カウンター 弁証法ゼミへ参加しませんか? - 談論サロン天珠道
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[2539] 弁証法ゼミへ参加しませんか?
愚按亭主 - 2017年01月10日 (火) 11時03分

 四月から始まる天珠療法の年間講習会と並行する形で(午前と午後という形)弁証法ゼミを行いますので、、その募集をしたいと思います。基本的に天珠療法講習会と弁証法ゼミは別々の学習組織ですが、希望者はもう一方も無料で受講できます。つまり、天珠療法の講習会の手続きを完了したものは無料で弁証法ゼミに参加でき、反対に弁証法ゼミの手続きを完了したものは、無料で天珠療法講習会にも参加できるということです。

 前の年の弁証法ゼミに三名の女性が参加してくれました。ところが驚いたことに、その三名が脱落することなく現在も弁証法ゼミに参加してくれています。それまで何名か弁証法ゼミに参加してくれた女性はありましたが、みな途中で脱落してしまっておりました。

 そればかりでなく、その中の一般の主婦の方は、はじめは私も無理だろうと弁証法ゼミには誘わなかったのですが、弁証法ゼミに参加している別の女性からゼミの話を聞いて、興味を持っていることを伝え聞いて、体験的に参加してみたらと誘ったことがきっかけとなって、ゼミに後から参加したのですが、今では、ご主人・息子さんも含めて家族全員が弁証法に興味をもって、学ぼうとしているほどに、家族全体が弁証法のファンになっています。

 このことを、私はつい最近、ご主人が治療にいらして、その話をしてくれて、大変驚きました。その主婦の方が、家族の皆さんに、習った弁証法の話を自分の理解した範囲で話しているのだそうです。正直ここまでになるとは当初は思いもしませんでした。

 特に、その息子さんは、大学院を卒業したのですが、大学の研究の在り方にいや気を指してサボりがちになり、とうとうその研究を止めてしまって、自分は何て不真面目なのだろうと自分を責めていたそうですが、私の弁証法のテキストを読んで、そもそも大学で行なわれていた研究のあり方の方が、本来の学問の目的である体系的論理を構築するための事実の研究ではなく、やろうとする研究の設定自体が、誰もやっていない事実であることを検索して確かめた上での、結果的に重箱の隅をつつくような、何のための研究か定かでないような事実の研究になってしまうのだ。つまり、このような不毛な研究になってしまう必然性があるような、大学の研究のあり方の方にこそ問題があったのだ、と分かった。だから、つまらなかったのだ。自分が悪かったのではなく、このような大学の研究の姿勢そのものが、本来の学問の在り方とはかけ離れたものだったから、研究意欲が湧かなかったのだということが分かって、目から鱗が落ちた、と家族に話していたそうです。

 天珠塾の弁証法の特徴は、南ク学派が解明した技と技の使い方の区別と連関を踏まえた技の上達に関する学問的な理論に則ったノウハウが存在することです。ところが、不思議なことに本家本元の南郷学派の弁証法の学習の過程には、これが存在しません。それは何故かと言いますと、弁証法の基本技が何かが分かっていないので、その上達の構造が明確化できないのです。したがって、すべて個人の技能・技量にかかってしまって、何故上達できたか理論化できないのです。

 どうしてそうなるのかと言いますと、南ク学派は絶対的真理を否定し、したがって絶対的真理の弁証法であるヘーゲルの弁証法を否定しているからです。と言いますのは、このヘーゲルの弁証法こそが弁証法の基本技に他ならないからです。南ク学派の弁証法は、この基本技であるヘーゲルの弁証法の断片を手掛かりに、事実の弁証法性から創り上げられた技の使い方の弁証法という特徴を持つものです。ですから、基本技とは何かがなく、喧嘩憲法的に技を創っていくしかない弁証法です。これは事実を解明するのには役立っても、学問の体系化、学問の完成には重大な欠陥を有するものです。

 本当に学問を完成させたいと思う者は、まずヘーゲルの弁証法を基本の技として学ぶべきです。天珠塾はこれを一般の主婦にでも分かるように具体性をもって伝授することができます。とはいっても、三浦つとむさんの「弁証法はどういう科学科」よりはだいぶ難しいと思います。例えば、本文の初めはヘーゲルの有名なベルリン大学教授就任演説の「人間は精神である」からはじまるのですから、参加していただく方は、それなりの覚悟をもって参加していただきたいと思います。

 受講の手続きとしましては、下のメールアドレスに、受講の動機をしたためてお申し込みください。その動機を評価して参加の許可のメールを差し上げます。そのメールに、天珠塾の発展への賛助金一万円と一年分の受講料一万円、合計二万円の振込先をお知らせしますので、振り込んでもらいます。その入金を確認できた時点で正式に天珠塾弁証法ゼミ第六期生として認定し、ゼミの場所期日をお知らせします。

