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[160] ある青年の悩み
774 - 2009年02月22日 (日) 22時29分

青年は窓の外を見ていた。
外に用事がある訳ではない。見飽きるほどの雪がそこにはあった。
遠い異国には、雪の降らない冬があると本で読んだことがある。
しかし、青年はこれ以外の冬景色を見たことなどなかった。
いくつもの別荘を渡り歩いてみたが、一番南にある別荘でも冬になれば寒いし雪は積もるものだ。
青年は裕福な家庭で育ったのだが、本人にはあまり自覚がない。
何故なら青年の周りには似たような境遇の者ばかりであるからだ。
だから、という訳でもないのだろうが、国の外へ出たことはなかった。
物に不自由している訳でもないし、国内で手に入らないような欲しい物がある訳でもない。

青年は、あ、と口を開いて手を打った。
手に入らない物と言えば「雪の降らない冬」くらいのものであろうか。
窓の外を見ると、若い制服組が山ほど荷物を積んだ軍用のソリを引くのが見えた。
青年は頬を指で掻き、軽く首を傾げた。
(あれ?雪が降らなかったら、サンタクロースはどうやってプレゼントを運ぶんだろう。)

北国は雪が積もる間、戦争を行わない。
この国は今日も、平和である。

[161] ある青年の悩み2
774 - 2009年02月22日 (日) 22時30分

青年のいる環境は、大きく変わったことがない。
士官学校を出てからも、上司として出会うのは父や伯父たちのような軍人や政治家ばかり。
偉そうな年寄りの相手をすることにも慣れているから、緊張することもない。
若くして出世したという司令についたこともあったが、その司令は親友の兄だった。
ついうっかり昔の口調で話しかけて怒られたが、その程度の関係だ。
対人関係で面倒だと思うことは多々あるものの、苦労するという感覚はない。
せいぜい実家を出てから金の遣り繰りが大変になったくらいだろうか。
(ヤバイ。給料日まであと1週間もあるのに!)

しかし今の上官につくようになってからは、少しだけ環境が変わったのかもしれない。
上官は異国からの亡命士官だ。
上官の連れてきた部下2人はとても偉そうな態度をとっているが、この国における階級は青年よりも下である。
一人は祖国の士官学校を出たのかもしれないが、もう一人は叩き上げの軍人だと聞いたことがある。
青年はいわゆる「叩き上げの軍人」と同じ所属になったのは初めてだった。
青年にとって見たこともない「異国」がそこにあった。
(あ。そういやボスの国って、冬に雪が降らない国だったりするんだろうか。)

[162] ある青年の悩み3
774 - 2009年02月22日 (日) 22時30分

ある日のこと。
上官と2人が、彼らの母国語で話しているのが聞こえた。
彼らの祖国は隣国ではないので、青年はその言葉を流暢に話すことはできない。
細かいニュアンスとか、丁寧な表現とか、その辺りさえ気にしなければある程度は理解できる。
それにしても何故、彼らはわざわざ母国語で会話をしたのだろうか。
(俺に聞かれたくないってこと?)
青年は少し残念に思いながら、聞こえなかった振りをして通り過ぎようとした。
しかし、上官がチョイチョイと手招きをしたのに気づいて嬉しくて駆け寄る。
聞いてみればそう大した内容ではなかった。
外に聞かれたくない打ち合わせだったらしいのだが、青年は自分が「内」に入れられていたことを喜んだ。

そんなお気楽に見える青年にも、最近悩んでいることがある。
(あーっとそうそう、そうだよ。悩んでいるんだよ。今ちょっと忘れてたけど!)
――悩んで、いるらしい。
というのは。

上官とその部下2人は、祖国に帰る日が来るのだろうか。
もしくは青年の国を出て、さらに違う国へ亡命することがあるのだろうか。
そしてその時、自分は上官に呼んでもらえるのだろうか、ということだ。

(「君の力が必要だ」とか、「君も一緒に来てくれないか?」とかって、さ!)
様々な思いを巡らせて盛り上がっている青年には悪いが、彼の上官がその様な事を口にすることはないだろう。
もしも何かに血迷って青年を誘うことがあるとすれば、
「君も来るかね?」
と素っ気なく言うだけに違いない。
ああ見えて、中身は悪名高き毒蛇。中々に狡猾なのである。

