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タイトル:真昼の月 ファンタジー

――月夜の下、対峙する二人の殺人鬼。交差する白刃と飛び交う火花の中、二人は何を知るのか。そして、一命を取り止めながらも、大きな精神的ショックから廃人と化してしまうシエル。そんな彼女に七夜は何を思い、何を告げるのか。クライマックスへと急速に展開する、長編第四作目!

月夜 2010年07月04日 (日) 18時48分(59)
 
題名:真昼の月(第一章)

闇に抱かれた夜の街。
辺りはシンとした静寂に包み込まれており、人の姿は全く見当たらない。
……いや、人だけではない。
野良犬や猫、カラスといった本来いるはずのものは勿論のこと、至るところにいなければならないはずの、小さな虫たちの気配すら感じられなかった。
まるで、そこだけが現世から切り離されているかのような、気味の悪い錯覚を覚えてしまいそうだ。
常人ならば、いつ気が触れてもおかしくはない、限りなく無に近いこの世界。
在るのは、言葉に表しようがない不気味な雰囲気と、人を型どった人ならざる者の気配のみ。
「……」
その者は、周囲を吹きそよぐ冷涼な風に身を晒しながら、古ぼけた教会の屋根の上に立ち尽くしていた。
体格を見る限り、痩身で弱々しいイメージしか感じられないが、その周りを漂う荘厳な気配は、一見しただけのひ弱さとは余りにかけ離れていた。
とても穏やかで、とても静かな……殺気。
それは、今にも殺してやるという明確な殺気じゃない。
殺意を持ちながらも、直ぐには殺さずに、へと繋がる過程で苦しみもがくその姿を楽しんでやろうという、極めて残忍且つ歪んだ負の想念の渦だ。
月光に照らされるその横顔は、端正な冷ややかさを保っており、それが余計に見る者の恐怖を煽る。
淡い緑のスカートの上で、赤く輝くきらびやかな装飾。
緑という優しい自然色に対し、相反する赤という極彩色が、より一層異様な空気を醸し出していた。
彼の者を色で表すとしたら、黒以外の何物でもないだろう。
それも、ただの黒じゃない。
いかに周囲が深い闇で埋め尽くされていたとしても、その闇色に染められることなく……いや、むしろその闇でさえも、己の色で呑み込んでしまいそうなくらいに鮮烈な、深淵の如き濃厚な漆黒だ。
近づくだけで、そのまま吸い込まれてしまいそうな……そんな危険な香りが満ちている。
「……ふっ」
と、不意にその口元に浮かぶ、醜く歪んだ残忍な微笑。
その視線の先は、夜に抱かれた暗がりの更に向こう側を見つめていた。
「目障りな代行者は倒れ、最大の障害だった真祖の姫君も消え、残る唯一の脅威は、己の映し身と無益な殺し合いとは……な」
嘲るように嘲笑する。
彼の者にとって、この展開はまさに願ったり叶ったりというやつだった。

――ここにきて、身内同士で内輪揉めとはな……。

「くっくっ……まったくバカな奴らだ!」
その心情を隠すことなく、声を上げて大声で笑う。
静寂の中、唐突に上がったその笑い声は、穏やかだった空気を乱暴に切り裂いた。
……それでも、街は目覚めない。
覚醒という行為そのものを拒むかのように、ただただ安息たる甘美な眠りをむさぼるのみ。
街中で何度となく反響した声は、幾重にも重なり合ってこだまし、やがて夜の静けさに呑まれて消えていった。。
「これで、私の邪魔となる者は粗方片付いた……そろそろ、計画を動かし始めるとしようか」
そう呟き、彼の者は緩やかにスカートを翻すと、屋根の上から飛び下り、闇の彼方へと消えていった。

月夜 2010年07月04日 (日) 18時49分(60)
題名:真昼の月(第二章)

月光に照らされし夜の路上。
妖しげな月明かりを浴びるアスファルトが、昼間のそれとは違った、ある種妖艶な妖しい輝きを放つ。
その自然が生み出す誘蛾灯が誘うのは、果たして鬼か吸血種か、それとも人の貌をした人外か。
いずれにせよ、導かれるのは、世の理に背きし存在し得ないはずの存在のみ。
その本能が求めるものが、背徳的衝動に基づく殺しであるならば、それを抑える術などどこにあろうか。
今はもう、そんな禍々しい妖気に満ちるここも、昼までは陽光降り注ぐ活気に溢れた通りだったなど、初見の人間には到底信じられないことだろう。
もしかして、この場所には夜しか訪れないんじゃないだろうか……そんな薄気味悪いイメージを万人に与えていた。
「……」
「……」
そのような異次元の如き空間に佇むのは、互いに相対する二つの影。
それらは、そのどちらもが同一の個体であり、また別人でもあるという、避けようのない矛盾を抱えた存在だ。
細部に至るまで、その容姿全てが完全に相同。
だが、漂う気配はまるで違う。
片方が放つのは、相手に対する憤怒と憎悪の入り混じった、一片の迷いもない強い殺気。
視殺せんばかりに対象を睨み据える鋭い眼差しと、その手に握られた鈍色に輝く短刀が、彼が本気であることを証明している。
片やその視線を受ける方は、己に向けられる殺意の奔流に、明らかな動揺を見せていた。
その足下に転がるのは、倒れ伏したまま動くことのない躯。
それが沈む夥しい量の血で形成された血溜まりが、冷たい月の光を反射して、凄烈な深紅の輝きを放っている。
対峙する二人の周囲を満たす、重苦しい静寂と戦慄の空気。
まさに、今この時ばかりは、世界は彼ら二人のためにあると言っても、なんら差し支えはなかった。
「……答えろ、七夜」
不意にその沈黙を切り裂いたのは、短刀を片手に殺気を放つ青年―遠野志貴の言葉だった。
その目元に、本来かけられているはずの眼鏡は無い。
「……お前が、殺ったのか?」
その内に秘めたるドス黒い負の念を隠すことなく、言葉を紡いでゆく。
形式は問いかけだったが、どこまでも暗く深いその声色は、もはや問いに対する答えを求めてはいなかった。
有無を言わさずの烈々たる闘志が、彼の全身から放たれている。
「……ふっ」
そんなむき出しの殺気を身に受けながら、彼―七夜志貴は、何を思ったか口元に歪んだ笑みを浮かべた。

俺は何を戸惑っている?
今まで、このような状況を……本気で殺し合えるような場面を、ずっと求めてきたんじゃなかったのか?
俺は殺人鬼。
そして、目の前にいるのは、俺を殺したがっている殺人貴。
ならば、ここで返すべき答えはたった一つだろう。

「だとしたら……どうする?」
薄ら笑いを浮かべながら、七夜は嘲るように答えた。
その表情に、先ほどまでの狼狽は欠片もなく、代わりに浮かび上がるのは、残酷な悦びに満ちた凄惨な笑みだ。
「……殺す!!」
そんな七夜の返事を聞いた時、志貴の足は既に疾駆していた。
その場から動くことなく、七夜がポケットにしまった短刀を再度取り出す。
「はっ!」
間合いが詰まると同時に薙ぎ払われる、横方向の鋭い斬撃。
「ふん」
後方へと軽く跳躍することによって、その軌道上からいとも容易く身を避ける。
「まだだ!」
間発を入れず、再び前方へと足を踏み込み、ナイフを振るう。
縦に、横に、袈裟型にと、縦横無尽に振るわれる斬撃。
それに加えて、不定期に繰り出される蹴りが、的確に人体急所のいずれかを狙ってきている。
それは、さながら白刃と蹴撃が形成する嵐。
斬撃を受け流せば蹴りが。
蹴りを避ければ斬撃が。
立て続けに襲いかかる連撃は、七夜に防戦を強制させ、一切反撃の糸口を掴ませなかった。
「ふっ……」
しかし、そんな状況下にありつつも、七夜は笑っていた。
苦し紛れの自暴自棄な笑みではない。
七夜は、本気でこの状況を楽しんでいた。

良いぞ、俺。
何とも心地よい殺気だ。

「……だが」
瞬間、七夜は大きく身を屈めた。
放った斬撃の隙を埋める志貴の蹴りが、地面スレスレまで屈み込む七夜の側頭部を捉える。
……いや、捉えたかに見えた。
だが、それは何に当たることもなく、虚しく空を切るのみだった。

――消えた!?

殺すべき対象を見失った眼が、にわかに中空をさ迷う。

――……っ!?

瞬間、全身に怖気が走った。
非日常の世界で生き抜いてきた本能が感じる何か。
それは、もしも今、ここで動かなかった後に広がるであろう光景。
己の……のイメージ。
「っ!」

月夜 2010年07月04日 (日) 18時50分(61)
題名:真昼の月(第三章)

反射的に横に跳躍。
そして、次にその眼が七夜の姿を捉えた時。

――ヒュッ!

風を切る鋭い音を伴って、つい先ほどまで志貴の体があった空間が切り裂かれた。
腕に走る針で刺したような痛み。
「くぁっ……!」
思わず苦痛の声が漏れた。
視界の端に映るのは、裂けた皮膚から溢れ出る鮮血。
だが、それに気を取られている場合じゃない。
奴の姿が見えている、今この時。
みすみす反撃の機会を逃す訳にはいかない。
「くそっ!」
志貴は、その瞳が視るに向かって、傷ついた腕を降り下ろした。
しかし、やはりと言うべきか、その刃は七夜の体に触れることはなかった。
もはや、目にも映らぬとさえ言える速度で前方へ跳躍すると、七夜は大きく間合いを取って大地に着地した。
「へぇ……なかなかやるじゃないか」
悠々と後ろを振り返り、七夜は口元に笑みを保ったまま言い放った。
「これで殺れると思ったんだが……まぁ、この程度でなれても困るか。せっかくの宴だ。こんなに早くお開きにするのももったいない」
言いながら、七夜は手に持った短刀を翻した。
光を吸うかの如く、その刀身が凄艶に輝く。
放った言葉のどちらもが本音だった。
これで殺せると思ったのも、このくらいでなれては困ると思ったのも、双方が真実。
ほんの僅かな隙さえも、すぐに致命傷へと変わる、文字通りと隣り合わせの殺し合い。
故に手加減などをする気は毛頭ない。
だが、この愉しい一時も、どちらかのを境に幕引きなのかと考えると、殺すのが惜しくもなってくる。
無論、みすみすこちらが殺されてやるつもりはない。
殺したいのに、殺したくない。
相反する思考は、その根源全て己が欲望。
なんとも皮肉なものだ。
思わず綻ぶ口元は、その欲求が引き起こす矛盾に対してなのか、それともそんな退廃的な自らの思考回路に対してだろうか。
「何を言ってる? 消えるのはお前の方だよ。七夜」
そんな七夜に向かって、志貴はそう吐き捨てると、突然身を深く沈めた。
先の七夜と同様の構えだ。
「ほぅ……」
七夜が微かな感嘆混じりに呟く。

なるほど。
目には目をということか。
あれは、自らの身体能力、特に脚力による速さを最大限に活かす構え。
暗殺を生業としてきたこの俺に、速さで勝負を挑もうということか。

「……面白い」
そう呟くと、七夜もまた大地と接するその間際まで体を沈めた。

その勝負、付き合ってやろう。
決着は、間違いなく一瞬。
交錯したその瞬間に決まるだろう。
背筋に走るゾクゾクとした快感。
否が応にも気分が高揚する。
次にすれ違った後、地に倒れ伏しているのは、俺か、それとも奴か。
いずれにせよ、引き分けはない。

「教えてやる。七夜」
「殺し合おう。志貴」

地面に触れるくらいに低い体勢から、共に地を踏みしめる足に力を込める。

「これが……」
「弔毘八仙……」

互いに前方へ跳躍。
望むものは、双方共に刃を向ける相手の。
そして――

「モノを殺すということだ!」
「無情に服す!」

――交錯。
刹那、その空間に巻き起こる無数の斬撃。
だが、見えるのは、刃と刃が打ち鳴らす火花のみ。
聞こえるのは、それに伴う甲高い金属音のみ。
秒にも満たない攻防の後、二人は全く同じ体勢で両極の位置に下り立っていた。

