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[121] 航路、空への電信
774 - 2008年05月29日 (木) 00時07分

【注意事項】

登場人物多数のため、オリキャラの名前&階級等を使っています。苦手な方はご注意ください。
 若博士:ヴァルター・マイスナー技術少将
 老博士:ヨハン・ガドリン技術伍長
以下の人物は特定の呼称を使います。(しかもスレでのイメージとは別人です。)
 J君:特務のコードネームで呼ばれている設定で「J」
 S君:制服軍人
 兄ちゃん:漁師、民間人

[122] 航路、空への電信1
774 - 2008年05月29日 (木) 00時09分

ティディス要塞を出て、数時間。
ゴリアテでラピュタへ向かう航行の途中、ドッキングした小型飛空艇から数人が乗り込んできた。

「大佐ぁ、二人のセンセイ連れてきましたけど――本当に、間違いありません?」
“J”とコードネームで呼ばれている特務所属の若い部下が、黒いコートを翻しながら訝しげに尋ねる。
その背後では、ムスカと同じ年頃の男が風に白衣を煽られてよろめいた。
「おっと、大丈夫ですか?」
ドッキングの応援に来た制服姿の軍人がそれを支えた。支えられた男は礼を言うでもなく、何やらフンフンと頷いている。
「どうした、高さに怖気づいたかね?」
折り畳んだ白衣を小脇に抱えてた老齢の男が冗談めかして尋ねると、声を掛けられた男がニコリと笑う。
「これでは歩き難いね。」
ぞんざいな言葉遣いを咎めるでもなく、老齢の男は微笑んだ。
「風速80m/sで接続しても壊れないように計算したんだけれどなぁ。今の高度なら25m/s程度だろうから、と。うん。」
連絡橋とは人間が歩いて渡るものだということをすっかり忘れていたらしい。随分頑丈に作ったようだが、そんな猛烈な風の中、連絡橋に出ようなどという人間はいない……と思いたい。
いや、そもそもそんな強風の中でドッキングを試みる度胸と腕を持つ操縦士などいないだろう。

「ようこそ。」
ムスカが笑みを湛えながら二人を迎える背後で、Jは黒服の先輩達に尋ねた。
「ガドリン博士はわかるんですけどね、もう一人のヒト、本当に博士なんです?」
二人は顔を見合わせると、困ったように苦笑した。制服軍人に支えられて歩く若い博士とやらは、ムスカの挨拶にも応えずゴリアテの外皮や連絡橋ばかりに夢中のようだった。まるで飛空艇を初めて見る田舎者かのような落ち着きの無さである。
「本当だ。マイスナー博士は――。」
このゴリアテの設計には博士の提案が多数採用されているし、大佐よりも階級が上だ。そうは見えないけれども。二人がそれを説明しようとした時、博士の後ろにいたもう一人の人物が、これまた不審な行動をとっていた。
「うわぁ!さっきまでの飛空艇も凄かったけどさ!これはまた、えらく大きいなあ!」
興奮してあたりを見回し、その都度大声を上げては騒いでいる。高度があるため気温が低く風も強い。体感温度は零下の筈だ。にもかかわらず、袖の無い下着のような服からは筋肉質な腕がはみ出していた。
「あれは、何だ?」
黒服の二人が呆れた様にJを見た。Jは肩を竦めて首を振った。
明らかに民間人である。そしてこちらは本当の田舎者らしい。ムスカもそれに気づいたようで、明らかに警戒した表情で睨み付けた。
「君は誰だ。何故ここにいる。」
「あー、えっとですね。マイスナー博士に付いてきちゃったといいますか、その、ですね…。」
事情が分かっていない民間人の代わりに、Jが諦め顔で説明を始めた。元帥府へ行っていた博士が今度は海へ出ていて、彼の船に乗せてもらっていたのだという。鉱山の次に海とは単純な様だが、なんでも元帥府で聞いた新種のイカが発光するときに出す成分を実験に使いたいのだとか何とか。博士を迎えに来た飛空艇を見て、彼が乗りたいと言ったところ、マイスナー博士が気軽にいいよと返事してしまったものだからこういうことになったらしい。
「あの。俺は漁師やってる――。」
名前を名乗ろうとして慌てて姿勢を正したらしいが、軍人並みなのは体格だけだ。足の揃え方も手の位置も、指摘しようとすればキリがない。ムスカからの刺すような視線にいたたまれなくなったのか、彼はこそこそとヴァルターの隣へ移動した。
「なぁ博士、アンタいつもこういう所で働いてるのか?」
男がヴァルターの白衣の裾を摘んで軽く引っ張っている。
「僕は動いている飛空艇に乗るのは初めてだ。」
答えながらもその視線は飛空艇に釘付けである。ヴァルターは飛空艇に深く関わってはいるものの、搭乗は初めてだった。むしろ人攫い…ではなく、優秀児引き抜きに行っていたガドリン博士の方が搭乗回数は多い。
「飛空艇なら、学校から軍へ引き抜かれた時に乗せられたのではなかったかね?」
ムスカがヴァルターに尋ねたが、それに答えたのはガドリンだ。
「ああそうか、君はそうだったな。しかし彼の故郷は首都内なのだよ。」
故郷から本部まで、歩いて行ける距離なのだという。ムスカはそれを初めて知った。
「都会生まれだからな。君には、山も海も楽しかっただろう?」
まるで子供の夏休みだ。ガドリンに微笑まれ、ヴァルターがニコリと笑って頷いた。
「そっか、それで海を見てあんなに喜んでいたのかぁ。」
漁師もニッコリと笑うと、ヴァルターの頭を撫でた。
恐らく彼はヴァルターよりも若いのだろうが、そういう事を気にする人間はここにいないらしい。

ムスカが状況を持て余し気味なことに気付いた黒服二人が、話題を変えようと焦る。
「例の優秀児プロジェクトでガドリン博士が大佐を引き抜かれたって話ですけれど。」
「見出したのは学校だ。しかしこれほどの人材に恵まれた年もなかったよ。」
ムスカとヴァルター、同い年の二人を引き抜いたのは他でもないガドリン博士だ。大佐と少将に比べれば、彼の地位は伍長止まりと低過ぎる。しかし、優秀児制度とはそういうものだ。
「それにしてもだ。まさかここに、ワシまで呼んで貰えるとは思わなかったよ。」
ムスカは初めガドリンが心中複雑なのではないかと思った。尊敬する師がとうとう出せなかった答えを、ヴァルターがいとも簡単に出してしまったのだから。しかし、ガドリンは答えが出たことそのものを純粋に喜んでいる様子だった。そういう意味では、彼も純粋な研究者なのだろう。
「先生がいらっしゃらなければ、こんなにも早くラピュタへ辿り着くことはできませんでしたよ。」
世辞など無用とばかりにガドリンは手を振った。しかし、降ってきたロボットの話、ラピュタを探す特務機関の話、ゴンドアに住む王族の情報と、ガドリン自身が思う以上に功績は多い。ムスカは本心からそう思っていた。

[123] 航路、空への電信2
774 - 2008年05月29日 (木) 23時42分

「どうぞこちらへ。」
制服軍人による先導の下、ゴリアテの中を進む。彼と同じ制服に身を包んだ軍人が数多く働いている中、様々な格好をした一行は異様に目立った。ムスカの茶色いスーツ、特務機関の揃いの黒服、マイスナー博士のくたびれた白衣、ガドリン博士のグレーのスーツ、そして田舎漁師のランニング。あからさまな視線を浴びても気にしない彼らの肝の太さに、艦内を案内する制服軍人は複雑な笑みを堪えるのが精一杯だった。

珍客を隔離――いや、賓客をもてなすべく用意された部屋で、彼らはティータイムと洒落込んだ。機内では酔うからと酒を辞退したガドリン博士は紅茶を、マイスナー博士はいつものコーヒーを、そして恐らく機内唯一の民間人はコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れて飲み干した。異様な光景ではあるものの、軍用機にあるまじき優雅さだ。窓の外に流れる雲を眺めながらコーヒーを冷ますヴァルターに、ムスカは安らぎさえ覚えた。自覚こそなかったが、どうやらラピュタに近付くことで興奮していたらしい。目を細めて同じコーヒーに手を伸ばすと、ゆっくりそれを口にした。

彼らの乗ってきた飛空艇を切り離したゴリアテは高度を上げ、やがて雲を抜けた。海賊艇が近くを飛び回っているらしいが、障害の数にも入らない。ハエ同然の存在だ。管制室へ戻ったムスカは、飛行石を置いた羅針盤ごと彼らの部屋に運ぶよう指示した。敬礼で返した制服軍人がそれに従う。ムスカは展開についていけない様子のモウロ将軍を見た。
「どうです閣下。閣下も同席されては?博士の話は実に興味深いものですよ。」
口角を上げると、眼鏡をずらし裸眼で射抜く。
「まぁ、閣下が話の内容を理解できれば、ですがね。では失礼。」
足音高く立ち去る背中を見送りながら、将軍が羅針盤を持つ部下の腕を肘でつついた。
「お前は解るのか?」
部下は慌てて首を振った。
「まさか!」
付いてくるべき足音が無いせいか、ムスカの苛立つ声がした。
「何をしている。早く運びたまえ!」
「はっ!」
制服軍人が慌てて返事をすると、お前はどちらの部下なんだと将軍が怒鳴った。

結局モウロ将軍は部屋まで付いてきた。
ゴリアテの仕様書を前に嬉々として改良点を書き加える若い博士と、それを見守る老いた博士、場に慣れたのか妙に寛いでいる漁師。困り顔の黒服達は戻ってきたムスカの姿に安堵の息を漏らそうとしたが、背後のモウロ将軍を見ると慌ててそれを飲み込んだ。

制服の軍人が恭しく羅針盤を置くと、最初に反応したのは意外にも漁師だった。
「へえ、宝石かい?綺麗なもんだね。」
ガドリンはその紋章に気付くとムスカを見て、感慨深げに溜め息をついた。
「これが飛行石か。」
あらゆる角度から羅針盤の中を覗き込むと、また深く溜め息をつくのが見えた。

