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伝道体験講話〜大熊良樹講師 (420)
日時:2015年02月22日 (日) 18時02分
名前:夕刻版

伝道体験講話@〜大熊良樹講師

このスレッドでは、約5回程度のシリーズとして、
今、ご活躍中の、 (社)いのちを守る親の会本部 大熊良樹理事長(当時講師)の
伝道体験講話を紹介してまいります。

(@については、昨夕別のスレッドの子記事として掲載いたしましたが、
 今朝ほど、改めて読み直したところ、新たなスレッドで紹介した方がよいと
 感じ、新たなスレッドをたてさせていただきました)

           ・・・

「お彼岸の伝道体験・大熊 良樹講師 」 

----------------------------------------------------------

     (平成21年伝道練成会収録)

------------------------------------------------------

ありがとうございます。

    きょうは、伝道練成会最終日であります。

実は今年は、私が生長の家に触れて、26年になります。そして・・
宇治別格本山に入山させていただいて、ちょうど7年になります。

 その・・・入山7年の夏、というより8月のお盆は、
   驚くような経験をいたしました。

そして、引き続き、9月のお彼岸にはまた、これ驚くような経験をさせていただきました。

それも、「先祖」に関わること。
    「いのち生き通し」ということに関しての体験でありました。

    またその話は後にさせていただきます。

本題に 帰りますが、
伝道 というのは、してあげる のでなく、させていただくのですね。

いくら謙虚でも、してあげていると思っていると、
たちまち痛棒を食らわせられる。

本物の棒でなく、
「帰れ」とか「うちは関係ないから、他所へ行ってくれ」とか、
激しい拒否の言葉であります。

かなり昔の話ですが

楠本加美野先生でさえ、
 「若いくせに人の家の前でお経を読む暇があったら、働けー」

と酔っ払いに怒鳴られた事もあるそうですねえ。

皆さんならどう思いますか?

日々、何が起こるかということに関しては、

聖人君子も凡人も同じ神の子ですから、実は変わらないこともある。

しかし、立派な人は違いますねえ。

みんな立派なんですよ、
本当は、みんな神の子であり、みんな如来です。

如来とは、実相界から来生したる者 という意味です。

本来、みんな立派だけれども、
ただ、『心がけ』は違うんですね。

だから、人生の展開が違うし、運命も違う。

楠本先生は、
          
全てを神だと拝み、全てを神の声と思って聴いておられるから、

 その酔っ払いを通して
  神は何を言われんと
    されているのかーと
     考えられたそうですよ。

そして、「そうだ。地元の方の喜ぶ事をしよう。
神社の多くがゴミや落ち葉で汚れている。
多くの神社を清掃させて戴こう。」

と思い付かれたのだそうです。

そして今日も行っています、

神社清掃・公園清掃の原形が出来たのです。

今では、研修生が公園近くを歩いていると、
仏さまのように 近所の方から拝まれているそうですね。

先日もある研修生が、
●●●園という有名なお茶屋さんの御主人から拝まれ、お布施まで戴いたなんて
いう話も聞きました。

あるいは、「生長さんいつもありがとうございます。お陰で公園がきれいでねえ・・・」と

合掌されたなんていう話もありました。

理屈ではない。

布教のための布教でもない。

 まず、ありがたい皆さまのいのちを礼拝させていただくのが伝道なのですね。


こういう経験が私にもありました。

昨年の夏です。台湾の方が大祭奉仕のあと、伝道もして帰りたいというのです。

願いは 叶いました。
わたしも台湾の方2人と本山職員の奥村さんと組ませていただき、
JR宇治駅周辺を伝道させていただきました。

参加者は45人ほどで20組みほど作り伝道しました。

そこで、私は思いもしなかった、実に驚くような体験をしたのでありました。 

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「お彼岸の伝道体験・大熊 良樹」 

-----------------------------------------------------------
   
(平成21年伝道練成会収録)

