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[141]file.03-4 - 投稿者:壱伏 充

 目を覚ますと、心配そうに覗き込んでくる千鶴の顔があった。
「! ……っつつ……」
「無理しちゃダメですよ、脳震盪とかすり傷だけってお医者さんは言ってましたけど」
 起き上がろうとして痛みに顔をしかめた渡良瀬を、千鶴がなだめた。渡良瀬はゆっくりと体を起こしながら、両隣のベッドを見た。
 両方とも老人だ。
「ここ、病院か?」
「はい。うちのトラックが事故を起こしたって聞いて。行ってみたらトラックはなくて、渡良瀬さんが病院に運ばれたって……何があったんですか?」
 見つめられると、罪悪感に押しつぶされそうになる。石動家のものをダメにしてしまったというのが、精神的に痛い。だが、それ以上に気になることもあった。
「……急にどっかの誰かに襲われてな。連れがいたんだが、そいつは?」
「それが……」
 千鶴は言葉を濁す。事態の悪化を悟り、渡良瀬はベッドから降りようとした。
「千鶴ちゃん、俺の服」
「ダメですよっ、寝てないと!」
 止める千鶴に、渡良瀬は腕時計を着けて答えた。
「えーと、3時間も寝てりゃ充分だ。とにかく奴らの足取りを追わねェと」
 狙いが相模の腕なら、すぐに殺されることはないはずだ。だが、彼の持つ“ライダー”だけが目的なら、相模本人が危ない。
 千鶴に構わず着替えようとした渡良瀬だったが、そこへ別の声が割り込んできた。
「それだけ元気なら大丈夫そうね」
「!」
 振り向くと、病室の扉を開けてたたずむ人影が二つ。
 神谷典子と、その部下の青年だった。

「何かこう……扱い雑くね?」
 MRIの操作室に通された渡良瀬の呟きに、典子は苦笑した。
「ごめんなさいね、今個室が空いてないから。……まずは事情を聞かせて」
 街で即応外甲の絡んだ派手なカーチェイス、しかもその末に事故が起きたと遊撃機動隊が通報を受けたのは3時間前。
 所轄との連携で現場に駆けつけたものの逃げられてしまい、現在捜索中だ。
 渡良瀬から相模と偶然会ったこと、突然襲われたこと、これといった心当たりがないことなどを聞くと、典子はせめてと思いひとつ教えてやることにした。
「ところで怪我の具合はどう? あなた、警察を足止めするために走行中のライトバンから投げ落とされたんだけど」
「知りたくなかったわい、そんな悲劇」
 渡良瀬が呻く。こんなやり取りができるのも彼が無事だったからだ。
 典子は安堵を顔に出す代わりに、顎に手を当てた。
「それにしても相模くんが、ね。何か手がかりになるようなもの、見てない?」
「即応外甲を使ってるチームってことだけだな。見た感じ目立つエンブレムも付けてない」
 渡良瀬の答えに典子は「分かったわ」と手帳を閉じ、席を立った。
 渡良瀬を病室に返し、部下の杁中を伴って病院を出た。
「それにしても、相模くんがよりによってそんなチームに……まずいわ」
「そんなに深刻っすか? 言っちゃ何ですけど単なるリフォーマーでしょ?」
 杁中が訝しむ。
 駐車場のIDA-7に乗り込み、アルマの使用申請を出すために無線を入れながら、典子は首を振った。
「ただのリフォーマーじゃないわ。相模 徹は私のアルマの基礎設計をした男よ」

 ドラッヘのリーダー、トガがまとう即応外甲“ドラクル”が肘に畳まれていたナックルガードを起こす。
「どうした、そんなもんか!」
「何のっ、まだまだァ!」
 倒れ伏した状態から起き上がり“仮面ライダー”が応える。
“仮面ライダー”はまっすぐにドラクルに突撃し、拳を握って――
「ふゥんッ!」
「ぬごッ!?」
 ドラクルの右ストレートをまともに浴びてよろめいた。“ライダー”は横に飛んで追撃を逃れようとしたが、足をもつれさせさらにドラクルのラッシュを叩き込まれ――防御も回避も間に合わない――吹き飛んだ。
「うあああああぁぁぁぁぁぁぁ……ふべっ」
“ライダー”はうずたかく積まれていたドラム缶の壁を突き破り、盛大な物音とほこりを立てて床に落ちた。
 ドラッヘの面々――総数にして50人強が見守る中、しばらくして“ライダー”は崩れたドラム缶の山から這い出して、変身を解いた。
 現れたのは顔中にピアスを付けたドラッヘの一員だ。
 ドラクルはナックルガードを収納し、青年に問うた。
「お前、本気出してやってたか? 遠慮はいらねーっつったろ?」
「本気も本気っすよ。でも全然ダメ。動きづらくって。傷一つつかねーのはすごいスけど」
 青年は言ってベルトと腕時計を外し、適当なドラム缶の上に置く。
 ドラクルは捕らえた男に向き直った。
「だとよ。まだ何か隠してんじゃねーか?」
「逆さに振っても何も出ねェよ」
 倉庫の柱に縛り付けられた相模は、ずれた眼鏡を直すこともできないまま毒づいた。
 ドラクルは肩をすくめて、ドラム缶に並べられたもう一組のバックルと腕時計を見やった。
「こっちは単なるお裁縫セットだしよォ。おい鎌田、本当にコイツ相模 徹か?」
「だから言ったでしょ、過去の人だって」
 鎌田の代わりにモビィが得意げに言う。ドラクルは仮面の奥で鼻を鳴らした。
「本物だとしても、だ。“特装三騎”の生みの親も堕ちたもんだな」
「よく知ってるな」
 相模が囁きにも似た声で、感心したように漏らす。
 ドラクルは大仰に頷いた。
「ああそうさ、有名だ。
 セプテム・グローイングから警視庁に出向し、今の遊撃機動隊の前身だった実験部隊“特装機動隊”のために仮面ライダー三機を政策。
 だが特装は解散。ライダーも一機は失われ、一機は九州に回され、警視庁には最後の一機だけが残った。
 そんな状況をどう思ったか、自分も姿をくらまして今や神出鬼没のリフォーマー……どうだい、どこか間違ってるか?」
「やけに説明的な台詞どーも」
「そこの新人がキョトンとしてやがるんでな」
 相模の皮肉を受け流して、ドラクルは肩を揺らす。
「そ、これからはボクの時代ですよ。ボクのドラクルこそ、新時代のライダーに相応しいんですから」
「おうおう」
 さらに勝ち誇るモビィに適当な返事をして、ドラクルもまた変身を解こうとしたが――そこへ相模が口を挟んだ。
「ちょっと待ったお兄さん」
「……何だ?」
 ドラクルのみならず、全員の視線が相模に注がれる。相模は臆することなく、顎でドラクルを指した。
「あんた最近、腰を悪くしてねぇか?」
 ――一瞬誰もが言葉を失い、やがて爆笑が起きて――
「テメェ、何でそれを!」
 ドラクルの取り乱したような言葉に、再び凍りつく。
 相模はいささかも動じた様子もなく、言葉を続けた。
「三友の“シュリンプ”をベースに殴り合いに特化させたんだろうが、腰の補助パワーユニットがベーススーツに余計な負荷をかけている。
 腰の入ったパンチを打つたびに、余分にスーツがよじれるのがその証拠だ」
 よどみなく言い切る相模に対し、ドラッヘの面々がぽかーん、と口をあけた。
 その中でいち早く復活したのはモビィだった。
「で、デタラメを言うな! ボクのドラクルは完璧だ、そうですよね?」
「いや」
 すがるような目で見てくるモビィに、ドラクルは首を振った。
「どうにも腰が引き攣れてな。確かに、イライラしてた」
「え?」
 モビィが顔を引き攣らせる。ドラクルはモビィを押しのけ、相模に聞いた。
「だが、そんなこと教えてくれて何のつもりだ? さすがにモビィに好き勝手言われてカチンときたか?」
 相模は縛られた格好のまま不敵に答えた。
「別に。ただ、ザッパな仕事が目の前うろうろしてんのに、愛想笑い浮かべてられるほど人間できちゃいねェんだ」
「直せるか?」
「ご冗談を。この格好じゃ針に糸も通せねぇよ」
「――解いてやれ」
 ドラクルが部下に命じると、当の相模が目を丸くした。
「いいのかよ? 逃げちゃうかも知れねーぜ。第一壊れたとこ直すんならともかく、他人の仕事に手ェ入れるなんざ……」
 からかうような相模に、ドラクルは威圧するように仮面を近づける。
「つべこべ抜かすな。下手な真似してみろ――テメェがまだ隠し事してねぇか、今度はペットのハラワタかっさばいてもいいんだぜ?」
「……分かったよ。ただしヒトミに傷一つ付けてみろ、あんたのどてっ腹に変身ベルト縫い付けてやる」
 よほどペットが大事なのか、相模がしぶしぶながら了承する。
 縄を解かれる相模から目をそらし、モビィは彼らに背を向けた。

「くそっ、くそっ、くそっ!」
 モビィは小声で喚きながら倉庫の外で一斗缶を蹴りつけた。
「あんなヘボなライダーしか作れなかったクセに、えらそうに!」
 相模が気に入らない。
 その相模に自分の作品を直させるトガも気に入らない。
 今までボクを有難がっていたくせに。
 自分のミスを指摘され、それを認めたくないが故の苛立ちに、自分でもそうと知らずに身を焦がす。
 いつだって正しいのはボクなんだ。他の連中が間違っているんだ。
 どうにかして相模に目に物を見せてやりたい。進んでいる話をご破算にしてしまいたい。
 そうでなければ、もし相模がドラッヘに居着くようなことになってしまえば――モビィの居場所がなくなってしまう。
「くそぉ……」
 モビィは呻いて顔を上げる。そこにあったのは相模たちが使っていた軽トラックだ。荷台にはサイドカーが固定されている。
 中にはまだ相模のペットを入れたカバンが残っていた。
「……これだ」
 先の不安を抱きつつ、その実後先を考えることなく、モビィは相模のカバンを掴み出した。
 自分の行動が、自分の立場をより危うくすることなど思いもよらない。
 どうせ皆、相模ばかりを注目している。今がチャンスだ。
 モビィはカバンを開け、荒々しく中の動物を引きずり出し――
「にゃ〜?」
「……………………ッッ!!?」
 中から出てきた“それ”に、モビィの息が一瞬止まった。

( 2006年05月18日 (木) 19時35分 )

