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タイトル:世界の意思 ファンタジー

――シオンが七夜に告げた、驚愕の事実。それを聞いた彼の心に芽生えるのは、タタリに対する怒りか、はたまたもう一人の己への不安か。そして、タタリの次なるターゲットはアルクへと移る。自身の危機を前に、彼女が取った行動は……。前回同様シリアス展開で物語の核心へと切り込む、長編第三作!

月夜 2010年07月04日 (日) 16時36分(43)
 
題名:世界の意思(第一章)

喧騒の消えた夜の病院。
そこ独特の控え目な賑やかさはなくなり、辺りは既に水を打ったような静けさで溢れ返っている。
冷たい空気の漂う廊下は、電気的な光源を失い、どこか暗憺とした薄暗さで包まれていた。
やはり夜の病院というのは、背筋が薄ら寒くなるような、不気味な雰囲気を醸し出している。

――カッカッ。

そんな気味の悪い静寂を引き裂くかのように、乾いた靴音が廊下に響き渡る。
「……」
その足音の主は、淡いピンクを基調とした制服に身を包んだ、一人の看護婦だった。
一つの病室の前で立ち止まる。
少しだけ目線を上げ、壁に取り付けられたネームプレートを一瞥した。
そこに記された“楠”という名前。
「……」
そのことを確認してから、彼女は静かにドアノブを捻ると、物音を立てぬよう慎重に、ゆっくりとその扉を押し開く。
キィ、という軋んだ耳障りな音が、にわかに空気を揺らした。
部屋の中へ足を踏み入れ、内部を見渡す。
その部屋の中に光をもたらすものは無かったが、窓から差し込む月明かりのおかげで、視覚は対象を明瞭に捕えていた。
四隅それぞれに置かれたベッド。
綺麗に整えられた純白のシーツからは、その病室の衛生面の良さが見て取れた。
内、扉から一番離れた場所にあるものにだけ、その使用者がいることを、そこを取り囲む白いカーテンが証明している。
部屋の奥へと進み、唯一使用中のそのベッドへと歩み寄る。

――シャッ。

カーテンの開かれるかすれた音。
見下ろすその視界に映るのは、瞳を閉じ、深い眠りに落ちている一人の青髪の少女の姿だ。
その全身からは、彼女が本来もっているはずの壮烈な威圧感は、微塵も感じとれなかった。
どこにでもいるような、ごくごく普通の少女にしか見えない。
微かに聞こえる安らかな寝息は、定間隔置きに弱々しく口元から漏れており、そのことが、今の彼女が昏睡状態に陥っていることを表している。
「……」
そんな無防備な少女を前に、彼女はゆっくりと腕を振り上げた。
その手に握られた何かが、月光を身に浴びて鈍色に輝く。
外科手術用の一般的なメスだ。
先端は鋭く尖っており、その尖鋭さでもってすれば、人の肌を切り裂くのはいとも容易い。
何日も意識不明の相手だ。
外的な衝撃で目を覚ますことはまずない。
ならば、狙う部位は無論、確実に致命傷となる心臓だ。
勢いを付けて、掲げ上げた腕を一気に振り下ろす――

「……!?」

――瞬間、突如として背後に現れた何者かの気配。
慌てて反応するも、時既に遅し。
その人物は、彼女の口元を抑えつけ、素早く首を切り裂くことで声帯を傷付け、その声を奪う。
裂傷部から溢れる黒い霧が、彼女という存在が人外であることを証明していた。
その人物は、手の中で短刀を軽く半回転させると、それを逆手に持ち替え、躊躇うことなく心臓を一突きにした。
ドスッという、肉を穿つ鈍い音が、静かな病室内にて幾重にも反響する。
声一つ上げることすら叶わず、膝から崩れ落ちる彼女の体を、無造作に床へと投げ捨てた。
横たわったまま動かなくなったその身体からは、絶え間なく黒霧が舞い上がり、時を経るにつれて原形を失ってゆく。
「……ふん」
その姿を見下ろしながら、その人物―七夜志貴は、鬱陶しげに吐き棄てた。
短刀を懐にしまいながら、次いで、その視界をベッドの上の少女―シエルの方へと移す。
何事も無かったかのように、穏やかな寝息を立てている。
その傍らに設置された点滴用の器具。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時36分(44)
題名:世界の意思(第二章)

そこから伸びた透明で細い管は、布団とシーツの隙間から微かに覗ける彼女の手首に突き刺されており、外れないように白いテープで固定されていた。
見ているだけで痛々しい。
そんな彼女の姿を見つめながら、七夜はベッドの脇に置かれた椅子に腰を下ろした。
「……名前を偽ったくらいでは、やはり逃げ切れない……か」
小声で呟く。
予想通りと言えばその通りだったが、そうそう簡単に逃してはくれないようだ。
いくら彼女が優秀な代行者と言えど、このような状態では抵抗する術すらない。
このまま彼女のことを放っておけば、遅かれ早かれ、確実に殺される。
出来る限り早期に、誰にも見つからない、もっと安全な所へ移さねばならない。
そのような場所、いくら考えても一つしか思いつかなかった。
「やはり、あそこしかないか……」
己に言い聞かすかのように呟きながら、重々しく腰を上げる。
「……ん?」
と、何を思ったのか、途中でその動きが止まった。
ベッドの上に置いていた手へと視線を落とす。
その上に重ね合わされている彼女の掌。
四六時中布団に抱かれていたためか、とても暖かく感じた。
その殺那、不意に心に芽生えるのは、今まで感じたことのない感情。
それは、暗殺者には不要な感情。
故に、物心付く頃には棄てていた感情。
それが、今更になって蘇ってくるとは……。

――どうする?

己に問う。

――また棄てるか?

当然だ。
暗殺者に、このような感情は不必要極まりない。
情に流され、手が鈍るような愚行を行うわけにはいかない。
そう。
こんな厄介なモノは、今一度棄て去るに限る。

――……。

そう理解しつつも、七夜は重ねられたその手を、払うことができなかった。
そして、立つとも座るともつかない体勢のまま、俊巡することしばらく。
「ふっ……」
小さく口の端を綻ばせると、七夜は再び椅子についた。

――不必要だから無駄ということもあるまい。厄介なモノを、敢えて抱え込むのもまた一興か。

そんなことを考えながら、カーテンの無い窓越しに空を見上げる。
その先に広がるのは、高く広い空色の大海。
夜が終わり、遥か地平線の彼方からは、朝が目覚め始めている。
もう朝か。
そういえば、今日でもう丸三日は寝ていない。
その気になれば、一週間は不眠不休でも何ら問題ないが、やはり体は正直だ。
先のことで緊張の糸が緩んだのか、急激に睡魔の波が押し寄せてきた。
ゆっくりと、だが確実に、それは肉体と意識の境界を溶解させていく。
無意識の内に瞼は閉じていき、ぼやけた視界からは明確な輪郭が消え、それにつれて目に映る全てが暗く暗転していく。
どうやら、肉体的にも精神的にも、緊張状態を強いるのはそろそろ限界なようだ。
「……」
そう悟ると、彼は顔をうつ向かせ、静かに瞼を下ろした。
それと同時に、全身に襲いかかる気だるい倦怠感。
その最中、現とも夢ともつかないまどろみに、抵抗することなく身を任せる。
そのまま、深い夢幻の深淵に落ち込むまで……いや、落ち込んだその後も、握った手から伝わる暖かみを、彼が手放すことはなかった。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時37分(45)
題名:世界の意思(第三章)

「……き……様……」
「うぅ……んぅ……」
寝ぼけた鼓膜を刺激する、聞き慣れた彼女の声。
いつも、一日の始まりはここからだ。

――何だ……もう朝か……?

