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[155]file.04-5 - 投稿者:壱伏 充

 “S.E.T”から始まる独自の事件ファイル。原のPC上にコピーされたそれらこそ、特装機動隊の全活動記録である。
 アルマを始めとする三人の仮面ライダーと彼女たちを支えた一般隊員、そして隊を率いた東堂たちの姿を克明に描いた報告書は、「このままテレビ局に持ち込んだら売れるかも」という関係のない邪念を原に抱かせたりもした。
 だが、第四の仮面ライダー候補だった渡良瀬悟朗は書類上派手な動きを見せていない。
 原は椅子にもたれて伸びをした。
「ん……っ、これだけ探しても決定打はなし、か」
 探せど探せど、もっとも肝心なきっかけが手に入らない。41件のファイルを見る限り、特装機動隊は遊撃機動隊より乏しい設備と装備で充分すぎるほどの戦果を挙げている。
 急転直下解散が前倒しになる要素など感じられない。
「逆に言えば何かあるって全力で主張しているようなもんだけど……んー」
 呟きと同時進行で、原の視線はデータの海を泳ぎまわる。そして何となく接触したフォルダに、ふと目が留まった。
「……ファイルナンバー00?」
 未見の、えらく思わせぶりなタイトル。原は自分の指がそこへ引き寄せられるのを自覚した。
 禁断の木の実に歯を当てる感触。一度覚えたらクセになる味。
 腹がこれまでにない手応えを感じてマウスをクリックしようとした、その時。
 ――サイレンが、鳴り響いた。
「!」
 原は手を止めPCを閉じて、壁に設えられた端末に駆け寄る。
「遊機一班、原です。何かあったの!?」
 とっさに状況を確認すると、端末と繋がった緊急回線から切羽詰った声が返ってきた。
『こちら解析ルーム1、バイオクリーチャーが覚醒し暴走! 待機中の全遊撃機動隊員に救援を要請します!』
「了解!」
 原は通信を切り、ガンバックルを保管するロッカールームへと走った。

 武器を放り出した渡良瀬を前にして、ガンドッグ杁中は奇妙な高揚を覚えていた。
 そうだ――ケンカは自分より弱い奴とやっても面白くない。
 “特装機動隊”最後の幻の仮面ライダー、もしかしたら自分はただそれと戦いたかっただけなのかも知れない。
 そして渡良瀬は手を腰に引き――胸の前で素早く複雑に交差させて印を組み、最後に揃えた両手を前に突き出した!
(来るか!)
 身構えるガンドッグ。渡良瀬はカッと目を見開き、きっぱりと言い放った。
「さァ、どこへなりと連れて行け!」
「……………………は?」
 ガンドッグは思わず間の抜けた声を漏らしながら聞き返し、そして気付く。よく見ればそれは、手錠がかかるのを待つ罪人のポーズだ。
 ガンドッグは仮面の表面を掻き、かける言葉を捜した。
「あー……フザケンナ、ヘボ探偵」
「ハッ、何を言ってんだ! 無駄な抵抗はやめた、おとなしくお縄を頂戴する!」
 渡良瀬は得意げに手を差し出した。妙な自身と気迫に溢れた口ぶりとともに一歩足を踏み出しさえする。
「俺には自分に不利な証言をしない権利と、弁護士を呼ぶ権利がある。さあどうした!」
「ぐ……っ」
 ガンドッグは一声呻いて、仮面の奥で顔をしかめた。
 一応引っ張る理由ならあるのだ。昨日の工事現場に関する事情聴取に、その前の相模 徹誘拐事件の話――相模の証言に基づき少年課と交通課が犯人の動向を追っている――に、渡良瀬は関わっている。
 しかし杁中の目的はあくまで、渡良瀬を典子から引き離すことにある。
 取調べを適当に潜り抜けられて元通り、では意味がないのだ。
(見越してやがる……くそっ)
 忌々しくガンドッグは睨みつけるが、渡良瀬はそ知らぬ顔だ。ガンドッグは吐き捨てた。
「汚ねェぞテメェ、勝負しろ!」
「理由がねェよ」
「テメェになくっても、俺にゃあるんだ!」
 しかし渡良瀬はあっさりと首を振り、口を開いた。
「俺ぁな。お巡りさんがいい感じに治安を守ってくれりゃ、一人一人が何考えて仕事しよーが知ったこっちゃねェ。
 だけどな。お前のやってること。そいつぁ本当に、お前のボスのためになるのか?」
「何……?」
 聞き返されて、ガンドッグは思わず拳を下ろした。
 探偵は打って変わって静かに語りかけてくる。
「テメェがやってんのは、家庭内の新参者に順序教えようとして噛み付くワンコロと同じなんだよ」
「ぐ……」
 痛いところを突かれてガンドッグは怯む。渡良瀬はその肩を気安く叩いてきた。
「テメェのボスの為だったらよ。こんなトコで立場悪くしてんじゃねェよ。俺なんぞに手ェ出してる隙に、ホントに守りたいモン掻っ攫われちまうぞ」
 ――一瞬、その表情が翳るのが見て取れた。
「言いたい放題言いやがってからに」
 ガンドッグは毒気を抜かれて、小さく息を吐いて拳を解いた。反論の余地はない。その代わりに、渡良瀬に指を突きつけた。
「今日のトコは退いてやる。だがな、覚えとけ。今度俺たちの前に現れたら、そん時こそ公務執行妨害で合法的にしょっ引いてやる」
「そんなことにならねェように、ちゃんと上司を見てやれよ。俺ァ無関係なパンピーさんなんだからよ」
 渡良瀬はそれだけ言って、その場からさっさと立ち去ろうとした。
「あ、待て……!」
 それを追ってもう一言ぶつけようとしたガンドッグに、通信が入る。ガンドッグはそちらに意識を切り替えた。
「はい杁中」
『今どこにいるのよ!? 遊機解析ルームのクリーチャーが暴走したわ。直ちに急行!』
 飛び込んできたのは典子からの命令。渡良瀬の言葉が、現実になった――表情が無意識のうちに引き締まる。
「了解っ!」
 ガンドッグは答えて、コートの探偵をわざわざ追い抜かすように土手を駆け上がりIDA-7に飛び乗った。

 ガンバックルと銃を携え、原は解析ルームへと走った。
 本人認証を経て隔壁に設けられた扉をくぐる。
 ――と、足元を何かが追い越していった感触があった。
「?」
 目を向けるが、そこには何もいない。
(気のせい? ってか、気にしてる場合じゃない!)
 やがて原は戦場へとたどり着く。

( 2006年06月22日 (木) 20時45分 )

- RES -


[154]file.04-4 - 投稿者:壱伏 充

 杁中に連れ出され、渡良瀬が引っ張られてきた場所は、車で数分ほど離れた場所にある川原だった。
「民間人をこんなとこに連れてきて、何のつもりですか」
「つべこべ言うな」
 おちょくるように言う渡良瀬に、杁中は土手を下るよう顎で命じる。
 渡良瀬はしぶしぶそれに従った。杁中も後からついてくる。
「ったく、何だって俺が朝っぱらからこんな目に。マスコミにチクるぞ」
「邪魔の入らねェとこで、じっくり差し向かいになりたくてな。ったく、フザけた看板出しやがって」
 渡良瀬のぼやきに、杁中が吐き捨てる。土手を下り終えて渡良瀬は立ち止まった。
「解せねェな。だから何の用だよ」
 心当たりがないわけではない。だが遊撃機動隊の班員が単独で自分を引っ張り出す理由が読めない。
 渡良瀬がうんざりして問うその横を通り過ぎ、杁中は数歩進んだところで足を止めた。
「どうにもな、おかしいんだよ」
 呟きにも似た杁中の言葉を、渡良瀬は茶化してみた。
「そんな時は、笑えばいいと思うよ」
「意味が違ェよバカ」
 即座に罵倒された。鼻白む渡良瀬に、杁中は言葉を投げつけた。
「うちのボスの様子がおかしくなるんだよ、事件にテメェが絡んでくると。
 昨日だってそうだ。いたんだろテメェ、あの現場に」
「……ま、アリバイの証人はいねェやな」
「だけど、ボスはテメェんとこに聞き込もうって方針を採らない。細きえェ事情は知らねェさ。だがな」
 肩をすくめる渡良瀬を、杁中は仇でも見るような目で睨みつけた。
「そんなテメェが今度は仮面ライダーだってのが気に入らねェ。どうもあの人ぁテメェのせいで切れ味鈍ってんだ――テメェが監獄にでもぶち込まれてくれりゃ、きっとマトモになってくれるんだよ」
 言って杁中は即応外甲の中枢、ガンバックルを取り出し、バンドを引き出した。
 渡良瀬は一歩退き、顔を引きつらせた。
「おいおい……遊機の主力はいつから、猟犬(ガンドッグ)から狂犬(マッドドッグ)になったんだ?」
「ウマいことぬかしてんじゃねェよ」
 渡良瀬の皮肉にも堪えず杁中はガンバックル脇のレバーを引き、即応外甲ガンドッグを装着した。
 仮面で顔を覆い、ガンドッグは両腿の武器を川原に置く。
「嫌そーな顔すんなよな。あんたが俺らの“先輩”だってのはとっくに割れてんだ。こういうケンカはお手の物だろ?
 なァ――渡良瀬巡査長?」
「……“元”巡査長だボケ」
 渡良瀬は心底嫌そうな表情のまま小さく答える。――刹那、ガンドッグの拳が渡良瀬の顔面目掛けて襲い掛かってきた!

 自室に戻った原は、部屋を共有している第二班副班長の久屋がいないことを確認し、専用のノートパソコンを立ち上げた。
 クリーチャーの監視に着く前に警視庁のデータベースに侵入して得たファイルの名は”特装機動隊”。遊撃機動隊の前身であり、2年前に消滅したセクションだ。
 東堂 勇警視を隊長とし、科学班に二階堂量子警部を、実働班長に神谷典子警部補(当時)を置く構成は、遊撃機動隊とほとんど変わりがない。
 実験舞台であるがゆえか、人員自体は少ないが、セプテム・グローイング社と緊密な連携を取り、“仮面ライダー”タイプの即応外甲三機――通称“特装三騎”を保有、職人も派遣されていた。
「…………」
 原は資料を読み直す。
 そこまでは杁中にはすでに伝えたことだ。その職人が、相模 徹であることも。
 そして装着員候補生の中に、渡良瀬悟朗巡査長(当時)の名があることも。
「でも、それだけ?」
 そう、原が引っかかっていたのは、果たしてこれだけで典子の態度の理由が説明できるか、ということだ。
 “特装三騎”――この時代に活躍した特装機動隊の三仮面ライダーの評判は、当時警察学校にいた原も耳にしている。
 そして“四体目”が配備されるという噂も、流れていた記憶がある。
 だが四人目の仮面ライダーが誕生する直前、何らかの事件で仮面ライダーの一体が失われ――慌しく四騎目の投入中止と特装機動隊の解散、遊撃機動隊への再構成、そして渡良瀬の辞職が相次いでいる。
「班長の様子がおかしかったのも、その事件のせいなんだろうけど……」
 パソコンをネットワークから遮断し、原は手当たり次第に引っ張ってきたファイルの解読作業に取り掛かった。