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それは、平成20年の8月のことでした。

大祭奉仕をされた台湾の方たちが、
是非伝道練成会を受けて帰りたいというのですね。

その願いは叶えられました。

私と当時、霊宮聖使命会員課の奥村さんと、
台湾の方2人とで組みを作ったのですが・・。

 お二人は、殆ど日本語を話せません。

 お経も、もちろん台湾語であります。

 まさに 礼拝する事のみ。

 台湾語の聖経を真心をこめて読むのみの伝道でした。

 あるお宅を訪問すると、80歳代前半くらいの御婦人が出てこられた。そして、

 私たちの伝道のタスキを見て、きっぱりと、こう言ったのです。

    『私たちは天理教です。生長の家じゃないから、いいです。』

 台湾から来られたお二人の気持ちを思うと、礼拝さえも拒まれたようで、

 申し訳なく・・・私は、断られてもいいから、

 これだけはお伝えしたいと、思わずある言葉が口から出てきたのです。

 『私たちは、皆さんを 神さま 仏さま として拝む修業をさせていただいています。
 この方たちは、台湾から皆さんを拝みに来られた方たちです。』

 婦人は、あっと驚くような顔で、お経を読む事を許可下さり。。。
 家に戻って行かれました。

 4人の伝道者は、その天理教の御一家の繁栄とご幸福を祈念し、
 聖経を心をこめて読んでおりました。
 
 日本語と台湾語。
    違う言葉なのに、
      違いが絶妙に調和して
         快く響いていました。

 しばらくすると、家の中から、やはり80歳後半くらいの御主人が出てこられて、

   じーっと・・・懐かしい人を愛おしむような目で見つめていました。

   途中で、『どこから来たんだって?』と問います。

   「生長の家宇治別格本山といいまして、平等院鳳凰堂の裏にあります。。。。」

   というと、「違う。」という。

   ああ・・と気付いて 

   「このお二人は台湾から来られました…」というと、

   そうですかあ。
   といって、軽く会釈し、残りのお経を夫婦で聴いて下さったのでした。

   普及誌も受け取って戴き、
   最後には、『ありがとうございました。』と感謝の言葉をいただき、

     なんと・・・手にはいっぱいのお土産を持たせてくださったのでした。

 言葉ではないのですね。

 厳密に言うと、言語だけではなく、
 想念・思念・真理の響きこそが、「真理のことば」なのでありますね。

 台湾から、ひとのいのちを拝みに来たという真実が人の心を打ったのです。

 今も思い出すんです。

   あの御婦人の顔が豹変したあの瞬間を。

 真実は人を変えるのです。

 これが伝道ではないでしょうか。

実は、豹変するといえば、

伝道の時に、8月ならば、「もうすぐお盆ですね。」

9月ならば、「もうすぐお彼岸ですね」

と一言 添えて伝道すると、
ほとんどの方が顔も態度も豹変するという事を知っていますか??