ヴァルターはしばらく石を見つめていたが、制服の軍人にルーペをくれと手を出した。困り顔の彼がヴァルターの荷物を広げてあれこれ探していると、ヌッと手が伸びてルーペを奪い取る。その上、羅針盤を覆うガラスのケースを指でつつくと、邪魔とぼやいた。
「出してくれる?」
躊躇う制服軍人の代わりにムスカが石を取り出すと、ヴァルターの掌に置いた。石の部分を摘まんで右手のルーペでしげしげと観察した彼は、感心したように微笑む。
「これは実に良く出来た回路だね。うん、うん。――あぁ、酸化しないように表面の処理もされている。」
そのまま石を放り出すと、先ほどまでゴリアテの改良点を書きなぐっていた紙を引っくり返すと、裏に何やら書き始めた。
「何か気づいたのかね?」
興味深そうにガドリンがその手元を見ると、電子回路が書かれている。
「ふたつの回路がある。ひとつは外部発信用の簡単な回路。
 もうひとつは、特定の信号をもってこの石にパルスを与えるための回路だね。
 僕が作ったものと同じだ。」
その表情は面白くて堪らないという様子が溢れているが、口にした言葉は恐ろしいものだった。
「ふむ、これは面白いね。こちらの回路は、二種類のパルスしか発しないように作られているよ。」
ムスカだけがその意図を解して、表情を強張らせた。

以前彼から聞かされた事を思い出す。
飛行石に影響を与えるパルスは二種類。ひとつは石を共鳴させるパルス。もうひとつは、石を砕くパルスの筈だ。
「まさか!」
思わず叫んだムスカに皆が振り向いたが、ヴァルターだけはブツブツと呟きながらペンを走らせていた。部屋中の目がムスカからヴァルターへと移動する。ムスカはそれを見渡し苦笑した。ヴァルターは視線に気付く様子もなく、先ほど書き上げた回路図の横に計算式を羅列しては何やら呟いている。その内容は本来ならば外部に聞かれたくない機密事項なのだが、大した問題ではない。何故なら理解できたとは思えないからだ。
民間人だけではない。無論、モウロ将軍を含めてのことだ。将軍は話を理解しようとするのをとうに諦めたらしく、今は居眠りしてしまわぬよう目をしばたたかせていた。

[126] 航路、空への電信3
774 - 2008年06月15日 (日) 17時59分

ひと通りの話が終わったところで解散となった。将軍と共にムスカは管制室へ戻り、特務の二人がその後を追う。やがてヴァルターが嬉々としてゴリアテ内をまわり始めた。断る理由はない。彼は畑こそ違えど軍の所属であるし、ゴリアテ建造のメンバーでもある。漁師が自分もと立ち上がりかけたが、流石に民間人へ許可を出すわけにもいかず部屋に閉じ込めておく。それに付き合うかたちでガドリン博士、そしてJが部屋に残った。例の新種のイカの話をすることになったらしい。

つまらない会議を終えたムスカが戻ると、部屋は静かなものであった。ガドリンは先ほどヴァルターが殴り書きしたものを読んでおり、漁師は椅子に凭れて眠り込んでいた。Jに紅茶を運ばせ、そのまま退室させる。
ムスカもそのメモに目を走らせていたが、ふとガドリンの視線に気付いた。何故かそれが人攫いをしている時のような瞳に思える。微かに緊張を覚えながら向き合うと、ガドリンがゆっくりと口を開いた。
「君は今、何を専門にしているのかね?」
「何を、とは?」
質問の意図がわからず、聞き返してしまう。ガドリンはその様子に首を傾げた。
「確かに君は幹部になる道も開かれるだろうとは思っていたが…。
 ふむ、では君は今、これといった研究を行っていないということか。」
今も何も、軍に入って以来一度たりとも研究に携わったことなどない。ムスカがそう答えると、ガドリンが更に尋ねた。
「ならば幹部研修を終えた後、ずっと特務にいるのかね。」
「ええ。」
「特務では最初に何を?」
「暗号解析を行っていましたが…。」
ムスカは訝しげにガドリンを見た。彼の推薦で優秀児制度の対象に選ばれた。彼がムスカの特性を報告したからこそ、その道に斡旋された筈だ。もちろんラピュタ探索の為に組織された特務機関に配属されるべく、入隊後に手を廻したというのもある。しかし、それに優秀児報告を覆す程の効果があるとは考えられない。暗号解読に向いているから最初の部署に配属されたとばかり思っていたのだが、それは間違いだったのだろうか。ガドリンは、何をもって自分を推薦したのだろう。
「そうか。ふむ。」
ようやくガドリンが小さく頷いた。指で髭をつまむとそれを捻り、伸ばし、そして低い声で長く唸った。
「まさか君も気づいていないとはな。ふむ、しかし才能とは、そういうものなのかもしれん。」
テーブルに残っていた酒瓶に手を伸ばす。紅茶のカップに少し垂らすと、彼はそれを飲み干した。そして、軽く息をつく。
「そうか。そうだったか…。」
そう言うと、窓の外を眺めたまま黙り込んでしまった。

子供の才能を見出すため、まずは何の才能があるかを把握せねばならない。そして自分がその才能を測ることができなければ、その分野の専門家を呼ぶ必要がある。ガドリンが人攫いに選ばれたのは、彼が様々な分野に造詣があったことが理由だった。何が幸いするのかわからない。彼が若い頃、自分を皮肉るときに言っていた器用貧乏という特性が人攫いには向いていたのだ。
先に推薦したのはヴァルターだった。彼は特性が判り易かったので真っ先に研究職のガドリンが派遣され、すぐに判定を行った。しかしムスカはそうでなかった。実は彼の前にひとりの人攫いがムスカに会っている。報告書にはこう書かれていた。
『優秀児として申し分ない才能を持っている。
 何をやらせても期待以上の反応をみせ、学習能力はもちろん運動能力も高い。
 バランスの良い能力の持ち主であることから、幹部候補としての推薦を行う。』
一般的な優秀児の能力チェックで、ムスカはどの分野でも期待値を超えていた。しかしこれではどれに特化しているのか判定できていない。そこで人攫いの中でも見極めの上手いガドリンが派遣されたのだった。
通常、クラスに一人程度は優秀児用の問題をいくつか解ける子供がいるものだ。しかしムスカの能力に気付いたガドリンは、それを超えた問題を出し始めた。だから、クラスの誰もが解けない問題になってしまう。そう、ムスカ以外は。
その後は、ムスカ本人も知っていることだ。ガドリンはムスカと話す機会を得、そして報告を行った。
能力に気付いたガドリンは、ムスカをただの幹部候補として育てるのは国の損失だと思った。しかし彼は何でも出来過ぎる。優秀児制度の弊害で専門枠が拡大しすぎ、幹部候補が不足している今、このままでは最初の報告どおり、ただの幹部候補にされることは間違いない。そう考えたガドリンはムスカを推す際、報告書の末尾に追記した。
『また、並列計算に強く、法則を見出す能力が高い。暗号解析にも一役買うことだろう。』
彼の特性を活かせる部署でなければ、せめて彼の望む部署へ配属されることを願って。自分がつい口を滑らせてしまった特務機関への道を、彼は望むだろうから。
(そうか、幹部研修と暗号解析。そうだったのか。)
人手不足は特務の暗号解析班も同じだったようだ。だからムスカは、通常の幹部候補の訓練と暗号解読の訓練を同時に受けさせられたのであろう。狙い通りにいかなかったものの、あの追記は無駄でなかった。彼は特務機関に所属し、今まさにラピュタへと向かっている。
ガドリンは少し微笑み、そして深く溜息をついた。
(―――勿体無い。)
それはきっと、人攫いとしての性分なのだろう。首を振って打ち消すと、窓の外を見た。雲の中を稲妻が走る。ガドリンはまた微笑むとムスカを見た。彼がラピュタを追い求める理由は知っている。きっとどの部署に配属されたとしても、彼はあらゆる手段を用いて特務へ入ったことだろう。そして、ラピュタを探し続けた筈だ。ならばこれで良かったのだと、そう思うことにした。ラピュタは近い。能力を活かすのはいつでもできる。無駄なことなど、何もない。

「ところであの子は何をしているのだね?」
ガドリンが尋ねると、ムスカが思い出したように眉を寄せた。
「確かに少し、遅いようですね。」

[127] 航路、空への電信4
774 - 2008年06月15日 (日) 18時00分

制服軍人の案内のもと、ヴァルターはなんと砲門にいた。海賊ならぬ空賊がハエのようにまとわりつくのを撃ちまくるが当たらない。
「あれを狙っているの?」
背後から近づいた博士に驚いたものの、若い兵士が素直に頷いた。
「その角度では駄目だよ。それに、きちんと弾道計算をしなくてはいけない。
 いいかい?風の向きがこちらだから、もう少し左に寄せて、そう。」
計測器を見て風速を計算すると時計を手にしてカウントを始めた博士の指示通りに発射する。
「当たった!!」
轟音に兵士達が湧く。しかし博士は嬉しそうではない。
「うーん、それでは駄目だ。飛空艇をその弾一発で撃ち落とす場合はこの位置に当てる必要がある。」
図に起こして計算式を書き込みながら説明しているが、兵士に理解できる筈はない。
「それにしても今の艇は面白いね。小さい機体ならではの良い形だ。ほら、この位置がね。」
図の一点を示し、更にいくつもの計算式を書き込む。
「このように、中央を狙うだけでは崩れないようにできているんだ。
 重心をだね、こう、敢えてずらすことで――」
若い兵士は混乱するばかりだが、博士は一人で楽しげに続けた。
「今は北北西の風で速度がこう。弾の速度はこれだから、あちら向きに撃っては飛距離が――」
延々と説明を続ける博士に辟易したのか、兵士が砲門を離れた。
「撃ってみたらどうです?」
制服の軍人が驚いて制止しようとしたが遅かった。ヴァルターは嬉々として砲門にしがみ付くと、教わりながら操作した。時計の秒針で正確にカウントをとりながら発射する。
「3、2、1、……うわぁっ!」
轟音がして発射されたものの、その振動で尻餅を付いた博士を兵士が笑った。弾は博士が狙った点――の真上を通り、軽い衝撃音と共に軽く機体を揺らした程度でしかない。外れたと笑っている若い兵士とは違い、真剣な面持ちの軍人が指摘した。
「いや、当たったぞ。」
彼が目を細め、指を差す。
「機体から伸びている凧のワイヤーが切れた。機体が揺れたのはそれが原因だ。」
思わぬ成果に兵士達は笑うのを止めると、双眼鏡を奪い合った。まだ砲門の前で尻をついている博士を立たせると、彼はその成果を讃えた。
「お手柄ですよ、博士。凧には観測者を乗せていた筈ですから、今後の捕捉が容易になるでしょう。」
ヴァルターが嬉しそうに微笑んだが、どうやら褒められたことに対しての反応ではないらしい。
「この砲門は衝撃が大きく、しかも真上にずれる癖があるようだね。うん、それさえ分かっていれば改善は容易だ。」
若い兵士達は双眼鏡を取り合いながら凧の行方を追ったが、とうとう発見できなかった。ニコニコと笑いながら手元の紙に計算式を書き加えたヴァルターは、技師に渡すようにと言いつけ置いていった。もう砲門など眼中にない。

