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タイトル:序まりはとても緩やかに…… ファンタジー

――七夜志貴。彼が突如として現れたのは、三咲町に出現した新たなタタリに起因していた。そして、そのタタリは行動を開始する。邪魔者を排除する為、最も汚い手段を用いて。その毒牙にかかったのは……。長編二作目は、複数視点からのシリアス展開でお届けします!

月夜 2010年07月04日 (日) 16時24分(27)
 
題名:序まりはとても緩やかに……(第一章)

まだ陽も昇らぬ、眠りに包まれた早朝の街。
月は既に地平線下へと沈み、東の彼方、微かに覗ける陽光だけが、終わりゆく夜と始まりゆく朝を告げている。
上空を埋め尽くす、今はまだ濃厚な暗い群青の中に、雲は一つとして存在せず、快晴の文字が示す通り、空は快いまでに晴れ渡っていた。
「……」
そんな肌寒い朝の空気の中、ただ一人、無言で通りを歩いてゆく何者かの姿。
時折吹き抜ける風に、淡い緑のロングスカートがヒラヒラと揺れる。
ところどころに散りばめられた粒状の装飾が、微かな光を浴びてきらびやかに輝いていた。
年の頃は、20代前半位だろうか。
短く切り揃えられた漆黒色の髪に、凛と引き締まった口元。
中々輪郭の整った、端正な顔つき。
背丈は高いが、手足はか細く、体格はやや痩せ気味で、どことなく弱々しい感を受けた。
だが、その鋭い眼差しに、油断の文字は一片たりとて見受けられない。
いや、それどころか、その警戒の中に感じられる、この他を圧倒せんばかりの凄まじい迫力――これは……殺気だろうか――が、伺い知れる。
それに、常人とはそこに漂う気配がまるで違う。
彼の者の周囲には、そこはかとない高貴な空気が満ちていた。
そこらへんにたむろすチンピラ風情では、おそらく近づくことすらあたわないだろう。
まだ冬の残り香の木枯らしが吹いているにもかかわらず、上に羽織っているものは薄いジャンパーのみ。
だが、身震いはおろか、強く服を着込んだり、手と手を擦り合わせたりといった、寒そうな仕草は一切見せていない。
進む足を止めることなく辺りを見回す。
立ち並ぶ家々には、ただの一つとして明かりは灯されていなかった。
こんな時間だ。
夜更かしをする人も、早くから起きている人も、そのどちらもが眠りに落ちている頃だろう。
定間隔おきに立てられた幾つもの街灯。
それは、さながら誘蛾灯のように、無数に飛び交う黒点を身に纏っていた。
そして、目の前に見える、尖った四角錐のようなピラーを二つ持った、独特な形状の建物。
敷地の入り口部分には、“立入禁止”の文字が記された黄色いテープが張り巡らされている。
「……久しいな」
不意に、ポツリと呟いた。
雰囲気に違わず、物腰柔らかで静かな声色だ。
眼前にそびえる建造物を見上げる。
昔からこの地にある、何の変哲もない古びた教会だ。
石造りの壁には幾本ものヒビが走り、窓にはめこまれたステンドグラスは、そのほとんどが割られてしまっていた。
その割れ跡のほとんどは、握り拳程度の球形を原点に、上下左右へとひびを走らせている。
テープを跨ぎ越し、敷地内に足を踏み入れる。
そこかしこに転がる野球のボール。
多分、近くにある空き地で、草野球をやっていた子ども達のものだろう。
誤って打ち込んだまま、放りっぱなしにでもしたのか。
まぁ、こんな不気味な教会に、好き好んで入ってくるような物好き、そうそういるはずもない。
歩みを進めると、錆びて赤みがかった仰々しい鉄の扉の前に立った。
そっと手を触れる。
鉄の冷えた温度と、表面の粗いザラザラ感が、触れた方の手を刺激した。
固く閉められたそれは、錆びの進行具合から察するに、もう何十年と開けられてすらいないようだった。
まるで立ち入る者の行く手を阻むかのように。

――キイィィ。

……だが、軽く押すだけで、その扉はいとも容易く押し開かれた。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時25分(28)
題名:序まりはとても緩やかに……(第二章)

見た限り、別段力を込めたという風でもない。
扉自身が、その存在を認めたかの如く、自らの意思でもって開いたようにも感じられた。
内部に足を踏み入れる。

――リィン――

その動作を待っていたかのように、その扉は誰が触れることも無いまま、ゆっくりと閉まってゆく。
錆び付いた鉄が上げる軋んだ摩擦音が、静寂に包まれた教会内に響き渡った。
「……」
周りを見回す。
奥行きの広い空間の中央で、縦方向に敷かれた細長い濃紅色の絨毯。
それを中心として、四人掛けの横に長い椅子が、左右対称に一対ずつ13組、計26脚並べられている。
二階部分にある細い通路と、そこへ繋がる階段。
手摺は木製で、相当高級な物が用いられているのか、ほんの僅かな明かりの中でも、自己主張するかのような艶やかさを失っていない。
一つの例外もなく、全ての窓にはめられた豪奢なステンドグラスは、多種多様な輝きと色彩を身に纏っており、見る者の心に神聖さを与えるようだった。
顔を持ち上げ、天井を見上げる。
視界一面に広がる一つの絵。
それは、絵筆をもってして描かれたものではなかったが、とても精密なものだった。
いや、そのことによって、より一層描き手の技術とその繊細さが表されているさえと言えよう。
中央部に描かれたキリストと聖母マリア。
その周囲を取り囲む神々。
世界的に有名な絵画、ミケランジェロの“最後の審判”だ。
本物は、バチカンのシスティーナ礼拝堂に描かれてある。
だが、その緻密さなら、本物に何ら劣るところはない。
そんな絵画を取り囲むように設置された、いくつかの小さな光源。
場所ごとの光の強弱を調節するためなのか、斜めに傾いているそれらは、柔らかな橙色の光を放っていた。
「一片の変わりもなし……か」
呟きながら、教会内へと足を踏み入れた。
一歩足を進める度、コツコツという乾いた靴音が鳴り響く。
だが、埃のようなゴミの類は、塵一つとして舞い上がることはなかった。

――カッ。

歩みを止めると同時に、その空間から全ての音が消え去る。
最奥にある像の前に立ち、首を動かして天を仰ぐ。
手の平を十字架に打ち付けられた、処刑を目前にひかえたキリストの姿。
キリスト教会ならどこにでもあるような、ある意味ありふれた像ではあるが、いざ目の前にすると、やはりえも言われぬ荘厳な迫力がある。
「……」
無言でひざまづくと、瞳を閉じ、胸の前で軽く十字を切った。
別に、敬虔なクリスチャンだからという訳ではない。
知らず知らずの内に身に染み付いた、ただ単なる習慣だ。
「……さて」
瞼を持ち上げ、立ち上がりながら小さく呟いた。
踵を返す。
舞うように翻ったスカートが、降り注ぐ光を乱反射して不規則な輝きを放った。
再び、歩みを元来た方へと進める。
乾いた靴の音。
鉄の扉の前にて立ち止まり、そっとその表面に手を触れる。
手の平に伝わる無機質な冷たさと、少しの錆びもない滑らかな肌触り。
そっと押し開く。
細い隙間から差し込む朝の光が、暗がりに慣れた目に眩しい。
一歩、外界へと足を前に踏み出す。
同時に聞こえてくる、扉が閉まりゆく鈍い音と、次いで耳に届いた重い音。
「……始めるとするか」
誰に言うとでもなくそう呟くと、再び歩みを進め出す。
その背後、遠ざかりゆく景観の中に映し出されるのは、荒廃しきった教会の姿のみだった。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時25分(29)
題名:序まりはとても緩やかに……(第三章)

