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[168] 子供の頃、怖かった話
7℃ - 2009年11月30日 (月) 01時10分

地上波放送で、大佐熱暴走しました。
萌えというには変な方向に行ってしまいましたが…ww

広い心でご覧下さい。

[169]
7℃ - 2009年11月30日 (月) 01時11分

 子供の頃、怖かった話
       あるいは大佐好きな貴方に100の質問



 僕がまだもっと小さい子供だった頃、町は今よりもっと灰色で暗い色をしていた。
 僕が生まれる前から始まった戦争はずっと続いていて、どの町からも誰かが兵隊になって出征し、そのまま何人かは帰ってこなかった。
 僕の父さんも、戦場へいって帰ってこなかった。
 母さんは病気がちで仕事も無くて、食べるものも着るものもない狭いアパートの部屋で、僕と二人、肩を寄せ合って震えていることしか出来なかった。


 その日、僕はおつかいにいった街角で、そいつに出会ったんだ。
 ずっと通っていた薬屋から、もうお金がなければ薬は出せないと言われた帰りだった。
 戦争で物の値段が上がって、特に薬とかはすごく高くなってしまったから、もう後払いの安い薬は売っていられなくなったと言われて、僕は本当に途方に暮れていた。
 だってもう冬が来るのに。
 母さんは調子が悪くて、青い頬をしていて、家にはパンと水みたいなスープしかないのに。
 灰色の空の下で立ちすくんでいると、ふと耳に飛び込んできた話し声があった。
 近くの肉屋の店先で、たった今、若い男が注文をしているところだった。
「…香草入りソーセージ3ポンド、あと骨付きの上肉を同じだけ、それで全部だ」
 ふりかえると、灰色の服を着た男が包みを受け取って、歩き出すのが見えた。
(…たぶん軍人だ)
 よく見る軍の制服とは違っていたけど、冷たそうな横顔とか、声とかで僕はそう思った。
 歩き出した時、片足を少しだけひきずるように見えたのと、包みを重そうに抱える腕があんまり強くなさそうなのを見て、僕はとっさに駆け出して後ろからそいつに体当たりを食らわした。
 思った通りによろけたそいつの手から、包みをひったくって…色のついた眼鏡が跳ねとんだけど、かまわずに逃げだすつもりだったんだ。でも、あとちょっとのところで上着を掴まれてしまった。
「小僧、貴様ッ…」
「知らないよ! どけッッ」
 僕は必死で、その手を振り払って逃げようとしたんだ。
 相手は思った通り軽くって、大人のわりには力も無かったから、諦めずに暴れ続けた。
 色付き眼鏡がずれたそいつは、見た事もない金色の目をしていた。
 薄い茶色とかそんなのじゃなくて、毒蛇みたいな本当の金色で、思わず背筋がゾッとしたんだ。
「どけよ! 手を離せッ、これは持って帰って母さんに食べさせるんだ!」
「ふざけるな! 私だってこれは持って帰って…アウ痛ッ、この小僧め!?」
 顔に平手打ちして来た右手首に食いついてやると、左側から凄い早さで喉を狙って手が伸びてきたけど…。
「あれ! ムスカだ、びっくりしたなあ、何してるの?」
 先の路地から、ひょいと出てきた大男が、なんかやたらのんびりした声でそう言いながら現れた。
 もうダメだって、僕は思ったんだ。だってこっちは見上げるくらい肩の広い大男で、捕まって殴られたらもうお終いに違いないんだ。
 ああどうしよう、僕が町で泥棒して捕まったのが知れれば、優しい母さんはどんなに悲しむだろう!
「ムスカ。その手、大丈夫?」
「や、私は別に…」
 色付き眼鏡をかけ直した"蛇"は、どうしてか急に僕から少しだけ体勢を離して、視線を泳がせた。もちろん肩を掴んだ手はちっとも緩まなかったけど、なんて言うか、子供相手に急所を狙っていたのはあまり知られたくないみたいに感じた。
「とにかくこいつはコソ泥だ。見逃しては為にならないから、さっさと突き出そう」
 うなだれた僕の目に、涙があふれてきた。
「うん、そうだね。君、名前は?」
 怖くて喉が詰まったまま、僕はただ頭をふった。
「あのね、持って帰ってもこれは骨付きだから料理するのがけっこう大変だよ。ああそうだ! こうしよう、シチューにしてあげるから、それを持ってお母さんに届けるといいよ!」
「ちょっと待て、君! 私は反対だぞ!?」
「だってムスカ、骨付きは時間もかかるし…」
「そんな話をしているんじゃない! このチビは警察にまかせようと言っているんだ!」
「警察だってこんな小さな子を預けられても困るだけだよ。それに君だって、せっかくの休暇なのに本当にそんなところで時間を潰したいわけじゃないだろう?」
「…警察と言ったのは言葉のあやだ! 私はつまりこのチビに、悪事が二度と出来なくなるよう身に染みる程度に殴ってから、さっさと放り出せと!」
「うーん、さっき、そういう風には言っていなかったみたいだけどなあ」
「今、言おうと思ったッ!!」
「いいから、いいから」