これは 理論ではなくて、私の体験であります。

「もう帰ってください」というような感じのかたが、

『よういらしたねえ』という感じの柔らかーい顔になる。

それこそ豹変するのであります。

これは技術的な事でも要領でもない。

   御先祖に関わる
   大切な事実・・・

   真理が根拠となっているのであります。

           <感謝合掌 平成27年2月22日 頓首再拝> 

伝道体験講話A〜大熊良樹講師 (432)
日時:2015年02月23日 (月) 18時04分
名前:伝統


 《平成21年9月 お彼岸月の伝道練成会で、 
   私は一生涯忘れられない体験をいたしました。》

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「お彼岸の伝道体験・大熊 良樹」

----------------------------------------------------   

宇治の伝道練成会を受講された方は御存じと思いますが、

  宇治の伝道は本当に丁寧なのですね。

  招神歌のあとに
   「●●家の御先祖様のお悟りのために
    聖経甘露の法を読誦をさせていただきます」と宣言しますね。

   びっくりしました。
      最初は。。。なぜ

  「●●家の皆さんのために」
        じゃないんだろう???。

  その後、聖経を1巻読誦します。
    その後、残りの方が聖経を1項目読誦する中を
      訪問者が普及誌を持ち訪問するのですね。

  最初に申しましたように、宇治に入山させて戴き7年がたちますが、
  伝道も毎月参加させて戴いてますと、
  春夏秋冬の伝道があるわけです。

  ある時、伝道を繰り返す中で気付いたのですが・・・・

  8月にはお盆。3月・9月には お彼岸。12月はお墓に暮れのお参り。
  1月にも新年の御参りに墓参する方が多いわけです。

  殆ど2カ月に1度はお墓参りの機会がある。

  ま、近くにお墓がある方は毎月、あるいは毎日墓参している方も
  いるかしれませんが、基本的にそれは無理な方が多い。

  したがって、ほとんどの方の先祖供養の基本は
  「仏壇供養」がベースになっていると思います。

  毎日墓参したい、それも叶わぬので・・と寺社を模して作った寺院ミニチュアが、
  仏壇の起源ですからねえ。

  それを身近に毎日・朝に夕にお参りする。

  その上で、特別な事情がない限り、どんなに遠方に住んでいても、

  半年に1回・年に2回は帰郷し墓参りをするというのが、
  平均的先祖供養像ではないでしょうか。

  日本人の先祖供養というのはすごいですよ。

  ここまで丁寧なのは、世界にもまれです。

   そんな事に気付いたわけです。

      お坊さん出身なのにねえ・・・・

   遅ればせながら・・・
    宇治の伝道で・・・ねえ。

  不思議に、また、お彼岸の頃なんかには、墓参りに行く人や、
  帰ってきたお父さんお母さんに会うわけなんですよ、これが。

  ・・・手に、線香と青花なんか持ってたりして。。。ね。

  いつの頃からでしょうか。

  常に伝道では訪問先の御先祖様を意識して伝道するようになっていました。

  ですから、お彼岸の頃になりますと・・自然に、

  「もうすぐ彼岸の入りですねえ。」とか、

  「お彼岸の中日で忙しいところすみません。。。」
  なんて、言えるようになりましたねえ。

  それが 不思議なことに、その一言を 言うと、

   訪問先の方の表情がことごとく変わる
    事に気付いたのです。

  これは技術や要領ではない。
    そのうち・・・

  ああ、これは
   御先祖様が喜んでいなさるんだー
    とわかりました。

  先ほどはお盆月の台湾の方との伝道体験談でありましたが、

  今からお話するのは、平成21年の9月。

   ・・彼岸月の私の体験であります。

  宇治の元研修生で静岡の松井●●さんという方が伝道に来られていた。

  その松井さんと、京都第一教区の女性信徒さん。3人で伝道に回りました。

  そこで、その話をついついしてしまったのです。

  すると、松井さんが
  「じゃあ 大熊先生に、次は訪問して戴いてよろ・しい・ですか・・?」と。。。。(笑)                    

  松井さんというのは宇治の元研修生ですが、
  優秀で、真面目で、向上心がある方です。

  おそらくは、私が伝道講話で毎回、力説しているテーマである
  『先祖の思い』というのを実感したかった というのが、
  偽らざる気持ちだったのではないでしょうか。

  さて、私は、聖経を1巻、2人と読誦してから、
  普及誌を持ち、訪問したわけであります。。。。

(つづく)

           <感謝合掌 平成27年2月23日 頓首再拝>

伝道体験講話B〜大熊良樹講師 (448)
日時:2015年02月24日 (火) 18時17分
名前:伝統

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  「お彼岸の伝道体験・大熊 良樹」
       (平成21年伝道練成会収録)

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1軒目、静岡から来られた松井●●さんが訪問。

2軒目、京都第一教区の女性が訪問。

そして、3軒目、先述しました、

松井さんの「大熊先生お願いします」の一言に、
私が訪問することとなったのであります。(笑)

 よく榎本一子先生が伝道講話で言われますが、
   伝道の展開は、心境の善し悪しは 関係ありません。

いろいろあるのです。そして、いろいろあって、いいんですね。

そこで 何があろうとも、深く拝ませていただいたか?

そこで何があろうとも、実相を祝福礼拝できたか?
 という事のほうが大切なのです。。

まして、何冊普及誌を渡せたか、何人に渡せたかというのは、
それは 渡せないよりは渡せた方がいいけれど、それが すべてではない。

渡すのでなく、拝むのが、伝道です。
その、拝むかたちとして、伝道があるのです。

ちょっと、前振りが長くなりましたが。。。。

ですから、私が どんなに心境が高くても
かたちとしての伝道がうまくいくか どうかはわからない。(笑)

  「帰って下さい」なんて言われて、

  ぴしゃーっと 戸をしめられるかもしれないわけです。(笑)

さて、わたしの訪問の番です。

そのお宅はお家を改築中でありました。

 改築中のお宅というのは、だいたい家主でなく、
 工事の人が、ピンポンおす前にだいたい出てきますね。
 でたり入ったりしてる訳です。

 経験上 わかっておりましたので、
 そのつもりで、お宅を訪問すると、
 作業服を着た人がやっぱり出てきた。(笑)

 次に 奥さんが顔をのぞかせて、
 たすきを掛けた姿を見たとたんに

 「うちは いいです。」と。。。。
 手を横にふるんです。。。

 私は、「お彼岸が近いですね。

   生長の家ですが、雑誌(普及誌)※を無料でお配りしています。

 できれば、お家の繁栄もお祈りさせていただきたいのですが、いいですか?」

   ※(備考・普及誌というのは生長の家の信徒同士でしか使わない言葉なので、
    初めての人にはわからない。
    相手にわかるように配慮して宇治ではこう言っています。。)

