[214]W企画ノベライズエピソード 第3話「危険なF/千の顔を持つ女」A - 投稿者:matthew
「――こんなところで何してんだよ、アンタ」 「何って……仕事。見りゃ分かんでしょ?」 係員の証のジャケットをびっと見せ付けて、先斗に答えを返す。それでもきょとんとする彼に鶴は肩をすくめて丁寧な説明を付け加えてやった。 「バイトで受付やるはずだった依頼人が急に風邪で熱出して来れなくなったから、その代行。ま、しょーもない仕事だわね」 代行屋――聞きなれない肩書きではあるが、鶴曰く、どんな仕事でも代わりを引き受けるという稼業なのだそうだ。その説明を思い出した先斗はぽんと手を打った。 「……手が広いんだな。代行屋って」 「頼まれた仕事は何でもパーフェクトにこなす、それが代行屋さっ!」 「しょーもない仕事でえばるなぁっ!」 すかさずツッコミを入れたのは、ぷぅっと頬を膨らませたみぎりだ。どうやら子供といわれたのがよっぽど尾を引いているらしく――腰に手を当ててまくし立てるように声を荒げている。 「っていうか、何がパーフェクトなのさ! みぎりんは立派な大人なのに!」 ところが、それでも鶴は全く退かない。むしろそんなみぎりよりもずっと大人気ない態度で、嫌味たっぷりに反論した。 「立派な大人がそんな態度とるかっちゅーの。鏡、よ〜く見たほうがいいんとちゃう?」 「むっかぁああ! い、言ったなこの年増ぁ!」 「んなっ……何やとこのがきんちょっ!!」
――まさに、売り言葉に買い言葉だ。みぎりの言葉に堪忍袋の緒を切らされた鶴は、引き受けたはずの受付の仕事も放棄して睨み合いを始める。ただでさえ集まっていた周囲の注目は、よりいっそう先斗たちに向けられた。 こうなってしまうと、たまらないのは巻き込まれた先斗本人だ。顔から火が出そうになった彼は、慌ててその揉め事の仲裁に入る。 「お、おい2人とも……!」
「全員動くなァアッ!!」 しかし――その注目はすぐに彼らから離れたのだった。そこに響き渡った、声の主の存在によって。 「「ぁあ!?」」 みぎりと鶴が声をそろえて、その声のほうにガンをつける。 イベント会場中央。本来すいかちゃんが立つはずのステージには――シロアリをそのまま擬人化したような異形の怪人が立っていた。
「きゃあああああああ!!」 客席から上がった悲鳴をスタートの合図にして、一斉に観光客たちが逃げ出そうと散開する。先斗は一人瞬時に状況を察知して冷静ながらも視線を鋭くした。 「ドーパント……こんなところでかよ!」 パニックで逃げ惑う人々を眺める、怜悧な怪物の視線。ただでさえ気持ち悪いシロアリをさらに気持ち悪くしたようなものだ――ある程度抵抗のある先斗ですら、何ともいえぬ不快感に顔を歪めている。しかし、そんな不快感はさらに増大させられることとなった。 「お、お兄ぃっ! む、むむむ虫が、虫がっ!」 「ぁ?」 隣で声を詰まらせたみぎりの異変に、先斗が後方を振り向く。すると――さらに気味が悪いことに、逃げようとする人々をステージに向かって包囲するように追い立てる、地上を這い回るシロアリの群れが見えた。 「ぞ、ぞわぞわってこっち来てるぅうう!!」 人々の安全もあるが、それ以上にこの不気味さはいっそう放置できない。青ざめた顔ですがりつくみぎりの様子に、先斗はやむなく懐のデュアルドライバーに手をかけた。こうなればさっさとステージ上のドーパントを倒すしかない――! 「なんつー気味の悪い能力だ……とりあえずあのドーパントをやるっきゃないな。行くぜみぎり!」 「う、うんっ!」 先斗には勝算があった。1人だけならともかく、代行屋――鶴もまた仮面ライダーなのだ。2人がかりならば片方に人々の避難誘導を促す余裕がある。状況を沈静化するのは難しくないはずだ。反対の隣にいるはずの鶴に向かって、先斗はドライバーを取り出しながら呼びかけた。 「代行屋! お前も手伝え!」 が――返事はない。それどころか、いつの間にか気配もなくなっている。先斗とみぎりの目が、そんな沈黙の空間に気づいて見開かれる。 「……え?」 その理由は――すぐにはっきりした。チーン、と響き渡るエレベーターの音が、彼女の行方を教えてくれたのだ。
「――下へまいりまぁ〜す、なんつって」 いつの間にかジャケットを脱ぎ捨てた鶴は、エレベーターガールの服装に着替えていて。2人が気づいた時にはもう、扉は閉まっていて。 「「って逃げるなぁああああああ!?」」 2人の叫びも空しく、まんまと鶴はこの状況から逃げ延びたのであった――
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2010年08月21日 (土) 13時55分 )
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