[170]
7℃ - 2009年11月30日 (月) 01時12分


 "蛇"はまだ何か言い続けていたけど、大男はさっさと荷物と僕の手をとると歩き出してしまった。骨付き肉の包みは大男が持つとキャラメルの包みか何かみたいで、手をひかれている僕もついていくしかなかったんだ。


「大佐、お帰りなさい。あれあれ、その子供はいったい何ですか?」
「知らん! だいたいJ、S、貴様らがなぜここにいる!?」
「八つ当たりは止して下さい。久しぶりの休暇となれば、大佐はまずこちらで逢瀬をとお考えになるでしょうし…こっちはこっちで期待通り、鍋から良い匂いがしてますし…まずは鳥と野菜のクリーム煮ですかね? 大佐の好物でしたっけ?」
「敬愛する上官を追いつめて愉しむ背徳の宴は、我々、まぁ当面ありつける見込みはないようですが…骨身を惜しまず働く部下達に、祝祭のディナーをふるまっていただける程度のねぎらいはあろうと、ええ…」
「黙れ。3つ数える内にうせろ、さもないと…」
 "蛇"は懐からいきなりピストルをだして、そいつらに向けたんだけど、相手は平気な顔でへらへらしていた。
「あ、ワンコロも後から来ると言っていました」
「あいつ来ると暑っ苦しくて…そう思えば、このアジトも手狭になりましたかねー」
「そろそろ、次へ移り時と違いますか?」
「…もういいよ、ムスカ、みんなでさ? ごはん食べていってもらおうよ?」
 大男の、のんびりした声が台所から聞こえてきて、"蛇"は何とも言えない音を喉の奥から出してピストルをしまった。
「あとその子にはミルクか何かあげて、待ってもらってくれる?」
 "蛇"がフンと言って動く気がないと見ると、Jと呼ばれた方の男がミルクのカップを持ってきて僕に渡しソファに座らせたけど、そんなミルク…ちっとも飲む気になれなかったよ!
 カップを掴んで、固まって座る僕の前を"蛇"がイライラしながら二、三度歩いていたと思うと、ふいにもう一つ椅子を持ってくると、僕の正面に置いて乱暴に腰をおろした。
 あの目に正面から見られるのが気味悪くて嫌だったから、僕は自然と座る位置を動いて、"蛇"の目を避けたんだけど…そうするとなぜかスタンドの一番明るい光をまっすぐ受ける場所にいってしまい、かえって"蛇"が見通しやすいようになってしまったような気がした。
「ちょ、大佐、その位置www」
 Sって呼ばれていた方が、なぜか爆笑したけど、僕はまぶしくて怖くてそれどころじゃなかった。
「さて、さいわい少し時間も出来たようだから、話をさせてもらってもいいかな、君?」
 "蛇"はうってかわった優しい声をだして…すごい丁寧な感じの言葉を使いながら…僕を上目使いにジーッと見るんだ。
「まずは君の氏名と所属から、聞かせてもらいたいのだが…どうだろう?」
 JとかSとかいう男達が、肩を叩きあって大笑いしているんだけど、何が楽しいのかわからない。
「吐いちまえ、チビ。大佐の尋問はハンパじゃないぞ」
「その年で気の毒に…運が悪かったな、お前」
 母さん! あと、守護聖人様! 僕は心の中で母さんの顔を思い浮かべて、ぎゅうっとカップを掴んで口をつむった。
 "蛇"はそんな僕を見て薄く笑うと、
「答えが出てこないかね? 無理もない…君の立場には同情するよ。うんうん、君は賢い…とても良い少年だ。あんなことをしたのも、きっと何か事情があったに違いない。そうだろう? 出来れば私は君の力になりたい、無事に家に帰してあげたいと願っているんだ。君のような少年を容赦なく問いつめるなど、正気の沙汰ではない…私には、ああ、とうてい無理だとも! だからゲームをしよう。ふふ、簡単なことだ…これから君に100回のとても簡単な質問をしよう。それが終わってまだ君の名前も住むところもわからなかったら、その時は仕方ない。君は家に帰れる、自由の身だよ」
 まるで遊びみたいに肩をすくめてみせるけど、目だけは獲物を狙う毒蛇のように細められている。
 僕が息をのんだのに気づいて、"蛇"が白い顔に微笑を浮かべた。
「大丈夫、ごく簡単な質問だ。しかも、君はすべてに答えなくとも良いんだ…答えたくない時は、黙っていてかまわないのだよ? そうだな、5回に1度、答えてもらえれば良しとしようじゃないか」
 簡単だろう?と言って、"蛇"が笑う。
「試しに、1度やってみようか。君の名前は? 住んでいる町の通りは?」
 僕は口をつぐんで、首をふった。
「なら、近くにある駅の名前は? 広場はどうかね? ところで、昨日は何曜日だったかな?」
「か、火曜日ッ」
「ほら、出来た。とても簡単だろう?」
 片手をヒラヒラとふって、"蛇"がうなずいた。
「5つの質問のうち、1つだけ返事がもらえればこちらは満足する。5つ続けて1つも応えがもらえない場合には、やむおえない。残念だが、ルールを変えなければならないことになる…つまりだ…」
 "蛇"が、ふいに言葉を切った。
「…黙っていては、為にならないと言っているんだ…」
 金色の目が、正面から僕を捕えて光っている…ああ、怖いよ、怖い! 母さん!

