[44]でべとライと 第1章「裏のある街」B - 投稿者:イシュ
「ん……」
虚無を彷徨っていたライの意識が戻る。 しかし、目を開くとそこは暗く閉鎖された倉庫と思われる場所だった。 さらに彼女の両手両脚は鎖で縛られていて、一切の行動を封じられている。
「一体……何だってんだよ…!」
突然の事態に困惑しながらも現状を把握しようと、辺りを見渡しながら記憶を辿るライ。 普段なら一通りの装備を持ってはいるが、食事中の出来事であったため、当然はずしたままであった。
「でべは…!」
どこに目をやってもでべの姿は無い。 どうやらここに運ばれたのは彼女一人らしい。 そして、この事態の元凶と思われる人影が、この部屋に存在する唯一の扉を開き、やってくる。
「目が覚めたかね…?嬢ちゃん」 「じ、じいちゃん……!」
何食わぬ顔で現れた町長に、驚愕の表情を浮かべるライ。 今でも彼女は信じられなかった。 何故自分がこんな目に遭っているのか。 何故この人物が自分をこんな目に遭わせているのかを。
「この娘か…?」
長老の背後から姿を現す数人の黒服の男達。 その内の一人が男が一人、町長に声を掛ける。
「はい……そちらの条件を全て満たしていると思いますが…」 「ふむ…」
黒服の男は顎をあげると、ゆっくりとした足取りで拘束されているライに近づくと、彼女の顎を持ち上げ、舐め回すようにその身体を凝視する。
「……っ!」
まるで動物か何かを扱っているようなその男の振る舞いに、嫌悪の念を抱くライ。
「確かに、久しぶりの上物だ。まだまだガキだがな」 「あ……!」
ライの身体を眺め終えると、捨てる様に彼女から手を離す男。 ライを支えるものが無くなり、地面にその身体を叩きつけられる。
「約束の金だ……次も頼むぞ」
男がクイッと顎を上げると、長老の後ろに立っていた黒服の一人がその手に持っていたアタッシュケースを開ける。 その中にケースいっぱいにギッシリと紙幣の札束が詰まっていた。
「あ、ありがたい…」
札束を確認すると、アタッシュケースを閉じ、受け取る町長。
「私を……売った……?」
信じられない光景を目の当たりにし、残酷な推測が頭をよぎる。 しかし、それが事実であることは町長自身の口から語られることになる。
「にゅー……もう食べられないです〜…」
一匹町長邸に取り残されて、幸せそうに眠っているペンギンはベターな寝言を漏らしながら、ベッドの上で眠っていた。 今ライが窮地に陥っていることなど、でべは露ほども知らない。
「こんな辺境の街を豊かにするには、仕方の無いことなんじゃ……。運が悪かったと思って諦めてくれ…」 「……!」
自分を見下ろしながら非情の言葉を投げ掛ける町長を前にし、歯をかみ締めるライ。
「お前のような小娘は意外と貴重でな……。そのままでも、その手の趣味の人間には高く売れるし、その健康的な身体で労働力としても売れる。内臓だけでもお前のなら高値が付くだろうよ…選り取り緑だ」 「てめぇ……!」
自分を商品としか見ていないこの男に対し、怒り以外の感情が出てこないライ。 それは町長に対しても同じだ。 自分を騙し、裏切ったのだから。
「ハン、粋がるなよ…ガキ」 「…っ!」
ライの怒りの瞳を物ともしないように、サングラス越からの睨みで彼女を威嚇する黒服。
「話は聴いたが、騙される方が悪いんだよ、うん?第一考えてもみろ、どこの世界に単に通りすがるだけの旅人を住民挙げて歓迎する街がある?」 「……!!」
男の言葉に、まるで身体の中をえぐられたような痛みを感じるライ。
「ちょっとチヤホヤされたからって気を許したお前が悪いんだよ。わかったなら、おとなしくしてな」 「……」
愕然としているライの耳にはもはや男の声は入っていない。 まるで何かを求めるように儚げに、ゆっくりと町長を見上げるが、彼はライから逃げるように顔を逸らす。
「じいちゃんにとっても…私はただの商品か…?最初から、そのつもりで私を迎えてくれたのか……?」
答えを知るのは怖かった。 しかし、真意を確かめられずにはいられなかった。 たとえ、さらなる絶望に落とされるとしても。
「……当然じゃ。ワシにとって大事なのはこの街と住民だけじゃ…。旅人の一人や二人を気にしているわけにはいかん……」
町長はライの顔を見ようとはせず、まるで唱えごとのように呟く。
「……そっか」
