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[191]W企画ノベライズエピソード 第1話「Aの捕物帳/猿を訪ねて三千里」C - 投稿者:matthew

――先を走るエーテルを追う雨と、さらにそれを追いかける零太。猿と人間二人の追跡劇は、センター街の通りを抜けて運河沿いへと繰り広げられていく。
「ホッホッホッホッホッホッ!」
「待てこの猿ッ! 人間を舐めるなよ!」
 バナナをかじりながら器用に逃げるエーテルを、血眼で雨が追いかける。そしてそれを追いかけて零太も必に食らいつく。未だに、自分の策が成功した喜びを引きずりながら。
「雨姐さん、僕間違ってなかったよね! 正しかったよね!?」
「だから今はそんなことを言ってる場合じゃないだろうが!」
「ウキャキャッ!」
 一瞬雨が零太に気をとられた隙に、1本のバナナを食べ終えたエーテルがその皮を放り捨てる。それに気づいた雨は反射的にそれを避けて目の前の標的を睨みつける。
「えぇい、こしゃくな真似を!」
 しかし――雨の後ろにいた零太は、足元に落ちたその皮を避けることは出来なかった。うっかりその上に足を乗せてしまった零太がバランスを崩し、前のめりに転倒する。
「うぉわわぁっ!?」
 運が悪いことに、この通りは急な下り坂であった。猿もスピードを上げ、雨も続いてスピードを上げる。そんな彼女が零太の身に起こった不幸に気づくことはない。
「待てこの猿ぅぅう!!」
「ウッキャキャキャキャキャ!」
「どわああああああああああッ!!」
 どんどんスピードを上げていくエーテルと雨の追跡劇に、それでも零太は必に食らいついていった。
ただし――坂道を文字通りに、転げ落ちながら。

 やがて、エーテルはバナナをのん気に食べながら運河沿いに辿り着いたところでその足を止めた。何とか追いついた雨が息も絶え絶えに口を開く。
「ようやく、追い詰めたぞ猿……覚悟、しろ……!」
「ウキ?」
 体力をひどく消耗させられて苛立つ雨の表情など意にも介さないかのように、エーテルが小首を傾げる。その姿に雨の怒りはまもなく頂点を迎えようとしていた。
「こ、こいつ……どこまでも人間を舐めくさって……ッ!」
「……ま、待って雨姐さん……ちょっとタンマ……」
 そんな雨の隣に、ようやく追いついた零太が並び立つ。ただし坂道を転げ落ちてきた零太のダメージは非常に深刻で――服はボロボロ、ゴミにまみれた何とも惨めな姿だ。思わず雨はその惨状に数歩後退した。
「……レフト、一体何があったんだ?」
「そ、そりゃないっすよぉ……こちとら災難だったのにぃ……」
 情けない断末魔を残して、零太がへたり込む。だが残念なことにそれに対して情けをかけるような優しさは、今の雨には少しもない。依頼を受けた零太本人以上にやる気に満ち溢れた雨は、エーテルをびしっと指差して言い放った。
「さあ、懺悔の時間だ。人間を散々馬鹿にした報いは受けてもらうぞ!」

「ちょ〜っと待ったぁあ!」
 が、そんな二人の前に猿を挟んで一人の乱入者がマウンテンバイクを駆って現れた。スポーティな細身のボディスーツに身を包んだその青年は、不敵に二人を見つめたままではっきりと言い放つ。
「その猿はこの運び屋の届け物だ、大人しく引き下がってもらうぜお二人さん!」
「運び屋……先斗か!」
 マウンテンバイクを停めた青年――紅院先斗はヘルメットをハンドルに引っ掛けると、エーテルを指差してにやりと笑みを浮かべた。
 この水都には、様々な物資が流れ込んでくる。それを運搬する運び屋という稼業の中でも、彼――先斗は特に有名であった。水都のあらゆる通りを知り尽くし、その中を縦横無尽に愛車のマウンテンバイクで駆け回る彼の手腕は業界でもトップクラスに位置するのである。
 そんな彼が、零太と同じくエーテルを届け物として扱っている。雨はそこに妙な引っ掛かりを覚えた。
「たかが猿1匹にキミほどの人間が出てくるとはな。そんなにこの猿に価値があるのか?」
「モノの大小はウチには関係ないね。大事なのはそこに秘められた想い、ってやつさ」
 ドライな雨の問いかけに対して、先斗が小粋な答えを返す。年齢で言えば先斗のほうがまだ下だが、その物言いには運び屋としてのプライドが確かに見え隠れしている。雨はわずかに肩をすくめてすぐに目を吊り上げた。
「ご立派なことだ。だが……引き下がるわけには行かないな」
「っと?」
「私はともかくだが、これはレフトの依頼だ。譲れないのはこちらも同じ……だろう、レフト?」
「……へっ。まあ、そういうこと……」
 ボロボロの服についた土ぼこりを払い落としながら、零太が再び瞳に光を宿す。プライドならば、零太にも探偵としてのプライドはある。ましてやこれは彼がもっとも得意とするペット探しだ、なおのこと引き下がるわけには行かなかった。
「……悪いけど、そっちが手を引いちゃくれないかな。僕にもペット探偵の意地ってものがあるんでね」
「そうかい、そいつは残念――」
 今度は、先斗が肩をすくめる番だ。しかし彼ももちろん引き下がるわけには行かない。水都トップクラスの運び屋として、依頼を途中で投げ出すのは言語道断だ。だからこそたとえどんな手段を使っても、仕事は果たさなくてはならない。そう――どんな手段を使っても。肩にかけたバッグを開いた先斗は、そこから小さな機械を取り出して見せた。
「だったら……力ずくだな」
 選ばれた人間だけが持つそのアイテム――デュアルドライバーを。

( 2010年05月16日 (日) 21時01分 )

- RES -


[190]W企画ノベライズエピソード 第1話「Aの捕物帳/猿を訪ねて三千里」B - 投稿者:matthew

「おっ、おっ、お〜さる来〜い! こっちのバナナはあ〜まいぞぉ〜っ!」
 木造の竿に吊り下げた、ひと房の黄色い新鮮なバナナ。それを踊るように振り回して歌いながら、零太は大通りを闊歩していた。どうやらこれが彼の考えた猿を見つける策、ということらしい。
「き……聞くんじゃ、なかった……!」
 がっくりと肩どころか膝まで落とした雨は、そんな零太を見ていることさえ耐えられずに青い顔でうなだれていた。ところが零太はそんな彼女にお構いナシといった風に陽気に語りかける。
「ほらほら雨姐さん! がっくりしてないで一緒に歌って!」
「誰が歌うか! 寄るな見るな話しかけるなぁ!」
「何言ってんだよ、さあ恥ずかしがらずにっ! さぁさぁ!」
 当然、周りは好奇の目を二人に向けている。その視線が痛いほど雨の羞恥心を刺激し、苛立ちを増大させていく。同時にそれをまるで意にも介さない零太の無神経さが余計に腹立たしくて、腕を引かれながら雨は思わず声を荒げていた。
「っえぇい離せレフト! こんなので猿が来るわけないだろうが!」
「来るに決まってるだろ? 昔っから猿とバナナはワンセットじゃないか!」
「馬鹿だろ、やっぱり馬鹿だろキミ!」
「嘘ぉ!? これ、名案だと思うんだけどなぁ……」
 自らのアイディアに絶対の自信を持っていた零太は、その名案を根底から否定されて目を丸くした。どうやら本気で、猿とバナナがワンセットだからという安易な根拠をアテにしていたらしい。雨はそんな零太のアイディアに眩暈を憶えて額を押さえた。
――やはり、零太の話にわずかでも期待を寄せたのは間違いだったのだ。
「……いくら猿が相手でも、そんな単純なアイディアで引っかかるわけがないだろう」
 呆れたように肩をすくめた雨が、踵を返して立ち去ろうとする。それでも諦めきれない零太は、そんな彼女の視界の隅で不思議そうにバナナと竿を見つめるばかりだ。
「鮮度抜群の水都特産バナナ、最高の餌になると思ったのになぁ……」

 だが次の瞬間――そのバナナだけが一瞬で彼の視界から消え去った。

「え、そ、そんなバナナっ!?」
 うろたえてまともに喋れなくなった零太にさらに呆れた雨が、何も知らずに苛立ったように声を荒げる。
「くだらない駄洒落を言っている場合かレフト、いいから帰――」
 しかし、雨の言葉はそこで遮られることとなる。何故なら、彼女の目の前に現れたからだ。
「キ、ウキャキャッ、ウキャッ」
 バナナを奪い取った1匹の猿――エーテルが。

「……ほら見ろやっぱり来たぁああああああああッ!!」
「ウキーーッ!!」
 エーテルは零太の大声と同時にぴょんぴょんと飛び跳ねながら、二人の前からあっという間に逃げ去っていく。さすがは猿、1匹といえどもその身軽さは侮れない。ぼやぼやしているうちに距離はどんどん離れていくばかりだ。しかし零太はそれよりも、自分の策が間違っていなかったことのほうに興奮して雨ににじり寄る。
「ね、ね見たでしょ雨姐さん! 僕やっぱり間違ってなかったでしょ、ね!? ねって――あいっだぁ!?」
「そんなことを言っている場合か! 追うぞ!!」
 本来の目的を見失った零太に平手打ちを決めた雨は、一人さっさとエーテルを追って走り出した。さっきまでの諦めはもう彼女にはない――報酬という誘惑を前に、いつの間にやら雨のやる気は零太以上に燃え上がっていたのだった。
「あ、待って、待ってってばぁあ!!」

( 2010年05月16日 (日) 21時00分 )

- RES -


[189]W企画ノベライズエピソード 第1話「Aの捕物帳/猿を訪ねて三千里」A - 投稿者:matthew

 護剣零太。曲がりなりにも探偵の端くれである彼ではあったが、彼の元に舞い込んで来る依頼は事件の捜査協力でも浮気調査でも、ましてや人探しでもない。もっぱらペット探しがほとんどである。
 だが、彼はそのことを微塵も苦に感じたことはなかった。むしろ動物好きの彼にはまさに願ってもない状況だったからだ。だから少ない報酬であってもその依頼を喜んで引き受ける。そしてそんな程度の報酬では事務所が大きくなるなどあるはずもなく、あんなプレハブ程度の小さな事務所でも、零太自身は何も不憫さを感じていないのだ。
「さぁ〜て、どこに行ったかな……っと」
 大通りを気持ち足取りも軽く数歩前を歩く零太を呆れて眺めつつ、普段着のジャージ姿にボサボサの黒髪のウィッグをかぶった雨が続く。もう、彼女の心中には微かな期待もない。強いて言うならば、零太の事務所がようやく立ち退くかもしれないと希望を寄せていた自分への絶望感くらいだ。
「……何でそうキミはつまらない依頼でも嬉々として乗ってやるんだろうね」
「依頼につまらないもつまらなくないもないでしょ、雨姐さん。そういう冷たい物言いはナシだって」
 行き交う人々にマメに挨拶を返しつつ、零太が返す。そういうお人よしな彼の性分は好感の持てるところではあったが――雨には時々それが疎ましくもあった。そのお人よしに巻き込まれるのも時には考え物なのだ。そういう時に限って、見返りなどあるはずもないのだから。
「それに、言ったろ? もしかしたらホントに事務所を大きく出来るかもしれないって」
 しかし、零太はそれでもそんな見返りに大きな期待を寄せている。今回はどうやら単なるお人よしだけが動機というわけではないらしい――期待などはもうとっくに失せていたが、雨はどうしてもそこまで自信たっぷりな彼の言葉にもう一度興味を向けてみることにした。
「こんなペット探し程度で、それほど莫大な報酬が手に入るものなのか?」
「間違いないって。だって、依頼人が依頼人なんだからさ」

――それは、零太が雨の元を訪れる1時間ほど前に遡る。彼が依頼を受けたのは、とある有名なブリーダーからであった。
「猿を、探して欲しい?」
「はい。お願いします、私のかわいいエーテルちゃんを見つけてください!」
 質素なパイプ椅子と木造のテーブルを挟んで零太と向かい合うのは、水都でその名を知らないものはいないブリーダー、麻生マルコであった。彼女が差し出した1枚の写真には、真っ白な毛並みの猿が写っている。それが彼女の探すエーテルという猿らしい。
「3日前、突然エーテルちゃんは私の家から姿を消してしまった……庭中どこを探しても、見当たらなくって」
「……ああ、そりゃあんな広い庭じゃ見失っても仕方ないよなぁ」
 彼女の持つ豪邸のことは、零太も勿論把握している。鳥や魚、爬虫類などありとあらゆる動物たちを放し飼いにしている邸内の庭の広さはいわば小さな動物園といっても過言ではない。それをよく一人で世話しているものだと、メディアで取り上げられるたびに感嘆していたものだった。
「お願いします! エーテルちゃんが大変なことになったら、私……私!」
「落ち着いて! 大丈夫……僕に任せてください」
 たくさんいるペットのうちのたかが1匹――冷めた性分の人間であったなら、その程度でことを済ませていたことだろう。だが、零太は違っていた。彼はそういう些細なことでさえも見過ごせない、とてつもないくらいのお人よしなのだ。取り乱すマルコを静かになだめると、零太はにっこりと微笑んで告げるのだった。
「あなたとエーテルちゃんの絆は、絶対に断ち切らせやしません。この依頼、責任もって引き受けさせてもらいます!」

「……相変わらずキミは超がつくほどのお人よしだな。巻き込まれる側の身にもなってくれ」
 そんな零太とは対照的にドライな感性の持ち主なのが雨である。ジャージのポケットに憮然とした態度で両手を突っ込み、さらに呆れたように肩を落として彼女は言った。今の話のどこにも雨の期待に応えるような吉報は見当たらない。何の見返りもなしに動くなど、雨にとっては絶対にありえない選択肢なのだ。
「まあまあ待ってよ雨姐さん。別にタダ働きだなんて一言も言ってないだろ?」
 しかし、そういう彼女の性分も零太は重々承知している。だからこそ、彼はここで交渉に踏み切ることにした。
「キミごときが私をタダ働きさせるつもりなら、事務所ごと叩き潰すぞ」
「分かってるって。報酬は半分こずつ山分けってことで、どう?」
「割に合わない。その程度で私が満足するとでも?」
「半分でも満足いく額だってことだよ、だってさ――」
 未だに面白くない顔の雨に近づいて、零太がその報酬の金額をそっと耳打ちする。すると、瞬時にその情報から半分の額を割り出した雨は目をかっと見開いて――そして、ポケットから両手をすっと取り出した。
「……それで、一体どうやってその猿を見つけるつもりだ?」
 どうやら、彼女なりにやる気になってくれたらしい。交渉が成立した喜びに満面の笑みを浮かべた零太は、これまた自信たっぷりに手持ちのバッグからあるものを取り出して見せた。
 それは――