砲門を満喫した後、整備室で彼は様々な部品をポケットに入れてしまった。制服軍人はそれを止めようとしたが、相手の地位を思い出し諦めた。一介の兵士が口を出せる相手ではない。ヴァルターは近くの技官を捕まえると、いろいろな機材や部品を要求した。断られるだろうと思って制服軍人が身構えていると、意外にも技官は二つ返事で請け負った。驚く彼に、技官は頼まれた機材を準備しながら微笑んだ。
「マイスナー博士ですよね。この機体の建造時、とてもお世話になった方ですので。」
彼はヴァルターのことを知っていた。その上、一時的とはいえ彼の下で働いたことがあったのだ。
「部屋はどちらですか?量が多いので、お持ちしますよ。」
制服軍人が部屋の場所を説明すると、技官はヴァルターに対し丁寧に一礼した。狐につままれたような、そんな気になる。ヴァルターは礼も言わずに整備室を出たが、その表情は楽しげなものであった。

部屋に戻ると機材が届くや否や、嬉しそうに何かに取り掛かった。驚いたことに先ほどの技官と数名が補助に加わったので、部屋は急に大賑わいとなった。
「回路はこれで。入出力が微弱だから、導線はそっちの規格がいい。」
ヴァルターが描いた回路図を基に、技官達が着々と組み立ててゆく。
「この入力に対しての出力がこのパターンで出るようになれば完成だ。」
時折図表を指差しながら、彼が説明を続ける。不親切な説明に読みにくい文字と条件は悪いが、ヴァルターを知る技官達には充分理解できるものだったようだ。羅針盤から飛行石を取ったヴァルターが、それを様々な機材にかける。
「予想通りだ。」
嬉しそうに彼が頷くと、今度はムスカに手を出した。
「あれを出して。」
懐からハンカチーフに包まれた基盤を取り出すと、ヴァルターが微笑む。
「もうこれは要らない。」
引き換えに、飛行石を突き返される。
「どうした?」
「これは君のだから。僕のやつはもうすぐ完成する。」
受け取った基盤をいじり始めたヴァルターは、上機嫌のようだ。
「コーヒーが飲みたいな。」
彼はニコリと微笑んだ。ムスカが頷くと、黒服達が走り出した。

[128] 航路、空への電信5
774 - 2008年06月30日 (月) 01時47分

「ん、完成だ。」
ヴァルターがそういった時、丁度部屋にコーヒーの香りが漂い始めた。
「いい香りだなぁ。」
途中で目を覚ましたは良いものの、緊迫した雰囲気に口を挟めなかった漁師がようやく息をついた。
黒服達が用意した道具で、ムスカが直々にコーヒーを淹れている。Jは驚いたが、先輩の黒服達が平然としている様子からすればそれは自然なことなのだろう。改めてマイスナー博士という人物の評価を改めねばならない。何故ならあのムスカ大佐自らがコーヒーを淹れる程なのだから。
技官達にもコーヒーを勧めたが、彼らは固辞した。しかし、部屋を出ようとする彼らをヴァルターが呼び止めた。
「さぁ飲もう。ここに座るといい。」
その言葉に、彼らははにかみながらヴァルターの向かいに座る。恐縮しながらコーヒーを受け取ると、彼らは本当に嬉しそうに飲んでいた。彼らの日給よりも高いコーヒーは旨い筈だ。しかしそれに気付く者はいないだろう。味さえ感じていないかもしれない。彼らはヴァルターと同席できたことをとても喜んでいる様子だった。Jはそれを自分と大佐の関係のように思え、想像し、そして慌てて首を振った。

制服軍人と技官達が機材を運搬しながら退室すると、部屋はまた静かになった。ヴァルターはいつも通りカップを握り締めたまま眠っている。特務の3人は綺麗に並んで壁際に立ったままだ。コーヒーを飲み終わった漁師は小さな声でごちそうさまと言い、そっとカップを卓上に置いた。手持ち無沙汰な彼は、窓の外を見ながらやり過ごすことにしたらしい。
ガドリンとムスカは、ヴァルターの作った基盤と回路図を見比べていた。
「ふむ、そう複雑な回路ではないようだが…一体何に使うのかがわからん。」
ガドリンが呟いた。ムスカも同感だった。回路はガドリンが言うように、そう複雑なものではなさそうだ。以前に彼が作った基盤をそのまま嵌め込むことができるようになっていて若干かさばるが、決して大掛かりな装置ではない。大きさも手のひらに乗るほどだ。しかし、その構造は変わっていた。
「これはアンテナだろうか…。しかし一体何を送受信するつもりなのか…。」
ガドリンはもどかしそうに唸りながら、髭をひねった。ムスカは基盤からヴァルターに視線を移す。相変わらずの様子だが、その寝顔が何故か微笑んでいるように見えた。

ようやく目を覚ましたヴァルターにムスカとガドリンが説明を求めると、彼は首を傾げた。
「この回路?前に僕が作った入館装置と同じだよ。使われていないのかな?」
ムスカが息を飲み、ガドリンと片付けから戻ってきた制服軍人が首を傾げた。その横で黒服の二人が涼しい顔をしている。Jは先輩の顔をこっそり窺った後、自分も知らないという顔をした。特務に所属しない二人が知らないのも無理はない。機密保持の都合上、特務しか採用していないのだから。

特務機関には、身体装着用のチップがなくては通れないゲートがある。導入がヴァルターとの再会前であったので、彼が作ったものとは知らなかった。しかし言われてみれば斬新な装置だ。そのチップの存在を他の者に知られないよう身につけるため、特殊な形状になっているのが厄介なところではある。恐らく彼は開発しただけで、実際に使用するタイプは特務所属の研究所が加工したのだろう。

「あれはね、チップに一人一人の番号を入れているだけなんだ。」
入館するときに守衛が身分証と顔の確認を行う。その裏でもう1人の守衛が、ゲートを通る者の身体から出力される信号を読み取っている。以前他国のスパイが入ろうとして同じ顔に化け、盗んだ身分証を提示したまでは良かったが、身体から信号の出力がないために御用となった。彼は未だに何故自分が偽者と判明したのか気付いていないだろう。
「基本的な仕組みは同じでね。あれより出力を弱くして、信号を君のやつと合わせただけだ。」
彼は回路図のアンテナを示すと、ここで情報の送受信を行うのだと説明した。
「外から受ける電波で電力を生成する。だから前に作った基盤と違って、電源は要らない。」
前に作った基盤は飛行石の微弱電力を使うと言っていた。そしてこれは電源を必要としない。ならば2つの基盤を合わせたものは、これだけで完結した装置となりうるのだろう。
「君のやつは凄いよ。石の表面に、これだけの回路を組み込んでいるんだから。」
研究所に戻ったら集積回路の研究を進めることにしよう、と言って彼は微笑んだ。
窓から一筋の光が差し込む。ムスカは手で光を遮ると、外を見た。

稲妻が並び、雲が割れる。
その先には、晴れ渡る空に浮かぶ島。

ラピュタが、見えた。

[129] 航路、空への電信6
774 - 2008年07月21日 (月) 20時16分

ベルが鳴り、接地準備体制が敷かれる。到着地が陸上とは異なるため、随分と勝手が違うのであろう。軍人達が緊張した面持ちで走り回り、怒号が飛び交う。ヴァルターの提案した新型連絡橋がラピュタへと伸び、ようやく接地に成功したときは歓声と手を打ち鳴らす音が聞こえた。

軍服を着た兵士達が整然と隊列を組んで上陸を果たす。彼らはは石畳の上で整列し、点呼を取る。ムスカ達はそこに留まらず、先へと進んだ。しかし点呼を終えた兵士達が、駆け足で彼らを追い越してゆく。ムスカは苦い顔でそれを一瞥したが、直ぐに涼しい表情を装った。

ラピュタはまさに天空の城といえた。楽園かの如く、花が咲き乱れ、鳥が囀る。暖かな日差しが、その全景を鮮やかに照らしていた。ついに御一行様付きとされてしまった制服軍人は、苦笑に近い笑みを浮かべながらそれを眺めた。漁師は何度となく足を止め、その度に感嘆の声を響かせ、そして置いて行かれまいと必死に一行を追いかけてくる。