- RES -


[140]file.03-3 - 投稿者:壱伏 充

 渡良瀬はハンドルを操りながら、善後策を考えていた。
「とりあえず警察に……」
「いや警察はヤバイ」
「そんなこと言ってる場合か?」
 相模を止めたら怪訝な顔をされた。とはいえあまり警察に来てほしくないというのが渡良瀬の本音である。
 もしも以前潰したスカイウォーカーチームもどきや、それ以前に対処した連中の残党が相手だとしたら、渡良瀬が彼らにした所業も明るみに出てしまう。
 渡良瀬は相模の不平を黙殺して、バックミラーを見た。
 徐々にスピードを上げて距離を詰めようとしてくるライトバンのサンルーフが開き、中から身を乗り出してきたのは黒くリペイントされたヴィックスだ。
 そして、そのヴィックスがライトバンの天井板を蹴って姿を消す。
「!?」
 ――半瞬の後、屋根の上から鈍い音がした。
 まさか。渡良瀬が叫ぶより早く、屋根の上の黒いヴィックスの拳が運転席側の窓ガラスを突き破ってきた。
「相模 徹だな! 逃がしゃしないぜ――え?」
「うおおおおおおおっ!?」
 渡良瀬は急ハンドルを切りブレーキを踏み込む。交差点を片輪走行寸前のドリフトで曲がりきった軽トラックから、慣性の法則に従ってヴィックスが放り出された。
「ああああ――――?」
 悲鳴を後ろに聞きながら渡良瀬は軽トラックのスピードを上げた。
「っの野郎、雑なマネしやがって。無事か?」
「ああ……」
「にゃ〜」
 相模とヒトミが答える。渡良瀬は膝の上に降ったガラス片を払い落として、後ろを確認した。まだ追っ手はついて来ている。
「しかしまさか、相模の方が狙われてるなんてな――どした、シャレにならないご婦人と間男しちゃったか?」
「ご冗談。どうする、“ライダー”だったら持ってるぜ」
 渡良瀬が呟くと相模が答えた。渡良瀬は信号を左折して、肩をすくめる。
「ああ。でも“テイラ”って、お針子さん専用だろ。こんな状況で役立つかよ」
「いや、もう一台ある。切り札が、な」
「何だってそんなモンを……ちっ!」
 渡良瀬は毒づいてハンドルを切る。相模はシートにしがみつきながら答えた。
「退職金代わりにちょちょいとな。チョロまかしたんだ、ワタちゃんの分を!」
「捨て去れンなモン! 奴らの狙い、何かそれっぽいじゃん!」
 渡良瀬は絶叫混じりに即答した。

「な……っ!」
 絶句する相模にかまわず、渡良瀬は続けた。
「あー、下手に捨てるのもまずいか。よ−し、復元できないレベルまでバラせ」
「冗談じゃない!」
 そこまで言われて相模も黙っていられなかった。
「待ってくれよワタちゃん、本気か?」
「当たり前だ。後生大事にそんなモン抱えてやがって」
 にべもない言いように状況も忘れて、相模は渡良瀬に詰め寄った。
「そんな言い方ないだろう、俺ぁワタちゃんのためにだな――」
「俺は!」
 しかし言い募ろうとする相模を、渡良瀬の声が圧した。
 相模は熱いものに触れたように、身を強張らせる。相模に向いた渡良瀬の横顔は、まるで痛みをこらえているように――そして何かを恐れているように見えた。
「俺は……神谷や楠みたいにゃなれねェ」
 それだけを絞り出す渡良瀬は、相模を押し戻してハンドルを切る。
「ぬァ……!」
 横Gにさらされながら相模が見たものは、前方から迫る黒い車体だった。
「ライダーの力なんかなくても、俺は!」
 渡良瀬の言葉とともにカーブを曲がりきった軽トラックだったが、行く手には一騎の紅い即応外甲が待ち構えていた。
(追い込まれてた……!)
 相模がそれに気づくと同時に、紅の即応外甲が拳を振りかぶり、肘から炎を噴き出して――――

 膨らむエアバッグの衝撃に、二人は意識を失った。

( 2006年05月18日 (木) 18時47分 )

- RES -


[139]file.03-2 - 投稿者:壱伏 充

 倉庫街の一画に立つ、一棟の小さな倉庫。
 たむろする派手な格好の若者たちに囲まれ、テーブルに足を乗せ革張りのソファにふんぞり返っていたスキンヘッドの男が、携帯電話で話を聞いていた。
「間違いないんだな。よし、後尾けろ。適当なところで連絡寄越せよ」
 命じて電話を切ると、周囲の若者たちが一斉に視線で問うてくる。
「トガさん、今のは」
 そのうち、最も近くに立っていた革ジャンの男の言葉に、トガと呼ばれたスキンヘッドの男が答えた。
「ああ……鎌田がな。相模 徹を見つけたんだと」
『……!』
 どよめきが場に広がる。誰かが上擦った声をあげた。
「相模って……誰スか?」
「知らねェのかよ! この筋じゃ有名な伝説のリフォーマーだ」
 そんな新人たちのやり取りを聞きつつ、トガはテーブルから足を下ろして周囲を見回した。
「一ヶ月くらい前に“コボルト”がぶっつぶれた。奴らのシマが取り合いになってるのは知ってんな?」
 トガの言葉に“部下”たちが頷く。
 お隣の湖凪町南部一帯に勢力を持ち、ビデオ販売などの副業で潤っていたコボルトが何者かによって壊滅させられたというニュースは、トガたちの耳にも届いている。現状、コボルトが仕切っていた地域はまだ空白状態になっている。
「そろそろ手ぇ広げる頃合いだと思ってた。
 今は流れのリフォーマーだって話だが……是非とも俺ら“ドラッヘ”のために役立ってもらおうじゃねぇか」
 トガが低く笑うと、周囲もそれに和して歪なざわめきを広げていく。
 彼らは即応外甲を用いた暴力集団――自称ライダーギャング“ドラッヘ”。
 業界ではそこそこ名の知れた、札付きの不良少年たちである。

 仕事があるのは素晴らしい。たとえそれが下世話に見られることがあるとしても。
 渡良瀬は垂れた前髪の一房を弾いて、そんな事をひとりごちた。
 今回の依頼内容は、あるサラリーマンの不倫調査。そのサラリーマンは今、石動から借りた軽トラックから見えるラブホテルに入ったところだ。
「勤務時間中にどんな営業やってんの……っと」
 デジタルカメラの画像を確かめ、皮肉気に口元を歪める。
 後は相手の女性の素性を調べて、いつから付き合っているかを探って、と考えつつ車を怪しまれない位置に移動させていると、バックミラーに何かの影が映った。
「?」
 停車させ、渡良瀬はボルサリーノを深く被りなおして、つばの下から近づいてくる車体を覗き見た。
 サイド部分に荷物を載せた、青いサイドカーだ。
(特徴のある甲高いモーター音。セプテム・グローイングの“リズミクス”か)
“仮面ライダー”で有名なセプテム・グローイング社ではあるが、それ以外の分野でも優秀な製品を世に送り出している。
 今、渡良瀬の元に接近しているサイドカーもそのひとつだ。
 サイドカーはラブホテルの前に停まり、運転手が降りて建物を見上げた。
(同業者か?)
 ラブホテルは最低二人で来るものだ。渡良瀬は訝しんで、その様子を良く見ようと帽子をあげる。
 見るとサイドカーの男はどこかげんなりした様子で肩を落とし、側車に詰めた鞄から地図らしき紙を取り出すと、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。
 ――眼鏡を直すその顔に、渡良瀬は見覚えがあった
「……オイオイ、そんな所で何してんだお前さん」
 渡良瀬は首を捻り軽トラックを降りた。男は気付いて顔を上げ、どこか間の抜けた声をあげた。
「ああいや、今日泊まるとこを探してんすけど……あれ、ワタちゃん?」
「あれワタちゃん、じゃねェよ」
 渡良瀬は笑ってボディブローを入れる。男はそれを軽くキャッチして――お互い笑いあった。
「久しぶりだな、相模」
「ああ」
 その男――相模 徹は答えて渡良瀬の手を離した。

 トガたちの携帯電話が着信に震える。
 アドレス一斉送信で送られてきたメールには、ターゲットとそれに接触するコートの男の姿があった。
「なるほどコイツが続報か」
 トガは手首のスナップで携帯電話を閉じ、ソファから立ち上がった。
「おいモビィ」
「何です?」
 モビィと呼ばれた小柄な男が顔を上げる。平均年齢が低めのドラッヘの中でも飛びぬけて若いこの男は、一味で即応外甲のカスタマイズを一手に引き受けるリフォーマーだ。
 トガはモビィの様子に全く頓着しない様子でモビィに命じた。
「“ドラクル”持ってこい。俺も行く」
「トガさんがわざわざですか?」
 モビィがどこかつまらなさそうに答え、唇を尖らせて金庫からバックルを出した。
「どうせこのドラクルが最強なんだ。相模なんて過去の人、どうだっていいでしょう」
 呟きながらバックルを差し出すモビィにトガは苦笑して見せた。
「その時ゃその時だ。お前が奴の代わりに伝説になっちまえばいい」
 俺はもっと謙虚だがな、と胸のうちで付け加えて、トガはバックルを受け取った。

「で、今なにやってんだよ」
 当たり障りなく自分の近況を伝えて、渡良瀬は久々にあった友人に聞いてみた。
 肩をすくめて相模が答える。
「フリーのリフォーマー、さ。あちこち転々としてる」
「旅の職人さんか。いいねェ、そういうの。自由っぽくて」
 渡良瀬が笑うと、相模は首を振った。
「そんなんじゃないよ。こいつがばれてアパート追ん出されっぱなしなんだ」
 言って相模が掲げたカバンには小さな窓がひとつ開いていた。渡良瀬はその正体を瞬時に悟り、窓を覗き込んだ。
「おー? 何だヒトミか。大きくなったな、ええおい。俺のこと覚えてっかー?」
「にゃ〜」
 カバンの中から“ヒトミ”が鳴き返す。
 昔、同じ職場にいた頃の同僚が拾ってきたのを渡良瀬が名づけたのだ。結局、処分される前に最も懐いた相模に引き取られて育てられることになったのだが、今でもちゃんと生きていたようだ。
「ペット可だと家賃も高いし種類とかも面倒だし……オススメの物件ないかね。この辺詳しいんだろ?」
「あー? そうだな」
 しばしカバンをコツコツ叩いてヒトミと戯れていた渡良瀬は、前髪を指で弾いて心当たりを思い浮かべた。
「もしかしたら、うちのおやっさんと話合うかもな」
「あるのかよ」
 渡良瀬が呟くと相模が聞いてくる。渡良瀬はホテルに視線を向けた。
「まーなー。一仕事終わらせたら紹介してやるよ。今から用事あるか?」
「今日は一日中予定ナシだ」
「よし付き合え。お前のバイク、荷台に乗せるぞ」
 話し相手もない仕事は気が滅入る。渡良瀬は言って軽トラックの後ろに回り込んだ。