起きなければ。
「ん……うぅ……」
そう思いながらも、全身を襲う気だるさから、志貴は低くうめきながら寝返りを打った。
まぁ、これも眠たさの度合いとその時の気分によって差は出てくるが、一応いつも通りの対応だ。
だが、そこから先には、いつもとは歴然たる違いがあった。

――ふにゅっ。

突然、手の平に感じた柔らかみ。

――……ん?何だろう?

ちょうど手の平にすっぽりと収まるくらいの……いや、ちょっとはみ出すくらいだろうか?
まぁ、それくらいの大きさで柔らかい何か。

――ふにゅふにゅ。

何だか心地よいので、ちょっと揉んでみた。
手の平に吸い付くような感触が、何ともたまらない。
「やんっ……志貴様ぁ……くすぐったいですよぅ……♪」
それと同時に、すぐ耳元から聞こえてきた彼女の声。
それは、どこか洸惚とした響きの漂う、うっとりとした甘い声だった。

――……え?

途端、何故だか芽生えたそこはかとない危機感に、志貴の意識は本能的に覚醒を促した。
瞼を持ち上げ、体の上に覆い被さる布団を押し退けると同時に、素早く上体を起こす。
見下ろすその視界に映るのは、先ほどまでの自分と同様、横になって瞳を閉じている彼女の姿。
そんな彼女の体のとある部分に触れている自分の手。
「……う」
その部位をまじまじと見つめ、しっかりと正体を確認してから、
「うわあああぁぁっ!!?」
志貴は絶叫さながらに悲鳴を上げた。
その部位から手を離し、凄まじい勢いで後ろに後退る。
勢いのあまり、ベッドの縁から激しく転倒する。

――ゴン。

「痛っ!?」
途端、頭頂部を刺激する、脳髄に直接響くような鈍い痛み。
反射的に両手で頭を抱える。
もう寝ぼけている暇すらない。
「ひゃっ!?」
そんな志貴の叫び声に驚いたのか、彼女も反射的にベッドに身を起こした。
「志貴様? い、いきなりどうなされたのですか?」
戸惑いを露わに、瞳を見開きながら、上半身だけ床に転がり落ちている志貴を見つめる。
「はぁ……はぁ……そ、それはこっちのセリフだよ……ど、どうして俺の布団の中に翡翠が……?」
寝起き突然な事件に、錯乱しそうな脳内を無理矢理落ち着かせ、ズキズキと痛む頭痛を押し殺しながら、志貴は息も絶え絶えに問い返した。
胸を打つ動悸は早鐘の如く、まるで治まることを知らない。
よほど慌てていたのか、額や鼻の頭には、じんわりと冷や汗が滲んでいた。

――バン!

そんな折り、不意に部屋中に響いた扉の開かれる音。
「志貴様!? どうなされましたか!?」
次いで飛び込んできたのは、血相を変えた翡翠の姿だった。
「え? えっ?」
そんなもう一人の翡翠の登場に、志貴の頭上に大量の“?”マークが浮かぶ。
扉付近に立ち尽くし、唖然とした様子でこちらを見つめる翡翠と、傍らに座したまま、イタズラを見つけられた子どものような笑みを浮かべる翡翠とを、交互に見比べる。
「もう……こんな質の悪いイタズラは止めて下さい! 姉さん!」
暫しの間混乱した後、扉近くに佇む翡翠の放った言葉で、ようやく合点がいった。
ベッドの方の翡翠……則ち琥珀を見つめる。
言われるまで全く気付かなかったが、言われてみれば、何だかそんな雰囲気がしないでもない。
だが、その瞳の色は、生来の彼女が持つ綺麗な琥珀色ではなく、澄んだ青色をしていた。
恐らくは、カラーコンタクトでもして、翡翠のそれを真似ているのだろう。
このような悪戯のためだけに、そこまでするのだから、やはり琥珀という人物は侮れない。
「質の悪いイタズラだなんて、酷い言い方ね。私は、ただ志貴さんを起こしにきただけなのに」
「だからって、私の真似をする必要はどこにもないでしょう。それに、志貴様を起こすのは私の仕事です」
「あら、これがお仕事だって言うなら、私が翡翠ちゃんの代わりに、毎朝志貴さんを起こしにいってあげましょうか?」
「なっ!? ダ、ダメです! これは私の……えっと……そう、役目なんですから!」
「あらあら、ムキになっちゃって。いっつも大人しい翡翠ちゃんも、志貴さんのことになるとまるで別人ね」
「そ、そんなことは……」
「あ、もうこんな時間。私は朝御飯の用意をしないと」
「あ、ち、ちょっと、姉さん!?」
からかうだけからかった後、そそくさと部屋から去ってゆく琥珀の後ろ姿に、翡翠が慌てて声を掛ける。
だが、その姿は既に部屋の外。
追いかけたいのはやまやまだったが、この現状、そういう訳にもいかない。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時37分(46)
題名:世界の意思(第四章)

未だにベッドから転倒した体勢のまま、唖然とする志貴に、彼女は半ば仕方なくそちらへと向き直った。
「志貴様……えと……その……お、おはようございます」
「あ、あぁ……お、おはよう」
翡翠のぎこちない挨拶に合わせて、やっと思い出したように体勢を立て直しながら、志貴もたどたどしく言葉を返す。
「……あの……志貴様?」
軽く視線をうつ向かせながら、こちらの様子を伺うかのようにジッと見つめる翡翠。
その表情に見受けられる熱りは、多分錯覚などではないのだろう。
「あ、えと……な、何だい?」
粗方問いの内容を予測しながらも、志貴は敢えて問い返してみた。
「その……さっきの大声は、一体何事でしょうか?」
翡翠の、どことなく申し訳なさそうな口調の問いが、朝の部屋に小さく響く。

――やっぱりな。

自分の予測が正しかったことを確認しながら、志貴は返す言葉を模索した。
「あ、いや、別に大したことじゃないよ。ちょっとびっくりしただけだから」
志貴は努めて冷静さを装い、曖昧に言葉を濁した。
だが、本人の気付かぬ内に、その声色に含まれていた明らかな動揺が、ちょっとどころではないことを何より雄弁に語っていた。

――姉さん……一体何したのよ……。

口に出すことなく、姉の逃げさった方を、翡翠は無言で睨みつけた。
「あ、あのさ、翡翠……その……悪いんだけど、そろそろ着替えたいから、ちょっと出てくれないかな?」
そんなことを悟られているとは露知らず、そこはかとない気恥ずかしさに、志貴は話を切り上げようとそう口にした。
「……分かりました。それでは、失礼します」
もっと話を聞きたかったのは山々だったが、主人である志貴がこう言う以上、使用人である自分に逆らう権利はない。
少し残念ではあったが、翡翠は恭しく頭を下げると、部屋を後にし、静かにその扉を閉めた。
つい先刻、開け放たれた時とは対照的に、そっと閉まりゆく扉を見つめ、それが完全に閉まりきったのを見届けてから、
「……ふぅ」
志貴は大きく溜め息を付いた。
まさか、朝からあんなことになるとは、あまりにも予想外だった。
せめてもの救いと言えば、あの場に秋葉がいなかったことだろう。
彼女まで居合わせた時のことを考えると、それだけで背筋が凍り付く。

――……あいつがいなくて、ホント良かった。

そういう意味で、志貴はホッと胸を撫で下ろすと、ゆったりとした動きでベッドから立ち上がった。
窓へと歩み寄り、今や陽光の遮蔽物と化しているカーテンを、左右に勢い良く開いた。
と同時に、その暖かな光が部屋中を照らし出す。
どこからか聞こえてくるのは、小鳥達の愛らしい歌声だ。
本日も晴天なり。
志貴は踵を返すと、何気なく天井の一部分を見つめた。
「……」
しばらく何かを考え込んだ後に、志貴はベッドに登ると、天井板の内一枚を取り外した。
そこから屋根裏へと顔を覗かせ、内部を見渡す。
……が、そこに彼が求める姿は無かった。

