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ゾイド系投稿小説掲示板

自らの手で暴れまくるゾイド達を書いてみましょう。

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[360] (削除) システムメッセージ - 1970/01/01(木) 09:00 -

投稿された方の依頼により、2013年08月17日 (土) 07時05分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

[361] Zoids Genesis -風と雲と虹と-@・A 城元太 - 2012/03/28(水) 19:59 -



         @


 神々の怒り。先の大異変がそう呼ばれたことさえ、もはや誰の記憶にも残っていない。
 悲しみに打ち沈んだ人々の顔に微笑みが甦り、引き裂かれた大地に再び草花の芽が萌え出でた。
 この惑星の東の大地に、既に新たな創世記が始まっていた。
 力強く、人と、大地と、ゾイドが繋がった世界が。

 遠く春霞に烟(けぶ)る筑波の峰の麓に、大地を踏みしめ駆け抜ける一台のゾイドがある。
 青空に映える真っ青な機体、春の息吹に応える金色の鬣(たてがみ)が風に靡(なび)く。背負った太刀に朝露が纏い、滴となって舞い落ちて行く。
 何処の誰が名付けたかは預かり知らぬ。人はそう呼ぶ、村雨ライガーと。
 父の、その父の、そのまた父の代より呼ばれてきた。確かな事は、それが今ここで奔(はし)っているということだけだ。
 風防の隙間から流れ込む風が、操縦席に座る若武者の頬を清々しく撫でていく。
「ゆくぞ、村雨」
 操るゾイドに語りかけ、彼は機体の踵に装備されたターンピックを作動させる。大地を穿ち、左前脚を軸にして急回転。同時に背負った太刀ムラサメブレード≠展開する。
 白刃の煌めきは新緑を映し、無数の光を乱反射させた。
 刃の水滴が光る。一斉に残り三肢のターンピックが作動、機体は半回転をしてピタリと停止する。
 鋼鉄の獅子が咆哮する。金属生命体の放つ命の喜びを精一杯讃え、雄叫びを周囲に轟かせた。
 額に汗を光らせながら、若武者は風防を目一杯に開いた。彼の瞳が語っている。

 俺はこの大地が好きだ。
 俺はこの星が好きだ。
 俺はここに生きる。

 若武者の見据える先に、青い筑波の山肌が浮き上がっていた。

 風防を開いたまま、村雨が足元を睥睨しながら悠然と歩いて行く。
 見渡す限りの地平に青々と繁った水田が広がり、水面の隙間に真上の太陽が煌めいている。
 豊かな大地だ。今年も豊作であるように。
 畝の合間から、百姓仕事の隙を見て頭を下げる。

「小次郎様、本日はどちらへの野駆けで」

「おう、常羽御厩(いくはのみまや)まで行ってきた」
 鎌を片手に下草を刈る百姓が問いかける。

「村雨が泥だらけではありませぬか」

「信太(した)の流海(ながれうみ)に、ちと嵌(はま)ってしまったのだ。館(やかた)に帰ったら、すぐにでも洗ってやらねばな」

「御精が出ます。今宵は回忌の夜、夕刻には館に出向きますので、その折改めて御挨拶します」

「留次郎、皆も待っておるぞ」

 操作盤に片膝をついて伸びあがると、再び彼は操縦席に身を任せた。ゾイドは生きている。この村雨の気性は穏やかだが、機嫌がいい時もあれば悪い時もある。どんなに宥(なだ)めすかしてみても、激しく暴れて風防を開かないこともある。父が陸奥で奮戦した時には、猛り狂って敵を蹴散らし、獰猛な野獣の本能を曝け出したこともあるそうだ。
だが、それでいい。俺は根っからのゾイド乗りだ。これからも、このゾイドと共に歩もうぞ。
草原を渡る新緑の香を感じつつ、小次郎は村雨ライガーの歩を進めて行った。


 春霞の向こう側、鎌輪(かまわ)の館が見えてくる。村雨ライガーは、自らの帰る場所を知っているのだ。板塀と土塁の向こう側から、紫煙が棚引くのが見える。屋敷の馬場で、御厨三郎将頼が盛んに王狼ケーニッヒウルフのスナイパーライフルの試射をしているのが望まれた。
 矢倉をくぐり、曲がり家に村雨が向かう頃には、三郎が騎射を終えた王狼の操縦席から立ち上がり頭を下げていた。

「兄上、お帰りなさいませ」

今はこの鎌輪の館の主である以上、例え兄弟であっても最大の礼を尽くすのが習いである。将文、将武、将為、そして未だ幼い将種ら舎弟達も一斉に館から飛び出し、小次郎を出迎える。その中に、一人足りない弟に気付く。

「四郎はどうした」

「将平はまた勉学です。景行(かげゆき)公の下に通うようになったはいいが、あれでは坂東武者の務めは果たせませぬ。少しは日の光の下に引き出さなければ」

「良いではないか。将平は、俺達と違って頭がいいのだ」

 三郎を宥めつつ、小次郎は高らかに笑った。


「小次郎、帰ったのか」

 館の奥より声が聞こえる。彼の笑い声を聞き付けたのであろう。

「母上、御厩よりただいま帰りました。僦馬(しゅうま)の党は見当たりませんでした」

「それは良いこと。それにしてもまあ、村雨が泥だらけではないか」

 微笑む母に、若武者も笑顔を浮かべる。

「今宵は父君の忌の儀を行うのであろう。礼を失せぬよう、夕刻までに村雨をきっちり仕上げておくれ」

「心得ました」

 父が身罷ってより、季節は既に三度目の初夏を迎えていたのだ。光陰の如き月日の流れの速さを感じる。
 今宵は長くなりそうだ。
 惣領としての責務の重さを、改めて噛みしめていた。


 夕刻、篝火(かがりび)が赤々と燃え上がり、人々の姿を浮かび上がらせる。焔を囲んで数人の娼妓(しょうぎ)が舞い踊る。遠く筑波山の天辺に、明るい満月が一つかかった。

「先の鎮守府将軍良持(よしもち)の次男、此方へ」

 祝詞(のりと)の響く中、若武者が呼び上げられた。

「嫡子たる者、その名を八幡大菩薩の御前にて名乗られよ」

 篝火に照らされ、堂々たる体躯の武者が立ち上がる。
 宴の最中だ、恥をかく訳には行かぬ。深く呼吸を整える。背後には、前肢を立て、後肢を畳み、宴を見守るように村雨ライガーと王狼ケーニッヒウルフが控える。
 若武者は、一際高く名乗りを上げた。

「我が名は相馬の小次郎、将門。
又の名を平将門。
この惑星Ziの東方大陸、坂東の住人にて、今は亡き父、平良持の嫡男なり。
今宵は父の回忌である。
皆の者、父の残したこの村雨ライガーと共に、存分に父の供養を行ってくれ」

 歓声が上がる。
 篝火の炎が、星空に届くかのように燃え上がった。


         A


 回忌の宴には、高望王(たかもちおう)を始祖とする一族の長(おさ)達が集まっていた。長兄に当たるのは、常陸の大掾(だいじょう)を務める伯父国香(くにか)である。

「小次郎、今宵の回忌は若いながら滞りなく進んだようだな」

 盃を手にしながら、下総の甥に労(ねぎら)いの言葉を掛ける。

「良持が急な病により身罷(みまか)ってから早三年、本来の嫡子となるべき長兄将弘(まさひろ)も没して久しい。ただ、小次郎がここまで立派に回忌の儀を饗(もてな)すことができたのだ。犬養の義姉君、そして亡き弟良持も、さぞ満足したであろう」

 伯父国香は上機嫌である。常陸伯父は、同国石田の荘の中心にして国府周辺を有し、坂東では嵯峨源氏の源護(みなもとのまもる)に次ぐ勢力を誇っている。レッドホーンを中心に編成された部隊は、グランチュラなどを率いる土蜘蛛の残党と思しき群盗を討伐し、将門の父良持亡き後もその地位をついで長く受領(ずりょう)として任じられていた。

「時に小次郎、お前は何時まで下総に引き篭もっているつもりなのだ」

 国香の謂わんとする事は察していたが、こうまで早々に切り出されるとは、小次郎も聊(いささ)か面喰っていた。わかっていた。二年前に上洛した国香の嫡子、太郎貞盛(さだもり)殿の事であることを。

「太郎は昨年ソラの都に昇り、現在左馬充(さまのじょう)の位を授かった。都を警護するゾイドの御厨(みくり)を管理する職だ。ジェネレーターからのレッゲルを地上から都に運ぶザバットの運用も行っておる」

 従って平貞盛は小次郎の従兄にあたる。年齢が近い事もあり、かつては坂東の地で筑波の峰を仰ぎながら共にゾイドを走らせた。だが、太郎は元服後程なくして上洛し、ソラに於いて厳然とした権力を有する藤原北家に召し抱えられた。未だに建設が続くソラシティーでは、燃料を含め資材の殆どを地上に依存しており、ジェネレーターの設置の見返りに地方に置かれた国司を通じ、レッゲル等の貢物を大量に調達し続けていた。

「いつまでも坂東で田舎暮らしを捨て置く場合ではあるまいて。お前の父の鎮守府将軍とまではいかなくとも、せめて押領使、後々には関州の検非違使(けびいし)職程度は得ておくべきではないのか」

「兄上、まあ、左程小次郎を急かさずとも好いではありませぬか」

 時を見計らい、相模村岡の叔父、平良文(たいらのよしぶみ)が酒を注ぎながら国香の下にやってきた。

「小次郎がこの鎌輪を離れれば、将頼、将平などの年若き者のみとなります。犬養の義姉君も小次郎に起たれては心細いことでしょう。仕官の儀は、今暫くの様子を見てからでも宜しいのではないですか」

 良持と母を同じくする良文は、愛機凱龍輝を操り安房から相模にかけての領地を持つ。良文は筑波に広がる八幡菩薩信仰に対し、自らは太極ポラリスの妙見菩薩信仰を行い、天上の太白北斗の星を崇めていた。信仰する神の違いが、国香達との距離を置く理由ともなり、何かと疎外されがちな下総の甥たちに便宜を図ってくれていた。

「良文、よもや兄上に意見しようとは思わなんだぞ」

 幾分酒が入り、気分が高揚したのか、或いは生来のものかわ判らぬが、国香と同じく常陸で寄宿している叔父良正(よしまさ)が口を挟んだ。
 アイスブレーザーを駆る一番若い叔父は、何かと下総の国に手出しをしてきた。自らの所領が少なく、良持の死後は頻(しき)りに下総への侵入を繰り返していたのだ。

「小次郎、貴様はどう思うのだ。兄者の意見が聞けんのか、そして他の者どもも!」

 良正は小次郎と同様に奉迎に努める三郎将頼や四郎将平を睥睨し、盃を地面に叩き付ける。いつものことだ。小次郎はこの若い叔父の仕種に、心底辟易していた。

「こら良正、止めぬか。回忌の席であることを忘れたか。お前はいつも喧嘩早くていかん」

 見かねた様に叔父良兼(よしかね)が良正を宥める。下野(しもつけ)の介(すけ)の地位にあり、国香に次ぐ所領を有する人物である。碓井の関を越えた夜斗(やと)の民の率いるブロックスを鎮圧し、ダークホーンを主力とした武士団を形成していた。国香と同じか、或いはそれ以上の力を持つ良兼の諫言に、さすがに良正も黙り込み、渋い表情のまま酒宴の座に戻って行く。良兼は小次郎の盃に酒を注ぎつつ、話を続ける。

「だがのう、小次郎よ。兄上の申すことも一理あるとは思わぬか。
 確かにこの広く未開の坂東では、ゾイドの腕が必要じゃ。香取の海付近より産ずるリーオの鈩(たたら)も、貢物としては貴重じゃろう。
 しかしいつまでの地上に這いつくばっていては世界も開けぬ。儂の長女で姉の良子(りょうこ)こそ、漸く年頃になろうというものだが、倅達はまだ元服前ゆえ、公雅(きみまさ)、公連(きみつら)とも上洛させるわけにもいかぬ。お前は良子より年上、元服も済ませておる。太郎貞盛殿の様に、この機会に天空界に昇ってみてもよいのではないか」

 黙って事の成り行きを聞いていた小次郎が、徐に口を開いた。

「伯父上殿達の有り難き進言、誠にもって小次郎心に沁み渡りました。仕官の件については、追って母上とも相談の後、お返事仕ります。
 さすれば常陸の伯父上、貞盛殿はお元気なのですか」

 口下手な若武者の、精一杯の口上であった。伯父達の魂胆が痛いほどにわかる故に、同の様にこの場を収めるか、思案した上での返答であったのだ。自慢の息子の事に触れられ、国香は途端に眉目を綻ばせた。

「しっかりやっておるよ。ただ、都への進物が重なってのう。郷(さと)ではリーオとレッゲルを集めるのに大童(おおわらわ)じゃよ」

 不平とも、自慢とも取れる初老の伯父の言葉に、座は阿諛(あゆ)とも迎合とも取れる笑いで満たされた。話題の中心であった小次郎はしかし、身を固くして成り行きを見守っていた。