――……。

しばし流れる無言の時。
「ぐっ……!」
それを破ったのは、志貴の低いうめき声だった。
辛うじて膝を立て、崩れ落ちそうになる体を支える。
見てみれば、その全身の至るところが裂傷にまみれていた。
そのどれもが致命傷には程遠いものではあったが、流れる血の総量は、もはや夥しいとさえ言える。

月夜 2010年07月04日 (日) 18時51分(62)
題名:真昼の月(第四章)

この勢いで流血し続ければ、意識を失うのにものの数分と要さないだろう。
「……ふっ」
片や七夜は、そんな志貴を他所に悠々と立ち上がると、落ち着いた動きで背後を振り返った。
その身に目立った傷はほとんどなく、服の数ヶ所が切り裂かれているだけで、血の一滴も流してはいない。
……余裕?
いや、そうではない。
そのことは、落ち着き払った態度とは裏腹に、その額に浮かんだ相当な量の冷や汗が証言していた。
志貴の眼が捉える絶対的な死。
その線をなぞられれば、それがどれほど頑強な存在であろうとも切断され、死の収束した箇所を突かれれば、確実に絶命する。
そこに一切の例外はない。
故に、志貴の一撃と七夜の一撃は、いかんせん重さが違い過ぎるのだ。
志貴の斬撃全てを受け止め、弾き、避けた上で攻めに回るのは、いかに七夜といえど容易いことではなかった。
しかし、この攻防の勝者は、やはり七夜と言うべきだろう。
「まだ……だ……」
次から次へと溢れては流れ落ちる血になど目もくれず、ふらつく足で立ち上がる志貴。
身体こそ満身創痍ではあるものの、その瞳に宿る闘志は弱まる気配すら見せていない。
「へぇ……まだ楽しませてくれるのか? そうこなくっちゃな」
残酷な笑みに口元を歪ませ、七夜は手の中で短刀を回した。
それを逆手に持ち直し、油断なくその場に佇む。
「……」
全身傷だらけの身体で、再度志貴が身構える。
その間も、とめどなく流れる鮮血は一向に収まる気配を見せず、溢れては垂れ流されてゆく。
このままでは、意識を失うまで、そう長くはかからないだろう。
志貴は直感的にそう感じた。
現に、既にその意識は朦朧としており、目の前はぼやけ、そこに映る全ての光景が明滅を繰り返している。
けれど、まだ動く。
まだ闘える。
ともすれば消えそうになる己の意識を叱咤し、残った力の全てで最後の特攻をかけようとした……その時だった。

――ガッ。

「……え?」
足に感じた小さな抵抗。
目線を下ろしてみれば、そこにいたのは……、
「……レン?」
人の姿をしたレンだった。
「……」
無言のまま、彼女は抱くようにして志貴の足を掴み、真摯な眼差しでその表情を見上げた。
志貴の全身から放たれていた壮烈な殺気が、みるみる内に消失していく。
「……ちっ」
目の前のそんな光景に、七夜は苦々しく舌打ちをした。

何とも興冷めだ。
さっきまでの殺意むき出しのあいつなら、十分に殺す価値があったんだがな。
あぁ、つまらない幕切れだ。
こうなってしまった以上、この場にもう用はない。

七夜はつまらなさそうに短刀をしまいこむと、ただそこに立ち尽くし、呆気に取られる志貴に背を向けて歩き始める。
「あ、ま、待て……っ!?」
その背を呼び止めようとする声に、突如として苦悶の声が混じり始めた。
「ぐっ……がはっ!……な、なん……だ……」
崩れるようにその場に倒れ込む志貴。
「……!?」
足に回していた腕を離し、レンが反射的にその体を支える。
「アドレナリンで飛んでいた痛覚が蘇っただけだ。安心しろ。その程度で死にはしないさ」
残念さの中にもどこか嬉しさの混じった複雑な声音で、七夜は背を向けたままそう呟いた。
「まぁ、ほんの数瞬ではあったが、なかなか楽しませてもらったよ。機会があれば、また殺し合おう」
その言葉を最後に、七夜は高々と跳躍し、夜の闇に紛れて消えていった。
「う……ぁ……」
そこで、遂に志貴の意識は肉体から剥離し、糸の切れた操り人形の如く、その体から一切の力が抜ける。
脱力して倒れかかってくる体を、必死に支えるレンのか細い腕。
その視界に映るのは、動かなくなった己の主の姿。
「……」
静寂の舞い戻った深夜の街道は、つい先ほどまでここで繰り広げられていた激闘など忘れたかのように、また深い眠りに床こうとしていた。

月夜 2010年07月04日 (日) 18時52分(63)
題名:真昼の月(第五章)

辺り一面に広がる若葉色の景色。
果てなくどこまでも続くそれは、遥か彼方で青い空と触れ合っていた。
決して混ざり合うことはなく、空と大地との境界を明確に示している。
時折吹き抜けるそよ風は、頬を優しく撫でながら、背の低い草をゆらゆらと遊ばせる。
一方向へと一斉に身を傾ける草原を見ていると、まるで風というものに形があるかのように感じられた。
そんな緑の真ん中に、俺は一人立ち尽くしていた。

――ここは……。

小声で呟く。
途端、どこかへと吸い込まれて消えてゆく言葉。
その時、俺は初めて気付いた。
周囲を満たすのが、完全なまでの静けさだということに。
人の話声はもちろんのこと、虫の音や鳥のさえずりもなく、吹き抜ける風でさえ音というものを発していない。
普通に静かな空間でなら、耳孔内で反響する耳鳴りのような甲高い音を聞くことになるのだろうが、ここではそれすらもない。
静寂とは違う――無音。
背筋が薄ら寒くなるような、不気味な空間。
けれど、俺は不思議と一欠片の恐怖すら覚えなかった。
何故だろう……やはり、どこか似ているからだろうか。
大地に敷き詰められた自然の絨毯に、空は澄みきった青一色。
脳内で蘇るのは、明るく包容力に満ちた優しい声。
何だか、ここに居れば、あの人に会える気がした。
俺が、今この世界に存在していられるための理を授けてくれた、あの人に……。
「それって、もしかして私のことかしら?」

――えっ?

突然、背後から聞こえてきた懐かしい声色に、俺は弾けたようにその方を振り返った。
視界に映るのは、先ほど脳裏に描いていたものと同じ光景。
無限に広がる空と草原を背景に、悠然と佇む一人の人影。
青や緑といった自然色と相反する真紅の長髪が、その存在を主張するかのように、ゆらゆらと左右になびいている。
白地のTシャツにジーパンというシンプルな出立ちと、脇に置かれた茶色のトランクが、彼女が誰であるかをより一層証明していた。
「ハァイ、志貴。元気にしてたかしら?」
俺の名を呼ぶ声……あの時のままだ。

――……先生。

自然と、口がその名を発していた。
と同時に胸を満たすこの感情は、愛しさや懐かしさとは少し異なった、それでも懐郷の念を呼び起こして止まない、不思議だけど落ち着いた優しい気持ち。
こんな気持ちを抱いたのは、一体いつ以来だろう?
「ん? どうしたのよ、志貴。そんな驚いちゃって」

――そりゃ驚きもしますよ。どうして、先生がここに?

「あら、何言ってるのよ。貴方が呼んだんじゃない」

――俺が?

そんな先生の言葉に、俺は首を傾げた。
呼んだ?
俺が?
一体いつ?
「そんなことより、どうしたの? またこんなところに戻ってくるなんて」
こちらへと歩み寄りながら、先生が穏やかな声で尋ねる。

――どうして……どうしてだろう?

何故だか明確な理由が見つからない。
だけど、何か……何かとても悲しいことがあった気がする。
悲しくて、悲しくて……気が付いたらここに来ていた……そんな気が……。
「なるほど。悲しいことか。でもね、志貴。それはとっても幸せなこととも言えるのよ」
そう言いながら、先生は俺のすぐ傍らまで来ると、足下に広がる広大な草原に腰を下ろした。

――え? それってどういう……。

「いい? 悲しいっていう感情は、嬉しいっていう気持ちがあるから感じられるものなの。毎日悲しいことばかりだったら、それが普通になってしまって、きっと悲しいなんて気持ちはなくなってしまうでしょう? 人は悲しいと感じられるから、同時に嬉しいと感じることもできるのよ」
優しくたしなめるような口調で、先生は一つ一つ言葉を紡いでゆく。
その眼差しの先は、果てのない空の大海へと向けられていたが、何だか彼女のその瞳には、空の遥か向こう側にある何かが映っているように感じた。
「だから、悲しいことがあっても逃げちゃダメ。この先いつか必ず訪れる嬉しいことを支えに、日々を強く生き抜いていきなさい。後ろを向かず、前だけを見据えて、貴方は貴方の進むべき道を歩きなさい」

――先生……。

先生のそんな言葉に耳を傾けながら、俺は返事を思い付けなかった。
心に染み入るように、俺という存在全てを優しく包み込んでくれる。

――あぁ、やっぱり先生は先生だなぁ。

俺は倒れるようにして先生の隣に寝転がった。

月夜 2010年07月04日 (日) 18時53分(64)
題名:真昼の月(第六章)

「何よ今更。そんなの当たり前じゃない」
そんな俺の顔を覗き込みながら、先生がにっこりと微笑みかける。
途端、心に芽生える平穏。
やはりここは居心地が良い。
俺と先生の二人しかいないこの世界は、辛い現実と一線を画していて、不快なことは何一つとない。
でも……、

――さん――。

遠く、遥か彼方から聞こえてくる声。

――兄さん――。

それは、俺の名を呼ぶ愛しき人の声。
この夢は居心地が良い。
だけれど、そんな心地良さに甘えて、現実から目を背けてはいられない。
後ろを向かず、前だけを見据えて歩き続ける。
そのことの大事さを、先生が教えてくれたから。
何より、俺のことを必要としてくれている人達がいるから。
軽く反動を付けてその場に立ち上がる。
見つめる先は、遥か遠い草原の果ての、声が聞こえてくる方角。
「……行くの?」

――はい。これが、俺の進むべき道ですから。

「そう」
先生はどこか嬉しそうに小さく頷くと、ゆったりとした動作で腰を上げた。
「なら行ってらっしゃい。もう、ここに戻ってきちゃダメよ」

――はい。先生、ありがとうございました。

先生に向かって、一度だけ大きく頭を下げてから、俺は声の方へと踵を返した。
歩みを進める。
一歩、また一歩と、胸にまとわりつく名残惜しさと決別するかのように、強い意志でもって歩みを進める。
「志貴」
と、不意にかけられた呼び声に、俺は立ち止まった。

――はい?

「必ず勝ちなさい」
振り返った先に見えるのは、親指を立てて、軽くウインクする先生の姿。

――……はい!

俺は大きな声で返事をすると、視線を進むべき道の方へ戻した。
途端、世界が色を失い始める。
無限に広がっていた草原が、その形を無くし、足下から無へと還ってゆく。
視界を埋め尽くすのは、ただどこまでも続く白のみ。
足下も白、道の向こうも白、空も白……何もかもが真っ白だ。
自分が今、立っているのか、座っているのか、もしくは寝転んでいるのか、それすらも分からない。
それと共に、身体の周りを包み始める妙な浮遊感。
その流れに身を任せる内に、意識が徐々に薄れてゆく。

――兄さん……!