( 2010年05月16日 (日) 20時59分 )

- RES -


[188]W企画ノベライズエピソード 第1話「Aの捕物帳/猿を訪ねて三千里」@ - 投稿者:matthew

――水都。ありとあらゆるものが流れ込んでくる、水の都。
 その一角にある小高い丘の上に、小さな教会がある。そこには人にはなかなか言えない悩みを聞いてくれる美貌のシスターがいるという噂があり、街ではちょっとした有名なスポットになっていた。
 だがもう一つ、有名になっている理由がある。その教会の隣に、ぽつんと小さく構えられたプレハブ小屋の存在だ。その入り口の前には、これまたみすぼらしい木造の立て看板があって――こう、書かれていた。
『護剣探偵事務所』、と。

 この教会には、神父がいない。いるのはシスター一人だけだ。もっともそれほど普段から忙しいわけではないので人手不足ではないが、かといって寂しげな雰囲気は拭い去れるものではない。静かなときはとことん静かだ。
だが、そんな雰囲気を彼女は心地よいと思っていた。自分一人しかいないこの静寂は、面倒くさがりな自分にとっては人との関わりを避けられる絶妙な空気感があるからだ。
「……っと、いけない。少し昼寝していたか」
 懺悔室の窓口でうたた寝をしていた彼女――峰岸雨は、外からかすかに聞こえてきた扉の開く音にうっすらと目を開けた。神に仕える身分であるシスターが職務を怠って昼寝など言語道断ではあるが、元々この教会は彼女が“趣味”として始めた形骸的なものに過ぎない。信仰心が厚いわけではないので、別段気に留めるほどのことでもない。ただ、シスターとして表面的な仕事をこなしていればいい――その程度の認識に過ぎないのだ。
 そして彼女はそんなマニュアル通りに、やって来た人々にこう告げるのである。
「よく来ましたね、悩める子羊よ。さあ、神の前にその悩みを告白なさい、さすればあなたは救われ――」

「雨姐さん雨姐さん! 依頼だよ依頼っ! 超ビッグな依頼が飛び込んで来たよ雨姐さんってばぁ!!」
――が、彼女にとっては残念なことに。現れたのは悩める子羊などではなかった。騒々しい客人の声にその正体を悟った雨は、がっくりとその場にうなだれて途端に面倒そうに目を細めるのだった。
「……いい加減キミの依頼に私を巻き込むのはやめろ、レフト!」

「えー? 何でそんな冷たいこと言うんだよ。せっかくのウマイ話だから雨姐さんにもって思ったんだけどなぁ……」
 レフト、と呼ばれたもみあげが特徴的な青年はガリガリと短髪を掻きながらも、少しも悪びれる風もなく天井を仰ぎ見ている。雨は彼のことを悪くは思っていなかったものの、かといって彼がここにやって来ることをあまり歓迎はしていなかった。何せ、雨にとっては彼の来訪は営業妨害と同じになってしまうからだ。
「私にとって一番ウマイ話は、だ。キミがこの教会の隣からさっさと立ち退いて立派な探偵事務所を別のところに構えてくれることなんだが」
「だ〜か〜らぁ、それがもしかしたら出来るかもしれないってことなんだよ!」
 やんわりと拒絶の意思をはらんだ棘のある言葉も、その営業妨害の原因である彼は意に介さない。そう――彼こそがこの教会の隣に事務所を構える探偵、護剣零太であった。
正しくは『れいた』と読むその名前をわざと違うように呼ぶ雨と、それでも彼女を慕う零太。何故二人がそうした間柄にあるのかは後で語ることとして――彼が持ち込んできたその依頼の内容に少しだけ気を惹かれた雨は、呆れながらもその内容を問いかけた。
「……で、その依頼は何なんだ?」
 その内容を聞かなければよかったと、後悔してしまうことになるとは――もちろん、彼女は微塵も考えていなかったのである。
「ふふん。僕にとっては待ちに待った得意分野の――ペット探し、さ」

( 2010年05月16日 (日) 20時57分 )

- RES -


[180]超神甲ウルフェンサー 第1話 狼剣士(1) - 投稿者:オックス

 今一番記憶に残っている童話は何か?と聞かれたら、俺は迷わず「三匹の子豚」と答えるだろう。

 鮮明に残った子供の頃の記憶……というわけじゃなく、単純につい最近古い絵本を読む機会があっただけなんだが。

 その古い絵本に書かれていた内容はなかなか衝撃的だった。俺が子供の頃に読んだ話は「豚の三兄弟が、それぞれ藁と木と煉瓦で自分らで家を建てたが、藁と木の家は狼に吹き飛ばされて残ったレンガの家に避難し、最終的に狼は諦めて去っていく」という内容だったのだが、それは数十年前に残酷な描写を変更したモノなのだそうだ。
 変更前の話は「藁の家と木の家を吹き飛ばし、住んでいた子豚を食った狼が残ったレンガの家を狙うも吹き飛ばせず、何とか知恵を絞り家から誘き出そうとするもするも失敗し、最終的に煙突から侵入しようとしたらそのまま鍋に落され、残った豚が狼を美味しく頂いた」と、文字通り食うか食われるかの戦いを書いた物語だった。
 それが子供向けかそうでないかはあまり気にならなかった。しかし、未だにどうしても…一つの疑問が頭を離れない。

 何故狼は、レンガの家を吹き飛ばさなかったのか。

 藁や木とはいえ、家を構成出来るだけの強度と量を持っていた素材を吹き飛ばしたのだ。それだけのパワーを持ちながら、レンガは他より頑丈だった。というだけで諦めるのは、ちょっと待つべきだったろうと俺は思う。
 自分より賢そうな相手と知恵比べをする暇があるのなら、己を鍛え更に高めれる方が肉体に良い。
 俺ならば、目の前に立ち塞がる存在がレンガであろうとコンクリートであろうと鉄骨であろうと……悪意を持った人であろうと、何であれフルパワーで吹き飛ばす。

 そう、いつだって俺はフルパワー!
 何が相手でも立ち止まれない男だ!

( 2008年05月03日 (土) 02時53分 )

- RES -


[174]鉄の森へ観光旅行 〜日常的な光景〜 - 投稿者:オックス

 多いな…

 それが、当機が手に持ったカタログに目を通した時に思った率直な感想だった。

 カレーライスという料理の調理方法を調べ、初心者はカレー粉よりもカレールーの方が望ましいという情報を手に入れたのだが、どうやらこのカレールーはさまざまな種類があるらしい。そして、それぞれに様々な特徴があり、使用するルーによって味が大幅に変化するようだ。
 更には「複数の種類のカレールーを組み合わせる事で更に美味しくなる」という未確認情報もあり、もしそれが事実であるならば、選択肢は無限大である。
 情報が少ない……サンプルとして10品ほどカレールーを購入し、成分を細かく分析し比較してみるべきだろうか。

「お〜い、エイシュ」
 横から『超鉄鬼A種試験型』を略した愛称で呼ばれ、思考を中断する。
 当機に声を掛けたのは正式名称『高月誠』、29歳。当機達が所属する高月観光の社長であり、主に高月社長などと呼ばれている、眼鏡と悪趣味な赤ネクタイくらいしか特徴の無い男だ。
「今は一応勤務時間だろ? 机の上に堂々とスーパーのチラシを広げんでくれ」
 確かに、基本的な終業時刻である19時までは後4時間32分掛かるので、勤務時間内である。
「しかもツバサに至ってはソファーで寝ているし……頼むから、もうちょっとまじめに仕事をしてくれ」
 ツバサ。『超鉄鬼B種試作型』であり、当機のパートナーである存在だ。見た目は10代前半の少女で、貧相な体格と艶の無い灰色の髪と瞳が特徴である。
 現在、彼女は来客用ソファーの上で、私物の枕と布団を装備し睡眠状態にある。呼吸音を出さず、また身体を微動だにしないのは彼女なりの周囲への気遣いなのだろうが、まるで人形が置かれているようにも見えた。

( 2007年08月13日 (月) 00時05分 )

- RES -


[170]Masker's ABC file.07 - 投稿者:壱伏 充

 無限に続く、真空の闇。
 瞬かない星々を背景に、戦いあう二つの存在があった。
 光学的に観測すれば、それらは鋼鉄の装甲を鎧った2色に輝く光の巨神――“彼ら”はその人工物めいた姿とは裏腹に、明確な意志を持ってぶつかり合っていた。
『もうやめるんだ! お前はこの宇宙から、全ての感情を奪い去るつもりか!』 紫色の光から金色の光へ思念のメッセージが飛ぶ。だがそれに対する金色の光の答えは、哄笑とともに繰り出された光の稲妻だった。
『知れたこと! それこそが絶対の秩序と、貴様とて気付いていよう!』
『くっ! ……だがしかし、私たちは見守るべきなのだ、多様な心が生む生命の可能性を!』
 稲妻に貫かれながら、紫色の光は抗弁する。しかし金色の光は動じなかった。
『ならば止めてみせよ、この世界を多い尽くす全ての悲しみを。
 貴様の偽善なら聞き飽きた!』
金色の光は言い放ってその場から離脱する。その行く手に、情報に満ちた碧き星があることを、紫色の光は一歩遅れて感知した。
 紫色の光は翼を広げ、全速力でこれを追う。
『待て! たとえ私の願いが偽善だとしても、お前の作る世界を認めるわけにはいない!』
『ならば止めてみせよと言った! 時代は勝者を正義と選ぶ、それが古からの真理!』
 聞く耳を持たない金色の光は、碧き星へ加速を続ける。
『……ならば!』
 意を決した紫色の光は、双眸にさらなる光を灯し、剣を抜いた。
 宿敵の動きに気付いた金色の光が嘲笑う。
『そうだ、それでいい……力でしか我を止められぬ、貴様の心の無力を知れ!』
『これ以上の悲しみを見るくらいならば、喜んで私は修羅に堕ちるさ――征くぞ!』
 紫色の光が剣を構えて加速する。
 金色の光もまた、鎌を取り出して応戦の構えを取りながら碧き星へと飛び込んでいく。
 やがて二つの巨神――巨大ロボットは接触し、もつれ合いながらやがて星の重力に引き込まれる。

 地球の大気圏に突入を始めた2体のロボットは、しかしながらいかなる者にも気付かれる事無く激突を繰り返した。

 雲海を突っ切って、翼が風を切り裂く。
 風より鳥より早く、空を駆け抜ける快感。
 ――そんなものを感じられるのは、あふれる才能に99倍以上の努力を重ねた、一握りの人材だけだと実感する。
 とりわけ今のように、恐ろしいくらいのGが苛んでいる時は。
『天野、しっかりするんだ天野! ジェネレータのリダクタンスステージを上げろ!』
「うぇはっ!? は、はいっ!」
 天野鷲児は松木 潮の声で我に返り、指示に従って機体を減速させた。
 鷲児がいるのは、AIRが開発した最新鋭実験高速機“ライズ1”のコクピット。
 なぜか鷲児は、テストパイロットとしてこの機体に乗り、飛行実験を行っていた。
 機体を引き返させると、展開する僚機の姿が小さく見える。
『生きてっか〜? やっぱ鷲児には無理じゃないっスか博士〜』
『やれやれ』
 共有回線で呆れ声が入ってくる。
 ここに集まっているのは潮の水上機“アクア2”、由比 巡が操るジェットヘリ“ストーム3”、二ノ宮十三を乗せた全翼ステルス機“ナイト4”。いずれもAIRが作り上げた最新鋭実験機と、AIR開発部第一開発チームが誇る精鋭テストパイロットたちだ。
 機体愛なら誰にも負けない自信がある鷲児だったが、彼らと並ぶと自分だけが場違いな存在であると思い知らされる。
 いや、どうにも纏う空気が違うのが、あと一組この空域にはいた。
『シュージ君大丈夫!? 怪我してない!?』
『いやはや、いい加速だったじゃないか整備士ボゥーイ。それと由比君、私のことはプロフェッサーと呼びたまえ。敬意と親しみをこめてな』
 ゆっくりと近づいてくるのは、試験輸送機“クラウド5”だ。
 だが今は、翼と一体化した大出力エンジンすら補助機扱いする新型エンジンにペイロードを占拠され、本来の用途では運用できなくなっている。
 コクピットに着くのは、鷲児の幼なじみでやはりAIR整備士の椎名珠美ともう一人、通信モニターの向こうで一人満足気な、浅黒く彫りの深い顔立ちの中年男性だ。
 白衣を纏う体躯は、立ち上がれば180cmを超す。
 彼の名は右島昼也――AIR開発部長の肩書きを持つ科学者で、5機の実験機の生みの親だ。
 もちろんパイロットではなく、クラウド5の操縦桿は珠美に任せている。
 その右島が軽い調子で――一方で両手は画面外のキーボードを高速でタイプしているが――命じてきた。
『ちょうどいい距離だ。もう一度最大加速でここまで戻ってきたまえ。
 できるな、ボゥーイ?』
『そんな、無茶ですよっ!』
 珠美が右島に抗議するのが見えた。そうなると、余計に幼なじみを見返してやりたくなるのが心情だ。
 鷲児は乗せられている自覚のないままうなずいた。
「はいっ、博士!」
『だからプロフェッサーと呼びたまえ』
 憮然とする右島には構うことなく、鷲児はライズ1のスロットルを再び開いた。

 鷲児の師、曰くして。
 天才は「有り余る閃きとその99倍の努力ででき」ていて、直感とは「積み重ねた経験則が表装意識を上回る速度で導きだす解」らしい。
 要するに人間、何事も努力が必要だということだ。
 それには鷲児も強く同意するし、今まで己の夢を叶えるための努力を怠ったことはない。

 が、しかし。
 AIRに入り、人工実験島“エアフロート”に転属した鷲児が知ったのは、そうした理屈を超越して新たな地平を切り拓く“奇才”が現存しているという事実だった。