 すると・・・驚いたことにころっと変わるんです。

 さっきまで いいですと言っていた奥さんが、
 「ハイ」と・・・。

その3軒目のお宅をお祈りしていると、
今度は4軒目のご主人がバイクで帰ってきた。

臨機応変です。
祈りの途中ですが、すぐに声掛けします。

そこでも私が、「こんにちは。もうすぐお彼岸のいりですね。」

といって挨拶をすると。。。
警戒心満々の顔が、優しいおじいちゃんの顔に変わったですねえ。

しかも、地元の歴史や、地域の事。ご先祖のこと。
家系にまつわる最近の御不幸や、喜びについて。。。

まるで、お盆に帰省した孫に言い聞かせるように
興味深く、親しく話をしてくれたのでした。

本当に不思議な時間が流れてゆきました。

話が終わり、とても嬉しく安らかな気持ちで
祝福礼拝・聖経を読んでおりますと、

次は向かいのおうちの方、

5軒目のお宅の方が車で帰って来られた。

こちらが訪問するのでなく、
あちらが続々飛び込んで来る感じです。(笑)

この5軒目のお宅は今でも忘れられないお宅でしたね。

      (ねえ、松井さん。)      

(つづく)

           <感謝合掌 平成27年2月24日 頓首再拝> 

伝道体験講話C (459)
日時:2015年02月25日 (水) 17時52分
名前:伝統

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   「お彼岸の伝道体験・大熊良樹」 (平成21年伝道練成会収録)

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向かいの、5軒目の方が車で帰ってきました。
 
駐車場に車を止めると奥さんが助手席から出てきました。

松井さんが声をかけてくれましたが、
なんだか、つっけんどんに
ささーっと、家に入って行きました。

おそらく 私が声をかけても、
あの奥さんの勢いなら、同じ事であったと思います・・。
そんな感じでした。

そうしましたら、
運転席から御主人さんが出てきたのですよ。

買い物にでも出てたのでしょうか・・・
大きな袋を抱えて・・・・

「こんにちは。生長の家ですが・・・」
というと、

「うちは仏教徒だからいいです。」
と たちまち断られました。。。(笑)

皆さん、うちは仏教徒だからダメ。
   浄土真宗だから ダメ。
     禅宗だから ダメ。というひと、伝道先でいますがねえ、

これは 大きな勘違いですよ。

昭和初期。総持寺の管長さんである伊藤道海老師は、
生長の家の「生命の実相」に書かれてある言葉は、
ひとつとして如来の言葉でないものはない。

と言われています。

偉いお坊さんの特徴は
     先入観でものを見ないですね。

わたしは・・・偉いお坊さん
     ではありませんが、(笑)

それでも 禅宗の僧籍を持って真仏教を研鑽しています。

生長の家の信徒さん・・ というより、日本における9割以上はおうちの
代々の信仰は仏教でしょう?

本当の仏教「真仏教」をわかるために、生長の家を勉強しているんです。

  あるいは神道・キリスト教イスラム教でもいい
  あらゆる宗教の真髄を学び 生活化し実践する教えが、生長の家ですよねえ。

  さて、話は
   もとにもどります。

「もうすぐお彼岸の入りですね。今、。。。。。。。。。」
というと、

今まで全く取りあってくれなかったご主人さんが、

  急に神妙な顔で話を聴いてくれ始めたのでした。

私が話し。。。
松井さんも話し。。。

やがて、聖経を是非読んでくださいということになったのでした。(拍手)

