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[166]Masker's ABC file.06-1 - 投稿者:壱伏 充

 元来、卯月 舞はファッションにこれといった拘りもなく、化粧も依頼人の失礼にならない程度にたしなむくらいだ。
 必要最低限の荷物に全財産をまとめて身軽に各地を渡り歩き、適当な屋根を見つけては野宿、という生活が長い。
 それゆえに。
「ふぅ」
 朝日の差し込むマンスリーマンションの一室にカバンを置けば、引越し完了だ。
 今までは世界各地に散っていたバイオメアが、少しずつではあるが明確に、何かに引き寄せられるかのように日本へと集まっている。
 その原因を調べるために、舞は日本へと来た。
「みんなからの連絡はまだ、か……」
 舞は寝転がり、カバンを開いた。最初に取り出したケースは外部からのあらゆる情報を遮断する特製ケース。バイオメアの核となった“珠”を収めてある。
 その下から携帯電話を持ち上げると、顔の前に垂れ下がるストラップに息を吹きかけた。
 真鍮で出来た楕円の枠に固定された小さな風車がカラカラと回る。
 ――バイオメアと戦っているのは舞一人ではない。同じ目的の元、誰も割って入ることの出来ない絆を結んだ仲間たちがいる。
 このストラップはその証だ。
 みんな気のいい大人たちで、最年少の舞を可愛がってくれる。それが嬉しくもあり、煩わしくもあった。
「……ちょうどいいやっ」
 舞は跳ね起きて不敵に笑った。
 この国へ来て早々二体のバイオメアを倒した――それ以前にも実戦の経験を積んできた自分だ。
 本来なら原因調査は他の仲間が合流してからの予定だったが、皆が忙しいなら自分が一人でやるしかあるまい。そして自分にはその力がある。
 すでにフリーの仮面ライダーとしてホームページも開設し、他にも副収入と情報収集の準備は進んでいる。
 手柄の一つも立てて、皆をびっくりさせてやろう。
「よぅし、やったるぞ……っと?」
 そこへ、はやる心に水差すように携帯電話が着信を知らせた。
「……また?」
 仲間か。雇い主の“社長”か。
 ディスプレイに目をやって、そのどちらとも違う番号であることを確かめ、舞は顔をしかめた。

「うわ、着信拒否りやがった」
 渡良瀬悟朗は舌打ちして受話器を置いた。
 舞が言ったバイオメアという単語。それを知る者は限られている。
 そして渡良瀬の知る限り、それを知っている理由は一つしかない。
 何らかの形で卯月 舞は“西尾和己”に関わった。そうとしか考えられない。
 確かめるために舞に何度も電話をかけたのだが、期待した答が得られないまま着信拒否と相成ったわけだ。
 事務所のデスクに頬杖を着いて、渡良瀬はしかしめげた様子もなくハンガーからトレンチコートとボルサリーノを取った。
「まぁ答えたくないならしょうがねェやな。
 探偵の流儀で攻めるとすっか」

 file.06“ライダーのお仕事”

 空手三段。女だてらに腕っ節には自信がある。都内の某出版社に勤める伊東美奈はその日の朝、不逞の輩――女性専用車両に女装して乗り込んできた痴漢を駅員に突き出して、そそくさとその場を後にした。
 何やかやで、出社時間が迫っている。
「あーもーヤバイヤバイ!」
 まったく、あんな女の敵さえいなければ。痴漢男に心中で捕まえた時以上の罵声を浴びせながら、美奈は周囲を見回した。
 知り合いがいない事を確かめて、路地裏へと滑り込む。半年ほど前に見つけた秘密の近道だ。
 遅刻しそうな時は非常に役立ち、これまでに月3回のペースで利用している。
 今日は正当な理由があるとは言え、上司が前時代的な男尊女卑主義者であるために、とりわけ美奈は睨まれやすいのだ。衝突回数は少ないに越したことはない。
「このペースならギリギリかな……?」
 地図に載っていない道ゆえに、悠々と駆け抜けることが出来る。と、美奈の視界の端で何かが光った。
「?」
 ドラム缶の上にビー玉が乗っている。前に来た時はそんなものはなかったような気がした。
(そりゃたまに段ボールとか鉄パイプとかあるもん。誰か他の人も通るでしょ)
 ドラム缶の脇を通り過ぎながら、それでも自分以外の人間がこの道を知っていたことに軽く落胆を覚える。
 しかし自分に危害を加える存在がいる可能性を、美奈は考えない。
 アフター5ならともかく、オフィス街の、それも通勤時間だ。
(ま、何かあっても私の空手で)
 楽観的な事を考えては知る美奈。その背後でドサリという音とともに気配が生まれた
「!?」
 美奈は立ち止まり、振り返る。
 即応外甲(ライダー)でも落ちてきたのか、と最初は思った。
 即応外甲が通勤の際に建物の上をショートカットしようとして墜落、打ち所が悪くて中の人間が重傷を負う事件は後を断たない。
 しかしそこに“いた”のは――即応外甲ではなかった。
「……何……?」
 美奈は呆然と呟く。
 暴漢、ではない。そうした属性以前に、生物なのか否かという次元で正体不明だ。
 現れたのは、漠然とわだかまる黒い靄。得体の知れなさが強すぎて、現実感や恐怖がすぐには湧いて来ない。
「……毛玉?」
 ようやくたどり着いた結論は実状からそれでも程遠かったが、とりあえず口に出してみる。
 やがて靄は身じろぎして、その表面に光の瞬きを散らし始めた。
 輪郭が徐々に明らかになっていく。虚空から染み出すように、少しずつ。
 ――はっきりしたことが一つだけあった。これは人知を超えた“何か”だ。
「……っき――!」
 美奈が悲鳴を発するより早く、靄は黒いスライムとなって彼女の口を覆い尽くした。

 記憶、常識、知性、経験、人格。
 倒れ伏す女からそうした“情報”を喰い尽くし、“スライム”は自重を支える骨格をイメージして、自らの体を変質させた。
 女の心に浮かんだ情景と大空を飛び交う電波を元に、作り上げた外観の己の体に定着させる。
 女が仕事で関わっている黒い全身鎧を纏った騎士キャラクターを若干歪んだ形で再現すると、それは自分のディテールを確かめて満足そうに体を揺らした。
《アァ……》
 元スライムの“黒き騎士”は小さく声を漏らした。
 空の蒼。太陽の赤。路地裏の影。花。廃人と化した女。自らを固定したことで、そうした諸々をより鋭敏に感じ取ることが出来る。歓びに、打ち震える。
 騎士は独自の本能とロジックに基づき、自らを名付けるべく自身に内在する情報の海から文字列を拾い上げようとして――刹那、響いた鋭い音に思索を中断した。
《!》
 その場から飛び退こうとする騎士に、一瞬速く絡みついたのは長い鞭だった。
 細かな刃を連ねた鞭が、鎧と擦れ合い甲高い音を立てた。
(嫌な情報だ!)
 不快感を覚えるが、鞭は強く騎士を縛り付けるため、身動きが取れない。
 騎士は唯一自由になる首を鞭の伸びる方向、上へと振った。
《何奴!》
 鞭の先、背の低いビルの屋上に立っていたのは、自分とは対照的に白い鎧を身に着けた細身の女だった。
 女は露になった口を開き、騎士の問いには応じずに、だが更なる歓喜を呼び起こす言葉を紡いだ。
「お前の名は、ナディスだ」
《!》
 名を与えられ、呼ばれる。鎧騎士――ナディスはその事実に身を強張らせた。
 己の内から力と、女への思慕が湧き上がる。衝動のままナディスは、今度は敬意を込めて問いかけた。
《あ、あなたは……?》
「私はカオル。あなたの誕生を言祝ぐ者。そしてあなたに役割を与える者」
 女、カオルは淡々と答え、鞭を解いて手元に戻した。
 戒めを解かれたナディスは震える拳を地面に当てて、膝をつき首を垂れた。低く紡ぐのは忠誠の誓いだ。
《委細承知。カオル様、このナディスに何なりとご命令を》
 ナディスはバイオメア――情報の海より来る者。
 故に、自らを定義づけてくれたカオルは、母にも神にも等しき存在となったのだ。
「ついてきて」
《ハッ》
 カオルが踵を返す。ナディスは頷き、軽やかにビルの上まで跳び上がった。

( 2006年08月25日 (金) 14時30分 )

- RES -


[164]Masker's ABC キャラクターファイル第一期 - 投稿者:壱伏 充

東堂 勇(とうどう・いさむ)
・警視庁遊撃機動隊隊長、警視。
 どこか飄々とした「食えないとっつぁん」。部下思いだが人望はあまり厚くない。
 45歳。

神谷典子(かみや・のりこ)
 遊撃機動隊第一班班長・軽侮。責任感が強く生真面目な28歳。
 沈着冷静で常に慎重、と行きたいところだが渡良瀬が絡むと調子が狂う。その渡良瀬とは元同僚にして元恋人の間柄。
 空中機動戦のエキスパート・仮面ライダーアルマに変身する。

杁中(いりなか)
・遊撃機動隊第一班班員。班員としてのプライドが高いガンドッグ装着者。得意分野は近接格闘。
 26歳で階級は巡査部長。

原(はら)
・遊撃機動隊第一班班員。杁中と同じく26歳の巡査部長でガンドッグ装着者。
 自作デバイスを用いたVRハッキングを得意とし、真実を暴くことに情熱を燃やす。

天野鷲児(あまの・しゅうじ)
・国立航空研究所AIR整備士。機械の扱いにうるさい熱血漢で、自作飛行機を飛ばすのが夢。
 そのノウハウを学ぶべくAIRに入り、着々と腕を磨いている。19歳。