 トガが率いるドラッヘの面々を乗せたライトバンが、ぞくぞくと目的地周辺に集結する。車中のトガは監視役の鎌田に電話を入れた。
「様子はどうだ?」
『相模と客の交渉、長引いてますね。客の軽トラで延々話してます……あ、動いた』
「方向は?」
『ホテル“アルマゲドン”北側――高速とは反対っす!』
 鎌田もバイクに乗ったか、電話の向こうでバタバタと物音がした。
 トガは「分かった」と通話を切り、保存メールから最適なものを選択、若干の編集を加えて一斉送信すると運転手に命じた。
「俺たちも行くぞ。白い軽トラで荷台に青のサイドカー、ナンバーは1369。分かってんな?」

 距離を保って徐行。こっそりと追う相手は、暇を持て余して火遊びに走ったらしい女性だった。
 頭の後ろに手を組み、相模は渡良瀬に付き合った事を少し後悔し始めていた。
 今の自分を傍から見たら、きっと怪しいことこの上ない。
 相模はそう思い、渡良瀬に問うた。
「なーワタちゃん、どうよこれ?」
「人妻は人妻でも団地妻って感じじゃねーな。多分ヒマ持て余したイイトコのマッダームで、こんな火遊びにも慣れてると見た」
「いや、あのご婦人のことじゃなくて」
 淡々と分析する渡良瀬にツッコミを入れて、相模は首を振った。
「今の仕事だよ。ワタちゃんさ、納得してんのか?」
「てめーで望んでやったことだからな」
 渡良瀬は軽く返してきた。相模はそのリアクションに、自分の感情がざらつくのを感じ、それをつい言葉にしてしまう。
「それで、ちゃんと守りたいもの守れてるのか? 今からでも、とっつぁんや典ちゃんに頭下げて」
「二人の回し者かおめーは」
 一蹴された。相模は鼻白み、顔をしかめる。
「友達が人妻の尻追いかけまわしてたら、少しは心配にもなるよ」
「大きなお世話だ。それに――っと」
 反論してきた渡良瀬だったが、いきなり顔をしかめてミラーを凝視しだした。
「おい、ワタちゃん前!」
「代わりに見とけ……あーらら」
 渡良瀬は頬を引きつらせてやおらハンドルを切り横道に入ると、軽トラックを急加速させた。
「――おい!? いいのか!」
 突然の行動に戸惑いながら、相模は来た道を振り返ろうとして渡良瀬に叩かれた。
「振り向くな! 今日のとこは中止だ!」
「えぇっ?」
 声に緊張感を孕ませて渡良瀬がアクセルを踏み込む。スピードの乗った軽トラックは大通りに飛び出すと、他の車と接触寸前になりながら交差点を駆け抜けた。
 相模は慌てて渡良瀬を止めようとする。
「ちょっ、ワタちゃん落ち着けよ! もしかして今のでキレたのか!?」
「ンなワケあるか! あーあこりゃもう間違いないわ。後ろ見ていいぜ」
「……?」
 渡良瀬の言葉に従い振り返って――相模は目を見開いた。
「おいおいこれって!」
「どーも俺らも尾けられてたみてーだなァ。ったく、どこの差し金だか……心当たりが多すぎだちくしょー」
 黒塗りのライトバンやバイクが数台、渡良瀬が乱した車列を縫って追跡してくるのが、相模からも見えた。

( 2006年05月16日 (火) 22時26分 )

- RES -


[136]Masker's ABC file.03-1 - 投稿者:壱伏 充

「――納得行かねーな、とっつぁん! どうしてこんなこと……」
 安物のスチール机を叩き、渡良瀬は東堂に詰め寄った。
 東堂は表情を動かさないまま、真っ直ぐに渡良瀬を見返してくる。
「決定だ。納得できないんだったら、ここにいる資格はない」
 東堂の声は、常とは異なり低く、重い。渡良瀬はもう一度机を叩いた。
「分かったよ――こんなとこ辞めてやらぁ!」
「ちょっと、渡良瀬!」
 制するように腕を掴んでくる典子の手を振り切って、渡良瀬は踵を返した。
「オイオイ落ち着けよ、確かにお前はそりゃ……」
 もう一人の声も無視。渡良瀬は叩き壊さんばかりの勢いで隊長室の扉を押し開け、廊下に出た。
 ちょうどそこに通りがかった男と目が合う。男はぎこちなく手をあげた。
「よ……よぉ、ワタちゃん。ちょうど今、呼びに来たとこだったんだ。やっと調整が済んで……」
「いらねェよ」
 一言の元に切って捨て、渡良瀬は男の横を通り過ぎる。
「おい渡良瀬!」
「渡良瀬!?」
「……ワタちゃん?」
 典子たちの声を背に受けて、渡良瀬はしかし立ち止まることなく、吐き捨てた。

「誰かを裏切るための力なら、俺は欲しくねェ!」

 自分の声で目を覚ますと言うのは、あまり心臓によろしくない。
 渡良瀬はそれを実感しつつ時計を見た。
 寝直すにはいささか時刻が遅い。だが、朝寝坊を楽しめる身分ではない。
「もしかして、事務所が開くのを待ってる依頼人が列作ってるかも知れねぇからな」
 ――言ってて自分で空しくなった。
 あの時から、どれだけ経っただろう。自分は何が出来ただろう。
 なぜ、あの頃の夢を今頃見たのだろう。
「……しんきくさっ」
 渡良瀬は呟き、物思いにふけるのをやめた。

file.03 “主人公、立つ”

 多くの人で賑わう繁華街――に響く、急ブレーキの音。
「ひきゃあっ!?」
 次いで鈍い音と悲鳴ともに人影が宙を舞い、車道に落ちた。
 あわてて路肩に止まった軽自動車の運転手が飛び出して、人影に駆け寄る。
「大丈夫ですか、お怪我は!」
「す、すみません……怪我はないです、けど……」
 はねられた被害者――タハラ製“レジィナ”を纏っていた女性が顔を上げた。視線の先には凹んだ車のバンパーが映る。
 軽自動車を運転していた青年は、視線の先に気づいて両手を振って答えた。
「あ、いいんですよこっちは。ほんのカスリ傷ですし」
 即応外甲は道路交通法により“車両”として位置づけられており、例えば公道で使用する場合には肩にナンバーの刻印を施すことことが義務付けられたりはしているが、何しろ物が人体の延長であるためか、乗用車などとの接触事故において、法的にはともかく当事者間の心理として、即応外甲側が多大の責任を負う、ということはまずない。
 もちろん、それを良しとしない善意の人もいるわけで。
「いえ、そういうわけには……」
 レジィナが声色を曇らせ立ち上がり、よろける。青年は再度慌てた。
「やっぱりどこか怪我を……」
「いえ、私はどこも痛くないんですが、ライダーの足が」
 レジィナが言って足を指差す。衝突のせいか右の膝パッドが外れて人工筋/神経繊維の切れ端が飛び出していた。
「ああ、どうしよう! 今から大会があるのに!」
 とりあえず歩道に退避した二人の、特にレジィナの悲嘆に暮れた声に野次馬も集まってくる。
「大会? だったら乗ってきなよ、送るから」
 青年の申し出にレジィナはしかし首を振る。
「TRDの大会なんです。関東大会の決勝で……」
「うぇ?」
 TRD――正式名・タイトロープダンサーとは、即応外甲を用いた競技のひとつである。原則的に団体戦で、不安定な足場の上で息の合ったアクロバットを魅せる、というものだ。
 スカイウォーカーがスケボー、スノーボードでタイムやトリックを競う競技に近いのに比べ、TRDはむしろチアリーディング的と言える。
 タハラの“レジィナ”はパールカラーを基調とした丸っこいシルエットであるためTRDの参加機体としてはポピュラーな部類に入る。
「ンなもん着て走るなよ」
「会場で新しいの借りたら?」
 無責任な言葉が野次馬から投げかけられる。青年も、彼らの言うことにほぼ同意しつつ俯くレジィナにかける言葉を探した。
 ――と、そこへ。
「はいゴメンよ、ちょっと通して」
 一人の男が、野次馬を掻き分けて入ってきた。
 その男は線の細い体躯に不似合いな大振りなカバンを二つ携え、そのうち一つを足元に置いた。カバンが――正確にはその中の生き物が「にゃ〜」と鳴いた。
「あなたは……?」
「はいちょっと診せてみて」
 レジィナの問いに答えず、男は彼女の膝の前に屈みこみ、かけていた眼鏡を直す。
 そしてしばしレジィナの“傷口”を診た後、男がポツリと呟いた。
「いいリフォーマーについたみたいだな」
「分かるんですか?」
 レジィナが息を呑む。男は頷き、鳴いていない方のカバンからツールボックスを取り出した。
「ああ。ベーススーツに仕事が溶け込んで、変に出しゃばってない。お気に入りになるわけだ」
「え、ええ、そうなんです」
 レジィナが声を弾ませた。この即応外甲は彼女のひそかな自慢なのだ。
 だがそれをどうすると言うのか――見守るレジィナの前で男は微笑んで、ツールボックスから針と糸、そして布のようなものを取り出すと、ウィンクして見せた。
「じっとしてな。幸い損傷は軽い」
「え?」
 戸惑うレジィナの言葉を聞くより早く――男は手を動かし始めた。
 布状の人工筋/神経線維束を分解しつつレジィナの傷から損傷部位を切り離し、新品を仮接続する一方でテスターで伝達具合を確認しながら超々小型ダイオードの配列を組みなおしバイパスを作り上げ、金属糸による補強も施したまに左足も確かめて、軽くスプレーを吹いて色を整え膝プレートの歪みを矯正してビスを交換し――
「ほいできた。動かしてみな」
 男が言って首を鳴らしたのは、作業開始から一分も経たないころであった。
 レジィナは言われるままに足を動かす。何の抵抗もなく、足は動いた。
「うそ、すごい……もう直ってる!」
 瞬間、つい男の手技に見入っていた野次馬からも、歓声が沸いた。
「おおっ、すげえな兄ちゃん何者だ!?」
「全然手の動きとか見えなかったぞー!」
「何だこれ、ドラマの撮影?」
 そうした声をよそに、男は道具をしまいレジィナに声をかけた。
「これからは急いでても無茶しなさんな。そこの御仁も送ってくれると言ってくだすってることだし。
 んじゃ俺ぁこれで」
 それだけ告げて立ち去ろうとする男に、レジィナは頭を下げた。
「あの、ありがとうございます。ぜひあとでお礼を……」
 路上に停めたサイドカーに荷物を乗せ、問われて男は振り返り、眼鏡を直しながら答えた。
「お礼はいらないさ。俺は相模 徹――宿無しのフリーリフォーマーだ」
 カバンの中でタイミングよく、声が「にゃ〜」と鳴いた。

