二隊に先んじてフォー・スクラッチを抜けたらしく、敵の攻撃の矢面に立って……かなりの被害が出ています』「…………!」 絶句するシュミット。最悪の想像が頭をよぎる。『幸い、中尉は無事との事でした。乗機のサーベルは大破規模の損害を被ったようですが、命に別状は無いとの事です。先程、フェルゼン大佐の部隊から連絡がありました』「そ、そうか……」 甘い幻想は、打ち砕かれる寸前でなんとか事なきを得て、思わずシュミットは胸を撫で下ろした。『なんでも、隊長には真っ先に教えて差し上げろとの事だったので……』「そうか。ありがとう……」 バーミットの心遣いだろうか。思い浮かんだバーミットのにやけ顔に苦笑しながら、部下に労いの言葉をかける。 恩師の配慮で、だいぶ心も軽くなった。今からはただ、目前の戦いに集中していればいいのだ。 だが、望む幸福。大団円への道程は、常に遠く、厳しく、険しい。殊更、戦場などという悲劇のバーゲン市場では、至る所にそれを阻む落とし穴が、ポッカリと口を開けているものだ。『ハッ――!?』『うわっ!』「な、なんだ!?」 突如として、シュミットらの眼前で爆炎のカーテンが立ち上がった。 ・ ・ ・ ・『……ちゅ……うさ……ガガッ……中佐……!』 突如として響いた無線機からの悲鳴は、酷いノイズに犯されながらも、ミレニアにとって重要な単語だけは正確に拾い上げていた。今回の作戦、中佐の階級を持つ士官は一人しかいない。「中佐!?」 咄嗟に伸ばした腕は、いつもの癖で愛機の操縦桿を操作している。しかしそれに応じて、サーベルが精悍な疾走を披露する事は無かった。吹き飛ばされた後脚を引きずり、無様な匍匐前進を見せただけだ。「こんな時に……!」 どんなに毒づき、歯噛みした所で、ミレニアの望みは叶わない。一瞬にして景観を背後に流していくスピードは、このサーベルからは失われてしまったのだ。 だがそれでも、ミレニアは懸命に愛機を前進させ続ける。(彼を死なせるわけにはいかない!) その一念だけが、彼女に無茶を続けさせる。 やがてボロボロのサーベルの姿は、雪原に奇妙な轍だけを残し、吹雪の向こうへと消えていった。 ・ ・ ・ ・ 直前から、共和国軍の布陣が下がり始めている。 行き過ぎないように注意しながら追撃するバーミット達の視界に、突然、真っ赤な壁の姿が入ってきた。そこでバーミットは、後退した共和国軍の思惑を知る事となる。「大佐、あれは……!」「とうとう、敵の本丸が本格的に動き出したか……」 壁の正体は吹き上がった爆炎。そのオレンジ色の炎に照らされ、いくつもの巨大な影が浮かび上がる。 背中から、まるで角のように長砲身のキャノンを生やしているのは、共和国軍屈指のファイター、ゾイドゴジュラスMk−U。それが二機。その足元では、ベアファイター数機が歩を進めている。そして、護衛となる彼ら全てを従えているゾイドは、ゴジュラスよりも頭数個分高い所から地上を見下ろしていた。「ウルトラザウルスだ……」 不敵な笑みを浮かべながらも、畏怖の念と共にバーミットは呟く。 後方支援、かつ指揮官用機という事もあり、最前線に出てくる事は非常に稀なゾイドだが、単機での戦闘力はデスザウラーにも匹敵するという。アイアンコングの場合、四機で互角というのが一般的な認識だ。『……ちゅ……うさ……ガガッ……中佐……!』 その時、耳障りなノイズ混じりの悲鳴が、バーミットの耳朶を打った。「中佐……?」 その単語を聞きとがめたバーミットの脳裏に、不吉な予想が去来する。(シュミットが……いるのか? あそこに……) どれほどの手勢を連れているのか知らないが、ウルトラザウルスと、指揮官機の直衛を任されるほどの精鋭を相手にできるのだろうか。「いいか、よく聞けオマエら! ウルトラ様のご登場だ! 全力でコイツを沈めろ!」 バーミットはマイクに向け、大声で指示を下した。シュミットに何かあったとなれば、指揮を執るのは自分の仕事である。「ビビるなよ、こいつはチャンスだ! アタマを潰せば、後はなんとでもなる!」 言うほど簡単な事でもない。敵も全力でウルトラの護衛にまわるだろうし、何より、ミサイルの一発や二発で沈むような機体ではない。しかし、不可能ではないはずだ。一、二番のウルトラキャノンを破壊したのは、他ならぬ、バーミットが駆るホワイト・ロックなのだから。 それにバーミットには、勝利よりも重要な、自分に課した目的があった。(死ぬんじゃねぇぞシュミット。戦場の物語を、全部が全部悲劇にしてやる必要なんかねぇんだ!) ・ ・ ・ ・ 思うように動かないヘルキャットを騙し騙し操りながら、それでもクリフォードは数機の共和国ゾイドを撃破していた。決して簡単な事ではなかったが、自分はまだ死ぬわけにはいかない。 ただし、自分の命など安いものだ。薄氷の道で彼女――アデール=スィージン軍曹を見捨てた時に、自分の命から意味など失われている。故郷へ帰ったところで、待っている者もいはしないのだ。 だがせめてもの罪滅ぼしに、敵の旗艦であるウルトラザウルスには、必ず一矢報いてやらねばならない。あれは、スィージン軍曹の仇だ。(コイツの豆鉄砲じゃ、あの化物を吹っ飛ばす事なんてできやしない。だけど大佐達なら、それを切欠にして、コイツを叩き潰してくれる!) ならばその一瞬の契機、命を賭して稼ぎ出して見せる。それが軍曹の屍に背を向けた自分の、できうる限りの贖罪。許しを請おうなどと思っているわけではないが、それぐらいしておかなければあの世で顔向けもできない。「オマエも災難だったな。こんなヤツをコクピットに乗せちまって……」 労わるように、目の前のパネルを数度叩く。そこには数時間前、自分が殴りつけた際の小さな傷が残っていた。(……本当に災難だったな) 自分が死んで、このヘルキャットが生き残るという事はまずないだろう。その時は、ほぼ確実にこのヘルキャットも破壊され、そのゾイドコアも輝きを失うはずだ。 だが、ヘルキャットからは一向に、それに抗って動きを乱すといった反応は見られない。「馬鹿だなオマエ。案外、似た者同士なのかもな」 ワザと気持ちを口に出し、軽い笑みを浮かべる。ここまで愛機と心を通わせたのは、ゾイドに乗るようになってから初めてだ。 クリフォード――否、クリフォードとヘルキャットは、吹雪に身を隠し、ウルトラの巨体との距離を慎重に詰めていった。 ・ ・ ・ ・「レドニック! マローン!」 爆炎に飲まれた部下の名を叫びながら、シュミットは辛うじて彼らの二の舞を回避していた。コングを地面に伏せさせ、湧き起こった水蒸気を吹き散らすように押し寄せる爆風を耐える。地形を変えかねないほどの圧倒的な火力に飲み込まれたヘルキャット達の運命は、もはや推して知るべしであった。 間一髪。そんな死を免れたシュミットのコングに、控えていたゴジュラス、ベアが襲い掛かる。「クッ――!」 真っ先に飛び掛ってきたベアファイターを払い除けながら、コングを後方にステップさせ、なんとか間合いを開ける。矢継ぎ早に繰り出される牙や爪から逃れるためにはそれしかない。 だが、間合いを開けすぎると――「――ぐぉぉっ!」 共和国軍の後方から一斉に発射された八発のミサイルが、逃げ道を塞ぐかのように大きく広がり、周囲で派手に炸裂する。直撃こそしなかったものの、その衝撃は連戦でガタがき始めているコングには厳しいものだった。コクピットのパネルに躍る警告メッセージ、各所で飛び散る火花が、それを克明に物語っている。「この化物みたいな火力は――」 爆炎は、先ほど二機のヘルキャットを飲み込んだものと同様のド派手なものだった。これほどの火力を連続でばら撒ける機体は限られている。「ウルトラが、出てきたか……!」 折りしも、爆炎と爆風で一瞬吹雪が吹き散らされた瞬間、特徴でもある長い首がその姿を覗かせた。それが描く円弧はさながら、こちらの命を刈り取る死神の鎌か。 丸腰のコングに成す術があるはずもなく、シュミットは愛機を転がすように後退させる。一刻も早い離脱が望まれる状況。シュミットのコングとすれ違うようにして、ようやく応援のゾイド部隊が駆けつけたのは、シュミットが死の覚悟というものを嫌と言うほど味わわされてからだった。『隊長!』『中佐!』 姿を見せたのは、ブラックライモスとホワイト・ロックが一機ずつ。到着と同時に、自慢の重砲を立て続けに乱射する。 異音同義で呼ばれたシュミットは、機関銃に追われて塹壕に飛び込む歩兵よろしく、二機の後方へと転がり込んだ。『シュミット、無事だったか!』「大佐!」 それから、続々と終結を始める帝国の山岳ゾイド達。 崩れ落ちるように雪原に膝を落としたシュミットのオーロラ・ロックに真っ先に駆け寄り、手を差し伸べたのは、バーミットをコクピットに収めるホワイト・ロックだった。彼の機体は、左腕の先を電磁砲と共に失っていたが、残った右腕一本でシュミットのコングを引きずるようにして下がらせる。『その様子では、間一髪だったようだな。