  実は実は、奥さんが、近年、脳溢血で倒れ
  以後、少し体が不自由らしく・・・だから、

さっきも、極端に私たちの訪問をわずらわしく感じたようのなのです。

なんだか、奥さんが倒れた時の話を聞いていると・・

人ごとに思えなくて、倒れたご本人である奥さんと、
心配だったろう御主人さんの気持ちを思うと、

  もう真っ赤な顔になって。。

「それは、本当に大変でしたね」

「それにしても、歩けるようになってよかったー」

私も脳溢血で母を亡くしているし、
おばあちゃん子でもあるのですが
祖母も脳溢血で倒れたことがある。。。。。

人ごとでなかったのです。

我が事として、「よかったですね」と申し上げたのです。

すると、松井●●さんが、
「よかったー」 とやはり言う。

ふと みると、眼に涙を浮かべている。。

あっと 思いました。
そういえば。。。。。

松井さんのお父さんが、
数日前に 脳溢血で倒れたばかりであったのですね。

  なんという 巡り合わせでしょう。

4人で心からよかった。ありがとう。
よかった ありがとう。と。。。涙目で祝福したのでした。。。

最後に・・2ヶ月後に 眼の手術をするんですよ・・
という御主人さんに、

 3人で「眼の手術の成功と、眼がますます良くなるように、
    祈らせていただきます」と・・

 お祈りをさせて戴き。。
 
 本当に 喜んでいただけました。

伝道とは、いろいろあるものです。
いろいろあって、いいのです。

でも、あの日のような伝道は初めてでした。

そのお家で聖経を読み終わると、
ちょうど伝道の終わりの時間となりました。

3人で名残惜しそうに
手を振りながらそのお家を離れました。。。

そして。何か不思議なものを見たような、
言葉にならない暗黙の確認を共有したように。。

  すべての伝道先で・・ともに、
   何か不思議な何かに導かれ、守られながら、伝道させて
  戴いた実感と感動に包まれて、

3人は、眼を見合わせ、
      うんうんと。。。

   うなずき合いながら・・
   笑顔で、充ち満たされて
      お彼岸月の伝道を
         終了したのでした。 

(つづく)

           <感謝合掌 平成27年2月25日 頓首再拝>

伝道体験講話D (472)
日時:2015年02月26日 (木) 17時29分
名前:伝統

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 「お盆・お彼岸の伝道体験・大熊良樹」(平成21年伝道練成会収録)

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  【報恩と忘恩】

お盆 お彼岸の2つの伝道体験をご紹介いたしましたが、テキストお開き下さい。

「新版人生を支配する先祖供養」(谷口雅春先生著)14ページです。 

《この真義を全ての人類が捉えたならば、全世界は相(すがた)をかえてしまう》        

全世界は相(すがた)をかえてしまう とありますよ。。

これは「生命の實相」頭注版十巻にもある高級霊の霊界通信として
谷口雅春先生がご紹介下さった一節でありまして、

     それに対して、
      「 そんな 重大な
         真理が盛り込まれて
               いるのである」

と、谷口雅春先生は述べられている。

引き続き、15ページ、16ページ読んでゆきます。  ( 少 略 )
どうですか・・皆さん。

「 突然 事故で父が亡くなり、
 もう絶望してしまいそうな母を、子が抱きしめたけれども
 それは、父の霊の感応であった。。。という事なのであります。 」


私はもともと禅宗の僧侶出身ですので
  霊とか。。苦手なのですね。
  興味がなかったのです。

「人間の霊性」なんて言葉は すばらしいなー なんて 思えるんですが、
霊が人をのろったり、運命を左右するなんて。
なんだか 幻覚の傀儡になってしまうようで・・興味が 持てなかったのです。

キャラ的に、
魂を込めるなんて言葉は大好きなくせにねえ。(笑)

したがって、感応などという言葉にも興味は全くありませんでした。


しかし、宇治というのはすごいところでしょ。。。。

日本中から、悩みや難病など問題を抱えた方や、
人生万般よくなりたい という方が来られる。

年間、3000人から4000人は練成会に来られているんじゃないでしょうかねえ。

    それが半世紀以上
       続いている 
         というんですから・・。

1年でも2年でもいいですから、来れる月に来て、練成に参加し見続けていると
すごいことになりますよ。。。。。

  講話だけでなく
    輪読座談会なんていうのがあるから、
  参加者の心の変化がよくわかる。

  この輪読会での出来事を本にして出版したら大反響。
  大ベストセラーになった?
  なんて練成員さんも かつて いました。


それはさておき、重大なことですが・・

どうしたら不幸になり、どうしたら幸福になるか
目で見て、話を聴いて、体験で わかるようになります。

 
かつて谷口雅春先生が真理を生活に活用すれば、
どうなるかという大いなる実験証明である
というような言葉を使われていましたが・・・

わたしも練成道場で、その「証明」を見させていただいて、
これは一つの例外もなくそうだなあと思ったのには、


忘恩してると不幸に思うような事件・事故人生問題がおこるですねえ。
全ての人生問題はそこから出てきている。

逆に 知恩感謝から、報恩感謝に立ち帰ると
全て問題はたちまち解決しますねえ。


 自分の存在を
  肯定できないなんてのは
    それこそ忘恩の極みです。


父母への感謝や、先祖への感謝、
自己の神聖への目覚め(神性開発)によって、
多くの人が救われるのは、そういう理由なんですね。

さて話はもともどりますが、

私たちは、常に多くの人に守られ導かれている。
それを忘れる事は明らかに忘恩です。


感応について思い当たるのは、
常に父母を亡くした方でも、父母に代る愛や深切の代行者が必ず出てくるということです。

練成を見てたら それがよくわかりますねえ。

いのちはひとつなので、常につながっていて、
親切な方に愛する方の愛が感応し、

 あるときは深切な行為となり、

 あるときは 気付きの言葉となり。。。。

お互い導きあっている。。
そんな 実感を持っています。

さて、話は佳境に入りました。


人は死んでも、愛する人を常に見守り、常に導いて下さっているのであります。

そのことへの報恩感謝行が、先祖供養なのであります。


実は、あの お盆の体験・お彼岸の体験の後。


それらの事を伝道講話でお話しましたところ・・
後日、驚くような体験をある女性が話してくれました。

(つづく)