 ガンドッグの拳が空を切る。渡良瀬が軽くステップを踏み、寸前で避けたのだ。
「――ッぶねェな。即応外甲で殴りかかったら道交法違反だぞ?」
「アァ? 何寝ぼけたこと言ってんだ」
 渡良瀬の抗議を切り捨てて、ガンドッグは拳を向けた。
「“ライダー”なんて、どの道ケンカにしか使いでがねェだろうが。分かったらテメェも変身しな」
「……しなかったら?」
「何の証言もできなくしたまま、昨日の黒幕にでもなってもらう」
「ヤクザかよ」
「冗談」
 ガンドッグは鼻で笑い、首を掻っ切る仕草をして見せた。
「迷惑なOBに引導渡しに来てやっただけだ。しかもそいつぁ“仮面ライダーはじめました”とかフザけた看板掲げてやがる。これからも俺たちの目の前にしゃしゃり出てくること確定じゃねェか。
 どーせ叩けばホコリも出る身だろ? だからおとなしく消えてくれよ――邪魔だからよォ!」
 そしてガンドッグが地を蹴り、渡良瀬につかみかかる。
「チ――――!」
 ガンドッグの手がコートにかかる。渡良瀬は屈み込んでコートの袖から腕を抜き、そのままガンドッグの両足の間に頭を飛び込ませた。
「んな……っ!?」
「どっせェェェい!」
 ガンドッグが気付くが対応されるよりも早く、渡良瀬はガンドッグの両足を抱え上げ、ひっくり返した。
 ガンドッグは前転して衝撃を殺し、片手を突いて起き上がり、もう片方の手に持っていたコートを投げ捨てた。
 そのタイミングを狙い、渡良瀬は抜き放ったリボルジェクターのトリガーを引く。
 リキッドシューターモードから放たれた速乾性蛍光塗料は、しかしガンドッグの手の平に遮られた。
「……っ」
 小さくした打ちする渡良瀬。ガンドッグは手から塗膜を剥がして捨てた。
「昨日の現場で手の内を見せすぎたな。現場の作業員が覚えてたぜ? 水鉄砲にかんしゃく玉に電磁ムチだったか。何にしろ、テメェの小細工がいつでもどこでも通じると思ってんじゃねェぞ」
 渡良瀬はしばしリボルジェクターとガンドッグの間で視線を往復させ、肩を落とした。
「研究済みかよ、恐れ入るぜ。その執念深さ、昇進試験に振り向けてとっとと偉くなっちまえ。
 そしたら俺のことなんざ気にならなくなるからよ」
 渡良瀬は呆れて言うが、ガンドッグは動じない。
「分かっちゃいねーなァ、ヘボ探偵。それじゃ意味がねーんだ。
 俺ァただ、俺のボスに惚れてるだけだからよ」
「うわ照れも無く言い切りやがった……わーったよ、俺の負けだ」
 渡良瀬は半眼になって呻きながら、リボルジェクターを放り出した。
「そこまで言うんじゃしょうがねェ」

( 2006年06月22日 (木) 20時21分 )

- RES -


[153]file.04-3 - 投稿者:壱伏 充

 単分子振動スコップや同・ピッケルでラスパがタコ殴りにされている、そんな微笑ましい光景から視線を外すと、渡良瀬は勝利の余韻を断ち切ってアトラスパイダーのコクピットに向かった。
 強制開放レバーを引く。軽い音とともにハッチが開くと熱気が漏れ出てきた。
 どうやら空調機能が壊れたのか、二人のオペレーターもぐったりとしている。
 二人とも息があることを確認し、渡良瀬は地上のカオリに声をかけた。
「あなたがお探しなのは、このメガネのオッサンですかー、それともヒゲのオッサンですかー?」
 しかし返事がない。渡良瀬が地上に目を向けると、そこにカオリの姿はなかった。
「?」
 首を傾げる渡良瀬の耳に、遠くからサイレンの音が届く。
 どうやら誰かが通報してしまったらしい。それは、渡良瀬の当初の仕事が失敗したことを意味していた。
「……ここは逃げておくか」
 やましいことがなくとも、警察の厄介になりたくないのが正直な心境だ。
 そして渡良瀬自身は、そんな自分に対してきわめて正直だった。

「んで、そのコートの男ってなァどこ行った?」
 電磁檻に入れられ運ばれていくバイオクリーチャーを一瞥し、遊撃機動隊第一班班員・杁中は作業員から事情を聞きだすことに再度取り掛かった。
 作業員は首をひねる。
「さあ……ぱーっと来てぴゅーっと行っちまったからなぁ。お礼に一杯ぐれえ奢ってやろうとも思ったんだが」
「心当たりは?」
「あったら教えてるよ刑事さん」
「――こんなツラしてなかったか?」
 杁中は笑い飛ばす作業員に、電子手帳のファイルから呼び出した画像データを見せた。作業員は首をかしげる。
「さーて、どうだったかな……同じようなコードだったとは思うけど、顔まではねえ……」
「あんがとさん」
 杁中は手帳を閉じて、アトラスパイダーの回収を指揮していた典子の元へ向かった。
「班長。どうも例の探偵が現れたようです。引っ張りますか?」
 杁中の報告に、しかし典子はかすかに表情を翳らせた。
「そうね……いえ、それは後回しでいいわ。事態を収拾はしたけど、引き起こしたわけじゃなさそうだから。
 それよりも優先すべきは事態そのものの究明ね。第一班は周囲の捜索と、回収したクリーチャーおよび建設重機の解析に振り分けるわ。
 杁中は、ここ数十分の電波妨害の調査指揮をお願いね」
「……了解」
 杁中は憮然として唇を曲げた。
 典子は一瞬兆した迷いを振り捨てるように、別の報告を受けていた。救助されたオペレーターの一人のカツラの中から発見された記憶チップについて本人に確認したところ、それが恐喝の材料だと口を滑らせたらしい。
 典子はそちらに駆けていった。
「……おーい、杁中君」
「おう?」
 典子の背中を眺める杁中の肩を背後から叩いたのは原だった。
「や。どしたのかね、ボーっとして」
 杁中は肩をすくめて応え、ふと真顔になった。
「原……話がある」
「うゃ? 何よ、改まっちゃって」
 声を裏返らせなぜか動揺する原に、杁中は自分の頼みを告げた。
「調べてほしいネタがあるんだ。特装時代のことを」

 趣味の良い調度品に囲まれた洋風のリビングに、二人の男女がいた。
「――結局彼は変身することなく、状況を終了してしまった。そういうことだね、"カオル”?」
 ソファの上から涼やかな声が確かめてくる。カオルと呼ばれた女性――彼女はカオリの顔をしていた――は“彼”の前に跪き、「はい」と短く肯定した。
 "彼"は苦笑して呟いた。
「作戦失敗か。全く、相変わらず一筋縄じゃいかない人だ」
「申し訳ありません」
 暗に自らの読みの甘さを叱責されたと感じ、カオルは深々とうなだれる。しかし"彼"は笑顔で首を振った。
「いいよ。まだいくらでもチャンスはある。それともカオルは、"罰"を受けたいのかな?」
「……!」
 問われて、カオルは身を強張らせる。うなじの辺りがちりちりと暑くなる、感覚。
「OLの格好もよく似合っているよ。おいで」
 甘い声で囁かれれば、従う以外の選択肢など消し飛んでしまう。
 カオルは無駄と知りつつ、赤く染まる頬を隠すように、俯いたまま立ち上がった。

 岸田カオリなる女性は社内に存在していない。クリーチャーにコードネームも付けていなければ、その出現地点を正確にキャッチしてもいない。遺跡が建設地にあったという認識もなければ事実もない。何より探偵に依頼などしていない。
「……えーいちくしょー」
 翌日。カオリから事情を聞きだそうとした渡良瀬に突き付けられたのは、そういった"現実"だった。
 受話器を置いてデスクに肘をつき、渡良瀬は嘆息する。
 考えられる可能性は二つ。
 ひとつは生島建設が事態をなかったことにしようと目論んでいる場合、会社の遺跡独占の企みに関わる全てを排除しようという可能性だ。
 もうひとつは、カオリが全く別の勢力からのエージェントだった場合。カオリの目的は、生島建設を隠れ蓑にして渡良瀬とラスパを戦わせることにあったという考え方だ。
(普通に考えりゃ会社しらばっくれ説の方がありそうだけど、それだと俺働き損の上携帯壊され損だからなー)
 自分のような零細が何を行っても、たとえカオリに会えたとしても、事態は好転しないだろう。
「警察呼ばれんのがオチだろーな」
 呟いて渡良瀬は空を見上げた。うまい話で一儲けできたら、槍の束でも降ってくるだろうか。
 そんな益体もないことを考えていると、探偵社の扉がノックされた。
 客か。災厄か。まさかカオリか。渡良瀬は身を起こして応えた。
「どうぞ、開いてますよ」
 聞こえたのか、外の客がカチャリとノブを回して扉を開く。
 そして入ってきた男の姿を認め、渡良瀬は営業スマイルを放棄した。
「邪魔するぞ探偵。ちょっとツラ貸せ」
「おいおい、俺ァまだ何もしちゃいねェぞ?」
 入ってきた遊撃機動隊の男、杁中の言葉に渡良瀬は深々とため息をついた。

 21世紀も4分の1を過ぎたこの時代。何だかんだ言って新東京国際空港――通称・成田空港は未だに現役である。
「――Hi, this is Mai...ああお久しぶり。耳が早いね」
 その国際線ロビーに降り立った乗客の中に一人の少女がいた。
 ネコ科の猛獣を思わせるしなやかな肢体のラインを特に隠す風でもなく、ピッタリとしたシャツとジーンズと言ったラフな格好の上から、ポケットを多数備えたジャケットを纏っている。
「は? 今から? 警視庁? ちったぁ休ませてくれてもいいだろ」
 携帯電話に語りかけるのは、あどけなさとふてぶてしさを適度にブレンドした笑顔とマッチした伝法な口調。
「その代わり高いよ、社長さん」
 挑発するように少女は言うが、通話相手は面白いリアクションを返してくれなかったらしく、小さく顔をしかめてHOLDキーを押し込む。
 少女は荷物を抱えなおし、口笛を吹いて歩き出した。

 警視庁遊撃機動隊舎。
 第3班主導で行なわれたバイオクリーチャーの解析は、難航していた。
『ちょーっと難物かもね、これってば。厳密に言えばバイオクリーチャーじゃないし』
 専用室で高性能コンピュータに囲まれて生活していると言うのが専らの噂の第3班班長・二階堂量子の声がスピーカーから流れる。夜通しの解析が答えたのか、声もいささか張りがない。
 バイオクリーチャー(?)から壁一枚隔てた解析ルームで有事に備えて待機していた原も表情を曇らせる。
「そんな、手がかりも見つからないんですか?」
『ノンノンノン。原ミョン、それは間違っててよン』
 量子が妙なテンションの声で即座に返してきた。
『あれは厳密に言うとクリーチャーじゃないの。生命である事を示す各種反応が見られないのね。むしろ半仮想存在に近いのよ』
「半……仮想?」
 怪しげな単語が出てきた。眉をひそめる原に、量子が説明を続けた。
『抗生物質も存在の成り立ちも、実は心当たりが無きにしも非ずってゆーかさ』
 部下が採取したサンプルを基にシミュレーションを同時進行させているのか、声には時折キーボードを叩く音が混じる。
『D-Eコンバート理論で実現を示唆されたアルケミカルイグジスト効果の実例かも知れないんだわ。
 だから中核さえキャッチできれば存在根拠ごとデリートだって可能なんだけど、必要なエネルギーポテンシャルの算出やらアプローチポイントの特定はまだまだ手間取りそ−でさ。
 それに、できればデリート前に駆動原理も詳しく知っておきたいじゃない?』
「はあ……」
 三割程度しか分からないが、原は曖昧に頷く。
 そこへ背後の扉が開いて救援がやってきた。
「交代だ、お疲れさん」
「あー助かった、あとよろしくねっ」
 同僚の平針だ。原はタッチを交わして解析ルームを出た。
 宿舎に帰って一眠り、と行きたいところだがそうも行かない。
 まだ調べなくてはならないことがあるのだ。