もうマトモに動けんだろう?』「えぇ、何度も死ぬかと思いました。代替機を手配しておいて良かったです……」『悪かったな。まぁ、しばらくは休んでいろ。危なくなったら、また手伝ってもらう』「ハハ。せいぜい、力を蓄えておきます……」 疲れた声で言い、シュミットは身体を深々とシートに預けた。無論、操縦は続けているが、半ばホワイト・ロックに引き摺られている状態のため、あまり意味が無い。重ねて言えば、コングがジタバタと足掻く有様は、見ていてあまり格好のいいものではない。『そうだ。オマエのフィアンセ、無事だからな』 そんな事は気にも留めず、まるで別の話題を振ってくるバーミット。だが、それはシュミットも既に知っている事実だ。「えぇ、聞きました。わざわざ連絡の手配まで、ありがとうございます……」 そこまで言い、シュミットはその事実を伝えた部下の末路を思い起こす。自然、その口には沈黙の帳が落ちた。『今のオマエには、何を差し置いても伝えておいたほうがいいだろうと思ってな』 言ってバーミットは、ガハハと豪快に笑い飛ばす。戦場を戦場とも思わないその豪快さは、彼が信頼を勝ち得ている要因の一つだ。シュミットの鬱屈な思いも、幾分ではあるが軽くなった。『あのウルトラを仕留めれば、さすがの敵も今日の所は退いてくれるだろう。一気に畳みかけるんだ、シュミット!』「は、はい!」 バーミットの勢いに押される形で、シュミットの口を了承の返事がつく。 ウルトラを沈める事がどういう事かは、シュミットも承知していた。前線に姿を見せたとはいえ、相手は旗艦。敵も、そう易々と落とさせてはくれないだろう。 だが、他に道は無い。正面からぶつかって消耗戦になってしまっては、規模で劣るこちらに勝機は無いのだから。 他に、道は無いのだ。 ・ ・ ・ ・ 教え子から戦意が消え失せていない事を感じ取り、バーミットは微笑を浮かべる。指揮官の心情は、味方の士気に大きく影響を及ぼすものだ。今回の作戦行動の指揮官――シュミットがくたばっていてはどうしようもない。「敵の脅威が集結を開始しています。早めに仕掛けないと――」「分かっている。各機、ウルトラへの道を開け! コング隊で一気に勝負を決めるぞ!」 砲手の言を遮り、大まかに指示を出していく。「シュミット! オマエの隊から、突撃隊を編成しろ! ウチからも何機か出す! オレは残りを率いて、血路を開いてやる! 指揮はウチのシュタイナーに任せろ!」『いや、しかし……』「今のオマエの機体では無理だ! さっき代えの機体を手配したとか言ってただろう。とにかく、そいつが到着するまでオマエは待っていろ!」『大佐も、その機体では……』 確かに、バーミットのコングもシュミット機に負けないくらい損傷している。しかし、バーミットは軽々と言い放って見せた。「バカヤロウ。オレを誰だと思ってるんだ?」『……了解!』 無駄だと悟ったか、シュミットにそれ以上食い下がる気配は無かった。 返答に続いて、次々と名前を呼び上げていくシュミット。それを聞き届けてから、バーミットは再び口を開く。「シュタイナー、聞いていたな!? ウチの部隊からもコングを見繕ってウルトラに向かえ!」『了解しました!』 戦闘の真っ只中にでもいるのだろう。叩きつけるような返答は鼓膜に悲鳴を上げさせたが、バーミットはそれを黙殺した。そのまま器用な操作で、シュミットのオーロラ・ロックを雪原に横たえる。「……オシ、オレ達もいくか」「はい」 その安全を見届けると、バーミットも砲手と息を合わせ、再び戦場へと飛び込んでいった。 既に主砲であるビームランチャーは存在せず、コングの有利である砲撃戦を行う事はできない。その上左拳も電磁砲と共に失い、状況は非常に厳しくなっている。いかに経験豊富なバーミットも、こんな事態に陥った事は無かった。 だが、伊達にパイロットとして齢を重ねてきたわけではない。本当の経験とは、苦境に陥った時にこそ活かされるものなのだ。「ナビは頼むぞ」「了解です。もうそれしか仕事がありませんから」 砲手は冗談交じりに言いながら、レーダー画面やモニターを注視している。そこから状況を読み取り、逐一こちらに報告するのが彼の役割だ。砲手としての役目がなくなった彼ならば、より正確な報告を行ってくれるだろう。「……いくぞ!」 コングを一気に加速させると、そのまま機体をジャンプさせ、バルカン砲を乱射していたゴドスを、重量に任せて圧し潰す。「いいかオマエら! なんとしても、ウルトラへの道を開くんだ! 開いた道は絶対に閉じさせるなよ!」 ・ ・ ・ ・ 動力を落とし、半ば雪に埋もれながらチャンスを待つ。雪原を少々掘り返し、その窪みに身を伏せれば、小柄なヘルキャットのボディはほとんど目立たない。時間と共に降り積もっていく雪の効果も相俟って、目視での発見はかなりの困難になっている。 この低温地域で動力を落とすのはそれこそ自殺行為。耐える操縦者の危険はもちろんの事、この低温下で一度下がった出力が力を取り戻すにはかなりの時間を必要とする。攻撃に成功したとしても、敵の追撃を振り切るのは至難の業……ほぼ不可能といっても過言ではないだろう。 だが、そこまでしなければ好機など手に入りはしないと、クリフォードは思っていた。ウルトラとの性能差を埋めるには、自分の身を削ったとてまだ足りはしない。そこを埋め合わせてくれるのが、信頼する仲間達だと信じている。(何時間でも耐えて見せる。一矢報いるためなら、死んでも動いてやるさ……) クリフォードの静かな決意を覆い隠すかのように、雪は降り続いている。或いは、天が彼を味方した証拠なのだろうか。 ・ ・ ・ ・(早く来てくれ、ルイーオ……) 打ち倒されていく仲間の姿に、シュミット何もできない自分を痛感していた。 目の前では、バーミットが指揮する部隊が突撃し、開いた血路に今度はシュタイナー率いるコング突撃隊が突っ込む。だが、ウルトラザウルスまでの敵陣は厚い。その猛攻に晒され、重装甲に覆われたコングも、時間に比例してその撃破数を増やしていく事だろう。 自分一機が加わった所で、体勢に変化を与える事ができないのは分かっている。しかし、仲間が倒れていく様を指を咥えて見ているだけなど、シュミットは願い下げだった。 それでは、ゼルマース基地が陥落した時と何も変わらないではないか。『……ちらルイーオ……こえるかシュミッ……』 シュミットが胸の内で、もう一度相棒の名を呼ぼうとした時。ノイズ混じりの通信が彼の焦燥と絶望を吹き飛ばす。「ル、ルイーオか!」「遅くな……悪かったな。御要望の品、届けに……たぜ」 ルイーオの言葉を証明するかのように、レーダーにはこちらに近づく機体の影。ただし、一機ではない。表示される光点同士が接近していて一つに見えるが、実際には四つの反応がある。そして速い。たとえブースターパックを装着していても、コングタイプの機体に出せるスピードではない。 だが、何よりも奇妙なのは――(高度が……) 周囲の反応と違って、近づいてくる反応は地上の物ではなく、明らかに空中を移動している。無論、コングが空を飛べるはずはないし、何より今は、そんじょそこらのゾイドが飛べるような天気ではない。 しかし、結局シュミットが疑問の解答を導き出す暇も無く、『行くぜ! 踏み潰されんなよ!』 次の瞬間には、ブリザードを突き破って、青いコング――イエティコングが雪原に跳びおりてきた。『早く乗れ、シュミット!』イエティコングウルトラザウルスに対抗するため、かつてスパイコマンド〔エコー〕が開発したアイアンコングの寒冷地戦試作タイプ。エコーのアイデアはコングMk−U限定型として結実しているが、これは第38北部方面隊に実験データ収集用として配備された機体である。改良が施され、マイナス六十〜七十度という低温の風を噴き出す肩の大型ファン(開発当初はマイナス四十度)と、6連装ミサイルの代わりに装備した冷凍ガス砲が主力。当初は背部に装着していた寒冷地用の特殊生命維持装置は、改良によって小型化され、機体内部に装備しており、開発時よりも若干スマートな機体となっている。そのため、コングMk−Uが装備するブースターパックを装着する事が可能。
え〜長らくお待たせしました。眠気を引きずりながらの管理人ヒカルです。 この雪戦も最終局面を迎えようとしており、機械獣同士の戦闘もますます迫力あるものになっていきますね。圧巻の一言です。 その中では遂に出た出た、イエティコング!!ホント待ってましたと叫びたくなりますね。かのスパイコマンド”エコー”も大氷原の戦い備え開発していた、まさに寒冷地専用コングですな。うん、素晴らしい! それでいて、さらに気になったのがヘルキャットのパイロット、クリフォードです。自責の念に駆られ今か今かと待ち構えるその様は、戦場の生生しさが描かれていたと思います。 次回は果たしてウルトラを破壊することが出来るのか、実に見物だと思っています。それではご執筆のほうどうぞがんばってください。 どうもヒカルでした〜