[171]
7℃ - 2009年11月30日 (月) 01時15分

「では、始めるぞ。名前は? 家は?」
 僕は首を振った。必死で、家で待つ母さんの姿だけを思い浮かべながら。
「質問を続けようか、君のいま住んでいる場所について聞いてみよう。通りは広いかね? 馬車は何台通れる? 子犬を飼っている家はあるかい?」
「あ…あるよ」
「近くに教会はあるのかな? 学校か、図書館は? おやおや、文化的な建物は何も無いのか…いわゆる貧民窟という場所なんだな」
「違うッ、そんなこと言うな! 大家さんはちゃんとッ…」
「ちゃんと? 何かな、さあさあ、いい子だから続け給え」
 僕はあわてて口をぎゅっと閉じた。"蛇"が喉の奥で笑って、また質問を次々に続ける。
 1つ、2つと僕は夢中で奴の質問の数を追いかけた。5つめまでに答えられる質問が無かったらと思うと、背筋が寒くなった。
 繰り返し住んでいる通りや、一番近い駅の名前を聞かれた。住んでいる建物の壁の色や、窓の数を聞かれた。僕の好きな花、母さんの好きな花を聞かれた。
 "蛇"はわざと僕を脅す質問もした。
「罪人が絞首刑になるのを見物したことがあるかね? では、逃げようとした盗人が撃ち殺されるところは? おかしいな、男の子ならたいてい銃は好きなものじゃないか…では、君は市の裁判所や、監獄のある場所を知らないというのかな? 兵舎はどうかね? それとも警察署は?」
 どうしてか、質問は時々まるで関係がないみたいで、それでも蜘蛛が糸を操るみたく"蛇"の思う通りに僕のまわりに降って来るような感じがした。
 名前も、家も、何も言ったら駄目なんだ! 僕はその事だけ考えて、必死で"蛇"の声について行った。
 頑張って聞いていると5つの内には必ず答えられる質問もあったから、僕は飛びつくようにそれに答えた。
 あと少し…きっとあと少しで100になる、そうしたら母さんのところへ帰れる筈なんだ。
 何度も何度も、"蛇"は僕の名前を言わせようとした。
「母親か父親の名前は言えるかね? では、兄弟か姉妹の名前は? ほう、いないのか? そうか、君は一人っ子か。すると名前はきっとご両親が大切につけたものだろうな。ぜひ教えてもらえないだろうか…嫌かね? では仕方ない、こちらで当てさせてもらおう。その名前は、町ではよくあるものだろうか? 君は、君が住む町内で君と同じ名前の人間を、1人以上知っているかね? ククク、知っているらしいな…では名前など、別段難しい推論でもない。信じないかね? なら、当ててみせようか? そうだな、例えばそれは尊い聖人の名と関わるような名前で…」
 いつのまにか僕の手から、カップが転げ落ちてしまっていた。
 おおっと、とか言いながら、あの二人組の片方がカップを拾い上げて、ニヤッと笑った。
「床を汚すなよ、おい…っと、坊主、お前なんて名前だったっけ?」
 "蛇"が代わりに返事をした。
「最初の子供で、しかも信心深い家庭となれば、守護聖人にちなんだ名前がつけられるケースが最も多い。その上で、ありふれた名前かどうかが次の鍵になるわけだが…さっきの質問に戻ろうか? 君の住む通りで、君と同じ名前の住人を何人知っている? 5人…違うか、では5人以上? それでは多すぎる…では3人? それも違う…クック、見えてきたな、答えが…クククク」
 膝や手が震えて、カタカタいうのがもう止められなかった。
 怖くて、目をつむりたいのに金色の"蛇"の視線が絡み付いてくるようで、何も出来ないんだ…!
 助けて! 助けて、母さん…ッ!!