椎名珠美(しいな・たまみ)
・国立航空研究所AIR整備士。鷲児の幼馴染で友達以上恋人未満の間柄。
「シュージ君はあたしが守る!」が口癖。おとなしそうな顔をして不意にアグレッシブな言動で周囲を驚かせる19歳。

松木 潮(まつき・うしお)
・国立航空研究所AIRテストパイロット。26歳。
 所内随一の操縦技能を持つ、テストパイロットたちのリーダー格で、物腰はクールだが人当たりは良い。

由比 巡(ゆい・めぐる)
・国立航空研究所AIRテストパイロット。25歳。
 軽いノリとトークで場を盛り上げるパイロットたちのムードメーカー。
 女性に対しては口説くことこそが礼儀だと信じて疑わないナンパ男ではあるが、成功率は低い。

二ノ宮十三(にのみや・じゅうぞう)
・国立航空研究所AIRテストパイロット。潮、巡とチームを組むことが多く、大体において三人セットで見られているが、本人は一匹狼気質なので迷惑している。
 腕はいいが協調性に欠ける24歳。
 
渡良瀬悟朗(わたらせ・ごろう)
・モーターショップ石動二階で渡良瀬探偵社を経営する私立探偵。
 元・警視庁特装機動隊第四の仮面ライダー候補という経歴を持ち、それゆえに生身で即応外甲を制圧する術に長ける。
 即応外甲の力に頼ることを良しとしない信条ゆえに、単なるライダー嫌いに見られることも多い。
 仮面ライダークラストに変身する主人公。28歳。

石動信介(いするぎ・しんすけ)
・モーターショップ石動店主。即応外甲の装甲・ギミック等整備技師。
 金を入れない店子に手を焼く、実はビル持ちの男やもめ。娘が亡き妻に似てきて最近しんみりしがちな48歳。

石動千鶴(いするぎ・ちづる)
・石動の一人娘。都立東雲高校2年A組に在籍する女子高生。
 押しは弱いが手先は器用で、渡良瀬の愛用ツール・リボルジェクターの生みの親。
 比較的誰からも好かれるというか、敵を作りにくいタイプの17歳。

卯月 舞(うづき・まい)
・フリーの仮面ライダー。D-Eコンバート理論のプロフェッショナルで、独自の質量情報交換技術に基づく“符術”を得意とする。
 どうにも言葉遣いが乱暴な17歳。仮面ライダー九十九に変身する。

相模 徹(さがみ・とおる)
・即応外甲リフォーマー。かつてはアルマやクラストの開発にも関わった、セプテム・グローイング社でも腕利きのベーススーツ職人だった。
 現在はモーターショップ石動の貴重な戦力として、千鶴の師のような役割を期待されている。
 仮面ライダーテイラを所有。27歳。

ヒトミ
・相模のペット。ウサギの体躯に鳩の羽毛、イナゴの顎の奥から猫の鳴き声を発するバイオクリーチャー。
 キャリーバッグに入る程度の体格ながら、その気になればバイクの運転もこなす四肢と知能を持つ。人懐っこいが見た目のインパクトがきつい。
 実はオス、3歳。

( 2006年07月28日 (金) 19時26分 )

- RES -


[163]file.05-6 - 投稿者:壱伏 充

 目眩ましは主に“仕掛ける”側だが、その分幸い慣れている。
 とっさに目を守った渡良瀬は光が収まったのを確かめ手をよけた。
 九十九は、どこから取り出したのか刀身に紫電を這わせた一振りの剣を携えていた。
 九十九はナブラに剣を向ける。
「これまでたらふく喰ってきたんだ。思い残すこたァないだろ?」
《ま、待て……来るな、九十九ッ!》
 ナブラがたじろぐ。九十九から吹き出す、強烈な殺気に中てられて。
「……フン」
 九十九は刃を返し、無造作に地を蹴った。
「やなこった」
 ――迅い。即応外甲の限界を見極め、無駄なく最大の速力を発揮させて踏み込んでいる。
 そこまで渡良瀬が分析し終えるころには、すでに九十九はナブラの後方まで走り抜けていた。
《キ、キサ……ッ!》
「詰んだ駒を弄くる趣味はないもんでね――分かったらとっとと、夢に還りな」
 九十九は制動をかけ、細身の剣を肩に担ぐ。
 カツン、と刀身と装甲が鳴らす音がまるで合図だったかのように。
 ナブラの体は内側から光を溢れさせ、断末魔の叫びすら残すことなく、ビー玉のようなものを残し、光る靄と化して消えていった――――。

「壊れちゃった、な」
 残念そうな相模の呟きは、千鶴が拾い上げた飛行機に向けられたものだ。
 翼は曲がり機首は折れ、無残に傷ついたそれを、しかし千鶴はどこか誇らしげに抱きしめた。
「帰ったら、直します。エンジンは無傷ですから。
 それに、渡良瀬さんや相模さんを巻き込んで、自分一人だけ何もできない方が嫌だったし……」
「いやはや、悪いね。ちょうどいい“羽衣”が捨ててあったから使ったんだけど、こんなことになるとはね」
 言って頭を下げるのは、変身を解いた九十九だった少女だ。
 いかにも実戦向きな服装から見て性格はキツそうだが、実年齢は千鶴と同じくらいだろう。
 渡良瀬は千鶴の飛行機模型を見やり、肩をすくめた。
「そう言や鷲児も、それのデカイ版飛ばして落っことしてたっけな。あれか、おやっさん流か?」

「ぅどれくしゅっ!?」
 鷲児は盛大にくしゃみをして、その場全員の注目を集めたことに気付いた。
 喫茶ルームから一足出ようとした、その一瞬。懐からはみ出す“Maskers'”。
 会計中の巡が、大きくため息をつき目でサインを送ってきた。
 ――何やってんだこのバカ、早く行け――
(わ、わかった!)
 鷲児は走り出した。だが、三歩進んだあたりで誰かとぶつかってしまう。
「のわっ!」
 よろめいた鷲児を支えたのはぶつかった相手、潮だった。
「おっと……何だ、誰かと思ったら天野じゃないか。どうしたんだ、そんなに慌て……て……?」
 潮の傍らには珠美もいる。二人の視線が、やがて下へと向いた。
 Maskers'のグラビアページが開いていた。珠美似の笑顔が三人を見上げている。
「……シュージ君……」
「まあ、その、何だ」
 女性陣の乾いた声が痛い。
 何とも言いがたい表情で二人が鷲児の顔に視線を移す。
 鷲児は居たたまれなく、後ろめたい気持ちに支配され、素早く雑誌を拾い上げた。
「こここここれは、違うんですチガウンデスヨ? それじゃ俺、失礼しましたーっ!」
「ちょっとシュージ君どうしたの!?」
 引き留める珠美の手を振り切るように、鷲児は駆け出した。
 泣きたかった。

「そっか、鷲児さんと同じか……ふふっ」
 千鶴が照れたように笑う。渡良瀬はそのリアクションから一定の情報を読み取って、九十九だった少女に向き直った。
「どっちにせよ、飛行機がここに迷い込んできた以上、君がいなきゃ俺たち相当ヤバかったからな。
 そこは改めてありがとうと言っておくが……ありゃ一体何者だ? それに君も」
 問われて少女は、何かを考え込む素振りを見せて、首を振った。
「やめときな。首を突っ込んだら戻れなくなるから。アンタだけじゃなくって、そこの兄ちゃんやカワイコちゃんも。
 けど、何も教えないのは仁義に悖るからね。あたしはこういう者だ」
 少女は渡良瀬を牽制すると、ジャケットに多数備えられたポケットの一つから名刺を差し出した。
 そう出られると、しつこく追及してヤブヘビになるよりは、適当に引き下がったほうがよさそうだ。渡良瀬はおとなしく名刺を受け取った。
「あ、こりゃどうもご丁寧に。
 フリー仮面ライダーの、卯月 舞さん……ね。
 申し遅れたが、俺はこういうモンだ」
 渡良瀬も名刺を出す。舞と名乗った少女は名刺を受け取ると、踵を返した。
「ふぅん……さてと、そろそろお暇しようか。じゃあね、探偵さん。もう会わないことを祈って」
「あらまつれない……よぅし、相模、千鶴ちゃん。俺らも引き上げだ」
 渡良瀬も背を向け、千鶴たちを促す。
 その背に、舞の言葉が届いた。
「また奴らに会ったとしても、手出しはしないことだね。アンタらなかなかやる方だけど、それだけじゃ連中……バイオメアには勝てないから、さ」
「あー……」
 適当に返事をして、渡良瀬は足を進め、
――――バイオメア。彼らは僕を呼んでいるんです――――
「……ッ!、おい卯月 舞!」
 振り返った。呼びかけるがすでに舞の姿はない。例の札の力だろうか。
「……どうしたんですか、渡良瀬さん。顔怖いですよ?」
 千鶴が心配そうに見上げてくる。
 渡良瀬はしばし闇の中を覗き込み、首を振った。
「いや……何でもない。さ、帰るぞ帰るぞ」
 軽く言って、渡良瀬は二人の背を押す。
 渡良瀬の掌は、しかしじっとりと汗ばんでいた。
 まるで、悪夢から覚めた直後のように。

 世界をゲーム盤に見立てて動かすのは、なかなか楽しいことなのだろう。
 棋譜を見ながらでなければ、きっと。
「見てごらん、カオル。また一つ、駒がそろったよ」
「はい……」
 傍らのカオルが、盤に現れた駒――それは仮面ライダーを模していた――を一瞥し、頷く。
 彼女を従える主たる青年は、さわやかに笑って天を仰いだ。
「さあ……あとは、君たちが来れば全てが揃う」
 プラネタリウムのように、天井一面に映し出される星空を見上げて青年は両腕を広げる。
 カオルはその横顔を見やり、自らも同じように空を見上げた。

 ――――To be continued.