――まだ、帰ってないのか。

内心密かに呟く。
もう三日間も帰ってきていない。
何の前ぶれもなくいなくなった以上、何らかの事件に巻き込まれたであろうことは、もはや明白と言って良いだろう。
とはいえ、あいつのことだ。
何かあったとしても、そう易々とくたばるとは思えない。
多少心配ではあったが、そこに不安要素は微塵もなかった。

――まぁ、あいつのことだ。大して気にしなくても、その内何事も無かったかのように帰ってくるだろう。

そう思い、志貴は再び天井に板をはめ直すと、軽い足取りでベッドから飛び下りた。
そのままクローゼットへと歩み、着替えようとして、
「……」
不意に己の手の平へと視線を落とした。
ちょっと前まで、この手の平の中にあった、とても柔らかい何か。
彼とて、今頃はやはり十代の青春真っ盛り。
言わば夢見る青少年である。
興味が沸かないはずもない。

――……。

志貴は、自然とにやけてくる口元を抑えながら、まるで空気を掴むかのように、しばらく指をわきわきとさせるのだった。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時38分(47)
題名:世界の意思(第五章)

日もそろそろ沈み出す頃。
まだ、世界は赤の色彩に染まってはいなかったが、刻一刻と高度を下げてゆく太陽が、昼から夕方へと移行しつつある時の流れを表していた。
「さて……」
そんな時の中で、七夜は静かに佇んでいた。
その眼前にあるのは、とてつもなく巨大で厳かな遠野邸の門だ。
何度見ても、このような扉が存在すること自体、とても正気の沙汰とは思えない。
そして今、彼の腕の中に抱かれている何か。
……いや、それは何かといったようなただの物体ではなく、れっきとした一人の少女だった。
病院を抜け出してそのままだったので、その服装は白を基調とした味気のないものだった。
何気なく、腕の中の彼女、シエルへと視線を落とす。
瞳を閉じ、ピクリともしないその様子からは、ただ寝ているというよりも、深く昏睡してる感が見受けられた。
まるで死んでいるかのように。
どこまでも無防備且つ無抵抗。
もはや、殺して下さいと言っているのと同じだ。
それは、七夜にとって最も不快とするところの状態だった。
死合というものは、どちらもが自らの生に執着し、相手の死を願うからこそ愉しいのだ。
このような、生の権利を破棄したモノ、見ているだけで不愉快極まりない。
昔の彼なら、迷うことなく、まるで道端に生える雑草を摘み取るかの如く、その命を断っていたことだろう。
だが、不思議と今は、そんな彼女の姿に殺意はおろか、不快感すら覚えることはなかった。
それどころか、逆に心に安穏ささえ感じる。

まったく……一体どうしたというのだ?
ここに来てからというもの、俺の価値観は変わっていく一方だ。
気を失った女を抱え、わざわざそいつをかくまってやろうだなどと、過去の俺からしてみれば、例え天地がひっくり返ろうとも、そんな考えに行き着くことはなかっただろう。

「……やはり、甘くなったな」
そんな自分自身に、嘲るような、それでいてどこか満足そうにも見える、微かな笑みを口元に浮かべると、七夜は屋敷の裏の方へと回って行った。
腕にぶら下げられた大きめのビニール袋が、歩調に合わせて前後左右へと揺れ動き、ガサガサと耳障りな音を立てる。
と、不意に、七夜はその途中で歩みを止めた。
透明な窓ガラス越しに、部屋の中の様子を覗き見る。
その視界に映るのは、窓近くに位置するベッドと、壁際全てを埋め尽くさんばかりの本棚。
それでもまだ収まり切らないのか、散乱という言葉そのままに、部屋中ところ狭しと、大量の書籍が積み上げられている。
そんな中において、一際目立つ大きな長机。
これもやはり、数多の本や資料たちのせいで、そのほぼ全面を覆い尽くされている。
そこの椅子に座し、熱心に調べ物に耽っている、一人の少女の後ろ姿。
紫の長い髪の毛と、それを三つ編みに束ねた髪型が特徴的だ。
その姿を確認してから、出来るだけシエルに衝撃がこないようにと配慮しながら、七夜はコンコンと窓を叩いた。
「ん?」
その乾いた音に反応し、彼女―シオンがこちらを振り返る。
「えっ!?」
その目線の先の光景に、シオンが大きく目を見開く。
慌てて椅子から立ち上がり、早足でこちらへと近寄るなり、すぐに窓を開いた。
「これは……とりあえず、上がって下さい」
「あぁ」
戸惑い気味なシオンに促されるまま、七夜は一旦窓から上体だけを部屋に入れると、腕の中にて眠る彼女の体を、近くのベッドにそっと横たえた。
その後、七夜も続いて部屋の中へと足を踏み入れる。
脱いだ靴は、逆さまにして窓の縁に立て掛ける。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時38分(48)
題名:世界の意思(第六章)

そして次に七夜は、ベッドに一番近い場所に掛けられていた、一枚の小さい絵画を外した。
重たい額縁を支えていた鉄製の釘が、外部にその身を露わにする。
掃除なんかまずしない箇所だ。
そのほぼ全面が、赤茶けた色に錆び付いていた。
外した絵を床に置き、今度は袋から何かを取り出す。
それは、内部に透明な液体を満たしたパックだった。
「それは?」
「点滴用のリンゲル液だ」
問いかけに対して、簡潔な言葉でそう応えつつ、七夜は軽く背伸びをすると、リンゲル液のパックをその釘にぶら下げた。
次いで、袋から長い透明の管を取り出すと、それを上のリンゲル液に繋げる。
「とりあえず、一体何があったのか、説明してもらえますか?」
「タタリにやられた。三日前の話だ」
動かす手を休めることなく、ぶっきらぼうな口調で応対する。
「なっ!?」
驚きを露わに、思わず椅子から立ち上がるシオン。
「タタリの姿を見たのですか!?」
「いや、俺が駆け付けた時には、既にその姿は無かった」
語気を強めるシオンの問いに、冷静な態度で言葉を返す。
その間にも、七夜は着々と点滴の準備を進めていた。
もちろん、点滴用の台があれば、設備的にはそれが一番良いのだが、いくら大きな館とは言え、病院でもない普通の家庭に、そのようなものが備わっているはずもない。
その代用としては頼りないものがあるが、これでも必要最低限の機能くらいなら果たせるだろう。
接続部分を念入りに確認した後、七夜はチューブの先端に針を取り付けた。
「……恐らく、最初からあそこにはいなかったのだろうがな」
小声で呟きながら、ベッドの脇に膝を付くと、シエルの腕の部分を露出させた。
正確に静脈の位置を見極め、斜めからゆっくりと針を突き刺す。
「え? それはどういう……」
「悪いが、針を止める用のテープはないか? 紙テープだとありがたいのだが」
突き刺した針を押さえながら、シオンの言葉を遮るように七夜は言った。
「紙テープですか? ちょっと待って下さい……あ、ありましたよ」
「出来れば、適当な大きさに切って渡してもらえるか? 見ての通り、今は手が離せないのでな」
「分かりました」
十センチ程の長さに切られた紙テープを受け取り、それでシエルの腕に針を固定した。
立ち上がり、数歩後ろへと下がってから、改めて見直してみる。
リンゲル液のパックから、滴となって落ちる液体が見える。
見映えは悪いが、点滴としては問題なく機能しているようだ。
これで、しばらくはもつだろう。
そのことを確認してから、七夜は床に座り込むと、シオンの方へと向きを正した。
「それで、さっきの言葉はどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だ。あの時、あの場所に、最初からタタリはいなかった」
「貴方の言っていることは矛盾だらけです。だとしたら、タタリはどうやって彼女に傷を負わせたと言うのです?」
「簡単なことだ。自分以外の誰かに手を下させれば良い」
そう呟くと、七夜は一旦シオンから目線を外し、すぐ傍にて眠るシエルを見つめた。
定間隔置きに漏れる小さな寝息。
この場が静かだからこそ、微かに聞き取ることができたが、それはほんの小さな騒音にもかき消されてしまいそうなくらい、とても弱々しいものだった。
そんな彼女を見つめる七夜の脳裏に浮かんだのは、三日前のあの時の情景だった。
「……あの時、あの場所には、シエル以外にもう一人いた」
その光景を思い描きながら、含みのある暗い声音で呟く。
「もう一人?」
「……志貴だ」
「えっ!?」