「ムスカー、何やってんのー?」
 その時、片手に湯気のたつシチュー鍋を持ってあの大男が顔を出したんだ。
 "蛇"は振り返ると、上機嫌の笑顔で答えた。
「ああ君、ちょっと待っていてくれ。今、この盗人小僧の名前と住所をわりだしているから…大丈夫、もう大方の話は終わっているんだ。うん、食事を遅らせる必要はまったくないね」
 ほとんど無関心な表情で僕に視線をもどすと、"蛇"は冷ややかな声で続けて言い出したんだ。
「まず、このコソ泥は市内の住人だ、それはアクセントからはっきりしている。G・・通りやいくつかの地名を、語尾をあげて発音するのは市外には無いちょっとした言い回しだ。何度か言わせて確認したから、間違いはない。さらに住む場所については『大家がいる』と発言した。もちろん、こんな泥棒のガキが住むような代物は貸家の安アパートに決まっているが、こいつの言い分によれば家主は一応もぐりではなく、公に認められる鑑札を持っているということだろう。
 そこから幾つか質問を投げてみたが、こいつは悉くそれを回避しようとした…するとつまり、これは特徴のある鑑札と推察できる。さて何だろうか?」
 満足げに"蛇"が、含み笑いをした。
「ろくな教育も受けない、程度の低い子供にもわかる特徴だ。鑑札の古さや、更新の日時に関わるような事柄ではあるまい。そこで私は住処の外観について、なるべくしつこく質問を繰り返してみた。人間というものは、繰り返し訪ねられると、差し支えない部分なら答えてしまおうとする動物なのだよ。現にこの小僧は、アパートの中の壁紙などは最後には答えてしまった…忘れな草の模様だそうだよ、ハハハ。
 だが戸口に掲げられるべき鑑札の色については、こいつは一度たりとも質問に食いつかなかった! そして、この国では教会の管轄に入る貸家は、他と違う金色の鑑札で区別されているのだよ…これが正解だと考えれば筋は通る。通りで盗みをしたくなるほど貧しい…おそらくは小僧と母親と二人暮らしであっても、教会の貸家なら追い出されずにすむだろう。一定以下の所得者の場合に、教会が家賃を扶助する制度があるからな?」
 僕は心底ゾッとした。
 だって僕は答えなかった…本当に、何も答えずにいたつもりだったのに!
「さて、と? 市内に教会の持ち物である貸アパートが何軒くらいあるか…いや、全部調べる必要はない。なぜなら、この市内の兵舎と裁判所と警察は、実にいい具合に三点に散らばっているのだが…そのどれもこの小僧は知らないと言った…本当だろうか? 続く質問の中で、こいつは中央駅の噴水の像について正しい答えをきっちり返してきた。白鳥は7羽だ、とね? 兵舎は中央駅の裏の広場に面した巨大な建物だ、知らないと言うのは考えにくい…つまりこれはウソだ。こいつは兵舎の近隣に住んでいるのを隠したかった。すると兵舎の近くにあって、さらに教会の鑑札を持つ安アパート…中に入れば、忘れな草の模様の壁紙があるのだろう」
 楽しくてたまらない笑顔で、"蛇"が軽く指を鳴らした。
「ここまでわかれば、あとは番地が紙に書いてあるも同然だ。食事を済ませたら出かけていって…そこの街の教会に、このガキをコソ泥として引き渡してこようと思うんだ。そうそう、母親の方もついでに家から引きずり出して、大勢の前で、子供に盗みをさせていた性悪女だとはっきり知らせてやるのがいいだろうな!」
 母さんを!? そ、そんなの!?
 こらえきれない涙があふれて、僕はとうとうワッと泣き出してしまった。