「ラッキーだったぜシュミット!」 コクピットに乗り込んだシュミットを、ルイーオの荒っぽい声が出迎えた。彼はこちらに席を譲り、ガナーシートに移る。「早かったな。いったいどんなテを使ったんだ? それに、オマエ空から……」「シュミット。話はあと、だろ? やる事全部片付けてからな」 事態の把握が覚束ないシュミットは、ルイーオに矢継ぎ早に質問を浴びせてしまった。だがルイーオはそれを遮り、シュミットを促してくる。「あ、あぁ、そうだな……」 自分の慌てぶりに、シュミットは面食らってしまった。今回の戦闘では、互いの役割が逆転してしまう機会が本当に目立つ。「今、ディエトロ大尉が突撃隊を率いて、ウルトラへの血路を開いてる。オレ達もそこに加わって、大尉を援護。指揮を引き継いで、ウルトラを撃破する!」「了解!」 ルイーオの忠告でなんとか自分を取り戻したシュミットは、彼に状況の報告と指示を与え、新たな乗機――イエティコングを踏み出させた。 根本的な部分では同じアイアンコングであり、愛機のホワイト・ロックとなんら変わる所は無い。それにこのイエティコングには、データ採取のためのテストで何度も搭乗している。細かな調整は望めないものの、ホワイト・ロックと遜色無く扱える自信はある。「ブースターパックの接続も問題無し。調子も快調だ」「分かった。少しとばしていくぞ!」 シュミットが引き上げたスロットルレバーに応え、イエティコングは大きく雪原を蹴った。 ・ ・ ・ ・ 羽虫の如くたかってくる敵を蹴散らしながら、シュタイナー=ディエトロ大尉は懸命にウルトラを目指していた。彼が操縦するホワイト・ロックの横や後ろにも、数機のコングが同じ目的を果たすために続いている。「厳しいな……」 誰にともなく、シュタイナーはこぼす。普段沈着冷静な副官で通っている彼をしてそう言わしめるほどに、戦況は過酷だった。なんといっても、旗艦を落とそうというのだ。敵も当然、それを阻むべく果敢に挑んでくる。 この戦場で、コングに太刀打ちできるゾイドなどそうはいない。ウルトラを除けば、ゴジュラス辺りがせいぜいであろう。しかし、それも所詮は一対一という条件付きでの話だ。 戦場はテーブルの上とは違う。それを実証するかのように、敵は同時に二機、三機と襲い掛かってきた。ベアやアロザウラー。単機で挑んでくればなんとでもなる相手が、明確なる脅威となって立ちはだかる。「二時、及び九時方向から敵脅威接近! コマンドとベアです!」「分かった!」 シュタイナーは一瞬の判断で、左から迫るベアへ左腕の電磁砲を向けた。機動力ではコマンドに幾分劣るベアの動きを、射撃による牽制で止めるのが狙いである。同時に、頭は右前方へと向け、接近するコマンドを捕捉する。次の瞬間、電磁砲発射の軽い衝撃がコクピットを揺らした。(よしっ!) 横目でその効果を確認し、全ての注意をコマンドウルフへと移す。スピードのあるコマンドは、既に格闘の間合い寸前にまで迫り、背部のビーム砲を乱射してきていた。(ここで仕留めなければ、二対一で不利だ) シュタイナーは悟ると、コングの重装甲を頼みに回避の手間を省き、こちらからも間合いを詰める。そしてそのままの勢いで、相手を覆い隠すように両手を広げると、それで圧し潰さんばかりに掴みかかる。 コマンドくらいのサイズであれば、捕まえてしまえばなんとでもなろう。しかし相手もそれは心得ていたらしく、コマンドの軽快さを活かしてタイミングをずらし、巧みに回避してみせる。「くっ!」 咄嗟にコングの腕を伸ばしたシュタイナーだったが、それは虚しく空を切るだけにとどまった。そしてその隙にも、背後からはベアが突進してくる。『避けろ、シュタイナー!』 突如として割り込んでくる通信。シュタイナーは勘だけで、機体を前方に投げ出した。ベアの攻撃を回避するには十分な動きとはいえなかったが、シュタイナーには何故か、これで問題無いという確信があった。(大佐……?) その声が持つ迫力に、自分の上司が駆けつけてくれたのではないかという想像まで頭をよぎる。しかし、耳にした言葉をよくよく反芻してみれば、それが聞き慣れただみ声などではなく、以前に幾度か顔を合わせた別部隊の隊長の物であるという事実に行き着いた。「メイクライン中佐!?」 未だにこちらをうかがうコマンドウルフを機体の動きで牽制しながら、ゆっくりと背後を振り仰ぐ。そこでは、今まさに襲い掛からんとしていたベアを吹き飛ばした影が、青い機体を吹雪に晒していた。その姿には、シュタイナーも見覚えがある。「そのイエティコングは……」『相棒からのプレゼントかな。そんな事より、ウルトラを沈める方が先だ』 シュミットは詳細な説明を避けたようだった。この状況では、それも当然の反応だろうが。『突撃隊の戦力は?』「ホワイト・ロックが五機に、オーロラ・ロックが四機。それから、中佐のイエティコングです」 シュタイナーは把握していた数字を呼び起こし、間髪を置かずに答えた。『コング十機か。時間をかけると、数の差で不利だな』「えぇ。どれだけ早くウルトラに取り付けるかが勝負かと……」 旗艦を守るために続々と終結する直衛の護衛機。それら全てを相手にしていたのでは、どれだけの時間を注ぎ込んでもウルトラへは辿り着けない。戦力温存のためにも、最短の距離を、最低限の敵のみを退けて駆け抜ける必要があった。『此方としても異存は無い。一気に行くぞ!』 シュミットは指揮官らしい決断力を垣間見せ、ウルトラへ向かって進撃を始める。無論、シュタイナーもそれに倣い、自機の歩みを再開させた。「……これで、全員揃いましたね」 呟く砲手の言葉を、その耳に聞きながら。 ・ ・ ・ ・ ここまでのほんの数百メートルが、どれだけ遠かった事か。シュミット操るイエティコングは、遂に共和国部隊の旗艦、ウルトラザウルスをその間合いに捉えていた。 これまでにコングが退けた敵の数。その身に受けた砲弾の数。数える事などとっくに諦めているが、もし正確な数を知っていたとしたら、そのような事が好きでないシュミットであっても、恐らく生涯の武勲として内心で誇った事だろう。それほどに激しい戦闘だった。「コイツの飛び道具はたいした事ないんだ。近づかねぇとどうにもならねぇぞ!?」 ルイーオの叫びにシュミットは頷き、コングの足をさらに急かす。 イエティコングは、ノーマル機のような重武装ゾイドではない。装備した冷凍ガス砲等の事を考えれば、白兵戦用の機体であると言う事ができるだろう。そのため、距離をおいての戦いには向いていないのだ。ただ、ハリネズミのように火器を満載したウルトラと離れて戦うというのは、それだけでも十分危険なのだが。『行かれるんですか、中佐!?』 自機のすぐ後ろについて来ているであろう、シュタイナー=ディエトロ大尉から、こちらの真意を探る声が掛かる。「ここまで来たからにはな! コング隊は火器での支援を頼む!」『……分かりました』 シュミットの返答に対する彼の言葉には、諦めにも近い感情が窺えた。何故自分の上官達は、こうも前に出たがるのだろうと、内心でため息をついている事だろう。『後顧の憂い無く、存分に戦って下さい』「……すまないな」 最後のシュタイナーの皮肉気な口調には、シュミットも苦笑するしかなかった。「さて、行くか!」 出来る事は全てやった。 ウルトラザウルス相手の戦闘シミュレーションや戦術研究なども、コング乗りの一人として怠ってはいない。 デスザウラーの登場で、コングがウルトラの相手をする機会も少なくなった。しかしそれでも、デスザウラーが配備されていない基地で、コングの占める位置は非常に重要なのだ。(狙うのは、あの巨体を支える脚と、細い首だ) 全身を厚い装甲で覆ったウルトラ。コクピットを除けば、そのウィークポイントは驚くほど少ない。そこをピンポイントで狙うしか、有効と呼べる戦法は無かった。 後ろを進むコング隊から、ウルトラ目掛けて支援の砲火が迸る。それに乗じ、イエティコングはブースターパックを一杯に吹かして、一気にウルトラに纏わりついた。自動迎撃装置なのか、脚部に装備されたミサイルポッドが素早い動きでコングを狙う。「くっ……!」 咄嗟に身を伏せたコングの頭上を、立て続けに発射されたミサイルが行き過ぎていく。その直後、イエティコングの肩部に装備された二基の大型ファンが一斉に唸りを上げた。 開発当初のイエティコングがマイナス四十度のガスを吹き出す所を、この機体は出力を引き上げ、マイナス六〜七十度の威力を発揮する。(凍り付けば、脆くもなるだろう!) 更には、腕部に装備された冷凍ガス砲でも追撃するシュミット。 極低温の風を受け、ウルトラの装甲が見る見る霜に覆われていく。「来るぞ!」 次いで、鳴り響くロックオン警報を受け、ルイーオが注意を飛ばす。「分かっている!」 シュミットはファンを作動させたまま、ブースターを用いて大きく跳躍した。 