月夜 2010年07月04日 (日) 16時39分(49)
題名:世界の意思(第七章)

「無論、本物の志貴ではない。タタリが作り出した幻だ」
「幻……ということは、三日前、志貴が話していたことと繋がりますね」
下顎に指を添え、考え込むように目線を軽く伏せる。
「志貴が? 何の話だ?」
「三日前の放課後、彼もタタリに襲われたそうです。その時は、彼女の姿を偽って現れたと聞いています」
そう言ってシオンは、ベッドにて眠るシエルの方へと視線を移した。
その瞳の奥に覗ける怒りの色は、志貴が襲われたことによるものか、それとも、今回のタタリそのものへ向けられたものか。
「……なるほどな」
そんな彼女の内心の怒りを察しながら、七夜は小声で呟いた。
己自身では手を下さず、幻影を操って他を殺める。
そして、作り出す幻影は殺す相手の友人や想い人にし、対象の心に隙を生み出させる。
なんとも汚い殺り方だ。

――自らの命を賭けることなく、相手の命を奪おうとは……。

考えただけでも虫酸が走った。
「……話は変わりますが」
「ん?」
と、そんな折り、不意に放たれたシオンの言葉に、七夜は知らず知らずの間にうつ向き加減になっていた顔を持ち上げた。
こちらを見つめるシオンの表情。
それは、上っ面の無表情を装おってはいたが、その実内面には明確な不安を抱えているように見えた。
「七夜。貴方、最近何か変わったことはありませんでしたか?」
「……何?」
あまりにも唐突且つ漠然とした問いかけに、七夜は首を傾げた。

変わったこと?
それはどういう意味だ?

「すみません。質問が曖昧でしたね。それでは、短刀直入に聞きます」
そう言うと、シオンは体から七夜の方へと向き直り、真剣な光の宿った目つきで、その瞳を直視した。
「貴方は、最近になって、自分が甘くなったと感じたことはありませんか?」
「!?」
思わず身が強張る。
驚愕に目を見開く七夜が見つめる先は、依然として変わらぬ強い眼差し。
「……そうですか」
だが、弱々しい声でそう呟くと同時に、その輝きはすぐに陰を潜めた。
「何を一人で納得している。俺はまだ何も言ってないぞ?」
「態度を見てれば分かります」
そう言って、どこか悲しそうな仕草を見せるシオン。
「……」
……だが、分からない。
自分が甘くなったことで、この女にどのような害悪があるというのだ?
「……おい、一体どういう……」
「……貴方は、世界がどのようにして成り立っているのか、知っていますか?」
口を開こうとした七夜を制止するように、シオンが小さな声で切り出した。
「世界の……成り立ちだと?」
「えぇ。これは、遠い昔に書かれた文献に記されていたことなのですが、それによると、この世界は無数の唯一の集合によって成り立っているとされているのです」
「唯一の集合だと?」
「そうです。命ある生命から無機質な物体まで、この世にあるものは全てが唯一無二の存在であり、完全に同一であるものが二つ以上存在することはないという説です」
シオンの説明に耳を傾けながら、七夜はその言わんとしていることを理解した。

――全てが唯一か……確かに、どれほど同一として存在しているモノであろうと、ミクロの単位まで解析していけば、どこかで相違は出てくるのが必定。ならば、その説は証明出来なくとも矛盾はない。

「彼女の幻を見た瞬間、急にそれを殺したくなって、気が付いた時には、コマギレになって黒い霧に還っていく幻影が目の前にあった……3日前、志貴が私に話してくれたことです」
「志貴が……?」
シオンの言葉に、七夜は怪訝そうな表情を浮かべた。
おかしい。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時40分(50)
題名:世界の意思(第八章)

あいつの中に眠っていた退魔の……つまりは七夜志貴の血がそうさせたのだろうが……それにしては妙だ。
今、奴の中に俺はいない。
いくら激昂したとしても、虚実の幻影如きに、あいつがそこまでやるとは考えにくいのだが……。
「……まさか」
「えぇ。そのまさかです」
不意に浮かんだ……いや、浮かばざるを得なかった七夜の不吉な思考を確立させるかのように、シオンは小さく頷いた。
「1と2。それらは確かに違う事象であるが、1が2に、2が1に近づいていく過程において、それらはいつか確実に相同となる……つまりはそういうことか」
彼女の告げたところの内容を、自分の中で咀嚼しながら、七夜は少し遠回しにそう口にした。
「早い話が、その通りです」
暗憺とした声音でそう呟くと、シオンは伏し目がちに言葉を繋げた。
「その説によると、完璧に同一なモノが二つ以上存在した時、世界はその矛盾を取り除くと言われています」
「消える……ということか」
「……」
黙ったまま、シオンは力無く首を縦に振った。

つまり、世界が俺と志貴を完全に同一の存在と認めた時、俺達はこの世から文字通り消滅するということか。
なんてこった。
せっかくこっち側に戻ってこれたというのに、誰も殺すことなく向こうへ戻るなんて、どうにも納得できない。
……だが、まぁそれもまた一興。
俺は元より虚無の住人。
本来ここに居るはずのないイレギュラーなモノ。
それが元に戻るだけ。
そう考えれば、消えることに何ら矛盾は無いし、そのことに対して憤慨する権利も、俺にはない。
……しかし、

「……そうはさせんさ」
気付いた時には、既にそう口にしていた。
「この存在はいずれ消えるのが世の理。だが、易々と世界如きに消されるのは我慢ならない」
口を突いて出る不満げな言葉たち。
だが、それらが示す内容が、今抱いている真の感情ではないことを、自分自身一番良く分かっていた。

違う。
俺が消えるのは構わない。
この世にあってはならない歪みを、世界が修復しようとするのは当然のこと。
ならば、俺は消える運命にあり、ただ時を待って消え逝くのみ。
……だが、あいつは……。
七夜はゆっくりと立ち上がると、
窓の方へと歩み寄った。
その縁に腰を下ろし、立て掛けていた靴を履き直す。
「そいつのことはお前に任せた。俺は少し出てくる」
「出るって貴方……一体何処へ?」
今にも飛び出さんばかりに、窓に片足掛けた状態の七夜を、シオンの訝しげな声が呼び止める。
別に宛てはない。
……が、このままじっとしているというのもつまらない。
「……大人しく待つというのは、どうにも俺の性分に合わなくてな」
少し考えた後、七夜は小さく笑みをこぼしながら、そうとだけ言い残すと、颯爽と外界へ飛び出した。
「……」
その後、部屋の中に残ったのは、そんな彼の背を黙って見つめるシオンと、窓から吹き込む少し肌寒いそよ風、それに、依然としてベッドにて眠り込んでいる、シエルの安らかな寝息のみだった。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時41分(51)
題名:世界の意思(第九章)

――キーンコーンカーンコーン。

授業終了を告げるチャイムが、全校内に甲高く響き渡る。
「……終わったな」
その金属音を目覚まし代わりに、誰に言うともなく、憂鬱さを含んだ声音で呟く。
だがその声の主は、本来それを聞くべき場所にいなかった。
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
窓から差し込む西日が、暗闇に慣れた目に眩しい。
その視界の中央には、白いだけの味気ない天井が。
そしてその片隅に映るのは、天井に同じく白いだけのカーテン。
「よいせ……っと」
両手を使い、横たわった体勢から、重々しく上体を起こす。
ベッドから足を下ろし、靴を履いて立ち上がる。