 右島昼也、38歳現在独身。
 先述の風貌が日本人の規格をぎりぎりで一歩はみ出す手前、と言った外観に、無駄にハイテンションな言動が加わる、一部職員に言わせれば“存在自体がどこか変態じみている科学者”らしい。
 しかしその閃きはある種神掛かっており、閃きを現実のモノとする手腕は確かだ。
 それは、全くのゼロから今回テスト中の新型エンジン“A.E.R.O.フィールドジェネレータ”を作り上げたことからも、分かる。

 右島はさっそくAIR本部から予算を勝ち取り、A.E.R.O.フィールドジェネレータの運用試験を開始した。
 今回は、AIRがそれまでに開発した機体をベースにジェネレータをそれぞれ搭載。した実機を用意。
 ジャンルごとの機体とジェネレータのマッチングを調べるのが、目的だ。

 テストパイロットは人工実験島“エアフロート”内の、右島自らが率いる第一開発チームに所属している三名をそのまま起用した。
 アクア2には松木 潮。AIRナンバーワンパイロットと名高いクールビューティ。
 ストーム3には由比 巡。繊細な機動に定評のあるムードメーカー。
 ナイト4には二ノ宮十三。即応外甲の力も借りずにいかなるアクシデントからも無傷で生還してきたサバイバリスト。
 しかし、第一開発チームに所属するパイロットはこの三人だけだ。
 この事態に際し右島は、他チームと協力し人員を補充――しなかった。
 何と、公式にはパイロット経験のない整備士である天野鷲児、椎名珠美の二名をサプライズ起用したのである。

『A.E.R.O.フィールドジェネレータは機体のハート。ボゥーイのソウルに答えて機体を動かす。
 遠慮はノーセンキュー、思い切りやりたまえ!』
 右島から檄が飛ぶ。鷲児は「了解」と答えて機体の隅々まで意識を巡らせた。
「ごめんな。上手く使ってやれなくて。
 今度は暴走させない……力を貸してくれ!」
 呼び掛けて、意識的に深呼吸をしてみる。磨き上げた“直感”が機体の無事を確認し、理性的な経験則で裏付ける。
 鷲児の思うままに機体はスタートラインに進入した。ここまではこれまでも上手く行った。
 あとは、引き出した加速性能を制御するだけだ。
 プログラムスタート。鷲児は気を吐いて、ペダルを踏み込む。
「行っけぇぇぇ――うえぇぇぇぇっ!?」
 次の瞬間、鷲児の気合いを受け取ったライズ1は先刻以上の加速で“打ち出された”。


――光を、光が貫く――


 叩きつけるようなG。明らかにこのスピードは暴走だ。
 だがしかし、鷲児は肌で知っている。
 この翼はもっと飛べるということを、きっと右島よりも知っている。


――二つの巨体がもつれ合い、碧き惑星、地球へと落ちていく――


 鷲児はだんだんとこの加速に、興奮と愛しさを覚えてきた。
 まるで全力で坂道を駆け降りるときのような、己の手足が自分の意思の届く範囲ギリギリにあるかのような、説明しがたい……あえて言えば手応えのようなものが神経の先を何度も掠める。


――金色の鎌が紫の光の胸を抉る。飛び散った光が流星になった。だが紫の光は金色の巨人を放さない――


 脳裏の奥を引っ掻くような名伏しがたい感覚に、鷲児は自分のリズムを重ねようとした。
 あと一歩で届く。あと一歩で歯車が噛み合う。
 だが、しかし。
『待つんだボゥーイ、いったんストップだ!』
「……へ?」
 集中が途切れて、鷲児は反射的にライズ1を減速させる。
 気が付くと空が……今の鷲児にも分かるほど、眩しく白みはじめていた。
「う……うぉぉっ!?」
 いきなり操縦桿がロックされ、鷲児は慌てた。
 まるで惹きつけられるかのように、ライズ1、いや5機の実験機が、勝手に進路を光が照らす場所へと向ける。
 そして、今は真昼だというのに、より明るく輝く――その光の中から何かが雲海を突き破って出てくる。。
『何だあれは!』
『分かるわきゃないっしょ! 博士こいつは!』
『――あれは――そうか、あれは!』
 潮と巡の悲鳴をと右島の興奮BGMに合流しかけていた六人の真上から降ってきたのは――――

 輝きを放つ二体の“巨大ロボット”だった。

『機体が言うこと聞かねえっ! 博士あれが何か分かったのかよ! てか何でセンサーに映らないんだこれ!?』
「うむ――」
 通信機の向こうで、右島の傍らで、パイロットたちが期待するように息を呑むのが分かる。
 巡の通信を聞きながら、右島は唐突にさまざまなことを理解している最中だった。
 ――なぜ、自分には他者にはない発想を得ることができたのか。
 ――なぜ、自分がここで実験に携わっているのか。
 右島は目を見開き、力強く断言した。
「分からん! だが分かる、天才の勘を信じろ!
 そして私のことは、プロフェッサァーっと呼びたまえぇい!」
『ダメかこの人』
「シュージ君、シュージ君だけでも逃げて!」
 十三が呟き珠美が鷲児に呼び掛ける。
 それをよそに、右島は迎え入れるかのように両手を広げて立ち上がった。
「……やっと会えたな」

 右島が言葉を紡いだ瞬間、光の巨神たちが密集した実験機を押しつぶした。

 とある“遺跡”の奥深く。
 カオルは主とともに最深部の扉の前に立っていた。
 主が扉を開けて燈を入れる。部屋のさらに奥にひっそりと横たわるものが闇に浮かんだ。
簡素なデザインの棺だ。
「怖いのかい?」
「……いえ」
主に問われ、カオルは慌てて彼の袖から手を離した。
何を怖れることがあろう。カオルには主がついているのに。
しかし主は見透かしたように小さく笑うと、腕時計の表示を確かめた。
「無理もない、そろそろだ」

金色の光は海面に叩きつけられて、四散した。
だが問題はない。あの体はただの器だ。そもそも“彼ら”にとっては、肉体と精神に明確な境界はない。
しかし、物理的に制約が多い惑星上では、そのうち新たな器を探さなくてはならない。
精神だけの存在となった“彼”は、さもなくば星に息づく情報の海に飲み込まれて消えてしまう。
『むぅ……?』
“彼”は適当な器を探し、やがて気付いた。
『ほう。この星にも我らに近しき者がいるというのか』
情報と実体の狭間を行き来するもの。“それ”と一つになれば、より強くなれる。
 決断は早い。“彼”は迷う事無く、海底を走るケーブルから情報の海へ飛び込んだ。

部屋が小さく唸りだす。
端に寄せられていたコンソールのランプが次々に灯っていく。
その光景にカオルは懐かしさと畏怖を覚えた。
だがそれも、主の囁きが和らげてくれた。
「カオル。君も覚えているだろう。こんなふうに眠っていたんだから」
「…………」
カオルは頷く。主はカオルの髪を撫で、小さく唇の端を曲げた。
「本当の王が目覚める。そうしたら、カオルは僕を殺すかい?」
「――――いえ」
「はは、いいよ好きにしてくれて」
カオルは即答できなかった。理由が自分でも分からない。
二年前に目覚めた自分を養ってくれた主を、殺せるはずがない。だが、ずっとそれから仕えてきた自負が揺らぐ。
カオルは棺を見下ろした。これはきっと、パンドラの箱だ。しかも希望は抜いてある。
しかし主は物怖じせず、カウントダウンを始めた。
「10、9……」
唸りが、強くなる。部屋を満たしていく。
「8、7……」
光が、眩しくなる。部屋を塗り潰していく。
「6、5……」
微かに、風が吹いた。ここは地下の密室だ。
「4、3、2……」
それらが渾然と場を支配する中――棺の蓋が、カタリと音を立てた。そして、
「1……ゼロッ!」
主人の声とともに棺の蓋が勢い良く開き、衝撃が二人を押し包んだ。
「…………っ!」
凶々しい気配を帯びた、ソニックブームじみた突風。
それがカオルの肌に染み渡り、主人に出会う前の記憶を強引に脳裏の深淵から引きずり上げた。
――気が付けば、カオルは無意識のうちに棺に跪いていた。主人も同じく、“王”を迎えた。
棺の中から手が伸びる。
手は若者のように、老人のように、あるいは妙齢の女性のように、手探りするように己の姿を変えていく。
手はやがて人工皮膚に装甲を備えた形になり、棺の縁を掴むと、ゆっくりと身を起こした。

見上げれば、そこには“王”がいた。

觜を開いた鷹を模し、觜の奥にゴーグルを有する紅い仮面。
やはり紅く彩られた胸甲ではコウモリの意匠が翼を広げ、両肩のレリーフには羊と獏の文様が見て取れた。
腰のベルトには白の楕円をベースに黒玉をはめこんだ、眼球に似た形のクリスタルが金の光を脈打たせている。
全身を鎧った“王”はゴーグルの奥で緑の複眼を輝かせた。ゆっくりと手を上げ自分の目に映す。
「ここは、どこだ。俺は一体……?」
「うあ……っ!」
王が問うだけで、空気の密度が目まぐるしく変容した。生じた波に心乱されるカオルの傍らで、主はしかし平然と答える。
「宮殿でございます。我らが王」
「宮殿……王……?」
“王”は繰り返し、自らの仮面に手を当てると、自嘲気味に喉を鳴らした。
「クク……そうだったな……俺が王か
 ならお前たちは誰だ?」
言い聞かせる静かな口調のまま、王は問いを向ける。カオルは頭を垂れたまま答えた。
「カオル……です。覚えておいででしょうか……?」 カオルが震える声で答えると、王は棺から一歩進み出て、カオルの顎に手を掛けた。
「!」
身を竦ませるカオルの顔が王に向けられる。濃密な気配がすくそこにある。一度目にしてしまえば、もう視線を外せない。
「そうか、カオルか……久しいな、待たせてしまったか」
「い、いえ、そのようなお言葉……私にはもったいなく存じます……っ!」
王からかけられた優しい言葉に、カオルの緊張がピークに達する。
しかし、主の方はと言うと、王を前にして平然と薄笑いを浮かべていた。
王がそれに気付く。
「お前は何者だ」
「…………っ!」
ストレートな王の問いに、カオルは盲点を突かれた思いだった。
この遺跡で目覚めたカオルが最初に会った人間に刷り込まれた服従の意識。
それはカオル自身も分かっている。カオルはそう“造られた”のだから。
“なぜ主が主なのか”を問う必要はない。
ただ、この主が何者なのか、カオルも正確なところを知らされていない。
果たして、主が口を開く。
「僕は、あなたを神と崇める信奉者。“デューク”とお呼び下さい」
主の飄々とした答えに、王は不満を示した。
「それ以前の名は、何という?」
対する主は薄い笑みを崩さぬまま、答えた。
「疾うに捨てた名でよろしければ。
 ――西尾和己と申します」

“遊機・事項A-0に関する定期報告”を読み終えた典子は東堂にファイルを返した。
「原たちの証言と一致します。渡良瀬が接触したのは先日の警視庁襲撃犯と断定していいでしょう。ですが……」
「そ。問題なのはどうやってそれとなく引っ張るかなんだよな」
 東堂は椅子にもたれて息を吐く。
 二年前。現・遊撃機動隊上層部は、“史上最悪の犯罪”を未然に防ぐため、特装機動隊を辞したキーマン――渡良瀬に監視を付けた。
 特装時代を経験していない今の一般班員には伝えられず、班長クラスでも典子と三班の二階堂量子しか知らないことだ。
 そこで得た情報から渡良瀬とバイオメアを知るライダーとの繋がりが見えてきた。任意同行を求めて情報を聞きだすべきだろう。
 しかし監視していることを渡良瀬に悟られずに件のライダーだけを取り調べるのは、容易ではない。
「渡良瀬ともども暴れたらしいから一緒くたに引っ張るのもアリだろうけど」
「西尾くんの件で介入すれば、話がこじれて警戒されるでしょう」
「せっかくの生き餌も台無し、か」
 東堂が自嘲を込めて言うと、典子はわずかに表情を翳らせた。
「隊長、その言い方は……」
「どう言い繕っても同じだよ。この二年で同じことは何度も考えたろ?
 ま、ここは仕方ない。正攻法で行きますか」
 東堂が意地悪く返すと、典子も小さく頷いた。
 細かい点を二、三確認し、典子が退出する。
 東堂はパタパタと襟元を扇ぎ、ラジオのスイッチを入れた。
『ただ今入りましたニュースです。今日午前11時過ぎ、小笠原諸島で試験飛行中の航空研究所AIR開発チームが消息を絶ったと、海上保安庁に通報があり、現在捜索中です。機体、乗員ともに見つかっておらず、海流に流された可能性もあると見て……』
「どこも大変なのは変わりないな」
 潜水用即応外甲で太平洋を泳ぎ回らされる隊員たちに思いを馳せ、東堂はチューナーをひねった。

 王が進む。デュークとカオルが続く。
 遺跡のキャットウォークの足元では、熱を帯びた窯が不気味な唸りを発していた。
「現代のことは理解した。バイオメアも様変わりしたものだ」
「その分だけ、強化はされています……ごらんください」
 デュークが指を鳴らすと、窯の蓋が開き一抱えほどのサイズの卵が転がり出た。
「先程説明した、現代のバイオメア……その誕生過程で芽生えた精神を凍結させた調整体です。
 さあ、彼の者に王の幻想をお刻みください」
 バイオメアはスフィアミルが得た情報が内部で質量・エネルギー変換されて生まれる擬似生物だ。
 デュークはこれを利用し、確保したスフィアミルに質量と能力のみを与え、自我が芽生える前に情報を遮断したのだ。
 自然発生した今までの野良バイオメアとはわけが違う。
 王は頷いて腰を落とした。
 ベルトの“眼”が自身の左足を睨み、視線とともに光が集まっていく。
「おお……」
「…………」
 光景に目を奪われる従者二人に関心を払わず、王は言葉を紡ぐ。
「“Beautiful Dreamer”」
 王の言葉に答え、左足が光を吸収し尽くし内側から輝きを放つ。そして、
「……ッッ、ハァ――――ッ!」
 キャットウォークを蹴って飛び出した王のキックが、卵を打ち据えた!
 王が着地するとともに、卵の殻に亀裂が入り粉々に砕け散る。
 その中から現われたのは、赤茶けた体を鎧で包んだ翼竜人間だった。
「――――ケ・ケーッ!」
 翼竜人間が誕生の喜びを雄叫びで表現する。
 王は立ち上がり、翼竜の肩に手を掛けた。
「お前の名はプラーノだ」
「ははっ!」
 プラーノと名付けられたバイオメアは甲高い声で答え、直立不動となる。
 王は誕生を労うように頷くと、振り返りデュークに問うた。
「次の予定は何だ?」
「人類への宣戦布告を」
 デュークは淀みなく答える。王は首を振った。
「せわしないことだな」
「時間が押してるんで、巻きでお願いします」
「……よかろう」
 王は無感動に答えるとプラーノを従え、キャットウォークまで無造作に跳んだ。