それと反比例するように、聞こえてくる声は鮮明さを増してゆく。
俺は本能の促すがままに、ゆっくりと意識の瞼を下ろした。

月夜 2010年07月04日 (日) 18時53分(65)
題名:真昼の月(第七章)

「兄さんっ……」
すぐ耳元で呼ばれる自分の名前と、肩を揺する手の感触に、夢と現の狭間を漂っていた意識が覚醒し始める。
「兄さん……起きてっ……!」
悲鳴にも似た悲痛さが含まれたこの声は……秋葉か。
一体どうしたというんだろう?
何故、そんな辛そうな声で俺を呼んでいるんだ?
そういえば、ここは屋敷か?
俺は、いつここへ帰ってきたんだったか……。
目覚めたばかりで、まだ若干寝ぼけているからだろうか。
今に至るまでの過程がすっぽり抜け落ちていた。
眼前を埋め尽くすのは暗闇だが、それは所詮瞼の裏の暗がり。
「う……ん……」
俺は小さく声を上げながら、うっすらと瞳を開いた。
随分と長い間、ずっと暗闇ばかり見てきたからなのか、窓から差し込む月明かり以外、全く光源の無いこの部屋においても、視界を確保するのに何ら苦はなかった。
視界に飛び込むのは、見慣れた天井と、カーテンの開ききった窓、そして……、
「……秋葉」
うつ向く秋葉の姿だった。
「えっ……?」
俺の呼び声に反応して、秋葉が伏せていた顔を持ち上げる。
刹那、その面に浮かぶ驚愕の色。
月光の元で露わになる彼女の赤い目元を見た時、俺は初めて知った。
秋葉が、ずっと泣いていたということを。
「……兄さん」
弱々しく呟く。
まるで、夢幻を見ているかのように、こちらを見つめる眼差しは虚ろで儚い。
「あぁ……っ!?」
そんな秋葉の不安を取り除いてやるために、起き上がろうと体に力を入れた途端、突如として全身に痛みが走った。
痛覚を直接刺激したかのような、鋭く尖った痛み。
「くっ……!」
「兄さん!? 何をやっているんですか!?」
そんな俺の体を、秋葉の手が慌てて押さえ付ける。
上体を起こすことすらかなわなかった俺の体は、再びベッドの中へと沈み込んだ。
「まだ動ける体じゃないんですから、大人しくしていて下さい」
「あ、あぁ……」
そんな不安げな秋葉の言葉に頷きながら、俺は全てを思い出した。
闇に抱かれた路地にて、立ち尽くすあいつの姿。
その足下に転がるのは、血溜まりに沈む彼女の五体。
短刀を手に互いを凝視する俺とあいつ。
そして、交錯。
そこからの記憶は、丸々抜け落ちてしまっていた。
恐らく、意識を失った俺を、レンが屋敷まで運んでくれたのだろうけど……。
「そういえば、俺ってどれくらい寝てたんだ?」
せいぜい一日程度だろうと予想しながら、俺は傍らの秋葉に尋ねた。
だから、次に彼女の口から返ってきた答えに、俺は驚愕を露わにすることとなった。
「三日間ぶっ通しです」
「三日!? そんなに!?」
思わず大声を上げてしまった。
まさか、三日もの間意識不明だったとは……。
「……よかった」
「え?」
秋葉のそんな呟きに、俺は彼女の方へ向き直った。
「目を覚ましてくれて、本当に……」
「……」
秋葉の擦れた涙声が、胸の奥に深々と突き刺さる。
同時に芽生えるのは、感謝と罪悪という両極の感情。
何だか、そんな彼女が急にとても愛しく感じ、俺は痛む腕を持ち上げて、その長く緩やかな髪をそっと撫でた。
「……ごめんな。心配かけて」
「まったくです。夜中に外を出歩かないようにと、あれほど言っていたのに……もし、万が一のことがあったら、一体どうするつもりですか」
「反省してるよ」
「当たり前です。今後、二度とこんなことがないよう、約束して下さい。夜、無断で外出しないと」
怒りと心配の入り混じった表情の秋葉に向かって、俺は、
「できる限り努力するよ」
とだけ答えた。
いくら相手を安心させるためとはいえ、出来もしない約束を安直に交わせるほど、俺は人間ができてはいない。
そして、そのことが分からぬような秋葉でもない。
軽く頭を抱えながら小さくかぶりを振り、溜め息を漏らす。
「……じゃあ、兄さん」
そして、小声で切り出す。
「何だ?」
「……もう二度と、私にこんな心配はかけさせないで……」
弱々しく頼りない、到底秋葉とは思えない程、小さく消え入りそうな声で、彼女はそう呟いた。
「……それは……」
返す返事に困る。
常に危険と隣り合わせである以上、これもやはり約束できない頼み事だ。
だからといって、こんなにも儚く、ともすれば今にも泣き出しそうな彼女に向かって、そんな拒絶の言葉なんて言えない。
一体どうしたものか……。
「……ふふっ」
「えっ?」
と、不意に聞こえてきた含み笑いに、俺は下向きだった目線を持ち上げた。
「この兄さんですもの。私がそんなことを言ったくらいで、素直に大人しくしてくれるはずがありません」
寂しげに微笑む秋葉。
そんな彼女を見ていると、俺のほうが何だか辛くなってくる。
「だから、こういう時こそ“努力する”でしょう?」
「……あぁ、そうだな」

月夜 2010年07月04日 (日) 18時56分(66)
題名:真昼の月(第八章)

だけど、諦観の念を帯びた秋葉の言葉に、今は甘えることしかできなかった。
彼女は、不安を押し殺して微笑んでいる。
無理をして、偽りの笑顔を作っている。
そんな秋葉に応えるためにも、俺は今できる精一杯の笑みを浮かべた。
顔面の筋肉に笑みを形作るよう指令を送る。
自分でも分かるくらい、ぎこちなく不自然な笑顔。
それでもいい。
違和感丸出しでも構わない。
少しでも、秋葉の心に安堵を与えてやれるのなら、それで……。
「さ、もう夜も遅い。俺なら大丈夫だから、秋葉も休んでくれ」
「……えぇ。分かりました」
ベッド脇の椅子から腰を上げ、部屋と廊下を繋ぐ扉の方へと歩き出す。
「……兄さん」
扉の前で立ち止まり、こちらを振り返る秋葉。
「……ん?」
「……お休みなさい」
「……あぁ」
その表情に憂いを孕んだ微笑を湛え、彼女は静かに部屋を後にした。
パタンという乾いた音を最後に、部屋の中から音が消え去る。
後に残るのは、薄暗い空間とそこに舞い戻る重い静寂。
「……はぁ」
自然、溜め息が溢れる。
「なんだ、えらく不景気そうじゃないか」
「え?」
唐突に空から降ってきた聞き慣れた声に、俺は弾けたように目線を持ち上げた。
そこにあったのは、板の外された天井からこちらを見下ろす七夜の姿だった。
「七夜……」
「よぅ。えらく長い睡眠だったな」
そう言って七夜は跳び降りると、音一つ立てることなくベッドの脇に着地した。
「お前のせいだろう。あんなに全身ズタズタにしやがって」
「そう睨むな。命があっただけありがたいと思え」
鋭い目線を送りながら毒付く俺を、七夜が軽い口調で受け流す。
まったく、こいつときたら……。
だが、こいつには聞きたいことがいくつもある。
三日もの間、屋敷に帰ってこなかったこと。
それと同時期に起きた、シエル先輩の行方不明のこと。
そして、何より……、
「ところで、七夜……」
本棚近くの壁にもたれかかる七夜に向かって、俺は重々しく口を開いた。
「……何だ」
七夜がこちらへと視線を送る。
何だと聞いてはいるが、その問いがどのようなものであるか、大体の予想はついているみたいだ。
「……あの夜、アルクェイドを殺したのは……お前じゃないのか?」
敢えて、否定の形で尋ねる。
今のこいつが、そんなことをするはずないという、ただの個人的な願望がその理由だ。
「……」
黙り込み、真剣な眼差しでこちらを見つめる七夜。
俺も、目線を逸らすことなく真っ直ぐに見つめ返す。
部屋に漂い始めるのは、秋葉がいなくなった直後とは明らかに違う、微かな殺気混じりの張り詰めた空気。
その間、あの晩の凄惨な光景が、まるで今目の前にあるかの如き鮮明さでもって、絶えず脳裏に蘇る。
「……違うな」
そんな重苦しい雰囲気を散らすように、七夜は一言呟きながら、軽く頭を左右に振った。
「いくら暗殺を生業としている俺でも、真祖の姫君ほどの大物を相手に、気付かれることなく必殺の間合いに踏み込むことは不可能だ」
「そうか……」
俺は小さな安堵感を胸に、小声でそう呟いた。
七夜があの惨劇の張本人でないと分かっただけで、ほんの少しだけど気が楽になった気がする。
「だとしたら、一体誰がアルクェイドを……」
「……」
何気なく呟いたその言葉を聞いた瞬間、僅かにだが七夜の表情に陰りが差したのを、俺は見逃さなかった。
「……お前、何か知ってるのか?」
「……」
七夜は何も言わなかった。
だが、そんな彼の態度が、何かしら俺の知らない情報を得ていることの何よりの証明だった。
「何を知ってる!? 教えてくれ! アルクェイドは誰に殺されたんだ!?」
「……そうだな。やはり、お前は知っておくべきか」
語気を荒げる俺など眼中にないかのように、七夜は自分に言い聞かせるかの如くそう呟くと、体ごと俺の方へと向き直った。
「良いだろう。教えてやる……俺の知っている全てを」
迷いや躊躇いを断ち切るかのようなその態度が、七夜の知っている真実が、俺にとって悪い、少なくとも良くはない内容だということを言外に示していた。
一瞬、心が臆する。
だが、塞ぐ訳にはいかない。
俺には、真実を知る義務がある。
そう、思えたから。
「……」
俺は強い意志を胸に頷くと、七夜の言葉に静かに耳を傾けた。

月夜 2010年07月04日 (日) 18時56分(67)
題名:真昼の月(第九章)

「……」
「……今お前に話したことが、俺の知っている全てだ」
七夜はそう言って話を切り上げた。
「……」
俺は言葉もなく、話の間ずっと黙したままだった。
七夜の口から放たれる、俺の知らなかった数々の驚愕たる真実。
それらは、純粋な驚きなどではない、圧倒的な負の想念を俺に抱かせるものだった。
先輩がいなくなったのは、風邪などといった日常的なものが要因ではなく、やはりこの町にやって来たタタリの仕業だった。
そのタタリと対峙し、彼女は負けた……いや、正確には、タタリに負けたのではない。
七夜の話によると、先輩を刺したのは、タタリが生み出した俺の幻影だということらしい。
つまりは、俺が彼女を……。
そして、俺が意識を失う前に見た最後の光景。
……冷たいアスファルトの上に横たわる、アルクェイドの姿。
彼女もまた、俺の幻影に刺されたのだという。
今にも殺されようとしている中、彼女は……、

――……志貴は、殺せない。

そう言って、にこやかに、それでいて酷く悲しそうに、俺に向かって微笑んだ。
言葉として聞くだけで、その光景が瞼の裏に浮かび上がってくるようだった。
最後の最後まで、俺を信じてくれていた彼女に、俺は何もしてやることができなかった。
申し訳なさと同時に芽生える、己の無力さに対する自己嫌悪の念。
だが、それ以上に、胸中にて荒れ狂う怒りの方が強かった。
俺の幻影を生み出し、それらを使役して、労せず邪魔者を消し去る。
今までにない卑劣極まるその手段に、俺は言葉にしきれない憤りを覚えていた。
許さない。
今回のタタリだけは、絶対に許す訳にはいかない。
殺してやる。
俺のこの手で、確実に殺しきってやる。
「……志貴」
不意に呼ばれた自分の名に、俺は無意識の内にうつ向いていた顔を持ち上げた。
その視界に映るどこか不安げな七夜の目線は、俺の体の一部へと注がれていた。
その先へと俺も目線を落とす。
そこにあったのは、血にまみれた己の手だった。
知らず知らずの間に、拳を固く握り締め過ぎたのだろう。
閉じかけていた傷口が開いたようだ。
けれど、痛みはほとんど感じない。
未だかつてない激怒が、痛覚を麻痺させてしまったのだろうか。
……丁度良い。
痛みさえ感じなければ、この程度の怪我はなんてことない。
今すぐにでも、先輩とアルクェイドの仇を取りに行ってやる……!
「七夜……そのタタリがどこにいるのか、目星は付いてるのか?」
俺は逸る気持ちを抑え、表面上は冷静さを保ちながら問いかけた。
「いや、まだ見当も付いていない」
「……そうか」
「それに、もし分かっていたとしても、今のお前に教えるつもりはないがな」
「……何?」
露骨過ぎるくらいの怒りを前面に、俺は七夜を睨みながら問い返した。
「今のお前は、お前自身が思っているよりかなり重傷だ。とてもじゃないが、自殺にしかならない行為の手助けをする訳にはいかない」
「そんなこと、お前には関係ないだろう」
俺は刺々しい口調のまま呟いた。
これが理不尽な感情だということは、自分でも分かっている。
この気持ちを向けるべき相手が、七夜でないことは明らかだ。
しかし、そのことを頭が理解していても、心が順応してくれなかった。
「そりゃそうだ。お前が死のうが生きようが、俺には関係ないさ。だがな、お前は本当にそれでいいのか?」
「……どういうことだ?」
「もう忘れたのか?お前。アルクェイドは最後に何て言った?」
「……」
「……お前の事を最後まで信じ、その身を案じたが故に、己の命を散らした彼女の想いを無にする気か?」
「……それは……」

月夜 2010年07月04日 (日) 18時57分(68)
題名:真昼の月(第十章)

返す言葉に詰まった。
七夜の言っていることは正しい。
その正しさは、理論的でもあり、また道徳的でもあった。
脳裏に描き出されるのは、いつものひとなつっこい猫みたいに無邪気な笑顔。
入れ違いに蘇るのは、最後に見た動かぬ彼女の姿。
脳内にて想像されるのは、彼女が今はの際に見せたという悲しげな微笑み。
途端、この胸を刺す痛みの正体は一体何だ?