ウルトラは、懐に飛び込んだ相手に有効な攻撃法を持たない。今のは、イエティコングの攻撃の隙をついた、ウルトラの直衛機からの攻撃だった。「次だ! 次が来るぞ!」 ルイーオの言う通り、今度は着地際を狙っての攻撃。今のシュミット達は、一手をかわしたくらいで喜んでいられないのだ。「つぅ……!」 繰り返される攻撃をかわし続けるシュミット。それだけで、彼の類稀なる技術を証明するには十分だったが、当然のように限界は訪れた。回避運動で体勢が崩れた所を、敵の攻撃が直撃する。 イエティコングは、横合いからの衝撃で地面に打ち倒された。強い衝撃がコクピットを襲うが、ここは意地でも昏倒するわけにはいかない。「オレは、諦めない!」 すぐさま機体を起こし、こちらに攻撃を見舞った相手へと向き直り、第二撃に備える。しかし、敵の砲口が火を吹く前に、敵の機体自体が吹き飛んだ。戦場を引き裂く一閃の拳が、鋼鉄のボディを易々と吹き飛ばしたのだ。そして、その拳の持ち主である白い機体が視界に踊り込んでくる。同型機がひしめく中で、シュミットにははっきりと分かった。(また助けられた……) 単身、敵地に乗り込んできた白いコング。恩師、バーミットの機体に違いなかった。『オマエはいつも、一人で頑張りすぎるようだな』「大佐がそれを言いますか……」 シュミットの目の前で、バーミットはなおもコングの腕を振るい続け、一帯の敵を薙ぎ払った。『確かに、オマエの言う通りだな……』 無線機の向こうで、バーミットは苦笑したようだった。敵地のど真ん中、豪胆な彼ならではの反応だろう。 しかし、そんな彼でも笑みを凍りつかせるであろう振動がシュミットにもはっきりと感じられたのは、その直後の事だった。 自分の顔から血の気が引いていく音が、シュミットには聞こえた気がした。 ・ ・ ・ ・『ウルトラキャノン砲、発射用意!』「発射用意、アイ!」 一番、二番を預かる砲手が命を落とした事で、残ったウルトラの主砲を一手に預かる事となった三番、四番砲の砲手は、ウルトラザウルスコクピットからの指示で、ウルトラキャノン砲に砲弾を装填した。 目標は前方。水平射撃で目前のコング達を吹き飛ばしてみせる。(仇は討ってやるぜ!) 口には出さず、かつての同僚に誓ってから、彼は砲のトリガーに指をかけた。無論、目の前のコングの中に本当の仇がいる事など、彼にとっては想像の埒外だったのだが。 巨大な機獣は、最後の一歩を雪原に振り下ろさんとしていた。宙の脚が地面を捉えた瞬間、彼はトリガーを引く。 ・ ・ ・ ・ 重い地響きを引き連れ、ヤツが近づいてくる。 本来なら逃げるべき所だが、それは今の彼――クリフォード=オーリックにとって、まさに待ち焦がれた恋人の足音と同じようなものだった。今、訪れようとしている瞬間のために、彼は体を蝕む冷気に耐えてきたのだから。「さぁ、そのデカい図体を見せてみろ……!」 機体に火を入れ、その時を待つ。敵に発見されるのが早いか。それともこちらが動くのが早いか。それは神ならざるクリフォードの知り得る所ではない。だから、クリフォードはただ、信じた。(来いッ!) そして、何度も頭に思い描いたその姿が、吹雪を纏って現れる。彼の乗るヘルキャットなど及びもつかない、ウルトラザウルスの巨体。 それは一歩、また一歩と、確かめるように歩を進めていた。こちらを気に留める様子は無い。(やれる!) 機は熟した。 あれだけの巨体。歩む脚も、そう早い動きをしているわけではない。そして歩行中の脚とは、二度ばかり、その動きを止める瞬間がある。着地した瞬間と、振り上げた脚が最高点に達した瞬間だ。 クリフォードはその一瞬に、全てを懸けようと決意していた。 セオリーなら、着地した瞬間を狙う。逆側の脚が進む間、その脚は動かないのだから、狙い撃つ時間はそれこそいくらでもある。 しかしクリフォードは、あえてその定石を破り、脚が最高点に達した瞬間を狙う事にした。それも、一点――ウルトラの前脚に装備されたミサイルポッドをである。ヘルキャットの装備でウルトラの重装甲を破壊するには、それを有爆させるしかない。 針の穴を、それこそ何度となく通すに等しい行為だが、クリフォードの予測が正しければ、ウルトラの動きを止め、コング隊反撃の切欠には十分な時間を稼ぐ事ができるはずだった。 クリフォードは瞬きする事も忘れ、モニターを、延いてはその向こうのウルトラの姿を凝視する。そして、彼の目と、高々と振り上げられたウルトラの脚が、ディスプレイのピパーを通して一直線に繋がった。「いけ……いけぇ!」 クリフォードは2連高速キャノン砲のトリガーを引いた。渾身の力と、祈りを込めて。 そしてその祈りは、見事に聞き届けられる。 キャノン砲の砲弾は狙い過たず、ウルトラのミサイルポッドを貫き、爆炎を吹き上げて爆発した。 しかも、一発の砲弾がもたらした効果は、それだけに留まらない。ミサイルポッドの爆発で、ウルトラの脚には大きな亀裂が入った。そして、破損した脚はウルトラの巨体を支える事ができず、その身を雪原に触れた瞬間、派手な悲鳴と共にへし折れたのである。 そこまで簡単に脚部が崩壊したのは、先程のイエティコングの攻撃で装甲が凍結し、脆くなっていたのが原因だった。 勢い余ったウルトラの巨体は雪原を突き破り、〔薄氷の道〕の名の所以ともなったクレバスにめり込んだ。「うぉぉぉぉ!」 咆哮と共に、クリフォードはヘルキャットの武装をぶちまける。ヘルキャットの武装がウルトラの重装甲に歯がたたなかろうと、そんな事は関係なかった。ただ、力任せにトリガーを引き続ける。 しかし、ウルトラの護衛として周囲に散っていた精鋭部隊が、そんな事をしでかした敵を黙って放っておくはずが無かった。数機のベアファイターの重砲が、一斉にヘルキャットに向けて放たれる。高速ゾイドの軽装甲が、その集中砲火に耐えられるはずもなく、やがてヘルキャットの機体は無惨なまでに叩き潰されていった。 そのコクピットで最期の瞬間が訪れても、クリフォードはその指に込めた力を緩めなかった。仇討ちを誓った、一人の女性を想いながら。 ・ ・ ・ ・ 舞い上がる爆炎。倒れ込むウルトラ。そして、その全てを引き起こしたヘルキャットが、炎の中に消えていく。 その一連の光景は、シュミットの目にしかと焼き付けられた。「誰だ、あのヘルキャットは!?」 しかし、隣のルイーオでも、その問いに答える事はできない。数多のゾイドがひしめく戦場で、それら全てを把握するなど、コクピットからでは不可能な事だ。『シュミット、何してる! ウルトラはまだ生きてるぞ!』 だが、悠長に疑問を解明している暇は、残念ながらシュミットには与えられなかった。バーミットの指摘通り、ウルトラキャノン砲はその漆黒の闇を湛えた砲門を、ピタリとイエティコングに突きつけていたのだった。『逃げろ! シュミットォォォ!』 バーミットの絶叫は、悲鳴以外の何物でもなかった。 ・ ・ ・ ・「クソッ、一体何してんだ」 砲手は毒づきながらも、ウルトラ擱座の衝撃で狂った照準を、再びコングの一機に合わせ直した。 予定は少々狂ってしまったが、どんな理由であれ、ウルトラの機体がしっかりと停止している以上、彼の仕事はトリガーを引く事だけだ。彼の指の動き一つで、目の前のコングは木っ端微塵の鉄クズになる。(覚悟しな!) ・ ・ ・ ・ 同刻―― 雪原につんのめるようにして擱座するウルトラを、ミレニアもその目で見届けた。そして、集中砲火に消える一機のヘルキャットも……。(オーリック伍長……) ミレニアはそれが、亡き友人の仇討ちに散った男であると、半ば直感で感じ取った。(彼女を、よろしく……) 刹那の黙祷の後、彼女は状況を再度確認する。するとすぐに、動きの止まりつつあるウルトラの砲門の先に、一機のコングタイプの姿を認めた。(イエティコング!?) それも、ブースターパックを背負った見慣れた機体。微かに確認できる、月桂樹と頭蓋骨をあわせた隊章。第38北部方面隊の機体に他ならなかった。(いけない!) 自身の目の前で、仲間をむざむざやらせはしない。そんなのはもう、沢山だ。 幸いにして擱座したウルトラの砲座は、半ば雪原に寝そべるようにしているサーベルタイガーからでも十分に狙える位置にある。(ありがとう、伍長……) サーベルからウルトラに向け、一条の光が走ったのは、その直後の事だった。 ・ ・ ・ ・ 衝撃の後、自分の元に上がってきたダメージリポートを確認し、ウルトラのパイロットは軽い眩暈を覚えた。(ウルトラキャノン砲、全門使用不能だと?) 右の前脚を失い、雪原に擱座したウルトラは全く身動きの取れない状態にある。それに加え、優秀な砲手二人を擁し、このウルトラザウルス最大のアドバンテージであった砲撃力が、今や通常の半分以下にまで落ち込んでしまったのだ。「やってくれたな……」 優勢なのは明らかに自分達――共和国軍なのだが、旗艦を沈められたとあっては部隊も撤退を余儀なくされるだろう。 