 モーターショップ石動。“仮面ライダーはじめました”の文字にこめかみを押さえつつ、典子が階段を上がろうとしていたところへ、店番をしていた相模 徹が声をかけてきた。
「よう、久しぶり典ちゃん。ワタちゃんならいないぜ」
「あら、そう。相模くん、ここで働いてたんだ」
 相模と渡良瀬がライダーギャング“ドラッヘ”と関わり壊滅に追い込んだことは報告を受けているが、典子は騙されたふりをして軽く手を挙げた。
「仕事? いつ戻るか聞いてる?」
 渡良瀬がいなければ件のライダーの連行も容易だ。
 典子がそんな心境を隠して問うと、相模は何ともいえない表情で答えた。
「新しく入居したコと、デートなんだと」
「……は?」
 そんな話は聞いていない。一瞬、典子の思考がストップした。

 某デパート、エレベータ前。「ふぇぉ……っぷ」
 渡良瀬はくしゃみを堪えて鼻の下をこすり、気を取り直して講釈を続けた。
「てなわけでお前さんのお札チラシ使った客引きで依頼人見繕うってやり方は、かえって先入観を抱きやすくする。いざってときの準備不足にも繋がるな。
 必要なのは常日頃から足で情報を稼ぐことだ。特に俺日地域密着型だしな」
「てゆーか何で教師面?」 舞が怪訝そうな顔を向けた。
 家具代わりの組み立て式ワゴンを乗せた台車を挟んで渡良瀬が肩をすくめる。
 今日はモーターショップ石動に腰を据えることになった舞の生活用品および、壊れた二人の携帯電話の買い替えが目的だ。
「俺からテクを盗むんだろ? だったら俺が師匠でお前さんが弟子。違うか?」
「見て盗むからいいよ」
 店員に微妙な視線を投げ掛けられたような気がして、渡良瀬はエレベータの階数表示を見上げた。
「やっぱ店内で盗む盗む連呼するのは気が引けるな」
「あれ、もしかして小心者?」
「るさいよ」
 エレベータの扉が開く。シースルー式なので外の様子が見えた。
 ――斜向かいのビルの前にパトカーと野次馬が集まっている。野次馬の中には即応外甲をまとっているものもいた。
「何の騒ぎだ?」
 舞が眼下の光景に眉をひそめる。
 渡良瀬もそちらに目を向ける。すると、ビルを突き破って何かが飛び出してきた。
「……パワードスーツ?」 そう、それな全長約4mの駆体に四肢を備え、中央部に固定した人間の動きをトレース・増幅するパワードスーツだ。
「ライダー全盛の今日び、あんな旧式ので強盗?」
「新型買う金が……いや、ありゃ違うな。旧式じゃない」
 舞のコメントに、渡良瀬は首を振り前髪を指で弾いた。
「ここからみても真新しい。ありゃ多分、遺跡由来の新品だ」
 遺跡。それは即応外甲の登場と時を同じくして世界中で発見された未知の技術プラントの通称である。
 つぶさに見ればパワードスーツの四肢にはタイヤがあり、車両形態への変形を見るものに予測させる。
 一瞬遅れて、ビルからパワードスーツを追って飛び出したのは遊機のガンドッグだ。うち一体は銀色のラインで機体を彩っている。
「動きに見覚えないから……ははあ、二班だなあいつら」
「何でもいいけど、関わり合いは御免だね」
 舞も渡良瀬も落ち着いて路上の大捕り物から視線を外し、エレベータを出た。
 よくあることだ。
 渡良瀬が特装機動隊にいた頃にも似たケースはあった。不相応な力に振り回され、道を外した犯罪者の多さをよく仲間と嘆いたものだ。
 ガンドッグたちが手際よくパワードスーツを無力化していくのを尻目に、二人は石動から借りた軽トラックのある立体駐車場へ向かう――と、不意に舞が足を止めた。
 大きくカーブしかけた台車を引き戻し渡良瀬は舞を見やる。
「どうした?」
 舞は険しい表情で懐に手を伸ばしている。
 ただごとではない。渡良瀬の抱いた印象を裏付けるように、舞は口を開いた。
「嫌な――気配がする」
「!」
 渡良瀬もまた警戒態勢に入った瞬間。
 ――――突然デパートの壁面が爆ぜた!

( 2006年10月27日 (金) 23時35分 )

- RES -

[171] - 投稿者:M

どうも、お久しぶりです。
突然で大変恐縮ですが、壱伏さんにお願いがあります。
『仮面ライダージーク』の続編(と言うか番外編 )を書いて頂けないでしょうか?
今現在、投稿されている作品が一段落ついてからでも、
壱伏さんの気がむいたらでも構いませんので、
御検討の方よろしくお願い致します。

( 2006年11月20日 (月) 11時12分 )


[169]file.06-3 - 投稿者:壱伏 充

 その、数分前。
渡良瀬と名乗った探偵がとある雑居ビルに潜り込んで5分が経った。
翔太はウサギのような生物を抱き抱え、手にトウガラシを持ってハラハラしながら待っていた。
この生き物は渡良瀬が公衆電話で呼んだもので、ピンチのときにはトウガラシを食べさせるよう託っている。
――耳を澄ませば怒号や悲鳴、物の壊れる鈍い音が聞こえてくる。
果てしなく嫌な予感がしたので、翔太は渡良瀬が早く戻ってくるよう祈った。
やがてそうした声も収まって、渡良瀬が何事もなかったかのようにビルから出てきた。
「終わったぜ。お父っつぁんもおっ母さんも無事だ。薬嗅がされて眠ってたけどな。誘拐犯はとっちめた」
「本当ですか!?」
翔太はあっさり言う渡良瀬に詰め寄る。
「ああ。そこまで運んでおいた。ついててやんな。
 すぐ警察も来るから話を聞いてもらえ。ただし俺のことは内緒だ」
渡良瀬は答えて下手なウィンクを寄越した。翔太は頭を下げる。
「あ、ありがとうございました! このお礼は絶対に……」
「にゃ〜っ」
翔太が力を込めたせいでウサギのような生物がもがいた。だが渡良瀬はそれを受け取って、首を振った。
「いいって。自分から首突っ込んだ仕事で金は取れねえさ」
「でも……」
それでは翔太の気が済まない。するとその意を汲み取ったか、渡良瀬が指を一本立てた。
「だったらもひとつ依頼をくれりゃいい。そっちのお代なら心置きなく頂戴できるからな」
渡良瀬は遠くを見やり、耳元のイヤホンを押さえて言った。
その様子に、翔太は渡良瀬の真意を悟り、頷いた。
「それなら探偵さん……あのお姉さんを助けてあげてください!」
「――その依頼、確かに承った」
渡良瀬は前髪を指で弾いて、力強く答えた。

“九十九”が咄嗟に目を閉じ耳を塞ぎ体を低くする。訝りながらもナディスは剣を振り下ろそうとした。
 その右腕に何かがカツンと当たって宙を舞う。
(――ム?)
“それ”に意識の一部を向けた刹那、飛んできた小さなカプセル状の物体が、強烈な光と音を放って破裂した!
《ヌゥゥゥッ!?》
視界が真っ白に染まる。聴覚が許容範囲を越えた音量にマヒする。
一瞬あらゆる情報から隔絶されて、ナディスの足元がふらついた。
《……おのれ、何奴!》
剣を振り回しても手応えはない。“九十九”もナディスの間合いを外れたか。
やがて五感も回復し、ナディスが初めに捉えたのは。
九十九“を抱えて制動をかけた、トレンチコートの男の姿だった。

投げ掛けられた声に従い爆音と閃光をやり過ごした舞が、最初に感じたのは自分を包み込む力強い暖かさだった。
「だらしねェぞ。それでも“タイフーン”の一員かよ」
(な……に?)
恐る恐る目を開ける。もしかして“あの人”だろうか。
舞は顔を上げた。果たしてそこにいたのは――
「ハローお嬢さん。ごきげんいかがかな?」
「――あ?」
トレンチコートを着た、例の探偵だった。
舞はあわてて渡良瀬を押し退けて地面に転がり落ちた。そこで初めて自分がお姫さま抱っこされていたことに気付く。
「テ、テメェ何しに来た! それに何で“タイフーン”を……! ってか素人は帰れって!」
狼狽を誤魔化すように、舞は矢継ぎ早に問いを重ねる。
渡良瀬はしれっと答えた。
「お前さんが落としたケータイのストラップ。ありゃライダーばかりの傭兵集団“タイフーン”のシンボルだ。俺だって知ってるよ。業界じゃ憧れのマトだ」
 渡良瀬は言いながら立ち上がり、ナディスを見据えてコートの前を開いた。
そこに巻かれていたのは、宝玉のごとくレンズを戴く機械仕掛けのバックル――
「テメェまさか……!」
 目を見開く舞に、渡良瀬はどこか真剣な面持ちで答えた。
「ああそうさ。そして俺も、プロの仮面ライダーだ。
 依頼内容はお前さんの援護。まあそれ以前に言いたいこともあったし……」
《――何者だ、答えろと言っている!》
激昂したナディスが吠える。渡良瀬は肩をすくめた。
「戦わなければ生き残れそーにないしな、ここまでくると」
「……勝手にしろ。あたしは止めたからな!」
確かに渡良瀬を逃がす余裕はない。見れば今のやりとりのうちに九十九帯の充電は済んでいる。――借りができた。
舞はベルトを巻き直し、渡良瀬をにらみつけた。
「行くぜ――クラスト!!」
「九十九!」
渡良瀬が、舞が左腕を構え、同時にリストマスカーを起動させる。
《何者だと……聞いているっ!》
質問を無視されたナディスが業を煮やして飛び掛かってくる。
しかし、その両腕が二人を引き裂くより早く。
渡良瀬は奇妙な形の銃を投げ上げて左手を右上に伸ばし、舞は印を結んだ。

『――――変身ッッ!!』

《ヌゥァァァァァッ!》
紫と黄の光がナディスの眼前に広がる。ナディスは左右の腕を光の中へとぶつけた。
しかし紫の光は剣の軌道を剣でそらし、黄の光はくるりと身を翻して鞭に連撃を浴びせて退ける。
《ヌ……!》
そして無防備となったナディスの胴体に、
「うぉおおお――――」
「――――りゃああああッ!」
二人のキックが突き刺さった!
《グムッ!?》
ナディスは蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられた。そして地を滑りながら見る。
戦場に、入れ替わるようにして現れた二人の仮面ライダーからより強く立ち上る、ナディスを惹きつけるような闘志の炎を。

リボルジェクターをキャッチしてクルクルと回した後、大腿部に増設したホルスターに収める。
久々に纏ったベーススーツは、それでもクラスト、こと渡良瀬の思うがままに動いてくれた。
傍らで剣を構えなおした九十九が、クラストを一瞥して駆け出す。
「足引っ張んじゃないよ」
「うまくリードしてくれたらな」
クラストは肩をすくめ、九十九の後を追った。

 カオルは驚きに目を細めながら主に報告した。
「クラスト、現れました」
『ああ……変身したんだね、ついに。やっと僕らを脅威と見なしてくれたのか、それとも……』
 主が感慨深そうに呟くのを、カオルは黙って聞く。
 そう、あの男は今回躊躇いなく変身した。自分が接触した時とは態度が違う。
 カオルはそのことに、観察していたアリの群れから一匹だけがはぐれたのを見つけたような、どうでもいい違いの発見、と評価を下した。

「てやああああっ!」
《グッ……!》
九十九が振り下ろした剣をナディスが受け止める、その瞬間。
「あーらよっと!」
九十九を飛びこしてきたクラストが傍らを通り過ぎざまにナディスの頭を蹴飛ばしていく。
《ウヌゥ!?》
「ほらほら余所見は、厳禁だよ!」
よろめくナディスの剣を弾き、九十九はその胴に一閃を入れた。
《グッ……!》
ナディスの胴から火花が散る。ナディスが振り回す剣を巧みに掻い潜り九十九は反対側へ抜けた。
クラストもひらりと着地して――二人は同時に横へ跳ぶ。一ヶ所に留まることはしない。
《ヌァアアアアッ!》
ナディスは振り向きざまに九十九へと鞭を振るう。その頃には二人は左右へ散って挟撃を試みていた。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
《……調子付きおって!》
そしてクラストの拳と九十九の剣がナディスに襲い掛かる瞬間。
ナディスは二人の頭上へと跳んだ。
「!」
九十九の眼前から標的が消え、代わりに現れるクラスト――そのクラストはとっさにブレーキをかけ、腰の前で両手を組んだ。
「来いっ!」
「――たぁっ!」
九十九は迷わずクラストの手を踏み台に、ナディスを上回る速度で飛び上がり、肉薄する。
「りゃああああっ!」
《何……チィッ!?》
九十九は追い抜きざまに剣を振るう。切り裂かれたナディスが転がり落ちるように墜落していく。
そこへクラストもまた飛び込んでナディスと交錯した。
「うぉら!」
《……!》
打ち下ろす蹴りが過たず九十九につけられた刀傷を打ち、ナディスを地面に叩きつけた。