 伯父達の動きに警戒していない訳ではない。ただ、ソラの都での官職を得られなければ、いつまでも所領の実りを天空人に搾取され続けるだけだ。せめて介(すけ)の位を得て、父が拓(ひら)いた所領を残したい、その思いは同じであった。

 今、ソラの都には太郎貞盛がいる。小次郎にとってそれはとても心強いことであった。機会を逃せば仕官の道は閉ざされるであろう。

 燃え上がる篝火を見つめながら、若武者は炎に浮かび上がる村雨ライガーを見つめるのであった

[364] Zoids Genesis -風と雲と虹と-B(改) 城元太 - 2012/04/05(木) 19:05 -

 二日をおいた後、彼に最初の転機が訪れた。

 その日小次郎は、村雨ライガーにこびり付いた泥を家人と共に落としつつ、ムラサメブレードの刃毀れの吟味中であった。
 上空に時ならぬ疾風が吹き渡る。見上げれば、灰白色の機体に黄色い眼光を灯した梟型ゾイドが舞っている。旋回の様子から、鎌輪の館への降下を求めているらしい。
 矢倉の上で纛(はたぼこ)が降られ、着陸許可を確認する。ナイトワイズが反発磁気(マグネッサーシステム)の砂塵を纏い、屋敷の馬場に着地を終えていた。
 小型ブロックスゾイドは、脚部を曲げて翼を両手の様にして身を屈め、漸く背部の操縦席の傾きを最小にした。機体背部の風防越しに、窮屈そうに操縦席に収まる文官が見て取れる。風防を開き、尾翼の端に手を掛け足元の高さを確認し、やっとその文官が操縦席から降り立った。

「拙宅より遠い故にゾイドを使ったのだが、どうも飛行は苦手だ。第一ブロックスは乗り心地が悪くて適わん」

 不平を漏らしつつ、被った烏帽子(えぼし)を両手で直す。

「景行(かげゆき)公、今日はどの様な御用向きで」

 半身諸肌を脱いだ小次郎が額の汗を拭いながら、日中故に機動性の鈍る小型ブロックスを見上げた。
 菅原景行は遠く始祖に地球からの渡来人の血を受け継ぎ、多くの知識を蓄えた文人である。ソラに厳然たる権勢を誇る藤原一族の陰謀に巻き込まれ、父の道真が北を望む大宰府の地で息絶えたのが凡そ卅年の昔。ところがその後、相次ぐ藤原一族の不穏な死や、清涼殿への落雷など不吉な出来事が相次いだ。
 為政者に於いては、素より祟りだ、怨霊だと信じる訳もない。が、何かと政(まつりごと)への不満を述べたい下衆な輩にとって、一連の藤原への災厄は絶好の話題を提供してしまっていた。巷には菅公の怨霊の噂が飛び交い、摂関家への批判が高まる。拠り所の無い批判に業を煮やしたソラでは、止む無く道真の雪冤を行い、子息である景行や飛騨権掾(ひだのごんじょう)に左遷された兼茂などを呼び戻し、御霊会(ごりょうえ)を行い怨霊への鎮撫を試みていた。
 そうした経過の中で景行も罪を赦され上洛を認められたものの、都に上ることを好まず、下総の地に於いて悠々自適の学者生活を営んでいた。坂東が気に入ってしまったのだ。そんな文人がいる以上、学問を習わぬ道理はない。予(かね)てより勉学に勤しんでいた四郎将平がこれに師事を願うのは当然であった。

「小次郎殿、本日は折り入って相談したき義があってお伺いした。単刀直入に申そう。都での仕官の話についてである」

 仕官という言葉に、小次郎は動揺した。

「昨日拙宅に習いにいらした将平殿よりお話は伺い申した。愚生も小次郎殿の所作については思う所が在る。
 幸い、ソラの藤原忠平公は父道真の代より我が菅原家とも縁が深い。丁度滝口の衛士(えじ)として任に当たるべき人材を探されていた折、小次郎殿なら適任と察するのだが、如何様かな」

 突然の申し入れに小次郎は戸惑った。更には滝口という職にも聞き覚えがない。暫し返答に詰まる。

「思案するのも無理もなかろうて。ただ、滝口といえば内裏の鬼門を護り武勇に優れた武者を揃える場所。近頃は都も物騒なのだ。貞信公(=藤原忠平)ならば小次郎殿の父良持公を鎮守府将軍に任ぜられた繋がりもある。千載一遇の機会であろう」

 国香の叔父達のように、悪意をもって進言しているのではなく、純粋に善意から小次郎への仕官話を進めようとしていることは受け取れた。沈黙は相手に不信の情を抱かせる。朴訥として、小次郎は素直な気持ちを告げた。

「では、私めが抱いております懸念を申しあげたい」

 村雨ライガーを磨く手を止めて、景行を見据える。

「先の宴に於いても、石田の伯父を初めとして私の都での仕官を盛んに薦められました。しかし、良正叔父の仕種に顕れる様に、叔父達は明らかに下総の地を蚕食しようと謀(はかりごと)を巡らしているのが解ります。
 今私が鎌輪を離れれば、必ずや父良持より受け継いだ土地は奪われましょう。血族とはいえ、土地を巡る対立は常に骨肉の争いの体を成しております。我の懸念とはまさにその点なのです。
 均田の制度が崩れて久しく、有力貴族への寄進が行われ、次第に地方にも荘が広がり始めている。決して予断を許さない。
 これらが全て杞憂であれば良いのですが、景行公であればどの様にお考えであられようか。忌憚なき意見をお聞きしたい」

 武家の棟梁として責を負う者の、それは当然の嫌疑であった。


「小次郎殿、誠に失礼な建言を申し上げ心苦しい」

 景行は暫しの後、口を開いた。

「滝口と都での混乱の様子から、真っ先に貴公の事が思い浮かんだのだ。将平殿からは、その様な顛末があることを伺っておらなんだ。許されよ。
 ただ、弟を責めるのも酷というもの。恐らくは兄の苦境を察し、伝えなかったのであろうて。話は無理に進めることはない。武者にとってゾイドと所領が命だ。気の向いたときに、お声がけ下されば良い」

 小次郎は鄭重に返礼をした。自然に、話を進めることは持越しとなった。

 ソラは、厳然として天上に聳えている。ここ東方の地に於いても、その影響を排除することはできない。滝口の衛士という任は、無骨な彼に適役であるとも思われる。
 だが、館はどうする。成長したとはいえ、まだ三郎達に館を任せるのは不安である。まだ館を去ることはできない。
 若武者が出した結論は変わらなかった。

 沈黙を破ったのは、図らずもまたゾイドであった。

「ランスタッグの群れ、あれは鹿島の玄明(はるあき)か」

 景行の仰ぎ見る彼方に鹿型ゾイドが現れる。鹿島を中心に根城を張る豪族、藤原玄明に相違ない。粗野な振舞いも多いが、野駆けなど度々鎌輪に訪れ日長過すことも多い。

「どうもあの輩は苦手だ。小次郎殿、今日は早々に失礼させて頂く」

 文人景行にとって、玄明は反りが合わないのだろう。小次郎の引き留めることも厭わず、いそいそと帰り支度を整えていた。未だに出力の上がりきらないナイトワイズが、よろよろと浮かび上がり、代わって嘶くようなランスタッグの雄叫びが、鎌輪の館に接近していた。

[365] Zoids Genesis -風と雲と虹と-C(改) 城元太 - 2012/04/09(月) 21:30 -

 幾つもの蹄が土煙を舞い上げ、グラビティーホイールを唸らせながら4機のランスタッグが館を囲う土塀の前に停止した。先頭1機がスラスターランスを地表に突き刺すと、頭部を思いきり下に向け風防を開く。操縦席から現れた髭面の荒武者は、ブレイカーホーンを右手で掴むと勢いを付けてスラスターランスに跳び移る。柄の部分をするすると伝い降り、半ば呆れて見上げていた小次郎の前に飛び降りた。

「小次郎、今宵嬥歌(かがい)に行くぞ」

 開口一番に言い放つ。予想していたことだけに、小次郎は呆れを通り越して尊崇の念さえ、この土俗の荒武者に抱いてしまう。
 嬥歌とは本来、月に一度薄暗い篝火の元、筑波の社の麓で歌詠みを行うものであった。だが、雅な歌会はいつしか見知らぬ男女の出会いの場となり、毎月無数の若い男女の睦事が繰り広げられるようになっていた。

「主(ぬし)も懲りぬ男だな。袖にされたのは何度目だ」

「俺は三つ以上の数は数えられぬのでな。もう覚えておらぬわ」

 髭を掻き分け豪放に嗤う。粗野な男だが憎めない。だが女運には恵まれないようだ。
 土俗の豪族藤原玄明は常陸の那珂・久慈に領を張る小領主だが、浮動性が高く国司と常に対立をしている。それだけに卑賤の民よりの信が篤い。不思議に小次郎とも馬が合い、時折鎌輪に来ては時を過ごすこと屡(しばしば)であった。

「主はこれで行くつもりか」

「無論」

 玄明は背後に控えるランスタッグを見上げる。風防から配下の従兵が周囲を警戒している。粗野なだけに仇も多く作っているらしい。

「ゾイドは男子に於ける誉だ。それを顕示することが、東方大陸では権威を有することを現すのだ」

「だが、麓の馬場にゾイドを停めて嬥歌に参すれば、そこに主が在ることも判ってしまうぞ」

「野暮なことを言うな。聞けば高貴な姫様方も潜んでいるのだ。検非違使どもでも手は出せぬよ、それに」

 玄明は思いきり小次郎の肩を叩き、戯れに首を掴んで引き寄せる。

「半玉(はんぎょく)の女はいいぞ」

 耳元で下卑た囁きを告げると、再び思いきり突き飛ばす。

(この少女愛好(ペドロフィリア)め!)

 小次郎は苦笑する他なかった。さすがに玄明と性向は違うが、正直女人に興味が無い訳ではなかった。美しい女性への憧れは男として当然と思う一方、若い彼にとって未だ恥ずべき行為として二の足を踏む思いであったのだ。
 中途半端な気持ちを言い抜けるため、小次郎は敢えて諫言を放つ。

「そんなことより玄明、貴様また常陸河内の不動倉を襲ったというではないか。この前は行方(なめかた)の郷を襲い、目を付けられたばかりではないか」

「腰抜けの国司どもなど恐れるに足らぬわ。それよりどうなんだ、嬥歌に行くのか行かぬのか」

 そんな諫言にも玄明は悪びれる様子はない。露骨に青い女子との一夜の契りを求める玄明には辟易する。
 だが全く別の思惑で、小次郎の中に閊(つか)えている思いがあった。
 父が身罷り、兄が身罷った後、鎌輪の館の当主としては早々に嗣(よつぎ)を得る必要があるだろう。上総や常陸の叔父も此方の出方を窺い続けている以上予断は許されない。
 棟梁としての日々に追われ、何時しか乙女との出会いも絶えていた。このままでは嫡子を早々に得る契機が遅れてしまう。玄明の言葉は、少なからず小次郎の気持ちを掻き乱していた。

「兄者、行ってきなされ」

「三郎、いたのか」

 いつ寄って来たかは知らぬが、三郎将頼が背後に立って笑っていた。兄としてはいみじくも立場が揺れ動いた。

「館の事は思案なさるな。なあに、後には我もお邪魔させて頂く。母上には上手く取り繕う故に。
 玄明殿、兄者を男にしてやってくれ」

「こら、勝手に話を進めるな」

「心得申した。小次郎、弟殿の許しが出たぞ。話は決まりだな」

 頭ごなしに話を進められ、言葉を失った小次郎に、それ以上打ち消す言葉は残っていなかった。

              *

 つくばねの 峰よりおつる みなの川 こひぞつもりて 淵となりける

 東方大陸、坂東の大地の中ほど。未開の地の残る筑波の山は、民の信仰を集めるとともに男女の恋の出会いを求める場所でもあった。
 麓に身を潜めようとしても潜め切れない多くのゾイドが、その満月の夜に麓に集っていた。玄明のランスタッグ、小次郎の村雨ライガーはもとより、その他シャドーフォックス、コマンドウルフ、デカルトドラゴンなど、坂東のありとあらゆるゾイドが集っている。
 女たちにとっても嬥歌は重要な場所である。伴侶となるべき男が、所領も持たずゾイドも待たずでは、自らの生涯を無為にすり減らすのみ。ならば少しでも強力なゾイドを有する武者の元に嫁ぐことを望むのである。さる土豪の子女が嬥歌に参加しているという噂も強(あなが)ち嘘ではなかったのだ。

 しかし小次郎は、後悔していた。

 玄明は自分のみ出会いを求めてさっさと暗がりに消えて行ってしまった。慣れない出会いに困惑し、相手など誰一人見つからない。まるで恥をかきに来たようなものだ。

(俺は痴れ者か)