自分が預かるこの巨獣が、数発のミサイルやビームなどで倒れる事は無いだろうが、それにしても、ウルトラを立て続けに襲った二度の攻撃は、攻め手が勝利の女神の祝福でも受けていたかのように、予想外の効果を発揮した。(数ヶ月前……ゼルマース攻略では、女神の寵愛はオレ達に向けられてたってのに……) このウルトラはあの戦いで、ゼルマース基地を雪崩の下に埋めた機体の一つである。そして彼自身、その時のコクピットに身を収めていたのだ。「……悩んだって仕方ない。オレは指示に従う、一介のパイロットだ」 ウルトラの内部に設けられた戦闘指揮所では、今後の動きを検討しているに違いない。しかし、そこで下される決定が戦闘継続であろうと、撤退であろうと、今の彼に与えられている命令は戦う事だ。「手始めに……オマエからだ……」 レーダーに映る、目障りな光点。砲手と共に、二門のウルトラキャノン砲を葬ってくれた相手だ。 立て続けに、ウルトラザウルスに搭載された火器が轟音を放った。 ・ ・ ・ ・「クゥッ!」 ウルトラザウルス側面の火砲が、こちらへと集中し始めた。瀕死のトラに主砲を吹き飛ばされた事が、よほど腹に据えかねたのだろう。激戦を潜り抜けてきた高速ゾイドの装甲は、標的となった機体を守り抜くだけの力を既に失っているように思えた。(中佐……後は、お任せします……) ミレニアは静かに瞑目する。 自分を助けに来る必要など無い。自分が見込んだシュミット=メイクラインという男ならば、この好機をもっと別の事に活かす事ができる。 そうなれば、たとえここで命を散らそうとも、自身の死は無為ではないのだから。 すぐ脇の計器が火花を散らして弾ける気配を感じながら、ミレニアは自分を待ち受けている運命に、全てを委ねた。 ・ ・ ・ ・ こちらを狙っていたウルトラの主砲は、たった一発の攻撃で無用の長物と化していた。 まさに九死に一生を得たに等しいシュミット、ルイーオは、あまりに突然の出来事に、自分に降りかかった幸運をしばらく理解できなかった。だが、さながら激流のように刻一刻とその様相を変える戦場という状況が、彼らを暢気な思考の世界から引きずり戻す。 しかしその一瞬は、旗艦の急をかぎつけた直衛部隊が防衛ラインを引き終えるに十分な時間だった。「クソッ、機を逸したか!」 シュミットは歯噛みしながら、イエティコングのファンをフル稼働させて敵への攻撃と目くらましを図る。闇雲に発射された何発かの砲弾が、味方の装甲をかすめていく。(どうすればいい!?) 恐らく、この戦闘中にウルトラが動き出す事は無いだろう。しかしそんな千載一遇のチャンスも、この直衛機達を退けなければどうしようもない。遂に、自分達の幸運も打ち止めという事だろうか。(一手……あと一手なんだ!) 決死の突撃をかけるしかないのだろうか。 数パーセントの成功率。全てを賭けるには、あまりに小さい数字。「シュミット。周波数を――」 焦燥を憶えるシュミットが頭を巡らせていると、不意にルイーオが言葉を送ってくる。何を意味するのか分からなかったが、シュミットはとにかく、無線の周波数をルイーオの言う通りに調整した。敵の火線を掻い潜りながらも、何の意味を持つのかすら定かでない行為を実行する気になったのは、すでに売り切れた幸運という商品に、知らず知らずの内に頼っていたからかもしれない。しかし、素直にルイーオに従ったおかげでシュミットは、最後の幸運を手に入れる事ができた。『おい! いい加減に誰か応えねぇと、持ってきた物ばら撒いて帰っちまうぞ!』 レシーバーから響いた声は、シュミットの聞き慣れぬものだった。「――?」 視線だけで問いかけるシュミットに、ルイーオは人差し指でただ“上”を示して見せた。「……上?」 しかし、そんな説明ですらない行為で事態の全てを飲み込めるはずもなく、シュミットの耳元で騒ぎ立てる声の正体は一向につかめない。ルイーオはそんなシュミットに、まるで取って置きの秘密を得意気に話す子供のような笑みで、口を開いた。「このイエティを運んでくれたサラマンダーが三機、上空に待機してる」「サラマンダー!?」 ルイーオの言葉は、シュミットの混乱に拍車をかけるだけだった。それを解きほぐすため、ルイーオが事の詳細を打ち明けていく。 それは彼が、損傷したオーロラ・ロックの代替機として、イエティコングを取りに戻ったあの時体験した、まさに奇跡とも言うべき偶然の連続だった。「中央山脈西のマトリア空軍基地に、鹵獲されたサラマンダー三機が運び込まれていた。その情報を掴んでいたウチの奴等が、どんな手段を使ったのか知らんが、イエティコングをフォー・スクラッチまで運ぶ手段として、それを呼び寄せていたんだ」 レドラーやシュトルヒでは、たとえ何機がかりであっても、アイアンコングを空輸するなどできるものではない。だが、両軍通じて最大の飛行ゾイド、アイアンウィングの異名を持つサラマンダーならば、それも可能な事だった。 サラマンダーの積載能力は、大型飛行ゾイドという名に恥じぬ数字を誇る。共和国軍の作戦ではたびたび、一機のゾイドゴジュラスをサラマンダー四機で空輸するという物が見られたほどだ。今回はそれと同じ方法で、輸送用に急遽改造した鹵獲サラマンダーに、イエティコングを空輸させたのである。 飛行ゾイドのノウハウが少ない帝国軍。そしてこの悪天候。勝算の見えないこんな大博打に、貴重な鹵獲機を三機もつぎ込むとあっては、空軍も随分渋ったに違いない。そんな彼らを説得し、協力を取り付けた第38北部方面隊の者達は、いったいどんな手段を使ったのだろうか。「それも気の利いてる事に、ウチの連中サラマンダーの余剰積載量で爆装させて寄越しやがった。あんまり借りをでかくしたくはなかったんだが、この事態を切り抜けられるんなら、空軍連中の文句もいくらだって聞いてやるさ」 プライドの高い空軍(彼らには、地面にへばり付いている自分達など、そこらの石コロと同じようにしか見えないのだろう)の事だ。地上軍にアゴで使われたとあっては、それこそヘソをひん曲げる事だろう。しかしそれでも、この戦いで命を落とすのに比べれば何百、何千倍もマシというものだ。『もう我慢できねぇ! ホントにやるぞ!?』「そう言わないでくれ。どうせばら撒くなら、今から言う場所にしてくれないか?」 ブリザードを突き抜け、シュミットの要請はサラマンダーのコクピットへと到達した。 ・ ・ ・ ・『全機後退! 味方の航空支援がくる!』 戦場の帝国軍機全てに、シュミットの声で通信が入った。(航空支援!?) バーミットは不思議に思いながらも、振るっていた拳を止め、後方へと跳んだ。「聞いたな!? 全機後退しろ!」 対峙するウルトラザウルスの直衛部隊と彼らの間に、一瞬わずかな隙間が生まれる。そこに爆炎が立ち込めたのは、直後の事だった。 ・ ・ ・ ・『全機後退! 味方の航空支援がくる!』 シュミットの声が戦場を駆け巡った時、シュタイナーもウルトラ直衛機との激しい格闘戦を行っていた。「大尉!」「分かってる!」 敵と組み合った状態でモタモタしていては、爆撃に巻き込まれても文句は言えない。 シュタイナーは組み合ったゴジュラスを突き飛ばし、その勢いを利用して自分が操るコングを後方へとジャンプさせる。その瞬間、視界がオレンジ色に染まった。 ・ ・ ・ ・『全機後退! 味方の航空支援がくる!』 しかし、ミレニアにシュミットの声は届かない。 やがて炸裂した爆弾の衝撃が、遠雷のような響きを伴ってサーベルタイガーの残骸を揺さぶった。 ・ ・ ・ ・ 突然目の前に立ち昇った爆炎は、直衛機の姿を飲み込んでウルトラの視界を遮る。当然、パイロットは敵の姿を見失った。「クソッ!」 パイロットは舌打ちと共に、周囲の友軍機に指示を出し、ウルトラの周りを固めようとする。ちょうどそんな時――「!?」 炎の壁を突き破り、幾条もの光がウルトラへと殺到する。そして、それを追うかのように飛び出してきた影。 最初彼は、それが破壊された直衛機の破片だと思った。しかし、現れたその姿は、ただの鉄塊にしてはあまりに巨大だった。 炎を切り裂き、黒い焼け焦げを身体の随所に纏ったその青い機体は、先程まで彼のウルトラにしつこいほど纏わり着いてきたゾイドだった。「イエティコング!?」 完全に虚を突かれたパイロット。それを認識したと同時に、放たれたビームがウルトラに突き刺さり、派手な爆炎を上げる。そして飛び出してきたコングは、その隙を突き、逞しい腕を首へと巻きつけてきた。「しまった!」 足元から、不気味な振動と共に破滅の音色が聞こえてくる。ウルトラの首に設けられた無数の関節が、万力のようなコングの腕に締め付けられて悲鳴を上げているのだ。 直衛機からの攻撃がウルトラに取り付いたコングに集中するが、帝国軍機、延いてはアイアンコング自慢の重装甲が、致命傷となる事を辛うじて防いでいる。そしてウルトラには、取り付かれた敵を攻撃するような手段は存在しない。