申し込み先
info@tenjudo.com

Pass

[2580] る普通の主婦の受講生とのやり取りーすごいですよ!
愚按亭主 - 2017年01月26日 (木) 10時01分

 私がヘーゲルの本を真面目に読みもしないのに偉そうに読まなくても分かるとしてヘーゲルの論理を解読したりするのを見て、さぞ多くの皆さんは、ふざけるなと思い、不信感を募らせることと思います。私の怠け心にも問題がありますが、これは本当にそうなのです。不思議ですが、事実だから仕方がありません。実際、誰も批判できないほどの大学者である滝村先生や南郷先生の粗が見えてしまうのですから、これは本当に不思議と言うほかありません。

 それはおそらく、私がヘーゲルの「精神の王国」と同じ「精神の王国」自分のアタマの中に創り上げる(技化する・本能化する)ことに成功したからに他ならない、、と自己診断しています。しかし、私のしたことは、本当に単純です。絶対的真理と相対的真理との関係について、それまでの常識を逆転させたのです。これが起点でした。そして、もう1つ大きな転換点となったのが、抽象的悟性 ➡否定的理性➡肯定的理性(統体思弁)というへーゲルの弁証法の三項の論理を自力で再措定したことでした。これでへーゲルの論理の骨格ができ、精神の王国の柱と梁が立ち上ったのです。

ところが、南郷学原はこれをしていない、しようともしない、する気がないのです。だから、ダメなのです。これこそが肝心なことなのに、これこそが壁を破って真の学問の体系化への扉を開けてくれるものなのに、と思います。

私のところには、南郷学派に感化された人が、よく入門してきます。そういう人たちは、素養はあるのですが、かえってそれが邪魔をして理解の妨げになっている場合が多いようです。むしろ、上に挙げておいた何の予備知識も持っていない普通の主婦の方のほうが、砂に染み入るようにすんなりと入っていくようです。

最近テキストのまとめをしてもらったのですが、そういう二人の女性のものが、とても良かったです。そのうちの一人の方のまとめのために作成したという図を、後で見せてもらいました。その図は、文章を読んでも理解できないから、自分の頭を整理するために作ったのだそうです。私はこれを知って、あの素晴らしいまとめは、このような努力の賜物だったのかと納得しました。

しかし、その図には、少し誤解があったので、指導することにしました。その対応がとても良かったので、参考に皆さんに紹介いたします。うまく反映されるか心配ですが、図とそのやり取りをご覧ください。

Pass

[2581] やりとり
愚按亭主 - 2017年01月26日 (木) 15時47分

図1について

塾頭評)この図表は、少し修正する必要があります。
訂正点1:相対的真理の系譜と絶対的真理の系譜の後のカッコは削除する必要があります。つまり、(運動体)(静止体)は無用の混乱・誤解を生みだし、整理にも支障をきたすので取らなければなりません。たとえば、絶対的真理の弁証法の完成形態は運動体の弁証法ですから、絶対的真理の系譜を静止体と規定してしまうと、ヘーゲルをその中に入れられなくなってしまいます。

訂正点2:相対的真理の系譜の中にマルクスとエンゲルスが入っているということはギリシャ哲学に限定しているということではないのですから、カントとヘーゲルも絶対的真理の系譜の中に入れなければなりません。また、(時代の)学問の体系化のところはアリストテレスとヘーゲルを入れるべきです。しかし、これらはまだ本当の意味での学問の完成ではないので、時代の学問の体系化とすべきです。また、この定式図で+の記号が用いられておりますが、これは単純な付け足しではないので融合を含む×の記号を用いるべきです。

訂正点3:一番下の消極的弁証法の「矛盾の原理」正確には「矛盾排除の原理」とすべきです。また、積極的弁証法の方の「超矛盾の原理」も矛盾を超えるのではなく、矛盾を実現する、矛盾こそ心理であり運動の原動力という意味で「真矛盾の原理」とすべきです。もっともこれは山田さんの責任ではなく高原先生の責任に帰属する問題ですが、もし山田さんがそこに疑問をっもって自分でこのような修正ができたとしたら、それこそもう教えることはない、となったことでしょう。

Yさんからの返事)
早々に添削してくださりありがとうございます。早速、原稿を訂正しておきました。

1枚のまとめの方は、苦しんたところが、そのまま塾頭評の訂正点1,2でした。変更した後に、すっきりしました!特に、マルクス・エンゲルスの配置は暴挙と分かりつつも、どこかに入れたいと、最後にエイッと破れかぶれでした。この二人は欄外に配置しなおします。

訂正点3は、そのように捉えなおしてみて、より分かりやすくなりました。

そもそも、二重構造の二乗のようになっているものを平面的な図表にすることに無理があり そうでしたが、
トライしてみて、そのことがはっきりしました。
多角の一面しか表せませんね。
多角的に理解するには、脳に腫瘍ができそうです、、、

お忙しい中、丁寧に説明してくださり、ありがとうございました。

図2について

Yさま
 早速修正版を作るとは意欲的ですね。ただ、この修正版にも少し意見があります。
相対的真理の系譜とありますので、ギリシャ哲学に限定しない方が良いと思います。その下の説明欄にも産業革命等も触れられていますからなおのことです。むしろ、マルクス・エンゲルスの他に三浦つとむや南ク継正も入れた方がよいくらいですが、定員オーバーならマルクス・エンゲルスだけでよいと思います。また相対的真理の系譜に(唯物論)をつけても良いと思います。ですから絶対的真理の系譜(観念論)にはカント・ヘーゲルも加えるとバランスが取れます。

 そして、時代の学問の体系化は、プラトンは統体思弁は行ったものの相対的真理を否定した形ですので、学問の完成はできておりませんので、該当しません。ここにはギリシャ哲学の完成者のアリストテレスとドイツ哲学の完成者のヘーゲルが入るべきです。
                 稲村 拝

これを送った直後Yさんからの追伸が来ました。
先ほど添付しました資料の訂正版を送信します。プラトンは「時代の学問の完成」に入れてはいけませんでした!