 臍を噛む思いで、一人夜空の月を見上げる。叢から漏れる淫靡な囁きが、小次郎の孤独を一層掻き立てた。
 一つ半の時が過ぎた。虚しさに耐え切れず、小次郎は筑波峰から去ろうとした。

(俺は痴れ者だ。のう、村雨ライガー)

 主の失意にも関わらず、碧き獅子は静かに身を伏せ、小次郎の帰りを待っていた。

 俺にはゾイドがある。お前なら俺の気持ちが判るだろう。

 僅かに離れていただけだったはずだが、酷く村雨ライガーが懐かしかった。

(玄明め、今度会ったら只では済まさぬぞ。それに三郎にも一言言わねば腹の虫が治まらぬ)

 憤懣やる方なく、搭乗席に歩み寄り風防を開こうとした時である。

「もし、このゾイドは貴兄のものか」

 今宵の月の如き美しい乙女の声であった。

「如何にも」

 咄嗟に返答をする。

「相馬の殿とお見受けする」

 小次郎は操縦席より眼下を見渡し、声の主を探した。

「此方です」

 伏せた村雨ライガーの左後ろ脚より、月に照らされ艶やかに光る黒髪を纏い現れた影がある。

「私を知っているのか」

 途端に忍び笑いが響く。

「お判りになりませぬか。太刀を背負った碧きゾイドを駆る武士など、この坂東には二人と居りますまいて」

 その時漸く小次郎は籠絡された事に気付いた。

「今宵嬥歌の宴にて、誘う殿方を幾つも袖にしつつ、相馬の殿だけをお待ち申していたものを。待てど暮らせど姿を見せず、若しやと思い来てみれば、果たせるかなゾイドと戯れておられる。武勇轟く相馬の殿も、おなご相手では敵わぬものとお見受けしました」

 正鵠を射ぬかれ、小次郎には返す言葉もない。再び涼やかな声が響く。笑っているが、決して嘲り笑うのではない。若武者の朴訥さ、不器用なまでの振る舞いに、思わず和み笑うかのようであった。

「このまま恥をかかせるのもやんごとなきこと。さあ、仕切り直して此方に御越し下さい」

 黒髪の間から、上目使いに見上げる烏珠(ぬばたま)の瞳が見詰めていた。小次郎は恰も妖怪(あやかし)の呪術に操られるが如く、黒い瞳に吸い寄せられていた。


「殿、今宵お目にかかれて嬉しゅうございます」

 女は小次郎が操縦席より地に降り立つと同時に抱き着いていた。これまで嗅いだことの無い甘く酸えた香りが、若武者の周りをいっぱいに満たす。両手を伸ばし、女の背を抱き締めようとするが、思えば思う程に拙くなり動けなくなる。
 女が小声で笑う。

「お噂通りの方ですこと」

 言葉の後に、小次郎は突然柔らかな刺激を唇に感じた。眼前に、閉じた乙女の瞳がある。月に照らされ白い肌が一層白い。背後にムラサメブレードが照り返し、表情が読み取れないのがもどかしい。
 美しい人だ。齢は四郎と同じ位か。しかし手慣れた仕草から、嬥歌には何度も訪れていると察せられた。
 女は、乙女は頻りに笑っている。小次郎は、乙女の肩幅が、思った以上に細い事に驚いていた。

(この大きさは、村雨ライガーのターンピック程か)

 こんな時でもゾイドのことが頭を離れない小次郎であった。


「殿、安心しました。既に艶を知り、心中決めた方が居られるのではないかと思い悩んでおりました。それゆえ人づてに嬥歌に誘い、殿の真を確かめました」

(玄明め、奴が無理やり誘ったのは、これであったか)

 小次郎はつくづく自分が乗せられていたことに呆れたが、不思議と怒りは霧消していた。
 乙女の言葉は嬉しげに続く。

「どうやら杞憂であったようですね。それもまた嬉しゅうございます。
 相馬の殿、今宵はこれで暇乞いしましょう。次の逢瀬を誓う為、これを御渡しいたします」

 月に輝く黒髪の中、小次郎の手に白金に光る櫛が渡された。

「これは……」

 リーオを鋳潰した、一目で銘品と覚ゆるものだ。

「いずれ時が来れば必ずお会い致します。では」

 女の姿は漆黒の暗がりの中、黒髪に溶け込むようにに消えて行く。
 小次郎は動けなかった。唇にまだ温かく柔らかな感触が残り、手中にはリーオの櫛が携えられている。
 月に翳した櫛の銘に刻まれていた古代ゾイド文字、それには見覚えがあった。

「嵯峨源氏の君……、護殿の子女か」

 それは常陸の土豪でも、那珂から久慈に亘って広く所領を広げる名家であった。

 背後では、主人の動揺のわけを理解し切れない村雨ライガーが、ゾイド特有の低く甘えるような唸り声を響かせていた。

[367] Zoids Genesis -風と雲と虹と-D(改) 城元太 - 2012/04/23(月) 18:35 -

 夜露に濡れた鬣を、昇る朝日を浴びて黄金色に輝かせた碧き鋼鉄の獅子が、嬥歌の宴を終えた筑波の麓から緩やかな歩調で鎌輪の館へ向かっていた。
 風防硝子を突き抜けた朝の陽射しは、朦朧とした意識を覚醒させようとしているかの如く、未だ夢見心地の若者の眼に突き刺さる。
 操縦を村雨ライガー本体に任せ、ゆっくりと自動で左右に振れる操縦桿と、右手に翳したリーオの櫛を代わる代わる眺めつつ、しかし小次郎は目を瞬かせながら、未だ思案を繰り返していた。
 護(まもる)殿の姫君が、嬥歌の様な下賎の衆に雑ざるとは。玄明の言葉を振り返る。
「高貴な姫様方も潜んでいるのだ」
 小次郎はふと思い起す。源護の娘達は、それぞれ常陸の伯父二人と上野の叔父の妻として迎えられていたはずだと。
 坂東に勢力を張る豪族は、血縁の他に地縁を固める為互いに姻戚を結ぶことが倣(なら)いである。伯父国香、叔父良兼と良正は、齢(よわい)廿(にじゅう)より離れた新妻を迎えていた。坂東では女系を重んじる相婿婚(しょうせいこん)の形態が残り、形の上では伯父達は源護の相(あい)婿(むこ)、つまり源家の息子となっていたのだ。
 国香の正妻、つまり太郎貞盛の母に小次郎は何度も世話になり、従兄と共によくよく夕餉を振る舞ってもらったものだ。だが和やかな国香の館がいつしか殺伐とした気配に支配されるようになったのが、その国香の二番目の妻がやってきた頃であった。
 昨夜の乙女の顔が偲ばれる、美しい新妻であった。国香が満面の笑みを浮かべ、小次郎と太郎を前にその新妻を紹介する姿と、張り付いた笑顔を繕う伯母と従兄の姿を思いだす。突然自分と同い年の女性を「母」と呼べと言われた太郎貞盛の気持ちを今推して知る。貞盛が上洛するのはその後間もなくであった。
 昨夜の乙女は護の四女、若しくはその妹か。
 源家にはそれぞれバーサークフューラー、ジェノブレイカー、ジェノザウラーを操る扶(たすく)、隆(たかし)、繁(しげる)の三兄弟がいたはずだ。肥沃な真壁から筑波の麓に勢いを張る源家の姫であれば、筑波の嬥歌に忍び込むのも容易であろう。櫛には紛れもない嵯峨源氏の銘が刻まれている。その乙女は、小次郎と知った上で、そして自らの素性を示すものを携えた上で、嬥歌に臨んでいたのだ。
 小次郎の心は、未だ掻き毟られるようであった。吸い込まれるような黒い瞳。輝く長い黒髪。若武者にとって初めての気持であった。
 村雨ライガーが咆哮する。

「どうした、村雨」

 奇妙な憤(むずか)り方だった。主の漫ろな心を推し量り、これまで感じたことの無い乱れた想いを読み取った金属の獣は、自分だけに向けられていた愛情が一部欠けたことを敏感に読み取ったのだ。
 咆哮を二三度繰り返す。

「悪かった、村雨。今はお前が大事だ、心配するな」

 操縦桿を握り直し、一頻りゾイドを宥め賺した。
 村雨ライガーは咆哮を止め、歩を僅かに速めた。鎌輪の館が見えている。馬場には既にケーニッヒウルフが出迎えている。

「三郎め、嬥歌に来ると言いながら結局あいつも臆病者ではないか、俺と同じに」

 門扉を開き、村雨ライガーが朝の館の中に吸い込まれていった。


 その日の武芸の鍛錬は散々なものであった。昨夜の寝不足に加え、瞼の裏側に浮かぶ黒い瞳に気も漫(そぞろ)ろとなり、三連キャノンの騎射でさえ到底満足できるようなものではない。操られる村雨ライガーも主の心に応じるように、ムラサメブレードを展開しても全く切れ味が冴えず、ただ徒に刃を標的に叩きつけるだけであった。

「兄者、どうした。昨夜心残りでもありましたか」

 兄の不調の理由を察した三郎が、心遣いとも冷やかしとも取れる問い掛けをする。

「煩(うるさ)いぞ」

 そう答えるのが精一杯で、小次郎は憮然としたまま馬場を出る。駄目な時は駄目な事を知っている。そしてそのまま館をあとに、村雨ライガーを野駆けに連れ出す事とした。

「御厨に行ってくる。ついでに別当に挨拶してくるわ」

 言うが早いか村雨ライガーで駆け出していた。
 相も変わらず不機嫌だ。操作には従うものの、まるで今の小次郎の気持ちの様に歩みは重く進路は揺れる。
 漸く牧に到着したのは、いつもより倍の刻を過ぎてのことだった。
 官牧にあたる栗栖院常羽御厩は、太郎貞盛の属する左右の馬寮にも多数のゾイドを送っていた。坂東で多く産する放飼のランスタッグの群れが砂塵を上げて駆けている。藤原玄明達が操るランスタッグは、此処とは別の官牧から奪い取ったものである。そして玄明と同じように御厨を狙う僦馬の党という盗賊集団は多い。土豪の玄明と親しい小次郎の牧を狙う輩は少ないが、安全という保障は何処にもなく、小次郎たちは定期的に官牧を警邏するのも習いとなっていた。
 牧を囲む土塁の向こう側、角を矯めたランスタッグの群れの奥から、超硬角を振り翳した黒い牛型ゾイドが姿を現す。村雨ライガーの姿を見て、頭部の装甲式風防が開かれた。

「殿、本日の見分はお早いですな」

 常羽御厩の別当、多治経明(たぢのつねあき)のディバイソンが村雨ライガーの元に近づいて来る。この従類も、武勇に優れ、何度も僦馬の党を打ち破っている上兵であった。

「夷狄は見かけませぬ。全ては殿のお蔭です」

 確かに、頻りに村雨ライガーやケーニッヒウルフが警邏することで、野盗の類を寄せ付けなくはなっている。だが同時に、常陸から下総にかけての土豪藤原玄明との親交を持つ小次郎の官牧を襲撃しようとする党は少なかった。国家の乱人と呼ばれ公から睨まれている玄明との交流を断たないのも、理由があってのことでもあったのだ。

 一頻り官牧の状況を確認した後、経明が「そういえば」と話題を切りだした。

「この牧のゾイドが、都の馬寮に送られているのは御存知ですな」

 何を今更、との思いも過るが、無論小次郎も知っていた。経明が続ける。

「左馬寮にお勤めの平貞盛殿でありますが、近々に源護殿の御息女との縁談が進んでいるとのお話しです。先日都からの駒牽より小耳に挟みました。目出度い事でございます」

 経明から差し出された二杯目の茶を運ぶ手が止まった。小次郎は勉めて平静を装い、何も知らない上兵の話に応える。

「ほお、護殿の御息女か。齢は幾つぐらいの娘御かな」

「確か、四郎殿と同じ位とか。彩(あや)殿と申しましたかな。これで源家とは常陸の伯父君達は更に姻戚が固まります。殿もそろそろ御身を固められては……」

 楽しげに語る多治経明の言葉を、しかし小次郎は身を固くして聞いていた。
 嬥歌に参じたあの乙女は、あのリーオの櫛からして紛れもなく源家の息女である。そしてその名が彩ということまで判った。だがあの月夜の乙女は、目前に従兄貞盛との縁組を控えていたのだった。
 少ない小次郎の経験からも、それは推察された。見ず知らずの男と結ばれる前に、あの乙女は一夜の契りを求め嬥歌に参したに違いない。どこで自分の噂を聞いたか知らぬが、同じ坂東に住む武者との逢瀬を夢見る、源家の早乙女の最後の意地ではなかったか。昨夜の唇の感触は、ただ生娘の戯れなどではなく、領主であり父である護への大いなる抗いであったのではないかと。
 理由は如何様でもよかった。いま小次郎は、彩という姫に焦がれていた。
 時間が無い。急に小次郎は漫ろになってきた。