( 2006年06月17日 (土) 19時13分 )

- RES -


[152]file.04-2 - 投稿者:壱伏 充

 看板を出して数日。“ライダー”の有無にかかわらず依頼人が来ないことに、渡良瀬がいよいよ危機感を抱き始めたその日の夕方。
 探偵社の扉を叩く者がいた。
 能面めいた顔立ちの女は、生島建設の岸田カオリと名乗った。
「私と一緒に、今からある所まで来てもらいます。事態は一刻を争いますので」
 名刺を出した直後、カオリは開口一番そう言い放つ。
「……話は道すがら、ですか?」
 名詞をつまみ上げた渡良瀬の言葉に、カオリは無言で頷いた。

 アミューズメントパーク建設地。中央に座する“アトラスパイダー”は一見機能を停止させているだけのように見える。
 しかし渡良瀬が覗き込んだスコープが映し出したのは、機体の上面に張り付いた何かの影だった。
 全体のサイズはおおよそ大人一人分。黒い体毛に覆われた隆々とした体躯と、肘関節が四つある腕の先に生えた三本の鉤爪。
 足は小柄な女性の胴回りほどもあり、背には蝙蝠に似た翼を生やす。
 爛々と光る真っ赤な三つ目がチャームポイントだ。
「……バイオクリーチャーの退治は遊撃機動隊のお仕事だろ」
 二人がいるのは、事態の推移を見守る作業員たちのさらに後方。アトラスパイダーとの距離は100m弱といったところだ。
 渡良瀬がスコープを手渡すと、しかしカオリは首を横に振った。
「セラフ・リゾートグループの意向として、警察・マスコミに動かれてイメージを損なうのは避けるべきだと決定が下りましたので」
 セラフ・リゾートグループは生島建設の母体である。
「そんなことやって傷口広げた企業が過去どんだけあると思ってんだ。
 大体あのクリーチャー、どっから出てきた?」
 呆れたように渡良瀬が言う。カオリは眉一つ動かすことなく答えた。
「作業員からの証言を総合すると、建設地の地下からだそうです」
 地下からクリーチャー。非公的機関への依頼。渡良瀬の頭の中でそれがすっきりとした形にまとまった。
「よーするに君んとこのお偉いさんは、“遺跡”目当てで欲かいてると、そういうことか」
「クリーチャーがアトラスパイダーを実質占拠して3時間が経過しています。救出を急いでください」
 カオリは淡々と指示を出す。渡良瀬は大きく息を吐いた。
 ――破格の報酬に釣られた俺が馬鹿だった。

 “ライダーショック”に前後して、世界各地で発見された地下施設。
 出自は不明ながらもオーバーテクノロジーと言って過言ではない技術や知識が蓄えられたその地は、多くの人間の欲望を掻き立て争いの元となった。
 誰とはなしに“遺跡”と呼び出したそれら施設群は、各方面からのしがらみゆえに明確な所有権規制も行われぬままなし崩しに各国政府が管理下に置くようになっている。
 ――ゆえに、早い者勝ち、見つけた者勝ちという考え方もまた根強い。
 いくら遺跡の技術が目当てであろうとも、一観光会社が例えば世界征服だの独立国建国だのといった大それた国際犯罪をしでかす可能性は低い。
「警察が来る前にあのクリーチャーどかせってか……で、他の人には話通してあんだろね?」
「ご心配なく。ですが」
 カオリは言葉を切り、話しかけて来る渡良瀬に前方を示して見せた。
「向こうが先にこちらに気づいたようです」
「――――!」
 渡良瀬が示されるまま指先の方向を見やると、アトラスパイダーがゆっくりと立ち上がり頭(に見える部位)をもたげるところだった。
「復旧した?」
「いえ、あの挙動はマニュアルモードですが、搭乗者がコントロールを奪還したという報告はありません。
 例のクリーチャー、便宜上“ラスパ”と名付けていますが、ラスパが機体の制御系にハッキングしていることから考えて……」
 ――今、さらりととんでもない事実が語られた。占拠の意味を悟り、渡良瀬はカオリの襟首を引っ掴む。
「それを早く言えっ!」
「は……?」
 刹那、アトラスパイダーは八脚を震わせると、猛然と前進を始めた!
「うわああああっ!」
「逃げろぉ!」
「バカ、引っ張んな……うぁあああああ!?」
 トラックを、パワーショベルを、資材を蹴散らし薙ぎ倒し、突如暴れだしたアトラスパイダーの動きに、足元にいた作業員たちが我先にと逃げていく。
《キュルルルルルルルッ!》
 そして、それを嘲笑うかのようにアトラスパイダーは多機能アームでプレハブ小屋を掴み上げ、遠心力を乗せて投擲した。
 小屋は放物線を描いてクレーン車に激突し、巨大な車体を横倒しにする。
 巻き添えを受けて組まれた鉄骨が崩れた。
 地響きが、渡良瀬たちのいる辺りまで届く。
 渡良瀬は状況に背を向け、全速力で逃げた。襟首を掴まれたカオリが抗議してくる。
「探偵さん、なぜ逃げるんですか」
「逃げいでか! こっちに来てんじゃねェか! きっぱりと遊機に通報モンじゃボケェ!」
 渡良瀬は叫び返し、空いた手で携帯電話を取り出した。なぜか渡良瀬たちのいるほうへ足を向けるアトラスパイダーは、徐々に距離を詰めてきている。
 しかし――パシッという音とともに携帯電話は渡良瀬の手からすっぽ抜けた。
 カオリが叩き落したのだ。
 落ちる電話。振り返る渡良瀬。止められない足――迫る追撃者。
 轟音の響く中、電話の砕ける音だけはやけにはっきりと聞こえた。
 渡良瀬は足を動かしながら自分の手を見つめ、その手でカオリの顔を鷲掴みにした。
「何してくれやがりますか依頼人サン!」
「これには事情があるんです。警察は呼ばないでください」
 アイアンクローを決められているにもかかわらず、カオリの声は冷静だ。
「――チッ」
 渡良瀬はアイアンクローを外し、懐から別のものを取り出した。奇妙な形状の銃――リボルジェクターだ。
 銃身をソリッドスローワーモードにして、振り向きざまトリガーを引く。
 打ち出されたスタングレネードの閃光と轟音は、しばしラスパを前後不覚にしてくれた。

「で、事情って何だ。振り向かないことか?」
 物陰に隠れ渡良瀬が問うと、カオリは途端に表情を歪め言いづらそうに口を開いた。
「今がチャンスなんです。証拠品のディスクを奪う」
「証拠を奪う?」
 話がきな臭くなってきた。カオリは顔を背けて続いた。
「今、アトラスパイダーに搭乗しているオペレーターの一人に脅されているんです。
 彼はその証拠を肌身離さず持っている。今しかないんです、チャンスは」
 思いつめたようにカオリが言葉を紡ぐ。
 ここに来てようやく渡良瀬は、彼女の生の感情に触れた気がした。
「彼を救助して私に引き渡してください。お願いします……」
《――キャルルルルルルルルッ!》
 カオリの言葉に被せて、アトラスパイダーが身をもたげ嘶いた。
 その巨体が夕日を遮り、二人の上に影を落とす!
「!」
 渡良瀬はカオリを抱えて跳んだ。2秒前まで二人がいた辺りに自動車が落ちてくる。
「探偵さ……」
「下がってな。それだったら話は別だ」
 もつれ合うように転がる二人だったが、渡良瀬は即座にカオリを背に庇うように立ち上がった。

 カオリが見上げた先で、一瞬渡良瀬の背中が大きくなったかのように見えた。
「会社の都合なんてモンより、個人の我侭叶えます――渡良瀬悟朗、その依頼確かに承った!」
 渡良瀬は力強く言い放つ。振り向く横顔にカオリは希望を見出した。
 しかし、渡良瀬の次の言葉はカオリの予想とは真逆のものだった。
「見てな。あんな奴、わざわざ変身するまでもねェ!」
「……は?」
 絶句するカオリを置いて、渡良瀬が駆け出していく。
 カオリは思わず手を伸ばしかけ、“話が違う”の一言を寸前で飲み込んだ。

「さーて景気よくいってみよー!」
《キュルルルル!》
 威勢良く駆け出す渡良瀬を迎撃すべく、アトラスパイダーがアームを次々と振り下ろす。だが、足元へ向かってくる小さな標的を捉えきれないのか、その攻撃は空しく地を穿った。
《キュル、キャルル!》
 そして追撃を掻い潜り、渡良瀬はアトラスパイダーの足の間に滑り込みそのまま走る。
「そらそら、知恵が全身に行き届いてないぜ!」
《キュルルルルル!》
 肢をたわめ、胴体で渡良瀬を押しつぶそうとするアトラスパイダー、しかし渡良瀬は肢と胴の隙間を通り、一瞬早くその背後へ駆け抜けていた。
 振り向きざまに撃ち放つは、リボルジェクターのワイヤーアンカー。
 渡良瀬はアンカーの固定を確かめると本体側のウィンチを作動させて自らの体をアトラスパイダーの上に運んだ。
「よっと」
 着地したクモの背は、揺れてこそいたが搭乗の便宜を考えてか多機能アームの接続部以外は平板で、手すりも備わっている。
 渡良瀬はアンカーを外して手元に巻き取って、コクピットを目指した。
 時折アトラスパイダーが体を揺するも、一歩一歩確実に足を進める。
 見据える先のコクピットに、根を張る異形が渡良瀬に気付いて振り向いた。
《キュルル……》
「ゴキゲンだったところをお邪魔して悪ィが、まだここのアトラクション、営業してねェってよ」
 渡良瀬はリボルジェクターのバレルを切り替え、ラスパと名付けられた異形に向ける。
「そこから降りてくれると、俺もー泣いて喜んじゃうんだけど」
《キャルル……》
 ラスパは渡良瀬の言葉が通じたのか、コクピットから体を離し、上中下三列の牙を剥き出しにする。
 渡良瀬は威嚇に動じることなく、さらに一歩足を進めた。
「もひとつ悪ィな。ヒトミの方がインパクトあるから、何一つ怖くねェ」
《キュル!》
 渡良瀬の挑発に、ラスパが腕を振り上げて天板を蹴り、襲い掛かる。
 渡良瀬は慌てることなく引き金を引いた。
《!》
 迸る一閃を、しかしラスパは軽いフットワークで避けて見せた――が、その動きが仇となる。
 渡良瀬は手首のスナップを利かせ、銃口――リキッドシューターモードから吹き出す速乾性蛍光塗料の軌道を鞭のようにしならせると、正確にラスパの目を狙い打つ!
《キュルル!?》
 そのまま渡良瀬に踊りかかろうとしたラスパが目を押さえてよろめく。渡良瀬は次いで再びバレルを切り替えて、ワイヤーアンカーを射出、敵の首に巻きつけた。
「Bomb♪」
《――キュル!》
 刹那、リボルジェクターに蓄えられた電力が一気にラスパに流れ込む。奥の手、スタンガンモードだ。
《キュ……ル……ッ》
 ラスパが動きを止めて気を失う。どさり、と倒れ付したラスパを蹴り落とし、渡良瀬は高々と拳を突き上げた。
「……ウィ――――――――!」
『ウィ――――――――!!!!』
渡良瀬が吼えると、下の方で雄叫びが沸き起こった。

