血生臭い風、怒号悲鳴の嵐。
ここは前線。絶え間なく、争いが続く地。
共和国所属ジェロップ中尉は、愛機マンモスで狂ったように飛んでくる鉛玉と灼熱のレーザーをかわすことに追われていた。
デスザウラー、セイスモサウルスを含む帝国1個師団に攻め込まれた自軍は、最早壊滅といっても過言ではない状況に立たされている。
頼みの綱であったゴジュラスギガも、既にゼネバス砲の餌食となり、残されたのは僅かな数。
「畜生め……。こんな所で死んでたまるか……」
このジェロップ、仲間内からは“ゾンビ”と呼ばれている。
別に、ジェロップの顔が恐ろしく醜いという意味ではない。むしろ、結構美形と言えるだろう。
それでは何故そう呼ばれたか。
理由は2つ。
1つ目は、幾ら部隊が全滅しても、何故か彼だけはいつも生きて帰っていること。
そして2つ目、彼が乗るマンモスは、右の牙が折れていて、まるでゾンビの手のように垂れ下がっていることだ。
ジェロップは出会ったときからこうなっていたので、あえて修理しないでおいてあるのだとか。
そんなことからつけられたあだ名だ。
驚異的な生還率を誇る彼は、いつも仲間の話題の的。
皆はこぞって、こう彼に問う。
――何故そんなに生き残れる?
ジェロップは、その問いに対していつもこう答えていた。
目的がある内は、死ぬわけにはいかないから、と。
20年前の話になるが、ジェロップは家族を1発の砲撃で全て失っていた。
当時の敵国の仕業ではない。両国はその時休戦状態にあったのだから。
――野良ゾイドの襲撃。それが原因だった。
襲撃といっても、野良ゾイドはただ1発の砲撃を町に放った後、何処かへと姿を消しただけだ。その1発の弾丸が悲劇を生み出したとは知らずに。
ジェロップは、絶望した。
全てを失い、最早生きる望みなど無くなっていた。
だがそんな最悪の日々を過ごしていた最中、いきなりの敵国との戦争が始まった。
それは、ジェロップに生きる目的を与えた。
――軍に入れば、あの暴走ゾイドに会えるかもしれない……。
何故か、当時のジェロップにはそう思えて仕方が無かった。予感と言う奴か。
それからというものの、ただ仇を討つ為がだけに戦いに身を投じた。
危険な任務で死に掛けたもあった。
血と肉片の雨を浴び精神がおかしくなりそうなときもあった。
そんな彼をここまで生き延びさせたのは、憎い仇を討つ為。
それまでは死んではならない。と念じ続けた。
皮肉な言い方をすれば、仇が彼をここまで生き延びさせたことになるのだが。
ガン、と鈍い音がした、そう思った刹那、彼の頬を激痛が駆け抜けた。
どうやら、弾が強化ガラスを割って突き抜けたらしい。
もう少し右にいたら死んでいただろう。ゾンビの名は伊達じゃない。
「もう少し……もう少しだけ耐えてくれ……相棒!」
マンモスに呼びかける。が、もう限界だということがジェロップにもわかっていた。
そもそも、ここまで弾丸を避け続けてこれたこと自体が奇跡に近い。
左からヘルキャットが来る。
旋回させ、鼻で吹き飛ばした。更に2体同時でブラックライモスが突撃してきたが、これは牙と足で何とかする。
休む暇は無い。粒子砲がすぐ前の地面を溶岩に変貌させ、それを飛び越えてセイバータイガーが爪を振りかざしてきた。
避け切れない、特製の重装甲が抉られた。だがそれでもジェロップとマンモスは諦めない。尾部のレーザーで怯ませ、真上から踏み潰す。
それからたっぷり30分、鬼神の如き戦いを続けた。
サックスティンガーを蹴り飛ばし、アイアンコングすら牙で貫いた。
更にジェノザウラーの首を潰し、ライガーゼロイクスを踏み抜く。
だがそれでも、ついに限界が来た。がくり、とマンモスが膝をつく。
その隙を敵は見逃さず、四方八方から攻撃が加えられた。
「ぐぅ……!」
意識がすっ飛びそうになるが、耐える。
マンモスだって耐えてくれているのだ。自分がへばって、どうする。
それでも容赦なく攻撃はくる。
そして何度目かの攻撃で、ジェロップは強く頭を打ち付けた。
刹那、電撃のように映像が脳裏に浮かぶ。
巨大なゾイドが、レーザーを撃っている。
――それは、ジェロップの家のほうへと流れていった。
彼は叫び、そのゾイドを睨みつける。
そいつは大きく、無骨で、巨大な牙があった。そのうち片方は、折れている。
言うまでもない。そのゾイドは………
「……お前だったのか」
ジェロップは、すでに虫の息になりながらも、やっとの思いでそう愛機に囁いた。
思い出した。ジェロップは、仇を自分の目で見ていたのだ。ショックで忘れていたのだろう。
捜し求めた相手は、いつもそばにいた。
そして共に戦い、共に苦境を乗り越えてきた。
――少し前ならば、発狂していたかもしれないな。
そんな思いが頭を過ぎる。
だが今、彼は発狂はしてないし、怒りもしていない。
家族を奪われた憎しみを、愛機に対する友情、そして感謝の気持ちが上回ったからだろうか。
半分消えたキャノピーから、セイバータイガーの頭がこちらを静かに見下ろしていた。
静かに足を持ち上げ、今にも振り下ろしそうだ。
そうなったら当然、ジェロップは肉塊と化すだろう。
「殺るなら、殺りやがれ。畜生が」
何故か、穏やかな気持ち。もう、仇を探すという目的が無くなったからかもしれない。
今なら、**(確認後掲載)る。そう思った。
赤い足は、ゆっくりと踏み潰す準備に取り掛かった……。
すでに残骸が片付けられた戦場で、ジェロップは簡素な墓標を眺めていた。
そこには、“捜し求めた仇にして、最高の相棒ここに眠る”と記されている。
セイバーの足が振り下ろされる瞬間、マンモスは自動で脱出装置を働かせ、ジェロップの命を救った。
何故そうしたのかは、今となっては知る術は無い。
「余計な事しやがって」
今は亡き相棒に語りかける。
いつも頑固そうに唸っていた、あの声はもう聞こえない。
風が髪をなでる。
今は病院暮らしだが、いつかまた戦場に出る日が来るだろう。
両国の決戦はすぐそこまで近づいている。ここにはこれなくなるかもしれない。
だから、それまではここで、愛機と一緒にいてやりたい。
ジェロップは、何も無い蒼い空を見渡した。
そよ風が、心地よかった。