[163] ある青年の悩み4
774 - 2009年02月22日 (日) 22時31分

青年は腕組みをした。
部下の2人は、上官が誘って連れてきたのだろうか。
(「君たちの力を貸して欲しい」とかって?)
そう思うと、少し嫉妬しないでもない。青年は窓の外を眺めて小さなため息をつく。
(でもあの2人だとさ、なんかボスを追って押しかけてきたっぽく見えるんだよな。)
こう見えて意外に鼻が効くようだ。犬に例えられるのは伊達ではないのかもしれない。
(俺、どうしよう?)
青年はため息で曇った硝子に指で落書きをして、さらに深いため息をついた。
(もし、誘われちゃったりしたら、さ。)
青年は自分が一族の中でいくら「いなくなっても問題のない」立場かは知っている。
しかしだからといって亡命が許されるとは思わない。
亡命が周知のこととなれば、一族もタダでは済むまい。
道楽息子と呼ばれていても、その程度の常識は持ち合わせている。
(それは流石にマズイ、よなぁ。)
ただの無名の人間ならまだしも、青年のような境遇で亡命というのは、多大なる覚悟と犠牲が必要なのだ。
(何か良い方法はないかなぁ。)

青年はぼんやりと考えを巡らせる。
(行方不明……は昔、大変なことになったからやめとこう。)
青年がまだ子供で、今と同じ悪友で集まって秘密基地で寝泊まりしたときのこと。
塹壕跡に皆でお菓子を持ち込んで遊んでいたら、楽しすぎて時間を忘れている内に眠り込んでしまった。
家に帰らなかったのはたった一晩のことなのに、軍の若い兵士達を総動員しての大捜索が行われたのであった。
(ま、しょうがないよね。)
青年も友人達も、いわば「要人の子息」なのだから。
もう一日見つかるのが遅れていたら、政府を巻き込み新聞沙汰の大騒動になっていたことは想像に難くない。
(だからって、死んだフリをするのはちょっと遣り過ぎだよなぁ。)
両親を悲しませてしまうだろう。
(それに、アイツらにはホントのコト、隠しきれそうにないし。)
悪友達の顔を思い浮かべる。
もし本当に青年が死んでしまったのなら、彼らは心の底から悲しむことだろう。
しかし嘘の葬儀と知っていれば話は別だ。
青年が息を止めて神妙な顔で横たわっていても、棺に花を入れる振りして鼻の穴に突っ込むくらいのことはやりかねない。
(うん、アイツらならやる。)
青年は棺の中の自分を想像した。
鼻に、口に、耳に、脇に、下手したら股間にも、突っ込んだり挟んだりできるところに花が咲き乱れることになるだろう。
(やっぱり無理。)
そうなる前に悲鳴を上げて飛び上がってしまうに違いない。

[164] ある青年の悩み5
774 - 2009年02月22日 (日) 22時36分

「あーっ、もう。一体どうしたら……!」
頭を抱えていると、外からはやけに賑やかな声が聞こえてきた。
「あっ!!ヤバイ!忘れてた!!」
青年は外套を引っ掛けると、そのまま全力で駆け出した。

外では軍事演習という名の雪合戦が始まっている。
悪友達でと敵味方に分かれての合戦だ。
負けたら罰ゲームが待っている。
今回の罰ゲームは、食堂で勝者が指定する「恥ずかしい話」をさせられるとかいう内容の筈だ。
きっと青年に指定される「恥ずかしい話」というのは、アレであろう。
(ボスの制服をコッソリ借用して着てみようとしたら、ズボンをはく前にあの2人に見つかってとっちめられたことを人前で話すなんて!!)
青年は遅れた分を取り戻すべく、雪玉を握りながら気合い十分に参戦した。


もしも上官に誘われたなら。
青年は一つだけ、その上官に尋ねるだろう。
「新しく行く場所は、冬に雪が降りますか?」


――この国は今日も、大変平和であるようだ。



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