( 2006年06月16日 (金) 19時43分 )

- RES -


[148]Masker's ABC file.04-1 - 投稿者:壱伏 充

 モーターショップ石動。
 千鶴は目の前で踊る相模の鮮やかな手技をじっと見つめていた。
 事故で破損したベーススーツの修繕。
 今まで千鶴や、父の石動信介にできなかったことを相模はテキパキとこなしていく。
「――よし」
 最後に糸を結んで切ると、先刻まで無残な姿をさらしていた即応外甲の綻びは、綺麗に消えてなくなっていた。
 千鶴は思わず拍手した。
「わぁ、すごいです! 近くで見ていいですか?」
「ああどうぞ」
「ありがとうございます!」
 相模の許可を得て、千鶴はベーススーツの布をすくい上げた。
 目を凝らしてみても、手技がベーススーツに溶け込んでいるため、一瞬綻びの位置を見失ってしまうほどだ。
 そばで作業を見ていなければ、破損があったことすら気づかなかったかもしれない。
 自分が修復した胸甲の出来が、ひどく稚拙に思えてきた。
 そこへ石動が入ってきた。
「どうだ?」
「ええ、終わりました。チェックお願いできます?」
「いや、いい。ベーススーツは専門外だ」
 父がそう言って笑う。千鶴は自分が修復した装甲板を取り外して振り返った。
「あの、お父さん、相模さん……私、やり直してくるね」
「ん? ああ」
 石動が頷く。千鶴は装甲板を持って作業台に走った。


「……で、お前から見てどうなんだ?」
「そうですね」
 小声で訊ねて来る石動に、相模はやはり小声で答えた。目的語が何なのかは、わざわざ確かめるまでもない。千鶴のことだ。
「筋はいいし、向上心もある。将来、いいエンジニアになれますぜ。難があるとすりゃ、同年代に切磋琢磨するライバルがいないってことですかね」
「……前は一人いたんだけどな」
「へぇ?」
 石動がぼそっと言う。相模は眉を上げた。
「そのライバル氏は今、どうしてるんです?」
「就職して、遠くに越しちまったよ」
 石動はどこか寂しそうに答えた。

「えーっくしょい!」
 人工実験島に鷲児のくしゃみがこだまする。実験機の整備で説明を受けていたテストパイロットの女性が、身を引いて顔をしかめた。
「汚いな。せめて口は押さえるものだ」
「すんません、急に鼻がムズってきて。えーと、どこまで話しましたっけ……あー……」
 鷲児は女性の名前が思い出せずに口ごもる。女性は肩をすくめた。
「潮。松木 潮だ。いい加減覚えてくれないかな……ホラ、ボードのここからだ」
 潮は微笑んで、チェックボードを指差した。

 しみじみしていた石動に、より声を潜めて今度は相模が問うてきた。
「んで、そっちは……ワタちゃんはどうなんです? だいぶ渋ってたと見ましたが」
「まあ、な。奴に昔、何があったかは知らんが……あの頑固者め」
 石動は石動で、せっかく“仮面ライダー”を入手したのに、それを仕事に活かそうとしない店子に手を焼いていた。
 手にした力で傍若無人に振舞われるよりはマシだが、大家としては家賃を払うことに積極的になってほしい。
「客寄せには使うが、ギリギリまで変身はしない……まあ、この辺が妥協点だな」
「ナルホド」
 訳知り顔で相模が頷く。こちらは何かを知っていそうだったが、石動に問うつもりはなかった。そのうち話す気になればそれでよし、話したがらない理由を無理矢理ほじくるのは人の道に反する。
 そこへ、階段を下りてくる足音がした。視線を向けると、脚立と白いカーテンらしきものを抱えた渡良瀬が、看板の位置を確かめて足を止めるところだった。
 そして渡良瀬は脚立を上り、石動が作ってやった看板に布を固定する。
「……何だ?」
「さあ」
 石動と相模が駆け寄って見上げると、それに気づいた渡良瀬が二人に声をかけてきた。
「どーよ、これで文句ないだろ?」
 得意気に言って布から手を離す。
 そこには、お世辞にも上手いとは言い難い字で、こう書かれていた。

file.04
“仮面ライダーはじめました”

 即応外甲が世間に出回りだして早10年。いまや、それは確かに世界のあり方を支える文明の利器としての地位を確実なものにしていた。
 質量のデータ化保存・再生技術による、名の通り高い即応性。人が鎧を纏った程度の体積と重量でありながらパワーは重機にすら匹敵し、人が直接操作するがゆえの器用さ柔軟さは、一定の局面において精密作業機械を遥かに凌ぐ信頼性をも見せる。
 しかし、逆に言えば。
 即応外甲に用いられている技術をフィードバックさせることにより、従来型に比べ高いパワーと燃費、シチュエーションによっては必要充分な柔軟さを併せ持つ重機を生み出すことも可能となる。
 この考え方を各分野で推し進めた結果起きた技術革新の動きを、一般に“ライダーショック”と呼ぶ。

 そして、ある臨海アミューズメントパークの建設に携わっていたサキョウ社製多脚重機“アトラスパイダー”もそうした技術で作られた最新鋭重機の一台だった。
 全長10.5m、全高3.8m、重量66t。クローラーと八本の可動脚を併用して現場を縦横に動き回り、上面に備えられた六本の多機能アームを用いて、テキパキと建築物を組み上げていく、伏した蜘蛛に似た巨大マシンだ。
「……もうちょい右か。よし」
 操縦は原則的にドライバー一名とオペレーター二名以上で行なわれることになっているが、この機体に乗っているのは主オペレーターの鈴木と、ドライバー兼副オペレーターの柄本の二人だけだった。
 人件費を浮かせるため、現場ではよくあることだ。
 VRゴーグルを被った鈴木が、バイザーの指示に従ってアームの向きを微調整し、形を成しつつある鉄骨にあてがう。
「マニピュレータ、ロック」
「了解」
 鈴木の指示に柄本が従ってマニピュレータをロックする。これでアトラスパイダーのアームのうち二本は位置をキープしたまま本体の命令から切り離された。
 後は細かい部位を、専門の即応外甲がボルトで固定し、あるいは溶接するだけだ。
 鈴木はゴーグルを外して、外を見やった。コクピットは最も重心に近い機体の上部中央に設けられている。
「柄本よぉ」
 一息ついてタバコを一本取り出し、鈴木は何とはなしに呟いた。
「何か、プラモ作ってるみてェな気分だよな。でっかい人間が、さ」
「今さら言うこっちゃないだろ」
 タバコを一本貰いつつ柄本が笑う。鈴木は紫煙をくゆらせて続けた。
「だけどな、そのうち本当に一人でビルとか作れるようになってみろ。きつくなるぜ?」
 建築技術の進歩はその分だけ肉体労働者の職を奪う。二人はどうにか潜り込んだからいいようなものの、この後もそうしていける保証は無い。
 今後は自分たちすらお払い箱になってしまうことだってありえる。
 鈴木はしみじみと呟いた。
「どうなっちまうのかね、俺たちの世界は……」
「いきなり青臭ェ。そんなトシでもないだろお互い」
 柄本が苦笑した。二人とも不惑は過ぎている。大衆食堂で社会のあり方に愚痴り偉そうに政府のあり方を批判するならともかく、夕陽に照らされて物思いにふけるのが似合う年齢ではない。
「どっちにしても、メシも食わずにする話じゃないやな……ああそうだ」
 鈴木も笑ってタバコをコンソール脇の灰皿に押し付けた。
「この前奢ってもらった分、今日返してやるよ」
「へぇ。何だ、大勝したか、昨日の中山」
「そんなとこだ」
 柄本の問いに鈴木がにっと笑った、その瞬間。

 ――コクピット中の電源が突然落ちた。

( 2006年06月03日 (土) 20時03分 )

- RES -


[146]file.03-8 - 投稿者:壱伏 充

 ドラクルがクラストを押し始めた。一撃一撃に力を込めたラッシュを捌くクラストだったが、徐々に勢いに圧倒されて後退していく。
 裏腹に。
「ツェア!」
 クラストのパンチがドラクルの胸甲に吸い込まれる――しかし、ドラクルはビクともしなかった。
「効かねェんだよ!」
「ッガ!」
 ドラクルの拳が逆にクラストを打ち据え、火花を散らした。とっさにガードしたクラストだったが、衝撃を殺しきれずにたまらず一歩下がる。そこへ、
「うおおおおっ!」
「チィッ!」
 突っ込んできたドラクルの左ストレート。クラストは反射的に身をよじり、裏拳でドラクルの胸板を打つ。だが――ドラクルは退かない。
 逆にドラクルの左手が、動きを止めたクラストの肩装甲を掴んだ。
「捕まえたぜ……今度はまともに喰らっちまえ!」
 振りかぶるドラクルの右拳が“ジェットナックル”モードに変形する。
 この状況では、もう後ろへは跳び退がれない。
「やった……!」
「どうかな?」
 勝利を確信し呟くモビィに、しかしテイラは余裕を崩さない。

 ――この瞬間を待っていた。
「“ジェットぉ……”」
 改造“シュリンプ”の右腕がブースターに点火した、そのタイミングに合わせて、
「――“ナックル”!」
「っらァ!!」
 クラストはシュリンプの腕――スピードの乗り切っていない二の腕に、ピンポイントで左のカウンターパンチを打ち込んだ!
「!? ァギ……ッ!」
 自らの加速の分だけ拳を二の腕にねじ込まれて、シュリンプが苦悶の声を上げる。クラストに届かなかった腕から空しく薬莢が飛んだ。
 そのままクラストは腰を落として一歩踏み込み、
「ヌァ……ァァアラァッ!」
 左の拳を振りぬいていく。
「イ……ガァッ、アアアアアッ!」
 そして拳が肩口に突き刺さる。シュリンプは骨を軋ませて、大きく後ろへ吹き飛んだ。

「――ふぅっ」
 クラストは左拳を軽く振って、指を開いたり閉じたりした。
 大丈夫だ。手に異常はなく、殴った感触も覚えている。目を向けると、シュリンプが左腕のブースターを起動させているところだった。
「やってくれるじゃねェか。このドラクルを……俺をここまでコケにしやがって!」
「やかましいわ魔改造エビ。衣でも剥がれたか?」
 ドラクル、というのが即応外甲の銘だと初めて知ったクラストだったが、わざわざ記憶するのは面倒くさいのでやめた。
「うるせェ! てめぇは殺す、絶対にぶっ殺す!」
 吼えるシュリンプに、クラストは親切心で手を振ってやる。
「よせよ。勝負はついてる。第一俺ァ、相模さえ無事に連れて帰れればいいんだ」
「ふざけるな、まだ終わってねェ!」
 こうした手合いにはつき物だが、どうやら言うことを聞いてはくれないようだ。
 絶叫にすら等しい声を上げ、シュリンプが地を蹴る。
「しょうがねェ野郎だ……」
 クラストは右手の親指、人差し指、中指をそろえ、低く重心を落とした。
 そして応えるように、クラストもまた駆け出す。