美しい光景も束の間。モウロ将軍の指揮の下、兵士達が本殿の財宝をかき集めるのが見える。様子を目にした一同は足を止め、言葉を失った。
「馬鹿共には良い目晦ましだ。」
ムスカが吐き捨てるように言った。
彼から見たそれは、ラピュタの本当の価値を知らぬ愚か者の行動に他ならない。科学力、技術、戦力。比類なき力を秘めたラピュタの真髄は、その奥にある。表面を飾り立てる財宝など、虚構に等しい。しかしガドリンは眉をひそめて溜息をついた。
「浅ましいものだな。」
財宝の価値はよく知らないが、歴史的価値もあるだろうと思う。彼はその光景から視線を逸らし、また溜息をつく。
「酷いよなぁ。せっかくこんな、綺麗に作ってあるのにさ。」
漁師がガドリンに同意すると、ガドリンが振り向いて頷いた。
制服軍人がその遣り取りを複雑な表情で見守っていると、ヴァルターがその腕を引っ張った。
「ねぇ君。あの金、後で僕の所へ持ってくるように言っといてくれるかな。」
意外な人物の意外な言葉に、一行は驚いて注目した。
「全部はいらないよ。少し…そうだねぇ、とりあえず10kgくらいでいいからさ。」
控えめな言い方だが、その量はなかなかに強欲である。
「博士が金を?…うーん、ちょっと意外だなぁ。」
漁師が頭をかきながら言うと、その横でガドリンが手を打った。
「あぁ、集積回路の研究かね?」
ヴァルターがコクリと頷き、ムスカが成程と呟いた。
「金がね、一番良いんだ。加工しやすくて変質しにくい。」
彼には便利な金属という認識しかないのだろう。
「こないだ注文するよう言ったんだけど、なかなか持ってきてくれない。」
予算で苦慮する研究員たちの困り顔を思い浮かべ、特務の二人が必死に笑いを噛み殺す。
「金貨を使うと怒られるから、困っていたんだ。」
ガドリンが笑い出すと、釣られて特務の二人が吹き出した。金を熔かしてハンダのような使い方をするのは彼くらいであろう。
「そういやウチでもやってたなぁ。ホント、もったいないことするよ、博士は。」
漁師は熔かした金貨を何に使っているのか解っていないようだ。彼はいい。しかし制服軍人にこれ以上の情報を与えたくはなかった。新しく作ろうとしている集積回路とやらの構造を話し始めたヴァルターを遮る。
「後でいくらでも運ばせる。だから今は先に進むぞ。」
ムスカはそう言うとまた歩き始めた。
「わかった。」
ヴァルターは素直に頷き、ムスカに続いた。どうやら話題を打ち切ることに成功したらしい。
ムスカは制服軍人を見た。ただの軍人だと思っていたが、妙に察しが良くて機転が利く。このままこちら側へ引き込むのでなければ、危険な存在に成りかねない。引き込むべきか否か。観察するのも悪くないだろう。

一行が歩くのを再開してすぐのことだった。まるで迷子のような二人が視界に入る。彼らは遠くを指差すと、なにやら騒ぎ始めた。その視線を追うと、ゴリアテの傍に小さな飛空挺が捕らえられていた。彼らはあれに乗ってきたのかもしれない。
制服軍人が少し驚いた顔で彼らを見ると、あれの凧か、と小さく呟いた。

一行の気配を感じ取ったのか、少年が少女を庇って身構えた。
「シータ!逃げるんだ!!」
その名に聞き覚えがある者が、ムスカを見た。
「彼女か?」
ムスカが頷くと、その者が前に進みだす。
「シータ君。君は、ゴンドアの谷の子だね?」
逃げ出そうとしていた少女の足が止まった。
「そうか、あの時の子が、こんなに大きく…。」
少女が振り返り、その者を向く。
「先生…?ガドリン先生!?」
「そうだ。まさかワシの名を覚えていたとは…。」
その後の少女は素早かった。一直線にガドリンへ駆け寄ると、その胸に顔を埋めて大声で泣き出した。
少女を庇っていた少年は予想外の展開に戸惑い、動けなくなった。
「何だよ、どうしたっていうんだよ。」

[130] 航路、空への電信7
774 - 2008年07月21日 (月) 22時54分

「今もあれを使っているの。先生の作ってくれた板、大切にしているの。」
「そうか…。」
ガドリンは思い出していた。あの谷での出来事を。
計算ができないために騙されて、二束三文でヤギやらヤクのミルクを買い叩かれそうになった夫婦。一宿一飯の恩義という程のことでもないが、彼は板の一面に文字を書き、もう一面にカップや瓶の絵を描き硬貨を貼り付け、ミルクの値段表をつくったのだった。
夫婦は大変喜んだ。商人相手に売るときは文字の面を見せ、自分達はその裏側、硬貨の面を見て数えれば良い。文字の読めない客の場合は、一緒に硬貨の面を見て数えれば良い。
妻の母親は夫婦の単純な喜びとは違い、ガドリンに対して深々と頭を下げた。ガドリンは気付いていた。この老女が、とても聡明であることに。文字の読み書きも、計算も出来ない。けれどこの老女だけは、それらを持たなくても充分であると思えた。彼女は孫娘に様々な昔話をしているという。気の遠くなるような長い時を、口承だけで伝えていく物語。それを伝え得る力を持つ者。それが老女なのだろう。

目の前にいる少女は、彼女の母親よりも祖母に似た瞳をしていた。
「お祖母様はご健在かね。」
「いえ。」
「ご両親はどうなさっているかね?」
「いいえ!」
胸に顔を埋めたまま、少女が涙ながらに首を振った。
「そうか。そうだったか…。」
少女の背を優しく叩くと、彼女の泣き声が緩やかになってきた。
“あの板を使っている”と彼女は言った。それだけで判る。彼女が本当に苦労してきたと。文字を読めるのならば、紙に書いてポケットに入れれば良い。計算ができるのなら、それすらも不要だ。未だに読み書きも計算もできないからこそ、ガドリンの書いたあの板を必要とするのだ。当時のことを覚えていないだろうに、ガドリンの名を覚えていたのはきっとそのせいだ。たった一人になった彼女が、あの大きな板切れを抱えてミルクを売りに行く姿を想像した。
「苦労したろう。」
彼女はガドリンの胸で大人しくなった。ガドリンは眉間の皺を深くしたまま、感慨深く目を閉じた。

ムスカはガドリンを見る。彼は善人というより凡人である。面倒見が良いのは、相手に興味がある場合だけだ。人攫い時代のように。少女が何を思ってしがみ付いているかは知らないが、少なくともガドリンは彼女の思うような人間ではない。彼女が追われる理由は他でもないガドリンが作ったし、今も彼のおかげで少女が逃げ出す恐れが無くなった。誤解はそのままにしておくに限る。ガドリンを呼んだことによる副産物に、ムスカは口元を緩めた。

一方、捨て置かれている少年は、噛み付かんばかりの様相だ。
「何を企んでいるんだ!」
Jがロープを手にして特務の先輩を伺うように見る。黒服の一人は困り顔で首をすくめた。
「ラピュタを使って悪いことをしようとしてるんだろう!お前なんかにラピュタは渡さない!!」
ムスカに飛び掛ろうとした少年の身体を、漁師が軽々と受け止めた。
「何があったかは知らないけどさ、人の事をそんな風に悪く言っちゃいけないな。」
軍人でない、人の良さそうな男がそういうものだから、少年は面食らっていた。

ようやくガドリンから離れた少女が涙を拭いて少年に向かう。
「ガドリン先生だもの、大丈夫だわ。」
飛び上がって驚く少年に、少女は毅然と言い放った。
「だって先生が一緒だったら、間違いないもの!」
根拠はミルクの値段表。一枚の板切れに過ぎないそれを、彼女の家ではもう10年も使い続けている。確かに彼女はガドリンが家に来たときのことを覚えてなどいない。しかし、この板を使う度に両親がガドリンの事を話してくれた。祖母が話してくれた。だから、覚えていなくても知っているのだ。彼がいかに素晴らしい人間であるかを。
「だから私、先生について行く!」
少女がそういうと、少年が渋々同意した。自分の意思でここへ来たとはいえ、きっかけは彼女だ。彼女がいなければ、ラピュタはただの夢で終わった可能性が高い。今更自分だけ別行動という事もできなかった。

「話が付いたようだな。」
金属質な壁にムスカが手をかざすと壁の一部が消え、そこに通路が現れた。
「先へ進もう。」
全員が通路に入ると、入口が閉まった。もう戻ることはできない。

手に掛けていた飛行石のペンダントを握ると、ムスカが口角を上げて先導する。
石畳とは違う硬質な足音が、通路に響いた。

[131] 航路、空への電信8
774 - 2008年08月05日 (火) 00時52分

「これは…!」
一行が足を止めた。模様の刻まれた立方体が縦横無尽に移動している。ムスカがそのひとつに乗ると、皆がそれを倣う。
「待て、押すな!」
流石に人数が多すぎた。落ちそうになったヴァルターを制服軍人が支える。
「あ…。」
遥か下に金属音が響いた。少年がポケットからスパナを落としたらしい。
「後で謝らなくちゃ…。」
乗り込んできた飛空艇の技師から借りたものだった。落ち込んだ彼の肩を、漁師が軽く叩く。
「君が大丈夫だったんだ。それでいいじゃないか。」
少年が顔を上げ、漁師を見る。彼が微笑むと、素直に自分が落ちずに済んだことを喜べた。
「ありがとう。」
少年が礼を言うと、漁師は照れ隠しのつもりか乱暴に頭を撫でた。少年も鼻の下を擦ると照れ笑いを浮かべる。

結局ふたつの立方体に別れて乗ることになった。一方にはムスカ、特務2人、漁師、少年が乗り、もう一方には少女、ガドリン、ヴァルター、制服軍人、Jが乗った。
少女はガドリンから離れそうにないし、少年は漁師にすっかり懐いている様だった。二人は仲違いした訳ではないが、それ以上の相手を見つけてしまったのかもしれない。しかしまだムスカに敵意を抱いているところは同じらしく、立方体での移動中も二人は時々窺うようにムスカへ視線を送っていた。