「……き……」
眠りの最中、不意に届いた誰かの声。
「……し……様……」
薄らんだ意識の表層を、宛てもなくゆらゆらと漂っているかのような、ある種独特の心地よい浮遊感。
いつも、いつまでも、こうしてまどろんでいたい……。
「志貴様……起き……下さ……」
……が、どうやら、そういう訳にもいかないらしい。
シャッという音と共に、勢いよくカーテンが開かれる。
遮蔽物の取り除かれた窓ガラスを透過し、朝の眩しい陽光が、光の束となって部屋中に降り注ぐ。
閉じた目に降り掛かる光が、暗闇に慣れた瞳に、瞼越しにも何とも眩い。
「……んぅ……」
無駄な抵抗と分かっていながらも、布団を抱きかかえたままの体勢で、光の差し込む方とは反対側へ寝返りを打つ。
自然と全身にからまる布団。
一晩中体温で暖められたそれは、人肌より少し暖かく、くるまれているだけで、言いようのない心地良さを得られた。
「志貴様、起きて下さい。もう朝です」
時が経つにつれ、曖昧だったその声に輪郭が取り戻されてゆく。
起きなければ。
上に覆い被さる布団を押し退け、上体を起こし、傍らにいる彼女に“おはよう”と声を掛けなければ。

頭はそのことを理解し、意識は覚醒を促す。
しかし、人間の体とは、かくも欲望に忠実なものか。
貧血による倦怠感も合わさってか、全身がまるで鉛のように重たい。
動かそうと思えば動かせるのだが、その都度体中に後味の悪い痺れが走る。
あぁ、何で毎日毎日、朝というものは律義にやってくるのだろうか。
この時ばかりは、太陽の光が疎ましくてたまらない。
もし、ここが北欧だったなら、今の時期、極夜が訪れている頃だろう。
一日中太陽が昇らず、ただ延々と続く夜の世界。
何と素晴らしいことだろう。
いくらでも、そしていつまでも、大手を振って爆睡し放題ではないか。
……まぁ、日中氷点下当たり前の世界は、低血圧なこの体に些か堪えるものがありそうだが。

――……カタッ。

そんな無意味極まりないことを考えていた折り、不意に何かを取り外した時のような、短く乾いた音が聞こえた気がした。
「……ん?」
現実逃避を止め、寝返りを打った時の体勢はそのままに瞳だけを動かし、その音源、天井へと目線を動かした。
瞬間、視界が暗転。

――ガン。

次いで耳に直接届いた、鈍い殴打のような音と、側頭部を始点に全身を駆け巡る痛み。
「ぬぁっ!?」
何が起きたのかも分からぬまま、うめき声を上げながら反射的に身を起こす。
そのすぐ側、ベッドの上に落ちていたのは、一片だけ外された天井を構成している木製の板。
つい一週間ほど前なら、自然と落ちたものが、偶然にも顔面に直撃しただけだと思えただろう。
だが、今となってはそれは偶然に非ず。
攻撃性に満ちた、悪意ある必然だ。

――……あんにゃろめ。

心の中で小さく毒付く。
「し、志貴様!? どうなさいましたか!?」
窓際に立っていた翡翠が、慌てて近寄ってくる。
「ん……あぁ、何ともないよ。心配しないで」
そんな彼女をやんわりと制止しながら、先ほど板のぶつかった側の頬に軽く触れてみる。
腫れてはいないようだが、少し熱っぽさが残っていた。
「ですが……」
未だにどことなく申し訳ない様子で、伏し目がちに顔を伏せる翡翠。
板が落ちてきたことに対して、自分の不注意だとでも思っているのだろう。
真面目で責任感の強い、彼女らしい考え方だ。
けれど、このことについて、彼女に一切の責は無い。
っつーか、間違いなくあいつのせいだ。
「いいよいいよ、翡翠のせいじゃないんだから、気にしないで」

月夜 2010年07月04日 (日) 16時26分(30)
題名:序まりはとても緩やかに……(第四章)

そんな彼女に優しい言葉を投げ掛けながら、痛みを堪えて小さく微笑む。
「……はい。申し訳ありませんでした……」
それでも、やっぱり申し訳なさそうに頭を下げる翡翠。
いくら君のせいじゃないと言えども、彼女にとってこの事態は、紛れもなく自分の責任でしかないのだろう。
翡翠らしいと言えばらしいのだが、何だか無性に可哀想だ。

――……後で、しっかりと言ってやらないとな。

天井を軽く一瞥する。
「まぁ、俺のことなら全然心配ないから。悪いけど、そろそろ着替えなきゃならないから、出て行ってもらえるかな」
「……分かりました」
踵を返し、扉の方へと向かう翡翠。
「失礼しました」
と言って、再度恭しく頭を下げる。
その言葉の端々から感じられる、彼女なりの自責の念が、何だか心に痛々しい。
「……」
微笑み掛けてあげたい気持ちを我慢して、無言でそんな彼女を見送る。
今、ここで、彼女の中の罪悪感を少しでも取り除こうと、優しく笑い掛けるのは簡単だ。
けれど、その行為が彼女にとって……生来真面目で几帳面、そして責任感の強い翡翠にとってみれば、逆の効果しかもたらさないことを、長い付き合いから志貴は知っている。

――バタン。

扉の閉められる重い音。
廊下に響く足音が、徐々に遠退いていくのを確認してから、
「……おい」
志貴は天に向かって声を発した。
「何だ?」
返ってくるのは、己と同じだが限りなく無愛想な声。
先程外された板によって生まれた隙間から、一つの影が軽い足取りで部屋へと飛び降りる。
そこが、弾力性に富んだベッドの上ということも相まってか、物音一つと立てることはなかった。
「何だじゃない。一体どういうつもりだよ」
「何のことを言ってるんだ?お前」
ベッドの上に、上体だけを起こした志貴の問いかけに対して、彼を見下ろしながら、七夜は怪訝そうな表情を浮かべた。
「俺の顔面目がけて、天井の板を外したことだ」
志貴が恨めしげな眼差しで応えた。
だんだんと治まってきてはいたが、まだ少しジンジンとした痛みが残っている。
「何だ、そのことか。別に礼を言う程の事でもないだろう」
「……は?」
何気なく返されたその言葉に、志貴は思わず耳を疑った。

何?
礼を言う程の事でもない?
何を言ってるんだ、こいつは?
今、この状況で、お前に対して感謝する要素は、どこを探しても見つからないだろう?