 即応外甲は基本的に工業生産品である。
 それゆえ多少のサイズ分けこそあるものの、各メーカー、各カテゴリごとに規格を揃えることでコストを下げ価格を抑えている。
 しかし逆を言えば、こうした即応外甲は客個々人の微妙な差など考慮してはくれない。
 装着者の体格や人工筋肉の反応速度、そうした細かな要素から生じるズレが積み重なれば、やがて装着者に無視できないストレスを与えることになる。
 この問題への対処法は主に3つ。
 まずひとつは、即応外甲を多用しないこと。
 次に、装着者に合わせた完全オーダーメイドの即応外甲を用意すること。“仮面ライダー”で有名なセプテム・グローイング社が採用している手法だ。
 そして最後に――即応外甲と人間との架け橋であるベーススーツを、装着者に合わせて再調整すること。
 一つ目は論外、二つ目は完全手作業ゆえに費用と時間が嵩む。よって三つ目の選択肢を選ぶものは、圧倒的多数とは行かないが後を絶たない。
 こうしたニーズに答え、即応外甲を“仕立て直す”技術者を、人はリフォーマーと呼んだ。

( 2006年05月02日 (火) 11時52分 )

- RES -


[135]file.02-7 - 投稿者:壱伏 充

「了解」
 典子――アルマは答えて、渡良瀬を一瞥した。
「えーと……渡良瀬」
「ん?」
 トレンチコートの埃を払い、ボルサリーノを被りなおして渡良瀬が顔を上げる。
 伝えたいことがあった。
「そこで応援してくれる?」
 だが、それは今の彼に話すべきことではない。冗談めかしたアルマの言葉に、渡良瀬は仕方なさそうに肩をすくめた。
「疲れたから帰りたいんだけどな、しょーがねぇ」
「……じゃ、また。今度、調書取る時にね」
 アルマは軽やかに足元のコンクリートを蹴った。
 同時に背中に装備されたアルマブースターが推力を解き放ち――刹那の後にコバルトブルーの矢となって、アルマの肢体が天を翔ける。
「キュイ……キュアアアアア!」
 敵を認識したレピードが啼いて、鱗粉を吹き付ける。
 だがアルマの装甲、ベーススーツを構成するのは超”剛”金セプト・マテリアルだ。プラスチック溶解作用は通じない。
「キュィィッ!」
 それを悟ったか、レピードは戦法を切り替え、接近してくるアルマに向けて触手を殺到させる。
「!」
 しかしアルマは虚空を蹴りつけるように自在に方向を転換し触手の群れを掻い潜ると、レピードの頭上へ抜けた!
「キュ……!」
「――これで!」
 見上げたレピードの左眼。アルマはそこに狙いを定め、ブースター裏から取り出したライフルで撃ち抜く!
「キュ……アア!?」
 眼を潰されたレピードが悶絶し、その場から墜落しないよう必死で羽ばたく。
 もう片方を潰す必要はない。羽化する前からレピードの右の視力は失われている。
(一撃で終わり、とはいかなかったみたいね)
 放っておいても自滅するだろうが、それを待って被害を広げるわけにもいかない。
 アルマは電磁ライフル“アルマスナイパー”のフォアグリップを握り、空中で静止した。

「昆虫の蛹は幼虫の体をドロドロに溶かして再構成する」
 二階堂はアルマを通して送られてくる映像を眺めつつコーヒーをすすった。
「だけど取り込んだプラスチックで新しい肉体を作るレピードでも、分解再構成するわけには行かないものがあった。
 飼い主に状況を伝えるカメラ、コントローラーの受信部。そこだけはどうしても残っちゃう。
 ――詰めが甘いのはわざとかな、西尾くん?」

 フォアグリップのロックを解除し、そのまま銃身を引き伸ばす。上下に開いた一対の放熱フィンが、低く終劇の唄を奏でた。
 アルマスナイパーは一種のレールガン。銃身を電磁加速して解き放つ。銃身が長くなれば、より加速がつくのは道理であり――ゆえに今形作るのは必殺の姿。
 延長した銃身と開いた放熱フィンのシルエットは、弓に番えた矢を思わせる。銘"アルマアーチェリー"。
「キュイ、キュィィ!」
 ブースターを吹かして、もがくレピードに相対速度を合わせるアルマ、その双眸の中でターゲットマーカーが標的に十字を刻む。そして。
「弾道クリア。アルマアーチェリー……シュート!」
 アルマは宣言とともにトリガーを引く。
 弾丸は銃口を飛び出しレピードの眉間に突き刺さり、コアユニットを打ち抜いてプラスチック人工筋肉を引き裂きながらレピードの後方へ抜け――10数km離れたAIR研究所の上を飛び去り、沖に停泊・航行するいかなる船舶にも触れることなく海中に没した。

 ぐらり、と傾いだ蛾の巨体が、重力に従って道路に落ちた。
 多少鱗粉が舞い散ったが、見た目の印象より重く粒も大きいため、それほど遠くまで飛散することはなかった。

 杁中たちは走っていた。
 途中、事故にあった車から民間人を救助するなどの足止めも受けたが、何とか蛾の落下地点にたどり着く。
 すでに蛾は地に墜ち、その体躯を構成していたプラスチック繊維も解け、腐り落ちていた。
 傍らに佇むのは仮面ライダーアルマ。杁中たちの上司だ。
「やられたわ。活動を停止するとともにレピード自体の防腐効果もなくなるようになっていたみたい」
 アルマは肩を落とし、部下たちに振り返った。
「回収するわ。悪いけど、紙袋をありったけ集めて持ってきて。ビニール・プラスチック素材を使っているのは避けて」
『了解!』
 植田たちが敬礼し、散っていく。杁中はただ一人その場に残っていた。
「……あなたは病院で診てもらいなさい。怪我してるんだから」
「唾つけたら治りましたよ。こいつの見張りも必要でしょ?」
 杁中は肩をすくめて、自嘲気味につぶやいた。
「ま、何か俺たち必要ないっぽいですけど」
「杁中……」
 アルマの返事も待たず、杁中は切り出した。
「今日は散々な一日っしたよ。民間人には出し抜かれる、班長はとっとと虫を片しちまう。
 顔にゃ出しませんがね、原も植田も、平針も川名も、赤池サンだって思ってるはずだ。
 俺たちゃ、何だったんだろうって」
「……確かに私たちは、こういう仕事ばっかり回ってくるし、こうした派手な立ち回りもするけれど」
 アルマは首を振り、歩き出す。杁中の隣で、一度立ち止まって。
「私たちの本当にすべきことは、市民の安全を守ることよ。まだまだ仕事はこれから。地味でキツくて、でも私たちにしかできないこと。承知の上でしょう?」
 杁中にだって、そんなことはわかっている。だから憎まれ口を返した。
「そんなもん着てる班長に言われたくないですね。俺たちだって、そのくらいの力がほしいっすよ」
 その言葉にアルマは表情のない仮面を向けた。
「私一人の力じゃないわ。アルマも、今日の事件のことも。
 杁中の……みんなのおかげよ」
 そう告げてアルマは歩き出す。
 後姿が典子に戻るのを見送り、杁中は足元の石ころを蹴飛ばして、痛みに顔をしかめた。

 典子たちがいた道路から少し離れて、渡良瀬は鷲児たちとAIRに向かっていた。
「もう、こんな無茶なことして……シュージ君はあたしが守ってあげるって言ってるでしょ。
 渡良瀬さんも、どうして止めてくれなかったんですか!」
 一人憤慨する珠美に、渡良瀬は笑って答えた。
「勝算はあったからな。それに、元カノのピンチに黙ってたら、男がすたるって」
「そう……だったん……ですか、ってか、この格好……十分、すたって、ません……か?」
 苦しげに鷲児が答える。彼は木造機の残骸と渡良瀬をリヤカーに載せて運んでいた。
「悪いな。ちょっと腰に来ちまって」
 得心したように珠美が手を打つ。
「それじゃあ、いいとこ見せてよりを戻そうって思ったんですね」
「残念だが珠美ちゃん、フッたのは俺のほうなんだ」
「え〜?」
 苦笑いする渡良瀬の言葉に、信じられないと言いたげに珠美が大げさな声を出す。
 そんな光景を横目に、鷲児はため息をつき通しだった。
「ああ、にしても、絶対……俺怒られる、弁償できっかな……?」
「まあ、弁護だけはしてやるよ」
 慰めにもならないだろうが、渡良瀬は鷲児の肩を叩いた。珠美も頷く。
「あたしからもみんなに言うから。
 でもすごかったな、あの仮面ライダー。あたしもお金貯めて買っちゃおっかな」
「免許が先だろ」
 言って鷲児も笑う。その光景に小さく、渡良瀬の胸が痛んだ。
「……よしとけよ」
『え?』
 渡良瀬の呟きを聞きとめた二人が同時に視線を向けてくる。
 渡良瀬は我に返り、ごまかし笑いを浮かべた。
「バイク並に金がかかるくせに、2ケツもできないからな。お兄さんはオススメしないぞ」

 遊撃機動隊、隊長室。
 事の顛末を聞いた東堂は、書面で提出するよう言わずもがなの命令を下し、椅子にもたれ込んだ。
 今回の犯人は分かっている。二階堂からも渡良瀬の関与を報告されている。
 我知らず、口元に苦笑が浮かんだ――そこへノックの音がする。
 扉からではなく、窓から。見ると一羽のカラスが、滞空しながらガラス窓を嘴で突いていた。
 野生のカラスでは、ない。
 東堂は窓を開けてカラスを招き入れた。
 カラスはおとなしく東堂の机にとまり、涼しげに言葉を紡ぎ出した。
『お久しぶりです、隊長』
「……何しに来たのかなぁ」
 驚いた風もなく東堂が返す。カラスは声とは関わりなく首を傾げ、机の上を歩き回った。
『そろそろ僕の死亡説も流れている頃合だと思ったもので。確かめたいこともありましたし』
 何を、とは言わない。東堂にも聞く気はない。
「まあ、近いうちに遊びに来なさいよ。みんなお前に会いたがってる」
『ハハハ、考えておきますよ。いずれ、こちらからもご招待します。
 それじゃあ……行きますね』
 カラスは言って、飛び去っていく。
 東堂はそれを見送り、ぴしゃりと窓を閉じて呟いた。
「やれやれ、今夜は冷え込むかな」
 夕日が沈む。あわただしい一日は、やがて静けさを取り戻す。
 東堂はジャケットに袖を通した。そんな中でまだ休めない部下たちをねぎらい、手伝うために。

――――To be continued.