――シャッ。

カーテンを開いた先に見えるのは、見慣れた光景だった。
飾り気のない机と、その上に置かれた名簿。
部屋の壁際に、それと向かい合うようにして置かれた大きな棚。
半透明なガラスの戸越しに、綺麗に整列するいくつものビンが見えた。
その全てにラベルが貼り付けられており、そこにはカタカナで何やら聞き慣れない単語が記されている。
そう、ここは彼にとって第二の教室とも言える場所……薬品の匂いの染み込んだ部屋、保健室だ。

――確か、2時間目の半ば辺りで、また例によって例の如く、貧血になって……。

寝ぼけた頭を軽く振りながら、これまでの記憶を回想する。

――……そうそう、ふらつきながら保健室へ来て、先生への挨拶もほどほどに、倒れ込むようにして寝たんだったな。

ここへ来る以前の記憶がはっきりとしたところで、再び窓の外へと視界を移す。
既に西に傾いた陽から察するに、おそらくさっきのチャイムで、本日の授業は終わったのだろう。
確かに結構寝た感じはあったが、まさか6時間目の終わりまで、ぶっ通しで爆睡することになるとは、さすがに予想もしなかった。
そろそろ試験も近いだけに、このダメージはなかなか手痛い。
また今度、誰かにノートを見せてもらわないとな。

――ガラガラ。

そんなことを考えていると、ノックも無しに背後で扉の開かれる音がした。
「失礼しま〜す」
次いで聞こえるのは、長きに渡り聞き親しんできたあいつの声。
「よぉ、遠野。やっとお目覚めか」
後ろを振り返った志貴の瞳に映ったのは、予想通りの光景だった。
「そら、お前のカバン。机ん中の教科書やらノートやらは、適当に詰め込んでおいてやったぞ」
「あぁ、わざわざ悪いな。有彦」
軽く投げ渡されるカバンを、両手でしっかりと受け止める。
「そういや遠野」
「ん?」
「お前、最近シエル先輩見かけたか?」
「え?」
思いがけない有彦の問いかけに、志貴は思わず首を傾げた。
「いや……そういえば、最近見てないな」
「何だ、お前も冷たい奴だな。先輩、三日前からずっと無断欠席なんだぜ?」
「何だって……?」
おかしい。
あのシエル先輩のことだ。
いくらタタリの追跡や吸血鬼の抹消等々で多忙だったとしても、周りの人に心配をかけないよう、絶対に学校には何らかの連絡を入れるはず。
現に、彼女の無断欠席の話なんて、今の今まで聞いたこともなかった。
間違いない。
何かあったんだ。
それも、学校への欠席連絡すらできないくらい、重大な何かが。
三日前……それは、確か七夜が帰らなくなった日と同じだ。
……嫌な予感がする。
「……悪い、有彦。俺、ちょっと用事を思い出したから」
ハンガーに掛けられていた制服を、ふんだくるようにして手に取り、乱雑に上から羽織る。
ボタン全開状態でヒラヒラと鬱陶しいが、そんなことはこの際どうでもいい。
「え?」
戸惑い気味の有彦をよそに、カバン片手に部屋の出入口へと早足で歩みを進める。
「この埋め合わせは、また今度ってことでな」
「あ、おい……」
急なことに呆然と立ち尽くす有彦を背に、志貴は半ば飛び出すようにして保健室を後にした。
一歩遅れて、扉の閉まる音が部屋全体に響き渡る。
「……何だ? あいつ……」
一人取り残された有彦のそんな呟きは、空気に溶けてすぐに霧散していった。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時42分(52)
題名:世界の意思(第十章)

窓から差し込む、沈み行く陽の紅い光。
それは、あまりに鮮明で、それ故どこか毒々しいとさえ感じられる程に真っ赤な光。
そんな夕焼けに抱かれた町並みは、その全身を真紅に染め尽くされていた。
あと小一時間もすれば、世界は夕方から夕闇へと移行することだろう。
「……」
そんな今の世界を、透明なガラス窓越しに見下ろす一人の女性。
彼女の持つ艶やかな金色の髪は、夕暮れの紅の中にあっても、恐ろしいくらいに美しく、一際輝いていた。
「……気に入らないわね」
不意に、苦々しい口調でそんな言葉を口にすると、もう見たくないと言わんばかりに、彼女―アルクェイドは、勢い良くカーテンを閉めた。
だが、差し込む陽光は未だ衰えず、遮蔽物を貫き、部屋の内部へさんさんと降り注いでいる。
「どこのどいつか知らないけど、私の許可なくこの町を徘徊するなんて……」
わずかに仄暗くなった部屋に、彼女の小さな呟きが一際大きく響いた。
目つきは真剣で鋭く、いつものおちゃらけた様子は、その片鱗すらも覗かせていない。
身体から放たれる気配も、真祖の姫君にふさわしい、荘厳で近寄り難いものへと変わっていた。
「……」
顔を伏せ、瞳を閉じた。
理由を探す。
自分が闘う、その理由を。
今まで、彼女は機械だった。
ただ、倒すべき敵を討つ。
そのためだけに存在する、兵器でしかなかった。
そのことに理由はなく、呼吸をするかのように、さも当然の如く対象を殺す。
それは最早、命を奪うというより、邪魔なモノを壊すといった表現の方がふさわしかった。
そして、その行為を完了すると、次なる殺すべき対象が現れるまで、冷たい鎖に身を縛り、深い眠りにつく。
その間に、眠る以前の記憶を洗い流し、ゼロの自分へと回帰する。
記憶を無くすということは、思い出を無くすということと同義。
ならば、その眠りの最中に訪れるのは、ひたすらに続く無の世界。
そこに安らぎなどありはしない。
殺す為に目覚め、壊すために動くだけの冷徹な殺戮機械。
それが、彼女の本性だった……そう、あの日、あの時、彼に出会うまでは。
瞼の裏を埋め尽くす暗がり。
その黒いスクリーン上に映し出されるのは、愛しい彼の姿。
思い描くその姿は、いつも笑顔だった。
けれど、同じ笑顔でも、一種類でまとめられるものは二つと無かった。
楽しそうに笑ってる彼。
声を上げて、大笑いしてる彼。
優しく控え目な笑顔を向けてくれる彼。
困ったように後頭部を書きながら、苦笑いを浮かべる彼。
「……うん」
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
理由は見つけた。
元から分かってはいたことだが、再認識してみると、より決意が固くなった気がする。
ゆっくりと立ち上がる。
そのまま、扉の方へと向かおうとして、
「……ん?」
不意に足下に感じた、柔らかくふわふわとした感触に、下へと目線を落とした。
その視界に映る、足首周りにまとわりつく黒猫姿のレン。
「……」
見上げてくる彼女の瞳に覗けるのは、微かな不安と心配の色。
「レン。今からちょっと出かけてくるけど、心配はいらないわ。でも、もしかしたら帰りが遅くなるかもしれないから、その時は志貴の部屋に行くのよ」
そう優しく語り掛けると、アルクェイドはその場に屈み込み、未だに不安げな様子のレンの頭を、愛しむように撫でてやった。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……じゃあ、行ってくるわね」
踵を返し、扉の方へと歩みを進める。
その眼差しは既に鋭利。
殺すべき対象に対する溢れんばかりの殺気は、その根源にある彼への深い愛が故に、とてつもなく大きかった。
狭い玄関で靴を履き、外界へと続く扉を静かに押し開く。
開けた視界に映る真紅の太陽は、既にその半身を地平線下へと沈めていた。
後ろ手に扉を閉め、一気に地上へと飛び降りる。
「……」
そんな彼女の去り行く後ろ姿を、レンは無言のままただ見つめるのみだった。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時43分(53)
題名:世界の意思(第十一章)

「……」
冷涼な空気が漂う夜の町を、一人無言で歩き続ける。
家を出てからどれ程の時が過ぎただろう。
町中を歩き回ったが、まだタタリらしき者の姿は見当たらない。
周囲を満たすのは、カッカッという自分の靴が鳴らす乾いた足音と、遠くの大通りから聞こえてくる、フェードアウトした車の往来の音のみ。
近くには、人っ子一人の気配すら感じられなかった。
「……なかなか尻尾を出さない奴ね」
誰に言うという訳でもなく、私は夜の空へと不満を吐いた。
かつては群青色の景色が広がっていた空も、今は暗黒色へと変貌を遂げていた。
そこをきらびやかに彩る、徐々に満ち行く円状の月と、数多輝く無数の星々。
「こんなに綺麗な夜空、一人で見るなんて勿体無いわね」
寂しげに一人ごちる。
もしも今、隣に彼がいたなら、それは最高に幸せなんだろうな。
志貴も、この町のどこかで、私と同じように空を見てくれてるかな?
……私と、おんなじことを思ってくれてるかな?