乗り込んだ場所から丁度対岸についたところで立方体の動きが止まった。
「この先は王族しか入れない聖域だ。」
君達はここで待てと手で合図したが、即座に従ったのは特務の部下達と制服軍人だけだ。ガドリンはその手の合図を知らなかったし、他の者は気付いてさえいない。
「王族?聖域?なんだいそれ?」
民間人が尋ねたのに、ムスカは面食らった。しかし王を持たない国の民とはそういうものかもしれない。王様などが出てくるのは、童話の世界だけだからだ。
「ここから先は入るなということだ。」
ここで頷いたのはガドリンだけだった。
「だってここまで来たら、もう引き返せないよ。ねぇ。」
漁師にいたっては、隣の少年に同意を求めている始末。さっきの敵意はどこへやら、少年もこちらを期待の眼差しで見つめていた。ムスカが何かを言いかけようとして気付く。ヴァルターがいない。

目の前の扉は既に開いており、遠くに間の抜けた歓声が聞こえた。
「いつの間に!どうやって扉を開けたんだ…!」
ムスカは少し困った表情をしたが負けずに早足でヴァルターを追った。
「待ちたまえ、ヴァルター。どこへ行こうというのだね!」
お守り役ともいえる制服軍人に連れ戻すよう命じると、やむなく全員で内部へ向かう。歩きながらムスカは懐に手をやった。飛行石がある。つまり彼は飛行石を使わずにこの扉を開けてしまったらしい。

ヴァルターを捕まえて先へ進むと、先ほどより大きな立方体があった。
「これなら皆で乗れそうだね!」
漁師が嬉しそうに言う。成り行きとはいえ、既に王族しか入れない聖域に彼らは入っていた。今更戻れとも言いにくい。ムスカは何も言わず、その立方体に乗った。すると、残りの全員がそれに続いた。まるで、それが当然かのように。

ムスカの意向を知ってか知らずか、立方体は全員が乗り終わった後に側面を光らせた。光るというよりは、側面の模様に光の粒を走らせたような反応があった。全員が乗ったことを感知したらしい。
「ほう…!」
ガドリンが目を見開く。下は床だと思っていたのだが、立方体がそのまま真下へと降りていく。
「ラピュタの中枢です。ラピュタの科学は全てここに結晶している。」
ムスカが言うと、ガドリンはさもあらんと頷いた。

立方体の移動は続く。最早、どの向きに進んでいるのかわからない。

[132] 航路、空への電信9
774 - 2008年08月05日 (火) 00時53分

ようやく立方体の動きが止まり、ムスカが手のひらの飛行石をかざすと正面の扉が開く。
「わぁ、これは凄いね!」
漁師が嬉々としてあたりを見渡す。建物の奥にも関わらず部屋は明るく、そして植物が生い茂っていた。しかしその光景はムスカにとって歓迎すべきものではない。
「何だこれは、木の根がこんなに…!」
神経質に虫を払い、植物をかき分ける。先へと進むムスカを止めたのは漁師だった。
「何をする!」
背後から腕を捕まれ、苛立った顔を向ける。
「足元、気をつけたほうがいいよ。」
言われて足元を見ると、太い木の根と一際大きな水溜りがあった。
「言われなくても分かっている。」
フンと鼻を鳴らしてまた前を向くが、虫に気をとられて足元のバランスを崩してしまった。
「しょうがないなぁ。」
漁師に身体を受け止められたかたちとなった。不機嫌にその腕を振り払い、一段落したら全て焼き払ってやる、と呪わしげに呟きながら植物を踏みしだいて前へ進んだ。
水溜りを気にせずにザブザブと歩く少年とヴァルター。水溜りを避けながら器用に木の根の上を歩く少女とJ。制服軍人は足元のおぼつかないガドリンを支えながら慎重に進む。最後尾を歩く特務の二人が顔を見合わせ呟いた。
「ウチの大佐も変わったな。」

「来たまえ、こっちだ!」
ムスカの声に、皆が歩く速度を上げた。彼は木の根の塊のようなものを剥ぎ取ると、あった、これだと叫んでいる。漁師がムスカにかわって木の根を大きく剥ぎ取ると、そこから青い光が漏れた。
「飛行石だ!」
少年が叫ぶ。
「見たまえ。この巨大な飛行石を。これこそ、ラピュタの力の根源なのだ。」
ムスカが大仰に手を広げ、その石を讃える。
「素晴らしい。700年もの間、王の帰りを待っていたのだ。」
色眼鏡のレンズに、飛行石の輝きが映っている。
「700年?」
少女は訝しげにムスカを見上げた。ようやく彼らに追いついたガドリンの手を握り締める。彼女の本能が、何かを恐れていた。
「君の一族は、そんなことも忘れてしまったのかね?」
少女を一瞥しただけで、ムスカは辺りを見渡し始めた。目的のものを見つけたらしく、彼の口角が上がる。
「伝承の通りだ。」
彼の腰の高さまである、大理石に似た質感の黒い石柱。それを両手で触れると、彼は歓声を上げた。
「読める、読めるぞ!!」
色眼鏡をずらし、彼は手帳と石柱の文字を交互に見ていた。すっかり怯えきった目をした少女が、ガドリンの影に隠れるような位置から尋ねた。
「貴方は、一体誰?」
「私も、古い秘密の名前を持ってるんだよ。・・・ルシータ。」
ずれた色眼鏡から覗く裸眼がきらりと光る。その名は、ラピュタを冠するものだった。
「君の一族と私の一族は、もともと一つの王家だったのだ。地上に降りたとき、二つに分かれたがね。」
ムスカはそう言うとまた、手帳に視線を落とした。
「そうか、そうだったのか…。」
ガドリンが呟いた。他の子にからかわれてもラピュタを信じぬくことができた理由を知った。

小さな駆動音がして、宙に映像が浮かぶ。モウロ将軍が一行の通った壁を爆破しようとする姿が見えた。
「ほう、ここへ入ろうとしているのか。いいだろう。」
片頬を上げ、指に挟んだ飛行石で石柱の文字をなぞる。
「閣下、そんなことをせずとも入れますよ。さあ。」
少し躊躇いつつも中へ入ってくるモウロ将軍達の姿が見えたことにムスカが笑った。彼らの前に自分達の映像を映す。何の真似だと騒ぐ将軍を一喝すると、ムスカが高らかに宣言した。
「君達は今、ラピュタ王の前にいるのだ!王国の復活を祝って、諸君にラピュタの力を――」
気がつくとまたヴァルターがいない。制服軍人がその後を慌てて追って行ったらしい。
「命拾いしたな。」
鼻で笑うと、ムスカは互いの映る映像を切った。
「待ちたまえ、ヴァルター!どこへ行こうというのだ!」

[133] 航路、空への電信10
774 - 2008年08月17日 (日) 21時58分

随分と探し回ると、ヴァルターは思ったよりも遠くで見つかった。飛行石の間を抜け、玉座を抜けた、その先。
最早、彼が扉を自由に開閉できることは疑う余地も無い。ムスカは少し複雑な気さえしながらその後を追っていた。
ようやく追いつくと、ヴァルターは床や壁にへばりつくようにして何やら調べごとをしていた。時々嬉々として何かを制服軍人を相手に独り言のような説明を行っている。

「これは温室かね?」
そこは、温室の中にある展望台のような場所だった。外を見るとガラスのように透明な天井が広がっており、降り注ぐ太陽の光を受けて植物が生い茂っていた。
「ここ、園丁ロボットと来たところだ!」
少年が外を覗きながら叫ぶと、少女が頷きを返した。
「上から見ると、こんな風になっていたんだ。」
絶景だった。
「ここから王は、自分の王国を見守っていたそうだ。」
高い天井を眺めると、中央の大きな木がその天井を突き破って伸びていた。
「あれが飛行石を覆っていた木か。」
憮然とした表情でムスカが呟くと、少し離れた位置から少年がその横顔を睨みつけた。先ほどの狂気に近い表情を見たせいか、少年は再びムスカを警戒していた。
しかしその頭をクシャクシャと撫で、漁師が微笑む。
「そんな顔するなって。あのムスカって人は、いい人だよ。俺は好きだな。」
人の良さそうな彼がそう言ってニコリと笑えば、少年などイチコロだ。もしかすると単細胞同士、共鳴でもしているのかもしれない。一瞬毒気の抜かれた顔をした少年だったが、首を振ると思い出したかのように口を尖らせた。
「でもアイツはラピュタを悪用して世界を支配しようと――。」
「支配?どうしてそんな必要があるんだ。いいかい?勝手な想像だけで人を悪く言っちゃあいけない。」
漁師が諭すように言う。
「だったらどうして――。」
「何故ラピュタを眠りから覚ましたのか、ということだが。」
少年の言葉を遮ったのはガドリンだった。
「科学の発展の為だよ。」
そして床にへばりついてラピュタを調べているヴァルターの姿を目で示す。
「マイスナー君。君はここラピュタを、どのように使えると思うかね?」
「使える?」
ラピュタを利用する気などないヴァルターは、きょとんとした顔で首を捻った。
「面白いかね?」
聞き直したガドリンの言葉に、ヴァルターが力一杯頷いた。
「もちろん!これは実に興味深いよ。」
ガドリンからまた視線を戻すと、彼は床に張り付いた。一行は床や壁に彼が何をしているのか理解できない。ようやく一行の視線に気付いた彼が、床を指差して微笑んだ。
「ご覧。隣の石と噛み合っていないんだよ。」
床や壁の石は全て立方体だった。それが何を示しているのだと言おうとしたとき、ヴァルターが指差した。
「ほら、ここ。全部がそうなんだよ!」
ムスカがヴァルターの指の動き通りに視線を走らせると、彼の興奮する意味が判った。
「ね?」
床や壁を構成する石は王族の間へ向かうために乗った立方体と同じものだ。そしてその一つ一つが独立している。ここはラピュタだ。宙に浮かんでいる。大地の上で石を積み上げるのとはまるで訳が違う。
「それでは・・・どうやってこの建造物を維持しているというのだね?」
ガドリンが髭を震わせながらヴァルターを見ると、彼は床に這いつくばると懐から例の回路をを取り出しボソボソと呟く。
その時、強い衝撃と大きな音がして、皆がその場に尻餅をついた。
「何だ!!?」
ヴァルターが嬉しそうに床を示すと、彼の乗る床石が膝の位置まで窪んでいた。
「こういうこと。全て電力で支えられているんだね、これ。」
外からの強い干渉によって電流が狂わされ、ズレが生じた結果らしい。しかし下手をしたら全てが壊れるようなことを平気で試すあたりが彼らしいと言うべきか。
「大丈夫だよ。親石の大きさから比較したら、出力がケタ違いだからね。」
彼の精製した小さな飛行石程度の出力では、ここを崩せるほどの影響はないのだと言うが、どうも理由が後付けに聞こえてしまう。
「しかしこうも簡単な構造とはな。」
眉をひそめて呟くと、ヴァルターはムスカの飛行石を指差して微笑んだ。
「ここはその石を持つ人しか入れないように作っているんだろう?」
「そうだ。ここは王族しか――。」
言いかけて噤んだ口を、今度は大きく開いて叫んだ。
「何故ここを壊す必要がある!!」
やり取りを怪訝な表情で見守る一行とは違い、ムスカだけは、その真意を解していた。
「そんなことは必要があるときに考えれば良いのではないかな。」
ヴァルターはまるで興味がないようだ。どうやら彼が気になるのはそれが必要であるかではなく、可能であるかだけのようだった。そんな彼は、ムスカが手にした飛行石を取ると指で示しながら微笑んだ。
「きっとこの場所は、石を砕くパルスを当てたら全部がバラバラになってしまうんだろうね。」
ようやく理解した一行が息を飲んだ。