「ハッ――!?」 一際大きな破砕音が、ウルトラザウルスの苦しげな咆哮と重なった時、パイロットはシート脇のレバーを引いていた。 ・ ・ ・ ・ 炎の壁を突き抜ける瞬間から、シュミットはウルトラだけを見据え、全ての雑念を振り切っていた。頭の中では、直後からのコングの動きがリフレインしている。「任せたぜ、シュミット!」 隣のルイーオが、ショックに備えて食い縛った歯の間から檄を飛ばす。シュミットは無言で頷き、コングに腕を伸ばさせた。長い腕はまるで意思ある物のように動き、緩やかな弧を描くウルトラの首に絡みつく。(へし折ってやる!) それを見届け、シュミットはコングの腕に力を込めていった。周囲から砲火が殺到するが、ここで諦めるわけにはいかない。文字通り、死んでもコングに手を離させるつもりは無かった。 コングとウルトラ。双方の装甲が軋む不快な音が、奇妙な協奏曲を奏で上げる。これがどちらへ手向けられるレクイエムとなるのか。 気が遠くなるような時間が過ぎ――「――ッ!?」 こちらのコクピットにも聞こえるような音と共に、締め上げたウルトラの首から急に力が消えた。巨竜の悲しげな断末魔が、吹き荒ぶ吹雪を圧して、中央山脈の谷々を吹き抜けていく。脱出用ポッドも兼ねるコクピットのビークルが、吹雪の中に飛び出したのが確認できた。『中佐、離れてください!』 シュタイナーの声を合図に、シュミットは抱え込んだウルトラを突き飛ばす。移動したのは軽いこちらの方ではあったが、それでも二機の間に距離ができる。もはや自重を支える事もできなくなったウルトラの長い首が、まるで鎌のように地面へと振り下ろされ、切っ先ならぬ頭部を地面に突き立てた。『全機、撃て!』 シュタイナーの指示が飛び、帝国軍機から発射された無数の砲弾や光が、もはや動く事もなかろうウルトラザウルスの胴体で炸裂する。そしてその内の一発は、ウルトラの正面に装備された8連ミサイルランチャーに突き刺さった。 攻撃は砲門を撃ち抜き、内部の弾薬庫に到達。貯蔵された無数のミサイルの一発を直撃する。後は一瞬だ。 誘爆に次ぐ誘爆。己の前に立ち塞がる者に向けられるはずだった破壊のエネルギーは、自身の内部、それもたいして広くもないほんの一角のスペースで遺憾無く発揮された。内部の隔壁を粉砕し、隣接するブロックを次々と破壊していく。破壊の炎が別の弾薬庫に行き着いた頃には、艦内の自動消火システムなど焼け石に水の状態であり、ウルトラの巨体はものの数分で、オレンジ色の炎に包まれながら純白の雪原へと没していったのだった。 ・ ・ ・ ・ 山男であるバーミットは、海とはさほど縁が無い。しかし、退却する共和国軍の様相を目にし、“潮が引く”とはこういうものなのだろうと、そんな場違いな思いを漠然と抱いていた。 だがそれも、耳元で騒ぐ仲間達の歓声を聞くにつれ、だんだんと勝利の実感へと変わっていく。(……アイツ、やりやがった!) 遂にバーミットは、胸の内ではあるが、自信の教え子が果たした行為に快哉を叫んだ。 誰もが認める事だろう。彼は絶望的とも言える戦況から、部隊を勝利に導いたのだから。『やりましたね、メイクライン中佐……』 通信機越しに、今回の殊勲者――シュミットへの祝辞の声を漏らした者がいた。副官のシュタイナーだった。『ここまでの活躍は、大佐も予想していなかったんじゃありませんか?』「バカ言え、いったい誰が鍛えたと思ってるんだ?」 シュタイナーの言葉に、バーミットは軽口を返す。 彼らの間には、安心感から来る和やかな空気が流れていた。 ・ ・ ・ ・「追撃の必要は無い。総員、負傷者の収容に全力を尽くせ」 最後の指示を終え、シュミットは大きく息をついた。 長い戦いが終わったという実感。緊張が解け、意識していなかった疲労が一斉に襲い掛かってくる。「……ご苦労さん」 ルイーオも隣で額の汗を拭い、労いの言葉をかけてきた。 彼も、決してヤワな人間ではない。しかしシュミットも実感している通り、今回の戦闘は長年の経験の中でも、最も過酷な代物だったのだ。「今回は助けられた……オマエにな……」 イエティコングの輸送を始め、細かな配慮まで数えればきりがない。自身の相棒がこの男だった事も、勝利を招き寄せた幸運の一つだったのだと、改めて痛感した。 シュミットはルイーオと、互いの拳を軽く打ち合わせる。そのコミュニケーションは、二人がコンビを組んで以来、ずっと続いているものだった。 だが――「…………!?」 時が経ち、決死の格闘戦の興奮が薄れていくにつれ、自分がもう一つ、別の幸運を望んでいるのだと気付かされる。既に一生分の幸運をソールドアウトしていてもおかしくない自分には、まったく過ぎた要求である、とびきりの幸運を。「そうだ! ミレニアは!?」 バーミットから、彼女が無事だという報せは受けていた。しかし、その目で確かめたわけでもなく、また、あれからいくらかの時間も経過している。未だに彼女が無事でいるという保証は、残念ながら何一つとしてない。「ミレニア? おい、ミレニア! 返事をしろ!」 勝利の歓声も忘れ、慌ててヘッドセットのマイクに叫ぶ。しかし聞き慣れた美声は、一向にシュミットの耳元で響く気配が無い。「急げシュミット。ケガでもしてたら……」「分かってる!」 ルイーオの不吉な予想を遮り、シュミットは吹き荒れる吹雪の向こうへ、イエティコングを突っ込ませた。 純白の雪原。吹雪に煙っているとはいえ、焼け焦げた黒い残骸なら、少々離れていても目につく。それに加え、戦闘中吹き荒れ続けていた吹雪が、ここになってようやく衰え始めてもいた。しかし、肝心のミレニア機の姿が発見できない。(どこだ、ミレニア!) 何年という時を共に過ごす中で、その操縦者同様に見慣れていった白いサーベルタイガー。脳裏に焼きついたその勇姿を捜し求め、シュミットは戦場であった場所をコングで駆けずり回った。目につく残骸は、どれも醜く破壊されたものばかり。それらを見るにつけ、シュミットの胸には得体の知れない不安が、澱のように堆積していく。 しかし、シュミットがその重圧に耐え切れなくなりそうになった頃、一機のゾイドの残骸が視界に飛び込んできた。「シュミット、あれは……!」 ルイーオの方でも気づいたようだ。 見間違えるはずもない。その残骸は、ミレニアのサーベルタイガーだった。まだ他の者には発見されていないらしく、救助の行われた痕跡は無い。「ミレニア!」 シュミットの行動は素早かった。的確な操作でコングを伏せさせ、重装甲で覆われたキャノピーを開け放つ。「オイ、シュミット!」 コクピットから飛び出し、脱兎の如く駆け出していくシュミットは、一部始終を見ていたルイーオですら、引き止める事ができなかった。 ・ ・ ・ ・ もう見えているというのに、残骸との距離は一向に縮まっている気がしない。 足を取られ、走りにくい雪原ももどかしい。既に慣れたと思っていたのに、今日に限って足下の雪原は、何度もシュミットの足を咥え込み、その度に蹴躓かされる。「こんな時に!」 募る焦りから、シュミットは声に出して毒づいた。 ミレニア機が残骸として横たわっているという事は、敵の攻撃を受けた事に他ならない。万が一、彼女が怪我でもしていれば、事態は一刻を争うかもしれないのだ。 袖を捲り上げた剥き出しの腕に、寒さを通り越した痛みが走る。機能を停止した機体では、この冷気から操縦者を守る事もできないに違いない。(無事でいろよ! オマエに死なれたら……オレは……!) 不吉な方向に向かいそうになった考えを、頭を振ってすぐさま打ち消す。今の自分にできる事は、ただ走る事と、信じる事以外に無いのだから。 ようやく、サーベルの残骸が大きくなってきた。そしてそこへきてシュミットは、その残骸の奇妙な姿に息を飲む。「おぉ……!」 サーベルの頭部――つまりコクピットは、まるで敵がそう狙ったかのように、まったくの無傷だったのだ。機体の最前面にあるにも拘らず、である。肩口やボディに穿たれた傷痕を見れば、それが幸運などという生易しい物ではなく、奇跡以外の何物でもない事が、シュミットにも十分理解できた。(これなら、ミレニアも……) 芽生えるわずかな希望。しかし、まだ完全に安心はできない。コクピットは無事でも、操縦者まで無傷であるとは限らないのだ。「ミレニア!」 シュミットは叫び、サーベルのコクピットに駆け寄った。白く塗装された装甲には、黒ずみ一つない。外部からキャノピーを開くための緊急スイッチにも、操作に支障をきたしそうなダメージは確認できなかった。(開く!) 半ば確信し、シュミットはスイッチを押し込んだ。 空気の抜ける音と、重量のある装甲式キャノピーを持ち上げる機械の駆動音が、吹き荒れる風の音と共に、シュミットの鼓膜を震わせた。「ミレニア!」 果たして、そこでシュミットが目にしたものは――「っ!?」 彼女は、静かに横たわっていた。弾けた計器盤の破片が当たったのか、顔から何箇所か出血している。