次回予告
file.03 ”主人公、立つ”
「ほらよ……二年越しの忘れもんだ」

( 2006年04月29日 (土) 12時06分 )

- RES -


[134]file.02-6 - 投稿者:壱伏 充

 珠美の無事を確認した鷲児だったが、想定外の積載に、すでに木造の機体が悲鳴を上げっぱなしだった。
「まずいです、あいつ速くて……このままだとあいつに追いつく前に機体がバラけます!」
 同乗する渡良瀬探偵に告げると、渡良瀬は自分の懐をまさぐりながら返してきた。
「えぇい……そうだ、ちっこい双子連れて来い! デカい蛾をおとなしくするにゃ、昔っからちっこい双子のハーモニーって相場が決まってる!」
 言われて鷲児は著名な双子を頭の中に浮かべた。
「……マナカナとかですかっ!」
「とうに四十路だバカヤロウ! 他に出てこないのか、っつーか呼べるんか!?」
 21世紀も、すでに4分の1を過ぎている。
「すみません……ああっ!」
 謝りつつ機体を進ませる。リモコンを見ると、麻袋越しに赤ランプの点灯が見えた。
「どうした!」
「探偵さん、もうバッテリーが!」
「ったく……それじゃチャンスは一度っきりか」
 渡良瀬はぼやいて、懐から銃を抜いた。

「うそ、何してるのよあなたたち!?」
 典子は思わず声を荒げた。自分たちの身も危険に違いないが、渡良瀬たちの行動はもはや自殺行為だ。
 左右に頼りなくゆれながら、やがて二人を乗せた飛行機(?)はレピードの真後ろにつけた。
『おや? 何が来たかと思ったら、あれ……まさか渡良瀬さんじゃないですよね?』
「残念ながら本人みたいよ」
しばし、いかんともしがたい感覚を共有する。
 全く、何をしにきたのだ。民間人のくせをして。――ほんの少し、嬉しいではないか。
 そして渡良瀬が握っているものを確かめると、典子は闘志がよみがえるのを自覚した。即応外甲のバックルだ。
『しかし何をしに来たのやら。あの人はもう……おや、まだ墜落していない』
(……?)
 呟く声に、典子は気づく。このレピードを通じて得た視界でたびたび渡良瀬を見失っているのだろうか。
 渡良瀬たちに気づいたのも、典子が先だ。
(そうか!)
 典子は気付いた。その思考プロセスを言語化するのももどかしく、直感がたどり着いた答えを、叫ぶ。
「渡良瀬、右から回りこんで! そこが死角よ!」
『…………っ!』
 レピードの向こうで息を呑む気配が、典子の推測を裏付けた。

「聞こえたか? 右下15m以内まで接近してくれ」
「軽く言ってくれますね!」
 鷲児は渡良瀬の注文に答え、機体を滑り込ませた。不吉な音がいっそう強くなる。内部エンジンに鱗粉が入り込んだのかもしれない。
 そう、チャンスは一度だ。
「で、何するんです?」
「こいつを使う」
 実質頼りの渡良瀬は、言ってバックルを見せた。鷲児はとたんに不安になる。
「ライダーだと溶けちゃいませんか?」
「ま、俺が使うんじゃねぇけどな。心配ご無用、なんてったって」
 渡良瀬は次いで奇妙な銃の銃身を回し、蛾に狙いを定めた。
「こいつは正真正銘本物、セプテム・グローイングお墨付きの仮面ライダーだから、な」

 仮面ライダー。その言葉は、即応外甲を作り上げたセプテム・グローイング社の商標であり、同時に即応外甲全体を指す俗称でもある。
 だが、前者の意味で用いられることは少ない。街を行くのは三友かタハラの即応外甲、農業と医療の現場にはアレックス・コーポレーション製が大半だ。
 ”仮面ライダー”をその目で見た者は数少ない。
 ゆえに、一部の人間――鷲児もそうだが――にとって、仮面ライダーという響きはある種特別なものだった。
 噂では、とんでもない高性能機らしい。

 目を丸くする鷲児のリアクションに気をよくしつつ、渡良瀬は蛾を見上げる。
 何が原因か、足元もガクンと揺れた。限界だ。
「探偵さん!」
「ああ。行ってくる――あとで飲みに行こうぜ、鷲児!」
 叫び返して、渡良瀬は銃を撃った。圧搾ガスの勢いで飛び出したのは銃弾ではない。
 石動の娘、千鶴に作ってもらい”リボルジェクター”と銘打たれたこの特殊銃には3つの機能が備わっている。
 ひとつは強力スプリングの力でスタングレネードなどを射出する”ソリッドスローワーモード”。
 ひとつは強力ポンプの圧力でカラーインクなどを噴射する”リキッドシューターモード”。
 しかし今解き放つのは――――
「ぃ行けやぁ!」
 渡良瀬の手首がスナップを利かせると,”ワイヤーで繋がれた”アンカーが蛾の胴体に巻きつく。第三の機能、”アンカーウィップモード”!
「んじゃ、グッドラック」
 渡良瀬は鷲児に小さく敬礼すると、機体を蹴って跳び、ウィンチで自らの体を持ち上げた。
 典子と、目が合う。
「渡良瀬!」
 急かされなくても分かっている。あと少しで街に着く。そうすれば大惨事は免れない。
「ちょーっと痺れるぜ、いいな!」
 宣言し、渡良瀬は答えも待たず親指でもうひとつのボタンをクリックした。このモードでのみ使えるスタンガン機能だ。
 パンッ、と乾いた音を立て、蛾の体が傾く。
「キュィィィ!?」
 そして触手から一瞬力が抜けて――体を引っ張り上げる渡良瀬に向かい、典子が触手から振りほどいた手を伸ばした。

 滑空しながら鷲児は、バックルのボタンに指をかけた。
 即応外甲が鱗粉で溶け切るより速く着地すれば重傷は負わない。
 そんな目論見のまま地上を目指す。道路には立ち往生する車が列を成していた。
「どいてどいてどいてぇぇぇぇェェェェ!」
「……うわなんだありゃあ!?」
 スキー初心者のように叫ぶ鷲児に気付いてか、車の持ち主たちが道路の脇へと逃げる。
 その後に機体が一台の車の屋根にぶつかり、バウンドして鷲児の体を撥ね飛ばす。
「っっうわあああああ!」
 悲鳴を上げながら鷲児はそれでもバックルのスイッチを入れ、変身を終えてから地面に叩き付けられた。
「――――っ!」
 さすがに衝撃は緩和しきれず、痺れが脳天まで突き抜ける。
 鷲児は頭を振って見上げた。
「珠美っ、探偵さん!」
 だが、呼びかけに答えたのは、幼馴染のものでも探偵のものでもない、凛とした女性の声だった。

「アルマ……変身っ!」

 珠美の眼前で、女性の姿が光に包まれる。
 ――その中から飛び出した手刀が、珠美を拘束する触手を断ち切った。
「ひ――っ!」
 刹那、支えを失い落下しかける珠美の体。
 思わず目を閉じる珠美だったが、今度は腕が優しく抱きとめた。
「もう大丈夫よ……渡良瀬」
「おう」
 死を覚悟した珠美だったが、予期していた加速度も衝撃も彼女を襲いはしなかった。
 その代わりに、緩やかに着地する感覚。頼りなくへたり込んだ尻の下は、固いコンクリートだった。
「目を開けて。もう心配はいらないわ」
「……?」
 言われて珠美は目を開ける。目の前にいたのは装甲を纏った女性、だった。
 全身に一分の隙なくフィットしたベーススーツ。コバルトブルーに染め上げられた装甲に、鷲を象った仮面と右胸の”飛翔”の二文字が映える。
 左胸の桜の代紋と両肩の赤色灯を誇らしげに輝かせ、彼女はすっくと立ち上がり、耳元の通信機に手を添えた。
「仮面ライダーアルマ……現着しました」

 東堂は入ってきた通信にニヤリと笑った。
「遅かったじゃない神谷君。連絡取れないから心配しちゃったよ〜」
『申し訳ありません。みすみす被害を出させてしまいました』
「いいさ。ここから全力で取り戻してちょーだいな」
 東堂は軽く受け流し、改めて命令を出した。
「そんじゃ、怪獣退治……行ってらっしゃい」

( 2006年04月28日 (金) 19時21分 )

- RES -


[133]file.02-5 - 投稿者:壱伏 充

 渡良瀬は駐車場に並ぶ遊撃機動隊の車両を一瞥すると、踵を返した。
 それに気づいた鷲児が声をかけてくる。
「あれ、行っちゃうんですか?」
「いたってしょうがねーだろ。特に事件解決に貢献したわけでもなし。骨折り損もいーとこだ。犯人が虫じゃ今すぐ弁償でもあるめーし、あとは警察が犯人捜して……」
 鷲児に背を向けたまま親指でIDA-6を指差す――と、その方角から悲鳴が上がった。
「え?」
「おう?」
 そろって振り向く。IDA-6を内側から突き破り、飛び出した無数の赤い触手が、無軌道に暴れ回っている光景が目に入った。
「何じゃ……ありゃあ」
 IDA-6から運転手が転がり出る。難を逃れた隊員たちがガンドッグを装着して銃を向ける――が、発砲を躊躇っているようだった。
 理由は簡単だ。触手に囚われた、二つの人影の存在。
「珠美!」
「神谷……!」
 同時に二人が呻く。そう、触手が盾にしていたのは、鷲児の同僚である少女と、神谷典子だったのだ。
 IDA-6から、凍結して全身を打ち抜かれたはずの青虫が、無数の触手を生やしてまろび出る。つぶさに見れば、触手に埋もれた体躯そのものは、どこか丸っこくなっているようにも思えた。
 だがその白く色褪せた姿は、冷却剤によるものだけではない。
 渡良瀬はその外見から蛹を連想した――予想は即座に裏付けられる。
 二人を捕らえた物以外の触手が全長4m強、高さ2m弱の”蛹”に引き込まれる。
 やがて蛹が徐に眩く輝きだし、一転爆発的な勢いで派手な一対の翅を伸ばす!
「う……お?」
 下手に動くこともできず、渡良瀬はその様子に呻く。
 二人の女性を捕らえた触手は不規則に蠢きガンドッグの銃撃を阻み、大きく撓る翅が接近すらも妨げる。
 そして光が収まった後に現れたのは――
「キュイィィィィィィィィィィィィィッ!!」
 ――さらに体を膨れ上がらせた、巨大な純白の蛾、だった。

「キュィイィィィィィィィッ!」
 蛾が一鳴きして大きく羽ばたくと、何かキラキラしたものが飛び散った。
『うわぁぁっ!?』
 それが大粒な鱗粉だ、と鷲児が思い当たると同時に、囲んでいたガンドッグたちが火花を上げて膝をつく。さらに駐車場中の車が次々とパンクし、一部の車に至ってはその表面が溶け崩れていく。
「あれは!」
「プラスチックを溶かしてやがるのか! くそ!」
 パトカーに向かって走りながら渡良瀬が毒づく。同時に鷲児は反対方向へ走り出していた。
 今のままでは、珠美を助けられない。

 蛾が軽やかに離陸する。負傷し、担架に乗せられようとしていた杁中は銃を手に走り出した。
「行かせるかよ……!」
 胴体付近は狙えない。ならあのデカい翅から打ち抜いてやる。
 ガンドッグを装着していない今なら逆に自由に動ける。杁中は大きく動く翅に狙いをつけて引き金を引いた。
 銃弾はあやまたず蛾の翅に吸い込まれ――あっさりと叩き落された。
「ンの野郎……」
 蛹を経て現れた分強靭になっているのか、銃弾も通じてくれないらしい。
 やがて杁中の手中で銃が崩れていく。樹脂製のパーツが鱗粉にやられたらしい。
「チックショォ……その人たちを離せよバケモンが!」
 なす術なく、杁中は叫ぶ。だが、その叫びすら蛾に届くことはなかった。

