【遠いあの日に】
『進軍開始』
深い森の中、まるで電子音のように無機質な声の命令で、ラフール・ミントは一歩ずつ、鋼鉄の足の歩を進めた。その鋭い爪を持ち、銀色に輝く巨大な足は、独特の機動音と金属音を発しながら、長年その場所に根を据えていたであろう巨木たちをいとも簡単に薙ぎ倒し、踏み締めていく。森を出ると徐々に足を速め、目据える先に地平線に沿った形で築かれている城壁が見え始めると一気にそのスピードを上げた。左右を軽く一瞥する。どちら側にも、自分と同じ鋼鉄の竜が隊列を組み、やがては全てを踏み潰すことになるであろう侵略者の足を動かしていた。森を出て改めて、その数に圧倒される。しかし、それもいつものこと。ラフールは凄まじい地響きに震える両手で操縦桿を握り直すと、再び前方の城壁に鋭い視線を返した。
すると、目指す城壁の方向からドン、と言う音が響き、ややあって右手の地面が吹き飛んだ。同時に大きな土煙が辺りを覆う。砲撃。敵の攻撃が始まったのだ。近づくにつれ城壁から放たれる砲弾の数は増していく。
―――ガン!
鋭い衝撃と共に、不意に機体がバランスを崩した。砲弾が胸部に直撃したのだ。が、踏み止まった。衝撃は大きかったが、機体に目立った損傷はない。これだけの一撃をまともに喰らえば、元来のゾイドであればこうはいかなかっただろう。腹か背中に大穴が空くか、ひょっとすれば頭部が丸ごと吹き飛ぶかもしれない。しかし、ラフールの機体には無傷と言っても良いほどに、ダメージはなかった。バイオラプター。それが彼女らの駆るゾイドの名だった。全身を覆うライトヘルアーマーは、「リーオ」という金属を原料に精製された兵器以外の攻撃をことごとく無効化し、口腔部から放たれる火球、ヘルファイアーは小型ゾイドであれば一撃で沈める威力がある。実際、再び左右を確認しても、激しい砲弾の雨が降り注いでいるにもかかわらず、味方の機体が減った様子はなかった。唯一不安になることと言えば、凄まじい砲撃音と爆音で、耳がやられてしまわないかということだけだ。
やがて城壁が目の前に迫り、先程から砲撃を繰り返している敵機も目視で確認することができる距離まで辿り着いた。城壁の上には連なるようにモルガキャノリー、そして所々にコマンドウルフLC。更に接近しても砲撃はその手を緩めてはくれなかったが、もはやバイオラプター部隊にはそんなことはどちらでも良かった。次々と竜が跳躍し、ある者は城壁を飛び越え町に侵入、ある者は城壁に飛び乗り敵機を次々と蹴散らしていった。
破壊の地響きを肌で感じながら、ラフールもまた城壁を飛び越え、竜の群れの一部となって、一気に町の中心部へと駆け抜けていた。さすがに居住区と見える町の中では敵機は確認できない。時々銀色の竜を見て逃げ惑う人々の姿は見かける。ラフールはそれらの住民たちと出来るだけ接触しないように走った。そして町の司令部に辿り着き、そこを護っていた近衛隊を簡単に機能停止に追いやると、威嚇として建物の一部をヘルファイアーで吹き飛ばした。やがて、城門を破って入ってきたグスタフが到着し、それに積まれていた後部コンテナから、全身を甲冑のようなもので包み、銃剣を構えた兵士がぞろぞろと現れて建物への侵入を開始する。バイオラプターのコックピットからその様子を曇った視線で見送りながら、ラフールはようやく一息ついた。
「また・・・一つ・・・」
通信機から漏れないよう、ラフールは小声で呟いた。また一つ、町がディガルドの支配下に置かれた瞬間だった。
―――ディガルド武国―――
元はディガルド公国と名乗っていたのだが、やがて軍事国家としての色を強めて「武国」と改め、それからと言うもの近隣の国々、町々に侵略を開始。バイオゾイド軍団を率い、凄まじいまでの勢いでそれらを傘下に付け始めた。本来発掘される代物であるはずのゾイドを、自国で生産しているという噂を聞くほどの高度な技術を持った国。しかしその技術のほとんどが謎とされ、全貌すら定かでない不気味な影を落とす国。そして、ラフールの故郷を奪い、恋人の命を奪った国。それがディガルド武国であった。