背筋に冷たいものを感じる。ムスカは質問を変えた。声が震える。
「君ならばそれを、何に使う?」
ヴァルターは顔も上げずに答えた。
「新しいものを作ったとき。」
つまり今のものが不要になるということだろう。

[134] 航路、空への電信11
774 - 2008年08月17日 (日) 22時00分

その時、誰かの声が聞こえた。
「こんな感じかな。電磁石にくっついていた金属片が、電流を停めると落ちる。ほら、ね?」
手元で言葉通りの現象を起こして見せる。
「うん。きっとここはそういう造りなんだと思う。」
ヴァルターが微笑みながら、その実演している者に同意した。その者は痩せていて、ヴァルターよりも少しだけ背が高く、そして金属汚れと焦げ目の目立つ白衣を着ていた。
この場にいる筈のない―――誰か。
「どうしたんだい?」
その者がムスカに微笑みかける。
見間違える筈がない。その声を忘れたことなどない。男が悪戯めかしてクスリと笑った。
「嫌だなぁ、まるで幽霊でも見ているような顔じゃないか。」
掠れた声で、ムスカが紡いだ。
「兄さん……。」
ヴァルターの隣に現れたのは他でもない。ムスカの従兄、その人だった。そしてその横には。
「大尉まで……どうして……。」
これは夢だと自分に言い聞かせようとしたムスカの考えを、彼らはあっさり否定した。
「ま、驚くのも無理はないよね。だってムスカは、僕等が死んだって思ってたんだろう?」
無邪気に笑ってみせる従兄を肘で小突いた大尉が、ムスカの必要としている答えを口にした。
「ムスカ君、私達は上の意向によって存在を隠されていたんだ。」
上の意向も分からないではない。けれど、あまりに残酷ではないだろうか。まだ少年といえる年齢だったあの頃に、たった一人の血縁者を失う辛さ。青年期にさしかかった頃に、唯一の味方を殺される悲しさ。どれだけ泣いたことだろう。
彼らが生きているとさえ知っていれば、こんなにも強引なやりかたでラピュタを求めたりはしなかったはずだ。

「生きていると、知っていたら…!」
思わず涙が零れそうになる。握り締めた拳が、震えた。
「良かったね。お兄さん達に会えて。」
能天気なまでに、漁師が言った。ムスカはそれに反発しようとしたが、その顔を見て言葉を飲み込んだ。
「良かったね、本当に良かった。」
ムスカの分まで、いや、それ以上に漁師がボロボロと涙を零していた。
「俺さ、親父もお袋も早くに亡くしてさ、近所のおばちゃんと兄ちゃんが世話してくれたんだ。」
彼はしゃくりあげながら涙を拭った。
「だけどさ、兄ちゃんは時化で海から帰ってこなくって。おばちゃんもその後心労で…。」
その先は言葉にならなかった。ひとしきり涙を零した後で、彼は盛大に鼻をすすった。
「ごめん、俺が泣いてもしょうがないんだけどさ。」
腕で擦るように涙を拭う。
「でも、なんか嬉しくって。」
彼は温室の方を向くと、あーだのうーだの、言葉にならない何かを呟きながら身を捩り、そして小さく呟いた。
「俺んとこの兄ちゃんも、いつかひょっこり帰ってこないかな。」
どうやら精一杯の照れ隠しらしい。制服軍人が軽く肩を叩くと、漁師は鼻の下を擦って向き直った。
「へへ、何だか恥ずかしいや。」

貰い泣きしたのか、少年の目も赤くなっていた。大尉の目も潤んでいる。従兄はゴメンゴメンとムスカの頭を撫でた。子供扱いに眉を寄せながらも、その手を払うようなことはしない。

随分と大所帯になった一行が展望台で寛ぐことになった。しかし椅子に座るとヴァルターがコーヒーを飲みたがった。Jが支度をすべく部屋を出ようとしたが、ムスカに止められる。
「これが無ければ行き来はできない。君はどうやってここから出るつもりだね?」
手にかけた飛行石を見せ、ふとヴァルターを振り返る。
「先ほど、これを使わずに扉を開けたな。」
コーヒーを飲めないことで機嫌を損ねていた彼が、急に微笑み説明を始めた。やはりゴリアテの中で作った基盤が扉を開け閉めするための信号を出しているらしい。従兄は即座に内容を理解したらしく、ヴァルターから回路を受け取ると嬉々として盛り上がり始めた。
こうなるともう、誰もついていけない。

「ちょっと行ってくる。」
すっかり意気投合したらしい。彼に疲れという人間的なものは無いのだろうか。半ば走り出すかのようにヴァルターが部屋を出ると、それに従兄が続いた。従兄も興味の対象を前にして、超人的な元気さだ。
「待て、私も行こう。」
白衣の二人では不安だったらしい。大尉が立ち上がると、彼らの後を追った。
「他にすることもなかろう。皆で行くかね。」
ガドリンが微笑む。高齢の彼は疲れているだろうが、ムスカの気持ちを察してくれたらしかった。
一行に異論などない。一人で移動すれば、迷子になるか、どこかの部屋で出られなくなるのがオチだ。全員で移動する方が気もだ。疲れよりも置いていかれる方がよっぽど怖い。

[135] 航路、空への電信12
774 - 2008年08月18日 (月) 03時33分

しかし、どこをどう駆け抜けたのか。これがなかなか追いつけない。とうとう追うのを諦めようとしているとき、珍妙な立体映像が浮かんだ。

『これ、さっきやってたやつだよ。他のところは何をするんだろうね。』
『あ、ムスカ。なんだ、まだそんなところにいるのかい?』
立体映像の端に、ようやく追いついたらしい大尉が疲れた顔で映り始めた。
『見える?これ、凄いんだよ。さっき試してみたここなんか、特に!ほら。』
ヴァルターが何やら操作すると、不気味な振動を感じた。既にいくつか、試してみたらしい。
『おぉいムスカ、ちょっとこっちにきて訳してくれないかい?僕はこれ、読めないんだよね。』
言われなくても既に足が向かっている。このままだとこの二人はとんでもないことを始めてしまうことだろう。
それだけではない。
『読めないの?』
『いやぁ、僕は苦手でさ。家にあった古文書は専らムスカに翻訳させていたんだ。』
二人の会話は筒抜けだ。つまりモウロ将軍以下、建物内にいる兵士達にも、この間の抜けた会話が聞こえているのだ。今も二人の楽しげな声が鳴り響いている。

ムスカは死に物狂いで飛行石の間へ向かうと、黒い石柱に触れて立体映像を切った。
「全く、ここの設備を一般公開にでもするつもりですか!」
従兄とヴァルターに小言を繰り返し、ようやく連れ戻すことに成功した。

一行にとって、展望台が最も居心地の良い場所だったらしい。ついに力尽きた面々が柔らかい樹脂製のソファに転がっている中、疲れるという発想のない従兄とヴァルターはそれぞれ活動を続けている。外出を禁じられたことを気にする様子はない。
従兄はムスカから受け取った飛行石とヴァルターから借りた装置を比べて嬉々としているし、ヴァルターは手元の紙で何やら計算らしきものを繰り返していた。二人とも満足のいく結果が出たらしく、小さく息をついて微笑む。
それを少年は見逃さなかった。いそいそと二人に近づく。従兄が少年を見て首を傾げた。従兄の人懐こい笑みで安心したのか、少年はボソボソと話し始めた。

「オーニソプターを作っているんです。でも、どうしても上手くいかなくって。」
「オーニソプター?羽ばたき型の飛行機だよね。」
少年が頷いた。また珍しいものを作っているね、と従兄が目を丸くした。
「参考にしているのは論文かな?数年前に見たのを覚えているけど。」
「この本です。外国語だから、細かいところとかがわからなくって。えぇと、この部分で。」
少年がカバンから取り出したそれは、北方の国で使われている文字で書かれたものだった。
「ん、どれどれ。」
特徴のある北方文字の上には少年がふったらしい翻訳のルビが書き込まれていた。見開きのページに描かれた図面は、少年のものと思われる考察やルビで覆い尽くされている。どうやら参考にしているのはこの部分だけらしい。文字だけのページを訳すのは、流石に諦めたのだろう。
「確かにこの形は論文のやつに似ているけれど、うーん、この資料は初めて見たなぁ。君は?」
「僕もこれは初めてだ。」
従兄に話を振られたヴァルターは図面を食い入るように見つめた後、首を傾げた。
「しかし論文の時の図面と違う。これはエンジンを付けても飛ばない。」
そして苦い表情をする。
「それに何だいこの、反重力装置って。その説明がない。」
少年はそれが何を意味するのか理解できずに首を傾げたが、突然従兄が目を輝かせた。
「貸して!」
本を受け取ると、尋常でない速度でページをめくる。一気に読み終わると、急に腹を抱えて笑い始めた。
「面白いの?」
ヴァルターも同じくらいの時間で読み終わったが、彼は何のことやら理解できなかったらしい。
「論文と違って、これは全然参考にならないよ。オーニソプターはホバリングできない。それに…。」
ブツブツと怒っている。流石に興味を持ったらしいムスカが本を受け取ると、二人を凌駕する驚異的な速度で読み終えた。
「悪趣味だな。」
放るようにしたそれを、ガドリンが丁寧に受け取った。中身はどうであれ、少年が大切にしている本なのだ。彼はそっと本を開くと、神妙な顔でそれを読み進めた。そして、その内容に愕然とした。