 渡良瀬はIDA-7に飛びついてマイクを取った。
「遊撃機動隊聞こえるか! 緊急事態だ、東堂のとっつぁんを出せ!」
『ありゃ、その声。渡坊? 何やってんのあんた。って、レピードがどうかしたの?』
 返ってきた声は二階堂だ。ありがたい、話が分かる奴が出た。
「んなこたぁ後だ後、青虫が蛾だか蝶だかになりやがった。ぷらすちっく溶かす鱗粉撒き散らせいて、神谷と他一名つれて飛び……やがった!」
『あー、凍らせて撃っただけならそうなっちゃうか。そもそもサナギってのはあの中で一旦幼虫の体をドロドロに溶かして』
「講釈はいい!」
 離陸し、飛び去ろうとする”レピード”を見上げながら渡良瀬は吼えた。
「遊機一班が使い物になりゃしねぇ。被害が広がる前にどうにか手を打ってくれ!」
『分かったわよ、まーったく典子もだらしない。ヒトがせっかく”アルマ”の使用許可取り付けたげたってのに』
 緊張感なく二階堂が答えた。その単語と、ドアミラーから背後に見えた光景に、渡良瀬は一瞬言葉を失う。
「……マジですか?」
『あによ』
「マジでアルマ引っ張り出せるんだな、二階堂。どこにしまってある?」
『その車……ッシュ……ド。で……心の典子……ないんじ……ょうがない……ょ』
 二階堂の声にノイズが入りだした。鱗粉が通信機材に影響し始めたらしい。これ以上の問答は無理だ。
 なら、勝手にやるしかなかろう。
「心配いらねェよ。俺が届ける」
 渡良瀬はマイクを置いてダッシュボードの暗証キーに手を伸ばした。
 7011。典子は暗証番号を変えていなかった。

 渡良瀬が見たもの、鷲児がAIRの建物から引っ張り出してきたのは、畳四畳分ほどの大きさの全翼機だった。
 鷲児はその上に乗り、麻袋をかけたリモコンのレバーを動かした。エンジンが快調に唸りを上げる。
「無茶すんなシュージィ!」
「大丈夫、行けます!」
 先輩整備士に言い返し、鷲児は腰に巻いたベルトを叩いた。タハラ製即応外甲”カルゴン”のバックルだ。収納状態なら溶かされることもない。
「んじゃ行きます。道あけてください!」
 鷲児は顔を上げて鉢巻を締める。そこへ、渡良瀬探偵も駆け寄ってきた。
「おい青年!」
「止めても無駄ですから。俺が珠美たちを助けに行きます!」
 即座に答える鷲児だったが、渡良瀬はかまわず機体の上に乗ってきた。
「うっわ。木製かよ。何だこりゃ」
「形状確認用のディスプレイモデルに突貫でエンジンつけました……って、何で乗ってんですか!」
「そう言うな、俺も連れてけ」
 渡良瀬は言ってバックルを見せた。
「助けねーと恨まれるんだよ、あの女に」
「……ああもぅ、しっかりつかまっててくださいよ!」
 納得した鷲児が告げると、渡良瀬が機体の突起にしがみつく。
 今のやり取りでロスをした。鷲児は気を取り直し、コントローラーのレバーを押し込んだ。
「天野鷲児、行っきまーっす!」
 電動エンジンが吼える。二人を乗せた木造機は順調に加速しながら駐車場を滑走し、ふわりと浮き上がった。

「この、離しなさいよ! 離してよ!」
 傍らで暴れる少女のおかげで多少は揺れるが、レピードの飛行は揺るがない。
「く……!」
 下では急ブレーキの末クラッシュする車が続出している。電気エンジン全盛の昨今ゆえに爆発にまでは至っていないが、このまま都心に入ってしまってはやがて多数の死者が出る大惨事も免れない。
 典子は歯噛みしてレピードの顔を見上げた。細かな繊毛に覆われた中に、申し訳程度の牙と丸い大きな目を備えている。
 そこに何らかの意思を見出すことはできない。ただ、二階堂との通信で聞いた”プラスチックを溶かす”性質がパワーアップしており、それをばら撒く行為はそのまま人類に対する脅威へと直結する。
「誰がこんなものを……ええい!」
 典子もどうにかして戒めを解こうともがくが、拘束は一向に緩まない。
 現時点では7〜8階建てのビルに相当する高度で飛んでいるため、急に離されたら離されたで困るのだが。
 あの面積の大きな目に唾でも吐きかけてやろうか。そう思ってにらみ付けていると、レピードの左目が典子のほうを向いた。
「?」
 訝しむ典子に向かって、目が点滅し声を発する。
『やあ、久しぶりですね。神谷さん』
 その涼しげな声に、典子は目を見開いた。
「西尾……くん!」

 遊撃機動隊の女性が唇を震わせる、その様子を、怒鳴り疲れた珠美は不思議に思って見ていた。
『元気そうで何よりです。その後、お変わりありませんか?』
「変わらないはずがないでしょう? それよりこれ、あなたが作ったの?」
 女性が問い返すと、蛾の中からの声が笑って答えた。
『ええ。どうです、なかなか面白いでしょう? 今日び、プラスチック製品には事欠きませんから』
「ふざけないで! 面白いですって? ヒトが一人死んでいるのよ!」
『不幸なアクシデントは付き物です。私もモニターしていましたが、あれは……興が殺がれる』
「あなたって人は、どこまで勝手なことを……!」
 蛾の主はあくまで軽く、非人間的なまでに涼しげに言葉を紡ぐ。
 だが、その奥底にはまだ何か沈んでいる。珠美はそんな感覚のまま口を開いた。
「あの!」
『……何かな?』
 左目が器用に珠美のほうを向く。珠美はひるんだ事を見せないよう意識しつつ問うた。
「あなたは、何がしたいんですか?」
『…………ふむ。シンプルで奥が深い』
 声はそう言ったきり黙りこむ。しばし翅音と地上の事故の音だけが、珠美の耳に響き続けた。
 やがて声は語りだす。
『そうだね。僕がほしいものが何なのか。まずはそこからはじめるとしよう』
 まずは前置きからだ。
 しかし、その後が語られることはなかった。
 別の声が割り込んできたのだ。
「珠美ーッ!」
「――シュージ君!?」
 声の方向に目をやると、そこには小さな翼の上に乗り、こちらを目指す鷲児と、探偵の男の姿があった。

( 2006年04月27日 (木) 18時50分 )

- RES -


[132]file.02-4 - 投稿者:壱伏 充

 ガンドッグ杁中は右腿のハンドガン“ブロゥパルサー”を抜いて、躊躇いなく青虫を撃った。
 電磁加速された銃弾は、しかし弾力性のある青虫の肉体に弾かれてあらぬ方向へそらされた。
「――ちっ」
 ガンドッグは舌打ちする。ブロゥパルサーを戻し、地を蹴った。銃が効かないなら接近戦だ。
 青虫は上体を再度持ち上げて、今度は四本の脚を銛の如く打ち出した。
「しゃらくせぇ!」
 ガンドッグはさらに一歩踏み込んで足の攻撃を掻い潜ると、無防備な青虫の胴体に右フックを叩き込む。
「キチィ……ッ、キシャア!」
 刹那悶えた青虫が、ガンドッグに頭から喰らいつかんと牙を剥く。しかしその目らしき器官を、ガンドッグの左ストレートが襲った。
「ギチ……ッ」
「ヌゥ……ゥウア!」
 バヅン、と何か頑丈な繊維が千切れる感触もろとも、ガンドッグは拳を振り抜いた。目に相当する部位を大きく凹ませて、地面に倒れこんだ青虫がのた打ち回る。
 ――と、青虫がその状態から、一気に無数の足を伸ばしてきた。
「うぉ……!」
 無数のワイヤーのようなものが、殴り抜いた直後の無防備なガンドッグの全身に絡みつく。抵抗するガンドッグだったが力は緩まず、逆に青虫へと引き寄せられていく。
「テ……メェ……!」
 もがくガンドッグ、その眼前で青虫が顎を大きく――喉から腹にかけての肉体を四方に開口する!
「おおうっ!?」
 奥に蠢く、繊維状の紅い何か。即応外甲の一体や二体なら余裕で丸ごと飲み込めそうな口が、緑の粘液を分泌させてガンドッグを待ち受ける。
「チ……ックショウ!」
 空娶られた脚で床を穿ち踏みとどまろうとするガンドッグ杁中だったが、それすらもかなわず引きずられる。
 しかし右手は腿に届いた。ガンドッグはブロゥパルサーを抜き、自分の足を捉える青虫の肢を吹き飛ばす!。
「キシャアァッ!」
「――おわっ」
 痛みを覚えてか青虫が悲鳴を上げて暴れる。そのせいでガンドッグもまた引き回され、地面に叩きつけられた。拘束が緩む。
「しゃあ……っつ!」
 抜け出して立ち上がったガンドッグ杁中だったが、右の手足に激痛が走った。見れば即応外甲のベーススーツに緑の粘液が付着し、ぶすぶすと煙を上げている。
 かなり広い範囲で熱を持ち、しかも人工筋肉の機能がダウンしたのか装甲が重い。
 青虫もまたダメージを負っていたが、あちらはそれをダイレクトに闘争本能に転嫁したらしく、伸ばした肢で自らの体を持ち上げると――肢をたわめて力を込めて、ガンドッグに飛びかかった。
「ッキシャア!」
「しま……!」
 逃げようにも半身の筋力が大幅に落ち、ガンドッグは脚をもつれさせてしまう。ダメージ把握と行動のリカバリーが、間に合わない。
 仮面の奥で見開かれた杁中の目に、映る青虫の姿が見る見る大きくなる。
 銃は振り回された時に取り落とした。左手で左腿から電磁警棒を抜く。だがリーチが足りない。
 しかし、その時。
「――杁中!」
 聞き慣れた仲間の声とともに、ガンドッグ杁中の体が突き飛ばされた。
 半秒前まで杁中がいた空間に落下した青虫を、別方向からの銃撃が襲う。
 杁中は自分を抱えるガンドッグを見上げた。
「植田!」

 遊撃機動隊を名乗る女性の誘導で退避しようとしていた鷲児が、振り返って光景に息を呑む。
 動きの鈍ったガンドッグに襲い掛かる青虫。いずれ訪れる惨劇の予感に鷲児が身をすくめたのと同時に。
 別の入り口から飛び込んできた影が、ガンドッグを救った。それもまた、ガンドッグだ。
「――!?」
 顔を上げ、飛び来た方角に目をやる。
 そこには同じくガンドッグが、さらに3体。大型銃を構えて駆け込んでくる姿があった。