次回予告
file.06“ライダーのお仕事”
「助けてくれと誰が頼んだ!」

( 2006年07月27日 (木) 18時43分 )

- RES -


[162]file.05-5 - 投稿者:壱伏 充

 九十九は印を解き、腕から生えた肢状の棘を抜く――と、それは手の中で一枚の札に姿を変えた。相模はそれを見て声を上げる。
「あれはまさか……」
「知っているのか雷電!」
「誰だそれは!?」
 ナブラに向いたままの渡良瀬のリアクションに相模がツッコミを入れる。そこへ、渡良瀬の額に札が貼り付けられた。
「だーから邪魔だっての。どいてな――跳符圧風」
 九十九が小さく唱えると、札が淡く輝き、同時に発生した衝撃波が渡良瀬を廊下の端まで吹き飛ばす
「うぬおぉぉぉぉ!?」
 渡良瀬の視界が急激に遠ざかり、壁にぶつかる寸前に減速して止まった。
「ってェ……テメェ何すんだいきなり! つーか何だ今の!?」
 身を起こして抗議しようとする渡良瀬だったが、それを聞くことなく九十九はナブラに向き直り、別の札を手に取っていた。
「行くよ、バケモン」
《フッ、進化した我が力、受けるがいい九十九!》
 吼えてナブラは両手のメスを振りかざす。

 九十九は軽いステップでメスの刃を交わしながら、冷ややかに蚩った。
「ハッ、人様の言葉はうまくなったらしいが、オツムの中身はどうなんだい?」
《侮るなよ九十九、我らが進化は止まらぬ――止めさせはせぬ!》
 攻撃が壁をえぐる。だが九十九は刃の内、ナブラの懐に潜り込んでいた。
 鳩尾に当てた掌が貼り付けたのは一枚の符。
「雷符爆亜!」
 九十九が唱えると同時に符から発生した電光球が爆ぜ、ナブラの体がくの字に折れた。
《グァッ!?》
 飛び退くナブラに、九十九はさらなる符を突きつける。
「アンタら寄生虫に、誰が進化なんか赦すかよ。大体それが、群れ成してこの国に逃げ込んで言えた言葉か?」
《――黙れ九十九ォ!》
 腹から煙を燻らせていたナブラが、逆上して飛び掛る。だが、九十九はカウンターの回し蹴りでナブラの女頭を男頭にぶつけ、そのまま脚を振り抜いた。
《ぐぅ――まだまだァ!》
 ナブラは体のバランスを崩したものの、しかしなりふりかまわず両腕と翼を広げて、全身で九十九に掴み掛かった!
「!?」
 斜め四方から押し包むかのような攻撃に、九十九はとっさにガードに回る。接触面が自動結界を形成し、“喰われる”のを阻んだ。「チ……!」
 だが、身動きが取れない。
《クク……さあ形勢逆転だ。いつまで保つかな?》
 ナブラの双頭が嘲笑した。九十九は負けじと言い返す。
「何いい気になってんだい。傀儡が怖くて引きこもってた根性なしの分際で」
《ならその根性とやら、貴様から戴くとしようか。その次は――お前たちだ!》
 ナブラの女頭がメガネの男と少女を向く。九十九もつられてそちらを向いた。
 まだ逃げていなかった男は少女を庇いながら目を泳がせている。腰でも抜かしているのか、先刻の戦いに巻き込まれない距離から動いた形跡がない。
 九十九は逆を向いてもう一人いた男を探すが、こちらは姿が見えなかった。吹き飛ばされて恐れをなして逃げたか。
 そしてナブラの言葉が、九十九の思索を現実へ引き戻す。
《さあ、いつ焼き切れるかな、この壁は? 美味しい美味しい貴様のデータ、早く味わいたいものだ》
「うるさいねェ……!」
 勝ち誇ったようにナブラが見下してくる。情報集積体から情報を吸って進化する――ナブラたちのような奴らを遮断する結界(ファイアウォール)も、いずれは破られるだろう。
(ほんのちょっとでも隙ができれば……)
 歯噛みする九十九――と、そこへ横手から声が割り込んできた。
「……D-Eコンバート理論ってのは、スフィアミルを介して情報系とエネルギー系の相互変換を成し遂げる、いわば即応外甲の土台だ。こいつはそれ以外にも使い道がいくつか提唱されてたが……」
《ン?》
 言葉を紡ぎ出したのはメガネの男だった。淡々とナブラと九十九を見据えつつ、続ける。
「そちらのナブラさんとやらは連れの脳味噌狙ったことから察するに、データと名のつくものを吸いだして手前の血肉にし、九十九って嬢ちゃんはお札に記したデータをエネルギー変換して放出する術を持ってる。そういうことだな?」
 突然の推論は、的を得ていた。だが、それが一体この状況で何になるというのか。
《ほう、見抜いたか人間。そうさ、その通りだ――分かったところで、どうするつもりだ?》
 余裕を持って答えるナブラも、九十九と同様に訝る。無力な人間の最後の囀りに、興味を引かれたのだろう。
 男は、肩をすくめて問いを継いだ。
「いや何、確認さ。でもってあの首無し男は嬢ちゃんの操り人形。あれでナブラの頭抑えてた……ってこたァ、毒のひとつも盛ってたかい?」
「……だったらどうした!」
 男の言動の不可解さに、九十九は苛立って声を荒げた。そこまで口が利けるならとっとと逃げてくれ。
 しかし男はそれを聞き――不敵に唇の端を曲げた。
「だってよ……やったれ千鶴ちゃん!」
「りょーかい!」
 不意に男が身を沈めると、庇われていた少女が身を乗り出して飛行機模型を投げつける。
 模型は九十九の予測を超えて急加速して、同じく対応が遅れたナブラの顎をしたたかに打つ!
《ぐふっ!?》
 飛行機は女顔の顎にぶつかり、あらぬ方向に弾かれて壁に当たって落ちた。当然、ナブラにさほどのダメージも与えられていない。
《フッ、その程度のこけおどしで!》
「まァ、そう言いなさんな」
 嘲ろうとするナブラの声が止まる。その背後にはいつの間にか、もう一人の男――コートを回収して纏っていた――がいて。
「あ、これ落し物ですよ」
 その手はナブラに、一枚の符を貼り付けていた。
 一拍遅れて、
《――――……ッッッギャアアアアアアアアアア!!!!!???!?!??》
 ナブラは全身に電流を浴びせられたかのように、悲鳴を上げてのたうつ!
 好機到来。九十九は拘束を振り解き、ナブラに蹴りを見舞って距離を取った。
 傍らで男がナブラの狂乱を掻い潜り感心したように漏らす。
「おお、予想外に効くもんだ」
「逃げたんじゃなかったんだね、アンタ」
 九十九の言葉に、男は肩をすくめた。
「“羽衣”に札貼ってあったのを思い出してね。喜び勇んで食いついたらポックリ、みたいなトラップだと思ったわけだが」
 それでメガネの男や少女とアイコンタクトで打ち合わせたというわけか。九十九は仮面の奥でニヤリと笑った。
「まあね。奴らに効くウィルスプログラムをちょちょいと。しっかし……やるねアンタたち」
「借りはその場で返す主義だ。で、どうすんだアレ」
 男は言ってナブラを見やる。情報を喰って生きる“奴ら”に効く分解作用プログラムを受けてなお立ち上がるのは、確かに進化した証だろう。
 だが、もはや敵に反撃の手段はない。
 九十九は左腕から棘を五本抜き、符の扇に変えて構えた。
「最後の仕上げだ。邪魔なんて言った侘びに、いいモン見せてあげるよ。
 ――疾迫膂雷刃、五符結陣!」
 九十九は“口訣”を唱えて符を撒く。
 五枚の符は眩く輝き、その場を光で包み込んだ!

( 2006年07月25日 (火) 15時43分 )

- RES -


[161]file.05-4 - 投稿者:壱伏 充

 視覚と聴覚を奪う衝撃に、ナブラは一瞬凍りついた。
 情報が入らない――エネルギーが得られない。
 焦りの感情を覚えた刹那、ナブラの腹部に衝撃が突き刺さる。
《グゥ……ッ!》
 自分の声をどこか遠くに聞きながら、ナブラは床に倒れこんだ。