「……へん、どうでェ」
着地したクラストがガッツポーズをとる。だが同じく滞空を終えた九十九は首を振った。
「効いてないよ。単なる物理打撃じゃ致命打にならない」
「はい?」
訝ってクラストが首を傾げる。九十九は仕方なく解説した。
「バイオメアってのはスフィアミルを核にして、周辺を飛びかう情報から質量を得て生まれた擬似生物だ。スフィアミルをピンポイントで破壊しないと殴っても蹴ってもその瞬間に再生しちまう。あんたのやり方じゃ、悪口だけでヒト殺そうとするのと同じなんだよ」
「早く言えよ!」
クラストがツッコミを入れてくる。
二人の前で、ナディスが起き上がり、剣に紫電を纏わせた。
《いかなる手も……》
「ヤバイ!」
「何だ――うおっ!」
九十九は反射的に横へ跳び、クラストもつられて反対側へ跳ぶ。
直後。
《……通じはせん!》
疾風のごときナディスの突進、その衝撃波が二人を飲み込んだ!
「おぅあ……!?」
「あう……っ」
弾き跳ばされた二人の体が錐揉みしながら宙を舞う。
さらに反転してきたナディスが、今度はクラスト一人に狙いを定めた。
《トドメを刺す……貴様の情報も頂く!》
九十九から奪った符の力だろう、ナディスはクラストが落ちるよりも早く切り掛かる。
「――ンんなろォッ!」
しかしクラストも迫る銀光を不安定な姿勢からの回し蹴りで強引に、かつ的確に叩き伏せる。
態勢を崩したままクラストは地面に落ちた。
同時に背中を打った九十九を一顧だにせず、ナディスはさらにクラストを攻めた。
《ええい逃げるなチョコマカと!》
「無茶言うな、ぬだろボケェ!」
対するクラストは悪態を吐きながら這いつくばって地面を抉る剣から逃れ、あるいは器用に捌いている。
――九十九は剣を握りなおし、考えた。
(ナディスの奴、あたしの五符結陣をモノにしてやがる)
クラストが刄を躱す。紫電が地面と擦れてスパークを起こした。
つまり、同じ攻撃――機動性、突撃力、膂力、電力を九十九自身に付加させて放つ攻撃は、ナディスには易々と相殺されてしまうだろう。
(くそ、どうする? 打つ手なしだろ)
恐怖と諦念が冷ややかに蘇る。の匂いが心を冷やす。
刹那、九十九――舞の脳裏に“逃げて体勢を立て直す”という選択肢が灯った。
(煙幕でも何でも使ってあいつの気を逸らして……)
今は自分一人ではない。渡良瀬もいる。プロとして危険な橋は渡れない。
「――ぐぁっ!」
そこまで九十九が思考を進めているところに悲鳴が割り込んできた。剣に切り上げられ、クラストが火花を吹いて倒れる。
そしてナディスが剣を振り下ろし――九十九は思わず目を背けた。

剣が止まる。クラストが両掌で挟み取ったのだ。
《――愚かな》
しかしナディスはそれをせせら笑うと、体内に取り込んだデータにアクセスし、刀身を通じて電撃を浴びせた。
「ぐがっ……!?」
クラストが苦悶する。惨めな姿だ。ナディスは正直に嘲笑った。
《実に愚かだ。関係のない戦いに首を突っ込み命を落とす。理解不能だな
 それは安っぽい騎士道精神とやらか?》
問い掛けながら――一方でナディスは気付く。
この男、倒れる素振りを見せない。
「二つばかし……間違いがあるぜ……ぐぁっ!」
そればかりか驚いたことに、クラストは言い返してきた。情報を求めるバイオメアの習性で、ナディスは耳を傾けてしまう。
《間違い……だと?》
ナディスは問う。対してクラストは不敵に笑った、かに見えた。
「ああ。まず一つ、こいつァ騎士道精神なんかじゃねェ。
 俺ァな、プロなんだよ」《……ム?》
窮地に陥っておいて何を言いだすのか。訝るナディスの剣を、それでもクラストは押し戻してきた。
「報酬もらって依頼を遂行する、プロフェッショナルはなァ……いっぺん承った仕事を、んでも放り出しちゃなんねェんだ」
当たり前のように、クラストは答えた。ナディスは微かに動揺する。
――この男は、もしかして自分と同じなのか? 与えられた使命に忠実な奉仕者なのだろうか。
しかし、バイオメアの感覚が違和感を告げている。違う。ヒトとバイオメアの相違を差し引いてもクラストとナディスは違う。
その違いは何だ。ナディスのもう一つの過ちか。
知りたくてたまらない。ナディスは剣を押し返して問うた。
《答えろ――もう一つは何だ。答えろクラスト!》
返ってきたのは、しかし、ナディスの期待とは異なる言葉だった。
「俺ァなねェ。こんなとこで命は落とさねェ……何でかって?」
クラストが立ち上がる。押し戻しきれない刄を右肩に当てて支えつつ、屈していた膝を戻していく。
《なぜ……なのだ?》
問い返すナディスに――クラストは一撃の蹴りを見舞う。
「俺以上のプロの腕を……信じてるからだよっ!」
咆吼とともに飛んだ蹴りは、ナディスをその場から跳ね除けるだけの威力を有していた。

プロだから、退けない。クラストの言葉に、九十九は顔を上げた。
そこにあったのはシンプルな意地と、ちっぽけな誇りと――舞の胸にも宿っていた、何か。
それは久しく意識せずにいた、信頼されることへの喜び、だろうか。
(……ったく、何ガラにもなく弱気になってンだ、あたしは)
九十九は苦笑し、煙幕の符を捨てた。
「そんなにアテにされたら、応えたくなっちまうじゃねーが!」

ナディスと再び距離を取り、クラストはリボルジェクターに手を掛けた。しかし、
《それが理由か!》
ナディスは胸の装甲を開き、無数の繊維の束を飛ばしてクラストを縛り上げた。
「うぉっ!」
そのまま地面に叩きつけられたクラストに、ナディスは剣の切っ先を突き付ける。
《参考にならん奴め、これで最後だ!》
ナディスが刄を返す。そしてトドメの一閃がクラストの首を刎ねようとした、その時。
「――せぇぇぇいっ!」
《グオッ!?》
背後から飛び来た九十九の符が、爆ぜてナディスの背を灼いた!
拘束が弛む。クラストは繊維を振りほどき、九十九の傍らまで転がった。
「――よォ。助けてくれなんて、誰が頼んだ?」
意趣返しに言ってみると、九十九はしれっと応えた。
「あたし自身のプロ意識さ」
「言うねェ」
クラストは首をすくめた。
「で……この前のテキメンに効くお札はどうした」
「ありゃ前もって敵を分析してからでないと作れないんだ。その代わりはあるけど」
九十九は手刀を切って詫び、一枚の符を取り出した。
「悪いついでにクラスト、あんたの力と命を貸してくれ」
「依頼を承った瞬間からそのつもりだよ」
クラストは言って、額からのびた触角を撫でた。

ナディスが向き直る。二人は互いに頷き合い、地を蹴った。
「群符招来!」
真っ先に仕掛けたのは九十九だ。口訣とともに投げ打った二枚の符から、ネズミとコウモリに似た影が生まれナディスに殺到する。
《無駄だといっている!》
ナディスはそれを左腕の鞭で薙ぎ払うことで対処した。
次いで九十九の指先から疾った符がナディスの胸元に貼りついた。
《――効かぬことを忘れたか!》
一度受けた攻撃だ。次の九十九の手は符を媒介とした一撃。
そう予測したナディスの剣が、踏み込みに乗ってまっすぐに九十九を貫く!
――しかし。刄に貫かれた“九十九”は何の抵抗もなく霧消しネズミとコウモリの影に戻って散っていく。
《幻か!?》
驚愕するナディス、その足元をスライディングして九十九はナディスの背後に滑り込む。
――便利なことだ。
クラストは打ち合せどおり、九十九から少し遅れて跳んだ。
《貴様ら……!》
気付くナディス、だがもう遅い。
「たあああああッ!」
九十九が渾身の掌打でナディスの背を打つタイミングにピタリと合わせて、
「ぅうおおおぉッ――リャアアアアアアッッ!!」
ナディスの胸元の符目掛けて、クラストは前方宙返りからの飛び蹴りを叩き込んだ!

蹴り込まれた符から波紋が広がる。
次々と脈打つ破壊の力に洗われるように、ナディスの色彩が淡くなっていく。
跳び退いたクラストと九十九の目の前で、ナディスは存在を失おうとしていた。自身も、を自覚する。
《クク……そう来たか。見事だ九十九よ……》
肉体ごと薄れゆく意識を掻き集め、ナディスは呟いた。
そうすれば自分は、納得して逝ける気がした。
ぼやける視界。背後にいる九十九は見えない。
だから正面に相対するクラストを呼ぶ。
《クラストよ……礼を言う》
「……」
クラストは答えない。それともナディスの聴覚が喪われたか。
ともあれ、ナディスは続けた。
《九十九に――我が定められし敵に再び闘志を灯してくれて、ありがとう……》
九十九を討つ。それが目的。ならばその過程で自分を討ち返す者には強くあってほしい。
だから今ナディスは満ち足りていた。
己の後に何が待つのか、疑問を抱くことすら忘れるほどに。

光の粒子が散っていく。ナディスを形作っていた仮初めの質量だ。
九十九は歩み寄り、浮かび上がるビー玉のようなもの――スフィアミルをつかみ、バックルのポーチに回収した。
一度ナディスに吸収された剣も、符に戻して刺に収める。
「夢に、還っちまえ……」 九十九が囁くと、光の粒子はふわりと拡散し、消えていった。
九十九がバックルを操作して舞の姿に戻る。舞はふぅと一息吐いた。
「終わった、か」
「終わった、か。じゃねェよ。オラ、最後の仕上げだ、ついてこい」
クラストを脱いだ渡良瀬のチョップが容赦なく舞の頭頂を打った。

カオルは静かに告げた。
「ナディス、沈黙しました」
『ご苦労さま。戻ってきておくれ』
主の声に動揺はない。
ナディスがクラストに倒される。それが当初からの“予定”なのだから。
「はっ」
カオルは誰もいない空間に小さく頭を下げ、その場から立ち去った。

「即応外甲の中枢、スフィアミルの製造販売をセプテム社が一手に引き受けてるのは有名だろ?」
「ああ」
ついてこさせている舞の説明に、ヒトミを肩に乗せた渡良瀬は相槌を打った。
スフィアミル。即応外甲の心臓部であるバックルに収められた、質量のデータ化保存を司る大容量記憶媒体のことだ。
大きさや外観はビー玉くらいで、プリズム素材でできたような風車が内部に封入されている。
製法が極めて困難で、セプテム・グローイング社がその市場を独占しているのが現状だ。
「それをよそのメーカーが作ろうとして大量にできた失敗作から生まれたのが、バイオメア……ってわけさ」
「なるほどな」
セプテム・グローイング社は即応外甲を量産せず、周辺機器の他は完全オーダーメイドの“仮面ライダー”をもっぱら販売している。
一方、舞が身をおく傭兵集団“タイフーン”とは、ライダーショック以後に出てきた裏稼業の団体のひとつで、噂では構成員全員が“仮面ライダー”を着用するという話だ。
「で、スフィアミルや即応外甲を一気に市場から引き上げるのは無理がありすぎるってんで、あたしたちタイフーンがバイオメアハンターを任されたってわけさ。
 何しろモノが悪夢……ヒトがビビった数だけ生まれるような奴らだからね。ホントは簡単にバラしちゃいけなかったんだけど」
つまりタイフーンのパトロンはセプテム社か。渡良瀬は舞の話から推測した。
「バイオメアって性質上、宗教観が希薄な土地には出ないんだけど、最近日本に集まってるらしくてね。原因探りにあたしが来たのさ。
 言えるのはこれで終わり。もう逆さに振っても何も出ないよ」
舞は渡良瀬の要求“バイオメアについて教えること”を満たすと、腰に手を当てた。
「で、あたしをどこに連れてこうっての?」
「よーし間に合った……まあ事情は分かったが、お前さん。プロの仮面ライダーとしちゃあ赤点な」
「――あ?」
舞は顔をしかめた。渡良瀬は道路を挟んだ向かい側にある雑居ビルを指差した。
そこにはパトカーに乗せられ保護される翔太少年と救急車に乗せられる両親の姿があった。
舞は目を丸くした。
「ンな馬鹿な……だってあのガキんちょの両親は……!」
「依頼人は神様だろーが。別にバイオメアに取って食われたりはしてねェよ」
渡良瀬は首を振り、指を立てた。
「お前さんのミスはひとつ。自分とこにきた相談が無条件でバイオメア絡みだと判断した。
 先入観に囚われないでよく考えてみろ。小学生が親の許しで平日の昼間から学校休んで一張羅着て好きなオモチャ買ってもらって核家族水入らずで豪華ランチだぞ?」
よどみなく、渡良瀬は語る。
「サラ金より気まずいとこから金借りて一家心中オープンリーチだろ。
 なれちゃ困るから金貸しが即応外甲差し向けて両親拉致ったんだよ。
 ビルの壁に残ってた超FRPの跡がその証拠だ。
 第一お前さん、依頼人をよく知ろうとしたか? 井口翔太くん9歳、将来の夢は警察官だ。
 プロの看板掲げるなら、依頼人をよく見ないとはじまらんぜ?」
「えぇ? そんな……うぇぇっ?」
舞は大仰に驚き、悔しげに顔を歪める。
矢継ぎ早に言いすぎたかもしれない。 渡良瀬はやれやれと首を振って、舞の背を叩いた。
「今日はゴタゴタしてっから、明日にでも顔見せてやんな。住所は聞いてる。
 これで俺の仕事もあがりだ」
「……それで金取るのかよ。たいしたプロだ」
舞が精一杯の皮肉を飛ばす。
しかし渡良瀬はひらひらと手を振って踵を返し、小さく笑った。
「バーカ。こんなザッパ仕事で金が取れるか。依頼人の笑顔で釣りがくらァ」