「済まぬ、今は急な用事を思い出した」

 経明の引き留める言葉も早々に、小次郎は一路筑波、真壁の源護の館へと村雨ライガーを奔らせていた。


 鳥羽江(とばのえ)を横目に過ぎた真壁の郷は、植えたばかりの早苗が初夏の微風に靡いていた。筑波峰が夕日に茜色に浮かぶ。霞棚引く壮麗さは、昨夜の嬥歌が嘘のようであった。
 駆け続けた村雨ライガーをもさすがに息が上がり、レッゲルの補給も必要であった。小次郎は国玉の郷に住む母の代からの上兵である平真樹の館に立ち寄り、レッゲルをわけてもらうと、再び頭を巡らし源家の館を目指して行った。源護の館に到着したのは、とっぷりと日も沈んだ頃であった。


 昨夜と違い、月は雲に隠れていた。屋敷の手前で村雨ライガーを降りると、小次郎は常陸随一と呼ばれる屋敷の門扉の陰に身を潜ませた。
 遠い地平には、普段目にすることのない軌道エレベーターのケーブルが緩やかな弧を描き、天界の雲上から照らす月明かりを浴びて白く浮かび上がっていた。
 門扉の隙間から屋敷の馬場を覗き込む。広大な敷地内を、時折低く唸りを上げながら動く背鰭が見えた。小型の索敵ゾイド、ゲーター数機が、野盗の襲撃に備え夜通し警戒しているのである。当然ではあったが、小次郎は正面からの侵入が不可能であることを思い知らされた。
 屋敷に張り巡らされた堀に接して築かれた塀と山門の上には、屋敷の見張り部屋から繋がった矢倉が備えられている。探る灯りは薄く、既に夜目に慣れていた小次郎にとって矢倉の上に立つのがどんな顔の武者であるかまで判別できた。見張りは交代で矢倉に立ち、気忙しく警戒を繰り返している。
 ふと、矢倉の上の武者の姿が消えた。交代の者の姿を見せないまま、暫くは無人のままであった。やがて武者の武骨な姿とは違う、見覚えのある小柄な人影が現れた。
 一時雲間に隠れていた月が再び現れた。白銀に染め上げられる月明かりの中、女の顔が見えてくる。
 天啓か。
 小次郎は鼓動の高鳴りを抑えつつ、月明かりの下に姿を顕した。

「源氏の姫君、彩殿と覚え申す。もし昨夜の事を御存知とあらば、どうか返答願いたい」

 人影は一瞬虚を衝かれ辺りを見廻していたが、塀の下で佇む小次郎を見つけ微笑んだ。紛れもなく、昨夜の乙女であった。

「数日はお待ちしようと思っておりましたが、まさか今宵にいらして下さるとは。彩は嬉しゅうございます。お判りになったようですね、相馬の殿」

 女は辺りに響かぬよう声を忍ばせつつ、視線を彼に投げかけた。

「お慕い申しておりました。藤原玄明殿に頼み嬥歌に貴方様を誘うよう頼んだのも、他ならぬ私です。姉の祝儀の席でお会いした事、覚えておられますか」

 ふと小次郎の記憶の底で、良正叔父の祝儀に呼ばれた際、源家姻戚側の末席に小さく座る少女の姿を思いだす。だが宴の席はあまりに広く、また源家平家の一族数多にして参集した全ての客を思い起す事など叶わぬことであった。

「私は碧き獅子に乗り、義兄国香殿の館前に降り立つ貴兄の凛々しき姿、何度も拝見しておりました。源家と平家は姻戚を結ぶもの、さすれば何れかには貴兄とも結ばれるのではないかと、娘心に淡く期待しておりました。
 ところが、先に父護より告げられたのは、義理の甥にあたる太郎貞盛殿との祝言でした」
 姫が貞盛と。別当多治経明の言葉が確かであったことに、小次郎は愕然とした。だが、楼上の影、彩と思しき乙女は構わず言葉を続けていた。 

「父は、貞盛殿が左馬の允に任じられ、都でも確たる地位を築いていることを重んじております。
 でも私は抗いました。『では、別の平家の殿が仕官されれば、嫁ぐことも許されるのでしょうか』と尋ねたところ、少し驚いた様子で私を見ておりました。私の気持ちが別の殿方にあることが、父に判ってしまったからです。
 父護とて人の子、末娘の私が可愛くない訳はありません。
 父は条件を出しました。『貞盛殿が再び坂東に戻るまでに、その男が貞盛殿を凌ぐ位を任じられるならば、聞けぬ話ではない』と。私は貴兄の名を挙げる訳にもいかず、そして女にそれが許されるはずもなく、思案を巡らし昨夜の嬥歌に参したのです」

 余りに大胆な行動であった。坂東の娘の意地であるのかもしれない。そしてそれほどまでに、自分への想いの強さを、小次郎は感じていた。

「貴兄は、相馬の殿は、私の想いに応えこうして直ぐに館を訪ねて下さいました。彩はとても、とても嬉しゅうございます。
 今申し上げられるのはこのことだけです。小次郎殿、あそこに行ってください。行って仕官を得て、ここに戻って来て欲しいのです」

 楼上の乙女の影は、遠く地平に浮かぶ軌道エレベーターのケーブルを仰ぎ見ていた。小次郎も同時に、白いケーブルの光を見つめていた。
 やにわに楼上の影が動く。

「ゲーターが察したようです。衛士も戻ってくる頃。殿、一刻も早くこの場から立ち去られませ」

 屋敷に灯りが点った。探照灯の光芒が煌めく。小次郎は堀を跳び越え、茂みを抜けて、村雨ライガーの待つ林に滑り込んだ。矢倉門が開き、中から仰々しい背鰭を光らせたゲーターの群れが現れた。村雨ライガーと察知されれば、一族の間で騒動が起こる。コアの活動を抑え、脱出の機会を待つ。ゲーターが屋敷の反対側に移動するのを確認すると、小次郎は一気に村雨ライガーを最大主力で跳躍させた。
 ゲーターが索敵した頃には、村雨ライガーは既に追跡範囲を遠く抜けていた。小次郎は操縦席に身を任せ、月明かりに照らされた乙女の姿を想い起していた。

 彼の気持ちは定まっていた。広い世界を見るのは当主として必要な事だ。伯父たちの言うように官位を得るのも一族繁栄の為にも必要なことだ。今は三郎や四郎を信じ都に上がってみようと。
 漸く精気を取り戻した村雨ライガーが咆哮し、力強く大地を踏み締めている。


 暫しの別れぞ、坂東の大地よ。俺はソラへ昇る。あの軌道エレベーターの先に浮かぶソラの都へ。


 若者の季節が移り変わろうとしていた。夏から秋、そして冬に向かう季節であった。

[375] Zoids Genesis -風と雲と虹と-E(改) 城元太 - 2013/02/16(土) 16:16 -

 下総の国府を発った古びたホバーカーゴは、江戸内海より相模、駿河を越え、一路京の都を目指していた。
 小次郎は、打ち寄せる波涛を眺めながら、郷に残してきた母や弟達の寂しげな顔を思い浮かべていた。

「兄者、行かないでくれ」

 染谷氏家舟(えぶね)の民の手引きにより鎌輪の館の出立の時、末の弟八郎将種(まさたね)が泣きながら縋(すが)ってきた。南の陸奥(みちのく)で生まれたこの異母弟は、父良持の坂東下向と共に鎌輪で起居をしてきた。僅か数年の間であったが、八郎は小次郎に良く懐き、拙いながらも武士(もののふ)の剣術などをして過ごしてきた。
 今回、小次郎が都に上る事を聞き、陸奥の叔父の権介(ごんのすけ)、伴有梁(とものありはり)は是が非に将種を女婿にと請いてきた。陸奥には八郎の実母が居り、未だ幼き弟にとっては悪い話ではない。だが、情も移ってきただけに、互いに別れは悲しかった。

「陸奥には母上がお待ちですぞ」

 宥める有梁の声も聞こえず泣き縋る。小次郎は将種の小さな頭に掌を乗せ力強く諭した。

「ぬしは陸奥の国にて、我らが父良持の所領を継ぐ者。そんなことでは父が遺した刃(ブレード)ライガーを操ることは出来ぬぞ」

 告げた途端、八郎は必死に嗚咽を呑み込んだ。やはりゾイドには乗りたいのだ。

「偉いぞ八郎。叔父上殿、八郎将種をお願いします」

「心得て御座いますお館様。弟君は必ずや健やかにお育てします。どうか御無事で都からお戻りください。我も吉報と共に必ずや再び坂東に下向するが故に」

 涙を拭い掃った八郎が見上げていた。

「小次郎兄者、お帰りまでに八郎は刃(ブレード)ライガーを乗りこなして見せまする」

「そうだ、それでこそ俺の弟だ」

 小次郎は泣き腫らした丸い頬を頻りに撫でてやった。
 母や弟が別れの寂しさと不安さを示すのに反し、良兼や良正の叔父達は形の上では悲しさを装うものの、その心中ではほくそ笑んでいることが判っていた。
 唯一人、村岡の叔父良文だけが、門出を祝い凱龍輝で駆けつけていた。

「小次郎よ、都には太郎貞盛がいるが油断はするな。幼き頃より山野を共に駆け巡った従兄とはいえ、太郎もまた都に毒されているやもしれぬ。都は油断のならぬ土地、頼りになるのは己のみじゃ。村岡の叔父からの諫言、忘れるでないぞ」

 小次郎は、この叔父が嘗て父良持と共に母である犬養春枝の君を巡り兄弟で競い合ったことを知っていた。父亡き後、何かにつけ世話を焼いてくれるのも、全ては母への高潔な想いを抱き続けているということだということも。
 この叔父だけは信じられる。凱龍輝を率いてわざわざ相模の国から出向いている理由も、小次郎の去った後に国香や良兼が下総に攻め込むことを防ぐためである。

「弟達と、母上を宜しく頼みます」

 老成した相模の武士は、力強く頷くと九曜の紋の刻まれた護符を差し出した。

「持って行け。我が氏族に伝わる妙見の護符だ。北辰は星宮神、万一大事があれば妙見童子が救済に駆けつけるとの言い伝えがある。船路の安全を祈願しておる。
 小次郎、達者でな」

「ありがとうございます叔父上。行って参ります」

 染谷の家舟に搭載された村雨ライガーは、風防を閉じたまま下総の国府の津に向かい旅立っていった。
 鬼怒の水面に、凱龍輝の山吹色の集光板が輝いていた。


 東方大陸は北島(ほくとう)と南島(なんとう)に別れ、ソラの都は北島の南端、大津の宮に連なって位置していた。
 坂東を含む南島が、北島の三倍の面積を持つにも拘らず政(まつりごと)の中心が置かれなかったのは、偏に中央大陸からの距離によるものである。北島はアクア海を隔てて中央大陸ヘリック共和国に連なり、マルガリータ海流の還流に乗ってデルポイからの訪問者を受け入れていた。第二の惑星大異変とも呼べる「神々の怒り」以降、荒廃したデルポイを捨てて渡来した中央大陸人が北島でいち早くコロニーを形成し、生活を開始した。官僚組織の形成に長けた彼らは、「神々の怒り」の混乱冷めやらぬ東方大陸にて済崩しの統治を始め、忽ち全土をその勢力下に治めてしまったのだ。

 ホバーカーゴには、様々な人々が乗り合わせていた。定期的に南北の大陸を行き来する中、小次郎の如く大番のために上洛する者や商業の為に巡回する者、そして舎人として地方に赴く者と下向する者など、坂東では聞きなれない方言で話す者達も多くいた。円筒状の主格納庫にも、坂東では見慣れぬゾイドが多々積載されている。同行者のいない小次郎であったが、初めての船路と、初めて目にするゾイドの数々に、旅路を飽きることなく過ごしていた。

 船路も半ばを過ぎ、間もなく大津宮に近づく頃、小次郎はホバーカーゴの甲板に、使い込まれたタブレットが落ちているのに気が付いた。拾い上げ手に取って表面を返すと、そこには達筆な文字で持ち主と思われる名が刻まれている。

(土佐守・紀貫之?)