 第一斑全体が本格的に交戦に入った。連絡を受けた東堂が実働第二班に待機命令を出すと、まるでそのタイミングを見計らったように内線電話がかかってきた。
「はい東堂」
 答える東堂に返って来たのは、どこか緊張感のない声。
『毒液の解析、やっとできたよぅ。とっつぁん、ごめんね時間かかって』
 解析班の二階堂だ。東堂は唇を歪めた。
 下水道の流れのせいでほとんど失われた粘液のサンプル解析。それが今終わったと、わざわざ東堂に言ってきたという事は――耳を澄ませばカタカタとキーボードを連打する音が聞こえる――、隊長権限が必要な、何かしらの対応を要求される結果が出たということだ。
「で、その結果は?」
『“敵”、とりあえず私は“レピード”って命名したんだけど。
 これ退治するんだったら、ガンドッグじゃ役者が足りないね。三班班長として、私は“アルマ”の使用を提言する』
「根拠は?」
 遊撃機動隊の奥の手“アルマ”。その運用にはそれなりの根拠の提示が求められる。
『以下三点。
 まずひとつに、想定されるレピードの体組織構成から判断して、ブロゥパルサーじゃ火力が足りない。
 次に、見た目からの推測だけど、コイツはいずれ変態羽化して空を飛び出す。
 第三に、ガンドッグで戦うにはリスクが大きすぎる。というのも……』
 ややトーンの異なる二種類のタイプ音を鳴らしつつ、量子は最大の根拠を告げてきた。

 即応外甲を纏っていた警備員を医務室に預けた渡良瀬は、人の流れに逆らいながら現場へと急いでいた。
 出遅れたせいもあれば、遊機レベルのセンターもないため、すっかり事態に乗り遅れている。
「どこだ現場っ!?」
 誰にともなく吼える渡良瀬だったが、その中から見覚えのある顔を見つける。
 同年代の女性を連れて逃げる鷲児青年だ。
「――ちょうどいい」
 渡良瀬はすれ違いざま鷲児の襟首を掴んで引き止めた。
「う……探偵さん! 危ないですよ、こんなとこで何してるんですか!」
「シュージ君! って、誰ですかあなた!」
 鷲児と女性――ほとんど少女といっても差し支えなさそうな風貌だが――が立ち止まって抗議する。
 構わず渡良瀬は鷲児に問うた。
「現場どこだ、何が起きてる!」
 鷲児が一瞬視線を泳がせて、慎重に答える。
「実験場です。10mくらいあるでっかい虫が俺たちの機体を喰って……今、遊撃機動隊の人が対処してくれてます」
 悔しげに、しかし激昂のピークは過ぎた様子で鷲児が告げる。
 渡良瀬はその光景を頭に思い描き、嘆息した。
「なるほどな、そいつが今回の犯人か」
「今回のって……まあ今ですけど?」
「ここだけじゃない。青年、君のバイクのカウル食ったのもきっとだな……」
 聞き返され答えようとする渡良瀬だったが、その手首がつかまれる。
 渡良瀬を引っ張ったのは鷲児とともにいた少女だった。
「そんなことより、早く逃げましょう! 遊機の人じゃないんでしょ!?」
「あ、ええ。まあ。はい」
 殺気がかった勢いで言われ、渡良瀬は思わず頷いた。
 相手が巨大虫、話半分に聞いたとしても4〜5mサイズで、典子率いる遊撃機動隊第一班
が到着している今、渡良瀬に出来ることはない。
 たとえガンドッグの苦戦が予想されても、だ。
 渡良瀬は引き返し、鷲児たちとともに出口へ向かった。
「でも、何であんなのが犯人なんですか? あんなのがシュージ君のバイクを食べたんだったら、あたしたちが気付かないはずがないんですけど!」
 走りながら息も乱さず少女が問う。渡良瀬は片目を閉じた。
「ほう、昼食を共にする仲か。隅に置けないね、シュージ君?」
「た、ただの幼馴染です! どうだっていいでしょうそんなの!」
 顔を赤くして鷲児が否定する。渡良瀬は肩をすくめ、答えた。
「とまれ理由は至極簡単。そん時ゃまだ、若干小さめの青虫だったんだ。カウルやら諸々……プラスチック食い尽くして、デカく育ったってだけの話だよ!」

「プラスチックを食う性質?」
『そ』
 東堂が聞き返すと、量子が事も無げに答えた。
『石油を食うバクテリアって有名どころがあるじゃない? あれの応用か、例の毒液にはプラスチックを溶かす作用があるってわけよ。スカラベのブラックボックスに、溶かしてすすって食べてる青虫ちゃんの映像が残ってた』
「なるほど、即応外甲の多くはプラスチック使ってるからなぁ」
 東堂は納得して、自らも申請書にペンを走らせた。
 多くの即応外甲は、三つの要素から成り立っている。変身ベルト、ベーススーツ、最終装甲だ。変身後はベルトが装甲に埋没するタイプもあるが、この三要素を充たさない即応外甲は、一社が医療用に製造しているだけだ。
 このうちベーススーツは電気伸縮性プラスチック繊維によって人工筋肉を形成し、最終装甲もまた超FRPによって強度と軽量化、コスト軽減を達成させているケースが大半だ。
 ガンドッグもベーススーツに限って言えばプラスチックで出来ている。
『ま、コトは即応外甲どころの騒ぎじゃないんだけどね』
「確かに、これならお偉いさんもビックリだな」
 自分の印を捺して、東堂はぼやいた。後は警備部長を“説得”するだけだ。

 杁中を助けた原たちのガンドッグが携えていたのは“ワイズコーファー”。カートリッジを交換することで様々な弾体を射出可能な多機能ライフルであり、今回は冷却弾を選択したようだった。
「みんな!」
 避難誘導から戻った典子に、副班長赤池からも通信が入った。
『遅れて申し訳ありません!』
「いえ。問題ないわ、ご苦労様」
 ワイズコーファー運搬のために無理をしただろう赤池を労い、典子は部下たちを見渡した。
「班長、命令を!」
 敵の動きは今や鈍い。ガンドッグ平針がワイズコーファーに次弾を装填し、命令を求める。典子は応えて命じた。
「第一斑、冷却弾にて目標の凍結を実行。完全に凍りついたところを砕け!」
『了解!』
 ガンドッグたちが応え、一斉にワイズコーファーからカプセル弾を解き放つ。
「キュ……キチュウ……!」
 苦しげに鳴きながら、青虫が身を捩じらせる――その巨体が気化した冷却剤のもやに包まれ、動きをさらに鈍らせていく。
 やがて動かなくなったところで、ガンドッグたちは武器をブロゥパルサーに切り替えた。
 敵の体組織が弾力性を失っている今が、絶好のチャンスだ。
 杁中も銃を拾い、両手で構える。
 銃声が、実験場に響き渡った。

『あ、そ。じゃあ何とかできちゃったってわけ』
 容積を伸ばしたIDA-6に青虫――いつの間にかレピードと命名されていた――が搬入されていく。
 IDA-7の無線機から経過報告をしていた典子は、割り込んできた二階堂の声に顔をしかめた。
「できたら悪いの? とりあえずそっちにこれから運ぶから、戒席準備お願いね。大物よ」
『せっかくアルマの使用許可取り付けたのに』
「ありがと。今日上がったら何か食べに行きましょ……あれ?」
 軽く言って切ろうとする典子が顔を上げ、IDA-6に近づく人影を認めた。
 AIRの職員だろうか、手にはカメラを持っている。
 その職員――少女と言ってもしっくり来る風貌の女性がカメラを上げた。
「すみませーん、一枚いいですかー?」
 そして能天気に問いかける。それに応えてガンドッグの一人――ナンバーが示すのは平針機だ――がVサインで応えていた。まったく、ウチの男どもは。
 視線を移すと、ツッコミ役たるもう一人の女性班員の原は、事情聴取にかこつけてどうも合コンを持ちかけているようだ。
 ――まったくもって、どいつもこいつも。
『で、倒したって具体的にどんな方法で……』
「ゴメン待ってて。ホラホラあなた達、まだ勤務中よ。気を抜いているんじゃないの。
 そこのあなたも! 民間人は下がってて!」
 典子はマイクを置いて、部下を叱り民間人を遠ざける。
「すんません班長―」
 おどけて謝る平針を軽く睨みつけて典子は肩をすくめる。さらに少女に向き直ろうとした典子の耳に、かすかな音が届いた。
 ミシリ、と何かが軋むような音が。

( 2006年04月25日 (火) 12時41分 )