読み終えて本を閉じると、ガドリンは少年が緊張した面持ちで自分を見つめていることに気が付いた。彼は嘘が上手くない。だから慎重に言葉を選びながら、最低限のことだけを口にした。
「これは論文を参考に書かれたフィクションの小説ということらしい。」
少年が呆然としてガドリンを見た。

[136] 航路、空への電信13
774 - 2008年08月18日 (月) 03時33分

ショックを受けている少年を庇う様に立つと、漁師が尋ねた。
「えっと。本が間違っていることがあるのかい?」
ガドリンがフィクション小説とは作り話であるが、決して嘘や間違いではないということを丁寧に説明した。
「じゃぁ、その論文っていうのは?」
漁師は食い下がった。恐らく少年は、長い時間をかけてようやくここまで読み解いたのだ。全くの無駄というのは気の毒だった。すると、従兄が頭をかきながら答えた。
「僕が前に読んだ論文っていうのは、確か案の状態で発表されたんじゃなかったかなぁ。」
ガドリンは専門外なのでその論文そのものを読んではいない。しかし、案を発表することで資金提供者募集が行われるという珍しいケースがあったことを記憶していた。
「なるほど、あの件かね。」
そして論文を読んだというヴァルターもそれに同意した。
「そう。あれは未検証だし、あのままでは動かない。でも、あの発想は悪くないと思うよ。」

漁師は納得できないものの、三人それぞれの反応があったことを妙に感心しながら頷いた。
「ふぅん。そんなこともあるんだ。」
「結局あの後論文が出ていないから、資金提供者が見つからなかったんだろうね。」
そう従兄が言うと、意外にもムスカが口を挟んだ。
「資金提供者はついた。それがこの小説家ということになっている。」
どうやら内容を読んで、その論文の行方に思い至ったらしい。一介の小説家ごときが支援者になれるほどの金を持っているとは思えない。背後に何者かがついているはずだ。
「この本はその小説家が、論文を元に書いたものだ。論文の続きが出ない理由までは知らないがね。」
おおかた成功できないまま断念したというところだろう。

「無駄、だったんだ。」
がっくりと膝をついた少年が、大きな溜息をついた。しかし、ヴァルターが図面を指しながら言った。
「無駄じゃない。この形、発想自体はとても良いんだ。」
「えっ?」
驚いて顔を上げた少年の瞳に、ヴァルターの真面目な表情が映る。
「確かね、こことここ、そして論文でも不備があったのがここ。」
従兄がそれに加わる。
「そしてこの辺りに手を加えて、あとは良いエンジンさえ積めばそれなりには飛ぶよ。」
それなり、と言われてまた表情を曇らせた少年に、従兄が微笑んだ。
「もっと飛ぶためには、そこから君が検証・分析すれば良いんだ。そうだろう?」
白衣の男達は本を指差しながら、早くも打ち合わせを始めていた。

「良かったな!飛べるようになるんだ!」
漁師に頭をクシャクシャにされ、ぼうっとした表情だった少年の頬に赤みが走る。不可能など無いという気になってくる。今まで独学で行き詰っていた製作が、急に前に進み始めたのだ。一人ではないということが、どれだけ素晴らしいかを身に染みて感じる。漁師に撫でられた頭が、熱くなる。二人の白衣が輝いて、そして滲んで見えるのは何故だろう。少年はゴシゴシと顔を拭うと立ち上がり、自分がどこまで製作に取り掛かっているかを説明し始めた。

「うーん、こうやって見ると博士なんですねぇ。海で会ったときとは大違いですよ。」
Jが妙に感心しながらヴァルターを評価すると、両側の先輩から怒られた。
ムスカと大尉は顔を見合わせ、そして二人で従兄を見つめる。制服軍人がその様子を見て口元を緩めると、帽子を深くかぶり直した。
従兄とヴァルター相手に自分の言葉でオーニソプターの説明を行う少年を見て、漁師とガドリンが微笑んだ。
「完成したらさ、地上とラピュタを往復できるようになるかな。」
少年が言うと、従兄が笑って頷いた。
「もう一つの浮遊島を作った場合、オーニソプターは有効な移動手段になるだろうね。」
真顔で言ったヴァルターに、従兄が顔を綻ばせて賛成した。
「良い事尽くめだ。お手柄だよ。」
従兄が少年を讃えた。オーニソプターは飛空艇のように滞空状態で固定する必要もないし、小型化も簡単。その上、ほとんど滑走路もいらない。
「もう一つのラピュタかぁ。」
考えてもいなかった発想に、少年が鼻を膨らませた。

[137] 航路、空への電信14
774 - 2008年08月18日 (月) 03時34分

盛り上がりを続けるオーニソプター談義に、邪魔がはいった。
「石を、返して。」
「うん?ああ。」
少女が従兄に近づいて手を出すと、彼は先ほどムスカから受け取った飛行石を差し出した。
「はい。」
少女は手のひらに石を受け取るとそれを首から下げ、そしてしっかり握り締めた。
「どうしたんだい?」
突然割り込んできた少女に、少年は驚いていた。
「いいえ。」
何もないと否定するには、少女の表情が固すぎた。

少女はじりじりと三人から後ずさり、そして突然駆け出した。
「待ちたまえ!」
ムスカが指示すると、特務の3人と制服軍人が走り出す。
「お願い、開いて!!」
少女は壁を叩き、祈るような声で叫んだ。しかし、壁は開く様子が無い。あっという間に追いつかれた彼女は、壁を背にして石を握り締めていた。

「どうしたんだよ、シータ!」
「来ないで!!」
少年が近寄ろうとしても、彼女は必死の形相で拒んだ。ガドリンが近づこうとしても、その表情が和らぐ様子はない。まるで何かに取り付かれたかのように、今までとは違う様子だ。
「止むを得ん。」
ムスカが苦虫を噛み潰したような顔で、Jに指示を出した。彼だけが躊躇なくロープを手にしていたからだ。他の者はまだ幼い少女を力ずくで押さえることに抵抗があった。
「わかりました。」
しかしJがロープを握りなおしたところで止められた。
「やめたまえ。話を聞こうではないか。」
ガドリンだった。彼は穏やかな声で少女に尋ねた。
「シータ君、君を無理に捕まえることはしない。だから、話してくれないかね?」
少女はガドリンがJを止めたことに少し安心したのか、うっすらと涙が光っていた。しかし、口を引き結ぶと力一杯首を振った。一行を睨みつけているが、何故かその肩が微かに震えていた。
「地上と往復?もう一つのラピュタ?そんなこと…認めてなるものですか。」
彼女が小さく呟いた言葉に、全員が冷や水を浴びた気になる。

「おばあさまに教わったの
 『土に根を下ろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう。』
 人は土から離れては生きていけないのよ!」
そうやって生きてきたという少女。
無理もない。
ムスカとガドリンは知っている。彼女がどのような環境で暮していたか。文明と科学を否定した一族の、成れの果てを。
ガドリンが小さく声を漏らした。
「それで、か。」
彼女の祖母は聡明だった。しかし、文字の読み書きはできなかった。これまで何度も困ったことだろう。彼女の聡明さならば、文字くらいすぐにでも覚えられた筈だ。それでも彼女は文字を使おうとしなかった。文字を必要としなかったのではない。あの老女こそ、文明を、科学を、否定することで地上の暮らしを受け入れてきた一族の末裔だったのだ。

 * * *

地上に降りたラピュタ人達は、その科学力のなさに驚愕したに違いない。自分達が科学を伝えるには限りがある。たとえそれらを伝えたとしても、自分達が生きているうちにかつての生活の利便を取り戻せるようなレベルではなかった。だから諦めた。初めから何もないと思えば、ここでの暮らしに馴染むのは早いだろう。
地上へ降りた王は、自分の娘に何も伝えなかった。幼かったその子は、すぐに地上の暮らしに慣れた。初めこそ菓子がなかったり玩具がなかったりすることに癇癪を起こしていたが、地上の友達ができるや否やそれはなくなった。花の蜜の吸い方を覚え、彼らとどんぐりを弾いて遊ぶことを覚えたのだ。
他の者達も、それを倣った。やがて地上での暮らしに不平不満を言う者が激減した。

しかし、それが全てではなかった。王の弟は、兄の考えに反対だった。いずれラピュタへと帰る日がくることを信じて、彼は様々なことを手帳に書き込んだ。やがて結婚し、生まれた息子に文字を教えた。地上の文字だけでなく、ラピュタの文字を。そしてラピュタを探すように言った。だから彼は死ぬまで書き続けた。自分が知っているラピュタの全てを。もちろん全てを伝えきれるものではない。それでも願った。いつか一族の誰かがラピュタへ帰れるように。その助けとなるように。飛行石は兄が持っていたが、いつか自分の子孫が兄の子孫を助け、共に帰れる日がくることを。

だがその考えの違いは、一族に大きな溝を生じた。王と王弟が亡くなってすぐ、王に従う者達と王弟に従う者達は交流を絶った。考え方が違い過ぎたことで、住む場所も違っていた。その頃でさえ既に、まるで違う文明を持つ民族かと思う程に彼らは道を違えていたのだ。それが、一族が二つに別れた真相だった。