 そういえば、頻りにタブレットに何かを綴っていた文人らしき乗客がいたのを思い出す。幾分痩せぎすで内股気味な人物だ。雅な仕草は男性でありながらも女性的な風采を醸し出していた。恐らくは単純に置き忘れているに違いない。小次郎は艇内に戻り、持ち主である人物を探すこととした。

「つかぬ事を伺う。紀貫之殿ですか」

 見知らぬ武士より突然名前を告げられ、当惑しているその人物に、小次郎は落ちていたタブレットを差し出す。

「こちらは貴殿の物ではありませんか」

 それを手にした途端、貫之の顔に血の気が戻り、満面の笑みを浮かべていた。

「ありがとうございます。土佐への旅路に戯れに記していた日記を無くし、途方に暮れていた所でした」

 一頻り感謝の言葉を述べると、貫之は銭袋から金子(きんす)を差し出し、小次郎に掴ませようとする。

「多すぎます、受け取れませぬ」

 その金額は小次郎にとって分不相応の大金と思われ、受け取りを固辞した。それでも貫之は礼をしたいと懇願するので、止む無く招きによって夕餉に同席をすることとなった。


「見れば立派な坂東武者の出で立ち。内裏への参内で御座いますか」

 小次郎は簡単に都への出立の経過を説明した。唯一つ、彩への淡い想いだけを除いて。

「坂東ご出身で有れば御存知あるまいが、実はこの航路は、近年危ういものになりつつあるのです」

 初耳であった。村岡の叔父でさえ伝えてくれないところから、最近の出来事なのだろう。

「瀬戸の内海に入り、伊予から讃岐の域にて、ウォディック、ブラキオス、ハンマーヘッドにシンカーなどの水中戦用ゾイドを具した海賊が跋扈(ばっこ)しているのでございます」

「海賊ですか」

 小次郎も香取淡海(かとりのあわうみ)では、湖上に巣食う湖賊達とゾイド戦を交えたことはある。だが弱小なフロレシオスやアクアドンは、所詮村雨ライガーやケーニッヒウルフの相手ではなく、利根に勢力を張る染谷の民の協力も得て、それらは容易に鎮圧できていた。

「一時期、私の同族に当たる紀淑人(きのよしと)が伊予守となり鎮撫したものの、その後備前に受領の藤原子高(ふじわらのたねだか)が就くとまたぞろ騒ぎ出しました。
 京への船便も度々襲撃され被害を受けており、追捕使の派遣を待っているのですが、このホバーカーゴは警護の無い謂わば丸腰。いやはや全く物騒な話です」

 今は瀬戸の大海(おおうみ)の上。海の賊とても一筋縄ではいかないことだろう。
 無言で見据える小次郎を前に、貫之は己の不安を共有しようとするばかりに言葉を継いだ。

「海賊の頭目の名は藤原純友と申す。元の伊予の掾にあった、国の乱人です」

「藤原純友(ふじわらのすみとも)、ですか」

 平小次郎将門は、その時初めてその名を耳にしたのであった。

[377] Zoids Genesis -風と雲と虹と-F(改) 城元太 - 2013/02/17(日) 17:50 -

「純友はソラの北家藤原長良(ふじわらのながら)の孫良範(よしのり)の子で、伊予掾(いよのじょう)従七位上に任ぜられ、海賊集団を鎮撫する為に禦賊(ぎょぞく)兵士制によって下向した者だ」

「禦賊兵士制?」

 小次郎は聞きなれぬ言葉を耳にし、思わず問い返す。

「手短に申せば、224人の浪人を確保し水中戦用ゾイドを備えて国府などを警護させるものだ。追捕海賊使や軟弱な警護使では海賊に歯が立たぬ故、新たな武装集団を編成した。ところが純友は、事もあろうに伊予の豪族高橋友久(たかはしともひさ)と組(くみ)し、国衙からのレッゲルまでも略奪を始めたのだ。
 ソラの情報誌グローサーシュピーゲルによると、純友は幾つともなくゾイドを繋げ、そこに人工栽培の畑を作り、巨大な人工要塞として移動しながら戦を仕掛けてくるとの報告もある。まあ、それは到底信じ難いが」

 貫之は水平線を見つめた。

「御覧なさい、あの天空に伸びるケーブルを。バックミンスターフラーレンの再生技術を会得してから早百年。我々は再び宇宙へと進出しようとしている。地上のアンカーターミナルから更に遠く、軌道上空九千里(三万五千q)の彼方に、建設中のジオステーションが存在するなど想像できますか。そしてその先の軌道二万五千里(10万q)にペントハウスステーションを建造し、他の惑星系を目指そうとしているとは。
 ソラの連中は、母なる惑星ブルースターに恋焦がれている。それは構わぬ。
 だが、栄耀栄華を極める傍らで、税に苦しみ逃散を繰り返す民を見ようとはしない。海賊衆とて、元は穏やかな漁民だったのだ。
 応天門のクーデター以来、瀬戸の大海で貢献してきた大伴と、我ら紀の一族が藤原に排斥されて以来海の治安が悪化したのも、藤原の連中が海を知らなさすぎるからだ。
 おっと、身贔屓(みひいき)が過ぎましたな。忘れて下され」

 そう告げると、夕餉の金子と軽い礼を残し、貫之はタブレットを片手に艇内に姿を移して行った。
 北島(ほくとう)はまだ水平線上の黒い線にしか見えないのに、天空には青空を背景に薄らと長大なケーブルの影が浮かぶ。未だ定位置に達せず、上昇を続けているのだろう。
 均田として与えられたレッゲルを生み出すジェネレーターは、確かにゾイドと民の命の源を産み出した。神々の怒りによって荒廃した大地を逸早く再生し、ゾイドの糧となるレッゲルと、豊かな漁場・水源・耕地を取り戻せたのである。だが、与えられた物以上に奪われたものも多い。ジェネレーターを受け取る見返りに、その代償として要求される過大な税は、末端に当たる良民への負担を増やし続けている。
一、ジェネレーターから採取されるレッゲルの拠出
二、収穫された穀物の上納
三、地方特産物の献上、特に坂東では勅旨牧でのゾイドの飼育と駒牽としての王族への分与
四、国司の命に基づく労役の義務
五、陸奥の地で採掘・精製されるリーオの納入
六、健児など地方官の子息に警護の任をあたえる。こうして小次郎が上洛するのも、武士である以上与えられた大番である。
 ある程度土地も持ち、屋敷家人を持つ小次郎ら地方官でさえ負担は大きい。ましてや正税を負う良民に於いては言わずもがなである。
 負担に耐え切れず逃散し、浮浪の民となる民は後を絶たず、その中で勇在る者は群盗海賊に成り果てた。小次郎は、毎年大量に納入してきた坂東の品も、途中海賊衆の手に落ちて来たかと思うと無性に腹立たしくなった。ソラは不足分を補うため、更に税を課したに違いない。元は同じ民同士が苦しめあっているのだ。

(公(おおやけ)が、糾(ただ)すべきは海賊衆ではなく政(まつりごと)の根本ではないか)

 しかし、坂東より出立したばかりの若武者には、未だその糾すべき手段が思いつくはずもなかった。

(母上、叔父上、舎弟達、そして彩殿。俺は必ず官位を得る。官位を得て、皆の負担を減らし、豊かで幸せな坂東で暮らすのだ!)

 海上を進むホバーカーゴの甲板からは、ケーブルの麓のアンカーターミナルが望めるようになっていた。ソラの都の麓まで、あと僅かだった。


 ホバーカーゴが埠頭に横付けされると、海賊の襲撃に遭うことなく旅路を終えることのできた安堵感に胸を撫で下す紀貫之ら乗員が下船していく脇で、小次郎の乗る村雨ライガーが感極まって跳びだしていた。狭い船倉に閉じ込められ鬱積しきっていたゾイド達の先頭を切ったのだ。小次郎は操縦席から地上に降り立ち、揺れない足元を何度か踏み締める。主人の背後では、同じように右前足で大地を踏み締める村雨ライガーの姿もあった。

「ここが、ソラの都か」

 小次郎と村雨ライガーを迎えたのは、聳え立つアンカーターミナルの羅城門(らじょうもん)であった。


 軌道エレベーターを建設する場合、その地上接続の基礎部分に設置されるのがアンカーターミナル、別名エアロステーション若しくはアースポートである。事前に衛星軌道上に射ち上げられた、後にジオステーションとして利用される所謂宇宙ステーションより蜘蛛の糸の如く垂らされたカーボンナノチューブ製のケーブルは、次第にその本数を増やし最終的にはテーパー構造の束となる。
 ジオステーションは、惑星の歳差運動やコリオリの力によってホーマン遷移軌道を描く為、地上施設設置には若干の“遊び”が必要となってくる。その為アンカーターミナルの当初の建設計画では、移動に便利な海上での浮動構造施設を建設する予定であった。北島南端の、赤道近くの海沿いにアンカーターミナルが建造されたのも、上記の理由に加え、赤道周辺の重力アシスト効果(=スリングショット効果)を狙ったためである。
 ところが、衛星軌道上のジオステーションよりケーブルを伸ばし始めて後、アンカーターミナルの浮動構造はジオステーション側の軌道修正を行うことにより、思いのほか移動をせずとも設置が可能と判り、急遽海上により近い陸地に建設されることとなった。陸上部に建築されることにより、ケーブルを上昇するクルーザーのビーミング推進装置に動力源を供給する極超短波発生装置も陸上に建設ができ、アンカーターミナル周辺ではそれら諸々の設備建設が進んでいた。
 ビーミング推進装置の周囲に幾つものジェネレーターが繁茂し、無数の光芒を放ちながら天空に向かうクルーザーに推進力を与えている。最下層に巨大な極超短波受信板を備えたクルーザーは、光の帯を纏いながら雲の果てのジオステーションに向け昇天していく。
 時折、バインドコンテナを装備した左右馬寮のザバットが、忙しげにクルーザーに搭載する物資を輸送していた。
 初めて見る都の賑わいに、小次郎は圧倒されるとともに、自分が故郷を遠く離れた地に降り立ってしまったことを痛感していた。
 風の香が違いすぎる。小次郎は、都の饐えた臭いが耐えられなかった。
 雑然として、人とゾイドの往来で賑わう朱雀大路には、物珍しげな品や、真新しいゾイドの部品を売る市が無数に立つ。そこは原色で彩られた華やかな空間であり、海を渡ってくる潮風は心地よいはずなのに、都の風は澱んでいて、陰鬱なのだ。

 小次郎は、菅原景行(すがわらのかげゆき)から託された滝口の衛士(えじ)への推薦状と、貞信公と呼ばれる藤原忠平(ふじわらのただひら)という人物を訪ねるために、内裏の清涼殿に向かい大路を彷徨っていた。途中、物珍しい坂東のゾイドに無数の人だかりができる。都の主流は虎型であり、ライガー型のゾイドは数少なく、更に碧い機体に金色の鬣を持つ村雨ライガーに至っては東方大陸でも希少であるあらだ。

「お若いの、珍しいゾイドに乗っておられるな。どちらへの御用向きか」

 正面から向かってきたコマンドウルフの風防が開き、衛士らしき舎人が人当たり良く声を掛ける。

「内裏に行こうと思うのだが。この大路を進めばよいと聞いているが」

 小次郎はその時、衛士の目が一瞬狡猾な光を浮かべたことに気付くべきであった。

「慣れぬ都では誰でも迷うものだ。内裏であればこの先にある。真っ直ぐ進めば宜しい」

「かたじけない」

 一頻り礼を言うと、小次郎は風防を開いたまま、足元を横切る人の波を注視しつつ内裏に向け進んで行った。

(案外、温情ある者も多いのではないか)

 叔父良文より、京では他人のゾイドを強奪する集団がいるとも聞いていた。しかし、小さな善意に触れ、小次郎は少し安堵していた。進むに連れ寂しくなっていくことに気付かずに。


「此処が、大内裏……?」

 小次郎は、呆然として立ち竦んだ。目の前に広がるのは荒廃した家屋だけだった。崩れ落ちた巨大な扁額には、『大極殿』、『豊楽殿』そして『紫宸(ししん)殿』の文字が残る。滝口は、残る清涼殿の艮(うしとら)の方角のはずだが、人気(ひとけ)すらない。
 景行の父、菅公の怨霊と呼ばれる落雷の被害は大きく、以来地上の広大な大内裏の制は廃れ、御所はジオステーションに移築され、清涼殿がアースポートに移動していたことを小次郎は知らされていなかった。廃墟同然となった回廊の随所に焼け焦げた痕が残る。よく見れば、火災で焼失したものではなく、銃創の如き黒い穴が無数に空いている。小規模な戦闘が行われたに違いない。小次郎は村雨ライガーと共に、罠に嵌められたことに気付き身構えた。

 瓦礫の奥で蠢く影がある。
 村雨ライガーの前後から三機のゾイドが跳び出した。

「何だ此奴等は」

 小型ブロックスゾイド、ウネンラギアが一斉に襲いかかった。搭乗席に人影はない。しかし、野良ゾイドの動きではない。連携して村雨ライガーの頭部風防のみに集中して襲いかかる。
 

 小次郎は瞬時に索敵を成した。
 表示板に、一際大きな反応がある。
 崩れ落ちた紫宸殿の屋根の上、巨大な翼の様な角を広げた小豆色のブロックスが微弱な振動波を発して立っている。
 無人ブロックスを操るゾイド、ディアントラーと、その背後には見覚えのあるコマンドウルフが控えていた。