まるでスッキリしたかのように、先ほどまで怒りと絶望の色に支配されていたライの表情が、打って変って清々しいものになる。 しかし、それはまさに「嵐の前の静けさ」であった。
「それを聞いて、吹っ切れたよ!でべ……じゃない、『ヤフ=パランデ』!!」
それまでの穏やかさが吹き飛び、目を見開き聞き慣れぬ単語を叫ぶライ。
「……にゅ?」
互いに離れた場所に居る事にもかかわらず、ライの言葉に呼応するように、眠っていたでべの身体が淡い光に包まれたかと思うと……。
「にゅっ、にゅぅ〜〜っ!?」
自分でも驚きながら、でべは青白い光弾となって、あっという間に天井を突き破ってどこかへと飛び去ってしまった。
「……今、何か言ったか、ガキ?」
ライの突然の叫びに呆気に取られながらも、威圧的な態度で尋ねる黒服。
「直に解るよ…」
男の威圧にも屈せず、気丈に振舞うライ。 そして彼女の言ったとおり、それは突如、彼らの前に現れた。
「な、何だっ…!?」
轟音と共に天井を突き破って床へと落下した青白い光弾。 男達が驚きと共に目を見張る中、白煙から姿を現したのは……。
「にゅ?」
ペンギンだった。
「……これは何の冗談だ…?」
マヌケ面を露呈して辺りを見渡しているでべに、先ほどから厳格な態度を崩さなかった男も、さすがに呆れ気味だった。
「すぐに解るって。おい、でべ!この鎖を凍らせてくれ!」 「にゅー、人をたたき起こしておいて、いきなり命令ですかー。やれやれですー」 「いいから、黙ってやれ!」
到着した直後に指示を送るライに、「やれやれ」とジェスチャーを取るでべ。 自分の今の状況に反して、全く真剣みの無い暢気なでべを怒鳴りつけるライ。 なお、でべの後では。
「オイ、今時のペンギンは喋るのか?」 「いっ、いいえ、普通のペンギンは昔から喋りませんよ」
という、黒服と部下のやり取りが。
「にゅー、しょうがないですねー。うりゃーっです〜!」
「やれやれ」のジェスチャーを止めると、ライに向かって口から、ペンギンよろしくの冷気を勢いよく噴出するでべ。 ライを拘束する鎖はたちまち凍りつく、が……。
「カチーン」
鎖を凍らせていた氷がライの身体まで包み込み、彼女自身も凍らせてしまった。
「って、やりすぎなんだよっ!!」 「にゅぎゅんっ!?」
気合と根性で(ということにしておこう)鎖ごと氷を砕き、でべの脳天に渾身のチョップを打ち込むライ。
「………」
そんな一人と一匹のやり取りを、心の底から呆れ果てて見ている黒服たち。
「ととっ、冗談はこれくらいにして」 「冗談だったのかよ!」
黒服たちの何か得体の知れないものを見るような視線に気づき、すかさずシリアスモードに切り替えるライに抜群のタイミングでツッコむ黒服。
「コホン、気を取り直して……」
バツの悪そうな顔で呼吸を整えるライだが、次の瞬間、その顔色は変わり…。
「『ヤフ=パランデ』!スタイルチェンジ!『CANON』!!」 「にゅっ!」
またもや聞き慣れぬ単語を叫ぶライ。 だが、それに呼応するようにでべに変化が生じる。 突然、その体表面がメタリックに変質し、身体全体がまるで大砲のように変形し、ライの右腕に装着される。
「なっ!ガキッ!それは何だァッ!!」
ペンギンが変形して武器になる。 そんな絵空事のような事態など、たとえ直に見ることになっても、そう簡単に受け入れられるものでない。
「見てわかんない?これはー」
動揺する黒服の問いに軽口で返しながら、大砲化したでべの砲口を黒服達に向ける。
「こうするモンだっ!!」
猛然と叫ぶと、ライの腕に装着されたでべ大砲が火を噴く! その瞬間、天井に大穴が開く。
「テッテテテ、テメェっ!なんて危ねぇモン持ってやがるゥッ!?」
ただでさえ困惑する状況に、ライの駄目押しで恐怖心をあおられ、黒服の男の自己防衛が爆発。 男が即座に出した銃から放たれた銃弾はライの急所を外し、頬を掠めるだけに至ったが、それを合図に残りの黒服達も銃を構える。
「………最初に言っておくけど、最初に手を出したのはそっちだかんな…?」
頬から地位を流しながら黒服たちを睨んだライの瞳は、普段の彼女では持ち得なかった殺意のこもった冷たい瞳だった。 そして、次の瞬間。
「アベベッ!?」
人間のものとは思えない断末魔を残し、あっという間に上半身を無くしたのは、町長のすぐ横に立っていた黒服の仲間だった。