 許して下さい、お願いだから母さんだけはッ…そんなことを泣きながら何度も言ったけど、"蛇"は冷酷にせせら笑うだけなんだ。
「引ったくりを装っていたが、軍の関係者とわかってやったとすれば、スパイの疑いもあるわけだ。母親はスパイ容疑で特務に引き渡してくれるのも悪くないかな…ハハハ!」
「ムスカはもう…どうして、その子をイジメるかなあ!」
 大男が、頭をガシガシかきながら…困ったように僕を見たり、"蛇"を見たりして情けないような声をだした。
「君がいじめっ子で、よく軍の将軍とか偉い人とかいじめてるのは知っているけどさ! 何もこんな子供までむきになってイジメなくたって良いだろう? おかしいなァ、ムスカ、村では君はよく子供と遊んでたじゃないか…君はわりと子供好きなんだと思っていたけどなあ!」
「ふん。それは迷惑な誤解だ」
「ムスカってば!」
 男と"蛇"が言いあっていると、背後からふいに別な声がかかったんだ。
「…何の話か知らないけど、ずいぶんと盛り上がってるもんだね! ここ」
 先に振り返った大男の方が、相手を見て『あっ』というような顔をした。
 革のチョッキと、へこみだらけの茶色の革帽子をかぶった若い男が、日に焼けた顔いっぱいに歯をむいた大きな笑顔を見せていた。
「えーと、とりあえず、確かにムスカは子供が大好きだよなッ。うん…俺なんて初対面でいきなり金貨3枚もらったもの。子供ながらに、見たことないほど怪しい奴って思ったっけ!」
「ああ! そうかァ…この子って、そう言えば、パズーになんか似ているかも知れないなあ…!!」
 大男が間抜けな顔で手をうって感嘆の声をだしたけれど、それどころじゃなくて、あの"蛇"の顔がみるみる険悪な表情で歪んでいくんだ。
「お前…ちょっとは空気読んで入ってきたらどうなんだ? 俺達が言うのもなんだが…」
「なんでさ?」
 Jと呼ばれていた方の男が、うんざりした顔で言ったけど、帽子の男はぜんぜん気にしてないようだった。
「あの頃は、こっちもガキだったし…鉱山育ちでそういう話にくわしくなかったけどさ。今、思えばあれってどう見ても『子供を狙う変質者』のやり方そっくりだよな?」
「…死ななきゃわかんないのかよ、はぁ」
 Sという男もガックリ肩を落としたんだ。
「そんなことより、お祭りだからハムと焼き菓子を買ってきたんだ。お返しに何か、豪勢に御馳走してもらいたいんだけど?」
「…よかろう、毒を盛ってやる…」
 地獄から響いてくるような呪いの声が、"蛇"の側から響いてきた。聞いただけでも震え上がるような声なのに、
「は! おあいにくだけど、ムスカ程度に殺されるわけないね! 覚えてないかな…あんた、もう何年も前にラピュタでさんざん出し抜かれてたじゃないか? ひどい目にあって、泣きっ面だったくせにさ」
「…貴様…ッ!!」
 その瞬間、"蛇"が悪鬼の形相になって立ち上がった。
 金色の目が吊り上がって、燐のように底から光ったんだ。
 本物の悪霊を背負っているみたいな気配が、足下から部屋一杯に広がったんだよ! それまで僕は"蛇"を怖いと思っていたけど、そんなのまだ見せかけの顔だった…"蛇"は本物の悪魔だったよ! 口元に鋭く尖った牙まで見えた気がしたんだ!!
 喉からヒッていう声が出て、身体が勝手に動いてしまう。
 "蛇"が脅したことや、言われたこととかも…全部、頭から消えて真っ白になってしまって、ただ悲鳴をあげて僕は逃げ出したんだ。
 膝ががくがく震えていたけど、怪物がすぐ後ろから手をのばしてきて捕まるんじゃないかと思って、怖くてもう逃げることしか考えられなかった。