「……会いたいな」
ポツリと呟く。
そんなことを考えていると、何だか無性に彼に会いたくなってきてしまった。
彼に会いたい。
声が聞きたい。
笑顔が見たい。
深層心理より沸き上がる、抑え難い欲求。
自然、宛ても無くさまよっていた歩みが、一つの目的地を見出す。
……だが、
「そういう訳にもいかない……か」
自分自身を無理にでも納得させるかのように、暗く低い声音で己に言い聞かせる。
この世界で誰より大切な想い人を、みすみす危険に晒すようなマネなど、できるはずがない。
彼に会いたい。
この気持ちは、彼に出会うまで治まりはしないだろう。
なら、今の私に出来ることは、たった一つ。
この町に、元あったはずの平和を取り戻すことだけ。
それは則ち、彼のためでもあるのだから。
「……」
私は視線を大地と水平に戻すと、軽く瞳を閉じ、迷いを断ち切るべく首を左右に数回振った。
そして、自らの意思を確固たるものとした後、ゆっくりと瞼を開く。
「……え?」
その視界に映し出された何者かの姿に、私は一瞬目を疑った。
暗い夜空の下で、柔らかな月明かりに照らし出されている誰か。
「やぁ、アルクェイド」
シンプルで味気ない眼鏡と、何より私を呼ぶその声が、その誰かの正体を、何よりも正確に物語っていた。
「志貴!?」
彼の名を呼びながら、私は早足でその傍へと歩み寄った。
「こんなところで何してるんだ?」
「私は……その……ち、ちょっとした夜の散歩ってところかな?ほら、私って吸血鬼だし」
志貴に真実を悟られぬよう、私はできる限りの平常さを装った。
彼のことだ。
本当のことを知ったら、きっと黙ってはいない。
彼を危険な目に合わせることだけは、何としても避けたかった。
「そ、そんなことより、志貴こそこんな夜中に何をしてるの?」
焦りを露わに、半ば無理矢理話題を切り替える。
「俺か? 俺は……」
と、志貴は不意に口ごもると、少しの間だけ目線を伏せてから、こちらへと真っ直ぐに向き直った。
「……アルクェイドに急に会いたくなってね」
「……え?」
思わず問い返してしまった。
会いたくなった?
私に?
ってことは、志貴も、さっきまでの私とおんなじことを……。
「お前はどうなんだ?」
「え?」
「会いたかった?」
「そんなの……私も会いたかったに決まってるでしょ」
私は、一塵の迷いもなく答えを返した。
「そっか。良かった」
そう言って小さく微笑むと、彼は更に私との距離を詰めてきた。
背中に回された腕が、力強く私を抱きしめる……。

――……!?

月夜 2010年07月04日 (日) 16時44分(54)
題名:世界の意思(第十二章)

……そのすんでのところで、不意に感じた言葉にし難い妙な違和感。
理屈じゃない。
幾多の死線をかいくぐってきた真祖の姫としての闘争本能が、全身に危険信号を送る。

――ドン!

ほとんど反射的に、私は目の前の体を突き飛ばして後ろへと跳び退いた。
「え……?」
驚愕に目を見開き、不思議そうな眼差しでこちらを見つめる彼。
その姿を注意深く凝視しながら、私はゆっくりと口を開いた。
「……貴方、誰?」
「!?」
瞬間、見開かれていたその瞳に、より一層の驚愕の色が浮かぶ。
「……」
黙したままこちらを見つめる彼。
だが、それは本当の彼ではない。
先ほど感じた妙な違和感。
そのことが、今目の前にいる人物が、遠野志貴ではないことの何よりの証明だ。
「……ふっ」
闇の中、口の端に笑みを浮かべる。
「参ったな。まさか、こうも簡単に見破られるとは思ってなかった」
そんな残酷な微笑を保ったまま、ゆったりとした足取りで、彼の姿を偽った何者かが歩み寄ってくる。
「……」
その姿を無言で見つめる内に、私の中である感情が渦巻き始めるのを感じた。
「この姿なら、あんたを容易く仕留められると思ったんだが……どうにも上手くいかないな」
「……うるさい」
低い声で呟く。
熱く、黒く、ドス暗い、負の想念が生み出す濁った感情の渦。
それは、時が経つにつれて、徐々に増大してゆく。
どこまでも、際限無く、さながらそれは熱せられる空気の如く、無限大に。
「まぁいい。久しく殺しをしていなくて、そろそろ禁断症状が出てくる頃だったんだ。遠慮なく殺らせてもらうよ」
「うるさい……!」
これは……そうか。
この感情の根源にあるもの。
それは――

「あぁ、血を見るのも随分久しぶりだ。断絶された肉体から噴き出す鮮血……想像するだけで、脳髄がとろけそう……」

――怒りだ。

「うるさい!」
相手の言葉を遮るように、私は怒声を張り上げ、同時に前方へと一気に跳躍した。
相手の首を鷲掴みにし、そのまま力任せにコンクリートの塀へ叩き付ける。
ダンッという耳障りな音を立てて、その背後の壁が飛散するようにえぐれた。
許さない。
こいつだけは、今、この場所で、私の手で殺してやる。
それは、私を殺そうとしたからじゃない。
志貴の姿を偽ったことが、何をさし置いても絶対に許せなかった。
恐らく、今の力でもこいつは呼吸出来ていないはずだ。
このまま窒息死するのを待ってもいいが、それでは私の気が収まらない。
一思いに、首の骨を砕いてやる……!
「目障りよ……貴方……!」
首を締め付ける腕に力を込めようとした……その瞬間。
「……良いのか?」
そいつは、また耳障りな声で言葉を発してきた。
「……」
私は何も言葉を返さない。
会話してやる気もなければ、無論助けてやる気もない。
どんなに命乞いをしたところで、私に首を潰されて死ぬ以外、こいつに行く道などありはしないのだから。
「お前は俺を偽物だと思ってるようだが……果たして本当にそうかな?」
「っ!?」
瞬間、全身を薄ら寒い何かが走った。
恐怖……そう形容してもいいだろう。
志貴は……彼は、今目の前にいる人間とは、確かに違う。
しかしそのことが、こいつが志貴ではないということの証にはならない。
脳裏を微かによぎるのは、過ぎ去りしあの日の出来事。
私と彼が出会った、あの日の……。
「……」
心に生じた僅かな戸惑い。
それが、相手の首を締める腕の力を若干弱めた。
「……うぁっ!?」
その直後に訪れた鋭利な激痛に、私は小さく悲鳴を上げた。
戦いを司る本能が、無意識の間に後方へと跳び退き、相手との間合いを広げていた。
知らず知らずの内に失われていた焦点が、その苦痛により呼び起こされる。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時45分(55)
題名:世界の意思(第十三章)