閉じた目蓋はピクリとも動かず、まるで死んでいるかのようだ。(まさか……) シュミットは彼女の手を取った。グローブを外し、彼女の素肌に触れる。それは見た目の白さ同様、雪のように冷たかった。 しかし、かじかむなどという言葉を知らぬシュミットの手は、彼女の手の冷たさの下にある温かな血の流れを、確かに感じ取った。(生きている!) どうやら気を失っているだけのようだ。眠り続けるミレニアは、触れれば壊れてしまう人形のようにも思えたが、シュミットは彼女に負傷の様子が無いのを確認し、思い切ってその身体を抱え上げた。 戦いで疲弊しきった体には、女性とはいえ、人間一人の体重は厳しい。眠っている人間ならばなおさらだ。だがシュミットの腕には、周囲に舞い散る雪の結晶ほどの重さも感じられなかった。それを俗に、〔愛〕という言葉を使った表現で言い表しても良いだろう。愛故に、と…… シュミットは足場に注意し、腕の中の女性には殊更に注意し、サーベルのコクピットを離れて雪原へと降り立った。と、その時、背後の存在となったサーベルが低い、かすかな唸りを発する。「分かっている。オマエの主は、オレの命に代えても……」 シュミットはそれに答え、確かな足取りで一歩を踏み出した。 ・ ・ ・ ・「――オレの命に代えても……」 自分のすぐ近くで、誰かが喋っている。耳慣れた、低くて優しい声。それでいて、一本の芯が通っているのは、その言葉に秘められた強い決意故だろうか。(私は……生きているの?) 朦朧とする意識の中で、自問する。 最後の記憶は、自分と愛機に殺到する無数の攻撃と、それによってもたらされた凄まじい衝撃の連続。弾け飛ぶ計器盤のガラス片で、顔を切り裂かれる痛み。そして、強く強く思い浮かべた、一つの顔。 死への恐怖というものは無かった。やるべき事をやったという自負があったから。ただ、その顔の持ち主にもう会えないという寂しさ、悲しさがあった。(中……佐……) 再び浮かんできたその顔に、彼女は――ミレニアは呼びかけていた。自分の感覚に残ったわずかな部分で、それが弱々しい呼気で喉を震わせる事しかできなかったのが分かったが。 パイロットスーツ越しに、自分の背中と膝裏に回された、暖かい腕の感触が伝わってくる。そして、規則的なリズムで揺れる感覚。自分が誰かに抱き抱えられ、何処かに運ばれているのだと、そこで初めて気付いた。意識が覚醒に向かっている。(嫌……もう少し、このままで……) 母親の子宮で眠る胎児のように、ミレニアは体を丸めようとする。思うように動けない体勢がもどかしい。「ん……?」 その時、自分の真上からまた声が降ってきた。さっきと同じ、低く優しい声。「気付いたか、ミレニア?」 自分の名前を呼ぶ存在。とても、大切な存在……「中佐……」 ミレニアは呼び声に応え、静かに目を開いた。視線の先に、柔らかい笑顔があった。胸の奥で、暖かいものが膨らんでいく。(あぁ……間違いなく彼が、私の愛した人……) 今、自分は愛する者に抱き抱えられているのだという意識が、ミレニアには堪らなく嬉しく、間違いなくこの瞬間が、自分にとってこの上ない至福の一時なのだと実感させる。 しかし覚醒する意識が、そんな考えに警鐘を鳴らした。(いいえ、ダメよ。私はミレニア=メビウス中尉。第38北部方面隊の副官……) その上、自分を抱える相手は、上官であるはずの隊長である。そんな甘えは許されない。「じ、自分で歩けます。下ろしてください……」 自分の本音を抑え込み、言う。残念ではあったが、それこそが本来のミレニア=メビウスの姿なのだと、自分を納得させる。「…………」 だがシュミットは、こちらを下ろす素振りも見せず、それどころか、逆にミレニアの身体を抱え直したのだ。「ちゅ、中佐?」 思わぬ事態に、ミレニアは目を丸くした。まさかこの距離で、聞こえなかったとも思えないのだが。「あ、あの――」「オマエは、強いな」 釈然としない思いのまま、改めて口を開いたミレニアの言葉は、しかし言い終える前に、シュミットの言葉に遮られた。「え……?」 シュミットが何を言いたいのか、ミレニアには分からなかった。 複雑な表情のミレニアに顔を向ける事無く、彼は言葉を続けていく。「実際、オレが今までに出会ったどんな女性より、オマエは強いよ、ミレニア。頼りになるオレの右腕だ。でもな、二人っきりの時くらい、もっと弱い――本当のオマエを見せてくれないか? オレは、そんなオマエを守れる男になりたい……」 ミレニアは、ほとんど息をするのも忘れ、シュミットの顔を見上げた。彼は未だ、顔を前へと向けたまま、歩き続けている。「一昨日、戦いが終わったら、ゆっくり話そうと言ったんだったな。憶えているか?」 突然問いかけられ、ミレニアは軽くパニックになりながら記憶の引き出しを探る。そう時間もかからず、ミーティングルームでの自分の言動が思い浮かんだ。「あ……はい……」 改めて思い出せば、顔から火が出るような記憶だ。しかし今は、何故かそんな羞恥の気持ちは浮かばない。「あの時、実は自分の気持ちが分からなかった。予想もしなかった事を突然言われたんで、すっかり慌ててしまってな」 そう言い、軽い微笑を浮かべる。「だが、今なら分かる。自分の気持ちってヤツがな……」 そして、シュミットは初めて、こちらを見下ろした。「ミレニア。オレは、オマエの事が好きだ。愛している」「あ……」 急に熱いものが込み上げてきて、ミレニアは両手で鼻と口を押さえた。 待ち焦がれた言葉。待ち望んだ言葉。 自分を――自分という存在を、必要としてくれている人が此処にいる。一人の人間として、これ以上の何を望むというのだろうか。これ以上の、何を……「私も……愛しています。中佐……」 涙声になりながらも、ミレニアは必死に自分の想いを告げた。その言葉はあの日、ミーティングルームで口にできなかった言葉だった。 二人の周りでは、真っ白な雪が静かに舞っている。先程までの風は完全に収まり、二人を取り巻く様相は、幻想的ですらあった。「中佐。一つ、お願いが……」 白い塊を見つめながら、ミレニアは口を開く。「なんだ?」 静かな空間に、その声はよく響いたようだった。シュミットはすぐに先を促してくる。「もう少し……もう少しでいいんです。このままでいてくれませんか?」 そんな他愛のない要求が、本当の自分が初めてシュミットに漏らした本音であるように、ミレニアには思えた。「あぁ、御安い御用だ」 そう言ってシュミットは、こちらを抱く腕に更に力を込める。(暖かい……) シュミットの腕と胸から、彼の体温が伝わってくる。 ミレニアは、直前の自分の言葉を撤回せざるを得なかった。(あぁ……私は、この瞬間が永遠に続いて欲しいんだ……) しかし残念ながら、その願いは聞き届けられそうもないようだ。進む先から、雪を蹴立てる慌しい足音が近づいてくる。落ち着きのない走り方――ルイーオの足音だ。 ミレニアは、シュミットにいっそう身体を寄せ、最後の一瞬まで二人きりの時間を感じようと思った。
こうして、第38北部方面隊史上、最大の激戦は幕を閉じた。 シュミット=メイクライン、ミレニア=メビウス、ルイーオ=ファルース。この戦いを生き延びた第38北部方面隊の中心人物達は、その後、それぞれの道を歩んでいく事となる。 バーミット=フェルゼン、シュタイナー=ディエトロ等、第21北部方面隊の者も同様に。 シュミットは、第38北部方面隊の指揮官として中央山脈に留まった。 ZAC2048年12月の共和国軍の激しい反攻作戦にも、彼は部隊を率いて参戦。幾多の戦果を上げたものの、大勢を変えるには至らず、年の変わったZAC2049年、遂に数年間守り続けた拠点からの撤退を余儀なくされた。 ZAC2051年には、ゼネバス=ムーロア皇帝と共にニカイドス島に渡り、そこで〔ゼネバス帝国軍〕として、共和国軍との最後の戦闘を経験。そしてその後は、ガイロス暗黒軍の捕虜として暗黒大陸ニクスへと渡り、さらに共和国軍と戦い続けた。 生涯をコング乗りとして過ごした彼は、ZAC2056年、大異変によって起こった災害により、その命を落とした。 ミレニアはこの戦いの後すぐ、軍を退いてシュミットと結婚し、家庭に入った。 中央山脈の山岳部隊隊長というシュミットの肩書き上、夫と過ごせるのはわずかな時間でしかなかったが、それでも子供を二人もうけ、幸せな家庭を築いていった。 シュミットが暗黒大陸に渡る際にも、二人の子供と共に同行し、厳しい境遇で戦い続けるシュミットを影ながら支えつつ、また親としても、立派に子供を育て上げた。 ZAC2097年に病で他界するまで、彼女はゼネバス人としての誇りを持ち続けたという。 ルイーオは一年後、隊を異動となった。異動先は偶然にも、〔リアク山道の戦い〕を共にした第21北部方面隊であり、そこで隊長であるバーミット=フェルゼンの愛機の砲手を務めた。 このルイーオ。