朝。 いつもと何ら変わりはない、心地よい陽光に包まれた世界。 上空を彩る群青色の空と純白の雲が、壮麗なコントラストを描いている。 昨夜から今朝にかけて降った雨のせいだろうか。 昨日までは、冬も終わりを告げ、徐々に近づきつつある春を身近に感じられるような、穏やかな小春日和だったというのに、今朝はまるで時を逆巻いたかのように肌寒い。 身が引き締まるような寒さ、とでも表現すれば良いのだろうか? こういった肌寒さは、どちらかと言えば好きな方なのだが、寝起きいきなりはいささか堪える。 今は朝ということもあり、部屋の明かりは点けられていない。 開かれたカーテンから、さんさんと差し込む朝の光だけで、十二分に部屋全体が照らされていた。 よくよく其の方を見てみれば、微かに結露した窓の表面に、いくつかの小さな水泡が確認出来る。 今、ここで体感しているよりも、外は更に幾分か寒いようだ。 「これでよし……と」 と、そんな自室にて、志貴は腕組みをしながら頷いていた。 その眼前に佇む人物。 カジュアルな服装で身を包んではいるものの、その全身から放たれる、戦慄を孕んだ無意識の殺気とでも言うべき雰囲気が、彼が常人とは明らかに違うことを物語っていた。 生来気むずかしい性質なのであろう。 釣り上がった眼差しが、そんな彼の近付きがたい雰囲気を一層助長している。 飾り気の無い眼鏡の奥に覗ける瞳は、暗く深い漆黒の闇色。 ある種の美しささえ覚えるほど濃厚な黒だったが、深すぎるが故にその深淵が見えない。 凄艶という表現が、これほどに似つかわしいものもそうそうないだろう。 「まったく……何故俺がそのようなことを……」 そんな彼だったが、今その瞳に浮かんでいるのは、殺意や憎悪などではなく、現状に対する大きな困惑の色だ。 声色からは、呆れ混じりの億劫さがありありと感じ取れる。 「そんなこと言わないでくれよ。頼む!この通りだからさ!」 「……ふぅ」 すぐ目の前で手を合わせ、せっぱ詰まった表情でこちらを拝む志貴の姿に、彼―七夜志貴は気だるそうに溜め息を溢した。 全ての事の発端は、4日前の夜にまで遡る。
「さて……と」 明日の準備を済まし、鞄をベッドの足に立て掛ける。 枕元に置かれた時計。 示される時は既に夜中の11時。
――明日も学校があることだし、そろそろ寝ておかないとな。
心の中で呟く。 明日も学校に行かねばならないと考えると、それだけで気分が沈んでゆきそうだ。 何故学校なんかに行かなければならないのか。 実際のところ、学校という場所で学ぶことの大半は、実生活において何の役にも立たない無駄知識だ。 そのくせ、そんな実質無価値な知識ばかりを詰め込み、良い大学に行った奴が偉いともてはやされる。 訳が分からない。 もっと現実的なスキルを身につけ、社会に貢献した方がよっぽど偉いのではないか? もっと自分自身の血肉となるような、為になる知識を取り込むべきではないのか? ……もっともらしい意見だが、世間一般の解釈によれば、それは勉強出来ない奴の言い訳でしかないらしい。 そして、それを否定出来ないのが何とも悲しいところだ。
――あぁっ!止め止め!
志貴は左右に頭を振って、脳内にまとわりつくそんな考えを振り払った。 こういうときは、早く寝てしまうに限る。 両腕を高々と掲げ上げ、志貴は全身で大きく伸びをした。 しばらく使われていなかった関節が、ポキポキと乾いた音を立てる。
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