「っし!」
 ナブラを蹴り倒し、渡良瀬は身を低くしていた千鶴と相模を引き起こして走った。
「今度こそ逃げんぞ、ほら立て!」
「ああ。やったのか?」
 リボルジェクターは千鶴が作った多機能ツールで、相模にもその威力は教えてある。それゆえに、渡良瀬の指示でスタングレネードの被害を免れたのだ。
 問うてくる相模の背を押し、渡良瀬は首を振った。
「いいや、蹴倒しただけだ。あれでくたばりゃ苦労はねェ」
「だったら、変身しちゃえば!」
 千鶴が走りながら提案してくるが、渡良瀬はやはり首を横に振る。
「どうしてだワタちゃん、こんな時こそクラストの使い所だろ!」
「言いにくいんだがな……」
 振り返れば、回復したナブラが立ち上がり翼を広げる。背後へ抜けるのは無理そうだ。
 渡良瀬は神妙な面持ちで、理由を語った。
「コートと一緒に、バックル投げちまったんだ」
「このアホたれっ、真面目にやらんかいっ!」
 罵倒された。とにかく、と渡良瀬は千鶴に指示を出す。
「遊機呼んどけ! 一斑指名でな!」
「それが、さっきから携帯つながらなくて……ここ圏外じゃないのに!」
「何ぃ?」
 千鶴が半分パニックに陥りかけながら答えた。そうなると、とる手はひとつだ。
「よーし相模、お前のテイラの出番だ。縫って転がしちまえ」
「冗談はあれに服着せてから言ってくれ! こちとら針糸の通らない領分まで欲張ってねェ!」
 仮面ライダーテイラは戦闘用ではない。言い返してくる相模のペースが落ちてきた。
「おいおい、しっかりしろよ」
「悪いねェ……」
 ナブラは低空飛行で追ってくる。渡良瀬は相模の背を押そうとして――突き飛ばし、自らも横へ跳んだ。
「んなっ!?」
 転ぶ相模の髪を数本掠め切って、メスが天井に刺さる。ナブラが撃ち出してきたのだ。
 命中こそ免れた。だが、そのせいで三人の足が鈍った。
「相模さん!」
 転ぶ相模、駆け寄ろうとする千鶴、リボルジェクターを構える渡良瀬――そしてナブラの爪。
《同じ手は二度も食うものか!》
「っぐ!」
 翼から生えた爪が伸び上がり、渡良瀬の手からリボルジェクターを弾き飛ばす。動きを止めた丸腰の渡良瀬を、ナブラはそのまま左手で壁に叩きつけた!
「がぁ……っ!」
 そのまま壁にねじ込まれかけ、渡良瀬は苦悶の声を上げる。
 ナブラは二つの口を笑みの形に歪めた。
《小賢しい真似をしてくれたな人間よ――喜ぶがいい。その知恵、この私が喰ろうてやろう》
「んだと……どういう意味だ!」
 壁に押さえつけられたまま渡良瀬はもがくが、拘束は緩まない。
「にゃろう……っ!」
 立ち上がった相模に、ナブラは羽を伸ばして爪を突きつける。相模の頭蓋なら砕けそうな速度だ。
《そう急くな、貴様は次だ。何、案ずるな。痛いのは一瞬だ》
 ナブラは優位に立つ者特有の笑みを浮かべ、右手を掲げて渡良瀬の頭を掴もうとする。
 知恵を喰らう。その言葉から渡良瀬は、その手から自分の知識やら何やらが吸い取られる様を思い浮かべた。
「渡良瀬さんっ!」
 千鶴が悲鳴を上げる。
 渡良瀬は舌打ちして毒づいた。
「痛くしねェだ? テメェはどこの――」
「――――テメェはどこのスケコマシだい?」
 渡良瀬の皮肉は、しかし発する前に奪われた。
 ナブラに、ではない。
『!?』
 その場にいた全員が意識を取られた瞬間、周囲にザワリ、と気配が生まれ出た。
「ひ……キャアッ、何!?」
 千鶴の足元を駆け抜け、気配の主、ネズミに似た何かの群れがナブラに殺到する!
《うぬ……これは!》
「うお、何じゃこりゃ!」
 呻くナブラの腕に、翼に“ネズミ”が噛り付くと、その部位がバシッと火花を上げた。
《ぐっ!》
「……何かよく知らんが、隙ありッ!」
 怯んだナブラの腕を蹴り上げ、渡良瀬は拘束から逃れ、千鶴、相模もまた後ずさる。
 ネズミは火花と引き換えに四散し、その後には舞い散る札のようなものが残るばかりだ。
 顔を上げた渡良瀬は、ナブラを挟んで反対側、相模たちの向こうから歩いてくる少女のシルエットに気付いていた。
 勝気そうな眼差しと、均整の取れたプロポーション。何より目を引くのは、腰に巻いた無骨なベルトだ。
「怪我はないね? 下がってな」
 幇助は相模たちを押しのけナブラと対峙すると、不敵な笑みを浮かべる唇に左手の腕時計を寄せた。
「九十九――」
「!」
 少女が言葉を紡ぐとともに、腕時計――リストマスカーが光を放つ。
 そして少女は伸ばした右手を引いて、印を結んだ。
「――変身ッ!!」
 瞬間、ベルトのバンドにわだかまる何かが少女の四肢に絡みつき、具現化する即応外甲と一体化する。
 ナブラはもはや渡良瀬たちを眼中から追いやり、忌々しげに少女の名を口にした。
《おのれ……この地でも我らの邪魔をすると言うか、仮面ライダー九十九よ!》

 バックルからのベーススーツ放射と最終装甲形成を経て、現れたのは一人の即応外交。
 四肢に沿って幾つもの棘を這わせた独特のシルエットに、黒のベーススーツを複雑に切り分ける金ライン。
 メタリックバイオレットの装甲が形作る意匠は、“百足”。
 それは、リストマスカーによる認証システムを変身シークェンスに組み込んだ、本物の――セプテム・グローイング社製の仮面ライダー。
 名乗った銘は九十九――“仮面ライダー九十九(ツクモ)”!

( 2006年07月22日 (土) 19時37分 )

- RES -


[160]file.05-3 - 投稿者:壱伏 充

 渡良瀬、相模、千鶴の三人はそろそろとはいびょうんに入っていった。
(うわ、外で見るよりもっと不気味……)
 渡良瀬の背に隠れ、千鶴は懐中電灯を四方に向ける。夕刻では夕日の光が周囲を赤く染めうら寂しいムードを作っていたが、夜だと単純に視界が利かず、より本能的な恐怖を覚える。
 使われていないロビーで、ごみを蹴飛ばす音が大きく響いた。
「その首無し男を見たのはこの辺かい?」
「う、うん」
 渡良瀬の問いに千鶴が頷く。すると渡良瀬は相模についていてもらうよう手で示し、その場に屈み込んだ。
「まだ新しい足跡があるな……一組、いや二組か?」
「ここらで乱痴気やってた連中のってこたないか?」
 相模の指摘に、渡良瀬は首を振る。
「2年ばかしここらでトグロ巻いてるがな。あまりそういうスポットじゃないんだよこの辺は。ほら、コンビニ遠いし」
 言いながら渡良瀬は、見つけた足跡をたどるように懐中電灯の光を向ける。
 そして――光の円の中で何かが動いた。
「渡良瀬さん……っ」
「ああ、見えた」
 渡良瀬が立ち上がる。相模も頷いた。三人とも同じものを見たのだ。
 通路の突き当りを横切る肌色の人影を。
「しかもご丁寧に、千鶴ちゃんの飛行機みたいなの、持ってたな」
「追うしかねェか」
 渡良瀬は面倒くさそうに言って肩を落とす。千鶴は二人のやり取りに目を丸くした。
「え、えっと……怖くないんですか?」
 あくまで冷静な二人の態度が信じられない。しかし渡良瀬は歩き出しながら答えた。
「千鶴ちゃんの飛行機持ち運んでたってこたァ、夢幻の類じゃねェからな。
 殴って当たらない道理はねェさ。逆に殴って当たらない奴に、殴られて痛い道理もない」
「……何かが激しく間違っているような」
 至極物理的な根拠に、千鶴はどこか釈然としないものを覚えた。

 テリトリーに踏み込んでくるエサの気配に、“それ”は目を覚ました。
 人間が三体。それだけでも喜ばしい上に、うち二体はより栄養価の高いオマケをぶら下げている。
 ここ数日頭を抑えられていたせいで、院内に残されたわずかなデータと小動物しか“食べて”いない。
 久々のご馳走だ――“それ”は牙を研ぎ澄まし、獲物を待ち構えた。

 渡良瀬は立ち止まり、背後の二人を手で制した。
「どうしたんですか?」
「何か音がした」
 千鶴に答え、渡良瀬は懐中電灯で行く手を照らした。人影にはまだ追いついておらず、その姿も見えないが、足元で何かが身じろぎするような気配を覚えたのだ。
「気のせいじゃないのかい?」
「いや。こりゃ、首無し男からとっとと飛行機ぶん取って、ズラかるのが吉だな」
「できるんですか?」
 千鶴の不安そうな問いかけに、渡良瀬は胸を張って答えた。
「まァな。この俺を誰だと思ってんの……っと。だいぶ奥まで来ちまったな」
 散乱するコンクリートの破片を一瞥して、渡良瀬は振り返り――
「――危ねェ!」
 とっさに千鶴を抱きかかえ、相模を蹴飛ばした反動で跳んだ!
「きゃっ!」
「んのわ!?」
 三人が倒れこんだ間隙を、何かが通り過ぎる。
「何すんでぇワタちゃん……っ」
「千鶴ちゃん任せた!」
 尻をさすって立ち上がりかけた相模に千鶴を任せ、渡良瀬は降り立った人影に相対した。
「――ひっ!」
 落としたライトの光が、着地したその姿を映し出す。
 息を呑む千鶴を背後にかばい、渡良瀬は小さく構えた。
「出やがったな、首無し男?」
 天井にでも貼り付いていたのか、音もなく現れた肌色の人影には、確かにあるべき“首”がない。
 手に飛行機模型を携えた、それは確かに先刻目撃した首無し男だった。

 暗がりで断面までは見えないが、首をどこかに引っ込めているようには見えない。
 渡良瀬は静かに構えたまま様子を窺った。
(ロボットか……はたまたバイオクリーチャーか……)
 千鶴と相模が距離を取るのを背中で感じつつ、目を凝らし耳を澄ませ、出方を待つ。
 不意に、首無し男が音もなく地を蹴り――渡良瀬に肉薄した。
 同時に首無し男のパンチが渡良瀬の胸元に吸い込まれる――
「っと!」
 渡良瀬は首無し男の一撃を左の手刀で叩き落し、その手応えのなさにつんのめりかけた。
(軽い……!?)
 バランスを崩した瞬間、首無し男は渡良瀬の背後に回りこみ、手中の飛行機を振り上げる。一撃は軽くとも、凶器を持てば話は別だ。
(させるかよ!)
 渡良瀬はとっさに身をよじらせ、伸び上がるような後ろ蹴りで首無し男の腕を打ち抜いた。
 腕がひしゃげ、飛行機が手中からすっぽ抜ける。
「あっ……」
 千鶴が思わず声を上げる。渡良瀬は振り下ろした足で強引に床を踏みしめ両腕を引き絞ると、上体を泳がせる首無し男の鳩尾に掌打を叩き込んだ!
 首無し男があっさりと宙を舞い、壁に当たって落ちる。
 そして渡良瀬が返した手の平が、落ちてくる飛行機をキャッチした。渡良瀬は振り返り、飛行機を差し出す。
「相模、あいつバラすぞ。千鶴ちゃん、俺のライト取って」
「――ああ、そういうことか」
 渡良瀬は千鶴に飛行機を渡すと、立ち上がりかけた首無し男を蹴りで壁に縫いとめた。
「ありがとうございます渡良瀬さん。でもこれって……?」
 千鶴は飛行機を抱え、安堵しつつも首をかしげる。首無し男は深々と渡良瀬のつま先に抉られたままじたばたともがいている。
 渡良瀬は渡されたライトで首無し男を照らした。
「見てみな。中身空っぽだろ。こいつはアレックス・コーポレーションの“羽衣”って言ってな」
「……障害者リハビリ用の即応外甲さ」
 相模は説明を引き継ぐと、首無し男――“羽衣”の主人工神経を針でつまみ出し、断ち切った。