余りにも的外れ極まりない発言。
正誤逆転も甚だしい。
「ん? 違うのか?」
「違うわっ!!」
怒声にも似た大声が、朝の穏やかな空気を盛大に揺るがす。
自分自身のもう一つの姿とは言え、やはり暗殺者という人種の思考回路は良く分からない。
「あんなことしたら、翡翠が責任を感じるだろうがっ!」
「何故だ?」
「真面目で責任感の強い性格だからだよっ!」
「ふむ……」
珍しく、怒りを露わにまくし立てる志貴の目の前で、七夜は下顎に軽く指を添えながら、冷静な態度で問いかけを繋げる。
「……ならば、真面目で責任感の強い性格なら、何故突然天井の板が外れたことに対して責任を感じるんだ?」
「そ、それは……板の外れる……なんていうか、予兆みたいなのを、毎朝俺の部屋に来ているにもかかわらず見逃したと思って……」
「なるほど。だが、その答えにはいくつか矛盾があるな」
ベッドから降り、部屋の壁際に位置する大きめの本棚の傍へと歩み寄ると、七夜はその陰に身を隠した。
万が一、急に誰かが部屋の扉を開けた時、自分の存在をその誰かに悟られないようにするためだろう。
壁にもたれかかりながら、七夜が言葉を続ける。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時26分(31)
題名:序まりはとても緩やかに……(第五章)

「ここはお前の部屋だ。一日を通して、最もここに居る時間が長いのは、間違いなくお前だろう。もしそんな気配があったのなら、翡翠よりも先にお前が気付くはずだ」
「う……」
「それにだ。毎朝毎朝、わざわざ彼女がこの部屋に来る理由は何だ?……聞くまでもないな。お前を起こしてやるためだろう。ならば、彼女に対して責任はおろか、何一つとしてお前に言及や追及する権利はない」
「うぅっ……」
勝敗は既に決していた。
饒舌に理屈を述べてゆく七夜に対し、志貴は口ごもって唸ることしか出来ない。
七夜の理論武装は、志貴のそれと比べれば断然強固だった。
「分かったか?お前は起こしてもらっている立場だ。寝起きが悪いお前を起こすという彼女に課された義務を、俺が手伝ったという事実に対して、お前は感謝こそすれ文句を言うことは出来ないんだよ」
「……」
トドメの一撃。
ぐぅの音も出ないとは、まさにこの事だろう。
いつの間にか、天井の板が外れた事について、翡翠が感じる責任感から、七夜の行為の正当性へと論点がすり変わってはいたが、どちらにせよ志貴には返す言葉すらなかった。

――くそぅ……ろくに学校にも行ってないような奴に、理論であっさり言いくるめられてしまうとは……。

ガクッと肩を落とす志貴。
よくよく思い返してみれば、七夜がここに来て以来、何もかもがあいつのペースな気がする。

――コンコン。

「志貴様、朝食の準備が出来てますので、お早めに下までお降り下さい」
扉をノックする音と、次いでその向こう側から聞こえてくる控え目な声。
「あぁ、分かった。すぐ行くよ」
「では、失礼します……」
応える声に返される返事。
やはり、まだ多少気に病んではいるようだ。
「……」
遠退く足音を聞きながら、ジトッとした眼差しで七夜を見つめる。
「何だ?」
「……別に」
ふてくされた子どもみたいな口調で言葉を返す志貴。
だが、先ほど切れた話題をぶり返し、勝算の無い戦いを挑むような愚を行う気はない。
「変な奴だな」
ただ黙って睨むだけの志貴をよそに、七夜は訝しげに小さく呟くと、その傍を通過して窓際の方へと歩み寄った。
屈み込み、ベッドの下から靴を取り出す。
窓を開き、その縁に腰を下ろす。
そこから吹き込む、冬の朝を象徴するかのような冷涼な風。
「……寒っ」
依然としてベッドの上に座った体勢のまま、志貴は反射的に布団を身にまとわりつける。
「そうか? 俺はこのくらいがちょうど良いと思うが」
窓の縁に片足を乗せた状態で、七夜が布団にくるまる志貴を振り返る。
「お前と違って、俺は寒いの嫌いなんだよ。貧血持ちだから、朝は余計にな」
「貧弱な奴だ。常日頃からの体調管理がなってないから、そんなことになるんだ」
「貧弱とか体調管理とか以前に、これは昔っからの俺の体質なんだよ」
呆れたような七夜の呟きに対し、志貴は不服そうな調子で言葉を返した。
「言い訳をするな。大量に鉄やらビタミンやらを摂取すれば、そんなものすぐに良くなるだろう」
「あれ? 貧血にビタミンなんて関係あったっけ?」
聞き慣れない情報に、志貴が小さく首を傾げる。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時27分(32)
題名:序まりはとても緩やかに……(第六章)

「なんだ、知らなかったのか? まぁ、お前の貧血のタイプにもよるが、基本的には鉄とビタミンさえ取っておけば、栄養面での問題はない」
「へぇ……前々から思ってはいたけど、お前って妙なところで博識だよな」
「殺人術と同時に、ある程度の医術知識も叩き込まれたからな」
七夜が何でもないことのように言葉を返す。
今にも飛び出さんばかりだった体勢から、ゆっくりと窓の縁に掛けていた足を離すと、側の壁にもたれかかりながら、ベッドの方へと向き直った。
「そうなのか? でも、何でまた暗殺者に医療の知識なんて……」
「殺す技術と治す技術は表裏一体。知ってるだけで、色々と便利なこともあるのさ」
「へぇ〜。なら、お前医者になろうと思えばなれるのか?」
「それはどうだろうな。医師国家試験をパス出来るくらいの知識は身につけているつもりだが……」

――七夜が医者か……。

返ってくる言葉を軽く聞き流しながら、志貴はそんなことを想像してみた。
白衣を身に纏い、カルテ片手に患者の胸に聴診器をあてがう七夜の姿。

――……案外似合ってるかも。

素直にそう思った。
……ただ一つ、手術台にて眠る患者の手前で、メスを片手に笑みを浮かべる姿を除いて。
もし、その患者が自分だったらと考えるだけで、背筋に薄ら寒いものが走るようだった。

――外科医にだけはしちゃいけないな、こいつ……。

ただの妄想に過ぎないとは思いつつも、志貴は本気でそんなことを思うのだった。
「ただ、正式な医師資格を手に入れるには、国に指定された病院で二年間の臨床研修が必要となるからな。いかんせん面倒だ」
「ふ〜ん」
七夜のそんな言葉に、妄想に耽りながら適当な態度で相槌を打った、その時だった。
「志貴さ〜ん!」
階下から聞こえてきた声が、志貴の脳を覆っていた靄を取り払った。
そういえば、朝食の用意ができていると言われてから、結構時間が経っているような気もする。
「さて、そろそろ時間切れのようだな」
そう言って七夜は踵を返すと、再び窓の縁に足を乗せた。
「あぁ、ちょっと待て」
「ん?」
「俺が学校に行ってる間、気を利かして留守にしてくれるのは嬉しいんだが、せめて日付が変わるまでには返ってきてくれ。昨日みたく真夜中の一時過ぎに突然帰って来られると、寝不足で翌朝が大変なんだよ」
わざとらしく欠伸をしてみせる志貴。
「そうか。まぁ、忘れていなければ気をつけてやる」
そんな彼に向かって、七夜は投げやりに返事をすると、背後を振り返ることなく窓から飛び出していった。
窓から吹き込む冷えた風と、外から聞こえてくる木々の枝のしなる音。
「……はぁ」
一人、寂しくなった部屋に、盛大な溜め息を反響させると、志貴は渋々ベッドから立ち上がり、重い足取りでクローゼットへと歩み寄った。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時28分(33)
題名:序まりはとても緩やかに……(第七章)

――キーンコーンカーンコーン。

授業終了のチャイムが、ダレた雰囲気の漂う教室内に鳴り響く。
これで、本日のダルい学業の時間も終わりだ。
「起立! 礼!」
日直の号令に合わせて立ち上がり、壇上の教師に向かって、生徒達が一斉に頭を下げる。
「ふぅ……」
ざわつき始める教室の中、志貴は一旦席に腰を下ろすと、横に設置されたフックに掛けられた、自分の鞄を手に取った。
それを机上に置き、各種教科書やノート類を乱雑に詰め込む。