           <感謝合掌 平成27年2月26日 頓首再拝>

伝道体験講話C (485)
日時:2015年02月27日 (金) 19時30分
名前:伝統


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 「お盆・お彼岸の伝道体験・大熊良樹」(平成21年伝道練成会収録)

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今年(平成21年)の9月・・お彼岸明けのことです。

私は、お彼岸に徳島で「先祖供養講演会」を担当させていただき、宇治に帰ってきたのですが、

そうしたら、鈴木祥子さんという研修生の方が

「大熊先生にお話ししたいことがあります。。。」と、言ってやって来たのであります。


ちょうど私が不在の期間に短期入院されていたというんです。

  実は、彼岸の入りから体調が崩れまして・・・
  腸閉そくで近くの病院に入院となったというのでした。

  幸い絶食と栄養点滴だけで5日間で退院できることになったのですが、


  彼女は素晴らしいですねえ。

  「神様私をお使いください。愛を表現する対象の方をお与えください」

  とベッドの上で祈ったというのですから・・・

  すると3日後に石田さんという上品な御婦人の方が直腸ガンで入院してきた。
  向かいのベッドに来られたわけです。

  石田さん、どうも不安で不安でしょうがないらしい。

  聞くつもりはなかったのですが、
    静かな病室では、小さな声もまる聞こえ です。。。

 主治医の先生と石田さんの、お話しする声が聞こえてきたそうです。


   3日後、鈴木さんの退院日です。退院前日。

  石田さんのことを思うとたまらなくなった鈴木さんは、
     思わず ふわっと浮かぶような感じでベッドを降りて
    何かに押されるようにすすすーっと
      向かいの石田さんのベッドに近寄り、失礼します。

      ちょっといいですか。
           と声をかけました。

     どうぞ と声が返ってきて
      締め切ったカーテンの中に入ると、石田さんは

   奇妙なものを観たような表情で、きょとんとしている。

     (その理由はあとでわかるのですが。。。。)