「ひ、ひぃぃっ…!」
血を噴出しながら佇む上半身の横で、怯えながら蹲る町長。
「な、何をしやが…べばふっ」
上半身をなくした仲間を見て、ライに振り向いた瞬間、頭が吹き飛ぶ黒服の仲間。
「あ、アアアァァ〜〜ッ!!?」
仲間二人を無惨に葬られたのをスイッチに理性の崩壊した黒服は、自分の身を守るために所かまわず銃弾を打ち込むが、その悉くはライの身体を射抜くことが無かった。
「………」
無言で大砲を黒服に向けるライ。 そして……
硝煙と血生臭い匂いが充満する倉庫。 その中で生きているのはライ、でべ、そして町長だけだった。
「安心しな、あんたの命は取らない…」 「……!」
ライの声で、それまでガタガタ震えたまま蹲っていた町長が我に返り、辺りを見渡す。 その目に飛び込んでいたのは、数分までは人間だった肉の塊であった。
「なっ、なんて事をしてくれたんじゃ…!ワシ等は一体これからどう生きていけばいいんじゃ…!」
黒服達が葬られた事により、金の収穫経路を経たれた事に深い絶望感を抱く町長。 しかし、ライはあくまで冷静な口調で告げる。
「だったら、他の土地に移ればいい」
辺境なために繁栄が難しいのならば、土地を変えればいい。 それが最善の方法であると思われたが。
「バカを言うな……そんな簡単な事ではない…。旅人のアンタにはわからんじゃろうがな」 「そうだね。行くよ、でべ」
床に座り込んだまま動かない町長を背に、何の未練も感じていないようにその場を離れようとするライ。 そんな彼女に、ただ付いて来るだけのでべ。
「じゃあな、じいちゃん」
その言葉を最後に、座り込んだ町長を取り残して街を出るライとでべであった。 その後、その街がどうなったかを知る者はいない。
「今回は散々でしたねー」 「……うん」
街を離れる旅路の中、ただ足を前後に動かして歩いてるだけのライに、でべが話しかけるが、返ってきたのは気の無い返事だった。
「あんなに歓迎を受けたのは初めてですけど、あんな目に遭ったのもはじめ……」 「でべ……ちょっと黙ってろ」 「にゅ…」
ベラベラと喋るでべに、小声で呟くように口止めを促すライ。 いつもなら気にせず喋り続けるでべではあるが、いつもと違うため、その場は逆らえず口を閉ざす。
私は別に誰かのために旅をしているわけじゃない… これは自分のための旅だ…
一人と一匹は旅を続ける。 これから先も、止まることなく。
(
2004年10月27日 (水) 01時13分 )
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- RES -
[45] - 投稿者:イシュ
キャラデータ@
ライ・エルピス 女 14歳 身長148cm 体重31kg スリーサイズ 67/50/70 若干14歳ででべと共に旅をする少女。 非常にがさつで男勝り、口より先に手が出るという攻撃的な性格で、パートナーのでべの悪口には敏感に反応しては彼女を殴る蹴るのを日課(?)にしている。 ある目的のために旅を続けており、旅の過程で彼女は世界のもう一つの姿を見ることになる。
でべ(ヤフ=パランデ) メス 年齢不詳 身長74cm 体重?
ライと共に旅をする人語をしゃべる謎のペンギン。 その正体はペンギン、人間を含めた7つの姿に変身する能力を有する古代文明の生態兵器……らしい。 可愛らしい外見とは裏腹に相当な毒舌家で、いつも余計なことをしゃべってはライに殴られる。
※これらのデータは近作限定の設定です。他の作品とは一切関係ありません
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2004年10月27日 (水) 01時19分 )
[46] - 投稿者:イシュ
次回予告
旅の途中、一人と一匹が立ち寄った海と空の見える小さな街。 旅人の間でも休養の地として有名な街であり、ライもすぐに気に入ってしまうが、その街には一つの奇妙な噂があった。
第2章「永遠の街」
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2004年10月28日 (木) 03時12分 )
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