右手の肘から先の感覚が無い。
反射的に目線をそちらへ移す。
その視界に映し出される私の腕は、肘の辺りで切断されていた。
美しささえ感じられる程に真っ直ぐな切断面から、夥しい量の血液が流れ落ちていく。
「……ふっ」
嘲笑混じりに投げ捨てられるのは、先ほどまで奴の首を締め上げていた私の腕。
「く……っ……!」
悲鳴を押し殺し、鋭い眼差しで目の前の何者かを睨み据える。
「さぁ……死を迎える準備は出来たか?」
口元に薄ら笑いを浮かべながら、そいつがゆっくりと歩みを進めてくる。

――カッカッ。

正直、負ける気はしなかった。
もし、本気で奴と殺し合ったとすれば、いくら右腕を失っているとはいえ、容易く殺せるだろう。

――カッカッカッ。

「くっ……」
だが、そんな確信に満ちた考えとは裏腹に、足は自然と後退っていた。
理由は明白。
こいつが彼ではない証拠が、どこにも見つからないからだ。
恐らく……いや、九分九厘、こいつは偽物だろう。
タタリが造り出した、ただの儚い幻影。
多分間違いない。
しかし、それは確率であって、確証ではない。
いくら高くなったところで、確率は所詮確率。
100%にならない限り、白黒がはっきりとつくことは決してない。
かといって、このままではただ殺されるだけだ。

――カッカッカッカッ。

どうすれば……私は、どうしたら良い?
もし、昔の私がここに同じ状況下で立っていたなら、迷うことなく眼前の障害を排除していたことだろう。
けれど、それは機械だった時の私。
過去、戦うためだけに存在していた、心を持たなかった頃の私だ。
今は違う。
私は、心を手にした。
誰かを好きになるという、何よりも暖かく、とても大切な気持ちを。
そして、そんな今の自分を、私自身気に入っている。
……少なくとも、あの頃の私より。

―カッ。

夜の町に響いていた靴音が止む。
すぐ目の前に感じる気配。
目線を持ち上げる。
その瞳に映るのは、見慣れた彼の姿。
「……無理だよ」
私は小声で呟いた。
そう……無理なんだ。
私に、彼は殺せない。
「私、やっぱり……」
……例え、
「……志貴は殺せない」
……私が彼に殺されることとなっても。

――シャッ。

刹那、風を切る微かな音が聞こえた。
と同時に、私の体を耐えがたい激痛が走る。
次いで、視界が暗転。
そこからは、もう何も見えないし、何も聞こえない。
消え逝く意識は急速に遠退き、二度と戻ってくることはない。

あぁ、そうか。
これが、死ぬっていうことか。

無意識の中、自らの死を悟る。
……だけど、不思議と後悔はない。
彼と出会ってから過ごした時間……それは、今まで生きてきた悠久の時からすれば、きっとほんの僅かな間でしかなかったのだろう。
けれど、私は胸を張って言える。
彼という男性と出会い、同じ場所に立って、同じ方向を向いて歩けたこの時が、私の生の中で、最も輝いていた……と。
もしかすると、そんな彼に殺されるという最期は、寧ろ私から望んでいたものだったのかもしれない。
もう痛みすら感じない。
感覚神経が死を迎えた今、私という存在が消滅するまで、大した時間は要さないだろう。
心残りがあるとすれば、ただ一つ。

――最後に……抱き締めて欲しかったな……。

その思考を境に、私の意識は重い瞼を下ろした。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時46分(56)
題名:世界の意思(第十四章)

闇に包み込まれた夜の街。
周囲の家々は、そのほぼ全てが眠りに落ち、定間隔毎に設置された街頭だけが、界隈に満ちる暗闇を照らしていた。
昼間の賑わいとは打って変わり、辺りにはシンとした静寂のみが響き渡る。
「……」
そんな夜の街を、一人歩く七夜の姿。
周囲の闇に溶け込むかのように、ゆっくりと歩みを進める彼の手は、何気なく懐へ差し込まれている。
端から見れば、ただ気まぐれで夜の散歩でもしているように見えるのかもしれないが、決してそんなことはない。
そのことは、彼の目つきを見るだけで良く分かる。
鋭い眼差しで周囲を警戒するその目線は、一所に留まることなく、せわしない動きで辺り一面を見回している。
だが、その全身はありとあらゆる気配を殺していた。
殺気はもちろんのこと、そこに確かに居るという存在の気配までもを、完全に消していた。
誰に気付かれることもなく、狙うべき対象に近づき、知られる前にその命を刈り取る。
まさに、暗殺を生業とする者の動きそのものだ。
「……」
無言を保ったまま、曲がり角を左に折れる。
視界に映るのは、この前までとはちょっとだけ違ういつもの道。
街ぐるみの清掃活動でもあったのだろうか。
ついこの間まで、通りのあちらこちらに、空き缶やタバコの吸い殻といったゴミがちらついていたのが、今はそれらのほとんどが見当たらなかった。

――誰が捨てたともしれないゴミを、何の責任もない赤の他人が処理をする……か。

そんなことを考えていると、不意に彼女の顔が浮かんできた。
教会の代行者として、ロアの残した爪痕たる吸血鬼達を狩る。
よくよく考えてみれば、彼女にとってのそれは、行う義理のある任務ではあったが、行わなければならない義務のある責務では無い。
そのような代行の果てに、今ベッドにて寝息を立て続ける、依然として昏睡状態の彼女。
脳裏に焼き付いたその姿を思い出すだけで、胸の奥に沸々と熱い感情が芽生えるのは何故だろうか。
別に、これといって特別な思い入れがある訳じゃない。
彼女が傷付いたからという要因で、何らかの感情を抱くのは、自分ではなくあいつのはずだ。

――……やはり、シオンの予測は当たっているようだな。

昼間、シオンの部屋にて彼女と話した時のことを思い返しながら、七夜は小さく溜め息を溢した。
このままでは、遅かれ早かれ二人まとめて消滅しかねない。
手遅れにならない内に、今回のタタリの根源を見つけ出さなければ……。

――……。

「……ん?」
不意に、夜の街に響いていた靴音が鳴り止んだ。
その場に立ち止まり、辺りに耳を澄ます。

――……ぁ……っ……!

神経を集中した聴覚が、かすれたうめき声のような音を拾う。
遠すぎてほとんど聞こえなかったが、それは確かに声だった。
聞き覚えのある声。
それが誰のものであるか、七夜は瞬時の内に理解していた。
「……ちっ」
苦々しく舌打ちをした後、直ぐ様全力で駆け出す。
向かう先は、無論声の聞こえた方角。
体勢を低くし、脱兎の如く、人気の無い通りを疾駆する。

――く……っ……!

聞こえてくる声が、徐々にその鮮明さを増してゆく。
そこに満ちる苦痛の色。
それが、彼の足により一層の力を与えた。
いくつめかの曲がり角で、隅に立つ電柱に手を引っかけると、遠心力任せに勢い良く向きを変える。
その視界に映る、まだ遠い光景。
短い金髪を風に揺らしながら、痛みに顔を歪めるアルクェイドの姿。
その右腕は肘から下が切り落とされており、輪切り状態の切断面からは、異常な量の血液が溢れている。
そしてもう一人、彼女の眼前に佇むのは、見慣れた何者かの姿。
手に持った何かを、無造作に地面へと放り捨てる。
……ここからでは良く見えないが、それが何であるかは容易に想像がついた。
短刀を軽く振り、そこに付着した血を払いながら、ゆったりとした足取りで彼女の方へと歩み寄る。
「くそっ……!」
地面を蹴り、二人の元へと疾走する。
「……無理だよ」
そんな折、不意に鼓膜を刺激した彼女の声。
静かにうつ向くその姿は、いつもの彼女からは想像もつかない程、弱々しく映った。
大地を蹴る足に力を込める。
果たしてそれは、胸中に募る焦りのせいなのか、いくら駆けてもまるで届く気がしない。
「……私、やっぱり……」
彼女が目線を持ち上げる。
そのすぐ目の前に見えるのは、今にも己を殺さんとする敵。
なのに……、
「……志貴は殺せない」

――っ!?