「おのれ、謀ったな!」

 小次郎の怒りは頂点に達した。善意に見せかけて廃墟に誘い込み、更には無人のゾイドに襲わせるなど坂東では有り得ない。
 狡猾な謀(はかりごと)を練って、村雨ライガーを奪い取ろうとしたその盗賊集団は大きな過ちを犯していた。坂東武者、平将門の逆鱗に触れてしまったからだ。

「肩慣らしには丁度いい。望むところだ。かかって来い。行くぞ、村雨!」

 ムラサメブレードが展開し、荒廃した大内裏に氷の刃を閃かせていた。

[378] Zoids Genesis -風と雲と虹と-G(改) 城元太 - 2013/02/24(日) 11:52 -

 胴体中央に装備された基部よりムラサメブレードが唸りを上げて迫り出す。常陸国(ひたちのくに)八千代(やちよ)尾崎前山のリーオ鍛治(かぬち)の粋を凝らして鍛え上げた、美麗の刃紋が浮かぶ名刀である。刀身の鎬(しのぎ)に刻まれた、神仙が宿るといわれる古代ゾイド文字がコアの鳴動に呼応して淡く輝く。蝦夷相手に鍛え抜かれた黄金の闘気が、碧き獅子の躰に漲っていく。
 ウネンラギアが一斉に躍りかかる。小型故に、驚異的な機動性で村雨ライガーの直上から降りかかった。
 乾いた金属音が、荒廃した内裏に響く。どう、と紫宸殿の跡に倒れ込む二つの物体。
 横殴りの一閃の煌めきを残し、一機が切断された。小次郎が操縦席で叫ぶ。

「ひとおつ!」

 黄金の鬣(たてがみ)、十一基のカウルブレードが逆立つ。飛び散ったブロックスコアの組織液を浴びて、村雨ライガーは野生を呼び起こしたのだ。

「小賢しいわ、ブロックス風情(ふぜい)が!」

 小次郎のその言葉に偽りはなかった。
 風防を狙い不用意に跳びこんだ二機目のウネンラギアも、物の見事に弾き飛ばされた。大極殿に残されていた巨大な円柱に叩き付けられると、哀れにもそのまま村雨ライガーの足元に跳ね返って来る。本能的に逃げ出そうとする小型ブロックスを、狙い澄ました村雨ライガーのストライクレーザークローが薙ぎ払い、上半身と下半身を完全に切断した。

「ふたあつ!」

 村雨ライガーは獰猛な野獣の本能を解放した。
 切断された上半身残骸の頸部をクラッシュバイトで噛みつき振り回す。ブロックスの破片が紫宸殿に突き刺さり、頭部が千切れ転がり落ちる。
 残るウネンラギアには目もくれず、村雨ライガーは遠方で未だ怪電波を発しつづけるディアントラー目掛けて突進する。
 主人同様、許せないのだ、自ら傷つくことなく、武侠に欠ける戦(いくさ)を仕掛けるゾイドなど。その背後では、泡を食って必死に脱出を試みるコマンドウルフの姿もあった。

「逃がさぬ」

 傾きかけ、幾分赤みがかった太陽光を浴び、碧き獅子が跳ぶ。
 繰り出された渾身のストライクレーザークローの一撃を避けようもなく、コマンドウルフはディアントラー諸共完全に破壊された。

「みいっつ!」

 村雨ライガーの足元に横たわるディアントラーのプラズマブレードアンテナを踏み躙りながら、小次郎はある事に気付いた。

「此奴にも操縦席が無い」

 残る一機のウネンラギアは、傀儡の主である筈のゾイドを打ち倒されても、未だに作動を続けている。まだ何処かに敵が潜んでいるに違いないのだ。
 直後、大極殿の奥から鵺の如き中型ブロックスゾイドが浮上した。二双の槍と巨大な繻`を備え、半透明の翼に光を纏う有人キメラ型ゾイド、ロードゲイルである。
 頭部の真下、機体中央部に紫色の五枚の合弁花が描かれている。

(……桔梗紋?)

 星紋を思わせる威圧的な意匠だった。
 小次郎が一瞬目を凝らした隙を狙って、三機目のウネンラギアが村雨ライガーの背後から忍び寄る。
 テイルブレードが唸りを上げて、小型ブロックスを薙ぎ払った。

「返す返すも卑怯な奴らだ」

 敵を村雨の直上の空間に放り上げる。落下する哀れな機体の真下に、突き立てたムラサメブレードが待っていた。
 四方に甲高い金属音を残し、串刺しになるウネンラギア。

「四つ目……」

 小次郎の猛り狂う感情が瞬時に霧消した。不敵にもロードゲイルの風防は開放され、操縦者が翠髪(すいはつ)を靡かせ睨んでいる。

「ぬし、見かけぬ奴だな。東夷(あずまえびす)か」

 ロードゲイルの操縦席に信じられない姿を見た。躰の線が細い。女だ。

「武士(もののふ)としても、男としても気に入ったぞ。我が名は桔梗。生きておれば何れ亦出会うこともあろうぞ」

 二双のマグネイズスピアを振り翳すと、一瞬にして周囲が暗転し、視界を奪う。特殊な煙幕発生装置が仕組まれていたらしく、村雨ライガーの索敵能力も停止する。

「待て、女」

 噴き出した黒煙を空中に曳きながら、禍々しき鵺(キメラ)型ブロックスが飛び去っていく。半透明のマグネッサーウィングが傾く陽射しを映していた。

「桔梗か」

 小次郎の耳目に、その名と紋章が不思議なまでにこびり付いていた。


 一頻りの格闘を終え、ムラサメブレードを背後に納めて周囲を見渡す。すると、誰もいないと思っていた廃墟の光景の中に、草臥(くたび)れた烏帽子を被った貴族らしき人影が現れていた。
 頻りと手を振っている。都の警邏する者かもしれない。見遣れば廃墟の物陰からツインホーンを引き連れた部隊が到着していた。小次郎は身を乗り出し、声を張り上げる。

「私は突然先ほどの野盗共に襲われ、戦いに応じただけだ。騒擾の意志など抱いてはいない」

「承知於き仕る。事の次第は察している。摩れば彼の方よ、まずは操縦席より降りられよ」

 話をしたいというのだろう。
 それにしても「事の次第を察している」のであれば、なぜ加勢をしなかったのか。出で立ちは押領使であるが、治安を守るべき警邏が傍観していたとは。
 小次郎は未だに燻る激情を抑えながら、操縦席から立ち上がった。



「そなたが刃を交えたのは、摂津から河内、和泉に於いて悪逆非道の限りを尽くした群盗の頭目、桔梗の前である。国衙を襲った後、都に入った事までは把握していたものの、何しろ神出鬼没。我ら押領使も、ほとほと手を焼いていたのだ。
 大内裏跡に根城を張ったとまでは聞いていたが、鎮撫するにも手勢が少なく、貞信公に訴え健児(こんでい)を召集し、一斉に制圧することを進言しようとしていた矢先であった。貴殿の活躍、いや、誠に以てお見事であった」

 京訛りが強く聞き取りにくい。しかし、その中で貞信公の名が出たことを小次郎は聞き逃さなかった。

「貞信公を御存知ですか。私は前鎮守府将軍、平良持の次男にして平小次郎将門と申し上げる。坂東の地に居を構えられた菅原道真公の子息、景行公より推薦状を頂き、貞信公に滝口の衛士の任を帯び上洛した次第です。何分田舎(いなか)育ち故、清涼殿も内裏も移転を知らず、路頭に迷っていた折。是非とも貞信公に取り次ぎを願いたい」

 堰を切ったように告げる小次郎を、烏帽子を被った押領使は最初怪訝そうな顔を、次に憐みにも似た表情を浮かべ、諭すように語り出す。

「坂東の地からでは止むを得ないだろう。そなたは途轍もなく畏れ多いことを申しておる。借りができた故、詳細に伝えてやろう。
 小次郎殿とやら、貞信公とは、雲上人で在らせられる関白藤原忠平様のことだ。兄時平公が菅公の祟りを受け逝去された後、移築した清涼殿にて藤原の一族の権力を一手に引き受け軌道エレベーターの建造を始め、ソラシティーの管理やジオステーションへの移民など多くの事業を取り仕切っている。其れだけに上洛して建議を受ける事も多く、容易に目通りが叶う方ではないのだ。不躾な物言いではあるが、謁見には少なくとも一月はかかる」

「私は景行公の推薦状を携えてきたのだ。なぜそれほどまでに」

「平の君よ、世は押並べて泰平だ。それ故に様々な根回しも必要となる。遠く坂東の地では、景行公とやらも配慮し切れなかったのであろう。官吏への登用は、蓋し賄賂は不可欠。そんなものだ」

 小次郎は愕然としていた。勇んで上洛したものの、容易には目的が達せられない現実に。
 落胆する若武者に、目の前の人物が告げる。

「宜しければ我が家に起居されよ。我は興世王、遠く桓武の帝に祖を持ち、今はうらぶれた押領使などを務めておるが、何れは下向し受領となる心算だ。こうして出会ったのも奇縁である。如何かな」

 興世王と名乗った押領使は、抜け目のない視線を送りながら笑っている。
 油断のならない御仁だ。小次郎の直観がそう語ったが、今は少しでも知人を増やすべきと判断した。

「お心遣い、謹んでお受けしたい」

 陽はすっかり沈んでいた。都での初日は、小次郎の激動の生涯を予見するが如く、波乱に満ちたものとなっていた。

[379] Zoids Genesis -風と雲と虹と-H 城元太 - 2013/03/02(土) 17:14 -

 一頻り上洛の旨を語り終えると、興世王は小次郎の元に酒を注ぎに立ち上がる。

「左馬允平貞盛殿ならば存じ上げておる」

 小次郎は従兄の名を聞き、頼る者の無い都での唯一の憩いのような感覚を抱いていた。

「近年貞信公よりの覚えも高く、めきめきと頭角を現した武士だ。

 何やら非常に切れる御仁であると聞く。武芸にも秀で、盗賊衆も貞盛公の御厨には手を出さないとか。

 レッゲル輸送は帝の馬寮の重要な任務だが、群盗によってソラへの移送も儘ならない。

 唯一貞盛殿のみが定めて輸送をしているとか」

「そうですか」

 小次郎は、従兄の活躍を知ると同時、自分も一刻も早く同じ舞台に立たねばならぬことを実感していた。

「但し、これには裏があってのう」

 まだ貞盛を同族の知り合い程度としか思っていないのか、或いは敢えて事実を告げるのか、興世王は僅かに声を潜め語り出す。

「野盗の頭目と結託をし、レッゲルとリーオの一部を横流しして移送の安定を図っているとの噂もある。
 確証は得られておらぬが野盗の一部には常陸と上野(こうずけ)の印章の入ったリーオを持つ者もいる」

 盃を運ぶ手が止まる。

 小次郎は耳を疑った。

 まさか、あの太郎貞盛が。

 訝しむ感情を脳裏で振り払うと、小次郎は興世王に盃を返す。

「馬寮は何処でしょう。同族の好(よしみ)に一度会っておきたいので」

「明日アースポートまで出向く故、伴いましょう。お知り合いですかな」

「なあに、唯同郷の者というだけです」

 興世王に自分の素性の多くを語るには、まだ信が置けない。小次郎は酔った振りをして、その宵は早々に床に就くとした。


 珍しく二つ並んだ満月の月明かりが、興世王の屋敷の壁を照らしている。
 矢倉の向こう側には、青い刃を輝かす村雨ライガーが伏せ、更にその奥には月にも届く如き軌道エレベーターのケーブルが白く浮かび上がる。
 時折天上界へと上昇するクルーザーの軌跡が輝いている。

 遠く坂東を離れ、繁栄の極みを享受していると思われた都は思いの外爛(ただれ)れていた。

 望郷の想いが過る。

 母は、弟達は健在だろうか。
 そしてあの人は。

 朧月に浮かぶ面影を忍びつつ、小次郎は何時しか眠りについていた。



 翌朝、小次郎は再び村雨ライガーを駆ってアースポートを目指した。
 随伴するのは興世王のツインホーンと、同じく押領使の率いるレブラプターにイグアン。
 小次郎は出会って以来抱いてきた疑問をぶつけてみた。

「興世王殿、田舎者故不躾(ぶしつけ)な問い、失礼あれば許されよ。

 貴殿らは正式な舎人(とねり)であろう。
 押領使が操るゾイドにしてはちと貧弱と思しきもの。
 昨日私が対決したロードゲイルにしても、縦(よ)しんばウネンラギアにせよ、貴殿らのゾイドでは太刀打ち出来まいて。
 せめてコマンドウルフやヘビーライモス程度の中型ゾイドは必要ではありませぬか」