――……ダルいな。

内心密かに一人ごちる。
一冊一冊は大したことないとはいえ、これだけの数が集まれば、やはりなかなかの重量となる。
いちいち家に持って返らず、このまま机の中に放置しておきたい気持ちは山々なのだが……。

――……見つかったら、全部焼却炉送りだもんなぁ。

溢れるのは重い溜め息。
そう、もしも放課後、机の中に教科書類を置いて返ったことがバレた場合、それらは全て学校備え付けの焼却炉にて燃やされてしまうのだ。
例年、そんなのはただの脅しだろうとたかをくくった愚か者達が、何度となく犠牲になってきた。
実際、今年も2人ほどそんな愚か者が出たらしい。
その後どうするかというと、わざわざその教科書を販売している書店まで出向き、無くなった物を再購入しなければならないというのだ。
無論、費用は生徒側の自腹。
踏んだり蹴ったりとは、まさにこの事だ。
……そういう訳で、いくら面倒だとはいっても、持って返らなくてはならないのだ。

――全く……学校側も下らない校則を作るもんだ。

「おい、志貴」
そんなことを考えていた矢先、不意にすぐ傍で呼ばれる自分の名前が聞こえた。
「ん?」
反射的に顔を持ち上げ、その方へと目線を向ける。
そこにいたのは、彼にとって親友と呼べる、このクラスで唯一の人物だった。
「なんだよ? 有彦」
「お前、今日これから暇か? 時間あるなら、久しぶりにゲーセンでも行かねぇか」
「あぁ……悪い。今日は、ちょっとした野暮用があるんだ」
有彦の勧誘に、志貴は顔の前で手を立てて簡潔に謝罪の意を表す。
笑顔で誘ってくれた有彦には悪いが、今日、今からは少々都合が合わない。
「そうか。まぁいいさ。そんじゃまたな」
と言って、志貴に背を向け、足早に教室を出ようとした、ちょうどその時。
「あぁ〜っ!」
一人の女子生徒の声が、教室中に響き渡った。
「ちょっと、乾君! あなた、今日の掃除当番でしょ!」
教室を出るすんでのところの有彦の背中に、教卓前にて佇む学級委員長による非難の怒声が降り注ぐ。
「……む?」
「“……む?”じゃないわよ! たまにしか学校来ないんだから、こういう時くらいちゃんと働きなさいよね!」
振り返り、訝しげな表情を浮かべる有彦に対し、怒り心頭な様子の委員長。
かなりお怒りの様子だが、極度のめんどくさがりの有彦のことだ。
この程度のことで、素直に服従するような奴ではないことを、長年の腐れ縁から志貴は良く知っている。

――はてさて、こいつはどうやってこの場を切り抜けるのやら……。

「……委員長」
と、そんなことを考えていると、有彦が唐突に表情を真面目なものへと一変させた。
鋭い目つきで、委員長の姿を睨むかの如く見据える。
「な、何よ……」
そんなどことなく深刻そうな有彦の様子に、少し気圧されたのか、歯切れ悪く小声で問い返す。
「……ツケってことでよろしく!」
シュタッと手を上げ、一目散に逃げ去る有彦。
「ここは定食屋じゃねええぇぇぇっ!!」
その背を追う委員長の叫び声が、教室から離れるにつれて、徐々にフェードアウトしてゆく。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時28分(34)
題名:序まりはとても緩やかに……(第八章)

……元気な奴らだ。
「さて。そんじゃ、俺は俺で、待ち合わせの場所へ急ぐとするか」
喧騒の消えた教室の中、誰に言うともなくそう呟くと、ずっしりと重くなった鞄を片手に、志貴は重々しく席を立ち上がった。



――コンコン。

木製の扉をノックする乾いた音。
「先輩、いいですか?」
「あ、遠野君。えぇ、どうぞ入って下さい」
返ってきた声を確認してから、志貴は静かに扉を開いた。
途端、鼻孔を刺激する仄かに苦味ばしった芳しい香り。
部屋に敷きつめられた畳と、予め立てておかれたお茶とが織りなす、心地よい香りの二重奏だ。
畳の手前の小さな段差に腰を下ろし、両足を揃えて丁寧に靴を脱ぐ。
「先輩、話って何ですか?」
「そんなに焦らず、とりあえず座って下さい」
急かすように尋ねる志貴を、シエルが落ち着いた声音でなだめる。
だが、その声に含まれた、微かな心の動揺を、志貴の耳は逃さなかった。
「……」
敢えて理由は聞かず、正座するシエルと向かい合うようにして畳の上に腰を下ろす。
「さ、飲んでみて下さい。今回のは自信作なんですよ」
志貴の眼前に置かれたお茶を、シエルが笑顔で勧める。
普段は明朗に見えるその微笑みも、今はどこか陰りが差しているかのようだった。
……何かあったのだろう。
こんな風に遠回しな態度を取るからには、ただ事ではない、何かが。
「……それじゃ、いただきます」
そんなシエルに促されるまま、そこはかとなく古さと高級感漂う茶碗を持ち上げると、志貴はそれを口元へと近づけた。
縁に口を付け、茶碗をゆっくりと上へ傾けてゆく。
「遠野君!!」
「!?」
瞬間、志貴の体の全ての動きが停止する。
唐突に呼ばれた自分の名前。
それは、とても聞き慣れた人の声だった。
そう。
今、自分の一番すぐ側にいる彼女の声。
……だが、聞こえてきたのは、そこからではなかった。
遥か室外、この部屋の外部からだ。
「くっ!」
脳が思考分析を行う前に、志貴の体は座した体勢から素早く立ち上がり、ほとんど本能的に後ろへと跳躍していた。
同時にポケットから小振りの守り刀を取り出す。
空を舞った茶碗が落下し、中から緑色の液体が撒き散らされる。

――バキッ!

次いで、背後にて発生する鈍い破砕音。
急速に耳に近づく風切りの微かな音と、何よりつい先ほどの声が、志貴にその正体が何であるかを教えていた。
迷うことなく、右手側へと身を避ける。
その数瞬の後、かつて志貴の体のあった場所を、一本の黒い物体が唸りを上げて駆け抜けた。
標的は、依然として畳の上から動かない、シエルの姿を偽る何者か。

――ガスッ!

肉の千切れる気味の悪い音を発して、一本の黒鍵がその何者かの心臓を穿つ。
穴の空いた箇所からは、赤い鮮血ではなく、半透明な黒い霧が溢れ出していた。
上部へと立ち昇るそれは、蛍光灯の無機質な光に照らされながら、上昇するに従って徐々に薄らみ、次々と消えてゆく。
「……ふふっ」
にもかかわらず、その何者かは笑っていた。
心臓を貫かれているのに。
避けようのない死を前に、消滅する定めに置かれているのに。
それなのに、そいつは、シエルの仮面を被ったまま、まるで嘲るかの如く嘲っていた。
「……」
不快だった。
気分が悪い。
彼女の顔を装い、貴様は何に笑っている?
死に逝くだけの惨めな死に体の分際で、何がそんなに面白い?
「……ふふふ」
あぁ、もういい。
貴様は愉快かもしれんが、こちらは酷く不愉快だ。
本物とはまるで似てもいない、貴様の化けの面を見下ろすのももう飽きた。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時29分(35)
題名:序まりはとても緩やかに……(第九章)