 ドラクル――トガは、ただ目の前の敵を倒すことだけを考えていた。
 右腕はもうしばらく使えそうにない。即応外甲ではなく、生身の体が悲鳴を上げている。だが、自分にはまだ幻の左が残っている。
 たとえライダーそのものが無事でも、敵の中の人間までは“ジェットナックル”の直撃に耐えられまい。
 最後に笑うのは俺だ。いつもそうやって力で相手をねじ伏せ、君臨してきた。
 相模を抱き込み、最強のライダーギャングを作り上げ、やがては湖凪町だけではなく、関東制覇をも成し遂げてみせる――
「うぉるぁぁぁぁぁっ!」
 左腕を振りかぶる。しかしその瞬間、迷いがトガの心に差し込んだ。
 ――本当に勝てるのか?
 それは先刻も心に兆した問い。ベーススーツがリフォームされたことで新たに生まれた違和感と、そこから生じた猜疑心。
 ――突然壊れたりしないよな?
 疑念はやがてトガの内で、消えないシミとなって広がりだす。それを振り払うように、トガは全力の拳を突き出した。
「“ジェットナ…………”ッ!!?」
 しかし最後まで叫びきるよりも早く。
 クラストはドラクルのリーチの内側にいた。
「――でィやァァッ!」
 クラストの指がドラクルの鳩尾に突き刺さる。
 ――バカめ。ドラクルの装甲は生半可な衝撃では……!
 心中で勝ち誇る声が、止まる。クラストの指はドラクルの認識を裏切って、装甲に亀裂を広げ――ついに、貫いた!
「ぐぼっ!?」
 全身を貫く衝撃に、トガの目玉がでんぐり返り、意識が遠のく。
(まさか、さっきからずっとこの一点だけを狙って……)
 次の瞬間トガの意識を引き戻したのは、胃からこみ上げてくる熱く苦酸っぱい感覚だった。

 体を離したクラストの前を通り過ぎて、ドラクルがジェットナックルの推力に引きずられるように転び、しばしのた打ち回って、やがて動かなくなる。
「あ……ああ……」
 絶望しきった声を上げるモビィを一瞥して、テイラは変身を解いた。
 ドラクル――トガと言う男が動きに迷いを見せていたことは、相模にも分かっていた。
「ま、なるようになったか」
 相模はため息混じりに言う。犯罪を実行する前に壊れてしまえば、ドラクルを改修した相模に責任は発生しなくなる。
 相模はドラクルの改修に当たり、一切の手抜きはしなかったと神に誓って言える。結局トガという男が、相模の腕を信じ切れていなかったのだ。
 その前にも、トガはモビィの前で相模に再リフォームを要求した。
 人様の仕事を尊重できずに他人に手を加えさせようという男に、即応外甲に命を預ける真似ができるわけがない。
 ――コンマ数cmの誤差も許されない精密一点集中打撃など、夢のまた夢だろう。
 もちろん、画一的な独りよがりのチューンを施して回って悦に入っていたモビィにも問題がある。
「――今度俺たちに手ェ出してみろ。蜂の一刺しどころじゃねェ、全身蜂の巣にだってしてやる。そう伝えとけ」
 そのモビィに脅しをかけて、さらにまだ動けそうな即応外甲たちを気絶させて回り、クラストは変身を解いて渡良瀬に戻った。
 渡良瀬はどこか居心地悪そうに、バックルを外す。
「ありがとよ、信じてくれて」
「こちらこそ」
 相模は苦笑して歩き出した。
 渡良瀬はこの2年の間も節制を怠らず、相模はそれに対し最高の調整で答えた。
 信頼の勝利だ――とは照れくさくて言えたものじゃないが。
 しかし渡良瀬は周囲を見回すと、いっそう表情を曇らせる。
「やりすぎちまったかな。やっぱ、加減が難しいわ……俺にゃ過ぎた力だよ」
「かもな」
 相模は小さく頷く。“ドラッヘ”の面々が薙ぎ倒された光景は、死屍累々と表現して差し支えあるまい。
「でもワタちゃんなら心配ないさ」
 しかし相模は、その中に死者・重傷者がいないことを知っている。
「ワタちゃんは今でも、俺が信じたまんまのワタちゃんだ」
 振り返って相模が言い切ると、渡良瀬はバツの悪そうな顔で、外したリストマスカーをコートのポケットに突っ込んだ。
「バカヤロ、ンなこと言われたら返しづれェじゃねェかよ」
「いいさ。お代は2年前に頂戴してる。2年越しの忘れモンだ、大事にしろよ」
 相模は言って、ヒトミの待つサイドカーに手をかけた。
「さ、それじゃ予定通り、ワタちゃんの大家さんに会わせてもらおうかな」

(考えてみりゃ)
 倉庫の天井からぶら下がるリボルジェクターを引き抜いて、渡良瀬は心中でひとりごちた。
(軽トラの回収やら、ヒトミの紹介やら、あと神谷にこの件誤魔化さにゃならんし、思い出してみれば浮気調査も終わってねェ。
 やること多すぎじゃねェか)
 個人的感情で借りは返したが、やったことといえば暴力沙汰だ。
 不良連中も後ろ暗いところがあるから、自分から警察に駆け込むことはまずないとしても、いろいろこれから八方丸く収めなくてはなるまい。
「……俺たちの戦いはこれからだ!」
「何やってんのいきなり」
 やけ気味に拳を握る渡良瀬の様子に、相模が首を傾げる。
「にゃ〜」
 太陽の位置も低くなり、夕日に目を細めたヒトミが眠そうに鳴いた。

 二人の台風が去った倉庫。
 即応外甲を脱ぐこともできず、呻きもがくドラッヘたちを見下ろして、一人の青年が踵を返す。
 最近このチームに入った新人だ。
「……?」
 モビィは両手両足を動かせないまま彼を見上げて疑問符を浮かべた。
 なぜ彼は無事なのか、なぜ自分たちを助けないのか――なぜそんなに、嬉しそうなのか?
 しかしモビィが問いを発する前に、新人は涼しげな声で歌うように囁いた。
「全ては我が主の夢のままに……見てみますか、夢の続きを?」
「……」
 誘うような問いかけに、モビィはなぜか疑うことも忘れて、自分でも覚えがないほどはっきりと頷いた。

 モーターショップ石動。
「……まあ、リフォーマーは欲しかったところだったからな」
『イェイ♪』
 石動の了承に、渡良瀬と相模はハイタッチを交わした。これで相模は住居と職場を手にしたも同然だ。
「まったく、今度からは無茶しないでくださいねっ。ところで、それは?」
 渡良瀬の勝手な退院――相模の救出に関しては、"連中が仲間割れした隙に相模が自力で逃げたのを渡良瀬が途中で拾った"ことにした――にむくれていた千鶴が、瞳を入れたカバンに気付く。
 相模は渡良瀬と顔を見合わせた。
「ペットのヒトミ……だけど」
「にゃ〜」
 ヒトミも答えるように、まだ眠そうに鳴く。千鶴は手を打ち合わせて聞いた。
「わぁ、抱っこしていいですか?」
「……まあ、俺は」
 相模はそっとカバンを開ける。そしてヒトミを抱き上げた千鶴は、その場で凍りついた。

 ウサギの体躯にハトの羽毛を備えた、奇妙な生き物。その下顎が左右に開いて、口腔の粘膜を露にする。
 やけに喉の奥から聞こえてくるのは、あくびにも似た「にゃ〜」という声。

 一拍遅れて、千鶴の悲鳴が向こう三軒両隣まで響き渡った。

――――――――To be continued.


次回予告
file.04 "仮面ライダーはじめました"
「変身で何でも解決しようとか思うなコノヤロー」

( 2006年05月26日 (金) 19時42分 )

- RES -


[145]file.03-7 - 投稿者:壱伏 充

 一人は、先刻鮮やかな手技を披露した相模 徹の“仮面ライダー”。
 全身に一分の隙なくフィットしたベーススーツと、クモを象った最終装甲もさることながら、目を見張るのはその両腕。
 ベーススーツの高速裁断と縫製に不可欠な機能を有する各種クローを十指に備え、前腕に金属糸を蓄えた姿は、街乗り用とも戦闘用とも異なる、まさしく"異形”。
 ドラクルは一度その技を間近で見ているがゆえに、息を呑む。
「あっという間に"ライダー"まとめてダルマにしやがった……これが伝説のリフォーマー、相模 徹の"仮面ライダーテイラ"の実力かよ……!」
 ――まるでその呟きに応えるかのように、テイラの複眼が淡く瞬いた。
 ドラクルは一歩退きながら、その隣にいるライダーに視線を移す。こちらも、一度見ている。手下に装着させた仮面ライダーだ。
 やはり全身にフィットした艶消し黒のベーススーツに、正面からは正六角形を三つ重ねたように見えるシャンパンゴールドの最終装甲。その左胸と大振りな肩当てに被さる不恰好な鉄板と、いやに物々しく左肩に書かれた"群蜂"の二文字。
 字の通り、ハチをモチーフにしている仮面の上で、波紋が広がるように複眼が光を放っていた。
 相模から聞き出した銘は"仮面ライダークラスト"、だったか。
 手下が着た時に比べてやや身が締まって見えるのが気にはなったが、所詮こちらは出来損ないだ。
 いや、そのはずだった。
「――ンの野郎!」
 固まっていたのも一瞬の話。手下たちは標的を見定めると、彼らに向かって殺到していった。
 そしてドラクルは、信じられない光景を目の当たりにする。

 つい先ほどの経験から、固まらずにお互い距離をとって襲い掛かることを学習したらしい。
「うらァァァッァァ!」
「やれやれ」
 殴りかかってくる即応外甲の懐に潜り込み、その太ももと二の腕に指を引っ掛けた。
 小細工を施し、今度は次の即応外甲へ。
「よっ――ほっ――おっと、危ない」
 ひょいひょいと、攻撃を仕掛けてくる即応外甲たちの間をすり抜けて、テイラはその度に指を繰る。
 同じリフォーマーが手がけたからか、即応外甲の反応にも一定の癖が見え隠れする。テイラは難なく包囲網を抜けると、即応外甲たちに背を向けたまま、両手を開いた。
 指の間から落ちていったのは金属糸だ。
 それに気づかない即応外甲の一人が、鉄パイプを手に振り返った。
「何だ、逃げてばっかか? いつまでそうしてられっ!?」
 彼は振り返った勢いのまま、その場で派手に転倒した。
「おいおい、カッコ悪いぜシモ……っぅおだぁっ!?」
 からかおうとしたもう一人も、顔面から転ぶ。二人はもがくように蠢いたが、立ち上がることすらできなかった。
 ここに至って彼らは、理解したようだった。もう、自分から動こうとする者はいない。
 テイラは一応の親切心で言ってやった。
「分かってるとは思うが、アンタらのベーススーツの手足から糸を抜かせてもらった。
 些細なバランスの崩れでバラけるから、動かないほうが身のためだ」
 いくら超FRPで軽量化を図ったところで、即応外甲自体の重量は50kg前後が相場だ。
 ゆえに人口筋肉の支えを失うと、装着者にその分の重さがまとわりつくことになる。
 特に前腕、脛、胸、頭には重点的に装甲が配されていることが多いため、即応外甲に頼りきって日々節制を怠っているような手合いはもう行動不能だ。
「もちろん、即応外甲を脱ぎゃ元通り動けるが……それでかかってこられたら、今度はキンタマ縫い潰すしかないんだよなぁ」
 独り言に似たテイラの宣告に、バックルの解除キーを押そうとしていた男たちが一斉に縮み上がった。