 よく気がつきましたね。もう一点下の消極的弁証法のところは、矛盾排除の原則の形式論理学の完成者のアリストテレスを欠かすことはできません。ゼノンは始祖の方で十分だと思います。      稲村


図3

Yさんからの質問)
「相対的真理の系譜」の下の枠内の「唯物論」ですが、年代を入れるとしたら、
「マルクス主義の時代の唯物論」という理解で、19Cにして差し支えないでしょうか?

「唯物論」という名前は17Cに西欧でつけられたようですが、
稲村先生のテキストの文脈からは、「産業革命の中で育っていった哲学」として取り上げられているので、
19Cでいいのかな、、、?と迷いました。

年代の軸があると、理解するのに助かるため、お訊ねすることにしました。

塾頭の回答)
 良い質問ですね。唯物論にも時代の流れに沿って大きく二つに分けられます。一つはアリストテレスの形而上学・矛盾排除の形式論理学をベースにした唯物論、これは中世のキリスト教の天上界からルネッサンスによって地上界に関心が移って個別科学が発達していきます。これは天上界の観念論から地上界の唯物論へと立場が移行したことを意味します。この個別科学の発達によっていろいろな法則が発見され、その応用として蒸気機関車などの機械が創られていきます。こうした事実をもとに創られた哲学的な唯物論を機械的唯物論と呼ぶ場合があります。ただ、哲学として学問の歴史に残っているのは、イギリスのジョン・ロックに代表される経験論です。事実に基づかない先験的的な論理を否定して、経験的な事実から論理を導き出したものが真理だとする立場です。彼の認識論で有名なのは『人間は白紙の状態で生まれる』です。

 一方もう一つの唯物論は、ヘーゲルの絶対的真理の弁証法をベースとしたマルクス・エンゲルスの弁証法的唯物論です。つまり、弁証法はそれまでは天上界のもので地上界にはなかったのです。それをマルクス・エンゲルスが人類史上初めて弁証法を地上界に持ち込んだのです。ただ、持ち込もうとした人がいなかったわけではありません。デカルトが持ち込もうとして失敗して弁証法なんて役に立たないとして弁証法を否定しております。しかし、その弁証法は、ヘーゲルの本物の弁証法でなくーヘーゲルはまだ生まれていなかったので当たり前の話ですが・・・)デカルトの否定した弁証法というのは、意見を戦わせる討論が弁証法だと思い込んでいた世俗的な「討論術としての弁証法」で、大学の科目にもなっているものですので、中身が全く違います。

Yさんからの返事)
お返事ありがとうございます。

「機械的唯物論」と「弁証法的唯物論」があるのですね。唯物論も、ヘーゲルの弁証法で次元上昇したんですね!
影響力の凄まじさを感じます。またひとつ、理解が進みました。


この図表においては、その区別まで表記することもないように思いますので、「唯物論の発展」としてまとめておくことにいたします。
いまだに「弁証法=討論術」という誤解は色濃いのですね〜

ありがとうございました。

塾頭の返事)
 弁証法の発展を世界観との関係性に焦点を絞って見てみますと、次のようになります。
基礎的契機:観念論的な絶対的真理の弁証法(アリストテレス=静止体の弁証法の完成、からヘーゲル=運動体の弁証法の完成)
否定的契機:唯物論的な相対的真理の弁証法(マルクスー「資本論」・エンゲルス「自然の弁証法」、南ク継正「武道哲学全集」)
統体的契機:観念論と唯物論の統一体としての絶対的観念論を土台とする真の学問の完成、との一卵性双生児としての真の弁証法の完成
となります。そして、現在の段階は否定的契機の段階で次の統体的契機の段階への飛躍ができずに苦しんでいる状況です。

 南ク学派は、弁証法を二つに分けてギリシャ哲学の弁証法は「討論術=弁証法」としています。南ク学派は唯物論で事実を重視するので、ヨーロッパに弁証法を討論術と把えて大学の学科に入っている事実を重視して、これを採用しているのです。結果として、パルメニデスやゼノンが運動を止めた、という学問史における画期的かつ偉大な観念上の事実を無視・否定してしまっています。これが、真の弁証法を完成させるべき歴史的使命のある南ク学派が、その歴史的使命をはたせないでいる原因です。

 最終的に図4となりました。


 図がどうしてもアップできないので、やむを得ずフェイスブックにアップしました。そちらを参照ください。
https://www.facebook.com/tenjudo/?ref=aymt_homepage_panel


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