 リハビリのひとつに“自分の体を鏡に映し、正常に動く様子を強くイメージする”というものがある。
 この発想をさらに推し進めたものが“羽衣”と呼ばれる医療用即応外甲だ。
 装着者の脳髄から電気信号を受けた人工筋/神経線維スーツが能動的に伸縮することで、見かけ上“装着者の思い通りに体を動かし”、社会復帰とリハビリを同時にこなすというのが設計コンセプトだ。
 セプテム・グローイング社の“仮面ライダー”以外では唯一フルオーダーメイドを前提とした機種でもあるが、大病院用に量産型も作られている。

「足の力が入らない人間を支える仕様だから、自重支えて歩き回んのもワケないやな。
 放置されて誤作動して徘徊、か……寂しいもんだ」
 機能停止した“羽衣”を横たえ、メガネの男が呟く。
 その傍らでコートの男が膝をついた。
「で、誤作動したこいつが俺たちを襲った……そんな事故ありえるのか?」
「さァな。そこまでは専門外だ、俺に聞かないでくれよ……ん、何だこれ。札?」
 メガネの男が何かに気付く。コートの男もつられて羽衣を覗き込む。
 チャンス到来だ。“それ”は意を決して飛び出した。
 目障りだった羽衣を倒した、二人の力を己が物とするために――

 数分前に感じた何かの気配。それは、いまだ消えていなかった。
「渡良瀬さんっ!」
「!」
 千鶴の声に反応し、渡良瀬はとっさに迫り来た気配に向かって足を突き出した。
 靴に仕込んだ金属板と刃物がぶつかり、耳障りな音を立て、気配が飛びのいた。
「何だ!?」
「知るか!」
 一瞬遅れた相模を下がらせ、千鶴を抱き寄せ渡良瀬は怒鳴り返した。だが、その視線は現れた闖入者から逸らさない。
《……ちぃ、しくじったか》
 苦々しげに着地した“それ”は、異様な姿をしていた。
 暗がりではっきりとは見えないが、おおよそサイズは大人一人分といったところか。一見して白衣を着た医者のようにも見える。
 だが、目を凝らせばその白衣に見えたものは内に骨を通した白い皮膜で、裾から小さな爪が飛び出しているのが見て取れた
 “それ”が、男とも女ともつかぬ声を上げる。
 否、男と女の声で同時に、と言うべきだろう。“それ”からは男女二本の首が生えているのだから。
「ひ……っ、ばば、化け物っ!」
 千鶴が息を呑む。現れた双頭の怪人は小さく哂った。
《化け物……? 失敬な。私にはナブラという名がある》
 ゆらりと立ち上がる双頭の怪人"ナブラ"に相対し、渡良瀬は毒づいた。
「ナブラだか帷子だか知らねェが、首無しの次は二本首かよ。ちょうどいいって言葉知らねェのか、ここの連中は!」
「そういう問題じゃないだろう!」
 相模が間髪入れず突っ込む。渡良瀬にも言いたいことは分かっていた。
 今度現れた“敵”は、完全に見た目が人ならざる身でありながら明確な自我を持っている。正体が何であれ、正直に言って、手に余る相手だ。
 遊撃機動隊に通報する隙を窺う渡良瀬だったが、生憎ナブラは三人を標的と見定めたらしかった。舌なめずりをして、裾から覗く手からメスを生やす。
《無駄話はそこまでにしてもらおう……続きは私の“中”でするがいい!》
 ナブラは腕を振りかぶる。
「ええいくそっ!」
 渡良瀬はとっさにコートの肩口を引いた!

 投げ放ったメスが男のコートに包まれて落ちる。
 同時に三人の人間は横道に向かって駆け出していた。
 ナブラは翼を広げ、動かなくなった首無し男を忌々しげに一瞥してから三人を追う。
 先頭を飛行機模型を抱えた少女、次にメガネ、しんがりは元・コートの男だ。
 その男が振り向く。ナブラは若干の距離を置いて追跡した。
 ナブラの目的は、男二人が持つスフィアミルの反応。すなわち、即応外甲だ。手に入れるためには、変身させねばならない。
 すると不意に、元・コートの男が速度を緩めた。
《ほう、覚悟を決めたか人間……?》
「リボルジェクターっ!」
 ナブラの言葉をさえぎって、男は突如"宣言"する。
 瞬間、先行する二人が滑り込むように伏せ、元・コートの男が奇妙な銃を手に振り返った。

「……おぉうっ?」
 少女は階段を下りつつ、突然の轟音に身をすくめた。
「何か……色々予想外が混ざっちまったかねぇ?」
 見通しが甘かったことを反省する。自律ワクチンは想定より早く行動不能となり、その原因となった“餌”はなかなかどうして元気に健闘中のようだ。
「まあ、面白そうになってきたからよしとしようか!」
 少女は獰猛な表情でひとりごち、戦場へと走った。

( 2006年07月20日 (木) 19時16分 )

- RES -


[159]file.05-2 - 投稿者:壱伏 充

「――どぇくしょい!」
 AIR人工島の大食堂で、天野鷲児は盛大なくしゃみをした。
 対面に座っていた由比 巡は寸前で自分の丼を持ち上げ避難させて顔をしかめた。
「お前ね。口くらい押さえなさいよ」
「……あ、ごめん。急にむずむずって来て。ってか前にもやったな」
 鷲児は巡に頭を下げた。彼はAIRのテストパイロットの一人で、鷲児よりも年長だが会ったその日に意気投合し、こうして友達づきあいしている。
 巡は肩をすくめた。
「あー、潮さんの前でやらかしたんだっけ」
「見てたのかよ」
「まーな。そう言えばお前、今月のMaskers'買ったか?」
 いきなり話が飛んだ。鷲児は首を横に振る。
「もう入荷してたっけ」
「おう。ちらっと本屋でな」
 この人工島は、それだけで小さな町を形成している。養生での長期生活を支える福利厚生施設が充実しており、ブックショップコーナーなどは定期便によって駅前の小さな書店クラスの品揃えをキープしている。
 巡は声を潜めた。
「で、それがどうしたかっつーとな。グラビアのコが珠美ちゃん似なんだ」
「むがふっ!?」
 鷲児はすすっていたきつねうどんを逆流させかけ、慌てて水を飲み込んだ。
 Maskers'のグラビアと言えば、即応外甲風の衣装をまとった女性が扇情的なポーズを取り――装甲部を分解する要領で、あるいはベーススーツに相当する布地を破ることで局部を露出させるという、“バイクとヘアヌード美女”以上に意味不明かつフェティッシュな代物として有名だ。
 鷲児は呼吸を整えて、巡をじろっと睨んだ。
「それ……マジかよ?」
「マジも大マジ。買ってくか?」
「な――何言ってんだよ!」
 鷲児は顔を赤くしてうどんをすする。巡はそれを見つつニヤニヤして言った。
「いいのかー? 今のうちに買占めとかねェと、他の奴が買ってウハウハムヒョーってなっちまうぜ?」
「うぐ……」
 それは困る。耐えられない。さらに巡は唆してきた。
「案ずるな鷲児、俺も協力は惜しまない。この島のMaskers'入荷数は書店の三冊と喫茶ルームの一冊。
 まずは書店の分を俺たちで確保する。二ノ宮にも手伝わせよう。問題は喫茶ルームだが、俺がグラビア切り離す間にお前にゃ囮を頼みたい」
「……待ってくれよ巡」
 鷲児ははたと気づいて巡を留めた。
「写真独り占めする気じゃないよな?」
「だって処分するのもったいないJan」
 巡がさらっとリズミカルに言い放つ。鷲児は顔を引きつらせた。
「お前な……」
「あれ、どうしたのシュージ君?」
 と、そこへ現れたのは当の椎名珠美だ。隣にはお盆を持った松木 潮の姿も或る。
 鷲児と巡は口をそろえて答えた。
『いや何にも』
「…………」
 黙々と巡の隣で味噌煮込みを食べていたもう一人のテストパイロット、二ノ宮十三はちらりと四人に視線を向け、再び食事に集中した。

 相模のリズミクスが廃病院前に止まる。
 渡良瀬は側車から降り、相模の背にしがみついていた千鶴の手を取った。
 ここまでの運転手を勤めた相模が廃病院を見上げた。
「んじゃ、俺はここで待ってるから。気をつけてな」
「お前も来るんだよ」
 渡良瀬は相模のさりげない一言を却下した。相模は露骨に嫌そうな顔になる。
「服も着てない奴は俺の管轄外なんだけど」
「つべこべ言うな。お前の分の懐中電灯も持ってきてやったから」
 苦笑する渡良瀬の言葉に、相模も肩をすくめてバイクから降りた。