下らぬ芸しか持たぬ道化師め。
鬱陶しいから■。

前方へと跳躍。
短刀を振り、その腕を落とす。

見苦しいから■。

振り返りざま、再度跳躍。
短刀を走らせ、残った方の腕を落とす。

つまらないから■。

短刀を逆手に持ち替え、勢いをつけて横に薙ぐ。
胴と分かたれた首が、霧を噴き上げながら空高く舞い上がる。
「……ふふっ」
それでも、そいつは笑うことを止めなかった。
胸中にて募るのは、抑えようのない激しい憤りと、それを遥かに上回るドス黒い欲求。

コロしてやるからシね。

その顔面目がけて、短刀を
突き込む。
切り上げる。
叩き下ろす。
薙払う。
袈裟斬る。
眼球を穿つ。
耳を削ぐ。
鼻を刳り貫く。
口を切り裂く。

―――――、――――――

気付いた時、そいつはもう笑ってはいなかった。
バラバラにこま切れたそいつに、もう笑うことなんてこと出来はしない。
ただ、立ち込める霧となって虚無に帰るのみ。
「ふふ……」
何だろう?
無性に笑みが溢れてくる。
こんな惨めな奴を見下ろして、一体何が楽しいというんだ?
……あぁ、そうか。
コロしたからか。
こいつを、俺がコロしたから、俺は笑っているのか。
そうだ。
楽しいことをやったのなら、笑うべきだ。
心の内なる感情を解き放ち、声の限り笑えば良い。
「ふっ……ははっ」
そう。
こいつは俺がコロした。
俺がシなせてやったんだ。
「ははっ……はは――」
「遠野君!!」
……刹那。

――ズキッ!

「っ……!?」
頭を鈍い痛みが襲った。
胸にて渦巻いていた暗黒色の負の想念が、急速にその姿をくらませてゆく。
いつからか曖昧になっていた自我が、遠野志貴という名の形に蘇る。
「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」
背後から駆け寄ってくる足音に、志貴は後ろを振り返った。
その視界に映し出される、青く短い髪を持った一人の女性の姿。
瞳の奥に覗ける確かな不安の色が、彼女の人柄と彼に対する想いの程を物語っている。
正真正銘、シエル本人だ。
「あぁ、大丈夫」
答えながら、自分の足下を一瞥する。
そこに先ほどまでの何者かの姿はなく、既に例の霧も空気中へと霧散してしまっていた。
そうして、危機が去ったことを改めて確認してから、志貴は静かに短刀をポケットの中にしまい込んだ。
「一体、今のは……」
「一種の幻術でしょうね」
志貴の問いに、シエルがその傍らへと歩み寄りながら答えた。
「幻術……ですか?」
「えぇ。恐らくは、タタリ達の間のみで伝達される、閉じた悪性情報が形作った幻……といったところでしょう」
先ほどまで、自分の姿をした幻影のいた場所を見下ろしながら、シエルが難しい表情で答える。
志貴にとって、その言葉の半分近くは意味不明なものだったが、大事なことだけは理解出来た。
「ってことは、またこの町にタタリが……」
自然、声色に動揺の色が差す。
「……そういうことになりますね」
シエルが言葉を返す。
こちらも、やはり声に覇気が感じられない。
その場で膝を曲げ、畳の上に置かれたままの陶器製の茶碗を静かに見つめる。

――私の姿を偽って、遠野君を毒殺しようとは……。

内心密かに、苦々しく吐き捨てた。
自分と全く同じ姿をした別の誰かが、その偽りの容姿のまま、自分の想い人を手にかける。
想像しただけでも、胸の内から沸き上がる激怒を抑えられなかった。
誰かに対し、これほどまでに憎悪と殺意を覚えたのは久しぶりだ。

――こいつは……こいつだけは、私が滅ぼしてやる。

「……遠野君」
小声で彼の名を呼びながら、シエルはゆっくりと立ち上がった。
「はい?」
「ちょっとした用事を思い出したので、これで失礼させていただきます」
「え?」
踵を返し、手の平大の穴を空けられた扉の方へ、早足で足を進めた。
固く握り締められた拳が、その意思の強さを物語っている。
「これからしばらく、絶対に夜中は出歩かないようにして下さい」
「あ、ち、ちょっと、先輩!?」
扉の手前で一旦歩みを止め、振り返ることなく告げると、困惑気味に呼ばれる自分の名前を背に、シエルは茶道室を後にした。
「……」
ただ一人、部屋に取り残された志貴。
足下に転がる茶碗と、深い緑に変色した畳、そして穴の空いた扉とを交互に見比べながら、
「……はぁ」
志貴は、小さく溜め息を漏らすのだった。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時30分(36)
題名:序まりはとても緩やかに……(第十章)

刻は宵闇。
東より漕ぎ出した陽は、既にその身を西へと沈め始めていた。
紅に輝く夕日を受けて、視界に映るあらゆる対象が朱に染まっている。
「……」
そんな夕焼けに彩られた街道を、行き交う人々の往来に合わせて、七夜は退屈そうに歩いていた。
徐々に冷却されてゆく空気によって、吹きそよぐ風に冷たさが漂い始める。
と、何を思ったのか、七夜は人の流れから身を外すと、道端に位置する背の低いレンガの壁に腰を下ろした。
「暇……だな」
ダルそうに呟きながら、道行く人々を観察する。
楽しそうに会話する、学生と思しき人達。
仲間内で盛り上がったのだろうか。
「今から飲みに行くぞ〜!」という威勢の良い声が、街道を覆い尽くす喧騒の中においても、一際目立って響き渡る。
営業の途中なのか、脇に茶封筒を挟み、携帯で話しながら、もう片方の腕に付けられた時計で時間を見る、少し慌ただしい様子のサラリーマン。
しっかりと首元まで締められたネクタイが、彼という人間の真面目な性格を良く表している。
両腕に買い物袋をぶら下げ、幼い子供を引き連れて歩く女性。
小さな腕で、抱えるように荷物を持つその子供の姿は、見ているだけで何とも微笑ましい。
ランドセルを背負い、集団になってワイワイと騒ぎながら走り回る、帰宅途中の小学生達。
そして、その姿を見守る、腕に黄色い輪を巻いた数人の大人達の姿。
子どもの安全を願う彼らの瞳は、赤の他人から見ても、優しい光で満ち溢れていることが容易に分かる。
ふと目に止まった、学生服を身に纏った数人の高校生達。
あれは、確か志貴と同じ高校の学生服だ。

――……志貴の奴、大丈夫だろうな。

心の中で呟きながら、顔を伏せ、静かに瞳を閉じる。
暗転する視界。
この方が、視覚が働かなくなった分、思考という行為に専念出来る。
依然として辺りは煩いままだが、その程度なら気にしなければ良いだけのこと。

――果たして、タタリはまたこの町に発現しているのか?

思考に集中し、己に問いかける。
タタリがこの町にいる。
その証拠はない。
だが、そうでもなければ、俺が、今、こうしてここに居られる道理がない。
そう。
言うなれば、俺の存在そのものが、タタリの存在している何よりの証拠と言えるだろう。

――ならば、何故そいつは何の動きも見せないのか?

……分からない。
俺が目覚めてから、もうかれこれ一月くらいは経っている。
にもかかわらず、未だに何一つと行動していないのは何故だ?
真祖の姫を始末するにせよ、この町を死徒化させるにせよ、そのためには、何らかの動きを見せるはずだ。
……やはり分からない。
そいつの……まだ顔も分からぬタタリの目的は、一体何だ?
何のために、この町へやってきた?
その目的に向けて、一切の行動を示さない理由は何だ?

――……もう、既に行動しているとしたら?