[172]
7℃ - 2009年11月30日 (月) 01時16分

「あっ、君…!」
 椅子やテーブルにぶつかって痛かったけど、そんなので止まれるはずない。
 扉の近くにいた帽子の男にぶつかったのも、わざとじゃなかった。
「えっ!? ちょっ…!?」
 ぶつかった拍子に、男の持っていた包みが飛んで僕の手の中に落ちてきたから、抱えたまま僕は走って逃げた。
「ま、待てよッ、おい!? そのハム…こら泥棒ッッ!?」
 聞こえたけど、手が張り付いたみたいに動かない。僕だって! 返したかったけど、走るのに夢中で手の方が動かせないんだ。立ち止まって、そこへ置いて行くなんて絶対ありえなかった。
「泥棒ッ、こら待てよ、泥棒ーーッ!」
 慌てた男の声が後ろから追ってくるけど、身体を丸めたまま僕は必死で走り続けた。
「待てって言ってるんだぞッッ! こらッ…それ、俺の…ってッ! 待てよ、この泥棒! ハム泥棒ーーッ!!」
 ごめんなさいごめんなさい、僕は何度も謝りながら、それでも足だけは止められなくて走り続けた。
「…上出来だ! 小僧、ハハハッ、よくやったぞ!!」
 なんだか異常に朗らかな"蛇"の声に重なって、怒鳴る声がする。
「最高だ! 手柄に、そのハムは貴様にくれてやる!」
「じょ、冗談じゃない! あんた、勝手なこと言うなよ!?」
「くれてやるぞ、小僧! さっさと持っていって母親に貢ぐがいい…最高のジョークだ、たまらん、ハハハッ、アーハハハハハッ!」
「ふざけるなよ、ムスカッ…おい、聞いてるのか、あんた!?」
「うるさいッ、貴様は死ね!」
 建物を飛び出して、遠くなる通りの向こうで怒鳴っている声がまだ続いている。
 誰かがドカスカ殴られているような音も聞こえてきたけど、僕は耳を塞ぐ事も出来ずに、もう暗くなった通りを転がるように走ったんだ。
 最後によく通る"蛇"の声が、闇の向こうから響いてきた。
「…良い腕だぞ、小僧! くれてやるから、それは貴様の手柄にしろ。高貴なるパロの名において、その包みはくれてやる…遠慮はするな! よくやったぞ! 聞こえているか? エンリーケ…ハハハハハ!」


