[149] 十年後の貴方へ |
- 774 - 2009年02月09日 (月) 22時56分
金属の扉を軽い軋みとともに開くと、合成素材の床が安っぽい光沢を放っていた。硬い足音を響かせ、一人の青年がそこを歩く。 静かだ。 青年は満足げに辺りを見渡し、そして目的の部屋を見つける。その部屋の主に関する噂とは違い、ネームプレートは丁寧に磨かれていた。薄い扉をノックしても返事はない。青年は静かに扉を開けた。そこに鍵がかかっていないのは調査済みだからだ。
部屋の中は薄暗く、一人の男が何かをしていた。 「こんにちは。」 青年の挨拶にも、男は顔さえ上げない。足音高く近付いてみたが、男は何の反応もしなかった。いくら招かれざる客であるとはいえ、あまりの態度である。青年は男の正面に立った。 「博士。貴方はムスカという男を、覚えていますか?」 男は真剣な眼差しでフラスコの中の透き通った液体を見つめているだけ。徹底的に無視を決め込んでいるかのようなその様に、青年は少し苛立った。 男の手からフラスコを奪う。 「あっ。」 初めて男が声を出す。そしてようやく目の前の存在に気付いたかのように、男が青年の顔を見た。無遠慮な程に青年を見た後、ようやく男は視線を外し扉を開ける。 「おおい、誰かいないか?」 しかし廊下から、人の来る気配はなかった。 「誰もいませんよ。」 フラスコを置くと背後から声を掛け、そして口元を歪める様にして笑う。普段は人の多い研究所が、今日だけは誰もいない。男と、そして自分を除いて。偶然ではない。そう仕組んだのだ。いつからこのようなことが朝飯前になったのだろう。青年は男の瞳を見て口元を歪めた。
青年は思い出す。ようやくここまで来た、その長い道のりを――
|
|