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- 7℃ - 2009年11月30日 (月) 01時11分
子供の頃、怖かった話 あるいは大佐好きな貴方に100の質問
僕がまだもっと小さい子供だった頃、町は今よりもっと灰色で暗い色をしていた。 僕が生まれる前から始まった戦争はずっと続いていて、どの町からも誰かが兵隊になって出征し、そのまま何人かは帰ってこなかった。 僕の父さんも、戦場へいって帰ってこなかった。 母さんは病気がちで仕事も無くて、食べるものも着るものもない狭いアパートの部屋で、僕と二人、肩を寄せ合って震えていることしか出来なかった。
その日、僕はおつかいにいった街角で、そいつに出会ったんだ。 ずっと通っていた薬屋から、もうお金がなければ薬は出せないと言われた帰りだった。 戦争で物の値段が上がって、特に薬とかはすごく高くなってしまったから、もう後払いの安い薬は売っていられなくなったと言われて、僕は本当に途方に暮れていた。 だってもう冬が来るのに。 母さんは調子が悪くて、青い頬をしていて、家にはパンと水みたいなスープしかないのに。 灰色の空の下で立ちすくんでいると、ふと耳に飛び込んできた話し声があった。 近くの肉屋の店先で、たった今、若い男が注文をしているところだった。 「…香草入りソーセージ3ポンド、あと骨付きの上肉を同じだけ、それで全部だ」 ふりかえると、灰色の服を着た男が包みを受け取って、歩き出すのが見えた。 (…たぶん軍人だ) よく見る軍の制服とは違っていたけど、冷たそうな横顔とか、声とかで僕はそう思った。 歩き出した時、片足を少しだけひきずるように見えたのと、包みを重そうに抱える腕があんまり強くなさそうなのを見て、僕はとっさに駆け出して後ろからそいつに体当たりを食らわした。 思った通りによろけたそいつの手から、包みをひったくって…色のついた眼鏡が跳ねとんだけど、かまわずに逃げだすつもりだったんだ。でも、あとちょっとのところで上着を掴まれてしまった。 「小僧、貴様ッ…」 「知らないよ! どけッッ」 僕は必死で、その手を振り払って逃げようとしたんだ。 相手は思った通り軽くって、大人のわりには力も無かったから、諦めずに暴れ続けた。 色付き眼鏡がずれたそいつは、見た事もない金色の目をしていた。 薄い茶色とかそんなのじゃなくて、毒蛇みたいな本当の金色で、思わず背筋がゾッとしたんだ。 「どけよ! 手を離せッ、これは持って帰って母さんに食べさせるんだ!」 「ふざけるな! 私だってこれは持って帰って…アウ痛ッ、この小僧め!?」 顔に平手打ちして来た右手首に食いついてやると、左側から凄い早さで喉を狙って手が伸びてきたけど…。 「あれ! ムスカだ、びっくりしたなあ、何してるの?」 先の路地から、ひょいと出てきた大男が、なんかやたらのんびりした声でそう言いながら現れた。 もうダメだって、僕は思ったんだ。だってこっちは見上げるくらい肩の広い大男で、捕まって殴られたらもうお終いに違いないんだ。 ああどうしよう、僕が町で泥棒して捕まったのが知れれば、優しい母さんはどんなに悲しむだろう! 「ムスカ。その手、大丈夫?」 「や、私は別に…」 色付き眼鏡をかけ直した"蛇"は、どうしてか急に僕から少しだけ体勢を離して、視線を泳がせた。もちろん肩を掴んだ手はちっとも緩まなかったけど、なんて言うか、子供相手に急所を狙っていたのはあまり知られたくないみたいに感じた。 「とにかくこいつはコソ泥だ。見逃しては為にならないから、さっさと突き出そう」 うなだれた僕の目に、涙があふれてきた。 「うん、そうだね。君、名前は?」 怖くて喉が詰まったまま、僕はただ頭をふった。 「あのね、持って帰ってもこれは骨付きだから料理するのがけっこう大変だよ。ああそうだ! こうしよう、シチューにしてあげるから、それを持ってお母さんに届けるといいよ!」 「ちょっと待て、君! 私は反対だぞ!?」 「だってムスカ、骨付きは時間もかかるし…」 「そんな話をしているんじゃない! このチビは警察にまかせようと言っているんだ!」 「警察だってこんな小さな子を預けられても困るだけだよ。それに君だって、せっかくの休暇なのに本当にそんなところで時間を潰したいわけじゃないだろう?」 「…警察と言ったのは言葉のあやだ! 私はつまりこのチビに、悪事が二度と出来なくなるよう身に染みる程度に殴ってから、さっさと放り出せと!」 「うーん、さっき、そういう風には言っていなかったみたいだけどなあ」 「今、言おうと思ったッ!!」 「いいから、いいから」
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