「いィヤッハベブ!」
 背後から飛び掛ってきたヴィックスを後ろ回し蹴りで撃墜して、クラストは小さく跳んだ。
 一瞬前までクラストがいた空間をゴルフクラブが通り過ぎる、とほぼ同時にクラストの足刀が、ゴルフクラブを振り回したもう一人のヴィックスの首筋を打ち据えた。
「んが……!」
「おっと拝借」
 昏倒するヴィックスの手からこぼれたゴルフクラブをキャッチして、クラストは振り返りざまにそれを一閃する。
 鋭い音と火花を上げて、チタンヘッドがナイフの刃を叩き折った。
「な……っ!」
「あらよっと!」
 驚くナイフの持ち主"TT-4(サキョウ社製)"の懐に飛び込み、クラストは腹部に手刀を突き立てる。引き抜いて取り出したのは、TTバックルの制御コンピュータのパーツだ。
「う……お?」
「――そぉら!」
 即応外甲が機能停止してくず折れるTT-4の襟首を引っ掴み、クラストはそれを振り回して周囲の敵を薙ぎ払った!
『うわああっ!』
「……クッソがあ!」
 ブラックジャック――砂を詰めた布袋を振り回し、スカラベの一体が踊りかかってきた。が、クラストは迷わず手中のTT-4を盾にした。
 凶器がTT-4の鳩尾にめり込む。
「げボ……っ!」
「あ、違……」
 皆まで言わせることもなく、クラストがフェンシングの如く突き出したゴルフクラブの柄が、スカラベの顎を打ちぬいた。
 脳震盪を起こしたスカラベが、気を失って倒れこむ。
「お、おさえこめ!」
『おおおおお!』
 すでに恐慌を来しかけていた誰かの指示で、即応外甲たちがドラム缶を縦にクラストに突っ込んできた。
 数は6。クラストは手の中の物を放り出し、逆に彼らに向かっていく。
「たたんじま……え?」
「シャアアラッ!」
 気を吐く一人に飛び掛り、クラストは掴んだ相手の顔面を支点に倒立して――直上から膝蹴りを打ち下ろす。
「ぬぎっ!?」
「まだまだ!」
 脳天から仮面の破片を散らし倒れる即応外甲から、転がり降りたクラストの足払いが、四方から圧し掛かろうとしたドラム缶の一団を横転させた。
「……言っとくが、変身自体久々だからな。手加減はできねェぞ!」
 そのうち二人の顔面を掴んで立たせ、新たなグローブ兼盾として、クラストは次の一団を迎え撃った。

「う、うわあああっ!」
 聞き覚えのある声がテイラに殴りかかってくる。テイラは慌てることなくその即応外甲の拳を避けざま、背中を突き飛ばした。
「ぶべ!?」
「はーい、じっとして」
 ついでテイラは十指を巧みに用いて、即応外甲の両腕両足を互いに縫いつけた。
 動きを封じられた即応外甲――リフォーマーのモビィが、自分の状態に気づいてもがく。
「ああ、くそ何で!」
「流しなんかやってると、たまに料金踏み倒そうって輩も出てくるんだ。自衛はしないとな」
 とはいえ、針糸で人を傷つけるのは主義に悖るので、こうした手段に出るわけだが。
「あまり自慢できる特技でもないんだが……っと、危ねっ。気をつけろよ」
 飛んできた即応外甲を避けて、テイラはクラストに言った。
「ワリーワリー……っ」
 クラストは詫びつつ、背後のヴィックスを裏拳で沈黙させ、振り向きざま固まっていた別のヴィックスの集団に向けて蹴り飛ばす。
 巻き込まれて転がっていき、一斗缶に埋もれて動かなくなるヴィックスたち。
 そんなあまりと言えばあまりな光景に、モビィが掠れた声を上げた。
「ウソだろ……どうしてあんなバカ強いんだよ! さっきイソマツが着た時はこんな……」
「そりゃ君、あれが仮面ライダーだからだよ」
「へ?」
 テイラが答えると、もがきながら――首をテイラに向けようとしたのか――モビィは間の抜けた声を上げる。
 テイラは仮面の目元を掻いて、小さく息を吐いた。
「セプテム・グローイングの"仮面ライダー"は完全オーダーメイドだ。
 お客様の注文、体型、クセ、その他諸々を完璧に見極め、厳選した素材を用い、何度も試着と仮縫いを繰り返して、理想の一生モノに仕立て上げる。
 だから、それ以外の人間が着たら、動きはむしろぎこちなくなるものさ」
「うぐ……っ」
 モビィがうめく。テイラは戦況を見やり、仮面から手を下ろした。
「リフォーマーを名乗ってんなら、よくこの戦いを見ておくこった」

 クラストの回し蹴りがスカラベのバックルを砕き、打ち倒す。これで大半は倒したはずだ。
「ふぅっ、これで残りは……」
「――ここにいるぜ」
 一息ついて触角に指を走らせるクラスト。その背後に忍び寄る紅い影が、拳を振りかぶる。
 ナックルガードが拳に装着され、肘のノズルが開き――
「"ジェットナックル"!」
「っ!?」
 振り向いたクラストに、ドラクルは必殺の拳を叩き込んだ!
「――うおぉっ!」
 吹き飛ばされたクラストの体が、倉庫の壁を突き破って外へと投げ出される。
 突き出したドラクルの、拳から肘までを覆う装甲から、薬莢が排出された。
「フン……!」
 両腕に増設したブースターの推力に任せて打つ"ジェットナックル"。数多の敵を血だまりに沈めてきた、ドラクルの必殺技だ。
 その威力は約15tにも及ぶ。
 ドラクルは壁に空いた穴から外へ出て、クラストを追った。
 地面に大の字になっているクラストを見つけ、ドラクルは肩を揺らした。
「おいおいライダーさんよォ……まさか今のでオネンネってこたないだろ?」
「まぁな」
 あっさり立ち上がり、クラストは首を鳴らした。
 ドラクルは拳を突き出して構え、左手で胸をさすった。交差した刹那の間に蹴られたのだ。
「自分から後ろに飛んでダメージを消す……マジでやった奴は初めて見たぜ」
 クラストもまた、掌を内に向けた構えを取って答える。
「散々叩っ込まれた、クセみたいなもんさ。じゃねェと、死んじまう」
「ハッ……ライダー着て言う台詞じゃねェだろ!」
 鼻で笑い飛ばし、ドラクルはクラストに殴りかかった。
「へっ……!」
 振り下ろした拳を、しかしクラストは掌打で外へ押し退けつつ、回転の勢いが乗ったエルボーを胸板に叩き込んでくる。
「――!」
 響き渡る硬質な音。驚愕ゆえか動きを止めたクラストを、
「ッシャア!」
 ドラクルの左アッパーが殴り飛ばした!
「グ……!」
 宙を舞ったクラストだが、そのまま後方宙返りで着地し、地面に手をついてブレーキをかけた。
「そうか」
 クラストが顔を上げる。
「深海作業用、三友の"シュリンプ"。生半可なショックじゃ動じないってか」
「よく見抜いたな」
 ベース機を言い当てられて、ドラクルが感心して言うと、クラストが首を振った。
「スクリュー取っ払って、装甲増やして……えらく分かりやすいコンセプトだ」
「ああ。ついでに……」
 ドラクルはクラストの皮肉っぽい評価を聞き流し、左拳にもナックルガードを着けて一気に間合いを詰めた。
「相模 徹のチューン付きだ。テメーが有利だと思い込んでんじゃねェぞ!」

( 2006年05月25日 (木) 18時50分 )

- RES -


[144]銀ノ鴉 第1話『絶望より生まれし者』前編 - 投稿者:オックス

 男の前にあるのは、
ひび割れた道路と、建物だった瓦礫と、人間だった血の海。

 抱きかかえた愛する者。胸から下が千切られた彼女は、既に事切れている。父や母、記憶にある知人のほとんどが、同じように死を迎えている事だろう。

 男の何もかもを、人喰いの怪物達が奪っていった。

 男は目を見開く。この光景を焼き付ける為に。

「うおおおおォォォオオオオオッ!!」

男は咆哮する。絶望も悲しみも、

すべてを憎悪に変える為に。



 ─────────────────────────



 氷雨翼は、人喰いの怪物『ガシャドクロ』を倒す組織『ダイテング』の特殊戦闘員である。彼女は今日も、人類の未来の為に戦い続けるのだ!

……半日前までは、そんなノリだった。

 翼は、今もの酷く疲れていた。肉体的にも精神的にも。この半日の間、色々な事があり過ぎたのだ。

 人が変異し、人に擬態し、人に紛れ、人を喰らうガシャドクロ。ソレが小春斗市に数日前から十体以上出現しているとの報告があり、対応する為に各地に散っていたダイテングの戦闘員が集結、最小の被害で確実に殲滅する為に作戦を立てていたのだが…

 作戦会議の途中で裏切り者が出た。それも複数。彼らは「ガシャドクロこそが新たな人類の形だ!」とか電波な主張をして、文句を言った戦闘員の小隊長達を即座に殺害した。
 さらにガシャドクロ達と彼らの召喚する使い魔『下僕獣』の群れを呼び込み、頭を欠き統率の取れてない戦闘員達を一方的に殺していった。翼も当然その騒動に巻き込まれたのだが、なんとか生き延びることが出来た。

 それは、襲い掛かってきた相手が何年も組んできた相棒だったからだ。

 どうやら相棒だった女は力を欲したあまりに、方法は不明だがガシャドクロになったらしい。そしてこの騒動に乗じて、相棒として常に一緒に行動しながらも、密かに殺意を持っていた翼を殺そうとしてきた。
 恨まれていたという自覚が無かった分衝撃は大きかったが、手の内を知り尽くした相手だったが故に逃げ切る事が出来たのは幸運だった。
 ……そしてその幸運は他の者には訪れず、結局、集結していたダイテングは壊滅し、守護者の消えた小春斗市は地獄と化した。


 翼はもう6時間くらいこの地獄を彷徨っただろうか。ガシャドクロやその下僕獣の気配を感じる度に、上手く身を隠してやり過ごした。そんなこんなで運良く生き延び続けてるのは良いが、いい加減に疲れてきた。

 ガシャドクロの戦闘員としては、何とかこの街を脱出し、上層部に状況を報告しなければならない。しかし、自分のような者が事の顛末を報告した所で、状況は何か変わるだろうか?

