[6] 漁師の兄ちゃんと追っ手君×大佐/01 |
- 風と木の名無しさん - 2007年03月09日 (金) 04時07分
舞い込む風に肌寒さを感じて意識を覚醒し、うまく働かない頭でそれでもどうにかムスカは目を開こうとした。 だが瞼は上がらず、視界に光の欠片もない。 驚いて身体を起こし右手で目元に触れてようやく両目を覆うように包帯が巻かれているのだと理解する。包帯の内側にはガーゼが当てられているらしく矢張り瞼は上がらなかった。 「ああ、やっと目が覚めたのか!」 突然大声でそう言われ、ムスカは驚いて声のした方向へと顔を向ける。 「あんたこの近くの海岸に打ち上げられてもう三ヶ月も寝てたんだぜ。軽い怪我もあったけど目が覚めるまでに治っちゃったな。毎日この村の医者が診に来てくれてさ、あんた目の色素が薄いんだろ? 強い光を直視しただか何だかで失明寸前の状態らしいぜ。」 そう言いながらこちらへ歩み寄ってくる足音と近付く若い男の声にムスカは咄嗟に自らが今まで寝そべっていた場所を手で探った。どうやらベッドの上にいるらしく、膝には掛けられていた毛布がずり落ちている。 「…誰だね、君は。」 「俺はノワールっていうんだ。この村の漁師だよ。どっか痛む所ないか?」 ノワールと名乗る男が腰を下ろしたのか、ベッドの端が少し軋んで沈んだ。 「ここはどこだ。」 「ピノって小さい田舎の漁村でスラッグ渓谷からちょっと離れた辺り。医者に見てもらったけど先生いい年した爺さんだし見落としてんじゃねーかな。骨とか折れてないか?」 快活な口調で一気にそう言いながら男の手がムスカの肩に乗せられ、驚いて咄嗟にその手を振り払う。 「気安く触らんでくれ!」 「あっ、びっくりしたのか? 見えてないから仕方ないよな。一応あんたの持ち物とか調べて身元確認しようとしたんだけど手掛かりなくてさ、でもやっと家に帰れるな。家族も心配してるぜ。」 拒絶の意味を込めて悪意すら交え言った言葉にあっけらかんとそう返され、その上気に留めた風でもなく人の良さそうな口調でまた一気に喋り肩を軽く叩かれた。 何だこいつは、と思いつつ眉根を寄せるがムスカのそんな様子に気付いているのかいないのか、ノワールは尚も明るく話を続ける。 「あんたを見つけた頃に遠くの海で軍の飛行船が襲撃されて墜落したらしくてさ、行方不明者とか結構いるらしい。あんたもその内の一人だと思って調べたんだけど解らなかったんだ。大体あんたの名前も知らないのに解る訳ないよな。」 そう言って笑うノワールに、ムスカは知らず俯けていた顔を上げた。 名前、である。 「で、あんたの名前は?」 どこか嬉しそうにそう問うノワールに、ムスカは突然痛み出した頭を押さえる。 「どうした? 頭が痛いのか?」 「…私の」 私の名前は何だ、と言いかけて口を噤んだ。 名前だけではなく、他の何もかもが思い出せない。 スラッグ渓谷という地名も軍の飛行船の事も、何も解らない。 「…私は誰だ…?」
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