「結局探し物は見つからずじまいか?」
「ああ」
 夕方、モーターショップ石動。店主・石動信介の問いに渡良瀬は憮然として答える。
「で、クラストに傷だけつけて帰ってきたと。ちゃんと補修費は払ってもらうぜ」
「ああ」
 相模の言葉に、ちょっと打ちひしがれた返事。
「それで一円も稼ぎがないのはどうかと思うんですけど」
「……ギャフン」
 己の空ぶりっぷりに空しさを覚えていた渡良瀬にも、千鶴の一言は効いた。
「やっぱ、無理目でも何か払ってもらうべきだったかな……ええいチクショー」
 居心地が悪くなったので、外に出てため息をつく。これから温かくなるのだろう、昨日とは違う風が吹いていた気がした。
 一応、石動や千鶴は、渡良瀬が何かを探しているのを悟っているようだ。相模が口を滑らせたのかもしれない。
 バイオメアが日本に集まっているというなら、出すべきところに情報を出すのが正しい選択だろう。
 ただ、バイオメアを束ねるであろうある男のことを思い浮かべると、渡良瀬一人でシンプルにケリをつけるべきかとも思う。
「シンプルに、行きたいんだよなァ……西尾の野郎」
 できれば決着は誰の手も借りずに。そう思っているが、拘ってもいられないのかもしれない。
 渡良瀬は小さく嘆息して――近づいてくる足音に気付いた。
「…………卯月?」
「よっ」
 目を向けると、そこにいたのは簡単な荷物を抱えた舞だった。
「何か用か……って、ああこの店か。まァ入れよ、店主は偏屈だがお買い得だぞ」
「んー……」
 渡良瀬は入店を勧めるが、舞はモーターショップよりその上の幕――“仮面ライダーはじめました”の字を見つめて、出し抜けに問うてきた。
「ここの上、まだ空いてるかい?」
「一、二部屋だったら空室あったと思うが。おやっさんに聞いてくれ」
 渡良瀬が答えると、舞は頷いた。
「よし決めた、今日からここに住む。大家さん呼んでくれよ」
「……は!? 何でまた。どっからそういう話になったよ」
 突然のことに渡良瀬は唖然とする。千鶴たちもそれを聞いて出てきた。
 舞は構わず渡良瀬に指を突きつけると、不敵に宣言した。
「あんたの言う“プロフェッショナル”って奴、じっくり勉強しようと思ってさ。
 いろいろ技盗むつもりだから、よろしく」

 遠い異国に、風が吹く。
「……チッ」
 石畳の街に停めたサイドカーに腰掛けて、一人の男が小さく舌打ちした。
「あらあら、どうしたの?」
 皺と傷の刻まれた顔をしかめる男に、女の声がかけられる。男は首を振った。
「どうも娘に悪い虫がついたらしい」
「……超感覚をそんなことに使っちゃダメでしょ? 全く、過保護なんだから」
 女の声がたしなめる。男は唇を曲げた。
「るっせ……っと、戻ってきたか」
 男が振り向いた先から、一人の青年が駆け寄ってきた。青年は手帳をめくって報告する。
「この街のバイオメア情報はガセ――というか、見間違いでした。その代わり“遺跡”関係で気になる事件が数件」
「ご苦労さん。そんじゃ、そっち片付けるか」
 男が腕を回し、愛車である昆虫じみたデザインのサイドカーに跨りなおす。
「はい、父さん」
 青年も頷いてサイドに乗る。
 男の指輪と青年の手帳のストラップには、楕円の内に風車を描いた意匠が施されていた。

――――To be continued.



次回予告
file.07“この物語はダブル主人公制です”
「俺は逃げない……叶えたい夢があるから、逃げられないんだ!」

( 2006年10月01日 (日) 12時52分 )

- RES -


[168]file.06-2 - 投稿者:壱伏 充

「オーマイブラザー、ロングタイムノーシー!」
「ノースィー!」
繁華街に出た渡良瀬は、噴水のそばに腰を下ろしてシルバーアクセサリーの露店を広げている青年と大げさな抱擁を交わした。
「ハッハッハ、儲かってるか青年?」
「ニイサンこそ絶好調なんでしょ? ズイブン思い切った買い物したって言うじゃないスか」
渡良瀬が問うと、青年はさりげなく切り返してくる。渡良瀬はニヤリと笑った。
「まァな。その調子で聞きたいことがあんだ。最近ここいらに住み着いた、仮面ライダーを探してる」
「松竹梅だと、どこよ」
「梅」
渡良瀬が短く言うと、青年が手を差し出してきた。渋々札を手渡すと、青年は声を潜める。
「富坂のマンスリーマンションに今朝女が入った。見た目10代後半で黒の短髪。身長は165cm前後。やたらポケットの多いジャケットを着ている」
「ビンゴ。いつも悪いねェ」
 渡良瀬は指を鳴らし、青年をねぎらって踵を返した。
 彼はここら一帯を縄張りにする情報屋だ。
 自分に“フリーの仮面ライダー”と名乗った舞が昨日の今日で遠くへ行ったはずがないと踏んだのは正解だったらしい。
「くっくっく、無用心な奴め。よ―し全力で丸裸にしてくれるわ」
 まるっきり悪役の台詞を吐いて、渡良瀬は早速件の場所へ向かおうとして――その鼻先を何かが掠めた。

 カオルはナディスを跪かせ、彼女の主を見上げた。
 主は小さく眉を上げ、物珍しそうにナディスを眺める。
「へえ……」
《何か、ございますか?》
 ナディスにとっての女神、カオルよりさらに上に立つ青年の視線に、ナディスは顔を伏せたまま問う。
 主は「いや」と肩をすくめた。
「宗教的に淡白な日本で、君のようなしっかりした姿のバイオメアが生まれることは稀だからね。嬉しくなったのさ」
《はっ、光栄にございます
 期待以上の返答を与えられ、ナディスは喜びとともに首を垂れた。
 バイオメアは周囲からの認識と周囲への認識に存在理由を依存する性質上、同様や不信によって力の発揮を妨げられる。逆に確信や納得こそがバイオメアに力を与えるのだ。
 主はソファから腰を上げ、芝居がかった仕草で周囲を見回した。
「しかしすまないね、殺風景なところで。そろそろ息も詰まったろう?」
《は……》
 正直にナディスが答えると、主は満足そうに頷いた。
「そうだろう、そうだろう。だから君のためにこんなものを用意した」
 主は右手を掲げて指を鳴らす。すると、不意に空間をざわめきが満たした。
「キチュウ……」という、絹が擦れ合うような蟲の鳴き声だ。
「好きなだけ食べたまえ。その後は僕のために働いてもらうよ」
《…………》
 主の言葉にナディスは深く頷いた。

 掠めたものを追って空を見上げる。茶色のチラシを折ったような紙飛行機が飛んでいた。
 自ら風に舵を取り、何かを求めて彷徨うように、フラフラと。
「器用だなオイ。簡単に落ちるんじゃねェぞ……ってあら」
 渡良瀬が言ったそばから飛行機は失速し、一人の少年の手に収まる。
「……ちえっ」
 渡良瀬は憮然として、歩き出した。

 警視庁、遊撃機動隊。
 当面の訓練計画書を仕上げた杁中は、ふと同僚のデスクに視線を移した。
 班長の神谷典子が席を外している事を確かめ、杁中は同僚に声をかける。
「今日は今日で何やってんだ、原」
「――うわっ、しーっ。誰かに聞かれたらどうすんの!」
 原は大げさに驚いて、机上のディスプレイを隠した。幸いほかの班員はチラリとこちらを見やり、微妙な笑みを浮かべただけで深く追及する者はいない。
 杁中は腰に手を当て、ため息をつく。
「あのな。お前、備品使って何してんだよ」
「ちょっと情報収集」
 原はさらりと答えて、ディスプレイを杁中に見せた。
「美味しいパスタの店。今度一緒にどう?」
「……お前な、警察のPCでンなもん見てんじゃ……」
 冗談めかした口調の原を、杁中はじろりと睨み付けた。怒鳴りつけたい気持ちをぐっと堪えて声を潜める。
 表示されていたのは、おどろおどろしい色調でレイアウトされた、犯罪マニア交流のアングラサイトだった。
 しかし原は大丈夫、とディスプレイのコードを指差した。
「ノープロブレム。本体は自分のと繋ぎ換えたから」
「そこまでやるかお前」
 杁中は呆れて、椅子を引き寄せた。
「で、何かオススメのメニューはあったのかよ」
「予約入れるの苦労したのよ、もっとありがたがってよね。あ、これなんておいしそう」
 原は楽しげにマウスポインタを動かし、掲示板のツリーを開く。
 題は『警察の知らない失踪事件と怪生物の関連』だった。

 目当てのマンションの近くまで来て、渡良瀬は周囲に気を配った。
 マンションの立地条件から行けば目視されるか否かのボーダーライン。前もって“用意”はしてきたが、不用意な接近は避けたい。
「向こうから出てきてくれりゃ早いんだが」
 呟きつつ、他にすることもないので接近を試みる渡良瀬。その背後から足音が近づいてきた。
「……?」
 何気ない風を装い、渡良瀬は足音を分析する。
 舞に見つかったわけではない。スニーカーの音の軽さと感覚から、持ち主は小学生だろう。さりげなく道を空けて、渡良瀬は足音の主が通り過ぎるのを待った。
 ――通り過ぎていったのは、果たして想像通り小学生だった。3、4年生の男子といったところか、まだ平日の昼間だというのにランドセルも持たず、代わりに余所行きの格好に身を包んでゲーム盤らしき物を包装した紙袋と茶色いチラシを後生大事に抱えている。
 こんな子供がふらついている姿を放っておけるものではない。
(やれやれしかたねェ……ん?)
 渡良瀬は声をかけようとし、少年のチラシの文字に目を留めた。
 複雑な紋様に囲まれた中には“卯月ライダーカンパニー”の表記が見て取れる。
(……なんだと?)
 渡良瀬は訝ってその背中を目で追い――彼に追いつくべく走った。

「お父さんとお母さんが突然いなくなっちゃって……その前から様子も変だったんです!
 お願いです、僕の貯金全部あげますから! 探してください!」
「……まー顔を上げな。詳しく状況を聞こうじゃないか。何があったって? 第一この時間、学校どうした?」
 舞は自分の元に現れた少年を苦々しく見やりつつ、話を促した。
 こざっぱりとしたいかにも余所行きの格好をした男の子だ。
 少年は顔を上げ、怒られるのではないかと身構えている様子で口を開いた。
「き、今日はお母さんが行かなくてもいいよって。特別な日だから……」
「ふーん。で、失踪当時の状況は?」
 一応の回答にとりあえずガテンし、舞は問いを重ねて胸の裡でため息をついた。
(せっかくチラシを“飛ばし”たののい、釣れたのはこんなんかよ)
 舞がフリーの仮面ライダーとして店を構えるのは、ひとえにバイオメアの情報収集のためだ。こんな小さな依頼で時間を無駄にしたくない。
 そんな気分で話を聞いていた舞だったが、
「それで、お昼にレストランに行ったとき、お父さんとお母さんがトイレに行ったんです、二人で。
 でもずっと入り口見てたのに、お父さんもお母さんも出てこなくって、行って見たら誰もいなくて。他に入った人も出てこなくって。
 慌てて――注文もしてなかったし――、一階まで降りたけど、やっぱりいなくって、僕どうしようかと思ってて、そしたら」
「あたしのチラシを拾ったってか」
 少年が頷く。舞は少し心を動かされ始めていた。
 密室からの消失。もしもそのレストランにバイオメアが潜んでいたとしたら、探る価値はあるかもしれない。
「いいだろう、案内してもらおうか」
 思い直した舞がそう言うと、少年は表情をパッと輝かせた。

 渡良瀬は小さくガッツポーズを取り、その場から離れた。
 件の少年にこっそり仕掛けた盗聴器から拾った情報を元に考えを進めると、放っておくわけには行かない。
(プロの仮面ライダーのお手並み拝見と行く前に、保険かけとくか)
 現在時刻と照らし合わせれば、失踪から2時間が経っている。まだ間に合う、といったところか。
 余裕がないのも事実だが、ひとまず舞と少年を尾行して、現場につくことが最優先だ。

 遊撃機動隊、隊長室。
「はいこれ」
「確かに」
 東堂が差し出したアタッシェケースを受け取り、神谷典子は頷いた。
 先日ダメージを負ったガンドッグ三機は、再プログラミングとオーバーホールを兼ねて製造元の三友重工に送られており、それが戻ってきたのだ。
「ほんと、ここのとこ大きな事件が入ってこなかったのは助かるけど、さ」
「不気味ではありますね。そろそろ動く時期かもしれません」
「それで西尾は、こっちのコンディションが万全になるのを待ち構えている、と。
 ありえるから嫌だなァ」
 東堂は椅子にもたれてぼやく。どこか昼行灯めいた表情のまま、ポツリと問うてきた。
「で、例のライダーの足取りは?」
「未だ、何も。監視カメラの映像が残っていないため、機種の特定も出来なくて」
 典子は答え、小さい拳に力を込める。ここまで遊機を虚仮にしてくれた襲撃犯を、ただで済ませるわけには行かない。
 典子が決意を新にした、その時――懐で携帯電話が鳴った。

 少年の案内で舞は事件のあったレストランが入っているデパートの前に着いた。
「あんたはそこのマックで待ってな。あたしがいいって言うまで出てくんなよ」
「は、はいっ」
 少年を全世界チェーンのファストフード店“マクガフィンバーガー”に放り込み、舞はデパートに乗り込んだ。
 相手がバイオメアなら、舞の――“九十九”の気配に何らかのリアクションがあるはずだ。
 身動きが取れなくなるエレベータを避けて、エスカレータで8階へ。
 舞はリストマスカーの位置を直した。

 少年――翔太はデパートに消えていく“ライダー”を見送り、店内の片隅でそのままデパートを凝視していた。
 例え中を窺うことは出来なくとも、精一杯見守り続けるつもりでまっさらなテーブルに噛り付く。
 きっとあの人なら両親を助けてくれるに違いない。フルネームは聞きそびれたけど。
 信じて祈る翔太の視界に、ふっと陰が落ちた。
 見上げると、そこにいたのは意地の悪い笑みを浮かべた人相の悪い男たち。
「見ィつけたァ」
「――!?」
 翔太は振り向いて悲鳴を上げかけたが、寸前で肩を捕まれて声を凍りつかせた。

 ナディスは主からの命令を果たすべく、指定されたビルの屋上にいた。
 外観こそ変化はないが、そのうちには強く確かな力が息づいている。主から賜った蟲のデータを喰らい作り上げた“肉体”だ。
 そしてナディスに与えられた使命は、その力を以ってある仮面ライダーを殺害することにある。
 気配がナディスの感知圏内に入ってくるのを感じる。先回りした甲斐があった。
《……参るッ!》
 与えられた命令のまま、ナディスは屋上の床を蹴った。

 件のトイレについた舞は、女子トイレの窓枠が歪んでいるのを見て取った。
(無理矢理押し込んだ跡だ。個体サイズはそんなに大きかない、か)
 開いたままの窓からは、隣のビルの壁が見える。何かで擦ったような白っぽい筋が下に伸びていた。
(女子トイレだけじゃなく男子トイレも襲ってるってことは、あの辺に貼り付いて獲物を待っていた……?)
 下手したら見つかりやすい手を使うだろうか。不意に兆した疑念を保留して下を覗き込むとゴミバケツや諸々のガラクタが散らばっている。
 ――その時、携帯電話が鳴った。
「ん――誰だこんな時に?」
 昨日の今日でしつこくバイオメアについて聞こうとしてきた男の番号は着信拒否に設定した。となれば、これはそれ以外の人物からのコンタクトだ。
 舞は携帯電話を取り出してメールボックスを開いた。
 受信メールは一件。
 題名はなく、本文はただ一語、『上だ』。
「!?」
 刹那、舞の感覚を貫く強烈な害意。反射的に頭を引っ込めた舞の、半峻前まで頭があった空間を銀色の光が一閃する!
 ――とっさに手放した携帯電話がそのまま落ちていく。
「っちぃぃ!」
 勢い余ってトイレの床を転がってしまった舞は、体勢を立て直して窓の外を睨みつける。
 そこには、隣のビルの壁に拳を突き立ててぶら下がる“甲冑”がいた。
 人間ではない。舞は確認した。
「バイオメア。やっぱりアンタの仕業かい!?」
《……我が名はナディス。汝を悪夢へと誘う者》
「抜かせっ!」
 先刻の疑念はすでに吹き飛んでいる。バイオメアは倒すべき敵だ。
 舞はリストマスカーを構え、立ち上がった。
「アンタこそ夢に還っちまいな――九十九、変身ッ!」

 ベルトから符のホルダーである“肢”が展開し舞の四肢に疾る。次いで再生されたベーススーツと最終装甲が全身を覆う――仮面ライダー九十九!