行き詰まった思考を発展させるため、脳内で仮説を立てる。

……いや、それはあり得ないだろう。
志貴の家に居付いて以来、頻繁にアルクェイドの事は観察している。
今朝も、気付かれぬよう注意を払いながら、彼女の存在を確認しに行った。
結果、闘争した様子も無ければ、何らかの異常に気付いた様子も無し。
いつもと何ら変わりは無かった。
町を死徒化させるのなら、先のロアの時同様、大量の行方不明者が出るはずだ。
だが、今のところ、町のどこからもそのような情報は耳にしない。
一体、どういうことだ?

「ちっ……」
短く舌打ちしながら、七夜はゆっくりと瞼を開いた。
どれだけ思考しても、ただの一つとして結論が導き出せない。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時30分(37)
題名:序まりはとても緩やかに……(第十一章)

無論、いくら考えたところで、ただの推測にしか基づいていない以上、それが真理に辿り着くことはないのだが。
「やはり、事が起こるまでは分からない……か」
自身に向けて言いながら、七夜は目線を水平に戻した。
その視界に映ったのは、どこからどう見ても不良達の集まりといった感じの、数人の若者の姿だった。
髪を染めているのは当たり前。
ピアスをしている者も多く、中には鼻輪を付けているような者もいた。
「……ぁん?」
不意に、その中の一人と目が合った。
「おい、コラ。何メンチ切ってんだよ」
コートのポケットに手を突っ込んだまま、いかにも傍若無人といった態度で近寄ってくる。
それに連られるようにして、残りの数人も、同じようにその方へと足を進める。
「……何か用か?」
腰を上げようともせずに、向けられる視線を正面から睨み返す。
もし、対峙した相手が、それなりの死線をかいくぐってきた、本当の意味での強者だったなら、七夜の瞳に映し出される死の気配を悟れたかもしれない。
だが、相手はどこにでもいるような町のチンピラだ。
そんな気配を、敏感に感じ取れるはずもない。
「何か用かじゃねえよ。てめぇ、今俺にメンチ切っただろうが」
傲慢な口調で、依然座したままの七夜を見下すようにそう吐き捨てる。
「あ?何?こんなチビが、俺らにガン飛ばしたってのか?」
「キャハハハ!こいつ、びびってんじゃねぇの?全然立とうとしないぜ?」
「ボク〜?怖くておしっこちびっちゃったかな〜?」
下卑た笑い声が、闇に抱かれゆく町に煩く響く。
通りを歩く人々は、今起こっている事態に気付きつつも、自分もその渦中に巻き込まれることを恐れ、見なかったフリをして通り過ぎてゆく。
善と悪の区別は出来ても、自分の身を案じるが余り、目の前の悪を正すことが出来ない。
悲しいことではあるが、人間とはそういう弱い生き物だ。
―あいつなら、こういう場面に出くわした時、どう対応するんだろうか?
「おい。てめぇ、何シカトこいてんだ?」
そんな事を考えていた七夜の胸ぐらを、チンピラの一人が乱暴に掴んだ。
抵抗することなく、為されるがままに立ち上がる。
「生意気なガキだぜ。ちっと裏来いや」
引きずるようにして、狭い路地裏へと七夜を連れていく。
その行為が、最終的に自らの首を絞めることとなるのを、彼らはまだ知らない。



「ヘヘヘ……」
「ヒッヒッヒ……」
暗く淀んだ空気の漂う路地裏に、薄汚い笑い声がこだまする。
両サイドを古ぼけたビルに囲まれたここは、一日中陽の光が当たらないせいか、一切の植生が見られない。
辺り一面にゴミが散らかり、腐敗臭にも似た悪臭が漂っている。
出入口を封鎖するかのように、その路地裏の前後に立つ数人の不良。
「……はぁ」
その中央にいるのは、呆れたように溜め息を付く七夜と、最初に彼にちょっかいを掛けてきたチンピラだ。
「どうした?びびって動くことも出来ねぇか?」
意地汚い笑みを浮かべながら、嘲るように言い放つ。
「……やれやれ」
鬱陶しそうに呟きながら、七夜はおもむろに懐へと手を伸ばした。
銘の刻まれた短刀の、その柄を握る。
こいつら全員を始末するのに、時間は数秒と要さないだろう。
まず、目の前の男の首をはねる。
次いで、周りを取り囲む奴らを、適当にこま切れにしてやれば、それで終わりだ。
その後に残るのは、惨めな斬死体と生臭い血の匂いで蒸せ返った、真紅の空間のみ。
想像しただけで、背筋を言い様の無い快感が走り抜けるようだった。
それが、数瞬の後に実現すると思うと、尚更胸が高鳴る。
腰を落とし、低い姿勢で身構えた。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時31分(38)
題名:序まりはとても緩やかに……(第十二章)

その視線はどこまでも鋭利に、ただ殺すべき対象を無慈悲に見つめるのみ。
自然、短刀を握る手に力が込もる。
血しぶきを全身に浴びて、狂気の笑みに口元を綻ばせる自身の姿を思い描きながら、足に力を込め、前方へと大きく跳躍せんとした……まさにその時。

――殺しはするなよ。

またしても、脳裏に蘇ったのはこの言葉だった。
「……」
無言のまま、しばらくその体勢を保った後、七夜は静かに姿勢を元に戻した。
短刀を握っていた手をほどき、何も持たずに懐から手を取り出す。
「仕方ない……か」
微かに目を閉じ、小さく呟きながら口元に笑みを浮かべる。
彼という存在から放たれる、壮絶なまでの死の気配とは相反した、それはどこか柔和さを含んだ微笑みに見えた。
「何一人でブツブツ言ってんだよ!」
そんな七夜の態度に怒りを覚えたのか、声を荒げながら、男が再びその胸ぐらへと掴みかかる。
「……ふん」
だが、七夜は逆にその腕を取ると、相手の背後へと回り込みつつ捻り上げた。
次いで、何もしていないもう片方の腕を使い、肩の関節を外す。
「うぁっ!?」
ガコッという、骨と骨のずれる鈍い音と短い悲鳴が、夜の近い路地裏に痛々しく響き渡る。
肩を外され、まるで動かなくなった腕を抱えるようにして、地面に倒れ込みのたうち回る男。
「滑稽だな。これに懲りたら、もう俺には近付かないことだ」
その哀れな姿を見下し、冷たい声音でそう呟くと、七夜は踵を返してその場を後にしようとした。
「くっ……ま、待ちやがれ!」
その背を引き止める苦痛混じりの声に、七夜がにわかに立ち止まる。
「てめぇ……もう許さねぇ……」
振り返ったその視界に映る、怒り狂ったように怒鳴り散らす男の姿。
まだ動く方の手には、刃渡り数十センチ程度のバタフライナイフが握られている。
大きく見開かれた瞳孔と、荒く乱れた呼吸に、その精神状態の異常さが表れていた。
この手の輩にはありがちなことだが、無駄なところでプライドが高かったりする。
その怒りの原因は、自分が今味わっている苦痛などではない。
地面に這いつくばる惨めな姿を仲間に見られたという、ある種の羞恥心だ。
「お、おい……いくらなんでも、それはヤバいって……」
「うるせぇ! お前らは黙ってろ!」
逆上する仲間を止めようとする周りからの声を、大声で無理矢理制し、血走った目で七夜を睨み付ける。
「ぶっ殺してやる!」
ナイフを胸の前に立て、そのまま一直線に突進。
躊躇いの欠片も見られないその走りからは、本気の殺意が感じられた。
「……」
しかし、所詮は何の訓練も受けていない普通の人間。
幼い時分より、殺人術を植え付けられて育った彼にとってみれば、なんてことはない。
その姿が近づくのを冷静に待ってから、七夜は大きく横へと跳躍した。
ナイフが、つい先刻まで彼の体があった場所を通過する。
壁に足を付き、それを足場に再度中空を舞う。
そうして相手の背を取ると、七夜は空中で体を捻り、その首筋へと強烈な蹴りを叩き込んだ。
「ぐぁっ!!」
耳障りな悲鳴を上げて、男が再び大地に倒れ伏す。
放った蹴りの勢いで、その衝撃と逆の方向に跳んだ七夜は、後方に宙返りをする要領で地面に降り立った。
倒れた男を見下ろす。
首筋にあれほどの蹴りを喰らったんだ。
恐らく、もう意識はあるまい。
「……まだ、俺に用がある奴はいるのか?」
暗く低い声で、傍観者を気取っていた、男の仲間達に語り掛ける。
「……」
息を呑み、しばらく仲間内で見つめあう不良達。
その数瞬の後、彼らは気絶した男を連れて、一目散に路地裏を飛び出して行った。
一人、その場に取り残された七夜。
「……」
何気なく周囲を見渡す。
そこには、一滴たりとて血の跡は無い。
「……俺も甘くなったもんだ」
後頭部に手を回し、誰に言うという訳でもなくそう呟くと、七夜はゆったりとした足取りで、表通りへと歩みを進めた。
不満げにも聞こえるその言葉とは裏腹に、その表情はどことなく笑っているように見えた。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時32分(39)
題名:序まりはとても緩やかに……(第十三章)