――アルクェイド……。

口に出すことなく、心の中で彼女の名を呼ぶ。
言葉にしたら、きっと泣いてしまうと思ったから。
「お前がどうしても死にたいと言うのなら、俺は止めないさ。だがな、命はそう簡単に捨てるもんじゃないぜ」
俺が言うのもなんだがな、と最後に付け足すと、七夜は自嘲気味な笑みを溢した。
「……」
そんな彼の表情を見つめながら、俺は改めて思った。
こいつは、やっぱり以前までのこいつとは少し違う……と。
昔、こいつに初めて会った時、夢幻に漂う影絵の世界での七夜は、どこまでも純粋に殺人を愉しむだけの殺人鬼だった。
優しさや慈愛などといった感情など欠片と持たぬ、冷酷な暗殺者だった。
だが、今はそうじゃない。
命の儚さを憂うかのような、どことなく寂しそうに見える今の彼の瞳は、ただの殺人嗜好者のそれとは大きく異なっていた。
きっと今の七夜は、人を殺すという行為を、純粋に悦しむことはできないだろう。
俺がまだ生きているということが、その証とも言える。
「……さて、俺はこれから少し出かけてくる」
そう言って、七夜は身を預けていた壁から背を離すと、ベッドの脇を抜けて窓際へ歩みを進めた。
近くに置いておいた靴を拾い上げ、静かに窓を開く。
冷ややかな夜風が、しばらく動いてすらいなかった身体に冷たい。
「出かけてくるって……こんな夜遅くにどこへ?」
布団を軽く身に巻き付けながら、俺は窓に足をかける七夜の背に向かって問いかけた。
「何、別に宛てがある訳じゃないが、軽く情報収集にな」
「気をつけろよ」
「いらぬ心配は無用だ……」
そう言って、七夜は窓から外界を見下ろした。
「……が、他にも野暮用が増えそうだな」
「え? 何か言ったか?」
……最後、小声で何か言ってたような気がしたけど……。
「いや、何でもないさ」
……気のせいかな?
「とにかく、お前は今はその傷を癒すことにのみ意識を傾けることだ」
「あぁ、分かった」
「良い子だ」
七夜はそう言って小さく笑うと、そのまま外へと飛び出していった。
その背が視界から消えるのを見届けてから、俺はベッドから半身を出して窓を閉めた。
「……さて」
呟き、再び横になる。
何故だろう、話を聞いた限り、丸々3日間もずっと寝ていたにもかかわらず、まだ依然として眠気を覚えた。
やはり七夜の言った通り、俺のこの身体は、自身が感じているより重傷だということなのだろうか。
「……」
無意識の内に瞼が下りる。
それを境に、つい先ほどまではっきりとしていた意識が、急激に薄れていくのを感じた。
俺はそのまどろみに任せるがまま、深い眠りに落ちていった。

月夜 2010年07月04日 (日) 18時58分(69)
題名:真昼の月(第十一章)

「……」
屋敷を出て、深夜の街を歩くこと早数十分。
これといって何かが起こる訳でもなく、ただただ時間だけが過ぎ去ってゆく。
まぁ、宛てもなく歩いているだけだから、何も起きないのが当たり前と言えば当たり前なのだろうけど。
けれど、それはあくまでも世間一般的に日常と呼ばれている時限定の話。
今、この時ばかりは該当しない。
私の中で囁く直感が、そして何より兄さんのあの有り様が、この街を覆う異変の程を雄弁に物語っていた。
一体何があったのか、兄さんの身に何が起きたのか、私は何も知らない。
さっき、兄さんが目を覚ました時に聞いてもよかったのだけど、あの兄さんのことだ。
どうせ、私を巻き込みたくないとかなんとか言って、本当のことを話してくれるはずがないもの。
全く……これだけ私を不安にさせておいて、今更巻き込みたくないも何もあったものじゃないわ。
こんなに独り心細くさせられるくらいなら、いっそ騒ぎの渦中に放り込まれた方がどれほどマシだろう。
いつもヒヤヒヤさせられている私の身にもなって欲しいものね。
それに、3日間も昏睡し続けて、ようやく意識を取り戻したばかりの兄さんに、余計な負担をかけたくはない。
朝、傷だらけで屋敷の玄関口に倒れていた、余りに無惨な兄さんの姿が、今も瞼の裏に焼き付いている。
そして、それを思い出す度に、私の心が怒りを通り越した激しい憤怒に猛った。
絶対に許さない――と。
そんな思いを胸に、自然と全身から溢れ出す殺気を抑えることなく悠然と、それでも周囲に対する警戒を怠ることなく歩みを進めていた……その時だった。
「秋葉」
「えっ……?」
背後から唐突にかけられた声に、私は弾けたように振り返った。
そして、その視界に映し出された光景に――、

「っ!?」

――私は思わず目を見開いた。
目線の先にあったのは、そこに立っているはずのない……立っていてはいけない人物の姿だった。
「兄さん……どうして……」
私は、何を考えるよりもまず先にその名を口にしていた。
「それはこっちのセリフだよ。秋葉こそ、どうしてこんな夜遅くにこんな場所にいるんだ?」
「そ、それは……」
私は返事に困った。
理由はただ一つ。
兄さんをあんな目に合わせた奴に、兄さんの代わりに復讐してやる為だ。
だけど、こんなことを真っ向から兄さんに向かって言う訳にはいかない。
本気で怒られるに決まっている。
それが、苛立ちとか怒りからくるものならまだいい。
こっちにも、それ相応の言い分と反抗理由が生まれるからだ。
しかし、兄さんの場合のそれは、先に上げたような負の感情が起因とはなっていない。
ひとえに私のことを想っての言葉なのだ。
私のことを心配して、大切に思ってくれているからこそのそんな言葉を前にして、私に言い返せる事など何一つとありはしない。
「……」
結果、私には黙ってうつ向く以外に術はなかった。
「……秋葉」
近づいてくる足音と、私の名を呼ぶ優しい声。
すぐ眼前にて立ち止まった彼の姿に、私はゆっくりと目線を上げた。
目の前にある彼の柔和な顔。
眼鏡の向こう側に見える、深く澄んだ綺麗な黒眼。
思わず見とれてしまいそうになる、誰より愛しい人の姿。
「……ふふっ」
しかし、そんな光景を前に、私はついつい笑ってしまった。
「え?」
そんな私の突然の笑いに、不思議そうな眼差しでこちらを見つめる兄さん。
もしかして、まだ私が気付いていないとでも思っているのかしら?
ふふっ、全くバカな人ね。
「ど、どうしたんだ、秋葉……?」
「あら? まだ下手な芝居をお続けになるのかしら? それで上手く化けたつもり?」
「!?」

月夜 2010年07月04日 (日) 18時58分(70)
題名:真昼の月(第十二章)

刹那、兄さんの姿を偽った何者かの表情に、明らかな驚愕の色が宿った。
最後までバレないとでも思っていたのかしら?
この私をナメないで欲しいわね。
私は、この世界中どこの誰よりも、兄さんのことを一番良く知っているの。
いくら上手く兄さんを真似たところで、私を騙し切ろうなんて、無謀が服着て歩いてるようなものよ。
「……参ったな、どうして分かったんだ?」
「……今から死ぬ貴方に、話す必要があるかしら?」
冷たく突き放すように、私は極めて冷淡を意識して言い放った。
そして、その時には既に、奴はもうカゴの中の鳥同然だった。
「なっ!?」
不意に上がる、恐怖を孕んだ驚きの声。
今更気付いたところで、もう手遅れだ。
「ふふ……居心地は如何かしら?」
偽物の両手足を縛る無形無在の紅髪は、さながら私の意志が投影された冷たい鎖。
一度捕えたからには、決して逃がしはしない。
何もかも……それが存在したという事実さえ消えてしまうくらい、全てを奪い尽くしてあげるわ……!
「誰より……私がこの世界で誰よりも慕う彼を、貴方は侮辱した……」
私は低く暗い声音で呟きながら、対象を凝視することによって略奪の力を強めていく。
それは徐々に原型を失い、黒い霧となって空気中へと霧散していく。
「く……は……」
何て耳障りなうめき声だろう。
声まで似せている分、聞いているだけで気分が悪くなってくる。
だから、私は――

「……消えなさい!」

――その命を握り潰した。
躊躇いなどはなかった。
故に、潰れるまでにかかった時間はほんの一瞬。
断末魔の悲鳴を上げる間もなく、そいつはただの黒霧へと還り、空気に溶けて跡形もなく無に帰した。
「……大したことはありませんね」
私は誰に言うともなく、呆れ混じりに呟いた。
何という卑劣な手段を使うのだろう。
想い人の幻影で相手の油断を誘おうなんて、どこまでも卑怯極まりない。
もしそれが本当に好きな人だったなら……自分の全てを投げ売ってでも守りたい人だったなら、手にかけることはできないだろう。
細部に至るまで緻密な幻影は、もはや本人と何ら変わりはしない。
ならば、普通の人に幻と現の判断はできるのだろうか?
多分、できなくはないだろう。
でもきっと、それは予想の範疇を越えられないと思う。
きっと違う。
これは、きっとあの人じゃない。
多分、恐らく、きっと……どれも確率的なものでしかない。
99.99999……%は、どこまでいっても100%にはなりえないんだ。
かくいう私も、あれが兄さんでないという確信を抱けなければ、あんな手段に出ることはできなかっただろう。
遠目に見た時は判別がつかなかったけれど、近くに来たらすぐに分かった。
あの幻影には、一切の“熱”が無かった。
生きている者なら絶対に持っていなければならない体温。
それが、あいつには仄かにすら存在していなかった。
だから、私はアレを消すことが出来たんだ。
その判断ができた私は、幸運だったと言えるだろう。
「……」
再び、夜の街を徘徊するように足を進める。
面は冷静を保ちながら、その実内心奥深くに烈々たる激情を秘めて。
……私の背に声が掛けられたのは、またしてもそんな折りだった。
「おーい! 秋葉ー!」
「……」
先ほどと同様、聞き慣れた声が私に振りかかる。
だが、今回は驚きもなければ動揺もありはしない。
あるのは、今にも爆発しそうな激しい怒りの感情だけだ。
また?
そんなに私を怒らせたいの?
……良い度胸ね。
お望み通り、何もかも全部奪い尽くして上げるわ!
私は、殺意をむき出しに自らの背後を振り返った。
しかし、その瞳に映し出されたのは、当初私が想像していた光景ではなかった。
「……え?」
思わず上がる間の抜けた声。
視線の先にあるのは、重そうに身体を引きずる痛々しいあの人の姿。
嘘偽りのない、本物の……。
そんなバカな……。
ここに、あの人がいるはずが……。
「……兄さん?」
そう思いながらも、私の口は無意識の内に彼の名を呼んでいた。