 風防を開きながら進む操縦席越し、村雨ライガーの機体の高さから見下ろす形になった小次郎が問いかける。
 その問いに、興世王は自虐的な笑いを伴い告げる。

「諸国の調庸物が滞っておるのだ。警邏とて、公よりゾイドを与るのみ。

 貴殿の如き獅子型や虎型、龍型等の強力なゾイドは全て摂関家の護衛に引き抜かれ、京の治安は儘ならないのだ。

 貴君が上洛した理由は滝口であろう。東夷に限らず、多くの俘夷も仕官を求めアースポートに詰めかけておるよ。

 止むを得ず武装をしておるものの、所詮は京生まれの京育ち。我らでは野盗衆を抑える事などできないのは明らかなのだ。

 イグアンであれ、与えられれば益しなものだ。
 検非違使であれ、自前のゾイドで戦わねばならぬ。貞盛殿は坂東からブラストルタイガーを率いて来た故、それなりに戦えたのであろう。
 左馬允の地位も、肯けるというものだ」

 聞きなれぬ名前に小次郎は戸惑う。

 ブラストルタイガーなど、坂東で露ぞ見えた事も無い。元来、太郎貞盛は、ライガーゼロと豊富なチェインジングアーマーシステムを好んでいたはずだ。国香の叔父も、息子貞盛の出立に、グスタフとコンテナ三台のイェーガー、シュナイダー、パンツァーユニット丸ごとを与え、京に送り出したはずだ。
 武士(もののふ)にとって、ゾイドとの繋がりは絶対である。ゾイドは主君に従い、主君はゾイドと一体になり、山野を駆け巡るのである。安易に乗り換えなどしないのが坂東武者の誇りであり、名誉であったはずだ。

 太郎貞盛に何があったのかはまだわからないが、幼き頃より共に過ごした従兄は、村岡の叔父五郎良文の語った如く、都の毒に侵されているのではないかという不安が過っていた。


 都には未だ饐えた臭いが漂い続けている。風防を閉じ、操縦席に身を潜めてみても、プレキシ硝子越しに爛れた空気が侵入するかのようであった。

 朱雀大路を少しだけ入った路地の闇には、浮浪人と思しき逃散の民が横たわっている。如何わしげな店が軒を連ね、時折悩ましげな呼び声が集音器を経て響いてくる。

 ソラは、人々が平安に暮らす為に建造が始まったはずだ。古くは<惑星大異変(グランドカタストロフ)>、新らしくは<神々の怒り(ラグナロク)>と、数百年に亘って打ち続く地殻変動の脅威から逃れる為、無限の宇宙空間への進出と、太陽電池板のオービタル設置によるマイクロウェーブ発電により、地上電力の確保を行うはずであった。

 ところがいつしか巨大プロジェクトを完成させるための組織が、組織を維持するためだけの組織となり、手段が目的に転化してしまった。
 あの駿河の海、ホバーカーゴで出会った紀貫之公が語った如く、大伴、紀、小野などの有力氏族を蹴散らし、帝の外戚として権力を縦(ほしいまま)に振るい出したのが、藤原なのだ。

 遠く駿河から望んだ相模の奥で、不気味に噴煙を上げる冨士の峰が横たわっていたのが思い出される。

 あの悪魔が棲むと謂われる峰々は、伝説の死竜デスザウラーの巣窟があるとまで囁かれていた。

 公は、民を救う気はないのか。

 今、ソラシティー建造などよりも、早急に叶えねばならぬ仕事があるのではないか。

 小次郎は村雨ライガーを自動操縦にしながら、幾つもの取り止めの無いことを想いつづけていた。

「馬寮に到着しましたぞ」

 興世王のツインホーンから連絡が送られた。
 簡素な構えの建物の奥、ゾイドが歩いて踏み固められた道を過ぎ、馬寮の屋敷へと村雨ライガーを進めた。途中、整備塔に繋がれる数台の象型のゾイドを見受けた。

 興世王のツインホーンと同じ意匠だが、能力は格段に違うエレファンダーという大型ゾイドである。一台だけ、黒と赤、そして燻んだ真鍮色の虎型ゾイドが駐機している。

 小次郎は直観的に、それが太郎が操るというブラストルタイガーだと察した。

 押領使として仕える興世王は、どうやら其れなりに顔の広い人物であるようだ。馬寮の衛士と一言二言話すと、直ぐに小次郎を迎え入れた。

「貞盛殿は、今都を巡検中故に不在であるが、間もなく帰られるはずとのこと。暫し待たれよ」

 都の警邏であれば自ずとゾイドで出撃するはずであり、ブラストルタイガーを残して巡検しているということは、警邏以外の任を受けてのことだろう。小次郎は通された土間で待っていることができなくなっていた。

「ゾイドを拝見しても宜しいか」

 ブラストルタイガーも、エレファンダーも、坂東では見かけぬゾイドだ。邪気のない荒武者の趣が、聳え立つゾイド群の格納庫へと脚を向けさせていた。
 見事なゾイドであった。流石に馬寮の扱うゾイドは違うものだと痛感していた。

 太郎貞盛は、毎日この様なゾイドを扱っているのかと思うと、妬みなどを越えた羨望が湧き上がっていた。
 小次郎も、日々ゾイドと共に暮らし、過してきた。だが、京に上ってから、一度として村雨ライガーを洗浄していない。
 ムラサメブレードも、僅かに刃紋に曇りが浮かんできている。目の前には整備塔があった。あれがあれば、洗浄が出来る。都の淀んだ気に晒されている村雨ライガーの穢れを、一刻も早く拭いきってやりたかった。

「小次郎、相変わらずだな」

 懐かしい声に振り向く。真新しい烏帽子に緋色の衣を纏った公家が立っていた。だが、繁々とその顔をみて、小次郎はあっと声を上げていた。

「太郎ではないか」

 見間違えるのも無理はない。嘗て共に坂東の山河を駆け抜けた頃の面影はなく、煌びやかな都人の出で立ちとなっていた。茨城(うまらき)石田の口調も消え去り、雅な京訛りが耳に突く。

「いつ都に出て来たのだ」

 穏やかに笑う従兄の姿は、京の都に溶け込んでいた。

[380] Zoids Genesis -風と雲と虹と-I 城元太 - 2013/03/03(日) 18:51 -

 喧騒に包まれる都の市を睥睨しながら、藤原純友は唾棄すべき権力の怠惰を味わっていた。

 アースポートの奥、アクア海に面した海面に、無数のゾイドの残骸が遺棄されている。

 バリゲーター、モサスレッジ、カノンダイバー、ブラキオス。

 どの機体にも、一様に赤い斑点状の膿疱(のうほう)を発しており、小刻みに震えている。生命は残っていても、操作不能のシステム障害を起しているのだ。

 例えば、レアヘルツと呼ばれる電磁波によってシステムを破壊されても、ゾイドはシステムごと書き換えれば再生は可能である。
 だがこの時、金属生命体として生存しているゾイドにとって、有機生物同様に影響を与える微細で恐るべき脅威が存在していた。

 ゾイドウィルス。

 蛋白質のような炭素から形成されたものではなく、一種のデータである。

 一説によると、嘗て中央大陸や暗黒大陸で繰り広げられた戦争の過程で生み出されたものであり、東方大陸との交易がはじまり、中央大陸から陸揚げされたゾイドのシステムに紛れ込んでいたのではないかと言われている。

 生命と呼べるものか判らないが、この惑星の土壌に無限に存在する珪素を媒体としてゾイドを構成する金属組織に侵入し増殖、ゾイドコアの代謝を異様に高めた末に、表皮部分に無数の赤い斑点と水疱を膿み死に至らせる。

 初期ヘリック共和国製ゾイドに見られる装甲板の無い機体であれば、感染は容易に見つかるが、ゼネバス帝国、及び装甲板に覆われた後期開発ゾイドの場合、いつの間にか装甲の下に水疱が広がり、気付いた時には潤滑油混じりの赤黒い膿を滴らせ、高熱を発しながら暴走状態になり狂い死にするのだ。

 幸いにして人への伝染は確認されていないが、ゾイドを失うことは民にとっては死活問題であった。

 対策は容易である。ワクチンプログラムと呼ばれるデータをシステムにインストールするだけで解決できる。

 厄介なのは、このゾイドウィルスは、投入されたワクチンプログラムに応じて微妙に変化する為、その度毎にワクチンを書き換えなければならないことだ。

 それでも、ソラの技術力を以てすれば至極簡単な作業であり、現にソラのゾイドはウィルスに感染することなく稼働している。

 問題は、庶民のゾイドへのインストールなのだ。

 ソラは、表向きは無償でワクチンデータを提供していたが、国司達は公廨(くがい)(政府側の貸し付けるもの)のレッゲルを要求し、利子を課して膨大な利益をせしめていた。
 本来であればこれを取り締まるべき押領使も、国司からの権益を横流しされ私腹を肥やしたため徹底せず、その皺寄せが民へと伸し掛かっていた。

 毎年この時期になると、レッゲルを払えず瀕死の状態に陥った庶民のゾイドが、海岸に廃棄され打ち捨てられていたのだ。
 苦楽を共にし班田を耕してきた友と言えるゾイドを、暴走を恐れ血を吐く様な思いで遺棄する様は、涙無くしては見られぬものだった。


 いつの間にか純友の隣に現れた男が右手を額に翳し残骸の群れを眺めていた。

「恒利(つねとし)、貴様はまたこれで儲ける魂胆だな」

「元は民の機体でありまする。
 強雇(きょうこ)してまで運漕を図る奴らがいるのですから、それに比べれば、我らは遥かにましというもの。
 純友の殿とて、代わり映えせぬものを」

「相変わらず鼻につく物言いだな」

「性分で御座います……。お、来た来た」

 波涛が白く逆巻き、寂しげな海面を割って巨大なクジラ型ゾイドが出現する。

 漆黒の機体には表皮に電波吸収材が塗布されているらしい。開いた巨大な口で、遺棄されたゾイド群を海水ごと次々と呑み込んで行く。

「宜しいのですか。また備前介(びぜんのすけ)の藤原子高(ふじわらのたねだか)や播磨介の島田惟幹(これみき)辺りが騒ぎ出しますぞ」

「構わぬ。奴らは所詮動けぬよ。何れ鴻臚館での借りは返してやる」

「デルポイ貿易は儲かりますからな」

 余計な事は言うな、という表情に、藤原恒利(ふじわらのつねとし)は大袈裟に身を竦めると、またどこかに消えていった。

頭(かしら)、仕事は終わりました。日振島に引き揚げます

 純友の腰に付けた通信機が、必要以上の大きな音声で響いた。
 音量を間違えたのではなく、発声の主が大声なのだ。
 小振りのディスプレイには<藤原文元(ふじわらのふみもと)>と表示されている。

「文元(ふみもと)、俺も直ぐ行く。待っておれ」

 純友が海に向かい「ほう」と一際呼び声を挙げると、目の前の海面にホエールキングと同様の漆黒のゾイドが浮上した。

 古代魚ユースノプテロンを思わせる様に、四つの鰭を器用に動かし、水中戦用に特化したゾイド、黒いウォディックが磯に乗り上げた。

 開いた操縦席に身を滑り込ませ、純友は背後の軌道エレベーターを睨み付ける。

「ソラよ、いつまでも天上界に浮かんでいられると思うな」

 砕ける波涛に掻き消されながらも、海賊衆の首、藤原純友は水面(みなも)の底へと消えて行った。

[381] Zoids Genesis -風と雲と虹と-J 城元太 - 2013/03/17(日) 15:22 -

 潜航と共に気温が一気に下降し、艇内に夥しい結露が生ずる。
 狭いウォディック内部で、海賊衆の頭目は、形式張った何の価値も見い出せぬ烏帽子など直ぐさま脱ぎ捨てていた。

「『アーミリア・ブルボーザ』の生育状況はどんな具合だ」

 操縦席に肩を剥き出しにした単甲を纏った男が座している。
 男が応える。

「御心配めさるな、純友の殿。リゾモーフ(=菌糸の束)の伸長も順調で、間もなく堅固な地盤を形成する手筈で御座います。

 それにしても、よくあんなことをお考えに成られましたな」

「元はうぬら佐伯(さえき)衆が保持してきた菌苗であろう。
 デルポイの妙な病が伝染せねば、クリプトビオシス(休眠状態)のまま忘れ去られていただろうに」

 浅度潜航の為、水面の燦めきがこの水中戦ゾイドの眼に当たる気密式硝子を透して艇内に射しこみ、不規則な光陰を描く。

「佐伯部(さえきべ)の起源は蝦夷の俘囚、それも茨城(うまらき)の道の口(みちのく)で反駁を繰り返していた騒がしい者(バルバロイ)が転じさえぎ≠ニ名付けられた屈辱的な姓(かばね)。

 勇猛果敢な海族大伴の同族と称され、大伴佐伯の家訓『海行かば』を讃えられたのも遠い昔のこと。
 古代ゾイド人の遺構を辿り、行き着いた先があの菌苗であったとは……皮肉なものです」

 明滅する陽射しに眼を細めつつ、純友は後方の席で脚を投げ出す。

「茨城の道の口といえば、是基、都で面白い噂を小耳に挟んだぞ。
 あの群盗の頭目、桔梗の前が獲物を撃ち漏らしたというのだ。
 なんでも板東からの荒武者とかで、青い獅子型ゾイドを操る奴だそうだ」