   鈴木さんは、親身になって話し始めました。

   自分も この春に腸の手術をしたが、心配はいりませんからね。
   大丈夫ですからね。


 ここに私がいつも持っているお経があるので
     お守りと思って持っていてください。

   と言って、聖経 『甘露の法雨』を手渡したそうです。


   すると、「鈴木さんはどこに住んでおられるのですか?」と聞かれたのです。

   本当は静岡の出身ですが、
   今は生長の家の宇治別格本山というところでお勉強をしているのです。
   と答えたのです。

    すると石田さんはさらに驚いた顔で
  「ええーっつ。。。私の母は、その
      生長の家というところの信仰をしていましたよ。」といって、

   招神歌を歌いだしたというのです。

《生きとし生けるものを生かしたまえる御祖神・・・・》

  「それです。それです。
    今 お渡ししたのは、その歌が載ってるお経ですよ。」というと、

  「母が熱心に仏壇の前で読んでいました。
   当時 私は幼くて 興味がなかったので、
   すっかり忘れていましたが。。。。」
  
  とおっしゃったのでした。

  そのとき この季節、お盆やお彼岸に報恩感謝のお話をしていた

  私の先祖供養の講話が甦ってきたというのです。


  体調が崩れる直前の伝道練成でも先祖供養の話を聴いたばかりだった鈴木さん。

    先祖は 肉体がないけれど、
      周囲の 善意をもった人に神の愛として 感応し、
         常に愛する子孫を守り導く

  という話を
  「人生を支配する先祖供養」(谷口雅春先生著)の実例(新版p15〜17)を
     引用して指導された事を思い出したのだそうです。。


  それで、思わずこう言葉が自然に出てきたそうです。

  『石田さん これは私の言葉のようで、実はあなたのお母様が
      私を通して愛を表現されているかもしれませんよ』と・・。

    すると、石田さんは心から喜んでくださり、
    ありがとう ありがとう 
          と何度もお礼を言ってくださったそうです。


 鈴木さんは翌日退院したのですが、
   それから2週間がたち、
   10月の自主研修というお休みの日に
      石田さんをお見舞いに行ったそうです。

   当日は石田さんの手術前日でした。
     不安気な石田さんは、大変喜んでくださったそうです。

  そこで 驚くような事実がわかりました。


石田さんはこう言ったそうです。

  『初めてお会いした時、鈴木さんは 「失礼します。」とおっしゃって、
     カーテンを開けて入ってこられましたよね。
    あの時 びっくりしました。

  実は、鈴木さんの頭の上から白い光みたいなものが、
   ストーンと鈴木さんの中に入ったのが見えたのです。

  私は、宗教も信じてないし、特別な信仰を持ってるわけでもありません。

  何だろう と・・びっくりしてたら、まるで母さんのように優しく
   だいじょうぶですから、心配しないでくださいね。。。

    といって下さった。

  あの時、私はあまりの不安と恐怖から絶望して
     「死んでしまおうか」
    と 本気で思い詰めていた時だったのです。

    その私に 大事な お経を下さった。

   しかも、その お経は
    偶然にも 私の母さんが毎日欠かさず仏壇で読んでいた
    あの お経だった 。

     本当に びっくりしました。』


   『しかも お会いした あの日、私は、夢を見たんです。

     実は、母の信仰は 唯一 姪に伝わっているんですが、
     その姪と鈴木さんと 私の3人で 嬉しそうに
      宇治川のそばを歩いている夢なんです。。。。。

   そういえば、鈴木さんとお会いする直前、

   お彼岸にお墓参りで姪がお墓の前で読んでいた
   お経があの いただいたお経(「甘露の法雨」)だったんですね・・。』


 鈴木さんが腹痛で苦しみだした当日、彼岸の入りに 
 同じ宇治市の空の下でじつに見ず知らずの石田さんは 
 お母さんのお墓の前にて聖経を姪に読んでもらっていたわけです。


興味深いのは、それでも
   お経のカバーの特徴さえ覚えていないくらい無関心であった
 石田さんが まるで母の感応を受けたような・・

    私は そうであると思いますがね。。。

   鈴木さんに救われた事である。。。。

  更には、宇治川沿いに宇治別格本山があることを知らない

   石田さんがそのそばを歩く夢を見た、という。


  これは 本当に不思議ですねえ。

    科学や理屈を超越していますねえ。

  鈴木さんはすっかり驚いて、
   今回のお彼岸から始まった諸々の出来事が
    全ての人が、常にご先祖様(この場合は母親)から 
     無限の愛で愛され守られ 導かれているという真実を 
      教えて戴くための貴重な体験であった ことを知ったのでした。

鈴木さんは、
   「それを学ぶためにわざわざ入院を体験させていただいたんですね・・」
     と・・感動されていました。


どうですか、皆さん。
これが、お盆からお彼岸にかけての体験談3つ目のお話であります。(拍手)


そして今日は 締めくくりに
    ある 不思議な体験を話させていただきます。

  もう残り時間が10分しかありませんので、
 足早に お話させていただきます。

初めに、生長の家に触れさせて戴いて26年という話を致しましたが・・

実は、私がはじめて先祖供養の話を聞いたのは

  26年前の
     徳島教化部
         だったのです。。。。。

(つづく)

           <感謝合掌 平成27年2月27日 頓首再拝>

伝道体験講話D (496)
日時:2015年02月28日 (土) 17時52分
名前:伝統

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  「お盆・お彼岸の伝道体験・大熊良樹」〜最終 (平成21年伝道練成会収録)

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初めて先祖供養の話を聴いた徳島県とわたしのご縁。。。

 今から 26年前のことです。
その数年前より本好きの私は、生長の家の書籍に巡り会い・・愛読。
   まとまった在庫冊数のある場所として愛媛教化部の図書コーナーに、
      月に一回は通うというような生長の家叢書のフアンでした。

教化部に通っておりますと、Kさんという学生のかたが、
【当時私もピカピカの大学1年生でした。。】

講演会にゆこう・・・といって、
ありがたくも 強引に私をお誘いくださり、
なんと片道・・・5時間以上当時、かかったと思いますが、
徳島まで連れて行って下さったのでした。

当時、講話が素晴らしいと有名だったA教化部長先生でした。

なんと、そこで聴いたのがご先祖の導きという事のお話だったのでした。

  当時お聴きした講話は
       相当、強烈な講話でありました。

『秋の頃。山奥で野焼きを一人でしたおった
    農家の女性が火と煙に巻かれて死にそうになる。。。』

『大きな声でこっちこっち と、
     叫んで母が 助けてくれたが。。。。』

・・・・助かって はっと、我に返ると、母はかなり
以前に 他界していた。。

というお話でありました。。。。

涙がぽろぽろ出ました。

純情ですねえ。
     18歳・19歳頃ですよお。

しかし、感動的だからといって、本当の話であるという証拠がないのです。
霊体験というのは、そういうことが多い。

思いましたねえ、そのとき。
「わたしが、体験したら信じよう。」と。。。
死後の存在を実感する体験とか、交流とか、確証を得るなにか・・・
                      ですねえ。