 居酒屋で刑事と別れ、杁中はようやく一息ついた。
「あー……生きた心地しなかった」
 ぼやきつつ原を睨む。原は大して気にした様子もなくパタパタと手を振った。
「なーによ案外肝っ玉小さいわねー。いいじゃない色々わかったことだし」
 ――いきなり「過去にバイオメアとの交戦経験があると聞きました。データだけじゃ分からないとこもありますから教えてください対処法とか」といきなり頼み込み、酒を酌して根掘り葉掘り。
 杁中は思い返す。
 結局、対処法に関して多くは聞けなかった上、特装機動隊の解散原因についても刑事はノータッチだったらしい。
「1ミリたりとも新情報出てこなかったように思うんだが」
 杁中が呻くと、原はチッチッと指を振った。
「何言ってるのよ。特装は実験部隊。単独捜査なんてほとんどなくって、今の私たち以上に付け合せの任務ばかりだったのよ。
 でもあの人は、バイオメアを知らなかった」
「バイオメアがどうしたっつーんだ。この前だろ、それの事件」
「隊長と班長が、バイオメアって単語出した時に顔色変えたのよ。この前の事件で」
 原の観察眼と記憶力に、杁中は半ば呆れた。
「つまり……あれか。あの探偵が警察辞めた原因の事件にはバイオメアってのが絡んでて、事件自体は特装が単独で担当した、と。
 いや、もしかすっと特装そのものが事件の舞台……」
「そうそ、飲み込み早いじゃん」
 原が嬉しそうに笑うが、杁中はそれに同調できなかった。
 どんどん自分の先を行く原に、さすがに心配になって声をかける。
「それにしたってお前、これ以上何探る気だよ。隊長と班長に睨まれっぞ」
「ハッ、なーに言ってんだか」
 原は体ごと振り返り、にっと笑って見せた。
「真実が隠されてんのよ。全部暴くまで止まれるわけないじゃない!」
「威張れることかよ」
 杁中は小さく肩を落とした。

 侵入者の存在を察知して、少女はピクリと眉をひそめた。
 外に光を漏らさない素材のテントから慎重に這い出し外の様子を伺う。デジタル双眼鏡を覗き込むと、三人の男女が映った。
 うち一人は夕方に飛行機を追ってきた女子高生だ。帰ったと思ったら助けを呼んで戻ってきた。
「――使えるならいっそ使っちまうか」
 今日で三日張り付いているが、成果が出ない。少女は閃きを実行に移すため、ポケットから一枚の符を引き抜いた。

( 2006年07月13日 (木) 20時24分 )

- RES -


[158]Masker's ABC file.05-1 - 投稿者:壱伏 充

 闇に打ち捨てられた、小さなビー玉ひとつ。
 そこは、願いの堕ちる果て。棄てられたものたちが身を寄せ合い最期を待つ場所。
 やがて、生まれ落ち立ち上がる影ひとつ。
 それは、ただ識ることのみを欲する、時代が生んだ悪夢。

「本っ当に誰もいないのよね?」
 舗装された坂道を歩く男女が一組。女の問いに、男は自信を持って答えた。
「ああ。人通りも少ないし、周囲から見られることもない。地元の奴に聞いたから確かだよ」
「そりゃ来ないわよ。不便だもん……あーもー疲れたー! 何なのよこれー! 車とかライダーとか持ってきなさいよー!」
 もう頂上も近いというのに、女は不平を漏らす。男は首を振った。
「だから車は小島の奴がぶつけて……ライダーは持ってないし。
 大体お前だろ、『解放的な気分で二人きり、一晩過ごしたいー♪』なんて言ったの」
「こんな山だなんて思わなかったもん。第一なんで山なんて登るのよ、どうせ降りるのに」
 女の不平はあらぬところまで飛び火しそうだ。男はため息をついた。
「だったらヒールなんて履かなきゃいいだろ。ってかそんな大した標高でもないぞ。お前の着替えだって俺が持ってるんだからな」
「何よ、だから文句ひとつ言うなっての?」
「あのなぁ」
 だんだん空気が悪くなってくる。男は振り返り、びしっと指を突きつけた。
「そこまで言うんならお前もう……」
 否、突きつけようとしたその時。女はそこにいなかった。
「……あれ? ど、どこ行った?」
 男は間の抜けた声を出す。帰ったにせよ隠れたにせよ、男の視界から完全に消えてしまうような時間はなかったはずだ。
 なら――彼女はどこだ?
 右にいない。左にいない。下にいない。後ろにもいない。
 そして、そんなわけはないと知りつつ見上げた頭上から。

 女は、悲鳴も上げず降ってきた。

 地面に激突し、頭蓋が砕け、飛び散った脳漿が男のズボンに跳ねる。
 どさりと倒れ仰向けになり、顔の上半分をなくした女と目が合った。
 一拍送れて男は息を吸い込んだ。
「ひっ――――」
 悲鳴すらも凍りつく。悲しみより恐怖より、まず頭を占めたのは保身だった。
 俺と彼女がここに来たのを知っている奴は何人いる?
 腰を抜かし、それ以外の思考が全て空回りする。失禁した男の目の前に、滑り込んだ影があった。
 男はそれを見上げ、調子の外れた声を上げた。
「や、やあ……何だい、着替えてたのか?」
 そこにあったのは、無事なままの彼女の顔。
 男は決して視線を下げなかった。そう、これは彼女だ。
 首から下が毛むくじゃらだったり、蝙蝠に似た翼が生えていたり、手から鉤爪が伸びてカチカチと鳴っていたり、そんなものは気のせいだ。
 見なければ、きっとなかったことになる。
 そう、頑なに信じて。

「――ちっ」
 少女は苦々しげに舌打ちをした。目の前には派手にぶちまけられた血と、男女の死体。
 間に合わなかった。兆した悔恨から頭を切り替えて、少女はジャケットから二枚の符を取り出した。
「許せよな。こうするしかない」
 そのうち一枚を死体の上に乗せると、符は死体とともに燃え上がる。
 そしてもう一枚を指から離すと、符は風に逆らって山頂へと飛んでいく。
「人を襲ったとなると、慎重にいくしかないか」
 少女は自らも坂道を登り始めた。
 死体は、煙も出さずに燃え尽き――やがて全ての痕跡を失った。

 湖凪町の中心には、町の名の由来となった湖、常凪湖がある。
 地下水路で太平洋と繋がっている海水湖であるためか獲れる魚の種類も豊富で、休日ともなれば釣り客で賑わったりもする。
 しかし平日の夕刻ではそういうこともなく――ただ水面に夕日を写し、静かに凪いでいるだけだ。
「だけど、本当よくできてるよな、これ」
 その湖に沿って帰路につく、やややんちゃ坊主の面影を残した高校生、保積 真はクラスメイトが作った工作品を手に取りしげしげと見回した。
「てゆか、美術の課題になんでエンジン積んでるのさ……石動?」
「いいでしょそんなこと。別にそういうパーツ組み込んじゃいけないって言われてないし」
 石動千鶴は視線を湖に向けて、少し動揺しつつ答えた。
 美術の課題に対し千鶴が提出したのは、木造の飛行機模型だ。だが自作のエンジンを組み込んで飛行可能にした理由は誰にも明かしていない。
 渡良瀬悟朗あたりなら勘付きそうだが。
「やっぱモーターショップの看板娘は一味違うなぁ」
 ズルを責めるような真の言葉に、千鶴は眉をひそめた。
「お店の商品は使ってないよ。使えなくなった物理の実験器具、李家先生に譲ってもらうのにどれだけ苦労したと思って……」
「いやそうじゃなくって。そこからエンジン作っちゃう石動のウデが、次元違うなって……あ」
 弁解する真が飛行機を手中で弄ぶ――と、スイッチが入った。
「お、お、あ?」
 エンジンがうなりだし、プロペラが回り、お手玉する真の手の中から飛行機が飛び立っていく。
 千鶴はあわてて追いかけた。
「あー! もう、何してるの保積くん!」
「ごご、ごめん!」
 真も駆け出す。
 飛行機は安定して飛行し、湖を見下ろす小山の頂へと向かっていった。

 山道を登った二人がたどり着いたのは、湖凪山総合病院跡地だった。
 地域に根ざした総合病院、を標榜したはいいが、年寄りには辛い立地条件と最新設備の無計画な導入が祟り、取り壊し費用すら出ない大赤字の末に経営破綻している。
「ここまでは飛んできたよな……中庭に落ちたかな?」
「林に引っかからなかったのはラッキーだったけど」
 二人は、雑草も伸び放題の病院跡に踏み込んでいた。
 意識しないうちに、互いに声を潜める。よからぬ輩が住み着いていたら、全力で逃げられるよう心構えも完璧だ。
 しかし、中庭に飛行機の落ちた形跡はなかった。
「……飛び越したかな?」
 真の推測に、千鶴は首を横に振る。
「ううん、そこまで高度は出てなかった。窓から中に入っちゃったのかも」
「……申し訳ございません」
 真は深々と頭を下げ、先行しつつ千鶴を引き離さない速度で病院の玄関だったところへ足を踏み出す。
 そして――不意にその足が止まった。
「保積くん?」
 急に立ち止まった真の背にぶつかり、千鶴は顔を上げた。
「…………」
 真は呆然と、目を丸くして病院内の何かを見ている。
「……?」
 千鶴もその視線の先をたどり、息を呑んだ。

 最初は裸でうろつく変質者かと思った。
 だがそこに佇むシルエットは、どこか大事なものが欠けている。
 ゆっくりと“それ”は二人がいる方向に振り向く。
 ――いや、背を向けたのかもしれない。
 どちらが正解かを窺い知ることは難しかった。
 暗がりの中でよく見えなかった上に、人体の前後をもっとも明確に表すパーツがなかったからだ。
 顔を、乗せているはずの、首から上が。
『――?!!?!?!??!?!?!!』
 声にならない悲鳴を上げて、二人は一目散にその場から逃げ出した。

file.04 “廃病院の首無し男”

