[216]第3話「危険なF/千の顔を持つ女」B - 投稿者:matthew
エレベーターガールの制服を脱ぎ捨て、私服に着替えた鶴はビルの出口で足を止めるとイベント会場のあるフロアに目を向けて軽薄そうに肩をすくめた。 「ごめんな〜。あたし、こういう面倒ごとは堪忍って感じやねん」 代行屋としての仕事意識の高さに反比例しているといっていいほど、彼女に正義感というものはない。仕事に絡んでいるのならそういうものを振りかざしてもいいとは思うが、そうではなく――極端に言えば金にならない正義感は意味がないということだ。だから、普通ならあのドーパントをどうにかしてもいいところを鶴は何もしないのだ。 第一、あそこには先斗とみぎりという立派な仮面ライダーがいる。わざわざ自分が出なくても事態は収束できる――そういう見積もりなのである。 「ま、後はよろしくっつーことで。あたしはこれで」 ひらひらと片手を振って、ジャケットに手を突っ込んで鶴がビルを後に一歩を踏み出す。酷薄とも言える笑みを浮かべて。 だが――その後ろ髪、もとい後ろ襟は突然ぐいっと引っ張られることになる。 「ぐぇっ!?」 一瞬息が詰まってカエルのような声を上げ、鶴が苦悶の表情を浮かべる。襟を掴んだ人影は、幼い少女の声で鶴を呼び止めた。 「ふん、そうはいかないんだからねっ」 「げほ、ごほっ! だ、誰――ってアンタ!?」 解放されて咳き込んだ鶴は、その犯人――みぎりの射抜くような視線に気おされたかのように後ずさりするのだった。 「な、何でアンタがここにっ!?」
――遡ること数分前、デュアルに変身し損ねた2人は他の人質と一緒にシロアリの群れに包囲され、犯人のドーパントと睨み合っていた。何とかこの場を脱することが出来ればすぐに事態は収束できるだろうが、下手な動きを見せればドーパントはすぐにでも自分達を襲わせるのだろう。それから無傷で逃れる道筋は全く見つけられなかった。 そうして2人が考えあぐねている時に、ドーパントが先に口を開いた。 「お前らは人質だ。この建物は俺が占拠した……俺の合図でそのシロアリたちはすぐにお前らを食い尽くす」 そんな脅し文句に、ざわつく人質達。所詮相手は小さな虫だ――と強気に出られないのは目の前の化物への恐怖のせいにほかならない。その化物は、続けて怒号のように言い放った。 「命が惜しければ運び屋をここに呼べ……ただし警察を呼ぼうとしたらすぐに始末をつける。さあ、運び屋を呼ぶんだ! 早くしろ!」
「……運び屋ならここだ!」 考えるまでもなかった。やむなく自ら名乗り出ることを決めた先斗が声を上げ、みぎりと共に挙手する。ドーパントはゆるりとそちらに顔を向け、ふんと鼻で笑って見せた。 「お前ら2人が、だと? 片方はガキじゃないか、アテに出来るのか?」 「むっかぁ! 化け物なんかに子ども扱いされたくないんですけどっ!」 「何だとぉ?」 「よせ、みぎり! 変に刺激すんな!」 犯人の言葉に耳を貸しすぎてはならないとみぎりをなだめ、先斗はまっすぐにドーパントと視線を交わす。相手の要求は自分達を介して何かを運ばせようとしているのだろう――ある程度踏んで来たそういう修羅場の経験が、先斗の脳内に今後の展開をイメージさせた。 「アンタにしちゃ幻滅だろうが、みぎりは俺の信頼できる相棒だ。で……運び屋にご用ってことは、何かをここに持って来ればいいのか?」 「ほう、話が早いじゃないか。そういうことだ……ただし、“何か”じゃなく“誰か”だがな」 「人を運べ、ってのか?」 「そうだ。藤田徳子――という人間を探している。そいつをここに連れて来てもらう。タイムリミットは24時間だ、いいな?」 もちろん、これも迷うことはない。依頼報酬はともかくとしても、自分たちが脱出できるのならば後はどうにでもなる。依頼を遂行するのは当たり前だがそのついでに警察を呼ぶか、あるいは他のライダーの増援を頼むことも可能だ。先斗は目配せをみぎりと交わしてこくりと頷いた。 「ああ、分かった。行くぜみぎり、仕事だ」 「う、うん」 ――だが、そこから先は2人の予想を超えていたのだ。ドーパントが動き出そうとした先斗を呼び止めたのだ。 「待て。お前はここに残れ」 「ぁん? どういう意味だよ」 「そんなに信頼できる相棒だというなら、そこのガキ。お前が1人で行け」 「えっ、み……みぎりんだけで!?」 突然の指名に、戸惑うみぎりをドーパントが嘲笑う。そして先斗がしまったという感じで額を手で押さえる。 そう――みぎりだけがビルの外に出た理由。それは、こういうことだったのだ。
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2010年09月03日 (金) 09時20分 )
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