月夜 2010年07月04日 (日) 18時59分(71)
題名:真昼の月(第十三章)

「……参ったね。どうも」
溜め息混じりに、七夜は小さく呟いた。
どことなく弱々しいその声は、ほとんど反響することなく、肌寒い夜の空気中に溶けて消える。
後頭部に回された腕と、苦笑いを浮かべる口元が、彼の困惑の程を雄弁に物語っていた。
そんな彼の見つめる先には、髪を紅に染めた己が妹の姿が。
そのすぐ傍らでは、つい先ほどまで志貴の姿を偽っていた幻影が、今まさに黒霧となって無に帰していくところだった。
「……大したことはありませんね」
吐き捨てるようにそう呟き、秋葉は再び前方へと歩みを進めた。
未だ鮮烈な真紅に彩られたままのその髪が、彼女の怒りのたけを目に見える形で表している。
「……はぁ」
再度溢れる深い溜め息。

あいつのことだ。
何らかの手段で、あれが幻影ということに確信を抱いたからこその行動だったのだろうが……いやはや、まさかあそこまでやるとは……。
情け容赦は疎か、微塵の躊躇いすら見せることなく、志貴の姿をした幻影から何もかもを奪い尽くしやがった。
あんなにピリピリした殺気を放ってるんじゃ、止めようにも迂濶には近づけないな。
さて……どうしたものか。

顔をしかめながら、頭を抱えて思考を巡らせる七夜。
いかにして、安全且つ確実に秋葉を説得するか。
……ダメだ。
そんな手法はどこにもない。
だからといって、何も案がないという訳じゃない。
あるにはあるのだが、あまり実行したくないのだ。
理由は、上記したような確実性が保証されていないから。
……まぁ、その何よりの理由は、可能な限り避けたいからという七夜の個人的理由なのだが。
しかし、現段階ではそれしか手段ないことくらい、他ならぬ彼自身が一番良く分かっている。
「……やるしかない……か」
七夜は肩を落としながらそう呟くと、屋根の上から身軽に飛び下りた。
秋葉から見て一つ手前の曲がり角に身を隠し、ジャンパーのポケットから眼鏡を取り出す。
「人真似は余り得意じゃないんだがな……」
そうぼやきながら眼鏡をかける七夜。
後はこの鋭い目つきさえ直してしまえば、柔和で温厚な遠野志貴の完成だ。
「あ〜……ゴホン」
喉仏を手で擦りながら、何度か軽く咳払いをする。
元来二人は同一人物。
故に本来の声質も一緒なのだから、真似ることは容易い。
ただ、普段そんな話し方をしていないから、意識して声色を変えなければいけないだけだ。
「……よし。やるか」
自らに言い聞かせるように呟くと、七夜は一度だけ深く深呼吸をし、
「おーい! 秋葉ー!」
彼女の耳に届くよう、大きな声でその名を呼んだ。
「……」
その場に立ち止まる秋葉。
と同時に、彼女の灼髪がユラリとなびいた。
つい先ほどのことだ。
警戒しない方がおかしい。
隠しきれない……いや、最初から隠すつもりすらないほどの殺意の奔流が、より一層その流速を増す。

ほぅ。
なかなかやるもんだな。

そんな彼女の殺気を感じながら、七夜は心の中で感嘆混じりに呟いた。

この俺の背筋に寒気を走らせるとは……なかなか心地よい殺気を放つものだ。
これなら、先の志貴との殺し合いに、勝るとも劣らない素晴らしい死闘ができそうだな。

口元に浮かぶ残虐な微笑。
本来の目的が徐々に薄らんでいくのを感じる。

あぁ……良いぞ、秋葉。
この前の志貴といい、お前といい、こんなにも壮烈な殺気を向けてくれる相手がいるのなら、この現の世もまだまだ捨てたものじゃないな。

その微笑みは、先ほどの残酷さを残したまま、ある種の光惚さを孕みはじめる。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時00分(72)
題名:真昼の月(第十四章)

無意識の内に懐へ滑り込んだ手は、既に短刀の柄を握っていた。

さぁ、こちらを振り向いてくれ、秋葉。
その灼熱の如き凍てつく殺気で、この俺を略奪してみせろ……!

七夜の方へと秋葉が身を翻す。
それを待って、大地を踏みしめる足に力を込めようとした……
「……え?」
……が、それが行動に移されることはなかった。
こちらを振り返るのと同じくして、秋葉の面に浮かんだ驚愕の表情。
「……兄さん?」
消え入るような弱々しい声が、夜の静寂をにわかに切り裂く。
急速に薄れてゆく殺気を体言するかのように、彼女の鮮やかな灼髪は、濃厚で艶やかな黒髪へと戻っていた。

――……ちっ。

七夜は内心密かに苦々しく舌打ちをすると、短刀の柄を掴んでいた手を離した。
何も持たず、懐から手を引き抜く。

まぁ、結果としてはこれで良かったのだろうが……何とも言えず興冷めだな。

安堵と落胆という異なる感情を胸に、七夜は複雑な表情で小さく笑みを溢した。
「本当に……兄さんですか?」
瞳を大きく見開いたまま、秋葉がおぼろ気な口調で問いかける。
「え? どういうことだ?」
そんな彼女に対して、七夜は眉をひそめながら首を傾げてみせた。
無論、その問いが何を示しているかなど承知の上だ。
今の彼は、七夜志貴ではなく遠野志貴。
化けの皮を剥がされてしまわぬよう、ほんの僅かなボロも見せられない。
「あ、いえ、何でもありません……そ、そんなことより、どうして兄さんがこんなところにいるのです!?」
「それはこっちのセリフだよ。秋葉こそ、こんな真夜中に何で出歩いてるんだ?」
「わ、私は……その……少し夜風にあたりたくなって……」
秋葉がごにょごにょと口ごもりながら答える。
彼女にしては珍しく、随分と苦しい言い訳だ。
「に、兄さんこそ、何でこんなところにいるのです!? 自分の身体が今どんな状態かなんて、兄さんが一番良く分かっているはずでしょう!」
「あぁ、もちろん。だからここにいるんだよ。3日も寝てれば大概の傷は治るって」
「だからって、動いて良い体という訳ではないでしょう!? 怪我人は安静にしていて下さい!」
「その予定だったさ。喉が渇いて下に下りた時、何故か靴が一組減っている玄関に気付かなかったらね」
「う……」
秋葉が返す言葉に詰まる。
「心配かけないでくれって言った本人が、周りに心配をかけちゃダメだろう。さ、もう帰ろう」
できる限り柔和な口調を心がけながら、七夜は彼女に向かって手を差し出した。
当然、その手を握り返してくれるものと思っていた。
「……」
しかし、彼女が自ら手を伸ばすことはなく、ただ黙してうつ向くのみだった。
「どうした? 秋葉」
「……です……」
不意に、その唇の隙間から漏れた、吐息で擦れた小さな呟き。
「え?」
「イヤです!!」
上手く聞き取れず、思わず問い返した七夜に向かって、秋葉は大声で叫んだ。
行き場のない哀しみに満ちた悲鳴が、夜の静謐な空気を鋭く引き裂く。
「秋葉……?」
「私は戻りません! 兄さんをこんな目に合わせた犯人を突き止めるまで、絶対に!」
うつ向いていた顔を持ち上げ、七夜の目を正面から直視する。
その瞳に宿る輝きだけで、言葉を用いずともその意志の強さが伝わった。
「もう……イヤなんです。私の知らないところで何かが起きて、いつもその渦中には兄さんがいて、闘って傷付いて……そんな兄さんの一番近くにいながら、何もできずにただ見ているだけなんていうのは、もう……」
顔を横に背けて、弱々しく言葉を紡ぐ。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時00分(73)
題名:真昼の月(第十五章)

その瞳から透明な雫となって流れ落ちる涙は、果たして兄の身を案じての悲しみ故か、それとも己の無力に対する怒り故か。
「……」
今度は、七夜が口ごもる番だった。
まさか、いつも冷静な秋葉が、これほどまでに取り乱すとは、今この時になるまで思いもしなかった。

――……しかし、よくよく考えてみれば、これは当然の反応と言えるかもしれないな。

心の中で呟きながら、七夜は遠野志貴の記憶を思い返していた。
そう。
彼は知っている。
彼女が、過去にこのように普段の己を忘れた時、その心の中心に誰がいたのかを。
その涙が、一体誰を想ってのものだったのかを。
……だが、
「……秋葉」
だからこそ、秋葉をこのまま放っておく訳にはいかなかった。
「お前の気持ちは分かったよ。痛いくらいにな。……だけど、このまま行かせる訳にはいかない」
七夜は静かな口調で、だがはっきりとそう告げた。
「確かにお前の言う通り、俺は今まで散々皆に心配をかけてきたと思う。そのことについて、俺に弁解の余地はない」
「兄さん……」
「けどな、秋葉。今、お前がしようとしていることは、俺がやったことと同じだ。いや、俺を目の前にしながらもまだ強行しようとしている分、お前の方が質が悪い」
「で、ですが……」
「なら聞くが、もしお前が今の俺と同じ立場にあったら、お前は俺を素直に行かせるのか?」
「それは……」
その言葉を最後に、二人の間から会話が消える。
うつ向いたまま動かない秋葉と、そんな彼女を黙って見つめる七夜。
俄かに訪れる、一種独特の重い沈黙の刻。
「……兄さん」
それを破ったのは、秋葉の方だった。
顔を持ち上げ、七夜の見つめる瞳を真っ直ぐに見返す。
……そして、
「私は帰りません」
彼女はそう告げた。
「なっ……!」
七夜の口から漏れる驚愕の声。
思いもよらない反応だった。
「お前、俺の話を聞いて……」
「えぇ! もちろん聞いてました! 兄さんの言っていることは、何もかも全部正しいです!」
「だったら……」
「でも、イヤなんです! 兄さんが傷付いているのに、何もできない私なんかイヤ! このまま放っておいたら、兄さんは絶対にまた行ってしまう! 自分のことなんて何も考えずに! 私の気持ちなんて、これっぽっちも気に止めずに! 兄さんが夜中外出しているのを知っていながら、家で待っているだけの私の気持ちなんて、兄さんは知らないでしょうね! 兄さんが出て行っている間、眠ることもできずに一人布団の中で震えている時、どんなに不安で心細いか! そのままもう帰ってこない気がして、いつも私がどれほど心配しているか! いつも、いつも……!」
流れ落ちる涙を拭くこともせず、ずっと心の奥深くに抑え込んできた想いの全てを、その怒号の勢いと共に吐き出す秋葉。
本当に好きだから。
上辺だけの薄っぺらい好きではない、無意識の内に心の底から沸き上がる、純粋で透き通った美しいまでの愛情。
それが源となり巻き起こる慈愛の念をぶつけられて、七夜は何もできなかった。
「秋葉……」
かけるべき言葉を失い、伸ばした手で彼女の肩にそっと触れる。
「離して下さい!」
その手を振り払い、秋葉は七夜に背を向けた。
「兄さんは先に帰っていて下さい。私は、今夜は帰りませんから」
先ほどまでの感情的な声とは打って変わって、淡々とした口調でそう一方的に告げると、そのまま七夜と反対の方向に足を進め始めた。
「……」
そんな彼女の後ろ姿を見つめながら、ただその場に立ち尽くすのみの七夜。
心に芽生えるこれからの行動に対する迷い。
その間も、躊躇いなく歩み行く秋葉の背は遠のいていくばかり。
そして、暫しの俊巡の後、

――仕方ない……か。

七夜の体が動いた。

――ドスッ。

「うっ!?」
肉を打つ鈍い殴打の音と、次いで上がる短い悲鳴。
「兄……さん……」
力無く崩れ落ちる秋葉の体を、七夜が両腕で抱き抱えるようにして支える。
「……悪いな、秋葉。だが、やはりお前を行かせる訳にはいかない」
囁くように、腕の中で気を失う秋葉に語りかける。
七夜の耳元を、心地よい微かな音色のみを残して、涼しげな夜風が吹き抜けた。
その腕にて眠る彼女の艶やかな黒髪を宙に遊ばせ、そのまま街路を通り過ぎてゆく。
空き缶の転がる甲高い音が、まだ眠りの最中にある夜の街に、虚しくも大きく響き渡った。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時01分(74)
題名:真昼の月(第十六章)