 相棒がいつ怪物化したのかは知らない。だが今回の騒動が計画的なものだったとしたら、何かしら怪しい行動をしている事に気付けたはずだ。
 もし自分がそれに気付き、そこから上手く話を聞き出せれば、自分たちは壊滅せず、小春斗市もこんな状態にはならなかったのではないか?
 もちろん、その考えは『もしも』に過ぎない。しかしそれは翼の心に重くのしかかっていた。敵を簡単に見逃す程度の能力しかない自分では、重要な点も見落としてるだろうからダイテングの役に立つまい。

 いっそこのまま死のうかとも考えたが、怪物に喰われて死ぬ気にはなれないし、自害する気にもなれなかった。何もかもがどうでもよくなりながらも、翼はとりあえずこの地獄からは脱出しようと歩き続けていた。

 住宅街だったらしき場所に来た時、ふと血塗れで倒れている男が目に入った。

 ここに来るまでに死体はいくつか見たが、五体満足なものは初めてだったので、ガシャドクロの気配は周囲に無いが、何かの罠ではないかと多少警戒しながら近付く。

 ……次の瞬間、翼は驚愕し目を見開いた。
 かすかだが、男は呼吸をしているのが解ったのだ。
 6時間、この地獄で生きた人間にあっていなかった孤独感がそうさせたのだろうか、翼は何も考えずに男に駆け寄った。

 とりあえず男の状態を確認する。呼吸は弱々しくだがしていたし脈はあった。血塗れになっているが目立った外傷は無かった。この血は横に倒れている上半身だけの女の死体のものだろうか。
「大丈夫?生きてる?自分の名前は言える?」
「エ…イジ……」
「エイジ……ね」
 喋られる程度に意識は残っているようだ。

 このエイジという男も、運良く生き延びたのだろうか?自分のように幸運にも死神から逃れられた者を見ながら、一つの考えが浮かんだ。
 それは、「他にも生存者がいるのか」でもなく「もしかしたらガシャドクロを退ける方法があるのだろうか」でもなく、

 ──もしこの男を助けられたなら、私はまだダイテングの戦闘員としてやっていけるのではないだろうか?

 目測だが、エイジは身長は190cm以上はある。彼が細身である事を考えても体重は80kg近くあるだろう。今までのように、気配を察知したら身を隠し息を潜めてやり過ごす、というのは困難になる。
 そんな状況で、今まで以上に上手く隠れるか、知恵を絞って敵を撃退するか。どんな手段であれエイジと共にこの街から脱出出来たのならば、それは己の能力の高さの証明になる。

──もしこの男を助けられたなら、私は何があろうとダイテングの戦闘員として生き続ける事を誓おう。

 その仮にも正義の味方にあるまじき身勝手ともいえる発想は、枯れ果てていた翼の心に希望を与えた。

「エイジ君だっけ? 悪いわね、アンタの命で私の今後を占わせてもらうわよ……」

 翼は自分の1.2倍以上あるエイジを器用に背負い歩き始める。
その歩みは、重いエイジを背負っているにもかかわらず、今までよりも軽快だった。

( 2006年05月25日 (木) 00時14分 )

- RES -


[143]file.03-6 - 投稿者:壱伏 充

 固まって何やらブツブツ言い出した渡良瀬に不安を覚えた珠美が、そっと手を伸ばす――と、その時。背後の植え込みがガサリと音を立てた。
「キャッ」
「何だ?」
 反射的に身を引いた珠美と腰を浮かす鷲児。そして振り返る渡良瀬の前に小さな影が転がり込んできた。
 バイクのヘルメットだ。
「こいつは相模の……」
 渡良瀬が拾い上げると、ヘルメットの中から鍵がこぼれ出た。
「バイクの……鍵?」
「――にゃ〜!」
 鷲児がそれを拾うと、植え込みから抗議の声がかかる。
「うお?」
「……そうか!」
 突然の不快そうな鳴き声に驚く鷲児とは対照的に、渡良瀬は何かを悟ったようだった。
 鷲児の手からキーをひったくり、渡良瀬は手刀を切る。
「悪ィ、俺こんなとこでボケてる場合じゃなかったわ。ちっと行ってくる。
 千鶴ちゃんたちには内緒ってことでヨロシク!」
「え、あ、はい?」
 呆気にとられる二人を置いて、渡良瀬はコートを翻し、慌しく走り出した。
「ああそうそう、ありがとな珠美ちゃんも鷲児も! ――行くぜヒトミ!」
「にゃ〜!」
 渡良瀬を追うように、植え込みから小動物が飛び出して駆けていく。
 呆然とそれを見送って、鷲児はポツリと気付いた事を呟いた。
「……ってか今出てきたの、ウサギに見えたんだけど」
「ハトじゃなかったっけ?」
 どちらにせよ「にゃ〜」とは鳴くまい。
 釈然としないものを覚えた二人の耳に、バイクのモーター音が聞こえてきた。

 相模は縫製金属糸を切って終わりを告げ、自らも変身を解いた。
「できたぜ、動かしてみな」
 専用の縫製用即応外甲を解除した相模の言葉に、ドラクルは数歩動いてその場で二、三度パンチを打ってみた。
「……驚いたな、ずいぶん体が軽くなってら。おいモビィ、見てみろよ」
 ドラクルは部下のリフォーマーに呼びかけて、そこでモビィがこの場にいないことに気付いた。
「あれ、モビィはどうした?」
「へ?」
「……そう言えば」
 ドラッヘの面々も、相模の手技に圧倒されてリフォーマーが姿を消していたことに気付いていなかったのか、顔を見合わせてざわめく。
 立ち上がり相模も眼鏡を直して、ドラクルに何か言いかけた、その時。
「大変です!」
 駆け込んできたのは一人の青年だった。ドラクルはそれが新人の構成員の声だと、半秒遅れて認識した。
「どしたァ!」
「モビィさんが倒れてました!」
 その言葉を示すように、肩にはモビィを担いでいる。
 モビィはうめきながら顔を上げ、相模を指差した。
「そいつの、ペットが……」
「サイドカーと猫が消えてました。誰かが持ち去ったんです」
 新人が言葉を継ぐ。全員の視線が一斉に相模を射た。
 相模が一瞬遅れて、気を取り直したように答えた。
「あ、ああそうだ。俺の仲間がやった。もうすぐ警察が押し寄せてくる――とっとと逃げたほうが身のためだぜ?」
「そりゃまずいな。野郎どもずらかるぞ! ――ただし」
 ドラクルは鼻で笑い、拳を突き出した。
「アンタもついてくるんだ」
「置いてってくれればいいのに」
 慌しく構成員たちが、持ち込んだそれぞれの荷物をまとめだす。
「そうは行かねェさ」
 ドラクルは言いながら相模の肩を叩いた。
「警察が来た場合、アンタは大事な人質だ。協力してもらうぜ――アルマの弱点も教えてもらいたいしな」
「正直に言うと思うか?」
「……ハッ」
 相模が睨み返すが、ドラクルに効果はない。
「後戻りできるつもりでいるのか? アンタもプロなら知ってるだろう――このドラクルに手ェ入れた時点で、俺たちとアンタは一蓮托生なのさ。
 しょっ引かれたくなかったら、逃げ切るしかねェのさ」
「…………」
 ドラクルの脅しに、相模は顔をしかめた。後一押しだ。
 高々精度狙撃能力を持つアルマの出方さえ抑えてしまえば、あとはこちらのものだ。
 ガンドッグなど、モビィがカスタマイズした手下たち“ライダー”と、全速力で走る軽トラックすら停止させたこのドラクルの“ジェットナックル”で粉砕してみせる。
 ドラクルは自信たっぷりに肩を揺らし、振り返った。
「なァに、俺たちに負けはねェ。
 それに、あれも出来損ないとはいえセプテム・グローイングのライダーだ。バラせば盾代わりにゃなるだろ」
 ドラクルはそう言って、相模が持っていたもう一組のバックルと腕時計に手を伸ばす。
「――待った」
 しかしドラクルの腕を掴んで止めたのは、言い聞かせたはずの相模だった。
「何だ?」
 再度睨みつける。相模はしかし、今度は退かなかった。
「勝手に着せるだけなら我慢もしたが、バラすとあっちゃ黙ってられねェな」
「ハッ!」
 問えば、相模は静かに答える。ドラクルはその手を振りほどいた。
「!?」
 ドラクルの膂力に、相模の体が錐揉みして床に叩きつけられた。ドラクルは倒れた相模を見下ろす。
「あァ? ずいぶん調子に乗ってくれるじゃねェかよ。状況わかってんのかテメェ?」
 だが相模は、頭を振って体を起こし、ドラム缶に乗ったバックルと腕時計を掴み取る。
「知るかよ。ぶっ壊したきゃ俺の腕でも足でも壊しゃいい。だがな、こいつだけは壊してもらっちゃ困るんだよ」
 相模は顔色一つ変えずに言い放つ――ドラクルは気圧された自分を仮面に隠した。
「ルセェ!」
「っぐ!」
 手加減して、一発殴る。相模は再び床に転がされた。
 だが、相模も表情を崩さない。
 怖れることも命乞いをすることもなく、逆に視線でドラクルを射抜いてくる。
「ぬぅ……」
 にらみ合うことしばし――そこへ、手下の声が割り込んできた。
「あっ……何か来ました!」
「警察か!」
「いえ……」
 外を見張っていた男が、纏ったヴィックスの仮面に手をかけて報告する。視覚にズームをかけたヴィックスが言葉を続けた。
「サイドカーです、一台だけ突っ込んできます!」
「何?」
 訝しむドラクルが同じく倉庫の扉から外に目を向け、突っ込んでくるサイドカーを認めた。
 搭乗しているのは、薄汚れたコートを風になびかせた男だった。
「アイツは……?」
 警察を足止めするために放り捨ててきた相模の客だ。
 そこまで考えるより早く、ドラクルは指示を飛ばしていた。
「そいつを止めろ!」
 何をしにきたかは知らないが、人質が増えた。警察に対しても、そして強情な相模に対しても。
『うおっす!』
 最初のヴィックスを始めとし、さらに変身した幾人かがサイドカーを止めるために扉へと駆け寄る。
 そしてサイドカーは扉を潜り抜ける。待ち構えていた装甲の手が男に殺到する。
 その中から。
「とァらァッ!」
 乗っていた男が、やおらバッテリータンクを蹴って飛び出した!
「んなっ……!」
 反射的にヴィックスたちが見上げる先で、その男は奇妙な形の銃を抜き放ち、天井を売った。
 打ち出され、屋根に突き刺さったのはワイヤー付きのアンカーだ。
「……ィイィヤッホォーウウィ!!」
 男は振り子の如く“ライダー”たちの頭上を飛び越える。その靴裏がドラクルの視界一杯に広がる刹那、ドラクルはようやく避ける事を思い出した。
「おぅっ!?」
 勢いの付いたキックを受けて仰け反るドラクルの前に、運動エネルギーを失った男が着地する。その男の脇を、それ以前に男に気を取られた“ライダー”たちの間をすり抜けて、
「テメェら、何を――うぇお!?」
「にゃ〜!」
 ウサギともハトともつかない生物が“運転”するサイドカーが、ドラクルを跳ね飛ばした!