 家に着くと、僕はそのまま熱を出して、3日間も母さんに心配をかけてしまった。
 抱えていたあの包みは、逃げる途中のどこかで落としてしまっていたよ。
 熱が下がってみると、家には軍からの民生委員が来ていて、母さんは『戦争未亡人』として少しの恩給と、それから母さんが得意な刺繍の内職を紹介してもらえることになっていた。
 未亡人…それは父さんが、もう待っても決して帰ってこないという意味だから、母さんは少し泣いて…それから涙をぬぐって、肩章や軍旗の刺繍を、窓際で日が暮れるまで毎日続けて…春がくる頃には、時々だけど笑顔を見せるようになっていった。
 民生委員と一緒にきた若い将校は、背が高くて立派だったけど、よくお屋敷にいるふさふさの大きな犬みたいに優しい目をしていた。
 軍人だったけど、母さんにはすごく丁寧で優しい言葉を使ってくれて…前線で父さんと少し一緒だったとも言ったから、"蛇"の手下とかじゃ絶対にないんだ。
 短い間だったけど父さんに世話になったって、そう言って母さんに軍旗とは別の…お屋敷の貴婦人の小物やクッションにする刺繍の仕事も世話してくれた。小鳥やきれいな花や、そんな刺繍をしていい仕事は、お金にもなったから母さんは嬉しそうだった。
 僕はといえばそれから長いこと、ひどい怖がりになってしまって、夜は母さんの側でなければ眠れないようになってしまった。
 暗い部屋に一人でいると"蛇"が物陰から長い爪をのばして、捕まえにくる気がしたんだ。
 毎週、欠かさずに教会へ行って、長いお祈りを捧げた。
 ずいぶん良い子になったのねと、母さんに笑って言われたけど、僕がしてしまったことはすごく悪いことだったから、聖者様たちに、どうか許して下さるようにお願いしなければいられなかった。
 あれから、僕は二度と悪いことはしていない。 
 弱い人や困っている人には、出来る限り親切にしてあげると決めたんだ。
 春になって、母さんが元気になって…それからいろんなことがあって、何年もの年が過ぎた今では、僕ももう小さい子供じゃなくなった。背ものびたし、街のお店で手伝いをして働ける年齢にもなったから、もう僕はただのチビじゃない。もうすぐ大人になって、一人前に稼いで母さんを助けてあげられるようにもなるだろう。
 
 それでも時々、ふっとあの時の事を思い出す。
 そんな時、僕はとても不安になって、どうしても後ろを振り返ってしまう。

 背中から、例えば足音が響いてきて、"蛇"があの通る声で僕に呼びかけてくるんじゃないかと思うと、たまらなく不安になる。
 きっと、そんなことは起こらないだろう。
 もう何年も前の昔のことだから。そんな昔のちっぽけなことで、追ってくる筈ないとわかっているんだ。
 だけどそれは、あいつが本当に人だったらの話だとも思うんだ。
 もしも"蛇"がやっぱり本物の悪魔だったら? その時は、いつでもあいつは僕の背後にあらわれて、冷たいあの声で笑ったり出来るだろう。
 誰かに聞かれたら、悪魔なんて御伽話の中にいるだけだって、大人なんだから僕はそう答えると思う。
 でも僕は、あの時"蛇"がどうして僕の名前を言いあてたのか、わからないんだ。

 誰にも言えないことだから、誰にも打ち明けた事はないけれど。
 ただ、この世には人のふりをしている悪魔がいて、そいつは話しているだけで心の中を読んでしまうのだと、僕はよく知っている。
 だから、みんなも気をつけて欲しい。金色の眼をした"蛇"を見たら、そいつは人の姿をした悪魔だってことを。悪い事をした魂なんて、そいつにかかればすぐズタズタにされて、どこかの冷たい闇の中に引きずり込まれて終わってしまうんだ。
 それは童話よりずっとずっと怖いことなんだよ。
 だってこんなに何年もたった今でも、僕はまだあの"蛇"の声を忘れることが出来ずにいるから…。



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