「……っ!」
何の前ぶれもなく、私は弾けたように跳ね起きた。
勢い任せに吹き飛ばされた布団が、その半身をベッドからはみ出す。
「はぁ……はぁ……」
息を乱しながら、私は周囲を見渡した。
見慣れた本棚に見慣れた机、見慣れたクローゼットに見慣れた天井……なんのことはない、いつも通りの私の部屋だ。
なのに、何故だろう?
妙に鼓動が高鳴っている。
息苦しさを伴った激しい動悸に、体が、心が悲鳴を上げている。
心なしか、何だか熱っぽい気がしなくもない。
……風邪でも引いたかな?
そう思い、何気なく手の平を額に押し当ててみる。
「えっ?」
同時に感じた違和感に、思わず声が上がる。
手の平を見てみれば、その全面が汗でぐっしょりと濡れていた。
その時、私は初めて気付いた。
未だかつてないほどの、異常な発汗量に。
「どうして……?」
昨晩は、そんな熱帯夜ではなかったはずなのだけれど。
それに、いくら暑かったとしても、この汗の量はただ事じゃない。
「……兄さん?」
何故だかは分からない。
けれど、自然と私の唇は、その言葉を口にしていた。
心に重くのしかかる不安。
最初は小さかったそれは、時を経るごとに著しく巨大化してゆく。
「兄さん……!」
次の瞬間、私の足は床を踏みしめていた。
乱れたシーツも布団もそのままに、着替えることすら忘れて、私は部屋を飛び出した。
勢いよく開け放たれた扉が、180度回って反対側の壁に激突する。
「秋葉様? 一体どうなされました……」
途中、翡翠とすれ違ったが、相手をしている暇などない。
不思議そうにこちらの背を見ているであろう彼女の視線を振りきり、全速力で廊下を駆ける。
そして、目的地にたどり着くや否や、私は目の前の扉を思いきり引き開いた。
バンッという鈍い音が、眠りから覚めたばかりの屋敷にうるさく響いたが、そんなことは気にしない。
「兄さん!!」
部屋に飛び込み、私は叫びにも似た声でその名を呼んだ。
「ん?」
そして返ってきたのは、そんな私の慌てた声色とは対照的に、あまりにのほほんとした声。
「どうしたんだ? 秋葉」
目元を擦りながら、兄さんが眠たそうに問いかけてくる。
結論、そこには、いつもと何ら変わらぬ兄さんの姿があった。
まだ寝起きで間もないのか、眼鏡の奥に見える瞳は、少しだけ赤く充血していた。
「……」
扉を開いた時の体勢のまま、その場に硬直する私。
途端、心に芽生えるこの感情は何だろう?
安堵を含んだ脱力感……とでも表現したらいいのだろうか。
何だか肩透かしを食らったみたいで、何も考える気にならなくなってしまった。
「……秋葉?」
「えっ?」
不意にかけられた兄さんの声に、私の瞳が焦点を取り戻す。
鮮明さが舞い戻った視界に最初に映り込んだのは、眼鏡をかけ直しながらこちらを見つめる、兄さんの怪訝そうな表情。
どうやら、先ほど私を襲った不安は、虫の知らせでもなんでもない、ただの杞憂だったようだ。
しかし、何でこの人はいつもこうなんだろう。
私の気持ちばかり掻き乱して、自分は何事もなかったかのようにそこに居るだけ。
きっと、私が今どんなことを思っているかなんて、てんで分かってないに決まってる。
貴方が、夜帰りが遅いだけで、私がどんなに心配しているか。
貴方が、他の女性と肩を並べて歩いているだけで、私がどんなに胸を締め付けられるような思いでいるか。
そうよ。
私が不安になったり、心細くなったりするのは、何もかも全部兄さんのせいなんだから。
鈍感にも程がある。
少しは、私の気持ちにも気付いて欲しいものね。
そう考えると、急に私の胸の内からある感情が込み上がってくるのが分かった。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時02分(75)
題名:真昼の月(第十七章)

それは、呆れ混じりのやるせない怒りだ。
「大丈夫か? 何だかボーッとしてたみたいだけど」
「……兄さんには関係ありません!」
自分で意識することもなく、私は兄さんに向かって大声を上げていた。
分かってる。
自分でも、これが理不尽な怒りだということくらい分かってはいる。
けれど、理由が理不尽であればあるほどに、それはより一層の怒りへと還元され続けるかのようだった。
「兄さんが何処へ行こうと何をしようと、私には関係ありませんから! えぇ、あの無礼極まりない非常識なアーパー吸血姫とか、どこの馬の骨とも知らないカレー魔人と兄さんが何をしようと、私には全っ然関係ありません!」
「……あ、秋葉?」
兄さんの表情が訝しげなものから驚愕へと変化する。
無理もない。
何の前ぶれもなく、いきなり目の前で妹がブチギレたのだ。
驚かない方がおかしいというものだろう。
だが、もうここまで言ってしまったのだ。
とうに理性のリミッターなど、頭の片隅どころか、脳内から完全に消し飛んでいる。
「兄さんは彼女達と楽しくやっていればいいんです! どうぞ、口うるさいだけで可愛げのない妹のことなんてお気になさらずにっ!」
そう一方的に叫び散らして話を切った後、私は踵を返して部屋を後にした。

――バァンッ!

渾身の力でもって八つ当たりされた扉が、開いた時の数倍はあろうかという大音響となって、屋敷内を盛大に揺るがす。
そのまま、一度も後ろを振り返ることなく、私は廊下を踏み鳴らすようにして部屋の方へと歩みを戻した。
「あらあら? 秋葉様、どうなされましたか〜?」
底抜けに明るい、今は耳障りでしかない脳天気な声。
私は今機嫌が悪いの。
残念だけど、貴女の相手をしていられる状態じゃないの。
っていうか、貴女、私が怒ってるの分かってて話しかけてるでしょう?
少しは場の空気を読むということを覚えなさい。
「……」
そんな思いを胸に抱きながら、私はすれ違いざまに彼女を思いっきり睨みつけてやった。
視線だけで殺すと言わんばかりに。
「きゃ〜、怖い怖い♪」
そんな私の眼差しに臆することなく、最後まで脳天気な態度を崩さないで、彼女は逃げるように視界から消えていった。
全く……もう少しおしとやかに振る舞って欲しいものね。
相手をするだけで疲れてくるわ。
「ふぅ……」
私は大袈裟に溜め息を溢すと、進む足をを止めることなくそのまま自室へと足を戻す。
「……」
そんな私の口元には、知らず知らずの内に、柔らかな微笑みが戻っていた。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時02分(76)
題名:真昼の月(第十八章)

――バァンッ!

扉の叩き閉められる音が、部屋全体に大きく響き渡る。
こだますように大気を揺るがすそれは、さながら大砲の砲撃を思わせるような轟音と言えた。
そんな中、その部屋の主はというと、妹の消えていった方を見つめながら、ただただベッドの上で呆気に取られていた。
目線は扉を向いているものの、焦点がまるで合っていない。
しかし、その驚愕の表情は、すぐに哀しげな憂いの色へと変わった。
「……本当に忘れさせたんだな」
志貴はうつ向きがちに、小声でポツリと呟いた。
その面と同様、声にもどこか悲哀の響きが漂っていた。
「あぁ、その方が良いと俺が判断したからな。シオンに頼んで消してもらったよ」
返事が返ってきたのは、天井からだった。
板で遮られたままなためか、その声色はくぐもっていつもより幾分低く聞こえた。
「そうか……」
目線を伏せたまま、志貴は瞳を閉じた。

これで……良かったんだろうか?

暗転した視界の中、己自身に問いかける。
これでは、彼女の気持ちを裏切ったも同然なのではないか。
忘却という手段を用いて、真実をひた隠しにすることは、果たして本当に彼女のためなのだろうか……と。
答えは出ない。
元から、ただ一つの完全な解答など、その問いには用意されていないのだから。
けれど、結論は出ていた。
志貴が自らを納得させるために作り出した、彼にとっての答え。
「……仕方ないよな」
志貴は小声でそう呟くと、うつ向いていた顔を持ち上げた。
そう、仕方ないんだ。
やっぱり秋葉を巻き込む訳にはいかない。
いくら俺を思うが故の行動だったとしても……いや、だからこそ、俺のせいで彼女に危険が及ぶようなこと、絶対にあってはならない。
秋葉は、俺の大切な妹なのだから。

――コンコン。

不意に叩かれる扉のノックの音。
「志貴、ちょっといいですか?」
「シオン? あぁ、別に構わないよ」
その向こう側から聞こえてくる耳慣れた声に、志貴は簡単な言葉で入室を促した。
「失礼します」
開かれた扉の奥から姿を現したのは、普段と何ら変わらぬ出立ちをしたシオンだった。
また徹夜で調べ物でもしていたのだろうか。
目元にうっすらと浮かぶクマと、少し充血気味な瞳が、彼女の睡眠不足の様を雄弁に物語っていた。
その調べ物も確かに大事なのだろうが、もっと自分の体のことにも気を遣って欲しいものだと、志貴は常々心の中で思っていた。
口にできないでいるのは、そのようなことを言ったところで、彼女にはまるで効果がないことを理解しているからに他ならない。
「志貴、今彼はいますか?」
「あぁ、あいつなら……」
そう言いながら、志貴は天井を見上げた。
「何か用か?」
「えぇ、少し話があります。私の部屋まで来てもらえますか?」
「分かった」
そんな簡潔なやり取りの後、天井を形成していた板の一部が取り外された。
見通せるようになった屋根裏から、黒い影が身軽に飛び下りる。
音一つ立てることなく床に降り立つ七夜。
その目つきこそいつも同様に無愛想だったが、瞳に宿る光に、志貴は何か妙な違和感を感じた。
上手く表現できないが、いつもとは何かが違う。
空気……だろうか?
真剣さを通り越して、どこか切迫とした深刻ささえ感じられた。
「シオン、七夜と二人で話って、一体何の話なんだ?」
心細さにも似た不安に駆られ、志貴は部屋を出ようとしているシオンの背に問いかけた。
「……」
立ち止まり、黙したままうつ向くシオン。
その背中に、志貴は言いしれないある種の不気味さを覚えた。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時03分(77)
題名:真昼の月(第十九章)

その時、先ほど彼の中に芽生えた薄い靄のような不安が、巨大な暗雲となって確固たる恐怖の形を成した。
「この事件のこと……なのか?」
弱々しい声で呟く。
予想は既に確信へと変わっていた。
「……」
後ろを振り返ることなく、視線を地へ伏せたまま、固く拳を握りしめるシオン。
その表面にくっきりと浮かんだ血管が、彼女の思いの内と、その話とやらの概要を言外に表していた。
「そうなんだな……教えてくれ! シオン! 何が分かったんだ!」
「落ち着け、志貴」
激しい口調で問い詰める志貴を、七夜が冷静にいなめる。
「これが落ち着いていられるか! 俺のせいでアルクェイドが、先輩が傷付いて、挙げ句の果てには秋葉まで……! これ以上黙って見てはいられない! 俺も……」
「……落ち着けと言っている!」
「っ!?」
今までにない七夜の大声に、志貴は思わず息を呑んだ。
「志貴。シオンが何故お前の前で話をしないか、分からないか?」
「そ、そりゃあ、シオンのことだから、俺を危険に巻き込みたくないから……」
「いいや、違うな」
戸惑いつつも言葉を返した志貴に、七夜は呆れたように首を振った。
「自惚れるなよ。誰も彼もが、お前の身ばかりを案じていると思うな」
七夜が冷淡な口調で吐き捨てる。
「教えてやろう、志貴。お前に話を聞かせない理由は、今のお前が使い物にならないからだ」
「なっ……」
「いざ戦闘となった時、今のお前に何ができる? 満身に傷を負ったそのような身体では、足手まといにしかなるまい」
「そ、それは……」
志貴が返す言葉に詰まる。
七夜の言うことはもっともだった。
今の志貴に、闘うだけの力はない。
戦闘時、彼にできることなど何一つとありはしない。
そんなことは、言われずとも志貴自身が一番良く分かっていた。
……だが、そう頭で分かってはいても、それで“はい、そうですか”と納得できるような彼ではない。
「だけど……」
「……」
尚も食い下がろうとする志貴を、七夜が見下げるような眼差しで軽く一瞥する。
そして、呟いた。
「……目の前で死なれると、迷惑なんだよ」

――っ!?