 跳ね飛ばされた即応外甲がドラム缶の壁に突っ込む。
「でかしたヒトミ!」
 男がバイクの怪生物にサムズアップして相模に向き直る。
 相模が前の職場にいた頃拾われてきたバイオクリーチャーに、ヒトミと名付けたのはこの男だ。
「……よ、待たせたな」
「遅ぇよ」
 相模は苦笑して、現れた男、渡良瀬悟朗にボディブローを入れた。

「で、警察は?」
 相模に問われて、渡良瀬はキッパリと答えた。
「呼んでねェ」
「おい!」
 相模のツッコミは迅速だ。やがて二人と一匹を即応外甲たちが取り囲む。
 相模は小声で問うてきた。
「だったら何しに来たんだよ」
「決まってるだろ。借りを返しにだ――それ、貸してみろ」
「……?」
 呟いて渡良瀬は、相模が持っていた腕時計“リストマスカー”を手に取った。

「俺は、どうにも自分とかライダーとか信じられなくってな」

 出方を窺い、慎重に即応外甲たちが包囲の輪を縮める。

「だからあの時、お前の申し出を断っちまった。自分の使える力を、わがままで使わないで。結局お前を危険な目に遭わせちまった。悪かったよ」

 渡良瀬はリストマスカーを見せ付けるように巻く。顔を向けた先で、何人かの即応外甲が二、三歩後退り、輪の外側にいた若者たちが慌てて即応外甲を着けた。
 ドラッヘのおよそ50人が、これで全て変身を完了したことになる。

「だからこいつぁ、俺の責任だ。俺が、お前を助け出す」

 次に渡良瀬は、察した相模が手渡した“クラスバックル”にリストマスカーをかざした。腕時計に反応したバックルのランプが赤く、ついで青く点灯する。

「相模 徹が信じてくれた――この渡良瀬悟朗自身をな!」

 そして渡良瀬はバックルの端を掴んでバンドを引き出すと、バックルを腰に一周させて巻き付けた。

「――バカヤロォ、何見てやがる!」
『!!』
 ここのボスらしき即応外甲が、起き上がって怒号を飛ばした。即応外甲たちが一斉に姿勢を正した。
 ボスが、吼える。
「かまわねぇ、やっちまえ!」
「う…………」
「……お……」
『おおおおおおおおおっ!』
 我に返った即応外甲約50人が、二人に向かって駆け出す。
 渡良瀬は相模と顔を見合わせ、リストマスカーを口に寄せた。
「行くぜ、相模!」
「オーケイ!」
 同じように相模もまた、自分のリストマスカーを引き寄せた。

「テイラ……」
 それは相模の“ライダー”の銘にして、起動コード。倣うように渡良瀬も囁く。
「クラスト――」
 応えて二つのリストマスカーが淡く輝きを放つ。
 即応外甲たちが、二人の視界を埋め尽くす、刹那。

 相模は顔の横へ引き戻した左腕に右手を添え。
 渡良瀬は一度腰まで引いた左手を真っ直ぐ右上に伸ばし。

『――……変身ッッ!!』

 同時に、同じ言葉を紡いだ。

 ドラクルの目の前で、二人の男が手下たちに押し包まれる。
 勝負は、ついた。
「ハッ、ざまぁねぇな」
 即応外甲に八方から殴りかかられて無事でいられるはずがない。
 相模の腕まで、あるいは命まで潰されたかもしれないが、自分に反抗した末路なのだから仕方がない。

 とりあえず警察が来ないという話が本当なのか確かめるべく、次の指示を飛ばそうとして。
 ドラクルは気付いた。男二人を始末したはずの即応外甲たちが、それから動いていないことに。
「おい、どうしたお前ら?」
 ドラクルが問いかけた。男たちが口々に答える。
「う……動けません!」
「何ィ?」
「……お、おれも。くそっ、引っ張んな!」
「いて、腕がねじれ……ってててて!?」
「何だ、どうなってんだよこれ!」
 相模を襲った即応外甲たちが堰を切ったように口々に訴え、あるいは不平を飛ばして、やがてバランスを崩してもつれて転がった。
 即応外甲の手足を、互いに縫い付けられた姿で。
「……!」
 もう一団、渡良瀬とか言うコートの男に殴りかかった六人が、今度は音もなくくず折れる。
 互いの拳や足で、仲間同士討ち合った格好で、
 そして、どちらの輪の中にも、標的の二人はいなかった。
「何……だ? おい、どうなって……!」
 ドラクルの胸の内から、底知れぬ恐怖が湧き上がる。と、そこへ緊張感のない声が聞こえた。
「あらよっと」
「!?」
 振り返ったドラクルが見たものは、担ぎ上げていたサイドカーを地面に下ろした、二人の“仮面ライダー”の姿だった。

( 2006年05月23日 (火) 11時52分 )

- RES -


[142]file.03-5 - 投稿者:壱伏 充

 渡良瀬は一人、病院中庭のベンチに座っていた。相手は統制の取れた"ライダーギャング"、遊撃機動隊も動いている。歯痒いが、渡良瀬にできることはない。
 そこへ近づいてくる気配があった。視線を向けた渡良瀬は軽く驚いて体を起こした。
「よお、鷲児青年に、珠美ちゃん」
「よおじゃありませんよ、探したんすから」
 二週間ほど前の事件で知り合ったAIRの整備士、天野鷲児と椎名珠美だ。
「何だよ、誰の見舞いだ?」
「渡良瀬さんのに決まってんでしょ。千鶴ちゃんに聞いたんすよ。それに、お知らせしたいこともあって」
「あん?」
 聞き返す渡良瀬に、今度は珠美が答えた。
「実は今度、異勤になったんです、私たち」
「……あー」
 渡良瀬は瞬きを繰り返し、恐る恐る問うた。
「この前の件で?」
「ええ、それがきっかけで」
 珠美が即答する。渡良瀬の頬を冷や汗が伝った。
「飛ばされちゃった、とか?」
「島流しですね」
 またしても珠美が即答する。鷲児があわてて補足した。
「いや、確かに島っすけど! そんな悪い意味じゃなくって!
 AIRが所有している人工実験島に配置換えになったんですから」
「人工実験島?」
 鸚鵡返しに問う渡良瀬に、鷲児が頷く。
「ええ。そこの名物博士の目に留まったんすよ、俺の飛行機が!」
「じゃあ、気分は栄転?」
「はい!」
 堂々と頷く鷲児の隣で、珠美もどこかはにかみながら肯定を示す。
 渡良瀬は安堵して立ち上がり、鷲児にヘッドロックをかけた。
「何だよオメー、ヒヤヒヤさせやがってよー! よかったな鷲児!」
「うぷっ!? 痛い、いだだだだっ!」
「シュージ君!?」
 慌てる鷲児の耳元で、渡良瀬はこっそり囁いてやった。
「あ、でも半分そうでもないか? 小さい島だとあっという間に、珠美ちゃんとの仲がバレるからな」
「そんなんじゃないですってば!」
 鷲児が顔を赤くして――彼の名誉のために「酸欠のため」ということにしておいてやろうと渡良瀬は思った――振りほどき、胸を張る。
「それに、夢を叶えるまでは邪念はなしって決めてんスから」
「夢? へぇ〜。どんなのよ?」
 渡良瀬が問うと、鷲児は咳払いして答えた。
「いつか、自分で世界に一つだけの飛行機を作るんです。今はまだ、その途中段階ですから」
「一番にあたしを乗せてくれるんだよねー?」
「……うん、まあ」
 珠美が付け加えると、鷲児はたちまち真っ赤になって俯く。
 渡良瀬は半眼になって、手でメガホンを作った。
「みなさーん、ここにバカップルがいますよー」
『だからそんなのじゃありません!』
 否定の叫びはきれいなハーモニーを奏でた。

鷲児と珠美がベンチに座るため、渡良瀬は怪我人なのに板の端に追いやられた。
「つか渡良瀬さん、何気に無茶とかする方ですよね。交通事故でしたっけ?」
「……ま、仕事が仕事だからな」
格好をつけて鷲児に答えてみると、今度は珠美が表情を曇らせた。
 前回は上空数十mでターザンの真似事までして、一歩間違えば死ぬような危険を冒している。恩人ではあるが、それゆえに心配にもなる。
「あの……思うんですけど渡良瀬さん、ライダー買ったらどうですか? そんなに怪我するんだったら」
「それは……まあ、ダチにも薦められたけどな」
言いかけて、渡良瀬は言葉を濁した。珠美は意地悪く渡良瀬の顔を覗きこんでみた。
「もしかして、この前の刑事さんですか?」
「――いや。リフォーマーに一人いるんだ」
そう言う渡良瀬の顔が、一瞬痛みをこらえるような色を湛え――一瞬の後に、またもとの飄然とした笑みを取り戻す。
 リフォーマー。それが即応外甲作りに関わる職人であることは珠美も知っていた。先日の一件以来、“仮面ライダー”に関心があるのだ。
「じゃあ、格安で作ってもらったり出来るんですか?」
「いや、断った。ライダーは好きじゃないんだ」
 渡良瀬は――どこか無理をして――笑って答える。ふと珠美は、渡良瀬の目の奥に何かの光を見て取った。
「前も、あたしたちにライダーになるのはやめとけって言ってましたよね。
理由、聞いてもいいですか?」
「あ、おい珠美……」
 珠美は、気がつけば鷲児を無視してふとそんな事を聞いていた。

 渡良瀬は苦笑して、答えることにした。
「ライダーってか、即応外甲ってのはな。着てない人間に比べてパワーもあるし、原則打たれ強い。だから何でもできる気になって、バカな真似をし出す奴もいる。
 昔のダチが、よりにもよってそういう奴だった」
 それは今回の犯人グループにも言えるし、以前殴りこんだスカイウォーカーチームもどきにも当てはまる。
「だから、ライダーに手出しする気はねェし、オススメもしない。俺がそうなりたくないし、お前さん方にもそうなってほしくない。それだけだ」
「でも、続きがあるんですよね?」
「へ?」
 答えたら、いきなり珠美にひっくり返された。珠美は指を一本立てて、当たり前のように言う。
「だってこの前の事件のとき、渡良瀬さん……わざわざ元カノの刑事さんのために、ライダー届けに来たじゃないですか、命がけで」
 珠美の理屈に、渡良瀬はしかし首を横に振る。
「状況が違うよ。ありゃ、アルマを持ち出さにゃ何ともならなかったし、今の遊機はそもそも即応外甲の使用に制限がかかってるんだ。それに……」
「それに?」
 口を滑らせかけた渡良瀬に、珠美が食いついてくる。
 ――渡良瀬はしぶしぶ答えた。毒を食らわば皿までも、だ。
「俺は、神谷ならライダーの使い方を間違わないって信じてるからな!」
「やぁん、ラヴラヴぅ♪」
 ここぞとばかりにからかい返された。「元カノだっつーに」と苦笑して見せた渡良瀬だったが、続けて放たれた言葉に凍りついた。
「でも、それならあたし、渡良瀬さんもいいライダーになれそうだなって思うかな」
「……はい?」
 聞き返す渡良瀬。少しむっとする鷲児をよそに、珠美がきっぱりと言った。
「だって、あの時あたしたちを助けに来てくれたじゃないですか。あたしがそのリフォーマーさんなら、やっぱり渡良瀬さんにライダーオススメしちゃうなぁ」
「うんうん。まあ確かに俺だと不安かも知れないけど。渡良瀬さん、もっと自分を信じてあげましょうよ。
 お友達の人だって、渡良瀬さんなら大丈夫って信じてくれたんでしょう?」
 鷲児も頷く。
 渡良瀬は自分の手を見下ろし、噛み締めるように呟いた。
「俺を……信じる、か?」

( 2006年05月20日 (土) 20時00分 )

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