「なんと」

 操縦席の佐伯是基(さえきのこれもと)は、思わず純友を振り返った。

「あの桔梗の前が、ですか」

「俺も最初は信じられなかった。
 彼奴(きゃつ)が油断したか、さもなくば余程の手練れの者か、だ」

「孰(いずれ)れにせよ、良い気味で御座いますな」

 純友は半身を起こし、滴る結露を指で拭う。

「他人事ではないぞ、我らが放った素っ葉によれば、その青い獅子型は左馬の寮に入っていったという。
 東夷が仕官を願って上洛するのは珍しいことではないだろう。

 もしそいつが左右衛門府の任にでも就いたら、厄介なことになるが……」

 そこまで言って、純友は壁面の水滴を忌々しく掻き乱した。幾筋もの水滴が流れ落ちていく。

「だが、所詮は田舎人。賄賂の一つも寄越さずに、仕官など夢のまた夢」

「3年はかかりまするな」

「ああ」

 純友は、築き上げられた律令の矛盾が、謀らずとも自分達海賊衆を守る皮肉に複雑な感情を抱いていた。


 海賊、或いは海賊衆と呼ばれる海の群盗集団が発生したのには、幾つかの理由がある。

 彼らは最初から群盗を生業としていたわけではない。
 有力貴族「勢家豪民」による海浜部の囲い込み(エンクロージャー)が進み、小規模な漁業や交易を糧としていた漁民集団がその生活圏を追われたことによるものである。
 一時期、厩牧令水駅条などの例外的な措置もあり、主税上諸国運漕雑物功賃条が成立し、政府による海上運漕が確立した。
 この時、浮浪民と化していた漁民集団を国衙所属の舵取り、水手(かこ)集団として組織化したのが、他ならぬ大伴氏や紀氏であった。

 彼らの出帆する姿は勇壮である。

 一斉に頭部を掲げたブラキオスや、ハイドロジェットエンジンで白波を蹴立てるシンカーの船団は、往年のゼネバス帝国大艦隊を髣髴とさせるものであった。
 瀬戸の内海の運漕を一手に担うと同時に、古くからの交易路を使い、中央大陸に派遣される定期便遣央使≠フ護衛や、東方大陸北島北端の大宰府が管理する鴻臚館に於いて、蔵人頭の指導の下遠く西方大陸や暗黒大陸との貿易も請け負っていた。
 だが、先述した如く、応天門のクーデターによる大伴、紀両氏の没落により、その管理下にあった海浜集団も離散。
 その土地は没収され、再び浮浪民に成り果てた。
 其の頃から、都への年量舂米(つきまい)への襲撃が始まっていった。
 最初の内は散発的に。そして次第に大規模化し、記録には「賊党群起し、掠奪息むことなし」と記されるまでになった。

 事態を重く見たソラでは、この時海賊追捕を命じ、追捕使による海賊追討を行う。
 だが、国境を越えて活動する海賊衆に、各国司は追捕に力を入れることがない。
 このため、新たに禦賊兵士制を敷き、取り締まりを強化した。
 同時期その指揮を担って、伊予の掾たる藤原純友が赴任したのだ。

 だが純友の赴任は、予め都への謀反を孕んだものであった。
 在庁官人の高橋友久と結託し、年量舂米としてのレッゲル収奪を組織的に開始した。

 受領として地方で悪徳を成す国司や大掾は珍しくは無いが、純友が違っていたのは、在地の住民の不平不満を一手に引き受け、その憤懣を組織化し、海賊衆を率いて一斉蜂起をさせたことである。

 同時多発的に発生する襲撃に、警護使も追捕使も充分な鎮圧が出来ない。

 ソラは止む無く、純友に従五位上の位を与え、慰撫を試みた。
 レッゲルを大量に必要とする水上部隊にとって、官製の純度の高いレッゲルは必須である。
 純友は、一時襲撃を休止し、見返りのレッゲルを受け取っていた。
 誰が見ても、それは一時凌ぎに過ぎず、何れ海賊衆が蠢動し始めるのは明らかだった。
 だが為政者は、自分の任期に騒動が起きなければ良いという刹那主義に陥っていた。

 全て純友と海賊衆の思うつぼであった。


「俺は都を落として見せる」

 純友が呟く。

「殿、そのことですが。如何(どう)やら都の奴ら、軌道エレベーターのケーブルをアースポートから切り離す魂胆だとの噂を聞きました」

 今度は純友が、是基の言葉に耳を疑う番であった。「馬鹿な事を言うな」と、純友は身を横たえる。

「いえ、私も信じられなかったのです。
 軌道エレベーターの地上接合部であるアースポートを切り離したりすれば、ケーブルごとコリオリの力で振り回されると思いました。
 ですがソラの奴らは、大気圏すれすれの部分にスカイフックという浮遊施設を建造し、上方での軌道エレベーターの影響を相殺するだけの遠心力を発生させ、完全に地上からソラシティーを分離しようとしているらしいのです」

 戯れに告げているわけではない。
 技術的に可能なのかは、令外官(りょうげのかん)に於ける修理職(しゅりしき)ではない純友には判断できないが、或いは失われていた様々な技術が蘇っているとすれば有り得る話かもしれない。
 是基が続ける。

「御存知でしょう、地上の疫病を。
 奴らは穢れを全て捨て去り、ソラに引き篭もるつもりなのですよ」

「ソラへの引き篭もりか。ならばその篭り戸を俺が蹴破るまでだ。

……『アーミリア・ブルボーザ』の生育が待ち遠しいな」


 水深が下がり、ウォディックの上面が白波を蹴立てて浮上する。

 目の前には、純友たち海賊衆の根城である、伊予の日振島(ひぶりじま)が横たわっていた。

[382] Zoids Genesis -風と雲と虹と-K 城元太 - 2013/03/28(木) 18:34 -

「都の風に中(あ)てられたか」

 そう告げると、平太郎貞盛(たいらのたろうさだもり)は少し憂いを帯びた顔で微笑んだ。

「俺もそうだったさ。此処は我らが大地とは別世界。心細くもなるだろう。

 自由にゾイドを奔(はし)らせる山野は無く、大空を舞うサラマンダーやストームソーダーも無い。
 舞うのはフライシザーズという怪しげな鵺(キメラ)の如きブロックスゾイドばかりだ。

 大番として都に召され、坂東を離れて幾星霜。

 上洛直後は頼れる者など自らより他になく、従類(じゅうるい)郎党さえも故郷(ふるさと)恋しさに次々と去って行った。

 都で雇った奴婢(ぬひ)共は、東夷と侮って命じて働こうともしなかった。
 刑部卿(ぎょうぶきょう)に訴えられ、何度会昌門(かいしょうもん)をくぐったか。
 所詮、重代の関係を得る事など叶わぬこと、因獄司を味方につけるのに気付くまで、どれ程金子(きんす)を費やしたか預かり知らぬ」

 小次郎は、すっかり都に馴染んだと思っていた従兄も、数多くの苦難を刻んできたことを知った。

「……すまぬ、つい愚痴を溢してしまったな。
 主(ぬし)を見て坂東が恋しくなってしまったわ。

 故郷を離れて早五年か。
 最初は大番の任が終わる三年で帰る心算であったが、此方にも色々と伝手(つて)が出来てな。

『住めば都』とはよく言ったものだ。
 今となっては筑波峰の色も記憶に霞んでしまった。

 俺は最早坂東に戻るつもりは無い。
 父より幾多の貢物を献上して来た。
 必ずや今以上の官位を得て、子々孫々に渡り位階を遺してやらねばならぬ。
 それが我ら、侍(さぶら)ふ者の定めであるから。

 ときに、叔父君良持殿と、主の兄君将弘殿は残念であった。心より悔やみ申し上げる」

 哀悼の言葉と、上洛してより初めて受けた労いに、小次郎は暫し黙していた。
 故郷からの便りは届いていたのだろう。
 父良持の逝去はまだしも、亡き兄将弘の他界まで伝わっていた。
 貞盛は、眼前に聳えるブラストルタイガーを見上げる。

「驚いたろう。俺が別のゾイドに乗り換えていたことに」

「ああ。てっきり太郎のライガーゼロにまた見(まみ)えることができると思っていた」

 ゾイドの事となり、小次郎はやっと口を開く切っ掛けを掴むことができた。
 興世王達が、馬寮の奥で他の舎人(とねり)と談笑するのを遠くで見遣りつつ、貞盛が振り向きざまに言い捨てる。

「献上したのだよ、グスタフごと、天上人へな」

 その顔には、ありありとした悔悟の念が現れていた。
 小次郎が理由を尋ねる前に、小声でありながらも口を挟む猶予を与えず語り出す。

「我らが父が嘗て鎮守府将軍の地位を得ていたとはいえ、所詮は遠き大地の果ての話。直接官位を得るには最有力者である藤原氏に取り入る他ないのだ。

 幸いにして、ライガーゼロとそのチェインジングアーマーを求めていた藤原北家の上司が居り、俺の上洛と同時に所望して来たのだ。

 都の倣いは父国香から聞いていた。『偉き者には媚びよ』と。
 処世術、と言ってしまえばそれまでだが、都人にとってゾイドは財に過ぎない。
 良いもの、珍しいものは重宝され、そうでないものは売り払われる。操縦者と機体との繋がりなど、意味を成さぬのだ。

 俺は代わりにこのゾイドを得た。
 ブラストルタイガーは、Zi-Armsの鍛えた良いゾイドだ。
 坂東では見かけぬ虎型だが、都では珍しいゾイドではないそうだ。
 稼働時間こそ短いが、狭い都には適した機体だ。どうだ、小次郎、操ってみるか」

 小次郎を気遣い、気晴らしに珍しいゾイドを披露しようという従兄の気持ちは判る。
 しかし、幼き頃から共に山野を駆け巡ったライガーゼロを手放したことに、貞盛は一切後悔の感情を見せない。
 それは、坂東武者としては思いもよらぬことであった。

 小次郎は、従兄がやはり変わってしまっていたことを痛感していた。


 都住まいを重ねてきた貞盛の人脈は、少なからず小次郎の滝口出仕に有利に働いた。
 彼の見知った公卿の伝手を辿り、菅原景行からの藤原忠平への推薦状の写しを、アースポートの一画に構える清涼殿に届けたというのだ。

「必ずや呼び出しがかかるはず。期待して待っていればよい」

 貞盛の力強い言葉に、小次郎は漸く肩の荷を一つ降ろすことが出来たのを実感した。
 都に到着してより既に一月が過ぎる。あれ以来、小次郎の前に野盗群盗の類は現れず、小次郎を伴わぬ夜にのみ、略奪が行われている。
 正式な押領師ではない以上、無闇な介入は控えねばならない。
 故郷に色好い便りを送る事も出来ず、ただ悶々と日々を過ごしてきた身の上であり、興世王の館に厄介になるのも辟易していた。
 
 関白藤原忠平が下向するとの通達を得たのは、程なくのことであった。
 兄時平が青竜の祟りにより早世して後、忠平は急速にその官位を進めた。
 生前の菅公とも親交が篤く、没後参議に還(げん)任(にん)し、右大臣左大臣摂政、そして帝の元服と同時に関白に補された。
 彼は父基経の時代よりデルポイ文物の輸入により古来よりの儀式に対する憧憬が高まり、政務とは別に実習と探求を重ね、具体的な作法故実(さほうこじつ)を作り上げることに努めていた。

 摂関家は治安と衛生の問題により、普段はジオステーションに居を構え、滅多な事では地上に降りることは無い。
 だが、作法故実と有職故実の研究の為にはどうしても地上に降りて資料を確認する必要があり、尚且つ下向の貴重な機会を狙い、多くの受領達が列を成して参内するのである。


 その日はアースポートの周辺が物々しい雰囲気に包まれる。
 螺鈿(らでん)色に輝くレドラーに伴われ、ジオステーションからのクルーザーがケーブルを伝って降りてくる。
 途中、衛星軌道を漂うスペースデブリに衝突することの無いよう、十重二十重に亘って電磁障壁らしき防御を輝かせていた。
 貞盛を含め、都の警邏は一斉に護衛に就き、貞信公忠平の下向を待っている。

 小次郎は、蒼空に青い羽根を煌めかせるレドラーの舞を見上げつつ、天上人たる貞信公藤原忠平なる人物が如何様なものか、思いを馳せていた。

 偉大な人物に違いない、そうでなければ、ここまで物々しい警備などないであろうと。

 だが、都の外れの海岸線より、小次郎が見上げる思いとは正反対の感情を抱きつつ、天空のケーブルを見上げる者がいた。
 警邏の雑踏を睥睨しつつ、刺すような鋭い眼光を放ち睨み付けている。

「やっと降りて来たか、忠平よ」

 同氏同族の姓(かばね)を持つ海賊衆の頭領、藤原純友の姿が、アースポートの麓にあったのだった。



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