そしてバーミットとシュタイナーの三人は、ZAC2048年の共和国軍反攻作戦の際、全滅した第21北部方面隊と運命を共にした。最後の一人まで共和国軍に立ち向かい、撤退する味方部隊を援護した彼らの働きは、この作戦に参加した者達の記憶に、敬意と共に刻み込まれた。 戦争は、人間が生み出す悲劇である。人間の醜悪な面を曝け出した、最も醜い物語。 そんな人間など、醜い存在でしかないのだろうか。 しかし、戦争から生まれる物語は、決して悲劇だけではない。生まれも育ちも違うシュミットやミレニア、ルイーオを結びつけ、そこに友情や愛情、信頼という物語を生み出したのも、間違いなく戦争なのだ。 そして戦争もまた、人が生み出す物語の一つに過ぎない。一人の人間が生きる所には無数の物語が存在し、人と人が交わる所には、更に無数の物語が生まれるのである。憎しみや妬みという物語もあれば、愛や友情といった美しい物語まで。 シュミットを始めとする彼らの物語は、ここで終わる。しかし、人が世に在り続ける限り、物語も生まれ続けるのだ。 ・ ・ ・ ・ ZAC2099年8月―― 彼女は重要な使命を帯びて、西方大陸エウロペへとやって来た。 彼女の原隊を聞けば、誰もが左遷という言葉を思い浮かべるに違いない。何しろ、そう仕組まれているのだから。 プロイツェンナイツ師団。ガイロス帝国の王宮警護、及び皇帝ルドルフ=ツェペリンの親衛隊という名を借りた、ガイロス帝国摂政ギュンター=プロイツェンの私兵。 よもや、悪名高きPK師団から一介の傭兵部隊に、任務を伴って異動する者がいるなどと、誰も考えないだろう。(だからこそ、できる事がある……) 自分の律動的な足音が、真新しい前線基地の狭い廊下にこだましている。この先に、自分の新しい戦場がある。 生まれてこの方、ずっと言い聞かされてきたのだ。両親から。そして祖母から。(ゼネバスの……威信……) 耳に染み付いた、その言葉。実に様々な声が、その言葉を彼女に投げかけてきた。「話を聞けぇ!」 突然響く、ヒステリックな男の悲鳴。聞きしに違わぬ無様な声だ。あんな男では、とてもこの荒くれ揃いの傭兵部隊――第837独立傭兵小隊をまとめていく事はできないだろう。 しかし――(そこに、私が入り込む余地がある。せいぜい私……いや、私達の目的に、役立ってもらうわ) 女は、喧騒が聞こえてくる扉の前で、その足を止めた。 この扉をくぐった瞬間、彼女――〔サウザンド〕と呼ばれる女の、新しい物語が始まる。「その辺りで、止めておいたら?」 女は言葉と共に、目の前の扉を開いた。 オーロラ・ロック…完
最後まで読んでいただいた方、本当にありがとうございました&どうも御苦労様でした。書いていた自分でも、えらく長い話になってしまったなぁと思っています。こちらで投稿を開始したのが、去年の七月。そこから一年以上の時間をかけ、ようやく完結まで漕ぎつける事ができました。しかし実はこの「オーロラ・ロック」、書き始めたのはもっと前だったりします。それ以前に書いていた「Tragedy」が完結したのが一昨年の七月。恐らくその直後から、もう書き始めていたはずです。そもそも、こんなマイナーな改造機を主役にした話を書き始めたのは、一昨年に再販された「アイアンコングMk−U量産型」のパッケージに描かれた姿を目にしたからでした。真っ白な改造コングと、「第38北部方面隊」という名前を見た直後には、何故か中央山脈を走り回るその姿を思い浮かべていたのを憶えています。しかし、書き始めてからは大変でした。本格的にゾイドの二次小説を書き始めたのがその年の四月。わずか三作目であるにもかかわらず、「部隊としての行動」を書かなくてはならないと気付いた時には、さすがに中断という事態も考えました。自分の知識の至らなさというのを痛感させられた作品でもあります。当初は単なる戦記物として、「リアク山道の戦い」までを書くつもりだったのですが、クライマックス付近で、「マンモスもイエティコングも出してない!」事に気付き、「フォー・スクラッチ&薄氷の道」編を追加する事態にもなりました。よもやここまで長くなるとは思いもしませんでしたが。また、足掛け二年という(私にとって)長い期間は、登場人物のキャラクター性が変わってしまうというアクシデントも引き起こしました。冒頭、冷静な副官だったミレニアがあんな感じになってしまったのは、書いていた自分としても驚く他ありません……。ただ、彼女の変貌が無ければ、この話も特徴の無い、地味な話になっていたような気もします。彼女を書いていて、難しいと思いつつも、楽しいと思っていたのも事実です。書き終えた事で、自分も満足した作品だったわけですが、無論、不満が無いわけではありません。一番気になった事は、自分の知識の無さから来る、あまりに御都合的なストーリーです。ゾイド数機しか通れない細い山道といい、踏んだら踏み抜きそうな山道といい、いくらなんでもやりすぎたかと反省しています。ただ、主人公が死なないという時点で、物語というのは多かれ少なかれ御都合的なものなのかなと思っていますが。何事も、その配分が大事なわけですね。そして特に、ここ「ヒカル’sノベルスクエア」に投稿させていただいた事は、自分にとって大きなプラスでした。それまで考えもしなかった「視点」という概念を意識するようになったのは、こちらで管理人ヒカル様からいただいた御指摘があったからです。また、毎度いただける感想が、完結まで書き上げるモチベーションを生み出してくれたのは言うまでもありません。それに関しては、他にも感想をいただいたDDA様、フリッカー(当時スタンダード)様にも、この場を借りてお礼申し上げます。年内での完成を目指してスパートをかけ、なんとか書き上げる事ができました。ワードにして144ページ。達成感も一入です。しかし、ここで終わりにしたくはないと思います。既に次回作の構想もあり、また現在投稿中の作品もあります。ここで満足せず、さらに精進を重ねて良い作品を書けるよう、努力していくのが目標です。ゾイドも冬の時代となっておりますが、こうして何かを書く事で、少しでも盛り上げる事ができるなら、嬉しい限りだと思います。ではでは。長々と書かせていただきましたが、今回はこの辺りで失礼します。こんな所までお読みいただき、本当にありがとうございました。 踏み出す右足 拝
今年中にはと思いなんとか感想を書きました……管理人のヒカルです。ホント遅くなりました、すいません! しかし……真にすばらしい作品でした。完成度高すぎですよ、終わり方なんてこんな、こんな……目を見張るものです。シュミットとミレニア、そしてバーミット達などのその後もまたリアルでした。人生というものを語っているようで、なんだかまだ続けばな〜なんて贅沢なことを思ったりしました。 そこで提案なのですが、是非この「オーロラ・ロック」を殿堂入りのような形で、サイトに掲載してもよろしいでしょうか? 掲示板ではいずれ消えるかわかりませんし、なにより不測のトラブルなどあっては台無しになってしまいます。なので、踏み出す右足さんの許可さえ下りてくれれば、この作品を是非ゾイドの部屋に載せたいと考えております。返事はすぐにはいいので、もし許可してくださるなら、お返事のほうどうぞよろしくお願いします。 それと最後に、すばらしい作品本当にありがとうございます。私のサイトの誇りです!
え〜……メールを送らせてもらったんですが、届いているかひどく怪しいので、こちらでもお返事させていただきます。まずは、明けましておめでとうございますから言わなければならないでしょうか?本年もよろしくお願い致します。オーロラ・ロックへの感想、ありがとうございます。作品をサイトに掲載していただく件ですが、こちらとしては願ってもいないお話です。是非、よろしくお願いしたい所です。拙い作品なだけに、サイトのお目汚しにならないとよいのですが、個人的にはどっかの誰かみたいに、“こんなに嬉しい事は無い…”、とか言いたいぐらいです。掲載の形式などは全面的にお任せいたしますので、よろしくお願いします。えぇ、一旦メールという形をとらせていただいたのは、ちょぉっと個人的な用向きがあったからでして…もしよろしければ、届いたのか届かなかったのかだけでもちょっとお知らせいただければ幸いです。では、今回はこの辺りで失礼しました
すいませんメール届いていませんでした(アドレス変えたので) その辺のこときちんと提示しとくべきでしたね。こちらの不手際です、本当に申し訳ありませんでした。 しかし「オーロラ・ロック」の件で許可していただきありがとうございます。こちらとしても、このまま掲示板に載せておいたままでは、なにかトラブルで削除など起こっては困りますので(以前他のサイトでそういうことが起きました) 是非きちんとしたカタチで掲載したいと思いますので、そのときはどうぞよろしくお願いします。 それではこれからもご投稿お待ちしております。