[138] 航路、空への電信15
774 - 2008年08月18日 (月) 03時36分

ラピュタの文明を放棄しようとする一族と、受け継いでいこうとする一族。
放棄した方も一族の全てが納得したとは思わない。しかし今となっては、その考えを受け継ぐものしか残らなかったようだ。今、彼女にとり憑き、彼女を動かしているのは、一族そのもの。地上で生きていくと決めた、彼らの強すぎる意志だった。
しかし遺伝子にまで刻まれたその意志は、もはや呪いに近かった。

“人は土から離れて生きていけない”
そう、彼女は口にした。それこそ王が、自分の子孫にかけた最大の呪いだ。
二度とラピュタへ行くものがないように、と。
ムスカは歯噛みして少女を、そしてその背後にある愚かなる王の幻影を睨みつけた。

「ラピュタを目覚めさせてはいけなかったのよ!」
少女が叫ぶ。
「愚かな!」
ムスカがそれを否定した。
「航空技術は日々進歩している。すぐにここは秘境でなくなる。」
現に自分達はここへ訪れたし、いずれ今よりも楽に行き来できるようになるだろう。

ヴァルターを見る。先ほど彼は新しい浮遊島を作る話をした。従兄と少年を見る。ラピュタと浮遊島の行き来をする話もした。彼らがいれば、それらは夢物語に終わらない。これまでずっと、ラピュタを見つけて辿り着くことだけを考えてきたが、その先があることを知ったのだ。
未来を目前にしながら、何故逆行しようとする?
ムスカには理解できない。理解しようとも思わない。いや、理解すべきではないのだ。
逆行したからこそ、彼女の一族はあのような暮らしを送っていた。生きていくのが精一杯で、人間的と言い難いほどの、最低の暮らし。そんな生活を望む者がどこにいる。自分達は血の滲むような努力をしてようやくここへ辿り着いた。それだけではない。先祖の遺産を利用するだけでなく、さらにその高みを目指すのだ。

だから、邪魔を許す訳にはいかない。

ムスカは再度Jに指示を出した。Jは頷くと、少しずつ少女に近づく。少女は一歩下がったが、それ以上は壁に阻まれた。小さく悲鳴を上げた彼女は祖母に助けを求めると、胸元の石を握り締めて目を閉じた。


「バルス!!」


たった一人で少女が叫ぶ。
眩しい光が瞳を刺すように襲い掛かり、足元が崩れ、そこから落ちる。


何故こんなことに、なったのだろう。
自分は、何をすべきであったのか。


目が痛い。


もう、何も見えない。
何もわからない。


ただ、体が浮かび上がったような感覚だけ。
自分が死ぬのだという恐怖はなかった。

悲しかった。
一族の悲願が、同じ一族によって砕かれてしまったことが。

ただただ、悲しかった。
もうここへ来ることができないということが。

かつて王は、ラピュタを無人の島にした。
そしてそれまでの文化と科学を捨てた。

そして今度は、ラピュタを破壊してしまった。
もう、何も残らない。
ラピュタは完全に捨てられた。
まるで、ゴミのように。

飛行石の親石は、ラピュタ共々砕け散る。


いつか飛行技術が発達したとしても、ラピュタを探そうとする者などいないだろう。
何故なら、本当にラピュタがあると信じている者は、ここで全て死に絶えるのだから。

たとえ見つけられたとしても、そこにあるのは飛行石の子石だけ。
科学技術と自分達。何もかもが、ゴミのように落ちていく。


薄れ行く意識の中。
遠くで誰かの声がした。


“大丈夫だよ。”










[139] 航路、空への電信16
774 - 2008年08月18日 (月) 03時37分

目を覚ますと、頭頂部がズキリと痛んだ。起き上がってみればワイン瓶の破片が散らばっている。見渡せば、部屋の窓が開いているらしい。風に煽られてカーテンがはためいた。その外には暗い夜空が、虚しく広がる。

夢。
今までのは、全て、夢。
そうだ。従兄も大尉も、その遺体を見た。確認した。従兄は病で息を引き取ったし、大尉は“事故”で死んだ。
目の前で見た。今も覚えている。だからあの二人が生きている事が、夢である証明といえた。感慨深げに首を振り、ムスカは軽く目を閉じた。
長い夢だった。なのに時計を見ても、長針が僅かな角度、傾いただけ。ムスカは目を細め、深く息をついた。

眼鏡の位置を正し、ゆっくりと辺りを見渡す。
捕らえていた少女の姿が部屋にない。懐に手を入れたが、紋章の刻まれた飛行石はなくなっていた。
「逃げられた、か。」
この下は海ではない。高度はあるものの、飛行石を持っている少女が死ぬことはないだろう。ムスカは軽く服を叩くと、瓶の破片を払った。
廊下に靴の音が響き、部下が駆けつけたのを知る。
「大佐!」
駆け寄ろうとする彼らを制し、ムスカは窓の外を見た。広大な田畑の向こうに、特徴あるシルエットが見える。
目的地、ティディス要塞は近い。

時計を見て地図を確認した後、ムスカは設置していた無線機に向かった。
“VVV VVV(ただいま試験中)”
“受信可能。通信どうぞ。”
特務で決められた通りのやり取りをした後、信号を打ち始めた。
“命ずる。
 例の少女が逃走し飛空艇より落下。落下先はスラッグ渓谷、北緯52度24分、東経12度33分地点と推測。
 飛行石ごと回収し、速やかにティディス要塞へと連行されたし。”
“承知した。”
一瞬の逡巡の後、ムスカは続けた。
“追加命令。”
“受信可能、続けてください。”
受信者が代わった。信号の癖からすれば相手は特務機関で最若手のJだろう。何故か、口元が緩む。
“今から言う人物を連れて来るよう。名前は――。”

二人の名を打ち終わると通信を切り、ムスカはゆっくりと息を吐き出した。窓の外を眺めるうち、夢に出てきたもう一人を思い出す。あれは一体誰だったのだろう。漁師とか言っていた、全く覚えのない男。しかし何故かヴァルターと一緒に、彼も来るような気がした。


東の空が白み始める。
無線機を片付けて仕舞うと、ムスカは口元に笑みを浮かべた。
窓枠に手を掛け、人差し指で信号を刻む。

“兄さん、大尉。―――ラピュタは、もうすぐです。”



fin

[140] 航路、空への電信(補足説明)
774 - 2008年08月18日 (月) 03時41分

・ゴリアテ内で博士が作った装置&飛行石のもつ回路その2
 (その1は“秘密の言葉”と“滅びの言葉”で飛行石にパルスを与える回路)
 SuicaやICOCAみたいなものをイメージしています。
 改札口や支払端末の出す電波から電気を生成するので、カード側には電池が不要。
 タッチ&ゴーといわれていますが、実際には20cm以内なら反応するそうです。
 …が、人体に埋め込んではいけません。


・パズの名前が出てこない
 大佐はまだパズに会った事がないため。
 夢オチ時点での時間軸を考えていただければよろしいかと。


・従兄と大尉はどこからラピュタ深部へ侵入したのか
 夢オチですので、何でもアリってことでひとつ…。


・識字についてのイメージ
 今回の執筆で意識しているのはこんな感じです。
 勝手なイメージも付け加えております。
 軍に入った人々は、そこで教え込まれて○レベルには到達できそうです。
 順番は読み書き能力のみの高さで、IQとは別物です。

 ◎外国語もいける人
 ・ムスカ(もちろん完璧。)
 ・特務御一行様(仕事柄必要ですから。)
 ・モウロ将軍(これでも将軍なんですよ!近隣諸国の言葉なら多少は。)
 ・従兄(もちろん論文や資料も読むけれど、乱読もやっちゃう派。)
 ・老博士(何でも器用にこなします。)
 ・若博士(論文や資料なら◎。ただし小説は自国語でも理解できない。)
 ・技官(仕事で各種資料を読まなくてはならないので。)

 ○自国語はいける人
 ・大尉(綺麗な標準語を使います。文字も丁寧です)
 ・制服軍人(人並みだが、読書好きのために同僚からインテリといわれる。)
 ・パズー(両親健在時は学校へ行っていた。今は独学中。)
 ・一般的な兵士(軍に入れば、最低でもこの程度には達します。)

 △自国語も怪しい人
 ・新人兵士(学校へ行っていない者は、先輩から教わったりする)

 ×読み書きできない人
 ・漁師(学校・軍へ行っていない。今後ムスカに教わるはず。)
 ・シータ(学校へ行っていない。昔話は全て口承。)

 シータは読み書きや計算ができないけれど、とても記憶力が良いイメージ。
 ドーラママに方角と風向きを説明して感心されるように、大変利発な子なのです。
 自分が教わってきたことは全て記憶しているのではないかと。
 (読み書きの出来ない時代の人って、メモができないのに覚えているので凄い。
  シータはそんな印象です。)
 そういう意味では、老博士が先生になれば良いのでしょうがどうしたものやら。
 ちなみにパズーは将来◎に達すると思っています。


・小説家と資金提供者
 とある北国にいる小説家と、その作品を気に入っている資産家。
 ちなみに小説は「オーニソプターを開発する二人の男の物語」らしい。
 もちろんオーニソプターの開発がテーマである、筈はない。

・この下の「?」について
 上記の最終回から数日後の出来事を書いています。
 いろいろブチ壊しになること請け合いですので、
 あのまま終わったほうが綺麗?です。
 端的に言えば、執筆者による今後予想…。
 (読まれる場合は少しスクロールして下さい。)

[141]
774 - 2008年08月18日 (月) 03時43分









数日後。

ようやく捕らえた少女の部屋へと向かう。
彼女を手懐ける事が鍵だと考えたムスカは、部下に荷物を運ばせていた。
厳重な鍵を解き扉を開く。
目に飛び込んでくるのは高価な菓子と華やかなドレス。
子供には少し露骨過ぎるくらいの方が、好意を得やすいと考えた結果だ。
山で貧しい暮らしを送っていた少女には、初めて目にする贅沢品であろう。

しかし、流石に刺激が強すぎたのだろうか。
窓辺には、膝を抱えてうずくまる少女。贈り物に手をつけた様子はない。
部屋に入ったムスカは、できうる限りの友好的な笑みを浮かべて近づいた。

「流行の服は嫌いですか?」


→ To be continued !?



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