途端、志貴の身体が硬直する。
大きく見開かれたその瞳に映し出されるのは、こちらを真っ直ぐに見つめる七夜の姿。
「……」
その冷ややかな眼差しに、言葉が出ない。
小さく震える唇は、何とかして次の言葉を紡ごうとするが、出るのは擦れた吐息だけ。
「……分かったか? なら、役立たずは黙って寝ていろ。行くぞ、シオン」
そう言い残し、部屋を後にする七夜。
「……志貴」
彼の名を呼ぶシオンの声。
「……」
だが、それも今の彼には届かなかった。
顔を伏せたまま、沈黙し続けているだけ。
布団を握る手に力が込もり、その握力下にある部分だけにシワが寄る。
「志貴、私は……」
そんな志貴の姿に、シオンは言葉をかけようとして、
「……」
それを喉の奥にぐっと呑み込んだ。

――すみません、志貴……。

心の中で謝罪を述べ、ベッドの上の彼に背を向ける。
後ろ髪を引かれるようなやりきれない思いを振りきり、シオンは静かに部屋を後にした。
バタンという扉の閉まる音を最後に、室内から音という音が消え去る。
「……」
そんな無音の空間の中、志貴はただ黙って布団を握りしめるだけだった。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時04分(78)
題名:真昼の月(第二十章)

「七夜! さっきは何故あんなことを……!」
扉を閉めるなり、シオンは声量を抑えた怒りを七夜へと向けた。
「そう猛るな。あいつのことだ。ああでも言わなければ、どんな無理をしてでもついてきていただろう」
そんなシオンの怒声の矛先を、七夜は無表情なまま軽い口調で受け流した。
懐から伊達眼鏡を取り出し、今となってはもう慣れた手つきでそれをかける。
「だからって、あのような言い方をしなくても……」
「なら、お前ならどうやってあいつを説得したというのだ?」
「そ、それは……」
シオンは思わず口ごもった。
確かに、彼の言っていることはもっともだ。
志貴の性格から察するに、彼の身体が心配だからなどという月並みな理由では、説き伏せることなど到底できはしなかっただろう。
「……」
結論、シオンは言い返すことを諦めた。
代わりの案を持たぬ反対は、ただ相手を否定するだけで何も生み出さない、自己中心的なわがままでしかない。
そして、シオンの脳裏に、七夜のそれに代わる良案は思い浮かばなかった。
「……さぁ、この話はもう終わりだ。次はお前の用件とやらを聞こうか」
「……分かりました。その前に、こんなところで立ち話も何ですので、私の部屋へ行きましょう」
「分かった」
胸の内にやりきれない靄のような思いを抱きながら、シオンは己の自室へと足を向けた。
彼女に先導されて、七夜もその後ろを一定の間隔を空けて歩んで行く。
シオンは一言も言葉を発しない。
そんな彼女の内心を察してか否か、七夜も自ら話を振ろうとはしない。
結局、部屋へとたどり着くまでの間、二人は会話を交わすことはなかった。

――キイィ。

扉の軋む嫌な音が、二人の間に漂っていた沈黙を破る。
「どうぞ」
「あぁ」
促されるがままに、七夜は部屋の中へと足を踏み入れた。
「……へぇ」
その視界に映し出された光景を見て、七夜は感嘆の呟きを漏らした。

――なるほど。話というのはこれのことか。

それと同時に、シオンの語らんとしていた話が何かを理解する。
「致命傷とも言える程の傷を負って、死なないどころか、こんな短期間で意識を取り戻すとはな……さすがは埋葬機関第七位の代行者といったところか」
遅れて聞こえてきた扉の閉まる音を背に、七夜は部屋の隅、ベッドの上に体を起こしたまま、焦点の合っていないぼんやりと眼差しで虚空を見つめるシエルの元へと歩み寄った。
「……遠野……君?」
生気の抜けた瞳のままで、七夜の方を振り返るシエル。
「……」
その無機物のような冷たい眼に見つめられて、七夜は無言のままだった。
魂の宿らぬ眼差しは、ただひたすらに冷たく……いや、温度そのものがなかった。
そのような死んだ眼に見つめられているというだけで、彼にとっては不愉快この上なかった。
「あぁ。俺はお前の知っている志貴じゃない。退魔一族七夜の血統を継いだ殺人鬼、七夜志貴だ」
七夜はさして表情を変えることなく、事も無げにそう告げた。
だが、その心の内に秘められた嫌悪感の全てを抑止することはできず、放たれる言葉の節々には暗い響きが湛えられていた。
「七夜……志貴……」
表情に微かな曇りと動揺を浮かべつつも、未だに己を取り戻せていない夢現な声音で、シエルは途切れ途切れにその名を口にした。
その脳裏に描き出されているのは、約一週間前の出来事。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時04分(79)
題名:真昼の月(第二十一章)

だが、その日以来眠り続けていた彼女にとって、それは何よりも新しい情報だった。

あの時、あの夜の闇の中、私の前に佇んでいたのは、間違いなく遠野君だった。
眼鏡の奥に覗ける、どことなく小動物を連想させるような丸い瞳も、柔和で優しい、聞く人の心を静めてくれる温かい声も、その口調も、どこを取っても彼でしかありえなかった。
……けれど、

――埋葬機関第七位の代行者……吸血鬼狩りを専門とするハンター……そんな人外な女、まともな人間が好きになる訳がないだろう。

あの時放たれた残酷な言葉の数々が、耳孔内で未だに反響しているような感じだ。
この身に深々と突き刺さった白刃より、胸を刺す言葉の刃の方が、断然痛かった。
辛かった。
信じたくなかった。
だから、一瞬思考が逃避しようとする。
あれは本物の遠野君ではなかったんじゃないか……と。
その可能性は高いと思う。
あんなに温厚で優しく、心の底からお人好しな彼が、突然あんなにも酷いことを言うとは、にわかには考えられない。
これは、私自身の希望的観測を除いたとしても、確率的にはかなり高い。
だから、あそこに居たのは、きっと遠野君の偽物なんだ。
……そう、頭では理解している。
けれど、無理だった。
もう、体が動かない。
どれほど私の意志が動けと命令しても、それに私の体は応えてくれなかった。
何か……よくは分からないけれど、私の心を支えていたとても大切な何かが、根本からポッキリと音を立てて折れてしまったみたいだ。
気だるい倦怠感が全身の神経を痺れさせる。
今の私には何も出来ないし、何に対しても抗えない。
己の自由意志の枠から外れてしまったこの体に、フッと自虐的な笑みを送った。
……だから、彼の問いかけに対しても、何も考えることなく答えてしまった。
「今回の騒動の首謀者、タタリの根源はどこにある?」
「……町外れの古ぼけた教会です……」
あっさりと口にしてしまってからしばらくして、自分で自分の行為に改めて驚く。
私は何をやってるの?
死徒の絡んだ事件において最前線に立つのは、代行者……つまり私以外に他ならない。
私自らの手で、この街にふりかかる災難の芽を未然に摘みとる。
それが、私がこの街で行わねばならない最大にして絶対の義務。
他の誰かにその詳細を語るなど、言語道断。
決して許されることではない。
だというのに、何故だろう?
私の心には、一欠片の後悔も罪悪感も芽生えなかった。
無風時の水面のように、ただひたすら静かで、さざ波はおろか微かな波紋一つと立つことはない。
そんな自分自身に自虐的な嫌悪感すら覚えないのは、私という存在が壊れているからなのだろう。
「分かった」
そんな私の自暴自棄とも取れる態度に、彼は何の感情も表すことなく頷いた。
それは、見る者に無感情という名の怒りを与えているかのよう。
そのまま私に背を向け、何も言わずに去ろうとする彼。
その後ろ姿を黙って見つめる私の視線を知ってか知らずか、彼は扉の手前で一度だけ足を止めると、ゆっくりとこちらを振り返った。
そして、静かに口を開く。
「府抜けた奴だな、お前」
冷たく突き放すような声。
だが、それはさっきの何の感情も込もっていない、冷淡な声音ではなかった。
上手くは言えないが、何と言うか……気恥ずかしさを隠したくて、わざと感情の裏返しの言葉を口にしているみたいだ。
そんな他愛もないことを考えていた、その矢先だった。
「……それでも俺の――」

――えっ?

心の中で問い返す。
良く……聞こえなかった。
いや、その言葉の意味するところが理解できなかった、と言うべきか。
今……彼はなんと言ったのだろう?
「……行くぞ、シオン」
「……え? あ、はい……」
私に問いを許さないタイミングで、彼はシオンを引き連れるようにして部屋を後にした。
「……」
“それでも俺の――”
焦点の合わぬ瞳で、その去った跡を見つめたまま、私は脳内で先ほどの言葉を何度となく繰り返していた。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時05分(80)
題名:真昼の月(第二十二章)

「……? どうしました、七夜」
不意に立ち止まった七夜に向けて、私は怪訝を露わに声をかける。
「……いや、なんでもない」
しばらくの間、来た方を振り返った後、微かな笑みをこぼしながら前方へと向き直った。

――?

その視線の見つめる先へと目を向けてみる。
……が、特に何かが見つかることもなく、私は首を捻りながらも進行方向へと目線を向き直した。

――それにしても、まさか彼があんなことを口にするとは……。

彼の背を見つめながら、つい先ほど、私の部屋で起きた出来事を回想する。
そして、その行動パターンを、あの場面に置かれた際の志貴の取ったであろうそれと重ね合わせてみる。
……そして、出される結論に、私は苦渋を呑む。
二人は、確実に似てきていた。
行動そのものを比べるだけなら、二人のそれは明らかに違うと言えるだろう。
志貴は、どんな理由があろうと、相手を見下したり冷たくあしらったりはしない。
それが、相手を思うが故の感情の裏返しだったとしても。
だが、いくら言ったところで、それは表面上だけのこと。
その根源にある感情は、確実に同じなのだ。
本来在るべき彼ならば、彼女に対してあんな言葉をかけはしなかっただろう。
それどころか、彼女を助けることすらしなかったはずだ。
そういう点でやはり、志貴と七夜は近づきつつあると断定できた。
加速度を増し、私の心を蝕む濃暗色の黒い陰。
辿る結末の具体的なビジョンを想像する度に、それはより一層濃度を増していった。
しかし、まだ時間はある。
二人が完全に相同の存在となるためには、まだ一つ、絶対的な防壁とも言うべき障害が残っていた。
志貴の目が持つ人外の能力“直視の魔眼”
もし、彼らが世界に否定される時が来たとしたなら、七夜にも何らかの異変が見られるはず。
だが、見たところ、まだ七夜に死の線が視えている様子はないし、多分その兆しにも未だ至らずといったところだろう。
その間は、若干にしろ余裕があるということだ。
けれど、それは言い換えるなら、七夜の目が死を認識したときには、もはや一刻の猶予もないという、言わば死の宣告でもあるということ。
今の内に……いや、今すぐにでもその根源を絶たねば……。
ふと目線を上げる。
思考という行為に耽っていたからだろうか。
気付いた時には、既に玄関のすぐ手前まで来ていた。
七夜の後について靴を履き、軽く床を叩いて履き心地を整える。
厳かな扉が押し開かれ、その隙間から昼前の眩い陽光が差し込む。
「あら? どこかへお出かけですか?」
背面側からかけられた声に、その方を振り返った。
そこに立っていたのは、茶色の割烹着の上からエプロンをかけた、いつもの出立ちの琥珀だった。
「えぇ……少し用……散歩がしたくなったので」
私は言葉を選びながら返事をした。
こういうところでは鋭い彼女のことだ。
所詮無駄なあがきなのかもしれないが、できることならこの事件に琥珀を巻き込みたくはない。
知られずに済むのならそれが一番だ。
「わかりました。お昼はどうしますか? 屋敷で食べます? それとも、外でお済ませになります?」
「……えぇっと……」
「ごめん。今日は外で食べてくるよ」
返す言葉に詰まった私の代わりに、志貴に扮した七夜が、柔らかい口調で答える。
「かしこまりました。……くれぐれも気をつけてくださいませ」
いつになく不安げな表情を浮かべ、恭しく頭を下げる琥珀。
「……分かってるよ」
「……えぇ」
応えながら、心の中で思わず苦笑い。
やはり、彼女に何もかも隠し通すなんてこと、到底無理なようだ。
「ではでは、行ってらっしゃいませ〜♪」
最後には、明るく微笑んだいつもの琥珀に見送られ、私たちは屋敷を後にした。
さんさんと降り注ぐ陽光に目を細める。
……そういえば、今宵は朔の夜だ。
そんなことを思いながら見上げる朝の青空は、明るいのが当然のはずなのに、何だか無性に場違いに感じられた。
間違って目覚めた明日の空には、真昼の月が皓々と輝いていた。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時06分(81)
題名:真昼の月(第二十三章)

