頭上に輝く、身を焦がすかのような太陽の下を、俺とシオンは連れ立って歩いていた。 さながら、世界の全てを照らすかの如き光。 人には目に眩いだけでも、人ならざる一部の人外には、文字通り全身を焼き尽くすような激痛を感じるという。 生半可な吸血鬼などでは、恐らく一分と持たず灰塵と化すことだろう。 正直、これほどの陽光に耐えられる吸血鬼など、あの真祖の姫君くらいのものか。 いや、あれは吸血鬼ではなく、吸血姫だったな。 「っ……く……」 不意に、微かだが呻き声が聞こえた気がして、俺はさりげなく背後を振り返った。 そこにあったのは、胸を押さえながら、うつ向きがちに後をついてくるシオンの姿だった。 伏せているせいで良くは伺い知れなかったが、顔色も余り良いようには見えない。 そういえば、こいつも吸血鬼化が進行している途中段階だったな。 「……」 そんなことを考え、俺は進める足の方向を、今まで向いていた方角から外し右手へと折れた。 「え? 七夜、そちらは……」 「……黙ってついてこい」 背後を一瞥し、にべもなくそう言い放つと、俺はそのまま歩みを進めた。 「あ、はい……」 そんな俺の後ろを、少し戸惑いながらも後に続くシオン。
――はぁ……。
その足音に耳を傾けながら、俺は内心密かに溜め息をついた。 全く……一体俺はどうしてしまったと言うのだ。 彼女の身を案じて、わざわざ遠回りになる路地裏を選ぶなど、昔の俺なら考えられなかったことだ。 それだけ、俺が甘くなったということか。 生粋の殺人鬼だったあの頃が、今ではまるで遠い昔のことだった気がする。 「っでよ〜。そいつったらさ〜……」 「ギャハハハ! マジで〜?」 「……ん?」 と、そんなことを思っていた折、耳に届いた下卑た笑い声と何者かの気配に、俺は足を止めた。 正確には、何者かたち数人分の気配。 視界に映るのは、典型的な街の不良グループといった輩のたむろす姿だ。 髪染め、ピアスなどは当たり前な、見るからに柄の悪い連中。 「そんでさ〜……ぁん?」 そんな中の一人、髪を金に染め、これでもかというくらいのピアスを耳に付けた奴と目が合った。 「っんだぁ? てめぇは」 ポケットに手を突っ込んだまま立ち上がりながら、その不良がこちらへとガンを飛ばしてきた。 「あん? 何だ、急によ」 「あいつだよ、あいつ。俺にメンチ切ってきやがってよ」 「あぁ? ただのガキじゃねぇか。しかも女連れとは、生意気じゃねぇか」 「おい。良くみたら、女の方かなりよくね?」 「お? 確かに良い女だな。なぁ、姉ちゃんよ。そんなシケた奴放っぽって、俺らと楽しいことしようよ」 各々が好き放題に低俗な言葉を放つ。 はて……? 以前にも、似たようなことがあった気がするんだが……。 「おい。てめぇ、何シカトしてんだよ!」 最初にガンを飛ばしてきた不良が、凄みながらこちらへと歩み寄ってくる。 あぁ、そうだ。 そういえば、3、4日前にも、似たような連中に、こんな風に絡まれたっけな。 ……待てよ? 似たような連中? 本当に“似たような”か? こいつら、見覚えが……。 「七夜、ここは私が……」 「いや、ちょっと待て……」 エーテライトを取りだそうとするシオンを制しながら、俺は脳内の記憶バンクを漁り、あの時の情報を蘇らせた。 ……やはりそうだ。 こいつらは、あの時のあいつらに間違いない。 ついこの前、あれだけ痛い目に合わせてやったというのに、俺のことを忘れているというのか? あり得ない。 どれだけ頭の弱い奴でも、恐怖に根付く記憶が、これほどの短期間で消えるはずがない。 つまり、こいつらは、あの時の輩では決してないということだ。 ならば、今目の前にいる奴らは一体何か? 「……成る程」 俺は口の端に微かな笑みを浮かべながら、呟いた。 こいつらの正体が何か、大体予想は付いていた。 「おい! シカトしてんじゃねえって言って……」 胸ぐらに伸ばされる手を、俺はあの時と同じように捻り上げると、間髪を置くことなく、そのみぞおちに膝蹴りを見舞った。
――ドスッ!
「がっ……!?」 肉を打つ鈍い音と、耳障りなかすれた悲鳴が、薄暗い路地裏で跳ね回る。 膝から崩れ落ちる体躯。 瞬間、それを見た不良たちから薄ら笑いが消えた。 直ぐ様、七夜は前方へと大きく跳躍した。 余りのことに、動くことすらままならずにいた不良たちとの距離が、一気に詰まる。 次の瞬間には、既に彼らは必殺の間合いの中。 近くにいる二人の首筋に、俺は両手で同時に手刀を叩き込んだ。 声をあげる暇もなく、瞬時の内に昏倒する二人の不良には目もくれず、大地を踏み締める足に力を込め、傍らの男の顎目掛けて蹴りを放った。 その勢いのまま、最後に残った一人の頭上を飛び越え、壁を足場に再度跳躍。 その後頭部を力任せに蹴りつけ、俺は静かに下り立った。 改めて周囲を見渡す。 動く者は誰もいない。 かかった時間は……五秒弱か。 やはり長く殺しをしていないと、少なからず衰えるものだな。 まぁいい、とりあえず検証といくか。 俺は、一番最初に殴り倒した不良に近付くと、その傍にしゃがみ込み、懐から短刀を取り出した。 「なっ!?」 後ろから上がるシオンの驚きの声を無視して、俺は握った短刀で男の手首を軽く切り裂く。 「七夜! 貴方、一体何を……っ!?」 俺を止めにかかろうとしたシオンの動きが、不意に止まった。 背中越しにも、彼女の息を呑む気配が感じられる。 そう。 それくらい、今目の前で起きていることは異常だった。 傷口から漏れるのは、赤い血液ではなく、黒い霧。 驚愕に立ち尽くすシオンを尻目に、俺は次々と連中の皮膚を軽く裂いて回った。 立ち上るのは黒霧ばかり。 人間であれば当然流れるはずの血液は、どこからも溢れることはなかった。 「やはり、な」 俺は、自分の予測が当たっていたことを確信し、そう静かに呟いた。 当たっていたところで、嬉しくもなんともないが。 この事実が意味することは、ただ一つ。 俺の、いや、この街の誰にも知られることなく、既にタタリは動き出していたのだ。 そのことが分からぬ程、彼女も鈍感ではない。 「くっ……」 今目の前で起こっている状況に、シオンは苛立ちを露わにしていた。 歯軋りするギリギリという音が、背後から聞こえてくる。 ……無理もない。 いつからかは分からないが、目に見えぬ形で進行していたとは言え、この街は既に異変に侵食されていた。 しかも、その異変が形となって目の前に現れたというのに、それに気づくことが出来なかったのだ。 これは、未来を予測するアトラスの錬金術士としての彼女にとって、この上ない屈辱だった。 「……行きましょう。七夜」 「あぁ」 胸に募る焦燥感からか、どちらからともなく進める足を徒歩から疾駆へと切り替えると、俺とシオンは黒霧立ち上る薄暗い路地裏を、目的地目指して脇目もふらずに駆け抜けた。
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