ディガルドは、落とした国や町を徹底的に支配、管理下に置いた。支配下に置かれた国の住民たちはゾイドを操る才能のある者、ない物に選別され、才能のある者は強制的に軍事訓練を受けさせられて兵士として死亡率の高い最前線で使われ、才能のない者はそのまま強制労働を強いられる。兵士として起用された者たちは、少しでも反乱の意志を削ぐ為に最終的には散り散りにされ、万一反乱が起きた場合にもすぐに鎮圧できるよう、各部隊の3分の2がディガルド出身兵で固められた部隊へと配属された。その皮肉なまでに徹底したディガルドの支配と管理が、立て続けに侵攻が行われるにもかかわらず、兵力を衰えさせることなく着実に勢力を伸ばすことのできる最大の要因の一つだった。
寒夜。兵舎の一室で粗末なベッドに腰掛け、天窓から差し込む微かな月の光に体を寄せて、ラフールは故郷を憂いだ。あの後、町は復興することができただろうか。あの時はぐれた家族は無事だろうか。目の前で吹き飛んだあの人はちゃんと空に昇れただろうか・・・・・・。
「不器用なほうだったからなぁ・・・」
呟き、クス、と一つ苦笑した。こんな月が出る寒い夜には、あの遠い日を思い出す。毛布を肩にかけ、その手で自分の体をぎゅっと抱き締めた。ふと、一筋の涙が頬を伝った。でもそれを拭うことはしない。いつものこと、いつものこと。思い出したくない日はあっても、思い出せない日なんてない。拭っても拭っても、止まることなんてないんだから・・・。
一月後、ラフールの所属する部隊はまた一つ町を落とした。
「また一つ・・・・・・」
いつものように通信機から声が漏れないように、一言呟く。そしてまた、敵本部制圧の為にグスタフから兵士たちがぞろぞろと建物へ雪崩れ込んでいく。しかし、それを見つめるラフールの目は、いつものそれとは大分違っていた。自分では気付いていないが、久しぶりに見せたであろう、清んだ目。それは何かを決意した時の目だった。
いつものように大地を駆け、いつものように標的の町に侵入し、いつものように敵機を蹴散らしながら中心部へ侵攻、攻略する。だが、その途中でラフールは見たのだ。火球が飛び交う中、恋人らしき女性の手を引いて必死に逃げる男性の姿を。そしてある建物の影を抜けた時、近くに着弾した火球によりその男性は命を落とした。ラフールに見えたのはそこまでだったが、彼女にはその後の様子が手に取るようにわかった。まるであの時の自分を見ているようだった。今更・・・かもしれないが、自分が生き抜く為、そしていつかはぐれた家族と巡り逢えるかもしれないという希望をかけているからとは言え、私は人の命や財産、大切なものを奪う侵略者になっていたのだ。自分自身に対して止め様のない、哀惜とも憤怒ともわからない感情が湧きあがってくるのが今のラフールにはよくわかった。
―――このままでいるわけにはいかない。
ラフールは心を決めていた。
数週間後、部隊は出発の日を迎えた。ラフールはコックピットで操縦桿を握りつつ、絶えず回りに視線を配っていた。制圧したばかりのこの町に駐屯するバイオゾイドの数は少ない。町の中心部に駐屯部隊の一部が4機、開いている城壁の門にはグスタフが2機、その周りに護衛のバイオラプターが5機、恐らく門の外には十数弱のラプターがいるのだろう。そこまで確認したところで、ラフールは大きく深呼吸をした。大丈夫、このバイオラプターもディガルドのゾイドとは言え、今は自分の操縦どおりに動いてくれる。操縦の腕はそれほどでもないけれど・・・死ぬ気でやれば何とかなるはず。最後に根拠のない言葉で自分を励ますと、ラフールは一気に操縦桿を引いた。
跳躍。30メートル以上はありそうな跳躍だ。そしてその頂点に達したところで、機体を横に回転させながら、地面に向かって連続で、広げるように火球をぶつけた。爆音が鳴り響き、大量の土煙が舞い上がる。煙幕代わりだ。着地と同時に、煙幕の中をグスタフに向かって一気に加速、火球を連続してグスタフと貨物の車輪に向かって叩き付けた。装甲の厚いグスタフは直撃でも破壊することは出来ないが、足ではなく車輪で動く為、軸をずらせば動きを止めることはできる。ラフールの考え通り、グスタフはその場を動けなくなり、吹き飛んだコンテナは動けないグスタフと共に城門を塞ぐ役目を果たしてくれた。この町の城壁は特別高い。これで少しの間は外のラプターの進入を防ぐことができるだろう。