上空高くを埋め尽くすは漆黒。
夕刻の晴れていた時とは打って変わり、分厚い雲に覆われた空からは、星々の光はおろか、月明かりすら届かない。
今、この世界にある光といえば、家々から溢れる生活の明かりと、定間隔おきに並べられた街灯がもたらす、無機質で冷たい明かりのみだ。
「……」
そんな夜の町並みを、一軒の家屋の屋根から、無言で見下ろす一人の人物。
暗がりのせいか、その容姿は良く分からない。
だが、時折吹く風にヒラヒラと揺れるスカートから判断するに、恐らくは女性だろうか。
その眼差しは鋭く、下界のある一点のみを見据えている。
「やはり、夜は冷えるな」
小声で小さく呟く。
その声は静かで穏やかだったが、男性とも女性ともつかない、中性的な声色だった。
冷えると口にしてはいるものの、身震い一つと起こしていないその体から、寒がっている様子は欠片たりとて伺い知れない。
それどころか、薄地のジャンパーしか羽織っていないその姿は、逆に見ている方が寒くなってくる。
「……それにしても」
小さく呟きを漏らし、暗い空を見上げながら、その人物は過ぎ去った過去へと思いを巡らした。


刻は今日の夕刻、場所は校舎外れの茶道室。
当初の予定では、あの時、あの段階で、遠野志貴は殺せているはずだった。
……あの女の邪魔さえ入らなければ。
やはり、教会第七位の代行者という肩書きは、伊達ではないようだ。
この町を死徒化させる上で、最も厄介な人物……直死の魔眼を持つ男、遠野志貴。
あいつを殺るには、まずあの女から始末した方が早そうだ。


「……ん?」
そんな事を考えていると、視界の端、一件のマンションの出入口付近に、一人の人影が見えた。
この闇と同化するかのような、暗黒色の法衣が一際目を引く。
「やれやれ、ようやくお出ましか」
にやりと、口元に微かな笑みを浮かべる。
その微笑は、周囲に漂う上品な雰囲気とは異なり、恐怖を煽るかの如く凄惨な笑みだった。
「ふふっ……」
もう一度、小さな笑いを漏らした後、その姿は闇に紛れて虚空へと消え去った。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時32分(40)
題名:序まりはとても緩やかに……(第十四章)

冷涼とした空気で満ちる夜の世界。
そこに響くのは、乾いた靴音と、吹きそよぐ風が生み出すかすれた摩擦音のみ。
後は、耳をつんざくような静寂だけだ。
辺り一帯の家々は、そのほとんどが活動を休止し、束の間の安息に身を委ねている。
「……」
何気なく目を上げれば、その視界に映る一本の街灯。
そこに群がる数多の黒点は、貪欲に光を喰らおうとする闇のようだ。
―まるで、この町みたいですね。
口に出すことなく、私は心の中で呟いた。
ここに暮らし、毎日を当たり前のように生活する人々にとっての日常を光に。
それを侵蝕し、人外のモノへと姿を変えゆく非日常を闇に。
その闇を排除し、蝕まれた光に元あったはずの輝きを取り戻すこと。
それが私の使命だ。
「……」
再び、ところ狭しと林立する家々へと目線を向ける。
暗がりに抱かれたその奥に感じられる、万人不変の確かな安らぎ。
それを守るために、私は闘わなければならない。
そう、私は闘わなければならないんだ。
課せられた使命を全うするために。
この町を守るために。

なにより――、

「……遠野君」

――大事な人を守るために。

――……ザッ。

「っ!?」
不意に聞こえてきた物音に、私は手近な位置にあった電柱の陰へ、素早く身を隠した。
息を殺し、音のした方へと全神経を集中させる。
「……」
……感じる。
二人分の気配……すぐ近くだ。
微かな足音も立てることなく、しかし全速力で、その気配の在る方へと疾駆する。
曲がり角の向こう、左手側からだ。
壁に背中を張り付けながら、そこから頭だけを覗かせて、気配の正体を探る。
視界に映ったのは、予想に違わず二人の人影だった。
こちらに背を向け佇むのは、かなり丈の高い人物だ。
正確な値までは分からないが、優に185は越えているだろう。
その眼前にいるもう一人の人物。
背丈は私とそう変わらないくらいのようだが……ダメだ。暗がりのせいで良く分からない。
「貴方という人間に恨みは無いが……今、ここで死んでもらう」
「くっ……」
そんな折り、風に乗って届いてきた、微かな短いやり取り。

――……え?

だが、私の耳は、その声を聞き逃さなかった。
聞き逃すはずがない。
例え、それがたったの一言、とても小さなうめき声だったとしても、だ。

――ダンッ!

気付いた時、私の体は既に中空へと踊り出ていた。
懐に手を伸ばし、数本の黒鍵を取り出す。
直ぐ様魔力を込め、先端に刀剣を形作ったそれを、渾身の力でもって投擲した。
「何っ!?」
こちらの存在に気付き、慌てて背後を振り返る何者か。
だが、もう遅い。
手元を離れた黒鍵は、完全に目標を捉えている。
避けることなど出来はしない。