「……」
廊下の曲がり角にて息を潜めることしばらく。
二人分の気配が遠のき、やがて消える。
時間にすると短かったが、体感的にはかなり長かった気がする。
ほんの数分が、軽く数十分以上は引き延ばされていた感じだ。

――……よし、気付かれてないな。

心の中でそう呟きながら、俺は廊下へと姿を現した。
あの二人がシオンの部屋から出てくるまでの会話は……悪いとは思ったが、扉の前で盗み聞きさせてもらった。
まぁ、足音が近づいてきた瞬間、慌てて身を隠したから、七夜が先輩に向かって放った最後の言葉は聞き取れなかったが。
それにしても、信じられない。
あのシエル先輩の、あんなにも頼りなく弱々しい声なんて、初めて聞いた。
いつもの強くて優しい先輩とは、あまりにもかけ離れていた。
一瞬、本当にあの声が先輩のものなのかと、本気で疑ってしまったくらいだ。
そして、そんな彼女の声は、俺の胸を強く締め付けた。
先輩をこんなにも深く傷付けたのは、俺なんだ。
姿形だけの偽られた存在とはいえ、あの時の彼女にとって、あれは確かに俺だったのだ。
そう考えると、そこはかとない罪悪感が、心の奥底から込み上がってきた。
何もしていないのに、止まることを知らずに溢れる罪の意識。
ドロドロとした重油の中に浸かっているような、気味の悪さと重圧がまとわりついているみたいだ。
扉の前に立つ。
そのノブに手を伸ばして――

「……」

――止める。
中空にて停止した手が、掴むべき対象を見失ってさ迷う。
そのまま、しばらく伸ばしては引くという躊躇を繰り返した後、俺はゆっくりと手を引いた。
もう伸ばさないという決意を自らに示すため、戻した手をポケットに突っ込む。
回れ右をして、扉の前から立ち去る。
今、先輩に会ったとして、俺に何ができる?
心身共に深く深く傷付いた彼女に、何と言葉をかければいい?

――大丈夫ですか?

――元気を出してください?

……バカか、俺は。
そもそもの原因は、俺にあるんじゃないか。
例え世の中の真実はそうでなくとも、先輩の中の真実が、彼女にとっての全て。
そうである以上、俺に言えることは何もない。
むしろ、逆効果だろう。
ならば、今の俺にできることはただ一つ。
無知だった己の罪に續罪を施すことだけだ。
それは、先輩のためだけではない。

――志貴は、殺せない……。

脳裏にて響くのは、聞いたことのないはずの彼女の言葉。
途端、胸中にて渦を巻くこの感情は、果たして怒りか哀しみか。
どちらにせよ、今回の事件の首謀者だけは、絶対に許しはしない。
必ず、俺の手でコロしてやる……!
そんな決意を胸に、玄関に立ったその時だった。
「……志貴様?」
背後から聞こえてきた聞き慣れた声に、俺は後ろを振り返った。
その声の主は、端から見ても一目で分かるくらい、あからさまに表情を曇らせていた。
そんな彼女の様子を見て初めて、自分が昼前の和やかな雰囲気とは全く相容ない、ドス黒い殺意を身に纏っていることに気がついた。
顔の筋肉に指令を送り、表情を無理やり和らげる。
「あ、あぁ、翡翠か。天気もいいし、ちょっと散歩でもしてくるよ」
言いながら、内心密かに苦笑い。
天気云々関係なく、自主的に外出することで暇を潰すなんてこと、普段の俺ならまずしない。
インドア派の俺は、自室でのんびりがデフォルトだ。
「かしこまりました。……お体の方は大丈夫なのですか?」
「あぁ、もう平気だよ。心配してくれてありがとう」
不安げに尋ねる翡翠に、俺は極めて平静を装って答えた。
無論、平気なわけがない。
少しでも油断をすれば、今すぐにでも痛みでその場に蹲ってしまいそうだ。
だが、今はそんなことを言っていられる時と場合じゃない。
「それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ……くれぐれもお気をつけて」
終始陰りの差した表情のままの翡翠に見送られて、俺はぎこちない笑顔のまま屋敷を後にした。
晴れ渡った青空から降る陽の光が、度の入っていない眼鏡越しに瞳を眩しく突き刺す。
まだ昼だというのに、そこにある太陽に何故か違和感を感じて仕方がない。
酷く目障りだ。
「……」
無言のまま、真昼の空に浮かぶ望月を一瞥し、俺はゆっくりと歩みを進めた。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時07分(82)
題名:真昼の月(第二十四章)

――バタン。

扉の閉まる音が、部屋中をうるさく跳ね回る。
その音が消えた後、辺りに漂うのは無音の静寂のみ。
その中、ベッドの上に身を起こした体勢のまま、私はただ座っていた。
うつ向きがちの視線は、シーツを握る己の手をぼんやりと見つめている。
その間脳裏にて蘇るのは、彼が去り際に残した最後の言葉。
本当に、彼は何と言っていたのだろう……?
未だに、理解できていない。
脳がではなく、心が。
……いや、理解できないんじゃなく、しようとしていないのではないか?
だとしたら、その訳は?
認めたくなかったから?
……違う。
あの時抱いた感情は、そんな負の方向を向いてはいなかった。
むしろ、その走向性は正。
素直に嬉しかった。
ならば何故?
どうしてあの時、私は彼に答えを返さなかったのか?
……分からない。
いきなりのことに戸惑ったから?
突然すぎて、どう言葉を返したらいいのか、分からなくなってしまったから?
……それとも、彼が私の知っている彼ではなかったから?

――理由なんてどうでもいい。

心の中の私が呟く。
そう、理由なんか関係ないんだ。
私の心がそう感じた以上、それに大層な理屈なんか必要ない。

――誰かを好きになることに理由なんて要らない。

もう誰の受け売りかも分からないくらいにありふれた言葉だが、なかなかに上手く言ったものだ。

――全く……今更になって、こんな当たり前なことに初めて気付くなんて……。

微かな笑みを溢す。
笑う対象はかつての己自身だ。
視線を自らの手へと落とす。
そして、動けと脳より電気信号を送る。
人差し指の先が、私の意思通り小さく震えた。
……よし、動く。
今度はじっくりと、馴らすように手を開閉させる。
しばらく使っていなかった筋肉に鈍い痛みが走り、関節がポキポキと乾いた音を鳴らす。
最初こそ、それは錆び付いた歯車のように重くギシギシと軋んだが、一動作毎に徐々に潤滑油を足されていくかのように、時を経るに従って己の身体に対する違和感という名の摩擦は減っていった。
しばらくの後、ついさっきまで微動だにしないと言っても過言ではなかった私の身体は、しっかりと私の意思に基づいて動くようになっていた。
まるで、先ほどまでの感覚が嘘みたいだ。
点滴用に刺されていた手首の針を引き抜き、ベッドから降り立つ。
地を踏みしめる足の感覚が、いやに懐かしい。
「よし……」
小さく呟く。
味気ない病人用の白い質素な服の上に、漆黒の法衣を纏う。
辺りを見渡すまでもなく、ベッドの足に立てかけられた靴を見つけた。
しゃがみこみ、それを手に取る。
そして、立ち上がると同時に部屋の窓を一気にスライドさせた。
春先の涼しげな風が、部屋の中にヒュウと吹き込む。
後ろから、本のページが捲られる時のパラパラという音が聞こえてきた。
窓際に腰を掛け、足を浮かして靴を履く。
そのまま、後ろへと倒れ込むように身を剃らし、天地が逆転する辺りで、窓の縁に掛けた手に力を込めた。
後方宙返りの要領で、空中にて背面方向に一回転し、音一つ立てることなく大地に着地する。
「……さて」
上空高くにて雄大に広がる、澄み渡った空の大海を仰ぎ見る。
雲一つない青空に浮かぶのは、眩く輝かしい太陽。
この星に光をもたらす絶対の存在として、今日も我が物顔で空に君臨している。
……そのはずなのに、今は何故だか酷く儚く見えた。
余りに広大で果ての知れない空に、雲一つ従えずに浮かぶそれは、堂々と君臨するというより、宛てもなく漂っているようだった。
まるで、ついさっきの私を見ているみたい。
「……」
ついつい苦笑い。
でも、もうあれは私じゃない。
私は一人じゃないということを、彼は改めて私に教えてくれた。
もう迷わない。
彼に答えを返すため、私は行くと、そう決めたから。
「……行くとしますか」
誰に言うともなくそう呟くと、真昼の月に背を向けて、私は風を切り裂いて颯爽と駆け出した。

月夜 2010年07月04日 (日) 19時08分(83)
題名:真昼の月(あとがき)





やほ〜、皆さん。




いや、ほんっとにね〜……













誠に申し訳ありませんでしたああああぁぁぁ……




さて、いきなり作者の謝罪から入った、ダークサイドに偏った今回のあとがき。

だからって、ラ○トセ○バー振り回しながら“マーイサーン”とかほざいていられる時と場合じゃありません。

何故ゆえの謝罪か、皆さんもなんとな〜くお分かりなのではないでしょうか?


私、一体いつから小説更新していないのか!

部活が忙しい〜とか、バイトが忙しい〜とか、熱帯で忙しい〜とか、ホンット理由になりません。

ましてや、












飲み会で忙しい









とか、口が裂けても言えませんよね(イヤ、ホント)





翡「貴方が、フルボッコです」


ボグァ!(゜∀月(○―(^ω^#)








リアルにやりたい方は、兵庫県までどうぞ( ̄▽ ̄;)




さて、それでは、遅ればせながら今作を振り返ってみましょーか。

えっと、まぁ今回も、今までの2作と大差ない流れで、ちょっとマンネリを感じずにはいられない感じです。
なんつーか、そろそろ話の展開方法を考えろと、自分自身に向かって言いたいですね。
でも、まぁ最初の七夜対志貴のシーンは、それなりに気に入ってたりするのだけど。
七夜かこいいよ、かこいいよ七夜♪

そして、長きに渡り昏睡状態だったカレー先輩がついに覚醒。
しかも、何故か良いポジションにつけてる感じがしません?
まさかのヒロイン最有力候補かも(笑)
皆さん、もしかしたら目覚めてすぐの府抜けた彼女の心を醒ました七夜の一言が気になっておられるかもしれません。
……が、そこは敢えて明かさず(笑)
文脈や話の流れから察して、貴方だけの答えを導き出してくださいな♪


さてさて、では今回もこの辺りで幕引きといたしましょうか。
この作品に関するご意見、ダメ出し、または私本人に対するアドバイスやご要望等、なにがございましたら気兼ねなく下の「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」の方へどうぞ〜。

また会うときまで、皆さんどうかお元気で。
さらばです♪


ここまでは、「二日酔いって酒飲んで本酔いになったら治るんだよ」とか言われて実行し、敢えなく三日酔いに突入した、他人を疑わないピュアな子こと、月夜がお送りしました♪

月夜 2010年07月04日 (日) 19時13分(84)


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