しかし、その後私自らが、26年かけてその体験をしようとは思いもしませんでした。




私は禅宗の僧侶出身ですので、むかしから・・・・霊的な話というのは苦手である。
興味も あまりなかったのでありました。。。。
   (禅僧は基本的に霊や、死後を語らないのです。)

しかし先祖供養というのは、
現代においては僧侶の大切な役割であり、
また、その重要性を多くの方々に語ることは社会的責任であろうと思う。

   しかし、そこには現代仏教が抱える
      ギャップが私の中にもあったのですね。

しかし、生長の家で
すべての謎が体験として、ほとけた。

その意味でこの体験は重要な意味を持つものでありました。

  最後に、その初めてお聴きした先祖供養の話から26年たって・・・・

私が、宇治別格本山に入山7年。
昨年のお彼岸ですよ。。。。

講師を拝命して。。
 初めての教区からの《講演依頼》 は。。。
  何だとおもいますか。。。???


なんと、「秋のお彼岸」の《先祖供養講演会》でした。
そして、依頼教区を聴いて驚きました。

まったくの偶然ですが・・あの、
 徳島教区でした。
    (拍手)

   本当は、偶然なんてのは、ないのか しれませんねえ。

更には・・
 入山7年目の夏、宇治便り(宇治別格本山の新聞)を見ておりましたら
びっくりしましたねえ。

あの26年前の(昨年ですから25年前の)あのA教化部長先生が 
宇治の思い出について、しかも供養についての体験を書かれておられる
記事が偶然掲載されているんです。

私も 思わずああーっ、
あの時の先生やーあっと・・。

宇治便りありますので、記事読みますね。
『教化部長を拝命して
    はや25年になります。。。。
   最初の教区は徳島でした。
    その新米教化部長第一年目の
      昭和59年、初めて宇治の盂蘭盆供養大祭の神官奉仕を
        させて頂きました。・・・ 』略

   解説しますね。大祭三日目の浄火の儀のおりに、
          突然 若くして亡くなったお父様の顔が浮かんだというのです。。

そのような体験を書かれていました。

そういえば、その教化部長先生の担当する教区はどこに行っても
   すべての成果において素晴らしい伸び率を上げる事で有名らしいですが、

秘訣は、
先祖供養を大切にされておるのだそうでありますねえ。

守護してもらうために・・
 ではないんですよ。

御守護 御慈導に
感謝するために供養するのです。
知恩感謝の供養ですねえ。

       どうですか。いろいろと
        お話をさせて戴きましたが、

   ほんとうに・・人生に、たまたまなどというのは、ないのかしれませんね。

常に神の導き、ご先祖様の導きがある。
  この、恩を知ることを知恩といいます。

人は、知恩するとき感謝があふれてくる。
  感謝があふれるとすべてがあるべき姿 本然に整うのです。

生長の家で、人間は神の子だあー。
という事を知ると、またその自覚を練成会に来て高めると、
奇蹟のような事が起こるのも、
先祖供養を真心込めて行うと素晴らしい事が起こるのもそういうことである。

逆が 忘恩である。
自分をつまらない存在と思い、
父母の恩を忘れるところから、自己否定が展開するのでありますねえ。

「ああ、神(仏教なら仏でいいです。
  禅ならば、法身といいます)と、先祖と、
父母と、我は一つであったのだあー」

この実感。喜び・・・
 これは、生長の家の宇治練成道場で
    体験として悟らせて頂いた貴重な学びでありました。

本日は伝道練成会最終日ですね。どうか、ご先祖様の代表のつもりで、
  たとえ経過が、どういう展開になろうとも・・です、

素晴らしい 御子孫様を、
喜んで 祝福賛嘆 礼拝させて頂きましょう。

 心を 込めて ・・。

縦にも、横にも
 ひとつ の自覚 で、ですね。。。

さあ、今から 伝道です。

  本日はご静聴
ありがとうございました。 了

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           <感謝合掌 平成27年2月28日 頓首再拝>

宇治の「伝道練成」も消えるようです。 (547)
日時:2015年03月05日 (木) 01時31分
名前:信徒の涙



今春、「宇治の伝道練成会」も消えるようです。

貴重な歴史的文章を収録下さり、ありがたいです。

もう、この御講話で語られているような、素晴らしい伝道や奇跡も、無くなるのでしょうか。


谷口雅春先生は「伝道は信仰の生命である」と言われたと聴きます。

御教えが失われつつあります。淋しいことです。





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