「ね、杁中。これからヒマ? ヒマよね、付き合いなさい」
 原に引っ張られた杁中は、断ることもできないまま居酒屋に連れてこられた。
 数日前――自分の勝手な頼みのせいで、ともにお目玉食わせてしまった上、ピンチの時に駆けつけることもできなかった負い目がある。特に原は、東堂隊長立会いの元、特装機動隊に関するデータを全消去させられたのだ。
 飲みにくらい付き合うのは道理だろう。
「……んで、いつまで粘るんだ」
 しかし、原が一滴もアルコールを口にしないままとなると、話は別だ。杁中の記憶だと、原は下戸ではない。
 杁中が訝っていると、原はウーロン茶入りのコップを傾けて答えた。
「私のリサーチが正しければ、恐妻家のあの人が家に帰る前に一杯引っ掛けられる日は、今日だけなのよ」
「誰が」
「しっ、来た」
 問おうとした杁中を制し、原がちらりと入り口に目をやる。入ってきたのは50歳前後と思しき背広姿の男性だ――見覚えがあった。
「おい、まさか前……」
「いい? 偶然を装って近づくから、口裏合わせてよ」
 入ってきた男は所轄からの叩き上げで、特装機動隊にも関わっていたことのある捜査一課の刑事だ。
 何かとボーダーレスな遊撃機動隊を疎んじる刑事も少なくないが、彼はむしろ親身になって相談にも乗ってくれる。杁中はほとんど話したことはなかったが。
 そこまで思い出し、杁中は顔を引きつらせた。
「おい原。どうする気だお前……」
「いーからいーから。……あ、警部ー!」
 原は杁中が嫌な顔をするのにも構わず、刑事に向かって手を振った。

 今日も今日とて夕飯をご馳走になり、渡良瀬悟朗はモーターショップ石動のラックから雑誌を一冊拝借した。
 即応外甲専門誌の“月刊Maskers'”最新号だ。
 ここのところの即応外甲事情や読者コーナー、中古品情報に軽く目を通しグラビアページに差し掛かったあたりで――渡良瀬は自分を見つめる千鶴の視線に気づいて雑誌を閉じた。
「どうした千鶴ちゃん?」
「あ、いえ、その」
 歯切れ悪く答えて千鶴は目をそらした。
 今日はどこか様子が変だ。帰ってきてからというもの、顔は青ざめ、どこか落ち着きがない。いつもどおり積極的に店の手伝いはこなしたし、酷い外傷を負った様子もない。
 渡良瀬は小さく息を吐き、再び雑誌のページをめくった。
「あーあヒマだ。全然依頼人来ねーもんなァ。このままじゃ腕がサビついちまうぜ。
 どこかに事件は落ちてねーかな、っと」
「あの渡良瀬さん、それなら」
 わざとらしく渡良瀬が言うと、千鶴が顔を上げる。
 渡良瀬は片目をつむり、拝聴の姿勢に入った。

「廃病院の首無し男、ね。何だか“大平原の小さな家”みたいな語感だな」
 話を聞き終えた渡良瀬はポツリと呟いた。千鶴は話し終えて落ち着きを取り戻したのか、頬を膨らませる。
「笑い事じゃないんです。本当に見たんだから……」
「ま、千鶴ちゃんが俺を担ぐわきゃねェもんな。で、どうする?」
 渡良瀬が問うと、千鶴は心得た様子で頷いた。
「渡良瀬探偵に依頼します。私と一緒にあの病院へ行って、飛行機を回収してください」
「その依頼、確かに承った」
 渡良瀬がウィンクして答える傍らで、ふと相模 徹が口を開いた。
「そんなに大事なものなのかい?」
 千鶴は一瞬キョトンとして、やがて照れながら答えた。
「ええ。ちょっと……ある人の真似をしてみたんですけど」

( 2006年07月06日 (木) 20時20分 )

- RES -


[157]file.04-7 - 投稿者:壱伏 充

 一方解析ルーム2――アトラスパイダーの解析とその護衛に当たっていた隊員たちもまた、混沌の真っ只中に放り込まれていた。
 だが、その原因となったのは重機ではない。
「ちくしょ……っ」
 ガンドッグを装着した植田が突き転がされる。じたばたと起き上がろうともがくが、額に貼られた札が淡く輝くばかりで身動きが取れない。
 そして植田の体を跨ぎ越えて、奥へと進んでいくのは――一人の仮面ライダーだった。
 黒のベーススーツに細かな金ラインを走らせ、小さな肢を生やした帯状のパーツを手足の側面に纏わせた紫の装甲のライダー。その意匠はムカデを思わせる。
「悪いがあたしも仕事でね」
 そのライダーは少女の声で告げた。
「なぁに、10分もあれば札が燃え尽きて、また動けるようになるさ。じゃあね」
 手をひらひらさせて、ライダーは植田の前から去っていく。
 なぜか迎え入れるように、ライダーの行く手で勝手に隔壁が開いていった。

「――ぁくっ!」
 ガードした両腕ごと、原のガンドッグは壁に叩き付けられた。
 腕を乗り越え、鉤爪がガンドッグの胸甲を何度も掠める。
「こいつ……?」
 クリーチャーの爪から指を伝い、腕へ、体へと光が脈打っていく。同時に原のガンドッグのモニターがコンディションウィンドウを勝手に開いた。
 ――駆動プログラム欠損。
「うそ、何で! ……何してんのよこいつ!」
 やがてクリーチャーの腕から胸にかけて画、溶けてよじれ、飴細工が歪むように形を変えていく。
 ガンドッグの対応部位と同じ形に。
「く……ああああっ!」
《キュル!》
 原は渾身の力でクリーチャーを蹴り飛ばした。 クリーチャーは吹き飛ばされながらも壁面に貼り付くように着地し、対する原はその場にくず折れる。
 状況は平針と同じだった。こちらは上半身のほとんどが駆動しない。
「マズ……コンディション最悪」
 腕の形は戻せないし、腰も曲げたままの姿勢で固定された。両足は動くが、これで満足に走れるはずもない。
《キュル……キュルルルル》
 クリーチャーがないて、ガンドッグを模した指から長く鋭い爪を伸ばした。原は自分の胸甲を見下ろした。超剛金ゼプト・マテリアルで形成された装甲には、いくつかの爪跡が走っている。
 まともに受ければ、こんな軽傷ではすむまい。
 クリーチャー蛾のそり、と足を進める。原は進むことも退くこともできずに、しかしクリーチャーを睨み返した。
(班長たちが帰ってくるまで、持ちこたえないと……)
「原っ!」
 倒れ伏したままの平針が、這い蹲りながら二人の間に入ろうとする。原もまた、壁に体重を預けながら立ち上がろうとする。
 しかしそれが間に合うことはなく、間に合ったとしても時間稼ぎにもならない。
 原は小さく、声を漏らした。
「杁中……っ」
 クリーチャーはあっさりと原の前にたどり着く。
 原が蹴り上げた足は届かず、逆にガンドッグは殴られて床に叩きつけられる。
「くっ……!」
《キュル……》
 そしてクリーチャーが爪を振り上げた――その瞬間、
「データ喰いのバイオメアか。日本にも出るとはねェ」
 静かな声とともに、クリーチャーの背が突如、爆ぜた!

《ギュル……ッ!》
 背から黒煙が上がり、根元から千切れた翼が床に落ちて霞のように消えていく。
 顔を上げる原が見たのは、苦痛に悶えるクリーチャーと、いつの間に現れたのか入り口に背を凭せ掛けた、一人の“仮面ライダー”の姿。
「何……あなた一体!?」
 何をしたのか。何故こんな場所にいるのか。何が目的なのか――そもそも何者なのか。
 いくつもの疑問が同時に湧き上がり、原はかすれた声を上げる。
 しかし、それに答えることなく“ライダー”は少女の声で一方的に言い放った。
「邪魔だ、どきな。そいつはあたしの獲物なんでね」
「何だと……!」
《キュルル!》
 平針が突っかかろうと上体を起こすと同時に、クリーチャーは目標を切り替えて現れたライダーに飛び掛った。
「喰ったのはガンドッグの装甲と手足か――ハッ」
 しかしライダーはクリーチャーの姿を鼻で笑うと、爪先で平針のガンドッグを引っ掛け、クリーチャーの眼前に放り出した。
「うわぁっ!?」
《キュル!?》
 一人と一匹が空中で激突する。その間にライダーは腕から棘のようなものを2本引き抜き、投げつけた。
「呪縄、縛符!」
 ライダーが凛と言い放つ。2本の棘はそれぞれが一枚の札の形に開き、声に応えるかのようにその中心から光の縄を擲った。
《キュ……ッ!》
 縄は過たずクリーチャーのみを捕らえ、縛り上げる。
「っ……何だ?」
 床に落ちて平針が呻く。見れば縄の正体は単眼の蛇だ。
(こいつもバイオクリーチャーか!?)
 仮面の奥で目を剥く平針に構うことなく、ライダーは次いで足から数本棘を抜いた。
「蒼廉刃符」
「っ!」
 ライダーが唱えると、札が眩い光を放つ。思わず目を背けた平針が視線を戻すと、ライダーの手には表面に複雑な紋様が刻まれた一振りの剣が握られていた。
 剣の紋様に沿って淡い光が走る。クリーチャーが、首をそちらに向け、慄くかのような声を上げた。
《キュ――》
「――夢へ還れ」
 ライダーは無造作に間合いを詰め、携えた剣でクリーチャーの首を――貫いた!
「速……っ!」
 原は壁際にへたり込んだ格好で驚愕の声を上げる。だが驚くのはそこからだった。
 貫かれたクリーチャーの体が剣とともに光を放ち、やがて蜃気楼のように消えうせてしまったのだ。
 残されたのは、フワリと浮かぶビー玉大の球体がひとつ。
 ライダーはそれをキャッチして、ベルト脇のポーチに仕舞い込むと踵を返した。
「……待ちなさい!」
 しばしその光景に見とれていた原だったが、我に返ると、ライダーを呼び止めた。
 腕を動かせないままどうにか立ち上がり、問いを投げかける。
「あなたは何者なの? 今、何をしたの? それに、そのビー玉みたいなの……どうするつもり!?
 それは大事な証拠よ、渡しなさい!」
 鋭く命じる原に、しかしライダーは首を横に振る。
「だったら止めてみなよ。その格好で凄んでも、大して怖かないけどねェ……ここで時間食ってたら、怖いオバサンが帰ってきそうだ。割に合わないね」
 言ってライダーは駆け出した。原はその後をどうにか追う。しかし廊下に出たところで何かがガンドッグの目を塞いだ。一瞬、視界の全てがブラックアウトする。
「何よ、もう!」
 どうにかして振るい落としたのは一枚の札。それが、青白い炎を上げて瞬く間に燃え尽きる。
 そして視線の先に、すでにライダーの姿はない。
「逃げられた……エネミーファイルに諸元登録……っ」
 悔しさに歯噛みして、原はガンバックル内の制御AIに音声命令を下す。
 東堂が到着したのは、ライダーが去った2分後、典子たちが駆けつけたのはさらに5分後のことだった。