「雷符爆亜!」
 九十九は唱えて体の刺を抜き、符へと戻して打ち放つ。
《クッ!》
 ナディスと名乗ったバイオメアはそれを避け、直後符が放つ爆発に動きを止めた。
 九十九はその隙を逃さない。
「もいっちょっ!」
 九十九は窓から飛び出して二つのビルの壁を交互に蹴り、ナディスに肉薄してさらに一枚の符を貼り付ける。
 パンッ、と電気ショックを与えたような音が響き、ナディスの胸から黒煙が上がった。
《グゥ……!》
 手ごたえあり。九十九はナディスをつかんだまま、地上へと落下していった。

 重いものが地面に叩きつけられる剣呑な鈍い音に、通行人たちのいくらかがギョッとして足を止める。
 さらにそのうちの幾人かが路地裏を覗き込もうとした時、
《エェイ!》
「!?」
 まろび出た甲冑の大男(?)が、通行人を弾き飛ばし電話ボックスまで転がって止まる。
 それを追って飛び出した九十九の符を警戒するかのように、大男(?)は距離を取った。
「なんだ、ケンカか? ライダー?」
「おいカメラどこだ!」
「あのー、大丈夫ですか?」
《……ついてこい九十九!》
 通行人の声が交錯する中、大男は不意に頭上を見上げ足をたわめて、高々と跳躍した。
 鈍重そうな見かけによらない機動性に通行人がどよめく。
「待て……!」
 それを追おうと踵を返したところへ礫を投げつけたら、九十九がようやく動きを止めた。
 渡良瀬はスナップを利かせた手首を戻すように手を上げる。
「よ」
「アンタ……こんなとこまでついてきたのか!」
 渡良瀬の軽い挨拶に、九十九は両手をわなわなさせて食って掛かってきた。
 渡良瀬は軽く肩をすくめる。
「いや俺よりも気にすることがあんだろーが。お前こそ何やってんだ」
「――ああそうだ追いかけないと!」
 我に返った九十九に、渡良瀬は親切に提案してやった。
「よかったら手伝うぞ」
 しかし、返って来たのは捨て台詞だった。
「ライダーでもない素人が首突っ込むんじゃないよ! これはプロの仕事だ! 邪魔なんだよ――疾符跳梁!」
 そして九十九も棘を抜いて自分に貼りつけ、その効能か軽快に跳び去っていく
 渡良瀬は背後に目を向け肩をすくめた。
「だって、さ。んじゃまァここからは、探偵のお仕事と行きますか」
 言って渡良瀬は九十九たちが落ちてきた現場に屈みこんだ。

「蒼廉刃符!」
 戦場を先刻とは離れた裏通りに移し、九十九とナディスが激突する。
 九十九が振り下ろした剣を、ナディスが両腕でガードし火花を散らせる。しかしナディスはそこで踏みとどまった。
「なかなかやる……ッ!」
《甘く見ないで貰おう!》
 ナディスが両腕を跳ね上げる。一瞬剣が虚空を彷徨う。
 歯噛みする間もなく、九十九はナディスのタックルに跳ね飛ばされ、道に面した空き店舗へ頭から突っ込んだ。
「ぐぁ!」
《ハァァァァァッ!》
 埃を上げて転がる九十九にナディスが飛びかかる。九十九は一枚の符を抜いて投げつけた。
「翼喚妖符!」
 唱えると同時に符から大量のコウモリの影が解き放たれ、ナディスに群がる。
《ウヌッ!?》
 低密度の情報体を用いた撹乱だ。ナディスが腕を振るとあっさり霧消する。
 しかしその間に九十九は充分な距離を取っていた。
 剣はすでに手中にある。四枚の符を抜き、口訣を発する。
「疾迫膂雷刃、五符結陣!」
《ムゥ!》
 コウモリを薙ぎ払ったナディスが九十九の動向に気付く。だがナディスが対処に移るより早く、符から解き放たれた光を纏い紫電の剣を構えた九十九は、敵の懐に飛び込んでいた。
「――――はぁぁああああああっっ!!」
《来るか――九十九よ!》
 瞬間、ナディスの腕が爆ぜるように広がり、ピンク色の無数の繊維となって逆に九十九の剣を腕ごと飲み込んだ!
「何っ!」
《グゥ……ッ》
 そのまま筋繊維を思わせる糸の奔流は九十九の体を押し込んでいく。
 同時に紫電に腕を灼かれ、ナディスも苦悶の呻きを上げるが、かまわずもう片方の腕も変化させて九十九へ殺到させた。
「チ!」
 九十九は剣を手放し強引に繊維の束から腕を引き抜いて、飛び退きざまに符を放った。
「縛!」
 略式コードで起動した符から、単眼の蛇が躍り出て繊維の群に喰らいつき、やがて逆に飲み込まれる。
 ナディスは一旦腕を引いた。
《……フッ、容易いな九十九!》
「テメェ……」
 吼えるナディスの右腕が剣に、左腕が金属鞭に変化する。飲み込んだ符のデータを吸収し我が物としたのだ。
《次はその命、奪いつくしてくれる!》
「ほざいたな――やってみろ!」
 ナディスが猛然と地を蹴る。だが退くわけには行かない。
 九十九は二枚目の刃符を抜き、剣へと変えた。

 カオルはその戦いを冷静に“視て”いた。バイオメアと共有した視覚は、主とも繋がっている。
「御覧になっていますか」
『ああ、よく見えているよ』
 主の声は静かだ。カオルは危惧を抱いて付け加えた。
「クラストは未だ現れません」
 主からの返答は、一拍遅れた。
『必ず来るよ。だから今は見つめていておくれ……僕のかわいいカオル』
「は」
 カオルは静かに答え、観察を再開した。

 そしてクラストこと渡良瀬は。
「ふぇ……ええいチキショー」
 こみ上げたクシャミを堪え、走っていた。車や即応外甲にぶつからないよう気を配りながら、イヤホンに直結した小型ディスプレイに視線を落とす。
 ディスプレイを保持する手には、一緒くたに握りこまれた壊れた携帯電話のストラップが揺れていた。
「どいたどいた、見せモンじゃねェぞ!」
 トレンチコートの裾が翻るたび、周囲からどよめきが漏れる。薄汚れたコートを彩る赤黒い色は、どう見ても血の跡だった。

 剣同士が打ち合い火花を上げる。押されたのは九十九だ。
「くっ……!」
 基礎的なパワーの違いに加え、腕力強化の“膂符”を吸収されたせいで力の差が大きく開いている。加えて技量はほぼ等しい。
 跳び退がり、地面に手をついて着地した九十九は、一舞の符を抜いてヘルメット内の表示に目を走らせた。
 起動に本体電力を要する大技を使ったため、バッテリー残量が残り少ない。もう一度五符結陣を放つためには一旦充電する必要があるが、そのためには変身を解かねばならない。
 無論、そんな暇はない。だから九十九は賭けに出た。
(一気に決めてやる!)
 抜いて広げた符に記されているのは“破幻打圧”の字。打撃などの物理攻撃力を情報破壊力に変換し敵に流し込む、対バイオメア戦の切り札だ。
 刃先さえ通ればスフィアミルとバイオメアの肉体を切り離せる五符結陣に比べ威力にムラがあるため使いたくなかったのだが、
《どうした、来ぬのか? ならば構わぬ。貴様の首、我が主に捧げてくれよう!》
「――ンだと?」
 ナディスの言葉に、九十九の心が決まった。
 このバイオメアには“主”がいる。そいつがバイオメアを日本に集めているのか。
 探していた手がかりが目の前に転がり出た。九十九はヒュウと気を吐いて、剣と符を構えた。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか、ナディス! アンタのご主人様はどこにいる!?」
《知りたくばこのナディスを倒して見せよ――出来ればの話だがな!》
「――上等」
 九十九のボルテージが上がる。紫のライダーは地を蹴り、剣を突き出した。
《フン、遅い!》
 ナディスは余裕を持って、それを回避する。しかし一人と一体が交錯する瞬間に、
「テヤァ!」
 九十九は身を翻し、全身のバネを利かせて“破幻打圧”の符を投げ放った。
《ヌゥ!》
 符は吸い込まれるようにナディスの喉元に貼り付く。ナディスが一瞬動きを止めた。
「――もらった!」
 九十九は剣の柄に左手を添え、沈めた体を伸び上がらせ、ナディスに張り付いた札目がけて――一閃を叩き付けた!

 太い弦を鳴らしたような唸りが広がる。ナディスの体に力を浸透させていく。
「やった……?」
 渾身の一撃、手応えはあった。符から広がる波動は眼に見える輝きへと変わり波紋を撒く――だが。
《フ……ヌゥゥゥゥ!!》
「!?」
 ナディスが咆哮とともに全身の筋肉を引き絞り、一気に気合を解き放つ――波紋が、吹き飛ばされる!
「バカな……っ」
《フヌァ!》
 仮面の下で目を見開く九十九に、ナディスの鞭が打ち据えられる。九十九はなす術なく、火花とともに宙を舞い、柱の一本を削って地面に落ちた。
「――っくは!」
 肺から空気が追い出される。息を吐き切った後の一撃だったから、ライダー越しにもよく効いた。
 致命的な外傷は追っていない。まだやれる。
「ってぇ……いい気になるんじゃないよ、ったく」
 九十九は立ち上がる。手応えはあった。一撃でダメなら二撃、三撃と重ねるまでだ。
 衝撃に手放してしまった剣と剥がれた札を探す。札は手中。剣は右方、さほど遠くない位置。軽く地を蹴り手を伸ばせば届く。
 次に仕掛けてきた一瞬が勝負だ。
 そしてその瞬間はすぐに訪れた。
《強気だな……その情報、興味深い!》
 ナディスが両腕を構えて向かってくる。それは図らずも九十九にとって絶好の角度だった。
 タイミングは、今。
「――はああああああっ!」
 紙一重を見切り、九十九は攻撃をかわして右へ跳んだ。剣に飛びつき、転がりながらも姿勢を整える。剣を構える。ナディスが制動をかけて振り返った。
《来るか!》
「行くさ!」
 歓喜にも似た声音でナディスが吼える。九十九も答えて地を蹴って跳ぶ。

 しかしその瞬間。
 間の抜けた、ピー、という電子音が、立ち込めた熱気を全て奪い去っていった。

“九十九”が突如失速し、力ない一撃をナディスにぶつける。
 その姿はライダーではなかった。
 掻き消えた即応外甲の下から現れたのは、最初に襲ったときと同じ少女の姿だ。
 それが、呆然と瞬きをしている。
 ナディスは、それまで奇妙な昂揚に酔っていた。様々な手でナディスに挑み、撥ね退けられてもすぐに次の手を講じる強かな九十九に、経緯に近い感情すら抱いていたのかもしれない。
 しかし今、“九十九だった”少女は何も出来ない無力な存在に堕した。
 どうしようもない不愉快さ――そう、ナディスが覚えたのは失望だ。
《……フン!》
 ナディスが払いのけると、“九十九”は軽く吹き飛ばされた。

 一瞬、意識が跳んだ。舞は頭を振って身を起こす。
(大丈夫、生きてる……)
 体のあちこちが痛かったが、骨は折れていない。
 しかし変身が解除されたのは痛かった。
(大技を連発しすぎたから……ったく……っ!?)
 懐に手を差し入れた舞を、ナディスの鞭が襲う。
 間一髪かわした舞の背後で、柱が一本砕け散った。
「チ――ッ! 召符蟲臣!」
 充電器を使っても変身可能になるまで時間がかかる。舞は起動に九十九のエネルギーを必要としないタイプの符を放った。
 符自体に内包されたエネルギーのみで稼動する半自律擬似生物が実体化し、ネズミに似た体躯でナディスに踊りかかる。
 この隙に舞は充電器をバックルに差し込もうとした。幾度かソケットをぶつけ、ようやく成功する。
《小賢しいぞ九十九!》
 しかしナディスは悠然と前進し、軽く腕を払って擬似生物たちを霧消させ、舞との距離を詰めていった。
 舞はバックルを見た。まだ裏面のインジケータは変身可能域を指していない。
「くっそ……」
 頭をフル回転させ、ここから逃れる方法を模索する。と、同時に心のどこかが反発した。
 逃げる? 冗談じゃない! バイオメアに背中なんか見せられるか!
 どうせ死ぬなら最後まで戦ってからだ。でなければ、仲間に合わせる顔がない。
 舞はナディスを見上げた。
 だが、圧倒的な力の差は現実だ。今までのバイオメアと、ナディスは違う。
 足の震えが、止まらない。
 ナディスが右腕の剣を掲げた。
《その色がせいぜいか。ならば!》
 そして、刃を返す。昼の日の光を照り返し、ギラリと光った。
その切っ先が揺らめく――ナディスの刃が舞の頭の上に振り下ろされようとした、その時。
「目を閉じて耳を塞いで口を開けて伏せろ!」
 聞き覚えのある声が、割り込んできた。

