[205]W企画ノベライズエピソード 第2話「Aの捕物帳/愛こそすべて」D - 投稿者:matthew
「はぁ〜っ、やっぱり動物はいいなぁ〜。癒された気分だよ」 「俺は……もう、いい……」 日も暮れた頃、満足げな表情で背伸びをする零太の隣で先斗はがっくりと対称的に肩を落としていた。麻生邸の動物達を一通り見て回って、どうやら疲労が蓄積してしまったらしい。しかし零太は呑気に先を歩く彼の背中に声をかける。 「おいおい。少しは先斗も自然と触れ合う機会を見つけたほうがいいんじゃないか? でないと心が荒んじゃうぞ?」 「余計なお世話だよ。そんなことしなくても俺の心は荒んでません」 動物の存在は心を豊かにする――それが動物を愛する零太の持論だ。たとえ何を誰に言われてもその持論は決して揺らがない。故に零太は考える。先斗が荒んでいないというのなら、心を荒ませない何かが彼のそばにあるはずだ。と、いうことは―― 「……あ、そっか。いたな先斗にも」 「へ? 何のこと?」 足を止め、何のことか分からずに目を白黒させる先斗。だが零太はぽんと手を打ちつつも、すぐに頭に浮かんだ考えを否定した。 「あっ、でもそりゃひどいだろ先斗! 一緒に暮らしてる彼女を動物扱いなんてそんな!」 「バッ、ど、動物扱いなんかしてねぇよ!」
「……あれ? 彼女のほうは否定しないんだ」 「――ってそっちも間違いだったそうだそうだ!!」 一瞬時間が静止したかのような静寂の後で、うっかり口走った先斗の言葉尻を掴む能天気な零太。先斗は何故だか顔を真っ赤にしてそんな彼に食って掛かろうとしたのだが――その時。 「おい、何かすっげぇ誤解されてるみたいだけど俺とみぎりはなぁ……!」 「……あ、ごめんちょっと電話入った」 「シカトかよ!?」 ポケットから聞こえてきた携帯の着信音に、零太はマイペースに平然とした態度で通話ボタンを押した。ディスプレイに表示された名前は「雨姐さん」。大事な相棒からの電話である。 「もしもし、どうしたんだよ雨姐さん?」
「詳しい話は後でする。レフト、単刀直入に聞くが君は今どこにいる?」 どこか切迫した様子で携帯を持つ雨の後ろでは、箱からティッシュを何枚も取り出している真っ赤な鼻のみぎりがいた。 「ふぇっ……くちゅんっ!! ぅぅ……風邪ひいちゃったかなぁ」 誰かが噂をするとくしゃみが出る――そんな迷信に果たしてみぎりが思い当たっているかはまた別の話として。それとは対称的にシリアスな雨の語調に零太は少しだけ焦りを浮かべる。まさか、何か帰ったら仕事を言いつけられるのではないかと。 「え、ええっと……今仕事終わって、麻生さんとこから帰る途中なんだけど。あでも今日は帰ってからゆっくり休みたいし手伝いは勘弁して……」 ところが、その予想はまんまと外れていた。雨が口にしたのは、零太のそんな考えを吹き飛ばす衝撃的な内容だったのだ。 「そうか。なら今すぐにとって帰すんだ」 「え? それ、どういう……」 「麻生マルコ。……恐らく、彼女が本来のメモリの持ち主だ」 「な……んだって、麻生さんが!? 何を根拠にそんな!」
「運び屋がエーテルにマキシマムを直撃させてもメモリはブレイクされなかった。つまりそれは本来のメモリユーザーがあの猿ではなく別にいたから、肉体とのシンクロが甘かったからだ。それに途中で現れた炎のドーパントが別に持ち主がいることをはっきりと明言していたのを私は記憶している」 「だ、だからって何で!」 驚く零太の声を聞きながら、雨は自分が口にしている推論がいかに零太にとって残酷なものかをひしひしと感じていた。同じ動物好きとして共感していた相手が真の黒幕だというのだから、それは無理もない話だろう。だがかといって真実から目を背けるのはありえない。だからこそ、どんなに残酷でも真実を告げることを己に言い聞かせて、なおも雨は続ける。 「麻生マルコの素性について色々と調べを進めてみたんだ。彼女には裏の顔がある……WARS(ウォーズ)という過激派の動物愛護団体の幹部として、彼女は世界各地でテロを起こしていたんだ」 「テロ……あ、麻生さんが?」 「Worldwide Animal's Relationship Society、通称WARS。動物愛護を掲げてはいるが、実態は自然開発や狩猟を行っている各国に対して武力を持って反抗している団体だ。そのテロでの死傷者も少なくない。表向きにはその経歴は伏せられてはいるが……何にせよ、危険人物であるのは確実だ」 一気に雨から告げられた衝撃的な内容に、零太はフリーズした機械のように一切の動作を停止させる。どう見ても、あの温厚そうな彼女がテロリストの幹部だとは考えられない。いや、そもそも動物が好きな人間に悪人はいないはずなのだ。だったらそんなのは嘘に決まっている。ありえない―― 「何かの……何かの間違いだよそんなの。そんなの、あるわけ……」 「恐らく彼女はメモリを購入してこの街で何かをするつもりだった。それが何らかのアクシデントでエーテルがメモリを飲み込んでドーパントになり家からいなくなった」 「嘘だ、嘘だ……!」 「私達に依頼したのはエーテルだけでなくメモリも確保するため、そしてメモリが元通り彼女の手に戻った以上、行動を起こさないはずがない。早くしないと――」 「嘘に決まってるだろそんなのッ!!」
――電話が、途切れる。それは零太の怒りと絶望の証。 再び訪れた静寂に、雨は顔をしかめて呟いた。 「……あのバカ……!」
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2010年08月10日 (火) 12時46分 )
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