『あー、やっと通信回復したわ。テステス、聞こえてるー?』
「ああ、感度良好。しっかしこれは」
 量子からの通信に応えつつ、東堂は周囲を見渡した。
「ひどいね、まったく」
 通信の途絶えた遊撃機動隊舎に裏ルートから潜り込んでようやく辿り着いたら、この惨状だ。
『バイオメアのことは、緘口令敷かなきゃね。さっきもらった報告以外に、被害は出てる?』
「一番重傷なのは部下のプライドだよ。その場にいた奴も、いなかった奴も」
『ま、三人のおかげでデータは揃ったから、お手柄だって伝えてよ。それにねぇ……』
「何だい」
 量子は思わせぶりに言葉を切る。東堂は他に聞く者がいないことを確かめて先を促した。
『原ミョンと典子、後でこっそり隊長室に呼んじゃっといて。今回の件とは別に、じっくりざっくり聞きたいことがあんのよね』
「わかったよ」
 東堂はそれから二、三確認して通信をきった。
 そして携帯電話のメモリーから、行きつけの飲み屋を呼び出した。
 今日は勤務時間が終わったら呑みに連れてってやろう。それが上司の務めというものだ。
 できれば割り勘で済ませたいという本音もあるが。

 モーターショップ石動二階、渡良瀬探偵社。
 タクシーを拾って帰り、足りないタクシー代を石動に出してもらい、ついでに食費もないので昼食をご馳走になり、人心地ついた渡良瀬は、携帯電話を二世代前のものにすれば壊れた奴と無料で機種変更できるだろうか、と必死で検討していた。
 しかも午前中、渡良瀬がいない間に美人の客が来て帰っていった――カオリではない――と相模に聞かされている。
「ちっくしょー、あのワンコロ野郎。厄介なのに目ェつけられたな」
 岸田カオリ探しに血道をあげている場合ではないな、と挫けつつ渡良瀬は忌々しげに机の引き出しの中身を見下ろした。
「やっぱ携帯しなきゃダメか、これ」
 そこには、昨日今日としまいこんだまま持ち歩いていなかった変身ベルト・クラスバックルが、心なしか寂しげに鎮座していた。

 ――――To be continued.

次回予告。
file.05“廃病院の首無し男”
「何か、“大草原の小さな家”みたいな語感だな」

( 2006年06月29日 (木) 20時43分 )

- RES -


[156]file.04-6 - 投稿者:壱伏 充

 自分をおいて行くガンドッグを見送り、渡良瀬は肩をすくめた。
「若いっていいねェ。しかしとっつぁんも案外モテるもんだな」
 第三者がいないので誰もツッコミを入れてくれない。渡良瀬は「て、違うだろ」と空しく虚空に手の甲を打ち、ガンドッグに放り投げられたコートを拾った。
 ポンポンと埃をはたきつつまさぐり、携帯電話が壊れていることを思い出す。
 モーターショップ石動に電話をかけて迎えを寄越してもらうことができない。
「……歩くか」
 遊撃機動隊にも何かあったようだが、一民間人である渡良瀬に出る幕はない。
 まず帰る。そして岸田カオリを追う。それが渡良瀬にとっての優先事項だ。

「ふぇくしょ!」
 盛大にくしゃみをしたら、唾が上司にかかった。
「すいませんね、鼻がむずっとしちゃって」
 睨み付けて来る警備部長に言い訳して、東堂は扉の前で途方に暮れた。
 警報が鳴った折には本庁舎に出向いていたため遊撃機動隊舎からは隔壁で締め出されているのだが、それでも外部から開くはずの本人認証システムをパスしてくれない。
「どうなっとるんだね東堂君!」
「私に聞かれても」
 さらっと受け流し、東堂は携帯電話を取り出した。圏外表示だ。
(大規模な情報遮断……昨日のクリーチャーと同じ現象か?)
 部下の報告と考え合わせ、仮定する。だがここで考え込んでいても結論は出ない。
「警備部長はこちらで待機を。私は外から回り込んで見ます」
 ならば足を使って確かめるべきだ。東堂はそう自らの行動を決定し、足手纏いになりそうな警備課長を置いて本庁舎の外へ向かった。

「このっ、このっ、このぉ!」
《キュルッ!?》
 駆けつけた原のガンドッグがマルチライフル・ワイズコーファーから冷却弾を連射する。そのうちいくつかが弾頭ごと直撃し、クリーチャーは背後へ大きく吹き飛んで解析ルームの壁に激突した。
「大丈夫!?」
「ああ……今のうちに退避するんだ!」
 ガンドッグ平針の言葉の後半は、彼が庇っていた第3班員に向けられたものだ。
 白衣の研究員たちは頷いて、原が入ってきた扉から逃げ去っていった。
 それを確かめた平針が向き直る。原は視線をクリーチャーに固定したまま口を開いた。
「何があったの?」
「わからん。急に暴れだして、強化ガラスもこのとおり――危ない!」
 原の問いに答えつつ、平針は警告を発する。とっさに屈んだガンドッグ原の頭上を、長く伸びたクリーチャーの爪が薙いでいった。
《キュルル!》
「こいつ!」
 飛びのいた原が再度銃弾を浴びせるが、クリーチャーは器用にそれを避け、狭い解析ルーム内を跳ね回る。
 そしてコンソールに爪を突き立てて着地すると、自分で大穴を開けたガラスを背に警戒するように室内を見回した。
「ブロゥパルサーも効果はないし、神経ガスが効くような神経があるかどうかも怪しい。その上冷却もダメか」
 ハンドガンを構え平針が呻く。原は頷いて、左腿の警棒を抜いた。
「じゃあ、これね」
「ああ!」
 電磁警棒・スタンスラッパー。二人のガンドッグは同じ得物を手に、クリーチャーに踊りかかった。
『でやぁああああああ!!』
《キュルル……!》
 左右から同時にスタンスラッパーを打ち下ろす。両腕を広げたクリーチャーがこれを受け止め、走り抜ける電撃に怯んだ。
「今だ!」
 そして二人はもう片方の手に握る銃を、がら空きの胴体に向け連射する。
《キュ……!》
 衝撃に圧される形でクリーチャーは自ら開けたガラスの穴からモニタールームへ転がり落ちる。
 だがその瞬間、クリーチャーの腕が伸びてガンドッグ平針の足を鷲掴みにした。
「うぬぁっ!?」
「平針さんっ!」
 そのまま平針はモニタールームに引きずり込まれ、クリーチャーとともに床に落ちた。
 原はモニタールームに飛び込み、なおも平針の足を放さないクリーチャーの腕にブロゥパルサーを向けた。
《キュル!》
 クリーチャーが威嚇するかのように牙を剥き出す。その腕は、まるで何かを吸い取るかのように光を放ち脈打っていた。
「その手を放しなさい!」
《キュルゥ!》
 原は吼えてトリガーを引く。銃弾に腕を叩かれ、クリーチャーは部屋の端まで跳ね退いた。
「すまない、助かっ……!?」
 立ち上がりかけた平針が膝をつく。原はとっさに彼の姿勢を支えた。
「どこかやられた?」
「いや外傷はないが、ガンドッグの足が動かない……プログラムロストだと?」
 ヘルメットの内側に投影された警告メッセージに目を走らせ、平針が呻く。原も仮面の内で頬を引きつらせた。
「こんな時に!」
 即応外甲のベーススーツは装着者の挙動を感知し自ら伸縮することで人間を超人へと変えるパワーを発揮する。
 同時に不慮の衝撃に対しても装着者を守るため、静止しているときは変形を行わない"固まった”状態に近い。
 ゆえに動かなくなった即応外甲はただの重りに留まらず、もはや人型の丈夫な棺桶とすら見なされてしまう。
 無論複雑なメカニズムは常にどこかしら不具合を抱え込むのが宿命であるため、即応外甲もまたよほどのことがない限り問題なく稼動できるようなフェイルセーフ機能を備えている。
 だが駆動プログラム自体が欠損した場合、最も有効な措置は再インストールであり、それを今の二人にできる余裕があるはずもない。
《キュルルルル!》
 一方でクリーチャーは不気味に笑い――その両足を変化させていた。
 ガンドッグの脚の形に。
「何こいつ……自己進化系!?」
 原は息を呑み、平針を庇うようにスタンスラッパーを構えた。

( 2006年06月24日 (土) 20時45分 )

- RES -





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