( 2006年09月15日 (金) 16時48分 )

- RES -


[167]超人災害調査録 第1話「空から堕ちた憎悪」 前編 - 投稿者:オックス

「はぁ……」
 空港の出発ロビーで、柿崎衛治は何度目かのため息をついた。あと30分もせずに生涯初となる快適な空の旅が始まり、その2時間半後くらいには沖縄に到着だ。今は三月なので海開き前ではあるが、それでも楽しめる場所は沢山あるだろうし、それが愛する人生の伴侶と共ならばもはや至福であろう。しかし、どうにも彼の表情は浮かない。前日の結婚式で少しのみ過ぎたというのもあるが、根本的な原因はそこではなかった。
「ふぅ……」
 再びため息をついた直後、出発時間や搭乗ゲートを確認しに行っていた彼の妻が帰ってきた。柿崎歩美。数日前に入籍し、結婚式を昨日終えたばかりの新妻である。
「ため息なんかついて…そんなに新婚旅行が嫌なの?」
「いや、それは凄く嬉しいんだけどね…それとは別に人の多い場所はどうにも」
 先程からこの近辺を通りかかる者たちの殆どが、彼に目線を向けていた。衛治は2mを優に越す長身で体格も良い。だからとても目立つのだ。
「好きでなった訳じゃないにしても、もう十年近くデカブツやってるんでしょ? いい加減コンプレックス治しなよ」
「しかしだな……こういうモノは治したいと思っても簡単に治せるようなわけでなく…」
「駄目駄目! 結婚したんだから、もっとしっかりしないと!」
「あ、ああ…分かったよ」
 歩美の身長は170cm強と、女性としては長身だが衛治に比べると頭一つ以上小さい。それなのに強く言われてうろたえる様からは、今後も夫婦生活で尻に敷かれるであろう事が簡単に予想できた。
「まあそんな事より」
「そんな事ってのは無いだろう? 君の夫の最大の悩みなのに…」
「そ・ん・な・事・よ・り・!」
 口調を強めて繰り返され、衛治は完全に黙り込んだ。
「もう飛行機に搭乗してていいみたいだから、ちゃっちゃと乗っちゃいましょ!」
 衛治は結婚したこと自体に不満は一切無いが、もう少し夫に優しくしてもいいのではないか?と思いながら、夫婦いっしょに歩き出した。

 ゲートに向かう途中、衛冶はひとりの女性が目に入った。長い黒髪の美人。まるでモデルのように姿勢良く綺麗に歩いている。

 衛冶はその女性から目が離せなくなった。見惚れていたわけではない。ただ、妙な違和感があったのだ。彼女の歩みに合わせて揺れる髪や服の動きが、周囲の空気の流れと少しずれている…まるで出来の良いCGを見ているようだ。

 女性は目で追っていた衛冶に気付かずに横を通り過ぎると、その場で待っていた別の女性の肩を叩き、さらに少し離れた位置に居た男性二人に声を掛けた。彼女と会話しているからだろうか、残りの3人からも似たような違和感を感じる。

「作り物? いや、それとも違う……か?」
「………さっきから、どこ見てるの?」
「ああ…いや、あの女の人が」
 そう言った瞬間、歩美が眉間に皺を寄せた。衛治は自分の妻が結構嫉妬深いタイプだった事を失念していた。軽く地雷を踏んでしまった事に気付いたが時すでに遅し。
「私よりも綺麗だとか思ってたの?」
「そ、そんなわけ無いって!」
「勢いで年上の女と結婚しちゃったけど、やっぱりもっと若い子の方が良かったかな〜とかも思ってそうね」
「無い無い! 大体、歩美との年齢差は二つだけだよ?」
「かなりの美人だったからなぁ…彼女と私を比べたら誰でもあっちの方が良いって答えるだろうし…」
「もしそうだとしても、俺にとっての一番は歩美だ!それだけは絶対っ!」
 衛治は声を張り上げそう強く主張した。近くにいた者達が一斉に彼らの方を向く。
「……恥ずかしい発言を大声で言わない」
「あ…ああ、ごめん」
 冷静になった衛治は、周囲の刺さるような視線に気付く。それは今までの身長から来るものとは明らかに違っていた。

「で、本当は何であの女の子の方を見てたの?」
 飛行機に乗り込んだと同時に、歩美が口を開いた。彼女も冷静になり、衛治が何か別の事を言おうとしてたのを思い出したのだろう。
「何か変な違和感があって……作り物っぽい感じがしたんだ」
「へぇ…それってあの女の子だけ?」
「いや、さっきの団体さんの四人全員。あの女の人と身長低い方の男の人が特に」
「衛治ってば基本的にヌケてるけど妙な所で勘が鋭いからね〜 案外、全員整形してたりして」
 そう言いながら、歩美は番号を確認して着席する。彼女が窓際で、衛治はその隣。横を見ると、空席一つと通路を挟んだ席に、今まで話していた四人組が座った。向こうはこっちの発言内容には気付いてないようだが、夫婦には気まずい空気が流れた。


 旅客機が空港を出発してから一時間ほど経った。離陸直後は実際に空を飛んでいる事に興奮し挙動不審気味だった衛冶も大分落ち着きを取り戻し、沖縄のパンフレットを広げて夫婦仲良く今後の予定を確認し合っている。

 突然、ガタガタと強烈な揺れが旅客機全体を襲った。衛冶は思わず歩美に抱きついてしまい、ため息を付かれる。
「…もしかして、機体のトラブルか何かが発生したとか?」
「いや、乱気流に巻き込まれたとか、そういうのでしょ」
 揺れはすぐに収まったが、高層ビルのエレベーターが降っている時のような弱い浮遊感が続いている。
「……高度を下げてる? まだ沖縄じゃないのに」
「やっぱり、機体トラブルが起きてるんだって!」
 何もアナウンスが無く、それが乗客たちの不安を煽るのだろう。少しづつざわめきが大きくなっていく。

 そんな中、1人の男がマイクを片手に現れた。添乗員の制服は着ていない。彼はスピーカーからちゃんと音が出ているかを確認すると、深呼吸をして喋り始めた。
「え〜〜〜私の名前は小川春人と言います。小学校の頃は春の小川を歌う度に馬鹿にされていました」
 そう言って、深々と頭を下げる。
「真に突然で申し訳ありませんが、これより当機は我々が占拠いたします」
 多少ざわついたが、変化はそれだけだった。この春人と名乗った男はラフなTシャツジーンズ姿で武装しているわけでもなく、見た目も頼りない普通の青年にしか見えない。皆、それがハイジャック犯という恐怖の対称なのだとは思わないのだろう。手の込んだ悪戯と考えた者もいたかもしれない。
「ああ、まだあまり騒がないで! 悲鳴を上げる機会は後で十分に用意しますから!」
 だが、衛冶はこの奇妙な青年に恐怖を感じていた。彼の直感が「アレはとても危険な存在だ」と告げている。
「それともう一つ、我々の目的は国外逃亡やテロリズムでもなければ、飛行機を操縦してみたい!というモノでも御座いません!」
 最初にそれに気付いた者が、「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げた。春人の顔が、まるで熱せられた蝋の様に溶けているのだ。
 どろどろと溶けた顔はすぐに頭蓋骨だけになった。眼孔には眼球の代わりに青い発光体が収まっている。Tシャツとジーンズが鱗になりながら広がり全身を覆う。腕が膝下まで伸びた。胸に開いた穴から、不気味に脈打つ赤い球体が覘く。
 悲鳴の大合唱が始まった。
「我々の目的は『略奪』と『捕食』…これから皆さんには我々の餌になっていただきます! …あ、今のは食事の『いただきます』と掛けたギャグですから、笑っていいですよ?」
 笑う者など誰一人居ない。
「では、まず最初に簡単な手品を…拍手を頂けると幸いです」
 春人の胸の穴から2mほどの蜥蜴のような単眼の怪物が、物理法則を無視して何匹も出現する。確かに古典的な手品のようだったが、怪物達はウサギやハトよりも段違いに危険のようで、出てきてすぐに近くに居た人間を頭から呑み込んだ。同時に乗員達は一斉に立ち上がり、拍手の代わりに声を上げながら我先にと後部座席側へ逃走し始めた。
「あっはっはっはっは!皆さんがんばって走ってくださいね! 逃げ場はありませんけど!」

「ごめん…腰が抜けちゃった…」
「気にしないで…それに今下手に動くのは逆に危険そうだよ?」
 恐怖感に煽られた集団が、無我夢中で逃げ出そうと細い通路に密集しているのだ。下手にそれに混じれば逆に怪我をし兼ねないし、実際に潰されて怪我をした者が恐怖以外の叫びを上げている。
「歩美はしゃがんで身を隠していて」
 言われた通り、歩美は器用に屈み込こんだが、衛冶は立ったままだった。どの道、衛冶の巨体では身を隠す事は不可能だろう。ならば、彼女と共に生き延びられるチャンスを探すべきだ。と、注意深く辺りを見回した。

 そのおかげで彼は、これから起こる事の一部始終を見る事になる。

 春人がこちらを向いた。一瞬表情が強張ったが、すぐにあの怪物が見ているのが衛治ではなく、その手前の団体であると気付いた。隣の席に座っていた四人、衛治が妙な違和感を感じていた者達だ。彼らは逃げるどころか、春人に向かっていっている。
「僕らおびき出す為だけに、こんな腐った事やったのかね?アイツ」
「だろうな…不愉快だ!行くぞ、ソウマ!」
「おう!」
 全身から黒い霧のような物を放出し、ソウマと呼ばれた男の姿が変わる。腕は漆黒の翼、脚は長剣を握り、頭は鳥を模した仮面、胴は中身の無い鎧。それらを鉄の骨格が繋ぎ、金属で出来た大きな鴉のような姿になった。
 もう一人の男も顔に紋様が浮かび、額から結晶のような角が額から二本生えていた。人より大きい鳥に比べればインパクトは少ないものの、十分に異様な変化だ。
「ほほう、なるほどこの鬼の相方は鳥ですか」
 春人は平然としたままだったが、彼の前に並ぶ蜥蜴は口を開き威嚇を繰り返している。
「このまま一気に終わらせる!」
『鎧殻招!!』
 再び黒い霧が、今度は二人共を覆う。すぐに霧は晴れたがその場に立っていた人影は一つだけ。
 全身が黒い金属に覆われ、翼の生えた鎧武者。全体的な見た目はソウマが変身した怪鳥に似ていた。二人が合体でもしたのだろうか。
 鎧武者は両手に持った二本の大剣を構えて蜥蜴の群れに飛び込み、草を刈るようにあっさりとそれらを切り裂いていった。胴から両断された蜥蜴の体が黄色い体液を撒き散らしながら宙を舞う。

 二度目の非現実的な光景だったが、衛冶は少し安堵した。彼らが何者かは知らないが、どうやらあの春人と名乗った怪物と敵対する存在のようだ。どういう存在で、勝機があるのかは解らないが、これで生き延びる時間が増えた。生き続ける限り希望は残る。
「私達も行くわよ、多恵」
 残った二人の女性達。さっきから彼らと似たようなものを感じていたので、おそらく同じような鎧武者になれるのだろう。そしてそれが彼らと同等の強さなら、これ以上の被害も無く怪物達は倒されるかもしれない。
「ああ、ごめんねツバサ。私ちょっと無理」
 しかし、どうも様子がおかしい。真剣なツバサに対し多恵はニヤニヤしながら答えていた。
「……こんな状況で何を言っているの?」
「だって私……」

 多恵の歪んだ笑顔が溶けはじめる。

「もう、アンタの相棒じゃあないからさぁっ!」
 赤い光がツバサをにらみ付け、反射的に後に飛び退いたツバサに羽毛の生えた腕を叩き込んだ。二人はそのまま数メートルほど横に飛ぶ。寸前、ツバサも腕を巨大な翼に変化させ受け止めたようだが、壁際に押し付けられていた。
「多恵…あなたが裏切り者だったの?」
「ステージを変えましょう…私達が戦うに相応しい場所に!」
 多恵が非常ドアを無理矢理開く。気圧差で二人は外に放り出された。
「行ってらっしゃ〜い…って、うわっ!」
 暢気に手を振る春人に、一つ目蜥蜴の生首が当たる。それの飛んできた方向に視線を移すと、ばらばらに切断された蜥蜴の体と体液に塗れ黄色くなった鎧武者が見えた。
「お〜やるねぇ…さっき出したのをもう全滅させるなんて」
「次はお前だ!」
 オーバーに拍手をする春人に、鎧武者は剣先を向けて駆けた。
「いや、貴様らの次の相手は俺だ」
 横から三人目の頭蓋骨が飛び出し、鎧武者の突進を右足で止める。
それは春人や多恵よりも一回り大きく、全身から金属のような管ががいくつも生えていた。
「チッ、まだ居たのかよ!」
『わらわら出て来る…君らさあ、ゴキブリの親戚か何か?』
「……我々も外でやるとしよう」
 足の裏から閃光。轟音と共に鎧武者は壁に叩きつけられ、衝撃で開いた大穴から機外に飛び出した。

 その際、右手から離れた剣の一本が春人の目の前に刺さった。おそらく偶然だったのだろうが、衛冶には頭蓋骨達の凶行を少しでも妨害しようとする鎧武者の意地に思えた。数秒ほどの沈黙の後、春人は思い出したようにマイクを構えて刺さった剣を避けながら前に進んだ。
「え〜〜〜では、邪魔者が消えた所で…捕食行為を再開しようと思います! ハイ、皆さん悲鳴〜」
 再び、怪物の胸から単眼の蜥蜴が多量に出現する。機内は彼の望む叫び声で包まれた。

( 2006年09月12日 (火) 00時38分 )

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