一瞬の出来事に浮き足立ったラプター部隊は切れかかった煙幕の中で立ち往生し、未だ状況を把握できずにいる。ラフールは素早くそこに駆け込むと、ヒートハッキングクローを閃かせ、1機のラプターに狙いを定めてライトヘルアーマーに護られていない部分―――足の付け根、関節部など―――にクローを滑り込ませた。片足を落とされたラプターは、一声、金属的な悲鳴をあげると、その場に崩れ落ちた。続けて2機目、3機目と、同じように繰り返す。そして護衛の竜を全て行動不能にすると、間髪入れず向き直り、町の中心部へと一気に駆け抜けた。
すれすれの距離をいくつもの火球が飛び去っていく。何発かは喰らったが、言うほどのダメージはない。ラフールもヘルファイアーを放ち応戦するが、当然ながら同じバイオラプターには目立ったダメージは見られない。威嚇代わりに数発放った後、兵舎の影に身を隠した。今度は先程とは違って虚を突く攻撃が出来ないため、煙幕を貼ることが出来ない。当然ながら敵も自由に動き回る。そうなると、アーマーの隙間にクローを滑り込ませるような細部を狙った攻撃は困難だ。
「それならっ・・・!」
半瞬置いて兵舎の影から飛び出すと、飛び掛ってくる1機をかわしつつ、狙いを定めたラプターに渾身のタックルを叩き込んだ。吹き飛ばされたラプターは背後の建物に叩き付けられ、そのまま動きを止めた。―――やはり。いくら装甲が強靭でも、内側の、更にデリケートな内部まではそうはいかない。大きな衝撃を加えれば、いずれかの機関、もしくは弱い関節部に損傷を与え、行動不能にすることができる。残った敵機も次々と攻撃を仕掛けてはくるが、まだ部隊として統率の取れた行動は出来ていないようだ。
勢いの付いたまま横滑りし、一気に跳躍。真下に見えた竜を全体重をかけて叩き潰した。そこに隙を突いてもう1機が飛び掛ってくる。が、そこにすかさず火球を叩き込んだ。飛び掛る時には、どうしてもヘルアーマーで覆われていない腹部を晒すことになるのだ。残るは最後の1機。きっと視線を返すと、クローを閃かせて突進してくるところだった。左へ跳んでかわした・・・つもりだったが、そこでガクンと機体が傾いた。耳を突く金属音が響き、倒れ込む。同時に大きな衝撃が体を貫き、気付いた時には機体の片腕を持っていかれていた。
「ううっ・・・」
その衝撃で意識が一瞬飛び、額を一筋の鮮血が伝った。敵機はもうラフールを動けないものと判断したのか、多少警戒しながらも、一歩ずつゆっくりと近づいてくる。それに気付き、慌てて操縦桿を引いた。だが、動かない。
「動いてよ!・・・あと少しなのにっ!」
何度も何度も、ぐいぐいと力任せに操縦桿を引く。が、それでも動く気配はない。敵は一歩、また一歩・・・着実に近づいてくる。
「これまで・・・かなぁ・・・」
人生を諦めかけ、数メートルの距離まで近づき、クローを振り上げようと動きを止めた瞬間。ブイーンという機動音と共に、再び機能が息を吹き返した。先に受けた一撃で既に視界は朦朧としていたが、ラフールはその一瞬を見逃さなかった。
「うああああっ!!」
倒れていた首を一気にもたげ、ヘルアーマーに覆われていない喉元へと喰らいついた。ヒートキラーバイトの高温により装甲は徐々に溶かされ、敵機の喉元はギリギリという悲鳴をあげる。完全に不意をついた一撃によほど驚いた様子で、振りほどこうと必死に首を右へ左へと振るが、渾身の牙はがっちりと食い込み、放れない、放さない。更に敵のラプターは死に物狂いでクローを振り回す。それにより装甲の一部が引き裂かれるのがわかったが、それでもラフールとラプターは必死に踏ん張り続けた。
―――ギリギリッ・・・ガキン!