- RES -


[131]file.02-3 - 投稿者:壱伏 充

 珠美の悲鳴に、鷲児は振り返る。そこにいたのは、珠美を突き飛ばしてハンディカムにかぶりつく巨大な青虫の姿。
「珠美っ!」
 鷲児は反射的にスパナを手に取り、珠美の元へ走った。
 彼女を背にかばい、スパナを正眼に構え、鷲児は振り向かずに珠美に呼びかける。
「怪我してないか?」
「う、うん、平気。転んだだけ」
「よ、よし……そーっと逃げるぞ、そーっと……ん?」
 珠美が頷いて徐々に青虫から距離を取り始める。鷲児もまた摺り足で遠ざかろうとしたが――青虫の口元を見て思わず足が止まった。
 青虫がハンディカムを咀嚼している。合成樹脂製のボディが、内部の基盤が割れ砕ける音が聞こえる。
(コイツ……!)
 スパナを握る手に力がこもった。珠美が慌てて制する。
「シュージ君、気持ちは分かるけど我慢して」
「あ、ああ大丈夫。そーっと逃げよう、な。もうすぐ警備も来てくれるし」
 すでに警報は鳴っている。だが未だに警備の即応外甲は到着していない。
 むしゃむしゃと青虫がハンディカムを噛み砕き、飲み込み、ネジやスプリングをぺっと吐き出す。
「警備が、来るから……」
 映像を記録し、保存するために生まれたハンディカム。記録係の珠美とともに、鷲児たちの仕事を見つめ続けてきた、大切な“備品(なかま)”。それが今、無慈悲に破壊されていた。
 まだ動けるのに。まだ働けるのに。まだ――“生きて”いけたはずなのに。
「シュージ……君?」
 そして、見上げれば青虫の後ろには文字通り虫食いになっている実験機があった。
 役割を全うすることなく、無残に食い散らかされた、鷲児たちの大切な――――
「……この野郎」
 鷲児の中で、忍耐の糸があっさりと切れた。
「もう許さない。珠美は逃げろ――……ぅうぉおおおおおおおっ!」
「シュージ君待って!」
 呼び止める珠美の声も聞かず、言いおいて鷲児はスパナを構えると、青虫に向かって走った。
「キシュ……」
「おおおおおっ!」
 青虫が気付いて頭を上げる。鷲児はその脳天目掛けてスパナを振り下ろした!
「キチュゥウ!」
 しかし青虫は上体を持ち上げ、小さな肢の一本を伸ばしそれを防御。さらに反対側の肢で鷲児の腹を狙う。
「シュージ君!?」
 珠美の悲鳴と金属音が交錯する。鷲児は腰に提げたもう一本のスパナを抜き放ち、青虫の攻撃を防いでいた。
「ぬぎっ……っおりゃあ!」
 青虫に生じた一瞬の隙。それを逃さず鷲児は青虫の顎を蹴り上げた。
「キチュシュ……!」
 青虫の上体が傾ぐ――が、同時に青虫の尾が跳ね上がり、強かに鷲児を打ち据えた!
「ぐぼ……っ!」
 肺から全ての空気を追い出され、鷲児の体が跳ね飛ばされる。実験場の床に叩きつけられた鷲児は、そのまま床を滑って工具置き場となっていた机をひっくり返した。
 さらに、鷲児を明確に敵と認識したのか、青虫がにじり寄ってくる――と、鷲児の視界を見覚えのある後ろ姿が遮った。
 珠美だ。幼馴染が自分を庇って立ちはだかっているのだ。
「こ……来ないで! 来るなら、今度はあたしが相手なんだからっ!」
「馬鹿……逃げろって……ああっ、くそ!」
 体を起こすが、激突の衝撃で倒れた机に足を挟まれて動けない。ここに至ってようやく鷲児は、自分の軽はずみな行動が招いた危機を実感した。
「キチュウ……」
 のそり、と青虫が二人に迫る。その口が左右に開き、内側から光沢のある繊維が意思持つ生物のように蠢きまろび出た。
「くそ……逃げろ珠美!」
「逃げない! シュージ君は、あたしが守るんだから!」
 きっぱりと叫び返されて、嬉しいやら情けないやら思っている余裕はない。青虫がその全身をたわめ、力を溜めて――
「キ……ッシャアアアアアアッッ!」
 二人目掛けて飛びかかる!
(ヤバイ、珠美が……!)
 周囲のどよめきも非常ベルも、何もかもが五感をすり抜けていく。ただ、珠美に襲い掛かる青虫の姿と咆哮だけが鷲児の感覚を圧していく。
 せめて手を伸ばして、彼女を青虫の軌道からどかそうとするが手が届かない。絶望がさっと心を冷やした。
 その時。
「――人間様に、何してやがるッ!」
 横から割り込んできた白黒ツートンの影が、巨大青虫の軌道を体当たりで捻じ曲げた!
「キチュァ!」
 跳ね飛ばされた青虫がごろごろと転がりまわって、遠巻きに見守っていた整備士たちがわっと叫んで散っていく。
 それをよそに、入れ替わりに着地した影――即応外甲が、珠美と鷲児に振り向いた。
 即応外甲が、鷲児に歩み寄って足を封じていた台をどかす。
 鷲児はそれを見上げた。ジャーマンシェパードをモチーフとしながらも平面の組み合わせで構成された、無機質なマスク。肩に燦然と輝く赤色灯。
「遊撃機動隊のガンドッグ……!」
「下がってな。後は俺がやる」
 ガンドッグは鷲児を引っ張り出して立たせると、そう言って青虫に向き直った。

 ガンドッグを追う典子と渡良瀬が見たものは、通路に倒れるサキョウ社製即応外甲“SK-5”だった。
 全身にこびりついた緑の粘液にベーススーツを溶かされて全身を襲う熱に悶え苦しむSK-5の男に渡良瀬が駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!」
 SK-5のバックルの解除キーを探り当てて押し込むと、即応外甲が粘液ごとバックルに収納されて警備員らしき男が現れた。悶え苦しんだせいで消耗している男の頬を張り落ち着かせつつ、渡良瀬が典子に振り返る。
「先に行け。俺はこの人を!」
「……分かった!」
 頷いて駆け出した典子が実験場にたどり着くと、すでにガンドッグが青虫に対峙していた。
「あれが……!」
 周囲にはすでに、死者こそいないが被害は出ているようだ。驚きを抑え、典子は手早く通信機をオンにし、指示を出した。
「神谷より各員。国立航空研究所にてバイオクリーチャーと遭遇! B型装備にて現地に急行せよ!」
『了解!』
 マイクから部下の声が答える。次いで周囲とガンドッグ杁中に呼びかけた。
「警視庁遊撃機動隊です。皆さん、今のうちに退避を!
杁中、そいつを何としても抑えて。ここから動かさないで!」
「Dead or Aliveでもいいっすね?」
 返って来たのは殲滅前提の物騒な言葉だった。
「……杁中君?」
「ちょうどボルテージも上がってたとこだ……遊んでやるぞ虫野郎」
 闘争心もむき出しに、ガンドッグ杁中は手の平に拳を打ちつけた。

 第一班副班長の赤池が運転するのは、大型車両のIDA-6だ。これはウェポンコンテナを搭載しており、ガンドッグたちのオプション兵装や、他部署の警官用の支援装備などを積んでいる。
 それゆえの足の遅さ、そして他の隊員たちとは反対方向へ進んでいたことが原因となって、IDA-6はいまだ目的地にたどり着いていなかった。
 すでに他の隊員たちは研究所に到着し突入しているようだ。
 そこへ新たに通信が入った。遊撃機動隊第三班――科学解析班からだ。
『スカラベの解析結果出たよ。赤っち、見る?』
 いきなりナメた口調が飛んでくる。三班班長の二階堂量子は遊撃機動隊が実験部隊だった頃からの数少ない古参だが、そんな威厳を微塵も感じさせない。
「ええ、できれば今すぐ映像を回してください」
『最近リアクション薄いんだよね、みんな』
 不満そうに言いつつ、警視庁にいる二階堂がデータを送ってくれた。
 余所見運転は危険と知りつつ、緊急時なので運転しながら再生。
「……これは!」
 そしてモニターに映し出された映像に、赤池は目を見開いた。

( 2006年04月21日 (金) 19時30分 )

- RES -


[130]file.02-2 - 投稿者:壱伏 充

 渡良瀬は鷲児がよく利用するという蕎麦屋に来ていた。現場百遍は捜査の基本だ。
(あの兄ちゃんの勤め先から一番近いってことだけど)
 人類の新たな生活圏を空に求めて設立された国立航空開発研究所AIR。石動の話によれば鷲児青年の職業はそこの整備士ということだ。海に面した建物は目と鼻の先にある。
(ちょちょいと呼び出して、詳しい状況聞いておくか……ん?)
 駐車場を一回りすると、マンホールの蓋がずれて開いているのが見えた。渡良瀬は駆け寄って屈み込む。近づくと異臭がかすかに鼻を突いた。
(海風で大体流れてはいるが、何じゃこの臭いは)
 奇妙な異臭は下水のそれとは少し違っていた。しかし気にはなるものの、渡良瀬が請け負ったのはあくまでバイクの損壊、パーツ盗難事件だ。。
「ったく、誰だこんなの開けっ放しにした奴ぁ」
 ぼやきつつ爪先でマンホールの蓋を押しやり、閉めようとする。そこへ、聞き覚えのあるモーター音が滑り込んできた。
「……IDA-7.遊機か?」
 表情を曇らせ踵を返そうとする渡良瀬の前で、止まったパトカーから一人の女性とともにガンドッグが降りてきた。

 典子は現場にいた見覚えのあるトレンチコートの姿を認め、目を丸くした。
「渡良瀬、何してるのよこんなところで!」
「えーと、蕎麦食いに、かな」
「……とりあえずその足をどけて」
 相変わらず嘘が下手な男だ。典子が命じると渡良瀬はマンホールの蓋から足を離した。
 ガンドッグ杁中がマンホールを開けて振り返った。
「間違いないっすね。ここから同じ"臭い”がします」
「ありがとう。とりあえず応援を待ちましょう……ところで」
 典子は渡良瀬に向き直った。
「本当のところ、何してるの? それとも、どこまで掴んでいるかを聞くべきかしら?」
「かなわねぇな」
 どうせ仕事できたのだろうとカマをかけたらあっさり認めた。渡良瀬は頭を掻き苦笑した。
「つっても、俺も依頼を受けて調べ始めたばっかだしいな」
「それでここに来たんだから大したものよ」
「そうか? ……つーかアレだな」
 渡良瀬は頭を掻く手を下ろして、ボルサリーノを被りなおした。
「バイクのカウルが盗まれたくらいで、わざわざ遊機が動くのか?」
 その一言は、典子の予想から外れたものだった。

 国立航空研究所”AIR"では、日々最新の航空テクノロジーを検証すべく実験が続けられている。
 現在はAIR開発二課の無人実験機が、試験場の敷地内を旋回していた。
 そのようすをしっかりとハンディカムで追い、着地まで見届けて、椎名珠美は傍らにいる整備士に声をかけた。
「ほら、着地したよ。行かなくていいの?」
「あ、ああゴメン」
 天野鷲児が我に返り、他の整備士とともに無人機の元へ駆け寄った。珠美はディスクを交換して、鷲児に視線を送る。
 幼稚園に上がる前からの幼馴染ではあるが、鷲児があれほどまでに落ち込んでいる――というか怒りと悲しみを持て余しているのを見るのは久しぶりだ。
 鷲児本人は怪我もしていないが、高校時代にアルバイトで金を貯めて初めて買ったバイクだった、喪失感も大きいだろう。
「……あたしもまだまだ、か」
 昼食をともにしていて、異変に気づかなかった。そんな自分を少し悔やむ。
 気付いていたら、きっとこんなことにはさせなかった。鷲児にあんなつらい表情はさせなかったのに。
 せめて犯人探しは手伝おう。
 そう決意する珠美の背後で、ドサリと何かの落ちる音がした。
「……きゃあっ!?」
 振り返る珠美が見たもの。それは――待機中の別の無人機の外装に食らいつく、全長4mを超える巨大な青虫だった。

「――警察に任せなさい、そんなことは」
「バイクのカウルだけ取られましたってんじゃ、マトモに腰上げないだろ。ほれ、次は神谷の番な。ガンドッグ引き連れて、何嗅ぎ回ってる?」
「言えるわけないでしょう? あなたに首を突っ込んでほしくないの」
 杁中が蕎麦屋の店主に捜査の断りを入れ終えて出てくると、駐車場では二人が言い争いを続けていた。
 やれやれ、何をやっているんだか。半ば切れ、杁中は顔をしかめた。
 そんな民間人、とっとと公務執行妨害で引っ張ってしまえば早いのに。
 そろそろ他のチームも着くころだ。こうなれば自分が手っ取り早く……と杁中が懐から手錠を出して渡良瀬と呼ばれた男に近づく――その時。
 近くの建物から警報が鳴り響いた。
「どこだ――向こうか!」
「杁中、行くわよ!」
「はいぃ?」
 典子と渡良瀬が、言い争っていたことなど瞬時に忘却したかのように走り出す。
 妙にそろった足取りに一瞬戸惑いを覚えつつも、杁中も再びガンドッグを起動させて二人を追い越した。

( 2006年04月20日 (木) 19時05分 )

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