彼女は微笑んでいた。
とてもにこやかに……それでいて、どこか酷く寂しそうに……。
目の前にいるのは、今にも自分を殺そうとしている殺人鬼。
例えそれが、誰よりも愛しい想い人だとしても、その事実は変わりはしない。
その状況下で、何故笑える?
意味が分からない。
てんで理解不能だ。
……なのに、何故だ?
胸が締めつけられる。
そんな彼女を見つめるだけで、心が悲鳴を上げた。
痛い……苦しい……と。
激しく脈動する動悸は、鳴り止むことを知らないかのように心臓を打ち、今にも血管が張り裂けてしまいそうだ。
彼女に近寄る影。
それはもはや、具現化された死の象徴だ。
未だかつてない程の力で、思いきり大地を蹴り続ける。
この肉体の持つ性能の限界を、己の意思で超越させる。
このままの速度で走り続ければ、過度の負担に苛まれた自分の身体が、その後どうなるか予想もつかない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
例え、二度と歩けなくなると宣告されたとしても、この足を止める気はない。
振り上げられるナイフ。
街頭の無機質な明かりを吸い、その白刃が残酷な輝きを放つ。
距離が遠い。
まだ、奴の位置はこちらの射程の外だ。
このままでは……

――……そうだ!

瞬間、脳裏に閃いた一つのアイデア。
そうか。
彼女が無抵抗でいるのは、あれが志貴でないという確証を持てていないからに違いない。
なら、そのことを教えてやればいいだけ。
ここから、彼女の名を大声で叫んでやればいい。
それだけの話だ。
「アル……」
そう考え、足を止めて叫ぼうとした……まさにその瞬間だった。

――ヒュッ。

空気を切り裂く、気味の悪いかすれた音。
その後、膝から力無く崩れ落ちゆく彼女の姿。
ほんの僅かに過ぎない一瞬の時が、さながら無限に引き延ばされたかのような不思議な感覚。
その後に残ったのは、地面に倒れ伏して動かない彼女と、それを見下ろす一つの黒い影のみ。
その手に握られたナイフの刃は、朱に染め尽くされており、もはや白刃ではなくなっていた……。


――――
――――、――――


……気付いた時、俺は横たわる彼女のすぐ傍らに立ち尽くしていた。
自分でも気付かぬ内に、右手には己が銘の刻まれた短刀が。
先ほどまでそこにあったはずの影は、周囲を満たす闇へと溶け込むように、黒い霧へ還ってゆく最中にあった。
地面へと視線を落とす。
その視界に映る彼女は、うつ伏せのまま微動だにしなかった。
そこを中心に広がる赤黒い血溜りが、その出血の激しさを物語っている。

――大丈夫。こいつは真祖の姫だ。いくら大量の血を失ったとはいえ、この程度で死ぬはずがない。

そんな思いとは裏腹に、脳裏をよぎる不吉な考え。
いくら頭の片隅へ追いやろうとしてしても、それは大きなシェアで持って脳内に焼き付いていた。
……分かっている。
あれが、自分の希望的観測に過ぎないことくらい、誰よりも一番……。
「……」
無言のまま、ただその場に佇む。
彼女の側に屈み込み、安否を確認したいという思いはある。
だが、確かめてしまったら、その良し悪しに関わらず、真実から逃れられなくなるということによる躊躇いが、彼の行為に歯止めをかけていた。
希望的観測と絶望的予測の狭間でせめぎ合う心が、そのどちらも選択したくないと悲鳴を上げる。
望まない真実を知ることの恐ろしさからか、二者択一の中から第三の選択肢を求める。
……が、見つかるはずはなかった。
それが絶対的な二択である以上、そのどちらか以外に道はない。
交差点で、道が左右にのみしか伸びていない限り、そのどちらか一方へしか進むことはできない。
そう、来た道を戻ることが出来ない以上、絶対に……。
「……七夜?」
「っ!?」
静まり返った夜の空気を引き裂いて、不意に鼓膜を揺るがした聞き慣れた声。
弾かれたように背後を振り返る。
その目線が捉える先にいたのは、予想に違わず、己と同じ容姿をした彼の姿だった。
「……志貴」
「……っ!」
暗闇に隠れていた現状の凄惨さを悟った瞳が、驚愕と恐怖に大きく見開かれる。
「七夜……お前の足下に転がってるのは……」
その声色も、言葉の端々が微かに震えているように聞こえた。
最悪だ。
こいつには、この場に居合わせて欲しくなかった。
いずれ知ることではあっただろうが、できることなら、ギリギリまで知らないでいて欲しかった。
欲を言えば、最後まで知らないでいて欲しかった。
しかし、それももう叶わぬこと。
良くも悪くも、忘却による逃げを決して行なわい奴だ。
この光景を見たからには、こいつはそれを現実と受け止めるだろう……。

……そんなことを考えていた矢先だった。

「……お前が殺ったのか?」

――っ!?

志貴の暗く沈んだ問いかけに、伏し目がちだった目線を慌てて持ち上げる。
微動だにすることなく、こちらを直視する瞳。
そこに満ちる凄烈な死の気配。

――ジジッ。

道端に立てられていた街灯が、気味の悪い放電音を上げて、その機能を停止した。
いつの間にか、その手に握られていた短刀が、月明かりを反射して残酷な輝きを放つ。
「……」
「……」
無言で対峙する二人。
望月を間近に控えた月だけが、彼らを冷たく照らし出していた。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時47分(57)
題名:世界の意思(あとがき)



















アヒャ――――(゜∀゜)――――




やっちまった……。

やっちまいましたよ……。



















履修登録ミスったあああぁぁぁぁあああ!!






なんてこったい(´・ω・`)

大学入って早速のハプニング勃発。


いくら

スリル



サスペンス

に満ちた学生生活を求めたとはいえ、こんな刺激は余りに

バイオレンス(意味不)



ファーストインパクトでこれなら、一体セカンドインパクト勃発時に、私はどうなってしまうのでしょうか?(´・ω・`)

私の時、ミサトさんの場合みたく、誰かが助けてくれるとは限りません。

そう、誰かが助けてくれるのを待っている訳にはいかない。
自分の命は、自分で守らねば!














とりあえず、教務部の方々に泣き付いてみます。




゜。゜(つД`)ノ゜。゜




ま、そんな嫌なことは、さらっと現実逃避することにして、今はこちらの反省会といきましょうか(´・ω・`)ショボーン


さて、今回は七夜作品の続編となるものですが、いかがでしたでしょうか?



昏睡状態のシエルはいつ目覚めるのか!?

アルクェイドは、本当に殺されてしまったのか!?

タタリの目的は何なのか!?

対峙する七夜と志貴は、互いに殺し合うこととなるのか!?

そして、同一の存在となりゆく二人は、自分達の消滅を阻止することができるのかっ!!?





謎だらけでスマソ(´・ω・`)

まぁ、あまりにも長くダラダラするのは嫌なので、できるだけこのシリーズは早期に終わらせるつもりです。
多分、後2・3作品で終わりの予定。


……コメディは除くけどね( ̄▽ ̄;)



そして、やっぱり七夜に違和感たっぷり。
純粋過ぎるくらいに殺人に嗜好的で、まるで呼吸をするかのように人を殺すのが本来の彼の姿。
……のはずなのに、私の中の七夜の優しいこと。

おかしいだろ!

絶対におかしいだろ!


ゴルァァァ!!

グパッ!?(゜Д(〇―(^ω^)









これで勘弁してやって下さい(´・ω・`)



何だか無茶苦茶なあとがきになってしまいましたが、今回はこの辺りで終了と致しましょう。

今作についての感想等々ございましたら「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」の方まで、どしどしとお書き込み下さいませ。

それでは、また会えるその時まで。
管理人兼素人作家の月夜でした。













とりあえず、教務部へダッシュしてきます(´・ω・`)ノシ

月夜 2010年07月04日 (日) 16時51分(58)


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