――ドスッ。

肉を穿つ不気味な音が、夜の静穏の最中に響き渡る。
その傷口から溢れる、鮮血では無い何か。
周囲の闇に紛れて視認しにくかったが、それは確かに吹き出していた。
黒く、半透明な霧。
昼間、茶道室で見たものと同じだ。
大地と接する足にあらん限りの力を込め、黒い霧となって空気中へ霧散しゆくその影目がけ、再び疾走する。
刹那、私の体は重力の戒めから自由。
天と地が逆転する。
接近、同時に手に持った黒鍵を横に薙いだ。
頭部と胴体とが、首元から無惨に断絶される。
一呼吸おいて、はねられた首が大地に転がった。
その断面からは、絶えず黒霧が舞い上がっている。
空中で体を捻り、その背後に着地する。
振り返り、抹消すべき対象を確認。
その姿は既に原形無く、ただただ闇色の霧へと還っていくのみ。
――……よし。
仕留めたことを改めて確信してから、私は前方へと向き直った。
そこに立ち尽くす、良く見知った彼の姿。
「せ、先輩……?」
驚いた様に目を見開き、唖然とこちらを見つめるその傍らへと歩み寄りながら、
「遠野君! こんな時間に何をやっているんです!?」
私は大声で怒鳴った。
「夜遅くに出歩かないようにと、ちゃんと注意したはずですよ!」
紡ぎ出す言葉の全てが、口から放たれる度に怒声へと変化する。
胸を満たすこの感情は、多分怒りとは少し違うのだろう。
恨みや蔑みのような負の想念ではない、相手への想いの込もった暖かな気持ち。
彼のことを切に想うが故に、その想いに比例して沸き上がってくるこの強い激情を、私は押さえ付けることができなかった。
「す、すいません……」
私から外した視線をうつ向かせ、口ごもりながら謝る遠野君。
全く……私がどんな思いでこう言っているのかも、彼は分かっているようで分かっていないんだろうな。
「ふぅ……とにかく、ここは危険です。早く……」
そう言って、懐に黒鍵をしまい込もうとした……ちょうどその時だった。

――トスッ。

私の言葉を遮った、小さな音。
とても、とても小さな音。
それは、耳にではなく、体に直接響いてくるような音。
「……え?」
最初、それが何であるか、全く分からなかった。
「……うっ」
だが、徐々にではあったが、この身体は確実に変調をきたし始めていた。
背に感じる生暖かい感触。
そこを中心に、全身を駆け巡る強烈な痛み。
「かはっ!?」
口から吐き出される夥しい量の赤い液体。
これは……血?
「ねぇ……先輩」
鼓膜を響かせる彼の声。
「先輩は、俺の事が好きなんですよね?」

――っ!?

違う!
これは、彼なんかじゃない!
「でも、俺が先輩の事なんかを好きになると思いますか?」
まるで嘲笑うかのように、私を見下し言葉を紡ぐ、彼の姿を偽った何者か。
「埋葬機関第七位の代行者……吸血鬼狩りを専門とするハンター……そんな人外な女、まともな人間が好きになる訳がないだろう」
「……」
そんな嘲笑の言葉を身に受けながら、私は無言だった。
いや、何も言い返せなかったと言った方が正確だろう。
そんなはずはない。
これは、彼の言葉ではない。
彼の真実の思いではない。
……そう、心の中で叫びながら、けれど、それは私の心に深々と突き刺さるかのようだった。
「はぁ……はぁ……」
全身から力が抜ける。
握力の弱まった手から、黒鍵が溢れ落ちる。
カラン、という弱々しい金属音が、夜の静寂を優しく切り裂く。
震えながらも、辛うじて体勢を保っていた膝が折れ、惨めに崩れ落ちる自分の身体。
今更になって気付いたが、やけに呼吸が苦しい。
恐らく、背に突き刺さった刃が、肺に穴でも空けたのだろう。
「さて、お喋りするのももう飽きたな。先輩、最後に良いことを教えてあげるよ」
思考という行為を、激烈な苦痛が妨げる。
意識は薄れ、聞こえてくる声が急速に遠退いてゆく。
「先輩、初め……会っ……から……」
暗転しゆく視界。
目の前が闇に閉ざされる中、微かに生き残った聴覚が、途切れ途切れに彼の放つ言葉を拾う。
「あな……事……ずっと……」
眼前は既に漆黒の闇。
薄らんだ意識は肉体と剥離し、もう指一本と動かすことは出来ない。
拾い集める言の葉も、今となっては、そのほとんどが耳に届かない。
あぁ……この感覚……今までに何度となく感じてきた、死の感覚だ……。
偽りの死を繰り返し、無限に続く無意味な生の呪縛から解き放たれ、ようやく安らかに眠れる刻がきたんだな。
……なのに。

――……嫌だ。

どうして、ちっとも嬉しくないんだろう?
ずっと追い求めてきた、安らぎに満ちた死を前に、私は一体何に不満なのだ?
己自身に問いかける。
その脳裏に蘇るのは、ある一人の人物の姿。
その表情は、笑っていたり、怒っていたり、照れていたり、困っていたり……。

――嫌だ……!

瞬間、悲鳴を上げる私の魂。
その時、私は納得した。
あぁ、そうか。
私は、死ぬのが怖いんだな。
死そのものがじゃない。
死んだ後に訪れる、彼のいない世界が怖いんだ。

――嫌だ!!

消えたくない!
この世界から……彼のいるこの場所から、離れたくない!
彼のいない世界になんか、行きたくない!
私は……、
私は――


――死にたくない!!


「……目障りだ……!」
刹那、耳に届いた誰かの声。
それは、つい先ほどまでの途切れた音としてではなく、はっきりとした形で私に伝わった。
背後にあったはずの気配が消える。
それと入れ替わりに現れる、他の誰かの気配。
今までに感じたことのある、どこか懐かしい気配。
これは……そう、彼だ。
目は見えない。
もう、何一つと音も聞こえない。
だけど、感じる。
理屈じゃない。
私の心が、この上ない喜びに打ち震えていた。
「とお……の……く……」
必死の思いで紡いだ言葉。
だが、それを最後まで口にすることは叶わなかった。
消えゆく意識。
薄れるんじゃなく、本当に消えてゆく。
私という意識が。
私という命が。
私という存在が。
そして……私の中にある、彼への想いが。

――遠野君……。

それら全てが消えてしまうその前に、私は最期に彼の名を呼んだ。

月夜 2010年07月04日 (日) 16時33分(41)
題名:序まりはとても緩やかに……(あとがき)















やっと受験終わった〜!!















色んな意味でね……(ぼそっ)










゜.゜(ノ∀`)ノ゜.゜







さて、ようやく受験も終わり、テンションはなかなかにハイな感じ。


今なら、チョモランマの上から紐無しバンジーも出来そうな気分さっ♪



……でお馴染み、爆走暴走妄想(?)一歩手前な私、月夜でございます。

まぁ、色んな意味でと言ってはおりますが、一応滑り止めには受かっているので、そこまで深刻ではありませんが。


久しぶりの執筆となると、少なからず腕が鈍ってるかな〜と思ってたのですが、案外いけるもんですね。

寧ろ、以前と比べて執筆速度は3倍以上。

何だか赤くなっちゃった気分です(何


作家の皆さん、どうしても書けないという時は、いっそのこと長い間何も書かないというのも、結構有効かもしれませんよ〜♪


さてさて、私の私事はこれくらいにしておいて、本題に戻りましょうか。



前回はコメディ一直線だったので、今回はちょいと真面目に行ってみました。
如何なものでしたでしょうか?
戦闘シーンはあまりありませんでしたが、今作の真実へと繋がる最初の作品として、それなりに悪くは無いと思ってはいます。
しかし、改めて読み返してみて私自身に一言。


―お前、無駄描写多すぎ。




……( ̄□ ̄;)!!

な、何て失礼なことを……!(´・ω・`)オマエガイッタンダローガ



……まぁ、無駄描写が多いのも、私の個性として受け取っていただけると幸いです( ̄▽ ̄;)


ではでは、今回はこの辺で幕引きと致しましょうか。
今作についての感想、アドバイス等々ござかいましたら、下にある「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」の方まで、じゃんじゃんばりばりお書き込み下さいませませ♪

それでは、また次に会うその日まで。
素人作家兼管理人の月夜でした。


あ、ちなみにですが、“序まり”は“はじまり”と読んでやって下さいませ(´・ω・`)

月夜 2010年07月04日 (日) 16時35分(42)


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