「はぁ……」 自然と溢れる深い溜め息。 徐々に暮れ行く、カップルで溢れ返ったクリスマス一色の街並みを、俺は一人、宛てもなく歩いていた。 まったく、アルクェイドにも困ったもんだ。 来るだろうなとは思ってたが、やっぱり例によって例の如く、窓から俺の部屋へダイレクト不法侵入。 先読みして、一足先に屋敷を出ていたからよかったものの、もしのほほんと自室に留まっていたなら、今頃酷いことになっていただろう。 こんな日にまで、あの二人の争いに巻き込まれるのは勘弁願いたい……って、あれ? なんだろう……今感じた妙な違和感は……。 何かしっくりこない。 アルクェイドが乗り込んでくるのは、まぁいつも通りのことだ。 クリスマスともなれば、もはや当然とさえ言える。 なのに、なんだ……この気持ちは? 何かが違う……そんな気がする……。 ……足りない? 何が……いや、誰が?
――ドン。
「あっ……」 っと、考えごとに意識を傾け過ぎていたようだ。 誰かと肩がぶつかり、そのおかげで我に返ることができた。 「すみませ……!?」 謝ろうと顔を上げ、相手の顔が視界に入ると同時に、思考が止まった。 目の前にいる人物が誰であるか、一瞬わからなかった。 いや、本当のことを言えば、それが誰であるか、脳は直ぐに認識していた。 自分の中の理性が、そのことを信じられなかったのだ。 「よう、志貴。久しぶりだな」 聞き慣れた声。 それは、自分と同じ波長の、本来決して聞き得ないはずの声だ。 「七夜……か?」 未だ確信を得ていないが故の問いかけ口調。 そんな俺の言葉に、そいつは口元に軽い笑みを浮かべて答えた。 「なんだ、自分自身の姿すらわからないほど、お前は目が悪かったのか?」 瞬間、脳にうっすらとかかっていた靄が、一気に晴れ渡る。 次に気付いた時、俺は両手で七夜の肩を強く掴んでいた。 「今の今まで、一体どこで何をしてたんだ! 無事なら無事で、顔くらい見せに来てくれよ! こっちが、どれだけ心配したと……」 「志貴、とりあえず落ち着け……」 早口で捲し立てる俺の言葉を、七夜は静かに遮ると、周囲に目配せをした。 その視線を追って、俺も自分の周りを見渡す。 視界に映る沢山の人々。 その注目する先は、ほとんど全てがこちらへと向けられていた。 「あ……ご、ごめん……」 七夜の言わんとしていることを理解し、俺はその肩から手を離した。 全然自覚していなかったが、どうやらかなりの大声を張り上げていたようだ。 「だ、だけどお前、本当に今までどこに……」 「色々と事情があってな。まぁ、そんなことは置いといて、だ」 そこで一旦言葉を区切ると、七夜はこちらを真っ直ぐに見つめてきた。 真剣な表情を浮かべ、少し言い淀むような素振りを見せる。 一体なんだろう? こいつがこんな挙動不審で躊躇いがちな態度を取るなんて、何かよっぽどのことなんだろうか。 そんなことを考えていたものだから、次にこいつが口を開いたとき、そこから出てきた言葉に、俺は耳を疑った。 「正月、俺と初詣に行かないか?」 「……は?」 それしか言葉が出てこなかった。 初詣? 俺が……七夜と? ……聞き間違えたか? 「……えっと、お前今、俺と初詣に行こうって言ったのか?」 「あぁ」 何でもないことのように七夜が頷く。 ……どうやら、耳の錯覚ではなかったらしい。 しかしまぁ……俺と七夜が二人で初詣か……。 その情景を想像しようとして……直ぐに諦めた。 こいつと肩を並べて神社の境内を歩いているなんて、俺の想像の範疇を軽く凌駕している。 一体、何が目的なんだ? 「どうした? 都合が合わないのか?」 「あ、いや、別にそういうわけじゃないんだけど……お前こそ、一体どういう風の吹き回しだよ」 「何がだ?」 「だって、ほら……お前がいきなり初詣だなんて、なんと言うか……イメージに合わないっていうか……」 「まぁ、俺は別に深夜の公園でお前と殺し合いとかでも構わないが……」 「それは俺が困る」 七夜が皆まで言う前に、俺はきっぱりと拒絶の意を示した。 せっかく平和な日常を満喫していると言うのに、わざわざ自分から寿命を縮めるようなマネ、一体誰がするものか。 「だろう? だから、たまにはそういうのもアリかと思ってな。どうだ? 付き合ってくれるか?」 「まぁ、そういうことなら別に……断る理由も特にないし、付き合ってやるよ」 「良い返事だ。そうだな……新年直ぐはかなり混雑しているだろうから、当日の午前三時頃に迎えに行こう。じゃあな」 「えっ!? お、おい! 三時とか、普通に深夜じゃ……って、あれ?」 慌てて周囲を見渡すが、求める姿は既にどこにもなかった。 相変わらず自分勝手な奴だ。 まぁ、多分正月にはまた、アルクェイドから何らかのアプローチがあるだろう。 それに対し怒り狂う秋葉との板挟みを予防できたと考えれば、別に悪くもないか。 そう考え直すと、俺は何気なく空を見上げた。 つい先刻まで、まだ微かに西に見えていた夕日は、もうすっかり地平線下へと沈み込み、闇に抱かれた夜空では星たちが瞬いている。 左手首に巻いた腕時計に目をやると、そこに示されている時刻は夕飯時の午後七時。 なんだ、もうこんな時間か。 いい加減アルクェイドも退散しているだろうし、さすがにそろそろ戻らないと心配かけちゃうかもしれないな。 そう思い、俺は踵を返して、今来た道を逆方向へと進んでいった。
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