そして鈍い音と共に、首が落ちた。やがて頭部を失った体も、崩れるように倒れ込んだ。
「勝っ・・・た・・・?」
回りを確認するが、今のところ敵はいない。門の外に閉め出されたラプター達も、まだコンテナとグスタフのバリケードは突破できないでいるようだ。まるで空気が抜けたかのように張り詰めていた緊張が解ける。と同時に、ケガによる痛みが本流が一度に湧き上がってきた。
「つっ・・・!」
頭と左肩、腹部に激痛が走り、思わず歯を食いしばる。今までは必死で気付かなかったが、ラフール自身も数箇所に浅くない傷を負っているようだった。
「ははっ・・・死ぬ気でやれば、何とかなるもんだね・・・これでこの町も・・・少しはディガルドから解放されるかな・・・・・・」
甘い幻想だった。今ラフールがこの町のバイオラプターを数機倒したからと言っても、すぐ外にはまだその何倍ものラプターがいる。すぐに援軍も来るだろう。この解放が、ほんの気休めにしかならないことは、ラフールにもよくわかっていた。でも、全く意味がなかったなんてことは思いたくない。少しでも、一瞬でも・・・・・・。今まで自分は被害者側だと思っていたはずが、いつの間にか加害者側にも回ってしまっていた―――その償いという意味をおいても、例え気休めでしかなくても、この一瞬が、ラフールには大切だった。
「まだ・・・・・・」
ふと思い立ち、ラフールは傷の痛みを堪えながら操縦桿に手を伸ばした。
―――動けるかな。
ゆっくりと操縦桿を引くと、ギシギシと鈍い金属音を立てながらも、バイオラプターは起き上がった。
―――せめて、最後に。
ラフールも、ラプターも、渾身の力を込めて地面を蹴った。1回、2回。目の前に聳え立つ階段状の建物に向かって跳び上がる。そして、建物の頂上から最後に残った全ての力を注ぎ込むように跳躍すると、ラフールとラプターは城壁を越えた。信じられない高さ。よくこんなに跳べたものだ、とラフールは内心呟いた。半瞬後、ガーンという着地の凄まじい衝撃が体を貫く。と同時にガクンとラプターが傾いた。やはり満身創痍の状態で80メートル近い高さから飛び降りるのはキツかったようだ。
「んんっ・・・ごめんね・・・これ以上はムリか・・・もう少し先へ・・・行きたいんだけどなぁ・・・」
ラフールが痛みを堪えながらそう言い掛けたその時、弱々しいながらもラプターがバイオゾイド独特の金属的な鳴き声をあげた。初めて、愛機と意志の疎通が出来たような気がした。今ラフールが乗っているこの機体は今となっては敵であるはずのディガルドのゾイド。でも、このラプターは自分のわがままに最後まで付き合ってくれた。例えこの機体がバイオゾイドだとしても、ゾイド乗りとゾイドの絆というものは生まれるものなのだろうか。一瞬そんな考えが頭をよぎったが、ラフールは苦笑と共にそれを一蹴した。その答えは既に出ている。少なくともラフールとこのラプターの間では。
「それじゃあ、もう少し付き合ってくれるかな・・・?」
ラプターが小さく声をあげた。まるで気にするな、とでも言ってくれているかのよう。ディガルドに故郷を奪われてからというもの、ラフールは自分がゾイド乗りであることに、そしてそうあらねばならないことに憎悪すら覚えていた。ゾイド乗りがすることは殺戮だけ、ゾイドはただの兵器でしかない―――そう思っていた。
―――でも。
こうして今の自分みたいに、ゾイドと心を通わせるということは皮肉にも悪い気はしない。世界各地に点在するのゾイド乗りと呼ばれる人々は皆こんななのだろうか。ラフールは微かにだが自然に、笑みを浮かべていることに、内心苦笑した。そしてラフールとラプターはぎこちないながらも、一歩ずつ、その足を進めた。すぐにでも、追手がくるかもしれない。しかし、ラフールはそんなことは気にもとめずに、昔のことを思い出していた。いつか行ってみたいと、家族で語り合った場所。いつか必ず一緒に行こうと、あの人が言っていた場所。
「そうだ、海・・・見たくない?すごーく、大きくてキレイなんだって。一度でいいから、見てみたいんだ・・・・・」
ゆっくりとぎこちない歩みを進めながら、問い掛けに呼応するようにラプターは再び咆哮した。小さくも、今までで一番、力強い声で。